説明

反射防止膜を有する光学素子及びその製造方法

【課題】 疎水性を有する低屈折率の反射防止膜であって、低いガラス転移温度を有するレンズにも適用可能な反射防止膜を有する光学素子を提供する。
【解決手段】 レンズ1の表面11に反射防止膜2を有する光学素子であって、レンズ1は基板傾斜角度50°以上の部分を有効径内全体に対する投影面積比率で10%以上有し、反射防止膜2は有機修飾されたシリカエアロゲル層を有し、有機修飾シリカエアロゲル層はスプリングバック現象によって形成された光学素子及びその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射防止膜を有する光学素子に関し、特に光ピックアップ装置、半導体装置、内視鏡等に用いる大きな開口数(NA)を有する光学素子、及び光通信に用いるボール状の光学素子に好適な光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
光ピックアップ装置や半導体装置の対物レンズには、大きな開口数を有するレンズが使用されており、近年では、レーザーの使用波長を405 nmとし、NA0.85の対物レンズを用いた光ピックアップ装置が提案されている。NA0.85のレンズは、例えば図3に示すような形状である。対物レンズとして使用する場合、レーザー光はR1面側から照射され、R2面側に透過する。レーザー光はほぼ平行光であり、対物レンズの中心に垂直入射するように照射される。このためレンズ周辺部においては、光線入射角は非常に大きい。図3に示す例では、レンズの有効径E内における光の最大入射角度は65°である。対物レンズは照射された光を効率的に透過させるのが望ましいが、入射角度に比例して反射光量も多くなる。図3に示す形状であって、反射率1.72のガラスからなるレンズのR1面における反射率を図4に示す。光線入射角度65°の位置では、照射された光のうち15.5%は反射されてしまう。
【0003】
反射光量を減少させて照射光を効率よく透過させるために、光ピックアップ装置や半導体装置の対物レンズの表面には反射防止膜がコーティングされている。例えば単層の反射防止膜は、反射防止膜表面での反射光と、反射防止膜とレンズの境界での反射光との光路差が波長の1/2の奇数倍となってこれらの光が干渉により打ち消し合う厚さになるように設計される。単層の反射防止膜は、基材より小さく、かつ空気等の入射媒質より大きい屈折率を有するように設計される。屈折率1.5程度のガラスからなるレンズの反射防止膜は、屈折率1.2〜1.25が理想的であると言われている。しかし、このような理想的な屈折率を有する物質は無いので、屈折率1.38のMgF2が反射防止膜材料として汎用されている。
【0004】
特開平6-167601号(特許文献1)は、基板の成膜面をエッチングしたのち、前記成膜面にSiO2に対するNaFの体積混合比が1乃至3の範囲内の混合膜を蒸着し、ついで前記混合膜を水中に浸漬する多孔質反射防止膜の製造方法を記載している。SiO2とNaFとからなる混合膜を水に浸すと、NaFが水に溶解して微細孔となり、SiO2からなる多孔質反射防止膜が得られる。この製造方法により得られる多孔質反射防止膜は、1.3程度の屈折率を有する。しかしながらこの多孔質反射防止膜は大きな吸湿性を有しており、使用中に微細孔に水が入り込んで屈折率が変化する等、経時劣化が大きいという問題がある。
【0005】
特開2001-272506号(特許文献2)は、CVD法を用いて低温でアルキル基をを含む膜を基体に形成した後、熱処理により膜中からこれらアルキル基を脱離して微細な気孔を生じさせる反射防止膜の製造方法を記載している。具体的には大きな分極性を有するアルキルアミン等と、テトライソシアネートシラン等のアルコキシシランとの反応によりシリカ膜を形成した後、シリカ膜を300℃以上で加熱することによりアルキル基を脱離及び気化させる。これにより孔径10 nm未満の微細な気孔がシリカ膜中に形成し、1.25程度の屈折率を有するシリカ膜となる。加熱処理により多孔質シリカ膜の疎水性は向上し、経時劣化は起こり難くなる。しかしシリカ膜に十分な疎水性を付与するためには、400℃超で加熱する必要がある一方、光ピックアップの対物レンズ用のガラスモールドレンズには400℃より低いガラス転移温度を有するものもあり、高温の加熱処理に適していないという問題がある。
【0006】
【特許文献1】特開平6-167601号公報
【特許文献2】特開2001-272506号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、疎水性を有する低屈折率の反射防止膜であって、低いガラス転移温度を有するレンズにも適する反射防止膜を有する光学素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、(a) 有機修飾されたシリカエアロゲル層を有する反射防止膜は、低屈折率であって疎水性を有すること、及び(b) ゲル状の酸化ケイ素を有機修飾した後でゾル状にしてレンズ表面にコーティングすると、ゲルの収縮及びスプリングバック現象によって有機修飾シリカエアロゲル層が得られることを発見し、本発明に想到した。
【0009】
すなわち、本発明の光学素子は、レンズ表面に反射防止膜を有するもので、前記反射防止膜は有機修飾されたシリカエアロゲル層を有し、有機修飾シリカエアロゲル層はスプリングバック現象によって形成したものであることを特徴とする。
【0010】
前記レンズの屈折率が1.45〜1.85であって、前記有機修飾シリカエアロゲル層の屈折率が1.15〜1.35であるのが好ましい。前記レンズの有効径内であって基板傾斜角度50°以上の部分の投影面積は、前記有効径内の投影面積の10%以上であるのが好ましい。前記有機修飾シリカエアロゲル層の物理層厚は50〜150 nmであるのが好ましい。
【0011】
本発明の反射防止膜の製造方法は、(a) ゾル状又はゲル状の酸化ケイ素を有機修飾剤と反応させて有機修飾ゾル又は有機修飾ゲルとする工程と、(b) 前記有機修飾ゾル又は前記有機修飾ゲルをゾル状にしたものを前記レンズ表面にコーティングし、得られた有機修飾シリカゲル層にスプリングバック現象を生じさせ、有機修飾シリカエアロゲル層にする工程とを有することを特徴とする。
【0012】
前記有機修飾ゾル又はゲルを超音波処理した後で、前記レンズ表面に前記シリカゲル層を形成するのが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の光学素子はレンズ表面に反射防止膜を有し、反射防止膜は有機修飾されたシリカエアロゲル層を有する。シリカエアロゲル層は大きな空隙率を有するため、小さな屈折率を示す。また有機基の結合したシリカエアロゲル層は優れた疎水性を有し、経時劣化し難い。
【0014】
有機修飾シリカエアロゲル層は、有機修飾した酸化ケイ素含有ゾルをレンズ表面にコーティングした後で乾燥することにより、加熱する必要無く作製可能である。このため低いガラス転移温度を有するレンズにも、レンズ変性を起こすことなく成膜することができる。シリカゲルは乾燥により収縮するものの、乾燥し終わった後はスプリングバック現象によって元に戻るので、大きな空隙率になる。従って、本発明の反射防止膜の製造方法により、大きな空隙率と優れた疎水性とを兼ね備えたシリカエアロゲル層を有する反射防止膜を作製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
[1] 光学素子
図1は本発明の光学素子の一例を示す。図1に示す光学素子は、凸状の第一の面11を有するレンズ1と、第一の面11に成膜された反射防止膜2とからなる。光学素子の裏面側は、凹状の第二の面12となっている。図1に示す例では第一の面11にのみ反射防止膜2が成膜されているが、本発明はこれに限定されず、レンズ1の第一の面11及び第二の面12に反射防止膜2が成膜されたものを含む。また回折を生じるように第一の面11及び/又は第二の面12に輪帯が形成されたものも本発明の範疇である。なお図中の反射防止膜2は、実際より厚く描かれている。
【0016】
図1(b) に示すように、レンズ1の有効径E内であって基板傾斜角度θが50°以上の部分の投影面積Sは、有効径E内部の投影面積の10%以上である。このようなレンズの場合、有効径E内部における最大基板傾斜角度θmaxは通常60°〜75°である。本明細書において基板傾斜角度θは、図2に示すように第一の面11の中心110に接する面Foと、第一の面11上の点tに接する面Fとのなす角度を示す。60°〜75°の最大基板傾斜角度θmaxを有するレンズは、光ピックアップ装置等の対物レンズに好適である。
【0017】
レンズ1の屈折率は1.45〜1.85であるのが好ましい。屈折率1.45未満であると、高Na化し難すぎる。屈折率1.85超であると、一般に紫外〜青色域の波長の光を吸収するので特に405 nm光用途では硝材として適しない。屈折率1.45〜1.85の物質の例としては、BK7、LASF016等の光学ガラス、パイレックス(登録商標)ガラス、石英、青板ガラス、白板ガラス、PMMA樹脂、PC樹脂、ポリオレフィン系樹脂が挙げられる。
【0018】
反射防止膜2はシリカエアロゲル層を有する。図1に示す例では反射防止膜2は単層であるのでシリカエアロゲル層のみからなっているが、本発明はこれに限定されず、シリカエアロゲル層以外の層を有するものを含む。多層の反射防止膜2の場合、シリカエアロゲル層を表面に有するのが好ましい。シリカエアロゲル層を表面に設けることにより、入射媒質と反射防止膜2との屈折率差が小さくなって、良好な反射防止効果を得ることができる。
【0019】
シリカエアロゲル層は有機修飾されている。具体的にはメチル基、エチル基、フェニル基、シリル基等の有機基がシリカの末端に結合している。このためシリカエアロゲル層の微細孔には水分子が入り込み難く、またシリカエアロゲル層の表面に水が結合し難い。従って、シリカエアロゲル層は優れた疎水性を有する。
【0020】
シリカエアロゲル層の好ましい厚さは、屈折率や使用波長によって様々である。光ピックアップ装置の対物レンズの場合、シリカエアロゲル層の好ましい物理層厚は50〜150 nmである。
【0021】
レンズ周辺部における反射防止膜2の物理膜厚Dとレンズ中心の物理膜厚D0との比D/D0は、(COS(基板傾斜角度))0.7〜(COS(SIN-1(SIN(基板傾斜角度/反射防止膜の屈折率))))-1であるのが好ましい。本明細書中、「レンズ周辺部」とは基板傾斜角度θが50°以上の部分を示す。反射防止膜2の物理膜厚はレンズ中心から周辺部にかけて徐々に小さくなっているものの、その減少は比較的小さい。このためレンズ中心で最適な膜厚となるように設計されている場合でも、レンズ周辺部における反射防止膜2の膜厚が小さ過ぎず、良好な反射防止効果を示すことができる。レンズ周辺部における物理膜厚が一様でない場合、その最大値、最小値及び平均値のいずれを物理膜厚Dとしても良い。
【0022】
反射防止膜2の屈折率は1.15〜1.35であるのが好ましい。屈折率は反射防止膜2の空孔率に依存する。屈折率1.15未満にするには、反射防止膜2の空孔率を67%超にする必要がある。このため屈折率1.15未満であると、機械的強度が小さすぎる。屈折率1.35超であると、優れた反射防止効果が得られない。
【0023】
[2] 光学素子の製造方法
レンズ1の表面にシリカエアロゲル層のみからなる反射防止膜2を形成する場合を例にとって、光学素子の製造方法を説明する。
(a) シリカエアロゲル層の原料
(a-1) アルコキシシラン及びシルセスキオキサン
アルコキシシラン及び/又はシルセスキオキサンの加水分解重合により、シリカゾル及びシリカゲルが生成する。アルコキシシランはモノマーでも、オリゴマーでも良い。アルコキシシランモノマーはアルコキシル基を3つ以上有するのが好ましい。アルコキシル基を3つ以上有するアルコキシシランを出発原料とすることにより、優れた均一性を有する反射防止膜が得られる。アルコキシシランモノマーの具体例としてはメチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラブトキシシラン、テトラプロポキシシラン、ジエトキシジメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジエトキシジメチルシランが挙げられる。アルコキシシランオリゴマーとしては、上述のモノマーの縮重合物が好ましい。アルコキシシランオリゴマーはモノマーの加水分解重合により得られる。
【0024】
シルセスキオキサンを出発原料とした場合も、優れた均一性を有する反射防止膜が得られる。シルセスキオキサンは一般式RSiO1.5(ただしRは有機官能基を示す。)により表され、ネットワーク状ポリシロキサンの総称である。Rとしては、例えばアルキル基(直鎖でも分岐鎖でも良く、炭素数1〜6である。)、フェニル基、アルコキシ基(例えばメトキシ基、エトキシ基等)が挙げられる。シルセスキオキサンはラダー型、籠型等種々の構造を有することが知られている。また優れた耐候性、透明性及び硬度を有しており、シリカエアロゲルの出発原料として好適である。
【0025】
(a-2) 溶媒
溶媒は水とアルコールからなるのが好ましい。アルコールとしてはメタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、i-プロピルアルコールが好ましく、エタノールが特に好ましい。溶媒の水/アルコールのモル比は0.1〜2であるのが好ましい。水/アルコールのモル比が2超であると、加水分解が速過ぎる。水/アルコールのモル比が0.1未満であると、アルコキシシラン及び/又はシルセスキオキサン(以下、単に「アルコキシシラン等」という)の加水分解が十分に起こらない。
【0026】
(a-3) 触媒
アルコキシシラン等の水溶液に触媒を添加するのが好ましい。適当な触媒を添加することによりアルコキシシラン等の加水分解反応を促進することができる。触媒は酸性であっても塩基性であっても良い。酸性の触媒としては塩酸、硝酸及び酢酸が挙げられる。塩基性の溶媒としてはアンモニア、アミン、NaOH、KOHが挙げられる。好ましいアミンとしてはアルコールアミン、アルキルアミン(例えばメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、n-ブチルアミン、n-プロピルアミン。)が挙げられる。
【0027】
(b) ゾル及び/又はゲルの作製
水とアルコールからなる溶媒に、アルコキシシラン等を溶解する。溶媒/アルコキシシラン等のモル比は3〜40にするのが好ましい。モル比を3未満とすると、アルコキシシラン等の重合度が大きくなり過ぎる。モル比を40超とすると、アルコキシシラン等の重合度が小さくなり過ぎる。触媒/アルコキシシラン等のモル比は1×10-4〜3×10-2にするのが好ましく、3×10-4〜1×10-2にするのがより好ましい。モル比が1×10-4未満であると、アルコキシシラン等の加水分解が十分に起こらない。モル比を3×10-2超としても、触媒効果は増大しない。
【0028】
アルコキシシラン等を含む溶液を20〜60時間程度エージングする。具体的には、25〜90℃で溶液を静置するか、ゆっくり撹拌する。エージングによりゲル化が進行し、酸化ケイ素を含有するゾル及び/又はゲルが生成する。本明細書中、「酸化ケイ素を含有するゾル」には酸化ケイ素からなるコロイド粒子が分散状態になっているもののほか、凝集したコロイド粒子からなるゾルのクラスターが分散状態になっているものも含まれる。
【0029】
(c) 有機修飾
ゾル及び/又はゲルに有機修飾剤の溶液を加え、ゾル及び/又はゲルと有機修飾剤溶液とが十分接触した状態にすることにより、ゾル又はゲルを構成する酸化ケイ素の末端にある水酸基等の親水性基を疎水性の有機基に置換する。好ましい有機修飾剤は下記式(1)〜(6)
MpSiClq ・・・(1)
M3SiNHSiM3 ・・・(2)
MpSi(OH)q ・・・(3)
M3SiOSiM3 ・・・(4)
MpSi(OM)q ・・・(5)
MpSi(OCOCH3)q ・・・(6)
(ただしpは1〜3の整数であり、qはq = 4−p を満たす1〜3の整数であり、Mは水素、アルキル基又はアリール基であり、アルキル基は置換又は無置換であって炭素数1〜18であり、アリール基は置換又は無置換であって炭素数5〜18である。)のいずれかにより表される化合物及びそれらの混合物である。
【0030】
有機修飾剤の具体例としてトリエチルクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ジエチルジクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、アセトキシトリメチルシラン、アセトキシシラン、ジアセトキシジメチルシラン、メチルトリアセトキシシラン、フェニルトリアセトキシシラン、ジフェニルジアセトキシシラン、トリメチルエトキシシラン、トリメチルメトキシシラン、2-トリメチルシロキシペント-2-エン-4-オン、n-(トリメチルシリル)アセトアミド、2-(トリメチルシリル)酢酸、n-(トリメチルシリル)イミダゾール、トリメチルシリルプロピオレート、ノナメチルトリシラザン、ヘキサメチルジシラザン、ヘキサメチルジシロキサン、トリメチルシラノール、トリエチルシラノール、トリフェニルシラノール、t-ブチルジメチルシラノール及びジフェニルシランジオールが挙げられる。
【0031】
有機修飾剤溶液の溶媒はヘキサン、シクロヘキサン、ペンタン、ヘプタン等の炭化水素類、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、i-プロピルアルコール等のアルコール類、アセトン等のケトン類、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物が好ましい。
【0032】
有機修飾剤の種類や濃度にもよるが、有機修飾反応は10〜40℃で進行させるのが好ましい。10℃未満であると、有機修飾剤が酸化ケイ素と反応し難過ぎる。40℃超であると、有機修飾剤が酸化ケイ素以外と反応し易過ぎる。反応中、溶液の温度及び濃度に分布が生じないように、溶液を撹拌するのが好ましい。例えば有機修飾剤溶液がトリエチルクロロシランのヘキサン溶液の場合、10〜40℃で20〜40時間(例えば30時間)程度保持すると、シラノール基が十分にシリル修飾される。修飾率は10〜30%であるのが好ましい。
【0033】
(d) 分散媒の置換
ゾル及び/又はゲルの分散媒は、前述のエージング工程においてエージングを促進したり遅らせたりする表面張力及び/又は固相−液相の接触角や、有機修飾工程における表面修飾の範囲に影響する他、後述するコーティング工程における分散媒の蒸発率にも関係する。ゲルに取り込まれている分散媒は、ゲルの入った容器に置換すべき分散媒を注ぎ、振とうした後でデカンテーションする操作を繰り返すことによって置換することができる。ゾルの場合、低沸点の分散媒又は置換すべき分散媒と共沸する分散媒をゾルに加え、元の分散媒を揮発させた後、新しい分散媒を補給することによって置換することができる。
【0034】
置換する分散媒としては水、エタノール、メタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサン、ヘプタン、ペンタン、シクロヘキサン、トルエン、アセトニトリル、アセトン、ジオキサン、メチルi-ブチルケトン、プロピレングリコールモノメチルエーテル、酢酸エチル及びこれらの混合物を使用するのが好ましい。
【0035】
(e) 超音波処理
超音波処理により、ゲル状及び/又はゾル状の有機修飾酸化ケイ素をコーティングに好適な状態にすることができる。ゲル状の有機修飾酸化ケイ素の場合、超音波処理により、電気的な力若しくはファンデルワールス力によって凝集していたゲルが解離するか、金属と酸素との共有結合が壊れて、分散状態になると考えられる。ゾル状の場合も、超音波処理によってコロイド粒子の凝集を少なくすることができる。超音波処理には、超音波振動子を利用した分散装置を使用することができる。照射する超音波の周波数は10〜30 kHzとするのが好ましい。出力は300〜900 Wとするのが好ましい。
【0036】
超音波処理時間は5〜120分間とするのが好ましい。超音波を長く照射するほど、ゲル及び/又はゾルのクラスターが細かく粉砕され、凝集の少ない状態になる。このため超音波処理によって得られるシリカ含有ゾル中で、有機修飾酸化ケイ素のコロイド粒子が単分散に近い状態になる。5分未満とすると、コロイド粒子が十分に解離しない。超音波処理時間を120分超としても、有機修飾酸化ケイ素のコロイド粒子の解離状態はほとんど変わらない。
【0037】
シリカ含有ゾルの濃度や流動性が適切な範囲になるように、分散媒を加えても良い。超音波処理に先立って分散媒を添加しても良いし、ある程度超音波処理した後で分散媒を添加しても良い。分散媒に対する有機修飾酸化ケイ素の質量比は0.1〜20%とするのが好ましい。分散媒に対する有機修飾酸化ケイ素の質量比が0.1〜20%の範囲でないと、均一な薄層を形成し難いので好ましくない。
【0038】
(f) コーティング
シリカ含有ゾルからなる層をレンズ1の表面11に設ける。シリカ含有ゾルからなる層を設ける方法の例としてスプレーコート法、スピンコート法、ディップコート法、フローコート法及びバーコート法が挙げられる。シリカ含有ゾルをコーティングすると、ゾルの構成要素である分散媒が揮発して、シリカエアロゲル層が生成する。シリカエアロゲル層の空隙率は、分散媒が揮発している間は、毛管圧によって生じるゲルの収縮のために小さくなるが、揮発し終わると、スプリングバック現象によって回復する。このためシリカエアロゲル層の空隙率は、ゲルネットワークの元々の空隙率とほぼ同じであり、大きな値を示す。シリカゲルネットワークの収縮及びスプリングバック現象については、米国特許5,948,482号に詳細に記載されている。
【0039】
単分散に近い状態の酸化ケイ素コロイド粒子を含有するゾルを用いると、小さな空隙率を有するシリカエアロゲル層を形成することができる。大きく凝集した状態のコロイド粒子を含有するゾルを用いると、大きな空隙率を有するシリカエアロゲル層を形成することができる。すなわち、超音波処理時間はシリカエアロゲル層の空隙率に影響すると言うことができる。5〜120分間超音波処理したゾルをディップコートすることにより、空隙率25〜90%のシリカエアロゲル層を得ることができる。
【0040】
シリカ含有ゾルをコーティングした後、室温で保持しても良いが300℃以下の温度で焼成するのが好ましい。焼成によりゲル化を十分に進行させることができる。焼成温度が300℃超であると、有機修飾基が外れ過ぎてシリカエアロゲル層が親水化し過ぎる。
【実施例】
【0041】
本発明を以下の実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0042】
実施例1
(i) 有機修飾シリカ含有ゾルの作製
テトラエトキシシラン5.21 gと、エタノール4.38 gとを混合した後、塩酸(0.01 N)0.4 gを加えて90分間撹拌した。次いでエタノール44.35 gと、アンモニア水溶液(0.02 N)0.5 gとを添加し、46時間撹拌した後、60℃に昇温して46時間エージングしたところ、湿潤状態のシリカゲルが生成した。溶媒をデカンテーションした後、素早くエタノールを加えて振とうし、デカンテーションすることによりシリカゲルの分散媒をエタノールに置換した。その後、ヘキサンを加えて振とうし、デカンテーションすることによりエタノール分散媒をヘキサンに置換した。
【0043】
ゲル状のシリカにトリメチルクロロシランのヘキサン溶液(濃度5体積%)を加え、30時間撹拌して、酸化ケイ素末端を有機修飾した。得られた有機修飾シリカゲルをヘキサン洗浄した後、ヘキサンを加えて1質量%にし、超音波処理(20 Hz、500 W、5分間)したところ、有機修飾シリカ含有ゾルが得られた。
【0044】
(ii) ディップコート
LAK14ガラスからなる対物レンズ1(両面非球面レンズ、屈折率n=1.72)の第一の面11に、有機修飾シリカ含有ゾルをディップコートし、室温で乾燥させたところ、ゲルの収縮及びスプリングバックが起こって空隙率45%の多孔質になった。これを150℃で2時間焼成し、シリカエアロゲル膜を有する光学素子を得た。シリカエアロゲル膜の膜厚は104 nmであり、屈折率は1.25であった。
【0045】
実施例2
有機修飾シリカ含有ゾルをBK7ガラスからなる対物レンズ1(両面非球面レンズ、屈折率n=1.53)の第一の面11にディップコートし、室温乾燥後に300℃で2時間焼成した以外実施例1と同様にして、シリカエアロゲル膜を有する反射防止膜を作製した。シリカエアロゲル膜の膜厚は113 nmであり、屈折率は1.20であった。
【0046】
比較例1
LAK14ガラスからなる対物レンズ1(両面非球面レンズ、屈折率n=1.72)の第一の面11に、電子ビーム式の真空蒸着装置を用いて、MgF2(屈折率n=1.38)を膜厚132 nmとなるように蒸着した。MgF2からなる緻密膜を有する光学素子が得られた。
【0047】
比較例2
各層の膜厚が表1のとおりとなるように、ZrO2(屈折率n= 2.04)からなる薄膜と、MgF2(屈折率n= 1.38)からなる薄膜とを交互に形成した以外比較例1と同様にして、多層緻密膜を有する光学素子を作製した。
【0048】
【表1】

注 層No.は、レンズ側から順にNo.1、No.2、・・・・No.8とする。
【0049】
比較例3
BK7ガラスからなる対物レンズ1(両面非球面レンズ、屈折率n=1.53)の第一の面11に、膜厚114 nmとなるようにMgF2(屈折率n=1.38)を蒸着した以外比較例1と同様にして、MgF2緻密膜を有する光学素子を作製した。
【0050】
実施例1〜3、並びに比較例1及び2で作製した光学素子の第一の面11に、空気中で波長405 nmのレーザー光を照射し、光透過率 (%)を測定した。また比較例4としてLAK14ガラスレンズ、比較例5としてBK7ガラスレンズの光透過率 (%)を同様に測定した。結果を表2に示す。
【0051】
【表2】

注 −は、反射防止膜が成膜されていないことを示す。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の光学素子の一例を示し、(a) は縦断面図であり、(b) は上面図である。
【図2】図1に示す光学素子の部分拡大断面図である。
【図3】光ピックアップ装置の対物レンズの一例を示す断面図である。
【図4】レンズの光線入射角度と反射率との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0053】
1・・・光学素子
11・・・第一の面
12・・・第二の面
2・・・反射防止膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ表面に反射防止膜を有する光学素子において、前記反射防止膜は有機修飾されたシリカエアロゲル層を有し、有機修飾シリカエアロゲル層はスプリングバック現象によって形成したものであることを特徴とする光学素子。
【請求項2】
請求項1に記載の光学素子において、前記レンズの屈折率が1.45〜1.85であって、前記有機修飾シリカエアロゲル層の屈折率が1.15〜1.35であることを特徴とする光学素子。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれかに記載の光学素子において、前記レンズの有効径内であって基板傾斜角度50°以上の部分の投影面積が、前記有効径内の投影面積の10%以上であることを特徴とする光学素子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の光学素子において、前記有機修飾シリカエアロゲル層の物理層厚が50〜150 nmであることを特徴とする光学素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の光学素子において、光ピックアップ装置の対物レンズに用いられることを特徴とする光学素子。
【請求項6】
レンズ表面に反射防止膜を製造する方法において、(a) ゾル状又はゲル状の酸化ケイ素を有機修飾剤と反応させて有機修飾ゾル又は有機修飾ゲルとする工程と、(b) 前記有機修飾ゾル又は前記有機修飾ゲルをゾル状にしたものを前記レンズ表面にコーティングし、得られた有機修飾シリカゲル層にスプリングバック現象を生じさせ、有機修飾シリカエアロゲル層にする工程とを有することを特徴とする反射防止膜の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の反射防止膜の製造方法において、前記有機修飾ゾル又はゲルを超音波処理した後で前記シリカゲル層を形成することを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−11175(P2006−11175A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−190304(P2004−190304)
【出願日】平成16年6月28日(2004.6.28)
【出願人】(000000527)ペンタックス株式会社 (1,878)
【Fターム(参考)】