説明

可撓性中空針

【課題】生体適合性に優れ、しなやかで折れることがなく(可撓性)、かつ刺通方向(長さ方向)に剛性を有する、外径がマイクロメートルオーダーの中空針(無痛針)を提供する。
【解決手段】毛からなる中空針。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛からなり、外径及び内径がマイクロメートルオーダーの可撓性中空針(無痛針)に関する。
【背景技術】
【0002】
21世紀は脳科学の時代だと言われている。20世紀の自然科学は自然を知ることを目指し、21世紀はその標的を自分自身、人間の人間たる所以の根元である脳に向けつつある。人間は、地球上の生物の中において脳が著しく発達した特異な存在であり、脳を知ることは人間を理解することに繋がる。脳の研究によって得られる知見・技術は、1)難治性の神経・精神疾患の病因解明・治療・予防法の開発など医療の向上、2)新たな原理による情報処理システムの開発、ロボットの開発やコンピュータの開発など情報社会の発展、3)育児・教育への適切な助言や社会生活でのストレスヘの対処法を導くなど社会生活の質の向上に多大な貢献をもたらすものと期待されている。
【0003】
脳は、数百億個にものぼる数多くの神経細胞(ニューロン)から構成される巨大な情報処理器官であり、その複雑なネットワークによって、認知、記憶、思考、言語、感情、意志など人間にとって最も重要な高次精神機能を司っている。神経細胞は、電気信号を発して情報をやりとりする特殊な細胞で、その数は大脳で数百億個、小脳で千億個、脳全体では千数百億個にもなる。一つの神経細胞からは、長い軸索と、木の枝のように複雑に分岐した短い樹状突起が伸びている。これらの突起は、別の神経細胞とつながり合い、複雑なネットワーク(神経回路網)を形成している。神経細胞は、細胞体と軸索と樹状突起で一つの単位として考え、ニューロン(神経単位)とも呼ばれる。細胞体の大きさは、大きいものでは10分の1mm以上あるが、小さなものではわずか200分の1mmしかない。大脳では1立方mmに10万個もの神経細胞が詰まっている。そして脳全体の神経細胞から出ている軸索や樹状突起をすべてつなげると、100万kmもの長さになる。この複雑で巨大な神経細胞のネットワークを電気信号が駆け巡り、高度な機能が生まれてくる。この脳の情報処理活動は小さな脳細胞から生ずる1000分の1秒という速さの電気的及び化学的シグナルによって行われている。
この複雑なシグナル伝達に関して、個々の脳細胞における膜電位の変化や細胞内伝達物質の濃度変化などを取り扱う神経生理学的研究は不可欠である。
【0004】
また、覚醒下の実験動物にさまざまな課題を遂行させ、その際の神経活動を記録・解析するという慢性実験は、神経回路が実際にどのように働いているかを解明する上で強力な手段である。また、さまざまな脳領域に刺激電極を留置しておくことにより、従来の急性実験と同様に電気生理学的に神経回路を解析することも可能である。
【0005】
現在、このような神経生理学的研究(脳機能探査)には、外径1mmのガラスキャピラリーを加熱引張して作製した、先端外径が20〜40μm、内径が10〜30μm、テーパ部分が1.5〜2.0cm程度のマイクロガラスキャピラリーが用いられている。このマイクロガラスキャピラリーにより、細胞の活動電位測定や薬物投与が行なわれている。
しかし、このマイクロキャピラリーはガラス製であるため折れるおそれがあり、脳内に埋め込んだ状態で慢性実験(実験動物が目覚めた状態で行う実験)を行うことは困難であった。
【0006】
また、脳内への薬物投与や脳脊髄液の抜き取りに用いられるマイクロカテーテルが特許文献1〜3に記載されている。これらはポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などの高分子材料からなる。
【0007】
一方、針の刺通時に痛みをほとんど感じさせない採血用の無痛針が開発されている(例えば特許文献4〜6参照)。この無痛針は、細い外径を有するために針の刺通時の抵抗が小さく痛みをほとんど感じさせずに刺通することができ、例えば外径100μm以下、内径20μm以上のものが使用されている。これらの無痛針のほとんどはステンレス等の金属製である。
【0008】
【特許文献1】特開平7−148264号公報
【特許文献2】特開平8−98890号公報
【特許文献3】特開平10−276993号公報
【特許文献4】特開2004−109099号公報
【特許文献5】特開2003−136142号公報
【特許文献6】特開2004−492号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、生体適合性に優れ、しなやかで折れることがなく(可撓性)、かつ刺通方向(長さ方向)に剛性を有する、外径がマイクロメートルオーダーの中空針(無痛針)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ヒトの毛髪の外径は、個人差はあるが約70〜120μmであることが知られている。そこで、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、ヒトの毛髪を加工して中空とし先端を鋭角とすると、刺通方向(毛髪の長さ方向)に剛性を有して刺し通すことができ、ヒトの毛髪を針として用いることができることを見出した。本発明はこのような知見に基づきなされるに至ったものである。
【0011】
すなわち、本発明は、
(1)毛からなることを特徴とする中空針、
(2)毛がヒトの毛髪であることを特徴とする(1)項に記載の中空針、
(3)外径が30〜100μm、内径が5〜50μmであることを特徴とする(1)又は(2)項に記載の中空針、および
(4)中空針の先端が鋭角であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載の中空針
を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の中空針は、外径がマイクロメートルオーダーの細い針であるため無痛であり、生体材料である毛からなるため生体適合性に優れる。また、本発明の中空針は腰があり刺通方向(長さ方向)に剛性を有するため問題なく刺通することができる一方、フレキシブルかつしなやかであるため折れる心配がない。さらに、本発明の中空針は使用後に焼却することができるため、廃棄処理の問題がない。
また、本発明の中空針は、マイクロマニプレータにより目的の脳部位にガイドなしで挿入できる。また、その特徴故に基礎研究分野に留まらず、臨床分野においてもこれまで治療が困難であった特定脳部位への限局的薬剤投与など、その応用範囲は広い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の中空針は毛からなる。毛はヒトの毛髪に限定されず体毛を含み、また、人毛に限定されない。例えば哺乳動物の剛毛を用いることもできる。本発明においてはヒトの毛髪を用いることが好ましい。本発明の中空針は生体材料である毛からなるため生体適合性に優れる。
【0014】
毛は、中心部に存在するメデュラ(毛髄質)、その周りに存在するコルテックス(皮質)、最外層のキューティクル(毛表皮)の3つの層からなる。
メデュラはやわらかなタンパク質と脂質が主成分であり、団子状に積み重なった構成をしている。コルテックスは毛の85〜90%を占め、縦長の繊維状のタンパク質が主成分であり糸を編んだような構造をしている。キューティクルはかたいタンパク質が主成分であり、半透明のうろこ状のものが平たく4〜10枚重なった鎧のような構造をしており内部を守る働きをしている。
したがって、中心にあるやわらかなメデュラ部分を空孔としても毛のかたさにはほとんど影響がなく、本発明の中空針のかたさは材料として用いた毛とほぼ同じである。
【0015】
本発明の中空針の外径は、好ましくは30〜120μm、より好ましくは30〜100μm、さらに好ましくは30〜40μmである。また、本発明の中空針の内径は、好ましくは5〜50μm、より好ましくは15〜30μmである。本発明の中空針はマイクロメートルオーダーの細い外径を有するため、針を突き刺す時の抵抗が小さく、痛みをほとんど感じさせずに突き刺すことができる。
【0016】
本発明の中空針の先端の角度は突き刺しやすさと針の先端の強度とを考慮して適宜決定されるが、鋭角であることが好ましい。具体的には、20〜90°が好ましく、30〜60°がより好ましい。
【0017】
本発明の中空針は、刺通方向(毛の長さ方向)に剛性を有するため問題なく刺通することができる。
本発明の中空針のかたさは、針の用途として機能すれば特に限定されないが、筋肉、脂肪、皮膚、脳皮質などに刺して突き進める程度(目安として例えば鶏のもも肉に刺して突き進める程度)であることが好ましい。かたさの測定は、例えば毛髪一本曲げテスター(KES-FB2-SH、商品名、カトーテック社製)等により行うことができる。
また、本発明の中空針はしなやかであり、折れることがないので自在に曲げることができる。
【0018】
ヒトの毛髪を例に挙げて、本発明の可撓性中空針の製造方法について説明する。
本発明の中空針は、毛髪に空孔をあけること及び毛髪を適当な角度に切断することで製造することができる。穴あけ工程と切断工程の順序は特に限定されない。
【0019】
空孔は任意の方法で作製することができる。例えば、レーザにより作製することができ、ピコ秒またはフェムト秒レーザを用いることで内径50μmの空孔を作製することができる。また、メデュラ、コルテックス及びキューティクルの構造の違いを利用して、毛髪の中心部に存在するメデュラのみを溶媒により溶解して空孔を作製することもできる。
【0020】
溶媒としては、例えばアルコール水溶液や、クロロホルムやアセトン等の有機溶媒とアルコールとの混合液などを用いることができる。25%以上(好ましくは50%以上)のメタノール水溶液やメタノール:クロロホルム=1:1の溶液などが好ましい。ただし、高濃度のアルコール溶液(例えば90%のメタノール溶液)を用いると、メデュラのみならずその外側のコルテックスや最外層のキューティクルまで溶解して脆くなるおそれがある。
【0021】
毛髪の切断は、突き刺すために針の先端を尖らせることができれば手段は限定されない。カッターを用いて切断してもよく、レーザを用いて切断してもよい。毛髪は例えばスライドガラス上にテープで固定してから切断してもよい。レーザを用いて切断する場合は、レーザの衝撃で切り始めがバラけるのを防ぐために、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)チューブに入れて毛髪を固定して切断してもよい。
【0022】
本発明の可撓性中空針(無痛針)は脳機能探査用に用いることができる。また、採血等にも用いることができ、その応用範囲は広い。
【0023】
以下、本発明を実施例に基づき更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
ヒトの毛髪(外径75μm)を、PTFEチューブ(内径0.3mm×外径0.76mm)に入れた状態でスライドガラス上にテープで固定し、第四高調波YAGレーザ(Brilliant、商品名、Quantel社製;波長266nm、パルス幅4.3nsec、繰り返し10Hz)を用いて斜めに切断した。加工条件は、焦点距離f=38mm、出力38〜40mW、送り速度25μm/secとし、先端の角度は、10°、30°または45°とした。顕微鏡を用いて目視したところ、いずれも熱で縮れることなく、設定した切断角度できれいに切断することができた。
切断した毛髪をメタノール25%水溶液に3時間つけて、毛髪のメデュラを溶解させて中空針(内径約15μm)を作製した。顕微鏡を用いて目視したところ毛髪の中心部が白く変化しており、メデュラが溶解して中空となっていることがわかった。
作製した中空針を、鶏のもも肉に突き刺してみたところ、問題なく突き刺すことができ、折れや変形もなく、抜いた針には付着物もなかった。
【実施例2】
【0025】
ヒトの毛髪(外径75μm)をカッターにより先端の角度を30°として斜めに切断したこと以外は実施例1と同様にして中空針を作製した。作製した中空針を実施例1と同様にして鶏のもも肉に突き刺してみたところ、問題なく突き刺すことができ、折れや変形もなく、抜いた針には付着物もなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛からなることを特徴とする中空針。
【請求項2】
毛がヒトの毛髪であることを特徴とする請求項1記載の中空針。
【請求項3】
外径が30〜100μm、内径が5〜50μmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の中空針。
【請求項4】
中空針の先端が鋭角であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の中空針。

【公開番号】特開2006−204540(P2006−204540A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−20413(P2005−20413)
【出願日】平成17年1月27日(2005.1.27)
【出願人】(501061319)学校法人 東洋大学 (68)
【Fターム(参考)】