説明

医用画像処理装置、医用画像処理方法、プログラム

【課題】組織分割の処理において分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があることを診断者に通知することが可能な医用画像処理装置等を提供する。
【解決手段】医用画像処理装置1は、対象被験者の灰白質画像を特定し(S31)、灰白質画像の平滑化を行い(S32)、例えば絶対Zスコアを算出するための評価関数に従って、評価値を算出する(S33)。次に、医用画像処理装置1は、評価値と予め定義された閾値とを比較し、分割結果を識別し(S34)、分割結果が正常ではないと識別した場合(S35の「正常ではない」)、分割結果が正常ではない旨を警告するとともに(S38)、分割結果を示す分割結果表示画面を表示する(S39)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MRI(Magnetic Resonance Imaging)によって撮像された脳画像を入力し、画像処理を行うことにより、疾患別の診断支援を行う医用画像処理装置等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、早期AD(Alzheimer’s Disease)診断支援システムであるVSRAD(登録商標)(Voxel-Based Specific Regional Analysis System for Alzheimer’s
Disease)を開発している。VSRAD(登録商標)は、前駆期を含む早期アルツハイマー型認知症に特徴的にみられる海馬傍回付近(=関心領域)の萎縮の程度をMRI画像から読み取るための画像処理・統計解析ソフトウエアである。
【0003】
VSRAD(登録商標)では、関心領域の萎縮の程度を自動解析し、MRI脳画像にZスコアマップを重畳表示する。Zスコアとは、被験者画像と健常者平均画像を統計比較した結果、平均値からどれだけの標準偏差分離れているかを示す値である。Zスコアマップは、サーモグラフィのように、Zスコアの分布をZスコアの値に応じた色によって示し、被験者の脳画像に重ねて表示したものである。診断者は、Zスコアマップによって、萎縮の程度を視覚的に確認することができる。
【0004】
VSRAD(登録商標)では、VBM(Voxel Based
Morphometry)(特許文献1参照)やDARTEL(Diffeomorphic Anatomical
Registration using Exponentiated Lie algebra)(特許文献2参照)といった技術を用いている。
【0005】
VBMは、被験者の頭部を撮像して取得された脳画像を、3次元の画素であるボクセルを単位に画像処理を行う技術である。DARTELは、それまでのVBMに比べて、空間的標準化の処理の精度が優れており、アルツハイマー病の画像統計解析による診断能を向上させる技術として期待されている。ここで、空間的標準化の処理とは、個人の間に存在する脳画像の解剖学的な違いを吸収するために、脳全体の大きさに対する大局的な補正と、部分的な大きさに対する局所的な補正を行うものである。
【0006】
MRI脳画像(特に、T1強調MRI脳画像)では、神経細胞に対応する灰色の灰白質、それより明るい神経線維に対応する白質、黒に近い脳脊髄液の3種類の組織が含まれている。DARTELを用いることによって、被験者のMRI脳画像から組織分割により抽出される白質の異常である病変や萎縮の程度を正確に評価することが可能となる(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−237441号公報
【特許文献2】WO2011/040473号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、組織分割の処理は、様々な理由に起因して、灰白質組織と白質組織とが正確に分割されないことがある(以下、このような場合を「分割エラー」と称する。)。旧来のVBMを用いる場合、Zスコアマップを確認することによって、分割エラーが生じていることを容易に判別することが出来た。例えば、Zスコアマップにおいて、萎縮の程度が進んでいる箇所を赤色とする場合、分割エラーが生じていると、海馬傍回付近以外の領域も含めて、脳全体が赤色になる。つまり、分割エラーに起因してZスコアが異常な値として算出されたことが分かり、ひいては、分割エラーが生じていることを容易に判別することが出来た。
【0009】
一方、DATELを用いる場合、旧来のVBMに比べると、空間的標準化の処理が非常に強力になっている為、分割エラーが生じていても、それらしいZスコアマップが表示されてしまう。つまり、分割エラーが生じていても、海馬傍回付近以外の領域も含めて、脳全体が赤色にならない場合がある。従って、DATELを用いる場合、Zスコアマップを確認しても、分割エラーが生じていることを判別することが難しい。そして、診断者が分割エラーに気付かずに診断を行ってしまうと、重大な誤診を招いてしまうという可能性があった。そこで、組織分割の処理において分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があることを診断者に通知する仕組みが望まれている。
【0010】
本発明は、前述した問題点に鑑みてなされたもので、その目的とすることは、組織分割の処理において分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があることを診断者に通知することが可能な医用画像処理装置等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述した目的を達成するために第1の発明は、被験者の脳画像を入力する入力手段と、前記被験者の脳画像に対して組織分割処理を行い、灰白質組織を分割する分割手段と、健常者の灰白質組織の画像群を保存する記憶手段と、前記分割手段により得られた前記被験者の灰白質組織の画像と前記健常者の灰白質組織の画像群との統計的比較に基づいて診断支援情報を出力する出力手段と、前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値と、前記組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る前記灰白質組織のボクセル毎の統計値とに基づいて、前記分割手段による分割結果が正常か否かを識別する識別手段と、を具備することを特徴とする医用画像処理装置である。第1の発明によって、組織分割の処理において分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があることを診断者に通知することが可能となる。特に、組織分割処理による分割結果を自動的に識別するので、診断者には全く負荷がかからない。
【0012】
第1の発明における前記識別手段は、前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値の絶対Zスコアと、予め定義された閾値とを比較することによって、前記分割手段による分割結果が正常か否かを識別することが望ましい。これによって、組織分割処理による分割結果を精度良く識別することができる。
【0013】
第1の発明は、前記組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る前記灰白質組織のボクセル値又はボクセル毎の統計値を記憶する記憶手段と、前記識別手段によって正常と識別された前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値を前記記憶手段に反映する反映手段と、を更に具備することが望ましい。これによって、評価値(絶対Zスコア)の算出処理の精度が向上し、ひいては、識別処理の精度が向上する。
【0014】
第1の発明は、前記識別手段によって正常ではないと識別された場合、警告情報を出力する警告手段、を更に具備することが望ましい。これによって、診断者は、分割エラーに気付かずに診断を行ってしまうことがない。
【0015】
第1の発明は、前記識別手段によって正常ではないと識別された場合、前記分割手段による分割結果を表示する表示手段、を更に具備することが望ましい。これによって、診断者は、煩わしさを感じることがない。
【0016】
第2の発明は、被験者の脳画像を入力する入力ステップと、前記被験者の脳画像に対して組織分割処理を行い、灰白質組織を分割する分割ステップと、前記分割ステップにより得られた前記被験者の灰白質組織の画像と記憶手段に保存されている健常者の灰白質組織の画像群との統計的比較に基づいて診断支援情報を出力する出力ステップと、前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値と、前記組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る前記灰白質組織のボクセル毎の統計値とに基づいて、前記分割ステップによる分割結果が正常か否かを識別する識別ステップと、を含むことを特徴とする医用画像処理方法である。第2の発明によって、組織分割の処理において分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があることを診断者に通知することが可能となる。特に、組織分割処理による分割結果を自動的に識別するので、診断者には全く負荷がかからない。
【0017】
第3の発明は、コンピュータを、被験者の脳画像を入力する入力手段と、前記被験者の脳画像に対して組織分割処理を行い、灰白質組織を分割する分割手段と、健常者の灰白質組織の画像群を保存する記憶手段と、前記分割手段により得られた前記被験者の灰白質組織の画像と前記健常者の灰白質組織の画像群との統計的比較に基づいて診断支援情報を出力する出力手段と、前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値と、前記組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る前記灰白質組織のボクセル毎の統計値とに基づいて、前記分割手段による分割結果が正常か否かを識別する識別手段と、して機能させるためのプログラムである。第3の発明のプログラムを汎用のコンピュータにインストールすることによって、第1の発明の医用画像処理装置を得ることができるとともに、第2の発明の医用画像処理方法を実行することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、組織分割の処理において分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があることを診断者に通知することが可能な医用画像処理装置等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】医用画像処理装置の概要を示すブロック図
【図2】医用画像処理方法の事前処理を示すフローチャート
【図3】医用画像処理方法の診断支援情報作成処理を示すフローチャート
【図4】組織分割結果の正常例及び分割エラー例
【図5】医用画像処理方法の組織分割結果識別処理を示すフローチャート
【図6】分割結果の態様ごとの評価値の度数分布と閾値を示す図
【図7】分割エラーの識別性能を示すグラフ
【図8】閾値が0.8の場合の感度及び特異度を示す図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下図面に基づいて、本発明の実施形態を詳細に説明する。図1は、医用画像処理装置の概要を示すブロック図である。医用画像処理装置1は、コンピュータに、本発明の実施の形態における医用画像処理方法を実行させるためのプログラムがインストールされることによって構築される。最初に、コンピュータのハードウエア構成について説明する。
【0021】
コンピュータは、制御部、記憶部、表示部、入力部、I/O(Input/Output interface)等を備える。制御部は、CPU(Central
Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等から構成される。CPUは、記憶部、ROM、記録媒体等に格納されるプログラムをRAM上のワークメモリ領域に呼び出して実行し、各装置を駆動制御し、コンピュータが行う後述する処理を実現する。ROMは、不揮発性メモリであり、コンピュータのブートプログラムやBIOS等のプログラム、データ等を恒久的に保持している。RAMは、揮発性メモリであり、記憶部、ROM、記録媒体等からロードしたプログラム、データ等を一時的に保持するとともに、制御部21が各種処理を行う為に使用するワークエリアを備える。
【0022】
記憶部は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)であり、制御部が実行するプログラム、プログラム実行に必要なデータ、OS(Operating System)等が格納される。プログラムに関しては、OSに相当する制御プログラムや、後述する処理をコンピュータに実行させるためのアプリケーションプログラムが格納されている。これらの各プログラムコードは、制御部により必要に応じて読み出されてRAMに移され、CPUに読み出されて各種の手段として実行される。
【0023】
表示部は、液晶パネル等のディスプレイ装置、ディスプレイ装置と連携してコンピュータのビデオ機能を実現するための論理回路等(ビデオアダプタ等)を有する。入力部は、データの入力を行い、例えば、キーボード、マウス等のポインティングデバイス、テンキー等の入力装置を有する。入力部を介して、コンピュータに対して、操作指示、動作指示、データ入力等を行うことができる。尚、表示部及び入力部は、タッチパネルディスプレイのように、一体となっていても良い。
【0024】
I/Oは、コンピュータに周辺機器(例えば、プリンタ、ネットワーク機器等)を接続させるためのポート等である。コンピュータは、I/Oを介して周辺機器とのデータの送受信を行う。また、コンピュータは、ネットワーク機器等を介して、医用画像の撮像装置(例えば、MRI等)や医用画像管理サーバ等とのデータの送受信を行う。
【0025】
次に、図1を参照しながら、医用画像処理装置1の機能について説明する。図1に示すように、医用画像処理装置1は、ユーザインタフェース部10、処理部20、及びデータベース部30を備えている。
【0026】
ユーザインタフェース部10は、入力画像としてMRI画像を入力する画像入力機能11と、処理部20によって処理された結果を表示する結果出力機能12とを有する。
【0027】
処理部20は、ユーザインタフェース部10から入力されたMRI画像を処理する画像処理機能21と、各種統計演算処理等を行う統計処理機能22と、画像処理機能21による結果が正常か否かを識別する識別処理機能23とを有する。
【0028】
データベース部30には、処理部20による後述する処理に使用する白質脳画像テンプレート31、白質脳画像テンプレート32、健常者画像データベース33、疾患特異的ROI34、及び組織分割正常画像データベース35等が保存されている。
【0029】
本実施形態における医用画像処理装置1は、(1)被験者のMRI脳画像を基に診断支援情報の出力等を行う診断支援情報出力処理、及び、(2)診断支援情報出力処理に含まれる画像処理の結果が正常か否かを識別し、画像処理の結果が正常ではない場合には警告情報の出力等を行う画像処理結果識別処理を行うことによって、診断者による診断を支援する。
【0030】
以下では、診断支援情報出力処理の1例として、WO2011/040473号公報(特許文献2)に記載の第1実施形態を説明する。本実施の形態ではフローチャートのみを図に示し、処理の流れを説明する。
【0031】
図2は、医用画像処理方法の事前処理を示すフローチャートである。図2の事前処理では、図3の診断支援情報作成処理におけるステップ13の空間的標準化において使用するテンプレートを作成する。
【0032】
図2に示すように、医用画像処理装置1は、出来るだけ多くの健常者に係るT1強調MRI脳画像(図2では被験者画像)を入力する。
【0033】
各被験者から取得したMRI脳画像については、前処理を行っておく。具体的には、被験者の脳全体を含むように所定の厚さのスライス状に撮像した、例えば100〜200枚のT1強調MRI画像を入力とする。また、各スライス画像におけるボクセルの各辺の長さを予め等しくなるようにスライス画像のリサンプリングを行っておく。ここで、ボクセルは、「厚さ」を持つ画像の座標単位であり、2次元画像におけるピクセルに相当する。
【0034】
このような前処理を行ったMRI脳画像を入力した後、そのスライス画像の撮像方向や解像度が、予めシステムに設定されている条件に適合しているか否かをチェックする。
【0035】
以上のように、MRI脳画像が設定条件に適合して入力されていることが確認された場合には、医用画像処理装置1は、空間的位置合わせ処理を行う(ステップ11)。
【0036】
これは、入力された脳画像を、標準的な脳画像と比較する際の精度を上げるために、アフィン変換によって空間的位置と角度の補正を行っていることに相当する。
【0037】
以上の空間的位置合わせが終了した後、医用画像処理装置1は、組織分割処理を行い(ステップ12)、白質組織と灰白質組織とを各々抽出し、白質画像と灰白質画像を作成する。尚、本発明の実施の形態では、組織分割処理が白質組織と灰白質組織を分割するものとして説明するが、灰白質組織を正しく分割できれば、組織分割処理により得られた被験者の灰白質組織の画像と健常者の灰白質組織の画像群との統計的比較に基づいて診断支援情報を出力することが可能である。従って、組織分割処理は、少なくとも灰白質組織を分割するものであれば十分である。
【0038】
入力されたT1強調MRI脳画像には、神経線維に対応する高い信号値を呈する白質、神経細胞に対応する中間の信号値を呈する灰白質、低い信号値を呈する脳脊髄液の3種類の組織が含まれている。そこで、医用画像処理装置1は、信号値の差に着目して白質組織と灰白質組織とを各々抽出する処理を行う。この処理については、特開2005−237441号公報(特許文献1)に説明されている。本実施の形態では、特許文献1において行っている手法よりも抽出精度が高い統合型組織分割処理を行う。統合型組織分割処理は、標準化、組織分割、信号不均一の補正を1つのモデルに組み込んだ組織分割手法である。詳しくは、「J.Ashburner and K. J. Friston. Unified segmentation. Neuro Image.
2005; 26: 839-851.」に記載されている。統合型組織分割処理では、白質画像および灰白質画像の他に、MRI画像の座標と標準脳の座標の対応関係を示す変換場が作成されるという特徴がある。変換場は後述する標準化において使用する。
【0039】
このように、医用画像処理装置1は、予め多くの健常者のMRI脳画像から組織分割により、白質、灰白質が3次元的に抽出された白質画像、灰白質画像をそれぞれ多数のサンプルとして取得する。
【0040】
以上のように、医用画像処理装置1は、多数の健常者のMRI脳画像をそれぞれ組織分割して白質が抽出された白質画像をサンプルとして作成し、作成された全てのサンプル間における空間的標準化により白質テンプレートを作成する(ステップ13)。同様に、医用画像処理装置1は、多数の健常者のMRI脳画像をそれぞれ組織分割して灰白質が抽出された灰白質画像をサンプルとして作成し、全てのサンプル間における空間的標準化により灰白質テンプレートを作成する。
【0041】
ここで実行される空間的標準化には、ダーテル(DARTEL)・アルゴリズムが適用される。前述した通り、DARTELは、従来のVBMと比較して空間的標準化精度に優れており、アルツハイマー病の画像統計解析による診断能を向上させる技術として期待されている。また、DARTELの空間的標準化は従来の手法よりも精密に行われるため、灰白質だけではなく、白質をも評価対象とすることができる。
【0042】
ステップ13のテンプレート作成処理では、医用画像処理装置1は、白質と灰白質それぞれについて、年齢や性別などの被験者の属性に応じた層別のテンプレートを作成し、データベース部30に白質脳画像テンプレート31、灰白質脳画像テンプレート32として保存する。
【0043】
以上のようにして作成された白質と灰白質のテンプレートが、年齢別、性別毎に用意されていることを前提として、医用画像処理装置1は、図3に示す診断支援情報作成処理を行う。尚、以下では、白質と灰白質のテンプレートのことをダーテルテンプレートと呼ぶことにする。
【0044】
図3は、医用画像処理方法の診断支援情報作成処理を示すフローチャートである。図3に示すように、診断支援情報作成処理では、診断対象の被験者に係るT1強調MRI脳画像を入力データとする。
【0045】
図2の事前処理と同様、医用画像処理装置1は、被験者画像を入力し、各スライス画像におけるボクセルの各辺の長さを予め等しくなるようにスライス画像のリサンプリングを行う。そして、医用画像処理装置1は、空間的位置合わせの処理を、事前処理におけるステップ11の場合と同様に行う(ステップ21)。
【0046】
以上の空間的位置合わせが終了した後、医用画像処理装置1は、組織分割処理を行う(ステップ22)。この組織分割処理は、事前処理におけるステップ12の場合と同様である。医用画像処理装置1は、白質と灰白質を抽出し、被験者の白質画像と灰白質画像をそれぞれ作成する。
【0047】
以上のように作成された被験者の白質画像と灰白質画像に対して、医用画像処理装置1は、空間的標準化の処理を行う(ステップ23)。ここで行う空間的標準化には、事前処理におけるステップ13の場合と同様に、ダーテル・アルゴリズムが適用される。
【0048】
この空間的標準化の処理は、個人の間に存在する脳画像の解剖学的な違いを吸収するために、脳全体の大きさに対する大局的な補正と、部分的な大きさに対する局所的な補正を行うものである。以下、便宜上、灰白質を中心に説明するが、白質の場合も実質的に同一の処理を行う。
【0049】
ステップ23のダーテルでの空間的標準化の処理は、次の3つのステップの処理によって構成されている。
(ステップ23−1)初期位置決定処理
(ステップ23−2)ダーテルテンプレートへの変換処理
(ステップ23−3)標準脳テンプレートへの変換処理
【0050】
ステップ23−1の初期位置決定処理では、医用画像処理装置1は、前述した統合型組織分割処理によって得られる標準脳への変換場を使用して、灰白質画像、白質画像に対して、初期位置を決める処理を行う。この処理では、剛体変換を行うので、画像の形状は変わらないのが特徴である。
【0051】
ステップ23−2のダーテルテンプレートへの変換処理では、医用画像処理装置1は、ステップ23−1が実行された画像に対して、ダーテル・アルゴリズムを用いて、ダーテルテンプレートに形状を合わせ込む。
【0052】
ステップ23−2の標準脳テンプレートへの変換処理では、医用画像処理装置1は、ステップ23−2においてダーテルテンプレートに合わせ込まれた画像を、標準脳テンプレートに合わせ込む処理を行う。ダーテルテンプレートから標準脳テンプレートへの変換場を予め求めておき、その変換場を用いて標準脳座標系への変換を行う。
【0053】
ステップ23−2とステップ23−3の処理では、各ボクセルの信号値の合計を保持したまま標準化を行うことによって、体積の情報が保持される為、標準化後に体積を計測することが可能となる。
【0054】
ステップ23−1では線形変換、ステップ23−2及びステップ23−3では線形変換と非線形変換が行われる。ステップ23−2を例として説明すると、医用画像処理装置1は、線形変換と非線形変換を用いて、データベース部30から読み出したステップ12において作成された平均的な灰白質脳画像テンプレート32との誤差の平方和が最小になるように画像処理を行う。この空間的標準化処理では、初めに線形変換による位置や大きさ、角度の大局的な補正を行い、次に非線形変換によって局所的な凹凸等の形状の補正を行う。
【0055】
ここで行われる線形変換は、ステップ11の位置合わせと同様のアフィン変換である。また、非線形変換は、x方向、y方向それぞれについて局所的な変位を表す変形場を推定し、この変形場によって元画像の変換を行うものである。
【0056】
ステップ23−2の処理は、ステップ13において作成されたダーテルテンプレートを雛型として、処理対象画像を合わせ込む処理である。使用するテンプレートは、ダーテル・アルゴリズムを適用して高精度に作成されていることから、その形状がシャープである。
【0057】
そのため、空間的標準化によって個々の処理対象が、個体差のない近い形に合わせ込まれるようになることから、個体間での形状は同一に近くなるが、萎縮などは局所的な密度に反映されるようになるため、空間的標準化の精度を向上できることになる。
【0058】
以上のように空間的標準化を施した白質画像と灰白質画像(以下、「標準化脳画像」とも言う。)に対して、医用画像処理装置1は、画像平滑化の処理を行う(ステップ24)。
【0059】
これは、標準化脳画像のS/N比を向上させると共に、後に比較を行う際に標準として使用する健常者の画像群と画像のsmoothnessを等しくするための処理であり、3次元ガウシアンカーネルを使用して行う。この平滑化に使用するフィルタのFWHM(半値幅)は8mm程度とする。
【0060】
具体的には、特許文献1に説明されているように、医用画像処理装置1は、3次元的脳画像と、3次元ガウシアン関数の3次元的な畳み込み(コンボリュージョン)を行う。これは、x、y、z各方向における1次元の畳み込みを逐次的に行うことに相当する。このように平滑化を行うことにより、空間的標準化処理において完全に一致しない個体差を低減させることができる。
【0061】
ステップ23の処理では、脳の体積の情報が保存されている。そのため、次の濃度値補正を実行する前に、白質及び灰白質の処理結果画像について、全体又は後述する関心領域(ROI:Regions Of Interest)の積分値を体積として計測し、診断支援情報として活用しても良い。
【0062】
以上のように画像平滑化を行った標準化脳画像に対して、後に比較を行う際に標準として使用する健常者の画像群におけるボクセル値の分布に合わせるために、脳全体のボクセル値を補正する濃度値補正を行う。
【0063】
その後、医用画像処理装置1は、健常者群との統計的比較を行う(ステップ25)。ここでは、以上のステップ21〜24の各処理を通して標準化を行った被験者の灰白質(白質)のMRI脳画像と、予め収集してデータベース部30に健常者画像データベース33として保存してある健常者の灰白質(白質)のMRI脳画像群との比較検定を行う。使用する健常者画像群は、被験者の年齢に近いものによって構成されていることが望ましい。
【0064】
具体的には、医用画像処理装置1は、健常者画像群とボクセル単位で1:N(Nは健常者画像の総数)の比較検定を行い、統計的に有意な差が見られる(異常と推定される)ボクセルを検出する。
【0065】
まず、全てのボクセルについて、それぞれ次式で表されるZスコアを算出する。
Z=(μ―x)/σ・・・(1)
ここで、Z:Zスコア、μ:健常者画像群の対応するボクセル値の平均、x:被験者画像のボクセル値、σ:健常者画像群の対応するボクセル値の標準偏差、である。
【0066】
このように、Zスコアは、被験者画像のボクセル値と、健常者画像群の対応するボクセルのボクセル値平均との差を、標準偏差によってスケーリングした値であり、これは灰白質(白質)容積の相対的低下の度合を示すものである。
【0067】
次に、適当な臨界値Z’を定め、Zスコアが、
Z’<Z・・・(2)
となるようなボクセルを求め、統計的に有意な差が見られるボクセルとする。臨界値には、約95%以上の確率で異常と推定できるZ’=2を用いる。また、健常者よりも容積が低下している部位全てを含む臨界値の指定法として、次式も用いる。
0<Z・・・(3)
【0068】
なお、ステップ25において使用した健常者画像データベース33は、予め別途収集した健常者の画像群のそれぞれに対して、ステップ21〜24の空間的位置合わせ→灰白質(白質)の組織分割処理→空間的標準化→画像平滑化等の各処理を順次行って同様に作成し、保存してあるものである。
【0069】
また、この医用画像処理装置1においては、収集したこれらの健常者画像を、例えば5歳毎又は10歳毎というように年代別に分類し、それぞれの群について算出した平均値と標準偏差を記憶部に保存しておくことにより、Zスコアによる検定を行うことができる。
【0070】
なお、このようにZスコアを使用する場合には、ボクセル毎に平均値と標準偏差のデータだけを持っていれば良いので、データ作成後は画像データ自体を保存しておく必要がないという利点もある。
【0071】
以上のように、被験者の標準化脳画像に対して統計的比較を行った後、医用画像処理装置1は、ROI分析を行う(ステップ26)。
【0072】
これは、脳画像を用いて異常の有無を判別する場合に、画像上に所定の大きさの関心領域(ROI)を設定する方法であり、脳画像上において、特定の疾患に関係するとして注目されている特定部位に所定の大きさのROIを設定して比較を行うものである。
【0073】
この解析方法は、特許文献1に説明されているように、統計処理により健常者と有意な差が見られた座標位置のボクセルとそのZスコアについて、疾患に対応するROI(疾患特異的ROI34)を適用することにより、罹患している度合を求めるものである。その特徴は次の2点である。
【0074】
(特徴1)アルツハイマー病の疾患毎に対応する標準化された画像データとしてのROI(疾患特異的ROI34)を用意しておき、被験者の症状から考えられる疾患について、被験者の脳画像データにそれぞれのROIを適用(設定)し、このROIにおけるZスコアに基づいて最も優位性の高いものを診断結果とする。
【0075】
(特徴2)ROIの部分のみのZスコアによって疾患を判断するだけでなく、ROIを適用しない場合の脳全体のZスコアマップと、ROIを適用した部分のみのZスコアマップとの比較を行う。この目的は、脳全体の萎縮に対する注目部位の萎縮の度合を見ることにある。
【0076】
ここでは、疾患A〜Cの疾患別の特異的ROIが用意されている場合を例として、被験者がある疾患Aを罹患しているか否かを判別する方法を説明する。
【0077】
ステップ25の統計的比較によって得られた被験者のZスコアマップに対して、疾患Aに対応するROIを用いて、(2)式及び(3)式を使って、以下の5つのパラメータを算出する。
=ROI部分において式(3)を満たすボクセルのZスコアの合計/ROI部分において式(3)を満たすボクセルの数
=脳全体において式(2)を満たすボクセルの数/脳全体のボクセル数
=ROI部分において式(2)を満たすボクセルの数/ROI部分のボクセル数
=P/P
=ROI部分における全てのボクセルの中で最大のZスコア
【0078】
〜Pの5つのパラメータについて、予め疾患Aを有する患者群における特性を求めておき、被験者のパラメータの値がそれに合致する場合に、被験者は疾患Aであると判別する。
【0079】
このような判別結果は、診断支援情報として出力される。また、Zスコアや各パラメータの値も、診断支援情報として出力される。また、サーモグラフィのように、Zスコアの分布をZスコアの値に応じた色によって示し、被験者の脳画像に重ねて表示するZスコアマップも、診断支援情報として出力される。診断支援情報は、例えば、医用画像処理装置1の表示部に表示される。
【0080】
本実施形態における医用画像処理装置1は、診断支援情報を出力する前に、画像処理結果識別処理(ステップ27)を実行する。画像処理結果識別処理については、図5を参照しながら後述する。
【0081】
以上の通り、医用画像処理装置1は、診断支援情報出力処理を行う。ところで、組織分割の処理は、様々な理由に起因して、灰白質組織と白質組織とが正確に分割されない分割エラーが生じることがある。DARTELを適用した医用画像処理装置1の処理結果では、ほとんどの場合、診断者が目視によってZスコアマップを確認しても、分割エラーの発生の有無を判別することができない。
【0082】
図4は、組織分割結果の正常例及び分割エラー例である。ID1〜ID7は、axial(横断面)スライスの画像であり、いずれも灰白質の部位を白色として示し、それ以外の部位を黒色として示している。ID1が正常例、ID2〜ID7が分割エラー例である。分割エラーの原因は、撮像時に被験者が動いてしまったり、撮像位置がずれていたり、撮像条件が誤っていたりする等、様々である。
【0083】
分割エラーが生じやすい画像としては、以下のような画像が挙げられる。
・灰白質と白質のコントラストが不十分な画像
・SN比(信号対雑音比)が好ましくない画像(ノイズが目立つ画像)
・信号ムラがある画像
・アーチファクト(磁化率、体動、折り返しなどに起因する)がある画像
・撮像範囲が広すぎる画像
・白質梗塞など組織の変性が広い領域で起きている画像
【0084】
ID1の画像は、灰白質と白質の分割が正常に行われており、灰白質が正しく抽出されている。
【0085】
ID2の画像は、白質が多く含まれている。これは、ID1の画像と比較して観察すると理解できる。ID2の画像では、組織分割処理において、本来は白質として抽出されるべき部分が、灰白質として抽出されてしまったものである。
【0086】
ID3の画像は、脳脊髄液が多く含まれている。これは、ID1の画像と比較して観察すると理解できる。ID3の画像では、組織分割処理において、本来は脳脊髄液として抽出されるべき部分が、灰白質として抽出されてしまったものである。
【0087】
ID4の画像は、灰白質がほとんど出ていない。これは、ID1の画像と比較して観察すると理解できる。ID4の画像では、組織分割処理において、本来は灰白質として抽出されるべき部分が、白質や脳脊髄液として抽出されてしまったものである。
【0088】
ID5の画像は、全体の形状・位置の乖離が大きい。これは、ID1の画像と比較して観察すると理解できる。ID5の画像では、撮像位置が正しくなかったものと思われる。
【0089】
ID6の画像は、ノイズ、ぼやけなどがひどい。これは、ID1の画像と比較して観察すると理解できる。ID6の画像では、撮像条件が正しくなかったものと思われる。
【0090】
ID7の画像は、広範囲で欠けがある。これは、ID1の画像と比較して観察すると理解できる。ID7の画像では、撮影範囲が正しくなかったか、又は一部の撮像データに欠損があったものと思われる。
【0091】
本実施形態における医用画像処理装置1では、図5に示す画像処理結果識別処理によって、図4に示すような分割結果に対して、正常か否かを自動的に識別し、分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があれば、その旨を診断者に通知する仕組みを提供する。
【0092】
図5は、医用画像処理方法の組織分割結果識別処理を示すフローチャートである。組織分割結果識別処理は、診断支援情報を出力する前に実行される(図3のステップ27参照)。
【0093】
図5に示すように、医用画像処理装置1は、診断支援情報作成処理の対象となった被験者(以下、「対象被験者」とも言う。)の灰白質画像を特定する(ステップ31)。
【0094】
ステップ31において特定される灰白質画像は、例えば、MNI(Montreal
Neurological Institute)座標系の原点を通るaxial(横断面)スライスの画像である。この画像は、海馬傍回付近(本実施形態における関心領域)を横断する。但し、ステップ31において特定される灰白質画像は、この例に限定されるわけではなく、他のスライスの画像であっても良い。また、ステップ31において特定される灰白質画像は、1枚に限らず、複数枚であっても良い。
【0095】
次に、医用画像処理装置1は、ステップ31において特定された対象被験者の灰白質画像の平滑化を行う(ステップ32)。ここでの平滑化は、図3のステップ24における画像平滑化の処理と同様である。
【0096】
ステップ32における平滑化は、例えば、3次元ガウシアンカーネルを使用して行う。この平滑化に使用するフィルタのFWHM(半値幅)は8mm程度とする。
【0097】
ステップ32における平滑化は、灰白質の微細構造を一定程度除去するためと、組織分割正常画像データベース35に登録されている画像群と画像のsmoothnessを等しくするための処理である。組織分割正常画像データベース35には、図3のステップ22における組織分割処理が正常に実行された灰白質画像(以下、「組織分割正常画像」とも言う。)が登録されている。医用画像処理装置1は、組織分割正常画像に対して、ステップ32において対象被験者の灰白質画像に行った平滑化と同様の平滑化を行った後、組織分割正常画像データベース35に登録する。
【0098】
次に、医用画像処理装置1は、ステップ32において平滑化された画像に対して、予め定義された評価関数に従って、評価値を算出する(ステップ33)。評価関数は、以下に示す例が挙げられる。
【0099】
【数1】

【0100】
【数2】

【0101】
【数3】

【0102】
【数4】

【0103】
【数5】

【0104】
【数6】

【0105】
但し、x軸及びy軸は、axial(横断面)を構成する軸である。z軸は、被験者の体軸、すなわちaxial(横断面)と直交する軸である。
【0106】
input(x,y)は、z軸の位置を固定し、対象被験者の灰白質画像におけるボクセル(x,y)のボクセル値である。input(x,y,z)は、対象被験者の灰白質画像におけるボクセル(x,y,z)のボクセル値である。
【0107】
mean(x,y)は、z軸の位置を固定し、組織分割正常画像データベース35に登録されている画像群のボクセル(x,y)毎の平均値である。mean(x,y,z)は、組織分割正常画像データベース35に登録されている画像群のボクセル(x,y,z)毎の平均値である。
【0108】
SD(x,y)は、z軸の位置を固定し、組織分割正常画像データベース35に登録されている画像群のボクセル(x,y)毎の標準偏差である。mean(x,y,z)は、組織分割正常画像データベース35に登録されている画像群のボクセル(x,y,z)毎の標準偏差である。
【0109】
Xは、x軸方向のボクセル数である。Yは、y軸方向のボクセル数である。Zは、z軸方向のボクセル数である。
【0110】
式(4)〜式(9)に示す評価関数は、いずれも、式(1)に示すZスコアの数式に基づくものであり、かつ、値域が0以上である。そこで、式(4)〜式(9)に示す評価関数、及び、式(4)〜式(9)において分母=1とした評価関数によって算出される評価値を、「絶対Zスコア」と総称する。尚、評価値は、絶対Zスコアに限定されず、例えば、前述したP〜Pに基づく様々な変形例も考えられる。
【0111】
式(4)、(6)及び(8)に基づく評価関数を用いる場合、医用画像処理装置1は、ステップ31において、対象被験者の灰白質画像を1スライス特定する。一方、式(5)、(7)及び(9)に基づく評価関数を用いる場合、医用画像処理装置1は、ステップ31において、Z(z軸方向のボクセル数)の値と一致する枚数を、対象被験者の灰白質画像として特定する。尚、対象被験者の灰白質画像を1枚だけ利用する場合であっても、図6〜図8を参照しながら後述するように、分割結果を高精度に識別することが可能である。
【0112】
このように、本実施形態では、組織分割正常画像そのものを利用するのではない。そこで、組織分割正常画像データベース35には、各組織分割正常画像のボクセル値を記憶することに代えて、組織分割正常画像群のボクセル毎の統計値(例えば、mean(x,y)、mean(x,y,z)、SD(x,y)、SD(x,y,z)等)を記憶するようにしても良い。後者の場合、組織分割正常画像そのものは記憶されないので、各被験者の医療情報を確実に保護することができる。
【0113】
次に、医用画像処理装置1は、ステップ33において算出された評価値と、予め定義された閾値とを比較し、分割結果を識別する(ステップ34)。閾値の定義法は、図6〜図8を参照しながら後述する。
【0114】
医用画像処理装置1は、分割結果が正常と識別した場合(ステップ35の「正常」)、ユーザによってこの識別結果が正しいと確認され、入力部を介して登録する旨の指示がなされたら(ステップ36の「はい」)、対象被験者の灰白質画像(但し、ステップ32において平滑化された後の画像)のボクセル値を、組織分割正常画像データベース35に登録する(ステップ37)。つまり、医用画像処理装置1は、ステップ34において正常と識別された被験者の脳画像に係る灰白質組織のボクセル値を組織分割正常画像データベース35に反映する。一方、ユーザによってこの識別結果が正しくないと確認され、入力部を介して登録しない旨の指示がなされたら(ステップ36の「いいえ」)、医用画像処理装置1は、処理を終了する。
【0115】
尚、組織分割正常画像データベース35に、組織分割正常画像群のボクセル毎の統計値を記憶するように構成する場合、医用画像処理装置1は、対象被験者の灰白質組織のボクセル値を登録することに代えて、次のような処理を行う。すなわち、医用画像処理装置1は、既に記憶されている組織分割正常画像群のボクセル毎の統計値に対して、対象被験者の灰白質画像のボクセル値を反映させる。そして、医用画像処理装置1は、対象被験者の灰白質画像のボクセル値が反映された統計値を、組織分割正常画像データベース35に登録する。
【0116】
何れの場合(対象被験者の灰白質組織のボクセル値を登録する場合、及び対象被験者の灰白質画像のボクセル値が反映された統計値を登録する場合)であっても、評価値の算出処理に用いられる組織分割正常画像のボクセル毎の統計値は、より多くの画像群に基づいて自動的に更新されることになる。従って、評価値の算出処理の精度が向上し、ひいては、識別処理の精度が向上する。
【0117】
一方、医用画像処理装置1は、分割結果が正常ではないと識別した場合(ステップ35の「正常ではない」)、分割結果が正常ではない旨を警告する(ステップ38)。警告手段としては、例えば、分割結果が正常ではない旨のメッセージを表示部に表示したり、音によって出力したりすることが考えられる。分割結果が正常ではない旨のメッセージの1例としては、「Check segment results!」(分割結果を確認して下さい!)や、「Probable
sgment error!」(分割エラーの可能性有り!)等が挙げられる。これらのメッセージを表示する画面は、Zスコアマップを含む処理結果表示画面や、診断支援情報のレポート出力画面等が挙げられる。
【0118】
そして、医用画像処理装置1は、分割結果を示す分割結果表示画面を表示する(ステップ39)。ここで、分割結果表示画面には、図4に示すような灰白質画像に加えて、分割前画像、白質画像、脳脊髄液画像などが表示される。
【0119】
診断支援情報作成処理の全体を通して考えると、分割結果は、診断支援情報を作成するための中間結果に過ぎない。従って、診断者は、何も問題がなければ、分割結果を確認する手順を省略したい。そこで、医用画像処理装置1は、分割結果が正常ではないと識別した場合のみ、分割結果を示す分割結果表示画面を表示する。
【0120】
以上の通り、医用画像処理装置1は、画像処理結果識別処理を行う。以下では、図6〜図8を参照しながら、図5における閾値の定義法を説明する。
【0121】
図6は、分割結果の態様ごとの評価値の度数分布と閾値を示す図である。図7は、分割エラーの識別性能を示すグラフである。図8は、閾値が0.8の場合の感度及び特異度を示す図である。
【0122】
図6〜図8は、図4に示す正常例及び分割エラー例に従う分割結果を、それぞれ複数用意し、閾値の定義を行ったものである。図8に示すように、各分割結果のデータ数は以下の通りである。
・識別ID=1(分割結果は正常)の例:805件
・識別ID=2(白質が多く含まれる)の例:4件
・識別ID=3(脳脊髄液が多く含まれる)の例:13件
・識別ID=4(灰白質がほとんど出ない)の例:0件
・識別ID=5(全体の形状・位置の乖離が大きい)の例:8件
・識別ID=6(ノイズ・ぼやけがひどい)の例:4件
・識別ID=7(広範囲で欠けがある)の例:0件
【0123】
尚、識別ID=4(灰白質がほとんど出ない)の例や識別ID=7(広範囲で欠けがある)の例は、Zスコアマップを目視にて確認することによって、分割エラーが生じているか否かを容易に判別することができたことから、本実施形態では考慮に入れていない。
【0124】
図6の度数分布図は、横軸が分割結果の態様を識別するID、縦軸が図5のステップ33において算出される評価値である。図6に示す評価値は、式(6)の評価関数によって求めたものである。
【0125】
図6では、分割結果が正常な例のプロットを実線の矩形によって囲み、分割結果がエラーの例のプロットを点線の矩形によって囲んでいる。図6では、閾値=0.8によって識別し、閾値以上であれば識別結果をエラーとし、閾値未満であれば識別結果を正常としている。
【0126】
図6において閾値を0.8と定義した理由は、図7によって説明する。図7の識別性能のグラフは、横軸が評価値(或いは閾値)、縦軸が感度・特異度である。
【0127】
感度とは、ある検査について「陽性(本実施形態では「分割結果が正常ではない」)と判定されるべきものを正しく陽性と判定する確率」として定義される値である。感度が高い(高感度である)とは、「陽性と判定されるべきものを正しく陽性と判定する可能性が高い」、或いは「陽性と判定されるべきものを間違って陰性と判定する可能性が低い」という意味である。
【0128】
特異度は、感度と対となる表現であり、図7に示すように、感度との兼ね合いによって決まる。特異度とは、ある検査について「陰性(本実施形態では「分割結果が正常」)と判定されるべきものを正しく陰性と判定する確率」として定義される値である。特異度が高い(高特異度である)とは、「陰性と判定されるべきものを正しく陰性と判定する可能性が高い」、或いは「陰性と判定されるべきものを間違って陽性と判定する可能性が低い」という意味である。
【0129】
本実施形態では、診断者が分割エラーに気付かずに診断を行ってしまうと、重大な誤診を招いてしまうという可能性を排除するために、組織分割の処理において分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があることを診断者に通知することが目的である。そこで、閾値は高感度となるように定義する、つまり、「分割結果が正常ではない」と判定されるべきものを正しく「分割結果が正常ではない」と判定するような値とすることが望ましい。
【0130】
図7のグラフから、感度が100%となる中で、最も高特異度となる値を閾値として定義すると、閾値=0.8となる。
【0131】
図8では、閾値=0.8としたときの感度及び特異度を示している。閾値=0.8であれば、識別ID=2〜7の分割エラー例の全てを分割エラーと識別し、感度=100%となっている。また、識別ID=1の正常例についても、ほとんどが正常と識別し、高特異度(特異度=99.5%)となっている。
【0132】
以上、本実施の形態における医用画像処理装置1によって、組織分割の処理において分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性があることを診断者に通知することが可能となる。
【0133】
特に、医用画像処理装置1は、組織分割処理による分割結果を自動的に識別するので、診断者には全く負荷がかからない。
【0134】
また、医用画像処理装置1は、組織分割処理による分割結果を正常ではないと識別した場合、診断支援情報とともに、分割エラーが生じている或いは分割エラーが生じている可能性がある旨の警告情報を出力するので、診断者は、分割エラーに気付かずに診断を行ってしまうことがない。
【0135】
また、医用画像処理装置1は、組織分割処理による分割結果を正常ではないと識別した場合にのみ、分割結果を示す分割結果表示画面を表示するので、診断者は、煩わしさを感じることがない。
【0136】
また、医用画像処理装置1は、組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る灰白質組織のボクセル値又はボクセル毎の統計値を組織分割正常画像データベース34に記憶し、更に、正常と識別された対象被験者の脳画像に係る灰白質組織のボクセル値を組織分割正常画像データベース34に反映するので、評価値の算出処理の精度が向上し、ひいては、識別処理の精度が向上する。
【0137】
尚、前述の説明では、組織分割正常画像データベース35には、被験者の属性や撮像条件等を考慮せずに全てを纏めて記憶するものとしたが、組織分割正常画像データベース35には、被験者の属性や撮像条件毎に分けて記憶するようにしても良い。被験者の属性は、例えば、性別や年齢等である。撮像条件は、MRI機種名、磁場強度、ボクセル数、FOV(Field Of View)の大きさ、スライス厚、撮像時間、TR(Repetition
Time)、TE(Echo Time)、FA(Flip
Angle)等である。この場合、医用画像処理装置1は、ボクセル毎の統計値を、被験者の属性や撮像条件毎に分けて算出する。そして、医用画像処理装置1は、図5のステップ33における評価値を算出する際、対象被験者の属性や、対象被験者の脳画像を撮像したときの撮像条件に応じたボクセル毎の統計値を評価関数に代入する。
【0138】
以上、添付図面を参照しながら、本発明に係る医用画像処理装置等の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、本願で開示した技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0139】
1………医用画像処理装置
10………ユーザインタフェース部
11………画像入力機能
12………結果出力機能
20………処理部
21………画像処理機能
22………統計処理機能
23………識別処理機能
30………データベース部
31………白質脳画像テンプレート
32………灰白質脳画像テンプレート
33………健常者画像データベース
34………疾患特異的ROI
35………組織分割正常画像データベース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の脳画像を入力する入力手段と、
前記被験者の脳画像に対して組織分割処理を行い、灰白質組織を分割する分割手段と、
健常者の灰白質組織の画像群を保存する記憶手段と、
前記分割手段により得られた前記被験者の灰白質組織の画像と前記健常者の灰白質組織の画像群との統計的比較に基づいて診断支援情報を出力する出力手段と、
前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値と、前記組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る前記灰白質組織のボクセル毎の統計値とに基づいて、前記分割手段による分割結果が正常か否かを識別する識別手段と、
を具備することを特徴とする医用画像処理装置。
【請求項2】
前記識別手段は、前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値の絶対Zスコアと、予め定義された閾値とを比較することによって、前記分割手段による分割結果が正常か否かを識別する
ことを特徴とする請求項1に記載の医用画像処理装置。
【請求項3】
前記組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る前記灰白質組織のボクセル値又はボクセル毎の統計値を記憶する記憶手段と、
前記識別手段によって正常と識別された前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値を前記記憶手段に反映する反映手段と、
を更に具備することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の医用画像処理装置。
【請求項4】
前記識別手段によって正常ではないと識別された場合、警告情報を出力する警告手段、
を更に具備することを特徴とする請求項1乃至請求項3に記載の医用画像処理装置。
【請求項5】
前記識別手段によって正常ではないと識別された場合、前記分割手段による分割結果を表示する表示手段、
を更に具備することを特徴とする請求項1乃至請求項4に記載の医用画像処理装置。
【請求項6】
被験者の脳画像を入力する入力ステップと、
前記被験者の脳画像に対して組織分割処理を行い、灰白質組織を分割する分割ステップと、
前記分割ステップにより得られた前記被験者の灰白質組織の画像と記憶手段に保存されている健常者の灰白質組織の画像群との統計的比較に基づいて診断支援情報を出力する出力ステップと、
前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値と、前記組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る前記灰白質組織のボクセル毎の統計値とに基づいて、前記分割ステップによる分割結果が正常か否かを識別する識別ステップと、
を含むことを特徴とする医用画像処理方法。
【請求項7】
コンピュータを、
被験者の脳画像を入力する入力手段と、
前記被験者の脳画像に対して組織分割処理を行い、灰白質組織を分割する分割手段と、
健常者の灰白質組織の画像群を保存する記憶手段と、
前記分割手段により得られた前記被験者の灰白質組織の画像と前記健常者の灰白質組織の画像群との統計的比較に基づいて診断支援情報を出力する出力手段と、
前記被験者の脳画像に係る前記灰白質組織のボクセル値と、前記組織分割処理が正常に行われた脳画像群に係る前記灰白質組織のボクセル毎の統計値とに基づいて、前記分割手段による分割結果が正常か否かを識別する識別手段と、
して機能させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図8】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−66632(P2013−66632A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−208436(P2011−208436)
【出願日】平成23年9月26日(2011.9.26)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】