説明

切削品質維持方法

【課題】切削加工中に何らかの外乱が発生したとしても確実に加工表面の硬さが所定値以下に維持し得る切削品質維持方法を提供する。
【解決手段】加工条件を調節して表層硬さが所定硬さよりも低くなるように行われている切削加工における加工工具7の切削抵抗を目標切削抵抗として取得するデータ取得ステップと、切削加工時の加工工具7の切削抵抗を検知し、検知された切削抵抗が前記目標切削抵抗よりも低くなるように制御して切削加工を行う切削加工ステップと、が備えられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削品質維持方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
原子力プラントにおける機器および配管などの素材として主としてオーステナイト系ステンレス鋼が用いられている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、通常の切削、研削等の冷間機械加工を行うと、表面に硬化層が形成されることが知られている(たとえば、特許文献1、特許文献2参照)。
たとえば、沸騰水型原子力プラントの再循環系配管等では、一般にこの硬化層の硬さがビッカース硬さで300HV以上となると、応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)が発生する可能性があると言われており、加圧水型原子力プラントの水が循環する機器および配管においても同様と考えられている。
【0003】
従来、これらの配管では、SCCの発生を抑制するために、切削加工した後、加工表面に対してバフ研磨等を行い切削加工によって発生した表面の硬化層を除去する、あるいは、加工表層に圧縮応力を付与しSCCの発生を抑制する等の対策が採られている。
このように切削加工後に硬化層の除去および/または圧縮応力の付与等の後処理が必要であるので、作業時間がかかり、コストも増加する。
これを解消するため、工具の形状等の工具条件あるいは工具の切込量、送り量、切削速度の切削条件等の加工条件を工夫して、切削加工のみで表面に硬化層が発生しないように加工することが試みられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−257589号公報
【特許文献2】特開2008−96174号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、工具の形状等の工具条件あるいは工具の切込量、送り量、切削速度の切削条件等の加工条件は、設定値として用いられるので、切削加工中における外乱により切削状態が変動し、加工条件が変動することがある。加工条件が変動すると、場合によっては、所定の硬さ以下に加工されていない恐れがある。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑み、切削加工中に何らかの外乱が発生したとしても確実に加工表面の硬さが所定値以下に維持し得る切削品質維持方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を採用する。
すなわち、本発明の1態様は、加工条件を調節して表層硬さが所定硬さよりも低くなるように行われている切削加工における工具の切削抵抗を予め目標切削抵抗として取得するデータ取得ステップと、切削加工時の工具の切削抵抗を検知し、検知された切削抵抗が前記目標切削抵抗よりも低くなるように制御して切削加工を行う切削加工ステップと、が備えられている切削品質維持方法である。
【0008】
切削加工の場合、工具が被加工物に作用する切削抵抗によって被加工物の表面が塑性歪みすることによって切削された表面層が硬化するものであり、切削抵抗が小さいと、被加工物への塑性歪み量が低減し、表面の硬さを低くできることは知られている。工具の形状等の工具条件あるいは工具の切込量、送り量、切削速度の切削条件等の加工条件が切削抵抗を小さくできるような条件に設定され、その設定された加工条件によって切削加工することによって、被加工物の表面層を所定硬さ以下、たとえば、応力腐食割れの発生を抑制できる硬さ以下となるように切削加工することができる。
本態様にかかる切削品質維持方法では、データ取得ステップで、加工条件を調節して表層硬さが所定硬さよりも低くなるように行われている切削加工における工具の切削抵抗を取得し、取得された切削抵抗を目標切削抵抗として設定する。上述のように切削抵抗が小さいと表面層の硬さを低くできるので、工具の切削抵抗をこの目標切削抵抗以下となるようにすれば、加工される被加工物の表面層は所定硬さよりも低い硬さとなる。
【0009】
次いで、実際の切削加工を行う切削加工ステップでは、切削加工は、切削加工時の工具の切削抵抗を検知し、検知された切削抵抗が目標切削抵抗よりも低くなるように制御して行なわれる。
何らかの外乱の影響によって切削加工の加工条件が変動すると、それに伴い切削抵抗が変化するので、切削抵抗を検知することで外乱の状態を把握することができる。切削加工ステップでは、切削抵抗が目標切削抵抗よりも低くなるように制御されるので、どのような外乱があったとしても切削抵抗が目標切削抵抗よりも大きくなることを防止することができる。これにより、切削加工された被加工物の表面層の硬さを確実に、所定硬さよりも低い硬さに維持することができる。
なお、ここでいう「制御」には、加工条件、たとえば、切込量、送り量、切削速度の切削条件を変更すること、あるいは、切削状態を判定して不良の場合に作業員に報知して手動で加工条件等を変化させる(たとえば、工具を交換する)こと、が含まれている。
【0010】
上記態様では、前記切削抵抗として背分力が用いられることが好ましい。
【0011】
背分力は、工具を被加工物に押し付ける方向の力であるので、被加工物の加工面における塑性歪み量に直接的に影響するものである。このため、背分力を制御対象とすることによって被加工物の表面層の硬さをより確実に、所定硬さよりも低い硬さに維持することができる。
【0012】
上記態様では、前記切削抵抗として主分力が用いられていてもよい。
【0013】
主分力は、工具が切削する方向にかかる力であり、背分力と一定の関係を持っていることが知られているので、制御対象として用いることができる。
この場合、主分力は、背分力よりも大きくなるので、たとえば、50N以下となる小さい値の背分力よりも検出精度を向上させることができる。
主分力および背分力を制御対象とし、両者の利点を活用することが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、加工条件を調節して表層硬さが所定硬さよりも低くなるように行われている切削加工における工具の切削抵抗を予め取得し、取得された切削抵抗を目標切削抵抗として設定し、切削加工は、切削加工時の工具の切削抵抗を検知し、検知された切削抵抗が目標切削抵抗よりも低くなるように制御して行なわれるので、どのような外乱があったとしても切削加工された被加工物の表面層の硬さを確実に、所定硬さよりも低い硬さに維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施形態にかかる切削品質維持方法を実施する切削品質維持装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】加工条件の1つであるすくい角と加工された表面層の硬さとの関係を示すグラフである。
【図3】加工工具のすくい角と背分力との関係を示すグラフである。
【図4】背分力と加工された表面層の硬さとの関係を示すグラフである。
【図5】背分力および主分力と表面層の硬さとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の一実施形態にかかる切削品質維持方法について、図1〜図5を参照して説明する。
図1は、本発明の一実施形態にかかる切削品質維持方法を実施する切削品質維持装置1の概略構成を示すブロック図である。
【0017】
切削加工装置による切削加工は、被加工物3を軸線回りに自転させ、工具ホルダ5の先端に保持された加工工具(工具)7を被加工物3の軸線方向に送ることによって行われる。工具ホルダ5は略4角柱形状をし、略水平方向に延在するように配置され、基部が図示しない取付台に固定して取り付けられている。加工工具7は、工具ホルダ5の上面先端部に固定して取り付けられている。
【0018】
切削加工時、加工工具7の切削力が被加工物3へ作用し、その反作用として加工工具には、被加工物3から切削抵抗がかかる。この切削抵抗は、加工工具7を被加工物3に押し付ける方向の力である背分力Fcnと、加工工具7が切削する方向にかかる力である主分力Fcと、加工工具7を送る軸線方向の力である送り分力Fpとで構成されている。
工具ホルダ5は、加工工具7に作用する背分力Fcnおよび主分力Fcによって撓むことになる。主分力Fcは、背分力Fcnおよび送り分力Fpに比べて相当大きい。
【0019】
切削品質維持装置1には、工具ホルダ5の上面および側面にそれぞれ貼付された2個の歪みゲージ9,11と、歪みゲージ9,11での計測信号を増幅して出力する信号変換器13と、信号変換器13からの出力信号を受けて、良否判定を行い、不良の場合にそれを報知する制御部15と、が備えられている。
貼付された歪みゲージ9,11については、予め主分力Fcおよび背分力Fcnと歪み量との関係をデータ取りして校正されている。
【0020】
制御部15での報知は、アラームを発すとともに不良状態を表示するものである。この報知により作業員は、切削状態が不良であることを認識し、加工条件を変更する、工具を交換する等の処置を採ることになる。
なお、制御部15では、報知に留まらず、切削加工装置の図示しない制御装置に制御信号を送信し、加工条件、たとえば、切込量、送り量、切削速度の切削条件を変更するようにしてもよい。
【0021】
次に、制御部15における良否判定について説明する。
被加工物3は、たとえば、SUS316、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼で形成されている加圧水型原子力プラントの一般配管である。一般配管の端部内面にシンニング加工(切削加工)が施される。
オーステナイト系ステンレス鋼で形成された一般配管は、一般にこの硬化層の硬さがビッカース硬さで300HV以上となると、応力腐食割れ(SCC)が発生する可能性があると言われており、この硬さ以下になるように加工されることが求められている。
【0022】
加工工具7の形状等の工具条件あるいは工具の切込量、送り量、切削速度の切削条件等の加工条件が切削抵抗を小さくできるような条件に設定され、その設定された加工条件によって切削加工することによって、被加工物3の表面層を所定硬さ以下、たとえば、応力腐食割れ(SCC)の発生を抑制できる硬さTH以下となるように切削加工することができる。
【0023】
図2は、加工条件の1つであるすくい角と加工された表面層の硬さとの関係を示すグラフであり、図1に示される切削加工装置で加工工具7のすくい角を変化させて切削加工を行い、その時の表面層の硬さを測定してプロットしたものである。
すくい角を大きくすると、切屑厚みが薄くなるので、切屑のせん断角が大きくなり切削に必要な切削力(切削抵抗)が小さくなる。これにより被加工物3に作用する切削抵抗が低減されるので、切削面の硬化が抑制される。図2から分かるようにすくい角をα以上とすると、表面層の硬さが硬さTHよりも小さく加工できる。
【0024】
図3は、加工工具7のすくい角と背分力Fcnとの関係を示すグラフであり、図1に示される切削加工装置で加工工具7のすくい角を変化させて切削加工を行い、その時の背分力Fcnを測定してプロットしたものである。
上述したように、すくい角を大きくすると、切削抵抗が小さくなる。このとき、すくい角がαのときの背分力Fcnの大きさFtが求められる。すなわち、背分力Fcnを大きさFtよりも小さくなるようにすれば、切削面の硬さを硬さTHよりも小さくすることができる。
これは、主分力についても同様な関係にある。
【0025】
図4は、図2のすくい角と加工された表面層の硬さとの関係と、図3のすくい角と背分力との関係と、を統合し、背分力と加工された表面層の硬さとの関係を示すグラフとしたものである。
これをみると、切削抵抗の背分力Fcnを大きさFtよりも小さくなるように切削加工すると、切削面の硬さを腐食割れの発生を抑制できる硬さTHよりも小さくすることができる。
制御部15では、この大きさFtが目標切削抵抗として設定され、保管される。以上が、本発明のデータ取得ステップである。
【0026】
次いで、実際に製品となる被加工物3の切削加工を図1に示される切削加工装置によって行う(切削加工ステップ)。
被加工物3を軸線回りに自転させ、工具ホルダ5の先端に保持された加工工具7を被加工物3の軸線方向に送って切削を行う。
このとき、加工工具7の切削力が被加工物3へ作用し、その反作用として加工工具には、被加工物3から切削抵抗がかかるので、工具ホルダ5が撓む。
【0027】
この工具ホルダ5の撓みを歪みゲージ9、11が検出して計測信号を送信する。この計測信号は信号変換器13で増幅されて制御部15に導入される。
何らかの外乱の影響によって切削加工の加工条件が変動すると、それに伴い切削抵抗が変化する。たとえば、加工工具7の摩耗が進行すると、切削抵抗が大きくなる。
制御部15では、計測信号に対応した切削抵抗を算出し、それと目標切削抵抗とを比較する。制御部15では、計測信号に対応した切削抵抗が目標切削抵抗よりも小さい場合には、良好な切削状態であると判定する。一方、制御部15は、計測信号に対応した切削抵抗が目標切削抵抗よりも大きくなると切削状態が不良であると判定し、アラームを鳴らして作業員に報知する。また、同時に表示部に切削状態が不良である旨を表示する。
【0028】
作業員は、この報知に対応して、状態を見て、加工条件を変更する、工具を交換する等の処置を採ることになる。
このように、制御部15は、切削抵抗を検知することで外乱の状態を把握することができ、常に切削抵抗が目標切削抵抗よりも低くなるようにすることができるので、どのような外乱があったとしても切削抵抗が目標切削抵抗よりも大きくなることを防止することができる。
これにより、切削加工された被加工物の表面層の硬さを確実に、所定硬さよりも低い硬さに維持することができる。
【0029】
制御部15で制御対象とされる切削抵抗として背分力Fcnを用いることが好ましい。
背分力Fcnは、加工工具7を被加工物3に押し付ける方向の力であるので、被加工物3の加工面における塑性歪み量に直接的に影響するものである。このため、背分力Fcnを制御対象とすることによって被加工物3の表面層の硬さをより確実に、所定硬さよりも低い硬さに維持することができる。
【0030】
制御部15で制御対象とされる切削抵抗として主分力Fcが用いられていてもよい。
図5は、図4と同様にして求められたもので、背分力Fcnおよび主分力Fcと表面層の硬さとの関係を示すグラフである。
主分力Fcは、加工工具7が切削する方向にかかる力であり、図5に示されるように背分力Fcnと一定の関係を持っている場合には、制御対象として用いることができる。
主分力Fcは、背分力Fcnよりも大きいので、制御対象となる主分力Fcの大きさは、背分力Fcnのそれに比べて大きくなる。たとえば、図5に示されるように制御対象となる主分力Fcの大きさは100Nである。これは、背分力Fcnの制御対象となる大きさ50Nと比べて2倍となるので、切削抵抗の検出精度を向上させることができる。
【0031】
なお、主分力Fcおよび背分力Fcnを制御対象とし、両者の利点を活用するようにしてもよい。
【0032】
なお、本発明は以上説明した実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形を行ってもよい。
【符号の説明】
【0033】
1 切削品質維持装置
7 加工工具
Fc 主分力
Fcn 背分力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工条件を調節して表層硬さが所定硬さよりも低くなるように行われている切削加工における工具の切削抵抗を予め目標切削抵抗として取得するデータ取得ステップと、
切削加工時の工具の切削抵抗を検知し、検知された切削抵抗が前記目標切削抵抗よりも低くなるように制御して切削加工を行う切削加工ステップと、
が備えられていることを特徴とする切削品質維持方法。
【請求項2】
前記切削抵抗として背分力が用いられることを特徴とする請求項1に記載の切削品質維持方法。
【請求項3】
前記切削抵抗として主分力が用いられることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の切削品質維持方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−91277(P2012−91277A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−240850(P2010−240850)
【出願日】平成22年10月27日(2010.10.27)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】