説明

可変質量型制震構造物

【課題】例えば床スラブ等における平常時の遮音性能を確保しながら、地震時に構造物に作用する地震力を低減することを可能にする。
【解決手段】構造部材2と非構造部材を有する構造物1において、構造部材2と非構造部材の少なくともいずれかに、外部に連通した空洞部3を形成し、この空洞部3に流動性を有する流体4を、空洞部3からの排出と空洞部3への流入が可能な状態に充填する。
空洞部3に排出口31と流入口32を接続、もしくは形成し、空洞部3に充填されている流体4を地震時に排出口31を通じて空洞部3から排出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は構造物を構成する構造部材と非構造部材の少なくともいずれかに形成した空洞部に流体を排出と流入が自在な状態に充填することで、構造物の質量を可変にし、構造物に制震の性能を付与した可変質量型制震構造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
構造物の質量は高層化、またはスラブ厚の増大に伴って増加し、質量の増加に伴い、構造物に作用する慣性力である地震力も増大する。それに伴い、地震力に抵抗させる目的から、柱と梁、壁等、構造部材の断面寸法を増すか、構造部材に高強度材料を使用するか、鉄筋の配筋量を増す等の対応の必要が生じている。柱の断面寸法の増加は床面積の縮小化を、高強度材料の使用は材料費用の高騰をそれぞれ招き、配筋量の増加は作業効率の低下により歩掛りの低下を招いている。
【0003】
鉄筋コンクリート造は剛性の高さに基づく居住性の面から、主に共同住宅(集合住宅)に採用されることが多く、床スラブには居住空間の快適性に対する要求として高い遮音性能が求められる。スラブにおける遮音性能はスラブの質量に依存するから、遮音性能を上げるには結局、スラブ厚を増すしか方法がなく、要求される遮音性能を満たすために、構造耐力上、必要とされるスラブ厚よりも大きくなり、場合によっては2倍程度のスラブ厚になることもある。
【0004】
一方、前記の通り、スラブ厚の増加は地震力の増大につながり、地震力に抵抗させる上で、柱・梁の大断面化、配筋量の増加、居住空間の縮小化、材料費の高騰、歩掛りの低下に直結するため、遮音性能の追求は質量の増加と地震力の増大が繰り返される悪循環に陥る。
【0005】
スラブをボイドスラブにし、見かけ上、スラブ厚を大きくする方法もあるが(特許文献1、2参照)、コンクリートが充填されないボイド内の空間は遮音のために機能することがないから、ボイドスラブは等価質量程度の遮音性能を持つに過ぎない。
【0006】
柱の断面寸法を上層階に行くに従い、縮小させることで、一部の構造部材の軽量化を図ることは可能であるが、下層階から上層階に向けて柱の断面を縮小させることは、全層の柱の断面を統一したいデザイン上の要求と相容れない。構造物の質量の増加には構造部材のみに限らず、雑壁、パラペット等の非構造部材(二次部材)の質量も影響する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−170398号公報(請求項1、段落0015、0024、図1〜図3)
【特許文献2】特開2004−52491号公報(請求項1、段落0013〜0017、図1〜図4)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1ではボイドスラブのボイド(中空部)内に、膨張状態でボイドの内周面から距離が確保される袋体を配置(収納)し、スラブが地震力によって相対移動するときに、袋体の追従を慣性によって遅らせ、袋体の慣性力をスラブに対し、移動の向きと逆向きに作用させることで、スラブの振動減衰のために利用している。しかしながら、袋体はボイド内で空隙を持って配置される以上、スラブの遮音性能を上げることに寄与することはない。
【0009】
特許文献2ではボイドスラブのボイド内に発泡剤を充填した袋体を隙間のない状態で配置している。但し、特許文献2は衝撃音の遮断を目的として発泡剤を使用しているものの、発泡剤自体に遮音性能はないから、遮音効果を期待することはできない。
【0010】
本発明は上記背景より、例えば床スラブにおける遮音性能を確保しながら、地震力を低減することが可能な構造の可変質量型制震構造物を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の発明の可変質量型制震構造物は、構造部材と非構造部材を有する構造物において、前記構造部材と前記非構造部材の少なくともいずれかに、外部に連通した空洞部が形成され、この空洞部に流動性を有する流体が、前記空洞部からの排出と前記空洞部への流入が可能な状態に充填されていることを構成要件とする。
【0012】
構造部材は主に柱、梁、耐力壁(耐震壁)、スラブ、基礎、杭等、耐力が期待される部材を指し、非構造部材は袖壁、垂れ壁、腰壁等の雑壁等、構造部材に接続する二次部材を指す。構造物の構造種別は主に鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造であるが、これらと鉄骨造との複合構造の場合もある。少なくとも一部に流体の充填が可能な空洞部が形成可能な構造部材、または非構造部材を持つ構造形式であれば、構造種別は問われず、梁と柱、スラブ等の一部、もしくは全体が鉄骨造の場合もある。
【0013】
構造部材、または非構造部材(以下、構造部材等)に形成される空洞部は少なくとも流体の排出のための孔(管)である排出口(排出管)を通じて構造部材等の外部と連通すればよい。基本的には例えば排出口(排出管)の内部が流体の排出用と流入用に区分される(仕切られる)等、孔(口)を通過する流体が孔(口)の断面を完全に閉塞しない状態で孔(口)を通過すれば、排出口(排出管)を通じてのみでも空洞部内の流体の排出と流入は行われる。従って空洞部に接続される、あるいは連続して形成される孔(管)は排出口(排出管)のみでも足り、必ずしも流入口が空洞部に接続、あるいは形成される必要はない。
【0014】
但し、流体自体の粘性に起因し、排出口(排出管)を通じてのみでは流体の排出と流入が円滑に行われないような場合、例えば排出時の流動時間が長くなる、あるいは流動が生じにくいことが想定される場合には、排出口(排出管)と対となる、流体の流動性を上げ、排出と流入を生じ易くするための孔(管)である流入口(流入管)が空洞部に形成、あるいは接続される(請求項2)。流入口と排出口はそれぞれ単なる流入孔と排出孔の場合と、流入管と排出管の場合もある。
【0015】
流入口(流入管)は開放した状態で流体の、空洞部からの排出時に流体に大気圧を作用させることで、流体の流動を促し、流体の復帰(流入)時には気圧による抵抗を小さくすることで、復帰時の流入をし易くし、排出時間と復帰(流入)時間を短縮する働きをする。構造部材等の空洞部に排出口(排出管)と流入口(流入管)が接続された場合には、空洞部に充填されている流体が地震時に排出管を通じて空洞部から排出され(請求項2)、地震終息後には排出管を通じて、または流入管を通じて空洞部に流入(復帰)する。
【0016】
外部に連通した空洞部が構造部材等の内部に形成され、この空洞部に流動性を有する流体が排出と流入が可能な状態に充填されていることで、平常時、すなわち地震時以外のときには流体が空洞部内の空間を埋めるため、構造部材は中実断面の部材として機能し、遮音性能を発揮する。流体が空洞部内に充填されているときに、遮音性能を要求されることから、流体には主として遮音性能のある液体、固体、ゲル状物質の使用が適する。
【0017】
流体を常温での状態で区分すれば、ア)常温で液体の状態にある物質、イ)常温で固体でありながら、電気信号、温度変化、化学変化等の外的要因の作用によって液体に変化する物質、ウ)外的要因の作用によって固体から液体を経て気体になるか、固体から直接、気体に変化する物質等が本発明の流体として使用可能な材料として想定される。
【0018】
具体的には無害な液体として、水、ポリタングステン酸ナトリウム(SPT)、塩化カルシウムがある。有害な重液として、水銀、塩化亜鉛、ブロモフォルム、テトラブロモエタン、CHI(ヨードメタン)、SnCl(四塩化スズ)、CHBr(ジブロモメタン)、MoF(六フッ化モリブデン)、SbCl(三塩化アンチモン)、CHBr(トリブロモメタン)、CBr(テトラブロモメタン)、BrCHCHBr(テトラブロモエタン)、BaHgBr(四臭化バリウム水銀)、CH(ジヨードメタン)、SnBr(四臭化スズ)、CH+CHI、LHgI+H2O、HCO2Tl+HO、SnI、BaHgI+HO、OsO、AgTl(NO+HO、HCOTl+CTl+HO、HgCl+Hgl+SbCl、HgTl(NO+HO等がある。有害な重液を使用する場合には、排出口(排出管)と流入口(流入管)に浸食等に対する保護のための被覆等の処理を必要とする。
【0019】
地震時には流体が空洞部から排出されることで、空洞部は中空になり、構造部材等は質量の小さい中空断面の部材として機能するため、構造部材等が受ける地震力は中実断面の場合より空洞部の容積に相当する質量分、低下する。
【0020】
地震時に柱、梁、スラブ等の構造部材等が中空断面部材になり、質量が低下することで、構造部材等が地震時に受ける地震力が低下するため、地震力によって受ける構造部材等の損傷が軽減される。構造部材等が受ける地震力が低減されることで、構造部材等に与えておくべき断面寸法を減少させることが可能になり、例えば柱の断面寸法の縮小によって床面積を拡大することが可能になる。
【0021】
また地震力が低減されることで、構造部材等に高強度の材料を使用する必要がないため、材料費の高騰は回避される。併せて地震力の低減によって構造部材等に高強度を与えておく必要がないことから、プレキャストコンクリートの場合を含め、鉄筋コンクリート造、あるいは鉄骨鉄筋コンクリート造の場合に配筋量の増加を招くことがないため、構造部材等が中実断面部材である場合より施工コストの低減を図ることが可能になる。同時に配筋量の増加に伴う作業効率の低下を招くことはないため、歩掛りの低下は回避される。
【0022】
例えば鉄筋コンクリート造の集合住宅におけるスラブの厚さは遮音性能を持たせる関係から、通常、230mmを超えているが、地震力に対して十分な耐力を確保する上ではスラブは130mm程度以上の厚さを持っていればよいから、約半分程度の質量が地震力に対しては不要であり、削減可能になっている。構造物の上層階では柱と梁の断面寸法も必要以上に大きくなっているから、この不必要な寸法分も削減可能である。
【0023】
例えば厚さが230mmのスラブを持つ構造物が地震時に受ける地震力と、厚さが130mmのスラブを持つ構造物が地震時に受ける地震力を図5に対比して示す。破線が230mmのスラブを持つ構造物の地震力を、実線が130mmのスラブを持つ本発明の構造物の地震力を示している。
【0024】
図5に示す対比例の場合、スラブ厚を230mmから130mmに減少させていることで、130mmのスラブを持つ構造物の総質量は230mmのスラブを持つ構造物の約75%にまで低減している。このことは、スラブ厚を減少させた構造物に求められる必要保有水平耐力が減少前の構造物の必要保有水平耐力の75%になることを意味する。この減少分により、構造部材の断面寸法を減少させることが可能になり、また高強度材料を使用する必要はなく、配筋量の低減を図ることも可能になる。
【0025】
例えば図3、図4に示すようにスラブに空洞部が形成され、この空洞部に流体が充填された構造物において、空洞部に流体が充填された状態の平常時には流体が空洞部内の空隙を閉塞していることで、スラブは中実断面部材となっているため、空洞部を持たないスラブと同等の遮音性能を保有している。
【0026】
地震の発生時には空洞部から流体が排出され、空洞部が中空になることで、スラブの質量が流体分、減少するため、図5に実線で示すように構造物の各スラブが受ける地震力はスラブが中実断面部材である場合より低下する。図5中、スラブが中実断面部材である場合の構造物に作用する地震力の階毎の分布を破線で示している。地震力は慣性力であるから、下層階程、大きい。
【0027】
構造部材等の空洞部に充填された状態にある流体が地震時に空洞部から排出されることは具体的には、地震時に検出装置(センサ)が取得した検出信号が排出口(排出管)に接続されている弁の開閉を制御する制御装置(コントローラ)に送信され、制御装置が閉鎖している弁を開放させることで、実行される。あるいは排出口(排出管)の弁の開放と同時に流入管の弁を開放させることで、実行される。地震の検出信号としては地震計(強震計)を始めとする検出装置が検出した信号の他、気象庁が発令し、検出装置が受信した緊急地震速報も使用される。
【0028】
例えば構造部材等の空洞部が流体の排出先であるタンクより相対的に上に位置している場合には、流体は排出口(排出管)の弁、あるいは排出口の弁と流入口の弁が開放されることで、自動的に空洞部から排出される。タンクに排出された流体は地震の終息後に、例えばポンプによって開放している弁を通じて空洞部内に戻され、流体が空洞部内に復帰した状態で弁が閉鎖状態に保たれる。
【0029】
空洞部から排出される流体を貯留する排出用のタンクと、地震の終息後に空洞部に流体を充填させる充填用のタンクは同一の場合と相違する場合があり、相違する場合は排出用タンクと充填用タンクは流体移動用の管(流路)によって連通させられ、排出用タンクに排出された流体はポンプによって充填用タンクに移動させられる。排出用のタンクに排出された流体もポンプによって空洞部に復帰させられる。
【発明の効果】
【0030】
構造部材と非構造部材の少なくともいずれかに、外部に連通した空洞部を形成し、この空洞部に流動性を有する流体を、空洞部からの排出と空洞部への流入が可能な状態に充填し、地震時に流体を空洞部から排出させることで、空洞部を中空にし、構造部材等を質量の小さい中空断面部材として機能させるため、構造部材等が受ける地震力を中実断面の場合より空洞部の容積に相当する質量分、低下させることができる。
【0031】
地震時に構造部材等の質量が低下することで、構造部材等が地震時に受ける地震力が低減されるため、構造部材等に与えておくべき断面寸法を減少させることができ、例えば柱の断面寸法の縮小によって床面積を拡大することができる。
【0032】
地震力の低減により、構造部材等に高強度の材料を使用する必要がないため、材料費の高騰を回避することができる他、地震力の低減によって構造部材等に高強度を与えておく必要がないため、鉄筋コンクリート造、あるいは鉄骨鉄筋コンクリート造の場合に配筋量の増加とそれに伴う作業効率の低下を招くことがなくなり、歩掛りの低下を回避することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】地震検出装置が地震の発生を検出したときの検出信号の、制御装置への送信とそれに起因して発生する制御装置による流体の排出指令の、空洞部への送信の流れを示した概要(概念)図である。
【図2】(a)は構造物が鉄筋コンクリート造、もしくは鉄骨鉄筋コンクリート造である場合に、構造部材としてのコンクリート造の柱に形成された空洞部に流体が充填されている様子を示した縦断面図、(b)は(a)の横断面図である。
【図3】構造物が鉄筋コンクリート造、もしくは鉄骨鉄筋コンクリート造である場合に、構造部材としてのコンクリート造のスラブに形成された空洞部に流体が充填されている様子を示した縦断面図である。
【図4】構造物が鉄骨造である場合に、デッキプレートとその上に打設されるコンクリートからなる構造部材としてのスラブに形成された空洞部に流体が充填されている様子を示した縦断面図である。
【図5】図3に示すようなスラブに形成した空洞部に流体を充填した鉄筋コンクリート造の構造物に作用する地震力(kN)と、図8に示すような空洞部の形成がない鉄筋コンクリート造の構造物に作用する地震力を階毎に示したグラフである。
【図6】(a)は構造部材としてのスラブと柱に空洞部を形成し、各階単位での流体の排出と流入の制御を行う場合の空洞部と、排出管及び流入管の位置関係を示した平面図、(b)は空洞部への流体の流入時の様子を示した(a)の縦断面図、(c)は空洞部からの流体の排出時の様子を示した(a)の縦断面図である。
【図7】(a)は構造部材としてのスラブと柱に空洞部を形成し、複数層単位での流体の排出と流入の制御を行う場合の空洞部と、排出管及び流入管の位置関係を示した平面図、(b)は空洞部への流体の流入時の様子を示した(a)の縦断面図である。
【図8】スラブを含めた構造部材全体が中実断面部材である従来の構造物を示した縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、図面を用いて本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0035】
図1は構造部材2と非構造部材を有する構造物において、構造部材2と非構造部材の少なくともいずれかに、外部に連通した空洞部3が形成され、この空洞部3に流動性を有する流体4が、空洞部3からの排出と空洞部3への流入が可能な状態に充填されている可変質量型制震構造物(以下、構造物)1の構成例を示している。
【0036】
構造部材2は前記の通り、柱、梁、耐力壁(耐震壁)、スラブ等、地震に対して抵抗力を発揮し得る部材であり、非構造部材は袖壁、垂れ壁、腰壁等の雑壁等、単独では地震に対する抵抗力を期待しない二次部材である。以下、構造部材2と非構造部材を併せて構造部材2等と言う。
【0037】
地震の発生は例えば図1に示すように構造物1の内部、もしくは外部に設置された地震計等、加速度センサその他の加速度や振動を検出するセンサを備えた地震検出装置5で直接、検出され、その検出信号が実線の矢印で示すように制御装置6に送信され、制御装置6から破線の矢印で示すように各空洞部3に個別に、あるいは全空洞部3に同時に流体4の排出指令(の信号)が発せられる。
【0038】
排出指令は具体的には空洞部3に接続される排出口31の、後述する排出制御弁31aに、または排出制御弁31aと、空洞部3に接続される流入口32の流入制御弁32aに開放指令として伝達される。地震波にはP波(初期微動)とS波(主要動)があるが、地震検出装置5で検出される地震波はこれらのいずれかの場合と双方の場合がある。P波とS波の双方を検出する場合は、到来(検出)に時刻差があるから、例えばP波の検出時に流入制御弁32aへの開放指令を送信(発信)し、S波の検出時に排出制御弁31aへの開放指令を送信(発信)する等、検出の時刻差を指令送信の時刻差として利用することができる。
【0039】
上記のように制御装置6からの排出指令が排出制御弁31aと同時に、空洞部3に接続された流入口32の流入制御弁32aにも伝達される場合には、排出制御弁31aの開放と同時に流入制御弁32aも開放するか、または時刻差が付いて排出制御弁31aと流入制御弁32aが開放することで、流体4に大気圧を作用させることができるため、流体4の排出時間を短縮することが可能になる。排出指令(の信号)は送信の度に排出制御弁31a、または排出制御弁31aと流入制御弁32aには弁の開放と閉鎖の指令が交互に繰り返されるため、弁の開放と閉鎖を制御する信号でもある。
【0040】
地震検出装置5の検出信号は例えば検出信号送信用配線を通じた有線で制御装置6に送信されるか、地震検出装置5に付属する送信機(発信機)から制御装置6に付属する受信機に無線で送信される。地震検出装置5が検出する検出信号には気象庁が発令する緊急地震速報も含まれる。
【0041】
構造部材2等の空洞部3には排出口31と流入口32が接続されるか、連続して形成され、空洞部3に充填されている流体4は地震時に、上記制御装置6からの排出指令を受けた排出制御弁31aが開放することにより、排出口31を通じて空洞部3から排出される。制御装置6からの排出指令も例えば排出指令信号送信用配線を通じた有線で送信される場合と、制御装置6に付属する送信機(発信機)から空洞部3(排出制御弁31a)に付属する受信機に無線で送信される場合がある。排出口31と流入口32は単なる孔(排出孔と流入孔)の場合もあり、その場合、排出口31と流入口32は空洞部3に連続して形成される。
【0042】
空洞部3に接続される、もしくは形成される排出口31には空洞部3内部に充填されている流体4の排出、もしくは排出量を制御する上記排出制御弁31aが接続され、流入口32には空洞部3から排出された流体4の流入、もしくは流入量を制御する流入制御弁32aが接続される。排出口31と流入口32は各空洞部3に形成、もしくは接続される場合と、図6、図7に示すように複数個の空洞部3単位で形成、もしくは接続される場合がある。後者の場合、複数個の空洞部3は構造部材2等の内部で互いに連通する。
【0043】
排出制御弁31aは制御装置6からの排出指令に基づいて開放し、空洞部3内の流体4を排出させる。流入制御弁32aは例えば地震の終息時、あるいは終息後、一定時間の経過時に制御装置6からの流入指令に基づいて排出先である排出用タンク7から、あるいは排出用タンク7とは別に設置された後述の流入用タンク8から流体4を流入させる。排出用タンク7は構造部材2等の空洞部3に接近した位置に配置される場合と、距離を置いた位置に配置される場合がある。距離を置いた位置に配置される場合、空洞部3と排出用タンク7は排出制御弁31aに、あるいは排出制御弁31aと流入制御弁32aに接続される流路9を通じて連通する。
【0044】
空洞部3に接続された排出口31から排出された流体4は基本的には一時的に貯留する排出用タンク7から流入口32を通じて復帰(流入)させられればよく、その場合には空洞部3には排出用タンク7のみが付属すればよい。
【0045】
但し、図2に示すように地震の終息後に空洞部3に流体4を流入させるための流入用タンク8を、排出用タンク7とは別に設置する場合には、排出用タンク7と流入用タンク8は独立した状態にある場合と、流路9によって互いに連通し、流体4が2種類のタンク7、8間を循環させられる場合がある。流体4が例えば水のような無害の固体、もしくは液体の場合には排出用タンク7を設置することなく、排水管を通じて構造物1の外部に排出し、回収しないこともある。
【0046】
各構造部材2等の空洞部3が独立している場合には、空洞部3毎に排出口31と流入口32が接続されるが、各空洞部3が互いに連通している場合には、少なくともいずれか1個の空洞部3に排出口31が接続され、少なくとも他のいずれか1個の空洞部3に流入口32が接続される。空洞部3は構造部材2等毎に独立する場合と、図2〜図4に示すように空洞部3の形成単位で独立する場合がある。排出口31には流体4を排出用タンク7にまで移動させるための排出管31bが接続され、流入口32には流体4を排出用タンク7から空洞部3に移動させるための流入管32bが接続される。
【0047】
図3は構造部材2としての鉄筋コンクリート造のスラブに空洞部3を形成し、この空洞部3に流体4を充填した本発明の具体例を示しているが、図3と対比されるべき、空洞部3を持たない従来の鉄筋コンクリート造のスラブを図8に示している。図4は構造部材2である柱と梁が鉄骨造であり、スラブがデッキプレートとその上に打設される鉄筋コンクリートからなる複合構造の場合の例を示している。
【0048】
図2〜図4に示すように空洞部3の外部(付近)に排出用タンク7が設置され、空洞部3に排出口31(排出管31b)と流入口32(流入管32b)が接続される場合、排出口31に排出制御弁31aが接続され、流入口32に流入制御弁32aが接続される。排出用タンク7に排出された流体4は地震の終息後に空洞部3内に復帰(流入)させられるから、流入口32(流入管32b)、もしくは流入制御弁32aには排出用タンク7内の流体4を空洞部3に戻すためのポンプ10が接続される。ポンプ10は空洞部3からの流体4の排出を促すために、排出口31(排出管31b)に接続されることもある。
【0049】
図3、図4に示すように流入用タンク8を兼ねる排出用タンク7が空洞部3より下に位置する場合には、排出口31に接続される排出管31bから流出する流体4は排出用タンク7に落下するから、排出管31bの端部は排出用タンク7の上端に位置していればよいが、流入口32に接続される流入管32bの端部は排出用タンク7内、あるいは流入用タンク8内の流体4を吸引するために、排出用タンク7の底に面する深さに位置にする。
【0050】
図2に示すように排出用タンク7を兼ねない流入用タンク8が空洞部3より上に位置する場合には、流体4の、流入用タンク8から空洞部3への流入は開放している流入制御弁32aを通じて自動的に行われるから、流入口32(流入管32b)にポンプ10を接続する必要はないが、流入用タンク8内の流体を空洞部3に流入させるために、流入管32bの端部は流入用タンク8の底に面する深さに配置される。
【0051】
図2は構造部材2等が柱の場合の例を示している。この場合、柱(構造部材2)の内部に空洞部3が形成され、原則として空洞部3の下端部に排出口31と流入口32が接続されるが、図示するように流入口32は空洞部3の上端部に接続されることもある。
【0052】
構造部材2等が鉄筋コンクリート造(鉄骨鉄筋コンクリート造を含む)、あるいはプレキャストコンクリートの場合、空洞部3はその形成位置に回収可能な、あるいは埋殺し可能な内型枠を配置し、その周囲に鉄筋2a、図2の場合は主筋とせん断補強筋を配筋し、その周囲に外型枠を配置し、内型枠と外型枠間にコンクリートを打設(充填)することにより形成される。空洞部3の形成方法は構造部材2等が梁、スラブ、壁の場合も同様である。
【0053】
図4は構造部材2であるスラブがデッキプレートとその上に打設される鉄筋コンクリート造の床版、あるいは敷設されるプレキャストコンクリートの床版である場合の例を示す。この場合、空洞部3はデッキプレートの上に例えば平坦な版を敷設することによりデッキプレートと版との間に形成される。平坦な版の敷設によりその上へのコンクリートの打設に拘らず、空洞部3の空間は維持される。
【0054】
図6は構造部材2としてのスラブに複数個の空洞部3を形成し、そのスラブを包囲する四隅の、構造部材2としての柱にも空洞部3を形成した場合に、(b)に示すように各柱の空洞部3の上端部に流入口32と流入管32bを接続すると共に、下端部に排出口31と排出管31bを接続し、各階単位での流体4の排出と流入の制御を行う方式例を示している。
【0055】
スラブ内における複数個の空洞部3の配列、及び柱内における空洞部3の配置、すなわち柱内にも複数個の空洞部3を形成するか、単一の空洞部3を形成するかは任意であり、複数個の空洞部3を形成する場合の配列状態も任意である。図6の場合、スラブ内の隣接する空洞部3、3は流路9によって互いに連通し、スラブ内の端部、すなわち図示する場合の短スパン方向の梁寄りに位置する空洞部3は柱の空洞部3に連通する。
【0056】
図6は排出口31の排出制御弁31aと流入口32の流入制御弁32aの開閉を連動させ、例えば空洞部3内に充填されている流体4排出時である排出制御弁31aの開放時に、流入制御弁32aも開放させる場合の例を示している。
【0057】
具体的には図6−(b)、(c)は排出口31の排出制御弁31aと流入口32の流入制御弁32aに、制御装置6から同時に排出指令の信号が送信され、地震検出に連動して少なくともいずれか1箇所(1個)の排出制御弁31aと少なくともいずれか1箇所(1個)の流入制御弁32aが同時に開放し、また閉鎖する場合の例を示している。流入制御弁32aの開放時には流入制御弁32aから流路9内に空気が入り込み、空気が流体4に大気圧を作用させ、排出制御弁31aからの排出を促す働きをする。
【0058】
但し、排出制御弁31aと流入制御弁32aの開閉は必ずしも地震検出に連動する必要はなく、僅かな時間差を持ってそれぞれを開閉させることも可能であり、排出制御弁31aと流入制御弁32aのいずれかの開閉を上記したP波の検出に連動させ、他の開閉をS波の検出に連動させることも可能である。
【0059】
柱の上端部に接続された流入制御弁32aは図6−(b)に示すように流体4を空洞部3に直接、流入させるために利用される他、上記のように他の流入制御弁32aからの流体4流入時に空洞部3と流路9内に存在している空気を排出させるためにも利用される。柱の下端部に接続された排出制御弁31aは図6−(c)に示すように空洞部3内に充填されている流体4の排出時に排出のために利用される他、排出用タンク7への排出後の流体4の流入(復帰)のためにも利用される。
【0060】
図6では(b)に示すように空洞部3への流体4の流入時に、スラブを挟んで両側に位置する柱の下端部における全排出制御弁31aを閉鎖させたまま、上端部における流入制御弁32a、32aを開放させ、少なくともいずれか1箇所の流入制御弁31aから流体4を流入させている。また(c)に示すように空洞部3からの排出時に、全流入制御弁32aと全排出制御弁31aを開放させ、排出制御弁31aからの流体4の排出を、流入制御弁32aから流路9内に取り込まれる空気(大気圧)によって促進させている。流体4の排出時には必ずしも全排出制御弁31aを開放させる必要はない。
【0061】
図6−(b)に示すように流体4をいずれかの、柱における空洞部3の上端部に位置する少なくともいずれか1箇所の流入制御弁32aから空洞部3内に流入させる場合、流体4の流入時には柱の空洞部3の下端部に位置する全排出制御弁31aを閉鎖状態に維持することが必要になり、その際、流体4の流入を促すために、他の少なくともいずれか1箇所の流入制御弁32aからは空気を排出(排気)することが合理的である。流体4流入時に空洞部3内の空気を排出させる上では、少なくともいずれか1箇所の流入制御弁32aが開放していればよく、それ以外の少なくともいずれか1箇所の流入制御弁32aから流体4を流入させればよい。
【0062】
流体4が全空洞部3内に完全に充填されたことは、空気が排出されるいずれかの流入制御弁32aから流体4が排出されることで確認される。この関係で、空気が排出される流入制御弁32aの外側には排出用タンク7を設置しておくことが必要になるか、その流入制御弁32aに、例えば排出制御弁31aの外部に設置されている排出用タンク7に排出された流体4を導くための流路9を接続することが必要になる。
【0063】
スラブと柱の空洞部3には少なくともいずれか1箇所の排出制御弁31aを通じても流体4を流入させることができるため、柱の空洞部3上端部の、少なくともいずれか1箇所の流入制御弁32aを開放状態にしたまま、あるいは全流入制御弁32aを開放状態にしたまま、柱の空洞部3下端部のいずれかの、または全排出制御弁31aから流体4を空洞部3に流入させることもある。
【0064】
空洞部3からの流体4排出時には図6−(c)に示すように少なくともいずれか1箇所の排出制御弁31aを開放させた状態で、あるいは開放させると同時に、少なくともいずれか1箇所の流入制御弁32aを開放させ、空気を取り込むことで、流体4の排出が行われる。「開放させた状態で」とは、時間差を持って開放させることを意味する。
【0065】
図7は複数層、具体的には2層分のスラブ内の空洞部3と柱内の空洞部3を流路9によって連通させ、これら複数層のスラブと柱に充填される流体4に対する排出と流入の制御を行う方式例を示している。平面図は(a)に示すように図6の場合と同様になる。
【0066】
図7では複数層に亘る空洞部3内の流体4の排出と流入を制御することから、複数層の柱内には図7−(b)に示すように1個の連続した空洞部3が形成されるか、複数個の空洞部3が形成される。後者の場合には複数個の空洞部3が流路9によって互いに連通させられる。各層のスラブ内の空洞部3は各層の柱の空洞部3に連通する。
【0067】
図7−(b)は全排出制御弁31aを閉鎖させると共に、全流入制御弁32aを開放させた状態で、少なくともいずれか1箇所の流入制御弁32aから流体4を空洞部3内に流入させているときの様子を示している。流体4が流入する流入制御弁32a以外の流入制御弁32aからは空気は排出される。流体4排出時の様子は図6−(c)と同様になる。
【0068】
図7のように複数層に亘る空洞部3内に流体4を充填する場合には、流体4を流入させる流入制御弁32aに、あるいは流入管32bに流体4に圧力を与えながら流入させるための加圧装置、もしくはポンプ10を接続しておくことが必要になることもある。
【符号の説明】
【0069】
1……可変質量型制震構造物(構造物)、2……構造部材、2a……鉄筋、
3……空洞部、
31……排出口、31a……排出制御弁、31b……排出管、
32……流入口、32a……流入制御弁、32b……流入管、
4……流体、
5……地震検出装置、6……制御装置、
7……排出用タンク、8……流入用タンク、9……流路、10……ポンプ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造部材と非構造部材を有する構造物において、
前記構造部材と前記非構造部材の少なくともいずれかに、外部に連通した空洞部が形成され、この空洞部に流動性を有する流体が、前記空洞部からの排出と前記空洞部への流入が可能な状態に充填されていることを特徴とする可変質量型制震構造物。
【請求項2】
前記空洞部に排出口と流入口が接続、もしくは形成され、前記空洞部に充填されている流体は地震時に前記排出口を通じて前記空洞部から排出されることを特徴とする請求項1に記載の可変質量型制震構造物。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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