説明

凸版印刷方式に用いる版

【課題】高品位、高精度の印刷物を得るための凸版印刷方式であって、版にインキの一次転移が過不足なく行える為の、版を提供する。
【解決手段】凸版印刷方式であって、版の最表面が凸部と凹部の微細な構造を有し、凸部上面の周囲領域が内側領域より親液性が高いこと、また、前記凸部上面の周囲領域の幅が内側領域の最小幅より狭いこと、また更には、前記凸部上面の周囲領域がプラズマ処理,または親液剤の塗布,またはこれらの組み合わせが施されることを特徴とする版である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、段ボール、紙器、包装用プラスチックフィルム、液晶ディスプレイ(LCD)用カラーフィルター、プラズマディスプレイパネル(PDP)、有機エレクトロルミネッセンス(EL)ディスプレイ、無機ELディスプレイ等の印刷に用いられる凸版の製造方法であって、インキ供給量が変動して過少になった場合でも凸版のインキ転移面である凸部上面の全面にインキを転移させることが可能であり、結果として高品質の印刷物を得ることができる凸版印刷方式に用いる版に関するものである。
【背景技術】
【0002】
段ボール、紙器、包装用プラスチックフィルム等における絵柄印刷、あるいはLCD用カラーフィルター、PDP、有機ELディスプレイ、無機ELディスプレイ等における画素のパターン印刷には凸部と凹部の微細構造を有する凸版が用いられる。凸版を用いる印刷方式では、まずインキ供給源から版のインキ転移面である凸部上面にインキを移し、続いて凸部上面のインキを被印刷基材に移して印刷物を完成させる。インキが物体間を移動する現象を転移と言い、前者の過程を一次転移、後者を二次転移と呼ぶ。
【0003】
前記一次転移において、版をインキ供給源のインキ塗膜面から引き上げる最中に、インキ塗膜面と版凸部上面の間でインキの表面張力による屈曲構造、いわゆるメニスカスによる液体架橋を形成することが知られている。同様に、前記二次転移においても、版を被印刷基材に接触させた後、版を引き上げる最中で、被印刷基材表面と版凸部上面の間でインキのメニスカスによる液体架橋が形成される。
【0004】
凸版印刷法のなかでも、版材としてプラスチックやゴムなどの弾力性の高い素材を使用するフレキソ印刷法では、版を金属ロールに巻き付けて使用するが、この際、版にインキを供給する部材としてアニロックスロールが用いられる。また、該アニロックスロールの表面には微細な凹凸パターンが多数彫刻されており、凹部は特にセルと呼ばれている。
【0005】
前記版にインキを供給する方法は、まず、アニロックスロール表面にインキを塗布し、次に、ブレードと呼ばれる刃で表面の余分なインキを掻き落として、凹部のセルにだけインキを収納する。続いて、アニロックスロールに版ロールを接触させることによってセル内のインキを版の凸部上面に転移させる。フレキソ印刷法ではアニロックスから版凸部上面にインキを転移させる過程が一次転移に相当する。アニロックスロールのセルパターンには、四角形状、六角形状、らせん形状、ランダム形状等があるが、何れも凹凸の起伏を設けて凹部にインキを収納する。
【0006】
印刷物の品質を保証するのに一次転移は重要な過程である。もし一次転移において適切に版にインキが転移されなかった場合、当然、二次転移が完了した後に得られる印刷物の品質は低下してしまう。一次転移過程において版に適切にインキが転移した状態とは、版のインキ転移面である凸部上面の全面にインキが転移したことである。一方、一次転移過程において版に適切にインキが転移しなかった状態とは、版凸部上面の全面ではなく一領域にだけインキが転移した状態のことである。
【0007】
上記の版凸部上面の一領域にだけインキが転移する原因の一つとしては、少なくとも版に必要なインキ量に対してインキ供給量が足りていないためである。勿論、インキ供給量は印刷物の仕上がりを確認しながら適切な量に都度調整する必要があるが、供給弁の開閉やブレードの押し付け圧の調整、あるいはアニロックス表面におけるセル容積の面内分布などの要因により、インキ供給量が微妙に影響を受ける。特に、LCD用カラーフィルタ
ーや有機ELディスプレイなどの画素へのパターン印刷では、版のライン部の幅は数10〜数100μm程度と微小であるため、わずかなインキ供給量の変動が印刷物の品質を左右することになる。
【0008】
上記のような、版に必要なインキ量に対してインキ供給量が不足し、版凸部上面の一領域にだけインキが転移する問題に対して、以下に説明する特許文献1の提案がされている。すなわち、特許文献1では、フレキソ版の版凸部上面の全面にインキ供給が可能な方法として、版凸部上面の形状を全面平らではなく、上面周囲領域の形状を山型とし、加えて、周囲領域より内側の領域を谷とする椀型構造によってインキが周囲領域の山頂でピン止めされ、結果として凸部上面の全面にインキを転移させる方法である。この方法では所望の椀型構造を形成するために反転型原版を予め用意する必要があるが、一方で、反転型原版は製造工程が複雑で、かつ時間を要するという問題がある。加えて、たとえ椀型構造を有する凸版を作製できたとしても、凸部上面の周囲領域における山部の欠けを生じ易く版の取り扱いに注意が必要であること、山部の山頂と谷部の底との高低差が何れの凸部でも等しく作製することが困難であるため印刷物にムラを生じ易いことという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−287473号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、高品位、高精度の印刷物を得るための凸版印刷方式であって、版にインキの一次転移が過不足なく行える為の、版の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の請求項1に係る発明は、凸版印刷方式に用いる版であって、該版の最表面が凸部と凹部の微細な構造を有し、凸部上面の周囲領域が内側領域より親液性が高いことを特徴とする版である。
【0012】
本発明の請求項2に係る発明は、前記凸部上面の周囲領域の幅が内側領域の最小幅より狭いことを特徴とする請求項1に記載の版である。
【0013】
本発明の請求項3に係る発明は、前記凸部上面の周囲領域がプラズマ処理,または親液剤の塗布,またはこれらの組み合わせが施されることを特徴とする請求項1または2に記載の版である。
【0014】
本発明の請求項4に係る発明は、前記版が凸部であるライン部と凹部であるスペース部を有するフレキソ版であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の版である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、版のインキ転移面である凸部上面の全面にインキの必要量が過不足なく供給でき、高品位、高精度の印刷物が得られる。また更には、上記構成の凸版とすることにより、供給弁を開閉する際やブレードをアニロックス表面に押し付ける際の調整誤差、あるいはアニロックス表面におけるセル容積の面内分布などのインキ供給量の変動要因から影響を受け難くなるため、機械調整時間の短縮や部材加工精度の簡略が可能となり、生産性向上の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の凸版の一例を示す模式図である。(図1A)本発明の凸版を、露光面から見た場合の一例を示す模式図である。(図1B)本発明の凸版を、露光面に対して垂直に切断した場合の断面を示す模式図である。
【図2】凸部上面に周囲領域、および内側領域が存在する場合の一次転移過程の模式図である。
【図3】凸部上面に周囲領域が存在しない場合の一次転移過程の模式図である。
【図4】本発明の実施例におけるフレキソ版の一例を示す模式図である。
【図5】本発明の実施例におけるフレキソ版の一例を示す模式図である。
【図6】比較例におけるフレキソ版の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の凸版を一実施形態に基づいて以下に詳細に説明する。
【0018】
図1Aに、本発明の凸版にインキを過不足なく一次転移させた状態の、上から見た模式図を示す。加えて、図1Bに、図1Aのab間に引いた点線で紙面に対して垂直に切ったときの断面の模式図を示す。凸版100は、複数の凸部101と凹部102から構成される。
【0019】
インキ転移面である凸部101の上面103は、上面103の周囲領域104と、周囲領域104より内側の領域105の2つの領域からなり、前記周囲領域104は内側領域105と比べて親液性が高い表面特性を有する。このような構成とすることで、図2に示すように、たとえインキ供給量が変動して凸部101の上面103に供給されるインキ量が過少になったとしても、一次転移中の版をインキ塗膜面109から引き上げる過程において周囲領域104がインキの架橋108の接触線を固定する役割を果たし、一次転移が完了したとき周囲領域104のみならず内側領域105を含めた上面103の全面にインキを転移させることができる。加えて、周囲領域104は内側領域105より親液性が高いため、一次転移完了後もインキが内側領域105に移動することを抑止し、上面103の全面にインキが転移した状態を保持する。更に、次工程の二次転移において、版を被印刷基材から引き上げる過程でも、被印刷基材と版凸部上面103の間で形成されるインキ架橋の接触線が、上面103の周囲領域104によって固定されるため、結果として、かすれやズレの無い品質の高い印刷物を得ることができる。
【0020】
本発明の新液性とは用いるインキに対する親和性で、具体的にはイソプロピルアルコールにおける接触角が10°以下である。版の周囲領域104に新液性を付与する方法としては、マスクを介してプラズマ処理などの気相処理方法や、含フッ素系化合物からなる界面活性剤などを塗布する液相処理方法、更には両者を利用することが出来る。上記、イソプロピルアルコールにおける接触角が10°より大きい場合は、内側領域105と親液性能の差が小さ過ぎて、周囲領域104においてインキの架橋108の接触線を固定できない問題があり、好ましくは10°以下がよい。
【0021】
図3に、前記凸版の上面103において前記周囲領域104が存在せず、内側領域105だけが存在し、かつ、版凸部上面103へのインキ供給量が過少になった場合の一次転移過程の模式図を示す。上記条件下では、前記周囲領域104が存在しないため、インキの架橋108の接触線を凸部101の角で固定できず、接触線が上面103の内側中央部の向きに移動してくる。このとき接触線の両端の幅は上面103の幅よりも狭くなるため、図2と同じ高さまで凸部上面103を引き上げた場合、インキの架橋108の曲率は図2より大きくなる。版がインキ塗膜面109から十分離れて架橋108が分裂した後は上面103全面に液量が転移せず中央部にのみ偏在し、しかも転移するインキ量も少なくなる。更に、次工程の二次転移において、版を被印刷基材から引き上げる過程でも、被印刷基材と版凸部上面103の間で形成されるインキ架橋の接触線が、凸部101の角によって固定されず、中央部で架橋を形成することになるため、結果として、かすれやズレを生じた品質の低い印刷物を得ることになる。
【0022】
図1Aでは版凸部101の上面103の形状を四角形としているが、実際の上面の形状は問わない。上面の幅がインキ転移できるだけの大きさを有していれば良く、所望の絵柄・パターンに応じて適宜形状を変えて構わない。
【0023】
前記版凸部上面103の周囲領域104の幅106は、内側領域105の最小幅107と比べて狭いことが望ましい。周囲領域104の幅106が内側領域105の最小幅107より広い場合、一次転移過程において版凸部上面103に転移するインキ量が極端に多くなり、続く二次転移過程において、被印刷基材に版凸部上面103を押し当てたとき、インキが版凸部上面103の幅以上にはみ出して印刷幅が広がる現象、いわゆるマージナルゾーンが大きくなり、印刷物の品質を低下させる原因になる。
【0024】
前記周囲領域104の幅106と内側領域105の最小幅107の比は1:100から1:5までの範囲が好ましいが、周囲領域104の幅106が内側領域105の最小幅107より狭ければ適宜調整して構わない。周囲領域104の幅106に関しては、全周囲が同じ幅でなくても構わなく、内側領域の最小幅107より狭ければ、周囲領域の或る箇所がその他の箇所と比べて幅が異なっていても良く、適宜調整できる。
【0025】
このように、インキ転移面である凸部上面の周囲領域が内側領域より親液性が高い構造とすることで、インキの架橋における接触線が周囲領域によって固定されることになるため、たとえインキ供給量が変動して過少になったとしても版をインキ塗膜面から引き上げた後は版凸部上面の全面にインキを転移させることができるようになる。結果として、最終製品である印刷物はかすれやズレのない高い品質となるため、段ボール、紙器、包装用プラスチックフィルム等における絵柄印刷のみならず、LCD用カラーフィルター、PDP、有機ELディスプレイ、無機ELディスプレイ等における画素のパターン印刷に好適に使用できる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明の具体的な実施例について説明する。
【0027】
[実施例1]
感光性樹脂凸版材(商品名:UVフレキソ版、東洋紡績株式会社製)の感光性樹脂面とパターンを有するフィルムマスクを重ねて紫外線を露光した。
【0028】
次に、フィルムマスクを感光性樹脂面から剥離し、洗浄機を用いて水道水で未硬化部分の樹脂を洗い流し、パターン部分だけを残した。洗浄工程が完了した後、洗浄機内において感光性樹脂面に付着した水滴をエアブラシで吹き飛ばし、次に、加熱乾燥機に入れて付着した水分が完全に無くなるまで乾燥させた。
【0029】
続いて、再び感光性樹脂凸版材を露光機に入れて露光処理し、感光性樹脂の硬化を一層促進させてフレキソ版を得た。
【0030】
次に、版を露光用途とは別のフィルムマスクで覆い、プラズマ処理によってフレキソ版の凸部上面201を図4に示すような領域において親液処理し、本発明のフレキソ版200を得た。プラズマ処理に関しては、真空容器内にブタジエン、および酸素をガス供給系別にかつ同時に導入して行った。プラズマ処理により周囲領域202は内側領域203と比べて親液性が高くなっている。周囲領域202の幅204と内側領域203の最小幅205の比は1:10とした。
【0031】
別途用意した感光性樹脂凸版材における感光性樹脂面の全面を露光・硬化し、硬化面、つまりはフレキソ版の凸部に相当する面の、上記プラズマ処理と未処理部分のイソプロピルアルコールにおける接触角を接触角計CA−X150(協和界面科学株式会社製)で測定したところ、前者が約8°、後者が約20°であった。
【0032】
アニロックスロールに供給するインキ量を故意に適正値から過少にしてフレキソ版200にインキ転移させ、続いてフレキソ版200上のインキを基材に転移させて印刷物を得たところ、パターンにはかすれやズレがなく良好な品質であった。
【0033】
[実施例2]
実施例1と同様に凸部上面の周囲領域を親液処理する前のフレキソ版を得た。
【0034】
次に、版を露光用途とは別のフィルムマスクで覆い、含フッ素系界面活性剤サーフロンS−221(AGCセイミケミカル株式会社製)を純水で1.0重量%に希釈したものをスプレーコート法で塗布・乾燥させることによってフレキソ版の凸部上面301を図5に示すような領域において親液処理し、本発明のフレキソ版300を得た。周囲領域302の幅304と内側領域303の最小幅305の比は1:10とした。
【0035】
別途用意した感光性樹脂凸版材における感光性樹脂面の全面を露光・硬化し、硬化面、つまりはフレキソ版の凸部に相当する面の、上記親液処理と未処理部分のイソプロピルアルコールにおける接触角を接触角計CA−X150(協和界面科学株式会社製)で測定したところ、前者が約7°、後者が約20°であった。
【0036】
アニロックスロールに供給するインキ量を故意に適正値から過少にしてフレキソ版300にインキ転移させ、続いてフレキソ版300上のインキを基材に転移させて印刷物を得たところ、パターンにはかすれやズレがなく良好な品質であった。
【0037】
[比較例1]
図6に示すように、実施例1と同様に凸部上面の周囲領域を親液処理する前のフレキソ版400を得た。
【0038】
別途用意した感光性樹脂凸版材における感光性樹脂面の全面を露光・硬化し、硬化面、つまりはフレキソ版の凸部に相当する面のイソプロピルアルコールにおける接触角を接触角計CA−X150(協和界面科学株式会社製)で測定したところ約20°であった。
【0039】
アニロックスロールに供給するインキ量を故意に適正値から過少にしてフレキソ版400にインキ転移させ、続いてフレキソ版400上のインキを基材に転移させて印刷物を得たところ、パターンにはかすれやズレが発生し劣悪な品質であった。
【0040】
[比較結果]
上記実施例1および2による本発明品は、上記比較例1による比較品に比べて、高品位で高精細な印刷物が得られた。
【符号の説明】
【0041】
100 ・・・・・凸版
101 ・・・・・凸部
102 ・・・・・凹部
103、201、301、401 上面
104、202、302 ・・・・・周囲領域
105、203、303 ・・・・・内側領域
106、204、304 ・・・・・周囲領域の幅
107、205、305 ・・・・・内側領域の最小幅
108 ・・・・・インキの架橋
109 ・・・・・インキ塗膜面
110 ・・・・・インキ塗膜支持体
200、300、400 ・・・・・フレキソ版

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凸版印刷方式に用いる版であって、該版の最表面が凸部と凹部の微細な構造を有し、凸部上面の周囲領域が内側領域より親液性が高いことを特徴とする版。
【請求項2】
前記凸部上面の周囲領域の幅が内側領域の最小幅より狭いことを特徴とする請求項1に記載の版。
【請求項3】
前記凸部上面の周囲領域がプラズマ処理,または親液剤の塗布,またはこれらの組み合わせが施されることを特徴とする請求項1または2に記載の版。
【請求項4】
前記版が凸部であるライン部と凹部であるスペース部を有するフレキソ版であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の版。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−61733(P2012−61733A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−207848(P2010−207848)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】