説明

医用画像処理装置及び医用画像処理プログラム

【課題】より短時間で、興奮により生じた心内膜の電流分布を取得することによって、より正確に最早期興奮部位を同定するための情報を提示することが可能な医用画像処理装置及び医用画像処理プログラムを提供することである。
【解決手段】実施形態に係る医用画像処理装置は、データ取得手段及びデータ処理手段を備える。データ取得手段は、被検体の心臓における磁場分布及び前記心臓の形態画像データを取得する。データ処理手段は、前記形態画像データに基づく前記心臓における電流密度の分布モデル及び前記磁場分布に基づいて前記心臓の電流密度の分布を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、医用画像処理装置及び医用画像処理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
心臓における心室頻拍は、心室の興奮異常により心筋の興奮頻度が高くなり、心室細動が致死的となる不整脈である。心室頻拍は、房室性頻拍と心室性頻拍とに分けられる。
【0003】
房室性頻拍は、正常な伝導路である房室結節及び心房と心室の間に存在する副伝導炉が興奮回路となり興奮により生じた電流が周回することにより、引き起こされる。副伝導路は視認することが困難である。このため、副伝導路の位置の同定には、従来、心内膜カテーテルマッピング及び術中心表面マッピングが用いられる。
【0004】
心内膜カテーテルマッピングは、心腔内に数個の電極を留置し、同時に多点における電位を計測する手法である。心内膜カテーテルマッピングでは、例えば、バルーンに網目状ワイヤを設け、網目状ワイヤに多数の電極を取り付けたバルーンタイプの心内膜カテーテルが用いられる。術中心表面マッピングは、ネット電極で心表面を覆い、心表面における複数の位置における電位をマッピングする手法である。
【0005】
このような心内膜カテーテルマッピング及び術中心表面マッピングにより副伝導路の位置を測定することによって心筋の最早期興奮部位を判定することができる。最早期興奮部位は、外科的手技によって除去することが有効とされている。そこで、不整脈の外科治療の際は、術中心表面マッピングにて最早期興奮部位が同定される。但し、術中に頻拍が同定できない場合に備え、術前に心内膜カテーテルマッピングにより最早期興奮部位を同定することが必須となっている。
【0006】
一方、心室性頻拍は、興奮により生じた電流が心室内のみを旋回する心室頻拍である。心室性頻拍においては興奮の伝導が遅い緩徐伝導部位又は興奮の出口である最早期興奮部位を除去することが効果的であることが知られている。従って、心室性頻拍においても最早期興奮部位を判定することが重要である。
【0007】
また、磁気共鳴イメージング(MRI: Magnetic Resonance Imaging)により被検体のデータ収集部位において静磁場と同じ方向の磁場分布を計測できることが知られている。このため、長いデータ収集時間を要するが、静磁場の方向が計測方向となるように被検体の向きを変えて3回測定すれば、3成分を有する磁場分布を得ることができる。3成分を有する磁場ベクトルBが得られれば式(1)に示す微分方程式より真空中の透磁率μ0を用いて電流密度ベクトルJを算出することができる。
【数1】

【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】B. M. Eyuboglu et al "Imaging electrical current density using nuclear magnetic resonance", Electrik, Vol. 6, No. 3, pp201-214. 1998
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の心内膜カテーテルマッピングにより測定できるのは、心内膜の電位分布のみである。しかも、心内膜カテーテルマッピングでは、測定範囲が十分でない場合がある。このため、最早期興奮部位を正しく同定することが困難な場合がある。
【0010】
不整脈の発作時において、興奮により生じた電流分布を計測することが可能な期間は、極めて限られている。従って、この限られた期間内に、より正確に最早期興奮部位を同定する技術の開発が望まれる。
【0011】
本発明は、より短時間で、興奮により生じた心内膜の電流分布を取得することによって、より正確に最早期興奮部位を同定するための情報を提示することが可能な医用画像処理装置及び医用画像処理プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の実施形態に係る医用画像処理装置は、データ取得手段及びデータ処理手段を備える。データ取得手段は、被検体の心臓における磁場分布及び前記心臓の形態画像データを取得する。データ処理手段は、前記形態画像データに基づく前記心臓における電流密度の分布モデル及び前記磁場分布に基づいて前記心臓の電流密度の分布を求める。
【0013】
また、本発明の実施形態に係る医用画像処理プログラムは、コンピュータを上記のデータ取得手段及びデータ処理手段として機能させるものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態に係る医用画像処理装置を内蔵した磁気共鳴イメージング装置の構成図。
【図2】図1に示すコンピュータに内蔵された医用画像処理装置を含む構成要素の機能ブロック図。
【図3】図2に示す撮像条件設定部において設定されるデータ収集条件の一例を示す図。
【図4】図2に示す心筋セグメント生成部により生成された心筋領域のセグメントの一例を示す図。
【図5】心筋を構成する細胞内外における電位差を説明する模式図。
【図6】図5に示す電位差として計測される活動電位の波形を示す図。
【図7】心筋繊維を構成する細胞間で電気的興奮が電流として伝播する様子を説明する図。
【図8】心筋内における興奮の伝播方向と、興奮の伝播によって誘起される磁場を説明する図。
【図9】図2に示す電流密度分布算出部における電流密度分布の算出に用いられる心筋の電流密度分布モデルの一例を示す図。
【図10】心筋を流れる電流のピーク時刻分布画像をピーク分布画像と並列にブルズアイ表示させた例を示す図。
【図11】心筋を流れる電流のピーク時刻分布を心筋断面の形態画像上にマップした例を示す図。
【図12】心筋を流れる電流のピーク時刻分布を表すブルズアイ画像を心筋断面の形態画像と並列表示させた例を示す図。
【図13】図1に示す医用画像処理装置を内蔵した磁気共鳴イメージング装置により被検体の心臓における磁場分布及び形態画像を収集し、心筋における興奮の伝播状況を表す興奮伝播画像を表示させる際の流れを示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態に係る医用画像処理装置及び医用画像処理プログラムについて添付図面を参照して説明する。
【0016】
図1は本発明の実施形態に係る医用画像処理装置を内蔵した磁気共鳴イメージング装置の構成図である。
【0017】
磁気共鳴イメージング装置20は、静磁場を形成する筒状の静磁場用磁石21、この静磁場用磁石21の内部に設けられたシムコイル22、傾斜磁場コイル23及び高周波(RF: radio frequency)コイル24を備えている。
【0018】
また、磁気共鳴イメージング装置20には、制御系25が備えられる。制御系25は、静磁場電源26、傾斜磁場電源27、シムコイル電源28、送信器29、受信器30、シーケンスコントローラ31及びコンピュータ32を具備している。制御系25の傾斜磁場電源27は、X軸傾斜磁場電源27x、Y軸傾斜磁場電源27y及びZ軸傾斜磁場電源27zで構成される。また、コンピュータ32には、入力装置33、表示装置34、演算装置35及び記憶装置36が備えられる。
【0019】
静磁場用磁石21は静磁場電源26と接続され、静磁場電源26から供給された電流により撮像領域に静磁場を形成させる機能を有する。尚、静磁場用磁石21は超伝導コイルで構成される場合が多く、励磁の際に静磁場電源26と接続されて電流が供給されるが、一旦励磁された後は非接続状態とされるのが一般的である。また、静磁場用磁石21を永久磁石で構成し、静磁場電源26が設けられない場合もある。
【0020】
また、静磁場用磁石21の内側には、同軸上に筒状のシムコイル22が設けられる。シムコイル22はシムコイル電源28と接続され、シムコイル電源28からシムコイル22に電流が供給されて静磁場が均一化されるように構成される。
【0021】
傾斜磁場コイル23は、X軸傾斜磁場コイル23x、Y軸傾斜磁場コイル23y及びZ軸傾斜磁場コイル23zで構成され、静磁場用磁石21の内部において筒状に形成される。傾斜磁場コイル23の内側には寝台37が設けられて撮像領域とされ、寝台37には被検体Pがセットされる。RFコイル24にはガントリに内蔵されたRF信号の送受信用の全身用コイル(WBC: whole body coil)や寝台37や被検体P近傍に設けられるRF信号の受信用の局所コイルなどがある。
【0022】
また、傾斜磁場コイル23は、傾斜磁場電源27と接続される。傾斜磁場コイル23のX軸傾斜磁場コイル23x、Y軸傾斜磁場コイル23y及びZ軸傾斜磁場コイル23zはそれぞれ、傾斜磁場電源27のX軸傾斜磁場電源27x、Y軸傾斜磁場電源27y及びZ軸傾斜磁場電源27zと接続される。
【0023】
そして、X軸傾斜磁場電源27x、Y軸傾斜磁場電源27y及びZ軸傾斜磁場電源27zからそれぞれX軸傾斜磁場コイル23x、Y軸傾斜磁場コイル23y及びZ軸傾斜磁場コイル23zに供給された電流により、撮像領域にそれぞれX軸方向の傾斜磁場Gx、Y軸方向の傾斜磁場Gy、Z軸方向の傾斜磁場Gzを形成することができるように構成される。
【0024】
RFコイル24は、送信器29及び受信器30の少なくとも一方と接続される。送信用のRFコイル24は、送信器29からRF信号を受けて被検体Pに送信する機能を有し、受信用のRFコイル24は、被検体P内部の原子核スピンのRF信号による励起に伴って発生した核磁気共鳴(NMR: nuclear magnetic resonance)信号を受信して受信器30に与える機能を有する。
【0025】
一方、制御系25のシーケンスコントローラ31は、傾斜磁場電源27、送信器29及び受信器30と接続される。シーケンスコントローラ31は傾斜磁場電源27、送信器29及び受信器30を駆動させるために必要な制御情報、例えば傾斜磁場電源27に印加すべきパルス電流の強度や印加時間、印加タイミング等の動作制御情報を記述したシーケンス情報を記憶する機能と、記憶した所定のシーケンスに従って傾斜磁場電源27、送信器29及び受信器30を駆動させることによりX軸傾斜磁場Gx、Y軸傾斜磁場Gy,Z軸傾斜磁場Gz及びRF信号を発生させる機能を有する。
【0026】
また、シーケンスコントローラ31は、受信器30におけるNMR信号の検波及びA/D (analog to digital)変換により得られた複素データである生データ(raw data)を受けてコンピュータ32に与えるように構成される。
【0027】
このため、送信器29には、シーケンスコントローラ31から受けた制御情報に基づいてRF信号をRFコイル24に与える機能が備えられる一方、受信器30には、RFコイル24から受けたNMR信号を検波して所要の信号処理を実行するとともにA/D変換することにより、デジタル化された複素データである生データを生成する機能と生成した生データをシーケンスコントローラ31に与える機能とが備えられる。
【0028】
さらに、磁気共鳴イメージング装置20には、被検体PのECG (electro cardiogram)信号を取得するECGユニット38が備えられる。ECGユニット38により取得されたECG信号はシーケンスコントローラ31を介してコンピュータ32に出力されるように構成される。
【0029】
尚、拍動を心拍情報として表すECG信号の代わりに拍動を脈波情報として表す脈波同期(PPG: peripheral pulse gating)信号を取得することもできる。PPG信号は、例えば指先の脈波を光信号として検出した信号である。PPG信号を取得する場合には、PPG信号検出ユニットが設けられる。以下、ECG信号を取得する場合について述べる。
【0030】
また、コンピュータ32の記憶装置36に保存されたプログラムを演算装置35で実行することにより、コンピュータ32には各種機能が備えられる。ただし、プログラムの少なくとも一部に代えて、各種機能を有する特定の回路を磁気共鳴イメージング装置20に設けてもよい。
【0031】
図2は、図1に示すコンピュータ32に内蔵された医用画像処理装置を含む構成要素の機能ブロック図である。
【0032】
コンピュータ32の演算装置35は、撮像条件設定部40、データ処理部41及び医用画像処理装置42として、記憶装置36は磁場分布記憶部43及び心臓形態画像記憶部44として、それぞれ機能する。また、医用画像処理装置42は、心筋セグメント生成部42A、電流密度分布算出部42B及び表示情報生成部42Cを有する。
【0033】
すなわち、コンピュータ32には、医用画像処理装置42が内蔵される。従って、医用画像処理装置42も、演算装置35に、医用画像処理プログラムを読み込ませることによって構築することができる。医用画像処理プログラムは、汎用コンピュータ等の所望のコンピュータを医用画像処理装置42として機能させるために記録ディスクやUSB (Universal Serial Bus)メモリ等の情報記録媒体に記録して流通させることができる。
【0034】
撮像条件設定部40は、パルスシーケンスを含む撮像条件を設定し、設定した撮像条件をシーケンスコントローラ31に出力する機能を有する。特に、撮像条件設定部40は、ECG同期下で被検体Pの心筋における複数の時相の磁場分布を計測するための撮像条件を設定する機能と、心臓の形態画像データを収集するための撮像条件を設定する機能とを備えている。磁場分布を計測するための撮像条件としては、180°パルスの印加を伴わない条件など公知の撮像条件を用いることができる。
【0035】
図3は、図2に示す撮像条件設定部40において設定されるデータ収集条件の一例を示す図である。
【0036】
図3において横軸は時間を示す。また、図3において(A)は、被検体PのECG信号を、(B)は磁場分布計測用のデータの収集時相を、(C)は心臓の形態画像データの生成用のデータの収集時相及び収集スライスを、それぞれ示す。
【0037】
図3に示すように、被検体Pにおいて不整脈が生じた状態において、ECG同期下でMRデータを収集するためのデータ収集条件が撮像条件設定部40において設定される。磁場分布計測用のデータと、心臓の形態画像データの生成用のデータは、1回の共通のスキャンで同時に収集することがデータ収集時間の短縮化に好適である。図3に示す例では、ECG信号のR波等の基準波をトリガ時刻として、トリガ時刻から3心拍ごとに磁場分布計測用のデータの収集と形態画像データの生成用のデータの収集が繰り返されている。
【0038】
より具体的には、図3の例では、隣接するトリガ時刻間の連続する3心拍の期間のうち最初の2心拍の期間において磁場分布計測用の5時相分のデータが順次連続して2回収集された後、残りの1心拍の期間において2時相分の形態画像データの生成用のデータが2枚のスライスから順次収集されるデータ収集条件が設定されている。
【0039】
データ処理部41は、上述のように設定された撮像条件に従って収集された磁場分布計測用のMRデータをシーケンスコントローラ31から取得して、公知の方法で被検体Pの心筋断面における静磁場方向成分の磁場分布データを算出する機能と、シーケンスコントローラ31から取得した形態画像データの生成用のMRデータに対する画像再構成処理によって被検体Pの心筋断面における形態画像データを生成する機能とを有する。そして、データ処理部41は、算出した磁場分布データを磁場分布記憶部43に書き込む一方、生成した心筋の形態画像データを心臓形態画像記憶部44に書き込むように構成される。
【0040】
このため、磁場分布記憶部43には、トリガ時刻からの時間に対応する複数の時相における静磁場方向成分を有する2次元の磁場分布データが保存される。図1に示す座標系では、静磁場の方向は、静磁場用磁石21の中心軸方向であるz軸方向である。従って、z軸成分のxy平面上の各位置における磁場分布データが磁場分布記憶部43に保存される。
【0041】
また、心臓形態画像記憶部44には、トリガ時刻からの時間に対応する複数の時相における心臓の形態画像データが保存される。
【0042】
医用画像処理装置42の心筋セグメント生成部42Aは、心臓形態画像記憶部44から心臓の形態画像データを取得して、スライスごとに心筋及び心室の輪郭の抽出を行う機能と、抽出した心筋の輪郭に基づいて、各スライスにおける心筋領域を複数のセグメントに分割する機能とを有する。
【0043】
図4は、図2に示す心筋セグメント生成部42Aにより生成された心筋領域のセグメントの一例を示す図である。
【0044】
図4に示すように、心臓断面における形態画像データから心臓の右室、左室及びこれらの心室を形成する心筋の輪郭を抽出することができる。輪郭の抽出は、画素値の変化を利用したエッジの抽出処理等の公知の画像処理によって行うことができる。
【0045】
心筋の輪郭が抽出されると、心筋を複数のセグメントに分割することができる。図4は、左室の中心点cを概ね中心とする複数の12個の放射状のセグメントを心筋領域に作成した例を示す。図4は、ある単一のスライスにおいてセグメントを作成した例を示しているが、同様に、画像データを収集した各スライスについて複数のセグメントが作成される。
【0046】
電流密度分布算出部42Bは、磁場分布記憶部43から取得した複数の時相における単一方向成分の磁場分布データに基づいて、心筋セグメント生成部42Aにより作成された各スライス上の心筋断面領域における複数のセグメントに対応する電流密度分布を時相ごとに算出する機能を有する。電流密度の算出には、心筋の興奮が電流として伝播するメカニズムに基づいて作成された心筋の電流密度分布モデルが用いられる。
【0047】
ここで、心筋の興奮が電流として伝播するメカニズムについて説明する。
【0048】
図5は、心筋を構成する細胞内外における電位差を説明する模式図、図6は、図5に示す電位差として計測される活動電位の波形を示す図である。図6において横軸は時間を示し、縦軸は心筋を構成する細胞内外における電位差を示す。
【0049】
図5に示すように、心筋を構成する単一の細胞の内外における電位差Vを計測すると、図6に示すような活動電位と呼ばれる電位波形が計測される。通常、細胞内は細胞外に対して約-90mVの静止電位を示す。しかし、細胞に機械的、電気的又は化学的な刺激が加わると、図6に示すように、細胞内における電位は0mV程度まで急激に上昇し、脱分極が起こる。その後、上昇した電位は、数百ミリ秒後に-90mV程度の静止電位へ戻り、再分極が起こる。この現象は、心筋細胞の電気的興奮と呼ばれる。
【0050】
図7は、心筋繊維を構成する細胞間で電気的興奮が電流として伝播する様子を説明する図である。
【0051】
図7において横軸は心筋細胞の連結方向を示し、縦軸は時間を示す。図7に示すように心臓では複数の心筋細胞が連結することによって心筋繊維を構成している。このため、ある心筋細胞が興奮し、細胞内の電位が0mV付近まで上昇すると、興奮した心筋細胞と隣接する心筋細胞間に電位差が生じる。この結果、興奮した細胞から隣接する細胞に電流が流れ込む。そうすると、隣接する心筋細胞も流れ込んだ電流が刺激となって興奮し、電位が0mV付近まで上昇する。このように、次々と隣接する心筋細胞の興奮、電位の上昇及び電流の発生が起こることにより、時間とともに心筋細胞間において興奮が電流として伝播する。
【0052】
正常な心臓においては、心筋の興奮が心房の洞房結節で起こる。この興奮は心房の心筋細胞を伝播し、房室結節を経由して心室へと伝わる。心室の内膜側には興奮の伝播速度が速い心筋細胞が分布している。このため、心室では、まず内膜側が興奮し、興奮は内膜側から外膜側へと伝わる。
【0053】
図8は、心筋内における興奮の伝播方向と、興奮の伝播によって誘起される磁場を説明する図である。
【0054】
図8は、心筋断面を示している。心筋細胞に興奮が生じ、心室の内膜側から外膜側へと興奮が伝播すると、興奮波面が形成される。図8の心筋断面領域における各一点鎖線は、それぞれ心室の興奮開始から10ms, 20ms, 30ms, ...後における興奮波面の例を示している。
【0055】
心筋細胞内の電位は興奮波面より内側では約0mVであり、興奮波面より外側では約-90mVの静止電位となっている。この電位差により心筋内では、興奮波面の内側から外側に向かう矢印で示す法線方向に電流が流れる。更に、興奮波面に垂直に流れる電流によって磁場が誘起される。例えば、矢印Aで示す電流によって、点線で示す磁場が生じる。
【0056】
尚、心筋細胞に興奮が生じると、興奮がトリガとなってほぼ興奮の再分極期に心筋の収縮が生じる。ECG信号のQ波、R波及びS波は、心筋の脱分極を体表面にて観測した信号に相当し、T波は再分極を体表面にて観測した信号に相当する。従って、T波の期間が心筋の収縮期とほぼ一致する。
【0057】
以上のような心筋のメカニズムに基づいて、心筋の電流密度分布モデルを作成することができる。心筋の電流密度分布モデルを適切に作成すれば、少数のパラメータで心筋における電流密度分布を表すことができる。従って、既知であるのが単一方向成分の磁場分布データのみであっても、心筋における3次元的な電流密度分布を求めることが可能となる。すなわち、心筋のメカニズムに基づいて一定の制限を付与した電流密度分布モデルを用いれば、3次元方向の厳密な電流密度分布を算出しなくても、近似的に心筋における3次元の電流密度分布を求めることができる。
【0058】
図9は、図2に示す電流密度分布算出部42Bにおける電流密度分布の算出に用いられる心筋の電流密度分布モデルの一例を示す図である。
【0059】
図9に示すように、心筋セグメント生成部42Aにより心筋領域に設定された複数のセグメントを利用して電流密度分布モデルを作成することができる。具体的には、まず、実線の矢印で示すように各セグメントの代表点を始点とする複数の固定電流双極子ベクトルqが配置される。更に、二重線の矢印で示すように心筋領域の任意の位置を始点とする単一または複数の移動電流双極子ベクトルpが配置される。移動電流双極子の数は、典型的には1つで十分である。
【0060】
次に、心筋のメカニズムに応じて固定電流双極子及び移動電流双極子に対して拘束条件が仮定される。ここでは、固定電流双極子及び移動電流双極子の向き及び大きさに着目して拘束条件を仮定した例について説明する。
【0061】
まず、磁場分布データが算出された全ての時相間において、全ての固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向きが変化しないものとされる。すなわち、第1の拘束条件として、全ての固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向きが時相間において固定される。但し、各固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向き自体は未知とされる。
【0062】
第2の拘束条件として、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向きが、心室の内膜側から外膜側に向かう向きとされる。
【0063】
第3の拘束条件として、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさが必ず正の値になるものとされる。但し、磁場分布データが算出された時相間において、各固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさが変化するものとされる。
【0064】
このような拘束条件を設定すると、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpは、それぞれ式(2-1)及び式(2-2)のように表すことができる。
【数2】

【0065】
但し、式(2-1)及び式(2-2)において、jは既知の位置ベクトルrjで特定されるセグメントの識別番号、kは時相の識別番号、aj(tk)はセグメントjの時相kに対応する時刻tkにおける固定電流双極子ベクトルqの大きさ、ベクトルujはセグメントjにおける固定電流双極子ベクトルqの向きを示す単位ベクトル、hは未知の位置ベクトルshで特定される位置に存在する移動電流双極子ベクトルpの識別番号、bh(tk)は時相kに対応する時刻tkにおける識別番号hで特定される移動電流双極子ベクトルpの大きさ、ベクトルvhは識別番号hで特定される移動電流双極子ベクトルpの向きを示す単位ベクトルである。
【0066】
従って、図9に示す心筋の電流密度分布モデルを用いると、心筋の電流密度分布を表すパラメータは式(2-1)及び式(2-2)のaj(tk)、uj、bh(tk)、vh及びshとなる。よって、これらのパラメータaj(tk)、uj、bh(tk)、vh、shが算出できれば、3次元的な心筋の電流密度分布を求めることができる。
【0067】
式(2-1)及び式(2-2)のパラメータaj(tk)、uj、bh(tk)、vh、shの値は、フィッティングによって同定することができる。すなわち、心筋の電流密度分布を表すパラメータaj(tk)、uj、bh(tk)、vh、shは未知であるが、仮にある値を定めると各パラメータaj(tk)、uj、bh(tk)、vh、shの仮定値に対応する磁場分布をビオ・サバールの法則によって計算することができる。
【0068】
ビオ・サバールの法則によれば、導線上の微小な長さdsを流れる電流Iが距離rだけ離れた点に作り出す微小な磁場ベクトルdBは、電流の方向ベクトルds及び微小電流からの位置ベクトルrを用いて式(3)で表される。
【数3】

【0069】
従って、ビオ・サバールの法則によって計算された磁場ベクトルBcalcのMRデータに基づいて求められた1軸成分の磁場ベクトルBmeasからの乖離量が最小となるように式(2-1)及び式(2-2)のパラメータaj(tk)、uj、bh(tk)、vh、shを変化させるフィッティングを行えば、パラメータaj(tk)、uj、bh(tk)、vh、shの値を求めることができる。つまり、計算による磁場ベクトルBcalcを、MRデータに基づく測定値とみなせる磁場ベクトルBmeasと一致させるフィッティングを行うことによって、磁場ベクトルBcalcの計算に用いられるパラメータaj(tk)、uj、bh(tk)、vh、shの値を求めることができる。
【0070】
このフィッティングは例えば式(4)で定義されるフィッティング関数fの値を最小にすることによって行うことができる。
【数4】

【0071】
但し、式(4)において、BmeasはMRデータから求められたz軸成分の磁場ベクトル、Bcalcはビオ・サバールの法則によって計算された磁場ベクトル、iは磁場分布の計算対象となる心筋断面における代表点の識別番号、ベクトルrは位置ベクトル、tkは時相kに対応する時刻、Pは固定電流双極子ベクトルqの向きに対する既知の拘束条件を表すペナルティ行列である。
【0072】
識別番号iには典型的にはMRデータに基づく磁場分布の取得対象となった画素の識別番号が用いられる。また、ペナルティ行列Pは、典型的には隣接するセグメントにおける固定電流双極子ベクトルqの向きが連続的であり、大きく異ならないという条件を表す行列とされる。
【0073】
すなわち、式(4)に示すようにビオ・サバールの法則による磁場ベクトルBcalcとMRデータに基づく磁場ベクトルBmeasとの間における2乗誤差に固定電流双極子ベクトルqの向き関する拘束条件を表すペナルティ項を加算した値をフィッティング関数fの値として定義することができる。
【0074】
従って、式(4)で定義されるフィッティング関数fの値が小さいほどビオ・サバールの法則による磁場ベクトルBcalcとMRデータに基づく磁場ベクトルBmeasとの一致度が高くなる。フィッティング関数fの値が最小となるときのパラメータaj(tk)、uj、bh(tk)、vh、shの組合せは、共役勾配法等の公知の最適化手法を適用することによって求めることができる。
【0075】
上述の計算には、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向きが時間的に変化しないという第1の拘束条件が反映されているが、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向きが心室の内膜側から外膜側に向かうという第2の拘束条件及び固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさが正の値になるという第3の拘束条件は反映されていない。
【0076】
従って、式(4)の計算において、固定電流双極子ベクトルq又は移動電流双極子ベクトルpの向きが負方向であり、かつ大きさも負の値である場合には、向きが正方向であり、かつ大きさが正の値である場合と区別できない。つまり式(5-1)及び式(5-2)が成立し得る。
【数5】

【0077】
そこで、例えば式(6-1)及び式(6-2)に示す処理によって固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向きを心室の内膜側から外膜側に向かう向きに統一することができる。
【数6】

【0078】
但し、式(6-1)及び式(6-2)においてベクトルcは、心室のおよその中心位置を示す位置ベクトルである。
【0079】
更に、例えば式(7-1)及び式(7-2)に示す処理によって固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさを正の値に統一することができる。
【数7】

【0080】
式(6-1)及、式(6-2)、式(7-1)及び式(7-2)に示す処理によって固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpは、心室の内膜側から外膜側に向かって心筋内を電流として伝播する興奮を表すようになる。このため、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpを用いれば、心筋における興奮の伝播状況をユーザに容易に把握させることが可能な情報を生成することができる。
【0081】
そこで、表示情報生成部42Cには、電流密度分布算出部42Bにおいて固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpとして算出された各時相kにおける心筋断面の電流密度分布に基づいて、心筋における興奮の伝播状況を表す興奮伝播画像情報を生成する機能と、生成した興奮伝播画像情報を表示装置34に表示させる機能が備えられる。
【0082】
興奮伝播画像情報としては、心筋を流れる電流密度のピーク分布画像の他、ピーク時刻分布画像が挙げられる。ピーク分布画像は、心筋の各位置における電流密度の最大値の分布を表す画像である。ピーク時刻分布画像は、心筋の各位置において電流密度が最大となるときの時刻の分布を表す画像である。
【0083】
そのために、表示情報生成部42Cにより、まず基準となる時刻t0が定められる。基準時刻t0は、心筋を流れる電流の大きさが最も小さくなる時刻とすることができる。そうすると、基準時刻t0は、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさが殆どゼロであり、大きさを有する固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpが局所的に存在する興奮の開始時刻となる。
【0084】
心筋を流れる電流の大きさは式(8)に示すように全ての固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさの2乗の総和w(k)を指標として評価することができる。
[数8]
w(k)=Σj(aj)2h(bh)2 (8)
【0085】
従って、式(8)で計算される総和w(k)が最小となるときの時相kに対応する時刻tkが基準時刻t0となる。
【0086】
基準時刻t0が求められると、各固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさの時間変化aj(t), bh(t)を示す波形に基づいて、各固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさが最大となるときのピーク時刻PTj, PThを基準時刻t0からの経過時間として求めることができる。
【0087】
各セグメントjに対応するピーク時刻は、基準時刻t0において生じた興奮が対応するセグメントjに概ね到達した時刻と考えることができる。このため、各セグメントjに対応するピーク時刻の分布画像を表示させれば、ユーザは興奮の伝播経路を容易に把握することができる。
【0088】
ピーク時刻PTj, PThはそれぞれ式(9-1)及び式(9-2)により求めることができる。
[数9]
PTj = tjp-t0 if Mj ≧ 0 otherwise PTj = tjp-t0+TRR (9-1)
PTh = thp-t0 if Mh ≧ 0 otherwise PTh = thp-t0+TRR (9-2)
【0089】
但し、式(9-1)及び式(9-2)において、tjpはセグメントjにおける固定電流双極子ベクトルqの大きさの時間変化aj(t)が最大値PHjとなるときの時刻、thpは識別番号hの移動電流双極子ベクトルpの大きさの時間変化bh(t)が最大値PHhとなるときの時刻、TRRはECG信号の隣接するR波間の間隔R-Rである。
【0090】
このように、基準時刻t0を基準として調整された相対時刻としてピーク時刻PTj, PThを求めることができる。求められたセグメントごと及び移動電流双極子ごとのピーク時刻PTj, PThの分布は、2次元画像情報としてマップ表示させることができる。
【0091】
図10は、心筋を流れる電流のピーク時刻分布画像をピーク分布画像と並列にブルズアイ(Bull's Eye)表示させた例を示す図である。
【0092】
図10(A)は、固定電流双極子qの大きさの最大値PHj及び移動電流双極子pの大きさの最大値PHhを、各スライス上の心筋断面領域に設定されたセグメントjを同心円上に並べて2次元的にマップした電流のピーク分布画像の例を示す。すなわち、図10(A)の点線は、セグメントの境界を示す。また、図10(B)は、図10(A)に示す電流のピーク分布画像に対応するピーク時刻分布画像を示す。
【0093】
図10(A), (B)の中心部分の領域は、心臓の心尖部近傍の心筋断面に相当し、外周付近の領域は心基部近傍の心筋断面に相当する。また、図10(A), (B)の上方は心臓の前壁側の心基部に、下方は後壁側の心基部に、左側は中隔側の心基部に、右側は左室自由壁側の心基部に、それぞれ対応している。このように、異なるスライス上の複数の心筋断面を同一平面上に展開し、心尖部が中心となるように同心円状に並べる表示はブルズアイ表示と呼ばれる。
【0094】
ピーク時刻分布画像を作成すると、同時刻において電流密度がピークとなる画像上の位置同士を結ぶことによって心臓の興奮波面を描出することができる。図10(B)に示す例では、基準時刻t0から2ms後、10ms後、30ms後、40ms後及び50ms後における一点鎖線で示す興奮波面が描出されている。このため、移動電流双極子を配置した部位から次第に興奮波面が伝播していく様子を確認することができる。従って、ピーク時刻分布画像において最も早い時刻に興奮する部位を容易に最早期興奮部位として特定することができる。
【0095】
図11は、心筋を流れる電流のピーク時刻分布を心筋断面の形態画像上にマップした例を示す図である。
【0096】
図11に示すようにピーク時刻分布を心筋断面の形態画像上にマップすることもできる。図9に示す電流密度分布モデルでは、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向きが、心室の内膜側から外膜側に向かう向きに固定されている。従って、図11に示すように固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向きを心筋断面の形態画像上に矢印で表示すれば、矢印は興奮の伝播方向を示すことになる。
【0097】
図12は、心筋を流れる電流のピーク時刻分布を表すブルズアイ画像を心筋断面の形態画像と並列表示させた例を示す図である。
【0098】
図12に示すように、ピーク時刻分布のブルズアイ画像(A)を心筋断面の形態画像(B)と並列表示させることもできる。この場合、ピーク時刻分布画像及び心筋断面の形態画像の一方にポジションカーソルを表示させると、他方の対応する部分に自動的にポジションカーソルが表示されるように表示情報生成部42Cにおいて画像処理を行うこともできる。
【0099】
これにより、ユーザが例えばブルズアイ画像上の任意の位置にポジションカーソルを表示させ、ポジションカーソルを径方向に移動させると、対応するスライスにおける心筋断面の形態画像を表示させることができる。このため、ピーク時刻分布画像において特定された最早期興奮部位にポジションカーソルを移動させれば、最早期興奮部位が形態画像上のどの位置に相当するのかを容易に知ることができる。
【0100】
次に医用画像処理装置42を内蔵した磁気共鳴イメージング装置20の動作及び作用について説明する。
【0101】
図13は、図1に示す医用画像処理装置42を内蔵した磁気共鳴イメージング装置20により被検体Pの心臓における磁場分布及び形態画像を収集し、心筋における興奮の伝播状況を表す興奮伝播画像を表示させる際の流れを示すフローチャートである。
【0102】
まずステップS1において、磁気共鳴イメージング装置20により心臓を含む領域におけるz軸方向の磁場分布データ及び心臓の形態画像データが収集される。
【0103】
そのために、撮像条件設定部40は、図3に示すようなECG同期下において複数の時相に対応する磁場分布データの取得用のMRデータと形態画像データ用のMRデータを複数のスライスから収集するためのデータ収集条件を撮像条件として設定する。
【0104】
一方、予め寝台37に被検体Pがセットされ、静磁場電源26により励磁された静磁場用磁石21(超伝導磁石)の撮像領域に静磁場が形成される。また、シムコイル電源28からシムコイル22に電流が供給されて撮像領域に形成された静磁場が均一化される。
【0105】
そして、撮像条件設定部40からシーケンスコントローラ31に、ECG同期下においてデータ収集を行うパルスシーケンスを含む撮像条件が出力される。シーケンスコントローラ31は、撮像条件に従ってECGユニット38により取得されたECG信号に同期して傾斜磁場電源27、送信器29及び受信器30を駆動させることにより被検体Pがセットされた撮像領域に傾斜磁場を形成させるとともに、RFコイル24からRF信号を発生させる。
【0106】
このため、被検体Pの内部における核磁気共鳴により生じたNMR信号が、RFコイル24により受信されて受信器30に与えられる。受信器30は、RFコイル24からNMR信号を受けて、デジタルデータのNMR信号である生データを生成する。受信器30は、生成した生データをシーケンスコントローラ31に与える。シーケンスコントローラ31は、生データをデータ処理部41に出力する。
【0107】
そうすると、データ処理部41は、磁場分布計測用のMRデータに基づいて静磁場方向であるz軸成分の磁場分布データを算出し、算出した磁場分布データを磁場分布記憶部43に書き込む。また、データ処理部41は、形態画像データの生成用のMRデータに対する画像再構成処理によって心筋断面における形態画像データを生成する。生成された心筋の形態画像データは心臓形態画像記憶部44に書き込まれる。
【0108】
次にステップS2において、心筋セグメント生成部42Aは、心臓形態画像記憶部44から心臓の形態画像データを取得して、スライスごとに心筋及び心室の輪郭の抽出を行う。更に、心筋セグメント生成部42Aは、各スライスにおいて抽出した心筋の輪郭内における心筋領域を分割することによって図4に示すような複数のセグメントを生成する。
【0109】
次にステップS3において、電流密度分布算出部42Bは、図9に示すように心筋のセグメントに固定電流双極子ベクトルqを、任意の位置に移動電流双極子ベクトルpをそれぞれ配置した電流密度分布モデルにおいてパラメータの値を仮定することにより、ビオ・サバールの法則を用いて心筋断面における磁場ベクトルBcalcを計算する。
【0110】
次にステップS4において、電流密度分布算出部42Bは、計算した磁場ベクトルBcalcが磁場分布記憶部43に保存されている磁場ベクトルBmeasと一致するように電流密度分布モデルのパラメータを変化させるフィッティングを行う。フィッティングは、例えば、式(4)に示すようなフィッティング関数fを定義し、フィッティング関数fの値が最小となるときの電流密度分布モデルのパラメータを求めることによって行うことができる。
【0111】
次にステップS5において、電流密度分布算出部42Bは、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの向き及び大きさがいずれも正の値となるようにデータの規格化処理を行う。これにより、心筋断面における電流密度分布が得られる。
【0112】
次にステップS6において、表示情報生成部42Cは、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさの総和を表す指標が最小となるときの時刻を基準時刻t0として求める。この指標は、例えば、式(8)で定義することができる。
【0113】
次にステップS7において、表示情報生成部42Cは、固定電流双極子ベクトルq及び移動電流双極子ベクトルpの大きさの時間変化aj(t), bh(t)に基づいて、電流密度がピークを呈するときの基準時刻t0からの経過時間をピーク時刻として求める。
【0114】
次にステップS8において、表示情報生成部42Cは、心筋断面における電流密度のピーク時刻分布を2次元マップとして表示させるためのピーク時刻分布画像データを生成し、表示装置34にピーク時刻分布画像を表示させる。また、必要に応じて、心筋断面における電流密度のピーク分布を示すピーク分布画像や心筋断面の形態画像を並列表示させる。或いは、ピーク時刻分布画像に心筋断面の形態画像を重畳表示させる。これにより表示装置34には、図10、図11又は図12に示すような心筋における興奮の伝播方向及び最早期興奮部位を容易に特定可能な興奮伝播画像が表示される。
【0115】
ピーク時刻分布画像に心筋断面の形態画像を重畳表示させる場合には、ポジションカーソルを連動させることができる。これにより、最早期興奮部位の位置の特定が一層容易となる。
【0116】
つまり以上のような医用画像処理装置42は、磁気共鳴イメージング装置20により収集された1軸成分の磁場分布データ及び心臓の形態画像データを用いて、心筋の電流密度分布モデルから算出される磁場分布のパラメータフィッティングを行うことによって、心筋断面における電流密度分布を求めるようにしたものである。
【0117】
このため、医用画像処理装置42によれば、磁気共鳴イメージング装置20による1回のスキャンで収集された1方向成分の磁場分布に基づいて心筋の電流密度分布を取得することができる。
【0118】
従来のMRIを用いたcurrent density imaging技術でも、磁場分布を測定することは可能である。しかし、3軸方向成分の磁場分布を測定するためには、被検体Pの配置を変えてデータ収集スキャンを少なくとも3回繰り返すことが必要となる。このため、興奮により生じた電流分布を安定して計測することが可能な限られた期間内において、磁場測定用のMRデータを収集することができない。しかも、静磁場用磁石21内に形成される撮像領域の大きさの制限によって3軸方向に人の向きを変えることが困難である。つまり、不整脈の発作時においてcurrent density imagingによって3回のスキャンを行うことは不可能であり、従来のcurrent density imagingを用いても最早期興奮部位の同定を行うことができなかった。
【0119】
これに対して、医用画像処理装置42では、心筋の電流密度分布モデルを用いることによって、1方向成分の磁場分布さえ測定されていれば、心筋の電流密度分布を求めることができる。このため、医用画像処理装置42によれば、興奮により生じた電流分布を計測することが可能な期間が短くても心臓の電流密度の計測を行うことができる。
【0120】
特に、医用画像処理装置42では、基準時刻を自動的に設定し、基準時刻に対する相対時刻として電流密度のピーク時刻分布を表示させることができる。このため、画像化された電流密度のピーク時刻分布を参照することにより、ユーザは容易に興奮が伝播する過程及び最早期興奮部位を特定することができる。
【0121】
また、医用画像処理装置42では、最早期興奮部位が心内膜側にある場合であっても心外膜側にある場合であっても、最早期興奮部位を特定することが可能な同様なマップ画像を表示させることができる。このため、医用画像処理装置42により生成されたマップ画像に基づいて、従来のカテーテルによる測定よりも正確に最早期興奮部位を同定できることが期待される。
【0122】
不整脈である心室頻拍の治療では最早期興奮部位の除去を伴うため、術前に最早期興奮部位がより正確に特定されていることが必要である。このため、医用画像処理装置42により生成される心筋の興奮伝播情報を、不整脈の治療に役立てることができる。
【0123】
尚、上述した実施形態では、医用画像処理装置42を磁気共鳴イメージング装置20に内蔵した例を示したが、ネットワークを介して医用画像処理装置42を磁気共鳴イメージング装置20又は磁気共鳴イメージング装置20において収集されたデータを保存するデータサーバと接続してもよい。この場合、医用画像処理装置42には、磁気共鳴イメージング装置20により複数の時相において収集された心臓を含む領域における1方向成分の磁場分布及び心臓の形態画像データを磁気共鳴イメージング装置20又はデータサーバから取得する機能が備えられる。
【0124】
また、上述した実施形態では、磁気共鳴イメージング装置20により1方向成分の磁場分布が測定される例を示したが、2方向成分又は3方向成分を有する磁場分布を測定してもよい。
【0125】
以上、特定の実施形態について記載したが、記載された実施形態は一例に過ぎず、発明の範囲を限定するものではない。ここに記載された新規な方法及び装置は、様々な他の様式で具現化することができる。また、ここに記載された方法及び装置の様式において、発明の要旨から逸脱しない範囲で、種々の省略、置換及び変更を行うことができる。添付された請求の範囲及びその均等物は、発明の範囲及び要旨に包含されているものとして、そのような種々の様式及び変形例を含んでいる。
【符号の説明】
【0126】
20 磁気共鳴イメージング装置
21 静磁場用磁石
22 シムコイル
23 傾斜磁場コイル
24 RFコイル
25 制御系
26 静磁場電源
27 傾斜磁場電源
28 シムコイル電源
32 コンピュータ
37 寝台
38 ECGユニット
40 撮像条件設定部
41 データ処理部
42 医用画像処理装置
42A 心筋セグメント生成部
42B 電流密度分布算出部
42C 表示情報生成部
43 磁場分布記憶部
44 心臓形態画像記憶部
P 被検体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体の心臓における磁場分布及び前記心臓の形態画像データを取得するデータ取得手段と、
前記形態画像データに基づく前記心臓における電流密度の分布モデル及び前記磁場分布に基づいて前記心臓の電流密度の分布を求めるデータ処理手段と、
を備える医用画像処理装置。
【請求項2】
前記データ処理手段は、前記心臓の電流密度の時間変化に基づいて、前記電流密度のピークの分布及び前記電流密度がピークとなるときの基準となる時刻からの相対時刻の分布の少なくとも一方を求めるように構成される請求項1記載の医用画像処理装置。
【請求項3】
前記データ処理手段は、心筋断面領域に複数のセグメントが設定され、かつ前記複数のセグメント及び任意の位置にそれぞれ電流双極子を配置した分布モデルに基づいて前記電流密度の分布を求めるように構成される請求項1記載の医用画像処理装置。
【請求項4】
前記データ処理手段は、前記分布モデルに基づいて算出される磁場の分布と前記データ取得手段よって取得された前記磁場分布との差が最小となるように前記分布モデルのパラメータを変更させるフィッティングによって前記電流密度の分布を求めるように構成される請求項3記載の医用画像処理装置。
【請求項5】
前記データ処理手段は、前記電流双極子の大きさ及び向きが正の値となるように設定された分布モデルに基づいて前記電流密度の分布を求めるように構成される請求項3記載の医用画像処理装置。
【請求項6】
前記データ処理手段は、1方向成分を有する磁場分布に基づいて前記電流密度の分布を求めるように構成される請求項1記載の医用画像処理装置。
【請求項7】
コンピュータを、
被検体の心臓における磁場分布及び前記心臓の形態画像データを取得するデータ取得手段、及び
前記形態画像データに基づく前記心臓における電流密度の分布モデル及び前記磁場分布に基づいて前記心臓の電流密度の分布を求めるデータ処理手段、
として機能させる医用画像処理プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図13】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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