効率的で普遍的な多能性幹細胞から神経細胞への分化誘導方法
本発明は、幹細胞から神経細胞への分化誘導方法に関する。より具体的には、本発明は、幹細胞の骨形成蛋白質信号伝達経路とアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制して、幹細胞から神経細胞への分化を誘導する方法に関する。本発明は、浮遊培養及び付着培養を含む従来の幹細胞の分化に使用された方法に関係なく、すべての幹細胞を効率的に神経前駆細胞に分化できるという長所がある。また、本発明により分化誘導された神経前駆細胞は、特定の細胞(例えば、ドーパミン神経細胞、オリゴデンドロサイトなど)に高効率で分化できるので、今後、難治性の神経系疾患(例えば、パーキンソン病、脊髄損傷など)に適用可能であり、新薬開発において基礎的なデータを提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞から神経細胞への分化誘導方法に関する。より具体的には、本発明は、幹細胞の骨形成蛋白質(bone morphogenetic protein:BMP)信号伝達経路及びアクチビン/ノダル(Activin/Nodal)信号伝達経路を抑制して幹細胞から神経細胞への分化を誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
BMPは、TGF−beta(トランスフォーミング増殖因子−β:TGF−β)スーパーファミリーに属するサブファミリーである。TGF−β経路は、脊椎動物及び無脊椎動物の成長と分化とを調節する様々な信号伝達において中心的な位置を占めている。TGF−βファミリーは、大きく2つのグループに分けられる。一つは、BMPグループであり、もう一つは、TGF−β/アクチビングループである。BMPは、最初は生体で骨と軟骨形成を誘導する蛋白質として分離されたが、その後これらのBMPが脊椎動物及び無脊椎動物の発生過程のうち、形態形成の様々な調節活性を有することが発見された、今までにショウジョウバエ、線虫(C. elegans)及びカエルを含む複数の種から30個以上のBMPが発見されてきた(非特許文献1参照)。
【0003】
BMPは、骨及び軟骨形成を誘導する蛋白質として最初に発見されたが、様々なBMPは、神経細胞を含む様々な種類の細胞において生物学的に重要な活性を有する。例えば、BMPは、細胞の増殖と分化、細胞の死滅、神経外胚葉の形成、中胚葉の形成、神経系の分化、複数の器官の発達(例えば、精巣、腎臓、消化器官、肺、歯など)、右左の非対称性などに関与する(非特許文献2参照)。
アクチビン/ノダル(TGF−βスーパーファミリーのメンバー)信号伝達経路は、ヒト胚性幹細胞及びマウスエピブラスト幹細胞での多分化能を維持するために不可欠である。また、アクチビン/ノダル信号伝達経路は、脊椎動物中胚葉の発生に重要な役割を担う。
【0004】
幹細胞は、組織を構成する各細胞に分化する前の段階の未分化細胞の総称であり、特定の分化刺激(環境)によって特定の細胞に分化する。幹細胞は、細胞分裂が停止した分化細胞とは異なり、細胞分裂によって、自分と同じ細胞を生産することができるという増殖特性を有し、また、分化刺激が加わると特定の細胞に分化するが、他の環境や他の分化刺激によって別の細胞にも分化でき、分化に柔軟性を持っているのが特徴である。
現在、幹細胞は、細胞の治療剤として脚光を浴びているが、神経細胞の損傷によって誘発される様々な神経疾患の細胞治療剤としても多くの研究が行われている。特に、脳神経系疾患は、他のどの病気よりも細胞移植治療に最もふさわしい対象とされるが、これは、脳神経系の組織が他の組織とは異なり、免疫拒絶反応がほとんどなく、外部から細胞を移植したときに移植された細胞の長期生存が期待できるからである。
これに関連して、脳卒中、アルツハイマー病、パーキンソン病、脱髄疾患及び脊髄損傷などの疾患の治療に幹細胞を適用しようとする試みが現在進行中である(非特許文献3及び4参照)。
【0005】
一方、細胞治療剤としての幹細胞の有用性を高めるためには、幹細胞を効率的に特定の細胞に分化させる技術が必要である。
特許文献1には、幹細胞を神経細胞に分化誘導する方法が開示されており、より詳細には、(a)幹細胞を塩基性線維芽細胞増殖因子と共に培養する工程と、(b)工程(a)の細胞を線維芽細胞増殖因子8及びソニックヘッジホッグと共に培養する工程と、(c)工程(b)の細胞を脳由来神経栄養因子と共に培養する工程と、(d)工程(c)の細胞を神経膠星状細胞と共培養する工程と、を含む方法を開示している。特許文献2には、特定の化学構造式を有する化合物が、胚性幹細胞が神経細胞に分化する際に誘導剤として作用できることが開示されている。
また、特許文献3には、幹細胞でTGF−βシグナル伝達経路を阻害することにより、ドーパミン神経細胞を生産する方法が開示されている。
【0006】
しかしながら、現在までに、すべての幹細胞を高効率で、特定の細胞(特に、神経細胞)に分化させる技術は開発されていない状況である。
【0007】
この明細書全体にわたって多数の論文及び特許文献が参照され、その引用が表示されている。引用された論文と特許文献の開示内容は、その全体として本明細書に参照として挿入され、本発明の属する技術分野の水準、及び本発明の内容がより明確に説明される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2005/003320号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2004/093812号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2004/05308号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Ducy P et al、The family of bone morphogenetic proteins. Kidney Int.;57(6):2207−14(2000)
【非特許文献2】Wozney JM et al. The bone morphogenetic protein family:multifunctional cellular regulators in the embryo and adult. Eur Joral Sci., 106:160−6(1998)
【非特許文献3】Isacon O, Deacon T,Trends. Neurosci., 10:477−482(1997)
【非特許文献4】Studer et al. Nat. Neurosci., 1:290−295(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者は、様々な分化特徴を持つ幹細胞を高収率で神経前駆細胞に分化誘導させ得る効率的な方法を発明しようと努力した。その結果、幹細胞から分化した細胞において、他の系列の細胞及び未分化細胞の混在可能性を最小限に抑え、移植時に引き起これる奇形腫の可能性を低減できる神経前駆細胞への分化誘導を究明することにより、本発明を完成するに至った。
したがって、本発明の目的は、幹細胞から神経細胞への分化誘導方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物を提供することにある。
本発明の他の目的及び利点は、本願の発明の詳細な説明、請求の範囲及び図面に基づいて、より明確にする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一様態によれば、本発明は、(a)幹細胞のBMP(骨形成蛋白質)信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する工程と;(b)上記幹細胞を培養する工程と、を含む幹細胞から神経細胞への分化誘導方法を提供する。
【0012】
本発明の他の様態によれば、本発明は、BMP信号伝達経路抑制剤及びアクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤を含む、幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物を提供する。
【0013】
本発明者らは、多分化能幹細胞を含む幹細胞を効率的に神経細胞に分化誘導させ得る方法を開発しようと努力してきた。その結果、幹細胞から分化した細胞で、他の系列の細胞及び未分化細胞の混在可能性を最小限に抑え、移植時に引き起これる奇形腫(teratoma)の可能性を低減できる神経細胞への分化誘導方法を見出した。
【0014】
本明細書では、用語「幹細胞から神経細胞への分化誘導」とは、幹細胞から特定の細胞に完全に分化が誘導された場合だけでなく、幹細胞から特定の細胞へ完全分化する前の中間段階で形成される神経前駆体(neural precursor)の形成も含むものである。つまり、本発明の幹細胞の分化誘導方法は、幹細胞が、特定の細胞に完全に分化することを効果的に達成されるようにするだけでなく、幹細胞から神経前駆体を形成させる際にも非常に高い効率性を示す。特に、BMP信号伝達経路抑制剤及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制して分化させる場合、神経前駆体を形成するための技術的な方法の制限がなく、既存のいずれの神経前駆体分化法とも併用可能であり、また、その効率を高めることができる。
【0015】
本発明によって分化され得る幹細胞としては、制限はなく、幹細胞の特性、つまり、未分化であり、無限増殖能及び特定の細胞への分化能を持つ細胞は、本発明が適用可能な細胞である。幹細胞は、胚性幹細胞、成体幹細胞、誘導多能性幹細胞、胚性生殖細胞及び胚性腫瘍細胞を含み、好ましくは、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞である。用語「誘導多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)」は、非−全分化能細胞(例えば、体細胞)から特定の遺伝子を挿入して、人工的に由来した全分化能幹細胞の一つである。誘導多能性幹細胞は、幹細胞遺伝子及び蛋白質の発現、染色体のメチル化、倍加時間(doubling time)、胚形成、テラトーマ形成、生存性キメラ形成、交雑性及び分化性を持つ点から、全分化能幹細胞(例えば、胚性幹細胞)と同じであると当業界で判断されている。
【0016】
本発明の利点の一つは、下記の実施例で立証しているように、胚性幹細胞、誘導多能性幹細胞など、すべての幹細胞に適用可能な分化プロトコルを提供するということである。
【0017】
本発明によれば、幹細胞で神経細胞の分化のために、BMP信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する。
【0018】
BMP信号伝達経路を阻害する物質としては、当業界に公知されている様々なBMP信号伝達経路抑制剤を含む。本明細書の用語「BMP信号伝達経路抑制剤」は、好ましくは、BMP自体を抑制するか、又はBMPをBMP受容体に結合することを抑制する物質を意味する。本発明で用いられるBMP信号伝達経路抑制剤としては、ドルソモルフィン(dorsomorphin)、smad6、smad7、ノギン(Noggin)、コルディン(Chordin)、グレムリン(Gremlin)、Sog(short gastrulation)、ホリスタチン(Follistatin)、DAN(differential screening−selected gene aberrant in neuroblastoma)、ケルベロス(Cerberus)、ダンテ(Dante)、又はPRDC(Protein Related to DAN and Cerberus)を含んでいることが好ましい。より好ましくは、上記BMP信号伝達経路抑制剤は、ドルソモルフィン、ノギン、コルディン又はグレムリンであり、更に好ましくは、ドルソモルフィン又はノギンであり、最も好ましくは、ドルソモルフィンである。
【0019】
本発明の幹細胞での骨形成蛋白質信号伝達経路を抑制するために添加されるドルソモルフィンの濃度としては、1μM〜20μMが好ましく、より好ましくは、3μM〜10μMであり、最も好ましくは、4μM〜6μMである。
【0020】
アクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する物質としては、当業界に公知されている様々なアクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤を含む。本明細書の用語「アクチビン/ノダル信号伝達経路」は、アクチビン信号伝達経路及び/又はノダル信号伝達経路を意味する。本明細書の用語「アクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤」は、好ましくは、アクチビン/ノダル自体を抑制するか、又はアクチビン/ノダルイが、その受容体に結合することを抑制する物質を意味する。本発明で用いられるアクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤、好ましくは、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンツアミド〔4−(5−Benzo[1,3]dioxol−5−yl−4−pyridin−2−yl−1H−imidazol−2−yl)−benzamide〕、smad6、smad7、及びホリスタチンから選ばれる抑制剤を用いて、アクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する。より好ましくは、上記抑制剤は、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミド又はsmad7であり、最も好ましくは、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンツアミドのような蛋白質ではなく、低分子化合物であり、これらの物質は、当業界でSB431542として知られている。蛋白質の処理よりも上記低分子化合物の処理がより効果的である。
【0021】
本発明の幹細胞のアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制するために添加される4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンツアミドの濃度としては、1μM〜50μMが好ましく、より好ましくは、5μM〜30μMであり、更により好ましくは、8μM〜20μMであり、最も好ましくは、9μM〜11μMである。
【0022】
上記4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドは、以下の構造式1で表すことができる:
【化1】
・・・(1)
【0023】
本発明の詳細な説明において、上記構造式1で表される構造物は、SB431542と併用して使用される。
【0024】
本発明の好ましい実施形態によれば、上記幹細胞のBMP信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する工程は、幹細胞を培養して胚を形成する過程、又は形成された胚を培養する過程で実施され、上記工程(a)により神経外胚葉が増加された胚が形成される工程を更に含む。
【0025】
本発明の好ましい実施形態によれば、上記幹細胞を培養する工程は、(b−1)神経外胚葉が増加された胚をbFGF(basic fibroblast growth factor)の存在下で培養し、神経前駆細胞を増殖させる工程と;(b−2)上記神経前駆細胞をソニックヘッジホッグ(Shh)及びFGF8(Fibroblast growth factor8)の存在下で培養し、ドーパミン前駆細胞に誘導させる工程と;(b−3)上記ドーパミン前駆細胞を神経膠細胞由来神経栄養因子(glial derived neurotrophic growth factor:GDNF)、脳由来神経栄養因子(brain−derived neurotrophic factor:BDNF)及びアスコルビン酸の存在下で培養し、ドーパミン神経細胞を形成させる工程と、を更に含む。
【0026】
上記神経前駆細胞を増殖させる段階で添加するbFGFの濃度としては、5ng/mL〜100ng/mLが好ましく、より好ましくは、10ng/mL〜50ng/mLであり、更により好ましくは、15ng/mL〜30ng/mLであり、最も好ましくは、19ng/mL〜21ng/mLである。
【0027】
上記ドーパミン前駆細胞を増殖させる段階で添加するソニックヘッジホッグの濃度としては、50ng/mL〜500ng/mLが好ましく、より好ましくは、100ng/mL〜300ng/mLであり、更により好ましくは、150ng/mL〜250ng/mLであり、最も好ましくは、190ng/mL〜210ng/mLである。
【0028】
上記ドーパミン前駆細胞を増殖させる段階で添加するFGF8の濃度としては、10ng/mL〜300ng/mLが好ましく、より好ましくは、50ng/mL〜100ng/mLであり、更により好ましくは、80ng/mL〜150ng/mLであり、最も好ましくは、90ng/mL〜110ng/mLである。
【0029】
上記ドーパミン神経細胞を形成させる段階で添加するBDNFの濃度としては、5ng/mL〜100ng/mLが好ましく、より好ましくは、10ng/mL〜80ng/mLであり、更により好ましくは、15ng/mL〜50ng/mLであり、最も好ましくは、19ng/mL〜21ng/mLである。
【0030】
上記ドーパミン神経細胞を形成させる段階で添加するGDNFの濃度としては、5ng/mL〜100ng/mLが好ましく、より好ましくは、10ng/mL〜80ng/mLであり、更により好ましくは、15ng/mL〜50ng/mLであり、最も好ましくは、19ng/mL〜21ng/mLである。
【0031】
また、上記ドーパミン神経細胞を形成させる段階で添加するアスコルビン酸の濃度としては、50μM〜500μMが好ましく、より好ましくは、100μM〜300μMであり、更により好ましくは、150μM〜250μMであり、最も好ましくは、190μM〜210μMである。
【0032】
本発明の好ましい実施形態によれば、本発明を用いて、幹細胞を神経細胞に分化する場合は、ドルソモルフィン及び4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドを処理していない幹細胞よりもSoX1、Pax6及びネスチンが高発現される。
【0033】
本発明の好ましい実施形態によれば、本発明の方法を用いて、幹細胞を神経細胞に分化する場合は、ドルソモルフィン及び4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドを処理していない幹細胞よりもId1、Id3、GCM1及びGATA2が低発現される。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、様々な幹細胞(例えば、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞)を、ほぼ同じレベルのドーパミン神経細胞まで分化させることができる。
本発明によって収得した神経細胞は、特に神経変性疾患、例えば、アルツハイマー病、ハンティントン病、パーキンソン病及び筋萎縮性側索硬化症に適用して、これらの疾患を治すことができる。
【0035】
本発明の特徴と利点をまとめると、以下の通りである:
(i)本発明は、幹細胞から神経細胞への分化誘導方法及び分化誘導用組成物を提供する。
(ii)本発明は、浮遊培養(floating culture)及び付着培養(attachment culture)などを含む従来の幹細胞の分化に使用された方法に関係なく、すべての幹細胞を効率的に神経前駆細胞に分化させることができるという長所がある。
(iii)また、本発明に係る分化誘導された神経前駆細胞は、特定の細胞(例えば、ドーパミン神経細胞、オリゴデンドロサイトなど)に高効率で分化することができるので、今後、難治性の神経系疾患(例えば、パーキンソン病、脊髄損傷)に適用することができ、新薬開発において基礎的なデータを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】図1a〜1dは、自発的な分化過程を経た後、10日目に6つのhESC細胞株(H9、Miz−hES4、Miz−hES6、SNU−hES3、SNU−hES16、CHA−hES3)及び3つのヒトiPSC細胞株(BJ1−iPS12、MSC−iPS2−3、dH1f−iPS2−2)の分化傾向を、pRT−PCRを用いて調査した結果である。図1aは、神経外胚葉のSox1とPax6の発現水準を示したものであり、図1bは、中胚葉のBrachyuryとCerberusの発現水準を示したものであり、図1cは、内胚葉のAFPとGATA4の発現水準を示したものであり、図1dは、未分化マーカーであるOct4及びNanogの発現を示したものである。y軸は、テストした細胞株で各遺伝子の相対的な発現を、平均±標準誤差で示したものである(基準を任意に1に指定)。上記細胞株をOne−Way ANOVA(変化分析)で多重比較して、統計的有意性を評価した。タイプIの誤差率を減らすために、事後分析(Post Hoc)としてボンフェローニ補正法(Bonferroni correction)を適用している(Miz6、Miz−hES6;Miz4、Miz−hES4;SNU3、SNU−hES3;SNU16、SNU−hES16;CHA3、CHA−hES3;BJ1−12、BJ1−iPS12;MSC2−3、MSC−iPS2−3;dH1f2−2、dH1f−iPS2−2)。
【図2】図2a〜2bは、内在性のBMP信号の流れを効果的に抑制するDMを幹細胞に処理し、神経細胞への分化を減少させた結果である。DMの存在又は不存在下で、自発的な胚様体分化後、4日目に各マーカーのmRNAを、pRT−PCRを用いて定量化した。図2aは、用量−依存方法でDMを処理することによって、BMP信号活性の指標であるId1とId3遺伝子の発現が減少したことを示す結果である(0.1−5μM)。陽性対照群は、ノギン(Noggin)1μg/mLを用いた。図2bは、用量−依存方法でDMを処理することによって、神経外胚葉マーカーであるPax6とNestinの発現が増加したことを示す結果である。グラフにおいて、y軸は、DMSO(ジメチルスルホキシド)の処理と比較して、DMやNogginを処理した後の各遺伝子の相対的な発現を示したものである。DMは、ドルソモルフィンを意味し、NOGは、ノギン(noggin)を意味する(*p<0.05、**p<0.01、ANOVAテスト)。
【図3】図3は、hESCsのBMPとアクチビン/ノダル信号伝達経路を二重に抑制させ、hESCsが栄養膜(trophoblast)に分化することを抑制した結果である。胚様体をDM(5μM)とSB431542(5μM〜10μM)で処理又は非処理した後、10日間培養しており、2つの代表的な栄養膜マーカーであるGATA2とGCM1の発現を、qRT−PCRを用いて検出した。
【図4】図4a〜4cは、BMPとアクチビン/ノダル信号の二重抑制が、誘導神経細胞の分化工程と共に、神経系統への分化を更に促進させた結果を示したものである。DMとSB431542で処理又は未処理した後、4日間培養された胚様体は、培養皿に接着され、追加的に6日間、神経誘導培地(20ng/mLのbFGFが添加されたN2培地)で成長させた。H9とMiz−hES6は、約90%の神経ロゼット構造(矢印の頭部)を持った多くのコロニーに発達した(図4a〜4b)。一方、Miz−hES4、BJ1−iPS12とMSC−iPS2−3細胞から発生した2.6−25.5%のコロニーは、多様な非−神経細胞の形態であるが、神経ロゼット構造を示した。これらの結果は、自発的な分化だけでなく、誘導分化プロトコルを使用した後も、hPSCsの分化傾向が依然として存在するということを意味する(図4aの上位対照群)。しかしながら、驚いたことに、4日間胚様態に処理したDMとSB431542は、実験に用いられた細胞から、ほとんどのコロニーに効率的及び同じ神経ロゼット形成を誘導した(図4aの下位パネル)。抗−Nestin(グリーン)と抗−Sox1(レッド)の抗体で神経ロゼット構造を染色した(図4aに挿入)。図4bは、DM及びSB431542の処理又は非処理下で、5つのhPSC細胞株の神経分化後、神経ロゼット構造を持つコロニーの割合を示した結果である。図4cは、DMSOを処理した細胞と比較して、誘導分化工程時に、DMとSB431542で処理されたMiz−hES4、BJ1−iPS12及びMSC−iPS2−3で神経外胚葉マーカーであるSox1、Pax6及びNestinが有意に増加したことを、qRT−PCRを用いて示した結果である。逆に、内胚葉、中胚葉、栄養膜及び未分化マーカーの発現は、DMSOを処理した細胞と比較して減少した。DMSOで処理されたグループに対して、DMとSB431542を処理したグループで発現された遺伝子の相対的な倍率の増加をログ指標上に示した。少なくとも3回以上すべての実験を繰り返した(スケールバー:20μm)。
【図5】図5a〜5cは、BMPとアクチビン/ノダル経路の抑制によって生産された神経前駆細胞からDAニューロンの効果的な分化を示した結果である。図5aは、本研究で用いたドーパミン性神経分化プロトコルの概略図を示したものである。図5bは、対照群と比較した場合、DMとSB431542の処理によってTuj1−及びTH−陽性ニューロン(ドーパミンを合成する酵素であるチロシンヒドロキシラーゼを発現するニューロン)が非常に増加した状態を、免疫細胞化学分析を通じて示した図である。図5cは、DMSOを処理した細胞(3回の実験から計算された合計9,233個の細胞の2.6±0.5%)と比較して、DMとSB431542で処理されたMSC−Y2−3−iPS細胞(3回の独立した実験から計算された合計17,711個の細胞のうち、50.7±2.2%)からニューロン(Tuj1発現)数の増加を示した結果である。Tuj1−陽性細胞のかなりの部分(49.5±6.8%)は、TH+ニューロンである。TH+神経細胞は、DMSOで処理された対照グループでほとんど検出されていない(**p<0.01、スケールバー:50μm)。図5a で、 Neural induction: 神経インダクション; Neural Precursors expansion : 神経前駆体エクスパンジョン; Regionalization: リージョナリゼーション; Neuronal maturation: ニューロン成熟である。
【図6】図6a〜6dは、BMPとアクチビン/ノダル信号伝達経路の調節によってhESCs(H9)の神経外胚葉系統へ分化することを示した結果である。図6aは、EB培地にDMを添加した後、10日間培養した場合、神経外胚葉マーカー(Sox1及びnestin)の発現は増加した一方、中胚葉(Brachyury及びCerberus)、内胚葉(GATA4とAFP)、及び未分化マーカー(Oct4及びNanog)は、抑制された結果を示したものである。図6bは、未分化の細胞(Oct4−とSSEA4−の二重陽性)及び内胚葉細胞(AFP−陽性;赤矢印の頭)が10日間の5μMDMを処理した胚様態の部分で検出された結果を、免疫細胞化学分析を通じて示したものである。図6cは、同時に、DM及びSB431542を10日間処理した場合、神経マーカーの発現が更に促進されることを示した結果である。逆に、他の組織及び未分化マーカーの発現は、著しく減少した。図6dは、DMSOで処理された胚様態と比較して、DM及びSB431542で処理された胚様態でPax6とNestinの発現が増加することを確認した免疫細胞化学分析の結果である。図6aと図6cのグラフにおいて、y軸は、各々の3回の実験において、化学処理及び対照群のサンプルで遺伝子発現に際して増加倍率(fold change)を示したものである。DMは、dorsomorphinを意味し、SBは、SB431542を意味する(スケールバー:100μm)。
【図7】図7a〜7bは、誘導の分化傾向を持った様々なhPSC細胞株にBMPとアクチビン/ノダル信号伝達経路を同時に抑制して神経細胞の分化を誘導させた結果を示したものである。図7aは、hPSC細胞株にDMとSB431542を処理した場合、神経外胚葉マーカーの発現が非常に増加した一方、中胚葉/内胚葉及び未分化マーカーの発現は有意に減少した結果を示したものである。ログ指標において、y軸は、小さな分子で処理した細胞及びDMSOを処理した細胞での遺伝子発現の相対的な増加率を平均±標準誤差で示したものである(基準を1に任意に指定)。図7bは、4つのhPSC細胞株(H9、Miz−hES4、BJ1−iPS12、MSCiPS2−3)から胚様態区画を抗Nestin抗体で免疫染色して示したものである。DMは、dorsomorphinを意味し、SBは、SB431542を意味する(スケールバー:100μm)。
【図8】図8は、ヒト胚性幹細胞(Miz−hES6)とヒト逆分化幹細胞(BJ1−iPS12)から、各々BMP、アクチビン/ノダル信号の調節によって神経前駆細胞を収得し、これらから神経細胞(Tuj1)、神経膠細胞(GFAP)及び稀突起膠細胞(オリゴデンドロサイト、O4)が分化されていることを確認した結果である(スケールバー:25μm)。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0037】
以下、実施例に基づいて、本発明を更に詳細に説明する。これらの実施例は、単に、本発明をより具体的に説明するためのものであり、本発明の主旨に従って、本発明の範囲が、これらの実施例によって制限されないことは、本発明の属する技術分野において通常の知識を有する者にとって自明である。
【0038】
<材料及び方法>
<<ヒト胚性幹細胞(hESC)及びヒト誘導多能性細胞(iPSC)の培養>>
合計6つのヒト胚性幹細胞株H9(P31−45、WiCellInc社、Madison、Wisconsin、米国)、Miz−hES4(P67−75)、Miz−hES6(P34−45)(ミズメディ病院、大韓民国)、CHA−hES3(P88−93、CHA病院、大韓民国)、SNU−hES3(P30−36)及びSNU−hES16(P71−76)(ソウル大学病院、大韓民国)を、20%KSR(Knockout Serum Replacement;Invitrogen、Carlsbad、米国)、1×非必須アミノ酸(Invitrogen社、米国)、0.1mMβ−メルカプトエタノール(Sigma社、St.Louis、MO、米国)、及び4ng/mL塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF;Invitrogen社、米国)が添加されたDMEM−F12培地で培養した。STO(ATCC、Manassas、VA、米国)フィーダー細胞層で培養させたSNU−hES3(P30−36)とSNU−hES16細胞株とを除いて、ほとんどのhESC株を有糸分裂を停止されたマウスの胚性線維芽細胞(mouse embryonic fibroblasts:MEFs、MCTT社、ソウル、韓国)層で成長させた。5日間〜7日間、毎日公知の継代培養方法(Oh,S.K. et al. Stem Cells 23, 605−609(2005)参照)によって、hESCコロニーは、新鮮なフィーダー層に移した。また、3つのヒト誘導多能性細胞株(iPSCs)、つまり、dH1f−iPS2−2、MSC−iPS2−3及びBJ1−iPS12細胞株(Park,I.H. et al. Nature 451, 141−146(2007)参照)を、上記hESCと同じ培地組成を有する培地で培養した(上記の3種のヒト誘導多能性細胞株は、ハーバード大学のGeorge Q. Daley博士から分譲されており、それについての参考文献は、次の通りである;Nature、2008 Jan 10;451(7175):141−6, Nat Protoc. 2008;3(7):1180−6)。
【0039】
<<ヒト全分化能幹細胞の自発的分化>>
30分間、IV型のコラゲナーゼ(Invitrogen社、米国)を2mg/mLで処理した後、フィーダー細胞層からhESCs及びヒトiPSCsコロニーを分離させ、胚様体(embryoid bodies:EB)を形成するようにしており、当業界で通常に使用するbFGFを含まないhESC培地(EB培地)が含まれているペトリディッシュに移動させた。胚様態を形成させる間、様々な濃度のDM(dorsomorphin;Sigma社、米国)及びSB431542(Calbiochem社、SanDiego、CA、米国)を培地に添加し、約10日間、1日置きに培地を交換した。qRT−PCT及び免疫細胞化学を通じて数種類のマーカーの発現を分析した。
【0040】
<<ヒト全分化能幹細胞のDA(Dopaminergic)ニューロンへの分化>>
10日間の自発的な分化の後、神経前駆細胞(NPs)への進行のために、8日間〜10日間、bFGF(20ng/mL、Invitrogen社)が添加されたN2培地((DMEM−F12(Dulbecco’s Modified Medium:Nutrient Mixture F−12)及び1×N2、Invitrogen社)で胚様体を追加的に培養し、進行過程の間、1日置きに培地を交換した。ピペットで優しくピペッティングして増殖した神経前駆細胞を別個に分離させ、その次に、0.5×106細胞数/cm2〜2×106細胞数/cm2の密度となるようにマトリゲル(Matrigel;BD Scientific社、Bedford、USA)でコーティングされたプレートにシーディングした。200ng/mL〜500ng/mLのソニックヘッジホッグ(Shh; R&D Systems社、Minneapolis、MN、米国)、及び100ng/mLのFGF8(線維芽細胞増殖因子8;R&D Systems社)が補充されたN2培地で8日間培養してDA(dopaminergic)前駆細胞を発生させた。完全に成熟したDAニューロンを発生させるために、1×N2、20ng/mLの神経膠細胞由来神経栄養因子(GDNF;R&D Systems社)、20ng/mLの脳由来神経栄養因子(BDNF;R&D Systems社)、及び200μMアスコルビン酸(Sigma社)が補充されたDMEM−F12培地又はニューロベイサル培地(Neurobasal media;Invitrogen社)でDA前駆細胞を培養した。
【0041】
<<ヒト全分化能幹細胞の神経細胞の分化誘導>>
公知の方法(Zhang,S.C., Wernig, M., Duncan, I.D., Br, O.&Thomson, J.A.Nat. Biotechnol 19, 1129−1133(2001)参照)を一部修正して、ヒトの全分化能幹細胞を神経細胞へ分化させた。つまり、5μMのDM及び5μM〜10μMのSB431542の存在下又は不存在下のEB培地で、胚様体を4日間培養し、その次に、20ng/mLのbFGFが補充されたN2培地が含まれているマトリゲルがコートされたディッシュ上で6日間追加的に培養した。次に、コロニーカウント、免疫細胞化学及びqRT−PCRを用いてサンプルを分析した。
【0042】
<<免疫染色及び定量分析>>
10分間4%パラ−ホルムアルデヒド−PBSを用いて細胞を固定した。また、胚様態を同じ固定液で固定させ、20%スクロース(sucrose)を添加して凍結を防止し、O.C.T.コンパウンド(Tissue Tek、Torrance、CA、米国)で凍結した後、クリオスタットを用いて、10μmの厚さの切片を作製した。前記切片は、0.01%トリトンX−100/PBS(細胞内のマーカー)で処理し、室温で1時間の間、5%ロバ血清(Calbiochem社、CA、米国)でブロックさせた後、4℃で一次抗体を用いて一晩反応させた。本研究で用いた一次抗体は、以下の通りである:Oct4(1:100、Santa Cruz Biotechnology社、Santa−Cruz、CA、米国);SSEA4(1:500、Santa Cruz Biotechnology社);Sox1(1:200、Millipore社、Billerica、MA、米国);Pax6(1:200、DSHB、Iowa、IA、米国)、ネスチン(1:1000、Millipore社);α−フェトプロティン(AFP;1:100、Santa Cruz Biotechnology社);Tuj1(1:1,000、Covance社、Berkeley、CA、米国);GFAP(1:300、Millipore社)、O4(1:200、R&D systems社)、及びチロシンヒドロキシラーゼ(TH;1:500、Millipore社、又は1:300、Pelfreez社、Rogers、AR、米国)。一次抗体のインキュベーション後、結合させた一次抗体を検出するために、蛍光(Alexa−Fluor(登録商標)−488又は594)結合2次抗体(Molecular Probes社、Eugene、OR、米国)を用いた。核を検出するために、DAPI(4’,6−diamidino−2−phenylindole、Vector社、Burlingame、CA、米国)を加えた。オリンパスIX71顕微鏡とDP71デジタルカメラで細胞イメージを観察し、イメージ−プロ プラス バージョン5.1(Media Cybernetics社、Silver Spring、MD、米国)で分析した。3つの独立した実験で免疫標識された細胞又はコロニーをカウントして、定量的評価を実施した。平均±標準誤差で値を表した。統計的有意性は、スチューデントt−テストやSPSSのソフトウェア バージョン 12.0を用いるOne−Way ANOVAテストを用いた。
【0043】
<<定量的リアルタイムPCR(qRT−PCR)及びデータ分析>>
メーカーのプロトコルに応じて、イージー−スピン(登録商標)のトータルRNA精製キット(iNtRON Biotechnology社、Seoul、大韓民国)を用いて、細胞内に存在する総RNAを抽出した後、パワーcDNA合成キット(iNtRON Biotechnology社)を用いて、1μgのRNAを逆転写した。SYBR Premix Ex Taq(Takara Bio Inc、Shiga、日本)を用いて、qRT−PCRを実施し、MyiQ又はCFX96リアル−タイムシステム(Bio−Rad社、Hercules、CA、米国)を用いて反応させた。qRT−PCRの条件は、次の通りである:95℃1分間(1段階)、95℃20秒間、63℃20秒間、及び72℃20秒間を1サイクルとして、合計40サイクル(2段階)、72℃1分間の最終エクステンション(3段階)。特異的マーカー遺伝子の発現値(Ct values)を求め、β−アクチン(β−actin)の値に従って標準化した。その次に、ΔΔCt法(Pfaffl,M.W. Nucleic Acids Res 29, 45(2001)参照)で標準化されたマーカーの発現水準を化学的処理されたサンプル、及びローディング対照郡サンプルと比較した。少なくとも3回以上の独立した実験をして、すべてのデータを最終確認した。プライマー配列は、表1に表した。
【0044】
【表1】
【0045】
上記上添え字は、本実施例に含まれる参照文献を意味する。
20: Xu,R−.H. et al. Nat Methods 2, 185−190(2005)
21: Kroon,E. et al. Nat Biotech 26, 443−452(2008)
22: Xiao,L., Yuan,X. and Sharkis,S. J.Stem Cells, 24, 1476486(2006)
【0046】
<結果>
ヒト全分化能幹細胞(例えば、hESCsとヒトiPSCs)が特定の細胞タイプに効率的に分化できる能力が、幹細胞を治療に応用するための前提条件である。最近の報告書では、ヒト胚性幹細胞株が、特定の細胞系統に分化する傾向を持っていると報告した(Osafune,K. et al. Nat. Biotechnol. 26, 313−315(2008)参照)。また、本発明者らは、4つの機関から樹立された6つのhESCで分化傾向の有意な違いが発見されており、他の種類の体細胞から由来する3つのヒト誘導多能性細胞が特定の細胞系統に分化できる潜在性を維持していることが追加的に分かった(図1)。これらの分化内在的傾向性が存在するというのは、目的の細胞系統に分化させる際に、陰性的に影響を与えるので、細胞治療法への応用において、適切な細胞株を選択するために、すべてのhESCとiPSCの分化の傾向についての調査が必要とされた。そのためのスクリーニング工程は、多くの努力、時間及びコストがかかるため、元々持っていた分化の傾向とは関係なく、すべてのhPSCを特定の細胞組織に分化誘導できる方法があれば、非常に大きな助けとなるだろう。予備研究の実験により、本発明者らは、多様な分化傾向を持っているすべてのhPSCの神経系統(例えば、神経前駆細胞(NPs)の形成)に分化させる普遍的なプロトコルを確立しようとした。本研究は、神経分化に際して幅広く適用可能なプロトコルを作成するために、低分子化合物を用いて胚発生過程のうち神経誘導が密接に関連しているシグナル伝達経路を操作することを計画した。
【0047】
まず、神経分化を誘導するために、H9 hESCコロニーを酵素処理法によって胚様体(EBs)を形成させて浮遊培養した。一般に、分化効率の変化が、各々のhESCの分化の傾向によって左右されるとしても、どのような分化系列誘導増殖因子も含まれていない自発的な分化条件下で培養された胚様態は、低い神経細胞分化効率を持つ。他の細胞系への分化ではなく、神経細胞のみの分化を促進させるために、初期の胚様態形成期間の間、骨形成蛋白質(BMP)信号伝達経路を抑制した。BMP信号の抑制は、初期胚の発達期間の間、神経誘導に重要な役割を果たすことが知られている(Wilson,S.I & Edlund, T. Nat. Neurosci. Suppl:1161−1168(2001)及びMu,I. & Brivanlou,A.H. Nat. Rev. Neurosci. 3,271−280(2002)参照)。BMP信号の抑制のために、既存の発明者らは、ポリペプチドBMPの抑制剤であるノギン(noggin)を主に使用したが、本発明者らは、この物質の代わりに、低分子化合物が胚様態(Ding,S. & Schultz,P. Nat. Biotechnol. 22, 833−840(2004)参照)の中により容易にアクセス可能であり、細胞の信号伝達を効果的に調節できるという点に着目して、低分子化合物形態の選択的BMP拮抗剤ドルソモルフィン(dorsomorphin:DM)(Yu,P.B. et al. Nat. Chem. Biol. 4, 33−41(2008)参照)を用いた。まず、DM(0.1μM〜5μM)を4日投与された胚様態でBMPシグナル活性の指標となるId1及びId3遺伝子の発現水準がDMの含有量に依存して減少することを通じて、DMの効果を検証した(図2a)。その後、DM処理が用量−依存的に分化する胚様態でPax6とNestinのような神経マーカーの発現を増加させ、DM処理によるBMP信号伝達経路の抑制が、H9 hESCsの神経系統への分化を促進することを確認した(図2b)。
【0048】
BMP経路の抑制は、神経細胞の分化を十分に誘導させると共に、他の系統への分化を減らすか否かを調べるため、hESCsの分化運命の変化におけるDMの効果をより綿密に検証した。10日間、DM(1μM及び5μM)が含まれている自発的分化培地で胚様態を培養し、未分化なhESCsだけでなく、3胚葉層の代表的なマーカーの発現を定量的RT−PCR(qRT−PCR)及び免疫細胞化学方法を用いて確認した(図6a及び6b)。胚様態形成時にDMを処理する場合、DMの容量依存的に神経細胞のマーカー(Sox1及びNestin)の発現を有意に増加させる一方、中胚葉(Brachyury及びCerberus)、内胚葉(α−フェトプロテイン(AFP)及びGATA4)及び未分化であるhESCs(Oct4及びNanog)マーカーの発現は減少した(図6a)。しかしながら、内胚葉(例えば、AFP)と未分化細胞のマーカー(例えば、Oct4及びSSEA4)は依然として検出された(図6b)。これらの結果は、BMP経路の抑制だけでは、内胚葉、中胚葉及び残りの未分化の細胞が最小限しか含まれていない純粋な神経細胞群を多く生産できないということを意味する。これに基づいて、本発明者らは、hESCsの神経系統への分化をより促進できる付加的な信号伝達経路の抑制方法について研究した。アクチビン/ノダル(Activin/Nodal)経路は、内胚葉及び中胚葉分化誘導による初期胚の発達過程において極めて重要な役割を果たし(Schier,A.F. Annu. Rev. Cell Dev. Biol. 19, 58921(2003)参照)、一方、神経外胚葉系統への分化は抑制することが知られている(Vallier,L., Reynolds,D. & Pedersen,R.A. Dev Biol. 275, 403−421(2004)及びCamus,A., Perea−Gomez,A., Moreau,A. & Collignon,J. Dev Biol. 295, 743−755(2006)参照)。また、最近、アクチビン/ノダル信号伝達が、hESCの幹細胞性を維持させるのに重要な役割をすることが報告された(Vallier,L., Alexander,M. & Pedersen,R.A. J. Cell. Sci. 118, 4495−4509(2005)及びXiao,L., Yuan,X. and Sharkis,S. J.Stem Cells 24, 1476486(2006)参照)。そこで、本発明者らは、アクチビン/ノダル信号伝達の抑制が、他の分化系統及び未分化の細胞を減少させながら、hESCsを神経外胚葉に分化させることに更に有利に作用すると推定した。
【0049】
この考えに基づいて、BMP経路の抑制だけでなく、アクチビン/ノダル信号伝達の抑制を伴うことが、不要な細胞への分化を最小限に抑えながら、神経細胞に分化誘導できるか否かをテストした。アクチビン/ノダル信号伝達の特異的抑制剤であるSB431542(5μM又は10μM)とDM(5μM)とを含む自発的分化培地に胚様態を培養する場合、神経細胞のマーカー(Sox1、Pax6及びNestin)の発現が有意に増加する一方、内胚葉(AFP及びGATA4)と中胚葉(Brachyury及びCerberus)のマーカーは、目立つほど減少した(図6c)。何より重要なことは、未分化の全分化能細胞に対するマーカー(Oct4及びNanog)が非常に減少したことである(図6c)。また、本実施例では、神経細胞の増加を免疫細胞化学により同定した(図6d)。
【0050】
BMP経路単独を抑制(DMで処理)、又はBMP経路及びアクチビン/ノダル経路を両方抑制(DM及びSM431542で処理)することで、栄養膜マーカー(GATA2及びGCM1)の発現が減少した(図3)。これらの結果は、BMP経路が、活性化している場合にのみアクチビン/ノダル経路が、hESCsの栄養膜への分化を誘導すると報告された先行文献と一致する(Wu,J. et al. J.Biol. Chem. 283, 249915002(2008)参照)。
しかも、本発明では、hPSCsから効率的かつ排他的な神経細胞への誘導には、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路の両方の抑制が要求されるというデータを提示した。これらの結果は、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路の同時的及び連続的な抑制が、アフリカツメガエル(Xenopus)胚の発達において神経誘導のために要求されると報告された最近の研究と一致する(Chang,C. & Harland,R.M. Development 134, 3861−3872(2007)参照)。
【0051】
その次の疑問点は、内在的分化の傾向(innate differentiation propensity)とは関係なく、DMとSB431542とによる同時処理が、hESC及びiPSCの両方の細胞系統において神経系への分化を誘導するものか否かである。この疑問点を解決するために、9つのhPSC(6つのhESC及び3つのヒトiPSC)から産生された胚様態を自発的分化条件で培養しながら、DM(5μM)及びSB431542(10μM)で処理した。qRT−PCR解析から、DMとSB431542とを処理したことが、他の分化系統の細胞への分化を減少させながら、神経細胞への誘導を有意に向上していることが分かった(図7a)。興味深いことに、対照群(ジメチルスルホキシド(DMSO)で処理された細胞)と、DM及びSM431542で処理された細胞株との間での神経細胞のマーカー発現の増加幅は、Miz−hES4、SNU−hES3、SNU−hES16、CHA−hES3及びBJ1−iPS12細胞のような神経細胞に分化しない内在的分化傾向を持った細胞株での発現増加幅が高く示された(図1a及び図7a)。免疫細胞化学分析からは、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路が抑制された際に、より多くの細胞が神経前駆細胞のマーカーNestinを発現していることが分かった(図7b)。DM及びSB431542で処理した後は、いずれの未分化の細胞も免疫細胞化学によって検出されなかった(図示しない)。
【0052】
自発的分化過程におけるこれらの効果だけでなく、hESCsから神経細胞分化を誘導するように設計された神経誘導分化プロトコルを使用する場合でも、DM及びSB431542は、神経細胞の発生を増加させた(図4a〜4c)(Zhang,S.C., Wernig,M., Duncan,I.D., Br,O. & Thomson, J.A.Nat. Biotechnol. 19, 1129−1133参照)。本発明により発生した神経前駆細胞は、神経細胞(ニューロン)、星状細胞(アストロサイト)及び乏突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)になり得る多分化能を持っていることが分かった(図8)。
【0053】
まとめると、これらの結果は、hESC細胞系とiPSC細胞系とでは分化傾向にかなりの相違があるが、この分化傾向の相違は、分化過程が自発的であるか定向的であるかにかかわらず、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路の同時調節を通じて克服できることを示す。つまり、いずれの両条件の下においても、すべてのhPSCsは、効率的に神経細胞系統に分化した。
【0054】
BMP信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を同時に抑制して発生された神経前駆細胞が、特定の神経細胞のサブタイプになり得る能力を維持しているのかを調査するために、本発明者らは、更に、従来のプロトコルを調整して、ドーパミン(DA)ニューロンへの分化を試みた(図5a)(Cho,M.S. et al. Proc Natl. Acad. Sci. USA. 105, 3392−3397(2008)及びYan,Y. et al. Stem Cells 23, 781−790(2005)参照)。免疫細胞化学分析では、DMSOで処理された細胞から分化したTuj1陽性神経細胞の数(総細胞数の2.6±0.5%)と比較して、DM及びSB431542で処理されたヒトiPSC(MSC−iPS2−3)から分化したTuj1陽性神経細胞の数が顕著に増加した(総細胞数の50.7±2.2%)(図5b〜5c)。Tuj1陽性細胞のかなりの部分(49.5±6.8%)は、TH+ニューロン(ドーパミンを合成する酵素であるチロシンヒドロキシラーゼを発現するニューロン)であった。また、これらの結果は、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路の操作によって発生した神経細胞が、DAニューロンのような特異的神経タイプへ分化できる能力を持っていることを意味する。
【0055】
まとめると、本発明では、多様な分化傾向を持つhPSCsがBMP信号伝達経路とアクチビン/ノダル信号伝達経路とを操作することによって神経系列に効果的に分化できること、及び前記信号伝達経路の操作を通じてhESCsとヒトiPSCsの内在的分化の潜在性を克服できることを提示する。これにより、細胞の代替療法を必要とする患者からの、複雑で独立したiPSC細胞株を大量生産すべき必要性は簡素化される。
【0056】
以上で、本発明の特定の部分を詳細に述べたが、当業界の通常の知識を有する者にとって、これらの具体的な技術は、単に好ましい実施例にすぎず、これにより本発明の範囲が制限されるわけではないことは明らかである。したがって、本発明の実質的な範囲は、添付の請求項及びその等価物によって定義されると言える。
【図4b】
【図1a】
【図1b】
【図1c】
【図1d】
【図2a】
【図2b】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞から神経細胞への分化誘導方法に関する。より具体的には、本発明は、幹細胞の骨形成蛋白質(bone morphogenetic protein:BMP)信号伝達経路及びアクチビン/ノダル(Activin/Nodal)信号伝達経路を抑制して幹細胞から神経細胞への分化を誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
BMPは、TGF−beta(トランスフォーミング増殖因子−β:TGF−β)スーパーファミリーに属するサブファミリーである。TGF−β経路は、脊椎動物及び無脊椎動物の成長と分化とを調節する様々な信号伝達において中心的な位置を占めている。TGF−βファミリーは、大きく2つのグループに分けられる。一つは、BMPグループであり、もう一つは、TGF−β/アクチビングループである。BMPは、最初は生体で骨と軟骨形成を誘導する蛋白質として分離されたが、その後これらのBMPが脊椎動物及び無脊椎動物の発生過程のうち、形態形成の様々な調節活性を有することが発見された、今までにショウジョウバエ、線虫(C. elegans)及びカエルを含む複数の種から30個以上のBMPが発見されてきた(非特許文献1参照)。
【0003】
BMPは、骨及び軟骨形成を誘導する蛋白質として最初に発見されたが、様々なBMPは、神経細胞を含む様々な種類の細胞において生物学的に重要な活性を有する。例えば、BMPは、細胞の増殖と分化、細胞の死滅、神経外胚葉の形成、中胚葉の形成、神経系の分化、複数の器官の発達(例えば、精巣、腎臓、消化器官、肺、歯など)、右左の非対称性などに関与する(非特許文献2参照)。
アクチビン/ノダル(TGF−βスーパーファミリーのメンバー)信号伝達経路は、ヒト胚性幹細胞及びマウスエピブラスト幹細胞での多分化能を維持するために不可欠である。また、アクチビン/ノダル信号伝達経路は、脊椎動物中胚葉の発生に重要な役割を担う。
【0004】
幹細胞は、組織を構成する各細胞に分化する前の段階の未分化細胞の総称であり、特定の分化刺激(環境)によって特定の細胞に分化する。幹細胞は、細胞分裂が停止した分化細胞とは異なり、細胞分裂によって、自分と同じ細胞を生産することができるという増殖特性を有し、また、分化刺激が加わると特定の細胞に分化するが、他の環境や他の分化刺激によって別の細胞にも分化でき、分化に柔軟性を持っているのが特徴である。
現在、幹細胞は、細胞の治療剤として脚光を浴びているが、神経細胞の損傷によって誘発される様々な神経疾患の細胞治療剤としても多くの研究が行われている。特に、脳神経系疾患は、他のどの病気よりも細胞移植治療に最もふさわしい対象とされるが、これは、脳神経系の組織が他の組織とは異なり、免疫拒絶反応がほとんどなく、外部から細胞を移植したときに移植された細胞の長期生存が期待できるからである。
これに関連して、脳卒中、アルツハイマー病、パーキンソン病、脱髄疾患及び脊髄損傷などの疾患の治療に幹細胞を適用しようとする試みが現在進行中である(非特許文献3及び4参照)。
【0005】
一方、細胞治療剤としての幹細胞の有用性を高めるためには、幹細胞を効率的に特定の細胞に分化させる技術が必要である。
特許文献1には、幹細胞を神経細胞に分化誘導する方法が開示されており、より詳細には、(a)幹細胞を塩基性線維芽細胞増殖因子と共に培養する工程と、(b)工程(a)の細胞を線維芽細胞増殖因子8及びソニックヘッジホッグと共に培養する工程と、(c)工程(b)の細胞を脳由来神経栄養因子と共に培養する工程と、(d)工程(c)の細胞を神経膠星状細胞と共培養する工程と、を含む方法を開示している。特許文献2には、特定の化学構造式を有する化合物が、胚性幹細胞が神経細胞に分化する際に誘導剤として作用できることが開示されている。
また、特許文献3には、幹細胞でTGF−βシグナル伝達経路を阻害することにより、ドーパミン神経細胞を生産する方法が開示されている。
【0006】
しかしながら、現在までに、すべての幹細胞を高効率で、特定の細胞(特に、神経細胞)に分化させる技術は開発されていない状況である。
【0007】
この明細書全体にわたって多数の論文及び特許文献が参照され、その引用が表示されている。引用された論文と特許文献の開示内容は、その全体として本明細書に参照として挿入され、本発明の属する技術分野の水準、及び本発明の内容がより明確に説明される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2005/003320号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2004/093812号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2004/05308号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Ducy P et al、The family of bone morphogenetic proteins. Kidney Int.;57(6):2207−14(2000)
【非特許文献2】Wozney JM et al. The bone morphogenetic protein family:multifunctional cellular regulators in the embryo and adult. Eur Joral Sci., 106:160−6(1998)
【非特許文献3】Isacon O, Deacon T,Trends. Neurosci., 10:477−482(1997)
【非特許文献4】Studer et al. Nat. Neurosci., 1:290−295(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者は、様々な分化特徴を持つ幹細胞を高収率で神経前駆細胞に分化誘導させ得る効率的な方法を発明しようと努力した。その結果、幹細胞から分化した細胞において、他の系列の細胞及び未分化細胞の混在可能性を最小限に抑え、移植時に引き起これる奇形腫の可能性を低減できる神経前駆細胞への分化誘導を究明することにより、本発明を完成するに至った。
したがって、本発明の目的は、幹細胞から神経細胞への分化誘導方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物を提供することにある。
本発明の他の目的及び利点は、本願の発明の詳細な説明、請求の範囲及び図面に基づいて、より明確にする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一様態によれば、本発明は、(a)幹細胞のBMP(骨形成蛋白質)信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する工程と;(b)上記幹細胞を培養する工程と、を含む幹細胞から神経細胞への分化誘導方法を提供する。
【0012】
本発明の他の様態によれば、本発明は、BMP信号伝達経路抑制剤及びアクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤を含む、幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物を提供する。
【0013】
本発明者らは、多分化能幹細胞を含む幹細胞を効率的に神経細胞に分化誘導させ得る方法を開発しようと努力してきた。その結果、幹細胞から分化した細胞で、他の系列の細胞及び未分化細胞の混在可能性を最小限に抑え、移植時に引き起これる奇形腫(teratoma)の可能性を低減できる神経細胞への分化誘導方法を見出した。
【0014】
本明細書では、用語「幹細胞から神経細胞への分化誘導」とは、幹細胞から特定の細胞に完全に分化が誘導された場合だけでなく、幹細胞から特定の細胞へ完全分化する前の中間段階で形成される神経前駆体(neural precursor)の形成も含むものである。つまり、本発明の幹細胞の分化誘導方法は、幹細胞が、特定の細胞に完全に分化することを効果的に達成されるようにするだけでなく、幹細胞から神経前駆体を形成させる際にも非常に高い効率性を示す。特に、BMP信号伝達経路抑制剤及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制して分化させる場合、神経前駆体を形成するための技術的な方法の制限がなく、既存のいずれの神経前駆体分化法とも併用可能であり、また、その効率を高めることができる。
【0015】
本発明によって分化され得る幹細胞としては、制限はなく、幹細胞の特性、つまり、未分化であり、無限増殖能及び特定の細胞への分化能を持つ細胞は、本発明が適用可能な細胞である。幹細胞は、胚性幹細胞、成体幹細胞、誘導多能性幹細胞、胚性生殖細胞及び胚性腫瘍細胞を含み、好ましくは、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞である。用語「誘導多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)」は、非−全分化能細胞(例えば、体細胞)から特定の遺伝子を挿入して、人工的に由来した全分化能幹細胞の一つである。誘導多能性幹細胞は、幹細胞遺伝子及び蛋白質の発現、染色体のメチル化、倍加時間(doubling time)、胚形成、テラトーマ形成、生存性キメラ形成、交雑性及び分化性を持つ点から、全分化能幹細胞(例えば、胚性幹細胞)と同じであると当業界で判断されている。
【0016】
本発明の利点の一つは、下記の実施例で立証しているように、胚性幹細胞、誘導多能性幹細胞など、すべての幹細胞に適用可能な分化プロトコルを提供するということである。
【0017】
本発明によれば、幹細胞で神経細胞の分化のために、BMP信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する。
【0018】
BMP信号伝達経路を阻害する物質としては、当業界に公知されている様々なBMP信号伝達経路抑制剤を含む。本明細書の用語「BMP信号伝達経路抑制剤」は、好ましくは、BMP自体を抑制するか、又はBMPをBMP受容体に結合することを抑制する物質を意味する。本発明で用いられるBMP信号伝達経路抑制剤としては、ドルソモルフィン(dorsomorphin)、smad6、smad7、ノギン(Noggin)、コルディン(Chordin)、グレムリン(Gremlin)、Sog(short gastrulation)、ホリスタチン(Follistatin)、DAN(differential screening−selected gene aberrant in neuroblastoma)、ケルベロス(Cerberus)、ダンテ(Dante)、又はPRDC(Protein Related to DAN and Cerberus)を含んでいることが好ましい。より好ましくは、上記BMP信号伝達経路抑制剤は、ドルソモルフィン、ノギン、コルディン又はグレムリンであり、更に好ましくは、ドルソモルフィン又はノギンであり、最も好ましくは、ドルソモルフィンである。
【0019】
本発明の幹細胞での骨形成蛋白質信号伝達経路を抑制するために添加されるドルソモルフィンの濃度としては、1μM〜20μMが好ましく、より好ましくは、3μM〜10μMであり、最も好ましくは、4μM〜6μMである。
【0020】
アクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する物質としては、当業界に公知されている様々なアクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤を含む。本明細書の用語「アクチビン/ノダル信号伝達経路」は、アクチビン信号伝達経路及び/又はノダル信号伝達経路を意味する。本明細書の用語「アクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤」は、好ましくは、アクチビン/ノダル自体を抑制するか、又はアクチビン/ノダルイが、その受容体に結合することを抑制する物質を意味する。本発明で用いられるアクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤、好ましくは、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンツアミド〔4−(5−Benzo[1,3]dioxol−5−yl−4−pyridin−2−yl−1H−imidazol−2−yl)−benzamide〕、smad6、smad7、及びホリスタチンから選ばれる抑制剤を用いて、アクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する。より好ましくは、上記抑制剤は、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミド又はsmad7であり、最も好ましくは、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンツアミドのような蛋白質ではなく、低分子化合物であり、これらの物質は、当業界でSB431542として知られている。蛋白質の処理よりも上記低分子化合物の処理がより効果的である。
【0021】
本発明の幹細胞のアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制するために添加される4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンツアミドの濃度としては、1μM〜50μMが好ましく、より好ましくは、5μM〜30μMであり、更により好ましくは、8μM〜20μMであり、最も好ましくは、9μM〜11μMである。
【0022】
上記4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドは、以下の構造式1で表すことができる:
【化1】
・・・(1)
【0023】
本発明の詳細な説明において、上記構造式1で表される構造物は、SB431542と併用して使用される。
【0024】
本発明の好ましい実施形態によれば、上記幹細胞のBMP信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する工程は、幹細胞を培養して胚を形成する過程、又は形成された胚を培養する過程で実施され、上記工程(a)により神経外胚葉が増加された胚が形成される工程を更に含む。
【0025】
本発明の好ましい実施形態によれば、上記幹細胞を培養する工程は、(b−1)神経外胚葉が増加された胚をbFGF(basic fibroblast growth factor)の存在下で培養し、神経前駆細胞を増殖させる工程と;(b−2)上記神経前駆細胞をソニックヘッジホッグ(Shh)及びFGF8(Fibroblast growth factor8)の存在下で培養し、ドーパミン前駆細胞に誘導させる工程と;(b−3)上記ドーパミン前駆細胞を神経膠細胞由来神経栄養因子(glial derived neurotrophic growth factor:GDNF)、脳由来神経栄養因子(brain−derived neurotrophic factor:BDNF)及びアスコルビン酸の存在下で培養し、ドーパミン神経細胞を形成させる工程と、を更に含む。
【0026】
上記神経前駆細胞を増殖させる段階で添加するbFGFの濃度としては、5ng/mL〜100ng/mLが好ましく、より好ましくは、10ng/mL〜50ng/mLであり、更により好ましくは、15ng/mL〜30ng/mLであり、最も好ましくは、19ng/mL〜21ng/mLである。
【0027】
上記ドーパミン前駆細胞を増殖させる段階で添加するソニックヘッジホッグの濃度としては、50ng/mL〜500ng/mLが好ましく、より好ましくは、100ng/mL〜300ng/mLであり、更により好ましくは、150ng/mL〜250ng/mLであり、最も好ましくは、190ng/mL〜210ng/mLである。
【0028】
上記ドーパミン前駆細胞を増殖させる段階で添加するFGF8の濃度としては、10ng/mL〜300ng/mLが好ましく、より好ましくは、50ng/mL〜100ng/mLであり、更により好ましくは、80ng/mL〜150ng/mLであり、最も好ましくは、90ng/mL〜110ng/mLである。
【0029】
上記ドーパミン神経細胞を形成させる段階で添加するBDNFの濃度としては、5ng/mL〜100ng/mLが好ましく、より好ましくは、10ng/mL〜80ng/mLであり、更により好ましくは、15ng/mL〜50ng/mLであり、最も好ましくは、19ng/mL〜21ng/mLである。
【0030】
上記ドーパミン神経細胞を形成させる段階で添加するGDNFの濃度としては、5ng/mL〜100ng/mLが好ましく、より好ましくは、10ng/mL〜80ng/mLであり、更により好ましくは、15ng/mL〜50ng/mLであり、最も好ましくは、19ng/mL〜21ng/mLである。
【0031】
また、上記ドーパミン神経細胞を形成させる段階で添加するアスコルビン酸の濃度としては、50μM〜500μMが好ましく、より好ましくは、100μM〜300μMであり、更により好ましくは、150μM〜250μMであり、最も好ましくは、190μM〜210μMである。
【0032】
本発明の好ましい実施形態によれば、本発明を用いて、幹細胞を神経細胞に分化する場合は、ドルソモルフィン及び4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドを処理していない幹細胞よりもSoX1、Pax6及びネスチンが高発現される。
【0033】
本発明の好ましい実施形態によれば、本発明の方法を用いて、幹細胞を神経細胞に分化する場合は、ドルソモルフィン及び4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドを処理していない幹細胞よりもId1、Id3、GCM1及びGATA2が低発現される。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、様々な幹細胞(例えば、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞)を、ほぼ同じレベルのドーパミン神経細胞まで分化させることができる。
本発明によって収得した神経細胞は、特に神経変性疾患、例えば、アルツハイマー病、ハンティントン病、パーキンソン病及び筋萎縮性側索硬化症に適用して、これらの疾患を治すことができる。
【0035】
本発明の特徴と利点をまとめると、以下の通りである:
(i)本発明は、幹細胞から神経細胞への分化誘導方法及び分化誘導用組成物を提供する。
(ii)本発明は、浮遊培養(floating culture)及び付着培養(attachment culture)などを含む従来の幹細胞の分化に使用された方法に関係なく、すべての幹細胞を効率的に神経前駆細胞に分化させることができるという長所がある。
(iii)また、本発明に係る分化誘導された神経前駆細胞は、特定の細胞(例えば、ドーパミン神経細胞、オリゴデンドロサイトなど)に高効率で分化することができるので、今後、難治性の神経系疾患(例えば、パーキンソン病、脊髄損傷)に適用することができ、新薬開発において基礎的なデータを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】図1a〜1dは、自発的な分化過程を経た後、10日目に6つのhESC細胞株(H9、Miz−hES4、Miz−hES6、SNU−hES3、SNU−hES16、CHA−hES3)及び3つのヒトiPSC細胞株(BJ1−iPS12、MSC−iPS2−3、dH1f−iPS2−2)の分化傾向を、pRT−PCRを用いて調査した結果である。図1aは、神経外胚葉のSox1とPax6の発現水準を示したものであり、図1bは、中胚葉のBrachyuryとCerberusの発現水準を示したものであり、図1cは、内胚葉のAFPとGATA4の発現水準を示したものであり、図1dは、未分化マーカーであるOct4及びNanogの発現を示したものである。y軸は、テストした細胞株で各遺伝子の相対的な発現を、平均±標準誤差で示したものである(基準を任意に1に指定)。上記細胞株をOne−Way ANOVA(変化分析)で多重比較して、統計的有意性を評価した。タイプIの誤差率を減らすために、事後分析(Post Hoc)としてボンフェローニ補正法(Bonferroni correction)を適用している(Miz6、Miz−hES6;Miz4、Miz−hES4;SNU3、SNU−hES3;SNU16、SNU−hES16;CHA3、CHA−hES3;BJ1−12、BJ1−iPS12;MSC2−3、MSC−iPS2−3;dH1f2−2、dH1f−iPS2−2)。
【図2】図2a〜2bは、内在性のBMP信号の流れを効果的に抑制するDMを幹細胞に処理し、神経細胞への分化を減少させた結果である。DMの存在又は不存在下で、自発的な胚様体分化後、4日目に各マーカーのmRNAを、pRT−PCRを用いて定量化した。図2aは、用量−依存方法でDMを処理することによって、BMP信号活性の指標であるId1とId3遺伝子の発現が減少したことを示す結果である(0.1−5μM)。陽性対照群は、ノギン(Noggin)1μg/mLを用いた。図2bは、用量−依存方法でDMを処理することによって、神経外胚葉マーカーであるPax6とNestinの発現が増加したことを示す結果である。グラフにおいて、y軸は、DMSO(ジメチルスルホキシド)の処理と比較して、DMやNogginを処理した後の各遺伝子の相対的な発現を示したものである。DMは、ドルソモルフィンを意味し、NOGは、ノギン(noggin)を意味する(*p<0.05、**p<0.01、ANOVAテスト)。
【図3】図3は、hESCsのBMPとアクチビン/ノダル信号伝達経路を二重に抑制させ、hESCsが栄養膜(trophoblast)に分化することを抑制した結果である。胚様体をDM(5μM)とSB431542(5μM〜10μM)で処理又は非処理した後、10日間培養しており、2つの代表的な栄養膜マーカーであるGATA2とGCM1の発現を、qRT−PCRを用いて検出した。
【図4】図4a〜4cは、BMPとアクチビン/ノダル信号の二重抑制が、誘導神経細胞の分化工程と共に、神経系統への分化を更に促進させた結果を示したものである。DMとSB431542で処理又は未処理した後、4日間培養された胚様体は、培養皿に接着され、追加的に6日間、神経誘導培地(20ng/mLのbFGFが添加されたN2培地)で成長させた。H9とMiz−hES6は、約90%の神経ロゼット構造(矢印の頭部)を持った多くのコロニーに発達した(図4a〜4b)。一方、Miz−hES4、BJ1−iPS12とMSC−iPS2−3細胞から発生した2.6−25.5%のコロニーは、多様な非−神経細胞の形態であるが、神経ロゼット構造を示した。これらの結果は、自発的な分化だけでなく、誘導分化プロトコルを使用した後も、hPSCsの分化傾向が依然として存在するということを意味する(図4aの上位対照群)。しかしながら、驚いたことに、4日間胚様態に処理したDMとSB431542は、実験に用いられた細胞から、ほとんどのコロニーに効率的及び同じ神経ロゼット形成を誘導した(図4aの下位パネル)。抗−Nestin(グリーン)と抗−Sox1(レッド)の抗体で神経ロゼット構造を染色した(図4aに挿入)。図4bは、DM及びSB431542の処理又は非処理下で、5つのhPSC細胞株の神経分化後、神経ロゼット構造を持つコロニーの割合を示した結果である。図4cは、DMSOを処理した細胞と比較して、誘導分化工程時に、DMとSB431542で処理されたMiz−hES4、BJ1−iPS12及びMSC−iPS2−3で神経外胚葉マーカーであるSox1、Pax6及びNestinが有意に増加したことを、qRT−PCRを用いて示した結果である。逆に、内胚葉、中胚葉、栄養膜及び未分化マーカーの発現は、DMSOを処理した細胞と比較して減少した。DMSOで処理されたグループに対して、DMとSB431542を処理したグループで発現された遺伝子の相対的な倍率の増加をログ指標上に示した。少なくとも3回以上すべての実験を繰り返した(スケールバー:20μm)。
【図5】図5a〜5cは、BMPとアクチビン/ノダル経路の抑制によって生産された神経前駆細胞からDAニューロンの効果的な分化を示した結果である。図5aは、本研究で用いたドーパミン性神経分化プロトコルの概略図を示したものである。図5bは、対照群と比較した場合、DMとSB431542の処理によってTuj1−及びTH−陽性ニューロン(ドーパミンを合成する酵素であるチロシンヒドロキシラーゼを発現するニューロン)が非常に増加した状態を、免疫細胞化学分析を通じて示した図である。図5cは、DMSOを処理した細胞(3回の実験から計算された合計9,233個の細胞の2.6±0.5%)と比較して、DMとSB431542で処理されたMSC−Y2−3−iPS細胞(3回の独立した実験から計算された合計17,711個の細胞のうち、50.7±2.2%)からニューロン(Tuj1発現)数の増加を示した結果である。Tuj1−陽性細胞のかなりの部分(49.5±6.8%)は、TH+ニューロンである。TH+神経細胞は、DMSOで処理された対照グループでほとんど検出されていない(**p<0.01、スケールバー:50μm)。図5a で、 Neural induction: 神経インダクション; Neural Precursors expansion : 神経前駆体エクスパンジョン; Regionalization: リージョナリゼーション; Neuronal maturation: ニューロン成熟である。
【図6】図6a〜6dは、BMPとアクチビン/ノダル信号伝達経路の調節によってhESCs(H9)の神経外胚葉系統へ分化することを示した結果である。図6aは、EB培地にDMを添加した後、10日間培養した場合、神経外胚葉マーカー(Sox1及びnestin)の発現は増加した一方、中胚葉(Brachyury及びCerberus)、内胚葉(GATA4とAFP)、及び未分化マーカー(Oct4及びNanog)は、抑制された結果を示したものである。図6bは、未分化の細胞(Oct4−とSSEA4−の二重陽性)及び内胚葉細胞(AFP−陽性;赤矢印の頭)が10日間の5μMDMを処理した胚様態の部分で検出された結果を、免疫細胞化学分析を通じて示したものである。図6cは、同時に、DM及びSB431542を10日間処理した場合、神経マーカーの発現が更に促進されることを示した結果である。逆に、他の組織及び未分化マーカーの発現は、著しく減少した。図6dは、DMSOで処理された胚様態と比較して、DM及びSB431542で処理された胚様態でPax6とNestinの発現が増加することを確認した免疫細胞化学分析の結果である。図6aと図6cのグラフにおいて、y軸は、各々の3回の実験において、化学処理及び対照群のサンプルで遺伝子発現に際して増加倍率(fold change)を示したものである。DMは、dorsomorphinを意味し、SBは、SB431542を意味する(スケールバー:100μm)。
【図7】図7a〜7bは、誘導の分化傾向を持った様々なhPSC細胞株にBMPとアクチビン/ノダル信号伝達経路を同時に抑制して神経細胞の分化を誘導させた結果を示したものである。図7aは、hPSC細胞株にDMとSB431542を処理した場合、神経外胚葉マーカーの発現が非常に増加した一方、中胚葉/内胚葉及び未分化マーカーの発現は有意に減少した結果を示したものである。ログ指標において、y軸は、小さな分子で処理した細胞及びDMSOを処理した細胞での遺伝子発現の相対的な増加率を平均±標準誤差で示したものである(基準を1に任意に指定)。図7bは、4つのhPSC細胞株(H9、Miz−hES4、BJ1−iPS12、MSCiPS2−3)から胚様態区画を抗Nestin抗体で免疫染色して示したものである。DMは、dorsomorphinを意味し、SBは、SB431542を意味する(スケールバー:100μm)。
【図8】図8は、ヒト胚性幹細胞(Miz−hES6)とヒト逆分化幹細胞(BJ1−iPS12)から、各々BMP、アクチビン/ノダル信号の調節によって神経前駆細胞を収得し、これらから神経細胞(Tuj1)、神経膠細胞(GFAP)及び稀突起膠細胞(オリゴデンドロサイト、O4)が分化されていることを確認した結果である(スケールバー:25μm)。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0037】
以下、実施例に基づいて、本発明を更に詳細に説明する。これらの実施例は、単に、本発明をより具体的に説明するためのものであり、本発明の主旨に従って、本発明の範囲が、これらの実施例によって制限されないことは、本発明の属する技術分野において通常の知識を有する者にとって自明である。
【0038】
<材料及び方法>
<<ヒト胚性幹細胞(hESC)及びヒト誘導多能性細胞(iPSC)の培養>>
合計6つのヒト胚性幹細胞株H9(P31−45、WiCellInc社、Madison、Wisconsin、米国)、Miz−hES4(P67−75)、Miz−hES6(P34−45)(ミズメディ病院、大韓民国)、CHA−hES3(P88−93、CHA病院、大韓民国)、SNU−hES3(P30−36)及びSNU−hES16(P71−76)(ソウル大学病院、大韓民国)を、20%KSR(Knockout Serum Replacement;Invitrogen、Carlsbad、米国)、1×非必須アミノ酸(Invitrogen社、米国)、0.1mMβ−メルカプトエタノール(Sigma社、St.Louis、MO、米国)、及び4ng/mL塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF;Invitrogen社、米国)が添加されたDMEM−F12培地で培養した。STO(ATCC、Manassas、VA、米国)フィーダー細胞層で培養させたSNU−hES3(P30−36)とSNU−hES16細胞株とを除いて、ほとんどのhESC株を有糸分裂を停止されたマウスの胚性線維芽細胞(mouse embryonic fibroblasts:MEFs、MCTT社、ソウル、韓国)層で成長させた。5日間〜7日間、毎日公知の継代培養方法(Oh,S.K. et al. Stem Cells 23, 605−609(2005)参照)によって、hESCコロニーは、新鮮なフィーダー層に移した。また、3つのヒト誘導多能性細胞株(iPSCs)、つまり、dH1f−iPS2−2、MSC−iPS2−3及びBJ1−iPS12細胞株(Park,I.H. et al. Nature 451, 141−146(2007)参照)を、上記hESCと同じ培地組成を有する培地で培養した(上記の3種のヒト誘導多能性細胞株は、ハーバード大学のGeorge Q. Daley博士から分譲されており、それについての参考文献は、次の通りである;Nature、2008 Jan 10;451(7175):141−6, Nat Protoc. 2008;3(7):1180−6)。
【0039】
<<ヒト全分化能幹細胞の自発的分化>>
30分間、IV型のコラゲナーゼ(Invitrogen社、米国)を2mg/mLで処理した後、フィーダー細胞層からhESCs及びヒトiPSCsコロニーを分離させ、胚様体(embryoid bodies:EB)を形成するようにしており、当業界で通常に使用するbFGFを含まないhESC培地(EB培地)が含まれているペトリディッシュに移動させた。胚様態を形成させる間、様々な濃度のDM(dorsomorphin;Sigma社、米国)及びSB431542(Calbiochem社、SanDiego、CA、米国)を培地に添加し、約10日間、1日置きに培地を交換した。qRT−PCT及び免疫細胞化学を通じて数種類のマーカーの発現を分析した。
【0040】
<<ヒト全分化能幹細胞のDA(Dopaminergic)ニューロンへの分化>>
10日間の自発的な分化の後、神経前駆細胞(NPs)への進行のために、8日間〜10日間、bFGF(20ng/mL、Invitrogen社)が添加されたN2培地((DMEM−F12(Dulbecco’s Modified Medium:Nutrient Mixture F−12)及び1×N2、Invitrogen社)で胚様体を追加的に培養し、進行過程の間、1日置きに培地を交換した。ピペットで優しくピペッティングして増殖した神経前駆細胞を別個に分離させ、その次に、0.5×106細胞数/cm2〜2×106細胞数/cm2の密度となるようにマトリゲル(Matrigel;BD Scientific社、Bedford、USA)でコーティングされたプレートにシーディングした。200ng/mL〜500ng/mLのソニックヘッジホッグ(Shh; R&D Systems社、Minneapolis、MN、米国)、及び100ng/mLのFGF8(線維芽細胞増殖因子8;R&D Systems社)が補充されたN2培地で8日間培養してDA(dopaminergic)前駆細胞を発生させた。完全に成熟したDAニューロンを発生させるために、1×N2、20ng/mLの神経膠細胞由来神経栄養因子(GDNF;R&D Systems社)、20ng/mLの脳由来神経栄養因子(BDNF;R&D Systems社)、及び200μMアスコルビン酸(Sigma社)が補充されたDMEM−F12培地又はニューロベイサル培地(Neurobasal media;Invitrogen社)でDA前駆細胞を培養した。
【0041】
<<ヒト全分化能幹細胞の神経細胞の分化誘導>>
公知の方法(Zhang,S.C., Wernig, M., Duncan, I.D., Br, O.&Thomson, J.A.Nat. Biotechnol 19, 1129−1133(2001)参照)を一部修正して、ヒトの全分化能幹細胞を神経細胞へ分化させた。つまり、5μMのDM及び5μM〜10μMのSB431542の存在下又は不存在下のEB培地で、胚様体を4日間培養し、その次に、20ng/mLのbFGFが補充されたN2培地が含まれているマトリゲルがコートされたディッシュ上で6日間追加的に培養した。次に、コロニーカウント、免疫細胞化学及びqRT−PCRを用いてサンプルを分析した。
【0042】
<<免疫染色及び定量分析>>
10分間4%パラ−ホルムアルデヒド−PBSを用いて細胞を固定した。また、胚様態を同じ固定液で固定させ、20%スクロース(sucrose)を添加して凍結を防止し、O.C.T.コンパウンド(Tissue Tek、Torrance、CA、米国)で凍結した後、クリオスタットを用いて、10μmの厚さの切片を作製した。前記切片は、0.01%トリトンX−100/PBS(細胞内のマーカー)で処理し、室温で1時間の間、5%ロバ血清(Calbiochem社、CA、米国)でブロックさせた後、4℃で一次抗体を用いて一晩反応させた。本研究で用いた一次抗体は、以下の通りである:Oct4(1:100、Santa Cruz Biotechnology社、Santa−Cruz、CA、米国);SSEA4(1:500、Santa Cruz Biotechnology社);Sox1(1:200、Millipore社、Billerica、MA、米国);Pax6(1:200、DSHB、Iowa、IA、米国)、ネスチン(1:1000、Millipore社);α−フェトプロティン(AFP;1:100、Santa Cruz Biotechnology社);Tuj1(1:1,000、Covance社、Berkeley、CA、米国);GFAP(1:300、Millipore社)、O4(1:200、R&D systems社)、及びチロシンヒドロキシラーゼ(TH;1:500、Millipore社、又は1:300、Pelfreez社、Rogers、AR、米国)。一次抗体のインキュベーション後、結合させた一次抗体を検出するために、蛍光(Alexa−Fluor(登録商標)−488又は594)結合2次抗体(Molecular Probes社、Eugene、OR、米国)を用いた。核を検出するために、DAPI(4’,6−diamidino−2−phenylindole、Vector社、Burlingame、CA、米国)を加えた。オリンパスIX71顕微鏡とDP71デジタルカメラで細胞イメージを観察し、イメージ−プロ プラス バージョン5.1(Media Cybernetics社、Silver Spring、MD、米国)で分析した。3つの独立した実験で免疫標識された細胞又はコロニーをカウントして、定量的評価を実施した。平均±標準誤差で値を表した。統計的有意性は、スチューデントt−テストやSPSSのソフトウェア バージョン 12.0を用いるOne−Way ANOVAテストを用いた。
【0043】
<<定量的リアルタイムPCR(qRT−PCR)及びデータ分析>>
メーカーのプロトコルに応じて、イージー−スピン(登録商標)のトータルRNA精製キット(iNtRON Biotechnology社、Seoul、大韓民国)を用いて、細胞内に存在する総RNAを抽出した後、パワーcDNA合成キット(iNtRON Biotechnology社)を用いて、1μgのRNAを逆転写した。SYBR Premix Ex Taq(Takara Bio Inc、Shiga、日本)を用いて、qRT−PCRを実施し、MyiQ又はCFX96リアル−タイムシステム(Bio−Rad社、Hercules、CA、米国)を用いて反応させた。qRT−PCRの条件は、次の通りである:95℃1分間(1段階)、95℃20秒間、63℃20秒間、及び72℃20秒間を1サイクルとして、合計40サイクル(2段階)、72℃1分間の最終エクステンション(3段階)。特異的マーカー遺伝子の発現値(Ct values)を求め、β−アクチン(β−actin)の値に従って標準化した。その次に、ΔΔCt法(Pfaffl,M.W. Nucleic Acids Res 29, 45(2001)参照)で標準化されたマーカーの発現水準を化学的処理されたサンプル、及びローディング対照郡サンプルと比較した。少なくとも3回以上の独立した実験をして、すべてのデータを最終確認した。プライマー配列は、表1に表した。
【0044】
【表1】
【0045】
上記上添え字は、本実施例に含まれる参照文献を意味する。
20: Xu,R−.H. et al. Nat Methods 2, 185−190(2005)
21: Kroon,E. et al. Nat Biotech 26, 443−452(2008)
22: Xiao,L., Yuan,X. and Sharkis,S. J.Stem Cells, 24, 1476486(2006)
【0046】
<結果>
ヒト全分化能幹細胞(例えば、hESCsとヒトiPSCs)が特定の細胞タイプに効率的に分化できる能力が、幹細胞を治療に応用するための前提条件である。最近の報告書では、ヒト胚性幹細胞株が、特定の細胞系統に分化する傾向を持っていると報告した(Osafune,K. et al. Nat. Biotechnol. 26, 313−315(2008)参照)。また、本発明者らは、4つの機関から樹立された6つのhESCで分化傾向の有意な違いが発見されており、他の種類の体細胞から由来する3つのヒト誘導多能性細胞が特定の細胞系統に分化できる潜在性を維持していることが追加的に分かった(図1)。これらの分化内在的傾向性が存在するというのは、目的の細胞系統に分化させる際に、陰性的に影響を与えるので、細胞治療法への応用において、適切な細胞株を選択するために、すべてのhESCとiPSCの分化の傾向についての調査が必要とされた。そのためのスクリーニング工程は、多くの努力、時間及びコストがかかるため、元々持っていた分化の傾向とは関係なく、すべてのhPSCを特定の細胞組織に分化誘導できる方法があれば、非常に大きな助けとなるだろう。予備研究の実験により、本発明者らは、多様な分化傾向を持っているすべてのhPSCの神経系統(例えば、神経前駆細胞(NPs)の形成)に分化させる普遍的なプロトコルを確立しようとした。本研究は、神経分化に際して幅広く適用可能なプロトコルを作成するために、低分子化合物を用いて胚発生過程のうち神経誘導が密接に関連しているシグナル伝達経路を操作することを計画した。
【0047】
まず、神経分化を誘導するために、H9 hESCコロニーを酵素処理法によって胚様体(EBs)を形成させて浮遊培養した。一般に、分化効率の変化が、各々のhESCの分化の傾向によって左右されるとしても、どのような分化系列誘導増殖因子も含まれていない自発的な分化条件下で培養された胚様態は、低い神経細胞分化効率を持つ。他の細胞系への分化ではなく、神経細胞のみの分化を促進させるために、初期の胚様態形成期間の間、骨形成蛋白質(BMP)信号伝達経路を抑制した。BMP信号の抑制は、初期胚の発達期間の間、神経誘導に重要な役割を果たすことが知られている(Wilson,S.I & Edlund, T. Nat. Neurosci. Suppl:1161−1168(2001)及びMu,I. & Brivanlou,A.H. Nat. Rev. Neurosci. 3,271−280(2002)参照)。BMP信号の抑制のために、既存の発明者らは、ポリペプチドBMPの抑制剤であるノギン(noggin)を主に使用したが、本発明者らは、この物質の代わりに、低分子化合物が胚様態(Ding,S. & Schultz,P. Nat. Biotechnol. 22, 833−840(2004)参照)の中により容易にアクセス可能であり、細胞の信号伝達を効果的に調節できるという点に着目して、低分子化合物形態の選択的BMP拮抗剤ドルソモルフィン(dorsomorphin:DM)(Yu,P.B. et al. Nat. Chem. Biol. 4, 33−41(2008)参照)を用いた。まず、DM(0.1μM〜5μM)を4日投与された胚様態でBMPシグナル活性の指標となるId1及びId3遺伝子の発現水準がDMの含有量に依存して減少することを通じて、DMの効果を検証した(図2a)。その後、DM処理が用量−依存的に分化する胚様態でPax6とNestinのような神経マーカーの発現を増加させ、DM処理によるBMP信号伝達経路の抑制が、H9 hESCsの神経系統への分化を促進することを確認した(図2b)。
【0048】
BMP経路の抑制は、神経細胞の分化を十分に誘導させると共に、他の系統への分化を減らすか否かを調べるため、hESCsの分化運命の変化におけるDMの効果をより綿密に検証した。10日間、DM(1μM及び5μM)が含まれている自発的分化培地で胚様態を培養し、未分化なhESCsだけでなく、3胚葉層の代表的なマーカーの発現を定量的RT−PCR(qRT−PCR)及び免疫細胞化学方法を用いて確認した(図6a及び6b)。胚様態形成時にDMを処理する場合、DMの容量依存的に神経細胞のマーカー(Sox1及びNestin)の発現を有意に増加させる一方、中胚葉(Brachyury及びCerberus)、内胚葉(α−フェトプロテイン(AFP)及びGATA4)及び未分化であるhESCs(Oct4及びNanog)マーカーの発現は減少した(図6a)。しかしながら、内胚葉(例えば、AFP)と未分化細胞のマーカー(例えば、Oct4及びSSEA4)は依然として検出された(図6b)。これらの結果は、BMP経路の抑制だけでは、内胚葉、中胚葉及び残りの未分化の細胞が最小限しか含まれていない純粋な神経細胞群を多く生産できないということを意味する。これに基づいて、本発明者らは、hESCsの神経系統への分化をより促進できる付加的な信号伝達経路の抑制方法について研究した。アクチビン/ノダル(Activin/Nodal)経路は、内胚葉及び中胚葉分化誘導による初期胚の発達過程において極めて重要な役割を果たし(Schier,A.F. Annu. Rev. Cell Dev. Biol. 19, 58921(2003)参照)、一方、神経外胚葉系統への分化は抑制することが知られている(Vallier,L., Reynolds,D. & Pedersen,R.A. Dev Biol. 275, 403−421(2004)及びCamus,A., Perea−Gomez,A., Moreau,A. & Collignon,J. Dev Biol. 295, 743−755(2006)参照)。また、最近、アクチビン/ノダル信号伝達が、hESCの幹細胞性を維持させるのに重要な役割をすることが報告された(Vallier,L., Alexander,M. & Pedersen,R.A. J. Cell. Sci. 118, 4495−4509(2005)及びXiao,L., Yuan,X. and Sharkis,S. J.Stem Cells 24, 1476486(2006)参照)。そこで、本発明者らは、アクチビン/ノダル信号伝達の抑制が、他の分化系統及び未分化の細胞を減少させながら、hESCsを神経外胚葉に分化させることに更に有利に作用すると推定した。
【0049】
この考えに基づいて、BMP経路の抑制だけでなく、アクチビン/ノダル信号伝達の抑制を伴うことが、不要な細胞への分化を最小限に抑えながら、神経細胞に分化誘導できるか否かをテストした。アクチビン/ノダル信号伝達の特異的抑制剤であるSB431542(5μM又は10μM)とDM(5μM)とを含む自発的分化培地に胚様態を培養する場合、神経細胞のマーカー(Sox1、Pax6及びNestin)の発現が有意に増加する一方、内胚葉(AFP及びGATA4)と中胚葉(Brachyury及びCerberus)のマーカーは、目立つほど減少した(図6c)。何より重要なことは、未分化の全分化能細胞に対するマーカー(Oct4及びNanog)が非常に減少したことである(図6c)。また、本実施例では、神経細胞の増加を免疫細胞化学により同定した(図6d)。
【0050】
BMP経路単独を抑制(DMで処理)、又はBMP経路及びアクチビン/ノダル経路を両方抑制(DM及びSM431542で処理)することで、栄養膜マーカー(GATA2及びGCM1)の発現が減少した(図3)。これらの結果は、BMP経路が、活性化している場合にのみアクチビン/ノダル経路が、hESCsの栄養膜への分化を誘導すると報告された先行文献と一致する(Wu,J. et al. J.Biol. Chem. 283, 249915002(2008)参照)。
しかも、本発明では、hPSCsから効率的かつ排他的な神経細胞への誘導には、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路の両方の抑制が要求されるというデータを提示した。これらの結果は、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路の同時的及び連続的な抑制が、アフリカツメガエル(Xenopus)胚の発達において神経誘導のために要求されると報告された最近の研究と一致する(Chang,C. & Harland,R.M. Development 134, 3861−3872(2007)参照)。
【0051】
その次の疑問点は、内在的分化の傾向(innate differentiation propensity)とは関係なく、DMとSB431542とによる同時処理が、hESC及びiPSCの両方の細胞系統において神経系への分化を誘導するものか否かである。この疑問点を解決するために、9つのhPSC(6つのhESC及び3つのヒトiPSC)から産生された胚様態を自発的分化条件で培養しながら、DM(5μM)及びSB431542(10μM)で処理した。qRT−PCR解析から、DMとSB431542とを処理したことが、他の分化系統の細胞への分化を減少させながら、神経細胞への誘導を有意に向上していることが分かった(図7a)。興味深いことに、対照群(ジメチルスルホキシド(DMSO)で処理された細胞)と、DM及びSM431542で処理された細胞株との間での神経細胞のマーカー発現の増加幅は、Miz−hES4、SNU−hES3、SNU−hES16、CHA−hES3及びBJ1−iPS12細胞のような神経細胞に分化しない内在的分化傾向を持った細胞株での発現増加幅が高く示された(図1a及び図7a)。免疫細胞化学分析からは、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路が抑制された際に、より多くの細胞が神経前駆細胞のマーカーNestinを発現していることが分かった(図7b)。DM及びSB431542で処理した後は、いずれの未分化の細胞も免疫細胞化学によって検出されなかった(図示しない)。
【0052】
自発的分化過程におけるこれらの効果だけでなく、hESCsから神経細胞分化を誘導するように設計された神経誘導分化プロトコルを使用する場合でも、DM及びSB431542は、神経細胞の発生を増加させた(図4a〜4c)(Zhang,S.C., Wernig,M., Duncan,I.D., Br,O. & Thomson, J.A.Nat. Biotechnol. 19, 1129−1133参照)。本発明により発生した神経前駆細胞は、神経細胞(ニューロン)、星状細胞(アストロサイト)及び乏突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)になり得る多分化能を持っていることが分かった(図8)。
【0053】
まとめると、これらの結果は、hESC細胞系とiPSC細胞系とでは分化傾向にかなりの相違があるが、この分化傾向の相違は、分化過程が自発的であるか定向的であるかにかかわらず、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路の同時調節を通じて克服できることを示す。つまり、いずれの両条件の下においても、すべてのhPSCsは、効率的に神経細胞系統に分化した。
【0054】
BMP信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を同時に抑制して発生された神経前駆細胞が、特定の神経細胞のサブタイプになり得る能力を維持しているのかを調査するために、本発明者らは、更に、従来のプロトコルを調整して、ドーパミン(DA)ニューロンへの分化を試みた(図5a)(Cho,M.S. et al. Proc Natl. Acad. Sci. USA. 105, 3392−3397(2008)及びYan,Y. et al. Stem Cells 23, 781−790(2005)参照)。免疫細胞化学分析では、DMSOで処理された細胞から分化したTuj1陽性神経細胞の数(総細胞数の2.6±0.5%)と比較して、DM及びSB431542で処理されたヒトiPSC(MSC−iPS2−3)から分化したTuj1陽性神経細胞の数が顕著に増加した(総細胞数の50.7±2.2%)(図5b〜5c)。Tuj1陽性細胞のかなりの部分(49.5±6.8%)は、TH+ニューロン(ドーパミンを合成する酵素であるチロシンヒドロキシラーゼを発現するニューロン)であった。また、これらの結果は、BMP及びアクチビン/ノダル信号伝達経路の操作によって発生した神経細胞が、DAニューロンのような特異的神経タイプへ分化できる能力を持っていることを意味する。
【0055】
まとめると、本発明では、多様な分化傾向を持つhPSCsがBMP信号伝達経路とアクチビン/ノダル信号伝達経路とを操作することによって神経系列に効果的に分化できること、及び前記信号伝達経路の操作を通じてhESCsとヒトiPSCsの内在的分化の潜在性を克服できることを提示する。これにより、細胞の代替療法を必要とする患者からの、複雑で独立したiPSC細胞株を大量生産すべき必要性は簡素化される。
【0056】
以上で、本発明の特定の部分を詳細に述べたが、当業界の通常の知識を有する者にとって、これらの具体的な技術は、単に好ましい実施例にすぎず、これにより本発明の範囲が制限されるわけではないことは明らかである。したがって、本発明の実質的な範囲は、添付の請求項及びその等価物によって定義されると言える。
【図4b】
【図1a】
【図1b】
【図1c】
【図1d】
【図2a】
【図2b】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)幹細胞の骨形成蛋白質信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する工程と、
(b)前記幹細胞を培養する工程と、
を含むことを特徴とする幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項2】
幹細胞が、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項3】
幹細胞の骨形成蛋白質信号伝達経路の抑制が、ドルソモルフィン、smad6、smad7、ノギン、コルディン、グレムリン、Sog(short gastrulation)、ホリスタチン、DAN(differential screening−selected gene aberrant in neuroblastoma)、ケルベロス、ダンテ、及びPRDC(Protein Related to DAN and Cerberus)から選ばれる抑制剤を用いて実施することを特徴とする請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項4】
抑制剤が、ドルソモルフィンである請求項3に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項5】
幹細胞のアクチビン/ノダル信号伝達経路の抑制が、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミド、smad6、smad7及びホリスタチンから選ばれる抑制剤を用いて実施する請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項6】
抑制剤が、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドである請求項5に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項7】
工程(a)が、幹細胞を培養して、胚形成過程又は形成された胚を培養する過程で実施され、前記工程(a)により神経外胚葉が増加された胚が形成される請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項8】
工程(b)が、(b−1)神経外胚葉が増加された胚をbFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)の存在下で培養し、神経前駆細胞を増殖させる工程と、
(b−2)前記神経前駆細胞をソニックヘッジホッグ(Shh)及びFGF8(線維芽細胞増殖因子8)の存在下で培養し、ドーパミン前駆細胞に誘導させる工程と、
(b−3)前記ドーパミン前駆細胞を神経膠細胞由来神経栄養因子(GDNF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)及びアスコルビン酸の存在下で培養し、ドーパミン神経細胞を形成させる工程と、
を含む請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項9】
工程(b)での幹細胞が、ドルソモルフィン及び4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドを処理していない幹細胞よりもSoX1、Pax6及びネスチンを高発現する請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項10】
工程(b)での幹細胞が、ドルソモルフィン及び4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドを処理していない幹細胞よりもId1、Id3、GCM1及びGATA2を低発現する請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項11】
骨形成蛋白質信号伝達経路抑制剤及びアクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤を含むことを特徴とする幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項12】
幹細胞が、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞のいずれかである請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項13】
骨形成蛋白質信号伝達経路抑制剤が、ドルソモルフィン、smad6、smad7、ノギン、コルディン、グレムリン、Sog(short gastrulation)、ホリスタチン、DAN(differential screening−selected gene aberrant in neuroblastoma)、ケルベロス、ダンテ及びPRDC(Protein Related to DAN and Cerberus)から選ばれることを特徴とする請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項14】
抑制剤が、ドルソモルフィンである請求項13に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項15】
アクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤が、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミド、smad6、smad7及びホリスタチンから選ばれる抑制剤である請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項16】
抑制剤が、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドであることを特徴とする請求項15に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項17】
幹細胞にSox1、Pax6及びネスチンを高発現させる請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項18】
幹細胞にId1、Id3、GCM1及びGATA2を低発現させる請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項1】
(a)幹細胞の骨形成蛋白質信号伝達経路及びアクチビン/ノダル信号伝達経路を抑制する工程と、
(b)前記幹細胞を培養する工程と、
を含むことを特徴とする幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項2】
幹細胞が、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項3】
幹細胞の骨形成蛋白質信号伝達経路の抑制が、ドルソモルフィン、smad6、smad7、ノギン、コルディン、グレムリン、Sog(short gastrulation)、ホリスタチン、DAN(differential screening−selected gene aberrant in neuroblastoma)、ケルベロス、ダンテ、及びPRDC(Protein Related to DAN and Cerberus)から選ばれる抑制剤を用いて実施することを特徴とする請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項4】
抑制剤が、ドルソモルフィンである請求項3に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項5】
幹細胞のアクチビン/ノダル信号伝達経路の抑制が、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミド、smad6、smad7及びホリスタチンから選ばれる抑制剤を用いて実施する請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項6】
抑制剤が、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドである請求項5に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項7】
工程(a)が、幹細胞を培養して、胚形成過程又は形成された胚を培養する過程で実施され、前記工程(a)により神経外胚葉が増加された胚が形成される請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項8】
工程(b)が、(b−1)神経外胚葉が増加された胚をbFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)の存在下で培養し、神経前駆細胞を増殖させる工程と、
(b−2)前記神経前駆細胞をソニックヘッジホッグ(Shh)及びFGF8(線維芽細胞増殖因子8)の存在下で培養し、ドーパミン前駆細胞に誘導させる工程と、
(b−3)前記ドーパミン前駆細胞を神経膠細胞由来神経栄養因子(GDNF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)及びアスコルビン酸の存在下で培養し、ドーパミン神経細胞を形成させる工程と、
を含む請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項9】
工程(b)での幹細胞が、ドルソモルフィン及び4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドを処理していない幹細胞よりもSoX1、Pax6及びネスチンを高発現する請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項10】
工程(b)での幹細胞が、ドルソモルフィン及び4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドを処理していない幹細胞よりもId1、Id3、GCM1及びGATA2を低発現する請求項1に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導方法。
【請求項11】
骨形成蛋白質信号伝達経路抑制剤及びアクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤を含むことを特徴とする幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項12】
幹細胞が、胚性幹細胞及び誘導多能性幹細胞のいずれかである請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項13】
骨形成蛋白質信号伝達経路抑制剤が、ドルソモルフィン、smad6、smad7、ノギン、コルディン、グレムリン、Sog(short gastrulation)、ホリスタチン、DAN(differential screening−selected gene aberrant in neuroblastoma)、ケルベロス、ダンテ及びPRDC(Protein Related to DAN and Cerberus)から選ばれることを特徴とする請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項14】
抑制剤が、ドルソモルフィンである請求項13に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項15】
アクチビン/ノダル信号伝達経路抑制剤が、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミド、smad6、smad7及びホリスタチンから選ばれる抑制剤である請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項16】
抑制剤が、4−(5−ベンゾ[1,3]ジオキソール−5−イル−4−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2イル)−ベンズアミドであることを特徴とする請求項15に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項17】
幹細胞にSox1、Pax6及びネスチンを高発現させる請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【請求項18】
幹細胞にId1、Id3、GCM1及びGATA2を低発現させる請求項11に記載の幹細胞から神経細胞への分化誘導用組成物。
【図3】
【図4a】
【図4c】
【図5a】
【図5b】
【図5c】
【図6a】
【図6b】
【図6c】
【図6d】
【図7a】
【図7b】
【図8】
【図4a】
【図4c】
【図5a】
【図5b】
【図5c】
【図6a】
【図6b】
【図6c】
【図6d】
【図7a】
【図7b】
【図8】
【公表番号】特表2012−501194(P2012−501194A)
【公表日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−539458(P2011−539458)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【国際出願番号】PCT/KR2010/005892
【国際公開番号】WO2011/055899
【国際公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(507175175)インダストリー−アカデミック コーポレーション ファウンデーション,ヨンセイ ユニバーシティ (18)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【国際出願番号】PCT/KR2010/005892
【国際公開番号】WO2011/055899
【国際公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(507175175)インダストリー−アカデミック コーポレーション ファウンデーション,ヨンセイ ユニバーシティ (18)
【Fターム(参考)】
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