説明

動物細胞のガラス化凍結保存液

【課題】血清を用いない既知の成分からなる凍結保護物質を含有し、かつ良好にガラス化凍結が可能な動物細胞のガラス化凍結保存液を提供する。
【解決手段】本発明の動物細胞のガラス化凍結保存液は、血清を含まず、凍結保護物質としてヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロースからなる群より選択された少なくとも一種の水溶性セルロース系凍結保護物質を含有するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血清を含まない新規な生体細胞のガラス化凍結保存液に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、動物細胞を凍結保存する場合、その凍結培地中に血清の添加を必要とする。また、血清の替りとしてメチルセルロースを添加した凍結保存用培地を用いて凍結する方法も確立されている。
血清の構成成分は、未だ完全に解明されておらず、その上、凍結保存中に動物細胞に何らかの変異を促す因子が存在する可能性もある。また血清やメチルセルロースを細胞凍結時の保護剤として添加した、凍結保存用培地を用いても、それらによって十分に凍結保存ができない動物細胞があることも知られている。
近年、生殖医療の分野では、卵子および胚の凍結保存がIVF治療の基幹技術として重要な役割を果たしている。我が国だけでも年間20万件を超える。IVF治療において近年、開発、実用化されたガラス化保存法がその標準法として普及定着している。一方、生殖医療に用いられる様々な培地、凍結液の安全性についても、そのニーズに基づいた規制が進み始めており、血清など、従来の培養、凍結保存液に不可欠である生体由来物質に対し、組成が明らかで安全な代替物質への移行が望まれている。
【0003】
特開平5−7489(特許文献1)には、血清を含まず、凍結保護剤として2糖類であるトレハロースを含有することを特徴とする動物細胞の凍結保存用血清不含培地を開示しており、また、血清の替りとしてメチルセルロースを添加した凍結保存用培地を用いて凍結する方法が確立されていることも開示している。
また、特表2000−500327(特許文献2)は、ガラス化液にカルボキシメチルセルロースを添加することを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−7489
【特許文献2】特表2000−500327
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特に、本願発明者が鋭意研究したところ、ガラス化凍結保存液に添加する保存細胞膜非透過性凍結保護物質として、ヒドロキシプロピルセルロースが有効かつ添加の容易性が高いことを知見した。
本発明の目的は、血清を用いない既知の成分からなる凍結保護物質を含有し、かつ良好にガラス化凍結が可能なガラス化凍結保存液を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するものは、以下のものである。
(1) 血清を含まず、凍結保護物質としてヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロースからなる群より選択された少なくとも一種の水溶性セルロース系凍結保護物質を含有する動物細胞のガラス化凍結保存液。
(2) 前記ガラス化凍結保存液は、グリセロール、プロピレングリコール、ジメチルスルホサイド、エチレングリコール、ブタンジオールから選択される1種または2種以上の細胞膜透過性凍結保護物質を含有するものである上記(1)に記載の動物細胞のガラス化凍結保存液。
(3) 前記ガラス化凍結保存液は、前記セルロース系凍結保護物質に加えて、スクロース、トレハロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドンから選択される1種または2種以上の細胞膜非透過性凍結保護物質を含有するものである上記(1)または(2)に記載の動物細胞のガラス化凍結保存液。
(4) 前記ガラス化凍結保存液は、前記セルロース系凍結保護物質に加えて、スクロースを含有するものである上記(1)または(2)に記載の動物細胞のガラス化凍結保存液。
(5) 前記ガラス化凍結保存液は、前記セルロース系凍結保護物質に加えて、スクロース、ジメチルスルホサイドおよびエチレングリコールを含有するものである上記(1)または(2)に記載の動物細胞のガラス化凍結保存液。
【発明の効果】
【0007】
本発明のガラス化凍結保存液は、血清を含まず、凍結保護物質としてヒドロキシプロピルセルロースを含有するものであるので、血清を含有しないにもかかわらず血清を含有するガラス化凍結保存液と同等の細胞生存率を持ち、かつヒドロキシプロピルセルロースは、非イオン性の水溶性セルロースエーテルであるため、ガラス化凍結保存液に添加したときの溶解性が極めて良好である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のガラス化凍結保存液について、実施例を用いて説明する。
本発明の動物細胞のガラス化凍結保存液は、血清を含まず、凍結保護物質としてヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロースからなる群より選択された少なくとも一種の水溶性セルロース系凍結保護物質を含有するものである。
本発明のガラス化凍結保存液を用いてガラス化凍結する動物細胞としては、家畜(ウシ、ブタなど)、愛玩動物(ネコ、イヌなど)などのほ乳類の精子、卵子、胚、また、人間の精子、卵子、胚などがあげられる。
本発明で用いる水溶性セルロース系凍結保護物質は、天然物であるセルロースを原料とし、これを苛性ソーダで処理した後、エーテル化剤と反応させることにより得られる非イオン性の水溶性セルロースである。
ヒドロキシプロピルセルロースは、セルロースの水酸基の水素原子の一部をヒドロキシプロピル(ヒドロキシプロポキシ基)で置換したものである。そして、ヒドロキシプロピルセルロースとしては、ヒドロキシプロポキシ基による置換率は、10〜80%であることが好ましく、特に、30〜60%であることが好ましい。
ヒドロキシプロピルメチルセルロースは、セルロースの水酸基の水素原子の一部をメチル(メトキシ基)およびヒドロキシプロピル(ヒドロキシプロポキシ基)で置換したものである。そして、ヒドロキシプロピルメチルセルロースとしては、ヒドロキシプロポキシ基置換率は、7〜12%であり、メトキシ基置換率は、17〜30%であることが好ましい。
ヒドロキシエチルメチルセルロースは、セルロースの水酸基の水素原子の一部をメチル(メトキシ基)およびヒドロキシエチル(ヒドロキシエトキシ基)で置換したものである。また、ヒドロキシエチルメチルセルロースとしては、ヒドロキシエトキシ基置換率は、7〜12%であり、メトキシ基置換率は、17〜30%であることが好ましい。
そして、上述したセルロース系凍結保護物質の分子量は、30000〜200000程度のものが好適であり、特に、80000〜180000が好ましい。また、ヒドロキシプロピルセルロースとしては、特に、30000〜170000が好ましい。
また、ガラス化凍結保存液におけるセルロース系凍結保護物質の添加量は、0.6g/L〜6g/Lであることが好ましい。また、本発明のガラス化凍結保存液は、セルロース系凍結保護物質としては、上述した3種のものより一つのみを選択して添加するもの、任意の2つを選択して添加するもの、さらには、3種すべてを選択して添加するもののいずれかであってもよい。
【0009】
ガラス化凍結保存液は、細胞膜透過性凍結保護物質と細胞膜非透過性凍結保護物質を含有するものであることが好ましい。
そして、本発明のガラス化凍結保存液は、細胞膜非透過性凍結保護物質として、ヒドロキシプロピルセルロースを含有するものである。さらに、本発明のガラス化凍結保存液は、ヒドロキシプロピルセルロースに加えて、スクロース、トレハロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドンから選択される1種または2種以上の細胞膜非透過性凍結保護物質を含有するものであることが好ましい。
特に、細胞膜非透過性凍結保護物質として、ヒドロキシプロピルセルロースに加えて、スクロースを含有するものであることが好ましい。
また、本発明のガラス化凍結保存液に用いる細胞膜透過性凍結保護物質としては、グリセロール、プロピレングリコール、ジメチルスルホサイド、エチレングリコール、ブタンジオールから選択される1種または2種以上のものを用いることが好ましい。
【0010】
特に、本発明のガラス化凍結保存液は、ヒドロキシプロピルセルロースに加えて、スクロース、ジメチルスルホサイドおよびエチレングリコールを含有するものであることが好ましい。
ガラス化凍結保存液におけるスクロースの添加量は、120g/L〜200g/Lであることが好ましい。ガラス化凍結保存液におけるジメチルスルホキシド(濃度99.5%以上)の添加量は、100ml/L〜200ml/Lであることが好ましい。ガラス化凍結保存液におけるエチレングリコールの添加量は、100ml/L〜200ml/Lであることが好ましい。
そして、本発明のガラス化凍結保存液は、ゲンタマイシンのような抗生物質を含有することが好ましい。ガラス化凍結保存液における抗生物質の添加量は、25mg/L〜75mg/Lであることが好ましい。
【実施例】
【0011】
(実施例1)
以下の組成にて、基礎液に各添加物を添加させることにより本発明のガラス化凍結保存液1Lを作製した。
ヒドロキシプロピルセルロース(日本曹達製 製品名HPC-SSL 分子量3万〜5万) 0.6g/L
スクロース(シグマ社) 171.15g/L
ジメチルスルホキシド(99.5:シグマ社) 150ml/L
エチレングリコール(シグマ社) 150ml/L
ゲンタマイシン 50mg/L
(実施例2)
以下の組成にて、基礎液に各添加物を添加させることにより本発明のガラス化凍結保存液1Lを作製した。
ヒドロキシプロピルセルロース(日本曹達製 製品名HPC-SL 分子量8万〜12万) 0.6g/L
スクロース(シグマ社) 171.15g/L
ジメチルスルホキシド(99.5:シグマ社) 150ml/L
エチレングリコール(シグマ社) 150ml/L
ゲンタマイシン 50mg/L
(実施例3)
以下の組成にて、基礎液に各添加物を添加させることにより本発明のガラス化凍結保存液1Lを作製した。
ヒドロキシプロピルセルロース(日本曹達製 製品名HPC-L 分子量10万〜17万) 0.6g/L
スクロース(シグマ社) 171.15g/L
ジメチルスルホキシド(99.5:シグマ社) 150ml/L
エチレングリコール(シグマ社) 150ml/L
ゲンタマイシン 50mg/L
(実施例4)
以下の組成にて、基礎液に各添加物を添加させることにより本発明のガラス化凍結保存液1Lを作製した。
ヒドロキシプロピルメチルセルロース(信越化学社製)0.6g/L
スクロース(シグマ社) 171.15g/L
ジメチルスルホキシド(99.5:シグマ社) 150ml/L
エチレングリコール(シグマ社) 150ml/L
ゲンタマイシン 50mg/L
(実施例5)
以下の組成にて、基礎液に各添加物を添加させることにより本発明のガラス化凍結保存液1Lを作製した。
ヒドロキシエチルメチルセルロース(信越化学社製)0.6g/L
スクロース(シグマ社) 171.15g/L
ジメチルスルホキシド(99.5:シグマ社) 150ml/L
エチレングリコール(シグマ社) 150ml/L
ゲンタマイシン 50mg/L
【0012】
(比較例1)
ヒドロキシプロピルセルロースを添加しない以外、実施例1と同様に行い比較例1のガラス化凍結保存液1Lを作製した。
(比較例2)
ヒドロキシプロピルセルロースの代わりに、血清成分(SSS; serum substitute supplement, Irvine scientific社)をほぼ同量添加した以外、実施例1と同様に行い比較例2のガラス化凍結保存液1Lを作製した。
【0013】
(実験)
ウシ卵子を体外成熟培養後、実施例1ないし5,比較例1および2のガラス化凍結保存液を用いて、卵子をガラス化保存し、それぞれ、解凍後、形態的判定により生存性を評価、比較した。
比較例1の無添加ガラス化保存液での生存率は87%であったが、実施例1ないし5および比較例2のガラス化保存液では、100%生存率が得られた。
以上の結果から、食品、医療分野で安全な添加物として使用されているヒドロキシプロピルセルロースが、卵子ガラス化保存におけるガラス化液の血清由来成分の代替物質として利用できることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血清を含まず、凍結保護物質としてヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロースからなる群より選択された少なくとも一種の水溶性セルロース系凍結保護物質を含有することを特徴とする動物細胞のガラス化凍結保存液。
【請求項2】
前記ガラス化凍結保存液は、グリセロール、プロピレングリコール、ジメチルスルホサイド、エチレングリコール、ブタンジオールから選択される1種または2種以上の細胞膜透過性凍結保護物質を含有するものである請求項1に記載の動物細胞のガラス化凍結保存液。
【請求項3】
前記ガラス化凍結保存液は、前記セルロース系凍結保護物質に加えて、スクロース、トレハロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドンから選択される1種または2種以上の細胞膜非透過性凍結保護物質を含有するものである請求項1または2に記載の動物細胞のガラス化凍結保存液。
【請求項4】
前記ガラス化凍結保存液は、前記セルロース系凍結保護物質に加えて、スクロースを含有するものである請求項1または2に記載の動物細胞のガラス化凍結保存液。
【請求項5】
前記ガラス化凍結保存液は、前記セルロース系凍結保護物質に加えて、スクロース、ジメチルスルホサイドおよびエチレングリコールを含有するものである請求項1または2に記載の動物細胞のガラス化凍結保存液。

【公開番号】特開2011−111406(P2011−111406A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−268123(P2009−268123)
【出願日】平成21年11月25日(2009.11.25)
【出願人】(509273363)株式会社北里バイオファルマ (1)
【Fターム(参考)】