説明

円錐角膜の予防ないし治療剤

【課題】円錐角膜を予防又は治療する薬剤を提供する。
【解決手段】水素水を有効成分とする円錐角膜の予防または治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円錐角膜の予防ないし治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
円錐角膜は、眼球の角膜に起こる先天性疾患で、角膜中央部が徐々に薄くなり、前方に突出してくる。円錐角膜に罹患すると、近視と乱視が著しく進み、物が変形したり、二重に見えたり眩しく見えたりし、視力が低下する。10〜20代で発症し、特に男性に多い。30代くらいで大体進行が止まるが、1割の割合で進行が進む場合もある。2000人に1人程度の有病率とされてきていたが、昨今の診断機器の発達により軽症例の診断が可能になってきたため、有病率は増加する可能性がある。
【0003】
原因は不明であるが、アトピー性皮膚炎の合併症としても見られる。若年層での発症が多いため、勉学や就職など、社会的な負担も大きい疾患である。
【0004】
円錐角膜の治療剤として、特許文献1は生体適合性キレート化剤、特許文献2はミネラルコルチコイド受容体活性を調節可能な化合物、特許文献3は、L−カルニチンまたはアルカノイルL−カルニチンを使用する。
【0005】
臨床的には、これまで円錐角膜に対する治療法はなく、初期段階では、ハードコンタクトを使用することで、対処をするが、病状が進行すると、角膜が尖るため、ハードコンタクトを装用することも困難になる。
【0006】
1990年代にドイツのドレスデン大学によって角膜クロスリンキングと呼ばれる治療法が開発され、被験者の大半で円錐角膜の進行が抑えられる結果となり、世界中で角膜クロスリンキングによる治療が行われるようになった。しかし、角膜クロスリンキングは、ビタミンB2を点眼しながら、紫外線を照射する治療法であり、ビタミンB2を角膜に浸透させるために、角膜上皮を剥離しなくてはならず侵襲的であり、痛みも伴う。また、ある程度の角膜の厚みがないと、角膜の内側にある角膜内皮細胞にダメージを与えることになる。角膜内皮細胞は再生しない細胞である上、円錐角膜患者は角膜が薄くなっており、角膜クロスリンキングによる治療ができる患者は円錐角膜のごく初期の患者に限られてしまう。円錐角膜が進行すると最終的には角膜移植が行われるが、提供者を待つ必要があり、国内ドナーの数が限られていることもあり、角膜移植手術をすぐに行なうことはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2006-514696
【特許文献2】特表2008-500282
【特許文献3】特表2009-500369
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、角膜クロスリンキングのような侵襲的で病気を選ぶ治療ではなく、非侵襲的であり、かつ、円錐角膜の発症を抑えるか、症状の進行を阻止できる円錐角膜の予防または治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題に鑑み検討を重ねた結果、水素水を点眼することで円錐角膜の予防もしくは治療が可能であることを見出した。
【0010】
本発明は、以下の円錐角膜の予防もしくは治療剤を提供するものである。
項1. 水素水を有効成分とする円錐角膜の予防または治療剤。
項2. 点眼剤の形態である項1に記載の予防または治療剤。
項3. 水素水が、水素の飽和水溶液である項1又は2に記載の予防または治療剤。
【発明の効果】
【0011】
これまで対処療法しかなかった円錐角膜について、水素点眼剤を点眼することで、円錐角膜の予防/治療が行えることが本発明により初めて示された。
【0012】
本発明の水素点眼剤は、有効成分が水素であるので副作用の心配がなく、円錐角膜の症状ないし重症度によらず治療を行うことが可能である。
【0013】
さらに侵襲姓がないので、角膜クロスリンキングのように術後の角膜混濁や無菌性炎症の発症などはなく、安全な予防ないし治療剤である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】正常角膜と円錐角膜を示す模式図である。
【図2A】水素水の点眼により円錐角膜の発症が抑制できたことを示す図である。一方のモデルマウスの例であり、円錐角膜の発症は完全に抑制されている。生理食塩水のみを点眼した左眼(L)は円錐角膜が発症し、水素水を点眼した右眼は、円錐角膜の発症が抑制できた。
【図2B】水素水の点眼により円錐角膜の発症が抑制できたことを示す図である。もう一方のマウスの例であり、生後12週まで円錐角膜は発症していない。生理食塩水のみを点眼した左眼(L)は円錐角膜が発症し、水素水を点眼した右眼は、円錐角膜の発症が抑制できた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において、円錐角膜とは、眼球の角膜に起こる先天性疾患で、角膜中央部が徐々に薄くなり、前方に突出してくる(図1)。円錐角膜の診断は、自覚症状のないごく初期には角膜形状解析装置を用い、カラーコードマップを作成することにより行うことができる。円錐角膜は思春期の頃に発症することが多く、近視又は乱視の症状が出ることが多い。また、レーシック手術のために角膜の検査を行って見つかることも多い。円錐角膜の兆候のある患者にレーシック手術を行うと、円錐角膜の症状が急速に進行し、視力低下をきたすこともある。
【0016】
本発明の円錐角膜の予防もしくは治療剤は、角膜形状解析装置を用い、近視や乱視等の症状の軽いごく初期の段階で見つかれば、発症自体を予防することができ、症状が出始めた後であっても病気の進行を阻止するか遅らせることができる。円錐角膜は家族内発症の場合があり、近親者に円錐角膜患者がいる場合には、思春期又はその前の早期の段階で角膜の検査を受けて早期発見することが望ましい。また、レーシック手術の後は円錐角膜が進行することがあるので、レーシック手術を受けた後は円錐角膜の状態になっていないか検査することが望ましい。
【0017】
本発明で使用する水素水は、電気分解などの電気化学的手法により水中に水素ガスを発生させて調製してもよく、水に水素ガスをバブリングして水素ガスの飽和溶液を調製してもよい。水素は、水素水として点眼した場合に角膜に速やかに浸透し、作用を発揮すると考えられる。したがって、溶存水素の多い水素水のほうが効率的に角膜に水素を供給することができるので好ましい。したがって、水素水は、水素の飽和水溶液が好ましいが、水素ガスが含まれている限り円錐角膜の予防もしくは治療剤として使用することができる。水素の水に対する溶解度は、低温の方が大きくなるので、水素水の調製は、0℃以上であって、40℃以下、好ましくは30℃以下、より好ましくは25℃以下で調製することができる。また、水素水は、密封容器に保存し、アルミパックなどの水素ガス不透過性の袋に入れて、0℃以上であって、40℃以下、好ましくは30℃以下、より好ましくは25℃以下で保存して使用することができる。例えば冷蔵庫などで保存するのが水素ガス濃度を長期間維持するために好ましい。アルミパックなどの袋は、水素含有ガスを充填してもよく、水素吸着材を水素ガス不透過性の袋の中に入れて、水素ガスの漏出を抑制してもよい。
【0018】
水素ガスは沸点が低く徐々に水素水から放出されて水素濃度が低くなると考えられるため、容器には水素水をできるだけ多く入れて、容器上部の気体の割合をできるだけ少なくするか、容器上部の空間を水素ガスで満たして水素が水素水から放出されるのを防ぐのが望ましい。
【0019】
水素水は、純水と水素から構成されてもよいが、生理食塩水などの水溶液に水素をバブリング、電気分解などにより含ませたものでもよい。水素水には、保存剤、pH調整剤、塩化ナトリウムなどの塩類、l−メントールなどの香料/清涼化剤、粘度調整剤、キレート化剤、アミノ酸類及びビタミン類、他の薬効成分などを併用してもよい。
【0020】
本発明の円錐角膜の予防ないし治療剤は、点眼剤、眼軟膏剤、眼洗浄剤などの剤形で投与するのが好ましく、点眼剤が特に好ましい。
【0021】
本発明の円錐角膜の予防ないし治療剤は、水素水を目に直接適用するのがよい。水素水の眼に対する投与量は、点眼剤の場合には、1回1滴から数滴を1〜10回程度投与することができる。また、水素水は、毎日投与してもよく、1週間に1〜数日間投与してもよい。水素水は円錐角膜を予防するかその進行を止めるないし遅らせる効果があるので、できるだけ早期に投与するのが好ましく、思春期から30歳程度の疾患が進行すると考えられる時期、レーシックなどの手術の後に円錐角膜の兆候が見つかった時期などに集中して、及び/又は長期間投与するのが好ましい。水素水(特に水素点眼剤)の投与により円錐角膜の発症が抑制され、或いは進行が止まった場合、その後は点眼等の投与を中止しても、それ以上症状が悪化することを防止できる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
実施例1
実験方法と結果:
水素点眼剤による実験は円錐角膜モデルマウスを使って実験を行なった。
1)円錐角膜モデルマウス
モデルマウスは埼玉県立ガンセンターの松島芳文研究員が所有するSKC(spontaneous keratoconus)マウスを譲り受け、繁殖させたものである。生後12週目でほぼ100%円錐角膜を発症するマウスである。SKCマウスは松島研究員の研究成果(日本学術振興会科学研究費基盤研究(B)(研究課題番号:12470370)「新しく発見した遺伝性円錐角膜マウスの分子病態」)で発見されたマウスであり、 Mouse Genome Informatics(http://www.informatics.jax.org/)への登録(ID: 2388805)がされている。
【0023】
SKCマウスが円錐角膜を発症する際、これまでの実験結果では、同一の個体ではほぼ左右同時に発症している。多少ずれた場合でも、ほぼ全例で最初の眼が発症してから1〜2週間以内に反対眼も発症している(参考論文:Tachiana M, Adachi W, et al. Androgen-dependent hereditary mouse keratoconus: linkage to an MHC region. Invest Ophthalmol Vis Sci 2002; 43: 51-57)。
【0024】
2)実験方法
2匹のマウスを使い、右眼には水素点眼剤、左眼には生理食塩水(コントロール)を1日5回行なった。
【0025】
水素点眼剤は、生理食塩水に水素をバブリングさせたもので、10分のバブリングでほぼ100%飽和になる。今回は12〜15分バブリングを行っているため、100%飽和の水素水と考えてよい。それをアルミパウチに入れて保管し、毎日新しいパウチを開けて使用した。
一回の投与量は、1眼につき5μlであり、アルミパウチに密閉して保管している限り水素はほとんど抜けないため、水素含有量はほぼ一定と考えられる。一方、大気中の水素は非常に微量であるため、生理食塩水自体に水素が単体として含まれても無視できるほど少ないといえる。
【0026】
3)実験結果
図2は、4匹のマウスのうちの一例を示す。このマウスは12週目に入るまで右眼に水素点眼剤を点眼した。12週に入っても発症が見られないため、明らかに水素による発症予防効果があるといえる。もう一匹のマウス(図3)も生後12週まで発症が見られなかった。双方のマウスとも対照眼は生後6週目には発症した。これらの結果は水素の効果があったといえる。また、これらのマウスは生後13週以降は点眼を中止して経過を観察したが、生後6か月まで右眼での発症は見られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素水を有効成分とする円錐角膜の予防または治療剤。
【請求項2】
点眼剤の形態である請求項1に記載の予防または治療剤。
【請求項3】
水素水が、水素の飽和水溶液である請求項1又は2に記載の予防または治療剤。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【公開番号】特開2011−213613(P2011−213613A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−81217(P2010−81217)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】