凝固因子として作用する異常トロンビンのためのトロンビン不活化動態測定方法及び試験方法、並びに、ポリヌクレオチド
【課題】従来から報告されている静脈血栓症のリスクとなるような遺伝子変異が見つからない静脈血栓症の新規発症例のための測定方法、及び、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法の提供を課題とする。
【解決手段】被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定する。また、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドンのアデニンを1番目の塩基として該cDNAの塩基配列の1787番目における塩基の種類を決定し、当該塩基の種類がチミンである場合には血栓症にかかり易く、グアニンである場合には血栓症にかかり易くないという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する。
【解決手段】被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定する。また、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドンのアデニンを1番目の塩基として該cDNAの塩基配列の1787番目における塩基の種類を決定し、当該塩基の種類がチミンである場合には血栓症にかかり易く、グアニンである場合には血栓症にかかり易くないという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
静脈血栓症の遺伝性の原因として、凝固阻止因子(凝固制御因子とも呼ばれる)であるアンチトロンビンやプロテインSやプロテインCの遺伝子変異が知られている(例えば、非特許文献1参照。)。このような凝固制御因子の異常による静脈血栓症を治療する際には、ビタミンK依存性凝固因子であるプロトロンビン等を少なくするため、ビタミンK拮抗剤の投与等が行われている。
また、血液の凝固能力をみる測定方法として、トロンボテスト(TT)、APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)試験、等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】宮田敏行、外8名、日本人の血栓性素因、臨床血液、社団法人日本血液学会、2009年、Vol.50、No.5、pp.381-388。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来から報告されている静脈血栓症のリスクとなるような遺伝子変異が見つからないにもかかわらず、遺伝性の静脈血栓症の発症が疑われた例があった。本願発明者らは、この新規発症例の原因及び予測方法について鋭意検討し、本願発明に至った。
【0005】
従って、本発明は、上述した新規発症例のための測定方法、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法、並びに、新規の試験方法を開発するために利用することが可能なポリヌクレオチド及びポリペプチドを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定方法であって、被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする。この発明によれば、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができる。
また、本発明は、凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定方法であって、被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加えたときの残存トロンビン活性を基準化するための前記試料の基準化用トロンビン活性を測定し、別途、試料に前記プロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、前記凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の前記基準化用トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする。この発明によっても、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができる。
【0007】
さらに、本発明は、凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定キットであって、被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料に加えてプロトロンビンをトロンビンに変換するためのプロトロンビン活性化剤と、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子であって前記プロトロンビン活性化剤を加えた後に前記試料に加えるための凝固阻止因子と、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を測定するための活性測定用試薬と、を含む、測定キットを含む。この発明では、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出するための測定キットを提供することができる。
【0008】
さらに、本発明は、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類を決定し、当該塩基の種類が健常人に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基である場合には血栓症にかかり易くなく、トロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基でない場合には血栓症にかかり易い可能性があるという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法を含む。この発明では、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法を提供することができる。
さらに、本発明は、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子に対応するcDNA(相補的DNA)の翻訳開始コドンのアデニンを1番目の塩基として該cDNAの塩基配列の1787番目における塩基の種類を決定し、当該塩基の種類がチミンである場合には血栓症にかかり易く、グアニンである場合には血栓症にかかり易くないという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法を含む。この発明でも、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法を提供することができる。
【0009】
さらに、本発明は、配列番号1で表されるDNA(deoxyribonucleic acid)配列からなるポリヌクレオチドを含む。この発明では、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することが可能なポリヌクレオチドを提供することができる。また、本発明は、このポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるポリペプチドを含む。この発明では、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することが可能なポリペプチドを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】人の血液凝固系の一部を模式的に示す図である。
【図2】血漿を用いてトロンビンの不活化動態を測定した結果を示す図である。
【図3】図2の測定結果を反応時間0の時の残存トロンビン活性で基準化した結果を示す図である。
【図4】凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパリンの組合せを用いた第一の残存トロンビン活性測定方法を示す図である。
【図5】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清を用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図6】凝固阻止因子にアンチトロンビン(ヘパリン無し)を用いた第二の残存トロンビン活性測定方法を示す図である。
【図7】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清を用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図8】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清とプロトロンビン除去血漿の組合せを用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図9】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清とプロトロンビン除去血漿の組合せを用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図10】凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せを用いた第三の残存トロンビン活性測定方法を示す図である。
【図11】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清を用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図12】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清を用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図13】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清とプロトロンビン除去血漿の組合せを用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図14】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清とプロトロンビン除去血漿の組合せを用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら発明を実施するための形態を例示する。むろん、本発明は本明細書及び図面に示す実施形態に限定されるものではなく、実施形態に示す特徴の全てが発明の解決手段に必須となるとは限らない。
【0012】
(1)血液凝固系の説明:
まず、背景技術として血液凝固系の概略を説明する。
血液の凝固因子として、12種類の因子が発見されている。これらの因子は、凝固第I〜V,VII〜XIII因子と呼ばれている。血液凝固機序として、組織因子(tissue factor)を起因とする外因系凝固活性化機序と、異物を起因とする内因性凝固活性化機序とが知られている。
【0013】
図1は、人の血液凝固系の一部を模式的に示している。
血液凝固系の途中にある活性型の第IXa因子は、活性型の第VIIIa因子の補酵素作用の存在下に凝固第X因子を活性化する。活性型の第Xa因子、活性型の第Va因子、リン脂質(PL)及びカルシウムイオン(Ca2+)からなるプロトロンビナーゼ複合体は、プロトロンビン(凝固第II因子)をトロンビン(第IIa因子)に活性化する。トロンビンは、フィブリノゲン(凝固第I因子)からフィブリンを形成させる。血液凝固カスケードがあることにより、破れた血管内に組織液が入ったときや血液が異物に接触したときに必要量のフィブリンが速やかに形成される。
【0014】
一方、通常時に凝固反応を抑制する凝固阻止因子も血液中に存在している。アンチトロンビン(AT)は、第IXa因子、第Xa因子、トロンビン、等の作用を阻害するが、主として第Xa因子及びトロンビンと結合して複合体を形成し、第Xa因子及びトロンビンの作用を阻止する。ATは、ヘパリンと結合してアンチトロンビン・ヘパリン複合体となると、即効性の抗トロンビン作用を発揮する。α2-マクログロブリン(α2-M)は、第Xa因子及びトロンビンの作用を阻止する。
また、トロンビンは、トロンボモジュリン(TM)と結合すると、フィブリン生成反応等の活性を失う一方、凝固阻止因子であるプロテインCを活性化する。活性型プロテインCは、凝固阻止因子であるプロテインSの補酵素作用、及び、カルシウムイオンの存在下、第Va因子及び第VIIIa因子を失活させ、過凝固を防ぐように作用する。
【0015】
(2)新規発見の静脈血栓症の遺伝子解析:
3世代にわたって静脈血栓症の発症が見られた患者について、従来から報告されている静脈血栓症のリスクとなる遺伝子変異、すなわち、アンチトロンビン遺伝子とプロテインC遺伝子とプロテインS遺伝子の変異があるかどうかを調べたところ、これらの遺伝子変異は見つからなかった。
また、上記患者の凝血学的血液検査を行ったところ、ビタミンK拮抗剤の服用の影響で凝固能力が低下しているものの、凝固能力が十分にあることを表す結果が得られた。
【表1】
ここで、INRはプロトロンビン時間国際標準比(prothrombin time-international normalized ratio)、APTTは活性化部分トロンボプラスチン時間、vWF因子定量はフォン・ウィルブランド因子定量、vWF活性はフォン・ウィルブランド因子活性、を表す。
【0016】
そこで、上記患者のプロトロンビン遺伝子の塩基配列を解析することとした。
まず、患者の末梢血白血球ペレットにSDS(sodium dodecyl sulfate)、EDTA(ethylene diamine tetraacetic acid)の存在するプロテアーゼKの緩衝液を添加して細胞を溶解して細胞内のDNAを可溶化し、フェノール/クロロホルム抽出法により患者のゲノムDNAを抽出した。
また、プロトロンビン遺伝子のエクソン14を挟むプライマーとして、「5'-agggcctggtgaacacatcttc-3'」(配列番号4)及び「5'-ccaggtggtggattcttaagtcttc-3'」(配列番号5)を合成した。東洋紡績株式会社製KOD FXを使用し、これらのプライマーを用いて上記DNA断片をPCR(polymerase chain reaction)法により増幅した。得られたPCR増幅フラグメントをQIAGEN社製QIAEX II Gel Extraction Kitにより精製した。この生成されたPCR増幅フラグメントを鋳型とし、前記配列番号4,5のプライマーを用いてダイレクトシークエンス法によりプロトロンビン遺伝子のDNA配列を決定した。具体的には、アプライドバイオシステムズ社製BigDye(登録商標) terminatorを用いた。反応産物を精製しアプライドバイオシステムズ社製ABI-PRISM(登録商標) 310 Genetic Analyzerにより解析し、DNA配列を決定した。決定したDNA配列は、配列番号3で表されている。
ここで、DNA配列の44番目が被検者に由来するプロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドンのA(アデニン)であり、DNA配列の1912番目の終止コドンのG(グアニン)である。また、プロトロンビン遺伝子のエクソン14は、配列番号3において、1769番目に開始し、2010番目で終了する。
【0017】
上述した遺伝子解析の結果、配列番号3の1830番目、すなわち、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドンのAを1番目の塩基としてプロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの塩基配列の1787番目(エクソン14)にGからT(チミン)への一塩基置換を同定した。以下、翻訳開始コドンのAを1番目の塩基とする場合を翻訳開始コドン基準と記載する。
下記表は、上記患者(Mutant)の変異型トロンビン遺伝子と遺伝子異常の無い人(Normal)のプロトロンビン遺伝子とでエクソン14の要部を比較したものである。
【表2】
ここで、DNA配列に付した番号はcDNAの翻訳開始コドン基準の番号であり、アミノ酸配列に付した番号はプロトロンビンを構成するアミノ酸の番号である。
【0018】
以上より、プロトロンビンの596番目に1アミノ酸置換が起きていることが予想される。これは、酵素活性を持っている領域(Catalytic domain)内の596番目のArg(アルギニン)をLeu(ロイシン)に変化させる未報告のミスセンス変異である。
ここで、596番目のArgは、活性中心ではないものの、活性中心の近くであり、また、アンチトロンビンとの結合部位であると報告されている(Wei Li, et al. Nat Struct Mol Biol. 2004)。正電荷を持つ極性アミノ酸であるArgから非極性アミノ酸Leuへの変化により、トロンビンとアンチトロンビンとの親和性が低下することが考えられる。従って、本変異型プロトロンビンは、アミノ酸置換があるにもかかわらず凝固因子としての活性はほぼ正常であるが、生理的なトロンビンの制御因子であるアンチトロンビンとの水素結合形成が抑制され、アンチトロンビンによる不活化に抵抗することが予想される変異である。本症例では、トロンビンのアンチトロンビン結合部位に起こった変異により、アンチトロンビンによるトロンビン不活化の遅延による静脈血栓症を引き起こした可能性が考えられる。
【0019】
(3)本変異型トロンビン検出のためのトロンビン不活化動態測定方法の説明:
以上説明したように、トロンビン側に分子異常が存在し、凝固因子としての能力がある一方でアンチトロンビン等の凝固阻止因子の不活化作用を受け難くなる病態についての疾患概念は、無かった。このため、本変異型トロンビンのトロンビン不活化動態を解析する方法は、臨床検査法を含めて開発されていなかった。
本願発明者らは、本変異型トロンビンのように凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するため、凝固阻止因子によるトロンビン不活化動態の測定方法を新規に開発することとした。
【0020】
上記測定方法の試験用試薬にアンチトロンビン等の生理的な凝固阻止因子を用いる場合、血液の入った被検試料に前処理無く凝固阻止因子を加えたときに、トロンビンが生成されるまでの過程が阻害されているのか、生成されたトロンビンの活性が阻害されているのか、区別が困難である。
凝固阻止因子にアンチトロンビンを用いる場合、図1を参照して説明すると、試料に加えられたアンチトロンビンは、生成したトロンビン(第IIa因子)を不活化するのとともに、トロンビンを生成するまでの過程に存在するプロトロンビナーゼ複合体(第Xa因子、第Va因子、リン脂質、Ca2+の複合体)やさらに上位の因子も不活化する。従って、試料にアンチトロンビンを加えて所定の反応時間後に残存トロンビン活性を測定する際、生成されるトロンビンが少なくなるのか生成されたトロンビンの活性が阻害されるのか判らず、残存トロンビン活性の測定結果に影響を与えてしまう。
【0021】
そこで、トロンビン不活化動態測定のための反応系を、(A)トロンビン生成相、(B)凝固阻止因子によるトロンビン不活化相、(C)残存トロンビン活性測定相、の3相としている。
【0022】
ここで、トロンビン生成相(A)では、被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換することとしている。
トロンビン不活化相(B)では、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加えることとしている。
残存トロンビン活性測定相(C)では、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することとしている。ここで、残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することは、初期トロンビン活性等の基準化用トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性を正常値と比較して測定すること等を含む。
【0023】
トロンビン不活化相(B)の前にトロンビン生成相(A)を設けたことにより、試料中のプロトロンビンがトロンビンに変換される。その後に凝固阻止因子が試料に加えられるので、凝固阻止因子を加えることによりトロンビンの生成が阻害されることによる残存トロンビン活性への影響が抑制される。例えば、凝固阻止因子にアンチトロンビンを用いる場合、プロトロンビンをトロンビンに変換するプロトロンビナーゼ複合体の作用が阻害されても、既にプロトロンビンがトロンビンに変換されているので、プロトロンビナーゼ複合体が不活化されることによる残存トロンビン活性への影響が少なくなる。そのうえで、反応時間後における試料の残存トロンビン活性が正常値と比較されて測定される。従って、本測定方法によると、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができる。
【0024】
ここで、本測定方法を適用可能な異常トロンビンは、凝固因子として作用する異常トロンビンであればよく、Arg596Leuの上記変異型プロトロンビンでないプロトロンビンからのトロンビンでもよい。例えば、プロトロンビンの596番目のアミノ酸がArgからLeu以外のアミノ酸(Val(バリン)等)に変異した変異型トロンビン、596番目以外(595,597番目等)のアミノ酸が変異した変異型トロンビン、等でもよい。
被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料には、血漿、血液、血漿又は血液の希釈液、血漿又は血液からプロトロンビンを除く一部の成分を除去したもの、この希釈液、等が含まれる。
被検者における残存トロンビン活性の比較基準となる正常値は、一般には健常人における残存トロンビン活性に基づいた正常値とすることができるものの、変異を有する人における残存トロンビン活性に基づいて得られる値、変異を有する人及び健常人における残存トロンビン活性に基づいて得られる値、等でもよい。従って、正常値には、健常人の血液等(血漿を含む)を用いた試料から得られる残存トロンビン活性、この残存トロンビン活性に1よりも大きい補正係数を乗じた値、健常人における残存トロンビン活性の上限、この上限に1よりも大きい補正係数を乗じた値、Arg596Leuの変異を有する人における残存トロンビン活性の下限、この下限に0よりも大きく1よりも小さい補正係数を乗じた値、等が含まれる。
【0025】
血液等(好ましくは血漿)を希釈して試料とする場合、希釈液には、トリス緩衝液、塩化ナトリウムを加えたトリス緩衝液、リン酸緩衝液、等を用いることができる。緩衝液のpHは、7.0〜9.0程度とすることができる。緩衝液の濃度は、1〜500mM(mmol/L)程度とすることができる。塩化ナトリウムの濃度は、1〜500mM程度とすることができる。試料の希釈倍率は、試料にプロトロンビン活性化剤を加えてからの所定の初期時間における試料の初期トロンビン活性を表す1分当たりの吸光度変化率ΔAbs/minが0.1〜4程度、より好ましくは0.2〜3程度、さらに好ましくは0.3〜2程度とすることができる。残存トロンビン活性測定相(C)に用いる活性測定用試薬に合成基質を用いる場合、希釈倍率は、例えば10〜500倍程度とすることができる。また、前記活性測定用試薬にフィブリノゲンを用いる場合、希釈倍率は、例えば2〜100倍程度とすることができる。
【0026】
トロンビン生成相(A)に用いるプロトロンビン活性化剤は、プロトロンビンを活性型のトロンビンに変換するものであればよく、安定性の点で蛇毒に由来するプロトロンビン活性化剤(該プロトロンビン活性化剤を生成する遺伝子を導入した微生物等から生成されるプロトロンビン活性化剤を含む)が好ましいものの、第Xa因子と第Va因子の組合せ等でもよい。活性型の第Xa因子及び第Va因子を試験用試薬として用いる際には、高コストであること、不安定な物質であること、等の点を考慮する必要がある。
蛇毒に由来するプロトロンビン活性化剤は、例えば、R. Manjunatha Kini、The intriguing world of prothrombin activators from snake venom、Toxicon 45 (2005) 1133-1145に記載されたプロトロンビンアクチベータ等を用いることができる。これらのプロトロンビンアクチベータの中では、凝固第Xa因子及び凝固第Va因子と同様の活性を持つことが報告され(Han Speijer、他3名、Prothrombin Activation by an Activator from the Venom of Oxyuranus scutellatus (Taipan Snake)、The Journal of Biological Chemistry、The American Society of Biological Chemists, Inc. (1986)、Vol. 261、No. 28、pp. 13258-13267も参照)プロトロンビンを速やかに活性化するオキシウラヌス・スクテラタス(Oxyuranus scutellatus)からの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータが好ましいものの、Pseudonaja textilisからの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータ(例えばpseutarin C)、等でもよい。また、Notechis scutatusからの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータと凝固第Va因子との組合せ等をトロンビン生成相(A)に用いてもよい。
【0027】
プロトロンビン活性化剤を加えるときの試料の温度は、例えば、30〜40℃程度、より好ましくは36〜38℃程度とすることができる。
プロトロンビン活性化剤の量は、プロトロンビンにプロトロンビン活性化剤を作用させる時間内にプロトロンビンをほぼ(例えば80%以上、より好ましくは90%以上)活性型のトロンビンに変換する量が好ましい。好ましい量は、プロトロンビン活性化剤の濃度を変えて初期トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/minを測定したときにプロトロンビン活性化剤の量を多くしても吸光度変化率ΔAbs/minがほとんど変わらなくなる最低の量以上とすることができる。例えば、濃度−吸光度変化率のグラフの各軸に応じた閾値をTHΔAbs/C(ただしTHΔAbs/C>0)として、濃度Cにおける濃度−吸光度変化率のグラフの傾きの絶対値がTHΔAbs/C以下となる最低の濃度以上とすることができる。閾値THΔAbs/Cは、グラフの各軸のスケールに応じて適宜設定すればよい。
オキシウラヌス・スクテラタスからの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータ(以下、Ox由来プロトロンビンアクチベータとも記載)を用いる場合、プロトロンビンを良好に活性化させ高感度の測定結果を得る観点から、プロトロンビン活性化時の試料中におけるプロトロンビンアクチベータの濃度は、例えば0.003〜0.086mg/ml程度(より好ましくは0.007〜0.043mg/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるプロトロンビンアクチベータの量は、例えば0.5〜12mg程度(より好ましくは1.0〜6.0mg程度)とすることができる。
【0028】
試料にプロトロンビン活性化剤を加える前後に、必要に応じてリン脂質、カルシウムイオン、といった補助因子を試料に加えてもよい。リン脂質には、ウサギ脳由来セファリン、大豆由来セファリン、等を用いることができる。カルシウムイオンを出すカルシウム塩は、塩化カルシウムが好ましいものの、塩化カルシウム以外のハロゲン化塩、蟻酸塩、酢酸塩、等も用いることができる。
Ox由来プロトロンビンアクチベータを用いる場合、リン脂質及びカルシウムイオンを併用するとプロトロンビン活性化が促進されるので好ましい。この場合、プロトロンビンを良好に活性化させ高感度の測定結果を得る観点から、リン脂質添加時の試料中におけるリン脂質の濃度は、例えば0.004〜0.33mg/ml程度(より好ましくは0.008〜0.167mg/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるリン脂質の量は、例えば0.5〜40mg程度(より好ましくは1.0〜20mg程度)とすることができる。さらに、Ox由来プロトロンビンアクチベータ1mg当たりに用いるリン脂質の量は、例えば0.3〜20mg程度(より好ましくは0.5〜10mg程度)とすることができる。カルシウムイオン添加時の試料中におけるCa2+の濃度は、例えば0.42〜8.3mM程度(より好ましくは0.83〜4.2mM程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるCa2+の量は、例えば0.05〜1mmol程度(より好ましくは0.1〜0.5mmol程度)とすることができる。さらに、Ox由来プロトロンビンアクチベータ1mg当たりに用いるCa2+の量は、例えば0.03〜0.5mmol程度(より好ましくは0.05〜0.25mmol程度)とすることができる。
【0029】
トロンビン不活化相(B)に用いる凝固阻止因子は、プロトロンビン活性化剤を作用させた後において試料に存在する活性型のトロンビンの作用を阻害するものであればよい。凝固阻止因子には、アンチトロンビン、アンチトロンビンとヘパリンの組合せ、アンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せ、トロンボモジュリン、アンチトロンビンとヘパリン類似の薬剤の組合せ、アンチトロンビンとヘパラン硫酸類似の薬剤の組合せ、合成抗トロンビン剤、等を用いることができる。アンチトロンビンには、血漿分画製剤等を用いることができる。ヘパリンには、ブタ腸粘膜など生物に由来するヘパリン等を用いることができる。ヘパラン硫酸には、ブタの小腸粘膜抽出物など生物に由来するヘパラン硫酸を用いることができる。
【0030】
凝固阻止因子を加えるときの試料の温度は、例えば、30〜40℃程度、より好ましくは36〜38℃程度とすることができる。
凝固阻止因子の量は、正常トロンビンを含み異常トロンビンを含まない試料について、ある反応時間以上における試料の残存トロンビン活性が初期トロンビン活性と比べてほぼ無くなる(例えば初期トロンビン活性に対して10%以下、より好ましくは5%以下)量が好ましい。また、凝固因子として作用する異常トロンビンを含む試料について、前記反応時間以上における試料の残存トロンビン活性が比較的大きい(例えば初期トロンビン活性に対して15%以上、より好ましくは20%以上)反応時間があるような量が好ましい。
凝固阻止因子にアンチトロンビンを用いる場合、正常トロンビンを良好に不活化させ高感度の測定結果を得る観点から、トロンビン不活化時の試料中におけるアンチトロンビンの濃度は、例えば1.9〜19μg/ml程度(より好ましくは3.8〜9.4μg/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるアンチトロンビンの量は、例えば0.3〜3mg程度(より好ましくは0.6〜1.5mg程度)とすることができる。
【0031】
試料に凝固阻止因子を加える前後に、必要に応じて補助因子を試料に加えてもよい。
凝固阻止因子にアンチトロンビンを用いる場合、補助因子としてヘパリン又はヘパラン硫酸等を加えることも可能である。
ヘパリンをアンチトロンビンとともに試料に加える場合、正常トロンビンを良好に不活化させ高感度の測定結果を得る観点から、トロンビン不活化時の試料中におけるヘパリンの濃度は、例えば0.2〜2.5単位/ml程度(より好ましくは0.3〜1.3単位/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるヘパリンの量は、例えば25〜400単位程度(より好ましくは50〜200単位程度)とすることができる。さらに、アンチトロンビン1mg当たりに用いるヘパリンの量は、例えば28〜440単位程度(より好ましくは56〜220単位程度)とすることができる。
ヘパラン硫酸をアンチトロンビンとともに試料に加える場合、正常トロンビンを良好に不活化させ高感度の測定結果を得る観点から、トロンビン不活化時の試料中におけるヘパラン硫酸の濃度は、例えば0.4〜6.3抗第Xa因子活性単位/ml程度(より好ましくは0.8〜3.1抗第Xa因子活性単位/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるヘパラン硫酸の量は、例えば63〜1000抗第Xa因子活性単位程度(より好ましくは125〜500抗第Xa因子活性単位程度)とすることができる。さらに、アンチトロンビン1mg当たりに用いるヘパラン硫酸の量は、例えば42〜670抗第Xa因子活性単位程度(より好ましくは83〜330抗第Xa因子活性単位程度)とすることができる。
【0032】
残存トロンビン活性測定相(C)に用いる活性測定用試薬は、試料中に残存するトロンビンの活性を測定可能なものであればよく、トロンビンに対して感受性を有する合成基質、フィブリノゲン、等を用いることができる。合成基質には、トロンビンに対して特異性の高いS-2238(H-D-フェニルアラニル-L-ピピコリル-L-アルギニン-p-ニトロアニリドジヒドロ塩化物、H-D-phenylalanyl-L-pipicolyl-L-arginine-p-nitroanilide dihydrochloride)といった発色性合成基質等を用いることができる。臨床応用を考慮すると、静脈血栓症の患者にはビタミンK拮抗剤が投与されることが多い。この場合、プロトロンビン、凝固第X因子など、ビタミンK依存性凝固因子の生合成が抑制されるので、高感度測定系が好ましい。合成基質は、残存トロンビン活性を高感度で測定することができるので、好ましい。
活性測定用試薬を加えるときの試料の温度は、例えば、30〜40℃程度、より好ましくは36〜38℃程度とすることができる。
【0033】
合成基質の濃度は、試料に合成基質を加えてから吸光度変化率を測定する時間内(例えば10〜30秒内程度)でほぼ直線的に吸光度が変化する濃度が好ましい。
活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いる場合、高感度の測定結果を得る観点から、発色時の試料中におけるS-2238の濃度は、例えば0.1mM以上とすることができる。S-2238の濃度の上限は特にないが、コストを考慮して、例えば0.4mM以下(より好ましくは0.2mM以下)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるS-2238の量は、例えば0.02mmol以上、0.08mmol以下(より好ましくは0.04mmol以下)とすることができる。
試料に活性測定用試薬を加える前後に、必要に応じて補助因子を試料に加えてもよい。
【0034】
残存トロンビン活性を吸光度変化率により測定する場合、例えば、試料に活性測定用試薬を加えてからなるべく早い段階で測定開始時間Ts(分、例えば0〜10秒程度)とTsよりも後の測定終了時間Te(分、例えば10〜30秒程度)とで試料の吸光度ΔAbsTs,ΔAbsTeを測定すればよい。この測定法はいわゆる初速度法であり、得られるΔAbs/min=(ΔAbsTe−ΔAbsTs)/(Te−Ts)は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率となる。
むろん、残存トロンビン活性を測定するために、上述した測定方法以外の方法で測定してもよい。
【0035】
ここで、試料として、患者の血液を用いた試料と、凝固因子として作用する異常トロンビンを含んでいない健常人の血液を用いた試料とを使用し、同条件で残存トロンビン活性を測定すると、これらの残存トロンビン活性を比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが患者の血液に含まれているか否かを検出することができる。このことから、健常人の血液を用いた試料から得られる残存トロンビン活性を正常値としておけば、健常人の血液を用いた試料を毎回測定しなくても、凝固因子として作用する異常トロンビンが患者の血液に含まれているか否かを判断することができ、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症発症リスクの診断に利用することができる。
【0036】
図2は、3世代にわたって静脈血栓症の発症が見られた静脈血栓症患者で凝固因子として作用する異常トロンビンを血液中に含んでいる女児と、この女児の母親(静脈血栓症を発症し女児と同じ遺伝子変異有り)と、健常人とからの血漿を用いてトロンビンの不活化動態を測定した結果を示している。女児と母親の遺伝子解析の結果は、どちらも翻訳開始コドン基準の1787G>T変異のヘテロ接合体であった。プロトロンビン活性化剤にオキシウラヌス・スクテラタスからの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータをリン脂質及びカルシウムイオンとともに用い、凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパリンの組合せを用い、トロンビン活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いている。図2中、横軸はアンチトロンビン及びヘパリンを試料に加えてからの反応時間、縦軸は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/minを表している。
【0037】
女児と健常人とを比較すると、反応初期の残存トロンビン活性はほぼ同じである一方、反応時間1分で健常人の残存トロンビン活性がほぼ0になっているのに対し、女児の残存トロンビン活性がかなり残っていることがわかる。従って、所定の反応時間(例えば1〜5分)における健常人の残存トロンビン活性の上限を正常上限値とすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否かを検出することができる。この正常上限値を表す吸光度変化率をTHΔAbs(THΔAbs>0)とすると、吸光度変化率がTHΔAbsよりも大きいと凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いと判断することができる。一方、吸光度変化率がTHΔAbs以下であると凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易くないと判断することができる。
なお、複数の反応時間において残存トロンビン活性を比較すると残存トロンビン活性の経時的変化の違いが分かるが、反応時間を一つに設定してもよい。
【0038】
ただ、患者にビタミンK拮抗剤が投与されていると、図2の母親のように、初期の残存トロンビン活性が下がってしまう。この場合、所定の初期時間における試料の初期トロンビン活性(基準化用トロンビン活性)を測定し、該初期トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性を正常値と比較して測定してもよい。
図2の残存トロンビン活性には、初期時間0分における残存トロンビン活性が含まれている。すなわち、別途、試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、凝固阻止因子を試料に加え、所定の初期時間における試料の初期トロンビン活性を測定している。ここで、初期トロンビン活性を表す吸光度変化率をΔAbsT0、所定の反応時間における残存トロンビン活性を表す吸光度変化率をΔAbsTとすると、相対的な残存トロンビン活性はΔAbsT/ΔAbsT0となる。ΔAbsT/ΔAbsT0と比較するための正常値は、健常人の初期トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbsT0contに対する同じ反応時間における残存トロンビン活性ΔAbsTcontの比ΔAbsTcont/ΔAbsT0contで表される。
【0039】
図3は、図2の測定結果を初期トロンビン活性で基準化した結果を示している。図3中、横軸はアンチトロンビン及びヘパリンを試料に加えてからの反応時間、縦軸は基準化した残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbsT/ΔAbsT0を表している。
母親と健常人とを比較すると、反応時間1分で健常人の基準化残存トロンビン活性がほぼ0になっているのに対し、母親の基準化残存トロンビン活性がかなり残っていることがわかる。従って、所定の反応時間(例えば1〜5分)における健常人の残存トロンビン活性の上限を正常上限値とすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否かを検出することができる。この正常上限値を表す基準化吸光度変化率をTHT/T0とすると、基準化吸光度変化率がTHT/T0よりも大きいと凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いと判断することができる。一方、基準化吸光度変化率がTHT/T0以下であると凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易くないと判断することができる。
【0040】
また、凝固阻止因子を試料に加えたときの残存トロンビン活性を基準化するための基準化用トロンビン活性は、上述した初期トロンビン活性以外にも考えられる。例えば、試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換した後に凝固阻止因子を試料に加えずに測定するトロンビン活性を基準化用トロンビン活性としてもよい。基準化用トロンビン活性の測定は、残存トロンビン活性を測定する際の各反応時間経過後に行ってもよい。
【0041】
以上説明したようにして凝固阻止因子を試料に加えてからの残存トロンビン活性の経時的変化を見ると、トロンビンが生成されるまでの過程の影響を少なくしてトロンビン不活化動態を解析することができる。
【0042】
また、トロンビン不活化動態を測定するために必要な試薬セットを測定キットとして用意しておけば、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出するために有用である。この測定キットには、以下の試薬が含まれていればよい。
(i)被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料に加えてプロトロンビンをトロンビンに変換するためのプロトロンビン活性化剤。
(ii)正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子であって前記プロトロンビン活性化剤を加えた後に前記試料に加えるための凝固阻止因子。
(iii)所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を測定するためのトロンビン活性測定用試薬。
【0043】
(4)遺伝子解析による被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法の説明:
本変異型プロトロンビンは、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの塩基配列で翻訳開始コドン基準の1787番目の塩基がGからTに変異している。そこで、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAにおける翻訳開始コドン基準の1787番目の塩基の種類がTである場合には血栓症にかかり易く、Gである場合には血栓症にかかり易くないという比較基準を設けておくことにする。また、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAにおける翻訳開始コドン基準の1787番目の塩基の種類がGである場合には血栓症にかかり易くなく、G以外である場合には血栓症にかかり易い可能性があるという比較基準を設けてもよい。その上で、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの塩基配列1787番目における塩基の種類を決定し、前記比較基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験することができる。この試験は、被検者が血栓症にかかり易いか否かの診断に利用することができる。
【0044】
プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドン基準の1787番目における塩基の種類を決定する方法には、公知の方法を用いることができる。例えば、患者の末梢血白血球からゲノムDNAを抽出し、エクソン14を挟むプライマーを作成してPCR(polymerase chain reaction)法により増幅し、ダイレクトシークエンス法によりプロトロンビン遺伝子のDNA配列を決定し、翻訳開始コドン基準で1787番目の塩基の種類を検出すればよい。プロトロンビン遺伝子の変異を検出するために、ミスマッチPCR−RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法や一本鎖高次構造多型(SSCP)法を利用してもよい。
ゲノムDNAの採取源は、血液の他、毛根、頬粘膜、皮膚、等でもよい。
【0045】
ゲノムDNAの抽出は、例えば、プロテアーゼ処理及びフェノール抽出により行うことができる。プロテアーゼ処理では、例えば、末梢血白血球等の細胞を入れた水溶液にSDS、EDTAの存在するプロテアーゼKの緩衝液を添加して細胞を溶解して細胞内のDNAを可溶化すればよい。フェノール抽出は、フェノール抽出法、フェノール/クロロホルム抽出法、等により行うことができる。
【0046】
上記プライマーには、「5'-agggcctggtgaacacatcttc-3'」(配列番号4)及び「5'-ccaggtggtggattcttaagtcttc-3'」(配列番号5)等を用いることができる。配列番号6は、配列番号4,5のプライマーで増幅される部分の正常プロトロンビン遺伝子のDNA配列を示し、128番目から369番目がエクソン14のDNA配列である。プライマーは、ホスホロアミダイト法、トリエステル法、等の公知の方法により合成することができる。むろん、プライマーをDNA自動合成機により合成してもよい。
【0047】
ダイレクトシークエンス法によるDNA配列決定は、例えば、ジデオキシ法を用いた自動DNAシークエンサーを使用することができる。
【0048】
また、PCRのプライマー部分にミスマッチがあるか否かを検出する方法を用いて1787番目の塩基の種類を決定することもできる。この場合、1787番目の塩基を3’端に持つプライマーとすることにより、プライマー部分にミスマッチがあるとアニーリングがうまく行かず、PCR法の増幅ができなくなるので、1787番目の塩基の種類を検出することができる。
さらに、対立遺伝子特異的オリゴヌクレオチドプローブ(ASO)を利用して1787番目の塩基の種類を決定することもできる。オリゴヌクレオチドプローブが完全に相補的なDNAに対して安定なハイブリッドを形成するが、1塩基でもミスマッチがあると、前者よりも低い温度で解離しやすい性質がある。この性質を利用して、1787番目の塩基の種類を検出することができる。
【0049】
決定した1787番目の塩基がTであれば、上記比較基準と比較することにより、血栓症にかかり易いと判断することができる。1787番目の塩基がGであれば、上記比較基準と比較することにより、血栓症にかかり易くないと判断することができる。従って、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法を提供することができる。
上述した静脈血栓症の女児及び母親は、上記遺伝子解析の結果、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAにおける翻訳開始コドン基準の1787番目の塩基がTと決定された。このため、上記比較基準と比較されることにより、血栓症にかかり易いと判断される。むろん、1787G>T変異の無い人は、上述した遺伝子解析を行うと、1787番目の塩基がGと決定される。従って、上記比較基準と比較されることにより、血栓症にかかり易くないと判断される。
【0050】
また、翻訳開始コドン基準の1787番目に対応したアミノ酸配列596番目のアミノ酸が変異すれば、凝固因子としての能力がある一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難くなって血栓症にかかり易くなることが予測される。そこで、プロトロンビン遺伝子においてプロトロンビンの596番目のアミノ酸をコードする塩基配列によりコードされるアミノ酸がロイシンである場合には血栓症にかかり易く、アルギニンである場合には血栓症にかかり易くないという比較基準を設けておくことにする。また、プロトロンビン遺伝子においてプロトロンビンの596番目のアミノ酸をコードする塩基配列によりコードされるアミノ酸がアルギニンである場合には血栓症にかかり易くなく、アルギニン以外である場合には血栓症にかかり易い可能性があるという比較基準を設けてもよい。その上で、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子においてプロトロンビンの596番目のアミノ酸をコードする塩基配列を決定し、前記比較基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験することができる。
【0051】
さらに、596番目のアミノ酸のみならず、トロンビンの凝固阻止因子との結合部位が変異すれば、凝固因子としての能力がある一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難くなって血栓症にかかり易くなることが予測される。そこで、プロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類が健常人に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基である場合には血栓症にかかり易くなく、トロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基でない場合には血栓症にかかり易い可能性があるという比較基準を設けておくことにする。その上で、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類を決定し、前記比較基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験することができる。
【0052】
上述した試験は、被検者が血栓症にかかり易いか否かの診断に利用することができる。
むろん、上記結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類を決定する方法には、上述した方法を用いることができる。
【0053】
(5)ポリヌクレオチド及びポリペプチドの利用可能性の説明:
本変異型プロトロンビンをコードするポリヌクレオチドは、配列番号3で表されるDNA配列中、44番目となる翻訳開始コドンのAに始まり、1912番目となる終止コドンのGで終わる。このポリヌクレオチドのDNA配列は、配列番号1で表されている。このポリヌクレオチドは、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することができる。実際、後述するように本トロンビン不活化動態測定方法を開発するため、配列番号1で表されるポリヌクレオチドを使用した。また、このポリヌクレオチドは、本変異型プロトロンビンを検出するための標識プローブに利用することができる。
配列番号1で表される配列のDNAを含む遺伝子組換え細胞等により、配列番号1で表されるDNA配列からなるポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるポリペプチド(配列番号2参照)を生成することができる。このポリペプチドは、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することができる。実際、後述するように本トロンビン不活化動態測定方法を開発するため、配列番号2で表されるポリペプチドを使用した。
【0054】
配列番号1で表されるポリヌクレオチドは、例えば、正常プロトロンビンcDNAを鋳型にしてoverlap extension PCR法等により1787G>T変異を導入することで取得することができる。また、1787G>T変異を有する患者の末梢血白血球、血小板からmRNA(messenger ribonucleic acid)を抽出し、逆転写酵素を用いてmRNAからcDNAを作製し、PCR増幅により取得することもできる。
むろん、配列番号1で表されるポリヌクレオチド自体をDNA自動合成機により合成してもよい。
【0055】
また、配列番号1で表されるポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、例えば、配列番号1で表されるDNA断片をベクターに組み込み、この発現ベクターを宿主細胞に導入し、得られる組換え細胞を選別して培養することにより、得ることができる。
【0056】
(6)本測定方法を開発するためのリコンビナントプロトロンビン生成方法の説明:
本トロンビン不活化動態測定方法を開発するために使用することのできる血液は量が限られている。そこで、本変異型プロトロンビン及び正常プロトロンビンを生成する遺伝子組換え体を作製することにした。リコンビナントプロトロンビンは、以下のようにして生成することができる。
【0057】
正常プロトロンビンのcDNAは、例えば、健常人の末梢血白血球、リンパ球からmRNAを抽出し、逆転写酵素を用いてmRNAからcDNAを作製し、PCR増幅により取得することができる。他、市販のヒト肝cDNAライブラリーよりPCR増幅により取得することができる。異常プロトロンビンのcDNAは、例えば、患者の末梢血白血球、血小板からmRNAを抽出し、逆転写酵素を用いてmRNAからcDNAを作製し、PCR増幅により取得することができるほか、正常プロトロンビンcDNAに患者で検出された変異を導入することで取得することができる。取得したcDNAを適切な宿主細胞発現ベクターに組み込み、当該ベクターを宿主細胞に導入することにより、リコンビナントプロトロンビンを生成することができる。
【0058】
プロトロンビン遺伝子を宿主細胞に組み込んで発現させる方法は、例えば、特許3318602号公報に記載される方法と類似する方法とすることができる。
プロトロンビンをコードするプラスミドは、プロトロンビンをコードするcDNAを適当なプラスミドに組み込むことにより調製することができる。このプロトロンビンをコードするcDNAを組み込むプラスミドとしては、宿主内で複製保持されるものであれば、いずれも使用することができるが、例えば大腸菌由来のpBR322、pUC18、及びこれらを基に構築されたpET-3cやpBluescriptなどを挙げることができる。
【0059】
上記プラスミドのコーディング領域にコードされているタンパク質を発現させるにはその上流にプロモーターを接続する。プロモーターとしては、遺伝子の発現に用いる宿主に対応して適切なプロモーターであればいかなるものでもよい。SV40由来のプロモーター、レトロウイルスのプロモーター、等が挙げられる。
【0060】
このようにして構築されたプロトロンビンをコードする塩基配列を有する組換えDNAを組み込むプラスミドとしては、宿主細胞内で発現されるものであれば、いずれも使用することができるが、例えば大腸菌由来のpBR322、pUC18 などを基に構築されたベクターなどを挙げることができる。プラスミドに組み込む方法としては、例えばT.Maniatisら、Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory, p. 239 (1982)に記載の方法などが挙げられる。上記の組換えDNAを含むベクターを宿主細胞に導入することにより、該ベクターを保持する形質転換体を製造する。
【0061】
宿主細胞としては、動物細胞、例えばHEK293 cell、COS 7といったCOS cell、CHO-K1といったCHO cell等を例示することができるが、糖鎖付加経路およびγカルボキシル化経路を有するものであればこれらに限定されることはない。
【0062】
上記の形質転換は、それぞれの宿主について一般的に行われている方法で行う。また、一般的でなくとも適用可能な方法ならばよい。例としては、増殖期等の細胞に組み換えDNAを含むベクターをリン酸カルシウム法、リポフェクション法あるいはエレクトロポレーション法により導入する。
【0063】
このようにして得られた形質転換体を培地にて培養することにより、リコンビナントプロトロンビンを産生させる。形質転換体を培養する場合、培養に使用される培地としては、それぞれの宿主について一般的に用いられているものを用いる。又は一般的でなくとも適用可能な培地ならば良い。例としては、Dulbecco's MEMに動物血清を加えたものなどを用いる。培養は、それぞれの宿主について一般的に用いられている条件で行う。また一般的でなくとも適用可能な条件ならばよい。例としては、約32〜37℃で、5%CO2、100%湿度の条件で、必要により気相の条件を変えたり攪拌を加えたりすることができる。また、リコンビナントプロトロンビン回収開始約24時間前より培養液中にビタミンKを添加し、細胞を十分洗浄後、動物血清を加えないビタミンK添加培養液とし24〜48時間培養後リコンビナントプロトロンビンを回収する。
上記のような形質転換体の培養物中に放出されたものを、遠心分離後の上澄み液から直接リコンビナントプロトロンビンを回収することができる。
【0064】
上記上澄み液からリコンビナントプロトロンビンを精製するには、公知の分離・精製法を適切に組み合わせて行うことができる。これらの公知の分離、精製法としては、塩析、溶媒沈殿、透析、限外濾過、ゲル濾過、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィー、等電点電気泳動などが使用可能である。
このようにして得られた標品はリコンビナントプロトロンビンの活性が損なわれない限りにおいて透析、凍結乾燥を行い、乾燥粉末とすることもできる。
【0065】
以下に説明する試験例に用いたリコンビナントプロトロンビンは、以下のようにして得た。
【0066】
[リコンビナント正常プロトロンビン及びリコンビナント異常プロトロンビンの取得例]
市販のヒト肝cDNAライブラリー(Clontech社製Human Liver 5’-STRETCH PLUS cDNA Library)から野生型プロトロンビンcDNAをPCR法(東洋紡績株式会社製KOD FXを使用)により増幅した。このとき、PCR法のプライマーに「5'-gggggtaccggagctgacacactatggcgcac-3'」(配列番号7)及び「5'-ggggaattcgccccctactctccaaactgatcaa-3'」(配列番号8)を用いた。得られたPCR増幅フラグメントをQIAGEN社製QIAEX II Gel Extraction Kitにより精製した。
精製されたPCR増幅フラグメントを制限酵素Kpn I及びEcoR Iで二重切断し、Kpn I, EcoR Iで二重切断したpBluescript II KS+クローニング用ベクターに組み込んだ。得られたベクターで大腸菌DH5αを形質転換した後、Ampicilline加LB寒天平板に塗布後14〜16時間培養した。得られたコロニーをLB培地中で37℃、14〜16時間培養した。得られた菌体からプラスミドを精製しインサート部分の正常プロトロンビンcDNAの塩基配列を確認した。
得られた正常プロトロンビンcDNAを鋳型にoverlap extension PCR法により1787G>T変異を導入して異常プロトロンビンcDNAを得た。異常プロトロンビンcDNAを同様にクローニング後、塩基配列を確認した。
【0067】
正常/異常プロトロンビン各cDNAクローンをKpn I及びEcoR Iで二重切断し、Kpn I,EcoR Iで二重切断したpcDNA3.1哺乳動物細胞用発現ベクターに組み込んだ。正常プロトロンビンあるいは異常プロトロンビン発現ベクターをHEK293細胞にリン酸カルシウム法により遺伝子導入した。培養液にG-418を添加して培養液中のG-418濃度を段階的に増やして最終濃度を700μg/mlとし、ネオマイシン耐性株を10〜20クローン分離し、各クローンの培養上清中に分泌される正常/異常プロトロンビンの量をドットブロット法によりスクリーニングして正常プロトロンビン及び異常プロトロンビン安定発現細胞株を樹立した。正常あるいは異常プロトロンビン安定発現細胞株を10%ウシ胎児血清加Dulbecco's MEMにて37℃で、5%CO2、100%湿度の条件で培養した。リコンビナントプロトロンビン回収開始前日から培養液に10μg/mlにビタミンKを添加した。ウシ胎児血清を含まないDulbecco's MEM(ビタミンK含有)にて5%CO2、100%湿度の条件で24〜48時間培養した。培養上清を限外濾過により濃縮し、リコンビナントプロトロンビンを回収した。
【0068】
(7)第一のトロンビン不活化動態測定方法の説明:
図4は、プロトロンビン活性化剤にOx由来プロトロンビンアクチベータを用い、凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパリンの組合せを用い、活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いた場合の残存トロンビン活性測定方法を示している。Ox由来プロトロンビンアクチベータと、アンチトロンビンとヘパリンの組合せと、発色性合成基質S-2238との組合せは、第一のトロンビン不活化動態測定方法における測定キットを構成する。この測定方法は、被検試料の種類毎に、AT・ヘパリン溶液を添加してからの各反応時間(初期時間を含む)について行われる。
最終的に、被検試料には末梢血の血漿、又は、回収リコンビナントプロトロンビンを用い、被検試料の希釈液に0.3MのNaClを入れた50mMトリス塩酸pH8.1を用い、希釈倍率を100倍とした。また、Ox由来プロトロンビンアクチベータにシグマアルドリッチ社V3129を使用し、リン脂質にロシュ・ダイアグノスティックス株式会社のPTT試薬「RD」のビン2:セファリンを用い、アンチトロンビンに株式会社ベネシス製造(田辺三菱製薬株式会社販売)の血漿分画製剤である血液凝固阻止剤ノイアート(登録商標)静注用を使用し、ヘパリンにレオ・ファーマシューティカル・プロダクツ社製造(持田製薬株式会社販売)のブタ腸粘膜由来の血液凝固阻止剤ヘパリンナトリウム注射液ノボ・ヘパリンを使用し、S-2238にクロモジェニックス社製造(積水メディカル株式会社販売)発色性合成基質を使用した。
回収リコンビナントプロトロンビンの使用量は、生成されるトロンビンの活性により調整して健常人プール血漿に相当する量とした。試料に用いる血漿の量が5μlであるので、回収リコンビナントプロトロンビンの使用量は健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量に調整した。以下の実施形態も、同様である。
【0069】
図4中、PL・Ca溶液は、上記PTT試薬「RD」のビン1:カオリン懸濁液の代わりに蒸留水をビン2:セファリンに加えたもの1容と、30mM塩化カルシウム水溶液1容とを混合して調製した。従って、PL・Ca溶液のカルシウムイオン濃度は15mMであり、血漿1ml当たりのCa2+の量は0.3mmolとなる。PL・Ca溶液のリン脂質濃度は0.6mg/ml(血漿1ml当たりのリン脂質の量は12mg相当)と予測された。Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液は、生理的食塩水にV3129を加えて0.1mg/ml(血漿1ml当たりのプロトロンビンアクチベータの量は2mg)とした。AT・ヘパリン溶液は、5単位/mlの濃度のヘパリンが含まれる生理的食塩水にアンチトロンビンを加えて45μg/ml又とした。従って、血漿1ml当たりのアンチトロンビンの量は0.9mg、血漿1ml当たりのヘパリンの量は100単位、となる。S-2238溶液は、蒸留水にS-2238を加えて0.5mM(血漿1ml当たりのS-2238の量は0.02mmol)とした。
【0070】
希釈液のpH、希釈液のNaCl濃度、PL・Ca溶液のリン脂質濃度、PL・Ca溶液のカルシウムイオン濃度、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液のプロトロンビンアクチベータ濃度、及び、S-2238溶液のS-2238濃度は、図4の測定方法においてAT・ヘパリン溶液を添加せず残りの条件を同じにして濃度を変えることにより検討した。AT・ヘパリン溶液のアンチトロンビン濃度、及び、AT・ヘパリン溶液のヘパリン濃度は、図4の測定方法において残りの条件を同じにして濃度を変えることにより検討した。使用量等の好ましい条件は、上述した通りである。
【0071】
試料にOx由来プロトロンビンアクチベータ溶液を添加してからインキュベートする時間を検討したところ、15〜120秒が良好であり、被検試料にリコンビナントプロトロンビンを含む上清を用いた場合は2分が良好であり、血漿を用いた場合は特に30〜45秒が良好であることが判った。この検討は、図4の測定方法においてAT・ヘパリン溶液を添加せず、残りの条件を同じにしてインキュベート時間を変えることにより行った。そこで、リコンビナントプロトロンビンを用いた試験例の該インキュベート時間を2分、血漿を用いた実施例の該インキュベート時間を30秒としている。
【0072】
図4に示すように、100倍希釈試料500μlを分注した試験管を37℃のウォーターバスに入れ、2分間インキュベートした後にPL・Ca溶液100μlを試験管に入れ、15秒インキュベートした後にOx由来プロトロンビンアクチベータ溶液100μlを試験管に入れ、上述した時間インキュベートした後にAT・ヘパリン溶液100μlを試験管に入れ、所定の反応時間(初期時間を含む)インキュベートした後にS-2238溶液を試験管に入れ、直ちに波長405nmにおける吸光度変化率を測定した。以下の試験例及び実施例では、吸光度測定に東芝メディカルシステムズ社製TBA-180を使用し、光透過長10mmのガラス製フローセルに試料を導入してS-2238溶液添加後の5秒後から15秒後の吸光度変化率ΔAbs/minを測定した。
【0073】
[試験例1]
回収リコンビナント異常プロトロンビン、及び、回収リコンビナント正常プロトロンビンをそれぞれ被検試料として使用量を健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量に調整し、図4で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、凝固阻止因子の反応時間を15秒、1分、2分、3分、4分、5分とし、初期時間を0秒とした。トロンビン不活化動態の測定結果を図5に示す。ここで、横軸はAT・ヘパリン溶液を添加してからの反応時間、縦軸は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/min、rMut(変異型の意)はリコンビナント異常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、rWt(野生型の意)はリコンビナント正常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、を示している。従って、rWtで表される残存トロンビン活性ΔAbsrWt/minは、rMutで表される残存トロンビン活性ΔAbsrMut/minと比較される正常値の一例となる。
【0074】
図5に示すように、rWtの場合は急速にトロンビンが不活化されている一方、rMutの場合はトロンビン不活化の遅延が見られる。ここで、rWtのトロンビン活性が残っているのは、試料中のプロトロンビン量に対するアンチトロンビン及びヘパリンの量が十分に大量でなかった(試料中のプロトロンビン量が多すぎた)ためと考えられる。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、ΔAbsrMut/minは明確にΔAbsrWt/minよりも大きくなった。
従って、図4に示した測定方法により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出することができた。
【0075】
[実施例1]
上述した女児の血漿、上述した母親の血漿、及び、健常人の血漿をそれぞれ被検試料として、図4で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、凝固阻止因子の反応時間を30秒、1分、2分、3分、4分、5分とし、初期時間を0秒とした。トロンビン不活化動態の測定結果(基準化前)を図2に示している。健常人の残存トロンビン活性は、患者の残存トロンビン活性と比較される正常値の一例となる。
【0076】
女児と健常人とを比較すると、反応初期の残存トロンビン活性がほぼ同じであり、健常人の場合は急速にトロンビンが不活化されている一方、女児の場合はトロンビン不活化の遅延が見られる。ここで、女児は母親とともに変異のヘテロ接合体であるため、血液中にはアンチトロンビン及びヘパリンによって速やかに不活化される正常トロンビンも含まれているはずである。事実、リコンビナントプロトロンビンを用いた試験例とは異なり、初期トロンビン活性の一部は速やかに減っている。しかし、変異型トロンビンも血液中に含まれているはずであるため、初期時間を除く反応時間の全てにおいて女児の残存トロンビン活性が健常人の残存トロンビン活性よりも大きくなっていると考えられる。
従って、図4に示した測定方法により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができた。
【0077】
以上のことから、複数の健常人についての所定の反応時間(例えば1〜5分)における残存トロンビン活性の最大値、上記正常値に1よりも大きい補正係数を乗じた値、等を正常上限値THΔAbsとすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを予測することができる。
例えば、反応時間1分における正常上限値THΔAbs-1minを健常人の残存トロンビン活性の2倍(約0.03)に設定すると、女児の場合における反応時間1分の残存トロンビン活性(約0.3)はTHΔAbs-1minよりも大きい。従って、凝固因子として作用する異常トロンビンが女児の被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症に女児がかかり易いと予測することができる。むろん、健常人の場合における残存トロンビン活性はTHΔAbs-1minよりも小さいので、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症に健常人がかかり易くないと予測することができる。
また、反応時間1,3,5分のそれぞれに正常上限値THΔAbs-1min,THΔAbs-3min,THΔAbs-5minを設定する等、複数段階の反応時間のそれぞれに正常上限値を設定すると、予測の精度が向上する可能性がある。
【0078】
ただ、図2に示したように、母親は、初期の残存トロンビン活性が健常人の場合の20%程度にまで下がっており、ビタミンK拮抗剤服用の影響が出ていると考えられる。女児の初期トロンビン活性が下がっていなかったのは、女児が医師の指示通りにビタミンK拮抗剤を服用していなかったためと思われる。母親の初期トロンビン活性(ΔAbsT0)は健常人の初期トロンビン活性(ΔAbsT0cont)よりもかなり低いので、母親の初期トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性ΔAbsT/ΔAbsT0を正常値ΔAbsTcont/ΔAbsT0contと比較すると、予測の精度が向上する。残存トロンビン活性(ΔAbsT,ΔAbsTcont)を初期トロンビン活性(ΔAbsT0,ΔAbsT0cont)で基準化したトロンビン不活化動態を表すグラフを図3に示している。健常人の基準化残存トロンビン活性は、患者の基準化残存トロンビン活性と比較される正常値の一例となる。
【0079】
母親と健常人とを比較すると、健常人の場合は急速にトロンビンが不活化されている一方、母親の場合はトロンビン不活化の遅延が見られる。変異のヘテロ接合体である母親の血液中にはアンチトロンビン及びヘパリンによって速やかに不活化される正常トロンビンも含まれているはずであるため、初期トロンビン活性の一部は速やかに減っていると考えられる。しかし、変異型トロンビンも血液中に含まれているはずであるため、初期時間を除く反応時間の全てにおいて母親の基準化残存トロンビン活性が健常人の基準化残存トロンビン活性よりも大きくなっていると考えられる。
従って、ビタミンK拮抗剤の服用の影響があっても、図4に示した測定方法により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができた。
【0080】
以上のことから、複数の健常人についての所定の反応時間(例えば1〜5分)における基準化残存トロンビン活性の最大値、上記正常値に1よりも大きい補正係数を乗じた値、等を正常上限値THT/T0とすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを予測することができる。
例えば、反応時間1分における正常上限値THT/T0-1minを健常人の基準化残存トロンビン活性の2倍(約0.03)に設定すると、母親の場合における反応時間1分の基準化残存トロンビン活性(約0.3)はTHT/T0-1minよりも大きい。従って、凝固因子として作用する異常トロンビンが母親の被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症に母親がかかり易いと予測することができる。むろん、健常人の場合における基準化残存トロンビン活性はTHT/T0-1minよりも小さいので、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症に健常人がかかり易くないと予測することができる。
また、反応時間1,3,5分のそれぞれに正常上限値THT/T0-1min,THT/T0-3min,THT/T0-5minを設定する等、複数段階の反応時間のそれぞれに正常上限値を設定すると、予測の精度が向上する可能性がある。
【0081】
(8)第二のトロンビン不活化動態測定方法の説明:
図6は、プロトロンビン活性化剤にOx由来プロトロンビンアクチベータを用い、凝固阻止因子にアンチトロンビン(ヘパリン無し)を用い、活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いた場合の残存トロンビン活性測定方法を示している。Ox由来プロトロンビンアクチベータと、アンチトロンビンと、発色性合成基質S-2238との組合せは、第二のトロンビン不活化動態測定方法における測定キットを構成する。この測定方法は、被検試料の種類毎に、AT溶液を添加してからの各反応時間(初期時間を含む)について行われる。
最終的に、希釈液、PL・Ca溶液、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液、アンチトロンビン、及び、S-2238溶液には、第一の測定方法と同じものを用いた。AT溶液は、生理的食塩水にアンチトロンビンを加えて75μg/ml(血漿1ml当たりのアンチトロンビンの量は1.5mg)とした。各種試薬の使用量等の好ましい条件は、上述した通りであった。
【0082】
被検試料には回収リコンビナントプロトロンビン、又は、回収リコンビナントプロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せを用い、希釈倍率を100倍とした。プロトロンビン除去血漿は、Instrumentation Laboratory製造(三菱化学メディエンス株式会社販売)HemosIL(登録商標) FactorII deficient plasma 0008466050を用いた。希釈液にプロトロンビン除去血漿5μl及び健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量の回収リコンビナントプロトロンビンを添加して500μlとなるように希釈試料を調製した。
【0083】
[試験例2]
回収リコンビナント異常プロトロンビン、及び、回収リコンビナント正常プロトロンビンをそれぞれ被検試料として使用量を健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量に調整し、図6で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液添加後のインキュベート時間を2分とし、凝固阻止因子の反応時間を10分、20分、30分とし、初期時間を1分とし、AT溶液の代わりに生理的食塩水を加えたときの各時間(1分、10分、20分、30分)の基準化用トロンビン活性、すなわち、トロンビン活性を阻止しない場合のトロンビン活性で基準化した。トロンビン不活化動態の測定結果を図7に示す。ここで、横軸はAT溶液を添加してからの反応時間、縦軸は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/min、rMut(変異型の意)はリコンビナント異常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、rWt(野生型の意)はリコンビナント正常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、を示している。rMutの場合とrWtの場合とでそれぞれ3回ずつ残存トロンビン活性を測定して基準化し、平均値を線で結んでいる。rWtで表される基準化残存トロンビン活性ΔAbsTcont/ΔAbsT0contは、rMutで表される残存トロンビン活性ΔAbsT/ΔAbsT0と比較される正常値の一例となる。
【0084】
本測定方法は凝固阻止因子がアンチトロンビンのみであるため、図7に示すように、rWtの場合にトロンビンが徐々に不活化されている。一方、rMutの場合は30分経ってもトロンビンがほとんど不活化されない。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、ΔAbsrMut/minは明確にΔAbsrWt/minよりも大きくなった。
図6に示した第二の測定方法は、図4に示した第一の測定方法よりも時間がかかるものの、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出することができた。
【0085】
[試験例3]
回収リコンビナント異常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図8のMut)、回収リコンビナント正常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図8のWT)、及び、半量の回収リコンビナント異常プロトロンビンと半量の回収リコンビナント正常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図8のWTMut)をそれぞれ被検試料として、図6で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液添加後のインキュベート時間を30秒とし、凝固阻止因子の反応時間を10分、20分、30分とし、初期時間を15秒とし、AT溶液の代わりに生理的食塩水を加えたときの初期時間及び各反応時間の基準化用トロンビン活性も測定した。トロンビン不活化動態の測定結果を図8に示す。ここで、図8のATはAT溶液を加えて得られる残存トロンビン活性を示し、-は生理的食塩水を加えて得られる基準化用トロンビン活性を示している。WT(野生型の意)で表される残存トロンビン活性ΔAbsrWt/minは、Mut(変異型の意)やWTMutで表される残存トロンビン活性ΔAbsrMut/minと比較される正常値の一例となる。WTMutの被検試料は、ヘテロ接合体のモデルとなる。
【0086】
図8に示すように、WTの場合にトロンビンが徐々に不活化されている一方、Mutの場合は30分経ってもトロンビンがほとんど不活化されないと考えられる。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、ΔAbsrMut/minは明確にΔAbsrWt/minよりも大きくなった。また、ヘテロ接合体モデルのWTMutの場合、残存トロンビン活性は徐々に低下しているものの、WTの場合と比べて低下が緩やかとなった。
なお、ヘテロ接合体の患者の血液には異常プロトロンビンと正常プロトロンビンとが混ざっているため、本変異を有する患者の血液を被検試料とすると残存トロンビン活性が徐々に低下するものの健常人の場合と比べて低下し難いと予想される。従って、図6に示した測定方法により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出することができると考えられる。
【0087】
以上のことから、複数の健常人についての所定の反応時間(例えば10〜30分)における残存トロンビン活性の最大値、上記正常値に1よりも大きい補正係数を乗じた値、等を正常上限値THΔAbsとすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを予測することができる。
例えば、反応時間30分における正常上限値THΔAbs-30minを健常人の残存トロンビン活性の2倍(約0.4)に設定すると、患者の場合における反応時間30分の残存トロンビン活性はTHΔAbs-30minよりも大きくなると予想される。従って、凝固因子として作用する異常トロンビンが患者の被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症に患者がかかり易いと予測することができる。むろん、反応時間30分における残存トロンビン活性がTHΔAbs-30min以下であれば、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易くないと予測することができる。
また、反応時間10,20,30分のそれぞれに正常上限値THΔAbs-10min,THΔAbs-20min,THΔAbs-30minを設定する等、複数段階の反応時間のそれぞれに正常上限値を設定すると、予測の精度が向上する可能性がある。
【0088】
図示を省略したが、残存トロンビン活性(ΔAbsT,ΔAbsTcont)を初期トロンビン活性(ΔAbsT0,ΔAbsT0cont)で基準化しても、基準化残存トロンビン活性ΔAbsT/ΔAbsT0を正常上限値THT/T0など正常値ΔAbsTcont/ΔAbsT0contと比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0089】
さらに、図9は、各反応時間の残存トロンビン活性(ΔAbsWT,ΔAbsMut,ΔAbsWTMut)をそれぞれの反応時間の基準化用トロンビン活性(ΔAbsWT-n,ΔAbsMut-n,ΔAbsWTMut-nとする)で基準化した結果を示している。各反応時間の基準化残存トロンビン活性は、それぞれΔAbsWT/ΔAbsWT-n,ΔAbsMut/ΔAbsMut-n,ΔAbsWTMut/ΔAbsWTMut-nとなる。図9に示すように、ヘテロ接合体モデルのWTMutの場合、残存トロンビン活性は徐々に低下しているものの、WTの場合と比べて低下が緩やかとなった。ヘテロ接合体モデルを例にとって説明すると、基準化残存トロンビン活性ΔAbsWTMut/ΔAbsWTMut-nを正常上限値など正常値ΔAbsWT/ΔAbsWT-nと比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0090】
(9)第三のトロンビン不活化動態測定方法の説明:
図10は、プロトロンビン活性化剤にOx由来プロトロンビンアクチベータを用い、凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せを用い、活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いた場合の残存トロンビン活性測定方法を示している。Ox由来プロトロンビンアクチベータと、アンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せと、発色性合成基質S-2238との組合せは、第三のトロンビン不活化動態測定方法における測定キットを構成する。この測定方法は、被検試料の種類毎に、AT・ヘパラン硫酸溶液を添加してからの各反応時間(初期時間を含む)について行われる。
最終的に、希釈液、PL・Ca溶液、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液、アンチトロンビン、及び、S-2238溶液には、第一の測定方法と同じものを用いた。ヘパラン硫酸には、ブタ小腸粘膜抽出物を成分とするシェリング・プラウ株式会社製造販売の血液凝固阻止剤オルガラン(登録商標)注を用いた。AT・ヘパラン硫酸溶液は、75μg/mlのアンチトロンビン溶液にヘパラン硫酸を10抗第Xa因子活性単位加えて調製した。従って、血漿1ml当たりのアンチトロンビンの量は1.5mg、血漿1ml当たりのヘパラン硫酸の量は200抗第Xa因子活性単位、となる。その他の各種試薬における使用量等の好ましい条件は、上述した通りであった。
【0091】
被検試料には回収リコンビナントプロトロンビン、又は、回収リコンビナントプロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せを用いた。希釈液に試験例3と同じプロトロンビン除去血漿5μl及び健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量の回収リコンビナントプロトロンビンを添加して500μlとなるように希釈試料を調製した。
【0092】
[試験例4]
回収リコンビナント異常プロトロンビン、及び、回収リコンビナント正常プロトロンビンをそれぞれ被検試料として使用量を健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量に調整し、図10で示した第三の測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液添加後のインキュベート時間を2分とし、凝固阻止因子の反応時間を30秒、1分、2分、3分、4分、5分とし、初期時間を15秒とし、AT・ヘパラン硫酸溶液の代わりに生理的食塩水を加えたときの各時間の基準化用トロンビン活性も測定した。トロンビン不活化動態の測定結果を図11に示す。ここで、横軸はAT・ヘパラン硫酸溶液を添加してからの反応時間、縦軸は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/min、Mut(変異型の意)はリコンビナント異常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、WT(野生型の意)はリコンビナント正常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、ATHSはAT・ヘパラン硫酸を加えた第三の測定方法によるトロンビン不活化動態、-はAT・ヘパラン硫酸の代わりに生理的食塩水を加えたときのトロンビン不活化動態、を示している。WTで表される残存トロンビン活性ΔAbsrWt/minは、Mutで表される残存トロンビン活性ΔAbsrMut/minと比較される正常値の一例となる。
【0093】
図11に示すように、ヘパラン硫酸を加えた場合、WTの場合にトロンビンが徐々に不活化されている一方、Mutの場合は5分経ってもトロンビンがほとんど不活化されない。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、ΔAbsrMut/minはΔAbsrWt/minよりも大きくなった。
図10に示した第三の測定方法は、図4に示した第一の測定方法よりも時間がかかるものの、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出することができた。
【0094】
以上のことから、複数の健常人についての所定の反応時間(例えば1〜5分)における残存トロンビン活性の最大値、上記正常値に1よりも大きい補正係数を乗じた値、等を正常上限値THΔAbsとすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを予測することができる。
例えば、反応時間5分における正常上限値THΔAbs-5minを健常人の残存トロンビン活性の2倍に設定すると、患者の場合における反応時間5分の残存トロンビン活性はTHΔAbs-5minよりも大きくなると予想される。従って、凝固因子として作用する異常トロンビンが患者の被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症に患者がかかり易いと予測することができる。むろん、反応時間5分における残存トロンビン活性がTHΔAbs-5min以下であれば、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易くないと予測することができる。
また、反応時間1,3,5分のそれぞれに正常上限値THΔAbs-1min,THΔAbs-3min,THΔAbs-5minを設定する等、複数段階の反応時間のそれぞれに正常上限値を設定すると、予測の精度が向上する可能性がある。
【0095】
図示を省略したが、残存トロンビン活性(ΔAbsT,ΔAbsTcont)を初期トロンビン活性(ΔAbsT0,ΔAbsT0cont)で基準化しても、基準化残存トロンビン活性ΔAbsT/ΔAbsT0を正常上限値THT/T0など正常値ΔAbsTcont/ΔAbsT0contと比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0096】
さらに、図12は、初期時間及び各反応時間の残存トロンビン活性をそれぞれの時間の基準化用トロンビン活性で基準化した結果を示している。図12に示すように、WTの場合にトロンビンが不活化されている一方、Mutの場合は5分経ってもトロンビンがほとんど不活化されないと考えられる。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、変異型の基準化残存トロンビン活性ΔAbsWTMut/ΔAbsWTMut-nは明確に正常型の基準化残存トロンビン活性ΔAbsWT/ΔAbsWT-nよりも大きくなった。従って、基準化残存トロンビン活性ΔAbsWTMut/ΔAbsWTMut-nを正常上限値など正常値ΔAbsWT/ΔAbsWT-nと比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0097】
[試験例5]
回収リコンビナント異常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図13のMut)、及び、回収リコンビナント正常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図13のWT)をそれぞれ被検試料として、図10で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液添加後のインキュベート時間を30秒とし、凝固阻止因子の反応時間を1分、2分、3分、4分、5分とし、初期時間を15秒とし、AT・ヘパラン硫酸溶液の代わりに生理的食塩水を加えたときの各時間の基準化用トロンビン活性も測定した。トロンビン不活化動態の測定結果を図13に示す。
さらに、図14は、初期時間及び各反応時間の残存トロンビン活性をそれぞれの時間の基準化用トロンビン活性で基準化した結果を示している。
本試験例5の場合も、WTの場合にトロンビンが不活化されている一方、Mutの場合は5分経ってもトロンビンがほとんど不活化されないと考えられる。従って、残存トロンビン活性を正常上限値など正常値と比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0098】
(10)結び:
なお、本発明は、種々の変形例が考えられる。例えば、上述した第一から第三の測定方法において、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液を添加した後にPL・Ca溶液を添加することが考えられる。
また、従属請求項に係る構成要件を有しておらず独立請求項に係る構成要件のみからなる発明も、上述した基本的な作用、効果が得られる。
【0099】
以上説明したように、本発明によると、種々の態様により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができる。また、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法を提供することができる。さらに、このような異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することが可能なポリヌクレオチド等を提供することができる。
また、上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりして本発明を実施することも可能であり、公知技術並びに上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりして本発明を実施することも可能である。従って、本発明は、上述した実施形態や変形例に限られず、公知技術並びに上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成等も含まれる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
静脈血栓症の遺伝性の原因として、凝固阻止因子(凝固制御因子とも呼ばれる)であるアンチトロンビンやプロテインSやプロテインCの遺伝子変異が知られている(例えば、非特許文献1参照。)。このような凝固制御因子の異常による静脈血栓症を治療する際には、ビタミンK依存性凝固因子であるプロトロンビン等を少なくするため、ビタミンK拮抗剤の投与等が行われている。
また、血液の凝固能力をみる測定方法として、トロンボテスト(TT)、APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)試験、等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献1】宮田敏行、外8名、日本人の血栓性素因、臨床血液、社団法人日本血液学会、2009年、Vol.50、No.5、pp.381-388。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来から報告されている静脈血栓症のリスクとなるような遺伝子変異が見つからないにもかかわらず、遺伝性の静脈血栓症の発症が疑われた例があった。本願発明者らは、この新規発症例の原因及び予測方法について鋭意検討し、本願発明に至った。
【0005】
従って、本発明は、上述した新規発症例のための測定方法、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法、並びに、新規の試験方法を開発するために利用することが可能なポリヌクレオチド及びポリペプチドを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定方法であって、被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする。この発明によれば、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができる。
また、本発明は、凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定方法であって、被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加えたときの残存トロンビン活性を基準化するための前記試料の基準化用トロンビン活性を測定し、別途、試料に前記プロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、前記凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の前記基準化用トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする。この発明によっても、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができる。
【0007】
さらに、本発明は、凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定キットであって、被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料に加えてプロトロンビンをトロンビンに変換するためのプロトロンビン活性化剤と、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子であって前記プロトロンビン活性化剤を加えた後に前記試料に加えるための凝固阻止因子と、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を測定するための活性測定用試薬と、を含む、測定キットを含む。この発明では、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出するための測定キットを提供することができる。
【0008】
さらに、本発明は、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類を決定し、当該塩基の種類が健常人に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基である場合には血栓症にかかり易くなく、トロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基でない場合には血栓症にかかり易い可能性があるという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法を含む。この発明では、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法を提供することができる。
さらに、本発明は、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子に対応するcDNA(相補的DNA)の翻訳開始コドンのアデニンを1番目の塩基として該cDNAの塩基配列の1787番目における塩基の種類を決定し、当該塩基の種類がチミンである場合には血栓症にかかり易く、グアニンである場合には血栓症にかかり易くないという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法を含む。この発明でも、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法を提供することができる。
【0009】
さらに、本発明は、配列番号1で表されるDNA(deoxyribonucleic acid)配列からなるポリヌクレオチドを含む。この発明では、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することが可能なポリヌクレオチドを提供することができる。また、本発明は、このポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるポリペプチドを含む。この発明では、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することが可能なポリペプチドを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】人の血液凝固系の一部を模式的に示す図である。
【図2】血漿を用いてトロンビンの不活化動態を測定した結果を示す図である。
【図3】図2の測定結果を反応時間0の時の残存トロンビン活性で基準化した結果を示す図である。
【図4】凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパリンの組合せを用いた第一の残存トロンビン活性測定方法を示す図である。
【図5】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清を用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図6】凝固阻止因子にアンチトロンビン(ヘパリン無し)を用いた第二の残存トロンビン活性測定方法を示す図である。
【図7】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清を用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図8】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清とプロトロンビン除去血漿の組合せを用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図9】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清とプロトロンビン除去血漿の組合せを用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図10】凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せを用いた第三の残存トロンビン活性測定方法を示す図である。
【図11】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清を用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図12】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清を用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図13】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清とプロトロンビン除去血漿の組合せを用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【図14】リコンビナントプロトロンビンを含む培養上清とプロトロンビン除去血漿の組合せを用いたトロンビン不活化動態の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら発明を実施するための形態を例示する。むろん、本発明は本明細書及び図面に示す実施形態に限定されるものではなく、実施形態に示す特徴の全てが発明の解決手段に必須となるとは限らない。
【0012】
(1)血液凝固系の説明:
まず、背景技術として血液凝固系の概略を説明する。
血液の凝固因子として、12種類の因子が発見されている。これらの因子は、凝固第I〜V,VII〜XIII因子と呼ばれている。血液凝固機序として、組織因子(tissue factor)を起因とする外因系凝固活性化機序と、異物を起因とする内因性凝固活性化機序とが知られている。
【0013】
図1は、人の血液凝固系の一部を模式的に示している。
血液凝固系の途中にある活性型の第IXa因子は、活性型の第VIIIa因子の補酵素作用の存在下に凝固第X因子を活性化する。活性型の第Xa因子、活性型の第Va因子、リン脂質(PL)及びカルシウムイオン(Ca2+)からなるプロトロンビナーゼ複合体は、プロトロンビン(凝固第II因子)をトロンビン(第IIa因子)に活性化する。トロンビンは、フィブリノゲン(凝固第I因子)からフィブリンを形成させる。血液凝固カスケードがあることにより、破れた血管内に組織液が入ったときや血液が異物に接触したときに必要量のフィブリンが速やかに形成される。
【0014】
一方、通常時に凝固反応を抑制する凝固阻止因子も血液中に存在している。アンチトロンビン(AT)は、第IXa因子、第Xa因子、トロンビン、等の作用を阻害するが、主として第Xa因子及びトロンビンと結合して複合体を形成し、第Xa因子及びトロンビンの作用を阻止する。ATは、ヘパリンと結合してアンチトロンビン・ヘパリン複合体となると、即効性の抗トロンビン作用を発揮する。α2-マクログロブリン(α2-M)は、第Xa因子及びトロンビンの作用を阻止する。
また、トロンビンは、トロンボモジュリン(TM)と結合すると、フィブリン生成反応等の活性を失う一方、凝固阻止因子であるプロテインCを活性化する。活性型プロテインCは、凝固阻止因子であるプロテインSの補酵素作用、及び、カルシウムイオンの存在下、第Va因子及び第VIIIa因子を失活させ、過凝固を防ぐように作用する。
【0015】
(2)新規発見の静脈血栓症の遺伝子解析:
3世代にわたって静脈血栓症の発症が見られた患者について、従来から報告されている静脈血栓症のリスクとなる遺伝子変異、すなわち、アンチトロンビン遺伝子とプロテインC遺伝子とプロテインS遺伝子の変異があるかどうかを調べたところ、これらの遺伝子変異は見つからなかった。
また、上記患者の凝血学的血液検査を行ったところ、ビタミンK拮抗剤の服用の影響で凝固能力が低下しているものの、凝固能力が十分にあることを表す結果が得られた。
【表1】
ここで、INRはプロトロンビン時間国際標準比(prothrombin time-international normalized ratio)、APTTは活性化部分トロンボプラスチン時間、vWF因子定量はフォン・ウィルブランド因子定量、vWF活性はフォン・ウィルブランド因子活性、を表す。
【0016】
そこで、上記患者のプロトロンビン遺伝子の塩基配列を解析することとした。
まず、患者の末梢血白血球ペレットにSDS(sodium dodecyl sulfate)、EDTA(ethylene diamine tetraacetic acid)の存在するプロテアーゼKの緩衝液を添加して細胞を溶解して細胞内のDNAを可溶化し、フェノール/クロロホルム抽出法により患者のゲノムDNAを抽出した。
また、プロトロンビン遺伝子のエクソン14を挟むプライマーとして、「5'-agggcctggtgaacacatcttc-3'」(配列番号4)及び「5'-ccaggtggtggattcttaagtcttc-3'」(配列番号5)を合成した。東洋紡績株式会社製KOD FXを使用し、これらのプライマーを用いて上記DNA断片をPCR(polymerase chain reaction)法により増幅した。得られたPCR増幅フラグメントをQIAGEN社製QIAEX II Gel Extraction Kitにより精製した。この生成されたPCR増幅フラグメントを鋳型とし、前記配列番号4,5のプライマーを用いてダイレクトシークエンス法によりプロトロンビン遺伝子のDNA配列を決定した。具体的には、アプライドバイオシステムズ社製BigDye(登録商標) terminatorを用いた。反応産物を精製しアプライドバイオシステムズ社製ABI-PRISM(登録商標) 310 Genetic Analyzerにより解析し、DNA配列を決定した。決定したDNA配列は、配列番号3で表されている。
ここで、DNA配列の44番目が被検者に由来するプロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドンのA(アデニン)であり、DNA配列の1912番目の終止コドンのG(グアニン)である。また、プロトロンビン遺伝子のエクソン14は、配列番号3において、1769番目に開始し、2010番目で終了する。
【0017】
上述した遺伝子解析の結果、配列番号3の1830番目、すなわち、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドンのAを1番目の塩基としてプロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの塩基配列の1787番目(エクソン14)にGからT(チミン)への一塩基置換を同定した。以下、翻訳開始コドンのAを1番目の塩基とする場合を翻訳開始コドン基準と記載する。
下記表は、上記患者(Mutant)の変異型トロンビン遺伝子と遺伝子異常の無い人(Normal)のプロトロンビン遺伝子とでエクソン14の要部を比較したものである。
【表2】
ここで、DNA配列に付した番号はcDNAの翻訳開始コドン基準の番号であり、アミノ酸配列に付した番号はプロトロンビンを構成するアミノ酸の番号である。
【0018】
以上より、プロトロンビンの596番目に1アミノ酸置換が起きていることが予想される。これは、酵素活性を持っている領域(Catalytic domain)内の596番目のArg(アルギニン)をLeu(ロイシン)に変化させる未報告のミスセンス変異である。
ここで、596番目のArgは、活性中心ではないものの、活性中心の近くであり、また、アンチトロンビンとの結合部位であると報告されている(Wei Li, et al. Nat Struct Mol Biol. 2004)。正電荷を持つ極性アミノ酸であるArgから非極性アミノ酸Leuへの変化により、トロンビンとアンチトロンビンとの親和性が低下することが考えられる。従って、本変異型プロトロンビンは、アミノ酸置換があるにもかかわらず凝固因子としての活性はほぼ正常であるが、生理的なトロンビンの制御因子であるアンチトロンビンとの水素結合形成が抑制され、アンチトロンビンによる不活化に抵抗することが予想される変異である。本症例では、トロンビンのアンチトロンビン結合部位に起こった変異により、アンチトロンビンによるトロンビン不活化の遅延による静脈血栓症を引き起こした可能性が考えられる。
【0019】
(3)本変異型トロンビン検出のためのトロンビン不活化動態測定方法の説明:
以上説明したように、トロンビン側に分子異常が存在し、凝固因子としての能力がある一方でアンチトロンビン等の凝固阻止因子の不活化作用を受け難くなる病態についての疾患概念は、無かった。このため、本変異型トロンビンのトロンビン不活化動態を解析する方法は、臨床検査法を含めて開発されていなかった。
本願発明者らは、本変異型トロンビンのように凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するため、凝固阻止因子によるトロンビン不活化動態の測定方法を新規に開発することとした。
【0020】
上記測定方法の試験用試薬にアンチトロンビン等の生理的な凝固阻止因子を用いる場合、血液の入った被検試料に前処理無く凝固阻止因子を加えたときに、トロンビンが生成されるまでの過程が阻害されているのか、生成されたトロンビンの活性が阻害されているのか、区別が困難である。
凝固阻止因子にアンチトロンビンを用いる場合、図1を参照して説明すると、試料に加えられたアンチトロンビンは、生成したトロンビン(第IIa因子)を不活化するのとともに、トロンビンを生成するまでの過程に存在するプロトロンビナーゼ複合体(第Xa因子、第Va因子、リン脂質、Ca2+の複合体)やさらに上位の因子も不活化する。従って、試料にアンチトロンビンを加えて所定の反応時間後に残存トロンビン活性を測定する際、生成されるトロンビンが少なくなるのか生成されたトロンビンの活性が阻害されるのか判らず、残存トロンビン活性の測定結果に影響を与えてしまう。
【0021】
そこで、トロンビン不活化動態測定のための反応系を、(A)トロンビン生成相、(B)凝固阻止因子によるトロンビン不活化相、(C)残存トロンビン活性測定相、の3相としている。
【0022】
ここで、トロンビン生成相(A)では、被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換することとしている。
トロンビン不活化相(B)では、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加えることとしている。
残存トロンビン活性測定相(C)では、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することとしている。ここで、残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することは、初期トロンビン活性等の基準化用トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性を正常値と比較して測定すること等を含む。
【0023】
トロンビン不活化相(B)の前にトロンビン生成相(A)を設けたことにより、試料中のプロトロンビンがトロンビンに変換される。その後に凝固阻止因子が試料に加えられるので、凝固阻止因子を加えることによりトロンビンの生成が阻害されることによる残存トロンビン活性への影響が抑制される。例えば、凝固阻止因子にアンチトロンビンを用いる場合、プロトロンビンをトロンビンに変換するプロトロンビナーゼ複合体の作用が阻害されても、既にプロトロンビンがトロンビンに変換されているので、プロトロンビナーゼ複合体が不活化されることによる残存トロンビン活性への影響が少なくなる。そのうえで、反応時間後における試料の残存トロンビン活性が正常値と比較されて測定される。従って、本測定方法によると、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができる。
【0024】
ここで、本測定方法を適用可能な異常トロンビンは、凝固因子として作用する異常トロンビンであればよく、Arg596Leuの上記変異型プロトロンビンでないプロトロンビンからのトロンビンでもよい。例えば、プロトロンビンの596番目のアミノ酸がArgからLeu以外のアミノ酸(Val(バリン)等)に変異した変異型トロンビン、596番目以外(595,597番目等)のアミノ酸が変異した変異型トロンビン、等でもよい。
被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料には、血漿、血液、血漿又は血液の希釈液、血漿又は血液からプロトロンビンを除く一部の成分を除去したもの、この希釈液、等が含まれる。
被検者における残存トロンビン活性の比較基準となる正常値は、一般には健常人における残存トロンビン活性に基づいた正常値とすることができるものの、変異を有する人における残存トロンビン活性に基づいて得られる値、変異を有する人及び健常人における残存トロンビン活性に基づいて得られる値、等でもよい。従って、正常値には、健常人の血液等(血漿を含む)を用いた試料から得られる残存トロンビン活性、この残存トロンビン活性に1よりも大きい補正係数を乗じた値、健常人における残存トロンビン活性の上限、この上限に1よりも大きい補正係数を乗じた値、Arg596Leuの変異を有する人における残存トロンビン活性の下限、この下限に0よりも大きく1よりも小さい補正係数を乗じた値、等が含まれる。
【0025】
血液等(好ましくは血漿)を希釈して試料とする場合、希釈液には、トリス緩衝液、塩化ナトリウムを加えたトリス緩衝液、リン酸緩衝液、等を用いることができる。緩衝液のpHは、7.0〜9.0程度とすることができる。緩衝液の濃度は、1〜500mM(mmol/L)程度とすることができる。塩化ナトリウムの濃度は、1〜500mM程度とすることができる。試料の希釈倍率は、試料にプロトロンビン活性化剤を加えてからの所定の初期時間における試料の初期トロンビン活性を表す1分当たりの吸光度変化率ΔAbs/minが0.1〜4程度、より好ましくは0.2〜3程度、さらに好ましくは0.3〜2程度とすることができる。残存トロンビン活性測定相(C)に用いる活性測定用試薬に合成基質を用いる場合、希釈倍率は、例えば10〜500倍程度とすることができる。また、前記活性測定用試薬にフィブリノゲンを用いる場合、希釈倍率は、例えば2〜100倍程度とすることができる。
【0026】
トロンビン生成相(A)に用いるプロトロンビン活性化剤は、プロトロンビンを活性型のトロンビンに変換するものであればよく、安定性の点で蛇毒に由来するプロトロンビン活性化剤(該プロトロンビン活性化剤を生成する遺伝子を導入した微生物等から生成されるプロトロンビン活性化剤を含む)が好ましいものの、第Xa因子と第Va因子の組合せ等でもよい。活性型の第Xa因子及び第Va因子を試験用試薬として用いる際には、高コストであること、不安定な物質であること、等の点を考慮する必要がある。
蛇毒に由来するプロトロンビン活性化剤は、例えば、R. Manjunatha Kini、The intriguing world of prothrombin activators from snake venom、Toxicon 45 (2005) 1133-1145に記載されたプロトロンビンアクチベータ等を用いることができる。これらのプロトロンビンアクチベータの中では、凝固第Xa因子及び凝固第Va因子と同様の活性を持つことが報告され(Han Speijer、他3名、Prothrombin Activation by an Activator from the Venom of Oxyuranus scutellatus (Taipan Snake)、The Journal of Biological Chemistry、The American Society of Biological Chemists, Inc. (1986)、Vol. 261、No. 28、pp. 13258-13267も参照)プロトロンビンを速やかに活性化するオキシウラヌス・スクテラタス(Oxyuranus scutellatus)からの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータが好ましいものの、Pseudonaja textilisからの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータ(例えばpseutarin C)、等でもよい。また、Notechis scutatusからの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータと凝固第Va因子との組合せ等をトロンビン生成相(A)に用いてもよい。
【0027】
プロトロンビン活性化剤を加えるときの試料の温度は、例えば、30〜40℃程度、より好ましくは36〜38℃程度とすることができる。
プロトロンビン活性化剤の量は、プロトロンビンにプロトロンビン活性化剤を作用させる時間内にプロトロンビンをほぼ(例えば80%以上、より好ましくは90%以上)活性型のトロンビンに変換する量が好ましい。好ましい量は、プロトロンビン活性化剤の濃度を変えて初期トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/minを測定したときにプロトロンビン活性化剤の量を多くしても吸光度変化率ΔAbs/minがほとんど変わらなくなる最低の量以上とすることができる。例えば、濃度−吸光度変化率のグラフの各軸に応じた閾値をTHΔAbs/C(ただしTHΔAbs/C>0)として、濃度Cにおける濃度−吸光度変化率のグラフの傾きの絶対値がTHΔAbs/C以下となる最低の濃度以上とすることができる。閾値THΔAbs/Cは、グラフの各軸のスケールに応じて適宜設定すればよい。
オキシウラヌス・スクテラタスからの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータ(以下、Ox由来プロトロンビンアクチベータとも記載)を用いる場合、プロトロンビンを良好に活性化させ高感度の測定結果を得る観点から、プロトロンビン活性化時の試料中におけるプロトロンビンアクチベータの濃度は、例えば0.003〜0.086mg/ml程度(より好ましくは0.007〜0.043mg/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるプロトロンビンアクチベータの量は、例えば0.5〜12mg程度(より好ましくは1.0〜6.0mg程度)とすることができる。
【0028】
試料にプロトロンビン活性化剤を加える前後に、必要に応じてリン脂質、カルシウムイオン、といった補助因子を試料に加えてもよい。リン脂質には、ウサギ脳由来セファリン、大豆由来セファリン、等を用いることができる。カルシウムイオンを出すカルシウム塩は、塩化カルシウムが好ましいものの、塩化カルシウム以外のハロゲン化塩、蟻酸塩、酢酸塩、等も用いることができる。
Ox由来プロトロンビンアクチベータを用いる場合、リン脂質及びカルシウムイオンを併用するとプロトロンビン活性化が促進されるので好ましい。この場合、プロトロンビンを良好に活性化させ高感度の測定結果を得る観点から、リン脂質添加時の試料中におけるリン脂質の濃度は、例えば0.004〜0.33mg/ml程度(より好ましくは0.008〜0.167mg/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるリン脂質の量は、例えば0.5〜40mg程度(より好ましくは1.0〜20mg程度)とすることができる。さらに、Ox由来プロトロンビンアクチベータ1mg当たりに用いるリン脂質の量は、例えば0.3〜20mg程度(より好ましくは0.5〜10mg程度)とすることができる。カルシウムイオン添加時の試料中におけるCa2+の濃度は、例えば0.42〜8.3mM程度(より好ましくは0.83〜4.2mM程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるCa2+の量は、例えば0.05〜1mmol程度(より好ましくは0.1〜0.5mmol程度)とすることができる。さらに、Ox由来プロトロンビンアクチベータ1mg当たりに用いるCa2+の量は、例えば0.03〜0.5mmol程度(より好ましくは0.05〜0.25mmol程度)とすることができる。
【0029】
トロンビン不活化相(B)に用いる凝固阻止因子は、プロトロンビン活性化剤を作用させた後において試料に存在する活性型のトロンビンの作用を阻害するものであればよい。凝固阻止因子には、アンチトロンビン、アンチトロンビンとヘパリンの組合せ、アンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せ、トロンボモジュリン、アンチトロンビンとヘパリン類似の薬剤の組合せ、アンチトロンビンとヘパラン硫酸類似の薬剤の組合せ、合成抗トロンビン剤、等を用いることができる。アンチトロンビンには、血漿分画製剤等を用いることができる。ヘパリンには、ブタ腸粘膜など生物に由来するヘパリン等を用いることができる。ヘパラン硫酸には、ブタの小腸粘膜抽出物など生物に由来するヘパラン硫酸を用いることができる。
【0030】
凝固阻止因子を加えるときの試料の温度は、例えば、30〜40℃程度、より好ましくは36〜38℃程度とすることができる。
凝固阻止因子の量は、正常トロンビンを含み異常トロンビンを含まない試料について、ある反応時間以上における試料の残存トロンビン活性が初期トロンビン活性と比べてほぼ無くなる(例えば初期トロンビン活性に対して10%以下、より好ましくは5%以下)量が好ましい。また、凝固因子として作用する異常トロンビンを含む試料について、前記反応時間以上における試料の残存トロンビン活性が比較的大きい(例えば初期トロンビン活性に対して15%以上、より好ましくは20%以上)反応時間があるような量が好ましい。
凝固阻止因子にアンチトロンビンを用いる場合、正常トロンビンを良好に不活化させ高感度の測定結果を得る観点から、トロンビン不活化時の試料中におけるアンチトロンビンの濃度は、例えば1.9〜19μg/ml程度(より好ましくは3.8〜9.4μg/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるアンチトロンビンの量は、例えば0.3〜3mg程度(より好ましくは0.6〜1.5mg程度)とすることができる。
【0031】
試料に凝固阻止因子を加える前後に、必要に応じて補助因子を試料に加えてもよい。
凝固阻止因子にアンチトロンビンを用いる場合、補助因子としてヘパリン又はヘパラン硫酸等を加えることも可能である。
ヘパリンをアンチトロンビンとともに試料に加える場合、正常トロンビンを良好に不活化させ高感度の測定結果を得る観点から、トロンビン不活化時の試料中におけるヘパリンの濃度は、例えば0.2〜2.5単位/ml程度(より好ましくは0.3〜1.3単位/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるヘパリンの量は、例えば25〜400単位程度(より好ましくは50〜200単位程度)とすることができる。さらに、アンチトロンビン1mg当たりに用いるヘパリンの量は、例えば28〜440単位程度(より好ましくは56〜220単位程度)とすることができる。
ヘパラン硫酸をアンチトロンビンとともに試料に加える場合、正常トロンビンを良好に不活化させ高感度の測定結果を得る観点から、トロンビン不活化時の試料中におけるヘパラン硫酸の濃度は、例えば0.4〜6.3抗第Xa因子活性単位/ml程度(より好ましくは0.8〜3.1抗第Xa因子活性単位/ml程度)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるヘパラン硫酸の量は、例えば63〜1000抗第Xa因子活性単位程度(より好ましくは125〜500抗第Xa因子活性単位程度)とすることができる。さらに、アンチトロンビン1mg当たりに用いるヘパラン硫酸の量は、例えば42〜670抗第Xa因子活性単位程度(より好ましくは83〜330抗第Xa因子活性単位程度)とすることができる。
【0032】
残存トロンビン活性測定相(C)に用いる活性測定用試薬は、試料中に残存するトロンビンの活性を測定可能なものであればよく、トロンビンに対して感受性を有する合成基質、フィブリノゲン、等を用いることができる。合成基質には、トロンビンに対して特異性の高いS-2238(H-D-フェニルアラニル-L-ピピコリル-L-アルギニン-p-ニトロアニリドジヒドロ塩化物、H-D-phenylalanyl-L-pipicolyl-L-arginine-p-nitroanilide dihydrochloride)といった発色性合成基質等を用いることができる。臨床応用を考慮すると、静脈血栓症の患者にはビタミンK拮抗剤が投与されることが多い。この場合、プロトロンビン、凝固第X因子など、ビタミンK依存性凝固因子の生合成が抑制されるので、高感度測定系が好ましい。合成基質は、残存トロンビン活性を高感度で測定することができるので、好ましい。
活性測定用試薬を加えるときの試料の温度は、例えば、30〜40℃程度、より好ましくは36〜38℃程度とすることができる。
【0033】
合成基質の濃度は、試料に合成基質を加えてから吸光度変化率を測定する時間内(例えば10〜30秒内程度)でほぼ直線的に吸光度が変化する濃度が好ましい。
活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いる場合、高感度の測定結果を得る観点から、発色時の試料中におけるS-2238の濃度は、例えば0.1mM以上とすることができる。S-2238の濃度の上限は特にないが、コストを考慮して、例えば0.4mM以下(より好ましくは0.2mM以下)とすることができる。また、血漿1ml当たりに用いるS-2238の量は、例えば0.02mmol以上、0.08mmol以下(より好ましくは0.04mmol以下)とすることができる。
試料に活性測定用試薬を加える前後に、必要に応じて補助因子を試料に加えてもよい。
【0034】
残存トロンビン活性を吸光度変化率により測定する場合、例えば、試料に活性測定用試薬を加えてからなるべく早い段階で測定開始時間Ts(分、例えば0〜10秒程度)とTsよりも後の測定終了時間Te(分、例えば10〜30秒程度)とで試料の吸光度ΔAbsTs,ΔAbsTeを測定すればよい。この測定法はいわゆる初速度法であり、得られるΔAbs/min=(ΔAbsTe−ΔAbsTs)/(Te−Ts)は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率となる。
むろん、残存トロンビン活性を測定するために、上述した測定方法以外の方法で測定してもよい。
【0035】
ここで、試料として、患者の血液を用いた試料と、凝固因子として作用する異常トロンビンを含んでいない健常人の血液を用いた試料とを使用し、同条件で残存トロンビン活性を測定すると、これらの残存トロンビン活性を比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが患者の血液に含まれているか否かを検出することができる。このことから、健常人の血液を用いた試料から得られる残存トロンビン活性を正常値としておけば、健常人の血液を用いた試料を毎回測定しなくても、凝固因子として作用する異常トロンビンが患者の血液に含まれているか否かを判断することができ、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症発症リスクの診断に利用することができる。
【0036】
図2は、3世代にわたって静脈血栓症の発症が見られた静脈血栓症患者で凝固因子として作用する異常トロンビンを血液中に含んでいる女児と、この女児の母親(静脈血栓症を発症し女児と同じ遺伝子変異有り)と、健常人とからの血漿を用いてトロンビンの不活化動態を測定した結果を示している。女児と母親の遺伝子解析の結果は、どちらも翻訳開始コドン基準の1787G>T変異のヘテロ接合体であった。プロトロンビン活性化剤にオキシウラヌス・スクテラタスからの蛇毒に由来するプロトロンビンアクチベータをリン脂質及びカルシウムイオンとともに用い、凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパリンの組合せを用い、トロンビン活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いている。図2中、横軸はアンチトロンビン及びヘパリンを試料に加えてからの反応時間、縦軸は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/minを表している。
【0037】
女児と健常人とを比較すると、反応初期の残存トロンビン活性はほぼ同じである一方、反応時間1分で健常人の残存トロンビン活性がほぼ0になっているのに対し、女児の残存トロンビン活性がかなり残っていることがわかる。従って、所定の反応時間(例えば1〜5分)における健常人の残存トロンビン活性の上限を正常上限値とすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否かを検出することができる。この正常上限値を表す吸光度変化率をTHΔAbs(THΔAbs>0)とすると、吸光度変化率がTHΔAbsよりも大きいと凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いと判断することができる。一方、吸光度変化率がTHΔAbs以下であると凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易くないと判断することができる。
なお、複数の反応時間において残存トロンビン活性を比較すると残存トロンビン活性の経時的変化の違いが分かるが、反応時間を一つに設定してもよい。
【0038】
ただ、患者にビタミンK拮抗剤が投与されていると、図2の母親のように、初期の残存トロンビン活性が下がってしまう。この場合、所定の初期時間における試料の初期トロンビン活性(基準化用トロンビン活性)を測定し、該初期トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性を正常値と比較して測定してもよい。
図2の残存トロンビン活性には、初期時間0分における残存トロンビン活性が含まれている。すなわち、別途、試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、凝固阻止因子を試料に加え、所定の初期時間における試料の初期トロンビン活性を測定している。ここで、初期トロンビン活性を表す吸光度変化率をΔAbsT0、所定の反応時間における残存トロンビン活性を表す吸光度変化率をΔAbsTとすると、相対的な残存トロンビン活性はΔAbsT/ΔAbsT0となる。ΔAbsT/ΔAbsT0と比較するための正常値は、健常人の初期トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbsT0contに対する同じ反応時間における残存トロンビン活性ΔAbsTcontの比ΔAbsTcont/ΔAbsT0contで表される。
【0039】
図3は、図2の測定結果を初期トロンビン活性で基準化した結果を示している。図3中、横軸はアンチトロンビン及びヘパリンを試料に加えてからの反応時間、縦軸は基準化した残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbsT/ΔAbsT0を表している。
母親と健常人とを比較すると、反応時間1分で健常人の基準化残存トロンビン活性がほぼ0になっているのに対し、母親の基準化残存トロンビン活性がかなり残っていることがわかる。従って、所定の反応時間(例えば1〜5分)における健常人の残存トロンビン活性の上限を正常上限値とすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否かを検出することができる。この正常上限値を表す基準化吸光度変化率をTHT/T0とすると、基準化吸光度変化率がTHT/T0よりも大きいと凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いと判断することができる。一方、基準化吸光度変化率がTHT/T0以下であると凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易くないと判断することができる。
【0040】
また、凝固阻止因子を試料に加えたときの残存トロンビン活性を基準化するための基準化用トロンビン活性は、上述した初期トロンビン活性以外にも考えられる。例えば、試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換した後に凝固阻止因子を試料に加えずに測定するトロンビン活性を基準化用トロンビン活性としてもよい。基準化用トロンビン活性の測定は、残存トロンビン活性を測定する際の各反応時間経過後に行ってもよい。
【0041】
以上説明したようにして凝固阻止因子を試料に加えてからの残存トロンビン活性の経時的変化を見ると、トロンビンが生成されるまでの過程の影響を少なくしてトロンビン不活化動態を解析することができる。
【0042】
また、トロンビン不活化動態を測定するために必要な試薬セットを測定キットとして用意しておけば、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出するために有用である。この測定キットには、以下の試薬が含まれていればよい。
(i)被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料に加えてプロトロンビンをトロンビンに変換するためのプロトロンビン活性化剤。
(ii)正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子であって前記プロトロンビン活性化剤を加えた後に前記試料に加えるための凝固阻止因子。
(iii)所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を測定するためのトロンビン活性測定用試薬。
【0043】
(4)遺伝子解析による被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法の説明:
本変異型プロトロンビンは、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの塩基配列で翻訳開始コドン基準の1787番目の塩基がGからTに変異している。そこで、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAにおける翻訳開始コドン基準の1787番目の塩基の種類がTである場合には血栓症にかかり易く、Gである場合には血栓症にかかり易くないという比較基準を設けておくことにする。また、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAにおける翻訳開始コドン基準の1787番目の塩基の種類がGである場合には血栓症にかかり易くなく、G以外である場合には血栓症にかかり易い可能性があるという比較基準を設けてもよい。その上で、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの塩基配列1787番目における塩基の種類を決定し、前記比較基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験することができる。この試験は、被検者が血栓症にかかり易いか否かの診断に利用することができる。
【0044】
プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドン基準の1787番目における塩基の種類を決定する方法には、公知の方法を用いることができる。例えば、患者の末梢血白血球からゲノムDNAを抽出し、エクソン14を挟むプライマーを作成してPCR(polymerase chain reaction)法により増幅し、ダイレクトシークエンス法によりプロトロンビン遺伝子のDNA配列を決定し、翻訳開始コドン基準で1787番目の塩基の種類を検出すればよい。プロトロンビン遺伝子の変異を検出するために、ミスマッチPCR−RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法や一本鎖高次構造多型(SSCP)法を利用してもよい。
ゲノムDNAの採取源は、血液の他、毛根、頬粘膜、皮膚、等でもよい。
【0045】
ゲノムDNAの抽出は、例えば、プロテアーゼ処理及びフェノール抽出により行うことができる。プロテアーゼ処理では、例えば、末梢血白血球等の細胞を入れた水溶液にSDS、EDTAの存在するプロテアーゼKの緩衝液を添加して細胞を溶解して細胞内のDNAを可溶化すればよい。フェノール抽出は、フェノール抽出法、フェノール/クロロホルム抽出法、等により行うことができる。
【0046】
上記プライマーには、「5'-agggcctggtgaacacatcttc-3'」(配列番号4)及び「5'-ccaggtggtggattcttaagtcttc-3'」(配列番号5)等を用いることができる。配列番号6は、配列番号4,5のプライマーで増幅される部分の正常プロトロンビン遺伝子のDNA配列を示し、128番目から369番目がエクソン14のDNA配列である。プライマーは、ホスホロアミダイト法、トリエステル法、等の公知の方法により合成することができる。むろん、プライマーをDNA自動合成機により合成してもよい。
【0047】
ダイレクトシークエンス法によるDNA配列決定は、例えば、ジデオキシ法を用いた自動DNAシークエンサーを使用することができる。
【0048】
また、PCRのプライマー部分にミスマッチがあるか否かを検出する方法を用いて1787番目の塩基の種類を決定することもできる。この場合、1787番目の塩基を3’端に持つプライマーとすることにより、プライマー部分にミスマッチがあるとアニーリングがうまく行かず、PCR法の増幅ができなくなるので、1787番目の塩基の種類を検出することができる。
さらに、対立遺伝子特異的オリゴヌクレオチドプローブ(ASO)を利用して1787番目の塩基の種類を決定することもできる。オリゴヌクレオチドプローブが完全に相補的なDNAに対して安定なハイブリッドを形成するが、1塩基でもミスマッチがあると、前者よりも低い温度で解離しやすい性質がある。この性質を利用して、1787番目の塩基の種類を検出することができる。
【0049】
決定した1787番目の塩基がTであれば、上記比較基準と比較することにより、血栓症にかかり易いと判断することができる。1787番目の塩基がGであれば、上記比較基準と比較することにより、血栓症にかかり易くないと判断することができる。従って、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法を提供することができる。
上述した静脈血栓症の女児及び母親は、上記遺伝子解析の結果、プロトロンビン遺伝子に対応するcDNAにおける翻訳開始コドン基準の1787番目の塩基がTと決定された。このため、上記比較基準と比較されることにより、血栓症にかかり易いと判断される。むろん、1787G>T変異の無い人は、上述した遺伝子解析を行うと、1787番目の塩基がGと決定される。従って、上記比較基準と比較されることにより、血栓症にかかり易くないと判断される。
【0050】
また、翻訳開始コドン基準の1787番目に対応したアミノ酸配列596番目のアミノ酸が変異すれば、凝固因子としての能力がある一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難くなって血栓症にかかり易くなることが予測される。そこで、プロトロンビン遺伝子においてプロトロンビンの596番目のアミノ酸をコードする塩基配列によりコードされるアミノ酸がロイシンである場合には血栓症にかかり易く、アルギニンである場合には血栓症にかかり易くないという比較基準を設けておくことにする。また、プロトロンビン遺伝子においてプロトロンビンの596番目のアミノ酸をコードする塩基配列によりコードされるアミノ酸がアルギニンである場合には血栓症にかかり易くなく、アルギニン以外である場合には血栓症にかかり易い可能性があるという比較基準を設けてもよい。その上で、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子においてプロトロンビンの596番目のアミノ酸をコードする塩基配列を決定し、前記比較基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験することができる。
【0051】
さらに、596番目のアミノ酸のみならず、トロンビンの凝固阻止因子との結合部位が変異すれば、凝固因子としての能力がある一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難くなって血栓症にかかり易くなることが予測される。そこで、プロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類が健常人に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基である場合には血栓症にかかり易くなく、トロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基でない場合には血栓症にかかり易い可能性があるという比較基準を設けておくことにする。その上で、被検者に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類を決定し、前記比較基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験することができる。
【0052】
上述した試験は、被検者が血栓症にかかり易いか否かの診断に利用することができる。
むろん、上記結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類を決定する方法には、上述した方法を用いることができる。
【0053】
(5)ポリヌクレオチド及びポリペプチドの利用可能性の説明:
本変異型プロトロンビンをコードするポリヌクレオチドは、配列番号3で表されるDNA配列中、44番目となる翻訳開始コドンのAに始まり、1912番目となる終止コドンのGで終わる。このポリヌクレオチドのDNA配列は、配列番号1で表されている。このポリヌクレオチドは、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することができる。実際、後述するように本トロンビン不活化動態測定方法を開発するため、配列番号1で表されるポリヌクレオチドを使用した。また、このポリヌクレオチドは、本変異型プロトロンビンを検出するための標識プローブに利用することができる。
配列番号1で表される配列のDNAを含む遺伝子組換え細胞等により、配列番号1で表されるDNA配列からなるポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるポリペプチド(配列番号2参照)を生成することができる。このポリペプチドは、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することができる。実際、後述するように本トロンビン不活化動態測定方法を開発するため、配列番号2で表されるポリペプチドを使用した。
【0054】
配列番号1で表されるポリヌクレオチドは、例えば、正常プロトロンビンcDNAを鋳型にしてoverlap extension PCR法等により1787G>T変異を導入することで取得することができる。また、1787G>T変異を有する患者の末梢血白血球、血小板からmRNA(messenger ribonucleic acid)を抽出し、逆転写酵素を用いてmRNAからcDNAを作製し、PCR増幅により取得することもできる。
むろん、配列番号1で表されるポリヌクレオチド自体をDNA自動合成機により合成してもよい。
【0055】
また、配列番号1で表されるポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、例えば、配列番号1で表されるDNA断片をベクターに組み込み、この発現ベクターを宿主細胞に導入し、得られる組換え細胞を選別して培養することにより、得ることができる。
【0056】
(6)本測定方法を開発するためのリコンビナントプロトロンビン生成方法の説明:
本トロンビン不活化動態測定方法を開発するために使用することのできる血液は量が限られている。そこで、本変異型プロトロンビン及び正常プロトロンビンを生成する遺伝子組換え体を作製することにした。リコンビナントプロトロンビンは、以下のようにして生成することができる。
【0057】
正常プロトロンビンのcDNAは、例えば、健常人の末梢血白血球、リンパ球からmRNAを抽出し、逆転写酵素を用いてmRNAからcDNAを作製し、PCR増幅により取得することができる。他、市販のヒト肝cDNAライブラリーよりPCR増幅により取得することができる。異常プロトロンビンのcDNAは、例えば、患者の末梢血白血球、血小板からmRNAを抽出し、逆転写酵素を用いてmRNAからcDNAを作製し、PCR増幅により取得することができるほか、正常プロトロンビンcDNAに患者で検出された変異を導入することで取得することができる。取得したcDNAを適切な宿主細胞発現ベクターに組み込み、当該ベクターを宿主細胞に導入することにより、リコンビナントプロトロンビンを生成することができる。
【0058】
プロトロンビン遺伝子を宿主細胞に組み込んで発現させる方法は、例えば、特許3318602号公報に記載される方法と類似する方法とすることができる。
プロトロンビンをコードするプラスミドは、プロトロンビンをコードするcDNAを適当なプラスミドに組み込むことにより調製することができる。このプロトロンビンをコードするcDNAを組み込むプラスミドとしては、宿主内で複製保持されるものであれば、いずれも使用することができるが、例えば大腸菌由来のpBR322、pUC18、及びこれらを基に構築されたpET-3cやpBluescriptなどを挙げることができる。
【0059】
上記プラスミドのコーディング領域にコードされているタンパク質を発現させるにはその上流にプロモーターを接続する。プロモーターとしては、遺伝子の発現に用いる宿主に対応して適切なプロモーターであればいかなるものでもよい。SV40由来のプロモーター、レトロウイルスのプロモーター、等が挙げられる。
【0060】
このようにして構築されたプロトロンビンをコードする塩基配列を有する組換えDNAを組み込むプラスミドとしては、宿主細胞内で発現されるものであれば、いずれも使用することができるが、例えば大腸菌由来のpBR322、pUC18 などを基に構築されたベクターなどを挙げることができる。プラスミドに組み込む方法としては、例えばT.Maniatisら、Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory, p. 239 (1982)に記載の方法などが挙げられる。上記の組換えDNAを含むベクターを宿主細胞に導入することにより、該ベクターを保持する形質転換体を製造する。
【0061】
宿主細胞としては、動物細胞、例えばHEK293 cell、COS 7といったCOS cell、CHO-K1といったCHO cell等を例示することができるが、糖鎖付加経路およびγカルボキシル化経路を有するものであればこれらに限定されることはない。
【0062】
上記の形質転換は、それぞれの宿主について一般的に行われている方法で行う。また、一般的でなくとも適用可能な方法ならばよい。例としては、増殖期等の細胞に組み換えDNAを含むベクターをリン酸カルシウム法、リポフェクション法あるいはエレクトロポレーション法により導入する。
【0063】
このようにして得られた形質転換体を培地にて培養することにより、リコンビナントプロトロンビンを産生させる。形質転換体を培養する場合、培養に使用される培地としては、それぞれの宿主について一般的に用いられているものを用いる。又は一般的でなくとも適用可能な培地ならば良い。例としては、Dulbecco's MEMに動物血清を加えたものなどを用いる。培養は、それぞれの宿主について一般的に用いられている条件で行う。また一般的でなくとも適用可能な条件ならばよい。例としては、約32〜37℃で、5%CO2、100%湿度の条件で、必要により気相の条件を変えたり攪拌を加えたりすることができる。また、リコンビナントプロトロンビン回収開始約24時間前より培養液中にビタミンKを添加し、細胞を十分洗浄後、動物血清を加えないビタミンK添加培養液とし24〜48時間培養後リコンビナントプロトロンビンを回収する。
上記のような形質転換体の培養物中に放出されたものを、遠心分離後の上澄み液から直接リコンビナントプロトロンビンを回収することができる。
【0064】
上記上澄み液からリコンビナントプロトロンビンを精製するには、公知の分離・精製法を適切に組み合わせて行うことができる。これらの公知の分離、精製法としては、塩析、溶媒沈殿、透析、限外濾過、ゲル濾過、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィー、等電点電気泳動などが使用可能である。
このようにして得られた標品はリコンビナントプロトロンビンの活性が損なわれない限りにおいて透析、凍結乾燥を行い、乾燥粉末とすることもできる。
【0065】
以下に説明する試験例に用いたリコンビナントプロトロンビンは、以下のようにして得た。
【0066】
[リコンビナント正常プロトロンビン及びリコンビナント異常プロトロンビンの取得例]
市販のヒト肝cDNAライブラリー(Clontech社製Human Liver 5’-STRETCH PLUS cDNA Library)から野生型プロトロンビンcDNAをPCR法(東洋紡績株式会社製KOD FXを使用)により増幅した。このとき、PCR法のプライマーに「5'-gggggtaccggagctgacacactatggcgcac-3'」(配列番号7)及び「5'-ggggaattcgccccctactctccaaactgatcaa-3'」(配列番号8)を用いた。得られたPCR増幅フラグメントをQIAGEN社製QIAEX II Gel Extraction Kitにより精製した。
精製されたPCR増幅フラグメントを制限酵素Kpn I及びEcoR Iで二重切断し、Kpn I, EcoR Iで二重切断したpBluescript II KS+クローニング用ベクターに組み込んだ。得られたベクターで大腸菌DH5αを形質転換した後、Ampicilline加LB寒天平板に塗布後14〜16時間培養した。得られたコロニーをLB培地中で37℃、14〜16時間培養した。得られた菌体からプラスミドを精製しインサート部分の正常プロトロンビンcDNAの塩基配列を確認した。
得られた正常プロトロンビンcDNAを鋳型にoverlap extension PCR法により1787G>T変異を導入して異常プロトロンビンcDNAを得た。異常プロトロンビンcDNAを同様にクローニング後、塩基配列を確認した。
【0067】
正常/異常プロトロンビン各cDNAクローンをKpn I及びEcoR Iで二重切断し、Kpn I,EcoR Iで二重切断したpcDNA3.1哺乳動物細胞用発現ベクターに組み込んだ。正常プロトロンビンあるいは異常プロトロンビン発現ベクターをHEK293細胞にリン酸カルシウム法により遺伝子導入した。培養液にG-418を添加して培養液中のG-418濃度を段階的に増やして最終濃度を700μg/mlとし、ネオマイシン耐性株を10〜20クローン分離し、各クローンの培養上清中に分泌される正常/異常プロトロンビンの量をドットブロット法によりスクリーニングして正常プロトロンビン及び異常プロトロンビン安定発現細胞株を樹立した。正常あるいは異常プロトロンビン安定発現細胞株を10%ウシ胎児血清加Dulbecco's MEMにて37℃で、5%CO2、100%湿度の条件で培養した。リコンビナントプロトロンビン回収開始前日から培養液に10μg/mlにビタミンKを添加した。ウシ胎児血清を含まないDulbecco's MEM(ビタミンK含有)にて5%CO2、100%湿度の条件で24〜48時間培養した。培養上清を限外濾過により濃縮し、リコンビナントプロトロンビンを回収した。
【0068】
(7)第一のトロンビン不活化動態測定方法の説明:
図4は、プロトロンビン活性化剤にOx由来プロトロンビンアクチベータを用い、凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパリンの組合せを用い、活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いた場合の残存トロンビン活性測定方法を示している。Ox由来プロトロンビンアクチベータと、アンチトロンビンとヘパリンの組合せと、発色性合成基質S-2238との組合せは、第一のトロンビン不活化動態測定方法における測定キットを構成する。この測定方法は、被検試料の種類毎に、AT・ヘパリン溶液を添加してからの各反応時間(初期時間を含む)について行われる。
最終的に、被検試料には末梢血の血漿、又は、回収リコンビナントプロトロンビンを用い、被検試料の希釈液に0.3MのNaClを入れた50mMトリス塩酸pH8.1を用い、希釈倍率を100倍とした。また、Ox由来プロトロンビンアクチベータにシグマアルドリッチ社V3129を使用し、リン脂質にロシュ・ダイアグノスティックス株式会社のPTT試薬「RD」のビン2:セファリンを用い、アンチトロンビンに株式会社ベネシス製造(田辺三菱製薬株式会社販売)の血漿分画製剤である血液凝固阻止剤ノイアート(登録商標)静注用を使用し、ヘパリンにレオ・ファーマシューティカル・プロダクツ社製造(持田製薬株式会社販売)のブタ腸粘膜由来の血液凝固阻止剤ヘパリンナトリウム注射液ノボ・ヘパリンを使用し、S-2238にクロモジェニックス社製造(積水メディカル株式会社販売)発色性合成基質を使用した。
回収リコンビナントプロトロンビンの使用量は、生成されるトロンビンの活性により調整して健常人プール血漿に相当する量とした。試料に用いる血漿の量が5μlであるので、回収リコンビナントプロトロンビンの使用量は健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量に調整した。以下の実施形態も、同様である。
【0069】
図4中、PL・Ca溶液は、上記PTT試薬「RD」のビン1:カオリン懸濁液の代わりに蒸留水をビン2:セファリンに加えたもの1容と、30mM塩化カルシウム水溶液1容とを混合して調製した。従って、PL・Ca溶液のカルシウムイオン濃度は15mMであり、血漿1ml当たりのCa2+の量は0.3mmolとなる。PL・Ca溶液のリン脂質濃度は0.6mg/ml(血漿1ml当たりのリン脂質の量は12mg相当)と予測された。Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液は、生理的食塩水にV3129を加えて0.1mg/ml(血漿1ml当たりのプロトロンビンアクチベータの量は2mg)とした。AT・ヘパリン溶液は、5単位/mlの濃度のヘパリンが含まれる生理的食塩水にアンチトロンビンを加えて45μg/ml又とした。従って、血漿1ml当たりのアンチトロンビンの量は0.9mg、血漿1ml当たりのヘパリンの量は100単位、となる。S-2238溶液は、蒸留水にS-2238を加えて0.5mM(血漿1ml当たりのS-2238の量は0.02mmol)とした。
【0070】
希釈液のpH、希釈液のNaCl濃度、PL・Ca溶液のリン脂質濃度、PL・Ca溶液のカルシウムイオン濃度、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液のプロトロンビンアクチベータ濃度、及び、S-2238溶液のS-2238濃度は、図4の測定方法においてAT・ヘパリン溶液を添加せず残りの条件を同じにして濃度を変えることにより検討した。AT・ヘパリン溶液のアンチトロンビン濃度、及び、AT・ヘパリン溶液のヘパリン濃度は、図4の測定方法において残りの条件を同じにして濃度を変えることにより検討した。使用量等の好ましい条件は、上述した通りである。
【0071】
試料にOx由来プロトロンビンアクチベータ溶液を添加してからインキュベートする時間を検討したところ、15〜120秒が良好であり、被検試料にリコンビナントプロトロンビンを含む上清を用いた場合は2分が良好であり、血漿を用いた場合は特に30〜45秒が良好であることが判った。この検討は、図4の測定方法においてAT・ヘパリン溶液を添加せず、残りの条件を同じにしてインキュベート時間を変えることにより行った。そこで、リコンビナントプロトロンビンを用いた試験例の該インキュベート時間を2分、血漿を用いた実施例の該インキュベート時間を30秒としている。
【0072】
図4に示すように、100倍希釈試料500μlを分注した試験管を37℃のウォーターバスに入れ、2分間インキュベートした後にPL・Ca溶液100μlを試験管に入れ、15秒インキュベートした後にOx由来プロトロンビンアクチベータ溶液100μlを試験管に入れ、上述した時間インキュベートした後にAT・ヘパリン溶液100μlを試験管に入れ、所定の反応時間(初期時間を含む)インキュベートした後にS-2238溶液を試験管に入れ、直ちに波長405nmにおける吸光度変化率を測定した。以下の試験例及び実施例では、吸光度測定に東芝メディカルシステムズ社製TBA-180を使用し、光透過長10mmのガラス製フローセルに試料を導入してS-2238溶液添加後の5秒後から15秒後の吸光度変化率ΔAbs/minを測定した。
【0073】
[試験例1]
回収リコンビナント異常プロトロンビン、及び、回収リコンビナント正常プロトロンビンをそれぞれ被検試料として使用量を健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量に調整し、図4で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、凝固阻止因子の反応時間を15秒、1分、2分、3分、4分、5分とし、初期時間を0秒とした。トロンビン不活化動態の測定結果を図5に示す。ここで、横軸はAT・ヘパリン溶液を添加してからの反応時間、縦軸は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/min、rMut(変異型の意)はリコンビナント異常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、rWt(野生型の意)はリコンビナント正常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、を示している。従って、rWtで表される残存トロンビン活性ΔAbsrWt/minは、rMutで表される残存トロンビン活性ΔAbsrMut/minと比較される正常値の一例となる。
【0074】
図5に示すように、rWtの場合は急速にトロンビンが不活化されている一方、rMutの場合はトロンビン不活化の遅延が見られる。ここで、rWtのトロンビン活性が残っているのは、試料中のプロトロンビン量に対するアンチトロンビン及びヘパリンの量が十分に大量でなかった(試料中のプロトロンビン量が多すぎた)ためと考えられる。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、ΔAbsrMut/minは明確にΔAbsrWt/minよりも大きくなった。
従って、図4に示した測定方法により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出することができた。
【0075】
[実施例1]
上述した女児の血漿、上述した母親の血漿、及び、健常人の血漿をそれぞれ被検試料として、図4で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、凝固阻止因子の反応時間を30秒、1分、2分、3分、4分、5分とし、初期時間を0秒とした。トロンビン不活化動態の測定結果(基準化前)を図2に示している。健常人の残存トロンビン活性は、患者の残存トロンビン活性と比較される正常値の一例となる。
【0076】
女児と健常人とを比較すると、反応初期の残存トロンビン活性がほぼ同じであり、健常人の場合は急速にトロンビンが不活化されている一方、女児の場合はトロンビン不活化の遅延が見られる。ここで、女児は母親とともに変異のヘテロ接合体であるため、血液中にはアンチトロンビン及びヘパリンによって速やかに不活化される正常トロンビンも含まれているはずである。事実、リコンビナントプロトロンビンを用いた試験例とは異なり、初期トロンビン活性の一部は速やかに減っている。しかし、変異型トロンビンも血液中に含まれているはずであるため、初期時間を除く反応時間の全てにおいて女児の残存トロンビン活性が健常人の残存トロンビン活性よりも大きくなっていると考えられる。
従って、図4に示した測定方法により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができた。
【0077】
以上のことから、複数の健常人についての所定の反応時間(例えば1〜5分)における残存トロンビン活性の最大値、上記正常値に1よりも大きい補正係数を乗じた値、等を正常上限値THΔAbsとすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを予測することができる。
例えば、反応時間1分における正常上限値THΔAbs-1minを健常人の残存トロンビン活性の2倍(約0.03)に設定すると、女児の場合における反応時間1分の残存トロンビン活性(約0.3)はTHΔAbs-1minよりも大きい。従って、凝固因子として作用する異常トロンビンが女児の被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症に女児がかかり易いと予測することができる。むろん、健常人の場合における残存トロンビン活性はTHΔAbs-1minよりも小さいので、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症に健常人がかかり易くないと予測することができる。
また、反応時間1,3,5分のそれぞれに正常上限値THΔAbs-1min,THΔAbs-3min,THΔAbs-5minを設定する等、複数段階の反応時間のそれぞれに正常上限値を設定すると、予測の精度が向上する可能性がある。
【0078】
ただ、図2に示したように、母親は、初期の残存トロンビン活性が健常人の場合の20%程度にまで下がっており、ビタミンK拮抗剤服用の影響が出ていると考えられる。女児の初期トロンビン活性が下がっていなかったのは、女児が医師の指示通りにビタミンK拮抗剤を服用していなかったためと思われる。母親の初期トロンビン活性(ΔAbsT0)は健常人の初期トロンビン活性(ΔAbsT0cont)よりもかなり低いので、母親の初期トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性ΔAbsT/ΔAbsT0を正常値ΔAbsTcont/ΔAbsT0contと比較すると、予測の精度が向上する。残存トロンビン活性(ΔAbsT,ΔAbsTcont)を初期トロンビン活性(ΔAbsT0,ΔAbsT0cont)で基準化したトロンビン不活化動態を表すグラフを図3に示している。健常人の基準化残存トロンビン活性は、患者の基準化残存トロンビン活性と比較される正常値の一例となる。
【0079】
母親と健常人とを比較すると、健常人の場合は急速にトロンビンが不活化されている一方、母親の場合はトロンビン不活化の遅延が見られる。変異のヘテロ接合体である母親の血液中にはアンチトロンビン及びヘパリンによって速やかに不活化される正常トロンビンも含まれているはずであるため、初期トロンビン活性の一部は速やかに減っていると考えられる。しかし、変異型トロンビンも血液中に含まれているはずであるため、初期時間を除く反応時間の全てにおいて母親の基準化残存トロンビン活性が健常人の基準化残存トロンビン活性よりも大きくなっていると考えられる。
従って、ビタミンK拮抗剤の服用の影響があっても、図4に示した測定方法により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができた。
【0080】
以上のことから、複数の健常人についての所定の反応時間(例えば1〜5分)における基準化残存トロンビン活性の最大値、上記正常値に1よりも大きい補正係数を乗じた値、等を正常上限値THT/T0とすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを予測することができる。
例えば、反応時間1分における正常上限値THT/T0-1minを健常人の基準化残存トロンビン活性の2倍(約0.03)に設定すると、母親の場合における反応時間1分の基準化残存トロンビン活性(約0.3)はTHT/T0-1minよりも大きい。従って、凝固因子として作用する異常トロンビンが母親の被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症に母親がかかり易いと予測することができる。むろん、健常人の場合における基準化残存トロンビン活性はTHT/T0-1minよりも小さいので、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症に健常人がかかり易くないと予測することができる。
また、反応時間1,3,5分のそれぞれに正常上限値THT/T0-1min,THT/T0-3min,THT/T0-5minを設定する等、複数段階の反応時間のそれぞれに正常上限値を設定すると、予測の精度が向上する可能性がある。
【0081】
(8)第二のトロンビン不活化動態測定方法の説明:
図6は、プロトロンビン活性化剤にOx由来プロトロンビンアクチベータを用い、凝固阻止因子にアンチトロンビン(ヘパリン無し)を用い、活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いた場合の残存トロンビン活性測定方法を示している。Ox由来プロトロンビンアクチベータと、アンチトロンビンと、発色性合成基質S-2238との組合せは、第二のトロンビン不活化動態測定方法における測定キットを構成する。この測定方法は、被検試料の種類毎に、AT溶液を添加してからの各反応時間(初期時間を含む)について行われる。
最終的に、希釈液、PL・Ca溶液、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液、アンチトロンビン、及び、S-2238溶液には、第一の測定方法と同じものを用いた。AT溶液は、生理的食塩水にアンチトロンビンを加えて75μg/ml(血漿1ml当たりのアンチトロンビンの量は1.5mg)とした。各種試薬の使用量等の好ましい条件は、上述した通りであった。
【0082】
被検試料には回収リコンビナントプロトロンビン、又は、回収リコンビナントプロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せを用い、希釈倍率を100倍とした。プロトロンビン除去血漿は、Instrumentation Laboratory製造(三菱化学メディエンス株式会社販売)HemosIL(登録商標) FactorII deficient plasma 0008466050を用いた。希釈液にプロトロンビン除去血漿5μl及び健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量の回収リコンビナントプロトロンビンを添加して500μlとなるように希釈試料を調製した。
【0083】
[試験例2]
回収リコンビナント異常プロトロンビン、及び、回収リコンビナント正常プロトロンビンをそれぞれ被検試料として使用量を健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量に調整し、図6で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液添加後のインキュベート時間を2分とし、凝固阻止因子の反応時間を10分、20分、30分とし、初期時間を1分とし、AT溶液の代わりに生理的食塩水を加えたときの各時間(1分、10分、20分、30分)の基準化用トロンビン活性、すなわち、トロンビン活性を阻止しない場合のトロンビン活性で基準化した。トロンビン不活化動態の測定結果を図7に示す。ここで、横軸はAT溶液を添加してからの反応時間、縦軸は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/min、rMut(変異型の意)はリコンビナント異常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、rWt(野生型の意)はリコンビナント正常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、を示している。rMutの場合とrWtの場合とでそれぞれ3回ずつ残存トロンビン活性を測定して基準化し、平均値を線で結んでいる。rWtで表される基準化残存トロンビン活性ΔAbsTcont/ΔAbsT0contは、rMutで表される残存トロンビン活性ΔAbsT/ΔAbsT0と比較される正常値の一例となる。
【0084】
本測定方法は凝固阻止因子がアンチトロンビンのみであるため、図7に示すように、rWtの場合にトロンビンが徐々に不活化されている。一方、rMutの場合は30分経ってもトロンビンがほとんど不活化されない。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、ΔAbsrMut/minは明確にΔAbsrWt/minよりも大きくなった。
図6に示した第二の測定方法は、図4に示した第一の測定方法よりも時間がかかるものの、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出することができた。
【0085】
[試験例3]
回収リコンビナント異常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図8のMut)、回収リコンビナント正常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図8のWT)、及び、半量の回収リコンビナント異常プロトロンビンと半量の回収リコンビナント正常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図8のWTMut)をそれぞれ被検試料として、図6で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液添加後のインキュベート時間を30秒とし、凝固阻止因子の反応時間を10分、20分、30分とし、初期時間を15秒とし、AT溶液の代わりに生理的食塩水を加えたときの初期時間及び各反応時間の基準化用トロンビン活性も測定した。トロンビン不活化動態の測定結果を図8に示す。ここで、図8のATはAT溶液を加えて得られる残存トロンビン活性を示し、-は生理的食塩水を加えて得られる基準化用トロンビン活性を示している。WT(野生型の意)で表される残存トロンビン活性ΔAbsrWt/minは、Mut(変異型の意)やWTMutで表される残存トロンビン活性ΔAbsrMut/minと比較される正常値の一例となる。WTMutの被検試料は、ヘテロ接合体のモデルとなる。
【0086】
図8に示すように、WTの場合にトロンビンが徐々に不活化されている一方、Mutの場合は30分経ってもトロンビンがほとんど不活化されないと考えられる。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、ΔAbsrMut/minは明確にΔAbsrWt/minよりも大きくなった。また、ヘテロ接合体モデルのWTMutの場合、残存トロンビン活性は徐々に低下しているものの、WTの場合と比べて低下が緩やかとなった。
なお、ヘテロ接合体の患者の血液には異常プロトロンビンと正常プロトロンビンとが混ざっているため、本変異を有する患者の血液を被検試料とすると残存トロンビン活性が徐々に低下するものの健常人の場合と比べて低下し難いと予想される。従って、図6に示した測定方法により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出することができると考えられる。
【0087】
以上のことから、複数の健常人についての所定の反応時間(例えば10〜30分)における残存トロンビン活性の最大値、上記正常値に1よりも大きい補正係数を乗じた値、等を正常上限値THΔAbsとすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを予測することができる。
例えば、反応時間30分における正常上限値THΔAbs-30minを健常人の残存トロンビン活性の2倍(約0.4)に設定すると、患者の場合における反応時間30分の残存トロンビン活性はTHΔAbs-30minよりも大きくなると予想される。従って、凝固因子として作用する異常トロンビンが患者の被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症に患者がかかり易いと予測することができる。むろん、反応時間30分における残存トロンビン活性がTHΔAbs-30min以下であれば、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易くないと予測することができる。
また、反応時間10,20,30分のそれぞれに正常上限値THΔAbs-10min,THΔAbs-20min,THΔAbs-30minを設定する等、複数段階の反応時間のそれぞれに正常上限値を設定すると、予測の精度が向上する可能性がある。
【0088】
図示を省略したが、残存トロンビン活性(ΔAbsT,ΔAbsTcont)を初期トロンビン活性(ΔAbsT0,ΔAbsT0cont)で基準化しても、基準化残存トロンビン活性ΔAbsT/ΔAbsT0を正常上限値THT/T0など正常値ΔAbsTcont/ΔAbsT0contと比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0089】
さらに、図9は、各反応時間の残存トロンビン活性(ΔAbsWT,ΔAbsMut,ΔAbsWTMut)をそれぞれの反応時間の基準化用トロンビン活性(ΔAbsWT-n,ΔAbsMut-n,ΔAbsWTMut-nとする)で基準化した結果を示している。各反応時間の基準化残存トロンビン活性は、それぞれΔAbsWT/ΔAbsWT-n,ΔAbsMut/ΔAbsMut-n,ΔAbsWTMut/ΔAbsWTMut-nとなる。図9に示すように、ヘテロ接合体モデルのWTMutの場合、残存トロンビン活性は徐々に低下しているものの、WTの場合と比べて低下が緩やかとなった。ヘテロ接合体モデルを例にとって説明すると、基準化残存トロンビン活性ΔAbsWTMut/ΔAbsWTMut-nを正常上限値など正常値ΔAbsWT/ΔAbsWT-nと比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0090】
(9)第三のトロンビン不活化動態測定方法の説明:
図10は、プロトロンビン活性化剤にOx由来プロトロンビンアクチベータを用い、凝固阻止因子にアンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せを用い、活性測定用試薬に発色性合成基質S-2238を用いた場合の残存トロンビン活性測定方法を示している。Ox由来プロトロンビンアクチベータと、アンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せと、発色性合成基質S-2238との組合せは、第三のトロンビン不活化動態測定方法における測定キットを構成する。この測定方法は、被検試料の種類毎に、AT・ヘパラン硫酸溶液を添加してからの各反応時間(初期時間を含む)について行われる。
最終的に、希釈液、PL・Ca溶液、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液、アンチトロンビン、及び、S-2238溶液には、第一の測定方法と同じものを用いた。ヘパラン硫酸には、ブタ小腸粘膜抽出物を成分とするシェリング・プラウ株式会社製造販売の血液凝固阻止剤オルガラン(登録商標)注を用いた。AT・ヘパラン硫酸溶液は、75μg/mlのアンチトロンビン溶液にヘパラン硫酸を10抗第Xa因子活性単位加えて調製した。従って、血漿1ml当たりのアンチトロンビンの量は1.5mg、血漿1ml当たりのヘパラン硫酸の量は200抗第Xa因子活性単位、となる。その他の各種試薬における使用量等の好ましい条件は、上述した通りであった。
【0091】
被検試料には回収リコンビナントプロトロンビン、又は、回収リコンビナントプロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せを用いた。希釈液に試験例3と同じプロトロンビン除去血漿5μl及び健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量の回収リコンビナントプロトロンビンを添加して500μlとなるように希釈試料を調製した。
【0092】
[試験例4]
回収リコンビナント異常プロトロンビン、及び、回収リコンビナント正常プロトロンビンをそれぞれ被検試料として使用量を健常人プール血漿5μlに相当するトロンビン活性となる量に調整し、図10で示した第三の測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液添加後のインキュベート時間を2分とし、凝固阻止因子の反応時間を30秒、1分、2分、3分、4分、5分とし、初期時間を15秒とし、AT・ヘパラン硫酸溶液の代わりに生理的食塩水を加えたときの各時間の基準化用トロンビン活性も測定した。トロンビン不活化動態の測定結果を図11に示す。ここで、横軸はAT・ヘパラン硫酸溶液を添加してからの反応時間、縦軸は残存トロンビン活性を表す吸光度変化率ΔAbs/min、Mut(変異型の意)はリコンビナント異常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、WT(野生型の意)はリコンビナント正常プロトロンビンを含む上清を用いた場合のトロンビン不活化動態、ATHSはAT・ヘパラン硫酸を加えた第三の測定方法によるトロンビン不活化動態、-はAT・ヘパラン硫酸の代わりに生理的食塩水を加えたときのトロンビン不活化動態、を示している。WTで表される残存トロンビン活性ΔAbsrWt/minは、Mutで表される残存トロンビン活性ΔAbsrMut/minと比較される正常値の一例となる。
【0093】
図11に示すように、ヘパラン硫酸を加えた場合、WTの場合にトロンビンが徐々に不活化されている一方、Mutの場合は5分経ってもトロンビンがほとんど不活化されない。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、ΔAbsrMut/minはΔAbsrWt/minよりも大きくなった。
図10に示した第三の測定方法は、図4に示した第一の測定方法よりも時間がかかるものの、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難い異常トロンビンを検出することができた。
【0094】
以上のことから、複数の健常人についての所定の反応時間(例えば1〜5分)における残存トロンビン活性の最大値、上記正常値に1よりも大きい補正係数を乗じた値、等を正常上限値THΔAbsとすれば、凝固因子として作用する異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを予測することができる。
例えば、反応時間5分における正常上限値THΔAbs-5minを健常人の残存トロンビン活性の2倍に設定すると、患者の場合における反応時間5分の残存トロンビン活性はTHΔAbs-5minよりも大きくなると予想される。従って、凝固因子として作用する異常トロンビンが患者の被検試料に含まれ、この異常トロンビンによる血栓症に患者がかかり易いと予測することができる。むろん、反応時間5分における残存トロンビン活性がTHΔAbs-5min以下であれば、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれず、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易くないと予測することができる。
また、反応時間1,3,5分のそれぞれに正常上限値THΔAbs-1min,THΔAbs-3min,THΔAbs-5minを設定する等、複数段階の反応時間のそれぞれに正常上限値を設定すると、予測の精度が向上する可能性がある。
【0095】
図示を省略したが、残存トロンビン活性(ΔAbsT,ΔAbsTcont)を初期トロンビン活性(ΔAbsT0,ΔAbsT0cont)で基準化しても、基準化残存トロンビン活性ΔAbsT/ΔAbsT0を正常上限値THT/T0など正常値ΔAbsTcont/ΔAbsT0contと比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0096】
さらに、図12は、初期時間及び各反応時間の残存トロンビン活性をそれぞれの時間の基準化用トロンビン活性で基準化した結果を示している。図12に示すように、WTの場合にトロンビンが不活化されている一方、Mutの場合は5分経ってもトロンビンがほとんど不活化されないと考えられる。初期時間を除く反応時間の全てにおいて、変異型の基準化残存トロンビン活性ΔAbsWTMut/ΔAbsWTMut-nは明確に正常型の基準化残存トロンビン活性ΔAbsWT/ΔAbsWT-nよりも大きくなった。従って、基準化残存トロンビン活性ΔAbsWTMut/ΔAbsWTMut-nを正常上限値など正常値ΔAbsWT/ΔAbsWT-nと比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0097】
[試験例5]
回収リコンビナント異常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図13のMut)、及び、回収リコンビナント正常プロトロンビンとプロトロンビン除去血漿の組合せ(図13のWT)をそれぞれ被検試料として、図10で示した測定方法に従ってトロンビン不活化動態を測定した。ここで、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液添加後のインキュベート時間を30秒とし、凝固阻止因子の反応時間を1分、2分、3分、4分、5分とし、初期時間を15秒とし、AT・ヘパラン硫酸溶液の代わりに生理的食塩水を加えたときの各時間の基準化用トロンビン活性も測定した。トロンビン不活化動態の測定結果を図13に示す。
さらに、図14は、初期時間及び各反応時間の残存トロンビン活性をそれぞれの時間の基準化用トロンビン活性で基準化した結果を示している。
本試験例5の場合も、WTの場合にトロンビンが不活化されている一方、Mutの場合は5分経ってもトロンビンがほとんど不活化されないと考えられる。従って、残存トロンビン活性を正常上限値など正常値と比較することにより、凝固因子として作用する異常トロンビンが被検試料に含まれているか否か、この異常トロンビンによる血栓症にかかり易いか否かを判断することができる。
【0098】
(10)結び:
なお、本発明は、種々の変形例が考えられる。例えば、上述した第一から第三の測定方法において、Ox由来プロトロンビンアクチベータ溶液を添加した後にPL・Ca溶液を添加することが考えられる。
また、従属請求項に係る構成要件を有しておらず独立請求項に係る構成要件のみからなる発明も、上述した基本的な作用、効果が得られる。
【0099】
以上説明したように、本発明によると、種々の態様により、凝固因子として作用する一方で凝固阻止因子の不活化作用を受け難いという、従来血栓症の危険因子として認識されていなかった異常トロンビンを検出することができる。また、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する新規の方法を提供することができる。さらに、このような異常トロンビンを検出する試験方法を開発するために利用することが可能なポリヌクレオチド等を提供することができる。
また、上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりして本発明を実施することも可能であり、公知技術並びに上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりして本発明を実施することも可能である。従って、本発明は、上述した実施形態や変形例に限られず、公知技術並びに上述した実施形態及び変形例の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成等も含まれる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定方法であって、
被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする、測定方法。
【請求項2】
凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定方法であって、
被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加えたときの残存トロンビン活性を基準化するための前記試料の基準化用トロンビン活性を測定し、
別途、試料に前記プロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、前記凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の前記基準化用トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする、測定方法。
【請求項3】
前記凝固阻止因子に、アンチトロンビン、アンチトロンビンとヘパリンの組合せ、アンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せ、又は、トロンボモジュリンを用いることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の測定方法。
【請求項4】
前記プロトロンビン活性化剤に、蛇毒に由来するプロトロンビン活性化剤(該プロトロンビン活性化剤を生成する遺伝子を導入した生物(人を除く)から生成されるプロトロンビン活性化剤を含む)を用いることを特徴とする、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項5】
トロンビンに対して感受性を有する合成基質、又は、フィブリノゲンを前記反応時間後に加えて前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする、請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項6】
凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定キットであって、
被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料に加えてプロトロンビンをトロンビンに変換するためのプロトロンビン活性化剤と、
正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子であって前記プロトロンビン活性化剤を加えた後に前記試料に加えるための凝固阻止因子と、
所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を測定するための活性測定用試薬と、を含む、測定キット。
【請求項7】
被検者に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類を決定し、当該塩基の種類が健常人に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基である場合には血栓症にかかり易くなく、トロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基でない場合には血栓症にかかり易い可能性があるという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法。
【請求項8】
被検者に由来するプロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドンのアデニンを1番目の塩基として該cDNAの塩基配列の1787番目における塩基の種類を決定し、当該塩基の種類がチミンである場合には血栓症にかかり易く、グアニンである場合には血栓症にかかり易くないという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法。
【請求項9】
配列番号1で表されるDNA配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項10】
請求項9に記載のポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるポリペプチド。
【請求項1】
凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定方法であって、
被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする、測定方法。
【請求項2】
凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定方法であって、
被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料にプロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子を前記試料に加えたときの残存トロンビン活性を基準化するための前記試料の基準化用トロンビン活性を測定し、
別途、試料に前記プロトロンビン活性化剤を加えてプロトロンビンをトロンビンに変換し、次に、前記凝固阻止因子を前記試料に加え、所定の反応時間後における前記試料の前記基準化用トロンビン活性に対する相対的な残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする、測定方法。
【請求項3】
前記凝固阻止因子に、アンチトロンビン、アンチトロンビンとヘパリンの組合せ、アンチトロンビンとヘパラン硫酸の組合せ、又は、トロンボモジュリンを用いることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の測定方法。
【請求項4】
前記プロトロンビン活性化剤に、蛇毒に由来するプロトロンビン活性化剤(該プロトロンビン活性化剤を生成する遺伝子を導入した生物(人を除く)から生成されるプロトロンビン活性化剤を含む)を用いることを特徴とする、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項5】
トロンビンに対して感受性を有する合成基質、又は、フィブリノゲンを前記反応時間後に加えて前記試料の残存トロンビン活性を正常値と比較して測定することを特徴とする、請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の測定方法。
【請求項6】
凝固因子として作用する異常トロンビンを検出するためのトロンビン不活化動態の測定キットであって、
被検者の血漿に由来する成分を少なくとも含む試料に加えてプロトロンビンをトロンビンに変換するためのプロトロンビン活性化剤と、
正常トロンビンを不活化する凝固阻止因子であって前記プロトロンビン活性化剤を加えた後に前記試料に加えるための凝固阻止因子と、
所定の反応時間後における前記試料の残存トロンビン活性を測定するための活性測定用試薬と、を含む、測定キット。
【請求項7】
被検者に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基の種類を決定し、当該塩基の種類が健常人に由来するプロトロンビン遺伝子においてトロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基である場合には血栓症にかかり易くなく、トロンビンの凝固阻止因子との結合部位のアミノ酸をコードする塩基でない場合には血栓症にかかり易い可能性があるという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法。
【請求項8】
被検者に由来するプロトロンビン遺伝子に対応するcDNAの翻訳開始コドンのアデニンを1番目の塩基として該cDNAの塩基配列の1787番目における塩基の種類を決定し、当該塩基の種類がチミンである場合には血栓症にかかり易く、グアニンである場合には血栓症にかかり易くないという基準と比較することにより、被検者の血栓症へのかかり易さを試験する方法。
【請求項9】
配列番号1で表されるDNA配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項10】
請求項9に記載のポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列からなるポリペプチド。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2012−135250(P2012−135250A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−289686(P2010−289686)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】
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