説明

医療用枕

【課題】 頭部を安定して支持することができる医療用の枕であって、側臥位及び腹臥位であっても眼球、口角等顔面の保護を図り、挿管チューブ等の治療用具の位置ずれや折れ曲がり等によるトラブルを低減することができる医療用枕を提供する。
【手段】 使用者の顔面と接触し、前記使用者の顔面を支持する接触面1と、前記接触面1に形成された溝部2と、を有する医療用枕10であって、前記溝部2は、使用者の眼球周辺、口部周辺、及び鼻部周辺のうち少なくともいずれかと接触する位置に形成されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用の枕に関するものであって、特に、側臥位又は腹臥位で手術等を行う際に下向き又は横向きの顔面を好適に支持できるものである。
【背景技術】
【0002】
従来、側臥位又は腹臥位の手術時は、患者の頭部をU字枕によって支持し、患者の体位確保を行ってきた。前記U字枕100は、図5に示すように、額と下顎の2点で頭部を支持する枕である。このU字枕100によれば、頭部の下方に空間を形成することができるため、挿管チューブの脱落等のトラブルを低減するとともに、眼球の保護にも優れており、側臥位又は腹臥位の手術時に好適に用いられてきた。
【0003】
しかし、前記U字枕100は、額と下顎の2点支持のため、使用者の頭部を十分に固定することが困難であり、体動により頭部が容易にずれ易く、挿管チューブの接触や口角・眼球の圧迫等が生じるおそれがあった。
【0004】
また、前記U字枕は、タオル101を円筒状に巻き、その周囲をスポンジ素材102で包んだものが多用されており、ある程度の弾力性は有するものの、額と下顎の2点で支持するため局部に圧が集中し、褥瘡の発生等皮膚障害の原因になっていた。
【0005】
さらに、他の従来例として、特許文献1には、中央部に使用者の顔面輪郭形状にほぼ相応した形状の孔を備え、少なくとも使用者の顔面周縁部を支持する前記孔の周縁部が弾性材料で構成された医療用枕200が記載されている。
【0006】
この医療用枕200は、海綿状材料から成り、図6に示すように、中央部に顔面輪郭形状にほぼ相応した逆三角形状の孔201が設けられ、この孔201は、孔201の周縁部で使用者の顔面周縁部を受けるように寸法決めされている。使用者は、前記孔201に合わせる位置に顔面をおくことにより、顔面周縁部で枕に支持される。従って、前記医療用枕200の使用中は縦方向には実質的に変位することがなく、安定して頭部が支持されると記載されている。
【0007】
しかし、前記医療用枕200は、前記孔201に使用者の顔面周縁部を合わせるため、頭部の安定性には優れるものの、側臥位又は腹臥位の際に眼球や口角が孔の底面と接触するので、実際に手術時に使用すると、挿管チューブへの干渉や眼球及び口角の圧迫等が生じることが考えられ、使用者の十分な保護を図ることへの懸念があった。
【特許文献1】特開2000−93276号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記種々の問題に鑑みてなされたものであり、頭部を安定して支持することができる医療用枕であって、側臥位及び腹臥位をとっても眼球、口角等顔面の保護が図られ、挿管チューブ、胃管カテーテル、鼻管チューブ等の治療用具が折れ曲がったり、所定位置からずれたり、脱落したりする等のトラブルを低減することができる医療用枕を提供することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前記課題を解決するために以下のように構成されている。本発明は、使用者の顔面と接触し、前記使用者の顔面を支持する接触面と、前記接触面に形成された溝部と
、を有する医療用枕であって、前記溝部は、使用者の眼球周辺、口部周辺及び鼻部周辺のうち少なくともいずれかと接触する位置に形成されていることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る医療用枕は、使用者の眼球周辺、口部周辺及び鼻部周辺の少なくともいずれかと接触する接触面に溝部が形成されているため、側臥位及び腹臥位であっても眼球、口角等を保護することができる。また、使用者の顔面は溝部以外の接触面全体で支持するため、支持面積が広くなり頭部を安定した状態で固定することができる。
【0011】
また、頭部を支持する支持面積が広くなることにより、局部に過大な圧力が加わることを防ぎ、褥瘡が発生する等の皮膚障害の発生を抑制することが可能となる。さらに、手術時又は治療時において口や鼻に挿管チューブを使用しても、前記溝部周辺に挿管チューブを配することができるとともに、溝部があるので挿管チューブを周囲から観察することができるため、挿管チューブが折れ曲がる、所定位置からずれる、脱落する等によるトラブルを低減することができるし、挿管チューブの挿入深さを確認することもできる。
【0012】
また、前記溝部は、使用者の顔面の幅方向において、枕本体の中心より側方寄りに形成されていることが望ましい。側臥位及び腹臥位では、使用者は顔面を横に向けて医療用枕を使用する。従って、前記眼球周辺、口部周辺及び鼻部周辺は、使用者の顔面の幅方向において枕本体の側方に位置する。前記溝部を枕本体の中心より側方寄りに配置することにより、使用者の頭部を枕本体の中央に安定した状態で支持しつつ、眼球周辺等に溝を設けることができる。
【0013】
また、本発明に係る医療用枕は、圧力分散性と通気性とを有する材料から形成されていることが望ましい。前記圧力分散性を有する材料とは、一点に加えられた圧力を分散して伝えることができる材料であり、例えば、低反発性ウレタン樹脂製発泡体やゲル素材等が挙げられるが、前者が好ましい。
【0014】
前記圧力分散性を有する材料によって枕を形成することにより、顔面の一部と枕が接触している場合であっても、その圧力を分散することができ、体重の約8%もあると云われている頭部の自重による顔面への圧力の付加を少なくすることができる。圧力分散性の程度は、枕に頭部を置いた時に枕に加わる圧力が30mmHg以下、好ましくは25mmHg以下、より好ましくは20mmHg以下が望ましい(なお、ここでの圧力は0以上とする)。従って、長時間の手術、治療においても、褥瘡の発生等による皮膚障害を防ぐことができ、使用者の負担を軽減することができる。また通気性を有することから、蒸れや唾液や消毒液等による皮膚障害を防ぐことができる。
【0015】
さらに、本発明に係る医療用枕は、前記接触面に複数の凹凸部が形成されていることが望ましい。前記接触面に複数の凹凸部を形成することにより、顔面と接触して支持する際に顔面の輪郭にフィットさせて、顔面を包んで支持することができる。さらに、接触面に複数の凹凸部を形成することにより、接触面が平滑面の場合と比較して、使用者の顔面との接触面積を増やし、圧力分散効果を高めることができる。
【0016】
また、本発明に係る医療用枕は、前記溝部が、前記接触面と対向する下面に貫通して形成されていてもよい。使用者が枕に頭部を載せると、自重により枕は凹む。この凹む深さは使用者によって異なるが、局部の圧迫を避けるため、前記口部周辺等が溝部の底と接触しないことが望ましい。前記溝部を上面から下面に貫通して形成することにより、使用者により多少自重の違いがあっても、使用者の眼球周辺、口部周辺及び鼻部周辺の少なくともいずれかに溝部による空間を設けることが可能となる。この溝部の大きさは、体動によって頭が溝部に落ちても額や下顎で支持でき、かつ挿管チューブや口角や眼球への圧迫を回避できる程度とする。
【発明の効果】
【0017】
以上のように本発明によれば、溝部以外の接触面全体で頭部を支持することができるため、安定した状態で頭部を支持することができる。さらに、局部に圧力が付加することを防ぎ、褥瘡の発生等による皮膚障害を抑制することができる。また、前記眼球周辺、口部周辺及び鼻部周辺の少なくともいずれかに形成された溝部を有しているため、使用者が側臥位及び腹臥位をとっても、使用者の眼球、口角等の保護を図るとともに、挿管チューブの装着状態を溝部近傍から観察して挿管チューブが折れ曲がったり、所定位置からずれたり、脱落したりする等の状況を常時監視して、治療用具のトラブルを低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を例示的に詳しく説明する。図1は、本実施の形態に係る医療用枕10の斜視図であり、図2は、医療用枕10の断面図である。本実施の形態に係る医療用枕10は、圧力分散性と通気性とを有する低反発性ウレタン樹脂製発泡体であり、その形状は略直方体である。
【0019】
低反発性ウレタン樹脂製発泡体は、高密度の発泡体であることから低反発性を示しながら高弾力性を維持しているので頭部の圧力分散が図られると同時に、一つ一つの気泡に小さな穴が開いて連通したいわゆる連続気泡構造体であることから、その穴を通じて空気が流通するのでそれ自体に通気性が確保されている。
【0020】
その結果、この発泡体を用いた医療用枕は、局部的に大きな力が集中して長時間開放されない状態を予防することができるので、使用者の自重が加わった際に起こりがちな褥瘡のような皮膚障害の発生が避けられる。さらに、皮膚表面から水分が発散しても、また唾液や消毒薬等が落下しても、枕の表面から蒸発するかまたは下部へと流れ去るので、防水シートを併用せずに直接使用しても、蒸れたり皮膚障害が発生したりすることを防止することができる。
【0021】
このような低反発性ウレタン樹脂製発泡体は、また体温を感じて柔軟性を示し、変形しやすくなることが望ましく、それによって頭部の自重が加わった時に枕と頭部や顔面との一体感、フィット感が得られるので、使用感が良好である。そのような物性を備えた低反発性ウレタン樹脂製発泡体の例として、ラックヘルスケア株式会社から販売されている商品名「ソフトナース」を挙げることができる。
【0022】
医療用枕10は、直方体の枕本体11、12を重合してなり、枕本体11の上面が使用者の頭部を支持する接触面1となる。前記接触面1には、使用者を支持した際に、使用者の口部周辺と接触する位置に略矩形の溝部2が形成されており、この溝部2は枕本体11を貫通している。前記枕本体11の下部には、枕本体12が配置されているため、溝部の底部2aは、枕本体12の上面となる。なお、図2では、枕の高さを調整するために枕本体11と12とを重ね合わせて使用しているが、厚さの維持が可能ならば枕本体11のみでもよいし、別素材の枕本体12と組み合わせて使用してもよい。
【0023】
枕本体11と12の上面には、大きさと形状とがほぼ同一の複数の凹部と凸部が形成されているが、枕本体12の表面には必ずしも凹凸部は必要ない。この凹凸部は弾力性を有し、使用者の頭部を支持するとともに凹部が広がって、顔面の輪郭と適合するように構成されている。図2では、枕本体11と12の上部凹凸部の形状が同じになっているが、異なる形状の11と12とを重ね合わせてもよい。
【0024】
このように構成した医療用枕10の使用においては、使用者は側臥位で自分の口部を接
触面1の溝部2に合わせることにより、接触面1全体で顔面全体を安定した状態で支持できる。また、前記溝部2により口部周辺に空間が形成されるため、口角への圧迫を避けることができるとともに、前記溝部2の周辺に挿管チューブを配置できるので、挿管チューブの位置や状態を常時監視することができる(図3参照)。
【0025】
さらに、前記枕本体11の上面に凹凸部が形成されていることにより、接触面積が増えることで圧力分散効果が高まり、また接触面1と顔面との間に微小な空間が形成され、良好な通気性を確保することが可能である。また、圧力分散性を有する低反発性ウレタン樹脂製発泡体であるため、局部の圧力が付加する場合であっても、その圧力は分散され、圧力の付加による皮膚障害を防ぐことが可能となる。
【0026】
<実験例>
(実験方法)本発明に係る医療用枕と従来のU字状枕をそれぞれ対象者に使用させて、枕の使用時間、頭部の安定性、挿管チューブ・口角・眼球の圧迫の有無とその程度、褥瘡発生の有無とその程度、側頭部と下顎部に付加する圧力値を調べた。
【0027】
(使用対象者)
・医療用枕:全身麻酔下において側臥位・腹臥位で手術を受ける成人患者40名
・U字状枕:ボランティア、非全身麻酔時の健康成人20名
【0028】
(使用枕)
医療用枕:図4に示す低反発性ウレタン樹脂製発泡体で作成した枕であって、ラックヘルスケア株式会社から販売されている商品名「ソフトナース」を使用した。この材料は、体温を感じて柔らかく変形しうる特性を有していることから、頭部が表面凹凸に良好にフィットする。形状は、一枚の厚さが6cmの略直方体であって、二枚重ねて用いた。
【0029】
サイズは、縦が頭頂部から第一頸椎の長さ24cm、横が右側頭骨端から左側頭骨端の長さに余裕を持たせた長さ30cm、高さが手術ベットに側臥位になり、頭部がベットと水平の位置でベットから耳介の高さ12cmとした。接触面には、複数の凹凸を設け、溝を形成した。溝のサイズは、縦が眼瞼上縁から下顎下部の長さ12cm、横が頬から鼻の頂点の長さ4cm、深さが6cmとした。また、凸部の底辺長さ4.5cm、高さ2.5cm、凸部の頂点間距離は5cmであった。
【0030】
U字状枕:図5に示す枕であり、タオル101を円筒状に巻き、その周囲をスポンジ素材102で包んでいる。頭部を支持する位置は、額と下顎の2点である。
【0031】
(結果)
【表1】

表1は、本発明に係る医療用枕とU字形状枕とを使用した時に側頭部と下顎部で測定した圧力値の平均値である。側頭部と下顎部のいずれにおいても、U字状枕に比べて本発明に係る医療用枕の方が圧力値が低いという結果を得た。すなわち、本発明に係る医療用枕は、局部への圧力集中が少なく顔面全体に圧力が分散されていることがわかった。
【0032】
また、U字状枕の圧力値の平均値は、側頭部42.7(平均値)±7.65(標準偏差
)であり、下顎部47.36(平均値)±9.18(標準偏差)である。この値は、皮膚表面の毛細血管の閉塞圧32mmHgより高く、褥瘡の発生要因と考えられる。これに対して、本発明に係る医療用枕の圧力値は、最も高い値で16.19(平均値)±6.23(標準偏差)であり、褥瘡の発生予防に効果が期待される。
【0033】
さらに、頭部の安定性、挿管チューブ・口角・眼球の圧迫の有無とその程度、褥瘡発生の有無とその程度のいずれの項目においても、本発明に係る医療用枕がU字状枕より、良好な結果が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本実施の形態に係る医療用枕10を示す斜視図である。
【図2】本実施の形態に係る医療用枕10の断面図である。
【図3】本実施の形態に係る医療用枕10の使用状態を示す図である(挿管チューブ挿入時)。
【図4】実験例に用いた医療用枕10の使用状態を示す図である。
【図5】従来のU字状枕100の使用状態を示した図である。
【図6】従来の医療用枕200の概略図である。
【符号の説明】
【0035】
1 接触面
2 溝部
3 側面
4 凸部
5 凹部
10 医療用枕
11,12 枕本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用者の顔面と接触し、前記使用者の顔面を支持する接触面と、前記接触面に形成された溝部と、を有する医療用枕であって、
前記溝部は、使用者の眼球周辺、口部周辺、及び鼻部周辺のうち少なくともいずれかと接触する位置に形成されていることを特徴とする医療用枕。
【請求項2】
前記溝部は、使用者の顔面の幅方向において枕本体の中心より側方寄りに形成されていることを特徴とする請求項1に記載の医療用枕。
【請求項3】
前記医療用枕は、圧力分散性と通気性とを有する材料からなることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の医療用枕。
【請求項4】
前記接触面には、複数の凹凸部が形成されていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の医療用枕。
【請求項5】
前記溝部は、前記接触面と対向する下面に貫通して形成されていることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の医療用枕。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−223726(P2006−223726A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−43826(P2005−43826)
【出願日】平成17年2月21日(2005.2.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本手術医学会 日本手術医学会誌 第25巻3号 86頁 93 「側臥位・腹臥位手術時の有効な枕の検討」 平成16年8月31日発行 第26回 日本手術医学会総会 日本手術医学会 平成16年11月12日開催
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】