説明

円筒形状鋳物の製造方法

【課題】切削屑を利用した遠心鋳造において健全な円筒形状鋳物を製造する。
【解決手段】母材として金属切削屑を遠心力鋳造装置の金型にあらかじめ投入し、金型を回転させることによる遠心力印加を行い、回転中の金型へ溶解炉で溶解された金属母材溶湯を流し込み前記切削屑を溶解する工程を備えて円筒形状鋳物を作製し、この後、円筒形状鋳物の表面を機械加工で除去することにより、欠陥の発生する部位を取り除いた健全な円筒形状鋳物材料を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削屑を利用して遠心鋳造を行い、円筒形状鋳物を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
今日の社会的要請である環境問題・エネルギー問題の一つである地球温暖化対策への取り組みでは、脱化石燃料・排出二酸化炭素の削減を可能にする自然エネルギー(太陽光・風力・潮力他)の活用が求められている。その自然エネルギーの活用技術の一つに風力発電が挙げられる。この風力発電に用いる発電装置の動力伝達部には、多数の軸受が使用されている。また、風力発電装置は、風力発電導入量の増加と共に装置の大きさが大型化している。それゆえ、風力発電に用いる大型軸受の需要は年々増加している。
軸受は、機械要素として自動車・鉄道車両・航空機・船舶等の輸送機械や、電動機・発電機・工作機械等あらゆる産業機械の回転部分に使用されている。軸受には、転がり軸受と滑り軸受があり、転がり軸受の構成部品の一つとして軸受保持器が用いられている。この軸受保持器には、鉄板をプレスした打ち抜き保持器・樹脂成形保持器の他に、削り出しによるもみ抜き保持器がある。その中でも、もみ抜き保持器には、材料特性として軸受特性(なじみ性)や耐摩耗性に優れた銅合金が素材として用いられている。
このような風力発電用の軸受保持器は、一般的に遠心鋳造法で円筒形状の鋳物を作製し、その円筒状鋳物を加工することによって製造されている 。遠心鋳造法とは、水平軸方向、垂直軸方向あるいはわずかに傾斜させた軸方向を中心に回転する金型に溶融金属を注湯し、遠心力を利用して円筒形状の鋳物を製造する方法である 。銅合金製軸受保持器は、遠心鋳造法で円筒形状の素材を製造し、製品形状に仕上げる為に機械加工が行われるが、最終製品形状に仕上げるまでに円筒形状鋳物の8割以上を切削加工する。その結果、銅合金製軸受保持器の製造では、旋削加工・フライス加工・ドリル加工等により大量の切削屑の発生を伴うという問題がある。
従来、これらの切削屑は、溶解炉に投入され、インゴットと一緒に溶解することで再利用されてきた。しかし、溶解炉にて溶解するインゴットの重量が変わらないため、溶解に必要とするエネルギーは、インゴットのみ溶解する場合とインゴットと切削屑の両方を溶解する場合の間で変わらないという欠点があった。
この欠点を克服する技術として特許文献1記載の切削屑を利用した遠心鋳造方法および鋳造材が報告されている。特許文献1記載の遠心鋳造法は、以下の手順でおこなわれる。まず、母材金属の切削屑を遠心力鋳造装置の金型に投入する。次に、切削屑を有する遠心力鋳造装置の金型を回転させることによって遠心力を印加する。その後、母材金属を溶解し、回転中の金型に母材金属溶湯を流し込む。そのとき、金型に流れ込んだ母材金属溶湯によって、金型内部の切削屑も溶解する。その結果、従来の遠心鋳造法で得られた製品と同じ遠心鋳造製品を得ることができる。特許文献1記載の発明では、遠心鋳造製品の製造に必要な母材金属の重量の一部を切削屑でまかなうことが可能であるため、溶解炉における母材金属の溶解量を減少させることができる。その結果、溶解に必要なエネルギーを減少することができた。また、特許文献2記載のように、切削屑を利用すると鋳造材の組織微細化が達成でき、より強度の高い遠心鋳造材が得られる。しかしながら、切削屑は遠心力によって円筒形状鋳物の表面近傍で溶解する場合が多い。そのため、母材金属溶湯によってもたらされる熱量が不足する場合、未溶解切削屑が認められ、その周囲には鋳造欠陥が発生してしまっていた。このように、切削屑を金型に投入する遠心鋳造法は、溶解エネルギーを削減できる優位性をもつ一方で、鋳物表面近傍に鋳造欠陥を有する欠点も持ち、実際の工業的な応用分野が限定され、新たな製造方法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−125463号公報
【特許文献2】特願2009−233614
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記問題点に鑑みて、切削屑を利用した遠心鋳造を行い、鋳造欠陥の存在しない健全な円筒形状鋳物を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明では、切削屑を利用して遠心鋳造を行って製造された円筒形状鋳物に対し、その表面を、機械加工で除去する。このことにより、鋳造欠陥を有する部位が除去され、健全な円筒形状鋳物を得ることができる。すなわち、切削屑を利用して遠心鋳造を行って製造された円筒形状鋳物の欠陥のある部位を機械加工で除去することにより、健全な鋳物が製造可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】本発明の一実施形態に係る円筒形状鋳物の製造方法の鋳造手順を示す模式図である。
【図2】製造した試料1、試料2および試料3のマクロ組織を示す図である。
【図3】製造した試料1、試料2および試料3のミクロ組織を示す図である。
【図4】製造した試料1、試料2および試料3の硬さ分布を示す図である。
【図5】切削屑を利用した遠心鋳造にて製造した軸受保持器を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本実施形態は、高力黄銅を利用して少ない環境負荷で健全な円筒形状鋳物を製造しようとするものであるが、対象は高力黄銅には限られず、他の金属や合金でもあってもいっこうに構わない。また、製品の対象として、軸受保持器を示したが、円筒形状鋳物を機械加工して製造する製品であれば何れの製品であってもいっこうに構わない。
【0008】
本実施形態では、上記した特許文献1に記載のものと同様の遠心鋳造法を用いる。図1にその手順を示す。具体的には以下のようにして行う。
(1)母材金属の切削屑を遠心力鋳造装置の金型に投入する。このとき、溶湯の湯流れを遮らないようにするため、切削屑ができるたけ円筒形状金型の外側に存在するようにセットする。
【0009】
(2)切削屑を有する遠心力鋳造装置の金型を回転させることによって遠心力を印加する。また、必要に応じて金型の予備加熱を遠心力印加のもとで行う。
【0010】
(3)母材金属を電気炉にて溶解し、回転中の金型に母材金属溶湯を流し込む。そのとき、金型に流れ込んだ母材金属溶湯によって、金型内部の切削屑も溶解する。
【0011】
(4)金型および材料を冷却後、金型の回転を停止する。
【0012】
この遠心鋳造法は、遠心鋳造製品の製造に必要な母材金属の重量の一部を切削屑でまかなうことが可能であるため、溶解炉における母材金属の溶解量を減少させることができる。その結果、溶解に必要なエネルギーを減少することができる。
【0013】
以下、この遠心鋳造法を用いた円筒形状鋳物の製造の具体例について説明する。
【0014】
まず、円筒形状を有する高力黄銅製鋳造まま材の外周部を旋盤加工することで、切削屑を作製する。切削屑の形状は渦巻き状(特許文献1に記載のものと同様)で、その見掛け密度は1.32Mg/mであった。
【0015】
次に、片持式横型遠心鋳造装置を用いて遠心鋳造を行う。用いた金型寸法は、外径120mm、内径75mmおよび長さ340mmである。作製した切削屑を金型内に装填した後、遠心力を印加する。充填した切削屑の重量は0g(切削屑使用せず)、100gおよび500gであり、かつ印加した遠心力の重力倍数は168G(Gは重力倍数)である。以後、切削屑を使用しない試料を試料1、切削屑を100g使用した試料を試料2、切削屑を500g使用した試料を試料3とよぶ。その後、高力黄銅を1060℃で溶解する。同時に、金型を200℃〜300℃にて予備加熱を行う。切削屑の重量を含めた総鋳込み量が8000gになるように、予備加熱された回転中の金型に溶湯を流し込む。このような工程を経て円筒形状の鋳造材を作製した。その形状自体は、特許文献1に記載のものと同様である。
【0016】
作製した鋳造材の組織を光学顕微鏡にて観察した。機械研磨後のミクロ組織観察に供する試料には、塩化第二鉄5g、塩酸50cc、水100ccの試薬で化学腐食を行った。マクロ組織観察に供する試料は、50%硝酸で化学腐食を行った。得られた鋳造材における切削屑の残存状態を確認するために、鋳造材表面からの機械加工(旋盤加工)を行った。さらに、作製した鋳造材を遠心力方向に分割し、各位置における硬さをマイクロビッカースにより測定した。
切削屑を投入した試料2、3の外周部では、溶け残った切削屑が観察された。残存した切削屑は、鋳造材の表面近傍のみに分布していた。図2は製造した鋳造材のマクロ組織を示す。また、図3は製造した鋳造材のミクロ組織を示す。図2、図3において、(a)、(b)、(c)は、試料1、試料2、試料3を示す。図のように切削屑を投入せずに作製した鋳造材の内周部には粗大な結晶粒が存在していた。一方で、外周部の結晶粒は比較的微細な結晶粒であった。さらに、図から分かるように、切削屑を投入した両鋳造材では内周部および外周部に関わらず微細な結晶粒が観察される。また、鋳造材の内周部および外周部における結晶粒を比較すると、外周部の結晶粒径が内周部に比べて比較的小さかった。このように、切削屑を投入することによって、組織は微細化および均質化することが分かる。また、黄銅で観察されるベータ相の分布は、切削屑の投入あるいは未投入に関わらず同様の分布であった。
得られた鋳造材における切削屑の残存状態を確認するために、鋳造材表面から機械加工を行った(図1参照)。その結果、切削屑の投入量に関わらず切り込み量が6mmまで加工を行うと残存切削屑が観察されなくなった。軸受保持器の製造では、鋳造材表面は切削加工で除去する。そのため、通常の製品寸法を得るための切り込み量で切削加工を行っても切削屑は残存しない。従って、切削屑を利用した上記技術は、軸受保持器材の製造に用いる事が可能である。
製造した鋳造材を遠心力方向に分割し、各位置における硬さをマイクロビッカースにより測定した。図4に、切削屑を使用しない試料1、切削屑を100g使用した試料2および切削屑を500g使用した試料3のビッカース硬さを示す。この図の様に、切削屑を使用することで硬さが向上し、微細組織が微細化している鋳造材の外周部では、硬さが向上している傾向が認められた。従って、上記したように鋳造材表面から機械加工を行ったとしても十分な硬さを得ることができる。
本実施形態では、上記した検討結果を基に、さらに、作製された筒形状鋳物の表面を機械加工で除去する工程を加えることとしている(図1参照)。すなわち、上記した(1)〜(4)の工程により円筒形状鋳物を作製し、この後、その筒形状鋳物の表面を機械加工で除去する工程を加える。このことにより、欠陥のある部位を機械加工により除去した円筒形状鋳物を製造することができる。そして、このような製造方法を用いることで、図5に示すような軸受保持器を製造することができる。特に、切削屑として銅合金切削屑を用いることにより、銅合金製軸受保持器を製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材として金属切削屑を遠心力鋳造装置の金型にあらかじめ投入し、金型を回転させることによる遠心力印加を行い、回転中の金型へ溶解炉で溶解された金属母材溶湯を流し込み前記切削屑を溶解する工程を備えて円筒形状鋳物を作製する工程と、この工程で作製された円筒形状鋳物の表面を機械加工で除去する工程と、を備えたことを特徴とする円筒形状鋳物の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−110956(P2012−110956A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−264023(P2010−264023)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)