説明

受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法

【課題】電極の酸素還元電流を考慮して受精卵の正確な呼吸量を測定可能であり、測定結果の妥当性の検証も可能で、無侵襲性を向上させることができる受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法を提供する。
【解決手段】受精卵呼吸測定用チップ11が、基板12上に電極13を配置して成り、電極13の近傍に胚を導入するためのPDMSウェル14またはPDMSマイクロ流路15を有する。基板12は、石英ガラス基板から成り、電極13が露出するよう、表面がSiO蒸着絶縁膜により覆われている。電極13は、その酸素還元反応に伴う酸素消費量が胚の酸素消費量に与える影響を無視できるよう、その酸素還元反応に伴う酸素消費量と胚の酸素消費量とに基づいて、酸素還元電流値の上限値が定められている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に哺乳動物受精卵の酸素消費量(呼吸量)を電気化学測定法に基づき無侵襲的に1個ずつ定量することができる受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発生生物学・生殖工学の重要性は、基礎科学から組換え動物作出、家畜繁殖、医療の現場など多方面に及んでいる。哺乳動物の体外受精・体外培養技術は、バイオテクノロジーのなかでも大きな柱となる領域であり、ヒト不妊治療や家畜の生産、クローン動物やトランスジェニック動物の作出など波及効果も大きい。本発明者等は、哺乳動物(ウシ、マウスなど)初期胚の酸素消費(呼吸)を定量するマイクロシステムを開発してきた。当初、マイクロマニピュレータおよびマイクロピペットで受精卵を固定し、その近傍の酸素濃度プロファイルを微小電極により観測した(例えば、特許文献1参照)。さらに、逆円錐形ウェルを用いて受精卵近傍の酸素濃度変化を増大させ、マニピュレータの試料固定操作が不要な測定法に改良した(例えば、特許文献2および3参照)。
【0003】
受精卵近傍の酸素濃度プロファイルから拡散方程式に基づき呼吸量を求める方法は、一般的な方法である。つまり、微小電極を走査する場合に限らず、サンプル−電極間距離が既知であれば、電極固定型デバイスを用いても、濃度プロファイルから呼吸量を求めることは可能である。アンペロメトリック酸素センサでは、検出部の電極にて酸素消費が起こり、近傍の酸素濃度勾配は不均一となっている。検出電流値が十分小さければ、サンプル側の濃度プロファイルの乱れは無視することができる。しかしながら、検出電流値が大きくなると、サンプル近傍の濃度プロファイルの乱れが大きくなり、真のサンプル呼吸量、即ちセンサ側の酸素消費がゼロの場合のサンプル呼吸量を求めることができなくなる。検出電極とサンプルの拡散層とのクロスオーバー、およびサンプル由来の酸素消費量への影響を詳細かつ正確に議論するには、拡散方程式のデジタルシミュレーションが有効であると考えられるが、実際に数値あるいは指標を提示する方法論はこれまでほとんど議論されてこなかった。したがって、センサの検出電流値を指標にしたデバイス設計、デバイスデザインの検証、デバイスの作製を試みた例はこれまで報告されていない。
【0004】
受精卵呼吸測定装置は、走査型電気化学顕微鏡(scanning electrochemical microscopy,SECM)を基にしているために、プローブである微小電極の操作を行う必要がある。測定時の微小操作こそステッピングモーターにより自動化されているものの、それ以前のサンプル胚の近傍までの電極の移動および測定開始位置の決定は手動で行われており、技術の習得に熟練を要する。つまり、微小電極を走査する測定原理では、操作性、スループットに限界があった。そこで、本発明者等は、受精卵を操作するためのポリ(ジメチルシロキサン)(PDMS)製流路と独立型マイクロアレイ電極とを組合せた呼吸測定用マイクロ流体デバイスを作製した(例えば、非特許文献1参照)。これにより、流路により受精卵試料を操作すると共に、酸素還元電流に基づく単一受精卵の呼吸測定に成功した。 しかし、既に述べたとおり、検出電極の電流値が受精卵サンプルの呼吸測定値(みかけのサンプル呼吸量)に与える影響に関しては全く情報が得られていない。
【0005】
【特許文献1】特許第3693907号公報
【特許文献2】特許第3688671号公報
【特許文献3】特許第4097492号公報
【非特許文献1】C. C. Wu, T, Saito, T.Yasukawa, H. Shiku, H. Abe, H. Hoshi, T. Matsue, “Microfluidic chip integratedwith amperometric detector array for in situ estimating oxygen consumptioncharacteristics of single bovine embryos”, Sens. Actuat. B, 2007, 125, p.680-687
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載のように、流路と独立型微小電極アレイとを組合せた流路デバイスがすでに報告されているが、デバイスの各電極に流れる酸素還元電流値には全く配慮がされておらず、正確な呼吸量が測定できている保証がないという課題があった。また、従来法との比較も不十分であり、測定結果の妥当性を検証することが不可能であるという課題もあった。即ち、同一サンプルをデバイスと従来法とで比較した結果は示されていない。さらに、絶縁膜として高分子レジスト剤SU-8を用いているため、「無侵襲的」の定義から外れるという課題もあった。
【0007】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、電極の酸素還元電流を考慮して受精卵の正確な呼吸量を測定可能であり、測定結果の妥当性の検証も可能で、無侵襲性を向上させることができる受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、デバイスの電極に流れる酸化還元電流値について詳細に検討し、電極における酸素消費が、サンプルである哺乳動物等の受精卵(胚)の酸素消費量に与える影響を排除する方法について鋭意研究を重ねた結果、妥当な酸素還元電流値を示すデバイスデザインの方法、その方法論に立脚したデバイスの作製に成功し、本発明を完成させた。さらに、電極絶縁材量に酸化ケイ素(SiO2)を用いることで、受精卵に対する無侵襲性を向上させることにも成功した。
【0009】
また、本発明者等は、従来法である電極走査型測定システム(受精卵呼吸測定装置)と電極固定型デバイスとを用いて、同一受精卵について呼吸量測定を実施し比較検討した結果、検出電極における酸素消費量が見かけのサンプル呼吸量に影響を与える可能性があることを見出した。さらにこの結果から、真のサンプル呼吸量を得るために許容される検出電極電流値を決定可能であることを示し、その方法を提案すると共に、実際にこの方法に基づきデバイスを作製した。
【0010】
本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置は、基板上に電極を配置して成るチップと、前記電極に一定の電位を印加した状態で、前記電極の近傍に動物の胚を導入したときの、前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値を測定する電流測定部と、前記電流測定部で測定された前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値に基づいて、前記胚の酸素消費量を求める解析部とを、有することを特徴とする。
【0011】
本発明に係る受精卵の呼吸活性測定方法は、基板上に配置された電極に一定の電位を印加した状態で、前記電極の近傍に動物の胚を導入したときの、前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値とに基づいて、前記胚の酸素消費量を求めることを、特徴とする。
【0012】
本発明に係る受精卵の呼吸活性測定方法は、本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置により容易に実施することができる。本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法によれば、胚(受精卵)の酸素消費量(呼吸量)を容易かつ正確に求めることができ、胚の呼吸活性を定量的に評価することができる。導入する胚は、哺乳動物の受精卵から成ることが好ましい。また、導入する胚は、1個であることが好ましい。電極は、長さおよび幅が10μm以下の微小電極から成ることが好ましく、1つであっても、複数からなるアレイであってもよい。
【0013】
本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置で、前記電極は、前記電極の酸素還元反応に伴う酸素消費量が前記胚の酸素消費量に与える影響を無視できるよう、前記電極の酸素還元反応に伴う酸素消費量と前記胚の酸素消費量とに基づいて、酸素還元電流値の上限値が定められることが好ましい。特に、前記電極は酸素還元電流値の上限値が1nAであることが好ましい。この場合、電極の酸素還元反応に伴う酸素消費量が、胚の酸素消費量に与える影響をほぼ排除することができ、胚の正確な酸素消費量、すなわち受精卵の正確な呼吸量を測定することができる。
【0014】
本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置で、前記基板は石英ガラス基板から成り、前記チップは少なくとも前記電極が露出するよう、前記基板の表面がSiO蒸着絶縁膜により覆われていることが好ましい。この場合、受精卵に対する無侵襲性を向上させることができる。
【0015】
本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置で、前記チップは前記電極の近傍に前記胚を導入するためのウェルまたは流路構造を有することが好ましい。この場合、胚の固定操作が不要である。また、導入された胚の位置があらかじめ決められているため、胚と電極間の距離が既知となり、胚の酸素消費量をより正確に求めることができる。
【0016】
本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置で、前記解析部は、前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値に基づいて、球面拡散理論を用いて、前記胚の表面の酸素濃度を求め、その酸素濃度から前記胚の酸素消費量を求めることが好ましい。本発明に係る受精卵の呼吸活性測定方法は、前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値に基づいて、球面拡散理論を用いて、前記胚の表面の酸素濃度を求め、その酸素濃度から前記胚の酸素消費量を求めることが好ましい。この場合、胚の酸素消費量、すなわち受精卵の呼吸量を正確に求めることができる。
【0017】
本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置で、前記解析部は、あらかじめ前記胚として酸素消費量が既知の試料胚を用いて酸素消費量を求め、その求めた酸素消費量と前記試料胚の既知の酸素消費量とに基づいて補正値を求めておき、前記試料胚とは異なる胚について求めた酸素消費量を前記補正値により補正してもよい。本発明に係る受精卵の呼吸活性測定方法は、あらかじめ前記胚として酸素消費量が既知の試料胚を用いて酸素消費量を求め、その求めた酸素消費量と前記試料胚の既知の酸素消費量とに基づいて補正値を求めておき、前記試料胚とは異なる胚について求めた酸素消費量を前記補正値により補正してもよい。この場合、補正値により、正確な酸素消費量を求めることができる。また、電極走査型測定システム(受精卵呼吸測定装置)等の従来法で得られた酸素消費量を、試料胚の既知の酸素消費量とすることにより、本発明に係る受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法による胚の酸素消費量と、従来法による胚の酸素消費量とを比較することができる。これにより、測定結果の妥当性の検証も可能である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、電極の酸素還元電流を考慮して受精卵の正確な呼吸量を測定可能であり、測定結果の妥当性の検証も可能で、無侵襲性を向上させることができる受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面に基づき本発明の実施の形態について説明する。
図1乃至図17は、本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法を示している。
図1および図2に示すように、本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置は、受精卵呼吸測定用チップ(チップ)11と電流測定部(図示せず)と解析部(図示せず)とを有している。なお、本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定方法は、本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置により実施される。
【0020】
図1および図2に示すように、受精卵呼吸測定用チップ11は、基板12上に電極13を配置して形成されている。基板12は、石英ガラス基板から成っている。電極13は、長さおよび幅が10μm以下の微小電極から成り、酸素還元電流値が1nA以下に設定されている。受精卵呼吸測定用チップ11は、まず、基板12の石英ガラスを洗浄し、その石英ガラス基板上に金属スパッタ蒸着法によりTi、Ptの順に蒸着し、Pt電極パターンを作製する。その上に、SiO2蒸着により絶縁膜用SiO2層を作製することにより製造される。
【0021】
図1に示すように、基板12の全体はSiO2で覆われ絶縁されている。図1(b)の顕微鏡写真の中央の十字型の部分のみ、リフトオフによりSiO2が除去され、Pt部分が露出している。このように、受精卵呼吸測定用チップ11は、電極13が露出するよう、基板12の表面がSiO蒸着絶縁膜により覆われている。さらに、図2に示すように、受精卵呼吸測定用チップ11は、胚試料の導入、位置規定補助用の3つの逆円錐を有するPDMSウェル14を有している。PDMSウェル14は、電極13と接着されている。
【0022】
電流測定部は、電極13に一定の電位を印加した状態で、電極13の近傍に動物の胚を導入したときの、胚の導入前の電流値と導入後の電流値を測定するよう構成されている。
解析部は、電流測定部で測定された胚の導入前の電流値と導入後の電流値に基づいて、胚の酸素消費量を求めるよう構成されている。
【0023】
本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定方法では、まず、基板12上に配置された電極13に一定の電位を印加した状態で、電極13の近傍に動物の胚を導入したときの、胚の導入前の電流値と導入後の電流値とを電流測定部で測定する。このとき、導入する胚は、哺乳動物の1個の受精卵である。電流測定部で測定された胚の導入前の電流値と導入後の電流値とに基づいて、解析部で胚の酸素消費量を求める。
【0024】
本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法によれば、電極13の酸素還元電流値が1nA以下とすることにより、電極13の酸素還元反応に伴う酸素消費量が、胚の酸素消費量に与える影響を無視することができ、胚の正確な酸素消費量、すなわち受精卵の正確な呼吸量を測定することができる。このように、胚(受精卵)の酸素消費量(呼吸量)を容易かつ正確に求めることができ、胚の呼吸活性を定量的に評価することができる。
【0025】
また、基板12が石英ガラス基板から成り、SiO2で覆われて絶縁されているため、測定対象の胚に対する無侵襲性を向上させることができる。PDMSウェル14を利用することにより、胚の固定操作が不要である。また、導入された胚の位置があらかじめ決められているため、胚と電極13との間の距離が既知となり、胚の酸素消費量をより正確に求めることができる。
【実施例1】
【0026】
<電極に流れる電流値の許容範囲について>
アンペロメトリック酸素センサで検知される酸素還元電流値がI*electrodeの際、電極13由来の酸素消費速度Felectrodeは、Felectrode= I*electrode/nF で表される(n は反応電子数、F はファラデー定数[C/mol])。FelectrodeとFsampleとの比較は、センサ上での電極13の反応がサンプル(胚)由来の代謝活性に影響し得るかどうかの指標となる。定性的に、センサ上で検知される電流値が小さいほど、サンプル由来の代謝活性に与える影響が小さくなる。即ち、FelectrodeがFsampleと較べて小さいことが望ましいことは明らかである。しかしながら、FelectrodeがFsampleに及ぼす影響を定量的に議論することはそれほど簡単ではない。有限要素法に基づく拡散方程式のシミュレーションなどにより、これを解決可能である。
【0027】
Felectrode/Fsampleは、電気化学測定法の生成-捕捉実験における捕捉率のようなパラメータと位置付けることができるが、捕捉率と異なり1以上の値に成り得る。Felectrode/Fsampleのサンプル近傍の濃度勾配への影響は多くの因子に依存している。この因子として具体的には、電極13-サンプル間距離、電極13およびその周辺のデバイスデザイン、サンプル内あるいは表面の、均一および不均一化学反応速度、サンプル表面の物質移動速度、化学反応速度および物質移動速度の酸素濃度依存性などを挙げる事ができる。
【0028】
電極走査型センサによる呼吸量計測方法では、Fsample = 1×10-14 mol/sレベルのウシ胚およびマウス胚の呼吸量を測定する際、酸素還元電流値が1nA以下の微小電極をプローブとして選択すると、Felectrodeが哺乳動物胚1個の酸素消費量に与える影響を無視できることが分かった。これに対し、酸素還元電流値が3〜5nAの微小電極をプローブとして選択した場合には、哺乳動物胚1個の酸素消費量に与える影響を無視できない。
【0029】
「無視できない」とする根拠として、以下の実験事実を挙げる事ができる。すなわち、酸素還元電流値が3〜5nAの微小電極を用いて様々な呼吸量の生体サンプル(哺乳動物受精卵に加え、藻類ハネモのプロトプラストや癌細胞スフェロイド)の呼吸量を球面拡散の式に従い算出した場合に、比較的呼吸量の低いサンプル(Fsample < 1×10-14 mol/s)に限って、電流値から見積もられる呼吸量が真の呼吸量よりも大きくなる(オーバーエスティメイト)。
【0030】
すなわち、
I*electrode = 1nA、 Fsample = 1×10-14 mol/sの場合、Felectrode / Fsample = 0.26となる。
I*electrode = 3〜5nA、 Fsample = 1×10-14 mol/sの場合、Felectrode / Fsample = 0.78〜1.3となる。
【0031】
以上の結果から、次式より、許容されるI*electrode値を判定し、デバイスデザインに反映させることができる。
【数1】

【0032】
ここにおいて、
I*electrode:電極13上で観測される酸素還元電流値。電極13が複数本ある場合は、各々を加算しFelectrode=Σ(I*electrode/nF)で判定する。
n:反応電子数。白金の電極13上での酸素還元反応の場合n = 4。
F:ファラデー定数[C/mol]
A:補正項。従来法である電極走査型測定系により、経験的に求めたA = 0.26が基準値となる。Aの値は、デバイスの形状、哺乳動物胚サンプルを電極13の近傍に導入配置した際の環境条件により決定される。さらに、FelectrodeによりFsampleが影響を受ける場合も、補正項により真のサンプル由来酸素消費量を換算できる。
Fsample:デバイス上での真の哺乳動物胚1個の酸素消費量[mol/s]
【実施例2】
【0033】
<受精卵呼吸測定用チップの検証>
6-9週齢のB6C3F1系統マウスから回収した2細胞期胚から胚盤胞期胚について、呼吸計測を実施した。電極13の電位を-0.5 V vs. Ag/AgClに設定し、定電位のまま時間に対する酸素還元電流の変化をモニタリングした。図3(a)に、測定時の電極13の近傍の光学顕微鏡写真を示す。測定開始(0 s)から60 s程度、胚を入れずにバルク電流を測定し、その平均値をバルク電流値i*とした。その後、ガラスキャピラリーを用いて胚をPDMSウェル14内に移動し、操作終了後、電流値が安定するまで600s間電流値を測定した。測定終了までの最後の60s間の電流値の平均を、サンプル電流値i とした。同様の操作を、胚を用いずに行いネガティブコントロールを測定した。
【0034】
[受精卵呼吸測定チップにおける酸素濃度プロファイルの解析]
アンペロメトリー法により得られる球状サンプル近傍の酸素還元電流応答から、球面拡散理論を用いて、受精卵呼吸測定チップ11における球状サンプルが消費する酸素濃度および酸素消費速度を算出した。以下に、受精卵呼吸測定チップ11における酸素濃度プロファイルの解析方法を述べる。
【0035】
図3(b)に、球状サンプル1の中心を原点Oとするxyz座標の概略図を示す。基板12全体はSiO2で覆われて絶縁されており、図3(a)の顕微鏡写真の中央の十字型の部分のみのSiO2が除去されてPt部分が露出している。測定には、検出電極として図3中の「A」で示すPt電極13を用い、対極兼参照極としてAg/AgCl電極(外付け)を用いた。図3中の「B」で示したPt電極13は使用しなかった。十字型の部分に移動したマウス胚を、球状サンプル1とする。
【0036】
図3(b)より、球状サンプル1の中心から検出電極Aまでの距離L[μm]は、球状サンプル1の表面から検出電極Aまでの距離d[μm]と球状サンプル1の半径rs[μm]により、(2)式のように決定される。
【数2】

【0037】
ここで、球状サンプル1内の酸素濃度は一定であり、球状サンプル1の大きさは一定であると仮定する。測定によって得られた酸素還元電流i [nA]は、バルク(沖合い)の酸素還元電流i[nA]によって規格化した。iの本来の定義は、球状サンプル1の近傍に形成される酸素濃度プロファイルよりも十分離れた場所における検出電極の酸素還元電流値である。受精卵呼吸測定チップ11上で検出電極Aの近傍に受精卵の球状サンプル1を導入−導出する場合、導入直前の電流値がiに相当する。
【0038】
検出電極Aの表面の酸素濃度差(ΔCi-t=C*−Ci−t)は、酸素還元電流i [nA]と、バルクの酸素還元電流i[nA]およびバルクの酸素濃度C*(0.21 mM)により、(3)式のように決定される。
【数3】

【0039】
球状サンプル1の表面の酸素濃度差(ΔCs=C*-Cs)は、(4)式のように、検出電極Aの表面の酸素濃度差(ΔCi-t=C*−Ci−t)を外挿することで得られる。
【数4】

【0040】
ここで、Cs
は球状サンプル1の近傍の酸素濃度[mol cm-3]、Ci-t は検出電極Aの表面の酸素濃度[mol cm-3]である。Fickの第一法則より、x軸方向の球状サンプル1の表面の酸素流束fs[mol cm-2 s-1]は、(5)式で表される。
【数5】

【0041】
ここで、酸素の拡散係数Dは2.10×10-5 cm-2 s-1 (25℃)である。球状サンプル1の表面積Sx [cm2]と酸素流束fs [mol cm-2 s-1]との積から得られる酸素流束の総和Fchip, sample [mol/s]は、次に示す(6)式で表される。
【数6】

【0042】
ここで、球状サンプル1の表面の酸素流束の総和Fchip, sample[mol/s]は、呼吸活動に起因することから、球状サンプル1の酸素消費速度(呼吸量)[mol/s]をFchip,sample で表現した。
【0043】
球状サンプル1と共通の中心をもつ半径Lの球のうち、平板より上側の球表面積SL[cm2]は(7)式で表される。平板上に球状サンプル1が静置されており、球状サンプル1の酸素消費により酸素濃度プロファイルが定常状態を示す場合、(8)式に示すように、任意のLにおいて、この球の面積SLと流束fLの積は、近似的にFchip, sampleと等しくなる。
【数7】

【0044】
図4に、受精卵呼吸測定チップ11の検出電極Aにおけるサイクリックボルタムグラム(CV)を示す。本実験は、検出電極Aの形状およびサイズの妥当性を確認するため、測定溶液に4 mM フェロシアン化カリウムを用いており、酸素還元電流I*chipとは直接関係ない。検出電極Aの形状からバンド電極と仮定すると、CVはディスク電極の場合と類似したシグモイダルな形状をしているが、定常電流は存在しない事が既に知られている。そこで、次に示すピーク電流の(9)および(10)式から、ピーク電流値を決定した。
【数8】

【0045】
ここで、p は無次元化された掃引速度パラメーター、n は反応電子数、F はファラデー定数[C/mol]、ω は検出電極Aの幅[cm]、v は掃引速度[V s-1]、R は気体定数[J K-1 mol-1]、T は温度[K]、D は検出電極Aの反応種の拡散係数[cm2 s-1]、C は検出電極Aの反応種の濃度[mol cm-3]、Ip はピーク電流値[A]、b は検出電極Aの長さ[cm]である。Fe(CN)6 の拡散係数は、6.5 × 10-6cm2 s-1、検出電極Aの幅は10μm、検出電極Aの長さは顕微鏡写真より6.3μmとし、掃引速度は20 mV s-1 とした。(9)および(10)式より、このピーク電流値は1.32nA と算出された。算出されたピーク電流値は、図4の0.7 V vs. Ag/AgCl付近のピーク電流値の結果と極めて良く一致した。これは、SiO2 による絶縁被覆が効果的になされており、検出電極Aの領域が良好に規定されている事を示す。以上より、基板12上に集積化した検出電極Aが、良好に機能している事が支持された。
【0046】
[検量線:受精卵呼吸測定チップの酸素濃度検出能評価]
受精卵呼吸測定チップ11の酸素濃度検出能について検討を行った。ビーカーにPBS(-)(1.47 mM KH2PO4、4.30 mM Na2HPO4、2.68 mM KCl、136.9 mM NaCl)溶液を100 ml 満たし、1M亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)水溶液を適当量滴下し、PBS(-)溶液中の酸素濃度を決定した。ビーカー中には、コントロールの溶存酸素濃度[mg/l]測定のために、溶存酸素計(DO-5509、Fuso)、水銀温度計、対極兼参照極(Ag/AgCl)および受精卵呼吸測定チップ11を設置した。この際、Ag/AgCl と受精卵呼吸測定チップ11との距離[cm]は、1cm程度に設定した。また、溶存酸素濃度[mg/l]を一定に保つために、水銀温度計による液温確認とマグネチックスターラー(HS-50E、iuchi)による攪拌とを行った。ここで、測定は室温(21±1 ℃)で行い、電極13の電位は-0.5 V vs. Ag/AgCl に設定した。測定によって得られた酸素還元電流(i)は、バルク(沖合い)の酸素還元電流(i*)により規格化した。
【0047】
図5に、受精卵呼吸測定チップ11の規格化電流値(i/i*)と酸素濃度の値[mg/l]との関係を示す。1 M Na2SO3 の滴下を行う前に、バルクの酸素還元電流(i*)および、溶存酸素濃度[mg/l]を測定した。1 M Na2SO3 滴下後、15min程度経過した後の酸素還元電流(i)の値を用い、規格化電流(i/i*)の値を決定した。この際、同時に溶存酸素濃度[mg/l]の値を記録した。図5に示すように、溶存酸素濃度の現象は直線性を示した(R=0.984)。また、受精卵呼吸測定チップ11により得られた規格化電流値(i/i*)は、溶存酸素計による溶存酸素濃度0mg/lにおいて、7%程度の残余電流が確認された。しかしながら、酸素濃度の値と受精卵呼吸測定チップ11の検出値との間には相関性があり、酸素濃度変化を電流値の変化として捉えることが出来るということが示唆された。
【0048】
受精卵呼吸測定チップ11を用いて、マウス胚の呼吸活性について検討した。サンプルとして、体外受精(IVF)により回収した2細胞期胚(2cell)を2日間培養し、胚盤胞(Blastocyst)まで発生したものを用いた。電極13の電位を-0.5V vs. Ag/AgCl に設定し、一定電位を印加しながら、時間に対する酸素還元電流変化をモニタリングする、クロノアンペロメトリー法を用いた。ここで、測定は室温(24±1℃)で行い、測定により得られた酸素還元電流(i)はバルク(沖合い)の酸素還元電流(i*)により規格化した。
【0049】
図6(a)に、固定化していないマウス胚(Alive胚)の時間[s]と規格化電流(i/i*)との関係を、図6(b)に、固定化処理したマウス胚(Dead胚)の時間[s]と規格化電流(i/i*)との関係を示す。Dead胚の固定化処理は、グルタルアルデヒドを用いて行った。グルタルアルデヒドに30min 浸漬後、PBS(-)溶液で洗浄してから測定に用いた。測定開始(0s)から60s 程度バルク電流i* を測定した。続いて、図6中の下向きの矢印(↓)の箇所でPDMSウェル14内にAlive/Dead胚を移動し、120s 程度の操作終了後、600s 間酸化還元電流を測定し、最後の60s をサンプル酸化還元電流i とした。この際、サンプル測定開始点を、図6中に上向きの矢印(↑)で示す。ここで、i* を用いてi を規格化した。また、Alive/Dead胚のサイズは、コンピューター制御型倒立顕微鏡(DM IRE 2、Leica)により撮影した画像から決定した。
【0050】
図6(a)に示すように、Alive胚では1%程度のi/i* の減少が見られた。一方、図6(b)に示すように、Dead胚では、i/i* の変化は見られなかった。この結果から、受精卵呼吸測定チップ11を用いて、マウス胚の呼吸活性に起因したi/i* の変化を検出可能であることが示唆された。また、i/i* を指標としたマウス胚の生死判断が可能であることが示唆された。
【0051】
図7に、胚の発生ステージごとの呼吸量平均Fchip, sample[mol/s]を示す。なお、有意差の検定には、一元配置分散解析およびFisherの最小有意差法(LSD : Least significant difference)を用い、全ての値は平均値±標準誤差(SEM : standard error of the mean)で表した。それぞれの発生ステージでの呼吸量平均は、2細胞期(0.29±0.08)×10-14 mol s-1、桑実胚期(0.38±0.05)×10-14mol s-1、胚盤胞期(0.62±0.11)×10-14 mol s-1 であった。2細胞期と桑実胚期および桑実胚期と胚盤胞期との間には有意な差は見られなかったが、2胞期と胚盤胞期の間には有意な差が見られた。
【0052】
[受精卵呼吸測定装置と受精卵呼吸測定チップとの相関性]
従来の受精卵呼吸測定装置(HSV-403、ペプチド機能性研究所(株))と受精卵呼吸測定チップ11との相関性について、検討を行った。受精卵呼吸測定装置において、プローブとして、白金マイクロ電極を用いた。また、XYZステージ(K701-20RMS、(株)駿河精器)上の電極ホルダーに、電極を固定した。6個の逆円錐型マイクロウェルを有する受精卵呼吸測定用Well((株)北斗電工)に、測定溶液(ERAM2、(株)機能性ペプチド研究所)でウェルを満たし、ウェルの中心にサンプルを配し、測定を行った。測定専用プレートを37℃に維持するため、Warm plate (MATS-502NLR、(株)東海ヒット))をXYZステージ上に設置した。
【0053】
サンプルとして、グルタルアルデヒドにより固定化処理を行った胚(Dead胚)および体外受精(IVF)によって回収したマウス胚を培養した2細胞期(2-cell)、桑実胚期(Morula)、胚盤胞期(Blastocyst)の異なる発生ステージの胚を用いた。まず、受精卵呼吸測定装置を用いて呼吸量(Fchip,sample [mol/s])を測定した。続いて、同サンプルを用いて受精卵呼吸測定チップ11により呼吸量(Fwell [mol/s])を測定した。装置の設置場所の都合により、37℃で保温された細胞培養輸送器(MEA451、Fujihira industry co., Ltd)を用いてサンプルの輸送を行った。受精卵呼吸測定装置で測定後、10~15 min 程度輸送を行い、輸送後すぐに37℃、5% CO2、95% air の条件下の炭酸ガスインキュベーター(Model-9200、Wakenyaku Co., Ltd)中に移動した。なお、測定は室温(24℃±1)で行った。
【0054】
図8に、FWell[mol/ s]とFchip, sample[mol/ s]との関係を示す。プロットは比較的直線的であり、Fwell[mol/ s]とFchip, sample[mol/ s]との間にはある程度の相関性(R=0.32)が有ることが示された。また、Dead胚ついては、FWell[mol/ s]、Fchip, sample[mol/ s]共に0に近い値を示した。これらのことから、受精卵呼吸測定チップ11は、受精卵呼吸測定装置と同様に胚の呼吸量を測定できることが示された。しかしながら、FWell[mol/s]の値とFchip, sample[mol/s]の値とを比較すると、Fchip, sample[mol/s]の方が大きくなる傾向が見られた。
【0055】
受精卵呼吸測定チップ11の電極13で観測される酸素還元電流値が大きすぎると、電極13の酸素消費が原因でサンプルの酸素消費量を正確に測定できていない可能性がある。そこで図8のうち、受精卵呼吸測定チップ11の電極13で観測される酸素還元電流値が1nA以上のデータを排除し、その結果を図9に示す。この結果、相関係数が大幅に向上した(R=0.78)。このことから、電極13の電流値を指標に、受精卵呼吸測定チップ11を設計・検証することが極めて重要であることが示唆された。
【0056】
図10は、有限要素法に基づく、電極13−サンプル近傍における酸素濃度プロファイルのシミュレーション結果である。受精卵呼吸測定チップ11の電極13で観測される酸素還元電流値が0nAおよび1nAの場合を各々計算し、それぞれ図10(a)および(b)に示す。球状サンプル側の酸素消費速度は共に1x10-14 mol/s とした。図10(a)および(b)に示すように、両者の酸素濃度プロファイルが必ずしも一致していないことが分かる。有限要素法に基づく酸素濃度プロファイルのシミュレーションを利用すれば、原理的にあらゆるデザインの受精卵呼吸測定チップ11の検証が可能となる。
【0057】
以上の結果から、以下の実施例で用いる電極13の酸素還元電流値は、すべて1nA以下となるよう設計されている。
【実施例3】
【0058】
図11に示すように、受精卵呼吸測定用チップ11として、電極13を3本(W1〜W3)とし、胚位置規定補助のためのウェルを湿式エッチングにより基板12上に作製し、逆円錐型のPDMSウェル14を基板12と接着したものを使用して測定を行った。測定手順として、まず、B6C3F1系統マウスから回収した2細胞期胚を培養して得た胚盤胞について、受精卵呼吸測定用チップ11を用い、電極13の電位を-0.5 V vs. Ag/AgClに設定し、一定電位を印加したまま、時間に対する酸素還元電流の変化をモニタリングした。測定開始(0s)から60s程度、胚2を入れずにバルク電流を測定し、その平均値をバルク電流値i*とした。その後、ガラスキャピラリー(RE)を用いて胚2をPDMSウェル14内に移動し、操作終了後、電流値が安定するまで600s間電流値を測定し、測定終了までの最後の60sの電流値の平均をサンプル電流値i とした。同様の操作を、胚2を用いずに行い、ネガティブコントロールを測定した。
【0059】
受精卵呼吸測定チップ11の酸素濃度検出能について検討を行った。図5と同様に、1M亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)水溶液を適当量滴下し、PBS(-)溶液中の酸素濃度を決定した。図12に示すように、酸素濃度と電流値とは直線性を示した(R = 0.982)。規格化電流値i/i* の経時変化を、図13に示す。図13に示すように、ネガティブコントロールでは、電流値の減少は認められなかった。それに対して、サンプルの胚2を用いた電極13(W1〜W3)においては、胚2の導入操作によるノイズの後に定常値を示したが、その値はバルク電流値から減少していた。また、3つの異なる位置にある電極13(W1〜W3)で同様の電流値変化が見られることから、同時に多方向から胚2の酸素消費量測定を行うことが出来ることが示された。胚2は、発生段階が進むにつれ極性を持つことが知られている。そのため、胚2の向きにより、同一の胚2でも呼吸量が変化することが考えられる。今回の結果から、受精卵呼吸測定チップ11を用いることで胚2の極性に起因する同一胚内での呼吸量の差異を測定できることが予想される。
【0060】
実施例2と同様にして、サンプルの胚2の呼吸量Fchip, sample[mol/s]を求めることができる。ただし、球状サンプル(胚2)の中心から電極13までの距離L[μm]は、式(2)の代わりに次式を用いる。ここで、hwellはエッチング深さ(μm)である。
【数9】

【実施例4】
【0061】
図14に示すように、受精卵呼吸測定用チップ11として、PDMSウェル14の代わりに、サンプル操作用のPDMS(poly-dimethylsiloxane)マイクロ流路15を有するものを使用して測定を行った。電極13は、10μm×10μmのPtマイクロ帯電極である。また、PDMSマイクロ流路15は、フォトレジストSU-8 を鋳型として作製され、試料導入流路および測定チャンバ(幅:200μm、高さ:150μm)で構成されている。PDMSマイクロ流路15は、酸素プラズマ処理により基板12と永久接合されている。
【0062】
測定胚3として、2細胞胚、胚盤胞および固定胚を用いた。PDMSマイクロ流路内に測定溶液ERAM-2((株)機能性ペプチド研究所)を満たした後、受精卵呼吸測定用チップ11をマルチポテンショスタットと接続し、電極13に酸素還元電位である -0.5 V vs. Ag/AgCl を印加した。電流値の安定を待ち、一定電圧に対する電流値変化を測定するクロノアンペロメトリー測定を開始した。試料インレットに測定胚3を配置した後、図14に示すように、シリンジポンプにより胚3を測定チャンバ内に導入し、電流値の変化を測定した。
【0063】
図15に示すように、測定胚3を測定チャンバ内に導入したところ、流路内の流れに起因するノイズの後、生存胚では胚の呼吸による電流値の減少が観察された。各作用電極13における電流値の減少は、胚3に近いほど大きい値となった。電流値の変化から電極13の近傍の酸素濃度を求め、フィックの第一法則から胚3の呼吸活性を算出したところ、固定胚および各発生ステージの呼吸活性は、固定胚が0.8×10-15mol/s、2細胞胚が3.1×10-15 mol/s、胚盤胞が5.7×10-15 mol/sであった。このように、胚3の呼吸活性を指標とした生死判断および、胚発生ステージの進行による呼吸活性増加のモニタリングを行えることが確認された。
【実施例5】
【0064】
図16(a)に示すように、受精卵呼吸測定用チップ11として、電気化学測定のための電極13を石英ガラス基板上に集積化した測定部位を有する基板12と、胚培養および呼吸測定時のサンプル操作のためのチャンバを有するPDMSマイクロ流路15とで構成されるものを使用して測定を行った。図16(b)に示すように、培養時に受精卵呼吸測定用チップ11は水平に保たれ、胚4は培養部位に配置されている。一方、測定時には受精卵呼吸測定用チップ11の角度が水平から60°に変化することで、胚4は測定部位に誘導される。培養部位にサンプル胚4を配置した後、受精卵呼吸測定用チップ11をマルチポテンショスタットに接続し、作用電極13に酸素還元電位(-0.5 V vs. Ag/AgCl)を印加した。電位の安定を待ち、水平に静置した受精卵呼吸測定用チップ11を水平から60°変化させることで、測定部位への胚4の導入を行った。呼吸による電極13の近傍の酸素濃度変化を、クロノアンペロメトリーによりモニタリングした。
【0065】
胚4は、長さ750μm のチャンバ内を約90〜150secで沈降し、図16(c)に示すように、測定部位に再現よく導入された。図17に、酸素還元電流の変化を示す。生存胚ではサンプルの呼吸による電流値の変化が確認され、固定胚では電流値の変化がみられなかった。また、半球面拡散理論を用いた解析から、胚4の呼吸量は、4.2×10-15mol・s-1と算出された。以上の結果から、受精卵呼吸測定用チップ11を用いた胚呼吸量測定の可能性が示された。この受精卵呼吸測定用チップ11では、細胞に対して低ストレスな単一基板12上の操作のみで、マウス受精卵を対象として、微小環境での胚培養および電気化学計測による呼吸評価の両方が可能である。
【0066】
本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法によれば、受精卵呼吸測定チップ11を使用することにより、電極13の操作工程を省き、胚を「置くだけ」で測定を行うことができる。実施例1〜5において、その受精卵呼吸測定チップ11の機能評価およびマウス胚の呼吸活性評価を行っている。
【0067】
これまで、体外培養技術の改良や培養培地、培養環境の研究が行われたことを受け、様々な哺乳動物に対して体外受精(IVF, in vitro fertilization)-胚移植が行われ、成功が報告されている。日本においては、高級品種である黒毛和種の効率的な生産などに用いられ、年間5万件以上の実施例が報告されている。また、医療分野においても、1978年にD. C. Steptoe とR. G. Edwards による体外受精児の誕生成功以来、生殖補助技術(ART, assisted reproductive technology)として応用され、不妊症治療の新たなステップとして期待されている。
【0068】
このような状況の中で、畜産分野および臨床医療分野において、胚の活性を定量的に評価する方法が求められている。そこで、本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置および受精卵の呼吸活性測定方法により、呼吸活性を根拠とする胚の活性評価を、電気化学的手法を用いた非浸襲的かつ定量的な手法を用いて行った。さらに、微細加工技術を用いて電極13を基板12上に集積し、従来の測定装置よりも簡易でコンパクトな受精卵呼吸測定チップ11の開発を行い、胚の呼吸活性評価を行った。本発明により、呼吸活性を指標とした小型測定システムの開発が可能であると考えられ、畜産分野および医療分野などへの応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置の(a)受精卵呼吸測定用チップの顕微鏡写真、(b)電極部分を拡大した顕微鏡写真である。
【図2】図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置の受精卵呼吸測定用チップを示す(a)斜視図、(b)電極部分の断面図である。
【図3】図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置の、測定時の電極の近傍を示す(a)光学顕微鏡写真、(b)球状サンプルの中心を原点とするxyz座標の断面図である。
【図4】図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置の、受精卵呼吸測定チップの電極におけるサイクリックボルタムグラム(CV)を示すグラフである。
【図5】図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置の、受精卵呼吸測定チップの規格化電流値(i/i*)と溶存酸素濃度[mg/l]との関係を示すグラフである。
【図6】図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置により(a)固定化していないマウス胚(Alive胚)について測定したときの規格化電流(i/i*)の経時変化を示すグラフ、(b)固定化処理したマウス胚(Dead胚)について測定したときの規格化電流(i/i*)の経時変化を示すグラフである。
【図7】図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置により測定された胚の発生ステージごとの呼吸量平均Fchip, sample[mol/s]を示すグラフである。
【図8】図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置により測定された胚の呼吸量(FWell[mol/ s])と、従来の受精卵呼吸測定装置により測定された同じ胚の呼吸量(Fchip, sample[mol/s])との関係を示すグラフである。
【図9】図8のグラフから、図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置の受精卵呼吸測定チップの電極で観測される酸素還元電流値が1nA以上のデータを排除したグラフである。
【図10】図1に示す受精卵の呼吸活性測定装置の受精卵呼吸測定チップの電極−サンプル近傍における酸素濃度プロファイルの有限要素法に基づくシミュレーション結果を示す(a)電極で観測される酸素還元電流値が0nAの場合の断面図、(b)電極で観測される酸素還元電流値が1nAの場合の断面図である。
【図11】本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置の、3本の電極を有する場合の(a)測定時の電極部分を拡大した平面図、(b)測定時の電極部分を拡大した顕微鏡写真である。
【図12】図11に示す受精卵の呼吸活性測定装置の、受精卵呼吸測定チップの規格化電流値(Normalized Current; i/i*)と溶存酸素濃度(Dissolved Oxygen)[mg/l]との関係を示すグラフである。
【図13】図11に示す受精卵の呼吸活性測定装置により測定したときの規格化電流(i/i*)の経時変化を示すグラフである。
【図14】本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置の、PDMSマイクロ流路を有する場合の(a)測定時の平面図、(b)測定時の電極部分を拡大した顕微鏡写真である。
【図15】図14に示す受精卵の呼吸活性測定装置により測定したときの、受精卵呼吸測定チップの酸素還元電流変化率の経時変化を示すグラフである。
【図16】本発明の実施の形態の受精卵の呼吸活性測定装置の、PDMSマイクロ流路を有する場合の(a)サンプル胚を誘導する方法を示す側面図、(b)サンプル胚の培養時(t=0sec)の状態を示す培養部位を拡大した顕微鏡写真、(c)サンプル胚の測定時(t=90sec)の状態を示す測定部位を拡大した顕微鏡写真である。
【図17】図16に示す受精卵の呼吸活性測定装置により測定したときの、受精卵呼吸測定チップの酸素還元電流変化率の経時変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0070】
1 球状サンプル
2,3,4 胚
11 受精卵呼吸測定用チップ
12 基板
13 電極
14 PDMSウェル
15 PDMSマイクロ流路


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に電極を配置して成るチップと、
前記電極に一定の電位を印加した状態で、前記電極の近傍に動物の胚を導入したときの、前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値を測定する電流測定部と、
前記電流測定部で測定された前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値に基づいて、前記胚の酸素消費量を求める解析部とを、
有することを特徴とする受精卵の呼吸活性測定装置。
【請求項2】
前記電極は、前記電極の酸素還元反応に伴う酸素消費量が前記胚の酸素消費量に与える影響を無視できるよう、前記電極の酸素還元反応に伴う酸素消費量と前記胚の酸素消費量とに基づいて、酸素還元電流値の上限値が定められることを、特徴とする請求項1記載の受精卵の呼吸活性測定装置。
【請求項3】
前記電極は酸素還元電流値の上限値が1nAであることを、特徴とする請求項1または2記載の受精卵の呼吸活性測定装置。
【請求項4】
前記基板は石英ガラス基板から成り、
前記チップは少なくとも前記電極が露出するよう、前記基板の表面がSiO蒸着絶縁膜により覆われていることを、
特徴とする請求項1、2または3記載の受精卵の呼吸活性測定装置。
【請求項5】
前記チップは前記電極の近傍に前記胚を導入するためのウェルまたは流路構造を有することを、特徴とする請求項1、2、3または4記載の受精卵の呼吸活性測定装置。
【請求項6】
前記解析部は、前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値に基づいて、球面拡散理論を用いて、前記胚の表面の酸素濃度を求め、その酸素濃度から前記胚の酸素消費量を求めることを、特徴とする請求項1、2、3、4または5記載の受精卵の呼吸活性測定装置。
【請求項7】
前記解析部は、あらかじめ前記胚として酸素消費量が既知の試料胚を用いて酸素消費量を求め、その求めた酸素消費量と前記試料胚の既知の酸素消費量とに基づいて補正値を求めておき、前記試料胚とは異なる胚について求めた酸素消費量を前記補正値により補正することを、特徴とする請求項1、2、3、4、5または6記載の受精卵の呼吸活性測定装置。
【請求項8】
基板上に配置された電極に一定の電位を印加した状態で、前記電極の近傍に動物の胚を導入したときの、前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値とに基づいて、前記胚の酸素消費量を求めることを、特徴とする受精卵の呼吸活性測定方法。
【請求項9】
前記胚の導入前の電流値と導入後の電流値に基づいて、球面拡散理論を用いて、前記胚の表面の酸素濃度を求め、その酸素濃度から前記胚の酸素消費量を求めることを、特徴とする請求項8記載の受精卵の呼吸活性測定方法。
【請求項10】
あらかじめ前記胚として酸素消費量が既知の試料胚を用いて酸素消費量を求め、その求めた酸素消費量と前記試料胚の既知の酸素消費量とに基づいて補正値を求めておき、前記試料胚とは異なる胚について求めた酸素消費量を前記補正値により補正することを、特徴とする請求項8または9記載の受精卵の呼吸活性測定方法。



【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図12】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2010−121948(P2010−121948A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−293117(P2008−293117)
【出願日】平成20年11月17日(2008.11.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:第69回分析化学討論会 主催者名 :社団法人日本分析化学会 開催日:平成20年5月15日〜16日 〔刊行物等〕 発行者名 :東北大学 刊行物名 :第5回東北大学バイオサイエンスシンポジウムおよび第12回学際ライフサイエンスシンポジウム 講演要旨集 発行年月日:平成20年5月19日 〔刊行物等〕 発行者名 :みちのく分析科学シンポジウム2008 実行委員長 刊行物名 :みちのく分析科学シンポジウム2008 講演要旨集 発行年月日:平成20年7月18日 〔刊行物等〕 発行者名 :生体機能関連化学部会 刊行物名 :第20回生体機能関連化学若手の会サマースクール 講演要旨集 発行年月日:平成20(2008)年8月6日 〔刊行物等〕 発行者名 :日本化学会東北支部 支部長 板谷 謹悟 刊行物名 :平成20年度 化学系学協会東北大会プログラムおよび講演予稿集 発行年月日:平成20年10月11日
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(304036754)国立大学法人山形大学 (59)
【出願人】(508341588)クリノ株式会社 (1)