口元表情の可変機能を有する義歯
【課題】義歯の人工歯そのものを可変し、又は人工歯の配列を変更することで、口腔の周囲筋肉を人工歯で押圧することにより人の口元の表情を変化させる。
【解決手段】歯槽堤TBに密着させる義歯床2に、人工歯3を配列した義歯1であり、歯牙喪失前の天然歯NTの長軸が形成する歯槽頂間線TLに配列した人工歯3は、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げる程度の肉厚を有する。
【解決手段】歯槽堤TBに密着させる義歯床2に、人工歯3を配列した義歯1であり、歯牙喪失前の天然歯NTの長軸が形成する歯槽頂間線TLに配列した人工歯3は、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げる程度の肉厚を有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、義歯床に人工歯を配列した義歯に係り、特に人の口元の表情を変化させることができる口元表情の可変機能を有する義歯に関する。
【背景技術】
【0002】
歯牙を喪失すると、顔特に口元の表情は著しく変化する。歯を支えていた歯槽骨も吸収され、歯茎までやせ細る。義歯を装着する土台(歯槽堤)が小さくなるからである。その結果、図12に示すように、口の内側から頬、唇を支えていた「ふくらみ」が減少し、頬はこけ、シワや溝が深くなり、頬骨が目立つようになり、老人特有の老け顔へ変化する。特に、口元周辺では、鼻唇溝xやオトガイ唇溝y等の溝が深く、明確に目立つようになる。
【0003】
これらを回復するためには、義歯により口の内側からふくらみを増し皮膚を支え、張りを持たせるようにする必要がある。特に、上口唇の周りにできる小さい無数の縦シワは、歯の厚みで支えないと消すことができない。
【0004】
次に歯牙を喪失することにより起こる外見的問題は顎の位置が変わることである。即ち、上顎歯の歯槽壁は、口蓋側が厚く、唇頬側では薄いので、歯牙を喪失すると唇頬側の歯槽壁の吸収が大きくなり、上顎では歯牙の喪失後、歯槽頂は口蓋側(内側)へ変位する。一方、下顎の前歯部及び小臼歯部では内外側の骨の厚みや構造にあまり差がなく、歯牙を喪失すると垂直方向に高さを減じる。そこで、噛む位置が低くなったり、顎が前に出てきたり、左右へ偏位する。顎の位置や噛む位置が変わると顔貌も変わる。噛み合わせの位置が低くなると、上顎と下顎の間隔が狭くなり、図12に示したように、くしゃっとしたつぶれた顔になり、シワが目立ち老け顔になる。このように顎の位置に偏位が起こると左右の目や目尻の高さ、唇の両端の口角の位置が違ってくる。頬のふくらみまで差がでて、顔全体がゆがむようになり、全身の姿勢にも影響が出てくる。歯牙を喪失した状態を長く続けると、顔つきも変わり姿勢もゆがみ、実年齢以上に老けて見える。
【0005】
一方、歯の見える量は加齢によって変化し、主に30歳〜40歳から、上の中切歯の見え方は減少し始めて、逆に下の中切歯の見え方が増加する。これは加齢によって軟組織の変化により筋肉が弛緩し皮膚が薄くなり、鼻や唇にシワや溝ができるようになるからである。上下の唇は中切歯によって膨らみが保たれているが、一旦中切歯が磨耗したり、形が欠けたり、中切歯を失ったりすると唇の張りも失われ、唇の赤い部分が内側に巻き込まれて、厚みがなくなり、唇にヒダが増して垂れてくる。40歳をすぎると、唇や口の周りの筋肉の張りが緩んで口全体に「弛み」ができ、唇も下方に垂れてきて「への字口」になる。そのため上の唇の動きも少なくなり、話しているときでも「への字口」となり、上の前歯を被ったままになる。話は下の唇の動きだけでするため、下の前歯だけが見えるようになり、口元が老けて見える。そこで、口の内側からふくらみを増し皮膚を支え、張りを持たせるためにも義歯は重要な意義を有する。
【0006】
このような義歯に関する技術が種々提案されている。例えば特許文献1の特開平10−94553号公報「人工歯配列試適支援システム」のように、データベース化した各種人工歯前歯部配列済み画像データの中から至適人工歯配列画像を選択し、これと患者顔面画像とを画像処理ソフトによって合成、編集し、義歯装着後の患者の容貌をシュミレートした合成画像データと、選択人工歯データを、パソコン通信によって転送する人工歯配列試適支援システムが提案されている。
【特許文献1】特開平10−94553号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、この特許文献1の「人工歯配列試適支援システム」は、各種の人工歯によって6前歯が配列され、各種前歯列を1単位として取り扱いができるので、義歯装着後の容貌を簡便に短時間にシュミレートすることができるが、本発明が課題にしている口元の表情を積極的に変えるものではなかった。
【0008】
そこで、本発明の発明者は、人の口元は、この口元を形成する筋肉群と、その顔の表情に大きく影響することに着目した。例えば、図3と図4の表情筋(口筋)の説明図に示すように、口元の表情を担当する口筋の大部分は、上下顎骨体前面よりおこり、口角の直ぐ外方にある結節に向かって集まり、これを通って可動性の口唇に拡がり、口筋の構成に関与している。そこで、これらの口輪筋、口角挙筋、口角下制筋等の筋肉は、本来の筋肉の緊張に左右されるが、歯槽部、歯列によりある程度支持され、その位置と形状を保持している。即ち、人の口元の表情は、この歯槽部、歯列により形成されている。
【0009】
このように形成された口元の表情について、例えば歯牙が喪失し、歯槽部の吸収が起こると、図12に示したように、口唇は後退し、鼻唇溝yは深くなり、口元の表情が変化する。同様に、歯並びが悪いと口筋にも変化を及ぼし、顔面の美的バランスが崩れる。更には、上下の咬合関係も不安定になり、上下口唇の接触範囲が広くなり口元の表情に大きな変化が生じる。
【0010】
本発明は、かかる問題点を解決するために創案されたものである。すなわち、本発明の目的は、義歯の人工歯そのものを可変し、又は人工歯の配列を変更することで、主に口腔の周囲筋肉を人工歯で押圧することにより人の口元の表情を変化させることができる口元表情の可変機能を有する義歯を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、歯槽堤(TB)に密着させる義歯床(2)に、人工歯(3)を配列した義歯(1)であって、歯牙喪失前の天然歯(NT)の長軸が形成する歯槽頂間線(TL)に配列した人工歯(3)は、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げる程度の肉厚を有する、ことを特徴とする口元表情の可変機能を有する義歯が提供される。
上顎の人工歯(3)のみを肉厚に形成することが好ましい。
【0012】
例えば、中切歯(T1)から犬歯(T3)までの人工歯(3)を主に肉厚に形成する。
小臼歯(T4)群の人工歯(3)を主に肉厚に形成する。
小臼歯(T4)群と大臼歯(T5)群の人工歯(3)を主に肉厚に形成す。
【0013】
また、歯槽堤(TB)に密着させる義歯床(2)に、人工歯(3)を配列した義歯(21)であって、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げ、その口元の表情を可変させるように、前記人工歯(3)を、歯牙喪失前の天然歯(NT)の長軸が形成する歯槽頂間線(TL)より口唇(L)及び頬(C)側へ偏位させて配列することも可能である。
【発明の効果】
【0014】
上記構成の発明では、このように構成した人工歯(3)から成る義歯(1)を歯槽堤(TB)に装着することで、上下顎骨体前面における口輪筋、口角挙筋、口角下制筋等の口筋を口腔内から上外方又は下外方へ押圧することにより、その人の口元の表情を変化させることができる。即ち、歯牙の喪失又は歯列の凹んだ特定部位の歯が原因して、口筋に変化を及ぼし、顔面の美的バランスが崩れていることを改善することができる。更に、上下の咬合関係を安定にすると共に、上下口唇(L)の接触範囲を広くすることなく口元の表情を改善することができる。
【0015】
特に、中切歯(T1)から犬歯(T3)までの人工歯(3)を主に口唇(L)側へ肉厚に形成したときは、口輪筋を持ち上げることができる。そこで、口元の表情の中で口唇(L)の幅を調整することにより、赤唇(L1)が反転して、いわゆる薄い口唇(L)が厚くなる。
【0016】
小臼歯(T4)群の人工歯(3)を主に頬(C)側へ肉厚に形成したときは、口角挙筋を持ち上げることができる。そこで、この口角挙筋と連動している大頬骨筋を後上方に引き上げて、頬全体をリフトアップすることができる。更に、この口角挙筋に連動する口角下制筋も引き上げられるので、顎の線がシャープになる。大頬骨筋に連なる眼輪筋にも影響するので目元も上げることができる。
【0017】
小臼歯(T4)群と大臼歯(T5)群の人工歯(3)を主に頬(C)側へ肉厚に形成したときは、大頬骨筋を持ち上げ、この大頬骨筋と連動している顔面の浅層にあたる上唇鼻翼挙筋、上唇挙筋及び小頬肩筋も持ち上げることにより、頬全体を持ち上げることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の口元表情の可変機能を有する義歯は、天然歯と比較して人工歯を肉厚にすることにより、この義歯で人の口元の表情を担当する口筋を口腔内から押圧して、この口筋の緊張を緩和して、人の口元の表情を可変させるものである。
【実施例1】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施の形態を図面を参照して説明する。
図1は実施例1の口元表情の可変機能を有する義歯を示し、(a)は上顎用総入れ歯の底面図、(b)は下顎用総入れ歯の平面図である。図2は実施例1の義歯を上顎に装着した状態を示す断面図である。図3は各表情筋(口筋)の位置関係を示す説明正面図である。図4は各表情筋(口筋)を示す説明側面図である。図5は図4における歯と表情筋との変化状態を示す説明側断面図であり、(a)は中切歯と口唇との位置関係、(b)は犬歯と口唇との位置関係、(c)は小臼歯と口筋の位置関係、(d)は大臼歯と口筋の位置関係である。
実施例1の義歯1は、歯槽堤TBに密着させる義歯床2に、人工歯3を配列したものである。これらの人工歯3は、図2に示すように、歯牙喪失前の天然歯NTの長軸が形成する歯槽頂間線TLに配列した人工歯3が、口腔内から押圧して各口筋を上方へ持ち上げ程度の肉厚を有する。上顎のみに本発明の義歯1を装着したときは、下顎は通常の義歯を装着する。図2の実施例では肉厚部分をハッチングで示し、人工歯3に後から厚みを有する部材を貼着したものを表現している。しかし、このような構造以外に人工歯3自体をハッチングで示した肉厚部分を大きく形成したものでもよい。
【0020】
このように作成した義歯1は、通常の義歯と同様に口に装着すると、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げることができる。その結果、その口元の表情を可変させることができる。
【0021】
特に口元の表情を変えるために、義歯1の人工歯3が口筋を押圧して、各口筋をどの程度上方へ持ち上げるかを測定し、その人工歯3の突出する肉厚量を決定する。人の口元の表情を変化させるために、口筋をどの程度上方へ持ち上げればよいかを測定する。
【0022】
図3、図4に示すように、人の口元の表情を可変させるために、口元の筋肉を形成する口輪筋、口角挙筋、口角下制筋等の口筋を押圧し、この口筋を主に上方へ持ち上げる程度の肉厚を有する人工歯3を配列した義歯1を口に装着する。例えば、図5(a)、(b)に示すように、肉厚に形成した、中切歯T1と犬歯T3に相当する人工歯3は、口輪筋を持ち上げることができる。そこで、口元の表情の中で口唇Lの幅を調整することにより、赤唇L1が反転して、いわゆる薄い口唇Lが厚くなる。
【0023】
図5(c)に示すように、口唇Lの幅を調整すると同時に口角を挙げ、口筋(口輪筋)を持ち上げるときは、主に小臼歯T4に相当する人工歯3を肉厚に形成し、これを配列した義歯1にする。この口輪筋は口元を円状に囲んでいる筋肉で、口を閉じたり唇Lを突き出す筋肉である。この口輪筋が弱ってくると老けた顔になるといわれている表情筋(口筋)である。この口輪筋を持ち上げることにより、口元の微妙な表情を可変し、張りのある口元を演出することができる。
【0024】
図5(d)に示すように、大頬骨筋を持ち上げるときは、大臼歯T5に相当する人工歯3を肉厚に形成し、これを配列した義歯1にする。この大頬骨筋は頬全体を持ち上げるように、顔面の浅層にあたる上唇鼻翼挙筋、上唇挙筋及び小頬肩筋と連動している。この大頬骨筋は、口角を高く上げ、笑顔をつくる筋肉である。この大頬骨筋を押し上げることにより、豊麗線を消してシワを伸ばし、生き生きとした肌に変えることができる。
【0025】
小臼歯T4群に相当する人工歯3を肉厚に形成し、これを配列した義歯1は、口角挙筋を持ち上げ、この口角挙筋と連動している大頬骨筋を後上方に引き上げて、頬全体をリフトアップする。更に、この口角挙筋に連動する口角下制筋も引き上げられるので、顎の線がシャープになる。大頬骨筋に連なる眼輪筋にも影響するので目元も上がる。この大頬骨筋を押し上げることにより、豊麗線を消してシワを伸ばすことができる。口角下制筋は口角を下や斜め下に引く筋肉である。この口角下制筋が弱ると、口角から下顎にかけて縦ジワができてやすい。そこで、この口角下制筋を後上方に引き上げ、頬全体をリフトアップすることができる。また、眼輪筋は目の周りを囲んだ筋肉であり、目を開けたり閉じたりする筋肉である。この眼輪筋は全体に薄いため、素早い動きをしてシワになりやすいが、連関している表情筋の影響によりこれを伸ばすことも可能である。
【0026】
小臼歯T4群と大臼歯T5群に相当する人工歯3を肉厚に形成し、これを配列した義歯1は、大頬骨筋を持ち上げ、この大頬骨筋と連動している顔面の浅層にあたる上唇鼻翼挙筋、上唇挙筋及び小頬肩筋も持ち上げることにより、頬全体を持ち上げることができる。小頬骨筋は口元を斜めに引き上げ、笑顔づくりに大切な筋肉である。頬のこわばりをなくし、それによって自然な笑顔にする筋肉である。この小頬骨筋を押し上げることにより、小頬骨筋の衰えによる頬のたるみを伸ばすことができる。
【0027】
図6は実施例1の義歯を上下顎両方に装着した状態を示す断面図である。
本発明の義歯1は、図2に示したように噛合性を考慮すると上顎用のみが好ましいが、必ずしも上顎のみに限定されず、図6に示すように、上下顎両方に装着することができる。なお、上の口唇Lが薄いときは上の赤唇L1があらわれるように、下顎用義歯1の肉厚より、上顎用義歯1の肉厚を厚くする。
【0028】
図7は実施例1の口元表情の可変機能を有する義歯の製作方法を示すフロー図である。
本発明の義歯を製作するときは、図示するように、大きく分けて「訓練用義歯の製作」、「本番用義歯の製作」、「歯の排列」及び「微調整」とから成る。
「訓練用義歯製作」
先ず、現在使用している義歯の型どりをする。正中線に対して平行になるように、フェース・ボーと呼ばれる器具を使って測定する。ここで、正中線とは身体の中央を頭頂から縦に真っ直ぐ通る線をいう。
合成樹脂でコピー義歯を作り、この義歯で台を広げたり、小さくしたり、中切歯の前後、臼歯の高低・左右の幅を調節する。台を広げて、当たっているところは削り、足りないところは補充して、その人の口に合うように調整する。
噛み合わせを調整するために、咬合器を用いて上顎用と下顎用義歯がまっすぐに平行になるように調整する。実際に、口に装着して口中で当たって痛い所と痛くない所を見分け、痛い所を削り、凹んだ箇所を埋める。
【0029】
「本番用義歯」
次に、粘膜調整材で粘膜を調整し、訓練用義歯が正確に装着できたら、石膏を注ぎ、上顎用と下顎用の模型を作る。上顎用と下顎用の模型を軽く口を閉じて、噛みやすい高さを探す。きれいな顔になるところが、その人の高さになる。
【0030】
「歯の排列」
頬の型と、舌の型を採取する。舌と頬粘膜の間に歯を並べるので、舌の大きさは非常に重要である。
顎関節の左右の位置及び、中心位を調べる。当人の顎の傾斜角度を計るために、石こう模型を作る。また、左右の関節の角度を咬合器で計る。
フェース・ボー測定器を用いて上顎と下顎の位置を咬合器上に再現し、歯を並べて調整する。
【0031】
更に、本発明では、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げ、その口元の表情を可変させるように肉厚にした人工歯3を配列する。即ち、人工歯3を、歯牙喪失前の天然歯NTの長軸が形成する歯槽頂間線TLより口唇L及び頬C側へ肉厚にした人工歯3を配列する。
【0032】
本発明の義歯1は、人の口元の表情を可変させることを目的としているので、この義歯1の形状と厚みは重要な意義を有する。口に義歯1を装着した状態から、その人の口元の表情を顔面シミュレーションしながらその形状を特定する。あるいは、顔面等高線を用いて貼着歯1の適正な厚みや形状を測定しながら人工歯3を配列する。
【0033】
「微調整」
最後に、義歯1を口に装着し、感能を確認して、削ったり、補充したりする。義歯床2の粘膜の最終調整が終われば、生体用シリコーン裏装をして完成する。審美的な面での最終チェックを行い、歯並びや口元の確認をする。
【0034】
なお、上述した義歯1は、プラスチックの義歯床2からなるものを示したが、これに限定されない。例えば、歯の根が何本か残っている場合に、根に磁石を付けて入れ歯の保持する「マグネット義歯」にすることができる。このマグネット義歯は、特に下顎の総入れ歯の場合、浮き上がりが少なく、より良く噛むことができるという特徴がある。
【0035】
また、プラスチックの義歯床2を、金属で作った金属床義歯にすることができる。この金属床義歯は、通常プラスチックに比べて金属は歯茎の形をより正確に再現できるため、歯茎との密着度が増して、より噛めるようになる。また入れ歯安定剤なども不要になるという特徴がある。
【0036】
本発明の義歯1は、必ずしも総入れ歯に限定されない。歯の一部が残っているときは、それに留め金をかける部分入れ歯にすることができる。例えば、部分入れ歯の留め金の部分が雄雌の差込み式になっている「アタッチメント入れ歯」にすることができる。このアタッチメント入れ歯は通常の留め金のように噛んだ時の留め金の動きがないので入れ歯が安定し、しっかり噛めるという特徴がある。
【0037】
通常の部分入れ歯の材料よりも弾力がある材料から成る「フレキサイト入れ歯」にすることができる。このフレキサイト入れ歯は、入れ歯の床自体で歯に固定するので、留め金が無い入れ歯にできる。また入れ歯を薄くできるので、装着感が良く、違和感が少ないという特徴がある。
【0038】
図8は筋肉の物理モデルを示す説明図ある。
表情筋(口筋)には、図示するように、大頬骨筋や笑筋といったプレート型の筋肉と、眼輪筋や口輪筋といった環状の筋肉が存在する。環状の筋肉については、プレート型の筋肉モデルのパラメタに若干の加工を施し、これらをセグメント化して接続し、ひと続きのループを形成することでモデル化する。即ち、骨表面に接続した筋肉は、その中間(長さに関する影響範囲)に刺激、移動を加えると、この筋肉の多端に接続した皮膚表面(幅に関する影響範囲)に大きく影響する。これは、皮膚表面を動かす筋肉を可変することにより、その表情が大きく変化することを意味する。
本発明はこのような表情筋(口筋)の中間(長さに関する影響範囲)を、義歯1で刺激し、移動を加えることにより、皮膚表面(幅に関する影響範囲)に大きく影響を与えるようにしたものである。
【実施例2】
【0039】
図9は実施例2の義歯を上下顎に装着した状態を示す断面図である。
実施例2の義歯21では、歯牙喪失前の天然歯NTの長軸が形成する歯槽頂間線TLより口唇L及び頬C側へ偏位させて配列したものである。このような構造の人工歯3でも、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を上方へ持ち上げることができる。
【0040】
[装着例]
図10は本発明の口元表情の可変機能を有する上顎用義歯の実際の写真である。図11は、本発明の義歯を装着した状態の装着例の写真であり、従来の義歯を装着した口元の状態(a)と本発明の義歯を装着した状態(b)を示すものである。
この図11は60才前半女性の口元の表情を示す装着例であり、上顎に本発明の上顎用義歯1を装着した。図11(a)の従来の義歯を装着したときは、第一、第二小臼歯が陰になって口元の暗さが目だっていた。図11(b)の本発明の義歯を装着したときは、この装着した義歯1により、口元の暗さがなくなり、口元の印象が明るくなった。更に、中切歯、側切歯は元より、第一、第二小臼歯まで白く見えるために、口元全体が白くなり若々しく見えるようになった。
【0041】
本発明の義歯1は、上述したように、口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げるという効果の他に、口を開けた際、主に第一、第二小臼歯が影で暗くなりづらく、顔を正面から見たときに、その口元全体の印象を明るくする効果もある。
【0042】
なお、本発明は上述した発明の実施の形態に限定されず、義歯1,21の人工歯3そのものを可変し、又は人工歯の配列を変更することで、口腔の周囲筋肉を人工歯3で押圧することにより人の口元の表情を変化させることができれば、図示したような構成に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更できることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の口元表情の可変機能を有する義歯は、一時的に貼着してから写真撮影用に取り外し自在な歯として利用する等の様々な用途に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例1の口元表情の可変機能を有する義歯を示し、(a)は上顎用総入れ歯の底面図、(b)は下顎用総入れ歯の平面図である。
【図2】実施例1の義歯を上顎に装着した状態を示す断面図である。
【図3】各表情筋(口筋)との位置関係を示す説明正面図である。
【図4】各表情筋(口筋)を示す説明側面図である。
【図5】図4における歯と表情筋との変化状態を示す説明側断面図であり、(a)は中切歯と口唇との位置関係、(b)は犬歯と口唇との位置関係、(c)は小臼歯と口筋の位置関係、(d)は大臼歯と口筋の位置関係である。
【図6】実施例1の義歯を上下顎両方に装着した状態を示す断面図である。
【図7】実施例1の口元表情の可変機能を有する義歯の製作方法を示すフロー図である。
【図8】筋肉の物理モデルを示す説明図ある。
【図9】実施例2の義歯を上下顎に装着した状態を示す断面図である。
【図10】上顎用義歯の実際の写真である。
【図11】本発明の義歯を装着した状態の装着例の写真であり、従来の義歯を装着した口元の状態(a)と本発明の義歯を装着した状態(b)を示すものである。
【図12】歯牙を喪失した顔を示す正面図である。
【符号の説明】
【0045】
1 義歯
2 義歯床
3 人工歯
21 義歯
TB 歯槽堤
TL 歯槽頂間線
NT 天然歯
T1 中切歯
T2 側切歯
T3 犬歯
T4 小臼歯
T5 大臼歯
L 口唇
L1 赤唇
C 頬
【技術分野】
【0001】
本発明は、義歯床に人工歯を配列した義歯に係り、特に人の口元の表情を変化させることができる口元表情の可変機能を有する義歯に関する。
【背景技術】
【0002】
歯牙を喪失すると、顔特に口元の表情は著しく変化する。歯を支えていた歯槽骨も吸収され、歯茎までやせ細る。義歯を装着する土台(歯槽堤)が小さくなるからである。その結果、図12に示すように、口の内側から頬、唇を支えていた「ふくらみ」が減少し、頬はこけ、シワや溝が深くなり、頬骨が目立つようになり、老人特有の老け顔へ変化する。特に、口元周辺では、鼻唇溝xやオトガイ唇溝y等の溝が深く、明確に目立つようになる。
【0003】
これらを回復するためには、義歯により口の内側からふくらみを増し皮膚を支え、張りを持たせるようにする必要がある。特に、上口唇の周りにできる小さい無数の縦シワは、歯の厚みで支えないと消すことができない。
【0004】
次に歯牙を喪失することにより起こる外見的問題は顎の位置が変わることである。即ち、上顎歯の歯槽壁は、口蓋側が厚く、唇頬側では薄いので、歯牙を喪失すると唇頬側の歯槽壁の吸収が大きくなり、上顎では歯牙の喪失後、歯槽頂は口蓋側(内側)へ変位する。一方、下顎の前歯部及び小臼歯部では内外側の骨の厚みや構造にあまり差がなく、歯牙を喪失すると垂直方向に高さを減じる。そこで、噛む位置が低くなったり、顎が前に出てきたり、左右へ偏位する。顎の位置や噛む位置が変わると顔貌も変わる。噛み合わせの位置が低くなると、上顎と下顎の間隔が狭くなり、図12に示したように、くしゃっとしたつぶれた顔になり、シワが目立ち老け顔になる。このように顎の位置に偏位が起こると左右の目や目尻の高さ、唇の両端の口角の位置が違ってくる。頬のふくらみまで差がでて、顔全体がゆがむようになり、全身の姿勢にも影響が出てくる。歯牙を喪失した状態を長く続けると、顔つきも変わり姿勢もゆがみ、実年齢以上に老けて見える。
【0005】
一方、歯の見える量は加齢によって変化し、主に30歳〜40歳から、上の中切歯の見え方は減少し始めて、逆に下の中切歯の見え方が増加する。これは加齢によって軟組織の変化により筋肉が弛緩し皮膚が薄くなり、鼻や唇にシワや溝ができるようになるからである。上下の唇は中切歯によって膨らみが保たれているが、一旦中切歯が磨耗したり、形が欠けたり、中切歯を失ったりすると唇の張りも失われ、唇の赤い部分が内側に巻き込まれて、厚みがなくなり、唇にヒダが増して垂れてくる。40歳をすぎると、唇や口の周りの筋肉の張りが緩んで口全体に「弛み」ができ、唇も下方に垂れてきて「への字口」になる。そのため上の唇の動きも少なくなり、話しているときでも「への字口」となり、上の前歯を被ったままになる。話は下の唇の動きだけでするため、下の前歯だけが見えるようになり、口元が老けて見える。そこで、口の内側からふくらみを増し皮膚を支え、張りを持たせるためにも義歯は重要な意義を有する。
【0006】
このような義歯に関する技術が種々提案されている。例えば特許文献1の特開平10−94553号公報「人工歯配列試適支援システム」のように、データベース化した各種人工歯前歯部配列済み画像データの中から至適人工歯配列画像を選択し、これと患者顔面画像とを画像処理ソフトによって合成、編集し、義歯装着後の患者の容貌をシュミレートした合成画像データと、選択人工歯データを、パソコン通信によって転送する人工歯配列試適支援システムが提案されている。
【特許文献1】特開平10−94553号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、この特許文献1の「人工歯配列試適支援システム」は、各種の人工歯によって6前歯が配列され、各種前歯列を1単位として取り扱いができるので、義歯装着後の容貌を簡便に短時間にシュミレートすることができるが、本発明が課題にしている口元の表情を積極的に変えるものではなかった。
【0008】
そこで、本発明の発明者は、人の口元は、この口元を形成する筋肉群と、その顔の表情に大きく影響することに着目した。例えば、図3と図4の表情筋(口筋)の説明図に示すように、口元の表情を担当する口筋の大部分は、上下顎骨体前面よりおこり、口角の直ぐ外方にある結節に向かって集まり、これを通って可動性の口唇に拡がり、口筋の構成に関与している。そこで、これらの口輪筋、口角挙筋、口角下制筋等の筋肉は、本来の筋肉の緊張に左右されるが、歯槽部、歯列によりある程度支持され、その位置と形状を保持している。即ち、人の口元の表情は、この歯槽部、歯列により形成されている。
【0009】
このように形成された口元の表情について、例えば歯牙が喪失し、歯槽部の吸収が起こると、図12に示したように、口唇は後退し、鼻唇溝yは深くなり、口元の表情が変化する。同様に、歯並びが悪いと口筋にも変化を及ぼし、顔面の美的バランスが崩れる。更には、上下の咬合関係も不安定になり、上下口唇の接触範囲が広くなり口元の表情に大きな変化が生じる。
【0010】
本発明は、かかる問題点を解決するために創案されたものである。すなわち、本発明の目的は、義歯の人工歯そのものを可変し、又は人工歯の配列を変更することで、主に口腔の周囲筋肉を人工歯で押圧することにより人の口元の表情を変化させることができる口元表情の可変機能を有する義歯を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、歯槽堤(TB)に密着させる義歯床(2)に、人工歯(3)を配列した義歯(1)であって、歯牙喪失前の天然歯(NT)の長軸が形成する歯槽頂間線(TL)に配列した人工歯(3)は、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げる程度の肉厚を有する、ことを特徴とする口元表情の可変機能を有する義歯が提供される。
上顎の人工歯(3)のみを肉厚に形成することが好ましい。
【0012】
例えば、中切歯(T1)から犬歯(T3)までの人工歯(3)を主に肉厚に形成する。
小臼歯(T4)群の人工歯(3)を主に肉厚に形成する。
小臼歯(T4)群と大臼歯(T5)群の人工歯(3)を主に肉厚に形成す。
【0013】
また、歯槽堤(TB)に密着させる義歯床(2)に、人工歯(3)を配列した義歯(21)であって、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げ、その口元の表情を可変させるように、前記人工歯(3)を、歯牙喪失前の天然歯(NT)の長軸が形成する歯槽頂間線(TL)より口唇(L)及び頬(C)側へ偏位させて配列することも可能である。
【発明の効果】
【0014】
上記構成の発明では、このように構成した人工歯(3)から成る義歯(1)を歯槽堤(TB)に装着することで、上下顎骨体前面における口輪筋、口角挙筋、口角下制筋等の口筋を口腔内から上外方又は下外方へ押圧することにより、その人の口元の表情を変化させることができる。即ち、歯牙の喪失又は歯列の凹んだ特定部位の歯が原因して、口筋に変化を及ぼし、顔面の美的バランスが崩れていることを改善することができる。更に、上下の咬合関係を安定にすると共に、上下口唇(L)の接触範囲を広くすることなく口元の表情を改善することができる。
【0015】
特に、中切歯(T1)から犬歯(T3)までの人工歯(3)を主に口唇(L)側へ肉厚に形成したときは、口輪筋を持ち上げることができる。そこで、口元の表情の中で口唇(L)の幅を調整することにより、赤唇(L1)が反転して、いわゆる薄い口唇(L)が厚くなる。
【0016】
小臼歯(T4)群の人工歯(3)を主に頬(C)側へ肉厚に形成したときは、口角挙筋を持ち上げることができる。そこで、この口角挙筋と連動している大頬骨筋を後上方に引き上げて、頬全体をリフトアップすることができる。更に、この口角挙筋に連動する口角下制筋も引き上げられるので、顎の線がシャープになる。大頬骨筋に連なる眼輪筋にも影響するので目元も上げることができる。
【0017】
小臼歯(T4)群と大臼歯(T5)群の人工歯(3)を主に頬(C)側へ肉厚に形成したときは、大頬骨筋を持ち上げ、この大頬骨筋と連動している顔面の浅層にあたる上唇鼻翼挙筋、上唇挙筋及び小頬肩筋も持ち上げることにより、頬全体を持ち上げることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の口元表情の可変機能を有する義歯は、天然歯と比較して人工歯を肉厚にすることにより、この義歯で人の口元の表情を担当する口筋を口腔内から押圧して、この口筋の緊張を緩和して、人の口元の表情を可変させるものである。
【実施例1】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施の形態を図面を参照して説明する。
図1は実施例1の口元表情の可変機能を有する義歯を示し、(a)は上顎用総入れ歯の底面図、(b)は下顎用総入れ歯の平面図である。図2は実施例1の義歯を上顎に装着した状態を示す断面図である。図3は各表情筋(口筋)の位置関係を示す説明正面図である。図4は各表情筋(口筋)を示す説明側面図である。図5は図4における歯と表情筋との変化状態を示す説明側断面図であり、(a)は中切歯と口唇との位置関係、(b)は犬歯と口唇との位置関係、(c)は小臼歯と口筋の位置関係、(d)は大臼歯と口筋の位置関係である。
実施例1の義歯1は、歯槽堤TBに密着させる義歯床2に、人工歯3を配列したものである。これらの人工歯3は、図2に示すように、歯牙喪失前の天然歯NTの長軸が形成する歯槽頂間線TLに配列した人工歯3が、口腔内から押圧して各口筋を上方へ持ち上げ程度の肉厚を有する。上顎のみに本発明の義歯1を装着したときは、下顎は通常の義歯を装着する。図2の実施例では肉厚部分をハッチングで示し、人工歯3に後から厚みを有する部材を貼着したものを表現している。しかし、このような構造以外に人工歯3自体をハッチングで示した肉厚部分を大きく形成したものでもよい。
【0020】
このように作成した義歯1は、通常の義歯と同様に口に装着すると、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げることができる。その結果、その口元の表情を可変させることができる。
【0021】
特に口元の表情を変えるために、義歯1の人工歯3が口筋を押圧して、各口筋をどの程度上方へ持ち上げるかを測定し、その人工歯3の突出する肉厚量を決定する。人の口元の表情を変化させるために、口筋をどの程度上方へ持ち上げればよいかを測定する。
【0022】
図3、図4に示すように、人の口元の表情を可変させるために、口元の筋肉を形成する口輪筋、口角挙筋、口角下制筋等の口筋を押圧し、この口筋を主に上方へ持ち上げる程度の肉厚を有する人工歯3を配列した義歯1を口に装着する。例えば、図5(a)、(b)に示すように、肉厚に形成した、中切歯T1と犬歯T3に相当する人工歯3は、口輪筋を持ち上げることができる。そこで、口元の表情の中で口唇Lの幅を調整することにより、赤唇L1が反転して、いわゆる薄い口唇Lが厚くなる。
【0023】
図5(c)に示すように、口唇Lの幅を調整すると同時に口角を挙げ、口筋(口輪筋)を持ち上げるときは、主に小臼歯T4に相当する人工歯3を肉厚に形成し、これを配列した義歯1にする。この口輪筋は口元を円状に囲んでいる筋肉で、口を閉じたり唇Lを突き出す筋肉である。この口輪筋が弱ってくると老けた顔になるといわれている表情筋(口筋)である。この口輪筋を持ち上げることにより、口元の微妙な表情を可変し、張りのある口元を演出することができる。
【0024】
図5(d)に示すように、大頬骨筋を持ち上げるときは、大臼歯T5に相当する人工歯3を肉厚に形成し、これを配列した義歯1にする。この大頬骨筋は頬全体を持ち上げるように、顔面の浅層にあたる上唇鼻翼挙筋、上唇挙筋及び小頬肩筋と連動している。この大頬骨筋は、口角を高く上げ、笑顔をつくる筋肉である。この大頬骨筋を押し上げることにより、豊麗線を消してシワを伸ばし、生き生きとした肌に変えることができる。
【0025】
小臼歯T4群に相当する人工歯3を肉厚に形成し、これを配列した義歯1は、口角挙筋を持ち上げ、この口角挙筋と連動している大頬骨筋を後上方に引き上げて、頬全体をリフトアップする。更に、この口角挙筋に連動する口角下制筋も引き上げられるので、顎の線がシャープになる。大頬骨筋に連なる眼輪筋にも影響するので目元も上がる。この大頬骨筋を押し上げることにより、豊麗線を消してシワを伸ばすことができる。口角下制筋は口角を下や斜め下に引く筋肉である。この口角下制筋が弱ると、口角から下顎にかけて縦ジワができてやすい。そこで、この口角下制筋を後上方に引き上げ、頬全体をリフトアップすることができる。また、眼輪筋は目の周りを囲んだ筋肉であり、目を開けたり閉じたりする筋肉である。この眼輪筋は全体に薄いため、素早い動きをしてシワになりやすいが、連関している表情筋の影響によりこれを伸ばすことも可能である。
【0026】
小臼歯T4群と大臼歯T5群に相当する人工歯3を肉厚に形成し、これを配列した義歯1は、大頬骨筋を持ち上げ、この大頬骨筋と連動している顔面の浅層にあたる上唇鼻翼挙筋、上唇挙筋及び小頬肩筋も持ち上げることにより、頬全体を持ち上げることができる。小頬骨筋は口元を斜めに引き上げ、笑顔づくりに大切な筋肉である。頬のこわばりをなくし、それによって自然な笑顔にする筋肉である。この小頬骨筋を押し上げることにより、小頬骨筋の衰えによる頬のたるみを伸ばすことができる。
【0027】
図6は実施例1の義歯を上下顎両方に装着した状態を示す断面図である。
本発明の義歯1は、図2に示したように噛合性を考慮すると上顎用のみが好ましいが、必ずしも上顎のみに限定されず、図6に示すように、上下顎両方に装着することができる。なお、上の口唇Lが薄いときは上の赤唇L1があらわれるように、下顎用義歯1の肉厚より、上顎用義歯1の肉厚を厚くする。
【0028】
図7は実施例1の口元表情の可変機能を有する義歯の製作方法を示すフロー図である。
本発明の義歯を製作するときは、図示するように、大きく分けて「訓練用義歯の製作」、「本番用義歯の製作」、「歯の排列」及び「微調整」とから成る。
「訓練用義歯製作」
先ず、現在使用している義歯の型どりをする。正中線に対して平行になるように、フェース・ボーと呼ばれる器具を使って測定する。ここで、正中線とは身体の中央を頭頂から縦に真っ直ぐ通る線をいう。
合成樹脂でコピー義歯を作り、この義歯で台を広げたり、小さくしたり、中切歯の前後、臼歯の高低・左右の幅を調節する。台を広げて、当たっているところは削り、足りないところは補充して、その人の口に合うように調整する。
噛み合わせを調整するために、咬合器を用いて上顎用と下顎用義歯がまっすぐに平行になるように調整する。実際に、口に装着して口中で当たって痛い所と痛くない所を見分け、痛い所を削り、凹んだ箇所を埋める。
【0029】
「本番用義歯」
次に、粘膜調整材で粘膜を調整し、訓練用義歯が正確に装着できたら、石膏を注ぎ、上顎用と下顎用の模型を作る。上顎用と下顎用の模型を軽く口を閉じて、噛みやすい高さを探す。きれいな顔になるところが、その人の高さになる。
【0030】
「歯の排列」
頬の型と、舌の型を採取する。舌と頬粘膜の間に歯を並べるので、舌の大きさは非常に重要である。
顎関節の左右の位置及び、中心位を調べる。当人の顎の傾斜角度を計るために、石こう模型を作る。また、左右の関節の角度を咬合器で計る。
フェース・ボー測定器を用いて上顎と下顎の位置を咬合器上に再現し、歯を並べて調整する。
【0031】
更に、本発明では、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げ、その口元の表情を可変させるように肉厚にした人工歯3を配列する。即ち、人工歯3を、歯牙喪失前の天然歯NTの長軸が形成する歯槽頂間線TLより口唇L及び頬C側へ肉厚にした人工歯3を配列する。
【0032】
本発明の義歯1は、人の口元の表情を可変させることを目的としているので、この義歯1の形状と厚みは重要な意義を有する。口に義歯1を装着した状態から、その人の口元の表情を顔面シミュレーションしながらその形状を特定する。あるいは、顔面等高線を用いて貼着歯1の適正な厚みや形状を測定しながら人工歯3を配列する。
【0033】
「微調整」
最後に、義歯1を口に装着し、感能を確認して、削ったり、補充したりする。義歯床2の粘膜の最終調整が終われば、生体用シリコーン裏装をして完成する。審美的な面での最終チェックを行い、歯並びや口元の確認をする。
【0034】
なお、上述した義歯1は、プラスチックの義歯床2からなるものを示したが、これに限定されない。例えば、歯の根が何本か残っている場合に、根に磁石を付けて入れ歯の保持する「マグネット義歯」にすることができる。このマグネット義歯は、特に下顎の総入れ歯の場合、浮き上がりが少なく、より良く噛むことができるという特徴がある。
【0035】
また、プラスチックの義歯床2を、金属で作った金属床義歯にすることができる。この金属床義歯は、通常プラスチックに比べて金属は歯茎の形をより正確に再現できるため、歯茎との密着度が増して、より噛めるようになる。また入れ歯安定剤なども不要になるという特徴がある。
【0036】
本発明の義歯1は、必ずしも総入れ歯に限定されない。歯の一部が残っているときは、それに留め金をかける部分入れ歯にすることができる。例えば、部分入れ歯の留め金の部分が雄雌の差込み式になっている「アタッチメント入れ歯」にすることができる。このアタッチメント入れ歯は通常の留め金のように噛んだ時の留め金の動きがないので入れ歯が安定し、しっかり噛めるという特徴がある。
【0037】
通常の部分入れ歯の材料よりも弾力がある材料から成る「フレキサイト入れ歯」にすることができる。このフレキサイト入れ歯は、入れ歯の床自体で歯に固定するので、留め金が無い入れ歯にできる。また入れ歯を薄くできるので、装着感が良く、違和感が少ないという特徴がある。
【0038】
図8は筋肉の物理モデルを示す説明図ある。
表情筋(口筋)には、図示するように、大頬骨筋や笑筋といったプレート型の筋肉と、眼輪筋や口輪筋といった環状の筋肉が存在する。環状の筋肉については、プレート型の筋肉モデルのパラメタに若干の加工を施し、これらをセグメント化して接続し、ひと続きのループを形成することでモデル化する。即ち、骨表面に接続した筋肉は、その中間(長さに関する影響範囲)に刺激、移動を加えると、この筋肉の多端に接続した皮膚表面(幅に関する影響範囲)に大きく影響する。これは、皮膚表面を動かす筋肉を可変することにより、その表情が大きく変化することを意味する。
本発明はこのような表情筋(口筋)の中間(長さに関する影響範囲)を、義歯1で刺激し、移動を加えることにより、皮膚表面(幅に関する影響範囲)に大きく影響を与えるようにしたものである。
【実施例2】
【0039】
図9は実施例2の義歯を上下顎に装着した状態を示す断面図である。
実施例2の義歯21では、歯牙喪失前の天然歯NTの長軸が形成する歯槽頂間線TLより口唇L及び頬C側へ偏位させて配列したものである。このような構造の人工歯3でも、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を上方へ持ち上げることができる。
【0040】
[装着例]
図10は本発明の口元表情の可変機能を有する上顎用義歯の実際の写真である。図11は、本発明の義歯を装着した状態の装着例の写真であり、従来の義歯を装着した口元の状態(a)と本発明の義歯を装着した状態(b)を示すものである。
この図11は60才前半女性の口元の表情を示す装着例であり、上顎に本発明の上顎用義歯1を装着した。図11(a)の従来の義歯を装着したときは、第一、第二小臼歯が陰になって口元の暗さが目だっていた。図11(b)の本発明の義歯を装着したときは、この装着した義歯1により、口元の暗さがなくなり、口元の印象が明るくなった。更に、中切歯、側切歯は元より、第一、第二小臼歯まで白く見えるために、口元全体が白くなり若々しく見えるようになった。
【0041】
本発明の義歯1は、上述したように、口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げるという効果の他に、口を開けた際、主に第一、第二小臼歯が影で暗くなりづらく、顔を正面から見たときに、その口元全体の印象を明るくする効果もある。
【0042】
なお、本発明は上述した発明の実施の形態に限定されず、義歯1,21の人工歯3そのものを可変し、又は人工歯の配列を変更することで、口腔の周囲筋肉を人工歯3で押圧することにより人の口元の表情を変化させることができれば、図示したような構成に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更できることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の口元表情の可変機能を有する義歯は、一時的に貼着してから写真撮影用に取り外し自在な歯として利用する等の様々な用途に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例1の口元表情の可変機能を有する義歯を示し、(a)は上顎用総入れ歯の底面図、(b)は下顎用総入れ歯の平面図である。
【図2】実施例1の義歯を上顎に装着した状態を示す断面図である。
【図3】各表情筋(口筋)との位置関係を示す説明正面図である。
【図4】各表情筋(口筋)を示す説明側面図である。
【図5】図4における歯と表情筋との変化状態を示す説明側断面図であり、(a)は中切歯と口唇との位置関係、(b)は犬歯と口唇との位置関係、(c)は小臼歯と口筋の位置関係、(d)は大臼歯と口筋の位置関係である。
【図6】実施例1の義歯を上下顎両方に装着した状態を示す断面図である。
【図7】実施例1の口元表情の可変機能を有する義歯の製作方法を示すフロー図である。
【図8】筋肉の物理モデルを示す説明図ある。
【図9】実施例2の義歯を上下顎に装着した状態を示す断面図である。
【図10】上顎用義歯の実際の写真である。
【図11】本発明の義歯を装着した状態の装着例の写真であり、従来の義歯を装着した口元の状態(a)と本発明の義歯を装着した状態(b)を示すものである。
【図12】歯牙を喪失した顔を示す正面図である。
【符号の説明】
【0045】
1 義歯
2 義歯床
3 人工歯
21 義歯
TB 歯槽堤
TL 歯槽頂間線
NT 天然歯
T1 中切歯
T2 側切歯
T3 犬歯
T4 小臼歯
T5 大臼歯
L 口唇
L1 赤唇
C 頬
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯槽堤(TB)に密着させる義歯床(2)に、人工歯(3)を配列した義歯(1)であって、
歯牙喪失前の天然歯(NT)の長軸が形成する歯槽頂間線(TL)に配列した人工歯(3)は、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げる程度の肉厚を有する、ことを特徴とする口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項2】
上顎の人工歯(3)のみを肉厚に形成する、ことを特徴とする請求項1の口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項3】
中切歯(T1)から犬歯(T3)までの人工歯(3)を主に肉厚に形成した、ことを特徴とする請求項1又は2の口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項4】
小臼歯(T4)群の人工歯(3)を主に肉厚に形成した、ことを特徴とする請求項1又は2の口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項5】
小臼歯(T4)群と大臼歯(T5)群の人工歯(3)を主に肉厚に形成した、ことを特徴とする請求項1又は2の口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項6】
歯槽堤(TB)に密着させる義歯床(2)に、人工歯(3)を配列した義歯(21)であって、
人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げ、その口元の表情を可変させるように、前記人工歯(3)を、歯牙喪失前の天然歯(NT)の長軸が形成する歯槽頂間線(TL)より口唇(L)及び頬(C)側へ偏位させて配列した、ことを特徴とする口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項1】
歯槽堤(TB)に密着させる義歯床(2)に、人工歯(3)を配列した義歯(1)であって、
歯牙喪失前の天然歯(NT)の長軸が形成する歯槽頂間線(TL)に配列した人工歯(3)は、人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げる程度の肉厚を有する、ことを特徴とする口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項2】
上顎の人工歯(3)のみを肉厚に形成する、ことを特徴とする請求項1の口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項3】
中切歯(T1)から犬歯(T3)までの人工歯(3)を主に肉厚に形成した、ことを特徴とする請求項1又は2の口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項4】
小臼歯(T4)群の人工歯(3)を主に肉厚に形成した、ことを特徴とする請求項1又は2の口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項5】
小臼歯(T4)群と大臼歯(T5)群の人工歯(3)を主に肉厚に形成した、ことを特徴とする請求項1又は2の口元表情の可変機能を有する義歯。
【請求項6】
歯槽堤(TB)に密着させる義歯床(2)に、人工歯(3)を配列した義歯(21)であって、
人の口元の表情を担当する口筋の大部分を占める上下顎骨体前面における口元の特定の筋肉を、口腔内から押圧して各口筋を主に上方へ持ち上げ、その口元の表情を可変させるように、前記人工歯(3)を、歯牙喪失前の天然歯(NT)の長軸が形成する歯槽頂間線(TL)より口唇(L)及び頬(C)側へ偏位させて配列した、ことを特徴とする口元表情の可変機能を有する義歯。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−50417(P2009−50417A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−219176(P2007−219176)
【出願日】平成19年8月27日(2007.8.27)
【出願人】(505132518)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年8月27日(2007.8.27)
【出願人】(505132518)
【Fターム(参考)】
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