説明

分子測定装置

【課題】 1個又は複数個の分子についてFCS測定等の測定を比較的長時間に亘って行うことのできる分子測定装置を提供する。
【解決手段】 運動する一個又は複数個の目的分子に対してFCS等の測定を行う測定領域24よりも広い領域23において、従来の光ピンセットと同様の原理によるトラップ光により、その測定目的分子を保持する。従来の光ピンセットは、目的とする微小物体(誘電体)を確実に把持するために用いられていたが、本発明においては、そのように固定的に把持するのではなく、或る程度広い領域内で目的とする微小物体が自由に動くことを許しつつ、その領域からは出ないように保持するために用いる。例えばFCS測定を行う場合には、分子のブラウン運動に殆ど影響を与えない程度の広さの保持場を提供するようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子等の単一又は複数の分子に対して蛍光相関分光(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)等の測定を行うための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、1個の分子の挙動を測定する1分子測定が注目され、そのための測定装置や方法が提案されている。
従来のように、多数の分子に対して何らかの測定を行った場合には、得られるデータは多数の分子に関する統計として得られるに過ぎず、個々の分子の挙動を知ることができない。また、多数の分子のうちのごく一部の分子のみに変化が生じても、統計として得られるデータではその変化は無視されるため捉えることができない。それに対して、1分子測定ではその分子の挙動を直接捉えることができる。
【0003】
このような1分子測定の一例がFCSである(特許文献1)。FCSでは、蛍光標識を付した分子を含む液体にビーム状の光を照射して、蛍光標識が発する蛍光を検出する。この蛍光の時間変化から分子の自己相関関数の値を計算する。得られた自己相関関数の値には、例えば分子の速度に関する情報が含まれる。また、ブラウン運動をする分子の速度はその質量が小さいほど大きくなるため、分子の質量やその時間変化を知ることができる。ここで、分子の質量の時間変化は、例えば分子が分裂することにより生じる。
【0004】
なお、本願において「蛍光標識」は、分子に付着させた蛍光物質の他、分子自身が有する蛍光物質を含むものとする。
【0005】
1個の分子のような微小試料を測定するためには、その微小試料をハンドリングする必要がある。このハンドリングの手段として、特許文献2に記載されるような光ピンセットが知られている。光ピンセットは、誘電体が光の勾配の方向に力(これをグラジエント・フォースgradient forceという)を受ける現象を利用したもので、強い光を或る点(焦点)に絞り、そこに向けて形成される光の強度の大きな勾配によって微小物体を引き寄せ、保持するものである。
【0006】
【特許文献1】特開2001-272346号公報([0002]〜[0013], 図1, 図2)
【特許文献2】特開平6-132000号公報([0009]〜[0010], 図1, 図2, 図6)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
1分子に対してFCS測定を行う場合、分子の運動空間をFCS測定領域に対して十分大きくすると、分子はブラウン運動により時間の経過と共に測定領域から離れて行ってしまい、もはやFCS測定を行うことができなくなる。従って、着目する1分子に対して何らかの環境(例えば温度)を変化させつつその挙動の変化を調査する等の測定を行いたい場合、従来の方法では不可能であった。
それ以外の測定においても、分子をほぼ自由に運動させつつ継続的に観察しようとする場合、従来は適切な保持手段が存在しなかった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、1個又は複数個の分子についてFCS測定等の測定を比較的長時間に亘って行うことのできる分子測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る分子測定装置は、
a)運動する一個又は複数個の目的分子に対して所定の測定領域を対象に測定を行う測定部と、
b)前記測定領域を含むトラップ領域内に目的分子を保持するためのトラップ光を生成するトラップ光源と、
を備えることを特徴とする。
【0010】
前記測定部は、目的分子が有する蛍光物質を蛍光励起させるための光を前記測定領域に照射する蛍光励起光源と、蛍光を検出する検出部と、を有するものとすることができる。また、そのような測定の一つに、蛍光相関分光測定(FCS)を挙げることができる。
【0011】
本発明に係る分子測定装置では、測定を行う領域よりも広い領域に一個又は複数個の測定目的分子を保持する。従来、光ピンセットは、目的とする微小物体(誘電体)を確実に把持するために用いられていたが、本発明においては、そのように固定的に把持するのではなく、或る程度広い領域内で目的とする微小物体が自由に動くことを許しつつ、その領域からは出ないように保持するために用いる。例えばFCS測定を行う場合には、分子のブラウン運動に殆ど影響を与えない程度の広さの保持場を提供するようにする。
このような保持場を形成するためのトラップ光は、従来の光ピンセットよりも広い領域で集光するようなトラップ光学系を作製することで実現することができる。
【0012】
なお、トラップ光は、測定対象の分子に、その光の進行方向への運動量を与える(この力をスキャッタリング・フォースscattering forceという)。本発明に係る分子測定装置で使用するトラップ光は目的分子を比較的広い範囲で保持するため、グラジエント・フォースが弱くなるようにしている。従って、光の進行方向においてもグラジエント・フォースが弱く、条件によってはスキャッタリング・フォースの方が大きくなって保持場の分子が光の進行方向に押し出される場合がある。そのような場合には、更にトラップ光の進行方向とは逆方向の光をトラップ領域に照射する逆方向トラップ光源を設け、分子をトラップ領域内に閉じこめるようにすることが望ましい。
【0013】
本発明の分子測定装置には更に、測定対象の分子又は測定対象外の分子を捕捉するためのトラップ光源であって、その捕捉領域を前記トラップ領域の周囲で移動可能な移動トラップ光源を設けることができる。この移動トラップ光源が生成するトラップ光は、従来の光ピンセットと同様に、目的物である分子を固定的に把持するものであることが望ましい。例えば、この移動トラップ光源からのトラップ光により測定目的の分子を測定領域の外において捕捉し、その移動トラップ光を測定領域内に移動させることにより、目的分子を測定領域外から測定領域内に導入することができる。このように測定領域内に分子を導入することは、例えば、測定中に測定領域内の分子の数を変化させて分子間の相互作用の変化をみる場合等に用いることができる。
【0014】
逆に、移動トラップ光源により形成される捕捉領域を測定領域の周囲で移動させておくことにより、測定目的以外の分子が測定領域内に侵入しないようにすることもできる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る分子測定装置では、目的とする一個又は複数個の分子をトラップ光により比較的広い場に保持しつつ、すなわち分子の自由な運動に大きな影響を与えることなく、分子の運動の様子等を観察することができる。従って、例えば、分子の環境条件を変えつつ運動状態の変化を見たり、長時間に亘って分子の変化の様子を見る等の分子に関する測定が容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係る分子測定装置の一実施形態を、図1〜図5を用いて説明する。本実施形態の測定装置は、FCS測定を行うためのものである。
図1は、本実施形態の測定装置の概略構成図である。サンプルセル10の内部にトラップ領域を形成するためのトラップ光源11及び集光光学系(トラップ光源レンズ12、反射鏡13及び対物レンズ18)を設ける。サンプルセル10内には、分散媒となる液体と共に測定対象の分子を入れておく。また、測定対象の分子には蛍光標識を付しておく。
【0017】
次に、トラップ領域の内部に励起光を照射するように、蛍光励起光源14、励起光源レンズ15、共焦点ピンホール16、及び反射鏡17の位置を設定する。そして、蛍光励起光源14により励起光が照射される場が測定領域となる。一方、測定領域から発する蛍光を集光し、検出するための共焦点光学系及び検出器19を設定する。検出器19の直前には共焦点光学系を形成するためのピンホール20を設ける。なお、蛍光励起光源14がレーザであって、ピンホール16の位置がレーザ光の焦点にある場合には、ピンホール16は省略することができる。
トラップ光源11には、例えば波長1000nm程度のレーザ光を発振するレーザ光源を用いる。また、蛍光励起光源14には、蛍光標識の物質に応じて、例えば波長400〜800nmのレーザ光源を用いる。
【0018】
図2に示すように、トラップ光21の集光点に形成されるトラップ領域23の大きさは、トラップ光源レンズ12及び対物レンズ18の焦点距離及び開口数により設定することができる。蛍光励起光22についても同様に、励起光源レンズ15の焦点距離及び開口数を調整することにより、トラップ領域23中に照射領域を設定する。これが測定領域24となる。なお、実際には図2のトラップ領域23及び測定領域24は立体状に形成される。
【0019】
こののようにトラップ領域23及び測定領域24が形成されることにより、サンプルセル10内の分子は、トラップ領域23内においてほぼ自由に動けるため、ブラウン運動を行いつつ測定領域24への出入りを繰り返す(図3)。分子が測定領域24の中に存在する間は、分子が有する蛍光標識が励起光22により蛍光を発し、分子が測定領域24の外に存在する間は蛍光を発しない。検出器19により検出される蛍光の時間変化に基づき、FCS測定を行う。測定対象となる粒子の径によって、トラップ用のレーザ光の強度を調整することができる。
【0020】
図2では、トラップ光21が矢印31の方向に進行する。測定対象の分子はトラップ光21のスキャッタリング・フォースによりこの方向の運動量が与えられる。この力がトラップのためのグラジエント・フォースを上回る場合には、測定対象分子はトラップ領域23から押し出されることとなる。そこで、そのような場合には逆方向トラップ光源(図示せず)を設け、図4に示すように、トラップ光21の進行方向31とは逆方向32に進行するトラップ光を与えるようにする。これにより、分子33は安定してトラップ領域23中に保持されるようになる。
【0021】
更に、図5に示すように、トラップ領域23の周囲を移動することができる移動トラップ光41を形成することが望ましい。例えば、図5(a)に示すように、この移動トラップ光41により測定対象の分子42を捕捉し、移動させてトラップ領域23内に導入することができる。あるいは図5(b)に示すように、測定対象ではない分子43を移動トラップ光41により捕捉して、この分子43がトラップ領域23内に侵入することを防ぐことができる。また、測定前にあらかじめ測定領域の周辺にある粒子をこの移動トラップでトラップし、測定領域に別の粒子が侵入することを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の測定装置の一実施形態を示す概略構成図。
【図2】本実施形態の測定装置により形成されるトラップ領域及び測定領域を示す概略図。
【図3】ブラウン運動をする分子とトラップ領域及び測定領域の位置関係を示す概略図。
【図4】逆方向光をサンプルセルに照射した場合のトラップ領域付近の状態を示す概略図。
【図5】移動トラップ光について説明するための、トラップ領域付近の状態を示す概略図。
【符号の説明】
【0023】
10…サンプルセル
11…トラップ光源
12…トラップ光源レンズ
13…反射鏡
14…蛍光励起光源
15…励起光源レンズ
16、20…ピンホール
17…反射鏡
18…対物レンズ
19…検出器
21…トラップ光
22…蛍光励起光
23…トラップ領域
24…測定領域
41…移動トラップ光
42…測定対象の分子
43…測定対象外の分子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)運動する一個又は複数個の目的分子に対して所定の測定領域を対象に測定を行う測定部と、
b)前記測定領域を含むトラップ領域内に目的分子を保持するためのトラップ光を生成するトラップ光源と、
を備えることを特徴とする分子測定装置。
【請求項2】
前記測定部が、目的分子が有する蛍光物質を蛍光励起させるための光を前記測定領域に照射する蛍光励起光源と、蛍光を検出する検出部と、を有することを特徴とする請求項1に記載の分子測定装置。
【請求項3】
前記測定が蛍光相関分光測定(FCS)であることを特徴とする請求項2に記載の分子測定装置。
【請求項4】
前記トラップ光の進行方向とは逆方向のトラップ光を前記トラップ領域に照射する逆方向トラップ光源を備えることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の分子測定装置。
【請求項5】
測定対象の分子又は測定対象外の分子を捕捉するためのトラップ光源であって、その捕捉領域を前記トラップ領域の周囲で移動可能な移動トラップ光源を更に備えることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の分子測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−10523(P2006−10523A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−188504(P2004−188504)
【出願日】平成16年6月25日(2004.6.25)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】