説明

切削屑からの高耐食性マグネシウム合金及びその製造方法

【課題】マグネシウム合金の切削屑から再生材としての耐食性マグネシウム合金を製造する製造方法、この方法により得られる耐食性マグネシウム合金、及びそれを含む構造部材を提供する。
【解決手段】マグネシウム合金切削屑の圧密体を、押出し温度573K以上723K以下、押出し比25以上400以下で、大気中にて熱間押出し成形して、腐食の進行を有効に妨げる酸化膜層を、平均25μm以下の間隔で押出し方向と平行に分布する酸化膜層を有する耐食性マグネシウム合金の製造方法、この方法により得られる耐食性マグネシウム合金、及びそれを含む構造部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム合金切削屑から耐食性マグネシウム合金を製造する方法、この方法により得られる耐食性マグネシウム合金、及びそれを含む構造部材に関するものであり、更に詳しくは、本発明は、自然発火し易いマグネシウム合金の切削屑の処理と耐食性に優れた新規耐食性マグネシウム合金部材の製造を共に可能とする、マグネシウム合金の切削屑から耐食性マグネシウム合金を簡便に製造する方法、この方法により得られる、耐食性マグネシウム合金及びその応用製品に関するものである。本発明は、実用金属の中でも最も低密度であり、優れた比強度、比剛性特性を示し、金属特性の易リサイクル性を有するとともに、資源も豊富に存在することから、次世代の軽量構造材料として注目を集めているマグネシウム合金の加工及び利用の技術分野において、マグネシウム合金製品の成形過程の、例えば、精密鋳造製品の切削加工で生じる切削屑から、再生材としての耐食性マグネシウム合金を製造することを可能とする新しい耐食性マグネシウム合金の製造技術、その耐食性マグネシウム合金材料及びその応用製品を提供するものであり、例えば、宇宙・航空材料、電子機器材料、自動車部材などの幅広い分野で利用することが可能な耐食性マグネシウム合金、それを含む構造部材等を提供し、マグネシウム合金の切削屑の再資源化とその利用技術の創出を実現化するものとして有用である。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金は、実用金属の中で最も低密度であり、優れた比強度、比剛性特性を示し、金属特有の易リサイクル性を有するとともに、資源も豊富に存在することから、次世代の軽量構造材料として注目を集めている。近年の、マグネシウム合金の需要増加は、ステアリングホイール、シリンダーヘッドカバー等の自動車部材、及び携帯電話、デジカメ等の家電製品筐体へのマグネシウム合金の積極的適用に起因している。
【0003】
現在、マグネシウム合金の成形方法は、ダイカスト法、チクソキャスト法に代表される精密鋳造法が主体である。これらの方法を利用すれば、1mm以下の精緻な薄肉成形体を容易に作製可能である。マグネシウム合金は、軟質で、弾性率が他の合金よりも低いことから、比切削抵抗が低い。また、マグネシウム合金は、被削性が極めて良好である上に、硬さが低く、工具の摩耗が少ないことから、マグネシウム合金の精密鋳造品の最終仕上げに、切削加工が積極的に利用されている。
【0004】
一方、切削加工の際に生じるマグネシウム合金切削屑は、自然発火の可能性が高い。このようなマグネシウム合金切削屑は、形状にも依存するものの、切削屑が微細な場合、消防法で規定される可燃性固体として指定される可能性もある。現状の加工工程で生じるマグネシウム合金の切削屑に関しては、焼却処理、塩化第2鉄への浸漬処理等の高コストな処理が行われている。
【0005】
近年、異種金属等の混入物の少ないマグネシウム合金切削屑に関しては、有価金属としての利用も可能であり、種々の再生法が提案されている。例えば、(1) ブリケット状に圧密した切削屑を、再溶解法により再生する方法(例えば、非特許文献1参照)、(2) 切削屑を圧密後、不活性雰囲気での押出し成形により素形材を作製する方法(例えば、特許文献1、2参照)、(3)切削屑を圧密後、大気中での押出し成形により、素形材を作製する方法(例えば、非特許文献2、3参照)などが挙げられる。しかし、現状では、マグネシウム合金切削屑などのマグネシウム合金スクラップの殆どは、ルツボ炉法、ダウ法等の再溶解精錬により再生されている。
【0006】
上記(1)の方法は、圧密することにより切削屑を再溶解可能な状態にすることを特徴としており、上記(2)及び(3)の方法は、ともにマグネシウム合金切削屑を粉末になぞらえ、粉末冶金法を応用して素形材を作製するものである。これらの(1)〜(3)の方法を用いれば、バージン材とほぼ同等の機械的特性を有する再生材を作製することが可能である。一方、マグネシウム合金の国内需要(約4万トン(2002年),日本マグネシウム協会)は、粗鋼生産量(約1億トン(2002年),日本鉄鋼連盟)及びアルミニウム合金国内需要(約400万トン(2002年),日本アルミニウム協会)と比較すると、非常に低く、マグネシウム合金切削屑の供給量も限定される。また、上記(1)〜(3)に記載の手法は、危険物を有効資源として変換する魅力的な方法であるものの、再生材がバージン材と同等の特性では、コスト的な側面を考慮すると、有力な再生法としては問題が残る。すなわち、切削屑等に代表されるマグネシウム合金のスクラップを再生する技術としては、再生とともに、バージン材よりも高性能な材料を創製するための技術(アップグレード型リサイクル技術)が望まれる。
【0007】
一方、マグネシウムは、実用金属の中で電気的に最も卑であるため、空気中においても化学的腐食を受け易いという問題がある。そのため、自動車部材、家電部材にマグネシウム合金を利用するための、耐食性マグネシウム合金及びマグネシウム合金のための耐食被膜の開発が行われてきた。
【0008】
合金組成を制御してマグネシウム合金自体に耐食性を付与する手法としては、例えば、Mg−Al−Ca−Sr−Mn系合金に関する発明(特許文献3、4参照)、Mg−Al−Mn系合金にNd、Ce、Laを少量添加した合金に関する発明(特許文献5参照)、Mg−Al系合金にNi、Cu、Ca、希土類金属を添加した合金に関する発明(特許文献6参照)、Mg−Al−Zn−Zr系合金に希土類元素を添加した合金に関する発明(特許文献7参照)、Mg−Al系合金内部の金属間化合物(Mg17Al12等)を微細に析出させた合金に関する発明(特許文献8参照)等が挙げられる。
【0009】
また、耐食被膜をマグネシウム合金に付与する技術としては、化成処理(特許文献9、非特許文献4参照)、陽極酸化処理(特許文献10参照)、塗装処理(特許文献11、12参照)、蒸着処理(特許文献13参照)等の発明が挙げられる。
【0010】
【特許文献1】特開平5−43957号公報
【特許文献2】特開平5−209206号公報
【特許文献3】特開2001−316753号公報
【特許文献4】特開2003−64438号公報
【特許文献5】特開平3−253538号公報
【特許文献6】特開平4−72043号公報
【特許文献7】特開平5−171333号公報
【特許文献8】特開平5−78775号公報
【特許文献9】特開平4−311575号公報
【特許文献10】特開平7−109598号公報
【特許文献11】特開昭63−250498号公報
【特許文献12】特開平7−204577号公報
【特許文献13】特開2001−73165号公報
【非特許文献1】「マグネシウム合金切削粉くずのリサイクル技術の確立報告書(素形材センター調査報告書564),日本マグネシウム協会・(財)素形材センター編集・発行,東京,(2002),pp.1−39
【非特許文献2】M.Mabuchi et al.,Mater. Trans.,JIM,Vol.36(1995),pp.1249−1254
【非特許文献3】李斗勉ら,軽金属,Vol.45(1995),pp.391−396
【非特許文献4】JIS H8651
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような状況下において、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、上記の切削屑に関する問題と、マグネシウム合金の耐食性に関する問題を同時に解決することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、圧密したマグネシウム合金切削屑を大気中で押出し成形する際に、酸化物を積極的に再生材内部に導入することにより所期の目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、マグネシウム合金切削屑から、耐食性再生材、特に、バージン材よりも飛躍的に耐食性を向上させた高耐食性再生材を、簡便に作製する方法を提供することを目的とするものである。また、本発明は、マグネシウム合金切削屑を圧密・熱間押出し成形する際に、酸化物を積極的に再生材内部に導入し、材料の耐食性を向上させる耐食性マグネシウム合金の製造方法、及びこの製造方法により得られる耐食性マグネシウム合金、それを含む構造部材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)マグネシウム合金切削屑から、再生材としての耐食性マグネシウム合金を製造する方法であって、マグネシウム合金切削屑を圧密体とし、それを押出し温度573K以上723K以下、押出し比25以上400以下で、大気中にて熱間押出し成形することを特徴とする耐食性マグネシウム合金の製造方法。
(2)添加合金元素の一部として、アルミニウムを2.5〜9.5mass%、亜鉛を0.5〜2.5mass%、マンガンを0.1〜0.5mass%含むマグネシウム合金の切削屑を使用することを特徴とする、前記(1)に記載の耐食性マグネシウム合金製造方法。
(3)出発材料のマグネシウム合金切削屑を脱脂洗浄することを特徴とする、前記(1)に記載の耐食性マグネシウム合金の製造方法。
(4)熱間押出し成形することにより、平均25μm以下の間隔で、押出し方向と平行に分布する酸化膜層を形成することを特徴とする、前記(1)から(3)のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金製造方法。
(5)マグネシウムとの腐食電位の差が大きい元素の、銅、ニッケル及び鉄の混入を極力避けて耐食性の低下を防ぐことを特徴とする、前記(1)から(4)のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金製造方法。
(6)前記(1)から(5)のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金の製造方法を使用してマグネシウム合金切削屑から製造された耐食性マグネシウム合金であって、銅の混入が300ppm以下(重量比)、ニッケルの混入が20ppm以下(重量比)、鉄の混入がマンガンとの比で、Fe/Mn=0.032以下(重量比)であることを特徴とする耐食性マグネシウム合金。
(7)マグネシウム合金切削屑におけるマグネシウム合金よりも耐食性が向上した耐食性マグネシウム合金であることを特徴とする、前記(6)に記載の耐食性マグネシウム合金。
(8)アルミニウムを2.5〜9.5mass%、亜鉛を0.5〜2.5mass%、マンガンを0.1〜0.5mass%含むことを特徴とする、前記(6)又は(7)に記載の耐食性マグネシウム合金。
(9)平均25μm以下の間隔で、押出し方向と平行に分布する酸化膜層を有することを特徴とする、前記(6)から(8)のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金。
(10)前記(6)から(9)のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金を構成要素として含むことを特徴とする構造部材。
【0013】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、マグネシウム合金切削屑を圧密体とし、それを押出し温度573K以上723K以下、押出し比25以上400以下で、大気中にて熱間押出し成形して、耐食性マグネシウム合金とすることを特徴としている。本発明は、マグネシウム合金切削屑から耐食性マグネシウム合金を作製する手法として、圧密したマグネシウム合金切削屑を大気中で押出す方法に着目してなされたものである。本発明は、マグネシウム合金切削屑圧密体を、再溶解や予備成形することなく、直接熱間押出し成形に供することにより素形材を創製する方法に係るものである。鉄鋼分野では、切削屑を冷間圧縮によりプリフォーム成形し、その後に大気中で熱間鍛造に供する再生法が、古くから提唱されていた。本発明の方法は、加工法として熱間押出し成形を採用し、強いせん断変形を切削屑に付与することにより切削屑表面の酸化膜を破壊して、新生面同士による固相接合を強制化することを大きな特徴とするものである。
【0014】
大気中にてマグネシウム合金切削屑を熱間押出し成形した場合、試料内部には切削屑表面の酸化物が不可避に混入する。高温(773K)で放置したマグネシウム合金表面には、100〜300nmの酸化膜(MgO膜又はAl膜)が形成されることが知られている。(例えば、A.Yamamoto et al.,Mater.Trans., Vol.44(2003),pp.511−517参照)。従来の方法では、押出し成形時の押出し比を25以上に設定することにより、再生材内部に混入する酸化膜を破壊・分散し、混入した酸化物が機械的特性に及ぼす影響を無害化している(非特許文献3参照)。本発明は、従来の方法では不要なものである再生材内部に混入する酸化物を、積極的に利用することにより、再生材の耐食性を向上させるものである。具体的には、本発明では、材料組成、及び内部に混入する不純物を制御するとともに、内部に導入される酸化物の形態を押出し比により制御し、再生材の耐食性を向上させるものである。
【0015】
本発明では、マグネシウム合金の切削屑を積極的に利用するが、通常のマグネシウム合金の切削工程で排出される切削屑の厚みは、約100〜200μmとされている(例えば、日本マグネシウム協会編,「マグネシウム技術便覧」,カロス出版株式会社, 東京,pp.291−310(2000)参照)。このようなマグネシウム合金の切削屑を、大気中で熱間押出しに供した場合に、押出し方向と平行に切削屑が配向した状態で、固着が完了する。図1に、マグネシウム合金切削屑の熱間押出し、並びに熱間押出しにより再生した再生材内部の切削屑及び酸化物分布を模式的に示す。
【0016】
マグネシウム合金の、湿潤環境化での腐食反応は、以下の式で表される。
Mg+2HO→Mg(OH)+H
上式のように、MgがMg(OH)2となることにより、マグネシウムの腐食が進行する。本発明により作製される再生材の場合、押出し方向に平行に酸化物層が形成されるため、酸化物層が、上記反応の進行を抑制することになる。しかも、酸化物層を構成するMgO及びAlは、非導電性物質であり、Mg合金内部に混入した場合でも、内部の腐食特性を劣化させるものでは無く、有効に腐食の進行を抑制することができる。
【0017】
また、内部に形成される酸化物層の厚み(λ)は、近似的に以下の式で表すことができる。
【0018】
【数1】

【0019】
ここで、aは切削屑の厚みを、eは押出し比を示す。押出し比を25に設定した場合、切削屑の厚みを100μmと仮定すると、内部に形成される酸化物層の間隔は、理論的には25μmとなる。押出し比を高く設定すればするほど、再生材内部に形成される酸化物層の間隔は密となり、耐食性は向上する。一方、押出し比の値を、400を超えた値にすると、酸化物層に欠陥が生じ腐食の進行を妨げる膜として有効に機能しなくなる。そのため、押出し比は、25以上400以下に設定すべきである。
【0020】
本発明では、上記酸化物層により、耐食性が向上しマグネシウム合金材料を得ることができるが、マグネシウム合金切削屑の合金成分を制御することにより、腐食特性を更に向上させることができる。具体的には、腐食特性が特に向上した高耐食性マグネシウム合金材料を得るには、例えば、添加合金元素の一部として、アルミニウムを2.5〜9.5mass%、亜鉛を0.5〜2.5mass%、マンガンを0.1〜0.5mass%含むマグネシウム合金の切削屑を利用することが望ましい。
【0021】
切削屑であるマグネシウム合金において、アルミニウムは、2.5〜9.5mass%添加されることが望ましい。アルミニウムが2.5mass%以上添加することにより、切削屑の表面の酸化膜に、Alが有効に現れ、強固な酸化膜を形成することが可能である。また、アルミニウムが6mass%以上存在していると、粒界にネットワーク状のβ相(Mg17Al12)を析出でき、腐食特性を更に向上させることができる。9.5mass%を超えてアルミニウムが存在していても、腐食特性はそれほど向上しない。したがって、アルミニウム含有量は2.5mass%以上9.5mass%以下であることが望ましい。
【0022】
亜鉛の添加は、再生材の強度を保持するために必要である。一方、2.5mass%を超える亜鉛の添加は、再生材の腐食特性を低下させることがあり、避けるべきである。マンガンは、耐食性を低下させる不純物元素である鉄の影響を緩和することが、上記の0.1〜0.5mass%の範囲内で添加することにより、その効果を最も発揮することができる。
【0023】
本発明では、切削屑の表面に異物が混入している場合、再生と共に異物が再生材の内部に必然的に混入してしまう。特に、鉄、銅、ニッケル等の、マグネシウムとの腐食電位の差が大きい元素の混入は、再生材の品質を著しく劣化させる原因となるため、極力避けるべきである。そのため、再生に供する切削屑の管理には、十分な配慮が必要となる。切削屑を圧密・熱間押出し成形に供する前に、脱脂処理等の洗浄を行うことは、異物の混入を抑制するための有力な手段である。結果として、銅の混入を300ppm以下(重量比)、ニッケルの混入を20ppm以下(重量比)、鉄の混入をマンガンとの比にてFe/Mn=0.032以下(重量比)とすることが、耐食性を保持する上において必要である。
【0024】
公知のマグネシウム合金の押出し成形における押出し温度は、材料組成に依存するものの、573〜723Kとされている(例えば、日本マグネシウム協会編,マグネシウム技術便覧,カロス出版株式会社,東京,pp.245−251(2000)参照)。マグネシウム合金は、常温では、底面すべりの臨界分解剪断応力と非底面すべりのそれとの間には大きな差が存在し、常温での加工が困難である。そのため、非底面すべりの臨界分解剪断応力が底面すべりのそれと比較し得る大きさとなる573Kまで加熱して加工を行うことが必要とされている。一方、マグネシウム合金を723K以上に加熱すると、結晶粒の異常粒成長が起こり、成形材の機械的特性が劣化してしまう。このような理由により、本発明における押出し温度を、573〜723Kと設定した。
【0025】
切削屑の表面の酸化膜を材料強化に利用することが本発明における基本的なの原理であることから、本発明において、熱間押出し成形時の雰囲気は、大気中が好ましい。本発明における押出し成形法としては、公知の押出し成形である、前方押出し、後方押出し、パイプ押出し等の、種々の押出し成形法が挙げられる。本発明では、押出し比を25以上400以下と制御することができれば良く、これらの押出し比を満たすことができれば、何れの成形法も適用可能である。
【発明の効果】
【0026】
以上説明したように、本発明は、マグネシウム合金切削屑から耐食性マグネシウム合金を製造する方法に係るものであり、本発明により、1)危険物とみなされてきたマグネシウム合金切削屑より、押出し方向と平行に分布する酸化物層(MgO及びAl)を有する、耐食性が付与された耐食性マグネシウム合金を作製することができる、2)危険物とみなされてきたマグネシウム合金切削屑を利用して、そのマグネシウム合金よりも耐食性がはるかに向上した高耐食性マグネシウム合金材料を作製することができる、3)簡便な方法で、危険物の処理及び高耐食性材料の創製という2つ課題を解決することが可能となる、という格別の効果が奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
次に、本発明を実施例及び比較例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
(切削屑からの高耐食性マグネシウム合金の製造)
本実施例では、代表的なMg−Al−Zn系マグネシウム合金展伸材である、AZ31(Mg−3mass%Al−1mass%Zn−0.5mass%Mn)マグネシウム合金の切削屑を供試材として用いた。図2に、この切削屑の外観(写真)を示す。切削屑の長さ、幅、及び厚みは、それぞれ、12mm、2mm及び100μm(平均値)であった。切削屑を脱脂洗浄後、φ40mmのコンテナに充填し、押出し温度673Kで、大気中でφ6mmの熱間押出しを実施した。ここでの押出し比は、45であった。得られた再生材内部の酸化膜分布を評価するために、EPMA(electron probe microanalyzer)により、酸素分布のマッピングを実施した。図3に、その結果を示す。図によると、平均13.1μmの間隔で、強い酸素ピークが確認された。すなわち、この押出し材には、押出し方向と平行に、酸化物層が形成されていることが確認された。
【実施例2】
【0029】
(腐食試験)
実施例1で作製した切削屑からの再生材を利用して、φ6mm×L40mmの円柱状試料を作製した。また、比較例として、φ40mm×L40mmのAZ31バージン材円柱状試料を、熱間押出しに供し、実施例1と同様の加工履歴によって、φ6mm×L40mmの円柱状試料を作製した。それらの試料を、72時間のアルカリ性塩水腐食試験(JISH0541)に供し、腐食速度を測定した。切削屑から再生した再生材の腐食速度は、4.1mm/yearであるのに対し、バージン材からの押出し材の腐食速度は、8.4mm/yearであった。すなわち、これらの押出し材では、内部に酸化物を導入することにより、腐食速度が抑制可能であることが確認された。
【0030】
また、図4に、腐食試験後の試料の外観(写真)及び走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す。図において、(1)は、切削屑を用いて作製した再生材、(2)は、バージン材を用いて作製した押出し材である。図の(1)では、押出し方向と平行に、層状の腐食の痕跡が確認でき、内部に導入された酸化膜が、有効に腐食の進行を妨げていることが確認できる。一方、図の(2)では、ランダムに腐食が進行していることが分かる。
【0031】
比較例
(純Mg再生材の製造及びその腐食試験)
実施例1で利用したAZ31切削屑と同形状の、純Mg切削屑を、脱脂洗浄後にφ40mmのコンテナに充填し、押出し温度673Kで、大気中でφ6mmの熱間押出しを実施した。得られた純Mg再生材から、φ6mm×40mmの円柱状試料を作製し、72時間のアルカリ性塩水腐食試験(JISH0541)に供し、腐食速度を測定した。純Mg再生材の腐食速度は、33.5mm/yearであった。この値は、実施例2のAZ31切削屑再生材の腐食速度(4.1mm/year)の約8倍であり、AZ31において、アルミニウム、亜鉛、マンガンが所定量だけ添加することにより、腐食特性が向上することが確認された。
【実施例3】
【0032】
(押出し比と腐食速度)
実施例1と同様の切削屑を利用し、脱脂洗浄した切削屑を、φ40mmのコンテナに充填し、押出し温度673Kで、大気中で熱間押出しを実施した。また、比較例として、同様の材質のバージン材(φ40mm×40mm)を、φ40mmのコンテナに挿入し、押出し温度673K、大気中で熱間押出しを実施した。それぞれの試料について、押出し径をφ6mm、φ4mm、φ3mm、φ2mmと変化させることにより、種々の押出し比の材料を作製した。これらの押出し径φ6mm、φ4mm、φ3mm及びφ2mmの試料の押出し比は、それぞれ、45、100、180及び400である。それぞれの試料より、長さ40mmの試験片を作製し、72時間のアルカリ性塩水腐食試験(JISH0541)に供し、腐食速度を測定した。
【0033】
表1に、腐食試験の結果をまとめて示す。押出し比180までは、再生材の方が、バージン材に対して20%以上低い腐食速度を呈することが分かった。一方、押出し比が400になると、再生材とバージン材の腐食速度の差が縮まり始めた。すなわち、押出し比を400以上にすると、内部の酸化膜層に欠陥が形成され、腐食の進行を有効に防ぐことが困難であることが確認された。
【0034】
【表1】

【実施例4】
【0035】
(不純物混入量の制御)
実施例1と同様の切削屑を利用し、脱脂洗浄した切削屑をφ40mmのコンテナに充填し、押出し温度673Kで、大気中でφ6mmの熱間押出しを実施した。このようにして再生した試料(No.1)を再度、実施例1と同様の形状の切削屑に加工し、次いで、脱脂洗浄した切削屑をφ40mmのコンテナに充填し、押出し温度673Kで、大気中でφ6mm の熱間押出しを実施した。これらの操作を、3回繰り返して作製した試料(No.2)、5回繰り返して作製した試料(No.3)の、組成分析を行なった。表2に、組成分析の結果を示す。表2において、AZ31切削屑再生材(No.1)は、実施例1において作製した試料である。表2の組成分析結果から、再生を繰り返すと、工具からの汚染により、鉄濃度が上昇することが分かった。
【0036】
次に、これらの試料より、長さ40mmの試験片を作製し、72時間のアルカリ性塩水腐食試験(JISH0541)に供し、腐食速度を測定した。表2に、腐食速度の測定結果を示す。不純物混入量(Fe/Mn比)を、所定の値(Fe/Mn=0.032(重量比))以下に制御することにより、腐食速度をバージン材なみ、あるいはそれ以上に抑制することが可能であることが分かった。
【0037】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0038】
以上詳述したように、本発明は、マグネシウム合金切削屑から耐食性マグネシウム合金を製造する方法等に係るものであり、本発明により、押出し方向と平行に分布する酸化膜層を有する耐食性マグネシウム合金を作製することができる。本発明は、危険物とみなされてきたマグネシウム合金の切削屑から、比較的簡便な手法で、耐食性のマグネシウム合金材料を作製することを可能とするものである。特に、本発明の高耐食性マグネシウム合金材料は、比強度特性の向上が望まれる自動車構造部材、家電製品筐体等へ好適に適用し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の、マグネシウム合金切削屑を熱間押出しに供することにより、耐食性に優れたマグネシウム合金を創製する方法を模式的に説明するための説明図である。
【図2】代表的なマグネシウム合金展伸材である、AZ31(Mg−3mass%Al−1mass%Zn−0.5mass%Mn)マグネシウム合金切削屑の外観(写真)を示す。
【図3】AZ31マグネシウム合金切削屑を、押出し比45、温度673Kにて大気中で押出し成形して得た試料の、押出し方向と平行な面の酸素マッピング像を示す。
【図4】AZ31マグネシウム合金切削屑及びバージン材を、押出し比45、温度673Kにて大気中で押出し成形した試料を、72時間のアルカリ性塩水腐食試験(JISH0541)に供した後の試験片の外観(写真)及びSEM写真を示す。(1)は、切削屑、(2)はバージン材である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム合金切削屑から、再生材としての耐食性マグネシウム合金を製造する方法であって、マグネシウム合金切削屑を圧密体とし、それを押出し温度573K以上723K以下、押出し比25以上400以下で、大気中にて熱間押出し成形することを特徴とする耐食性マグネシウム合金の製造方法。
【請求項2】
添加合金元素の一部として、アルミニウムを2.5〜9.5mass%、亜鉛を0.5〜2.5mass%、マンガンを0.1〜0.5mass%含むマグネシウム合金の切削屑を使用することを特徴とする、請求項1に記載の耐食性マグネシウム合金製造方法。
【請求項3】
出発材料のマグネシウム合金切削屑を脱脂洗浄することを特徴とする、請求項1に記載の耐食性マグネシウム合金の製造方法。
【請求項4】
熱間押出し成形することにより、平均25μm以下の間隔で、押出し方向と平行に分布する酸化膜層を形成することを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金製造方法。
【請求項5】
マグネシウムとの腐食電位の差が大きい元素の、銅、ニッケル及び鉄の混入を極力避けて耐食性の低下を防ぐことを特徴とする、請求項1から4のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金製造方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金の製造方法を使用してマグネシウム合金切削屑から製造された耐食性マグネシウム合金であって、銅の混入が300ppm以下(重量比)、ニッケルの混入が20ppm以下(重量比)、鉄の混入がマンガンとの比で、Fe/Mn=0.032以下(重量比)であることを特徴とする耐食性マグネシウム合金。
【請求項7】
マグネシウム合金切削屑におけるマグネシウム合金よりも耐食性が向上した耐食性マグネシウム合金であることを特徴とする、請求項6に記載の耐食性マグネシウム合金。
【請求項8】
アルミニウムを2.5〜9.5mass%、亜鉛を0.5〜2.5mass%、マンガンを0.1〜0.5mass%含むことを特徴とする、請求項6又は7に記載の耐食性マグネシウム合金。
【請求項9】
平均25μm以下の間隔で、押出し方向と平行に分布する酸化膜層を有することを特徴とする、請求項6から8のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金。
【請求項10】
請求項6から9のいずれかに記載の耐食性マグネシウム合金を構成要素として含むことを特徴とする構造部材。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−16664(P2006−16664A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−195383(P2004−195383)
【出願日】平成16年7月1日(2004.7.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】