説明

凝固液中ローラおよびこれを用いた湿式または乾湿式紡糸方法

【課題】紡糸口金に穿設された吐出孔から吐出されたドープを凝固液中へ導入し、凝固させて繊維化した糸条の糸道変更を行うガイドまたはローラにおいて、ガイドまたはローラ上での走行糸条のスティックスリップを十分に抑制することができる凝固液中ローラとこれを用いた湿式または乾湿式紡糸方法を提供する。
【解決手段】多数の吐出孔が穿設された紡糸口金1の吐出孔から吐出された紡糸原液を凝固液中2に導入して紡糸原液を凝固させて繊維化させた糸条Y,Yの糸道変更を凝固液中で行うためのローラ3において、ローラは、強制駆動されて回転自在とされる強制駆動ローラとすると共に、走行糸条が接触する接糸面を通液性部材で形成し、通液性部材からローラ内部へ凝固液を吸引する液体吸引ローラとしたことを特徴とする凝固液中ローラとこれを用いた湿式または乾湿式紡糸方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数の吐出孔が穿設された紡糸口金より吐出された紡糸原液(以下、「ドープ」という)を凝固液中に導入して凝固させて繊維化した糸条の糸道を凝固液中で変更する凝固液中ローラとこれを用いた湿式または乾湿式紡糸方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度と高モジュラスを兼ね備えた全芳香族ポリアミド繊維を紡糸するための従来技術として、紡糸口金より全芳香族ポリアミド重合体を含むドープを直接凝固液中に紡出するか、あるいは、一旦空気中に紡出した後に凝固液中に導入することにより紡出されたドープを繊維化が行なわれている。なお、上記でドープを一旦空気中に紡出した後に凝固液中に導入する紡糸方法は、紡糸口金から紡出したドープを直接凝固液に導入する湿式紡糸方方に対して乾湿式紡糸方法と一般に呼ばれている。
【0003】
以上に述べた紡糸方方において、凝固液にて紡出されたドープを凝固する際に、ある一定時間以上にわたって凝固液中にドープを滞在させなければ、ドープ中に含まれる溶媒がドープから十分に抜け出さないので繊維化しない。そこで、いわゆる「静的な凝固浴」を使用してドープを凝固して繊維化しようとする場合には、凝固液中に所定時間にわたってドープを滞留させる必要がある。また、凝固液中に導いたドープの繊維化が完了すると、凝固液から繊維を引き上げなければならないので、どうしても凝固浴中で糸道を変更するためのガイドあるいはローラが必要とされる。
【0004】
しかしながら、糸条の糸道を変更するためにガイドまたはローラを使用すると、これらのガイドまたはローラに糸条が出入りする前後において、どうしても糸張力差が発生し、この糸張力差に起因する走行糸条のスティックスリップが発生する。そうすると、走行糸条に速度変動が生じることとなって繊維の形成斑が生じ、その結果、繊維径が変動したり、ひどい場合には断糸するといった問題が生じるので、スティックスリップを抑制したり、なくしたりすることが必要となる。
【0005】
そこで、この走行糸条の速度変動を抑制する方法としてガイドやローラの形状を適性化する方法が提案されている。例えば、特許文献1(特開平8−246223号公報)に開示されている技術では、走行糸条の広がりと走行抵抗を抑制する技術が提案されている。確かに、この従来技術によると糸条をターンさせる部分のガイドの形状を適正化して更に接糸面を低擦過タイプの材質にしているために繊維へのダメージを低減することができる。しかしながら、ガイド上でのスティックスリップは、この従来技術でも十分に抑制されず、ガイドの前後において糸速度が変化して繊維径が変動する問題は十分に解消されていない。
【0006】
また、例えば、特許文献2(特開平11−216536号公報)に開示されている技術では、紡糸口金からドープを紡出した直後からガイドに入るまでの間の糸条張力を適正にするために凝固浴中にガイドを複数個設け、これらを組み合わせることによってテンションカットを行う技術が提案されている。確かに、この従来技術を用いると、ガイド部でのテンションカットができ、その結果、スティックスリップを低減することができる。しかしながら、複数個設けられたガイド部での走行糸条の擦過抵抗によって、得られる糸条の品位低下を引き起こしてしまう。
【0007】
【特許文献1】特開平8−246223号公報
【特許文献2】特開平11−216536号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上に述べた従来技術が有する諸問題に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、「紡糸口金に穿設された吐出孔から吐出されたドープを凝固液中へ導入し、凝固させて繊維化した糸条の糸道変更を行うガイドまたはローラにおいて、ガイドまたはローラ上での走行糸条のスティックスリップを十分に抑制することができる凝固液中ローラとこれを用いた湿式または乾湿式紡糸方法を提供すること」にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
ここに、上記課題を解決する本発明として、請求項1に記載の「多数の吐出孔が穿設された紡糸口金の前記吐出孔から吐出された紡糸原液を凝固液中に導入して前記紡糸原液を凝固させて繊維化させた糸条の糸道変更を前記凝固液中で行うためのローラにおいて、
前記ローラは、強制駆動されて回転自在とされる強制駆動ローラとすると共に、走行糸条が接触する接糸面を通液性部材で形成し、前記通液性部材からローラ内部へ前記凝固液を吸引する液体吸引ローラとしたことを特徴とする凝固液中ローラ」が提供される。
【0010】
また、本発明は、請求項2に記載のように、「前記ローラの内部に回転しないように固定したマスキング部材を前記通液性部材に近接して前記ローラの内部に設けると共に、回転する前記通液性部材に糸条が接触して巻き付く部分から凝固液を吸引し、かつ糸条が接触しない部分からは凝固液を吸引しないように前記走行糸条が前記通液性部材に接触する位置に対応させて、前記マスキング部材に、ローラ内部へ吸引する凝固液が通過可能な開口を設けた請求項1に記載の凝固液中ローラ」とすることが望ましい。
【0011】
その際、本発明は、請求項3に記載のように、「メッシュ体、多孔板、そして、補強材である枠体上に張設された多孔膜から選ばれる材料の何れか一つで前記通液性部材を形成されている請求項1または請求項2に記載の凝固液中ローラ」とすることが望ましい。
【0012】
さらには、本発明は、請求項4に記載のように、「請求項1〜3の何れかに記載の凝固液中ローラを用いて湿式または乾湿式紡糸を行なうことを特徴とする湿式または乾湿式紡糸方法」が提供される。
【発明の効果】
【0013】
以上に説明したように、本発明に係る「湿式または乾湿式紡糸方法とその装置」では、凝固浴中で強制駆動される液体吸引ローラを用いるので、ローラ上を走行する糸条は、ローラの内部に吸引される凝固液によって押さえ付けられるように走行する。このため、ローラ上を走行する糸条の走行が安定し、スティックスリップが十分に抑制される。その結果、繊維形成斑がきわめて抑制され、紡出されたドープを安定的に凝固させて繊維化することができ、紡糸安定性の高い紡糸を行うことができるという顕著な効果を奏する。また、当然のことながら、得られた糸条は、単糸切れ(単繊維切れ)が少なく、かつ品質のバラツキがない安定したものを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明がその対象とするのは、高強度と高モジュラスを兼ね備えた全芳香族ポリアミド繊維などを製造するために好適な湿式または乾湿式紡糸方法とその装置である。以下、本発明について図面を参照しながら説明する。
【0015】
図1は、本発明に係る湿式紡糸装置、そして、図2は本発明に係る乾湿式紡糸装置に係る実施形態をそれぞれ模式的に例示した概略構成図である。なお、これらの図では、湿式紡糸装置と乾湿式紡糸装置という異なる2つの方式の紡糸装置を例示しているが、これらの紡糸装置において、実質的に同一の機能を果たす手段については、同一の参照符号を用いた。
【0016】
したがって、これら図1および図2において、1は多数の吐出孔が穿設された紡糸口金、2は凝固浴、3は強制駆動される液体吸引ローラ、4は引取ローラ、そして、5は凝固液のオーバーフロー部をそれぞれを示す。また、Yは全芳香族ポリアミドなどのポリマーを含むドープが紡糸口金1から紡出され、凝固液中へ導入されたドープから溶媒が抜き出されて繊維化される過程にある糸条を示し、Yは繊維化が完了した糸条をそれぞれ示す。
【0017】
先ず、図1に例示した湿式紡糸装置に係る実施形態例において、前記液体吸引ローラ3は、図3の模式側断面図に示したような実施形態を有している。すなわち、この液体吸引ローラ3は、凝固浴2中に設けられ、この凝固浴2に充填されたその内部へ吸引できる通液性部材31a(この通液性部材31は、ローラシェルを構成している)からなる接糸面C(図3には接糸面Cのごく近傍に一転鎖線を付して示している)を有し、この接糸面Cから凝固液をローラシェル31a(通液性部材31a)の内部へ吸引するように構成されている。
【0018】
以上に説明したように、本発明に係る前記液体吸引ローラ3は、通液性部材3aに形成した接糸面Cから凝固浴2に充填されている凝固液を吸引管32を介して吸引でき、そして、吸引した凝固液を排出管34から排出することができる。なお、ここではその詳細説明を省略するが排出管34の流路の途中には、図示省略したが、例えばポンプやエジェクターなどからなる凝固液の吸引手段(図示せず)が設けられている。したがって、この凝固液の吸引手段によって吸引管32を介して接糸面Cから通液性部材31aの外から内へと凝固液を吸引自在となっている。
【0019】
接糸面Cには、紡糸口金1からドープとして紡出され、凝固浴2中で繊維化された糸条Yが直接接触する。このように、糸条糸条Yが直接接触することから、糸条Yにダメージを無いように通液性部材3aの表面が滑らかに処理されていることが必要である。何故ならば、本発明に係る液体吸引ローラ3は、ローラ3上を走行する糸条Yのスティックスリップの防止を目的として設計されていることは勿論であるが、例えスティックスリップを起こしたとしてもローラ3上を走行する糸条がダメージを受けない配慮は当然要求されるからである。
【0020】
なお、通液性部材3aからは、凝固液を全周面から均一に供給することが望ましく、そのためには、金網などで構成されたメッシュ体のような整流効果のあるものが良い。ただし、メッシュ体だけに限定するものではなく、同様の効果が得られる部材、すなわち、ローラ3が凝固液中で強制回転させられたり、ある程度の糸条張力が作用したりしたとしても、変形しないような適切な剛性を有する「不織布,焼結体,メッシュ体,穴開きプレート等」を単独または組合わせて用いてもよい。なお、ローラシェル31aを枠体と通液性部材31aを組合わせて、高い剛性を有する枠体を高剛性と高強度を有する補強材として用い、この枠体の上に小さな剛性を有する通液性部材31aを張設するようにすることもできる。
【0021】
本発明に係る液体吸引ローラ3においては、繰返し説明したように、紡糸口金1から吐出されたドープが凝固液中で繊維化される非常にデリケートな紡糸工程に使用するローラ3を取り扱うので、糸条がローラ3上でスティックスリップしないようにしている。すなわち、紡糸張力が僅かであっても極力変動しないように絶えず一定に保つと共に、糸条がローラ3上をスリップして単糸切れや擦過損傷などのダメージを受けない状態を現出させることを肝要とする。
【0022】
したがって、本発明に係る液体吸引ローラ3では、接糸面Cから吸引される凝固液の液流が生み出す液圧の作用により、ローラ3上を走行する糸条を押さえ付けて、糸条のローラ3上での滑りを抑制するものである。そうであるから、接糸面Cを通過する凝固液の流速についても流速斑がなくほとんど一定となるようすることが必要である。したがって、接糸面Cを設計するに当って、流速斑の発生がなく設計通りの流速が得られる開口面積と開口率などのパラメータを選定しなければならないことは言うまでもない。
【0023】
なお、これについては、選定する通液性部材31aの種類、紡糸する糸条の銘柄(フィラメント数、単糸繊度)、紡糸速度(ローラ3の回転速度)などの様々な条件が複雑に絡み合ってくる。そこで、設計時点である程度の目安をつけることはできるものの、最終的には実験によって最適な仕様を決定すべき事項である。
【0024】
ところで、前述のように紡糸口金1から吐出されたドープは、凝固液中で繊維化されてマルチフィラメント糸となった後にローラ3と接触して所定の巻付角度を形成しながら走行する。なお、巻付角度は糸条糸道の変更角度でもあって、糸条の糸道変更をどの程度にするかによって決定される。このようにして、糸条が巻きつくローラ3には、定常状態で糸条が走行している限りにおいて殆ど一定である。すなわち、ローラ3の接糸面Cの円周方向では、ほぼ一定の巻付角度を有して糸条が接触する部分と、糸条が巻き付かない非接触部が常に存在することになる。
【0025】
それにもかかわらず、糸条がローラ3上を走行している時、通液性部材31aの全円周面から凝固液を吸引するようにすると、次に述べるような不都合が生じる。つまり、ローラ3に接触して巻き付いた糸条がローラ3から離脱しようとしても、糸条を押さえ付ける液圧のために、容易に糸条がローラ3から離脱しがたくなって、単糸がローラ3に取られてローラ3に巻き付いてしまうという問題である。
【0026】
そこで、このような問題を解消するために、通液性部材31aの全円周面から凝固液吸引するのではなく、糸条がローラ3に巻き付いている部分からのみ液体を吸引できるようにする必要がある。このような機能は、ローラ3が回転せずに固定されている場合には、通液性部材31aへの糸条の巻付部位は常に一定であるから、凝固液を吸引したい箇所にのみ開口を設け、その他の凝固液を吸引したくない箇所には開口を設けないようにすることで具現化できる。
【0027】
しかしながら、本発明に係る液体吸引ローラ3のように、望ましくは強制駆動された回転ローラ3を使用する場合では、このような方策を採ることができない。そこで、本発明においては、回転するローラ3に対応できるようにマスキング部材36を用いる。以下、このマスキング部材36の作用効果について図3を参照しながら詳細に説明する。なお、図3に例示したマスキング部材36には、部分断面を施している。
【0028】
このマスキング部材36は、例えローラ3が回転していても糸条がローラ3に巻き付く通液性部材31aの部分からのみ凝固液を吸引し、ローラ3に糸条が巻き付いていないその他の通液性部材31aの部分からは凝固液を吸引しないようにする機能を果たすものである。
【0029】
そのために、ローラ本体31bに設けた円筒状の通液性部材31aに近接対応させて、円筒状のマスキング部材36を図3に示したように、通液性部材31aに対して2重円筒状に設ける。そして、通液性部材31aの糸条が巻き付く箇所に対応した位置にだけ、凝固液が通過できる開口(孔)を設ける。すなわち、図3に例示したように、非マスキング部36a(図3でメッシュ状の網掛けを施した部分)とマスキング部36bを設けて、非マスキング部36aにのみ開口(孔)を設け、マスキング部36bには開口(孔)を設けないようにする。
【0030】
更に、部分的に開口が形成された静止型通液性部材と同様の理由によって、マスキング部材36を回転させてしまうと、糸条が巻き付く箇所のみからなる特定部分から凝固液を吸引できないので回転させないようにする。そこで、非回転とするために、マスキング部材36に接続固定された吸引管32を介して固定ブロック33に動かないようにしっかりと固定する。
【0031】
なお、図3において、参照符号38aと38bで示した部材は、凝固浴2に充填された凝固液が外部に漏れ出さないようにするシール部材であって、図3の例ではOリングを使用している。ただし、このシール部材38aと38bは、当然のことながらOリングに限定されることなく、周知のメカニカルシールなどのシール部材を用いることができるのは言うまでもない。
【0032】
ところで、本発明に好ましく使用する「強制駆動される通液性部材31a」では、この通液性部材31aの接糸面Cとなる全周面にわたって開口(孔)が均等に形成されていることを付言しておく。しかしながら、マスキング部材36を設けることによって、マスキング部36aの位置へ回転してきた通液性部材31aの部分がマスクされるので、この部分から凝固液が吸引されることはない。これに対して、非マスキング部36bの位置へ回転してきた通液性部材31aの部分からは、底に設けられた開口から良好に凝固液を吸引することができる。
【0033】
以上に説明したようにマスキング部材36を構成することにより、凝固液のローラ3への吸引は、後述する乾湿式紡糸装置の場合も含めて、図1〜図3に示したように、ローラ3の近傍に引いた一点鎖線を示した部分のみに対して、矢印で示した方向から行なわれる。しかし、それ以外のローラ3の近傍に一点鎖線を引かなかった部分については凝固液の吸引が行なわれない。
【0034】
なお、マスキング部材36の後端には、吸引した液体を吸引管32を介して系外へ排出する排出管34が設けられている。このとき、系外への凝固液の排出は、排出管34の流路上に設けられたポンプやエジェクターなどの周知の装置を用いて行なわれる。その際、系外へ排出された凝固液は、ドープから抜き出された溶媒を回収した後、その成分調整を行なって再び凝固浴内に戻し循環して使用してもよく、再循環せずにそのまま排出してもよい。
【0035】
本発明において、糸条の走行速度に同期させてローラ3を強制的に駆動することがきわめて好ましいことは既に述べたとおりである。そのために、本発明に係る液体吸引ローラ3では、図3に例示したように、ローラ本体31bに設けられたローラ軸31cにローラ駆動用プーリー31dとローラ駆動用ベルト31eなどの駆動手段を固定し、プーリー31dに動力を伝達してローラ軸31cを回転させる。これにより、液体吸引ローラ3の通液性部材31aを軸心周りに回転自在としている。
【0036】
その際、前記ローラ軸31cは、図3に示したように中空軸を形成しており、この中空軸の外周面側に軸受支持部材35b,35bによって支持された軸受35a,35aを、そして、内周面(中空)側に吸引管32に外接して軸受37,37を挿設して、ローラ軸31c自体を吸引管32の中心軸と同軸に自転自在としている。したがって、図示省略したモーターなどのローラ3の回転速度を一定に制御できる回転駆動手段からプーリー31dを介してローラ軸31cへ動力を伝達することによって、容易にローラ軸31c、すなわち「接糸面Cを有する通液性部材31」を強制駆動できる。なお、回転速度の制御は、例えばインバータなどの周知の回転速度制御機器を用いることができる。
【0037】
以上に説明したように、本発明においては、糸条の走行速度に同期した速度で強制駆動されたローラ3を用いることができるので、静止したローラと比較すると、ローラ上を走行する糸条が擦過されることがなく、糸条が損傷することがない。しかも、走行糸条は液圧でローラ3に押し付けられているために、糸条のローラ3上でのスティックスリップが生じがたい上に、ローラ3から糸条が離脱する際には、糸条に作用する液圧が解消されているので、ローラ3から糸条が容易に離脱でき、ローラ3に巻き付くといった事態を回避することができる。
【0038】
次に、図2に例示した実施形態例に係る乾湿式紡糸装置を用いて、特に全芳香族ポリアミドからなるポリマーを含むドープが繊維化されてマルチフィラメント糸を形成する乾湿式紡糸プロセスについて詳細に説明する。
【0039】
ここで、先ず図2の実施形態例において使用する「ドープ」について説明すると、この「ドープ」は、例えば次に述べるようにして調製することができる。すなわち、水分率が100ppm以下のN−メチル−2−ピロリドン(以下NMPという)112.9部、パラフェニレンジアミン1.506部、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル2.789部を常温下で反応容器に入れ、窒素中で溶解した後、攪拌しながらテレフタル酸クロライド5.658部を添加する。そして、最終的に85℃で60分間反応させ、透明の粘稠なポリマー溶液を得る。次いで、22.5重量%の水酸化カルシウムを含有するNMPスラリー9.174部を添加し、中和反応を行って、必要な「ドープ」を得る。
【0040】
前述のようにして、調製したドープを繊維化するにあたって、先ずギアポンプなどの連続計量供給手段を使用して、ドープの供給量を連続的に定量計量しながらスピンブロックへ分配供給し、スピンブロックに備えられた紡糸口金1からドープを紡出する。ただし、前記紡糸口金1は、例えば、外径100mmの円形状円板に0.5mmの吐出孔を1000個穿設したものであって、これら多数の吐出孔群からドープを繊維状に紡出するものである。したがって、一本の糸条YおよびYは、紡糸口金1に穿設された吐出孔の数に対応した数の単糸(「単繊維」または「フィラメント」ともいう)から構成されたマルチフィラメント糸を形成する。
【0041】
なお、乾湿式紡糸の場合は図2に例示したように、凝固浴2に充填された凝固液が形成する液面と紡糸口金1のドープ吐出面との間にはエアギャップGが形成されており、ドープは紡糸口金1から先ずこのエアギャップG部へ紡出される。なお、このエアギャップGは、凝固浴に充填された凝固液の液面レベルを常に変わらない位置に制御することによって一定に保たれている。すなわち、前記液面レベルは、図示省略した凝固液供給管から凝固浴2中に絶えず供給される新鮮な凝固液が供給される。ただし、このようにして供給された新鮮な凝固液に替えて、オーバーフロー部からドープ中から抜き出された溶媒を含んだ使用済みの凝固液を排出するので、凝固浴2の液面は常に一定に保たれる。
【0042】
なお、以上に説明したようにして形成されたエアギャップGは、小さ過ぎると紡糸口金1のドープ吐出面に凝固液が接触する事態が発生し、紡糸口金1から吐出されたドープが紡糸口金1の直下で凝固を起こし、単糸切れを生じる。また、大き過ぎると糸揺れなどに起因して隣接する単糸同士が密着を起し、全ての単糸が互いに分離して独立したマルチフィラメント糸を得ることができない。したがって、このような理由から、前記エアギャップGは、例えば、上記紡糸口金1では1mm以上、50mm以下が適している。
【0043】
以上に述べたようにして、紡糸口金1に穿設された多数の吐出孔から吐出されたドープは、一旦空気中に紡出され、ついで、凝固浴2に充填された凝固液へと浸漬され、ついで、本発明の一大特徴とする強制駆動される液体吸引ローラ3へと導かれる。
【0044】
このとき、ドープが繊維化されるプロセスにおいては、紡糸口金1から吐出されたドープが凝固浴2に充填されている凝固液に接触することによって、ドープに含有される有機溶剤が凝固液中へ抜き出されて、全芳香族ポリアミドからなるポリマーからなる多数の単糸群(マルチフィラメント)で構成される糸条Yが形成されることは周知の通りである。このマルチフィラメント糸の形成過程においては、紡出された単糸群に僅かな速度変化が生じても、繊維径の変動や単糸切れを誘発する。
【0045】
そして、このような問題が糸条が凝固浴中に設けられたガイドあるいはローラに接触することによって誘発されることは既に「背景技術」欄で説明したとおりである。そこで、ガイドやローラに接糸させてもダメージが無い状態とするために、本発明に係る「強制駆動された液体吸引ローラ3」を使用するのである。
【0046】
本発明に係る「強制駆動された液体吸引ローラ3」を使用することでローラ3に入る糸条Yとローラ3から出る糸条Yとの間には、従来のようなスティックスリップを生じることなく一定速度で搬送することができる。しかも、凝固浴2内を走行する糸条Yの糸道方向を変えた後、糸条Yに付着した凝固液を取り除く水洗工程、水洗工程で付着した水分を乾燥させる乾燥工程などからなる一連の製糸プロセスを円滑に行うことができる。その結果として、高性能および/または高機能な品質を有するマルチフィラメント糸を単糸切れなどの工程調子の悪化もなく良好に得ることができる。
【0047】
以上に述べたようなきわめて良好な一連の乾湿式紡糸を可能とするのは、もちろん本発明が一大特徴とする「強制駆動される液体吸引ローラ3」を用いるためである。このため、一定速度で回転するローラ3上を糸条がスティックスリップを起こすことなく安定走行し、しかも、ローラ3によって糸道を変えて凝固が完了した糸条Yを凝固浴2から搬出できる状態を現出したことにある。なお、乾湿式紡糸においても、既に説明した図3に例示のローラ3を好適に使用できることは言うまでもなく、したがって、説明の重複を回避するために、液体吸引ローラ3の再度の説明は省略する。
【0048】
本発明者は、図2及び図3に例示したような強制駆動される液体吸引ローラ装置を用いることにより、凝固浴2内を通過する糸条YとYの速度変動を効率的に抑制することができ、工程安定性を有する装置の着想に至ったものである。このため、紡糸口金1から吐出され凝固浴2で凝固過程の糸条Yは、糸条YとYの間に駆動可能な液体吸引ローラ3を介在させ速度変動が無くなることにより、単繊維の切れや品質のバラツキも小さくできる。
【0049】
なお、本発明について乾湿式紡糸法を一例として説明してきたが、エアギャップGの存在の有無に関わらず同様の課題を内在している湿式紡糸法においても同様の効果が発現する。
【0050】
以上に述べた強制駆動される液体吸引ローラ3について更に詳細に説明すると、紡糸口金1から吐出されたドープは、乾湿式紡糸法では着水直後から、湿式紡糸法では吐出直後から、ドープ中にある溶剤が抜けて凝固が開始する。凝固が完了するまでに一定時間を要し、それまではドープが凝固して繊維化するまでの遷移状態であり物性的に弱い状態である。ドープが凝固して糸条にダメージが無い状態になると、凝固浴から糸条を搬出するために凝固浴中から糸道を変えるために強制駆動される液体吸引ローラ3に接触させる。凝固開始直後から液体吸引ローラ3までの距離は、望ましくは、100mm以上、3000mm以下であり、その際の引取ローラ4の速度は、5m/min以上、300m/min以下とすることが好ましい。
【0051】
次に、駆動可能な液体吸引ローラ3の詳細について述べると、紡出後の糸条Yが接触する接糸面Cを有した通液性部材3aにおいて、この通液性部材3aを通過する凝固液の平均流速が適正な範囲にあることが必要である。何故ならば、この平均流速が適正範囲よりも小さいと、ローラ3に入る糸条Yとローラ3を出るYの張力差によりスティックスリップが発生するからである。その結果、凝固が未完了の糸条Yの走行速度が変動し凝固によって繊維化される糸条に繊度斑の発生を起こしてしまう。
【0052】
また、この平均流速が適正範囲よりも大きすぎると、凝固液の吸引速度が過大となって、逆に糸揺れなどを惹起して、糸条Yあるいは糸条Yにダメージを与え、得られる糸条の物性が低下する。そのため、最終的には、これらの条件に適合するように実験を行って、適正な条件を見極める必要がある。なお、本発明者の実験結果によると、前記平均流速が0.05m/min以上、2.0m/min以下の範囲に入ることが好ましいことが分かっている。
【0053】
なお、この平均流速の算出方法について念のために以下に簡単に補足しておくと、先ず排出管34から排出される凝固液の一分間当りの流量を計測する。次に、接糸面Cを有する通液性部材3aの「凝固液が通過する通液性部材3aの通液部分(つまり、「通液性部材3aに設けられた、凝固液が通過する開口部分」である)」の総面積を算出して、この総面積で前記流量を割り算することによって容易に求めることができる。
【0054】
次に、接糸面Cを有した通液性部材3aの外径については、この外径が小さいと吸引によるローラ3上への糸条拘束効果が低減する。一方、この外径が大き過ぎるとローラ3の回転に伴って凝固浴2内で生じる回転随伴流が大きくなり凝固浴2内の凝固液流に乱れを生じさせる。特に、凝固前後の糸条Yに対して、このような凝固液流の乱れが生じると、紡糸安定性が著しく低下する。そのため、ローラ3の外径には適正な範囲があり、この適正範囲としては10mm以上、500mm以下である。
【0055】
最後に、本発明に係る液体吸引ローラの効果を確認するために、本発明者が実施した実験結果について説明する。
先ず、実施例として全芳香族ポリアミドの乾湿式紡糸において、単糸数が1000本のマルチフィラメント糸を得るために、吐出孔径が0.3mmの吐出孔が1000個穿設された紡糸口金から一孔当り0.35g/minでドープを紡出した。その際、前述の条件で紡出したドープを20mmの気相部(エアギャップ)を経て凝固液中に導入し、凝固液の液面から下方へ500mmの位置に設けた外径が20mmの液体吸引ローラによって糸道を変更して引取ローラによって凝固浴から凝固が完了した糸条を引き上げた。このとき、凝固浴を出る糸条の引取速度は10m/minであり、また、強制駆動する液体吸引ローラの回転速度も同一速度とした。なお、液体吸引ローラに形成した通液部材を通過する凝固液の平均流速は0.5m/minであった。
【0056】
次に、比較例として、前述の実施例と全く同一の条件で紡出したドープを20mmの気相部(エアギャップ)を経て凝固液中に導入し、凝固液の液面から下方へ500mmの位置に設けた外径が20mmの液体吸引機能が全くないガイドによって紡出された糸条の糸道を変更し、凝固浴から凝固が完了した糸条を引き上げて引取ローラに引き取った。このとき、凝固浴を出る糸条の引取速度は10m/minであった。なお、この例では、液体吸引ローラに代えてガイドを使用した以外の紡糸条件は全て実施例と同一とした。
【0057】
その結果、20mmガイドでは100mあたりの繊度斑が単糸繊度2.0dtex±0.4dtexであったのに対し、通液部を通過する凝固液の平均流速が0.5m/minである外径20mmの液体吸引ローラを使用した場合には、2.0dtex±0.1dtexであった。このように、本発明に係る液体吸引ローラを使用した場合には、吸引される凝固液によって走行糸条がローラに押し付けられるために、ローラ上でのスティックスリップがきわめて効果的に抑えられ、その結果、糸条の走行安定性が向上し、繊維の形成斑が減少していることが確認できた。更に、このように単糸繊度のバラツキが低減できることにより、得られる繊維の品質の向上も図られると言う効果も奏した。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明に係る湿式紡糸装置の一実施形態を模式的に例示した概略構成図である。
【図2】本発明に係る乾湿式紡糸装置の一実施形態を模式的に例示した概略構成図である。
【図3】液体吸引ローラの実施形態に係る概略構成を模式的に例示した概略構成図である。
【符号の説明】
【0059】
1 紡糸口金
2 凝固浴
3 液体吸引ローラ
4 引取ローラ
5 オーバーフロー部
30 基盤
31a 通液性部材
31b ローラ本体
31c ローラ軸
31d ローラ駆動用プーリー
31e ローラ駆動用ベルト
32 吸引管
33 固定ブロック
34 排出管
35a 軸受
35b 軸受支持部材
36 マスキング部材
36a マスキング部
36b 非マスキング部
37 軸受
38a シール部材
38b シール部材
G エアギャップ
C 接糸面
凝固過程にある糸条
凝固完了後の糸条

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数の吐出孔が穿設された紡糸口金の前記吐出孔から吐出された紡糸原液を凝固液中に導入して前記紡糸原液を凝固させて繊維化させた糸条の糸道変更を前記凝固液中で行うためのローラにおいて、
前記ローラは、強制駆動されて回転自在とされる強制駆動ローラとすると共に、走行糸条が接触する接糸面を通液性部材で形成し、前記通液性部材からローラ内部へ前記凝固液を吸引する液体吸引ローラとしたことを特徴とする凝固液中ローラ。
【請求項2】
前記ローラの内部に回転しないように固定したマスキング部材を前記通液性部材に近接して前記ローラの内部に設けると共に、回転する前記通液性部材に糸条が接触して巻き付く部分から凝固液を吸引し、かつ糸条が接触しない部分からは凝固液を吸引しないように前記走行糸条が前記通液性部材に接触する位置に対応させて、前記マスキング部材に、ローラ内部へ吸引する凝固液が通過可能な開口を設けた請求項1に記載の凝固液中ローラ。
【請求項3】
メッシュ体、多孔板、そして、補強材である枠体上に張設された多孔膜から選ばれる材料の何れか一つで前記通液性部材を形成されている請求項1または請求項2に記載の凝固液中ローラ。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の凝固液中ローラを用いて湿式または乾湿式紡糸を行なうことを特徴とする湿式または乾湿式紡糸方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−144283(P2009−144283A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−323313(P2007−323313)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】