説明

動力伝達部品用肌焼鋼

【課題】ピッチング強度、スポーリング強度および低サイクル曲げ疲労強度の全てにおいて良好な特性を確保できる動力伝達部品用肌焼鋼の提供。
【解決手段】C:0.15〜0.35%、Si:0.40〜1.10%、Mn:0.50〜1.50%、S:0.01〜0.05%、Cr:1.20〜2.60%、Al:0.010〜0.050%、N:0.010〜0.025%を含み、C、Si、Mn及びCrの含有量が、0.4<Cr−2×Si≦1.8、959−203×C0.5+30×Mn<850及び7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)≦8を満たし、残部はFeと不純物からなり、不純物中のP≦0.05%、Cu≦0.10%、Ni≦0.10%、V≦0.005%である動力伝達部品用肌焼鋼。(1)Mo≦0.40%又は/及び(2)Ti≦0.10%及びNb≦0.10%の1種以上、を含んでもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力伝達部品用肌焼鋼、詳しくは、面圧疲労強度に優れた動力伝達部品用肌焼鋼に関する。より詳しくは、ピッチング強度、スポーリング強度および低サイクル曲げ疲労強度に優れた動力伝達部品用肌焼鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の歯車、シャフトおよび等速ジョイントなどの動力伝達部品は、従来、JIS G 4053(2003)に規定されている機械構造用合金鋼鋼材を鍛造や切削などの加工により所定の形状に成形して、浸炭焼入れや浸炭窒化焼入れを施し、その後さらに焼戻しを行って製造されている。
【0003】
従来は上記の部品については、一般に、面圧疲労の一種であるピッチングに対する強度を向上させることが重視されてきた。
【0004】
しかしながら、部品使用時の接触面の温度は300℃程度にまで上昇するといわれていることから、最近では使用時における表層での焼戻し軟化を抑制したいとの要望があり、さらにまた、自動車のエンジントルク増大により、動力伝達部品にかかる応力も大きくなってきたため、ピッチング強度に加えて、従来よりも優れたスポーリング強度と低サイクル曲げ疲労強度を具備させたいとの要望も極めて大きくなっている。
【0005】
そこで、前記した要望に応えるべく、例えば、特許文献1〜3に、上記部品の素材用としてSiを添加した鋼が提案されている。
【0006】
具体的には、特許文献1に、質量%で、0.5〜2.0%のSiなど特定の化学組成を有し、〔Q=34140−605Si(%)+183Mn(%)+136Cr(%)+122Mo(%)〕の式で定義される鋼中の炭素拡散の活性化エネルギQの値が34000(kca1)以下の、SCr420鋼よりも浸炭時間が短縮可能な「肌焼鋼」に関する技術が開示されている。
【0007】
特許文献2には、質量%で、0.35〜1.3%のSiなど特定の化学組成を有し、浸炭層のオーステナイト結晶粒度が7番以上、表面の炭素含有量が0.9〜1.5%であり、表面の残留オーステナイト量が25〜40%である「転動疲労特性に優れた浸炭材」に関する技術が開示されている。
【0008】
特許文献3には、質量%で、0.01〜2.3%のSiなど特定の化学組成を有し、熱間圧延後のNb(CN)の析出量が0.005%以上であり、AlNの析出量を0.015%以下に制限し、ベイナイトの組織分率が30%以下であり、熱間圧延方向に平行な断面の組織のフェライトバンドの評点が1〜5であり、硬さHVが成分パラメータで規定された範囲にある「高温浸炭用鋼」に関する技術が開示されている。
【0009】
【特許文献1】特開2005−36269号公報
【特許文献2】特開2000−54069号公報
【特許文献3】特開2001−279383号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記の特許文献1に開示された肌焼鋼では、十分な芯部硬さを得るためにはBを含有させなくてはならず、さらに、ガス浸炭焼入れした場合には十分な硬化深さも得られない。このため、特に、ガス浸炭焼入れして用いられる動力伝達部品に適用すると、十分な低サイクル曲げ疲労強度が得られないことがあった。
【0011】
特許文献2に開示された浸炭材は軸受部品の特に表層に着目したものであって、芯部硬さに関しては配慮されておらず、このため、動力伝達部品に適用すると芯部硬さが低いために十分な低サイクル曲げ疲労強度が得られないことがあった。
【0012】
特許文献3に開示された高温浸炭用鋼は、NiがCr、Moと同様に鋼に強度、焼入れ性を与えるのに有効であるとの技術的思想の下に提案された技術である。しかしながら、NiはCr、Moと比較して浸炭時の炭素の侵入を抑制する元素であり、浸炭深さを深くするのに不利であり、したがって、上記のような技術的思想の下に提案された鋼を動力伝達部品用に適用しても、十分なスポーリング強度が得られるものではない。
【0013】
上記の様に、これまでに提案された技術は、浸炭深さの向上など浸炭後の組織や一部の強度特性の改善を目的とするだけのものである。このため、従来の肌焼鋼を素材とする場合には、ピッチング強度、スポーリング強度および低サイクル曲げ疲労強度の全てにおいて良好な特性を具備させたいという最近の動力伝達部品に対する要求を満たすことはできなかった。
【0014】
そこで、本発明の目的は、ピッチング強度、スポーリング強度および低サイクル曲げ疲労強度の全てにおいて良好な特性を確保できる動力伝達部品用肌焼鋼、なかでも、ガス浸炭焼入れによって、前記3つの良好な特性を確保できる動力伝達部品用肌焼鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
動力伝達部品のピッチング強度を向上させるためには、一般に、使用時に接触面温度が300℃程度に昇温した際の軟化抵抗を高める目的から、素材となる肌焼鋼のSi含有量を高くすることが効果的であるといわれている。
【0016】
しかしながら、Siの含有量を高くすることは、一方で次の(イ)〜(ハ)に示すような悪影響がある。
【0017】
(イ)鋼中のC(炭素)の活量が上昇するために、浸炭深さが減少してしまう。
【0018】
(ロ)鋼のA3点が上昇するため、浸炭時に部品の芯部にフェライトが生じ、焼入れ後のミクロ組織がフェライトとマルテンサイトの二相組織になる。
【0019】
(ハ)浸炭時に表面の粒界に酸化物を生成する。
【0020】
上記の(イ)〜(ハ)から明らかなように、動力伝達部品用肌焼鋼において、単にSiの含有量を高めるだけでは、ピッチング強度、スポーリング強度および低サイクル曲げ疲労強度の全てにおいて良好な特性を具備させたいという最近の動力伝達部品に対する要求を満たすことは難しい。
【0021】
すなわち、(イ)に関しては、浸炭深さが減少すると、スポーリング破壊の起点位置に相当する表面からの深さ0.3mm位置の硬さが低下するため、ピッチングが生じる前に、内部から硬化層がはく離するスポーリングが発生しやすくなる。
【0022】
(ロ)に関しては、芯部に軟質なフェライトが生成すると容易に塑性変形するために、低サイクル曲げ疲労強度が著しく低下してしまう。
【0023】
(ハ)に関しては、粒界酸化層が低サイクル曲げ疲労強度の起点となるために、低サイクル曲げ疲労強度が低下する。
【0024】
したがって、動力伝達部品用肌焼鋼に対しては、Si含有量を高めてピッチング強度を向上させるだけではなく、スポーリング強度と低サイクル曲げ疲労強度も高めることができる成分設計をすることが重要である。
【0025】
そこで、本発明者らは、種々の鋼を溶製して、スポーリング強度と低サイクル曲げ疲労強度を高めるための化学組成について検討を行った。
【0026】
すなわち、表1に示す化学組成を有する鋼A〜Uを50kg真空溶解炉によって溶解し、インゴットを作製した。表1には、式中の元素記号をその元素の質量%での含有量として、後述する〔Fn1=Cr−2×Si〕、〔Fn2=959−203×C0.5+30×Mn〕および〔Fn3=7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕で表されるFn1〜Fn3の値を併記した。
【0027】
なお、表1における鋼Aは、JIS G 4053(2003)に規定されたSCM420に相当する鋼であり、鋼Bおよび鋼Cは、鋼Aをベースにしてそれぞれ、炭素の含有量を質量%で、0.25%と0.29%としたものである。さらに、鋼D〜Uはそれぞれ、C、Si、Mn、P、S、Cu、Ni、Cr、Mo、Nの含有量を種々に変えたものである。
【0028】
【表1】

【0029】
上記のインゴットを1250℃に加熱し、熱間鍛造を行って直径35mmの丸棒とした。
【0030】
次いで、上記の直径35mmの丸棒を925℃に加熱し、60分保持した後、室温まで空冷する熱処理を行った。
【0031】
このようにして得た直径35mmの丸棒の中心部から、図1に示す形状の四点曲げ試験片を切り出し、図2に示す条件でガス浸炭焼入れして、つまり、カーボンポテンシャルを0.8%として930℃でガス浸炭処理した後、油温60℃の油中に焼入れして、スポーリング強度と低サイクル曲げ疲労強度に及ぼす化学組成の影響について調査した。
【0032】
なお、図1における試験片の寸法はmm単位でのものであり、図2におけるガス浸炭の処理時間は180minとした。
【0033】
スポーリングによる破壊を生じさせないためには表面から0.3mm位置の硬さが、ビッカース硬さ(以下、「Hv硬さ」という。)で700を上回ることが望ましいので、上記ガス浸炭焼入れを施した前記の四点曲げ試験片を端部から20mm位置で横断し、表面からの深さ0.3mm位置におけるHv硬さ(以下、「0.3mm位置硬さ」ともいう。)を測定した。なお、測定にはマイクロビッカース硬度計を使用し、試験力を4.9Nとして3点測定し、算術平均した。
【0034】
表2に、0.3mm位置硬さの測定結果を示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2中の鋼A〜Cの0.3mm位置硬さを比較すると、母材のC含有量が高くなるにつれて、硬くなることがわかる。すなわち、母材のC含有量が高くなるほど鋼中のC活量が低下するために表面から侵入するCの量が増加し、その結果、0.3mm位置硬さが高くなる。
【0037】
次に、C以外の合金成分の影響を検討するために、同じレベルのC量を含有し、同じレベルの0.3mm位置硬さを有する鋼について、鋼中のCの活量を低下させる作用が著しいCrと、逆にCの活量を上昇させる作用が著しいSiについて整理した。
【0038】
具体的には、母材のC含有量が0.25%で、0.3mm位置硬さがHv硬さで700を超え720以下である鋼、すなわち鋼B、鋼E、鋼M、鋼Nおよび鋼Pについて、そのCr含有量を縦軸に、Si含有量を横軸にとって図3に整理した。なお、図3中の縦軸および横軸の「%」は「質量%」を表す。
【0039】
その結果、図3から、0.3mm位置硬さがHv硬さで700を超え720以下の鋼の場合、ほぼ〔Cr/Si=2〕の勾配上にプロットされることがわかった。
【0040】
つまり、同じC含有量であれば、0.3mm位置硬さは、〔Fn1=Cr−2×Si〕の値で規定できることがわかった。なお、上記のFn1の式におけるCrとSiはそれぞれ、母材に含まれる質量%でのCrとSiの量である。
【0041】
そこで次に、質量%での母材のC含有量が0.25%である鋼、すなわち鋼B、鋼D〜G、鋼J〜Qおよび鋼Uについて、0.3mm位置硬さを縦軸に、上記の〔Cr−2×Si〕の値を横軸にとって図4に整理した。なお、図4において横軸の「%」は「質量%」を表す。
【0042】
その結果、図4から、0.3mm位置硬さと〔Cr−2×Si〕の値はほぼ比例関係にあり、0.3mm位置硬さ、つまり、表面からの深さ0.3mm位置におけるHv硬さが700を上回るためには、〔Fn1=Cr−2×Si〕の値は0.4を上回ればよいことがわかった。
【0043】
低サイクル曲げ疲労強度に関しては、次の検討を実施した。
【0044】
すなわち、前記のガス浸炭焼入れを施した四点曲げ試験片を用いて、その切欠部に常に引張応力がかかるように、応力比0.1、周波数5Hzの条件で一定の曲げ荷重を繰返し負荷し、試験片が破断した時の繰返し回数を調査した。そして、上記曲げ荷重の値を変えた試験を行ってSN曲線を求め、104回で破断する曲げ荷重を低サイクル曲げ疲労強度として評価した。
【0045】
また、ガス浸炭焼入れを施した四点曲げ試験片を端部から20mm位置で横断し、芯部硬さの測定およびミクロ組織観察を行った。芯部硬さの測定にはマイクロビッカース硬度計を使用し、試験力を4.9Nとして3点測定し、算術平均した。
【0046】
上記のようにして測定した芯部硬さと低サイクル曲げ疲労強度を前記表2に併せて示した。
【0047】
また、図5に、前記表1に示した各鋼種について芯部硬さと低サイクル曲げ疲労強度の関係を整理して示す。
【0048】
表2中の鋼A〜Cの比較から、0.3mm位置硬さと同様に、芯部硬さ度も母材のC含有量が高くなるにつれ硬くなり、それに伴って低サイクル曲げ疲労強度も増大することがわかる。
【0049】
また、図5から、「白三角」印と「黒四角」印の3点を除き、概ね低サイクル曲げ疲労強度は芯部硬さと直線関係をとることがわかる。すなわち、低サイクル曲げ疲労強度の向上のためには、芯部の硬さを高くすることが必要である。
【0050】
しかしながら、上述のとおり図5には直線関係から外れる3点が存在するため、前記の芯部硬さを測定した試験片を鏡面研磨した後、ナイタールで腐食して、芯部のミクロ組織を観察した。なお、前記表2に、芯部のミクロ組織観察結果を併せて示す。
【0051】
さらに表層を観察したところ、鋼Uでは粒界にそって析出物が観察された。このため、EPMA(電子線マイクロアナライザ)を使って当該部位を分析した。その結果、析出物にはCおよびCrが濃化していることが確認でき、Cr炭化物であることがわかった。
【0052】
これらのミクロ観察の結果、以下の事項が明らかになった。
【0053】
先ず第1に、図5において「黒四角」印で示すものは鋼Uで、き裂発生と同時に破断したものであり、上述のとおり粒界にCr炭化物が生成していた。
【0054】
すなわち、粒界にCr炭化物が生成すると低サイクル曲げ疲労強度が著しく低下する。したがって、Cr炭化物の生成を抑制する必要がある。
【0055】
なお、Cr炭化物の生成は、鋼中のCr含有量のみに依存するものではなく、Si含有量にも影響を受ける。すなわち、Siは鋼中のCの活量を増大させることにより浸炭時の表面C濃度を低下させる作用を有することから、SiにはCr炭化物の生成を抑制する効果がある。そして、このようなCr炭化物は、前述した〔Cr−2×Si〕の値が2.00の鋼Uで認められ、〔Cr−2×Si〕の値が1.50の鋼Oでは認められなかったことから、〔Fn1=Cr−2×Si〕の値は1.8以下にする必要があることがわかった。
【0056】
第2に、図5中に「白三角」印で示すものは鋼Hと鋼Tで、芯部組織がフェライトとマルテンサイトの二相組織になっていた。すなわち、芯部に軟質なフェライトが生成すると低サイクル曲げ疲労強度が著しく低下する。したがって、芯部のフェライト生成を抑制する必要がある。
【0057】
なお、芯部のフェライトは、浸炭処理中に、オーステナイト単相領域から、フェライトとオーステナイトの二相領域になることで生じる。したがって、フェライトの生成を抑制するためには、鋼のA3点を低くすればよい。
【0058】
なお、本発明の重要な元素であるSiは、A3点を上昇させる元素である。このため、Si含有量が高い場合であっても、A3点が浸炭処理温度以下となるように母材を成分設計する必要がある。
【0059】
そこで、AndrewsがJ.Iron Steel Inst.、203(1965)、p.721で報告しているA3点の式をベースに、Siの影響を定数項に取り込んで、表1の鋼について、〔Fn2=959−203×C0.5+30×Mn〕の値を計算した。なお、上記のFn2の式におけるCとMnはそれぞれ、母材に含まれる質量%でのCとMnの量である。
【0060】
その結果、芯部のフェライトは、前述した〔959−203×C0.5+30×Mn〕の値が856の鋼Hと850の鋼Tで認められ、〔959−203×C0.5+30×Mn〕の値が844の鋼Aでは認められなかったたことから、芯部におけるフェライトの生成を抑制するためには、上記Fn2の値を850未満にすればよいことがわかった。
【0061】
第3に、図5に示すように、低サイクル曲げ疲労強度と芯部硬さが直線関係を示す場合でも、最小自乗直線を境として、概ねその上下の2つの群に分かれることが明らかになった。
【0062】
そこで、低サイクル曲げ疲労強度と芯部硬さが直線関係を示す各鋼種についてさらに詳細に調査したところ、表層の粒界酸化層深さが低サイクル曲げ疲労強度に影響することがわかった。
【0063】
すなわち、図5において、「白丸」印は粒界酸化層深さが20μm以下の鋼であり、一方、「黒丸」印は粒界酸化層深さが20μmを超える鋼である。そして、図5から、粒界酸化層深さが20μm以下の鋼と粒界酸化層深さが20μmを超える鋼とは、最小自乗直線を境として概ねその直線の上下に分かれ、粒界酸化層深さが大きくなると低サイクル曲げ疲労強度は低下する傾向があり、粒界酸化層深さを20μm以下にする方が高い低サイクル曲げ疲労強度を得られることが明らかになった。
【0064】
そこで、次に、新たに16鋼種溶製して、既に述べたのと同様の処理を行って、粒界酸化層深さとSi、CrおよびMnの含有量との関係を種々調査した。
【0065】
その結果、図6および図7のように整理できることがわかった。なお、図6および図7における横軸の「%」は「質量%」を表す。
【0066】
すなわち、質量%でのSiとMnの含有量の和である〔Si+Cr〕の値が0.5〜3.5の範囲では、図6に示すように、その値とともに粒界酸化層深さは浅くなり、粒界酸化層深さをyとすれば、
y=−10×(Si+Mn)+19
の式で表すことができ、また、質量%でのMnの含有量が0.3〜2.2%の範囲では、図7に示すように、その含有量とともに粒界酸化層深さは深くなり、粒界酸化層深さをyとすれば、
y=7×Mn−1
の式で表すことができることがわかった。
【0067】
そこで、上記の結果を線形結合し、〔Fn3=7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕というパラメータで、粒界酸化層深さとの関係を整理すると、Siが0.25%以上の範囲では、図8に示すようになった。
【0068】
なお、図8中の「白丸」印は、粒界酸化層深さが20μm以下のもの、「黒丸」印は粒界酸化層深さが20μmを超えるものを示す。そして、この図8から、Fn3の値を8以下とすることで、粒界酸化層深さを20μm以下にすることができ、低サイクル曲げ疲労強度を向上できることがわかった。
【0069】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記(1)〜(3)に示す動力伝達部品用肌焼鋼にある。
【0070】
(1)質量%で、C:0.15〜0.35%、Si:0.40〜1.10%、Mn:0.50〜1.50%、S:0.01〜0.05%、Cr:1.20〜2.60%、Al:0.010〜0.050%およびN:0.010〜0.025%を含有するとともに、C、Si、MnおよびCrの含有量が、下記の(1)〜(3)式で表されるFn1〜Fn3の値でそれぞれ、0.4<Fn1≦1.8、Fn2<850およびFn3≦8を満たし、残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のP、Cu、NiおよびVがそれぞれ、P:0.05%以下、Cu:0.10%以下、Ni:0.10%以下およびV:0.005%以下であることを特徴とする動力伝達部品用肌焼鋼。
Fn1=Cr−2×Si・・・(1)、
Fn2=959−203×C0.5+30×Mn・・・(2)、
Fn3=7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)・・・(3)。
ここで、(1)〜(3)式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【0071】
(2)Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.40%以下を含有することを特徴とする上記(1)に記載の動力伝達部品用肌焼鋼。
【0072】
(3)Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちの1種または2種を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の動力伝達部品用肌焼鋼。
【0073】
以下、上記 (1)〜(3)の動力伝達部品用肌焼鋼に係る発明を、それぞれ、「本発明(1)」〜「本発明(3)」という。また、総称して「本発明」ということがある。
【発明の効果】
【0074】
本発明の動力伝達部品用肌焼鋼を用いれば、ピッチング強度、スポーリング強度および低サイクル曲げ疲労強度の全てにおいて良好な特性を有する動力伝達部品を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0075】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、化学成分の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0076】
C:0.15〜0.35%
Cは、浸炭深さを増大し、さらに0.3mm位置の硬さと浸炭焼入れ時の芯部硬さを増大してスポーリング強度と低サイクル曲げ疲労強度を向上させるために重要な元素である。しかしながら、Cの含有量が0.15%未満では浸炭深さの増大および低サイクル曲げ疲労強度の向上効果が小さい。一方、その含有量が0.35%を超えると芯部の靱性が低下するため、き裂発生と同時に破断して低サイクル曲げ疲労強度が劣化する。したがって、Cの含有量を0.15〜0.35%とした。C含有量の望ましい範囲は0.20〜0.30%である。
【0077】
なお、Cの含有量は上記の範囲において、前記の(2)式で表されるFn2の値がFn2<850をも満たす必要がある。
【0078】
Si:0.40〜1.10%
Siは、300℃程度での焼戻し軟化抵抗を上昇させるために重要な元素である。Siの含有量が0.40%を下回ると上記の効果が小さく面圧強度(ピッチング強度)が低下する。しかしながら、Siは浸炭時のオーステナイト中のCの活量を上げる元素でもあるため、1.10%を超えて含有すると浸炭性が著しく劣化する。したがって、Siの含有量を0.40〜1.10%とした。Si含有量の望ましい範囲は0.45〜0.90%である。
【0079】
なお、Siの含有量は上記の範囲において、前記の(1)式および(3)式で表されるFn1およびFn3の値がそれぞれ、0.4<Fn1≦1.8およびFn3≦8をも満たす必要がある。
【0080】
Mn:0.50〜1.50%
Mnは、浸炭時のオーステナイト中のCの活量を下げ、浸炭を促進する元素であると同時にMnSを形成し被削性を高める元素である。しかしながら、Mnの含有量が0.50%を下回る場合には前記の効果が小さい。一方、Mnを1.50%を超えて含有すると前記の効果が飽和するばかりでなく、焼準後の硬度が上昇する結果、被削性が著しく劣化する。したがって、Mnの含有量を0.50〜1.50%とした。Mn含有量の望ましい範囲は0.60〜1.20%である。
【0081】
なお、Mnの含有量は上記の範囲において、前記の(2)式および(3)式で表されるFn2およびFn3の値がそれぞれ、Fn2<850およびFn3≦8をも満たす必要がある。
【0082】
S:0.01〜0.05%
Sは、MnとともにMnSを形成するための必須元素である。一定量のMnを含有させた状態で形成されるMnSは被削性を確保するために必要である。この効果を得るためには、Sの含有量は0.01%以上とする必要がある。しかしながら、Sの含有量が過剰になると熱間延性が低下し、特に、その含有量が0.05%を超えると、熱間延性の低下が著しくなる。したがって、Sの含有量を0.01〜0.05%とした。なお、Sの含有量は0.01〜0.03%とすることが好ましい。
【0083】
Cr:1.20〜2.60%
Crは、浸炭時のオーステナイト中のCの活量を下げ、浸炭を促進する元素である。しかしながら、Crの含有量が1.20%を下回る場合には前記の効果が小さい。一方、Crを2.60%を超えて含有すると浸炭時に粒界にCr炭化物を生成しやすくなり、低サイクル曲げ疲労強度を低下させる。したがって、Crの含有量を1.20〜2.60%とした。Cr含有量の望ましい範囲は1.30〜2.30%であり、さらに望ましい範囲は1.50〜2.00%である。
【0084】
なお、Crの含有量は上記の範囲において、前記の(1)式で表されるFn1値が、0.4<Fn1≦1.8をも満たす必要がある。
【0085】
Al:0.010〜0.050%
Alは、鋼中のNと結合しAlNを形成し、浸炭中の結晶粒を微細化することにより、浸炭層の靱性を向上させる作用がある。この効果を得るためには、Alは少なくとも0.010%の含有量が必要である。しかしながら、Alの含有量が0.050%を超えると、硬質のAl23形成による被削性の劣化をきたす。したがって、Alの含有量を0.010〜0.050%とした。なお、Alの含有量は0.010〜0.040%とすることが好ましい。
【0086】
N:0.010〜0.025%
Nは、Alと結合してAlNを形成し、浸炭中の結晶粒を微細化することにより、浸炭層の靱性を向上させる作用がある。この効果を得るためには、Nは少なくとも0.010%の含有量が必要である。しかしながら、0.025%を超えて含有させても、上記の効果が飽和するとともに、溶製の際、内部にいわゆる「巣」ができやすくなる。したがって、Nの含有量を、0.010〜0.025%とした。N含有量の望ましい範囲は0.012〜0.020%である。
【0087】
Fn1の値:0.4を超えて1.8以下
上述のとおり、Siは焼戻し軟化抵抗の上昇のために重要な元素であり、Crは浸炭の促進のために重要な元素である。しかしながら、前記の(1)式で表されるFn1の値が0.4以下の場合には浸炭性の劣化が著しくなるため、0.3mm位置硬さをHv硬さで700以上にすることができず、スポーリング強度が低下する。一方、Fn1の値が1.8を上回ると、粒界のCr炭化物の生成量が増加して低サイクル曲げ疲労強度の低下を招く。したがって、前記の(1)式、つまり〔Fn1=Cr−2×Si〕で表されるFn1の値が、0.4<Fn1≦1.8を満たすこととした。なお、Fn1の値は、0.5≦Fn1≦1.5とすることが望ましく、さらに望ましい範囲は、0.6≦Fn1≦1.2である。
【0088】
Fn2の値:850未満
C、SiおよびMnの含有量は鋼のA3点に影響を与える。A3点が上昇すると浸炭処理時に芯部にフェライト相が生成するため、焼入れ後も芯部がフェライトとマルテンサイトの二相組織となり、低サイクル曲げ疲労強度が劣化する。本発明は、A3点を上昇させるものの焼戻し軟化抵抗を高める効果を有するSiを積極的に活用するので、A3点の制御のためには、CおよびMnの含有量を制御する必要がある。そして、前記の(2)式で表されるFn2の値が850以上の場合には、芯部にフェライトが生成して低サイクル曲げ疲労強度が低下する。このため、前記の(2)式、つまり〔Fn2=959−203×C0.5+30×Mn〕で表されるFn2の値が、Fn2<850を満たすこととした。なお、Fn2の値はFn2≦840とすることが望ましい。
【0089】
Fn3の値:8以下
Mn、SiおよびCrはいずれもガス浸炭時の粒界酸化層深さに影響を与える。前記の(3)式で表されるFn3の値が8を上回ると、Mnの影響により粒界酸化層深さが深くなり、低サイクル曲げ疲労強度が劣化する。したがって、前記の(3)式、つまり〔Fn3=7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕で表されるFn3の値が、Fn3≦8を満たすこととした。なお、Fn3の値はFn3≦5.0とすることが望ましい。
【0090】
本発明においては、不純物中のP、Cu、NiおよびVは、その含有量をそれぞれ、特定の値以下に制限する必要がある。以下、このことについて説明する。
【0091】
P:0.05%以下
本発明においては、Pは不純物としてその含有量を0.05%以下に抑えなくてはならない。すなわち、Pは、熱間延性の低下を招き、特に、その含有量が0.05%を超えると、熱間延性の低下が著しくなる。したがって、本発明においては、不純物中のPの含有量を0.05%以下とした。なお、不純物中のPの含有量は0.03%以下とすることが好ましい。
【0092】
Cu:0.10%以下
本発明においては、Cuは不純物としてその含有量を0.10%以下に抑えなくてはならない。Cuは、浸炭時のオーステナイト中のCの活量を上げ、0.3mm位置硬さの増大を妨げ、スポーリング強度を低下させる。特に、Cuの含有量が0.10%を超えるとその影響が顕著である。したがって、本発明においては、不純物中のCuの含有量を0.10%以下とした。なお、不純物中のCuの含有量は0.05%以下とすることが好ましい。
【0093】
Ni:0.10%以下
本発明においては、NiはCuと同様に不純物としてその含有量を0.10%以下に抑えなくてはならない。Niは、浸炭時のオーステナイト中のCの活量を上げ、0.3mm位置硬さの増大を妨げ、スポーリング強度を低下させる。特に、その含有量が0.10%を超えるとその影響が顕著である。したがって、本発明においては、不純物中のNiの含有量を0.10%以下とした。なお、不純物中のNiの含有量は0.05%以下とすることが好ましい。
【0094】
V:0.005%以下
本発明においては、Vは不純物としてその含有量を0.005%以下に抑えなくてはならない。すなわち、Vは、CやNと結合しVCやVCNを形成し、これらの炭化物や炭窒化物は浸炭処理の昇温過程の初期にはオーステナイト粒を微細化するのに有効であるものの、かえって結晶粒が小さくなりすぎ、結晶粒成長の駆動力が大きくなりすぎて、異常粒成長の要因となる。特に、Vの含有量が0.005%を超えると、異常粒成長が顕著になり、低サイクル曲げ疲労強度が低下する。したがって、本発明においては、不純物中のVの含有量を0.005%以下とした。
【0095】
上記の理由から、本発明(1)に係る動力伝達部品用肌焼鋼は、C:0.15〜0.35%、Si:0.40〜1.10%、Mn:0.50〜1.50%、S:0.01〜0.05%、Cr:1.20〜2.60%、Al:0.010〜0.050%およびN:0.010〜0.025%を含有するとともに、C、Si、MnおよびCrの含有量が、前記の(1)〜(3)式で表されるFn1〜Fn3の値でそれぞれ、0.4<Fn1≦1.8、Fn2<850およびFn3≦8を満たし、残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のP、Cu、NiおよびVがそれぞれ、P:0.05%以下、Cu:0.10%以下、Ni:0.10%以下およびV:0.005%以下であることと規定した。
【0096】
なお、本発明(1)に係る動力伝達部品用肌焼鋼は、そのFeの一部に代えて、必要に応じてさらに、
第1群:Mo:0.40%以下、
第2群:Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちの1種または2種、
の各グループの元素の1種以上を選択的に含有させることができる。
【0097】
すなわち、前記第1群または第2群のいずれかのグループの元素の1種以上を任意元素として含有させてもよい。
【0098】
以下、上記の任意元素に関して説明する。
【0099】
第1群:Mo:0.40%以下
第1群の元素であるMoは、浸炭層の焼入れ性を高め、面圧強度を向上させる作用を有する。この効果を得るためには、Moの含有量は0.05%以上とすることが好ましい。しかしながら、Moの含有量が0.40%を超えると被削の低下が著しくなる。したがって、Moの含有量は、0.40%以下とした。含有する場合のMoの量は、0.05〜0.40%とすることが好ましく、0.05〜0.30%とすれば一層好ましい。
【0100】
第2群:Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちの1種または2種
第2群の元素であるTiおよびNbは、浸炭層の靱性を高める作用を有するので、この効果を得るために上記の元素を含有させてもよい。以下、第2群の元素について詳しく説明する。
【0101】
Ti:0.10%以下
Tiは、鋼中のCおよびNと結合して炭窒化物を形成し、AlNと同様に浸炭時の結晶粒の微細化に効果があり、浸炭層の靱性を向上させる作用がある。こうした効果を得るためには、Tiの含有量は0.005%以上とすることが好ましい。しかしながら、Tiの含有量が0.10%を超えると硬質のTiNを生成し、被削性の低下が著しくなる。したがって、Tiの含有量は、0.10%以下とした。含有する場合のTiの量は、0.005〜0.10%とすることが好ましい。
【0102】
Nb:0.10%以下
NbもTiと同様に、鋼中のCおよびNと結合して炭窒化物を形成し、AlNと同様に浸炭時の結晶粒の微細化に効果があり、浸炭層の靱性を向上させる作用がある。こうした効果を得るためには、Nbの含有量は0.005%以上とすることが好ましい。しかしながら、Nbの含有量が0.10%を超えると粗大な析出物を生成して、逆に異常粒成長が生じやすくなる。したがって、Nbの含有量は、0.10%以下とした。含有する場合のNbの量は、0.005〜0.10%とすることが好ましい。
【0103】
なお、上記のTiおよびNbは、そのうちのいずれか1種のみ、または2種の複合で含有することができる。
【0104】
上記の理由から、本発明(2)に係る動力伝達部品用肌焼鋼は、本発明(1)に係る動力伝達部品用肌焼鋼のFeの一部に代えて、上記第1群の元素であるMoを含有することと規定した。
【0105】
また、本発明(3)に係る動力伝達部品用肌焼鋼は、本発明(1)または本発明(2)に係る動力伝達部品用肌焼鋼のFeの一部に代えて、上記第2群の元素であるTiおよびNbのうちの1種または2種を含有することと規定した。
【0106】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0107】
表3に示す化学組成を有する鋼1〜22を50kg真空溶解炉によって溶解し、インゴットを作製した。
【0108】
なお、表3の中の鋼1〜8は、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼である。一方、鋼9〜22は、化学組成が本発明で規定する条件から外れた比較例の鋼である。この比較例の鋼のうちで鋼9は、JIS G 4053(2003)で規定されたSCM420である。
【0109】
【表3】

【0110】
上記の各インゴットに、1250℃で30分保持の処理を施した後、熱間鍛造を行って直径35mmの丸棒とした。なお、熱間鍛造の仕上げ温度は1000℃を下回らないようにし、熱間鍛造後の冷却は大気中での放冷とした。
【0111】
次いで、上記の直径35mmの丸棒を1250℃に加熱し、60分保持した後、室温まで大気中放冷する熱処理を行うことでミクロ偏析を抑制し、この後さらに、925℃に加熱し、120分保持してから、10〜30℃/minの冷却速度で室温まで冷却し、ミクロ組織をフェライトとパーライトの混合組織にした。
【0112】
上記のようにして得た直径35mmの丸棒の中心部から、図9に示す形状の二円筒転がり疲労試験に用いる小ローラ試験片、図1に示す形状の四点曲げ試験片および図10に示す丸棒試験片を切り出した。なお、図9および図10における試験片の寸法もmm単位でのものである。
【0113】
上記の各試験片は、いずれも、試験面を研削した後、図11に示す熱処理条件でガス浸炭焼入れに供した。なお、図11中の「1.0%C」および「0.8%C」はそれぞれ、カーボンポテンシャルが1.0%および0.8%であることを、また「80℃OQ」は油温80℃の油中に焼入れしたことを表す。
【0114】
上記のようにして作製した小ローラ試験片は、表4に示す条件で二円筒転がり疲労試験を実施し、面圧疲労強度を調査した。
【0115】
【表4】

【0116】
なお、二円筒転がり疲労試験に用いる大ローラ試験片には、JIS G 4053(2003)で規定されたSCM822を機械加工後、ガス浸炭焼入れし、さらに表層を50ミクロン研削したものを使用した。
【0117】
具体的には、素材を直径150mmに熱間鍛造後、1250℃に加熱し、60min保持した後、室温まで大気中放冷する熱処理を行うことでミクロ偏析を抑制した。この後さらに、925℃に加熱し、120min保持した後、10℃/minの冷却速度で室温まで冷却し、組織をフェライトとパーライトの混合組織にした。
【0118】
次いで、上記の処理を施した素材を機械加工し、半径150mmのクラウニングをもつ直径が130mmで幅が20mmの形状のローラに加工した。上記のローラは、全浸炭深さの目標を1.5mmとして、930℃でガス浸炭処理を施した後、油温60℃の油中に焼入れを行った。その後、クラウニング面を50μm研磨して、大ローラ試験片に仕上げた。
【0119】
なお、面圧疲労強度は、前記の表4に示すように、小ローラの回転数を1000rpmとし、大ローラのすべり率が80%となる条件で試験中の荷重が一定となる条件で、二円筒転がり疲労試験を実施した。この際、市販のATF(オートマティックトランスミッション油)を、油温40℃、2リットル/minの条件で接触部に試験片の回転逆方向から吐出した。
【0120】
試験は、面圧を2800MPaとし、疲労剥離が生じるまで、或いは、疲労剥離が生じない場合には2.0×107回に至るまで、二円筒転がり疲労試験を継続した、耐久したものをピッチングもスポーリングも生じず、面圧疲労強度が高いとした。なお、ピッチングとスポーリングとは破面の断面形状から区別した。すなわち、はく離面が表面から深さ方向に斜めになっているものをピッチングとし、はく離面が元の表面とほぼ平行になっているものをスポーリングとした。
【0121】
また、四点曲げ試験片を用いて、切欠部に常に引張応力がかかるように、応力比0.1、繰返し速度5Hzの条件で四点曲げ疲労試験を実施して低サイクル曲げ疲労特性を調査し、S−N線図から104回曲げ疲労強度を求めた。
【0122】
なお、この104回曲げ疲労強度の目標は1000MPa以上とし、104回曲げ疲労強度が目標とする1000MPa以上の場合に、低サイクル曲げ疲労強度に優れるものとした。
【0123】
さらに、丸棒試験片は端部から20mm位置で横断し、0.3mm位置硬さおよび芯部硬さの測定を行った。なお、測定にはマイクロビッカース硬度計を使用し、試験力を4.9Nとして各3点ずつ測定し、算術平均した。
【0124】
また、硬さ測定後の試験面を再研磨後、ナイタールでの腐食時間を変更し、粒界酸化層深さの測定および芯部のミクロ組織の観察を実施した。
【0125】
表5に、上記の各調査結果を示す。
【0126】
【表5】

【0127】
表5から、本発明の条件を満たす試験番号1〜8の場合、ピッチングおよびスポーリングが生じず面圧疲労強度に優れ、さらに低サイクル曲げ疲労強度にも優れることが明らかである。
【0128】
これに対して、本発明で規定する条件から外れた比較例の試験番号9〜22の場合、本発明の目標に達していない。
【0129】
試験番号9の場合、鋼9のFn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を下回るため浸炭性が劣化して0.3mm位置硬さが690と低くなって、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命は1.6×107と短く、2.0×107回に達していない。また、Fn3の値、つまり〔7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕の値が、本発明で規定する範囲を上回って粒界酸化層深さが24μmと深くなったため、低サイクル曲げ疲労強度が劣化して930MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。
【0130】
試験番号10の場合、鋼10のC含有量が本発明で規定する範囲を下回り、Fn2の値、つまり〔959−203×C0.5+30×Mn〕の値が本発明で規定する範囲を超えることから芯部にフェライトが生じ、加えて、Fn3の値、つまり〔7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕の値が、本発明で規定する範囲を上回って、粒界酸化層深さが22μmと深くなったため、低サイクル曲げ疲労強度が劣化し、880MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。さらに、Fn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値も本発明で規定する範囲を下回るため浸炭性が劣化して0.3mm位置硬さが680と低くなって、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命についても1.1×106と短く、2.0×107回に達していない。
【0131】
試験番号11の場合、鋼11のC含有量が本発明で規定する範囲を超えるため、き裂発生と同時に破断し、低サイクル曲げ疲労強度が劣化し、950MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。
【0132】
試験番号12の場合、鋼12のFn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を下回ることから、0.3mm位置硬さが650と低く、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命は9.0×106と短く、2.0×107回に達していない。
【0133】
試験番号13の場合、鋼13のSi含有量が本発明で規定する範囲を下回ることから、ピッチング強度が劣化し、二円筒転がり疲労寿命は9.8×106と短く、2.0×107回に達していない。また、鋼13のFn3の値、つまり〔7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕の値が、本発明で規定する範囲を上回るため、粒界酸化層深さが25μmと深くなった。このため、低サイクル曲げ疲労強度も劣化して、900MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。
【0134】
試験番号14の場合、鋼14のMn含有量が本発明で規定する範囲を下回ることに加え、Fn2の値、つまり〔959−203×C0.5+30×Mn〕の値が本発明で規定する範囲を超えることから、芯部にフェライトが生成し、このため低サイクル曲げ疲労強度が劣化し、900MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。また、鋼14のFn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を下回るため、0.3mm位置硬さが690に低下し、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命についても9.5×106と短く、2.0×107回に達していない。
【0135】
試験番号15の場合、鋼15のFn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を超えることから、粒界にCr炭化物が生成し、き裂発生と同時に破断し、低サイクル曲げ疲労強度が劣化し、980MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。
【0136】
試験番号16の場合、鋼16のFn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を下回ることから、0.3mm位置硬さが673と低くなって、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命は9.0×106と短く、2.0×107回に達していない。また、鋼16のFn3の値、つまり〔7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕の値が、本発明で規定する範囲を超えるため、粒界酸化層深さが30μmと深くなって低サイクル曲げ疲労強度が劣化し、950MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。
【0137】
試験番号17の場合、鋼17のCu含有量が本発明で規定する範囲を超えることに加えて、Fn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を下回るため、浸炭性が劣化し、0.3mm位置硬さが680と低い。この結果、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命は1.1×107と短く、2.0×107回に達していない。
【0138】
試験番号18の場合、鋼18のV含有量が本発明で規定する範囲を上回ることから、浸炭焼入れ時に異常粒成長が生じ、低サイクル曲げ疲労強度が劣化し、950MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。
【0139】
試験番号19の場合、鋼19のFn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を下回ることから、浸炭深さが浅く、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命は6.3×106と短く、2.0×107回に達していない。
【0140】
試験番号20の場合、鋼20のFn2の値、つまり〔959−203×C0.5+30×Mn〕の値が本発明で規定する範囲を超えることから芯部にフェライトが生成し、このため低サイクル曲げ疲労強度が劣化し、890MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。また、鋼20のFn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を下回るため、0.3mm位置硬さが690と低くなって、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命は9.4×106と短く、2.0×107回に達していない。
【0141】
試験番号21の場合、鋼21のFn3の値、つまり〔7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕の値が、本発明で規定する範囲を上回ることから、粒界酸化層が26μmと深くなり、このため低サイクル曲げ疲労強度が劣化し、880MPaと低く、1000MPa以上という目標に達していない。また、鋼21のFn1の値、つまり〔Cr−2×Si〕の値が本発明で規定する範囲を下回るため、0.3mm位置硬さが685と低くなって、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命は9.0×106と短く、2.0×107回に達していない。
【0142】
試験番号22の場合、鋼22のNi含有量が本発明で規定する範囲を超えるため浸炭性が劣化し、0.3mm位置硬さが690と低い。この結果、面圧疲労形態がスポーリングとなり、二円筒転がり疲労寿命は1.0×107と短く、2.0×107回に達していない。
【産業上の利用可能性】
【0143】
本発明の動力伝達部品用肌焼鋼を用いれば、ピッチング強度、スポーリング強度および低サイクル曲げ疲労強度の全てにおいて良好な特性を有する動力伝達部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0144】
【図1】四点曲げ試験片の形状を示す図である。試験片寸法の単位は「mm」である。
【図2】鋼A〜Uの四点曲げ試験片に施したガス浸炭焼入れの条件を示す図である。図中の「0.8%」はカーボンポテンシャルが0.8%であることを、また「60℃OQ」は油温60℃の油中に焼入れしたことを表す。
【図3】母材のC含有量が0.25%で、0.3mm位置硬さがHv硬さで700を超え720以下である鋼B、鋼E、鋼M、鋼Nおよび鋼Pについて、そのCr含有量を縦軸に、Si含有量を横軸にとって整理した図である。図中の縦軸および横軸の「%」は「質量%」を表す。
【図4】母材のC含有量が0.25%である鋼B、鋼D〜G、鋼J〜Qおよび鋼Uについて、0.3mm位置硬さを縦軸に、〔Cr−2Si〕の値を横軸にとって整理した図である。図中の横軸の「%」は「質量%」を表す。
【図5】芯部硬さと低サイクル曲げ疲労強度の関係を整理して示す図である。
【図6】〔Si+Cr〕の値と粒界酸化層深さとの関係を整理して示す図である。図中の横軸の「%」は「質量%」を表す。
【図7】Mnの含有量と粒界酸化層深さとの関係を整理して示す図である。図中の横軸の「%」は「質量%」を表す。
【図8】〔Fn3=7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)〕の値と粒界酸化層深さとの関係を整理して示す図である。
【図9】実施例の二円筒転がり疲労試験に用いた小ローラ試験片の形状を示す図である。試験片寸法の単位は「mm」である。
【図10】実施例で切り出した丸棒試験片の形状を示す図である。試験片寸法の単位は「mm」である。
【図11】実施例で実施したガス浸炭焼入れの条件を示す図である。図中の「1.0%C」および「0.8%C」はそれぞれ、カーボンポテンシャルが「1.0%」および「0.8%」であることを、また「80℃OQ」は油温80℃の油中に焼入れしたことを表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15〜0.35%、Si:0.40〜1.10%、Mn:0.50〜1.50%、S:0.01〜0.05%、Cr:1.20〜2.60%、Al:0.010〜0.050%およびN:0.010〜0.025%を含有するとともに、C、Si、MnおよびCrの含有量が、下記の(1)〜(3)式で表されるFn1〜Fn3の値でそれぞれ、0.4<Fn1≦1.8、Fn2<850およびFn3≦8を満たし、残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のP、Cu、NiおよびVがそれぞれ、P:0.05%以下、Cu:0.10%以下、Ni:0.10%以下およびV:0.005%以下であることを特徴とする動力伝達部品用肌焼鋼。
Fn1=Cr−2×Si・・・(1)
Fn2=959−203×C0.5+30×Mn・・・(2)
Fn3=7×Mn−10×(Si+Cr−1.8)・・・(3)
ここで、(1)〜(3)式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を表す。
【請求項2】
Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.40%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の動力伝達部品用肌焼鋼。
【請求項3】
Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.10%以下およびNb:0.10%以下のうちの1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の動力伝達部品用肌焼鋼。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−127095(P2009−127095A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−304221(P2007−304221)
【出願日】平成19年11月26日(2007.11.26)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)