説明

分光分析可能な燃料電池ユニット

【課題】発電中の燃料電池ユニット内の様々な状態を分光学的に観測し、これらの状態の挙動を知ることにより燃料電池のさらなる飛躍に役立て得る燃料電池ユニットの構造。
【解決手段】電界質層4の両側にそれぞれ触媒を担持したアノード6とカソードが配置され、アノードとカソードの電界質層とは反対側に、それぞれ燃料、酸化剤の流路を形成するための溝15、12が形成されてなるアノード側セパレータとカソード側セパレータ1が配置されてなる燃料電池ユニットにおいて、何れか一方のセパレータが、分光分析のための測定光を入射させる入射面72と、その入射面から入射した測定光を全反射させる全反射面71と、全反射面で全反射した光を射出させる射出面73とからなる全反射プリズム71からなり、全反射面71に燃料又は酸化剤の流路を形成するための溝15が形成されてなる燃料電池ユニット10。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光分析可能な燃料電池ユニットに関し、特に、発電させながら例えば電極近傍での反応状態を分光分析することが可能な燃料電池ユニットの構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在のエネルギー源の大半は化石燃料や核燃料に依存している。しかし、化石燃料においては地球温暖化等の環境汚染の原因となってしまっており、核燃料に至っては核廃棄物そのものの処理に困ってしまい、発電における事故も甚大な被害を及ぼす危険性を孕んでいる。また、これらの発電方法は燃料反応等から直接エネルギーを取り出せている訳でなく、二次的にエネルギーを得ているので発電効率も悪くなってしまっている。そのため、近年では、環境に優しいをテーマに様々な発電方法が考案されているが、中でも燃料電池は発電効率も良く、発電に大掛かりな装置が必ずしも必要ではなく、燃料電池自動車等の開発が急速に進められ、注目されているエネルギー源の一つである。中でも直接メタノール型燃料電池(DMFC)は小型化が比較的容易なため、ノートパソコン、PDA、携帯電話等の携帯機器に応用するため、開発が盛んに行われている。
【0003】
しかし、例えばこのDMFCにも問題点があり、アノード(負極)の反応が遅いこと、メタノールの反応中間体であるCOによる触媒の被毒が起きること等があり、これらを克服するための材料開発が現在進められている。そのためには、例えば電極触媒上での反応を知ることが必要であるが、その反応メカニズムの全容は未だ明らかになっていない。
【0004】
このような中、DMFCのアノード、カソード(正極)の表面に吸着されたり脱着される化学種を拡散反射により分光分析することが非特許文献1において提案されている。
【非特許文献1】J. Electrochem. Soc.,Vol.143, No.10(1996.Oct.),pp.3053-3057
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1に記載のものは電極表面での拡散反射を用いているため、深さ方向の情報が得られず、また、発電させながら分光分析しているものでもないので、反応メカニズムを知るには必ずしも十分なものではなかった。
【0006】
本発明は従来技術のこのような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、発電中の燃料電池ユニット内に起きている様々な状態を分光学的に観測し、これらの状態の挙動を知ることにより燃料電池のさらなる飛躍に役立て得る燃料電池ユニットの構造を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成する本発明の分光分析可能な燃料電池ユニットは、電界質層の両側にそれぞれ触媒を担持したアノードとカソードが配置され、アノードとカソードの電界質層とは反対側に、それぞれ燃料、酸化剤の流路を形成するための溝が形成されてなるアノード側セパレータとカソード側セパレータが配置されてなる燃料電池ユニットにおいて、
何れか一方のセパレータが、分光分析のための測定光を入射させる入射面と、その入射面から入射した測定光を全反射させる全反射面と、全反射面で全反射した光を射出させる射出面とからなる全反射プリズムからなり、前記全反射面に燃料又は酸化剤の流路を形成するための溝が形成されており、前記全反射面の前記溝が形成されていない面部分で測定光が全反射され、その全反射に伴って前記面部分の外側近傍にエバネッセント光を滲み出させてそのエバネッセント光の吸収により分光分析することを特徴とするものである。
【0008】
この場合に、前記全反射プリズムの前記全反射面に、金、銀、銅、白金等のプラズモンを発生させる金属のアイランド又は微粒子をメッキで付着させてあることが望ましい。
【0009】
また、前記全反射プリズムの前記入射面は、平面又は円筒面であることが望ましい。
【0010】
また、前記全反射プリズムが多重全反射矩形板状プリズムからなっていてもよい。
【0011】
また、前記全反射プリズム側の電極が開口を設けた導電性のフィルムからなるものを用いてもよい。
【0012】
また、前記電界質層が例えば固体高分子電解質の膜からなっており、その場合に、前記燃料にメタノールを用いることで、直接メタノール型燃料電池(DMFC)のユニット(セル)となる。もちろん、燃料に水素を用いてもよい。
【0013】
さらには、前記電界質層が有機無機複合電解質膜あるいはその他の酸、アルカリ溶液を含む電解質膜からなっていてもよい。
【0014】
また、本発明は、以上のような分光分析可能な燃料電池ユニットを用いて、電極近傍での触媒、電解質等の反応状態を分光分析する分光分析方法も含むものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、燃料電池ユニット内に起きている様々な状態を発電させながら電極近傍での触媒、電解質等の反応状態を分光分析することができ、燃料電池の今後の技術開発に資することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の分光分析可能な燃料電池ユニットを実施例に基づいて説明する。
【0017】
燃料電池には、固体高分子型燃料電池、リン酸型燃料電池等種々のタイプがあるが、基本的には、電界質層の両側にそれぞれ触媒を担持したアノードとカソードを配置し、アノード、カソードの電界質層とは反対側にセパレータ呼ばれる基板をそれぞれ配置して、アノードとセパレータの間に燃料の水素あるいはメタノールガス等が流れる通路を形成し、カソードとセパレータの間に酸化剤の酸素あるいは空気が流れる通路を形成し、アノードとカソードの間に負荷を有する外部回路を接続するものであり、アノードとセパレータの間の通路に燃料ガスを、カソードとセパレータの間に酸化剤を流すことでアノードからカソードへの電子の流れを発生させて発電するものである。
【0018】
図1は、本発明による分光分析可能な燃料電池ユニットの1実施例の分解斜視図であり、この実施例は固体高分子型燃料電池に本発明を適用したものである。
【0019】
本実施例の燃料電池ユニット10は、図1の下から順に、下側セパレータ(基板)1、スペーサシート2、触媒を下側セパレータ1と反対側に担持したカーボンペーパ3、電解質層(膜)4、触媒層5、導電性スペーサシート6、本発明に基づいて上側セパレータ(基板)を兼ねた全反射プリズム7からなる。
【0020】
そして、下側セパレータ1の上面(電解質層4側表面)11には、空気等の酸化剤又は水素等の燃料の流路を形成するための連続溝12が形成されており、連続溝12の両端に下側セパレータ1を貫通して空気等の導入孔と導出孔(不図示)が連続して設けられている。また、下側セパレータ1の上面11には、一方の電極(下側セパレータ1と電解質層4の間に空気等を流す場合はカソード、燃料を流す場合はアノード)を形成するカーボンペーパ3に電気的に接続する金等の導電性のメッキが施されている。スペーサシート2には、触媒を担持したカーボンペーパ3の大きさに対応した開口13が設けられいて、この燃料電池ユニット10を組み立てたときにカーボンペーパ3の周囲の下側セパレータ1と電解質層4の間の隙間をこのスペーサシート2で埋めるようにする。さらに、導電性スペーサシート6にも、触媒層5の大きさに対応した開口14が設けられていて、同様に、この燃料電池ユニット10を組み立てたときに触媒層5の周囲の電解質層4と全反射プリズム7の間の隙間をこの導電性スペーサシート6で埋めるようにする。また、この導電性スペーサシート6は触媒層5に接触していて他方の電極の作用も有する。
【0021】
そして、全反射プリズム7は、分光分析のための測定光を入射させる入射面72と、入射面72から入射した測定光を全反射させる全反射面71と、全反射面71で全反射した光を射出させる射出面73とからなる三角プリズムからなり、下面の全反射面71には、水素等の燃料又は空気等の酸化剤の流路を形成するための連続溝15が形成されており、連続溝15の両端に全反射プリズム7を貫通して水素等の導入孔16と導出孔17が連続して設けられている。
【0022】
そして、以上の下側セパレータ1、スペーサシート2、カーボンペーパ3、電解質層4、触媒層5、導電性スペーサシート6、全反射プリズム7を相互に密着するように組み立てる。そして、導電性スペーサシート6と下側セパレータ1の導電面とを負荷を接続した外部回路20に接続することで、本実施例の燃料電池ユニット10が完成する。
【0023】
ここで、直接メタノール型燃料電池としてこの燃料電池ユニット10を構成する場合、具体例として、下側セパレータ1、スペーサシート2はテフロン(登録商標)を、カーボンペーパ3に担持されている触媒及び触媒層5に超微粒子の白金を、電解質層4はナフィオン(登録商標:パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマー)を、導電性スペーサシート6は錫又はアルミニウムをそれぞれ用い、また、全反射プリズム7は底角45°のシリコンを用いている。下側セパレータ1の上面11には金メッキを施してある。
【0024】
このような燃料電池ユニット10の全反射プリズム7側を例えば燃料極として、図2に示すように、メタノール槽21をポンプ22を介して導入孔16に接続し、連続溝15に燃料のメタノール蒸気を流し、下側セパレータ1の不図示の導入孔に加湿器24を介して酸素ボンベ23に接続することで、発電装置全体が構成される。
【0025】
そして、この燃料電池ユニット10で発電させながら、図3に示すように、全反射プリズム7の入射面72を経て臨界角以上の所定の入射角で分光装置(例え、フーリエ変換赤外分光装置)30からの測定光31を全反射面71に入射させる。すると、全反射面71の連続溝15の間の平滑な面部分74でその測定光31は全反射されるが、その全反射の際に全反射面71の外側近傍にエバネッセント光が滲み出す。その滲み出し深さは波長オーダーであるので、そのエバネッセント光が存在する領域に測定光31の特定の波長を吸収する化学種が存在すると、測定光31のその波長成分が吸収されるため、全反射プリズム7の射出面73から出た光32を凹面鏡34を経て検出器35で検出することにより吸収スペクトルを得ることができる。したがって、上記の構成では、全反射プリズム7の全反射面71の面部分74に近接する触媒層5に、連続溝15から燃料のメタノール等が拡散して行き反応が起こっているので、発電動作中に、触媒層5近傍に存在する化学種を吸収分光分析することができる。
【0026】
なお、エバネッセント光の滲み出し深さは、全反射面71の入射角に依存し、入射角が大きくなる程滲み出し深さも浅くなるので、図4に示すように、全反射プリズム7の入射面72と射出面73を全反射面71の中心を通る中心線を中心とする円筒面に構成し、分光装置30からの測定光31の全反射面71に対する入射角を変えられるようにすると、分光分析できる全反射面71からの深さを変化させることができるようになる。
【0027】
また、全反射プリズム7として、多重全反射矩形板状プリズムを用いるようにしてもよい。多重全反射矩形板状プリズムは透明矩形板状体からなり、その透明矩形板状体の一端を45°にカットしておき、そのカット面に垂直に測定光を入射させ、その入射光は透明矩形板状体の両面間で多重全反射しながら他端に達する。このような多重全反射プリズムを用いると、測定光31の全反射が複数回行われるため、分光分析の感度がその分向上することになる。
【0028】
さらには、全反射面71に金、銀、銅等のプラズモンを発生させる金属のアイランド、微粒子をメッキで付着させることにより、表面増強赤外分光(SEIRAS)により、エバネッセント光の強度を増強させ感度をあげるようにすることができる。
【0029】
図5は、上記の具体例の燃料電池ユニットで得られた吸収スペクトルを示す図である。測定温度318°Kと363°Kでのスペクトルを示してある。318°Kの温度が低くてほとんど発電していないとき(従来の発電していないときの測定に相当する。)に比較して、363°Kの高い温度で盛んに発電させると、1890cm-1のブリッジ種(2つの白金原子の間で一酸化炭素COの炭素の2本の結合手がそれぞれの白金原子に結合し、炭素の残りの2本の結合手が酸素と結合している状態)や2156cm-1の物理吸着種が大きな強度を持って現れていることがよく分かる。一酸化炭素COの気体の振動数(吸着していないとき、フリーなときの振動数)は2150cm-1であるから、2156cm-1の吸収バンドから物理吸着種が増加していることが分かる。以上の結果から、本発明の燃料電池ユニットを用いてin−situ(その場)で観測することの重要性がよく分かる。
【0030】
以上の実施例において、全反射プリズム7側に燃料を供給する代わりに、下側セパレータ1側に燃料を流すことで、空気極側の触媒近傍の生成物を分析するようにすることもできる。
【0031】
また、測定光31は赤外領域に限らず、可視域、紫外域の光でもよい。その場合には、分光装置30は、フーリエ変換赤外分光装置に限らず、それらの波長域に応じて最適の分光装置を用いる。また、その場合、全反射プリズム7の材料もシリコン又はゲルマニウム(赤外域)だけではなく、石英あるいはサファイア(可視域、紫外域)等を用いる。
【0032】
また、以上の実施例の構成で、触媒層5にカーボンペーパを介在させずに導電性スペーサシート6を接触させて他方の電極としたのは、カーボンペーパを介在させると、触媒層5近傍に測定光31のエバネッセント光が遮られ分光分析が困難になるのを防ぐためである。触媒の担持体に導電性と測定光31の透明性とガス透過性のある層を用いる場合には、そのような層を介在させてもよいことはもちろんである。
【0033】
また、以上の本発明は、固体高分子型燃料電池に限らず、リン酸型燃料電池等他のタイプの燃料電池にも適用できる。
【0034】
以上、本発明の分光分析可能な燃料電池ユニットを実施例に基づいて説明してきたが、本発明はこれら実施例に限定されず種々の変形が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明による分光分析可能な燃料電池ユニットの1実施例の分解斜視図である。
【図2】図1の燃料電池ユニットを用いた発電装置全体の構成を示す図である。
【図3】図1の燃料電池ユニットを発電させながら測定光を入射させて電池内部の状態を分光分析する様子を示す図である。
【図4】全反射プリズムの変形例を示す斜視図である。
【図5】本発明の1具体例の燃料電池ユニットで得られた吸収スペクトルを示す図である。
【符号の説明】
【0036】
1…下側セパレータ(基板)
2…スペーサシート
3…カーボンペーパ
4…電解質層(膜)
5…触媒層
6…導電性スペーサシート
7…全反射プリズム
10…燃料電池ユニット
11…下側セパレータの上面
12…連続溝
13、14…開口
15…連続溝
16…導入孔
17…導出孔
20…外部回路
21…メタノール槽
22…ポンプ
23…酸素ボンベ
24…加湿器
30…分光装置
31…測定光
32…全反射光
34…凹面鏡
35…検出器
71…全反射面
72…入射面
73…射出面
74…面部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電界質層の両側にそれぞれ触媒を担持したアノードとカソードが配置され、アノードとカソードの電界質層とは反対側に、それぞれ燃料、酸化剤の流路を形成するための溝が形成されてなるアノード側セパレータとカソード側セパレータが配置されてなる燃料電池ユニットにおいて、
何れか一方のセパレータが、分光分析のための測定光を入射させる入射面と、その入射面から入射した測定光を全反射させる全反射面と、全反射面で全反射した光を射出させる射出面とからなる全反射プリズムからなり、前記全反射面に燃料又は酸化剤の流路を形成するための溝が形成されており、前記全反射面の前記溝が形成されていない面部分で測定光が全反射され、その全反射に伴って前記面部分の外側近傍にエバネッセント光を滲み出させてそのエバネッセント光の吸収により分光分析することを特徴とする分光分析可能な燃料電池ユニット。
【請求項2】
前記全反射プリズムの前記全反射面に、金、銀、銅、白金等のプラズモンを発生させる金属のアイランド又は微粒子をメッキで付着させてあることを特徴とする請求項1記載の分光分析可能な燃料電池ユニット。
【請求項3】
前記全反射プリズムの前記入射面が平面であることを特徴とする請求項1又は2記載の分光分析可能な燃料電池ユニット。
【請求項4】
前記全反射プリズムの前記入射面が円筒面であることを特徴とする請求項1又は2記載の分光分析可能な燃料電池ユニット。
【請求項5】
前記全反射プリズムが多重全反射矩形板状プリズムからなることを特徴とする請求項1又は2記載の分光分析可能な燃料電池ユニット。
【請求項6】
前記全反射プリズム側の電極が開口を設けた導電性のフィルムからなり、その開口中に触媒の層が配置されていることを特徴とする請求項1から5の何れか1項記載の分光分析可能な燃料電池ユニット。
【請求項7】
前記電界質層が、固体高分子電解質膜又は有機無機複合電解質膜あるいはその他の酸、アルカリ溶液を含む電解質膜からなることを特徴とする請求項1から6の何れか1項記載の分光分析可能な燃料電池ユニット。
【請求項8】
前記燃料に水素又はメタノールを用いることを特徴とする請求項7記載の分光分析可能な燃料電池ユニット。
【請求項9】
請求項1から8の何れか1項記載の分光分析可能な燃料電池ユニットを用いて、電極近傍での触媒、電解質等の反応状態を分光分析することを特徴とする分光分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−250407(P2007−250407A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−74019(P2006−74019)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】