説明

収差補正装置

【課題】負の球面収差を生じさせ、且つ高次の収差を補正する電子顕微鏡用の収差補正装置を提供する。
【解決手段】光軸に対してそれぞれが三回対称場を生じる三段の多極子21、22、23を備え、中段の多極子22は、光軸に垂直な面内において三回対称場を生じさせ、後段の多極子23は、光軸に垂直な面内において三回対称場を生じさせ、どの二段の多極子同士も三回場を打ち消す方向に配置されていないが、三段では三回非点を打ち消すように配置させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は透過型電子顕微鏡に用いられる収差補正装置に関し、特にそれぞれが三回対称場を生じる三段の多極子を用いた収差補正装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡の空間分解能を制限する要因の1つとして、光学系における収差の問題がある。特に、この収差の1つである球面収差は、軸対称レンズが常に正の球面収差係数を有することから空間分解能を制限する本質的な問題となっている。
【0003】
この問題に対し、非特許文献1において、光軸に沿って厚みを有する一段の六極子が負の球面収差係数を有する理論的解析結果が示された。これは六極子を光学系に導入することによって、球面収差の低減が可能になることを示唆するものであった。その後、上記一段の六極子のみでは、光軸から外れた領域において二次の収差が生じるため、透過型電子顕微鏡に用いた場合はこの収差によって視野径が著しく制限されることが指摘された。従って、一段の六極子を透過型電子顕微鏡に搭載する有用性は低いものであったが、六極子が負の球面収差を生じる結果は球面収差補正に対して非常に有用であり、六極子による球面収差技術は更に改良が進められた。
【0004】
光軸に沿って厚みを有し、負の球面収差をもつ六極子を備えた収差補正装置を、透過型電子顕微鏡に適用した例が非特許文献2において提案された。この収差補正装置は、順次設けられた第1の転送レンズと、第1の六極子と、第2の転送レンズと、第2の六極子とを備えている。なお、この装置の転送レンズは2つの軸対称レンズを有している。
【0005】
更に、それぞれが光軸に沿って厚みを有する二段の多極子を備えた収差補正装置は特許文献1に示されている。この装置は、二段の多極子(例えば六極子)と、その間に配置された転送レンズを備えている。各多極子は三回対称場を発生して、三回非点と負の球面収差が生じさせる。
【0006】
上記特許文献1の装置において、後段の多極子は前段の多極子で生じた三回非点を相殺するように動作するので、全体の光学系としては負の球面収差が生じることになる。従って、この装置の前または後に正の球面収差を生じる軸対称のレンズ(例えば対物レンズ)を配置した場合、全体の光学系としては球面収差が低減されることになる。
【0007】
【非特許文献1】A. V. Crewe, D. Kopf, Optik, Vol. 55 (1980) p. 1-10
【非特許文献2】H. Rose, Optik, Vol. 85, (1990) p. 19-24
【特許文献1】特開2003−92078号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述の収差補正技術は四次の収差までの補正であり、更に高次の収差に対しては完全な補正が出来ていない。例えば、五次の球面収差は対物レンズと収差補正装置の距離を光学的に制御すれば補正できるが、同次数の非点収差(即ち六回非点収差)の補正は実現できていない。これが収差補正の制限要因となっているため、更なる空間分解能の向上が期待できない。
【0009】
実際の多極子は光軸に沿って有限な厚みを有する。この多極子が三回対称の磁場或いは電場を生じる場合、その多極子によって球面収差を補正すると、逆に上記の厚みに依存した高次の収差、および二段の組み合わせとして生まれる高次の収差が現れる。このため、収差補正が可能となる電子線の入射角の範囲が制限されてしまう。更に、この制限によって回折収差の低減が困難になる。
【0010】
この角度制限については、図7に示したロンチグラム(Ronchigram)図を用いて説明する。この図は、光軸に対して三回対称となる磁場を生じる2段の多極子を通過する電子線に対して収差補正を行ったときに得られたものである。図の中央に現れたコントラストの少ない領域は、適切に収差補正された電子線の多極子に対する入射角に対応している。この入射角の最大値を概算する場合は、当該領域の中央を中心として、同領域のみを含む最大の円を当てはめ、更にこの円の半径から電子線の入射角を換算する。この図7によれば、収差が適正に行われた電子線の最大入射角は約50mradであることがわかる。
【0011】
しかしながら、円の周りの領域に着目すると、非晶質の像が見える領域が六角形になっていることが判別できる。これは、五次の非点収差で現れる六回非点収差の残留によるものである。図7を得た多極子の場合、収差補正が可能な電子線の最大入射角はせいぜい50mradであり、それ以上の入射角を有する電子線に対して適切な収差補正は困難になる。従って、回折収差の低減を図ろうとしても、この入射角の制限があるために空間分解能が制限されてしまう。
【0012】
三回対称場を生じる多極子から発生する高次収差(六回非点)は、多極子がそれぞれの三回対称非点を打ち消し合う方向に磁場(或いは電場)の分布を配置させているために発生しており、つまり、従来用いられているそれぞれの多極子間の回転関係が、磁場または電場に対して60°或いは180°の回転関係では、高次収差が発生してしまう。
【0013】
そこで本発明は、負の球面収差を有しつつ上記の高次収差を補正する電子顕微鏡用の収差補正装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、
光軸に対して一列に配置され、前記光軸に沿ってそれぞれが厚みを有する三段の多極子を備え、前記三段の多極子のうち、前段の多極子は、前記光軸に対して三回対称となる第1の磁場又は電場を生じ、前記三段の多極子のうち、中段の多極子は、前記光軸に対して三回対称となる第2の磁場又は電場を生じ、前記三段の多極子のうち、後段の多極子は、前記光軸に対して三回対称となる第3の磁場又は電場を生じ、前記第2の磁場又は電場においては、前記第1磁場または電場、あるいは前記第3磁場または電場から発生した三回対称非点を打ち消す方向ではない磁場又は電場三回対称分布を作り、前記第3の磁場又は電場においては、前記第1の磁場または電場、あるいは前記第2の磁場または電場から発生した三回対称非点を打ち消す方向ではない磁場又は電場三回対称分布を作り、前記前段の多極子において発生した三回対称収差を、前記中段の多極子を用いて回転させ、前記中段の多極子から発生した三回対称収差を前記後段の多極子を用いて回転させ、前記三段の多極子の合成として、三回対称非点を打ち消すことを特徴とする。上記の回転というのは、多極子の作る場が次の多極子転送されたときの電子光学的回転関係を示しており、レンズによる回転作用を考慮している。即ち、磁場レンズは、転送や倍率変化だけでなく、光軸に対して回転作用を持っており、その回転作用は、加速電圧や磁場の強さによって異なり、その磁場レンズの前後に配置した多極子分布は、回転関係を加味して回転関係を議論しなければならない。本発明の説明では、この回転関係をゼロとして角度関係を記述しており、電子光学的回転関係を考慮するとは、この回転関係を加味することを意味している。
【0015】
また本発明は、多極子間の磁場又は電場の回転関係として、前記第2の磁場又は電場、或いは前記第3の磁場又は電場、の何れか一方は、前記第1の磁場又は電場に対し、前記光軸に垂直な面内において電子光学的レンズによる回転作用を考慮して40°回転して分布し、前記第2の磁場又は電場、或いは前記第3の磁場又は電場、の何れか他方は、前記第1の磁場又は電場に対し、前記光軸に垂直な面内において電子光学的レンズによる回転作用を考慮して80°回転して分布し、前記第2の磁場又は電場と、前記第3の磁場又は電場は同じ方向に回転して分布することを特徴とする。三回対称場は、120°の回転対称性があり、また鏡面対称系を考えると、40°と80°という角度関係は、120°×m±40°と120°×m±80°と等価である。
【0016】
また本発明は、多極子間の磁場又は電場の回転関係として、前記第2の磁場又は電場は、前記第1の磁場又は電場に対し、前記光軸に垂直な面内において電子光学的レンズによる回転作用を考慮して、mを整数として、120°×m±略72°回転して分布し、前記第3の磁場又は電場は、前記第1の磁場又は電場に対し、前記光軸に垂直な面内において電子光学的レンズによる回転作用を考慮して120°×m±略24°回転して分布することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
上記の構成によれば、負の球面収差を生じさせつつ三回非点収差と六回非点収差を除去できるので、空間分解能が向上する。また、収差補正が可能な入射角の範囲を広げることが可能となり、回折収差が低減され、空間分解能が更に向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
まず、電子線が光軸に沿って厚みを有する一段の多極子と対物レンズを通過したときに生じる収差について説明する。 図1は、電子線が一段の多極子を通過したときの試料面上に生じる収差について模式的に示した図である。
【0019】
一段の多極子(例えば六極子)102と対物レンズ103は光軸101に対して一列に配置され、この多極子102は光軸101に対して三回対称となる磁場又は電場(以下、三回対称場と称する)を生じるものとする。電子線100は多極子102を通過した後、対物レンズ102によって試料面104に集束される。
【0020】
この多極子102に入射する電子線の複素角Ωを下記の式(1)により定義する。
【0021】
【数1】

【0022】
複素角Ωは試料への角度αに入射する方向(位相角)φを変数として兼ね備えたものであって、αとφの二つの変数で記述される。円筒座標におけるα、φを用いず、直交座標(u, v)を用いて、Ω=ωu+iωvとも書ける。ただし、逆空間の空間周波数を(u, v)とすると、(ωu, ωv) =λ(u, v)となる。この複素共役は下記の式(2)で表される。
【0023】
【数2】

【0024】
次に、多極子102の光軸101に沿った厚み(長さ)をz、対物レンズの焦点距離をfとし、多極子102と対物レンズ103の光学的距離Lが0(ゼロ)であるとする。この光学的距離Lの調整は当該多極子102と当該対物レンズ103の間に転送レンズを挿入するなどして達成可能である。
【0025】
このような条件において、試料面104における電子線100の位置をr、その傾き(光軸となす角)をr’とすると、r 、r’はそれぞれ、
【0026】
【数3】

【0027】
【数4】

【0028】
と表される。ここで、A3は三回非点収差係数(単位長さ当たり)であり、a3を三回非点収差強度、θをA3三回非点収差方位角とすると、
【0029】
【数5】

【0030】
と表される。なお、
【0031】
【数6】

【0032】
はA3の複素共役である。
【0033】
式(3)及び式(4)の右辺の各項は収差を表しており、具体的には、各式の右辺第一項が二次の三回非点収差、同第二項が三次の負の球面収差、同第三項及び第四項が四次のスリーローブ(Three lobe)収差、そして同第五項が五次の六回非点収差を表している。
【0034】
以上が、一段の多極子を用いたときに現れる収差である。
【0035】
多極子を二段用意して、一段目の多極子から発生する三回非点をキャンセルするようにした場合、二段目の多極子を出た後の電子線の位置は、以下となる。
【0036】
【数7】

【0037】
(7)式の第一項は、対物レンズの球面収差を打ち消すために意図的に発生させた負の球面収差であるが、第二項目は高次収差(六回非点)が発生しており、これは、多極子を二段用意して、一段目の多極子から発生する三回非点をキャンセルするようにしたことが原因である。
【0038】
そこで本発明では、三段の多極子を用意し、これら何れの二段の組み合わせでも三回非点を打ち消すように動作させず、三段で三回非点を打ち消すようにし、高次収差を打ち消す光学系を構築する。
本発明に係る収差補正装置の一実施形態について説明する。図2(a)は、本発明の一実施形態に係る収差補正装置の模式図である。
【0039】
図2(a)に示すように本実施形態に係る収差補正装置は、光軸11に対して三回対称場を生じる多極子を三段備える。この図において、電子線10は前段の多極子21から後段の多極子23へ通過する。さらに電子線10は、対物レンズ40のコマフリー面(対物レンズ40の前方焦点面にほぼ相当)41を通過した後、試料面42に集束するものとする。なお、各多極子の例としては六極子や十二極子が挙げられるが、各多極子は光軸11に対して三回対称場を生じさせるものであれば、その極数は問わない。
【0040】
本実施形態に係る収差補正装置において、中段の多極子22が生じる三回対称場(第2の三回対称場)は、前段の多極子21が生じる三回対称場(第1の三回対称場)に対し、光軸11に垂直な面内において40°回転して分布する。さらに、後段の多極子23が生じる三回対称場(第3の三回対称場)は、前段の多極子21が生じる三回対称場に対し、光軸11に対して垂直な面内において、80°回転して分布する。前段の多極子21によって生じる三回対称場に対して、中段及び後段の多極子22、23によって生じる三回対称場は同じ方向に回転して分布するものとする。
【0041】
上記のように三つの三回対称場が分布する場合においても、一つの三回対称場によって生じる収差の特性は基本的に式(3)、式(4)で表される。従って、本実施形態における三つの三回対称場によって生じる収差は、該の三回対称場が互いに回転関係を有することを考慮しつつ、これらの式の合成によって求められる。
【0042】
そこで、前段、中段、後段の多極子21、22、23による三回非点収差係数をそれぞれA3A、A3B、A3Cとして、これらの係数だけに着目する。それぞれの三回対称場によって生じる三回非点収差係数は、
【0043】
【数8】

【0044】
と表される。従って、その総和は、
【0045】
【数9】

【0046】
となり、三回非点収差が相殺されることが判る。
【0047】
一方、負の球面収差係数は各三回対称場の回転関係に依存しないので、一つの三回対称場から生じる強度の三倍となり、対物レンズの球面収差補正に用いることができる。
【0048】
式(4)から、一つの多極子内から現れる六回非点収差に関して取り上げて議論すると、式(8)と同様に各多極子が有する六回非点収差係数は、
【0049】
【数10】

【0050】
と表される。その結果、
【0051】
【数11】

【0052】
が得られる。つまり、前段の多極子が生じる三回対称場に対して、中段と後段の多極子22、23が生じる三回対称場が、光軸11に垂直な面内において、それぞれ、同方向に40°及び80°回転して分布していると、式(4)から導出される六回非点収差が打ち消される。
【0053】
従って、上記のような三回対称場を生じる三段の多極子21、22、23は、負の球面収差を生じつつ、三回非点収差と六回非点収差を打ち消す。
【0054】
なお、上記によれば、前段の多極子21が生じる三回対称場に対して40°および80°回転して分布する三回対称場の互いの前後関係は問わないことが判る。即ち、中段の多極子22が、前段の多極子21が生じる三回対称場に対して80°回転して分布する三回対称場を生じ、後段の多極子23が、前段の多極子21が生じる三回対称場に対して40°回転して分布する三回対称場を生じても良い。この場合も、負の球面収差を生じさせつつ、三回非点収差と、六回非点収差が打ち消される。
上記のような三つの三回対称場を生じる多極子の配置としては、前段の多極子21の配置を基準として、中段又は後段の多極子22、23の何れか一方を、光軸11に垂直な面内において40°回転して配置し、中段又は後段の多極子22、23の何れか他方を、光軸11に垂直な面内において80°回転して配置する。このとき、中段及び後段の多極子22、23は同じ方向に回転して配置する。図2(b)〜(d)は、このような配置に基づいた各多極子の配置の一例を示したものである。これら各図は、図2(a)に示す光軸11上の原点OからA方向に見て、21aが前段の多極子21の配置を、22aが中段の多極子22の配置を、23aが後段の多極子23の配置を表している。この回転関係は、転送するレンズでの回転後に着目する必要があり、物理的に40°の回転関係になくとも、転送レンズにより電子光学的に40°の回転関係になっていればよい。三回対称場は、120°の回転対称性があり、また鏡面対称系を考えると、40°と80°という角度関係は、120°×m±40°と120°×m±80°と等価である。
以上は、式(4)を用いて一枚の多極子内で発生する六回非点に着目して議論した。
次に、式(7)を用いて、二つ以上の多極子が発生する三回非点の干渉によって生じる六回非点を考慮した系を考える。
三段の多極子を用意し、三段で三回非点を打ち消すようにした場合の、三段目の多極子からでた六回非点に対する電子線の傾きは、前段、中段、後段の多極子による三回非点収差係数をそれぞれA3A、A3B、A3Cとすると、以下となる。
【0055】
【数12】

【0056】
式(12)で表されるように、三段の三回対称場を用いれば、第二項の高次収差(六回非点)の大きさが、各三回非点の係数からなるので、第二項の高次収差(六回非点)を打ち消すように設定することができる。なお、先に述べた三回対称収差のスリーローブ収差(五次収差)は、従来の二段型でも図7に示すように補正できており、本発明の三段型でも補正できる。
【0057】
(11)式を用いて、図8は、高次収差の値を、横軸をA3AとA3Cの回転角度関係、縦軸を二段による多極子の場合に発生する高次収差(六回非点)を1とした場合の六回非点の相対的な量を示したグラフである。ただし、三回非点は三段の三回対称場の合成で打ち消すように設定している。
【0058】
A3AとA3Cの回転関係を変化させると、六回非点の量が減り、24°付近で極小値を取ることがわかる。また24°を挟む±6°以内の領域(A3AとA3Bの関係は72°を挟む±6°以内)では、六回非点が二段の多極子を組み合わせた場合の半分以下となり、有効に補正されている様子が分かる。
【0059】
以上から、本発明のもうひとつの実施形態に係る収差補正装置において、中段の多極子22が生じる三回対称場(第2の三回対称場)は、前段の多極子21が生じる三回対称場(第1の三回対称場)に対し、光軸11に垂直な面内において凡そ72°回転して分布させる。さらに、後段の多極子23が生じる三回対称場(第3の三回対称場)は、前段の多極子21が生じる三回対称場に対し、光軸11に対して垂直な面内において、凡そ24°回転して分布させる。
【0060】
三回場は、120°回転すると元に戻り、また鏡面対称の光学系でも実現できるため、以上の回転関係は数学的な対称性から、mを整数として、一段目の多極子と二段目の多極子の回転関係は、光軸11に対して垂直な面内において、120°×m±略72°、二段目の多極子と三段目の多極子の回転関係は、光軸11に対して垂直な面内において、120°×m±略24°と一般化できる。
【0061】
一方、負の球面収差係数は各三回対称場の回転関係に依存しないので、三つの三回対称場から生じる強度の合成となり、対物レンズの球面収差補正に用いることができる。
図2(e)〜(f)は、このような配置に基づいた各多極子の配置の一例を示したものである。これら各図は、図2(a)に示す光軸11上の原点OからA方向に見て、21bが前段の多極子21の配置を、22bが中段の多極子22の配置を、23bが後段の多極子23の配置を表している。この回転関係は、転送するレンズでの回転後に着目する必要があり、物理的に120°×m±72°と120°×m±24°の回転関係になくとも、転送レンズにより電子光学的にその回転関係になっていればよい。
【0062】
従って、上記のような三回対称場を生じる三段の多極子21、22、23は、負の球面収差を生じつつ、三回非点収差を打ち消し、高次収差の六回非点も補正される。
【0063】
また、上記のような三つの三回対称場を生じさせるため、光軸11に垂直な面内において各多極子21、22、23を回転させるような回転手段(図示せず)を設けても良い。
【0064】
さらに、本実施形態に係る収差補正装置には、前段の多極子21と中段の多極子22の間に第1の転送レンズ対31を配置し、中段の多極子22と後段の多極子23の間に第2の転送レンズ対32を配置しても良い。
【0065】
第1の転送レンズ対31は二つの軸対称レンズ31a、31bを有し、前段の多極子21で得られた像と等価な像を中段の多極子22に転送する。また、第2の転送レンズ対32は二つの軸対称レンズ32a、32bを有し、中段の多極子22で得られた像と等価な像を後段の多極子23に転送する。つまり、各転送レンズ対31、32によって多極子間の光学的距離は0となる。
【0066】
この場合、各転送レンズ対31、32は、等価な像を各多極子間に転送するのみであるので、三つの三回対称場による光学的特性に影響を及ぼさない。なおかつ、各多極子間の距離を持たせることができるので、各多極子の配置に対する自由度が上がる。
【0067】
さらに、上記第1、第2の転送レンズ31、32に加え、対物レンズ40と後段の多極子23の間に、第3の転送レンズ対33を設けても良い。
【0068】
第3の転送レンズ対は二つの軸対称レンズ33a、33bを有し、後段の多極子23で得られた像と等価な像を対物レンズ40に転送する。つまり、この間の光学的距離は0となる。第3の転送レンズ対は、第1、第2の転送レンズ31、32と同様に、等価な像を対物レンズ40に転送するだけであるので、三つの三回対称場による光学的特性に影響を及ぼさない。従って、後段の多極子23と対物レンズ40の配置に対する自由度が上がる。
【0069】
本発明の一実施形態に係る収差補正装置を透過型電子顕微鏡に搭載した例について図5及び図6を用いて説明する。
【0070】
図5は上記収差補正装置を照射系収差補正器として用いた透過型電子顕微鏡50の例である。
【0071】
電子銃51は、高圧制御部58によって電子線(図示せず)を発生し、併せて所望のエネルギーに電子線を加速する。次に第1集束レンズ52が加速された電子線を集束する。
集束された電子線は照射系収差補正器53を通過する。このとき、上記した収差補正が行われる。さらに照射系収差補正器53を通過した電子線は、第2集束レンズ54によって集束され、対物レンズ及び試料ステージ55を通過する。なお、試料ステージには試料が装着されている。
【0072】
試料を透過した電子線は中間・投影レンズ56によって拡大され、観察室57の蛍光板(図示せず)に入射する。この蛍光板に投影された試料像は、カメラ等によって撮像される。
【0073】
対物レンズ及び試料ステージ55を通過するとき、対物レンズは電子線を更に集束させるが、対物レンズによる正の球面収差は、試料面における電子線のスポット径を広げるように作用する。しかしながら、照射系収差補正器53によって生じた負の球面収差によって、この正の球面収差が打ち消される。従って、試料面において微小な電子線が得られることになる。
【0074】
また試料面において、三回非点収差、六回非点収差などが除去される。従って、照射系において、収差補正が可能な電子線の入射角の範囲が広がる。
【0075】
そして、電子線の入射角の範囲が広がると回折収差が低減されるので、透過型電子顕微鏡の空間分解能が更に向上する。
【0076】
また、試料面において微小なスポットが得られるので、透過型電子顕微鏡50の光学系に偏向器(図示せず)を備えた時には、空間分解能の高い特性X線分析などが可能となる。
【0077】
図6は本発明の一実施形態に係る収差補正装置を結像系収差補正器として用いた透過型電子顕微鏡60の例である。
【0078】
電子銃61は、高圧制御部68によって電子線(図示せず)を発生し、併せて所望のエネルギーに電子線を加速する。次に第1集束レンズ62、第2集束レンズ63が加速された電子線を集束する。集束された電子線は対物レンズ及び試料ステージ64において更に集束され、試料ステージ上の試料に照射される。
【0079】
試料を透過した電子線は結像系収差補正器65を通過する。このとき、上記した収差補正が行われる。さらに結像系収差補正器65を通過した電子線は、中間・投影レンズ66によって拡大され、観察室67の蛍光板(図示せず)に入射する。この蛍光板に投影された試料像は、カメラ等によって撮像される。
【0080】
電子線が結像系収差補正器65を通過するとき、対物レンズによって生じた正の球面収差は、結像系収差補正器65が有する負の球面収差によって相殺される。また、この収差補正装置によって三回非点収差、六回非点等が除去される。従って、透過型電子顕微鏡の空間分解能が向上する。
【0081】
また、結像系収差補正器65による収差補正によって、収差補正が可能な電子線の入射角の範囲が広がる。電子線の角度の範囲が広がると絞り(図示せず)等による回折収差が低減されるので、透過型電子顕微鏡の空間分解能が更に向上する。
【0082】
なお、上記は、照射系収差補正器53若しくは結像系収差補正器65の何れか一方を搭載した透過型電子顕微鏡の例であったが、これら両方を透過型電子顕微鏡に搭載することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】光軸に沿って厚みを有する一段の多極子によって生じる収差についての説明図である。
【図2】図2(a)は本発明の実施形態に係る収差補正装置の模式図、図2(b)〜(g)は各多極子の配置を示す模式図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る収差補正装置の模式図であり、第1及び第2の転送レンズを設けた実施形態である。
【図4】本発明の一実施形態に係る収差補正装置の模式図であり、第1、第2及び第3の転送レンズを設けた実施形態である。
【図5】本発明の一実施形態に係る収差補正装置を照射系収差補正器として透過型電子顕微鏡に搭載した実施形態である。
【図6】本発明の一実施形態に係る収差補正装置を結像系収差補正器として透過型電子顕微鏡に搭載した実施形態である。
【図7】光軸に沿って厚みを有する二段の多極子に電子線を通過させて得られたロンチグラム図である。
【図8】前段と後段との多極子の三回対称場がなす角度と六回非点量との関係を表すグラフ。
【符号の説明】
【0084】
10:電子線
11:光軸
21:前段の多極子
22:中段の多極子
23:後段の多極子
31:第1の転送レンズ
32:第2の転送レンズ
33:第3の転送レンズ
40:対物レンズ
50、60:透過型電子顕微鏡
53:照射系収差補正器
65:結像系収差補正器
100:電子線
101:光軸
102:多極子
103:対物レンズ
104:試料面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光軸に対して一列に配置され、前記光軸に沿ってそれぞれが厚みを有する三段の多極子を備え、前記三段の多極子のうち、前段の多極子は、前記光軸に対して三回対称となる第1の磁場又は電場を生じ、前記三段の多極子のうち、中段の多極子は、前記光軸に対して三回対称となる第2の磁場又は電場を生じ、前記三段の多極子のうち、後段の多極子は、前記光軸に対して三回対称となる第3の磁場又は電場を生じ、前記第2の磁場又は電場においては、前記第1磁場または電場、あるいは前記第3磁場または電場から発生した三回対称非点を打ち消す方向ではない磁場又は電場三回対称分布を作り、前記第3の磁場又は電場においては、前記第1の磁場または電場、あるいは前記第2の磁場または電場から発生した三回対称非点を打ち消す方向ではない磁場又は電場三回対称分布を作り、前記前段の多極子において発生した三回対称収差を、前記中段の多極子を用いて回転させ、前記中段の多極子から発生した三回対称収差を前記後段の多極子を用いて回転させ、前記三段の多極子の合成として三回対称非点を打ち消し、球面収差補正と高次収差補正を行なうことを特徴とする電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項2】
前記三段の多極子間の磁場又は電場の回転関係として、前記第2の磁場又は電場、或いは前記第3の磁場又は電場の何れか一方は、前記第1の磁場又は電場に対し、前記光軸に垂直な面内において電子光学的レンズによる回転作用を考慮して、mを整数として、120°×m±40°回転して分布し、前記第2の磁場又は電場、或いは前記第3の磁場又は電場、の何れか他方は、前記第1の磁場又は電場に対し、前記光軸に垂直な面内において電子光学的レンズによる回転作用を考慮して120°×m±80°回転して分布し、前記第2の磁場又は電場と、前記第3の磁場又は電場は同じ方向に回転して分布することを特徴とする請求項1に記載の電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項3】
前記三段の多極子間の磁場又は電場の回転関係として、前記第2の磁場又は電場は、前記第1の磁場又は電場に対し、前記光軸に垂直な面内において電子光学的レンズによる回転作用を考慮して、mを整数として、120°×m±略72°回転して分布し、前記第3の磁場又は電場は、前記第1の磁場又は電場に対し、前記光軸に垂直な面内において電子光学的レンズによる回転作用を考慮して120°×m±略24°回転して分布することを特徴とする請求項1に記載の電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項4】
前記前段の多極子と前記中段の多極子の間に設けられ、二段の軸対称レンズを有する第1の転送レンズ対と、前記中段の多極子と前記後段の多極子の間に設けられ、二段の軸対称レンズを有する第2の転送レンズ対を、更に備えることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項5】
前記三段の多極子の、それぞれの多極子の前方、または後方に設けられ、二段の軸対称レンズを有する第3の転送レンズ対を更に備えることを特徴とする請求項4に記載の電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項6】
前記三段の多極子はそれぞれ、独立に励磁可能な磁極又は、独立に電圧印加可能な電極を有することを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項7】
前記三段の多極子はそれぞれ六極子を有することを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項8】
前記三段の多極子はそれぞれ十二極子を有することを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項9】
前記三段の多極子のそれぞれを前記光軸に垂直な面内で回転させる回転手段を備えることを特徴とする請求項1乃至請求項6の何れかに記載の電子顕微鏡用収差補正装置。
【請求項10】
前記三段の多極子は、三段とも多極子の厚みがおなじものを有することを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の電子顕微鏡用収差補正装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−54565(P2009−54565A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−107375(P2008−107375)
【出願日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】