説明

加工状況観察試験機および加工状況観察試験方法

【課題】塑性加工等の加工面近傍における加工状況をその場観察できる加工状況観察試験機を提供する。
【解決手段】本発明の加工状況観察試験機(1)は、被加工材を想定した試験片(W)上の加工される面である被加工面(P)を透視可能な透明体を有しこの透明体を介して被加工面へ加工力を印加し得る加工具(15)を備え、加工具による加工過程で生じる被加工面近傍の状況を観察し得る加工状況観察試験機である。そして本発明の透明体は、被加工面に対向する対向面(C)に対して加工力が作用する向きとは反対側にある観察面(S)に密着した透視可能な高分子膜(152)を備える。この高分子膜により、透明体の観察面側に存在して破壊起点となる亀裂等が修復される。その結果、透明体に大きな加工力が作用した場合でも、透明体の曲げ破壊が抑止され、塑性加工等のその場観察がその透明体を介して可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型等の工具と被加工材との間で生じる種々の加工状況を試験的に出現させて観察することができる加工状況観察試験機およびそれを用いた加工状況観察試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鍛造等の成形加工がなされる場合、コスト低減、品質の向上や安定化、生産性の向上などの観点から、高価な金型の寿命を延ばす取組みが種々なされてきた。具体的には、潤滑剤の選定や金型材料の改良、金型表面に施す表面処理の開発等である。
もっとも、その際に必要となる評価や解析は、実機に生じる摩耗や焼付きに基づくものであり、加工中の加工界面近傍に生じる現象等を直接的に観察したり解明したりした結果に基づくものではなかった。
勿論、透明工具を用いて、例えば、被加工材を引抜き加工する際に生じ得る潤滑油の挙動を直接観察する可視化試験も提案されており、関連する記載が下記の非特許文献等にある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】曽田 範宗他:試作した接触面顕微鏡とその二、三の観測結果、理化学研究所報告、 52-2(1976)、451-456.
【非特許文献2】池 浩:負荷状態での接触界面の観察による潤滑油の封じ込め現象の検討、塑性と加工、 29-328(1988)、471-477.
【非特許文献3】小豆島 明他:塑性変形中の材料-工具界面におけるマイクロ塑性流体潤滑の直接検証、塑性と加工、 30-347(1989)、1631-1638.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の可視化試験は、単に透明工具と材料との接触状況を観察する程度であり、透明工具が加工対象である材料を軽圧している場合に限られていた。材料が塑性変形する場合でも、その変形は表面近傍に留まる程度で、せいぜい圧下率10%未満に過ぎなかった。
【0005】
このような試験は、工具と材料との実験室的な摺接状況の観察に留まり、現実の塑性加工等を正確に再現して観察できるものではなかった。このような観察しかできなかった理由は、現実の加工に必要となる強度を有する透明工具がこれまで無かったからである。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、これまで困難であった現実の加工状況を反映した加工状況を観察できる加工状況観察試験機およびそれを用いた加工状況観察試験方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、加工力が作用する面(対向面)と反対側にある観察面に高分子膜が形成された透明工具は、大きな面圧等にも耐え得ることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0008】
《加工状況観察試験機》
(1)本発明の加工状況観察試験機は、被加工材を想定した試験片を保持する保持具と、該試験片上の加工される面である被加工面へ透視可能な透明体を介して加工力を印加し得る加工具と、該加工具を駆動する駆動源とを備え、該加工具による加工過程で生じる該被加工面近傍の状況を観察し得る加工状況観察試験機であって、
前記透明体は、前記被加工面に対向する対向面の反対側にある観察面に密着した透視可能な高分子膜を備えることを特徴とする。
【0009】
(2)本発明では、加工部分の加工状況を直接的に透視して観察できる透明体の観察面に密着する高分子膜が設けられている。これにより透明体の破壊強度が著しく高まり、その観察面と反対側にある対向面側から被加工材である試験材へ大きな加工力が印加される場合でも、透明体は破壊し難い。
その結果、実際の鍛造等の成形加工に近い状態を出現させ、その際に被加工面近傍に生じる状況をその透明体を通じて直接的に観察(その場観察)できるようになった。
【0010】
(3)もっとも、本発明に係る透明体がその高分子膜の存在によって強化されるメカニズムは必ずしも定かではない。現状では次のように考えられる。先ず、透明体を介した加工力の印加により、透明体の観察面側には引張応力が生じる。この観察面の表面近傍には、通常、微細な亀裂、欠陥等が複数存在する。このため、観察面側に生じる引張応力が大きくなると、その表面近傍にある亀裂、欠陥等が破壊起点となって、透明体は破壊(曲げ破壊)し易くなる。また、透明体の対向面でも、大きな加工力が局所的に作用すると、いわゆるヘルツ破壊が生じ得る。
【0011】
もっとも、通常は、曲げ破壊の方がヘルツ破壊よりも優先的に生じる。このため本発明のように、その観察面に高分子膜が密着していると、その観察面の表面近傍に存在する微細な亀裂、欠陥等が高分子膜によって修復されたり、または観察面側が有効に補強されて、曲げ破壊が生じ難くなる。その結果、透明体は著しく耐破壊性を向上させ、本来有する強度を発揮するようになる。
【0012】
但し、高分子膜の膜厚(フィルムの厚さ)が過大になると、透明体の観察面側のみが過大に補強され、曲げ破壊は生じないものの、逆にヘルツ破壊が生じ易くなる。従って、曲げ破壊とヘルツ破壊とがバランスする範囲で、透明体の材質、高分子膜の材質や膜厚等を選定するのが好ましい。
【0013】
(4)本発明の加工状況観察試験機を用いると、例えば、従来不可能であった塑性変形を伴いながら摺動する被加工材(試験材)と加工具との界面状況(加工表面の性状や挙動)なども、直接観察することができる。具体的には、潤滑剤若しくは被加工材と加工具との間の相対的なすべりによって生じる、潤滑剤の封じ込み、潤滑剤の流出挙動、潤滑剤の油膜の厚さ変化、潤滑剤の消滅過程なども実時間で観察できる。
また、摩擦の違いによる被加工材のバルク変形に伴う表面の移動や起伏形成、突起部の圧壊、新生面の出現など、これまで不可能であった摺動界面における挙動も観察できる。さらには、例えば、被加工材の表面の移動速度、移動方向を直接計測することで摩擦の分布状態を把握することも可能となる。
【0014】
このようにして得られた観察結果は、被加工材の固着による焼付き性の評価、成分の相違による潤滑剤の油膜強さや熱安定性の評価、潤滑剤の合理的選定、工具材料、表面処理または潤滑剤の改良、開発、高精度部品成形のための工程設計等へ有効に活用できる。
【0015】
《加工状況観察試験方法》
本発明は上述の加工状況観察試験機としてのみならず、それを用いて、試験片上の加工される面である被加工面の近傍に生じる状況を観察する試験方法としても把握できる。例えば、本発明の加工状況観察試験方法は、被加工材を想定した試験片を保持具に保持する保持ステップと、該保持された試験片上の加工される面である被加工面へ透視可能な透明体を介して加工力を加工具により印加する加工力印加ステップと、該加工力の印加によって加工過程で生じる該被加工面近傍の状況を観察する観察ステップとを備え、前記加工力印加ステップは、前記被加工面に対向する対向面の反対側にある観察面に密着した透視可能な高分子膜を備える透明体を介してなされることを特徴とする。
【0016】
《その他》
(1)本明細書でいう「透視」または「透明」は、通過する光線の種類を問わない。透明体の観察面を通じて認識または撮影等する手段に適した光線を通過するものであれば、本発明でいう「透視」または「透明」に該当する。例えば、可視光線の他、(遠・近)赤外線、紫外線、X線等に対して透明または透視可能であってもよい。
【0017】
(2)本明細書でいう「加工力」は、想定している加工方法に応じて定まり、圧縮、剪断、ねじり、それらを複合したもの等、いずれでもよく、その力の方向や大きさは問わない。高分子膜は、観察面上に設けられるが、実質的には、その加工力の方向や大きさに応じて前述した曲げ破壊が生じ易い面に形成されていればよい。このような観点から、本明細書でいう「対向面」と「観察面」の位置関係(「反対側」)や高分子膜が密着する面(「観察面」)は理解される。
【0018】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の下限値または上限値は、任意に組合わされて「a〜b」のような範囲を構成し得る。さらに本明細書に記載した範囲内に含まれる任意の数値を、数値範囲を設定するための上限値または下限値とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】加工状況観察試験機の一実施例を示す概略説明図である。
【図2】加工状況観察試験機の他の実施例を示す概略説明図である。
【図3】透明工具の説明図である。
【図4】本発明の加工状況観察試験機で観察した加工状況を示す顕微鏡写真であり、同図(A)は潤滑剤Aを用いた場合であり、同図(B)は潤滑剤Bを用いた場合である。
【符号の説明】
【0020】
1、2 加工状況観察試験機
11、22 油圧シリンダー(駆動源)
14 下型
15、25 透明工具
16、26 工具ホルダー
17 マイクロスコープ
18 高速度カメラ
W ワーク(試験材)
C 加工面(対向面)
S 観察面
【発明を実施するための形態】
【0021】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。なお、以下の実施形態を含めて本明細書で説明する内容は、本発明に係る加工状況観察試験機のみならず、加工状況観察試験方法にも適宜適用され、上述した本発明の構成に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成を付加し得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0022】
《保持具と加工具》
(1)保持具は被加工材である試験材を保持する工具または治具である。加工具に対して試験材を把持、支持さらには可動等できものであるとよい。具体的にいうと、保持具は固定具付きの定盤等でも、鍛造等の成形加工を想定した金型でもよい。いずれにしても、保持具の形状や形態は、想定する加工に応じたものとすると好ましい。
【0023】
(2)加工具は、試験片上の被加工面に加工力を印加して、実加工を模した模擬加工を試験材に施す工具である。模擬加工には、各種の成形加工に応じて、試験材を圧縮変形させる圧縮加工、試験材を剪断変形させる剪断加工、それらを組み合わせた複合加工等がある。模擬加工の種類に応じて、加工具の形態、加工具に作用する応力の種類、大きさ、方向等も種々変化する。温間加工または熱間加工を想定する場合は、試験材の少なくとも被加工面近傍を加熱するとよい。その際、必要に応じて、所望の温度に温度制御する温度制御手段を設けるとよい。
【0024】
《透明体》
(1)透明体は、透視可能で観察面に高分子膜を有し、加工具に設けられる。加工具全体が透明体から構成されてもよいし、透明体が加工具の一部であってもよい。例えば、加工工程中に生じる被加工面近傍の状況を透明体を通じて観察できる限り、試験材の被加工面へ直接接触する部分(接触部)まで必ずしも透明体である必要はない。本発明に適した加工具は、例えば、被加工面上を相対移動して試験材を塑性変形させる成形具である。この成形具は、例えば、鍛造等に用いられる成形型(金型)である。
【0025】
(2)透明体の材質は、所望の強度を有するものであれば問わない。例えば、サファイア、石英ガラス(溶融石英ガラス、合成石英ガラス等)、耐熱ガラス、強化プラスチックスなどを用いることができる。耐熱ガラスは、例えばSiOとBとを混合したホウケイ酸ガラスである。
【0026】
透明体の形態は、加工の種類、加工具の形態に応じたものとすればよい。透明体は単一材料からなる必要はなく、複数種の透明材料を組み合わせたものでもよい。また透視可能である限り強化材を複合させたものでもよい。
【0027】
《高分子膜》
高分子膜は、透明体の観察面に密着した透視可能な高分子からなる。高分子の種類や膜厚などは、透明体の種類、透明体に要求される破壊強度等に応じて適宜選択される。高分子膜は、例えば、観察面に貼着された高分子フィルム、観察面に蒸着した高分子蒸着膜、観察面に塗布された高分子塗膜等である。
【0028】
高分子は、例えば、ポリエステル、フッ素樹脂またはエラストマー等である。フッ素樹脂は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の他、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)などが好ましい。なお、高分子膜は、例えば複数のシートを積層した多層フィルムでもよい。その内の少なくとも一層がポリエステルシートであると好ましい。
【0029】
高分子膜の好ましい膜厚は、高分子の種類等にも依るが、ポリエステル系高分子膜なら、50〜150μmさらには60〜110μmであると好ましい。膜厚が過小では透明体の観察面側に曲げ破壊を生じ、膜厚が過大では透明体の対向面側にヘルツ破壊を生じ得る。
【0030】
《各種の付加的な手段》
(1)本発明の試験機では、単に加工面近傍の加工状況を観察するのみならず、その観察された被加工面近傍の加工状況を透明体の観察面側から撮影する撮影手段を備えると好適である。これにより、連続または断続した観察画像を記録したり、モニター上で拡大画像として観察したりできる。さらに、その撮影手段として高速度カメラを用いると、加工過程中の被加工面近傍の変化を詳細に把握することが可能である。その被加工面近傍の加工状況をミクロ的に観察したければ、透明体の観察面側に顕微鏡を設けるとよい。顕微鏡と高速度カメラとを組み合わせたものも本発明では撮影手段という。
【0031】
(2)本発明の試験機は、さらに、加工具と試験材との間で生じる摩擦力や摩擦係数を算出する(摩擦)算出手段を備えてもよい。より具体的には、例えば、前記した成形具と被加工面との間に生じる垂直力および摩擦力に基づいて成形具と被加工面との間の摩擦係数を算出する算出手段を有すると好ましい。垂直力や摩擦力は、例えば、被加工面に作用する垂直方向または水平方向の力を測定するロードセルを用いることで、容易に求めることができる。垂直力(N)や摩擦力(F)が求まると、摩擦係数(μ=F/N)も容易に算出される。この他、本発明の試験機は、さらに、試験材の塑性変形量を算出する(変形量)算出手段を備えてもよい。
【実施例】
【0032】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《加工状況観察試験機》
(実施例1)
(1)構成
本発明の加工状況観察試験機に係る一実施例である圧縮加工観察試験機1(以下単に「試験機1」という。)を図1に示した。試験機1は、ワークW(被加工材、試験材)を圧縮成形する際に、ワークWの被加工面Pの近傍に生じる加工状況を観察できる装置である。
【0033】
試験機1は、駆動源である油圧シリンダー11と、油圧シリンダー11により駆動されるX−Yステージ12と、そのX−Yステージ12上にロードセル13を介して載置した下型14(保持具)と、下型14上のワークWを加工面C(対向面)で加圧する上型に相当する透明工具15(透明体、加工具)と、透明工具15の外周面および上下面に密着して透明工具15を保持する工具ホルダー161、162、163(これらを併せて「工具ホルダー16」という。)と、工具ホルダー16上に設けられ透明工具15の観察面Sから得られた画像を拡大するマイクロスコープ17と、マイクロスコープ17を通じて得られた拡大画像を撮影する高速度カメラ18(撮影手段)とからなる。
透明工具15でワークWを圧縮成形すると、ワークWの被加工面Pと透明工具15の加工面Cとが接触する界面近傍の状況が、透明工具15、マイクロスコープ17および高速度カメラ18を通じて観察される。具体的な観察は、例えば、次のようにしてなされる。
【0034】
(2)操作および観察
先ず、透明工具15の加工面Cに予め評価したい潤滑剤を塗布する。この透明工具15を工具ホルダー16にセットする。なお、潤滑剤はワークWの被加工面Pへ塗布してもよい。
【0035】
次にマイクロスコープ17の焦点を調整して透明工具15に塗布された潤滑剤の界面に焦点を合わせる。下型14の上にワークWを設置し、X−Yステージ12でワークWを移動させて、ワークWの観察域を調整する。
【0036】
そして油圧シリンダー11を作動させてワークWを上方に移動させる。これにより透明工具15の加工面CにワークWの被加工面Pが接触し、ワークWは徐々に変形する。この際、マイクロスコープ17および高速度カメラ18を通じて、ワークWの塑性変形に伴う潤滑剤の流出やワークWの被加工面P近傍における表面起伏の生成などが観察される。
【0037】
ここで、X−Yステージ12で決定したワークWの観察位置を変化させると、異なる加工界面の状況が観察される。例えば、加工中心に近い場所では、ワークWの被加工面P上の表面移動量が小さく、周辺に近づくにつれてその移動量が大きくなることが観察されたりする。
【0038】
(実施例2)
本発明の加工状況観察試験機に係る一実施例である引抜き加工観察試験機2(以下単に「試験機2」という。)を図2に示した。試験機2は試験機1と異なり、ワークW(被加工材、試験材)を圧縮しつつ水平方向に引き抜いた際に、ワークWの被加工面Pの近傍に生じる加工状況を観察できる装置である。なお、図1に示した試験機1と同様の部材には図2でも同じ符号を付して説明を省略した。
【0039】
試験機2は、ワークWを鉛直方向に圧縮する油圧シリンダー11の他に、ワークWを水平方向へ引き抜く駆動源となる油圧シリンダー22を備える。工具ホルダー26によって保持された透明工具25は、端部が尖鋭状をしており、ワークWの肉厚を薄く絞れる形状となっている。
【0040】
試験機2でも、ワークWの被加工面Pと透明工具25の加工面Cとが接触する界面近傍の加工状況が、透明工具25、マイクロスコープ17および高速度カメラ18を通じて観察される。
【0041】
なお、油圧シリンダー22もロードセル(図略)を備え、ロードセル13を備える油圧シリンダー11と同様にワークWに印加した加工力を計測できる。また油圧シリンダー11および油圧シリンダー22は変位計(図略)も備えるので、ワークWの変形量も計測可能となっている。これらの点は試験機1も試験機2も共通である。
【0042】
《透明工具》
(1)試験機1に用いた透明工具15は、図3に示すように、透明ガラス151と、透明ガラス151の上面に密着形成させた高分子フィルム152(高分子膜)とからなる。高分子フィルム152が存在する側が観察面Sとなり、反対側が加工面Cとなる。試験機2の透明工具25も、形状は異なるものの、基本的な構成は同様である(図略)。
【0043】
(2)複数種の透明ガラス151と複数種の高分子フィルム152とを用意し、それらを適宜組み合わせて、図3に示すような透明工具15を複数製作した。その際の組み合わせを表1に示した。表1に示す3種の透明ガラスは、いずれも直径40mm、厚さ10mmのガラス製円板である。材質は、溶融石英ガラス(朝日テクニグラス社製)、合成石英ガラス(朝日テクニグラス社製)またはホウケイ酸ガラス(朝日テクニグラス社製耐熱ガラス板PX板)とした。
【0044】
(3)透明ガラスへ貼着した各種フィルム等のメーカー、製品名は表1に併せて示した。それらフィルム等の貼着は次のようにした。すなわち、「UVカットフィルム」、「エラストマー」、「FEPフッ素樹脂」、「ポリエステル」(試料No.2)および「保護テープ」は薬用匙の腹を押し付けて空気を抜く方法により貼着した。
【0045】
「ポリエステル+ハードコート」、「積層ポリエステル」および「ポリエステル」(試料No.3)は次のようにして貼着した。すなわち、石ケン水に浸漬してから引き上げたガラス上にフィルムを載せ、軽圧下してフィルムとガラスの間の石ケン水を排出した。これを半日ほど静置した後、150℃のホットプレート上に静置して、温度計でモニターしながら150℃の温風を送風して2hr乾燥させた。室温に低下後、そのまま3日間放置して貼着した。
なお、各フィルム等は前記した透明ガラスのサイズに予めカットしてから貼着等した。
【0046】
(4)得られた各種の透明工具の強度(破壊荷重)を次のように測定した。先ず、図1に示すワークWの代わりに直径10mm、高さ10mmの円柱状の炭素鋼(JIS S45C)からなる圧子を下型15上にセットした。この圧子に、図1に示した工具ホルダー16に保持した各種の透明工具15を押し付けた。そして透明工具15の透明ガラスが破壊する荷重(強度)を測定した。このときの結果を表1に併せて示した。
【0047】
表1中の圧子面圧は破壊荷重を圧子の端部面積で除した値である。また倍率は、各種透明ガラスの破壊荷重(圧子面圧)を比率で示したものであり、ホウケイ酸ガラス(標準試料)単体の破壊荷重を1.0とした。
【0048】
《評価》
表1から次のことがわかる。透明ガラスに密着した高分子膜を設けると、破壊強度はいずれも、透明ガラス単体の破壊強度以上となった。特に、透明ガラスに高分子フィルムを貼着した場合、その破壊強度は透明ガラス単体の場合に比べて、最大2.4倍にまで増大した。そしてポリエステルフィルムを貼着した場合、破壊強度が顕著に大きくなった。また、例えば、積層ポリエステルフィルムを貼着した場合を観ると、破壊強度を増大させる好ましい膜厚があることもわかる。
【0049】
《観察例》
(1)ホウケイ酸ガラスにポリエステルフィルム(75μm)を貼着した透明工具15を、試験機1に実際に組み込んでアルミニウム合金(2000系合金)を熱間加工した。すると、これまで圧縮力20MPa以下、圧下率8。6%以下という低圧に留まっていた試験機の加工能力が、380MPa、圧下率60%という高圧にまで向上することがわかった。
【0050】
(2)その試験機1を用いて、500℃〜室温における潤滑剤の消失挙動を、マイクロスコープ17(ユニオン光学社製 DZ4−T)と高速度カメラ18(シナノケンシ社製 PLEXLOGGER PLI−C20J)を介して観察した。その一例を図4に示す。なお、高速度カメラ18には、落射式同軸高輝度照明を備えたものを用いた。マイクロスコープ17は倍率50に設定し、高速度カメラ18は500fpsに設定して観察した。なお、図4に示したワークはアルミニウム合金(JIS A2017合金)からなる試験材(形状:円柱、サイズ:φ10×10)である。加工界面(透明工具の加工面側)には、潤滑剤Aまたは潤滑剤Bを塗布しておいた。いずれも市販されている熱間鋳造用の白色潤滑剤である。
【0051】
(3)図4(A)から、潤滑剤Aを用いると、その潤滑剤は加工中の残存量が多く変化しないことが観察された。一方、図4(B)から、潤滑剤Bを用いると、潤滑剤Bは高温のワークWと接触して急速に消失していく様子が観察された。このように、加工中における潤滑剤の挙動の可視化は、潤滑剤の開発に非常に有効である。
【0052】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被加工材を想定した試験片を保持する保持具と、
該試験片上の加工される面である被加工面へ透視可能な透明体を介して加工力を印加し得る加工具と、
該加工具を駆動する駆動源とを備え、
該加工具による加工過程で生じる該被加工面近傍の状況を観察し得る加工状況観察試験機であって、
前記透明体は、前記被加工面に対向する対向面の反対側にある観察面に密着した透視可能な高分子膜を備えることを特徴とする加工状況観察試験機。
【請求項2】
前記高分子膜は、前記観察面に貼着された高分子フィルム、該観察面に蒸着した高分子蒸着膜または該観察面に塗布された高分子塗膜である請求項1に記載の加工状況観察試験機。
【請求項3】
前記高分子膜は、ポリエステル、フッ素樹脂またはエラストマーからなる請求項1または2に記載の加工状況観察試験機。
【請求項4】
前記透明体は、ホウケイ酸ガラスまたは石英ガラスである請求項1または3に記載の加工状況観察試験機。
【請求項5】
前記加工具は、前記被加工面上を相対移動して前記試験材を塑性変形させる成形具である請求項1または4に記載の加工状況観察試験機。
【請求項6】
さらに、前記成形具と前記被加工面との間に生じる垂直力および摩擦力に基づいて前記成形具と前記被加工面との間の摩擦係数を算出する算出手段を有する請求項5に記載の加工状況観察試験機。
【請求項7】
さらに、前記透明体の観察面側から前記被加工面近傍の状況を撮影する撮影手段を有する請求項1または6に記載の加工状況観察試験機。
【請求項8】
請求項1〜7に記載のいずれかの加工状況観察試験機を用いて、試験片上の加工される面である被加工面の近傍に生じる状況を観察することを特徴とする加工状況観察試験方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−20334(P2012−20334A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162326(P2010−162326)
【出願日】平成22年7月16日(2010.7.16)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】