説明

動物由来角膜の保存方法

【課題】
本発明の課題は、動物由来角膜の保存方法を提供することである。
【解決手段】
動物由来角膜を、静電場雰囲気内に置いて保存することによる。静電場雰囲気は、100V〜5000Vの交流又は直流電圧を電極に印加して形成される。静電場雰囲気での保存温度は、-20〜40℃であり、静電場雰囲気でなければ角膜が凍結しうる-12〜-1℃でも凍結させることなく保存することができる。角膜の保存に有用であり、特に角膜移植領域に利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物由来角膜の新規な保存方法に関する。さらに詳しくは、動物由来角膜を静電場雰囲気内におくことを特徴とする保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
「くろめ」の表面にある透明な膜である角膜は、病気やケガなどで濁ってしまうと視力が低下してしまう。このような状態になると角膜移植が必要となる。濁った角膜をドナーから提供された透明な角膜と取り替える手術が角膜移植手術である。角膜移植手術は拒絶反応が比較的少ないので、成功率は90%以上といわれている。角膜移植は、角膜白斑、水疱性角膜症、円錐角膜に対して行われている。
角膜移植の手術方法は、主に3つの方法があり、角膜の表面の角膜上皮と角膜実質のみを切除して、切り取った部分に相当する角膜を移植する方法(表層角膜移植術)(角膜混濁が浅い部分が存在する場合に行う)、角膜表面の角膜上皮と角膜実質を全て切除し、デスメ膜と角膜内皮細胞は残しておく方法(深層角膜移植術)(この方法では拒絶反応が最も起こりやすい角膜内皮細胞を、自分の細胞のまま残すので、拒絶反応がほとんど起こらないという利点がある)、角膜を角膜上皮、実質、内皮細胞まで全て切除して角膜を移植する最も多く行われる方法(全層角膜移植術)(特に内皮細胞に障害がある場合に他に方法がない。拒絶反応が最も問題になる)等がある。
【0003】
角膜の移植は、ドナー手術と同時進行可能で、最短の冷保存が可能な生体肝移植と異なり、長時間の保存が不可避である。角膜は、ドナーから提供された全眼球を生理食塩水で洗浄された後、抗生物質で洗浄、さらに生理食塩水で洗浄され、強角膜切片の切開部を中心に結膜を約3mmの幅で切除し、その部分の強膜をメスの刃等で穿孔しその部分より強膜を全周に渡り切開する。鑷子で強角膜辺の縁を軽く持ち上げ、内皮細胞に損傷を与えないように先端の丸いブレードなどで虹彩をゆっくり押し下げて眼球より強角膜を離す。単離された強角膜は、角膜鑷子で強膜部分を支持し抗生物質で洗浄後、生理食塩水で洗浄し、強角膜保存液と共に強角膜保専用の滅菌されたスターチェンバーに角膜上皮細胞側を下向きにして置き素早く蓋をして封印する。検査、評価された後に4℃の冷蔵庫内で保存される。この際に保存された強角膜切片が決して凍結、あるいは+8℃以上の状態にならないように調節される。作成された強角膜切片は、滅菌された強角膜切片保存瓶中で、保存液を満たして4℃で保存される。強角膜切片は4℃の保存液中に保存され、角膜の状態が検査された後に冷蔵庫で4℃保存される。保存された強角膜は全層角膜移植の場合、提供者の心停止より168時間以内に移植されなければならない。
【0004】
角膜保存液としては、2.5%コンドロイチン硫酸デキストラン(pH7.2)溶液(商品名オプチゾール)が多くで使用されている。この保存液をつかった角膜の保存は、2〜8℃保存を必須とし、約2週間の保存のみが可能であった。
【0005】
食品等を、静電場雰囲気を利用して過冷却状態において保存するための装置は、開示されている(特許文献1〜4)。しかし、それらはいずれも食品の分野でのみ利用されていたにすぎない。
【0006】
【特許文献1】特開平11-332464号公報
【特許文献2】特開2000-297976号公報
【特許文献3】特開2001-241824号公報
【特許文献4】国際公開WO98/41115号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
動物由来角膜の新規な保存方法の提供が、本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために鋭意検討した結果、本発明者らは、動物由来角膜を静電場雰囲気内におくことで動物由来角膜をより自然な形で保存しうることを見出し、本発明を完成した。
つまり本発明は以下からなる。
1.動物由来角膜を、静電場雰囲気内におくことを特徴とする動物由来角膜の保存方法。
2.静電場雰囲気が、100V〜10000Vの交流又は直流電圧を電極に印加して形成される前項1に記載の保存方法。
3.-20℃〜2℃で静電場雰囲気内におくことを特徴とする前項1又は2に記載の保存方法。
4.保存が、2週間以上可能である前項1〜3の何れか一に記載の保存方法。
【発明の効果】
【0009】
静電場雰囲気内で動物由来角膜を保存する本発明の保存方法により、角膜組織等を損傷することなく長期保存することが可能となる。すなわち、本発明の方法では動物由来角膜を長期間、自然に近い状態で、動物由来角膜が有する活性を不活化若しくは不活性化させることなく、又は死滅化させることなく保存することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明においては、動物由来角膜を静電場雰囲気におき、微振動のエネルギーを与えることで、通常では凍結してしまう温度、例えば-5℃程度であっても、角膜が凍結するのを防ぎ、損傷することなく長期保存することが可能となる。
【0011】
本発明の静電場雰囲気は、例えば閉鎖系又は開放系の容器内を静電場状態にすることにより得られる。静電場雰囲気とするために、種々の手段が公知であるが、例えば容器内の底部に単に電極板を絶縁状態で載置することで達成される。また、通常の家庭用又は業務用の冷蔵庫を簡便に静電場冷蔵庫に変換することができる。例えば絶縁材料(塩ビ板)からなる横板と、この横板の両側にヒンジを介して組立て自在とされた側板と、電場箱の底部を閉塞する底板から形成される。そして、その前面と上面は開放されて冷蔵庫の扉を開いたときに対象物の出入が容易に行い得る。接続線、高電圧発生装置で、高電圧がいずれかの金属棒等に印加され、静電場雰囲気が形成される。
【0012】
本発明の動物由来角膜の保存方法に使用することができる保存装置として、具体的には、静電場雰囲気を形成させるための電極を備えた容器と、該電極に交流又は直流電圧を印加する静電場発生用電源と、上記容器に、動物由来角膜を冷蔵温度に保持できる冷却装置とを備えた装置を例示することができる。
【0013】
更に、冷蔵室内の空気を帯電させるためには、導電性カーテンを設けてもよく、このカーテンは柔軟な布、プラスチック等の表面に導電性塗料を付着せしめたり、カーテン自体を薄いアルミ板等にすることにより形成してもよい。そして、カーテンは、レール等を介して高電圧発生装置に接続される。
【0014】
本発明の静電場雰囲気は、50V〜20000V、好ましくは100V〜10000V、より好ましくは100V〜5000V、さらに好ましくは2000〜4000Vの交流又は直流電圧を電極に印加して形成される。印加する電圧は、角膜の保存状態により適宜選択することができる。特に、保存液中で保存する場合や保存容器の材質により、印加する電圧を選択することができる。電流は交流、直流のいずれであってもよい。
【0015】
本発明の静電場雰囲気内におく保存方法に適用されうる温度は、-20〜2℃、好ましくは-10〜0℃、より好ましくは-8〜-1℃、さらに好ましくは-5〜-1℃である。特に例えば0℃以下であっても、過冷却現象により、動物由来角膜を凍結させることなく保存することができる。ここに過冷却現象とは、液体が凍り始める寸前の温度である氷結点を下回る温度であっても物質が凍らない現象をいう。氷結点を下回る温度の場合でも、本発明の静電場雰囲気下では、物質へ温度を伝えると同時に微振動エネルギーが起こり、水溶液は凍結せず、動物由来角膜の凍結もおこらない。
【0016】
動物由来角膜が保存液中に浸漬状態であるとは、動物由来角膜が金属やプラスチック等の容器内の保存液中に浸っている状態をいい、一般的に公知のあらゆる動物由来角膜の保存液や今後開発される保存液を利用することができる。保存液の代表的なものとして、2.5%コンドロイチン硫酸デキストラン(pH7.2)溶液(商品名オプチゾール)が挙げられる。その他公知の角膜保存液も適宜利用可能である。
【0017】
かくして、本発明の方法は、移植用動物由来角膜の保存等の領域で利用することができる。
【0018】
本発明の保存方法が適用される動物由来角膜は、ヒト及びヒト以外の動物由来の角膜を含むことを意味する。角膜とは、角膜内皮、角膜上皮を個々に意味することもあり、これら全体を意味することもある。さらに、角膜は、切片であってもよい。
【実施例】
【0019】
以下に実施例で本発明を説明するが、これらは本発明の典型的代表例を示すものであって、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
(実施例1)
1)角膜保存条件の検討
ブタの眼球摘出後、眼球から角膜を単離した新鮮ブタ角膜(約3mmの幅で細断)を、オプチゾールGS(商品名)(pH7.2)に浸漬し、−10℃から4℃の間で3000v(0.8mA±0.3mA)での電場条件下又は非電場条件下(1〜4℃の非冷凍条件)で、5週間までの保存を行い、保存角膜について、内皮細胞密度、角膜厚、スペキュラマイクロスコープ、バクテリア感染、タンパク質定量、保存液pH、角膜内皮損傷について、経時的に観察し、角膜保存条件の最適条件を検討した。
その結果、内皮細胞密度については各条件による効果差はなかった。角膜厚については各条件による効果差はなかった。スペキュラマイクロスコープでは、電場条件下のほうが、本来の細胞の形状の維持が顕著であった。バクテリア感染では、非電場条件下で菌のコロニーが観察された。タンパク質定量では、電場条件下のほうが、高値が顕著であった。保存液pHは、非電場条件下で、若干酸性側にシフトした。角膜内皮損傷については、どちらも良く染まった。この結果により、電場条件下での角膜保存がより有効であることが証明され、しかも、保存期間も、3週間以上の長期間の保存が可能であった。
【0021】
2)pH測定
本実験は、保存方法の違いによる保存液のpH変動をモニタリングする。pH変動がおこることは保存角膜の生物学的性状に変異をきたすこととなり好ましくないからである。保存液のpH測定は、角膜を保存後の保存液を室温に戻し、保存された溶液を数回ピペットで撹拌し、約200μlをサンプリングし、pHメータで測定した。測定は、3回繰り返した。結果は、図1に示し、本願発明の条件で−2℃、3000Vの電場条件下(No.1及びNO.2)と通常冷蔵庫保存(4℃、非電場状態:No.3及びNo.4)での追跡をおこなった。測定は、保存4週間での結果である。
【0022】
3)蛋白定量
本実験は、保存方法の違いによる保存液に放出される蛋白質量をモニタリングする。放出される蛋白質量は角膜の正常性を担保するものである。保存液の蛋白質測定は、Bradford法で測定した。角膜を保存後の保存液を室温に戻し、保存された溶液を数回ピペットで撹拌し、サンプリングを3点行い、96plateにてCBB反応させた。標準蛋白質は、r-グロブリンを使用し、BioRad プレートリーダー Model 550を使いOD595測定によって検定した。結果は、図2に示し、本願発明の条件で−2℃、3000Vの電場条件下(No.1及びNO.2)と通常冷蔵庫保存(4℃、非電場状態:No.3及びNo.4)での追跡をおこなった。測定は、保存4週間での結果である。
【0023】
4)角膜内皮損傷試験
本実験は、保存方法の違いによる保存液中に保存された角膜の内皮損傷状態をモニタリングする。モニタリングは、PI (Propidum Iodide)を用いて、角膜内皮損傷を観察しておこなった。PIは、生細胞の細胞膜を透過せず、死細胞の細胞膜構造の変化により、細胞膜を透過する特性がある。死細胞のDNAおよひRNAの二重鎖間にインターカレートすることで赤色蛍光を発する。角膜を保存後の保存液を室温に戻し、保存された角膜をPI2.5mM (final conc. 10μM)の溶液のシャーレーに浸し、実体顕微鏡で観察した。ポジティブコントロールとして3%過酸化水素でダメージを負わせて染色させたものを用いた。結果は、図3に示し、本願発明の条件で−2℃、3000Vの電場条件下(No.1)と通常冷蔵庫保存(4℃、非電場状態:No.3)での追跡をおこなった。測定は、保存4週間での結果である。
【0024】
5)スぺキュラマイクロスコープ
本実験は、保存方法の違いによる保存液中に保存された角膜の状態をモニタリングする。眼球から角膜を細切後、角膜保存液(Optisol)に浸し、4℃での非電場雰囲気内及び−3℃で3000Vの電圧を印加する静電場雰囲気内で3週間保存し、角膜専用保存容器のまま、光学顕微鏡〔Kerato Analyzer(KONAN社製)〕で観察した。図4は、4℃保存、図5は−3℃の静電場雰囲気内保存の場合を示した。
【産業上の利用可能性】
【0025】
以上説明したように、本発明の静電場雰囲気内では、0℃以下であっても動物由来角膜を凍結させることなく保存することができた。つまり、本発明の保存方法を適用することで、従来よりも長期間、動物由来角膜を自然に近い状態で保存することが可能となる。
このことより、本発明の保存方法は、特に角膜移植領域に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】pH測定実験の結果を示す図である。
【図2】蛋白定量実験の結果を示す図である。
【図3】角膜内皮損傷試験の結果を示す図である。
【図4】スぺキュラマイクロスコープ試験の結果を示す図である。
【図5】スぺキュラマイクロスコープ試験の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物由来の角膜を、角膜の中性保存液に浸漬状態下で、静電場雰囲気内におくことを特徴とする動物由来角膜の保存方法。
【請求項2】
静電場雰囲気が、100V〜10000Vの交流又は直流電圧を電極に印加して形成される請求項1に記載の保存方法。
【請求項3】
-20℃〜2℃で静電場雰囲気内におくことを特徴とする請求項1又は2に記載の保存方法。
【請求項4】
保存が、2週間以上可能である請求項1〜3の何れか一に記載の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−37824(P2008−37824A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−216374(P2006−216374)
【出願日】平成18年8月9日(2006.8.9)
【出願人】(503239039)メビックス株式会社 (7)
【Fターム(参考)】