説明

半凝固金属スラリーの製造方法

【課題】微細で且つほぼ均一な球状の結晶粒子が得られ、かつ傾斜冷却体の通路上で溶融金属が膜状に凝固することを防止できる半凝固金属スラリーの製造方法を提供する。
【解決手段】当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)に対して、傾斜冷却体に接触させる直前の溶融金属の温度(℃)を、TL+60超えとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造および鍛造用の半凝固金属スラリーの製造方法に係り、より詳しくは、微細な結晶粒子(固相)と溶融金属(液相)とが混在する半凝固金属スラリーからなり、レオキャストや鍛造や、チクソキャストに使用するための半凝固金属スラリーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の金属スラリーは、結晶粒子が液相マトリックス中に互いに分離した状態で存在し、その結晶粒子ができるだけ微細で且つ均一な非樹枝状、好ましくは球状であることが必要である。この様な半凝固状態の金属スラリーそのものや、それを一旦連鋳で急冷して得たビレットを再加熱したものは、高固相率で低粘度の半溶融金属となり、これを用いて鋳造することで、鋳造製品の収縮巣の発生を抑制できると共に強度を向上させることができる。
【0003】
そのため、従来から、各種の半凝固金属スラリーの製造方法が提案されている(例えば特許文献1)。この特許文献1に記載の方法は、アルミニウム合金からなる溶融金属を、当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)からTL+60(℃)の間の温度で傾斜冷却体に注ぎ流すことで急冷し、当該溶融金属の少なくとも一部を固液共存状態とすると共に、傾斜冷却体に接触後の溶融金属中に細粒で粒状の1次粒子を晶出させることを特徴としている。その後、例えば図2に示すように、保温カップ3内で、晶出させた1次粒子を含む溶融金属を半溶融温度域に所定の時間保持することにより、1次粒子を成長させて半凝固金属スラリーを得るようにしている。図2中、1は溶融金属保持炉、1Aは給湯管、2は傾斜冷却体を示す。
【特許文献1】特開平8−187547号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、傾斜冷却体を用い、アルミニウム合金からなる溶融金属を当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)からTL+60(℃)の間の温度で傾斜冷却体に注ぎ流すことで急冷した場合、傾斜冷却体の通路上で溶融金属が膜状に凝固するという問題が生じた。
本発明は、上記従来技術の問題点を解消し、微細で且つほぼ均一な球状の結晶粒子が得られ、かつ傾斜冷却体の通路上で溶融金属が膜状に凝固することを防止できる半凝固金属スラリーの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、溶解したアルミニウム合金からなる溶融金属を傾斜冷却体に注ぎ流すことで急冷し、その後、前記傾斜冷却体の下端から流れ出る溶融金属を所定の温度域に所定の時間保持することにより、微細な結晶粒子と溶融金属とが混在する半凝固金属スラリーを得る半凝固金属スラリーの製造方法において、当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)に対して、前記傾斜冷却体に接触させる直前の溶融金属の温度(℃)を、TL+60超えとすることを特徴とする半凝固金属スラリーの製造方法である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)に対して、傾斜冷却体に接触させる直前の溶融金属の温度(℃)をTL+60超えとしたので、傾斜冷却体の通路上で溶融金属が膜状に凝固することを防止できる。このため、膜状凝固シェルが傾斜冷却体の通路上から剥がれ落ちて、半凝固金属スラリー中に混入することがなくなり、半凝固金属スラリーを効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、図2、3により、半凝固金属スラリーの製造方法について説明する。この溶融金属保持炉1は、アルミニウム合金からなる溶融金属を、液相線温度TL(℃)以上の温度で収容保持して置くための炉であり、周知の電気炉内に黒鉛ルツボが収容されていると共に、側部にヒーターを備えた給湯管1Aを連通させてなる。
【0008】
傾斜冷却体2は、その上部が給湯管1Aの注下口の直下位置に来るように装置架台に取り付けされ、給湯管1Aを経て傾斜冷却体2の上部に溶融金属を流下させることができるように配設されている。保温カップ3は、ターンテーブル上に置かれ、傾斜冷却体2の下端から流下する溶融金属を順次受ける位置に配置されている。
上記の傾斜冷却体2としては、例えば銅板を樋形状(半割り円筒形状)または管形状(円筒形状)に形成した後、耐溶損性のあるコーティングを施し、その表面を平滑に仕上げてなるものを用いるのが好ましい。銅製の傾斜冷却板を用いた場合には、溶融金属保持炉1の給湯管1Aから注がれた溶融金属を効果的に急冷することができる。傾斜冷却体2の機能は、溶融金属の一部を固液共存状態にすると共に、溶融金属中に細粒の1次粒子を晶出させることにある。
【0009】
上記の保温カップ3は、溶融金属を所定の温度で所定の時間保持するものであり、内層が耐火物製のものが好適である。なお、酸化物の生成を防ぐため、保温カップ3を非酸化性雰囲気の保温炉に入れてもよいし、ターンテーブル上に置かれたカップの周囲を非酸化性雰囲気としてもよい。図2中、1Bは、傾斜冷却体に流下させる出湯量を調整するための制御棒である。
【0010】
ところで、傾斜冷却体2には、図3に示すように、通路2Bの表面温度をコントロールするための冷却用パイプ2Aが設けてある。半凝固金属スラリーの製造時には、冷却用パイプ2A内に一定量の冷却水を供給し、通路2Bの表面温度が過度に上昇するのを防止している。
このため、図2,3に示した装置を用い、例えばJIS A7075アルミニウム合金の溶湯を、アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)からTL+60(℃)の間の温度で傾斜冷却体2に注ぎ流すことで急冷した場合、傾斜冷却体の通路上で溶融金属が膜状に凝固してしまうことがあった。
【0011】
そこで、本発明では、当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)に対して、傾斜冷却体2に接触させる直前の溶融金属の温度、すなわち、傾斜冷却板直上の箇所P2で測定した溶湯温度(℃)をTL+60超えに調整する。傾斜冷却体2に接触させる直前の溶融金属の温度(℃)がTL+60以下では、傾斜冷却体2の通路2B上で溶融金属が膜状に凝固してしまうことを防止するのが難しくなる。
【0012】
一方、傾斜冷却体2に接触させる直前の溶融金属の温度を高く調整した場合には、溶融金属を収容保持して置く溶融金属保持炉1内での溶湯温度をそれ以上の高温に設定する必要があるため、加熱エネルギーが余分にかかることになる。そこで、傾斜冷却体2に接触させる直前の溶融金属の温度(℃)は、当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)に対して高くし過ぎないよう、TL+90以下に調整するのが好ましい。
【実施例】
【0013】
図2,3に示す装置を用いて、JIS A7075アルミニウム合金の半凝固金属スラリーの製造実験を行い、溶解した溶融金属を傾斜冷却体に注ぎ流すことで急冷し、その後、傾斜冷却体の下端から流れ出る溶融金属を所定の温度域に所定の時間保持した後の金属スラリーの組織並びに平均結晶粒径を調べると共に、溶融金属が傾斜冷却板2上で流れ難くなる溶融金属の流動性悪化条件を調べた。図2中、P1、P2、P3は測温箇所を示す。
〔実験条件〕
保持炉内の溶湯温度、銅製の傾斜冷却板の傾斜角度θ、冷却用パイプ内の冷却水流量を以下の範囲で変更した。
保持炉内の溶湯温度(℃):TL+10,TL+30,TL+50,TL+70,TL+100、
水平面に対する銅製の傾斜冷却板の傾斜角度θ(°):30,45,60、
冷却用パイプ内の冷却水流量(リットル/分):1,3,5。
(その他の条件)
銅製の傾斜冷却板の上部に流下させる溶湯流量:0.639(リットル/分)、
銅製の傾斜冷却板の上部の流下点から下端までの距離:120(mm)、
保温カップ3内への目標充填量:1.0〜1.2(kg)
保温カップ3内での保持時間:30(秒)、
保温カップ3の予熱温度(℃):650〜700。
【0014】
なお、金属スラリーの平均結晶粒径は、保温カップ3内で30秒保持した後の金属スラリーを、鋳鉄製のサンプラーで約370cc採取し、サンプラーごと速やかに水冷し、得られた試料の金属組織を顕微鏡観察して求めた。その際、金属スラリーを30秒保持する時の保温カップ3内のスラリー温度は、箇所P3で測定した。横軸に、箇所P3で測定したスラリー温度を取り、縦軸に、傾斜冷却板直上の箇所P2で測定した溶湯温度を取って、試料の金属組織を顕微鏡観察して得た平均結晶粒径との関係を図1に示す。
【0015】
図1に示した結果から、当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)に対して、銅製の傾斜冷却板直上の溶湯温度(℃)をTL+60超えとした場合でも、平均結晶粒径が70μm未満の半凝固金属スラリーが得られることがわかった。また、保温カップ3内の箇所P3で測定したスラリー温度も当該溶解したアルミニウム合金の液相線温度TL(℃)をほとんどの実験条件で超えている。
【0016】
この実験条件のうち、図4には、平均結晶粒径が70μm未満であり、銅製の傾斜冷却板直上の溶湯温度が719℃(=TL+87)でかつ保温カップ3内のスラリー温度が666℃(=TL+34)の条件で得られた金属組織の顕微鏡観察結果(100倍で観察)を示した。図4に示した金属組織の写真から、結晶粒子が非樹枝状に成長した金属スラリーが得られていることがわかる。
【0017】
図5には、平均結晶粒径が89μm未満であり、銅製の傾斜冷却板直上の溶湯温度が720℃(=TL+88)でかつ保温カップ3内のスラリー温度が700℃(=TL+68)の条件で得られた金属組織の顕微鏡観察結果(100倍で観察)を示した。図5に示した金属組織は、上記実験条件のうち、最も傾斜冷却板直上の箇所P2で測定した溶湯温度と、保温カップ3内の箇所P3で測定したスラリー温度が高い条件での半凝固金属スラリーである。他の実験条件でも同様に金属組織の顕微鏡観察を行ったが、図1に示した実験条件の範囲内で、結晶粒子が非樹枝状に成長した金属組織が得られた。
【0018】
また、傾斜冷却板上において、溶融金属が膜状に凝固してしまう膜状凝固シェルの生成回数と、傾斜冷却板上の箇所P2で測定した溶湯温度(℃)との関係をTL+60(当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)=632)で区分して表1に示した。
【0019】
【表1】

【0020】
表1に示す結果から明らかなように、本発明の範囲を外れた条件(B)の場合、傾斜冷却体の通路上で膜状凝固シェルが生成されることがあったが、本発明の範囲内である条件(A)の場合、膜状凝固シェルの生成回数が0回となっている。これから、当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)に対して、銅製の傾斜冷却板直上の溶湯温度(℃)をTL+60超えとした場合には、傾斜冷却体の通路上で膜状凝固シェルが生成されないため、傾斜冷却体の通路上から剥がれ落ちて、半凝固金属スラリー中に混入することがないことがわかる。このため、本発明の方法によれば、半凝固金属スラリーを効率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の方法により得た金属スラリーの平均結晶粒径と、製造条件との関係を示す特性図である。
【図2】本発明の方法を実施するための装置の一例を示す断面図である。
【図3】図1の装置の要部を示す断面図である。
【図4】金属組織の顕微鏡観察結果を示す図代替え写真である。
【図5】金属組織の顕微鏡観察結果を示す図代替え写真である。
【符号の説明】
【0022】
1 溶融金属保持炉
1A 給湯管
1B 制御棒
2 傾斜冷却体
2A 冷却用パイプ
2B 通路
3 保温カップ
P1 保持炉内の箇所
P2 傾斜冷却板直上の箇所
P3 保温カップ内の箇所
θ 水平面に対する傾斜冷却体の傾斜角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶解したアルミニウム合金からなる溶融金属を傾斜冷却体に注ぎ流すことで急冷し、その後、前記傾斜冷却体の下端から流れ出る溶融金属を所定の温度域に所定の時間保持することにより、微細な結晶粒子と溶融金属とが混在する半凝固金属スラリーを得る半凝固金属スラリーの製造方法において、当該アルミニウム合金の液相線温度TL(℃)に対して、前記傾斜冷却体に接触させる直前の溶融金属の温度(℃)を、TL+60超えとすることを特徴とする半凝固金属スラリーの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−268601(P2007−268601A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−100738(P2006−100738)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(506109753)株式会社正田製作所 (8)
【出願人】(304009862)三友精機株式会社 (5)
【出願人】(598163064)学校法人千葉工業大学 (101)