説明

分子で被覆された電極のアレイとその製造

本発明は、少なくとも2本の電極上に、少なくとも2種類の異なる被覆分子を被覆形成する方法を提供するもので、この方法は、(a)独立してアドレスを呼び出せる少なくとも2本の電極のアレイを準備し、(b)全ての電極上にマスキング分子膜を吸着させ、(c)全てではないが、少なくとも1本の電極から、マスキング分子の脱着を電気化学的に起こして、第1組の露出電極を曝し、(d)第1被覆分子を、第1組の露出電極上に吸着させ、(e)マスキング分子を全ての電極に曝して、マスキング分子を全ての電極上に吸着させ、(f)第2組の電極からマスキング分子の脱着を電気化学的に起こして、第2組の露出電極を曝し、(g)第2被覆分子を第2組の露出電極上に吸着させることを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、数本の異なる電極上に、被覆を形成することにより、数種類の異なる被覆分子を有するアレイ製造方法に関する。これらの方法により製造される分子のアレイにも関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
分子を基礎とするナノテクノロジーの進展に直面する数多くの挑戦では、個々の分子対象物を直接組織化すること、ならびに制御して巨視的構造体に組み込むことが基本である。ある種の分子に特徴的で固有な、選択的自己組織化特性(例えば、相補的なDNA1本鎖の間で生じるワトソン−クリック固有塩基対形成)は、これらの挑戦に取り組むために活用される特性である。例えば、金のナノ粒子の規則的懸濁液は、まず短いDNAオリゴヌクレオチドでナノ粒子を機能化し、次いで個々の粒子を連結するために相補的DNAを導入することで、分子鎖ハイブリッド化のように組織化した(Mirkin他、「A DNA−based method for rationally assembling nanoparticles into macroscopic materials(ナノ粒子を巨視的材料に合理的に組織化するDNAを基礎とする方法)」、Nature 382、607−609(1996))。この概念は主として、金属電極のアレイなど巨視的基材へのナノスケール要素の組込みに、取り掛かるのに利用される。特異的配列のアンカーオリゴヌクレオチドで各電極を機能化した場合、ナノスケールの要素を相補的オリゴヌクレオチドで機能化するなら、適切に組織化するであろう。
【0003】
実際、高い空間分解能をもち、十分制御された方法での、異種分子単分子膜による表面の局所的パターン化能力は、分子エレクトロニクスおよびバイオテクノロジーへの応用(高密度DNA発現分析および遺伝子解析を含む)、ならびにナノエンジニアリングにとって重要である。
【0004】
しかし、適切なアンカー分子による電極アレイの選択的多層被覆は、電極がサブミクロンメートル隔てられている構造体上では未だ実証されておらず、この操作のナノスケール組織化への適用性を制限している。
【0005】
オリゴヌクレオチドまたは他のアンカー分子を、表面へ局所的に導入するためには、いくつかの技術を利用できるが、分解能、速度、および相異なる電極を特異的に被覆する能力の条件を同時に満たすものは、これらにない。マイクロドロップ分配システムは、電極アレイの制御された多層被覆化に対する簡単な取り組み方法を提供するが、10μmより大きな空間分解能に限定される。マイクロマシンやマイクロコンタクトプリンティングは、数百ナノメートルの空間分解能を提供するが、多重被覆を行う能力に欠ける。超高分解能(10分の数ナノメートル)がナノグラフティングで得られるが、この技術は速度が遅く、多重被覆を可能にする簡単な拡張性を欠き、複雑で高額な生産基盤を必要とする。最近、ナノグラフティング技術の変化したもの、ディップペン・ナノリソグラフィが報告されている。この技術は、アンカー分子で覆ったAFM(原子間力顕微鏡)のチップを、表面に描くペンのように使用する。この被覆技術の分解能はナノメートルスケールであるが、アンカー分子の高レベルの安定性と溶解性が求められる。
【0006】
関心のあるチオール分子を含む水溶液に表面を浸すことにより、チオール化合物の単分子膜を金表面に形成できることが知られている。この自然の化学吸着プロセスの最中に形成する金−イオウ結合は、Ag/AgCl参照電極に対して約−1Vで還元的開裂を行い、電気化学的に脱着する。異なる官能基をもつ化合物も、金表面に単分子膜を形成し、電気化学的脱着を行う。同様にして、別の官能基をもつ分子の単分子膜を、別の表面上で組織化でき、そこからの電気化学的脱着もまた可能である。
【0007】
電気化学的脱着は、「Patterns of functional proteins formed by local electrochemical desorption of self−assembled monolayers(自己組織化単分子膜の局所性電気化学的脱着で形成される機能性タンパク質のパターン)」、Electrochimica Acta.,vol47,No.1,2001/Sep,p.275−281にあるように、Wilhelmらによって応用されてきた。この著者らは、走査型電気化学顕微鏡(SECM)を使い、アルカンチオレート単分子膜を金電極上に形成し、巨視的なSAM被覆金電極の約5μm上方に配置した直径10μmの超ミクロ電極(UME)により、アルカンチオレート単分子膜の規定領域で、局所性電気化学的脱着を引き起こした。露出領域には、次に、ω位を機能化したチオールまたはシスタミンなどのジスルフィドを化学吸着できる。次いで機能性タンパク質を、単分子膜の変性領域にあるアミノ基と結合できる。この方法は、電極の上方にあるUMEを使用した、1本の大きい電極の複数領域からの脱着に依存するので、分解能に制限があり、実際、空間分解能は約10μmに制限される。それはこのシステムでは、脱着を意図する領域の近接領域で、脱着が起きないように制御することが困難でありうることを意味する。
【0008】
「Electrochemical patterning of self−assembled monolayers onto microscopic arrays of gold electrodes fabricated by laser ablation(レ−ザーアブレーションによって作成される微視的金電極アレイ上への自己組織化単分子膜の電気化学的パターン化)」、Langmuir,1996,12,p.5515−5518に、Tenderらが別の技術を記述している。このグループは、独立してアドレスを呼び出せる金の微小電極アレイの使用を記述している。1つの技法には、全ての電極上に、(1−メルカプトウンデシ−11−イル)ヘキサ(エチレングリコール)(EGSH)の単分子膜を吸着させることが含まれる。次に、脱着が必要な電極の電位を制御することで、交互するバンド電極から電気化学的脱着が起きる。このように露出したバンド上では、ヘキサデカンチオール(C16SH)の膜吸着が可能になる。こうしてC16SとEGSの単分子膜が交互するバンドが得られる。BSA抗体のC16Sバンドへの非特異的吸着を行うと、BSAはその抗体に特異的に結合する。
【0009】
n個の独立してアドレスを呼び出せる微視的金エレメント上に、n個の異なるω置換アルカンチオールのSAMをパターン化するため、SAMの電気化学的脱着の拡張が「容易であるべき」とする記述もある。しかし、われわれは、このグループのこの分野での更なる刊行物を知らない。さらに、Tenderらが記述した方法を使って、示唆されたように、異なるエレメントからEGSのSAMを続けて取り除き、新しいアルカンチオールに曝すことは、後から導入するアルカンチオールにより、前のパターン化膜を汚染することになるであろうと考える。
【0010】
したがって、2種類またはそれ以上の異なる分子のアレイを形成する方法であって、ナノスケールの分解能(異なる分子で被覆された領域間距離)を示し、個々にパターン化された領域で高純度を示す方法を提案することは、望ましいであろう。高速で都合よく実施できるこのような方法を提案することも、望ましいであろう。
【0011】
発明の概要
本発明により、少なくとも2本の電極上に少なくとも2種類の異なる被覆分子を被覆形成する方法を提供するもので、この方法は、
(a)独立してアドレスを呼び出せる少なくとも2本の電極のアレイを準備し、
(b)全ての電極上にマスキング分子膜を吸着させ、
(c)全てではないが、少なくとも1本の電極からマスキング分子の脱着を電気化学的に起こして、第1組の露出電極を曝し、
(d)第1被覆分子を、第1組の露出電極上に吸着させ、
(e)マスキング分子に全ての電極を曝して、マスキング分子を全ての電極上に吸着させ、
(f)第2組の電極からマスキング分子の脱着を電気化学的に起こして、第2組の露出電極を曝し、
(g)第2被覆分子を第2組の露出電極上に吸着させることを含む。
【0012】
われわれは、このプロセスが、ナノスケールの分解能で、高純度で多数の相異なる被覆分子による被覆アレイの形成を可能にする特長をもつことを見出した。特に、われわれは独立してアドレスを呼び出せる電極アレイを使用すると、(一つの電極の異なる領域から脱着を起こす)Wilhelmらが記述した方法より分解能がより高く、不要な脱着を回避するために電極の隣接領域への影響を制御できるという、著しい有利性をもつことを見出した。
【0013】
ステップ(e)は、本発明で特に重要である。これは、マスキング分子膜をもつ電極および被覆分子の吸着があった電極を含め、全ての電極上でマスキング分子の吸着が起きうる再保護化のステップである。われわれは、Tenderらが使わず示唆もしていないこのステップが、後のステップで既に被覆された電極上に、後の被覆分子が吸着するのを阻止し、汚染を最小化することを見出した。これによって異なる被覆分子による、高純度の多数被覆の提供を可能にする。
【0014】
われわれは、異なる被覆分子で被覆され、ナノスケールの間隔を持つ電極アレイを、本発明により初めて製造できることを見出した。したがって、第2の態様では、少なくとも3組、好ましくは少なくとも5組、より好ましくは少なくとも10組の独立してアドレスを呼び出せる電極で、各組にはそこに吸着する異なる被覆分子があり、電極間の最小間隔が900ナノメートル以下、好ましくは100ナノメートル以下、より好ましくは50ナノメートル以下のものを提供する。
【0015】
図面の簡単な説明
図1は、清浄化電極、被覆電極および露出電極のCVトレースを示す。
図2は、マスキング分子が選択的に脱着した電極アレイを示す。
図3は、本発明の方法による2本の電極間領域のSEM画像である。
図4は、本発明の方法により被覆された、さらに2枚の電極アレイを示す。
【0016】
好ましい実施の形態の詳細な説明
本発明の方法は、少なくとも2本の独立してアドレスを呼び出せる電極のアレイの使用を必要とする。このようなアレイは知られていて、既知の方法で製作できる。1つの方法を以下に記述する。このアレイは、少なくとも10本の、より好ましくは少なくとも20本の、特に好ましくは少なくとも50本の、独立してアドレスを呼び出せる電極を含む。
【0017】
本発明の方法は、任意のスケールの電極に適用できるが、小さい、特に直径(最大寸法)がミクロン範囲(例えば50μm未満)、好ましくはナノスケール、すなわちナノメートルの分解能をもつ電極の、アレイを提供するのに特に有用である。したがって、電極が900ナノメートル以下、好ましくは500ナノメートル以下、より好ましくは100ナノメートル以下の直径を有するのが好ましい。
【0018】
本発明の特に有用なことは、それが空間的に接近する電極の被覆を可能にしているという事実である。隣接電極間の最小間隔は、80μm未満、好ましくは30μm未満、さらには10μm未満にすることができる。隣接電極間の最小間隔は、900ナノメートル以下が好ましく、より好ましくは500ナノメートル以下、さらにより好ましくは100ナノメートル以下、最も好ましくは50ナノメートル以下である。本発明の方法は、電極間の隔たりが25ナノメートル未満の場合にも適用できる。この隔たりが、全ての隣接電極間の最小距離にあてはまることが好ましい。
【0019】
電極は、電導性材料で形成される。金属性が好ましいが、たとえば炭素電極やシリコン電極など非金属性でもよい。金、銀、白金、銅およびアルミニウム、特に金が好ましい。
一般的には、全ての電極が同じ材料から形成されるが、本発明では、一部の電極を1つの材料で形成し、追加する1組または複数組の電極を異なる材料で形成することも可能である。
【0020】
この方法のステップ(b)では、マスキング分子膜が電極全てに吸着するが、標準的な方法で電極を洗浄した後が好ましい。1つの適当な洗浄方法を以下に記述する。
【0021】
マスキング分子は電極の表面に吸着する。すなわちそれは、電極を形成する材料による形成表面への吸着が可能でなければならない。その分子は、マスキング分子単分子膜を形成するために、電極表面と結合形成できる官能基をもつのが好ましい。電極形成材料が、それと結合形成できる分子が存在するものであるように、電極を選択すべきことは当然のことである。
【0022】
多様な表面と結合形成する多様な分子型が知られている。マスキング分子の例には、金および銀および他の金属の表面と、ならびにシリコン表面と結合形成ができ、このために吸着できる、チオール化分子がある。特に好ましい組み合わせは、金電極とチオール化マスキング分子である。適切なチオール化マスキング分子が知られていて、置換もしくは非置換のアルカンチオールが挙げられる。適切な置換基にはヒドロキシ基が含まれる。他のマスキング分子は、シリコン電極に吸着できるアルキル基を含むものである。
【0023】
選択したマスキング分子は、電極が作られた材料と共同して、電気化学的に活性でなければならない。それは、この方法で使用する被覆分子の性質も考慮して、都合のよい条件下で吸着でき、電気化学的に脱着できなければならない。それは、適切な電位、特にこの方法で使用する、被覆分子に損傷を与えるほど高くない電位で、電気化学的に脱着するよう選択しなければならない。例えば、好ましいマスキング分子は、−10V〜+10V、好ましくは−5V〜+5V、より好ましくは−2V〜+2Vの範囲の電位で、選択された電極から電気化学的に脱着する。負電位で電気化学的な脱着を行うマスキング分子が好ましい。
【0024】
一般的にマスキング分子は、例えば500未満、とりわけ200もしくは150未満の比較的小さい分子量をもつ。さらに小さいマスキング分子は、後に論じる再保護ステップ(e)での再保護化に、より効果的であるために好まれる。これらは密度の高い単分子膜を形成して、有利である。
【0025】
マスキング分子は一般的に溶液、好ましくは水溶液で供給される。濃度は都合のよいように選択できるが、例えば0.1ミリモル〜10ミリモル、好ましくは0.5ミリモル以上の範囲にある。
【0026】
電極は、電極表面への分子の吸着を可能にする時間、マスキング分子と接触させる。その時間は、詳細な条件に依存することになるが、一般的には180分以内、好ましくは90分以内である。
【0027】
吸着ステップ(b)の後では、電極全てにマスキング分子の単分子膜を形成する。
この方法のステップ(c)では、予め決めた1組の電極から、マスキング分子を電気化学的に脱着することを含めることが欠かせない。これは、既知の方法によって、関係する電極の電位を制御することで行う。
【0028】
第1組の電極を、第1マスキング分子を脱着させるために選択する。電極の全てではないが、少なくとも1つをこのように処理する。それらは、第1組の露出電極となる。
【0029】
電気化学的脱着を要しない電極は、一般的には開放回路に保たれる。しかし、脱着を必要とする電極の及す作用を打ち消すために、それら他の電極の一部分または全ての、特に隣接電極である場合、その電位を制御できる。電極間の最小距離が20nm以下の場合、特に有用である。
【0030】
脱着は、希望する全分子の脱着を可能にする、適当な任意の時間実施できる。脱着時間は300秒以内が好ましく、より好ましくは240秒以内である。
【0031】
脱着を、AC電圧またはDC電圧を作用させながら行うことができる。もしAC電圧を選択する場合、電気化学的脱着が起きるのに十分な時間、吸着マスキング分子が電気化学的脱着電位を受けるのを確実にするように振幅と周波数が選ばれる。
【0032】
ステップ(d)では、第1組の露出電極に第1被覆分子が吸着する。これは、例えば分子量が500以下の小分子でよい。しかしこの場合、被覆ステップ後に、ポリペプチドのような高分子を結合できる分子が好ましい。例えば、タンパク質と結合できるアミノ末端分子でもよい。
【0033】
しかし、被覆分子は高分子であるのが好ましい。即ち、少なくとも800の分子量を有するのが好ましく、より好ましくは少なくとも1000、さらに好ましくは少なくとも1500、最も好ましくは少なくとも3000である。
【0034】
高分子の好ましい種類は、オリゴヌクレオチド(例えば、5〜150塩基)である。これらは、例えば遺伝子スクリーニングのための、あるいは、分子エレクトロニクスに使用するなど、相補オリゴヌクレオチドで機能化されたナノスケール要素を指図通り組織化するアンカーヌクレオチドとして使用するための、多数の異なるDNAストランドをもつアレイ(DNAチップ)を形成するのに使用できる。
【0035】
別の高分子は、酵素などのタンパク質を含むポリペプチドである。これらは、例えばバイオセンサー応用分野で使用できる。たんぱく質およびオリゴペプチドは、ナノスケールの組織化応用分野で使用できる。
【0036】
被覆分子は、電極が形成されている材料の上に吸着できる。したがって、電極は吸着性官能基で機能化できる。電極材料に適合するならば、適切な任意の官能基を使用できる。例えば、電極が金または銀、特に金の場合、チオール化被覆分子が好ましい。
【0037】
第1被覆分子は、一般に溶液、好ましくは水溶液で供給される。濃度は適当に選択できるが、通常1〜100ミクロモル、好ましくは5〜50ミクロモルの範囲内にある。
吸着時間は、通常、第1マスキング分子の吸着に対して示した上記範囲内にある。
【0038】
ある場合には、適当な配向を起こすために、吸着ステップ(d)の最中にオリゴヌクレオチドおよびその他の被覆分子に電場を印加するのが好ましいこともある。DNA誘起双極子と電場の相互作用の結果、DNA分子が不均一電場で、電気泳動力および配向トルクを受けることが示されている。トルクおよび電気泳動力は、印加電場の大きさと周波数の関数である。本発明では、この効果を、吸着プロセスを補助し促進するのに使用できる。適切な電場が印加された場合、分子は電極に引き寄せられ、吸着に適する空間方位に配向する。この適用される場は、AC場またはDC場である。AC場が好ましい。
【0039】
このプロセスはまた、電気化学的脱着ステップの最中でも利用できる。配向を起こさせるために印加する電場は、電気化学的脱着を起こすための印加電圧に重ね合わすことができる。
【0040】
ある実施形態では受動吸着を行うのが好ましいが、ある実施形態では、電極に吸着プロセスを加速するために電気化学的な電位(ACまたはDC)を印加するのが好ましい(すなわち、能動吸着)。吸着速度は、ある場合には、電気化学的電位を全く印加しない吸着である受動吸着の場合より2桁も高くなりうる。使用する場合、この種の電気化学的支援は、ステップ(d)、すなわち、第1(およびその後の)被覆分子の電極への吸着に適用しても好ましいが、マスキング分子の吸着にも適用できる。
【0041】
電気化学的脱着ステップ(c)および吸着ステップ(d)は、順番に実施するのが好ましく、つまり脱着を完了させてから、露出電極に被覆分子を接触させる。しかし、一部の応用分野では、電極が被覆分子と接触しているときに、マスキング分子の電気化学的脱着を含め、結果として二つのステップが同時に起きるのが好ましい。
【0042】
本発明方法のステップ(e)は、再保護化ステップである。全ての電極を第2マスキング分子に曝し、その結果第2マスキング分子が全ての電極に吸着する。この第2マスキング分子は、マスキング分子に付いて上記で論じたもののいずれから選択してもよいが、ステップ(b)で使用したのと同じ分子が好ましい。この吸着ステップの条件は、ステップ(b)に関連して、上記で論じたものから選択できる。
【0043】
このステップの最中、マスキング分子は、被覆されたばかりの電極上で被覆分子の間に吸着すると考えられる。一般に、被覆分子の単分子膜は電極を完全には覆っていないし、被覆分子の単分子膜は幾分非連続的である。したがって、マスキング分子はこれらの電極を保護し、後のステップで異なる被覆分子が電極に吸着するのを阻止する。
【0044】
第2組の電極と第2組の被覆分子に対するステップ(f)と(g)は、本質的にはステップ(c)と(d)の繰り返しで構成される。
【0045】
第2被覆分子は、第1被覆分子に対して上記で論じた分子と同じ部類から選択するのが好ましい。それは、第1被覆分子とは異なる分子である。
【0046】
次に、さらに別の組の露出電極を形成し、これらの組をさらに別のマスキング分子に曝すために、ステップ(c)から(e)が希望通りに繰り返す。
【0047】
こうして、本発明の方法は、任意の組数の露出電極で、同数の異なる被覆分子をもつものを提供するために使用できる。ある場合には、全ての電極を異なる被覆分子で被覆したアレイも製造できる。
【0048】
実施例
以下に記述するように、一連の向かい合ったサブ50nm間隔の金電極を、既知のUVリソグラフィ/リフトオフ技術を使って、Si/SiOウエハ上に作製した。このウエハを「ピラニア・エッチ」(H30%、HSO70%)で1時間洗い、次いで脱イオン水、エタノール、再度脱イオン水中で完全にすすいだ。次に、6−メルカプト−1−ヘキサノール(MCH)保護単分子膜による電極アレイ全体の被覆は、ウエハをMCHの1mM水溶液に60分浸漬して行った。図1で、被覆電極のCVトレース(実線)を、被覆前の清浄電極のCVトレース(点線)と比較する。被覆電極に対して約−1Vで観察された還元的脱着の特徴は、MCH単分子膜の除去を示す。あらゆる電気化学的測定を、標準的な3電極構成を使い、100mMリン酸塩緩衝液中、pH10、62mV/秒の速度で行った。高純度白金線を対電極として使用した。全ての電気化学電位は、Ag/AgCl参照電極に対して記録されている。
【0049】
特定の電極からMCH単分子膜の完全脱着を得るために、ほかの全ての電極を開放回路にして、電極にAg/AgClに対して−1.4Vの電気化学的電位を2分間印加した。図1は、この操作の後のCVトレース(点線)を示すが、清浄表面のトレースと比べると、この特定電極上の単分子膜が、除去されたことを実証する。他の電極は、この脱着ステップの最中は開放回路に保たれて、影響を受けず、そのCVトレースは図1の実線に類似したままであった(表示していない)。すべてのトレースで観察された−1.2V未満での電流の大きな増加は、水素放出と関連する。
MCH単分子膜が分子マスクとして働くことを実証するために、電極2、4、6からMCHを選択的に脱着した電極アレイを図2に示す。配列がCAGGATGGCGAACAACAAGA−チオールのチオール化オリゴヌクレオチドX(チオールは炭素Cリンカーを介してオリゴヌクレオチドに結合する)を、pH8のトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン10mM、EDTA1mMおよびNaCl1M溶液に溶解して、最終濃度10μMにした。それから、MCH分子マスクが電極1、3、5のみを覆っているこのアレイを、その水溶液に60分間浸漬して、オリゴヌクレオチドを露出電極に化学吸着させた。
【0050】
結合したオリゴヌクレオチドを検出するために、ならびにそれらが選択的な自己組織化特性をもつことを示すために、配列がTCTTGTTGTTCGCCATCCTG−ビオチンであるビオチン化オリゴヌクレオチドの溶液(Xに相補的である)を電極アレイに90分間作用させて、ビオチン化オリゴヌクレオチドを、表面に結合するオリゴヌクレオチド単分子膜とハイブリッド化させた。以下に記述する抗ビオチン抗体検出法を使い、ビオチン標識(および、それゆえにチオール化オリゴヌクレオチド)の存在が、色の局所的黒ずみにより検出された。このようなことが、MCH単分子膜が除かれた電極2、4、6上で起きていることを図2が示す。われわれは、向かい合う電極間の間隙が図2の光学顕微鏡で解明するには余りに小さいが、その存在は、電極の着色ならびに間隙の設計位置を横切る色の急激な変化から推量できることに注目している。電極1および4の間の領域のSEM写真を図3に示すが、電極間の最も狭い距離は50nmよりかなり下回る。他の電極対も、似た寸法の間隙で乖離している(図示せず)。
【0051】
図4は、電極1、3、5がチオール化オリゴヌクレオチドY(AGGTCGCCGCCC−チオール)で被覆され、そのオリゴヌクレオチド単分子膜の保護能力を強化するためにMCH1mMに60分間浸漬された2枚の電極アレイを示す。次に、双方のアレイの電極2、4、6の上に残るMCHを脱着して、チオール化オリゴヌクレオチドXを被覆した。類似長さの二種類のチオール化オリゴヌクレオチドは、その内の片方が金表面に結合していて、交換速度は極めて小さいと予想されるので、この被覆ステップは、存在するMCH−オリゴヌクレオチド単分子膜に顕著な影響を与えない。続いて、双方のアレイを再びMCH1mMに60分間浸漬するが、これは、既に混合オリゴヌクレオチド単分子膜で被覆された電極上のオリゴヌクレオチド密度には、顕著な影響を及ぼさない。このアレイに、異なるビオチン化オリゴヌクレオチドを90分間処理した。図4(a)のアレイはビオチン化オリゴヌクレオチドで処理したもの(Yに相補的な配列GGGCGGCGACCTである)が、図4(b)のアレイがビオチン化オリゴヌクレオチドで処理したものである。その後の抗ビオチン抗体法による検出で得られる色変化から、チオール化オリゴヌクレオチドXおよびYが希望する電極に結合することを確認でき、異なるオリゴヌクレオチドを選択的にサブ50nm分離電極上に堆積させるのに、この技術を使用できることを実証している。われわれは、抗ビオチン抗体検出が、必要な被覆を達成していることを示すばかりでなく、結合したチオール化オリゴヌクレオチドがナノアセンブリ応用分野でアンカー分子として働くことができ、そのまま残して、相補的な相手とさらにハイブリッド化できることを示すことにも注目している。
【0052】
電極アレイの作製
2段階のシャドー蒸発技法(Philipp,G.,Weimann,T.,Hinze,P.,Burghard,M.&Weis,J.,“Shadow evaporation method for fabrication of sub 10 nm gaps between metal electrodes(金属電極間にサブ10nmの間隙を作成するシャドー蒸発法)”,Microelectron.Eng.46,157−160(1999))を使用して、Si/SiOウエハ上に電極アレイを作製した。第1段階では、標準的なUVフォトリソグラフィ、金属蒸発、およびリフト−オフ法によって、Ni/Crの10nm接着層表面上に、35nm厚のAu層を含めて、35μm間隔で向き合う一連の電極を作製した。第2段階では、このウエハを蒸発装置内で適当に傾けて、Ni/Cr5nmを、その後Au17nmを、向き合う電極間を連結する帯状部分に堆積させた。しかし、ウエハが傾いているので、蒸発源の最も近くにある既存電極のエッジが蒸発ビームから表面を遮り、向かい合う電極間にサブ50nmの大きさの間隙が形成する。
【0053】
DNA検出
アレイの特定電極上に形成された特定オリゴヌクレオチド単分子膜を視覚化するために採用したプロトコルは、オリゴヌクレオチドハイブリッド化の比色検出法に基づく。チオール化されたオリゴヌクレオチドXおよびYに相補的な配列をもつビオチン化オリゴヌクレオチド(はTCTTGTTGTTCGCCATCCTG−ビオチン、およびはGGGCGGCGACCT−ビオチン)を、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン10mM、EDTA1mM(TE溶液)およびNaCl1Mに溶解して、最終濃度を2.5μMとする。ビオチン化したオリゴヌクレオチドの適当な溶液を、室温で90分間電極アレイに作用させ、表面結合した相補的チオール化オリゴヌクレオチドとハイブリッド化させる。ビオチン化オリゴヌクレオチド溶液をトリス緩衝食塩水(TBS)ですすぎ、さらに数回の洗浄ステップの後、TBS/ツゥイーン20中で、アルカリホスファターゼと複合化する単一クローン性抗ビオチン抗体を1:1000に稀釈した液に、電極アレイを60分間浸漬した。この電極アレイを、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルホスフェート/ニトロブルーテトラゾリウムの溶液に浸漬すると、アルカリホスファターゼが存在する箇所で、したがってビオチン化オリゴヌクレオチドが電極アレイにハイブリッド化している箇所で、色の局所的な黒ずみが起きる。全てのオリゴヌクレオチドはMWGバイオテックAG(MWG Biotech AG)から購入し、全ての試薬はシグマ(Sigma)から購入した。
【0054】
図面の詳細な説明
図1:洗浄直後の露出したAu電極(破線)、MCH分子単分子膜で被覆したあとの同一電極(実線)、およびMCH単分子膜を脱着したあとの同一電極(点線)のサイクリックボルタモグラム。いずれのボルタモグラムも、62mV/秒、100mMリン酸塩緩衝液中、pH10で、Ag/AgCl参照電極に対して測定し、−0.4Vからスタートした。上昇および下降掃引がそれぞれの場合に示されている。
【0055】
図2:選択的に被覆された電極アレイ。矢印で示すように、向かい合う電極を隔てるサブ50nmの間隙が、幅広の電極と狭い電極の間の特徴的接合点で生じている。2、4および6と標識化された電極を、記述した選択的脱着技術を使って、オリゴヌクレオチドXで被覆し、その後記述した抗ビオチン抗体検出スキームを使って着色した。電極間の色のコントラスト(電極2、4および6は、電極1、3および5より顕著に黒ずんでいる)は、極めて高い選択的被覆が、ナノメートルの大きさの間隙を横切って達成されていることを示す。狭い中央の帯状部分は、当初、金属層がより薄かったために、幅広の電極より黒ずんでいる。
【0056】
図3:図2の電極1および4の接合領域の走査型電子顕微鏡写真(SEM)である。写真は抗ビオチン抗体検出プロセスの後に撮った。挿入部分は、主要写真中央部の拡大画面であり、間隙が50nmを著しく下回ることを示す。
【0057】
図4:電極1、3および5は、オリゴヌクレオチドYで被覆され、電極2、4および6は、オリゴヌクレオチドXで被覆された電極アレイ。矢印は、向かい合う電極を隔てるナノスケールの間隙を指す。(a)アレイをビオチン化オリゴヌクレオチドYで処理し、続けて抗ビオチン抗体検出プロセスにより電極1、3および5は黒ずみ、表面に結合するオリゴヌクレオチドYの存在を確認する。(b)アレイをビオチン化オリゴヌクレオチドXで処理し、続けて抗ビオチン抗体検出プロセスにより電極2、4および6は黒ずみ、表面に結合するオリゴヌクレオチドXの存在を確認する。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】清浄化電極、被覆電極および露出電極のCVトレース図。
【図2】マスキング分子が選択的に脱着した電極アレイの図。
【図3】本発明の方法による2本の電極間領域のSEM画像の図。
【図4】本発明の方法により被覆された、さらに2枚の電極アレイの図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2本の電極上に、少なくとも2種類の異なる被覆分子を被覆形成する方法であって、前記方法が、
(a)少なくとも2本の独立してアドレスを呼び出せる電極のアレイを準備し、
(b)マスキング分子の層を全ての電極上に吸着させて、
(c)前記マスキング分子を、全てではないが少なくとも1本の電極から電気化学的な脱着を起こして、第1組の露出電極を曝し、
(d)第1被覆分子を第1組の露出電極上に吸着させ、
(e)全ての電極をマスキング分子に曝して、マスキング分子を全ての電極上に吸着させ、
(f)第2組の電極からマスキング分子の電気化学的脱着を起こして、第2組の露出電極を曝し、
(g)第2被覆分子を、第2組の露出電極上に吸着させること、
を含む方法。
【請求項2】
アレイが少なくとも10本、好ましくは少なくとも50本の、独立してアドレスを呼び出せる電極を含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
少なくとも10組の異なる電極上に少なくとも10種類の異なる被覆分子を被覆形成するために、ステップ(c)から(e)を少なくとも8回繰り返すことを含む請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
各電極の直径が50μm以下、好ましくは900nm以下、より好ましくは500nm以下である前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
電極間の隔たりが30μm以下、好ましくは900nm以下、好ましくは100nm以下、より好ましくは50nm以下である前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
電極が金属電極であり、マスキング分子および被覆分子がチオール化されている前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
被覆分子が、少なくとも500、好ましくは少なくとも1000の分子量を有する高分子である前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
被覆分子が電極に吸着できる官能基で変性されたオリゴヌクレオチドである前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
オリゴヌクレオチド被覆分子に相補的なオリゴヌクレオチドで機能化されたナノ粒子を用意すること、および前記ストランドをハイブリッド化すること、をさらに含む請求項8に記載の方法。
【請求項10】
被覆分子が電極上に吸着できる官能基で変性されたポリペプチドである請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
吸着分子の配向を起こすために、ステップ(b)および/またはステップ(d)で、ACもしくはDC電場を印加することを含む前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
電極からの脱着を阻止するために、ステップ(c)および/または(f)で、脱着を要しない電極の電位を制御することを含む前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
ステップ(b)および/またはステップ(e)および/またはステップ(g)で、吸着が必要な電極にACもしくはDC電位を印加することを含む前記請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
少なくとも3組の、好ましくは少なくとも5組の、より好ましくは少なくとも10組の独立してアドレスを呼び出せる電極をもつアレイであって、各組は吸着する異なる被覆分子を有し、電極間の最小間隔が900ナノメートル以下、好ましくは100ナノメートル以下、より好ましくは50ナノメートル以下であるアレイ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2006−502400(P2006−502400A)
【公表日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−542640(P2004−542640)
【出願日】平成15年10月9日(2003.10.9)
【国際出願番号】PCT/GB2003/004368
【国際公開番号】WO2004/033724
【国際公開日】平成16年4月22日(2004.4.22)
【出願人】(505132345)ケンブリッジ ユニバーシティ テクニカル サービイシズ リミテッド (2)
【氏名又は名称原語表記】CAMBRIDGE UNIVERSITY TECHNICAL SERVICES LIMITED
【住所又は居所原語表記】16 Mill Lane, Cambridge CB2 1SB (GB)
【Fターム(参考)】