説明

前処理されたカチオン交換樹脂、その処理方法及びカチオン交換樹脂を含有する混床系

【課題】混床系イオン交換樹脂として用いてもアグロメレーションを起こさず、表面がコーティングされているにもかかわらず一価イオンのみならず多価イオンの交換速度をも維持したカチオン交換樹脂を提供する。
【解決手段】カチオン交換樹脂は、水溶性カチオン高分子電解質で前処理されたカチオン交換樹脂であって、該水溶性カチオン高分子電解質は分子内に環状4級アンモニウム塩構造を有する。さらに該カチオン交換樹脂及びアニオン交換樹脂を含有する混床イオン交換樹脂を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の水溶性カチオン高分子電解質で前処理されたカチオン交換樹脂、及びこれを含有する混床系イオン交換樹脂に関する。
【背景技術】
【0002】
混床系イオン交換樹脂は、電子工業、火力・原子力発電所等において液体からイオン性不純物を除去する目的で用いられている。混床系イオン交換樹脂は、カチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂を同一の樹脂床に充填したものである。ところが、カチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂が同一の塔に充填されると、これらの樹脂が互いに付着しあう、アグロメレーションが生じることが知られている。このアグロメレーションが生じると、樹脂のチャネリング(陽イオン交換樹脂と陰イオン交換樹脂の固着により充填した樹脂が最密充填にならず、体積が膨張する現象)や、相互表面汚染等の問題が生じる。
【0003】
アグロメレーションを防止するために、種々の方法が検討されている。まず、アニオン交換樹脂表面をコーティング処理する方法が開発されている。例えば、特開平10−156194号には、スルホン化ポリ(ビニル芳香族)高分子電解質と接触させることにより前処理したアニオン交換樹脂、及びそれを用いた混床系イオン交換樹脂が開示されている。他の方法としては、アニオン交換樹脂、カチオン交換樹脂双方の表面をコーティング処理する方法が検討されている。例えば、特開2003−176371号には、アニオン交換樹脂を水溶性スルホン化ポリ(ビニル芳香族)高分子電解質により、カチオン交換樹脂をポリ(ビニル芳香族)第4級アミン塩、ポリ(ビニル芳香族)第三級アミン酸塩、及びポリ(ビニルピリジン)酸塩から選択される水溶性カチオン高分子電解質により前処理した、容易に分離可能な混床イオン交換系が開示されている。
【0004】
しかし、アニオン交換樹脂の表面をコーティングすると、アニオン交換樹脂のイオン交換能力が低下し、種々の問題が生じる。例えば、処理水に含まれる不純物であるアニオン性高分子の吸着速度及び飽和吸着量が低下し、アニオン性高分子を吸着除去しきれないといった問題、あるいはアニオン交換樹脂の反応速度が低下し、硫酸イオン、硝酸イオン等のアニオン成分を除去しきれないといった問題が生じる。そこで、これらのアニオン性不純物の除去が重要な分野では、アグロメレーションを防ぐためにアニオン樹脂をコーティング処理するのではなく、カチオン樹脂をコーティング処理した製品が望まれている。
【0005】
カチオン交換樹脂をコーティングした例としては、特開昭57−21978号に、ボイラー復水を混合床イオン交換樹脂装置に通水するボイラー復水の処理方法において、カチオン性高分子電解質で処理した強酸性陽イオン交換樹脂を用いることを特徴とする技術が開示されている。また、特開平10−202118号には、分子量5万以上の線状高分子電解質を表面に付着してなるイオン交換樹脂が開示されている。しかし、これらの文献には、カチオン性高分子電解質との記載があるのみで、実際に例示されているのは、ポリ(トリメチルアンモニウムメチルスチレン)等のポリスチレンのフェニル基に、直接又はアルキル基を介して1〜3級アミンないし4級アンモニウム基が結合したもの、ビニルピリジン又はその誘導体、あるいはポリ(メタクリルオキシエチルトリメチルアンモニウム)等の(メタ)アクリル酸のポリマーに、エステル結合又はアマイド結合を介して1〜3級アミンないし第4級アンモニウム基が結合したものである。本発明者らの研究によれば、これらの化合物で処理したカチオン交換樹脂は、1価イオン(ナトリウム、カリウム等)のイオン交換においては問題がないものの、多価イオン(カルシウムイオン、マグネシウムイオン等)のイオン交換速度を低下させ、硬度成分(カルシウム、マグネシウム)のリークを引き起こすことが判明している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−156194号公報
【特許文献2】特開2003−176371号公報
【特許文献3】特開昭57−21978号公報
【特許文献4】特開平10−202118号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明の目的は、表面コーティングによっても、一価イオンのみならず多価イオンの交換速度が高く維持されたカチオン交換樹脂を提供すること、特に、アニオン性高分子や他のアニオン性成分に対する吸着能力が高く、アグロメレーション化によるチャネリング、及び相互表面汚染を効果的に防ぐことのできる混床イオン交換樹脂を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特定の4級アミン構造を含有する水溶性カチオン高分子電解質でカチオン交換樹脂を前処理し、表面処理を行わないアニオン交換樹脂と混合して混床イオン交換樹脂とすることにより、アニオン交換速度(能力)は処理前の速度(能力)を維持したまま、アグロメレーションの生じにくい混床系イオン交換樹脂を作製することができることを見出し、本発明を完成するに到った。
【発明の効果】
【0009】
本発明の前処理されたカチオン交換樹脂を用いることにより、アグロメレーションの生じにくい混床系イオン交換樹脂を得ることができる。本発明のカチオン交換樹脂は、カチオン交換速度(能力)が処理前と同等であり、しかも従来の処理法に比べ、特に2価カチオンの交換能力に優れている。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書において、℃は摂氏温度を示し、gはグラムを示し、mgはミリグラムを示し、Lはリットルを示し、mLはミリリットルを示す。すべての量は別途記載しない限り重量パーセントである。
【0011】
本発明で用いる水溶性カチオン高分子電解質は、分子内に環状4級アンモニウム塩構造を有する化合物である。分子内に環状4級アンモニウム塩構造を有する化合物としては、具体的には下記一般式(1)
【0012】
【化1】

【0013】
で示される構造単位を有する高分子化合物が挙げられる。ここで、R及びRはそれぞれ独立して、炭素数1〜10の直鎖又は分岐のアルキル基であり、置換基を有していてもよい。アルキル基の置換基としては、水酸基、カルボキシル基等が挙げられる。R及びRは好ましくは炭素数1〜4の直鎖アルキル基である。Rは単結合又は炭素数1〜5のアルキレン基を表す。また、Xは、塩素、臭素、ヨウ素、及びOHから選ばれる。
【0014】
水溶性カチオン高分子電解質は、上記一般式(1)で示される構造単位を有していれば、他の重合性化合物との共重合体であってもよい。共重合することのできる他のモノマーとしては、アクリル酸エステル、スチレン、アクリルアミド等が挙げられる。これらの他のモノマーは置換基を有していてもよい。
【0015】
一般式(1)で示される構造単位を有する水溶性カチオン高分子電解質の好ましい具体例としては、ポリジアリルジメチルアンモニウムの塩等が挙げられ、より好ましくはポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド、ポリジアリルジエチルアンモニウムクロライド、ポリジアリルジメチルアンモニウムブロマイド、ポリジアリルジメチルアンモニウムヒドロキシド等が挙げられる。
【0016】
分子内に環状4級アンモニウム塩構造を有する化合物の分子量は、数平均分子量でとして5000から1000万であり、好ましくは5万から50万であり、より好ましくは8万から20万である。数平均分子量は、適当な分子量標準品を使用してゲル浸透クロマトグラフィー(GPC: Gel Permeation Chromatography)によって測定される。
【0017】
本明細書において、「水溶性カチオン高分子電解質で処理された」とは、水溶性カチオン高分子電解質を用いた処理によりカチオン交換樹脂の表面電荷が減少したことを意味する。
【0018】
水溶性カチオン高分子電解質によるカチオン交換樹脂の処理方法は、カチオン交換樹脂を破砕せずに水溶性カチオン高分子電解質を付着させることができる方法であれば何れの方法であってもよい。例えば、水溶性カチオン高分子電解質を含有する水溶液と、カチオン交換樹脂とを容器に入れ、互いに充分接触させることにより行うことができる。接触方法は、例えば水溶性カチオン高分子電解質、カチオン交換樹脂及び水を容器中で穏やかに撹拌する方法であってもよい。水溶性カチオン高分子電解質との接触により、カチオン交換樹脂の表面の一部又は全部がコーティングされる。カチオン交換樹脂は、水溶性カチオン高分子電解質の分子量やコーティング量を調節することにより、カチオン交換能力が低下しない程度に水溶性カチオン高分子電解質でコーティングするのが好ましい。
【0019】
水溶性カチオン高分子電解質の処理量は、カチオン交換樹脂ビーズによって示される表面電荷を減少させるのに十分な量、すなわち、中和量の水溶性カチオン高分子電解質であり、カチオン交換樹脂1リットルに対し10〜500mg、好ましくは40〜150mg、より好ましくは60〜100mgである。処理温度は、室温〜80℃、好ましくは50〜60℃である。処理時間は処理温度等にもよるが、0.1〜24時間であり、好ましくは0.5〜2時間である。処理後のカチオン交換樹脂は十分な量の脱イオン水で洗浄される。
【0020】
添加した水溶性カチオン高分子電解質はほぼ定量的にカチオン交換樹脂に付着する。したがって、水溶性カチオン高分子電解質の被覆量は、カチオン交換樹脂1リットルに対し10〜500mg、好ましくは40〜150mg、より好ましくは60〜100mgである。
【0021】
本明細書において、用語「イオン交換樹脂」は、当該技術分野において通常用いられる意味で用いており、一般に、ゲルタイプ又は巨大網状タイプのいずれかのイオン交換樹脂であって、弱酸性又は強酸性カチオン交換樹脂、あるいは弱塩基性又は強塩基性アニオン交換樹脂を意味する。本発明においてカチオン交換樹脂及びアニオン交換樹脂は特に限定されず、当該技術分野において周知のものを用いることができる。
【0022】
カチオン交換樹脂及びアニオン交換樹脂としては、例えば、モノビニリデン芳香族系架橋重合体、(メタ)アクリル酸エステル系架橋重合体等が挙げられる。具体的には、スチレン、ビニルトルエン等のモノビニリデン芳香族モノマーと共重合性架橋剤から誘導される樹脂、アクリル酸、メタクリル酸等のアクリルモノマーと共重合性架橋剤から誘導される樹脂等である。好ましい架橋剤としては、ジビニルベンゼン、ジビニルトルエン等のジ又はポリビニリデン芳香族類、エチレングリコールジメタクリレート等が挙げられる。
【0023】
強酸性カチオン交換樹脂は、官能基としてスルホン酸基、ホスホン酸基等を有し、弱酸性カチオン交換樹脂は、官能基としてカルボン酸基、フォスフィン酸基、フェノキシド基、亜ヒ酸基等を有する。強塩基性アニオン交換樹脂は、官能基として第4級アンモニウム基等を有し、弱塩基性アニオン交換樹脂は、官能基として第1アミノ基、第2アミノ基、第3アミノ基等を有する。
【0024】
本発明の混床イオン交換樹脂は、強酸性カチオン交換樹脂及び強塩基性アニオン交換樹脂を含むものが好ましい。強酸性カチオン交換樹脂は、好ましくはスルホン酸基又はホスホン酸基を有するモノビニリデン芳香族系架橋重合体であり、特に好ましくはモノビニリデン芳香族化合物と共重合性架橋剤とのスルホン化コポリマーである。強塩基性アニオン交換樹脂は、特に好ましくは第4級アンモニウム基を有するモノビニリデン芳香族化合物の架橋ポリマーである。好ましいカチオン交換樹脂及びアニオン交換樹脂において、モノビニリデン芳香族化合物は好ましくはスチレンであり、架橋剤は好ましくはビニルベンゼンである。
【0025】
本発明で用いられるイオン交換樹脂は、典型的には約0.15〜約1.0ミリメートル(mm)、好ましくは約0.3〜約0.7mmの体積平均粒子径を有するポリマービーズとして調製される。
【0026】
本発明の混床系の使用に適する代表的な市販のカチオン交換樹脂は、例えば、アンバーライト(Amberlite、商標)IR120、アンバージェット(Amberjet、商標)1500及びアンバーセップ(Ambersep、商標)200である。本発明の混床系に使用に適する代表的な市販のアニオン交換樹脂は、例えば、アンバーライトIRA402、アンバージェット4400及びアンバーセップ900である。アンバーライト、アンバージェット及びアンバーセップはローム アンド ハース社の商標である。
【0027】
混床系イオン交換樹脂において、カチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂の充填比率はイオン交換樹脂床の使用目的により異なるが、通常、カチオン交換樹脂/アニオン交換樹脂の容量比で1/99〜99/1、好ましくは1/10〜10/1であり、より好ましくは1/2〜2/1である。
【0028】
用語「表面電荷を減少させる」とは、カチオン性高分子電解質で処理することにより、カチオン交換樹脂ビーズの表面電荷を、未処理のカチオン交換樹脂の表面電荷に対して減少させることを意味する。処理されたカチオン交換樹脂の表面電荷の減少は、処理されたカチオン交換樹脂と、異なるイオン特性を有するアニオン性のイオン交換樹脂との間のアグロメレーション(クランピング)の減少によって示される。
アグロメレーションは、当業者に知られた慣用の技術を使用して容易に測定することができる。例えば、既知堆積のカチオン交換樹脂及びアニオン交換樹脂を一緒に混合し、混床樹脂を沈着させ、沈着した混床樹脂の体積を測定する。アグロメレーションは、カチオン及びアニオン交換樹脂成分の体積の合計と比較した混床樹脂の体積の増加により示される。
【0029】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
実施例1
強酸性カチオン交換樹脂(商品名:アンバージェット1500、水素型)1Lをカラムに充填し、カラムを脱イオン水で満たした。水溶性カチオン高分子電解質として、数平均分子量10万のポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド[poly(diallyldimethylammonium chloride):PADMAC](ナルコ(NALCO)社製)60mgを用い、これを脱イオン水に溶解し、上記カラムに流し入れた。エアミキシング下、60℃で1時間撹拌し、その後脱イオン水で充分洗浄して、水溶性カチオン高分子電解質で処理された強酸性カチオン交換樹脂を得た。
【0031】
<アグロメレーション試験>
得られた水溶性カチオン高分子電解質処理強酸性カチオン交換樹脂について、特開2003−176371号の段落0022に記載の方法によりアグロメレーション試験を行った。結果を以下に示す。
分析値:50(アグロメレーションなし)
【0032】
<イオン交換能測定法>
実施例1のカチオン交換樹脂を50mL、及びアニオン交換樹脂(商品名:アンバージェット4400(OH型))50mLを脱イオン水100mLと混合し、カラム(Φ25mm)に充填した。
テスト用の1価及び2価イオン含有液をそれぞれ上記カラムに流し、カラム通過後のイオン濃度を測定した。イオン含有液としては、5ppmのNa,K,Ca2+,及びMg2+を含有する水溶液をそれぞれ準備し(4種の水溶液を準備し)、イオン交換能を測定した。結果を表2に示す。
【0033】
実施例2
実施例1で用いた数平均分子量10万のポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド60mgの代わりに、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライドを100mg用いた以外、実施例1と同様の操作を行い、表面が被覆されたカチオン交換樹脂を得た。
【0034】
比較例1〜4
数平均分子量10万のポリアリルジメチルアンモニウムクロライド60mgの代わりに、表1に示される化合物を用いた以外、実施例1と同様の操作を行い、表面被覆された(比較例1は未処理の)カチオン交換樹脂を得た。
【0035】
【表1】

【0036】
実施例2及び比較例1〜4のカチオン交換樹脂について、実施例1と同様にアニオン交換樹脂とともにカラムに充填し、イオン交換能を測定した。結果を表2に示す。なお、比較例1ではチャネリングが発生したため、イオン交換能力は測定しなかった。
【0037】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性カチオン高分子電解質で処理されたカチオン交換樹脂であって、該水溶性カチオン高分子電解質は、分子内に環状4級アンモニウム塩構造を有する化合物である、カチオン交換樹脂。
【請求項2】
分子内に環状4級アンモニウム塩構造を有する化合物が、下記一般式(1)
【化1】

(一般式(1)中、R及びRはそれぞれ独立して、置換基を有していてもよい炭素数1〜10の直鎖又は分岐鎖のアルキル基を表し、Rは単結合又は炭素数1〜5のアルキレン基を表し、Xは塩素、臭素、ヨウ素又はOHを表す)で表わされる構造単位を有する、請求項1に記載のカチオン交換樹脂。
【請求項3】
カチオン交換樹脂を水溶性カチオン高分子電解質で被覆するカチオン交換樹脂の処理法であって、
該水溶性カチオン高分子電解質は、数平均分子量が5000〜1000万で、分子内に環状4級アンモニウム塩構造を有する化合物であり、該水溶性カチオン高分子電解質をカチオン交換樹脂1リットルあたり10〜500ミリグラム用いる、カチオン交換樹脂の処理法。
【請求項4】
請求項1に記載の水溶性カチオン高分子電解質で処理されたカチオン交換樹脂、及びアニオン交換樹脂を含む、混床イオン交換樹脂。
【請求項5】
アニオン交換樹脂が表面処理されていない、請求項4に記載の混床イオン交換樹脂。

【公開番号】特開2013−94703(P2013−94703A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−237855(P2011−237855)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(590002035)ローム アンド ハース カンパニー (524)
【氏名又は名称原語表記】ROHM AND HAAS COMPANY
【Fターム(参考)】