冠水応答関連遺伝子及びその利用
【課題】冠水応答に関連する遺伝子の単離・同定並びに当該遺伝子を利用すること。
【解決手段】特定のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを冠水応答に関連する遺伝子として単離し、この遺伝子を利用することで、容易に冠水応答を発現する植物を創出できる。すなわち、冠水条件下において、エチレン生合成酵素ACS5遺伝子の発現が活性化されることによりエチレンが合成され、蓄積したエチレンがエチレン応答転写因子であるSK1及びSK2の発現を誘導し、冠水応答の発現を引き起こす。また、GAの生合成経路につながるSK1及びSK2によるシグナル伝達の結果、直接的又は間接的に節間伸長を誘導する程度にGA濃度が上昇する。
【解決手段】特定のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを冠水応答に関連する遺伝子として単離し、この遺伝子を利用することで、容易に冠水応答を発現する植物を創出できる。すなわち、冠水条件下において、エチレン生合成酵素ACS5遺伝子の発現が活性化されることによりエチレンが合成され、蓄積したエチレンがエチレン応答転写因子であるSK1及びSK2の発現を誘導し、冠水応答の発現を引き起こす。また、GAの生合成経路につながるSK1及びSK2によるシグナル伝達の結果、直接的又は間接的に節間伸長を誘導する程度にGA濃度が上昇する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の水深の増大に対する応答(冠水応答)に関する遺伝子の単離、同定、並びに該遺伝子を利用した植物の冠水耐性を改善する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
干害のほか豪雨による冠水害といった自然災害は、コメを初めとする穀類など食物生産に不安定し、収量を低下させる。近年、こうした自然災害に耐性のある作物を育種して食糧生産を安定化させる必要性が高まってきている。
【0003】
イネ(0ryza sativa)は、半水性植物とされており、水の必要性と水に対する体制によって、陸稲(highland rice)、水稲(lowland rice)及び浮きイネ(深水イネ)(deepwater rice又はfloating rice)に分類することができる。陸イネや水イネは、高地又は浅水領域(水深10cm程度)で栽培されているが、こうした栽培地域において雨季や豪雨などによって水位が上昇するとイネは水没し、この種のイネは酸素欠乏により枯死してしまう。これに対して浮きイネは、水位に応じて茎の節間を伸張させて冠水を回避するという戦略を取ることができる。浮きイネは、水深の増大、すなわち、冠水により劇的に節間を伸張させ、水面上に葉を展開することにより酸素欠乏を回避しガス交換を回復して冠水に抗して生き延びることができる。ある種の浮きイネにあっては、冠水の間に、一日あたり20〜25cmにも及ぶ顕著な節間伸張が起こり、空気中で1m程度であったものが冠水によって最大8mにまでも伸張することが知られている(非特許文献1)。このような冠水に応じた劇的でかつ急激な成長は、過酷な環境に対するユニークな生物学適合の一つである。
【0004】
cDNAやマイクロアレイなどの分子遺伝学的にアプローチが冠水応答に対するメカニズムを解明するために行われてきている。また、冠水応答に対する従来からの古典的な実験によって、冠水応答に関与するいくつかの遺伝子が明らかにされている(非特許文献2、3)。また、浮きイネの生理学的な研究によれば、エチレン、アブサイシン酸及びジベレリンが冠水応答に関与することが示唆されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Vergara et al., Climate and rice pp. 301-320(1976)
【非特許文献2】Hattori et al., Breeding Science 57: 305-314(2007)
【非特許文献3】Hattori et al., Breeding Science 58: 39-46(2008)
【非特許文献4】Kende et al., Plant Physiology 118: 1105-1110(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、こうした冠水応答に関与する遺伝子は現在までのところ単離同定されていない。先行技術によって明らからされた遺伝子に関する情報は、相互に整合するものではなく、関与するとされた遺伝子はいまだにその位置も特定されていない。
【0007】
一方、このような遺伝子を利用することで、雨季や豪雨にあっても、酸素欠乏により枯死することなく生き抜く冠水耐性植物を育種することが可能となる。加えて、当該遺伝子を利用して、稲ワラなどソフトバイオマスとしての収量増加が可能な植物を育種することも可能となる。
【0008】
本発明は、冠水応答に関連する遺伝子の単離・同定並びに当該遺伝子を利用することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、イネにおける冠水応答に関与する遺伝子を単離同定し冠水応答についての分子レベルでのメカニズムを理解するために、ポジショナルクローニングを組み合わせたQTL解析により関与する遺伝子の同定を試みた。膨大な実験及び解析の結果、本発明者らは、冠水応答関連遺伝子を単離同定することに初めて成功した、さらに同定した遺伝子を非浮きイネ種に導入することで冠水応答能力を獲得した形質転換植物を得た。本発明によれば、これらの知見に基づき、以下の手段が提供される。
【0010】
本発明によれば、下記(a)〜(f)のいずれかのポリヌクレオチドが提供される。本発明のポリヌクレオチドはイネ由来であってもよい。
(a)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(b)配列番号4で表されるアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(c)配列番号4で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(d)配列番号3で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド。
(e)配列番号3で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(f)配列番号3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0011】
本発明によれば、本ポリヌクレオチドを含むベクター、当該ベクターが導入された植物細胞、当該植物細胞を含む形質転換植物体、当該植物体の子孫又はクローン、当該植物体の繁殖材料も提供される。
【0012】
また、本発明によれば、本発明のポリヌクレオチドを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む、形質転換植物体の製造方法も提供される。
【0013】
さらに、本発明によれば、有用作物の生産方法であって、本発明の形質転換植物体を栽培する工程と、前記形質転換植物体を収穫する工程と、を備える、生産方法が提供される。該生産方法において、前記栽培工程は、前記形質転換植物体において冠水応答を誘導するステップを含む工程としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】冠水応答の概略を示す図である。
【図2】準同質遺伝子系統NIL-12及びNIL-12Bの作製プロトコールを示す図である。
【図3】T65、C9285及びNIL-12における冠水応答を示す図である。上段は、各系統のゲノタイプを模式的に示し、下段は、各植物体の空気中及び冠水条件下での栽培例を示す。
【図4】各種系統における冠水応答時の節間伸長程度の測定結果を示す図である。
【図5】BhaduaとC9285の12番染色体上のQTLのポジショナルクローニングの結果を示す図である。
【図6】C9285BAC中の候補領域における18個の推定遺伝子の発現パターンを示す図である。
【図7】SK1、SK2及びACS5の発現解析結果を示す図である。
【図8】SK1及びSK2の機能獲得解析結果を示す図である。
【図9】SK1及びSK2の過剰発現体における節間伸長数の測定結果を示す図である。
【図10】SK1、SK2及びACS5の組織特異的発現解析結果を示す図である。
【図11】SK1及びSK2のゲノム構造を示す図である。
【図12】典型的又は代表的な植物由来のAP2/ERF遺伝子との比較に基づくSK1及びSK2の発生系統樹を示す図である。
【図13】SK1タンパク質及びSK2タンパク質の細胞内局在を示す図である。
【図14】酵母におけるトランス活性化活性の測定結果を示す図である。
【図15】植物ホルモンとSK1及びSK2の誘導との関係を示す図である。図中の数字は、ホルモン処理日数を示す。
【図16】T65及びC9285における冠水条件下での植物体中のエチレン濃度の測定結果を示す図である。
【図17】T65及びC9285における冠水条件下でのエチレン関連遺伝子の発現パターンを示す図である。
【図18】非冠水条件下、エチレンによる節間伸長促進を示す図である。
【図19】エチレン阻害剤が添加された冠水条件下での節間伸長抑制を示す図である。
【図20】イネにおけるEIN3様タンパク質の系統樹と構造を示す図である。
【図21】EIN3の結合サイト確認のためのプライマー及び既知のEBSとのアライメント等を示す図である。
【図22】SK1及びSK2へのOsEIN3タンパク質の配列特異的結合を示す図である。
【図23】SK1及びSK2のプロモーター領域の変異体による競合試験結果を示す図である。
【図24】冠水処理時間と植物体中のGA1の濃度変化を示す図である。
【図25】GA処理下での節間伸長の測定結果を示す図である。
【図26】NIL-12等における節間伸長の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、冠水応答に関与する遺伝子及びその利用に関連する。本発明は、本発明者らは、冠水応答のトリガーとなる遺伝子を以下のとおり初めて単離同定に成功下ことに基づく。
【0016】
すなわち、冠水応答に関連する遺伝子を有する可能性の高いQTLの一つである12番染色体の長腕に座乗するQTLに関して準同質遺伝子系統(NIL-12)を作製した(図2)。すなわち、T65の遺伝的背景を有し12番染色体の末端にC9285の遺伝子断片を有するNIL-12を作製した。NIL-12は、水深増大に対して節間伸長にて応答することを見出した。
【0017】
さらに、これらの結果に基づき、異なる二つのマッピング集団、すなわち、T65/C9285の交配種に由来するNIL12のヘテロ準同質遺伝子系統16000株(図2)及びT65/Bhaduaの交配種に由来するNIL-12Bのヘテロ準同質遺伝子系統12000株(図2)を作製し、そのQTLのポジショナルクローニングを試みた。QTLに対する候補領域は、二つの独立した集団において重複しており、QTLを同定するために、さらに、この重複した候補領域をカバーするBACライブラリを構築し、塩基配列解析の結果、C9285において追加の領域が見出された。見出された全体として67.5kbのDNA断片は18個のORFを有することが予測された(図5)。
【0018】
18個のORFのうち、二つの遺伝子、Snorkel1(SK1)及びSnorkel2(SK2)は空気中では発現しておらず、深水条件では強く発現していた(図6、図7)。そこで、SK1及びSK2が、冠水応答を誘導することを確認するために、前記BACライブラリのサブライブラリから、二つの遺伝子(SK1、SK2)のいずれか一方又は両方を保持する3種のサブクローンを作製し(図5)、これらを用いて非浮きイネ種であるT65を形質転換した。また、Bhadua種についても同様にBACライブラリを作製してSK1及びSK2によりT65を形質転換した。
【0019】
各種の形質転換体に対する冠水応答を評価した結果、SK1及びSK2は、いずれも冠水応答に関与することがわかった(図7、図8、図9)。また、SK2遺伝子が冠水応答に必須であって強く寄与し、SK1は弱く作用することがわかった。
【0020】
本発明によれば、本発明者らが新たに単離・同定した遺伝子を用いて植物を改変することで、冠水耐性を有するあるいは向上された形質転換植物を得ることができる。本発明者らが見出した遺伝子は、特に農業分野、バイオマスを原料とするエネルギー分野及び化学工業分野に有用である。例えば、雨季や豪雨時の増水時の冠水に抗して生き延びて収穫できるイネなどの植物を得ることができる。また、茎や葉が伸張した植物が得られることから、茎葉を有用部位(食用としてあるいはバイオマスとして)とする場合、収量の多い植物を得ることができる。
【0021】
本発明者らが単離・同定した遺伝子を利用して植物を創出する場合、形質転換によることが好ましい。形質転換に要する期間は交配による遺伝子移入に比較して極めて短期間であり、他の形質の変化を伴わないで冠水耐性を付与又は向上させることができる。本発明者らが単離した遺伝子を利用することにより、冠水耐性を容易に改善することができる。また、穀類には、ゲノムシンテニー(遺伝子の相同性)が極めてよく保存されているため、本発明者らが単離した遺伝子は、コムギ、オオムギ、トウモロコシなどの穀物育種への応用が期待できる。さらに、本発明者らが単離した遺伝子は、エチレン応答転写因子であり、植物に広く分布することから、当該遺伝子の導入により全ての植物で耐水応答を改善することができると考えられる。
【0022】
本発明者らが見出した遺伝子は、イネ以外の他のイネ科植物(例えば、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、サトウキビ、ソルガム等)を含む植物に利用であると考えられ、広く農業分野、エネルギー分野及び化学工業分野に有用である。
【0023】
(ポリヌクレオチド)
本発明のポリヌクレオチドは、核局在性のエチレン応答転写因子であって冠水応答として茎の節間伸張を誘導するタンパク質(本発明のタンパク質、以下本タンパク質ともいう。)をコードしている。以下、本タンパク質について説明する。
【0024】
(タンパク質)
本タンパク質は、核局在シグナル(Nucler Localizaion Signal(NLS))を有する。核局在シグナルは、通常、塩基性アミノ酸を主体として構成されている。本タンパク質のNLSとしては、例えば、配列番号5及び配列番号6(いずれも推定配列である。)が挙げられるが、これに限定するものではない。また、本タンパク質は、DNA結合ドメインであるERFドメインを有することができる。本タンパク質に包含されるある種のERFドメイン(AP2/ERFドメイン)(配列番号7及び配列番号8)の系統発生解析によれば、これらの当該アミノ酸配列は、OsSUB1タンパク質及びOsERFに類似していることがわかっている。なお、配列番号5及び7は、配列番号2で表されるアミノ酸配列におけるNLS(推定)及びERFであり、配列番号6及び8は、配列番号4で表されるアミノ酸配列におけるNLS(推定)及びERFである。
【0025】
本タンパク質は、そのC末端側にエチレン応答転写因子活性を有することができる。より具体的には、当該タンパク質が保持するERFドメインよりもC末端側にエチレン応答転写因子活性を有することが好ましい。エチレン応答転写因子活性は、例えば、後段における実施例に開示の方法で検出することができる。
【0026】
本タンパク質の一態様として、配列番号2及び配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。これらのタンパク質は、バングラデシュ原産の栽培品種の浮きイネであるC9285から単離されたものである。本タンパク質の他の態様としては、後述するように、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と高い同一性のアミノ酸配列を有するタンパク質、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加及び/又は挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質、配列番号1又は3で表される塩基配列の相補鎖にストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。
【0027】
本ポリヌクレオチドとしては、配列番号2又は配列番号4で表されるアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドが挙げられる。なお、これらの本ポリヌクレオチドは、それぞれ単独で用いることもできる。その場合、配列番号4で表されるアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを好ましく用いることができる。本ポリヌクレオチドとしてはこれら双方を利用するのがより好ましい。配列番号2及び配列番号4で表されるアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドとしては、それぞれ配列番号1及び配列番号3で表される塩基配列を有するポリヌクレオチドが挙げられる。かかるポリヌクレオチドは、公知技術によって調製することができる。例えば、イネ組織抽出物からtotal mRNAを調製し、配列番号1又は配列番号3で表される塩基配列をもとにプライマーを設計し、RACE法などPCR法等を行って上記配列番号の完全長cDNAを得ることができる。またはイネ組織抽出物からcDNAライブラリを作製し、上記塩基配列をもとにプローブを設計し、ハイブリダイゼーション法等によって得ることもできる。さらには、上記配列番号に記載の塩基配列をもとに、人工的に合成してもよい。
【0028】
本ポリヌクレオチドは、配列番号2及び4で表されるアミノ酸配列をコードするものに限定されるものではなく、冠水時に茎の節間を伸張する活性(冠水応答活性)を呈するタンパク質をコードするものであればよい。このようなポリヌクレオチドは、上記のような冠水応答活性を有する限り、天然から調製されたものでも人工的に調製されたものでもよい。例えば、上記配列番号のオーソログ、ホモログ、人工的に変異を導入したものが挙げられる。なお、冠水応答活性は、実施例に開示の方法の少なくとも一つで評価することができる。例えば、形質転換植物体を作製し、冠水時における該植物体の節間伸長の測定や、空気中におけるエチレン又はエテフォンへの暴露による前記植物体の節間伸長の測定で行うことができる。
【0029】
本ポリヌクレオチドは、植物ゲノムのデータベースに対して、配列番号2又は4のアミノ酸配列や配列番号1、3の塩基配列を利用して相同性検索を行ってこれらの配列と高い同一性を有するものであってもよい。例えば、冠水応答として茎の節間伸張を呈すイネなどの植物の野生種及び栽培種などのイネ科植物又はその他の植物から、NLS及びERFに関するアミノ酸配列又はこれをコードする塩基配列の情報に基づいて、イネゲノムのデータベース等植物ゲノムのデータベースを利用した相同性検索等で抽出するなどして抽出されるアミノ酸配列をコードするものであってもよい。
【0030】
本ポリヌクレオチドは、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と高い同一性のアミノ酸配列をコードすることが好ましいが、高い同一性とは、少なくとも40%以上、好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに好ましくは少なくとも95%以上、さらに好ましくは少なくとも97%以上(例えば、98から99%)の配列の同一性を意味する。アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、例えば、Karlin and Altschul によるアルゴリズムBLAST (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-2268, 1990、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877, 1993)によって決定することができる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)。
【0031】
本ポリヌクレオチドは、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加及び/又は挿入されたアミノ酸配列をコードするものであってもよい。PCRによる変異導入法やカセット変異法などの当業者に周知の遺伝子改変方法を施し、部位特異的にまたはランダムに変異を導入することによって調製することができる。または上記配列番号記載の塩基配列に変異を導入した配列を、市販の核酸合成装置によって合成することも可能である。
【0032】
なお、アミノ酸の変異を伴わない縮重変異体も、本ポリヌクレオチドに含まれる。
【0033】
本ポリヌクレオチドは、配列番号1又は3で表される塩基配列の相補鎖にストリンジェントな条件でハイブリダイズするものであってもよい。ここで、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、当業者であれば、適宜選択することができる。一例を示せば、25%ホルムアミド、より厳しい条件では50%ホルムアミド、4×SSC、50mM HEPES (pH7.0)、10×デンハルト溶液、20μg/ml変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション溶液中、42℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行った後、標識したプローブを添加し、42℃で一晩保温することによりハイブリダイゼーションを行う。その後の洗浄における洗浄液および温度条件は、「1xSSC、0.1% SDS、37℃」程度で、より厳しい条件としては「0.5xSSC、0.1% SDS、42℃」程度で、さらに厳しい条件としては「0.2xSSC、0.1% SDS、65℃」程度で実施することができる。このようにハイブリダイゼーションの洗浄の条件が厳しくなるほどプローブ配列と高い相同性を有するポリヌクレオチドの単離を期待しうる。但し、上記SSC、SDSおよび温度の条件の組み合わせは例示であり、当業者であれば、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する上記若しくは他の要素(例えば、プローブ濃度、プローブの長さ、ハイブリダイゼーション反応時間など)を適宜組み合わせることにより、上記と同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。こうしたポリヌクレオチドは、通常、配列番号1又は3で表される塩基配列と少なくとも40%以上、好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに好ましくは少なくとも95%以上、さらに好ましくは少なくとも97%以上(例えば、98から99%)の配列の同一性を有するものである。
【0034】
本ポリヌクレオチドは、ゲノムDNA、cDNA、化学合成DNAが含まれるほか、DNA/RNAハイブリッド、DNA/RNAキメラであってもよい。またRNAの構成塩基を備えていてもよいほか、天然塩基を化学的修飾した塩基や糖鎖を備えていてもよい。
【0035】
本ポリヌクレオチドは、その由来を問うものではない。本ポリヌクレオチドは、好ましくは植物由来である。実施例に記載したように、本ポリヌクレオチドはイネ(イネ科)から分離したものであるが、同様の冠水応答を示す植物であれば存在すると考えられる。本ポリヌクレオチドは、好ましくは単子葉植物由来であり、より好ましくはイネ科由来である。
【0036】
(発現ベクター)
本発明の発現ベクターは、本ポリヌクレオチドを保持する発現ベクターである。本発明のベクターは、本タンパク質を生産するためのほか、形質転換植物体作製のために植物細胞内で本ポリヌクレオチドを発現させるベクターとして用いられる。このようなベクターは、植物細胞で転写可能なプロモーター配列と転写産物の安定化に必要なポリアデニレーション部位を含むターミネーター配列を含んでいれば特に制限されず、例えば、プラスミド「pBI121」、「pBI221」、「pBI101」(いずれもClontech社製)などが挙げられる。植物細胞の形質転換に用いられるベクターとしては、該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、植物細胞内での恒常的な遺伝子発現を行うためのプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクターや外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることも可能である。ここでいう「植物細胞」には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが含まれる。
【0037】
本発明のベクターは、本発明のタンパク質を恒常的または誘導的に発現させるためのプロモーターを含有しうる。恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター(Odell et al. 1985 Nature 313:810)、イネのアクチンプロモーター(Zhang et al.1991 Plant Cell 3:1155)、トウモロコシのユビキチンプロモーター(Cornejo et al. 1993 Plant Mol.Biol. 23:567)などが挙げられる。
【0038】
なお、誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入、低温、高温、乾燥、紫外線の照射、特定の化合物の散布などの外因によって発現することが知られているプロモーターなどが挙げられる。このようなプロモーターとしては、例えば、イネキチナーゼ遺伝子のプロモーター(Xu et al. 1996 Plant Mol.Biol.30:387)やタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーター(Ohshima et al. 1990 Plant Cell 2:95)、イネの「lip19」遺伝子のプロモーター(Aguan et al. 1993 Mol.GenGenet. 240:1)、イネの「hsp80」遺伝子と「hsp72」遺伝子のプロモーター(Van Breusegem et al. 1994 Planta 193:57)、シロイヌナズナの「rab16」遺伝子のプロモーター(Nundy et al. 1990 Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87:1406)、パセリのカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター(Schulze-Lefert et al. 1989 EMBO J. 8:651)、トウモロコシのアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーター(Walker et al. 1987 Proc.Natl.Acad.Sci.USA 84:6624)などが挙げられる。本発明によれば、こうした発現ベクターが導入された宿主細胞も提供される。
【0039】
(形質転換細胞)
本発明の形質転換細胞は、本発明のベクターが導入された細胞である。本発明のベクターが導入される細胞には、組み換えタンパク質の生産に用いる大腸菌、酵母、動植物細胞、昆虫細胞等の細胞の他に、形質転換植物体作製のための植物細胞が含まれる。植物細胞としては特に制限はなく、例えば、シロイヌナズナ、イネ、トウモロコシ、ジャガイモ、タバコなどの細胞が挙げられる。本発明の植物細胞には、培養細胞の他、植物体中の細胞も含まれる。また、プロトプラスト、苗条原基、多芽体、毛状根も含まれる。植物細胞へのベクターの導入は、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など当業者に公知の種々の方法を用いることができる。
【0040】
(形質転換植物)
本発明の形質転換植物は、本発明のベクターが導入された植物細胞を含んでいる。形質転換植物は、本発明のベクターを導入して形質転換した植物細胞から植物体を再生させることにより得ることができる。形質転換植物細胞は、上記のとおり公知の方法で作製できるが、例えば、例えば、ポリエチレングリコールによるプロトプラストへ遺伝子導入(Datta,S.K. (1995) In Gene Transfer To Plants(Potrykus I and Spangenberg Eds.) pp66-74)、電気パルスによるプロトプラストへ遺伝子導入(Toki et al. (1992) Plant Physiol. 100, 1503-1507)、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入(Christou et al. (1991) Bio/technology, 9: 957-962.)およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入(Hiei et al. (1994) Plant J. 6: 271-282.)等の各種方法が挙げられる。また、転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である(Toki et al. (1995) Plant Physiol. 100:1503-1507参照)。例えば、イネであればFujimuraら(Plant Tissue Culture Lett. 2:74 (1995))の方法が挙げられ、トウモロコシであればShillitoら(Bio/Technology 7:581 (1989))の方法やGorden-Kammら(Plant Cell 2:603(1990))が挙げられ、ジャガイモであればVisserら(Theor.Appl.Genet 78:594 (1989))の方法が挙げられ、タバコであればNagataとTakebe(Planta 99:12(1971))の方法が挙げられ、シロイヌナズナであればAkamaら(Plant Cell Reports12:7-11 (1992))の方法が挙げられる。
【0041】
ゲノム内に本ポリヌクレオチドが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。本発明には、本発明のDNAが導入された植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫、およびクローンの繁殖材料が含まれる。
【0042】
このようにして作出された植物体は、冠水応答能が付与又は向上され、冠水に対して耐性が改善されたものとなっている。したがって、冠水にあっても収穫を期待できるとともに、茎葉部分の収量増大が期待できる植物体となっている。
【0043】
また、こうして作出された植物体は、自然災害による冠水に耐性があるほか、人為的に冠水させるかあるいは空気中でエチレンに暴露することで、意図的に冠水応答を生じさせることで茎の節間を伸長させることができる。このため、草丈の高い、あるいは茎葉部分が多い植物体を容易に得ることができる。
【0044】
(生産方法)
本発明の有用作物の生産方法は、本発明の形質転換植物体を栽培する工程と、前記形質転換植物体を収穫する工程を備えている。本発明の生産方法によれば、雨季や豪雨などによる冠水時にあっても作物が生き延びることができるので確実に作物を収穫することができる。また、栽培工程は、形質転換植物体において冠水応答を誘導するステップを含んでいてもよい。冠水応答は、形質転換体を冠水し又はエチレンに暴露することにより人工的に誘導することができる。こうした処理を実施することで、形質転換植物体に冠水応答を誘導し、茎の節間を伸長させることができる。この結果、草丈の高い、あるいは茎葉部分が多い植物体を収穫できるようになる。
【0045】
なお、冠水応答を誘導するための冠水処理は、冠水応答が誘導できる程度の水位となるように植物体に水を供給すればよい。好ましくは、植物の高さの50%以上の高さの水位であり、より好ましくは同70%以上であり、さらに好ましくは同80%以上であり、一層好ましくは、90%以上であり、最も好ましくは完全に水没する程度である。また、冠水応答をエチレンに暴露することにより誘導する場合、冠水応答が誘導できる程度の濃度あるいは量のエチレンに暴露すればよい。エチレンへの暴露は、例えば、空気中など植物体が生存できるガス雰囲気においてエチレンガスとして供給することができる。ガス雰囲気中の適切なエチレン濃度や暴露時間は、予め決定しておくことができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。以下、本発明の材料及び方法について説明する。
【0047】
(1)植物材料及び冠水応答評価
インド原産の野生種であり冠水耐性のあるW0120((O. ru The Indian wild rice species W0120 (O. rufipogon; perennial), (Morishima et al. 1962), バングラディッシュで栽培されている浮きイネの栽培種であるC9285及びBhadua(いずれもO. sativa, ssp. インデカ種)を、浮きイネ種として以下の実験に用いた。
【0048】
インド原産の野生種W0106 (O. rufipogon; 一年性)と栽培種Taichung 65 (T65; O. sativa ssp. ジャポニカ種)を、浮きイネの特徴を有しないイネ(以下、非浮きイネ種又は対照種と称する。)及び交雑用に用いた。さらに、O. glumaepatula (W2199)を栽培種として用いた。これらの系統、C9285、 W0120、 W0106及び O. glumaepatula は、いずれも国立遺伝学研究所(日本)から取得したものを用い、T65は、名古屋大学で栽培したものを用いた。
【0049】
植物体は、ペトリ皿内の水中で、30℃、72時間処理して発芽させた後、直径10cm、高さ13cmのポットに移植した。10葉期に、茎の節間伸張長さ(TIL)を評価するのにあたって、植物体を3000Lのタンク内で1週間、その高さの70%まで冠水させた(図1参照)。
【0050】
(2)栽培種と野生種のBACライブラリの構築
BACライブラリは、植物体の若葉から常法に従い構築した。すなわち、HindIII によるDNAの部分的消化処理、パルスフィールドゲル電気泳動(CHEF, Bio-Rad Laboratories, Hercules, California, USA)による巨大DNAのサイズ分画、ベクター (pIndigo BAC-5, EPICENTRE Biotechnologies, Madison, Wisconsin, USA)への連結及び大腸菌E. coli (DH10B strain)への形質転換により構築した。陽性のBACクローンは、少なくともイネゲノムDNAの6倍量に相当する総DNAを保持する十分な個数のBACライブラリのそれぞれにつき、プールしたDNAからPCRによりスクリーニングした。また、これらのBACライブラリにつき、高密度BACフィルターからサザンハイブリダイゼーションで陽性クローンをスクリーニングした。
【0051】
(3)準同質遺伝子系統及びピラミディング系統の作製
浮きイネ種であるC9285の1番染色体、3番染色体及び12番染色体上のQTLに対応する遺伝子断片をT65の遺伝的背景に対して備える準同質遺伝子系統(NIL-1、NIL-3及びNIL-12)をそれぞれ作製した。図2に示すように、浮きイネの栽培種C9285及びBhaduaをそれぞれ非浮きイネ種T65と交配した。これらの交配種につき、T65を反復親とする4回の戻し交配とマーカー利用選抜(MAS)によりNIL-12(BC4F1集団)を得た。さらに、自殖を行い、準同質遺伝子系統の後代NIL-12及びNIL-12B(BC4F2集団)を得た。同様にしてNIL-1及びNIL-3につきBC4F2集団を得た。ピラミディング系統であるNIL1+3、NIL3+12、NIL1+12及びNIL1+3+12は、準同質遺伝子系統NILsを互いに交配することにより得た。
【0052】
(4)SK1遺伝子及びSK2遺伝子のクローニング
T65とC9285(BC4F2)の交配種からのヘテロ系統NIL-12(BC4F2)の16000個体と、T65とBhadua(BC4F2)の交配種から得たヘテロ系統NIL-12B(BC4F2)の12000個体をSK1及びSK2のポジショナルクローニングに利用した。
【0053】
冠水条件でのSK1及びSK2の表現型の評価(節間伸張長さの測定)は、F3及びF4個体を用いて行った。C9285、Bhadua及びT65の候補領域内にあるDNA断片につき、表現型を比較した。プロモーター領域を含むSK1及びSK2の全長ゲノムDNAを、バイナリベクターpBI-Hm12に導入した。これらのDNA断片は、アグロバクテリウム法によりジャポニカ種であるT65に導入した。対照として、こうしたDNA断片を含まない空のベクターをT65に導入した。
【0054】
(5)RNAの分離及び半定量的RT-PCR
全RNAを、Samblookら(Molecular Cloning A Laboratory Mannual Cold Spring Harbor、1989)の方法により調製し、cDNAの第1の鎖をオムニスクリプト リバース トランスクリプションキット(Qiagen, California, USA)を用いて2μgの全RNAから合成した。遺伝子特異的なプライマーを用いて半定量的RT-PCRをKanekoらの方法(Kaneko et al., 2003)により実施した。
【0055】
(6)プラスミドの構築及び植物体の形質転換
SK1及びSK2が過剰発現した形質転換体を作製するために、SK1とSK2のcDNAを増幅してpCR4 Blunt-TOPO (Invitrogen, California, USA)に導入した。このプラスミドの塩基配列を解析して正しくSK1及びSK2が導入されたことを確認した。プラスミドを制限酵素処理して、DNA断片をACTIN1 プロモーター及びnosターミネーターを有するpBI101バイナリベクターに導入した。このバイナリベクターを、アグロバクテリウムEHA101株(A. tumefaciens strain EHA101 (Hood et al., 1986))にエレクトロポレーションで導入した。イネを、文献(Hiei, Y., Ohta, S., Komari, T. & Kumashiro, T. Efficient transformation of rice (Oryza sativa L.) mediated by Agrobacterium and sequence analysis of the boundaries of the T-DNA. Plant J. 6, 271-282 (1994).)記載の方法で形質転換した。簡略して説明すると、DNA断片が導入されたアグロバクテリウムEHA101株を栽培イネであるT65のカルスにエレクトロポレーションで導入し、形質転換植物体を、50 mg/l ハイグロマイシンを含有する培地で選択した。ハイグロマイシン耐性植物体を土壌に移植し、30℃で16時間光条件/8時間暗条件で栽培した。
【0056】
(7)GFP融合タンパク質を発現させるためのプラスミドの構築
GFP融合タンパク質を作製するため、SK1とSK2のcDNAをその配列に基づくプライマーを用いてPCRで増幅した。SK1遺伝子又はSK2遺伝子のN末端にGFPが連結した融合タンパク質をACTIN1プロモーターの制御下で発現させるために、PCR産物を、pCR4 Blunt-TOPO (Invitrogen)に導入し、その後pUC119 ベクターに導入した。
【0057】
(8)顕微鏡観察
GFP-SK1及びGFP-SK2の各融合タンパク質をコードするDNAコンストラクトで金粒子をコートし、 PDS-1000/He biolistic system (Bio-Rad, California, USA)を用いてタマネギ表皮細胞に衝撃波で粒子を導入した。タマネギ表皮細胞を22℃の暗室で培養し、24時間後、細胞層をスライドグラスに載置した。この試料を、核を染色してSK1及びSK2の誘導体細胞内局在を評価するために、2 μg/μL の4',6-ジアミジノ-2-フェニリンドール n-ハイドレート (DAPI; Dojindo, Kumamoto, Japan) 溶液に浸漬した。染色した試料を、共焦点マイクロスキャニングレーザー顕微鏡 (FV500; Olympus, Tokyo, Japan)で観察した。
【0058】
(9)トランス活性化活性の測定
GAL-4系のマッチメーカーの2ハイブリッドシステム3(クロンテック社製)をトランス活性化活性の測定に用いた。コンストラクトpGBKT7- BD -SK1 (or SK2)-Full、 pGBKT7- BD-SK1 (又は SK2)-NT、 pGBKT7-BD-SK1 (or SK2)-AP2/ERF及びpGBKT7- BD -SK1 (又はSK2)-CTを構築するために、SK1及びSK2につき、その全長(Full)、N末端側(NT)、AP2/ERFドメイン及びC末端(CT)をPCRを用いて増幅した。解析により確認したPCR産物をEcoRI 及び PstIで処理後、 pGBKT7 ベクターに導入し、GAL-4−結合性ドメインと連結した。すべてのコンストラクトを、酵母AH109株に導入した。それぞれの酵母の液体培養を順にOD600=0.6にまで希釈し、各希釈液2μlをトリプトファン−ヒスチジン陰性SD(Synthetic Dropout)培地に接種した。
【0059】
(10)植物ホルモンの定量
植物ホルモン(オーキシン(IAA)、ブラシノステロイド(BR)、サイトカイニン(CK)、ジベレリン(GA)、アブサイシン酸(ABA))は、約100mg(生重量)のイネの茎から抽出した。これらの植物ホルモンは、文献(Hirano et al. 2008)記載の方法に準じて、液体クロマトグラフィー−マススペクトロスコーピィシステムクロマトグラフィー(UPLC/Quattro Premier XE; Waters, Massachusetts, USA)及びODSカラム(Acquity-UPLC BEH-C18, 1.7 μm, 2.1 x 100 mm, Waters)を用いて定量した。エチレン含量は、ガスクロマトグラフ(日立、263-30)を用いて測定した。節及び節間を含む茎基部を、冠水から1日経過後に収穫し、6mlのガラスバイアル内に載置し、1時間保持した。バイアルから採取したガス1ml中のエチレン量を測定した。
【0060】
(11)植物ホルモンによる処理及び植物ホルモンの阻害
植物ホルモン応答の解析にあたり、植物体を空気中で1ヶ月栽培した。その後、植物ホルモンによる処理としては、植物体を、10ppmのエチレン、10μMのGA、10nMのBR、20μMのIAA、1μMのCK及び100μMのABAをそれぞれ含有する水に移した。
【0061】
(12)電気泳動ゲル移動度シフトアッセイ
OsEIL1タンパク質を産生させるため、その全長DNA (Mao et al. 2006)をPCRで増幅し、 pET-32a(+)ベクター (Novagen, Madison, Wisconsin, USA)の XbaI 及び BglII サイトに導入した。SK1及びSK2のプロモーターフラグメントのプローブを、5’側のオーバーハング部位への [32P]dATPクレノウ断片の導入によって標識した。DNA結合反応は、30分間、4℃で、0.5ngの32P-標識プローブとバクテリアが産生した融合タンパク質を含有するバインディングバッファ(12.5 mM Tris-HCl, 60 mM NaCl, 0.25 mM DTT, 12.5% glycerin, 1 mM EDTA, 0.05% NP-40, and 2 0.25×トリス-ホウ酸-EDTAバッファ中、200V、2時間、13%アクリルアミドゲルで電気泳動を行った。
【0062】
競合試験は、未標識の競合オリゴヌクレオチドを結合反応に添加しその後標識オリゴヌクレオチドを添加することにより行った。
【実施例1】
【0063】
(SK1及びSK2遺伝子の同定)
既に、本発明者らはT65とC9298との雑種を用いて、1番染色体、3番染色体及び12番染色体にそれぞれ存在する3つの主たるQTLを見出している。(非特許文献2、3)。これらのQTLのうち、12番染色体上のQTLが最も水深増大応答に最も関与しているとされている(非特許文献2、3)。これらの文献に基づき、12番染色体上最も強力なQTLの影響を評価するために、T65の遺伝的背景を有し12番染色体の末端にC9285及びBhaduaの遺伝子断片を有する準同質遺伝子系統(NIL-12)を上記方法で作製した。作製したNIL系統ほか、浮きイネ種C9285及び非浮きイネ種C65について、冠水応答を評価した。作製したNIL-12の他、T65、C9285についての冠水応答を評価した。結果を図3及び図4に示す。
【0064】
図3及び図4に示すように、NIL-12は、冠水に対して節間及び葉の伸張にて応答した。
【0065】
次に、これらの結果に基づき、2つの集団、すなわち、T65/C9285のクロスに由来するNIL12系統の16000個体及びT65/Bhaduaの交配種に由来するNIL-12B系統の12000個体につき、ポジショナルクローニングを試みた。結果を図5に示す。
【0066】
図5に示すように、NIL-12B系統においては、12番染色体上のQTLは、FL-EcoRV及びFL-EcoRIの間の約88.5kbにマッピングされた。同様に、NIL-12系統においては、分子マーカーDW6-PvuIIとDW9-PvuIIとの間の21.5kbにマッピングされた。このQTLに対する候補領域は、二つの独立したマッピング集団で重複していた。
【0067】
このQTLを同定するため、上記方法に従いC9285のBACライブラリを構築し、一つのBACクローン(C9285_10H05)が候補領域をカバーしていることを見出した。結果を図5に示す。BACクローンの塩基配列の解析結果から、T65にはなく、C9285において46kbの追加の遺伝子領域が検出された。合計67.5kbのDNA断片は18の推定ORFを有していた。
【0068】
次に、これらの推定ORFについての発現解析を行った。発現解析は、図6に示す所定時間(3時間、6時間、12時間)(Aは空気中を示す。)冠水させたC9285から上記方法により全RNAを抽出し、これらの各推定ORFについての特異的プライマーを用いてRT-PCRを用いて行った。アクチン遺伝子を対照として用いた。結果は、図6に示すように、C9285において、18個のORFのうち、二つの遺伝子(8番:Snorkel1(SK1)及び12番:Snorkel2(SK2))が空気中では発現しておらず冠水条件で強く発現することがわかった。なお、SK1遺伝子及びSK2遺伝子のコード領域塩基配列をそれぞれ配列番号1及び3に示し、これらの遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号2及び4に示す。なお、SK1遺伝子のコード領域とその5’側にプロモーター領域の少なくとも一部を含む塩基配列を配列番号9に示し、SK2遺伝子のコード領域とその5’側にプロモーター領域の少なくとも一部を含む塩基配列を配列番号10に示す。
【0069】
また、図7に、SK1、SK2につき発現解析を行った結果を示す。発現解析は、図7に示す所定時間(3時間、6時間、12時間)冠水させたC9285及びT65から上記方法により全RNAを抽出し、これらの遺伝子についての特異的プライマーを用いてRT-PCRを用いて行った。アクチン遺伝子を対照として用いた。結果は、図7に示すように、C9285において、二つの遺伝子、Snorkel1(SK1)及びSnorkel2(SK2)のうち、特にSK1が冠水条件で強く発現することがわかった。
【0070】
Bhaduaと所望の領域をカバーする選択したクローンとのBACライブラリを作製して、BhaduaがSK2及びSK1を有しているかどうかも確認した。
【0071】
SK1及びSK2が、水深増大応答を誘導することを確認するために、BACクローンC9285_10H05のサブライブラリからサブクローンa(SK1を含有)、サブクローンb(SK2を含有)を作製した(図5参照)。これらの遺伝子断片を非浮きイネ種T65に導入して上記方法により形質転換植物体を作製した。これらの形質転換植物体につき、冠水応答を評価した。結果を図8に示す。
【0072】
図8に示すように、SK1を保持する形質転換植物体は、冠水に対してほとんど応答しなかったが、SK2を保持する形質転換植物体は、冠水に対して顕著に節間の伸張を示した。SK1とSK2とを保持する形質転換植物体は、いずれかを保持する植物よりもよりもさらによく応答した。
【0073】
また、T65の遺伝子背景を有しアクチンプロモーターの制御下でSK1又はSK2を過剰発現する形質転換植物体を作製し、空気中での節間伸張を評価した。結果を図9に示す。図9に示すように、コントロール(空のベクターを導入したもの)は空気中で応答しなかったが、SK1の過剰発現体にあっては、第1から第3の節間が伸張し、SK2の過剰発現体にあっては、第1から第7の節間が伸張した。これらの結果から、SK1及びSK2は、いずれも冠水応答に関与することがわかったが、SK2遺伝子が冠水応答に関しSK1よりも効果が大きいこと、SK1は冠水応答の調節のために必須であり、SK2は弱く作用することがわかった。
【0074】
次に、SK1及びSK2の組織特異的発現を確認した。全RNAを、葉鞘(LS)、葉先(LB)、茎(ST)、根(RO)及び円錐花序(PA)からそれぞれ抽出し、SK1及びSK2に特異的プライマーを用いてRT-PCRを行った。結果を図10に示す。図10に示すように、これらの遺伝子は、葉(葉鞘及び葉先)及び節及び節間を含む茎など、冠水応答が生じる組織で発現していることがわかった。
【実施例2】
【0075】
(SK1及びSK2の機能評価1)
SK1及びSK2の塩基配列の解析結果によれば、推定核局在シグナル(NLS)とAP2/ERFドメインとを有している(図11)。このAP2/ERFドメインの系統発生解析によれば、SK1及びSK2は、エチレン応答転写因子であることが推測された(図12)。また、このドメインの塩基配列に基づけば、OsSUB1タンパク質や各種ERFとの類似性を示しているが、このドメイン外の配列に関し、公知の遺伝子で類似性を示すものはなかった。
【0076】
SK1タンパク質及びSK2タンパク質の細胞内局在性を確認するために、上記方法により顕微鏡観察を行った。結果を図13に示す。図13に示すように、GFPシグナルは、核内に局在した。
【0077】
また、上記したトランス活性化活性の測定方法を用いて、酵母ワンハイブリッドシステムを用いていずれのタンパク質が転写活性を有しているかどうか、また、どの部分が転写活性を有しているかどうかを確認した。結果を図14に示す。図14に示すように、SK1タンパク質及びSK2タンパク質がそれらのC末端において強い転写活性を有していることがわかった。以上の結果から、SK1及びSK2は、転写因子をコードしていることがわかった。
【0078】
次に、上記したホルモン応答SK1及びSK2の発現がエチレンを含む植物ホルモン(IAA、GA、CK、BR、ABA)によって誘導されるかどうかを、C9285について上記したホルモン処理方法を用い、所定の栽培期間経過後、植物体から全RNAを抽出し、RT-PCRを実施して、SK1及びSK2の発現解析を行った。結果を図15に示す。図15に示すように、エチレンのみがSK1及びSK2の発現を有意に促進することがわかった。
【0079】
また、C9285及びT65につき、植物ホルモンの定量方法を用いて空気中及び冠水条件での植物体中のエチレン濃度を測定した。図16に示すように、いずれの植物体のエチレン濃度も、冠水条件下で空気中よりも約2.5倍高いことがわかった。C9285及びT65を所定時間(6時間、12時間、24時間)冠水後、全RNAを抽出して、エチレン生成遺伝子(ACS)の発現解析を行った。結果を図17に示す。図17に示すように、エチレン合成経路の律速段階においてSAMをACCに転換するACS5が冠水条件下でのT65及びC9285の双方で誘導されていることがわかった。以上のことから、冠水条件下でエチレン生合成遺伝子ACS5を活性化することにより引き起こされるエチレンの合成がSK1及びSK2の発現を誘導することがわかった。
【0080】
さらに、C9285及びT65につきエチレンに対する生理学的応答を調べた。すなわち、空気中でエチレンに植物体を暴露するとともにエチレン阻害剤を用いてエチレンの作用を阻害したときの節間の伸長長さを測定した。結果を図18及び図19に示す。これらの図に示すように、C9285については、空気中のエチレン又はエタフォン濃度に応じて節間伸長長さは増大する一方、阻害剤の添加量に応じて、節間伸長長さは低下した。また、T65について節間伸長は観察されなかった。以上のことから、冠水応答はエチレン合成を介して生じることがわかった。
【0081】
エチレン合成とSK1及びSK2の関係を調べるため、イネのEIN3(Ethylene Insentive3)(OsEIN3、図20参照)がSK1及びSK2のプロモーター領域に結合するかどうかを調べた。図21に示すように、SK1及びSK2のプロモーター領域(-2048bp、1797bp)を200〜300bpの10個及び9個の断片にそれぞれ分割し、OsEIN3との相互作用を上記した電気泳動移動度シフトアッセイ(EMSA)により評価した。結果を図22に示す。図22に示すように、SK1(-1478bpから-1196bp領域)及びSK2(-633bpから-373bp領域)にOsEIN3が結合することがわかった。また、これらの2つの領域は、EINS3のターゲットコア配列を有していた(図21参照)。また、競合試験の結果も、これらの領域とOsEIN3との相互作用を支持するものであった(図23)。以上のことから、SK1及びSK2は、エチレン応答転写因子をコードしていることを確認できた。
【実施例3】
【0082】
(SK1及びSK2の機能評価2)
本実施例では、浮きイネが冠水応答で節間が伸長する機構について調査した。植物の成長には植物ホルモンが必須であることから、C9285とT65につき冠水前後の植物ホルモン量をGC-MSを調べた。結果を図24に示す。図24に示すように、冠水後のC9285において高濃度の活性GAが検出された。これに対して、T65は冠水前後で大きく変化しなかった。なお、他のホルモン量は大きくこのことは、GAの生合成が冠水によって引き起こされることを示唆した。
【0083】
次いで、GA又はGA及びGA阻害剤(ウニコナゾール)を投与したときの節間伸長を評価した。植物体にGAを処理するには、10-5MのGA1溶液をT65とNIL-12の根本に投与し、7日間育成させ節間を計測した。また、阻害剤の適用にあたっては、まず通常の栽培条件下で10-6MのGA阻害剤を処理した後、これら前処理した植物体を10-6MのGA阻害剤を含有する水で冠水させ、7日間経過後に伸長した節間の長さを測定した。結果を図25に示す。図25に示すように、GAを処理すると、T65及びC9285の双方につき、節間が伸長し、阻害剤存在下では同様に節間の伸長が抑制された。また、図26に示すように、冠水条件下では、NIL-12は伸長するが、GAの生合成酵素に変異を有するGA欠損変異体は、冠水応答を示さなかった。以上のことから、GAは、冠水応答時の節間伸長に重要であることがわかった。
【0084】
これらの結果から、冠水応答のための一つのモデルが提案できると考えられる。すなわち、冠水条件下において、エチレン生合成酵素ACS5遺伝子の発現が活性化されることによりエチレンが合成され、蓄積したエチレンがエチレン応答転写因子であるSK1及びSK2の発現を誘導し、冠水応答の発現を引き起こす、というものである。また、GAの生合成経路につながるSK1及びSK2によるシグナル伝達の結果、直接的又は間接的に節間伸長を誘導する程度にGA濃度が上昇すると考えられる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の水深の増大に対する応答(冠水応答)に関する遺伝子の単離、同定、並びに該遺伝子を利用した植物の冠水耐性を改善する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
干害のほか豪雨による冠水害といった自然災害は、コメを初めとする穀類など食物生産に不安定し、収量を低下させる。近年、こうした自然災害に耐性のある作物を育種して食糧生産を安定化させる必要性が高まってきている。
【0003】
イネ(0ryza sativa)は、半水性植物とされており、水の必要性と水に対する体制によって、陸稲(highland rice)、水稲(lowland rice)及び浮きイネ(深水イネ)(deepwater rice又はfloating rice)に分類することができる。陸イネや水イネは、高地又は浅水領域(水深10cm程度)で栽培されているが、こうした栽培地域において雨季や豪雨などによって水位が上昇するとイネは水没し、この種のイネは酸素欠乏により枯死してしまう。これに対して浮きイネは、水位に応じて茎の節間を伸張させて冠水を回避するという戦略を取ることができる。浮きイネは、水深の増大、すなわち、冠水により劇的に節間を伸張させ、水面上に葉を展開することにより酸素欠乏を回避しガス交換を回復して冠水に抗して生き延びることができる。ある種の浮きイネにあっては、冠水の間に、一日あたり20〜25cmにも及ぶ顕著な節間伸張が起こり、空気中で1m程度であったものが冠水によって最大8mにまでも伸張することが知られている(非特許文献1)。このような冠水に応じた劇的でかつ急激な成長は、過酷な環境に対するユニークな生物学適合の一つである。
【0004】
cDNAやマイクロアレイなどの分子遺伝学的にアプローチが冠水応答に対するメカニズムを解明するために行われてきている。また、冠水応答に対する従来からの古典的な実験によって、冠水応答に関与するいくつかの遺伝子が明らかにされている(非特許文献2、3)。また、浮きイネの生理学的な研究によれば、エチレン、アブサイシン酸及びジベレリンが冠水応答に関与することが示唆されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Vergara et al., Climate and rice pp. 301-320(1976)
【非特許文献2】Hattori et al., Breeding Science 57: 305-314(2007)
【非特許文献3】Hattori et al., Breeding Science 58: 39-46(2008)
【非特許文献4】Kende et al., Plant Physiology 118: 1105-1110(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、こうした冠水応答に関与する遺伝子は現在までのところ単離同定されていない。先行技術によって明らからされた遺伝子に関する情報は、相互に整合するものではなく、関与するとされた遺伝子はいまだにその位置も特定されていない。
【0007】
一方、このような遺伝子を利用することで、雨季や豪雨にあっても、酸素欠乏により枯死することなく生き抜く冠水耐性植物を育種することが可能となる。加えて、当該遺伝子を利用して、稲ワラなどソフトバイオマスとしての収量増加が可能な植物を育種することも可能となる。
【0008】
本発明は、冠水応答に関連する遺伝子の単離・同定並びに当該遺伝子を利用することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、イネにおける冠水応答に関与する遺伝子を単離同定し冠水応答についての分子レベルでのメカニズムを理解するために、ポジショナルクローニングを組み合わせたQTL解析により関与する遺伝子の同定を試みた。膨大な実験及び解析の結果、本発明者らは、冠水応答関連遺伝子を単離同定することに初めて成功した、さらに同定した遺伝子を非浮きイネ種に導入することで冠水応答能力を獲得した形質転換植物を得た。本発明によれば、これらの知見に基づき、以下の手段が提供される。
【0010】
本発明によれば、下記(a)〜(f)のいずれかのポリヌクレオチドが提供される。本発明のポリヌクレオチドはイネ由来であってもよい。
(a)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(b)配列番号4で表されるアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(c)配列番号4で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(d)配列番号3で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド。
(e)配列番号3で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(f)配列番号3で表される塩基配列と70%以上の同一性を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0011】
本発明によれば、本ポリヌクレオチドを含むベクター、当該ベクターが導入された植物細胞、当該植物細胞を含む形質転換植物体、当該植物体の子孫又はクローン、当該植物体の繁殖材料も提供される。
【0012】
また、本発明によれば、本発明のポリヌクレオチドを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む、形質転換植物体の製造方法も提供される。
【0013】
さらに、本発明によれば、有用作物の生産方法であって、本発明の形質転換植物体を栽培する工程と、前記形質転換植物体を収穫する工程と、を備える、生産方法が提供される。該生産方法において、前記栽培工程は、前記形質転換植物体において冠水応答を誘導するステップを含む工程としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】冠水応答の概略を示す図である。
【図2】準同質遺伝子系統NIL-12及びNIL-12Bの作製プロトコールを示す図である。
【図3】T65、C9285及びNIL-12における冠水応答を示す図である。上段は、各系統のゲノタイプを模式的に示し、下段は、各植物体の空気中及び冠水条件下での栽培例を示す。
【図4】各種系統における冠水応答時の節間伸長程度の測定結果を示す図である。
【図5】BhaduaとC9285の12番染色体上のQTLのポジショナルクローニングの結果を示す図である。
【図6】C9285BAC中の候補領域における18個の推定遺伝子の発現パターンを示す図である。
【図7】SK1、SK2及びACS5の発現解析結果を示す図である。
【図8】SK1及びSK2の機能獲得解析結果を示す図である。
【図9】SK1及びSK2の過剰発現体における節間伸長数の測定結果を示す図である。
【図10】SK1、SK2及びACS5の組織特異的発現解析結果を示す図である。
【図11】SK1及びSK2のゲノム構造を示す図である。
【図12】典型的又は代表的な植物由来のAP2/ERF遺伝子との比較に基づくSK1及びSK2の発生系統樹を示す図である。
【図13】SK1タンパク質及びSK2タンパク質の細胞内局在を示す図である。
【図14】酵母におけるトランス活性化活性の測定結果を示す図である。
【図15】植物ホルモンとSK1及びSK2の誘導との関係を示す図である。図中の数字は、ホルモン処理日数を示す。
【図16】T65及びC9285における冠水条件下での植物体中のエチレン濃度の測定結果を示す図である。
【図17】T65及びC9285における冠水条件下でのエチレン関連遺伝子の発現パターンを示す図である。
【図18】非冠水条件下、エチレンによる節間伸長促進を示す図である。
【図19】エチレン阻害剤が添加された冠水条件下での節間伸長抑制を示す図である。
【図20】イネにおけるEIN3様タンパク質の系統樹と構造を示す図である。
【図21】EIN3の結合サイト確認のためのプライマー及び既知のEBSとのアライメント等を示す図である。
【図22】SK1及びSK2へのOsEIN3タンパク質の配列特異的結合を示す図である。
【図23】SK1及びSK2のプロモーター領域の変異体による競合試験結果を示す図である。
【図24】冠水処理時間と植物体中のGA1の濃度変化を示す図である。
【図25】GA処理下での節間伸長の測定結果を示す図である。
【図26】NIL-12等における節間伸長の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、冠水応答に関与する遺伝子及びその利用に関連する。本発明は、本発明者らは、冠水応答のトリガーとなる遺伝子を以下のとおり初めて単離同定に成功下ことに基づく。
【0016】
すなわち、冠水応答に関連する遺伝子を有する可能性の高いQTLの一つである12番染色体の長腕に座乗するQTLに関して準同質遺伝子系統(NIL-12)を作製した(図2)。すなわち、T65の遺伝的背景を有し12番染色体の末端にC9285の遺伝子断片を有するNIL-12を作製した。NIL-12は、水深増大に対して節間伸長にて応答することを見出した。
【0017】
さらに、これらの結果に基づき、異なる二つのマッピング集団、すなわち、T65/C9285の交配種に由来するNIL12のヘテロ準同質遺伝子系統16000株(図2)及びT65/Bhaduaの交配種に由来するNIL-12Bのヘテロ準同質遺伝子系統12000株(図2)を作製し、そのQTLのポジショナルクローニングを試みた。QTLに対する候補領域は、二つの独立した集団において重複しており、QTLを同定するために、さらに、この重複した候補領域をカバーするBACライブラリを構築し、塩基配列解析の結果、C9285において追加の領域が見出された。見出された全体として67.5kbのDNA断片は18個のORFを有することが予測された(図5)。
【0018】
18個のORFのうち、二つの遺伝子、Snorkel1(SK1)及びSnorkel2(SK2)は空気中では発現しておらず、深水条件では強く発現していた(図6、図7)。そこで、SK1及びSK2が、冠水応答を誘導することを確認するために、前記BACライブラリのサブライブラリから、二つの遺伝子(SK1、SK2)のいずれか一方又は両方を保持する3種のサブクローンを作製し(図5)、これらを用いて非浮きイネ種であるT65を形質転換した。また、Bhadua種についても同様にBACライブラリを作製してSK1及びSK2によりT65を形質転換した。
【0019】
各種の形質転換体に対する冠水応答を評価した結果、SK1及びSK2は、いずれも冠水応答に関与することがわかった(図7、図8、図9)。また、SK2遺伝子が冠水応答に必須であって強く寄与し、SK1は弱く作用することがわかった。
【0020】
本発明によれば、本発明者らが新たに単離・同定した遺伝子を用いて植物を改変することで、冠水耐性を有するあるいは向上された形質転換植物を得ることができる。本発明者らが見出した遺伝子は、特に農業分野、バイオマスを原料とするエネルギー分野及び化学工業分野に有用である。例えば、雨季や豪雨時の増水時の冠水に抗して生き延びて収穫できるイネなどの植物を得ることができる。また、茎や葉が伸張した植物が得られることから、茎葉を有用部位(食用としてあるいはバイオマスとして)とする場合、収量の多い植物を得ることができる。
【0021】
本発明者らが単離・同定した遺伝子を利用して植物を創出する場合、形質転換によることが好ましい。形質転換に要する期間は交配による遺伝子移入に比較して極めて短期間であり、他の形質の変化を伴わないで冠水耐性を付与又は向上させることができる。本発明者らが単離した遺伝子を利用することにより、冠水耐性を容易に改善することができる。また、穀類には、ゲノムシンテニー(遺伝子の相同性)が極めてよく保存されているため、本発明者らが単離した遺伝子は、コムギ、オオムギ、トウモロコシなどの穀物育種への応用が期待できる。さらに、本発明者らが単離した遺伝子は、エチレン応答転写因子であり、植物に広く分布することから、当該遺伝子の導入により全ての植物で耐水応答を改善することができると考えられる。
【0022】
本発明者らが見出した遺伝子は、イネ以外の他のイネ科植物(例えば、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、サトウキビ、ソルガム等)を含む植物に利用であると考えられ、広く農業分野、エネルギー分野及び化学工業分野に有用である。
【0023】
(ポリヌクレオチド)
本発明のポリヌクレオチドは、核局在性のエチレン応答転写因子であって冠水応答として茎の節間伸張を誘導するタンパク質(本発明のタンパク質、以下本タンパク質ともいう。)をコードしている。以下、本タンパク質について説明する。
【0024】
(タンパク質)
本タンパク質は、核局在シグナル(Nucler Localizaion Signal(NLS))を有する。核局在シグナルは、通常、塩基性アミノ酸を主体として構成されている。本タンパク質のNLSとしては、例えば、配列番号5及び配列番号6(いずれも推定配列である。)が挙げられるが、これに限定するものではない。また、本タンパク質は、DNA結合ドメインであるERFドメインを有することができる。本タンパク質に包含されるある種のERFドメイン(AP2/ERFドメイン)(配列番号7及び配列番号8)の系統発生解析によれば、これらの当該アミノ酸配列は、OsSUB1タンパク質及びOsERFに類似していることがわかっている。なお、配列番号5及び7は、配列番号2で表されるアミノ酸配列におけるNLS(推定)及びERFであり、配列番号6及び8は、配列番号4で表されるアミノ酸配列におけるNLS(推定)及びERFである。
【0025】
本タンパク質は、そのC末端側にエチレン応答転写因子活性を有することができる。より具体的には、当該タンパク質が保持するERFドメインよりもC末端側にエチレン応答転写因子活性を有することが好ましい。エチレン応答転写因子活性は、例えば、後段における実施例に開示の方法で検出することができる。
【0026】
本タンパク質の一態様として、配列番号2及び配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。これらのタンパク質は、バングラデシュ原産の栽培品種の浮きイネであるC9285から単離されたものである。本タンパク質の他の態様としては、後述するように、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と高い同一性のアミノ酸配列を有するタンパク質、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加及び/又は挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質、配列番号1又は3で表される塩基配列の相補鎖にストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有するタンパク質が挙げられる。
【0027】
本ポリヌクレオチドとしては、配列番号2又は配列番号4で表されるアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドが挙げられる。なお、これらの本ポリヌクレオチドは、それぞれ単独で用いることもできる。その場合、配列番号4で表されるアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを好ましく用いることができる。本ポリヌクレオチドとしてはこれら双方を利用するのがより好ましい。配列番号2及び配列番号4で表されるアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドとしては、それぞれ配列番号1及び配列番号3で表される塩基配列を有するポリヌクレオチドが挙げられる。かかるポリヌクレオチドは、公知技術によって調製することができる。例えば、イネ組織抽出物からtotal mRNAを調製し、配列番号1又は配列番号3で表される塩基配列をもとにプライマーを設計し、RACE法などPCR法等を行って上記配列番号の完全長cDNAを得ることができる。またはイネ組織抽出物からcDNAライブラリを作製し、上記塩基配列をもとにプローブを設計し、ハイブリダイゼーション法等によって得ることもできる。さらには、上記配列番号に記載の塩基配列をもとに、人工的に合成してもよい。
【0028】
本ポリヌクレオチドは、配列番号2及び4で表されるアミノ酸配列をコードするものに限定されるものではなく、冠水時に茎の節間を伸張する活性(冠水応答活性)を呈するタンパク質をコードするものであればよい。このようなポリヌクレオチドは、上記のような冠水応答活性を有する限り、天然から調製されたものでも人工的に調製されたものでもよい。例えば、上記配列番号のオーソログ、ホモログ、人工的に変異を導入したものが挙げられる。なお、冠水応答活性は、実施例に開示の方法の少なくとも一つで評価することができる。例えば、形質転換植物体を作製し、冠水時における該植物体の節間伸長の測定や、空気中におけるエチレン又はエテフォンへの暴露による前記植物体の節間伸長の測定で行うことができる。
【0029】
本ポリヌクレオチドは、植物ゲノムのデータベースに対して、配列番号2又は4のアミノ酸配列や配列番号1、3の塩基配列を利用して相同性検索を行ってこれらの配列と高い同一性を有するものであってもよい。例えば、冠水応答として茎の節間伸張を呈すイネなどの植物の野生種及び栽培種などのイネ科植物又はその他の植物から、NLS及びERFに関するアミノ酸配列又はこれをコードする塩基配列の情報に基づいて、イネゲノムのデータベース等植物ゲノムのデータベースを利用した相同性検索等で抽出するなどして抽出されるアミノ酸配列をコードするものであってもよい。
【0030】
本ポリヌクレオチドは、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列と高い同一性のアミノ酸配列をコードすることが好ましいが、高い同一性とは、少なくとも40%以上、好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに好ましくは少なくとも95%以上、さらに好ましくは少なくとも97%以上(例えば、98から99%)の配列の同一性を意味する。アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、例えば、Karlin and Altschul によるアルゴリズムBLAST (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-2268, 1990、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877, 1993)によって決定することができる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)。
【0031】
本ポリヌクレオチドは、配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加及び/又は挿入されたアミノ酸配列をコードするものであってもよい。PCRによる変異導入法やカセット変異法などの当業者に周知の遺伝子改変方法を施し、部位特異的にまたはランダムに変異を導入することによって調製することができる。または上記配列番号記載の塩基配列に変異を導入した配列を、市販の核酸合成装置によって合成することも可能である。
【0032】
なお、アミノ酸の変異を伴わない縮重変異体も、本ポリヌクレオチドに含まれる。
【0033】
本ポリヌクレオチドは、配列番号1又は3で表される塩基配列の相補鎖にストリンジェントな条件でハイブリダイズするものであってもよい。ここで、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、当業者であれば、適宜選択することができる。一例を示せば、25%ホルムアミド、より厳しい条件では50%ホルムアミド、4×SSC、50mM HEPES (pH7.0)、10×デンハルト溶液、20μg/ml変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション溶液中、42℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行った後、標識したプローブを添加し、42℃で一晩保温することによりハイブリダイゼーションを行う。その後の洗浄における洗浄液および温度条件は、「1xSSC、0.1% SDS、37℃」程度で、より厳しい条件としては「0.5xSSC、0.1% SDS、42℃」程度で、さらに厳しい条件としては「0.2xSSC、0.1% SDS、65℃」程度で実施することができる。このようにハイブリダイゼーションの洗浄の条件が厳しくなるほどプローブ配列と高い相同性を有するポリヌクレオチドの単離を期待しうる。但し、上記SSC、SDSおよび温度の条件の組み合わせは例示であり、当業者であれば、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する上記若しくは他の要素(例えば、プローブ濃度、プローブの長さ、ハイブリダイゼーション反応時間など)を適宜組み合わせることにより、上記と同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。こうしたポリヌクレオチドは、通常、配列番号1又は3で表される塩基配列と少なくとも40%以上、好ましくは60%以上、さらに好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに好ましくは少なくとも95%以上、さらに好ましくは少なくとも97%以上(例えば、98から99%)の配列の同一性を有するものである。
【0034】
本ポリヌクレオチドは、ゲノムDNA、cDNA、化学合成DNAが含まれるほか、DNA/RNAハイブリッド、DNA/RNAキメラであってもよい。またRNAの構成塩基を備えていてもよいほか、天然塩基を化学的修飾した塩基や糖鎖を備えていてもよい。
【0035】
本ポリヌクレオチドは、その由来を問うものではない。本ポリヌクレオチドは、好ましくは植物由来である。実施例に記載したように、本ポリヌクレオチドはイネ(イネ科)から分離したものであるが、同様の冠水応答を示す植物であれば存在すると考えられる。本ポリヌクレオチドは、好ましくは単子葉植物由来であり、より好ましくはイネ科由来である。
【0036】
(発現ベクター)
本発明の発現ベクターは、本ポリヌクレオチドを保持する発現ベクターである。本発明のベクターは、本タンパク質を生産するためのほか、形質転換植物体作製のために植物細胞内で本ポリヌクレオチドを発現させるベクターとして用いられる。このようなベクターは、植物細胞で転写可能なプロモーター配列と転写産物の安定化に必要なポリアデニレーション部位を含むターミネーター配列を含んでいれば特に制限されず、例えば、プラスミド「pBI121」、「pBI221」、「pBI101」(いずれもClontech社製)などが挙げられる。植物細胞の形質転換に用いられるベクターとしては、該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、植物細胞内での恒常的な遺伝子発現を行うためのプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクターや外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることも可能である。ここでいう「植物細胞」には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが含まれる。
【0037】
本発明のベクターは、本発明のタンパク質を恒常的または誘導的に発現させるためのプロモーターを含有しうる。恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター(Odell et al. 1985 Nature 313:810)、イネのアクチンプロモーター(Zhang et al.1991 Plant Cell 3:1155)、トウモロコシのユビキチンプロモーター(Cornejo et al. 1993 Plant Mol.Biol. 23:567)などが挙げられる。
【0038】
なお、誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入、低温、高温、乾燥、紫外線の照射、特定の化合物の散布などの外因によって発現することが知られているプロモーターなどが挙げられる。このようなプロモーターとしては、例えば、イネキチナーゼ遺伝子のプロモーター(Xu et al. 1996 Plant Mol.Biol.30:387)やタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーター(Ohshima et al. 1990 Plant Cell 2:95)、イネの「lip19」遺伝子のプロモーター(Aguan et al. 1993 Mol.GenGenet. 240:1)、イネの「hsp80」遺伝子と「hsp72」遺伝子のプロモーター(Van Breusegem et al. 1994 Planta 193:57)、シロイヌナズナの「rab16」遺伝子のプロモーター(Nundy et al. 1990 Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87:1406)、パセリのカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター(Schulze-Lefert et al. 1989 EMBO J. 8:651)、トウモロコシのアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーター(Walker et al. 1987 Proc.Natl.Acad.Sci.USA 84:6624)などが挙げられる。本発明によれば、こうした発現ベクターが導入された宿主細胞も提供される。
【0039】
(形質転換細胞)
本発明の形質転換細胞は、本発明のベクターが導入された細胞である。本発明のベクターが導入される細胞には、組み換えタンパク質の生産に用いる大腸菌、酵母、動植物細胞、昆虫細胞等の細胞の他に、形質転換植物体作製のための植物細胞が含まれる。植物細胞としては特に制限はなく、例えば、シロイヌナズナ、イネ、トウモロコシ、ジャガイモ、タバコなどの細胞が挙げられる。本発明の植物細胞には、培養細胞の他、植物体中の細胞も含まれる。また、プロトプラスト、苗条原基、多芽体、毛状根も含まれる。植物細胞へのベクターの導入は、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など当業者に公知の種々の方法を用いることができる。
【0040】
(形質転換植物)
本発明の形質転換植物は、本発明のベクターが導入された植物細胞を含んでいる。形質転換植物は、本発明のベクターを導入して形質転換した植物細胞から植物体を再生させることにより得ることができる。形質転換植物細胞は、上記のとおり公知の方法で作製できるが、例えば、例えば、ポリエチレングリコールによるプロトプラストへ遺伝子導入(Datta,S.K. (1995) In Gene Transfer To Plants(Potrykus I and Spangenberg Eds.) pp66-74)、電気パルスによるプロトプラストへ遺伝子導入(Toki et al. (1992) Plant Physiol. 100, 1503-1507)、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入(Christou et al. (1991) Bio/technology, 9: 957-962.)およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入(Hiei et al. (1994) Plant J. 6: 271-282.)等の各種方法が挙げられる。また、転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である(Toki et al. (1995) Plant Physiol. 100:1503-1507参照)。例えば、イネであればFujimuraら(Plant Tissue Culture Lett. 2:74 (1995))の方法が挙げられ、トウモロコシであればShillitoら(Bio/Technology 7:581 (1989))の方法やGorden-Kammら(Plant Cell 2:603(1990))が挙げられ、ジャガイモであればVisserら(Theor.Appl.Genet 78:594 (1989))の方法が挙げられ、タバコであればNagataとTakebe(Planta 99:12(1971))の方法が挙げられ、シロイヌナズナであればAkamaら(Plant Cell Reports12:7-11 (1992))の方法が挙げられる。
【0041】
ゲノム内に本ポリヌクレオチドが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。本発明には、本発明のDNAが導入された植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫、およびクローンの繁殖材料が含まれる。
【0042】
このようにして作出された植物体は、冠水応答能が付与又は向上され、冠水に対して耐性が改善されたものとなっている。したがって、冠水にあっても収穫を期待できるとともに、茎葉部分の収量増大が期待できる植物体となっている。
【0043】
また、こうして作出された植物体は、自然災害による冠水に耐性があるほか、人為的に冠水させるかあるいは空気中でエチレンに暴露することで、意図的に冠水応答を生じさせることで茎の節間を伸長させることができる。このため、草丈の高い、あるいは茎葉部分が多い植物体を容易に得ることができる。
【0044】
(生産方法)
本発明の有用作物の生産方法は、本発明の形質転換植物体を栽培する工程と、前記形質転換植物体を収穫する工程を備えている。本発明の生産方法によれば、雨季や豪雨などによる冠水時にあっても作物が生き延びることができるので確実に作物を収穫することができる。また、栽培工程は、形質転換植物体において冠水応答を誘導するステップを含んでいてもよい。冠水応答は、形質転換体を冠水し又はエチレンに暴露することにより人工的に誘導することができる。こうした処理を実施することで、形質転換植物体に冠水応答を誘導し、茎の節間を伸長させることができる。この結果、草丈の高い、あるいは茎葉部分が多い植物体を収穫できるようになる。
【0045】
なお、冠水応答を誘導するための冠水処理は、冠水応答が誘導できる程度の水位となるように植物体に水を供給すればよい。好ましくは、植物の高さの50%以上の高さの水位であり、より好ましくは同70%以上であり、さらに好ましくは同80%以上であり、一層好ましくは、90%以上であり、最も好ましくは完全に水没する程度である。また、冠水応答をエチレンに暴露することにより誘導する場合、冠水応答が誘導できる程度の濃度あるいは量のエチレンに暴露すればよい。エチレンへの暴露は、例えば、空気中など植物体が生存できるガス雰囲気においてエチレンガスとして供給することができる。ガス雰囲気中の適切なエチレン濃度や暴露時間は、予め決定しておくことができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。以下、本発明の材料及び方法について説明する。
【0047】
(1)植物材料及び冠水応答評価
インド原産の野生種であり冠水耐性のあるW0120((O. ru The Indian wild rice species W0120 (O. rufipogon; perennial), (Morishima et al. 1962), バングラディッシュで栽培されている浮きイネの栽培種であるC9285及びBhadua(いずれもO. sativa, ssp. インデカ種)を、浮きイネ種として以下の実験に用いた。
【0048】
インド原産の野生種W0106 (O. rufipogon; 一年性)と栽培種Taichung 65 (T65; O. sativa ssp. ジャポニカ種)を、浮きイネの特徴を有しないイネ(以下、非浮きイネ種又は対照種と称する。)及び交雑用に用いた。さらに、O. glumaepatula (W2199)を栽培種として用いた。これらの系統、C9285、 W0120、 W0106及び O. glumaepatula は、いずれも国立遺伝学研究所(日本)から取得したものを用い、T65は、名古屋大学で栽培したものを用いた。
【0049】
植物体は、ペトリ皿内の水中で、30℃、72時間処理して発芽させた後、直径10cm、高さ13cmのポットに移植した。10葉期に、茎の節間伸張長さ(TIL)を評価するのにあたって、植物体を3000Lのタンク内で1週間、その高さの70%まで冠水させた(図1参照)。
【0050】
(2)栽培種と野生種のBACライブラリの構築
BACライブラリは、植物体の若葉から常法に従い構築した。すなわち、HindIII によるDNAの部分的消化処理、パルスフィールドゲル電気泳動(CHEF, Bio-Rad Laboratories, Hercules, California, USA)による巨大DNAのサイズ分画、ベクター (pIndigo BAC-5, EPICENTRE Biotechnologies, Madison, Wisconsin, USA)への連結及び大腸菌E. coli (DH10B strain)への形質転換により構築した。陽性のBACクローンは、少なくともイネゲノムDNAの6倍量に相当する総DNAを保持する十分な個数のBACライブラリのそれぞれにつき、プールしたDNAからPCRによりスクリーニングした。また、これらのBACライブラリにつき、高密度BACフィルターからサザンハイブリダイゼーションで陽性クローンをスクリーニングした。
【0051】
(3)準同質遺伝子系統及びピラミディング系統の作製
浮きイネ種であるC9285の1番染色体、3番染色体及び12番染色体上のQTLに対応する遺伝子断片をT65の遺伝的背景に対して備える準同質遺伝子系統(NIL-1、NIL-3及びNIL-12)をそれぞれ作製した。図2に示すように、浮きイネの栽培種C9285及びBhaduaをそれぞれ非浮きイネ種T65と交配した。これらの交配種につき、T65を反復親とする4回の戻し交配とマーカー利用選抜(MAS)によりNIL-12(BC4F1集団)を得た。さらに、自殖を行い、準同質遺伝子系統の後代NIL-12及びNIL-12B(BC4F2集団)を得た。同様にしてNIL-1及びNIL-3につきBC4F2集団を得た。ピラミディング系統であるNIL1+3、NIL3+12、NIL1+12及びNIL1+3+12は、準同質遺伝子系統NILsを互いに交配することにより得た。
【0052】
(4)SK1遺伝子及びSK2遺伝子のクローニング
T65とC9285(BC4F2)の交配種からのヘテロ系統NIL-12(BC4F2)の16000個体と、T65とBhadua(BC4F2)の交配種から得たヘテロ系統NIL-12B(BC4F2)の12000個体をSK1及びSK2のポジショナルクローニングに利用した。
【0053】
冠水条件でのSK1及びSK2の表現型の評価(節間伸張長さの測定)は、F3及びF4個体を用いて行った。C9285、Bhadua及びT65の候補領域内にあるDNA断片につき、表現型を比較した。プロモーター領域を含むSK1及びSK2の全長ゲノムDNAを、バイナリベクターpBI-Hm12に導入した。これらのDNA断片は、アグロバクテリウム法によりジャポニカ種であるT65に導入した。対照として、こうしたDNA断片を含まない空のベクターをT65に導入した。
【0054】
(5)RNAの分離及び半定量的RT-PCR
全RNAを、Samblookら(Molecular Cloning A Laboratory Mannual Cold Spring Harbor、1989)の方法により調製し、cDNAの第1の鎖をオムニスクリプト リバース トランスクリプションキット(Qiagen, California, USA)を用いて2μgの全RNAから合成した。遺伝子特異的なプライマーを用いて半定量的RT-PCRをKanekoらの方法(Kaneko et al., 2003)により実施した。
【0055】
(6)プラスミドの構築及び植物体の形質転換
SK1及びSK2が過剰発現した形質転換体を作製するために、SK1とSK2のcDNAを増幅してpCR4 Blunt-TOPO (Invitrogen, California, USA)に導入した。このプラスミドの塩基配列を解析して正しくSK1及びSK2が導入されたことを確認した。プラスミドを制限酵素処理して、DNA断片をACTIN1 プロモーター及びnosターミネーターを有するpBI101バイナリベクターに導入した。このバイナリベクターを、アグロバクテリウムEHA101株(A. tumefaciens strain EHA101 (Hood et al., 1986))にエレクトロポレーションで導入した。イネを、文献(Hiei, Y., Ohta, S., Komari, T. & Kumashiro, T. Efficient transformation of rice (Oryza sativa L.) mediated by Agrobacterium and sequence analysis of the boundaries of the T-DNA. Plant J. 6, 271-282 (1994).)記載の方法で形質転換した。簡略して説明すると、DNA断片が導入されたアグロバクテリウムEHA101株を栽培イネであるT65のカルスにエレクトロポレーションで導入し、形質転換植物体を、50 mg/l ハイグロマイシンを含有する培地で選択した。ハイグロマイシン耐性植物体を土壌に移植し、30℃で16時間光条件/8時間暗条件で栽培した。
【0056】
(7)GFP融合タンパク質を発現させるためのプラスミドの構築
GFP融合タンパク質を作製するため、SK1とSK2のcDNAをその配列に基づくプライマーを用いてPCRで増幅した。SK1遺伝子又はSK2遺伝子のN末端にGFPが連結した融合タンパク質をACTIN1プロモーターの制御下で発現させるために、PCR産物を、pCR4 Blunt-TOPO (Invitrogen)に導入し、その後pUC119 ベクターに導入した。
【0057】
(8)顕微鏡観察
GFP-SK1及びGFP-SK2の各融合タンパク質をコードするDNAコンストラクトで金粒子をコートし、 PDS-1000/He biolistic system (Bio-Rad, California, USA)を用いてタマネギ表皮細胞に衝撃波で粒子を導入した。タマネギ表皮細胞を22℃の暗室で培養し、24時間後、細胞層をスライドグラスに載置した。この試料を、核を染色してSK1及びSK2の誘導体細胞内局在を評価するために、2 μg/μL の4',6-ジアミジノ-2-フェニリンドール n-ハイドレート (DAPI; Dojindo, Kumamoto, Japan) 溶液に浸漬した。染色した試料を、共焦点マイクロスキャニングレーザー顕微鏡 (FV500; Olympus, Tokyo, Japan)で観察した。
【0058】
(9)トランス活性化活性の測定
GAL-4系のマッチメーカーの2ハイブリッドシステム3(クロンテック社製)をトランス活性化活性の測定に用いた。コンストラクトpGBKT7- BD -SK1 (or SK2)-Full、 pGBKT7- BD-SK1 (又は SK2)-NT、 pGBKT7-BD-SK1 (or SK2)-AP2/ERF及びpGBKT7- BD -SK1 (又はSK2)-CTを構築するために、SK1及びSK2につき、その全長(Full)、N末端側(NT)、AP2/ERFドメイン及びC末端(CT)をPCRを用いて増幅した。解析により確認したPCR産物をEcoRI 及び PstIで処理後、 pGBKT7 ベクターに導入し、GAL-4−結合性ドメインと連結した。すべてのコンストラクトを、酵母AH109株に導入した。それぞれの酵母の液体培養を順にOD600=0.6にまで希釈し、各希釈液2μlをトリプトファン−ヒスチジン陰性SD(Synthetic Dropout)培地に接種した。
【0059】
(10)植物ホルモンの定量
植物ホルモン(オーキシン(IAA)、ブラシノステロイド(BR)、サイトカイニン(CK)、ジベレリン(GA)、アブサイシン酸(ABA))は、約100mg(生重量)のイネの茎から抽出した。これらの植物ホルモンは、文献(Hirano et al. 2008)記載の方法に準じて、液体クロマトグラフィー−マススペクトロスコーピィシステムクロマトグラフィー(UPLC/Quattro Premier XE; Waters, Massachusetts, USA)及びODSカラム(Acquity-UPLC BEH-C18, 1.7 μm, 2.1 x 100 mm, Waters)を用いて定量した。エチレン含量は、ガスクロマトグラフ(日立、263-30)を用いて測定した。節及び節間を含む茎基部を、冠水から1日経過後に収穫し、6mlのガラスバイアル内に載置し、1時間保持した。バイアルから採取したガス1ml中のエチレン量を測定した。
【0060】
(11)植物ホルモンによる処理及び植物ホルモンの阻害
植物ホルモン応答の解析にあたり、植物体を空気中で1ヶ月栽培した。その後、植物ホルモンによる処理としては、植物体を、10ppmのエチレン、10μMのGA、10nMのBR、20μMのIAA、1μMのCK及び100μMのABAをそれぞれ含有する水に移した。
【0061】
(12)電気泳動ゲル移動度シフトアッセイ
OsEIL1タンパク質を産生させるため、その全長DNA (Mao et al. 2006)をPCRで増幅し、 pET-32a(+)ベクター (Novagen, Madison, Wisconsin, USA)の XbaI 及び BglII サイトに導入した。SK1及びSK2のプロモーターフラグメントのプローブを、5’側のオーバーハング部位への [32P]dATPクレノウ断片の導入によって標識した。DNA結合反応は、30分間、4℃で、0.5ngの32P-標識プローブとバクテリアが産生した融合タンパク質を含有するバインディングバッファ(12.5 mM Tris-HCl, 60 mM NaCl, 0.25 mM DTT, 12.5% glycerin, 1 mM EDTA, 0.05% NP-40, and 2 0.25×トリス-ホウ酸-EDTAバッファ中、200V、2時間、13%アクリルアミドゲルで電気泳動を行った。
【0062】
競合試験は、未標識の競合オリゴヌクレオチドを結合反応に添加しその後標識オリゴヌクレオチドを添加することにより行った。
【実施例1】
【0063】
(SK1及びSK2遺伝子の同定)
既に、本発明者らはT65とC9298との雑種を用いて、1番染色体、3番染色体及び12番染色体にそれぞれ存在する3つの主たるQTLを見出している。(非特許文献2、3)。これらのQTLのうち、12番染色体上のQTLが最も水深増大応答に最も関与しているとされている(非特許文献2、3)。これらの文献に基づき、12番染色体上最も強力なQTLの影響を評価するために、T65の遺伝的背景を有し12番染色体の末端にC9285及びBhaduaの遺伝子断片を有する準同質遺伝子系統(NIL-12)を上記方法で作製した。作製したNIL系統ほか、浮きイネ種C9285及び非浮きイネ種C65について、冠水応答を評価した。作製したNIL-12の他、T65、C9285についての冠水応答を評価した。結果を図3及び図4に示す。
【0064】
図3及び図4に示すように、NIL-12は、冠水に対して節間及び葉の伸張にて応答した。
【0065】
次に、これらの結果に基づき、2つの集団、すなわち、T65/C9285のクロスに由来するNIL12系統の16000個体及びT65/Bhaduaの交配種に由来するNIL-12B系統の12000個体につき、ポジショナルクローニングを試みた。結果を図5に示す。
【0066】
図5に示すように、NIL-12B系統においては、12番染色体上のQTLは、FL-EcoRV及びFL-EcoRIの間の約88.5kbにマッピングされた。同様に、NIL-12系統においては、分子マーカーDW6-PvuIIとDW9-PvuIIとの間の21.5kbにマッピングされた。このQTLに対する候補領域は、二つの独立したマッピング集団で重複していた。
【0067】
このQTLを同定するため、上記方法に従いC9285のBACライブラリを構築し、一つのBACクローン(C9285_10H05)が候補領域をカバーしていることを見出した。結果を図5に示す。BACクローンの塩基配列の解析結果から、T65にはなく、C9285において46kbの追加の遺伝子領域が検出された。合計67.5kbのDNA断片は18の推定ORFを有していた。
【0068】
次に、これらの推定ORFについての発現解析を行った。発現解析は、図6に示す所定時間(3時間、6時間、12時間)(Aは空気中を示す。)冠水させたC9285から上記方法により全RNAを抽出し、これらの各推定ORFについての特異的プライマーを用いてRT-PCRを用いて行った。アクチン遺伝子を対照として用いた。結果は、図6に示すように、C9285において、18個のORFのうち、二つの遺伝子(8番:Snorkel1(SK1)及び12番:Snorkel2(SK2))が空気中では発現しておらず冠水条件で強く発現することがわかった。なお、SK1遺伝子及びSK2遺伝子のコード領域塩基配列をそれぞれ配列番号1及び3に示し、これらの遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号2及び4に示す。なお、SK1遺伝子のコード領域とその5’側にプロモーター領域の少なくとも一部を含む塩基配列を配列番号9に示し、SK2遺伝子のコード領域とその5’側にプロモーター領域の少なくとも一部を含む塩基配列を配列番号10に示す。
【0069】
また、図7に、SK1、SK2につき発現解析を行った結果を示す。発現解析は、図7に示す所定時間(3時間、6時間、12時間)冠水させたC9285及びT65から上記方法により全RNAを抽出し、これらの遺伝子についての特異的プライマーを用いてRT-PCRを用いて行った。アクチン遺伝子を対照として用いた。結果は、図7に示すように、C9285において、二つの遺伝子、Snorkel1(SK1)及びSnorkel2(SK2)のうち、特にSK1が冠水条件で強く発現することがわかった。
【0070】
Bhaduaと所望の領域をカバーする選択したクローンとのBACライブラリを作製して、BhaduaがSK2及びSK1を有しているかどうかも確認した。
【0071】
SK1及びSK2が、水深増大応答を誘導することを確認するために、BACクローンC9285_10H05のサブライブラリからサブクローンa(SK1を含有)、サブクローンb(SK2を含有)を作製した(図5参照)。これらの遺伝子断片を非浮きイネ種T65に導入して上記方法により形質転換植物体を作製した。これらの形質転換植物体につき、冠水応答を評価した。結果を図8に示す。
【0072】
図8に示すように、SK1を保持する形質転換植物体は、冠水に対してほとんど応答しなかったが、SK2を保持する形質転換植物体は、冠水に対して顕著に節間の伸張を示した。SK1とSK2とを保持する形質転換植物体は、いずれかを保持する植物よりもよりもさらによく応答した。
【0073】
また、T65の遺伝子背景を有しアクチンプロモーターの制御下でSK1又はSK2を過剰発現する形質転換植物体を作製し、空気中での節間伸張を評価した。結果を図9に示す。図9に示すように、コントロール(空のベクターを導入したもの)は空気中で応答しなかったが、SK1の過剰発現体にあっては、第1から第3の節間が伸張し、SK2の過剰発現体にあっては、第1から第7の節間が伸張した。これらの結果から、SK1及びSK2は、いずれも冠水応答に関与することがわかったが、SK2遺伝子が冠水応答に関しSK1よりも効果が大きいこと、SK1は冠水応答の調節のために必須であり、SK2は弱く作用することがわかった。
【0074】
次に、SK1及びSK2の組織特異的発現を確認した。全RNAを、葉鞘(LS)、葉先(LB)、茎(ST)、根(RO)及び円錐花序(PA)からそれぞれ抽出し、SK1及びSK2に特異的プライマーを用いてRT-PCRを行った。結果を図10に示す。図10に示すように、これらの遺伝子は、葉(葉鞘及び葉先)及び節及び節間を含む茎など、冠水応答が生じる組織で発現していることがわかった。
【実施例2】
【0075】
(SK1及びSK2の機能評価1)
SK1及びSK2の塩基配列の解析結果によれば、推定核局在シグナル(NLS)とAP2/ERFドメインとを有している(図11)。このAP2/ERFドメインの系統発生解析によれば、SK1及びSK2は、エチレン応答転写因子であることが推測された(図12)。また、このドメインの塩基配列に基づけば、OsSUB1タンパク質や各種ERFとの類似性を示しているが、このドメイン外の配列に関し、公知の遺伝子で類似性を示すものはなかった。
【0076】
SK1タンパク質及びSK2タンパク質の細胞内局在性を確認するために、上記方法により顕微鏡観察を行った。結果を図13に示す。図13に示すように、GFPシグナルは、核内に局在した。
【0077】
また、上記したトランス活性化活性の測定方法を用いて、酵母ワンハイブリッドシステムを用いていずれのタンパク質が転写活性を有しているかどうか、また、どの部分が転写活性を有しているかどうかを確認した。結果を図14に示す。図14に示すように、SK1タンパク質及びSK2タンパク質がそれらのC末端において強い転写活性を有していることがわかった。以上の結果から、SK1及びSK2は、転写因子をコードしていることがわかった。
【0078】
次に、上記したホルモン応答SK1及びSK2の発現がエチレンを含む植物ホルモン(IAA、GA、CK、BR、ABA)によって誘導されるかどうかを、C9285について上記したホルモン処理方法を用い、所定の栽培期間経過後、植物体から全RNAを抽出し、RT-PCRを実施して、SK1及びSK2の発現解析を行った。結果を図15に示す。図15に示すように、エチレンのみがSK1及びSK2の発現を有意に促進することがわかった。
【0079】
また、C9285及びT65につき、植物ホルモンの定量方法を用いて空気中及び冠水条件での植物体中のエチレン濃度を測定した。図16に示すように、いずれの植物体のエチレン濃度も、冠水条件下で空気中よりも約2.5倍高いことがわかった。C9285及びT65を所定時間(6時間、12時間、24時間)冠水後、全RNAを抽出して、エチレン生成遺伝子(ACS)の発現解析を行った。結果を図17に示す。図17に示すように、エチレン合成経路の律速段階においてSAMをACCに転換するACS5が冠水条件下でのT65及びC9285の双方で誘導されていることがわかった。以上のことから、冠水条件下でエチレン生合成遺伝子ACS5を活性化することにより引き起こされるエチレンの合成がSK1及びSK2の発現を誘導することがわかった。
【0080】
さらに、C9285及びT65につきエチレンに対する生理学的応答を調べた。すなわち、空気中でエチレンに植物体を暴露するとともにエチレン阻害剤を用いてエチレンの作用を阻害したときの節間の伸長長さを測定した。結果を図18及び図19に示す。これらの図に示すように、C9285については、空気中のエチレン又はエタフォン濃度に応じて節間伸長長さは増大する一方、阻害剤の添加量に応じて、節間伸長長さは低下した。また、T65について節間伸長は観察されなかった。以上のことから、冠水応答はエチレン合成を介して生じることがわかった。
【0081】
エチレン合成とSK1及びSK2の関係を調べるため、イネのEIN3(Ethylene Insentive3)(OsEIN3、図20参照)がSK1及びSK2のプロモーター領域に結合するかどうかを調べた。図21に示すように、SK1及びSK2のプロモーター領域(-2048bp、1797bp)を200〜300bpの10個及び9個の断片にそれぞれ分割し、OsEIN3との相互作用を上記した電気泳動移動度シフトアッセイ(EMSA)により評価した。結果を図22に示す。図22に示すように、SK1(-1478bpから-1196bp領域)及びSK2(-633bpから-373bp領域)にOsEIN3が結合することがわかった。また、これらの2つの領域は、EINS3のターゲットコア配列を有していた(図21参照)。また、競合試験の結果も、これらの領域とOsEIN3との相互作用を支持するものであった(図23)。以上のことから、SK1及びSK2は、エチレン応答転写因子をコードしていることを確認できた。
【実施例3】
【0082】
(SK1及びSK2の機能評価2)
本実施例では、浮きイネが冠水応答で節間が伸長する機構について調査した。植物の成長には植物ホルモンが必須であることから、C9285とT65につき冠水前後の植物ホルモン量をGC-MSを調べた。結果を図24に示す。図24に示すように、冠水後のC9285において高濃度の活性GAが検出された。これに対して、T65は冠水前後で大きく変化しなかった。なお、他のホルモン量は大きくこのことは、GAの生合成が冠水によって引き起こされることを示唆した。
【0083】
次いで、GA又はGA及びGA阻害剤(ウニコナゾール)を投与したときの節間伸長を評価した。植物体にGAを処理するには、10-5MのGA1溶液をT65とNIL-12の根本に投与し、7日間育成させ節間を計測した。また、阻害剤の適用にあたっては、まず通常の栽培条件下で10-6MのGA阻害剤を処理した後、これら前処理した植物体を10-6MのGA阻害剤を含有する水で冠水させ、7日間経過後に伸長した節間の長さを測定した。結果を図25に示す。図25に示すように、GAを処理すると、T65及びC9285の双方につき、節間が伸長し、阻害剤存在下では同様に節間の伸長が抑制された。また、図26に示すように、冠水条件下では、NIL-12は伸長するが、GAの生合成酵素に変異を有するGA欠損変異体は、冠水応答を示さなかった。以上のことから、GAは、冠水応答時の節間伸長に重要であることがわかった。
【0084】
これらの結果から、冠水応答のための一つのモデルが提案できると考えられる。すなわち、冠水条件下において、エチレン生合成酵素ACS5遺伝子の発現が活性化されることによりエチレンが合成され、蓄積したエチレンがエチレン応答転写因子であるSK1及びSK2の発現を誘導し、冠水応答の発現を引き起こす、というものである。また、GAの生合成経路につながるSK1及びSK2によるシグナル伝達の結果、直接的又は間接的に節間伸長を誘導する程度にGA濃度が上昇すると考えられる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)〜(f)のいずれかのポリヌクレオチド。
(a)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(b)配列番号4で表されるアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(c)配列番号4で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(d)配列番号2で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド。
(e)配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(f)配列番号2で表される塩基配列と70%以上の同一性を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項2】
イネ由来である、請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項4】
請求項3に記載のベクターが導入された植物細胞。
【請求項5】
請求項3に記載の植物細胞を含む形質転換植物体。
【請求項6】
請求項5に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のポリヌクレオチドを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む、形質転換植物体の製造方法。
【請求項9】
有用作物の生産方法であって、
請求項5又は6に記載の形質転換植物体を栽培する工程と、
前記形質転換植物体を収穫する工程と、
を備える、生産方法。
【請求項10】
前記栽培工程は、前記形質転換植物体において冠水応答を誘導するステップを含む工程である、請求項9に記載の生産方法。
【請求項1】
下記(a)〜(f)のいずれかのポリヌクレオチド。
(a)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(b)配列番号4で表されるアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(c)配列番号4で表されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(d)配列番号2で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド。
(e)配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(f)配列番号2で表される塩基配列と70%以上の同一性を有し、冠水時に茎の節間伸長活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項2】
イネ由来である、請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項4】
請求項3に記載のベクターが導入された植物細胞。
【請求項5】
請求項3に記載の植物細胞を含む形質転換植物体。
【請求項6】
請求項5に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のポリヌクレオチドを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む、形質転換植物体の製造方法。
【請求項9】
有用作物の生産方法であって、
請求項5又は6に記載の形質転換植物体を栽培する工程と、
前記形質転換植物体を収穫する工程と、
を備える、生産方法。
【請求項10】
前記栽培工程は、前記形質転換植物体において冠水応答を誘導するステップを含む工程である、請求項9に記載の生産方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【公開番号】特開2010−183894(P2010−183894A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−31885(P2009−31885)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、農林水産省、プロジェクト研究「新農業展開ゲノムプロジェクト」(バイオマス・飼料作物の開発)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、農林水産省、プロジェクト研究「新農業展開ゲノムプロジェクト」(バイオマス・飼料作物の開発)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]