説明

冷間加工用βチタン合金及びその製造方法

【課題】βチタン合金素材の強度が高い場合でも、冷間鍛造において優れた耐焼付き性を有する冷間加工用βチタン合金材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】冷間加工用βチタン合金材は、Alを1.0〜5.0mass%含有するβチタン合金からなる母材の表面に酸化被膜が形成されたβチタン合金材である。前記酸化被膜は、外表面側にAl濃度の最高濃度部が形成され、母材表面側にAl濃度の最低濃度部が形成されたAl濃度移行領域を有し、前記最高濃度部と最低濃度部におけるAl濃度の差が母材のAl濃度の30%以上とされたものである。前記βチタン合金材は、母材βチタン合金を770〜980℃に加熱することによって製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽量かつ高強度のβチタン合金製部品の冷間鍛造用素材等として好適な冷間加工性に優れたβチタン合金材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、引張強度が650MPaを超える高強度のチタン合金製の部品は、そのほとんどがTi−6mass%Al−4mass%V合金に代表されるα+β型チタン合金素材から切削加工により製造されていた。α+β型チタン合金は、一般的に冷間加工し難く、冷間鍛造用の素材としては向いていない。このため、α+β型チタン合金は、主として熱間鍛造や切削による加工の素材として用いられている。しかし、熱間鍛造では加熱炉等の大掛かりな設備が必要であり、しかも冷間鍛造に比べて加工精度が劣る。一方、切削加工は冷間鍛造に比べると作業効率が悪く、また材料の歩留が悪い。特に、頭付きボルトなどでは、削り落とす部分が多く、歩留りが大きく低下する。このため、鋼材に比べて材料コストの高いチタン合金の場合、非常に大きなコスト高の要因となる。
【0003】
一方、Mo、V、Crなどのβ安定化元素を添加して、高温で安定なβ相を室温において発現させたβチタン合金は、α+β合金に対して、冷間加工性に優れ、また熱処理性にも優れるため、バネ,ボルト,ギアなどの素材として好適に用いられる。しかし、変形抵抗が大きく、非常に焼き付き易い材料なので、冷間鍛造用の素材として必ずしも適したものではなかった。
【0004】
このため、冷間鍛造時の焼付きを抑制する手段として、種々のものが提案されている。例えば、βチタン合金素材の表面に化成処理被膜を形成したり、潤滑性金属被膜を付着させる方法が提案されている。一方、被膜自体が丈夫で比較的硬い被膜を形成する技術として、特公平6−37701号公報(特許文献1)、特許第2792021号公報(特許文献2)、特許第2792020号公報(特許文献3)には、大気中での加熱により素材表面に酸化被膜を形成し、これによって焼付き防止を図る技術が提案されている。これらの技術では、素材表面への酸化被膜の密着性を確保するため、750℃以下の温度で加熱処理が行われる。
【特許文献1】特公平6−37701号公報
【特許文献2】特許第2792021号公報
【特許文献3】特許第2792020号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、化成処理被膜や潤滑性金属被膜は、βチタン合金素材に対する密着性が良好であるものの、強度が低いため、十分な耐焼付き性が得られていない。一方、酸化被膜は、硬い材質で被膜自体に問題はないものの、素材との密着性に問題があり、素材の変形に追随することができず、素材から剥離して地肌が露出するため、やはり十分な耐焼付き性が得られていない。特に、βチタン合金素材が650MPa以上と高強度である場合、鍛造時の面圧が高くなるので、上記いずれの被膜でも冷間鍛造に十分に対応可能な耐焼付き性が得られていない。
本発明はかかる問題に鑑みなされたもので、βチタン合金素材の強度が高い場合でも、冷間鍛造において優れた耐焼付き性を有する冷間加工用βチタン合金材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、βチタン合金を用いて、その表面に酸化被膜を形成すべく種々の温度で加熱実験を繰り返したところ、βチタン合金がAlを適量含有するものである場合、従来より高温で加熱すると、酸化被膜中に母材側から外表面側にかけてAl濃度が低濃度から高濃度に変化するAl濃度移行領域が形成されることを知見した。また、その最低濃度部と最高濃度部におけるAl濃度差が母材のAl量のある割合を超えると、Al濃度移行領域中の最高濃度部を含む酸化被膜の表層部が最低濃度部から剥離する一方、最低濃度部を含む酸化被膜の内層部が母材表面側に密着したまま残留することを知見し、これらの知見を基に本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明の冷間加工用βチタン合金材は、Alを1.0〜5.0mass%含有するβチタン合金からなる母材の表面に酸化被膜が形成されたβチタン合金材であって、前記酸化被膜は、外表面側にAl濃度の最高濃度部が形成され、母材表面側にAl濃度の最低濃度部が形成されたAl濃度移行領域を有し、前記最高濃度部と最低濃度部におけるAl濃度の差が母材のAl濃度の30%以上とされたものである。前記酸化被膜の平均厚さは5.0〜25μm とするのが好ましい。また、前記母材のβチタン合金としては、引張強さが650MPa以上のものでもよい。
【0008】
本発明のβチタン合金材によると、母材の表面に、外表面側にAl濃度の最高濃度部が、母材表面側に最低濃度部が形成されたAl濃度移行領域を有し、前記最高濃度部と最低濃度部におけるAl濃度の差が母材のAl濃度の30%以上とされた酸化被膜が形成されるので、冷間加工の際に、前記Al濃度移行領域中の最高濃度部を含む酸化被膜の表層部が最低濃度部から容易に剥離する一方、最低濃度部を含む酸化被膜の内層部が母材表面に密着したまま残留する。前記剥離した酸化被膜の表層部は粉々に分断されて固体潤滑剤の役目を果たし、一方母材表面に密着したまま残留した内層部は薄いため密着性が良好で、母材の保護膜ないし潤滑膜として作用し、両者が相まって優れた耐焼付き性を発揮する。このため、従来冷間加工が難しかった650MPa以上の高強度のβチタン合金であっても、焼付きを防止しつつ、冷間鍛造を行うことができる。
【0009】
また、本発明の冷間加工用βチタン合金材の製造方法は、Alを1.0〜5.0mass%含有するβチタン合金からなる母材を770〜980℃に加熱し、母材の表面に前記Al濃度移行領域を有する酸化被膜を形成するものであり、前記Al濃度移行領域を備えた冷間加工用βチタン合金材を容易に製造することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明のβチタン合金材によれば、母材の表面に、Al濃度の差が母材のAl濃度の30%以上とされたAl濃度移行領域を有する酸化被膜が形成されるので、冷間加工の際に、Al濃度の最高濃度部を含む酸化被膜の表層部が最低濃度部から容易に剥離して固体潤滑剤を供給する一方、最低濃度部を含む酸化被膜の内層部が母材表面側に密着したまま残留して保護層ないし潤滑層として機能するので、優れた耐焼付きを備え、冷間鍛造素材として好適である。また、本発明の製造方法によれば、前記βチタン合金材を容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のチタン合金材は、Alを1.0〜5.0mass%(以下、単に「%」と表示する。)含有するβチタン合金からなる母材の表面に酸化被膜が形成されたβチタン合金材である。前記βチタン合金とは下記式で規定するMo当量が8.0以上のものをいう。なお、Mo当量とは、添加元素のβ安定化作用をMo量に換算して評価した値を意味する。下記式で[X]は元素Xの含有量(mass%)を意味する。
Mo当量=[Mo]+0.67[V]+0.44[W]+0.28[Nb]+0.22[Ta]+2.9[Fe]+1.6[Cr]-[Al]
【0012】
前記母材は、Alを1.0〜5.0%含有するβチタン合金であれば任意のものを用いることができる。前記母材として、Alを1.0〜5.0%を含有するβチタン合金を用いる理由は、1.0%未満では後述する酸化被膜形成熱処理によってもAl濃度差が母材Al濃度の30%以上有するAl濃度移行領域を形成することが難しく、一方5.0%を超えるとチタン合金自体の冷間加工性が劣化するようになるからである。このため、母材チタン合金のAl濃度の下限を1.0%とし、好ましくは1.5%、より好ましくは2.0%とするのがよく、一方その上限を5.0%とし、好ましくは4.5%とするのがよい。
【0013】
前記母材として、650MPa以上の高強度βチタン合金を用いて、冷間加工後に時効処理を施すことにより、母材強度より200〜600MPa程度高い高強度製品を得ることができる。前記高強度βチタン合金としては、例えば、Ti−15V−3Cr−3Sn−3Al合金(数値はmass%を示す。以下同様)、Ti−13V−11Cr−3Al合金、Ti−15Mo−5Zn−3Al合金、Ti−22V−4Al合金を挙げることができる。なお、βチタン合金の強度は、溶体化処理後の強度を意味する。
【0014】
前記酸化被膜は、外表面側にAl濃度の最高濃度部が形成され、母材表面側にAl濃度の最低濃度部が形成され、前記最低濃度部から最高濃度部にわたってAl濃度が連続的に変化したAl濃度移行領域を有する。前記最高濃度部と最低濃度部におけるAl濃度の差は母材のチタン合金のAl濃度の30%以上とされる。最高濃度部と最低濃度部とのAl濃度差が母材のAl濃度の30%未満であると、最高濃度部を含む酸化被膜の表層部が最低濃度を含む内層部より剥離し難くなり、冷間加工時に剥離して分断された酸化被膜による固体潤滑作用が劣化する。このため、Al濃度差は母材Al濃度の30%以上とし、好ましくは45%以上、より好ましくは50%以上とするのがよい。なお、上限は特に限定されない。
【0015】
また、前記酸化被膜の膜厚は、5.0〜25μm 程度が好ましい。5.0μm 未満では酸化被膜の表層部の剥離量が減少し、総じて潤滑作用が不足するようになる。一方、25μm を超えると、剥離分断した酸化被膜のサイズが大きくなるため、母材に肌荒れが生じるようになる。
【0016】
上記母材表面に酸化被膜を有するβチタン合金材は以下のようにして製造される。
まず、母材として溶体化処理されたβチタン合金を準備し、適宜、酸洗処理した後、酸化被膜形成熱処理を施す。酸化被膜形成熱処理は、従来の加熱温度に比して数十度高い770〜980℃で加熱する処理である。770℃未満では、酸化被膜中のAl濃度移行領域において母材のAl濃度の30%以上のAl濃度差のあるAl濃度移行領域を形成することが困難であり、一方980℃を超えると、保持時間にかかわらず、酸化被膜の厚さが過大になり、肌荒れが生じて好ましくない。酸化被膜の厚さは、保持時間によって調整されるが、通常、数分ないし数十分程度でよい。
【0017】
前記母材βチタン合金は任意の方法により製造されたものでよい。例えば、VAR(真空アーク溶解炉)などを用いて溶解し、溶融合金を鋳造して得られた鋳塊を1000℃〜1200℃に加熱し、必要に応じて均質化のために数時間から数十時間程度保持した後、70〜99%程度の圧下率で圧延、鍛造などの熱間塑性加工(粗加工)を行う。次いで、700℃〜1000℃に加熱し、50〜99.9%程度の圧下率で熱間塑性加工(仕上加工)行い、線材、板材等に加工する。
【0018】
本発明のβチタン合金材は、耐食性、比強度に優れ、良好な冷間加工性、特に耐焼付き性に優れるため、ボルト、自動車や自転車のギアや軸部品などの冷間鍛造用素材として好適なものである。なお、本発明のチタン合金材は、冷間鍛造に限らず、転造、プレス加工などの素材としても好適に用いられる。
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はかかる実施例によって限定的に解釈されるものではない。
【実施例】
【0019】
下記組成の母材βチタン合金線材(線径7.8mmφ、引張強さ780MPa、酸洗仕上げしたもの)を準備し、所定の長さに切断してスラグ(円柱材)を製造し、大気中でバッチ炉を用いて、下記表1に示す熱処理条件で酸化被膜を母材表面に形成した。
このようにして得られたスラグに対して酸化被膜の厚さ方向のAlの濃度分布をEPMAによって分析し、酸化被膜の厚さ方向におけるAl濃度の最低値(最低濃度)、最高値(最高濃度)を測定し、最低値と最高値との濃度差を調べ、母材Al濃度に対する比(濃度比)を求めた。その結果を酸化被膜の厚さと共に表1に併せて示す。また、前記EPMAによるAl濃度分布の一例(試料No. 3及び9)を図1に示す。
・母材組成(Mo当量=11.8)
V:15.1%、3.0%Cr、3.0%Sn、3.1%Al、残部Ti
【0020】
また、前記スラグを素材として、ヘッダー(ボルト製造装置)を用いてM8の六角穴付きボルトを冷間鍛造により製造し、焼付き発生の有無、製品表面の性状を目視観察した。その結果を表1に併せて示す。
【0021】
また、上記と同様組成の母材βチタン合金線材(線径5.8mmφ、引張強さ780MPa、酸洗仕上げしたもの)を大気中でストランド炉を用いて、下記表2に示す熱処理条件で酸化被膜を母材表面に形成し、上記と同様にして酸化被膜の厚さ方向におけるAl濃度の濃度差を調べ、母材Al濃度に対する濃度比を求めた。また、ヘッダーを用いてM6の六角穴付きボルトを前記線材から連続的に冷間鍛造により製造し、焼付き発生の有無、製品表面の肌荒れを目視観察した。その結果を表2に併せて示す。
【0022】
表1及び表2より、熱処理温度を770〜980℃で行った発明例では、酸化被膜中のAl濃度差が母材の濃度に比して30%以上となっており、また冷間鍛造の結果も焼付きや肌荒れの発生は皆無であった。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例におけるβチタン合金材の表面からの距離とAl濃度との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alを1.0〜5.0mass%含有するβチタン合金からなる母材の表面に酸化被膜が形成されたβチタン合金材であって、
前記酸化被膜は、外表面側にAl濃度の最高濃度部が形成され、母材表面側にAl濃度の最低濃度部が形成されたAl濃度移行領域を有し、前記最高濃度部と最低濃度部におけるAl濃度の差が母材のAl濃度の30%以上とされた、冷間加工用βチタン合金材。
【請求項2】
前記酸化被膜の平均厚さが5.0〜25μm である請求項1に記載した冷間加工用βチタン合金材。
【請求項3】
前記母材の引張強さが650MPa以上である請求項1又は2に記載した冷間加工用βチタン合金材。
【請求項4】
Alを1.0〜5.0mass%含有するβチタン合金からなる母材を770〜980℃に加熱し、母材の表面に請求項1に記載したAl濃度移行領域を有する酸化被膜を形成する、冷間加工用βチタン合金材の製造方法。






【図1】
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