説明

分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤

【課題】 ハンタウイルスを始めとするフラビウイルスに特異的な分泌型IgA及びIgG抗体の産生を誘導させる経鼻用ワクチンを提供すること、及び、当該分泌型IgA及びIgG抗体を誘導させることによりフラビウイルスによる感染を防御する方法を提供すること。
【解決手段】 フラビウイルス由来の不活化抗原、及びアジュバントとしてPoly(I:C)またはセラミック化ホッキ貝粉末からなるワクチンを経鼻投与することを特徴とする、良好な鼻粘膜上でのIgA抗体の分泌と、血清中でのIgG抗体応答を得ることを特徴とする経鼻用ワクチンであり、また、フラビウイルスの不活化抗原と共にアジュバントとしてPoly(I:C)またはセラミック化ホッキ貝粉末を吸器粘膜に投与することを特徴とするフラビウイルス特異的IgA及びIgG抗体を誘導させる方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラビウイルス(Flavivirus)の不活化抗原であるワクチンと共にアジュバントを経鼻投与することにより、フラビウイルスに特異的な分泌型IgA及びIgG抗体の産生を誘導させる方法に関する。また本発明は、経鼻投与することにより、当該分泌型IgA及びIgG抗体の産生を誘導させ、それによりフラビウイルスからの感染を防御する方法、さらには分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
最近フラビウイルス(Flavivirus)による感染症が問題視されてきている。フラビウイルスのなかでも、ウエストナイルウイルス、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、黄熱ウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルス、C型肝炎ウイルス等による感染症は、世界的に大きな問題となっている。
またそれに加えて最近、フラビウイルスの一種であるハンタウイルスによる感染症も大きく問題視される様になってきた。ところで、ハンタウイルスによる感染症が日本において注目されたのは、1970年代半ばから、各地の医学系動物実験施設においてラットの取り扱い者の間に原因不明熱の患者が相次いで発生した時である。その当時は原因が不明であり、1984年まで発生が相次ぎ、合計127症例が報告され、そのうち1例の死亡例があった。
【0003】
また、先の大戦前に、中国と旧ソ連邦の国境を流れるアムール川の流域で流行があり、また旧日本軍が中国東北部(旧満州)に進駐した際に不明熱に遭遇し、「流行性出血熱」として報告された。その後、朝鮮戦争の時に国連軍のあいだに約3,200例の不明熱が報告され、大いに注目された。韓国の高麗大学の李教授等が、感染症が大流行をきたした流行地のアカネズミ(Apodemus)から病因ウイルスを初めて分離し、アカネズミを捕獲した場所の川(Hantaan river:ハンタン川:漢灘江)の名をとってハンタン(Hantann)ウイルスと命名した。
【0004】
上記したこれらの疾病は、いずれもフラビウイルス属のハンタンウイルスの仲間に起因するものであり、1982年に世界保健機構(WHO)は、日本において本症に関する研究集会を開催し、以降分離された類似ウイルスをハンタンウイルスの名の下に、ブニヤウイルス科の5番目の新しい属としてハンタ(Hanta)ウイルス属として命名し、ハンタウイルス(Hanta virus)と総称することとし、本症を腎症候性出血熱(Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome:HFRS)と呼称することと決定した。
【0005】
ハンタウイルス感染症は、ネズミを自然宿主とするハンタウイルスによる人獣共通感染症であり、該ウイルスはネズミの糞、尿中に排出され、多くは、新鮮な糞または乾燥した糞、尿中からエアロゾルとしてウイルスを吸い込むことにより感染するが、ネズミの咬傷でも感染するとされている。さらに、ネズミに触れたものを介して鼻、目又は口に触れることで感染すると考えられている。
【0006】
HFRSを起こすハンタウイルスは、ユーラシア大陸に広く分布しており、主要なものは、朝鮮半島、中国の北部から中央部及び極東ロシアにみられるセスジアカネズミ(Apodemus agrarius)を宿主とするハンタンウイルスである。中国ではおよそ年間数万人、ロシアでは数千人、韓国では数百人規模での患者が報告されており、広く世界的に分布しているドブネズミ(Rattus norvegicus)に保有されているのはソウル(Seoul)ウイルスであり、日本では1984年の医学系動物実験施設感染患者の後は発生の報告はないが、我が国の港湾地域に生息するドブネズミは、今日においても当該ウイルスを保有していることから、今後この患者の発生に注意する必要がある。
【0007】
一方、1993年に米国南西部で、肺水腫を伴う急性の呼吸困難による死亡がナバホインディアンのあいだ複数報告された。HFRSと異なり腎症候を伴わず、急性の呼吸器症状を示し、約50%が死亡したが、病因ウイルスはハンタウイルスであった。このハンタウイルス肺症候群(Hantavirus pulmonary Syndrome:HPS)は、北米のみならず、1995年には南米においてもハンタウイルスによる感染症の発症の報告がなされている。
【0008】
HFRSや、北米あるいは南米のHPS等のハンタウイルス感染症では、ヒトからヒトへの感染は起こらないと考えられている。ところが、1996年9月の南アルゼンチンで報告されたケースでは、住民及び訪問者18例と、患者に関わったが、当地を訪れていない2例のHPSが発生し、致死率は50%であった。患者にはネズミとの接触が考えられず、ヒトからヒトへの感染が起こった例であり、ウイルス学的証拠も示され、重大な問題となったが、その後は終息し、再発生は起こっていない。
【0009】
しかしながら、世界的にドブネズミ等が生活の場に蔓延している今日では、ネズミの糞を介在して空気感染するHFRSやHPS等のハンタウイルス感染症が何時発生してもおかしくない状況にあり、事実上記したように、中国、極東ロシア、韓国では毎年その発生が報告されており、このハンタウイルスによる感染に対するワクチンの開発が強く望まれているのが現状である。
特に、毎年の発生件数が数多く報告されている中国、極東ロシア、韓国等においては、かかる感染症に対するワクチンの提供は急務であるといえる。
【0010】
ところで、空気感染によるインフルエンザ等の呼吸器感染症の防御には、粘膜より分泌される特異的IgA抗体が非常に有効であることが知られている。特に型の異なるウイルスに対する交叉防御は、粘膜で分泌されるIgA抗体が主に担っており、インフルエンザウイルスに自然罹患した後に回復したヒトには、このIgA抗体が誘導されており、同亜型の変異型ウイルスの流行に対しても感染防御ができているとされている。
【0011】
一方、未感染の個体におけるウイルスまたは病原菌からの感染を防御する方法として、ウイルスまたは病原菌由来の不活化抗原であるワクチンを接種し、意図的に抗体を誘導させる方法があり、そのようなものとしてインフルエンザワクチン、コレラワクチン、チフスワクチン、種痘ワクチン、BCGワクチン等などが知られている。
【0012】
そのなかでもインフルエンザ、重症急性呼吸器感染症候群(SARS)等の呼吸器疾患は、呼吸器官からの感染によるものであり、したがってそのワクチンの投与により呼吸器粘膜での免疫応答が求められている。しかしながら、現在用いられている皮下注射によるワクチンでは、粘膜免疫応答が得られず、交叉防御能を有する、より効果的なワクチンの開発が求められているのが現状である。特に、呼吸器粘膜における分泌型IgA抗体の誘導方法として、鼻腔投与(経鼻投与)による鼻粘膜へ抗原を接種する方法があるが、抗原の接種のみでは十分な抗体応答がみられず、より効果的な免疫応答発現のためには、ワクチンと同時に投与するアジュバントが必要となる。
【0013】
かかる観点に立脚してHFRSやHPSのハンタウイルスをはじめとするフラビウイルス感染症を考察すると、基本的にはかかるウイルスによる感染は、インフルエンザウイルスと同様に呼吸器感染症として捉えることができる。
したがって、呼吸器粘膜上における分泌型IgA抗体の産生を誘導し、血清中でのIgG抗体応答が得られれば、効果的なハンタウイルスをはじめとするフラビウイルス感染症の予防となり得ることとなる。
【0014】
そのためには、当該ウイルスの不活性抗原を粘膜投与、特に経鼻投与してやればよいが、これらウイルスの不活性抗原のワクチン効果をより完全なものとするには、ワクチンに対するアジュバント作用を有する物質を同時に投与することが必要である。
これまで、そのようなワクチンに対するアジュバント作用を有する物質が種々提案されてきており、例えば、最近では、イノシン酸とシチジル酸とからなるポリヌクレオチドコポリマーであるPoly(I:C)にアジュバント作用があることが報告されている(非特許文献1)。
また、天然資源からのアジュバントとして、セラミック化ホッキ貝の粉末にアジュバント作用があることが報告されている(特許文献1)。
【特許文献1】特願2004−133268
【非特許文献1】J. Clinical Investigation, 110(8), 1175-1184 (2002)
【0015】
本発明者らはこれらの特異的なアジュバント作用を有する物質を用いて、ハンタウイルスをはじめとするフラビウイルスの不活性抗原を経鼻投与することを検討し、効果的に粘膜上でのIgA抗体分泌と、血清中におけるIgG抗体応答が得られ、さらに致死量のハンタウイルスをはじめとするフラビウイルスに対する感染防御効果が認められることを確認し、本発明を完成させるに至った。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
したがって、本発明は、Poly(I:C)並びにセラミック化ホッキ貝粉末をアジュバントとして利用した、ハンタウイルスをはじめとするフラビウイルスに特異的な分泌型IgA及びIgG抗体の産生を誘導させる経鼻用ワクチンを提供することを課題とする。また、本発明は、別の態様として、当該分泌型IgA及びIgG抗体を誘導させることによりフラビウイルスによる感染を防御する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
かかる課題を解決するための本発明は、その一態様として、具体的には、フラビウイルス由来の不活化抗原、およびアジュバントとしてPoly(I:C)またはセラミック化ホッキ貝粉末からなるワクチンを経鼻投与することを特徴とする、良好な鼻粘膜上でのIgA抗体の分泌と、血清中でのIgG抗体応答を得ることを特徴とする経鼻用ワクチンである。
【0018】
さらに本発明は、別の態様として、具体的には、フラビウイルスの不活化抗原と共にアジュバントとしてPoly(I:C)またはセラミック化ホッキ貝粉末を投与することを特徴とするフラビウイルス特異的IgA及びIgG抗体を誘導させる方法であり、より具体的には、吸器粘膜に投与することを特徴とする分泌型IgA及びIgG抗体誘導させる方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明が提供するハンタウイルスをはじめとするフラビウイルス由来の不活化抗原、およびアジュバントとしてPoly(I:C)またはセラミック化ホッキ貝粉末からなるワクチンを経鼻投与することにより、フラビウイルスに特異的な呼吸器粘膜組織における分泌型IgA及びIgG抗体の産生が誘導される。
分泌型IgA及びIgG抗体は、外分泌液中の主要な免疫グロブリンであり、粘膜表面の感染防御に役立っている病原菌特異的IgA及びIgG抗体であって、唾液、鼻汁、腸、気管などの分泌液中、あるいは初乳中に多くみられ、また血清中にも存在する。したがって、本発明が提供するワクチンを投与することによりこのIgA及びIgG抗体の産生が効果的に誘導され、フラビウイルスによる感染を防御するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明が提供する分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤において、ワクチンのアジュバントとして使用されるPoly(I:C)は、Toll様レセプター(Toll−like receptor:TLR)のリガンドである2本鎖RNAであり、自然免疫系を刺激するTLRのリガンドとして、病原菌あるいはウイルス等の微生物の攻撃に対する防御免疫獲得能を発揮する。
事実、Poly(I:C)を含むTLRのリガンドである2本鎖RNAが、アジュバントとしてワクチンと共に投与された場合には、そのワクチン能を増強させるのではなく、二本鎖RNAであるPoly(I:C)自体が、種々の病原菌あるいはウイルス等の病原体の攻撃に対する防御免疫能を増強せしめ、特にウイルスまたは病原菌特異的IgA抗体及びIgG抗体を誘導させることによって病原体による感染を防御する。
【0021】
本発明で使用する二本鎖RNAであるPoly(I:C)は、その分子の大きさとしては、その塩基対(bp)として低〜高サイズの種々のものを用いることが可能であるが、免疫応答に対してより優れた応答を発揮するものは、300bp以上の分子サイズを有することが必要であることが判明した。そのような分子サイズを有するものとして、例えば、100〜1000bpのPoly(I:C)は、東レ株式会社から容易に入手することができる。
【0022】
一方、本発明が提供する分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤において、ワクチンのアジュバントとして使用されるセラミック化ホッキ貝粉末は、ホッキ貝を焼成して得た粉末であり、多孔質の微粉末である。この溶解液には、除菌作用あるいは殺菌作用を有し、また微量有害物質、例えば残留農薬等の除去効果があるとされており、セラミック化ホッキ貝粉末自体は、すでに製品として市販されているものである。
【0023】
本発明で使用するアジュバントとしてのかかるセラミック化ホッキ貝粉末は、その電子顕微鏡写真を観察すると、多孔質性の微粉末であり、10〜100μm程度の不定形の構造物よりなるものである。したがって、その多孔質性によりワクチンのキャリアとして、抗原提示細胞の活性化に作用する。
【0024】
一方、本発明が提供する分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤により、アジュバントとしてのPoly(I:C)或いはセラミック化ホッキ貝粉末と共に投与されるワクチンとしては、身体中に接種されて、活性な免疫を生成する、通常感染性因子または感染因子のある部分を含む抗原性懸濁液または溶液である。ワクチンを構成する抗原性部分は、一般的には微生物(例えば、ウイルスまたは細菌など)または微生物から精製された天然の産生物、合成生成物または遺伝子操作したタンパク質、ペプチド、多糖または同様な産生物であってもよい。
【0025】
本発明においては、生ワクチン或いは不活化ワクチンとしては、具体的には、フラビウイルス感染症の生ワクチンをあげることができる。
また、本発明にいう不活化抗原とは、感染能を失わせた抗原をいい、完全ウイルス粒子であるビリオン、不完全ウイルス粒子、ビリオン構成粒子、その翻訳後修飾体、ビリオン非構成タンパク質、その翻訳後修飾体、感染防御抗原、中和反応のエピトープなどを挙げられることができる。不活化は、例えば、物理的(例えば、X線照射、熱、超音波)、化学的(ホルマリン、水銀、アルコール、塩素)などの操作により行うことができる。
【0026】
本発明が提供する分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤の投与は、粘膜投与の形態により行うのが好ましい。脊椎動物における粘膜には、消化器、呼吸器、排出器、生殖器などの特に外通性の中腔器官の内壁が含まれる。したがって、本発明の好ましい投与形態である粘膜投与としては、例えば、鼻腔投与(経鼻投与)、口腔投与、膣内投与、上気道投与、肺胞投与などをあげることができる。そのなかでも鼻腔内粘膜投与が好ましい。鼻腔は特に、ハンタウイルスをはじめとするフラビウイルスによる呼吸器感染症疾患の感染経路の門戸であることから、粘膜投与により分泌型IgA抗体反応を引き起こし、粘膜上皮細胞中に分泌型IgA抗体を産生させること、及び血清中にIgG抗体を産生させることは、呼吸器感染症の防御に結びつくものである。
【0027】
したがって、本発明の目的である分泌型IgA及びIgG抗体の産生が誘導され、免疫防御を発揮する対象としての病原体は、宿主に対して疾患または障害を発生し得る微生物であり、具体的には、ウエストナイルウイルス、ハンタウイルス、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、黄熱ウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルス、C型肝炎ウイルス等のフラビウイルスである。
【0028】
本発明が提供する分泌型IgA抗体及びIgG誘導剤の投与量は、投与する対象者の年齢、体重、投与方法により一概に限定し得ないが、通常成人1日当たり、経口投与の場合には、10〜500mg程度であり、また粘膜投与、特に経鼻投与の場合には、0.1〜10mg、好ましくは、0.1〜1mg程度である。
【実施例】
【0029】
以下に本発明を、具体的実施例により、さらに詳細に説明する。
【0030】
実施例1合成二本鎖RNAであるPoly(I:C)のIgA、IgG産生能
合成二本鎖RNAとしてPoly(I:C)をアジュバントとして用いて、不活化抗原として不活化ウイルスまたはサブユニット抗原の中和抗体惹起能、ひいては抗病原体効果を確認した。
(材料)
マウス:BALB/cマウス(6週齢、雌性)
ウイルス:ハンタウイルス株(国立感染症研究所(東京)から入手した)。
ワクチン:ハンタウイルス株(国立感染症研究所);エーテル処理不活化ワクチン
アジュバント:ポジティブコントロールとしてCTB*[CTB(コレラ毒素Bサブユニット)、0.1%CT(コレラ毒素)を含む]、Poly(I:C)
【0031】
(方法)
6週齢のBALB/cマウス(日本SLC(株)、東京)各群5匹ずつ用いた。ハンタウイルス株ワクチン1μgを、それぞれのアジュバントとしてPoly(I:C)、0.1μg、1μg、3μg、10μgと共にマウスの鼻に5μLを接種し、その3週間後同量のワクチンを、アジュバントなし、もしくはアジュバント有りのものとして経鼻接種し、さらに2週間後に100pfuのハンタウイルスを片鼻に1.2μLずつ接種し感染を行った。
コントロールとしてPoly(I:C)10μgおよび1μgのみ、ワクチンのみ、処置なしの群をおいた。
感染3日後に、鼻腔洗浄液、血清を回収し、鼻腔洗浄液中のIgAおよび血清中のIgGをELISA法により、また、鼻腔洗浄液中のウイルス価を、MDCK細胞を用いたプラークアッセイで測定した。
【0032】
同様の方法で経鼻免疫したマウスに、40LD50の致死量(104.7EIO50(50%の発育鶏卵において免疫性を示すウイルス量の約10000倍量)のハンタウイルスを20μL感染させ、その生存を観察した。
【0033】
また、Poly(I:C)の中枢神経系への安全性を調べるため、0.25μg、2.5μg、25μgのPoly(I:C)を25μLのPBSに溶解し、二段針を用いて脳内接種を行った。接種後の体重の変化を測定し、また生存を観察した。
なお、対照群として2.5μg、10μg、25μgのCTB*(CTB、0.1%CTを含む)を同様に25μLのPBSに溶解した溶液を脳内に接種した群をおいた。
【0034】
(結果)
(1)Poly(I:C)をアジュバントに用いた経鼻ハンタウイルスワクチンによる抗体誘導と感染防御について
Poly(I:C)の粘膜アジュバント能を評価した。6週間前に1μgのワクチンを0.1μg〜10μgに量を振ったPoly(I:C)と共に経鼻接種し、さらに2週間前に同量のワクチンを、ワクチンのみまたはアジュバントと共に経鼻接種した。経鼻粘膜でのIgA抗体応答と、血中IgG応答を表1にまとめた。
【0035】
【表1】

【0036】
Poly(I:C)の用量依存性のアジュバント効果をみるために、Poly(I:C)の量は0.1μgから10μgまで段階的に増やし、そのアジュバント作用をみた。
その結果、表1に示した結果からも判明するように、鼻腔粘膜にIgAの応答のためには、最低で0.1μgのPoly(I:C)を初回免疫時に使用すると応答が認められることが判明した。
【0037】
鼻腔粘膜に誘導されるIgAの量は、Poly(I:C)の量に依存的であり、Poly(I:C)の量を増やせば増やすほどそのアジュバント効果が認められた。
2回の免疫ともに、Poly(I:C)を用いると、Poly(I:C)1μgの量で鼻腔洗浄液中に100ng/mL以上のIgAの分泌がみられ、初回のみの免疫の場合には3μgのPoly(I:C)添加で、100ng/mL以上の特異的IgA抗体の誘導が認められた。
血清中のIgGの産生も同時に検討したが、その産生は、IgAの分泌に相関するものであり、1μgのワクチンをPoly(I:C)と共に4週間間隔で2回免疫すると、1.6μg/mLの血中IgGが得られた。
【0038】
また、同様の免疫条件で2回目の免疫の2週間後に100pfuのハンタウイルスを、片鼻1.2μLずつ感染を行った場合には、ワクチンを接種しないコントロール群では、鼻腔洗浄液中に10pfu/mL以上のウイルス価に、ウイルス増殖が認められた。
これに対し、Poly(I:C)を併用して経鼻ワクチン接種を2回行った群では、完全にウイルス増殖が抑制されており、また、ワクチン単独で1μg以上を2回免疫した群、ならびに3μg以上のPoly(I:C)を初回免疫時のみ使用した群では、全くウイルス抑制効果は認められなかった。
【0039】
また、1μg、0.1μgのPoly(I:C)を初回のみ併用接種した群においても、100.8pfu/mL、101.6pfu/mLと、顕著なウイルスの増殖抑制が認められた。なお、ワクチンのみの2回投与群では、ウイルスの増殖抑制は全く認められなかった。
これらの結果をまとめて表2に示した。
【0040】
【表2】

*:p<0.001
【0041】
(2)Poly(I:C)の併用経鼻ワクチン接種による致死量のハンタウイルス感染による肺炎の防御効果について
6週間前に1μgのワクチンとPoly(I:C)を10μg、3μgおよび1μg併用して経鼻接種し、2週間前にワクチンのみで追加免疫し、40LD50のハンタウイルス20μLを感染させ、肺炎の防御能を調べた。
ワクチンを接種しない群では、マウスは1週間以内に前例(5/5)が死亡し、ウイルス感染3日後の肺のウイルス価も10pfu以上であった。
これに対してワクチン接種群では、1μg以上のPoly(I:C)を併用接種することで、全マウスは生存していた。この結果を表3に示す。
【0042】
【表3】

【0043】
以上の事実から、Poly(I:C)は、感染防御に十分な分泌型IgA抗体を産生しており、粘膜IgA抗体応答を引き出すことが判明した。
【0044】
実施例2不活化ウイルス粒子をPoly(I:C)と併用する経鼻ハンタウイルスワクチンとして用いた時の予防効果
(材料)
ワクチン:エーテル処理ハンタウイルスHAワクチン;ホルマリン不活化全ウイルス粒NCワクチン(Inactivated whole particle vaccine)
マウス:BALB/cマウス(6週齢、雌性)
(方法)
ハンタウイルスのホルマリン不活化全ウイルス粒子NCワクチン(Inactivated whole particle vaccine)0.1μgを、Poly(I:C)[100−1000bp:東レ]0.1μgと、併用経鼻ハンタウイルスワクチンのワクチン成分としてマウス:BALB/cマウス(6週齢、雌性)に投与し、3週間後に同じワクチンを2回目投与した。
その1週間後にマウスの鼻洗浄液と血清中の抗体応答を、それぞれ粘膜および全身の防御免疫の指標として測定した。
【0045】
(結果)
それらの結果を表4に示した。
【0046】
【表4】

【0047】
表中の結果から判明するように、不活化全ウイルス粒子をPoly(I:C)併用ハンタウイルスワクチンのワクチン成分として用いたときも、粘膜の防御免疫および全身の防御免疫が高められていた。
しかも、ワクチンとPoly(I:C)とをそれぞれ0.1μgで用いたときであっても、spilit−product vaccineをCTB*と併用して安全なウイルス感染阻止が予測されるアジュバント活性の陽性対照群と同等の応答を示した。
さらにこれらの応答は、spilit−product vaccineをPoly(I:C)と共に用いた場合よりも高かった。
以上の事実から、spilit−product vaccineのみならず、他の形態のワクチンを使用した場合でも、Poly(I:C)併用経鼻ワクチンの有用性が確認された。
【0048】
実施例3Poly(I:C)の分子の大きさの確認
(材料)
ウイルス:ハンタウイルス
Poly(I:C):
サイズ(L):1〜300bp(Fluka)
サイズ(M):100〜1000bp(東レ)
サイズ(H):>3.3×10bp(Fluka)
Poly(A:U)
マウス:BALB/cマウス(6週齢、雌性)
(方法)
ハンタウイルスのspilit−product vaccine(0.4μg)を、種々の大きさのPoly(I:C)の0.1μgと、BALB/cマウス(6週齢、雌性)に経鼻投与し、3週間後に同じワクチンを2回目投与した。
その1週間後にマウスの鼻洗浄液と血清中のHAとNAに対する抗体応答を、それぞれ粘膜および全身の防御免疫の指標として測定した。
【0049】
(結果)
その結果を表7に示した。
【0050】
【表5】

【0051】
表中に示した結果から判明するように、Poly(I:C)の分子の大きさが10〜300bpを用いた実験群では、他の群よりも低い粘膜応答が認められた。したがって、アジュバントとして有用なPoly(I:C)の分子の大きさは、約300bp以上と考えられた。
【0052】
実施例4アジュバントとしてセラミック化ホッキ貝粉末を使用した、経鼻ワクチンによる抗体誘導と感染防御作用
1.材料
材料として、以下のものを使用した。
マウス:BALB/cマウス(6週齢、雌性)
ウイルス:ハンタウイルス株(国立感染症研究所(東京)から入手した)。
ワクチン:ハンタウイルス株(国立感染症研究所);エーテル処理不活化ワクチン
アジュバント:ポジティブコントロールとしてCTB*[CTB(コレラ毒素Bサブユニット)、0.1%CT(コレラ毒素)を含む]、セラミックス化ホッキ貝末粉末
【0053】
2.方法
6週齢のBalb/c雌性マウスを、各群5匹ずつ用いた。ワクチン3μgを、アジュバントとしてセラミック化ホッキ貝粉末10μgおよび100μgと共に、それぞれの鼻に5μLを接種し、3週後および5週後に、同量のワクチンを同様のアジュバントと共に経鼻接種し、さらに2週間後に100pfuのハンタウイルスを片鼻1.2μLずつ接種し、感染を行った。
アジュバントのポジティブコントロールとして、CTB*[CTB(コレラ毒素Bサブユニット)、0.1%CT(コレラ毒素)を含む]を1μg投与群、および3μgのワクチンのみの投与群、ならびに処置なしの群をおいた。
感染3日後に鼻腔洗浄液、血清を回収し、鼻腔洗浄液中のIgA抗体および血清中のIgG抗体を、ELISA法を用いて、また鼻腔洗浄液中のウイルス価を、MDCK細胞を用いたプラークアッセイ法で測定した。
同様に、経鼻免疫したマウスに40LD50の致死量のウイルスを20μL感染してその生存を観察した。
【0054】
3.結果
セラミック化ホッキ貝粉末の粘膜アジュバント能の評価は、6週間前に3μgのワクチンを、10μg〜100μgに量を振ったセラミックス化ホッキ貝粉末と共に経鼻接種し、更に2週間間隔で2回同量のワクチンを同様のアジュバントと共に経鼻接種した。経鼻粘膜でのIgA抗体応答と血中IgG抗体応答を検討することで行った。
セラミック化ホッキ貝粉末の用量依存的なアジュバント効果をみるために、セラミックス化ホッキ貝粉末の用量を10μgと100μgの2種類とし、そのアジュバント作用を検討した。その結果、セラミック化ホッキ貝粉末を10μg用いた場合に鼻腔粘膜にIgA抗体の応答が認められた。鼻腔粘膜に誘導されるIgA抗体の量は、セラミック化ホッキ貝粉末の用量に依存的であり、100μgに増量すると、そのアジュバント効果がより一層認められていた。
【0055】
また、同様の免疫条件下で3回目の免疫を行い、その2週間後に100pfuのPR8ウイルスを、片鼻に1.2μLずつ注入し、ウイルス感染を行った。ワクチンを接種しないコントロール群では、鼻腔洗浄液中に10pfu/mL以上のウイルス価にウイルス増殖が認められた。しかし、セラミック化ホッキ貝粉末をアジュバントとして併用して経鼻ワクチン接種を3回行った群では、完全にウイルス増殖が抑制されていた。なお、ワクチンのみを単独で3μgずつ3回免疫した群では、全くウイルス増殖抑制効果は認められなかった。
以上の結果から、セラミック化ホッキ貝粉末には強力なアジュバント効果があることが確認された。
これらの結果をまとめて表6に示した。
【0056】
【表6】

*:p<0.05
【0057】
また、誘導される血清中のIgG抗体のクラスは、IgG2a抗体に比較してIgG抗体がより一層誘導されており、Th2型優位の免疫誘導が行われていることが示された。その結果を表7に示した。
【0058】
【表7】

【0059】
実施例5新生マウス(suckling mouse)を用いた感染実験
感染実験用マウスとして、新生マウス(suckling mouse)を用いた感染実験を行った。
経鼻投与により、新生マウスに抗原(ハンタウイルス)とアジュバントとしてPoly(I:C)を投与し、そのときの抗体価を測定した。
抗原1μg及びPoly(I:C) 10μgを、3週間間隔で2回接種を行い、その1週間後にマウスの鼻洗浄液と血清中の抗体応答を測定した。
そのときのマウス鼻洗浄液1mL中のIgA抗体価は200ng/mL程度であり、血清中のIgG抗体価は3〜4μg/mLであった。
また、抗原1μg及びPoly(I:C) 3μgを、3週間間隔で2回接種を行い、その1週間後にマウスの鼻洗浄液と血清中の抗体応答を測定したときのマウス鼻洗浄液1mL中のIgA抗体価は100ng/mL程度であり、血清中のIgG抗体価は2〜3μg/mLであった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
以上説明したように、フラビウイルス(Flavivirus)の不活化抗原であるワクチンと共にアジュバントとしてPoly(I:C)或いはセラミック化ホッキ貝粉末を経鼻投与することにより、フラビウイルスに特異的な分泌型IgA及びIgG抗体の産生を誘導させ、ウイルスまたは病原体による感染を防御し得る。
今日、ワクチンのアジュバントとして効果的なアジュバントが無い現状では、本発明は他の病原体の粘膜ワクチンへの応用しうるものであり、その医療上の貢献度は多大なものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラビウイルス由来の不活化抗原、およびアジュバントとしてPoly(I:C)或いはセラミック化ホッキ貝粉末からなることを特徴とする分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤。
【請求項2】
呼吸器粘膜に投与することを特徴とする請求項1に記載の分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤。
【請求項3】
フラビウイルスがウエストナイルウイルス、ハンタウイルス、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、黄熱ウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルスまたはC型肝炎ウイルスである請求項1または2に記載の分泌型IgA及びIgG抗体誘導剤。
【請求項4】
ウイルス由来の不活化抗原と共にアジュバントとしてPoly(I:C)或いはセラミック化ホッキ貝粉末を投与することを特徴とするウイルス特異的IgA及びIgG抗体を誘導させる方法。
【請求項5】
呼吸器粘膜に投与することを特徴とする請求項4に記載の分泌型IgA及びIgG抗体誘導させる方法。
【請求項6】
ウイルスがウエストナイルウイルス、ハンタウイルス、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、黄熱ウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルスまたはC型肝炎ウイルスである請求項4または5に記載のウイルス特異的IgA及びIgG抗体を誘導させる方法。
【請求項7】
Poly(I:C)或いはセラミック化ホッキ貝粉末からなることを特徴とするフラビウイルス由来の不活化抗原に対するアジュバント作用物質。
【請求項8】
ウイルスがウエストナイルウイルス、ハンタウイルス、デングウイルス、日本脳炎ウイルス、黄熱ウイルス、ダニ媒介性脳炎ウイルスまたはC型肝炎ウイルスである請求項7に記載のアジュバント作用物質。

【公開番号】特開2007−77073(P2007−77073A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−266881(P2005−266881)
【出願日】平成17年9月14日(2005.9.14)
【出願人】(501369617)
【Fターム(参考)】