説明

吐出用液体及び生体試料の吐出方法

【課題】生体分子の生理活性を低下させずに、微細な吐出口からの安定した吐出を行うことが可能な、生体試料を含む吐出用液体を得る。
【解決手段】本発明に係る吐出用液体は、生体試料と、式(1)で表される第1の化合物の少なくとも1種と、を含み、式(1)において、m≧8、かつ8≦n≦18であることを特徴とする。
【化1】


(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料を含む吐出用液体及び生体試料の吐出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血液中に含まれる数十項目の生体分子について検査をするためには、現状では数十ccの血液が必要である。このため、検査に必要な血液量を大幅に減らす検出技術が必要とされている。
【0003】
微量の液体を正確にかつ効率良く分注する方法として、インクジェット技術の利用が考えられる。例えば、特許文献1には、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含有した溶液を熱エネルギーを利用するインクジェット方式により吐出する例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−137967号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
血液などの生体試料には、例えば蛋白質のようにインクジェットヘッドの吐出口付近や流路の表面に非特異的に吸着しやすい分子が多く含まれている。このため、これらの分子が付着することにより吐出口や流路を詰まらせてしまい、安定した吐出ができなくなる場合がある。また、吐出された生体試料に対して生化学検査を施すため、含まれる生体分子の生理活性を維持する必要もある。しかし、特許文献1には、このような課題の具体的な解決方法については記載されていない。
【0006】
そこで、本発明は、生体分子の生理活性を低下させずに、微細な吐出口からの安定した吐出を行うことが可能な、生体試料を含む吐出用液体を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る吐出用液体は、生体試料と、式(1)で表される第1の化合物の少なくとも1種と、を含み、式(1)において、m≧8、かつ8≦n≦18であることを特徴とする。
【化1】

(1)
これにより、生体試料中に含まれる蛋白質等の分子がインクジェットヘッドの吐出口付近や流路の表面に付着して吐出口や流路を詰まらせることを防止でき、安定した吐出を行うことができる。また、生体試料にこれらの化合物を添加しても、生体試料に含まれる生体分子の生理活性を低下させることなく、高い生化学反応の再現性を得られる。
【0008】
第1の化合物は、生体試料の1重量%以上含まれることが望ましい。
これにより、吐出用液体をインクジェットヘッドに充填してからの経過時間が長くなっても、十分な吐出の安定性が得られる。
【0009】
また、式(1)において、m≧12かつn=12であることが望ましい。
これにより、吐出用液体をインクジェットヘッドに充填してからの経過時間が長くなっても、十分な吐出の安定性が得られる。
【0010】
本発明に係る吐出用液体は、生体試料と、式(2)で表される第2の化合物の少なくとも1種と、を含み、式(2)において、m≧10、かつ4≦n≦10であることを特徴とする。
【化2】

(2)
これにより、生体試料中に含まれる蛋白質等の分子がインクジェットヘッドの吐出口付近や流路の表面に付着して吐出口や流路を詰まらせることを防止でき、安定した吐出を行うことができる。また、生体試料にこれらの化合物を添加しても、生体試料に含まれる生体分子の生理活性を低下させることなく、高い生化学反応の再現性を得られる。
【0011】
第2の化合物は、生体試料の1重量%以上含まれることが望ましい。
これにより、インクジェットヘッドからの吐出安定性が十分に得られる。
【0012】
また、式(2)において、m≧12かつn=6であることが望ましい。
これにより、インクジェットヘッドからの吐出安定性が十分に得られる。
【0013】
生体試料は、血清を含むことが望ましい。
これにより、検査に必要な血液採取量を大幅に減らすことができる。
【0014】
本発明に係る生体試料の吐出方法は、生体試料に、式(1)で表される第1の化合物の少なくとも1種を添加し、インクジェット法を用いて吐出するものである。
【化3】

(1)
(式(1)において、m≧8、かつ8≦n≦18である。)
これにより、生体試料中に含まれる蛋白質等の分子がインクジェットヘッドの吐出口付近や流路の表面に付着して吐出口や流路を詰まらせることを防止でき、安定した吐出を行うことができる。また、生体試料にこれらの化合物を添加しても、生体試料に含まれる生体分子の生理活性を低下させることなく、高い生化学反応の再現性を得られる。
【0015】
本発明に係る生体試料の吐出方法は、生体試料に、式(2)で表される第2の化合物の少なくとも1種を添加し、インクジェット法を用いて吐出するものである。
【化4】

(2)
(式(2)において、m≧10、かつ4≦n≦10である。)
これにより、生体試料中に含まれる蛋白質等の分子がインクジェットヘッドの吐出口付近や流路の表面に付着して吐出口や流路を詰まらせることを防止でき、安定した吐出を行うことができる。また、生体試料にこれらの化合物を添加しても、生体試料に含まれる生体分子の生理活性を低下させることなく、高い生化学反応の再現性を得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態による吐出用液体について、吐出安定性の時間経過による変化を評価した結果を示す表である。
【図2】本発明の実施の形態による吐出用液体について、吐出口から吐出用液体が吐出される瞬間を撮影したものである。
【図3】本発明の実施の形態による吐出用液体に含まれる血清蛋白質分子の生化学反応活性の測定結果示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の実施の形態による吐出用液体は、生体試料に化合物を添加することにより得られる。添加する化合物は、以下の式(1)で表される第1の化合物、または式(2)で表される第2の化合物である。第1、第2の化合物は、エチレングリコール鎖を含む直鎖アルキル界面活性剤である。
【化5】

(1)
【化6】

(2)
【0018】
生体試料とは血液、血清等である。ここでは、ヒト血清サンプルCRPII(ヒト血清中にC反応性たんぱく質を一定濃度になるように添加したもの。)を用いる。
【0019】
第1の化合物は、エチレングリコール鎖(鎖長m)とアルキル鎖(鎖長n)を含む界面活性分子である。ここで、m≧8、かつ8≦n≦18である。
【0020】
第2の化合物は、エチレングリコール鎖(鎖長m)とアルキル鎖(鎖長n)を含む界面活性分子である。ここで、m≧10、かつ4≦n≦10である。
【0021】
表1に、第1及び第2の化合物の例を示す。
【表1】

第1の化合物のうち、PEG36の合成方法の例を示す。
1)ジベンジル−PEG36の合成
式(3)に示すように、ジメシレートPEG12(7)と、モノベンジルPEG12(8)とを塩基存在下(pH=12)で反応させて、ジベンジル−PEG36(9)を合成する。
【化7】

(3)
【0022】
2)モノベンジル−PEG36の合成
式(4)に示すように、ジベンジル−PEG36(9)をパラジウム−カーボン触媒による水素化還元反応によって開裂させ、さらにメタノール溶媒中で熱還流させる。HPLC(High performance liquid chromatography)等にてジベンジル−PEG36が完全に反応混合液から消失したことを確認したら、反応物をカラムクロマトグラフィーにより精製分離し、モノベンジル−PEG36(10)を得る。
【化8】

(4)
【0023】
3)ベンジル−PEG36−ドデカンとPEG36−ドデシルエーテルの合成(式(5))
トリフルオロトルエン(TFT)中にモノベンジル−PEG36(10)を溶解し、臭化ドデシル(ドデシルブロマイド)とtert-ブトキシカリウム(tert-BuOK)を溶かし、還流させる。反応終結後、抽出精製して、ベンジル−PEG36−ドデカン(12)を得る。
その後、ベンジル−PEG36−ドデカン(12)をメタノール中に溶かし、再度パラジウム−カーボン触媒による水素化還元反応によって開裂反応行う。反応終了後、反応物をカラムクロマトグラフィーにより抽出精製して、白色粉末様のPEG36−ドデシルエーテル(13)を得る。
【化9】

(5)
【0024】
次に、吐出用液体の製造方法について説明する。ここでは、生体試料として血清を用いる場合を例に説明する。
最初に、検査対象となる人から採取した血液を遠心分離機にかけて、上澄みの血清液を分離する。
【0025】
次に、分離された血清液10mlに、上記の第1の化合物または第2の化合物を添加し、できるだけ振とうせずに血清中に溶解させる。添加する量は、血清液の1重量%以上が望ましい。溶解は室温で行う。または、35度に暖めた水中に容器を浸漬させて、軽く動かしながら溶かすようにしてもよい。これにより、溶解速度を上げることができる。
溶解後、析出沈降した不溶分を除き、溶解液を5℃にて半日間保存する。
【0026】
次に、本発明による吐出用液体について、吐出用液体をインクジェットヘッドに充填してから吐出を行うまでの経過時間を変化させ、吐出の安定性がどのように変化するかを評価した結果を図1に示す。
【0027】
図1は、添加する化合物の種類と量(重量%)、及び吐出までの経過時間を変化させたときの、吐出安定性を評価した結果を示す表である。図1の表は、12個のノズルのうち、何個のノズルから安定した吐出がされたかを表している。例えば、12個中、10個のノズルから安定して吐出されている場合は、(10/12)と表される。
【0028】
血清には、蛋白質のようにインクジェットヘッドの吐出口付近や流路の表面に非特異的に吸着しやすい分子が多く含まれているため、これらの分子が付着することにより吐出口や流路を詰まらせてしまうことがある。また、時間の経過によって血清液は乾燥、凝固することも吐出口や流路を詰まらせる原因となる。
【0029】
添加した化合物の中で、P200、P400、P11000(全て入手先は日本油脂)は、平均分子量がそれぞれ200、400、11000のポリエチレングリコールである。これらのポリエチレングリコールには、血清液の乾燥を防止する働きがある。
【0030】
図1に示すように、これらP200、P400、P11000を添加した場合、溶解直後は12/12の結果が得られているが、5秒後には、3/12〜0/12まで落ちている。このように、ポリエチレングリコールを添加しただけでは吐出性は安定しないことが分かる。
【0031】
第1の化合物(PEG12,PEG24,PEG36,P1777)及び第2の化合物(PEG−B−24)について見てみると、分子中に含まれる親水性エチレングリコール鎖長の長い化合物(mの大きい化合物)の方が、経過時間が長くなっても吐出の安定性が高く保たれていることが分かる。また、添加する量について見てみると、1重量%以上でも効果があるが、3重量%以上添加すると高い安定性が得られることが分かる。
【0032】
図2は、吐出口から吐出用液体が吐出される瞬間を撮影したものである。図2は、血清に3重量%のPEG36を添加したもの、3重量%のPEG24を添加したもの、血清のみのものの3種類の液体について、吐出用液体をインクジェットヘッドに充填してから60秒後に吐出させたときの状態を、それぞれ4または5サンプル分示している。図に示すように、それぞれの写真には、12個のノズルから吐出された液体が写っており、血清のみの液体では、吐出された液体の軌跡が曲がっているものが多く見られる。これは、吐出口付近や流路の表面に、血清中の蛋白質などの分子が非特異的に吸着することにより、液滴の吐出方向が変化したためである。このように、液滴の飛行曲がりが発生すると、吐出される液体の量を正確に制御できなくなるため、吐出用液体の正確な分注ができなくなる。
【0033】
一方、血清に3重量%のPEG36を添加したもの、及び3重量%のPEG24を添加したものについては、蛋白質などの分子の非特異的な固着が防止できるため、液滴の飛行曲がりが発生せず、スムーズで安定した吐出が可能となる。このため、吐出用液体の正確な分注も可能となる。
【0034】
次に、本発明による吐出用液体について、含まれる生体分子の生理活性がどのように変化するかを評価した結果を図3に示す。
【0035】
図3は、様々な血清蛋白質分子の生化学反応活性の測定結果示す表である。図3の表は、血清のみの生理活性を測定した標準値からのずれ(%)を、血清にそれぞれPEG12、PEG24、PEG36、P1777、SF1、SF2、SF3を溶解したものについて示している。±5%以上の違いが出た項目は太字で示している。PEG36については、濃度を1重量%〜4重量%まで変化させて測定した。PEG12、PEG24、及びP1777は濃度を3重量%とした。PEG12、PEG24、及びP1777については、溶解液をそのまま測定した結果(溶解)とインクジェットヘッドで吐出した液体を測定したものの結果(ヘッド分注)を示している。なお、SF1、SF2、SF3と、1重量%及び2重量%のPEG36については、吐出性が安定せず、インクジェットヘッドによる分注が出来なかった。
【0036】
SF1、SF2(入手先はPolypure)は、以下の式(6)で示される化合物である。式(6)において、SF1はn=12、SF2はn=24である。
【化10】

(6)
【0037】
SF3(入手先は東京化成工業)は、以下の式(7)で示される化合物である。式(7)においてn=12である。
【化11】

(7)
【0038】
図3に示すように、PEG12、PEG24、PEG36、及びP1777については、分子中に含まれる親水性エチレングリコール鎖長の長い化合物(mの大きい化合物)の方が、血清中の蛋白質の生理活性の保持に効果があることが分かる。特に、PEG36を3重量%以上添加すると、ALT、CRP等の一部の蛋白質を除いて、高い生化学反応の再現性が見られた。
【0039】
以上説明したように、本実施形態による吐出用液体は、血清等に、式(1)で表される第1の化合物または式(2)で表される第2の化合物を1重量%以上添加したことにより、血清中に含まれる蛋白質がインクジェットヘッドの吐出口付近や流路の表面に付着して吐出口や流路を詰まらせることを防止でき、安定した吐出を行うことができる。
【0040】
また、血清にこれらの化合物を添加しても、血清に含まれる生体分子の生理活性を低下させることなく、一部の蛋白質を除いては、高い生化学反応の再現性を得られる。
【0041】
また、第1の化合物及び第2の化合物の分子中に含まれる親水性エチレングリコール鎖長が長い(mが大きい)ものほど、経過時間が長くなっても吐出の安定性が高く保たれる。また、添加する量は、1重量%以上でも効果があるが、3重量%以上添加すると高い安定性が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料と、
式(1)で表される第1の化合物の少なくとも1種と、を含み、
前記式(1)において、m≧8、かつ8≦n≦18であることを特徴とする吐出用液体。
【化1】

(1)
【請求項2】
前記第1の化合物は、前記生体試料の1重量%以上含まれることを特徴とする請求項1に記載の吐出用液体。
【請求項3】
前記式(1)において、m≧12かつn=12であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の吐出用液体。
【請求項4】
生体試料と、
式(2)で表される第2の化合物の少なくとも1種と、を含み、
前記式(2)において、m≧10、かつ4≦n≦10であることを特徴とする吐出用液体。
【化2】

(2)
【請求項5】
前記第2の化合物は、前記生体試料の1重量%以上含まれることを特徴とする請求項4に記載の吐出用液体。
【請求項6】
前記式(2)において、m≧12かつn=6であることを特徴とする請求項4または請求項5に記載の吐出用液体。
【請求項7】
前記生体試料は、血清を含むことを特徴とする請求項1から請求項6のいずれかに記載の吐出用液体。
【請求項8】
生体試料に、式(1)で表される第1の化合物の少なくとも1種を添加し、インクジェット法を用いて吐出する、生体試料の吐出方法。
【化3】

(1)
(式(1)において、m≧8、かつ8≦n≦18である。)
【請求項9】
生体試料に、式(2)で表される第2の化合物の少なくとも1種を添加し、インクジェット法を用いて吐出する、生体試料の吐出方法。
【化4】

(2)
(式(2)において、m≧10、かつ4≦n≦10である。)

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−7723(P2011−7723A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−153504(P2009−153504)
【出願日】平成21年6月29日(2009.6.29)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】