説明

可変焦点レンズ及びその駆動方法

【課題】結像に十分な解像力を実現しつつ、高速応答が可能な可変焦点レンズ及びその駆動方法を提供する。
【解決手段】液体状の媒質(12)の界面(30)を光の屈折面として利用する可変焦点レンズ(10)であって、媒質(12)を収容する容器(14)と、媒質(12)の界面(30)の曲率を変化させる圧電アクチュエータ(50)と、を備える。圧電アクチュエータ(50)は、振動板(52)上に下部電極(54)と上部電極(58)に挟まれた圧電体(56)が積層形成されたダイアフラム構造を有し、共振周波数が20kHz以上である。互いに混ざらない、屈折率の異なる媒質(12、22)を用い、圧電アクチュエータ(50)の駆動により、一方の媒質(12)の圧力又は体積を変化させ、界面(30)の曲率を変えることで焦点距離を変更する。複数の圧電アクチュエータを配置して十分な体積変化量を確保し、駆動個数に応じて階調制御も可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焦点距離を可変制御できる可変焦点レンズに係り、特に、液体界面を屈折面とする高速応答に適した小型可変焦点レンズ及びその駆動方法の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の一般的な可変焦点レンズは、光学系を構成するレンズの位置を移動させるものであり、焦点距離の可変量に応じたストロークが必要で、レンズの移動に時間がかかり、応答速度に限界がある。ビジョンセンサなど外部の情報を計測するためには、レンズ自体を動かす可変焦点レンズでは応答速度が遅すぎる。この光学系の応答速度は撮像素子の撮像に要する時間や、画像処理の時間に比較して非常に遅いため、システム全体のボトルネックになっており、可変焦点レンズの高速応答性が求められている。
【0003】
特許文献1及び非特許文献1に示された可変焦点レンズは、弾性変形可能で透明な2枚のガラス薄板(円形リング)を平行に配置し、その内部を透明な液体で充填した構造を有し、複数枚のピエゾバイモルフ素子を取り付けた円筒構造体によりガラス表面を変形させることで可変焦点を実現している。
【0004】
特許文献2及び非特許文献2では、互いに混ざらない液体同士の界面(球面を形成する液界面)を光の屈折面として用いて、その液体同士の界面を液体の圧力で制御する「ダイナモルフレンズ」を開発している。これは、積層型PZTアクチュエータが変位させる面積をレンズ面積の数十〜数百倍に設計し、PZTのわずかな変位でレンズの変形を行うものである。さらに、レンズの役割をする液体界面をフォトリソグラフィで高精度に作製することで、高い解像力が得られている。
【0005】
特許文献3は、液体(流体)を利用した可変焦点流体レンズにおいて、大きな焦点距離変化を得るためにマイクロポンプを利用する構成が開示されている。同文献3では、その一実施例として圧電横効果を用いたダイアフラム構造のピエゾアクチュエータが用いられており、小型かつ焦点移動距離が大きいレンズを開発している。しかし、大きな焦点移動距離を得るためには大きな変位量が必要であり、アクチュエータサイズが大きく、高速応答を得ることは困難である。同文献3によれば、駆動周波数は20Hz程度である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−81504号公報
【特許文献2】特開2009−217249号公報
【特許文献3】特開2008−152090号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】金子卓、他2名、「可変焦点レンズを用いたデジタル全焦点顕微システム」、デンソーテクニカルレビュー、Vol.5、No.1、2000、p.27−31
【非特許文献2】奥寛雅、他2名、「ミリセカンド高速液体可変焦点レンズとそのロボットビジョン応用への可能性」、第26回日本ロボット学会学術講演会(2008年9月9日〜11日)RSJ2008AC311-03
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1及び非特許文献1に記載の技術は、150Hzの周波数応答で12cycles/mm以上の像側空間解像力を実現している。しかしながら、弾性レンズそのものを変形させており、屈折面を球面にはできないことから解像力が低い。また、ピエゾバイモルフ素子を使用しており、共振周波数は低く、低周波数応答に留まっている。
【0009】
これに対し、特許文献2及び非特許文献2に記載の技術では、2msの高速応答(500Hz)と49cycles/mmの高い解像力が得られている。すなわち、液体界面を利用することで、レンズ面(屈折面)を球面にし、解像力を向上させている。また、積層PZTを採用し、共振周波数を高める一方、変位量の低下に対しては面積を増やして変位体積を稼いでいる。
【0010】
しかしながら、特許文献2及び非特許文献2に記載の技術の場合、積層PZTアクチュエータで変位量を得るためには、アクチュエータの共振周波数が数十kHz以下になってしまう。実際の使用範囲は共振周波数以下となるため、高速化には不十分である。
【0011】
さらに、積層PZTアクチュエータはd33モードの変位を利用することから、アクチュエータの一端を、変位させる面に接触させるとともに、反対側の端部を固定(拘束)する必要がある。このようにアクチュエータの両端が固定面及び変位面に直接接触する構造となっているため、システム全体の共振周波数はアクチュエータ本来の共振周波数よりも小さくなる。このことから、当該技術によってこれ以上の高速応答を行うことは困難であり、実際には500Hz程度の応答しか得られていない。
【0012】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、結像に十分な解像力を実現しつつ、更なる高速応答が可能な可変焦点レンズ及びその駆動方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するために以下の発明態様を提供する。
【0014】
(発明1):発明1に係る可変焦点レンズは、液体状の媒質の界面を光の屈折面として利用する可変焦点レンズであって、前記媒質を収容する容器と、前記媒質の界面の曲率を変化させる圧電アクチュエータと、を備え、前記圧電アクチュエータは、振動板上に下部電極と上部電極に挟まれた圧電体が積層形成されたダイアフラム構造を有し、当該圧電アクチュエータの共振周波数が20kHz以上であることを特徴とする。
【0015】
液体状の媒質は、一般的な単相の液体の他に、互いに混和しない液体の2相混合物である乳濁液、液体中に不溶性の固体微粒子を分散させた懸濁液、あるいはスラリー状のもの、ゲル状、ゾル状のもの、微小粉状体など、液体同様の流動性を有する組成物も含まれる。
【0016】
ダイアフラム型圧電アクチュエータは、当該ダイアフラム構造を構成する部材の選択、並びに構造形態(特に、可動部となる振動板及び圧電体の材料、膜厚の選択や可動領域の寸法の設計)により、高い共振周波数(20kHz以上)を実現でき、応答性の高い可変焦点レンズを得ることができる。また、液体状の媒質界面によって理想的な球面に近い屈折面を形成することができる。これにより、高い解像力を持つ可変焦点レンズを提供できる。
【0017】
(発明2):発明2に係る可変焦点レンズは、発明1において、前記媒質として、互いに混合することのない、屈折率の異なる2種類以上の媒質が用いられ、これら異なる媒質同士が接する界面が前記屈折面として機能し、当該界面で接する異なる媒質のうち、どちらか一方の媒質に前記圧電アクチュエータを作用させ、当該一方の媒質の圧力又は体積を変化させることにより前記界面を変動させることを特徴とする。
【0018】
かかる態様は、屈折率の異なる2種類の媒質が2層に分離した状態で互いに接触しているときの当該2媒質の液−液界面をレンズの屈折面として利用する。気体と液体とが接する気−液界面を利用する場合と比較して、界面形状の安定性が高い。
【0019】
また、発明2によれば、圧電アクチュエータの駆動力を作用させる媒質は、いずれか一方の媒質で足り、当該一方の媒質を加圧・減圧、あるいは、体積を増減(媒質を収容する容器の体積を変化させる場合を含む)により、界面形状を変化させることができる。
【0020】
(発明3):発明3に係る可変焦点レンズは、発明2において、前記媒質として、互いに屈折率の異なる第1媒質と第2媒質とが用いられ、前記容器は、前記第1媒質を収容する第1収容部と、前記第2媒質を収容する第2収容部とが開口部を介して連通した構造を有し、当該開口部に前記第1媒質と前記第2媒質の界面が形成され、前記圧電アクチュエータは、前記第1収容部の壁面の一部に配置され、当該第1収容部の容積を変化させるものであることを特徴とする。
【0021】
かかる態様によれば、圧電アクチュエータを作動させ、第1収容部に体積(容積)変化を与えることで、開口部における界面の形状を変化させることができる。
【0022】
(発明4):発明4に係る可変焦点レンズは、発明1乃至3のいずれか1項において、前記圧電体は、スパッタ法又はゾルゲル法で作製された薄膜であることを特徴とする。
【0023】
振動板上に圧電体膜を形成する方法としては、様々な方法を提供し得るが、スパッタ法又はゾルゲル法は、応力低減のための低温成膜可能で、かつ駆動トルクが大きい数μm厚以上の厚膜形成が可能である点で望ましい。
【0024】
(発明5):発明5に係る可変焦点レンズは、発明1乃至4のいずれか1項において、前記圧電アクチュエータを複数個備えることを特徴とする。
【0025】
共振周波数が20kHz以上となるダイアフラム型の圧電アクチュエータは、可動部の面積が比較的小さくなり、1つの圧電アクチュエータでは所要の排除体積(体積変化量)を得ることができない場合も想定される。この場合、複数個の圧電アクチュエータを設け、一つ一つのアクチュエータは共振周波数が20kHz以上のものとし、これらの組み合わせにより所要の体積変化量を実現する。これにより、高速応答性を実現しつつ、界面の変位量も確保することができる。
【0026】
(発明6):発明6に係る可変焦点レンズは、発明5において、前記複数個の前記圧電アクチュエータがそれぞれ独立して駆動することができる配線構造を有し、これら各圧電アクチュエータは、印加する信号のオン/オフによって、駆動状態と非駆動状態とを切り換える二値駆動方式で駆動されることを特徴とする。
【0027】
かかる態様によれば、複数のアクチュエータについて、オン(駆動)とオフ(非駆動)の二値の制御だけであり、単純なデジタル制御が可能である。
【0028】
(発明7):発明7に係る可変焦点レンズは、発明6において、前記各圧電アクチュエータは、それぞれ駆動時における排除体積が所定体積となるように、前記振動板の変位量を制限するストッパ構造を有することを特徴とする。
【0029】
複数の圧電アクチュエータを作製した場合、個々の圧電アクチュエータの作動特性(例えば、印加電圧に対する変位量)にばらつきが生じることがある。発明7の態様によれば、
ストッパ構造によって規制する変位量以上の変位を発生させるに足る駆動信号を与えることで、アクチュエータの変位量の上限が当該ストッパ構造で所定値に制限されるため、簡易な駆動制御で一定の体積変化量を確保することができる。
【0030】
(発明8):発明8に係る可変焦点レンズは、発明6又は7において、前記複数個の圧電アクチュエータとして、駆動時における排除体積が互いに等しい複数個の圧電アクチュエータが設けられていることを特徴とする。
【0031】
かかる態様によれば、アクチュエータの個数に応じた階調で、全体としての体積変化量を制御することが可能である。これにより、界面の変位量を多段階に制御できる。
【0032】
(発明9):発明9に係る可変焦点レンズは、発明6又は7において、前記複数個の圧電アクチュエータとして、駆動時における排除体積が互いに異なるM個(M≧2)の圧電アクチュエータが設けられ、これらM個の圧電アクチュエータは、それぞれの排除体積が2×Vminで表される関係にある(ただし、Nは0≦N<Mを満たす整数、VminはM個の圧電アクチュエータのうち最小の排除体積である。)ことを特徴とする。
【0033】
かかる態様によれば、各圧電アクチュエータの排除体積が2の累乗の倍数関係となっているため、同時に駆動する圧電アクチュエータの組み合わせを変えることで、二進法の原理により、多階調の焦点距離変化が可能である。
【0034】
(発明10):発明10に係る可変レンズの駆動方法は、発明6乃至9のいずれか1項に記載の可変焦点レンズにおける前記複数個の前記圧電アクチュエータに対して、駆動用の信号を選択的に印加し、当該印加する信号のオン/オフによって、同時に駆動する圧電アクチュエータの個数を制御することにより、前記界面の曲率を多段階に変更することを特徴とする。
【0035】
かかる態様によれば、駆動するアクチュエータの数に応じた焦点距離の階調変化を得ることができる。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、液体状の媒質界面を屈折面とするため高い空間解像力のレンズを実現できると共に、ダイアフラム構造の圧電アクチュエータ(共振周波数20kHz以上)の採用により、高速応答が可能であり、高速応答性と高い解像力を両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の実施形態に係る可変焦点レンズの構造を示す断面図
【図2】図1における圧電アクチュエータの部分の拡大図
【図3】ダイアフラム構造の開口幅と共振周波数の関係を示すグラフ
【図4】ダイアフラム構造の開口幅と体積変化量の関係を示すグラフ
【図5】レンズの直径と必要な体積変化を与えることができるダイアフラム開口幅の関係を示すグラフ
【図6】本発明の他の実施形態に係る可変焦点レンズの構造を示す断面図
【図7】図6の実施形態の平面図
【図8】ダイアフラムの体積変化量を制限するストッパ構造の例を示す断面図
【図9】複数個の圧電アクチュエータを備えた可変焦点レンズの平面図
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、添付図面に従って本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0039】
図1は本発明の実施形態に係る可変焦点レンズの構造を示す断面図である。この可変焦点レンズ10は、第1液12を収容する第1液室14(「第1収容部」に相当)と、第2液22を収容する第2液室24(「第2収容部」に相当)とを有する。第1液室14と第2液室24とを隔てる(区画する)仕切板16には円形の開口部18が形成されており、当該開口部18を介して第1液室14と第2液室24とが互いに連通した密閉容器の構造となっている。
【0040】
第1液室14に満たされる第1液12(「第1媒質」に相当)と、第2液室24に満たされる第2液22(「第2媒質」に相当)とは、互いに屈折率が異なり、互いに混ざり合わない液体である。これら二種類の液体(12,22)は、仕切板16の開口部18のところで接触しており、当該開口部18に二液の液体界面30が形成される。この液体界面30が光線を屈折させる屈折面となり、レンズとしての役割(機能)を果たす。なお、凸レンズとして使用する場合には下(第1液)の方が屈折率が大きくなる。
【0041】
第1液室14の底面を封止する底板部材32は、光透過性を持つ窓部33を備える。第2液室24の天面を封止する天板部材42についても同様に、該天板部材42には光透過性を持つ窓部43が設けられている。本例の窓部33、43は、底板部材32、天板部材42のそれぞれの一部に円形の貫通孔を形成し、この貫通孔の部分に透明なガラス(又は樹脂)を嵌め込んだものとなっているが、底板部材32、43の全体を光透過性の部材で構成することも可能である。
【0042】
すなわち、底板部材32及び天板部材42は、液体を封入する密閉性を確保しつつ、液体界面30への光の入射と、液体界面30を通過した光の外部への出射とを可能にする光透過性のあるものとする。一方、仕切板16は、開口部18を除いて光が透過しない部材である。
【0043】
なお、図1において、符号35は第1液室14の側壁面を構成する壁部材、符号45は第2液室24の側壁面を構成する壁部材である。これら壁部材(35,45)は光が透過する部材であってもよいし、光が透過しない部材であってもよい。
【0044】
光線の屈折面として機能する液体界面30は、表面張力によって理想的な球面に近い形状となり、解像力の高いレンズが得られる。また、第1液室14の容積を変化させることにより、液体界面30の形状を容易に変化させることができる。本例では、第1液室14の容積変化をもたらす手段として、第1液室14の容器壁面の一部(図1において、第1液室14の上側封止面のうち第2液室24と重なり合っていない部分の一部)に圧電アクチュエータ50が配設されている。
【0045】
図2に、圧電アクチュエータ50の部分を拡大した図を示す。図2に示したように、この圧電アクチュエータ50は、振動板52の上に、下部電極54、圧電体膜56、上部電極58が積層されて成るダイアフラム構造のアクチュエータである。振動板52は、その可動部分の周囲が支持体60によって支持(固定)されており、圧電体膜56のd31方向の変位によって振動板52が撓む、いわゆるユニモルフ型のアクチュエータとなっている。なお、支持体60は、図1で説明した壁部材35が兼ねることができる。
【0046】
また、電圧が印加されない圧電体膜の部分(つまり、上部電極のない部分)はエッチングすることで、より効率良く振動板52を駆動することができる。
【0047】
<圧電アクチュエータの共振周波数について>
図2に示したダイアフラム構造の共振周波数を構造解析ソフト(ANSYS 11.0;株式会社富士システム製)により求めた。本実施例における層構造としては、上部電極及び下部電極は他の層よりも膜厚が薄く、共振周波数への影響は小さいため省略して計算しており、圧電体(PZT)の膜厚5μm、振動板(Si)の厚み10μmの積層構造(PZT(5μm)/Si(10μm))とし、支持体となるシリコン(Si)の厚みを200μmとした。
【0048】
ダイアフラム(可動部)は正方形とし、開口幅(図2中のD:正方形ダイアフラムの一辺の長さ)を変化させたときの共振周波数を求めた。圧電体(PZT)とシリコン(Si)のパラメータは以下のものを用いた。ただし、本発明の実施に際して、層構造はこれに限定するものではない。
【0049】
[圧電体膜のパラメータ]
・ヤング率:50GPa、等方性材料
・ポワソン比:0.3 (ただし、解析の結果にはほとんど影響しない。)
・密度:8g/cm
[シリコン(Si)のパラメータ]
・実際には異方性材料であるが、(100)面を想定し、以下のパラメータを用いた。
・ヤング率:131GPa
・ポワソン比:0.3
・密度:2.33g/cm
上記の条件で求めた開口幅と共振周波数の関係を図3に示す。図3は、ダイアフラムの開口幅が小さくなるほど共振周波数は高くなることを示している。
【0050】
<ダイアフラムの開口幅と体積変化量の関係について>
次に、上記と同様の構造において、圧電体膜に電圧を印加したときの圧力室(第1液室に相当)の体積変化量(排除体積)を求めた。電圧を印加する範囲は、一辺を開口幅(図2中のD)に対して8割とする正方形であり、かつ開口幅に対して中心とした。
【0051】
またこのとき用いた圧電体膜のパラメータは以下のとおりである。
【0052】
[圧電体膜のパラメータ]
・圧電定数d31:250pm/V
・印加電圧:50V
なお、圧電定数d33,d15は計算結果に影響しないため、どんな値でもよい。また、圧電体の誘電率(ε)も計算結果に影響しないため、どんな値でもよい。
【0053】
上記の条件で求めた開口幅と体積変化量の関係を図4に示す。図4は、50V印加時の開口幅とダイアフラムの体積変化量を示しており、図4によれば、開口幅が小さくなると変位量(体積変化量)は小さくなっている。
【0054】
図3,図4の結果から、共振周波数と体積変化量はトレードオフの関係になっていることがわかる。
【0055】
図5は、レンズの直径(図1の円形開口部18の直径)に対して、界面の曲率が90度、すなわち界面が完全に半球になるために必要な体積変化を与えることが可能なダイアフラム開口幅を示している。要するに、レンズ半径rの半球体積(2πr/3)に相当する体積変化量(排除体積)が得られれば、十分な界面の曲率が得られることになる。
【0056】
図5によれば、使用するレンズのレンズ径(変数x)に対して必要最小の開口幅(変数y)の最小二乗法で求めた近似式は以下の(1)式で与えられる。
【0057】
y=0.32x+0.40 (1)
図5において、この(1)式で表される直線よりも下の領域(図中「b」で示した領域)では、界面を半球形状にするに足る体積変化を得ることができない。また、開口幅が3.0mm以上の領域(図中「c」で示した領域)は、共振周波数が低くなるため、高速応答に適さない。
【0058】
アクチュエータの構造の違いによる体積変化量の違いを表1にまとめた。
【0059】
【表1】

表1における「比較例1」は従来の積層型アクチュエータでアクチュエータ本体の共振周波数は20kHz程度であるが、実際には、アクチュエータ単独で用いることはできないため(d33モードのため固定面が必要)20kHz以下の共振周波数になる(特許文献2及び非特許文献2)。
【0060】
「比較例2」は図5の領域cを表しており、ダイアフラム径(開口幅)が3mm以上の領域である。この領域では共振周波数が20kHz以下となり、目標とする高速応答は得られない。
【0061】
「比較例3」は図5の領域bを表しており、数式(1)で表される直線よりも下の領域、すなわち、y<0.32x+0.40の領域である。この領域bに該当する条件の下では界面の曲率を変化させるために必要な体積変化量が得ることができない。
【0062】
「実施例1」は、図5の領域aを表しており、図5において、y<3、y>0.32x+0.40であり、共振周波数、体積変化量共に条件を満たす。
【0063】
本実施例はダイアフラムの開口幅のみをパラメータにとり求めたものであるが、その他のパラメータ、例えば、圧電体膜の材料パラメータ、ダイアフラムの構成材料、膜厚等に限定されるものではなく、本解析手法によりどのような構成においても、高速応答が実施可能な設計条件を求めることができる。また、ダイアフラムの形状(平面形状)は、正方形に限らず、長方形、菱形、三角形、五角形、その他の多角形、円、楕円など、様々な形状が可能である。
【0064】
上述した本発明の実施形態によれば、高速応答性と高い解像力を両立できる。
【0065】
<他の実施形態;複数個の圧電アクチュエータを配置した形態>
図6は、本発明の他の実施形態に係る可変焦点レンズの構造を示す断面図であり、図7はその平面図である。図6及び図7において、図1で説明した例と同一又は類似する要素には同一の符号を付し、その説明は省略する。
【0066】
図6及び図7に示す可変焦点レンズ110は、第1液室14の体積を変化させる手段として、複数個の圧電アクチュエータ50を備えている。レンズ部分の体積を変化させるための手段(つまり、屈折面となる液体界面30の形状を変化させる手段)として、第1液12に接する複数個の圧電アクチュエータ50を並べることで、共振周波数を下げることなく、個数に応じて、全体として体積変化量を大きくすることができる。すなわち、図5における「b」の領域は、必要な体積変化が得られるようにアクチュエータを配置することにより、高速応答かつ必要な焦点距離(液体界面の曲率)が得られることになる。
【0067】
図7では、円形開口部18の中心(レンズの中心)を円の中心とする同一円周上に4個の圧電アクチュエータ50が等角度分配で配置されている。このように、対称性的な配置とする態様が好ましい。
【0068】
非対称配置の場合には予期しない高次モードの振動(共振)が起きる可能性が高くなるため、対称的な配置によりこれを抑制する効果がある。なお、対称的な配置でも高次モードの振動は起こりうるため、そのような振動がないような配置にするのが望ましい。
【0069】
図7では、4個の圧電アクチュエータ50を配置した例を示したが、圧電アクチュエータ50の配置個数は特に限定されない。また、図7では、レンズの中心を円の中心とする同一円周上にこれら複数個(4個)の圧電アクチュエータ50を等角度分配で配置しているが、アクチュエータの配置形態はこれに限定されない。
【0070】
図6及び図7に示した複数個の圧電アクチュエータ50は、個々の上部電極58がパターニングされており、それぞれ個別に駆動制御することができる配線構造となっている。
【0071】
複数個の圧電アクチュエータ50を同時に(一斉に)駆動することも可能であるし、個々の圧電アクチュエータ50を選択的に駆動することも可能である。
【0072】
<圧電アクチュエータの駆動方法について>
図6及び図7で例示したように、複数の圧電アクチュエータ50を配置し、その配置された各圧電アクチュエータ50に対して、全て一定の電圧が印加されるように構成される。例えば、共通の駆動回路から出力される駆動信号(電圧信号)を各圧電アクチュエータ50に対応するスイッチを介して各圧電アクチュエータ50に印加する回路構成とし、スイッチのオン・オフによって、動作させる圧電アクチュエータ50の個数を制御する。
【0073】
このように、同時に駆動するアクチュエータの数をスイッチで制御することにより、必要な体積変化量を得る。こうして、所望の焦点距離に変化させることができる。
【0074】
<アクチュエータの性能ばらつきへの対処>
圧電アクチュエータ50のダイアフラム構造が一定の体積変化量(排除体積)以上には変化できないように、その変位量を規制するストッパ構造を設ける態様が好ましい。
【0075】
例えば、図8のように、ストッパとして、振動板52が圧力室66の底面に当たるように、圧力室66の高さhを設計する。なお、振動板52と対向する床面の一部のみに凸部を設け、当該凸部に振動板52が接触する構造であってもよい。
【0076】
このようなストッパ構造を備えることにより、ある一定電圧を印加することで、全てのダイアフラム構造が一定の体積変化量を得ることができる。このため、各圧電アクチュエータ50の性能ばらつき補正する必要がない。例えば、印加電圧に対する変位量の特性にばらつきが有る場合に、ストッパ手段を設けることなく、一定の体積変化を得ようとすると、印加する駆動信号を補正するなどの対応が必要となるが、上記のようなストッパ構造を採用することにより、そのような補正が不要であり、簡便な駆動制御が可能である。
【0077】
<焦点距離の階調制御について(例1)>
また、複数個の圧電アクチュエータ50のダイアフラムの構造を全て同じにし、個々の圧電アクチュエータ50を駆動したときのそれぞれの体積変化量(排除体積)を一定にすることで、同時に駆動する圧電アクチュエータの数に応じた焦点距離の階調変化を得ることができる。
【0078】
図9に示した例では、同じ排除体積を持つ16個の圧電アクチュエータ50を備え、0〜16の範囲で段階的に焦点距離を変化させることができる。このようなデジタル駆動を採用する場合は、図8で説明したストッパ構造と組み合わせる形態が好ましい。
【0079】
<焦点距離の階調制御について(例2)>
また、複数個の圧電アクチュエータによる他の階調制御の方法として、図4で説明した開口幅と体積変化量の関係から、体積変化量が丁度2の累乗倍で増加していく関係になるアクチュエータをそれぞれ1つずつ、合計でM個(ただし、M≧2)備える構成とする。もちろん、これらM個の各圧電アクチュエータについて、いずれも共振周波数が20kHz以上とする(図4参照)。
【0080】
つまり、駆動時における排除体積が互いに異なるM個(M≧2)の圧電アクチュエータが設けられ、これらM個の圧電アクチュエータは、それぞれの排除体積が2×Vminで表される関係にある(ただし、Nは0≦N<Mを満たす整数、VminはM個の圧電アクチュエータのうち最小の排除体積である。)。言い換えると、M個(M≧2)の圧電アクチュエータについて、排除体積の小さいものから順に番号jを付し、それぞれの圧電アクチュエータの排除体積をVj(ただし、jは0以上M未満の整数)で表すと、排除体積の最小値(Vmin)はj=0のV0であり、Vj=2×Vmimで表すことができる。もちろん、これら各圧電アクチュエータについていずれも共振周波数が20kHz以上とする(図4参照)。
【0081】
例えば、8個の圧電アクチュエータを用いる場合(M=8)、これらの排除体積の比率は、1:2:4:8:16:32:64:128となる。このような構成によれば、これら8個のアクチュエータのスイッチ制御により、256階調の焦点距離可変制御が可能である。なお、この場合も、図8で説明したストッパ構造と組み合わせる形態が好ましい。
【0082】
図4で説明したとおり、体積変化量が小さいアクチュエータほど共振周波数は大きいため(図4参照)、焦点距離の移動量が小さければ(界面の曲率を変化させる量が小さいものであれば、さらに高速応答が得られる。
【0083】
<本発明による可変焦点レンズの応用例について>
本発明によれる可変焦点レンズは、高速応答が可能であり、空間解像力も高いため、高速三次元スキャナーや全焦点顕微鏡システムなどに好適であり、動的な対象への高速追従が可能になる。また、小型化により携帯電話機等の電子機器に搭載することも可能である。
【符号の説明】
【0084】
10…可変焦点レンズ、12…第1液、14…第1液室、16…仕切板、18…開口部、22…第2液、24…第2液室、30…液体界面、50…圧電アクチュエータ、52…振動板、54…下部電極、56…圧電体膜、58…上部電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体状の媒質の界面を光の屈折面として利用する可変焦点レンズであって、
前記媒質を収容する容器と、
前記媒質の界面の曲率を変化させる圧電アクチュエータと、を備え、
前記圧電アクチュエータは、
振動板上に下部電極と上部電極に挟まれた圧電体が積層形成されたダイアフラム構造を有し、当該圧電アクチュエータの共振周波数が20kHz以上であることを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項2】
請求項1において、
前記媒質として、互いに混合することのない、屈折率の異なる2種類以上の媒質が用いられ、
これら異なる媒質同士が接する界面が前記屈折面として機能し、
当該界面で接する異なる媒質のうち、どちらか一方の媒質に前記圧電アクチュエータを作用させ、当該一方の媒質の圧力又は体積を変化させることにより前記界面を変動させることを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項3】
請求項2において、
前記媒質として、互いに屈折率の異なる第1媒質と第2媒質とが用いられ、
前記容器は、前記第1媒質を収容する第1収容部と、前記第2媒質を収容する第2収容部とが開口部を介して連通した構造を有し、
当該開口部に前記第1媒質と前記第2媒質の界面が形成され、
前記圧電アクチュエータは、前記第1収容部の壁面の一部に配置され、当該第1収容部の容積を変化させるものであることを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項において、
前記圧電体は、スパッタ法又はゾルゲル法で作製された薄膜であることを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項において、
前記圧電アクチュエータを複数個備えることを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項6】
請求項5において、
前記複数個の前記圧電アクチュエータがそれぞれ独立して駆動することができる配線構造を有し、これら各圧電アクチュエータは、印加する信号のオン/オフによって、駆動状態と非駆動状態とを切り換える二値駆動方式で駆動されることを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項7】
請求項6において、
前記各圧電アクチュエータは、それぞれ駆動時における排除体積が所定体積となるように、前記振動板の変位量を制限するストッパ構造を有することを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項8】
請求項6又は7において、
前記複数個の圧電アクチュエータとして、駆動時における排除体積が互いに等しい複数個の圧電アクチュエータが設けられていることを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項9】
請求項6又は7において、
前記複数個の圧電アクチュエータとして、駆動時における排除体積が互いに異なるM個(M≧2)の圧電アクチュエータが設けられ、
これらM個の圧電アクチュエータは、それぞれの排除体積が2×Vminで表される関係にある(ただし、Nは0≦N<Mを満たす整数、VminはM個の圧電アクチュエータのうち最小の排除体積である。)ことを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項10】
請求項6乃至9のいずれか1項に記載の可変焦点レンズにおける前記複数個の前記圧電アクチュエータに対して、駆動用の信号を選択的に印加し、当該印加する信号のオン/オフによって、駆動する圧電アクチュエータの個数を制御することにより、前記界面の曲率を多段階に変更することを特徴とする可変焦点レンズの駆動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−141438(P2011−141438A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−2134(P2010−2134)
【出願日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】