説明

反芻家畜乳中の高度不飽和脂肪酸含量増加方法、及び、当該方法に用いられる医薬剤又は飼料組成物

【課題】反芻家畜乳中において、機能性成分である高度不飽和脂肪酸の含有量を効率的に高める栄養学的技術を提供する。
【解決手段】反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を、酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸などの栄養素を含有する動物医薬又は飼料組成物を反芻家畜に投与又は給与することにより高めて、乳腺組織細胞及び乳中の高度不飽和脂肪酸含量を効率的に高める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反芻家畜乳中の高度不飽和脂肪酸含量を効率的に高める方法等に関する。詳細には、反芻家畜に、その乳中の高度不飽和脂肪酸含量を高める栄養素を投与又は給与し、遺伝子操作などを行うことなく高度不飽和脂肪酸高含有乳を生産する方法、及び、当該方法に用いられる医薬剤又は飼料組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳などの反芻家畜乳には、様々な生理活性を有する脂肪酸が存在する。n−6系やn−3系脂肪酸などの、分子内に2重結合を3つ以上有する高度不飽和脂肪酸もそのひとつである。近年、体脂肪の蓄積を起因とする代謝病、いわゆるメタボリックシンドロームがヒトで注目されており、メタボリックシンドロームを改善する脂肪酸として、高度不飽和脂肪酸(例えば、γ−リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、ドコサペンタエン酸(DPA)、アラキドン酸など)が特に注目されている。これらは強力な生理活性を有し、ヒトなどに有用な物質であることが報告されている。
【0003】
これらの高度不飽和脂肪酸の生合成に関与する酵素のひとつとして、fatty acid desaturase 2(FADS2)がある。FADS2は、デルタ6(Δ6)位の2重結合形成などに関与する酵素で、リノール酸やα−リノレン酸からさらに高度不飽和脂肪酸に進んでいくときのKey enzymeであることが知られている。
【0004】
近年、ウシなどの乳中の高度不飽和脂肪酸含量を増やす研究が行われているが、ルーメンなどにあるEPAやDHAは乳への移行率が非常に低いことが報告されている(非特許文献1)。これまでの結果を改善するためには、乳腺細胞自体における不飽和脂肪酸の生合成を制御する必要がある。
【0005】
ごく最近、ウシのFADS2をコードする遺伝子配列が公開された(米国立生物工学情報センター(NCBI)Accession No.NM_001083444)。しかし、FADS2は高度不飽和脂肪酸生合成に重要な酵素であるにもかかわらず、FADS2の活性制御や当該酵素をコードする遺伝子の発現制御の研究はほとんど進んでいない。
【0006】
つまり、ウシなどの乳腺組織細胞を用いて、FADS2をコードする遺伝子の発現に対する内分泌及び栄養素に対する当該遺伝子発現応答を確認したことについてはこれまで報告されていないし、栄養素の投与又は給与による高度不飽和脂肪酸高含有乳の取得技術の報告も見当たらないのが現状である。なお、牛乳中の乳脂肪分増加方法として、グルコン酸などの六炭糖由来の酸を給与する方法が報告されているが(特許文献1)、この方法は飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸など全ての脂肪成分含有量を高めるものであり、FADS2を標的対象としたものでなく、高度不飽和脂肪酸のみを増加させることを目的としたものではない。また、技術的には遺伝子操作による当該遺伝子の改変を行うことも可能ではあるが、これは安全性の面で好ましい方法ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第02/058483号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Lipid,39:1197−1206(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、食品としての反芻家畜乳の重要性に鑑み、その付加価値をできるだけ高め、国民の健康に貢献するため、反芻家畜の乳量や乳質などを保ったまま、乳中の高度不飽和脂肪酸含量を高めることができる栄養成分の提供を目的としてなされたものである。さらに、この栄養成分を用いた、高度不飽和脂肪酸含量の高い機能性乳を生産する効率的な新規システムの提供も目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明者らは各方面から検討の結果、高度不飽和脂肪酸生成に関与するfatty acid desaturase 2(FADS2)及び該酵素をコードする遺伝子に着目した。そして、反芻家畜の生体内でのFADS2をコードする遺伝子の発現亢進や該酵素の活性化ができれば、高度不飽和脂肪酸生成能の亢進、生体機能性亢進が期待できると考え、この遺伝子発現亢進や酵素の活性化をすることが可能な栄養成分の検討を行った。
【0011】
なお、FADS2はアラキドン酸カスケードの基点となる酵素であることから、当該酵素は炎症応答を引き起こすプロスタグランジンの産生にも関与している。従って、当該酵素を基点とした高度不飽和脂肪酸高含有乳の取得には、急激な遺伝子発現の亢進等を伴わない、緩やかな遺伝子発現の増加(Mild induction)等が適しているものと推定される。よって、遺伝子操作による改変や特殊な化学薬剤を用いる方法ではなく、アミノ酸、ビタミン、ミネラル、脂肪酸などの栄養素を用いた発現誘導が最も適した方法であると考えられる。
【0012】
このような視点において、本発明者らは更に鋭意研究の結果、各種栄養成分のうち、酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸などの栄養素を与えることにより、反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現や該酵素活性を高め、これにより、乳量や乳質を保ったまま、効率的に乳中の高度不飽和脂肪酸含量を高めることを見出し、本発明に至った。
【0013】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)反芻家畜に、反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を与える(投与又は給与する)ことを特徴とする、反芻家畜乳中の高度不飽和脂肪酸含量を高める方法。
(2)反芻家畜に、反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を与える(投与又は給与する)ことを特徴とする、高度不飽和脂肪酸含量が高まった反芻家畜乳を生産(製造)する方法。
(3)反芻家畜の乳腺組織細胞に、該細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を供給することを特徴とする、該遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める方法。
(4)反芻家畜の乳腺組織細胞に、該細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を供給することを特徴とする、該細胞中の高度不飽和脂肪酸含量を高める方法。
(5)栄養素が、酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする、(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法。
(6)反芻家畜が牛(特に、乳牛)であることを特徴とする、(1)〜(5)のいずれか1つに記載の方法。
【0014】
(7)反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を有効成分とすることを特徴とする、動物医薬としての反芻家畜乳中の高度不飽和脂肪酸含量増加剤。
(8)反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を有効成分とすることを特徴とする、動物医薬としての該遺伝子発現及び/又は該酵素活性促進剤。
(9)反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を配合してなることを特徴とする、反芻家畜乳中の高度不飽和脂肪酸含量を高める反芻家畜用飼料組成物。
(10)栄養素が、酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする、(7)〜(9)のいずれか1つに記載の剤又は飼料組成物。
(11)反芻家畜が牛(特に、乳牛)であることを特徴とする(7)〜(10)のいずれか1つに記載の剤又は飼料組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、遺伝子操作を行うことなく、また、反芻家畜の乳量や乳質へ悪い影響を及ぼすことなく、生体内のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素活性を高めて、その高度不飽和脂肪酸生成能を亢進する。そして、反芻家畜の乳腺組織細胞中の高度不飽和脂肪酸含量を効率的に高め、高度不飽和脂肪酸含量の高い機能性乳を生産する効率的な新規システムを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ウシ乳腺上皮細胞におけるLactogenic hormone complex、インスリン、IGF−1及びGH添加時のFADS2遺伝子発現の変動を示す図である。(A):Lactogenic hormone complex無添加時(Basic control)と添加時を比較したグラフ。*は、無添加時と比べてStudent t testでP<0.05を示す(Mean±SD,n=5)。(B):分化させたウシ乳腺上皮細胞にインスリン濃度を段階的に変えて添加した場合(Mean±SD,n=4)。(C):分化させたウシ乳腺上皮細胞にIGF−1濃度を段階的に変えて添加した場合(Mean±SD,n=4)。(D):分化させたウシ乳腺上皮細胞にGH濃度を段階的に変えて添加した場合(Mean±SD,n=4)。 なお、いずれのグラフも、縦軸はFADS2/RPS9の比率を示す(図2〜5も同じ)。
【図2】分化させたウシ乳腺上皮細胞における各種アミノ酸、ミネラル、ウリジル酸(U acid)添加時のFADS2遺伝子発現の変動を、Lactogenic hormone complex添加のみ(control)と比較した図である(Mean±SD,n=4)。
【図3】分化させたウシ乳腺上皮細胞における各種ビタミン添加時のFADS2遺伝子発現の変動を、Lactogenic hormone complex添加のみ(control)と比較した図である。*は、コントロールと比べてStudent t testでP<0.05を示す(Mean±SD,n=4)。また、図中において、VAはビタミンAを、VCはビタミンCを示す。
【図4】分化させたウシ乳腺上皮細胞における各種脂肪酸添加時のFADS2遺伝子発現の変動を、Lactogenic hormone complex添加のみ(control)と比較した図である。*は、コントロールと比べてStudent t testでP<0.05を示す(Mean±SD,n=4)。また、図中において、C2:0は酢酸、C3:0はプロピオン酸、C8:0はオクタン酸、C10:0はデカン酸、C18:1はオレイン酸、C18:2はリノール酸、C18:3はα−リノレン酸、C20:4はアラキドン酸、C22:6はドコサヘキサエン酸を示す。
【図5】分化させたウシ乳腺上皮細胞におけるアラキドン酸(A)及びメナキノン−4(B)添加時のFADS2遺伝子発現の濃度依存的応答を示す図である。異符号は、Duncan's multiple range testでP<0.05を示す(Mean±SD,n=4)。
【図6】分化させたウシ乳腺上皮細胞におけるアラキドン酸及びメナキノン−4添加時のFADS2酵素活性の変動を示す図である(単位は、U/mgタンパク質)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明で栄養素の投与又は給与対象としている家畜は、生体内(乳腺組織なと)で多価不飽和脂肪酸(リノール酸やα−リノレン酸など)を高度不飽和脂肪酸へ変換する酵素fatty acid desaturase 2(脂肪酸不飽和化酵素:FADS2)が働き、その乳中に高度不飽和脂肪酸を高蓄積する反芻家畜(ウシ、ヤギ、ヒツジ、シカ、水牛等)である。特に、牛乳の生産のための乳牛に対して有効であり、以下乳牛を対象反芻家畜として例示して説明するが、本発明は乳牛のみに限定されるものではなく、各種の反芻家畜を広くその対象とするものである。
【0019】
乳牛は、乳腺組織において、リノール酸やα−リノレン酸などを不飽和化酵素であるFADS2によって高度不飽和脂肪酸に変換する。ここで、高度不飽和脂肪酸とは、分子内に2重結合を3つ以上有する不飽和脂肪酸を意味し、例えばγ−リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、ドコサペンタエン酸(DPA)、アラキドン酸などが例示される。しかし、当該酵素による高度不飽和脂肪酸への変換効率は、通常あまり高くはない。本発明では、当該酵素の遺伝子発現及び酵素活性を高めることが可能な栄養素を牛に投与又は給与するだけで、乳量や乳質(風味、乳脂肪率等)へ悪い影響を及ぼすことなく効率的に牛乳中の高度不飽和脂肪酸含量を高めるものである。
【0020】
投与又は給与する栄養素は、FADS2をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める作用を有するものであれば限定はされないが、好適なものとして酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸が例示される。これらは、単独で投与又は給与しても良いし、これら2種以上の混合成分としても良い。
【0021】
酢酸は、反芻動物においてはグルコースに匹敵する重要なエネルギー源である。また、ビタミンKは、天然に存在するものと合成品があり、天然物としては植物体に含まれるフィロキノン類(ビタミンK1)と、微生物の生産物であるメナキノン類(ビタミンK2)があり、合成品にはメナジオン類(ビタミンK3)及びその関連誘導体がある。反芻動物の消化管から吸収されたビタミンK類は、生体内で活性型のメナキノン−4に変換され、組織中で機能性を発揮するといわれている。
【0022】
アラキドン酸(20:4,n−6)は、ほとんどの哺乳類で必須脂肪酸であると考えられ、肝ミクロソームでリノール酸、リノレン酸から合成される。細胞膜のホスフォリパーゼの作用により細胞質内に遊離し種々のプロスタグランジンに変換されて生理活性を発揮する。
【0023】
なお、上記の酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸の少なくともひとつの血中濃度を上昇させ、乳腺組織等でのFADS2をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高めるような栄養素等(例えば、ビタミンK類(特にビタミンK2類)やリノレン酸など)の投与又は給与(及びその飼養条件))についても、本発明に包含される。
【0024】
上記各栄養素は、精製純品が使用できることはもちろんのこと、その粗精製物(ペースト化物、希釈物、乳化物、懸濁物など)も使用可能である。また、デンプンやデキストリン等の賦形剤を加えて顆粒化したり(顆粒剤)、タブレットなどにしたりして製剤化(錠剤、カプセル剤等)したものも使用可能である。さらには、ルーメン等で分解されないように油脂などでコーティングしたものも使用可能である。
【0025】
上記栄養素は、これを有効成分として、そのままあるいは常用される各種製剤化成分とともに製剤化した動物医薬、促進剤(増強剤)として使用することができる。また、上記栄養素は、常用される飼料成分を添加、混合、使用して、飼料(飼料組成物)を提供することも可能である。そして、上記栄養素、それ自体を飼料として直接家畜に給与することもできるし、飼料添加剤として他の飼料原料に添加、混合して用いることも可能である。
【0026】
栄養素の投与又は給与量としては特に制限はないが、例えば、栄養素としてメナキノン−4なら10mg〜500mg/日(好ましくは100mg〜300mg/日)、酢酸及び/又はアラキドン酸なら0.5g〜10g/日(好ましくは1g〜5g/日)で、搾乳期間連続して給与するのが好ましい。
【0027】
これらの構成をとることにより、乳牛の乳質や乳量を正常に保ったまま、生体内のFADS2をコードする遺伝子の発現及び/又は当該酵素活性を高めて、高度不飽和脂肪酸生成能の亢進が可能となるだけでなく、これによって効率的な高度不飽和脂肪酸含量の高い機能性乳を生産する効率的な新規システムを提供することができる。
【0028】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらのみに限定されるものではない
【実施例1】
【0029】
ウシ乳腺組織由来の乳腺上皮細胞における、高度不飽和脂肪酸生成に関連するfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現について、各種栄養素の作用をin vitro試験で確認した。
【0030】
ウシ乳腺上皮細胞は、J.Endcrinol.,169:381−388(2001)に記載の方法に従って取得した。すなわち、ウシ乳腺組織より乳腺実質部を取り出し、コラゲナーゼ処理を行った後ナイロンメッシュにより細胞を得て、数個〜数十個の細胞をトリプシン処理して細胞を分散して、ホルモン処理をしてクローニングした分化可能なウシ乳腺上皮細胞を試験に供した。
【0031】
このウシ乳腺上皮細胞を培養皿に播種し、10%Fetal bovine serum(FBS)を含む培地にて、5%CO条件下で培養した。試験は、コラーゲンtypeIをコートした12wellプレートに1×10/cmの細胞を播種し、サブコンフルエントの状態にLactogenic hormone complexを添加し、48時間培養して分化させた後にcontrolとして試験に供した。なお、Lactogenic hormone complexを添加しないで分化させなかった乳腺上皮細胞をbasic controlサンプルとして用いた。
【0032】
(1)FADS2をコードする遺伝子の発現に対する各種ホルモンの影響確認
FADS2をコードする遺伝子の発現に対する各種ホルモンの影響を見るために、以下の試験を行った。
【0033】
分化させたウシ乳腺上皮細胞(control)を無血清培地で12時間培養した後、インスリン様成長因子−1(IGF−1)、インスリン、成長ホルモン(GH)(各10−1000ng/ml)およびLactogenic hormone complex(10μg/ml dexamethasone、10μg/ml インスリン、10μg/ml prolactin)を培地に添加し、24時間培養後、細胞を回収した。FADS2をコードする遺伝子の発現応答はリアルタイムPCRで観察した。なお、リボゾームタンパク質S9(RPS9;J.Dairy Sci.,90:2246−2252(2007))をコードする遺伝子をhouse keeping geneとして使用した。以後、遺伝子発現の結果はすべてFADS2/RPS9の発現比率(mRNA量の比率)で示している。
【0034】
リアルタイムPCRに使用したプライマーの塩基配列を、配列番号1〜4及び表1に示した。具体的には、FADS2をコードする遺伝子の発現解析のためのフォワードプライマーを配列番号1及び表1の第1段に、リバースプライマーを配列番号2及び表1の第2段に、RPS9をコードする遺伝子の発現解析のためのフォワードプライマーを配列番号3及び表1の第3段に、リバースプライマーを配列番号4及び表1の第4段に示した。
【0035】
【表1】

【0036】
ウシ乳腺上皮細胞におけるIGF−1、インスリン及びGHに対するFADS2遺伝子発現の応答結果を図1に示した。ウシ乳腺上皮細胞のFADS2をコードする遺伝子の発現は、Lactogenic hormoneを48時間添加により約2倍に上昇した。一方、IGF−1、インスリン、GHを分化誘導後の細胞の培養培地に添加しても、FADS2をコードする遺伝子のmRNA発現量に変化は見られず、つまり、これらホルモンに対する当該遺伝子の応答は認められなかった。
【0037】
(2)FADS2をコードする遺伝子の発現に対する各種栄養素添加の影響確認
FADS2をコードする遺伝子の発現に対する各種栄養素添加の影響を見るために、以下の試験を行った。
【0038】
分化させたウシ乳腺上皮細胞(control)を無血清培地で12時間培養した後、アミノ酸(リジン、ロイシン、グルタミン酸、アルギニン、メチオニン、グルタミン、イソロイシン)、ミネラル(Mg、Mn、Ca)、ウリジル酸、ビタミン(ビタミンA、ビタミンC、ビオチン、パントテン酸、メナキノン−4、メナキノン−7、1,4−ジヒドロキシ−2−ナフトエ酸(DHNA))、脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、オクタン酸、デカン酸、オレイン酸、リノール酸、α−リノレン酸、アラキドン酸、DHA)をそれぞれ400μM添加し、24時間培養して細胞を回収した。FADS2をコードする遺伝子の遺伝子発現応答は(1)と同様の方法で測定した。
【0039】
ウシ乳腺上皮細胞における、各種栄養素に対するFADS2をコードする遺伝子の発現応答結果を図2〜4に示した。ウシ乳腺上皮細胞のFADS2をコードする遺伝子の発現は、アラキドン酸、メナキノン−4の添加により有意に上昇した。さらに、酢酸の添加でも高発現が認められた。しかし、高度不飽和脂肪酸の前駆物質であるリノール酸、α-リノレン酸や、メナキノン−4と同じビタミンK関連物質であるメナンキノン−7やDHNAでは、このin vitro試験においては変化しなかった。
【0040】
さらに、分化後のウシ乳腺上皮細胞におけるアラキドン酸及びメナキノン−4のFADS2をコードする遺伝子の発現の濃度依存性応答を確認するために、これらについて0,10,100,500μMの各濃度で上記試験と同様に培地に添加して24時間培養後の当該遺伝子発現をリアルタイムPCRで測定した。
結果を図5に示したが、アラキドン酸及びメナキノン−4は、濃度依存的にFADS2をコードする遺伝子の発現を上昇させた。
【0041】
(3)アラキドン酸及びメナキノン−4添加時のFADS2活性に対する影響確認
分化後のウシ乳腺上皮細胞にアラキドン酸及びメナキノン−4を500μMの濃度で添加し、24時間培養後の細胞ミクロソームのFADS2活性をフェナシーレブロミドにより脂肪酸を誘導化し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で定量する方法で測定した。基質はリノール酸を用い、活性は1分間に1nmolのγ−リノレン酸を産生する活性を1Uとした。
【0042】
結果を図6に示した。アラキドン酸及びメナキノン−4の添加により、ウシ乳腺上皮細胞のFADS2活性は増加する傾向を示した。この結果は、アラキドン酸及びメナキノン−4がFADS2をコードする遺伝子の発現を活性化するだけでなく、FADS2酵素活性自体も高め、高度不飽和脂肪酸の生成を促進させる能力を持つことが明らかとなった。
【0043】
これらの結果から、酢酸、アラキドン酸、メナキノン−4は、FADS2をコードする遺伝子の発現を増加させる作用を有することが明らかとなった。そして、ウシ乳腺上皮細胞の不飽和化酵素が活性化することも示された。この作用機序は、現時点では明らかではないが、炎症やプロスタグランジンと関係があるものと推測された。
【0044】
また、分化したウシ乳腺上皮細胞のFADS2をコードする遺伝子の発現は、ホルモンの影響を受け難いことも示された。Rodriguez−Cruzら(J.Lipid Res.47553−560,2006)は、高コーン油給与ラットの乳腺において、FADS2が転写因子であるSREBP−1やPGC−1betaと同調して変動することを報告している。しかしながら、本試験では、SREBP−1が変動すると考えられる条件(例えば、インスリン添加やビオチン添加)やコーン油の脂肪酸の主成分であるリノール酸を添加しても、FADS2をコードする遺伝子の発現変動は認められなかった。すなわち、ウシ乳腺上皮細胞のFADS2をコードする遺伝子は、Stearoyl−CoA desaturaseをコードする遺伝子(特願2009−228231)などとは異なり、SREBP−1やPGC−1betaが主な制御因子として機能していない(当該転写因子の制御を受けない)可能性が示唆された。
【0045】
上記結果から、FADS2を基点とした高度不飽和脂肪酸高含有のミルクを生産するシステムにおいて、栄養素として、酢酸、アラキドン酸、メナキノン−4の投与又は給与が特に有効性を示すことが明らかとなった。
【0046】
なお、本発明を要約すれば次のとおりである。
【0047】
すなわち、本発明は、反芻家畜乳中において、機能性成分である高度不飽和脂肪酸の含有量を効率的に高める栄養学的技術を提供することを目的(解決課題)とする。
【0048】
そして、反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を、酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸などの栄養素を含有する動物医薬又は飼料組成物を反芻家畜に投与又は給与することにより高めて、乳腺組織細胞及び乳中の高度不飽和脂肪酸含量を効率的に高めることにより、上記課題を解決するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反芻家畜に、反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を与えることを特徴とする、反芻家畜乳中の高度不飽和脂肪酸含量を高める方法。
【請求項2】
反芻家畜に、反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を与えることを特徴とする、高度不飽和脂肪酸含量が高まった反芻家畜乳を生産する方法。
【請求項3】
反芻家畜の乳腺組織細胞に、該細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を供給することを特徴とする、該遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める方法。
【請求項4】
反芻家畜の乳腺組織細胞に、該細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を供給することを特徴とする、該細胞中の高度不飽和脂肪酸含量を高める方法。
【請求項5】
栄養素が、酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
反芻家畜が牛であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を有効成分とすることを特徴とする、反芻家畜乳中の高度不飽和脂肪酸含量増加剤。
【請求項8】
反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を有効成分とすることを特徴とする、該遺伝子発現及び/又は該酵素活性促進剤。
【請求項9】
反芻家畜の乳腺組織細胞中のfatty acid desaturase 2(FADS2)をコードする遺伝子の発現及び/又は該酵素の活性を高める栄養素を配合してなることを特徴とする、反芻家畜乳中の高度不飽和脂肪酸含量を高める反芻家畜用飼料組成物。
【請求項10】
栄養素が、酢酸、メナキノン−4、アラキドン酸から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする、請求項7〜9のいずれか1項に記載の剤又は飼料組成物。
【請求項11】
反芻家畜が牛であることを特徴とする請求項7〜10のいずれか1項に記載の剤又は飼料組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−234679(P2011−234679A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−109540(P2010−109540)
【出願日】平成22年5月11日(2010.5.11)
【出願人】(592172574)明治飼糧株式会社 (15)
【Fターム(参考)】