説明

向精神作用を有する物質の評価方法

【課題】精神疾患の分類に囚われず、簡便かつ再現性の良い評価方法を提供する。
【解決手段】物質が投与された被験動物を持続的に保定し、その状態下における血糖値を経時的に測定する工程を、前記保定を行う前の実験条件を変更して2回以上実施し、該物質が前記保定により誘発される血糖上昇反応に与える影響から、その向精神作用を評価することを特徴とする評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、向精神作用を有する物質の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現代社会に生活している人類は、好むと好まざるとに係わらず、不可避的に精神的あるいは物理的な種々のストレスに暴露されざるを得ない状況にあり、かつ社会構造の変化や文化的変容などによりその機会も増加している。このような少なからぬストレス暴露を受ける社会環境下にあることから、心身症や不安、うつ状態、不眠など、種々の神経障害や精神疾患に罹患する人が増えてきている。たとえば米国立衛生研究所の調査によれば、18歳以上の米国人の約20%が精神疾患に苦しむと推定されている(非特許文献1)。
精神疾患(精神障害)とは、脳の機能的及び器質的障害によって惹き起こされる疾患を言い、これまで、様々な分類がなされている(非特許文献2〜3参照)。たとえば非特許文献2では、「通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害」、「せん妄、認知症、健忘性障害、および他の認知障害」、「一般身体疾患による精神障害」、「物質関連障害」、「統合失調症および他の精神病性障害」、「気分障害」、「不安障害」、「摂食障害」、「睡眠障害」、その他、十数種類の診断カテゴリーに分類されている。
【0003】
これらのうち、「通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害」には、自閉性障害や注意欠陥多動性障害等が含まれている。
自閉性障害は、対人的相互作用と意思伝達技能の質的障害及び限定的な行動様式が特徴の疾患である。痙攣性障害と精神遅滞が高率に見られるが、一部の患児に、並外れた認知機能や視覚運動能力を有することがある。
自閉性障害の治療には、行動療法的な手法を組み合わせた治療教育が有効であるとされている。薬物療法としては、抗精神病薬、取り分けクロザピン等のセロトニン−ドパミン受容体拮抗薬が用いられている。
【0004】
注意欠陥多動性障害は、注意力の障害と多動及び衝動性を特徴とする行動の障害である。この障害は、注意障害、活動性障害、および衝動性異常の3症状を伴うことを特徴としており、自閉症等の広汎性発達障害や躁鬱病、不安障害とは区別されている。注意欠陥多動性障害は、米国において全児童の約5%が罹患していると報告されている。この疾患は、6歳以前の小児に発症し、病態としての多動そのものは年齢と共に落ち着く傾向がある。しかしながら、反抗挑戦性障害などに発展したり、子供時代だけでなく、成人になっても継続することが明らかにされている。従って、早期に十分な治療を行う必要がある。注意欠陥多動性障害の原因については、外傷や疾病、胎児期のアルコールと煙草、発育初期における高濃度の鉛の影響など、脳の損傷もしくは発育異常をもたらす可能性のある種々の要因、遺伝、中枢のノルエピネフリンやドパミンの分泌や再取り込み、分解の異常、脳内特定領域の働きの不活発等が唱えられているが、正確な原因は不明である。
従来、注意欠陥多動性障害の治療には主として療育法や薬物療法が採用されている。療育法としては、患者に対し精神療法、行動療法、感覚統合療法等を行い、適切な社会生活が出来るように訓練することが行われている。しかし、即効性が無く、また、家庭、学校の協力が必要となり、治療に多大な時間と専門の教育を必要とする。
薬物療法として主に精神刺激薬、例えばメチルフェニデートや覚せい剤のアンフェタミンあるいはメタンフェタミンが広く使用されてきた。これらの薬剤はいずれも注意欠陥多動性障害に対する有効性が認められるものの、副作用が強いという問題を有している。また、保管等に十分な配慮が必要などの問題もある。
【0005】
「統合失調症」は、人口の0.7−1.0%の人に発症し、日本でも数十万人に及んでいる。治療された患者のおよそ75%は、全快せず、長期入院患者を生み出している極めて重大な慢性疾患である。本疾患の主な症状は、妄想幻覚、幻聴と言った陽性症状に加えて、知覚異常といった認知障害や引きこもりやうつ症状と言った陰性症状に至るまで、多様な精神的異常を伴うものである。青年期から壮年期にかけて知覚、思考、感情、行動面に特徴的な、症状で発病し、多くは、慢性に経過し、社会適応にさまざまな困難を生じる。精神症状について、陽性症状(幻覚、妄想、減弱思考、緊張症状、奇異な行動など)と陰性症状(感情の平板化、意欲定下、社会的引きこもりなど)の分類がある。本疾患の病態の特殊性から早期発見、治療、社会復帰活動、再発予防と言った一貫した包括的治療体系の確立が望まれている。統合失調症は、素質的要因を主因とする機能性精神病であり、遺伝的素因が関係することが多いとされている。しかし、現在のところ、その発症原因の解明はおろか、生物学的な病態の理解さえ明快ではない。
統合失調症の陽性症状を改善する治療薬として、神経伝達物質、ドパミンやセロトニンと拮抗する薬物が有用だとされており、多くは、年余にわたるこれらの薬物の長期投与が不可欠である。具体的には、ハロペリドール等のブチロフェノン系化合物、フェノチアジン系化合物、チオキサンチン系化合物、ベンザアミド系化合物が多用されている。しかし、これらの薬物には、副作用として錐体外路障害が知られている。
より新しい統合失調症の治療薬としては、陰性症状にも有効であるクロザピン等のセロトニン−ドパミン受容体拮抗薬が知られている。しかしセロトニン−ドパミン受容体拮抗薬は、しばしば体重増加及び糖尿病の増悪等の副作用を伴う。
【0006】
「気分障害」は、大鬱病症状(単極性鬱病の典型的な症状)及び躁病症状等の発現状況により、鬱病性障害や双極性障害に分類されている。気分障害の病因論については、多くの研究が精力的になされつつあるが、まだ十分にはなされていない。病因に関する要因は様々であり、かつそれらが複雑に絡み合っていると想定される。神経科学的知見、及び遺伝学的知見などからなる生物学的要因とともに、病前性格やライフストレスなどの係わる状況因ないしは心理社会学的要因が考えられる。
鬱病性障害の症状としては、抑うつ状態、アンヘドニア(快い体験を味わえないこと)、精神運動抑制、思考/認知のゆがみ、不安と焦燥、身体(自律神経)症状などが挙げられる。
鬱病性障害治療薬(抗鬱薬)として現在使用されているものとしては、クロミプラミン、イミプラミン、トリミプラミンなどの三環系抗鬱薬、マプロチリン、ミアンセリンなどの四環系抗鬱薬、トリアゾロピリジン系のトラゾドン、ベンズケトオキシム系の選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるフルボキサミンなどが挙げられる。
しかし、三環系あるいは類似の環状抗鬱薬では、抗コリン作用(口渇、近点がぼやける、便秘、排尿困難)、抗ヒスタミン作用(体重増加、眠気)、抗アドレナリン作用(姿勢性低血圧、めまい、ふらつき)、心毒性などの副作用や、過剰摂取による急性毒性が指摘されている。また、選択的セロトニン再取り込み阻害薬では、セロトニン症候群の発症の危険性が指摘されている。従って、より副作用の少ない抗鬱作用を有する薬剤の提供が求められている。
また、双極性障害に抗鬱薬を用いると、症状を悪化させる場合がある。双極性障害の治療には、オランザピンやカルバマゼピンも用いられているが、リチウムの投与は、今でも頼みの綱となる治療法である。しかし、リチウムの安全域は狭く、患者が脱水を起こすと血中濃度はすぐに中毒域に達することがある。従って、血中濃度に格別の注意を払う必要がある。また、精神療法をリチウムの投与と併用すると、それぞれ単独で用いるより効果的であることが知られている。さらに、行動療法等も必要に応じで行われている。
【0007】
「不安障害」において、不安とは強い恐怖感と関連する状態であり、動機や発汗など、自律神経系の亢進を示す身体的徴候を伴う。不安は認知に影響し、知覚像の歪みをもたらす。危険性の良く知られた対象への妥当な反応としての恐怖とは区別され、不安は、危険性が未知であったり、あいまいであったり、葛藤的であったりする場合の反応である。
近年、不安障害が、パニック障害、社会不安障害、脅迫性障害、外傷後ストレス障害、全般性不安障害などに細分化され、これまで不安障害の有効な治療薬であったジアゼパム等のベンゾジアゼピン系抗不安薬が必ずしもこれら全ての不安障害に効果を示さないことが明らかになりつつある。一方で、抗鬱作用を有するSSRIが、いくつかの不安障害にも有効であることが証明されている。しかしその効果は十分ではないため、それぞれの病態に適した治療薬が必要と考えられている。しかしながら、これらの病態の発現機序については不明な点が少なくなく、今後の神経精神薬理学上の問題点として残されている。
【0008】
精神疾患に罹患する人が増える中、必然的に、その治療薬の重要性が増大している。しかし、上記のように、これまで個々の精神疾患に対する治療薬として種々の向精神薬が提案されているものの、その有効性や副作用の点で問題があり、新規な向精神薬の開発が求められる。
向精神薬の開発において、候補物質の選別や治療効果の予測等を行う上で重要になるのが評価方法である。従来、向精神薬の評価方法としては、治療対象の精神疾患に対応した実験的病態動物を用いる方法が一般的である。
一般的に、ヒト疾患の治療薬の研究開発においては、前臨床的評価により治療効果を予想するため、実験的病態動物の開発が必須である。実験的病態動物から得られた結果から治療効果を的確に予想するため、実験課題、実験方法の確立とその選択はもとより、妥当性の高い実験的病態動物の確立が重要となる。実験的病態動物に求められる妥当性としては、1)その症状の表面的な類似性を問う“表面妥当性”、2)実験的病態動物の発想の基礎となる仮説に係る“構成概念妥当性”、3)学習課題を与える場合に難易度があるように、調べようとする対象について妥当な内容をもっているのか否かの“内容妥当性”、および4)実験的病態動物での薬物の実験結果がヒトの病的状態での改善効果を反映しているのか否かの“予測妥当性”がある(非特許文献4)。実験的病態動物には、これらの妥当性のほか、作成や利用に際しての簡便性も求められる。
従来、実験的精神疾患動物としては、ある種の薬物投与や脳の局所破壊等の単一の処置を施したり、持続的または反復的な各種ストレスを負荷することにより、治療対象の精神疾患に対応した行動変容や行動異常を誘発させたものが用いられており、この行動変容、行動異常を指標として目的の向精神作用が評価されている。
【0009】
たとえば統合失調症治療薬の評価では、動物にアンフェタミンやメタンフェタミンを投与して実験的病態動物として使用することがある(非特許文献5及び6)。これは、統合失調症の陽性症状を改善する治療薬として有用とされている薬物(ドパミンと拮抗する薬物)の作用機序の研究結果や、実際アンフェタミンを代表とする覚せい剤が人において統合失調症の陽性症状を誘起することから、ドパミンの作用異常により統合失調症が発症するとの仮説が提唱されているためである。同様に、人において幻覚誘発作用のある薬物を投与した動物も、実験的統合失調症動物として利用されることがある。その例として、記憶や学習の能生理機能に関連すると言われているグルタミン酸受容体の阻害剤であるフェンサイクリジンを投与した動物が挙げられる(非特許文献7)。
また、統合失調症における認知行動異常を評価する方法として、プレパルスインヒビション、ラテントインヒビション、ソウシャルインタラクション、動物運動量などの行動学的測定を行う方法が挙げられる。その他、アンフェタミンによる常同行動、条件回避反応、アポモルヒネによる常同行動、オープンフィールドでの立ち上がり行動を評価する方法が知られている(非特許文献8)。
【0010】
抗鬱薬の評価には、ムリサイド(マウスをかみ殺す行動)を発現させたラットが汎用されている。ラットの脳部位(嗅球、中脳縫線核、側座核など)の破壊、長期の単独隔離飼育、あるいはテトラヒドロカンナビノールなどの薬物投与を行うと、攻撃行動の発現と共に、ムリサイドが発現する。抗鬱薬は、攻撃行動を抑制するよりも少量でムリサイドを特異的に抑制する(非特許文献9)。
また、他の抗鬱薬の評価方法として、強制水泳法がある。これは、Porsoltらによって開発された方法である(非特許文献10)。マウスやラットを逃避不可能な水槽内に投じた場合、はじめはその状態から逃れようと激しくもがくが、これを繰り返すとやがては逃げ出すことを諦めて無動状態になる。抗鬱薬(三環系、非定型、MAO阻害剤)を投与したり、電気ショック(ECS)を付与すると、この無動状態の持続時間が特異的に短縮することが知られている。
しかし、ヒトにおいて抗鬱薬の効果は、慢性投与で認められるが、強制水泳等に対する抗鬱薬の効果は、急性投与で認められるので、これらの方法は、抗鬱効果を反映していないとの批判がある。
そこで、他の抗鬱薬の評価方法として、学習性無力動物を用いる方法がある。1967年、Serigmanによって、動物に逃れることの出来ない連続ストレスを与えるとその後、運動量の減少、情動行動の変化、さらには体重減少などヒトの鬱病に比較的似た症状が現れることが報告され、実験的鬱病動物としての有用性が示唆された(非特許文献11)。これはまず犬で実験されていたが、その後は、ラットを用い実験されるように改良された。すなわち床グリッドから連続的に電気ショックを与えると、最初は、噛み付いたり飛び跳ねたりしてショックから逃れようとするが、ついにはそれが不可能であることを学習してしまった状態となる。つまり、一見、ラットがどうすることも出来ない状況を感知し、いわば諦め状態に陥ったようになる。この様なラットは、次に仮に逃れられるチャンスが与えられても、もはや逃れ様とはしなくなる。この学習性無力動物に対しては三環系抗鬱薬、MAO阻害剤の投与が有効であること、非定型抗鬱薬も著効を示すこと、慢性投与することによってその効果がいっそう増強されることなど、臨床効果に比較的近い成果が得られるとされている。
しかし、これらの方法は、実施が難しく、再現性に乏しいなどの理由で薬効評価にはあまり使われていない。
【0011】
抗不安薬の評価方法としては、コンフリクト(葛藤)試験が汎用されている。
たとえばGellerとSeifterの方法(非特許文献12)では、スキナーボックスを用い、餌と電気刺激のコンフリクトを観察する。具体的には、レバーを押せば餌あるいは水が取れるが、同時に電気ショック(罰)が与えられる条件下では、マウスやラットによるレバー押し回数が著しく抑制されるが、抗不安薬を投与すると、その抑制を防止する効果(抗コンフリクト効果)が確認される。この方法は、実験結果と臨床用量との間の相関は非常に高く抗不安作用を推定するのに最も信頼度の高い方法として認められている。しかし練習段階にかなりの日数が掛かることが難点である。
そのほか、Vogel型では、水と電気ショックによるコンフリクト(動物が飲水口から水を取ったら電気ショックを与えて飲水行動を抑制。実験的不安誘発法)、Shock probe conflictテストでは、観察箱の内側に突き出たprobeへの探索行動とprobeに電流を通じることによるコンフリクトを観察する。また、Social interaction法では、2匹の雄性ラットを観察箱内に入れ、相手の匂いを嗅ぐ、相手の後を付回す、蹴る、引っ掻く、相手と組み合う、相手に飛び掛る、相手の下にもぐりこむなどの行動を観察する。
また、敷き詰めた床敷き(オガクズ)上に配したガラス玉をマウスが床敷き内に埋めてしまう行動、いわゆるマウスのガラス玉覆い行動が強迫性障害の実験的症状として位置付けられつつある(非特許文献13)。これは、ガラス玉覆い行動を抑制するSSRIが強迫性障害に有効とする臨床成績に加え、無害なガラス玉を床敷きで覆い隠そうとするマウスの行動が、不合理と認識しつつ繰り返される脅迫性障害患者の脅迫行為と見かけ上類似しているためである。
一方、抗不安薬の評価に汎用されているコンフリクト試験や高架式十字迷路試験は、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の効果を感度良く検出するものの、SSRIの効果を検出し難いとの報告が多い。その為、SSRIの抗不安作用を検出しうる評価方法が求められている。
その他、明暗箱法(非特許文献14)、オープンフィールド法(非特許文献15)、Food Neophobia(非特許文献16)等も向精神薬の評価に使われている。
【0012】
また、アンジオテンシンII2型受容体をコードする遺伝子機能を染色体上で欠損させたマウス(AT2ノックアウトマウス。不安症状、うつ症状、情動過多等の症状を示す。)に被験薬物を投与して、向精神活性を評価する方法(特許文献1)、不安惹起作用を有するオレキシン−Aを当該被験動物の体内で分泌させ、当該候補物質投与後の当該被験動物の不安の有無を解析することで、抗不安作用を有する化合物をスクリーニングする方法(特許文献2)等が提案されている。
【0013】
なお、下記に挙げるように、薬物や種々のストレスが、血液中の各種成分濃度に影響を与えることが報告されている。
非特許文献17:クロザピンを初め種々の薬物が血糖値に影響を及ぼすことが報告されている。
非特許文献18:セロトニン1A受容体作動薬ブスピロンが血糖値を増加させることが報告されている。
非特許文献19:拘束状態下での血糖値の変動が、電気刺激の場合と異なることが報告されている。
非特許文献20:拘束ストレス負荷後の血糖値上昇を、ジアゼパムが抑制することが報告されている。
非特許文献21:シャトルボックスの条件回避反応の高い群と低い群のHatano系ラットで、拘束ストレス負荷状態でのACTH、プロラクチン、コルチコステロン、プロゲステロン(視床下部−下垂体−副腎皮質系ホルモン)の血中濃度が異なることが報告されている。
非特許文献22:ブロモクリプチンは、拘束ストレス負荷後の血中プロラクチンやグルコース濃度の変動に影響を与える。
非特許文献23:ジアゼパムが、拘束ストレス誘発血中プロラクチン濃度の上昇を抑制することが報告されている。
非特許文献24:フェントラミンは、ネオスチグミン脳室内投与による血糖上昇反応を抑制することが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Archives of General Psychiatry, 50, 85-94(1993)
【非特許文献2】米国精神医学協会,「精神疾患の分類と診断の手引−第4版−改訂版」(DSM−IV−TR)
【非特許文献3】WHO国際疾病分類第10版(ICD−10)
【非特許文献4】Willner P., Behavioral Models in Psychopharmacology, Theoretical, Industrial and Clinical Perspectives (Cambrige University Press, 1991)
【非特許文献5】Brain Res., 123, 88-111 (1977)
【非特許文献6】Eur. J. Pharmacol., 88, 195-203 (1983)
【非特許文献7】J. Pharmacol. Sci., 66, 181-189 (1994)
【非特許文献8】Prog. Neuropsychopharmacol. Biol. Psychiatry, 27, 1071-1079 (2003)
【非特許文献9】Folia Psychiat. Neurol. Jpn., 26, 245-255(1972)
【非特許文献10】Arch. Int. Pharmacodyn., 229, 327-391 (1977)
【非特許文献11】J. Comp. Physiol. Psychol., 88, 534-541 (1975)
【非特許文献12】Psychopharmacol., 1, 482-492 (1960)
【非特許文献13】Jpn. J. Pharmacol., 68, 65-70 (1995)
【非特許文献14】Psychopharmacology, 94, 392-396 (1988)
【非特許文献15】Life Sciences, 58, 701-709 (1996)
【非特許文献16】Physiol. Behav., 51, 979-985 (1992)
【非特許文献17】Laurence L. Brunton, John S. Lazo, Keith L. Parker編; Goodman and Gilman’s The Pharmacological Basis of Thearpeutics, 第11版, pp1613-1645 (New York,McGraw-Hill,2006)
【非特許文献18】Jpn. J. Pharmacol., 60, 145-148(1992)
【非特許文献19】Biol. Pharm. Bull., 21(2), 113-116(1998)
【非特許文献20】日薬理誌,114, 191-197 (1999)
【非特許文献21】J. Endocrinology, 181, 515-520 (2004)
【非特許文献22】Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 68, 229-233 (2001)
【非特許文献23】Neuroendocrinology, 34, 369-373 (1982)
【非特許文献24】Eur. J. Pharmacol., 294, 117-123 (1995)
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平10−127207号公報
【特許文献2】特開2006−328057号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
このように、従来の向精神薬の評価方法では、種々の実験的病態動物が使用されているが、いずれも様々な問題がある。
まず、従来の評価方法では、実験的病態動物の一般行動の観察や自発運動量の測定などにより向精神作用を評価しているが、妥当性の高い実験的病態動物を作成することが難しい問題がある。
たとえば、上述したように、実験的病態動物には種々の妥当性が求められるが、精神疾患は、その他の一般的な疾患に比べて、その原因についてはわからないことが多く、同じ精神疾患に分類されていても複数の精神疾患や病因が含まれていたり、別の精神疾患に分類されていても、同じ病因に基づいている可能性がある。そのため、精神疾患については、その他の一般的な疾患とは異なり、現在の分類は便宜的なものにすぎないとの考えが趨勢を占めている。実際、精神疾患以外の疾患では、疾患と治療薬とは概ね対をなしており(たとえば高血圧症と高血圧症治療薬、糖尿病と糖尿病治療薬)、通常、ある疾患の治療薬は他の疾患の治療には適用されない。ところが向精神薬の場合、精神活動が種々の疾患に影響することもあり、精神疾患との対応は比較的曖昧である。例えば、抗不安薬のジアゼパム等は、不安障害だけでなく、時に、気分障害や統合失調症に用いられる。また、高血圧症や糖尿病、胃腸障害等の治療にも広く用いられている。統合失調症治療薬として用いられているハロペルドールは、鬱病にも使用される。抗鬱薬のクロミプラミンは、うつ傾向がある統合失調症の治療にも用いられる。この様な精神疾患の薬理学的特性や病態の不均一性から見て、上述したような、精神疾患の症状に対応した行動変容や行動異常を誘発させた既存の実験的病態動物は、ある種の精神疾患の一端を捉えているモデル(実験的症状動物)としての可能性はあるが、その全体像を捉えているモデル(実験的疾患動物)とは言い難い。
たとえば上述した従来の実験的統合失調症動物では、薬物の投与に依存した一過性の脳機能異常を呈するものが多く、ヒトで見られるような、慢性的な統合失調症の病態を必ずしも再現しているとはいえない。向精神薬の作用機序を単一な神経系に求め開発されてきた歴史も確かにあるが、精神疾患が単一の神経系の変異によって起こっているとは考え難く、たとえば統合失調症には、多種多様な受容体が関与すると考えられている。
また、正常動物にストレスを負荷した実験的病態動物を用いる場合、加えられるストレスに対する固体の抵抗力が一定でないため、安定した実験的病態動物の調製に難点がある。また、神経伝達に作用する薬物を投与した内因性実験的病態動物では、その薬物の影響下で向精神作用を評価することとなり、正確な評価が難しい。また、外科的処置を施された実験的病態動物は、外科的であるという点で本来の病態とは明らかに異なる。
このように妥当性の低い実験的病態動物を用いた評価方法では、得られる結果がその向精神作用を正確に反映しているとはいい難い。
また、動物の行動を観察して評価する場合、安定した実験結果を得るには熟練が必要である。
また、覚醒剤等の投与や、遺伝子改変動物等の特殊な動物が必要であったり、コンフリクト実験装置のように高価な実験装置が必要であるなど、費用や手間がかかる問題もある。
【0017】
また、従来の評価方法では、ある候補物質について、多数存在する精神疾患の各病態に対する効果を評価するには、それぞれ、全く異なった評価系(たとえば個々の精神疾患に対応した実験的病態動物)で評価する必要がある。そのため、開発の初期段階で候補物質の絞り込みを行う際に、有用な候補物質を漏らしてしまう恐れがある。つまり、開発の初期には、多数の候補物質が存在しており、各候補物質がどのような向精神作用(たとえば抗鬱作用、抗不安作用、抗統合失調症作用、抗注意欠陥多動性障害作用等)を有するのかが不明であるため、各々の評価系を用いてそれぞれの精神疾患における効果を評価する必要がある。そのため、ある評価系の評価を行わなかった場合、その評価系での効果があったとしても、絞り込みの段階で除外してしまう恐れがある。
【0018】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、精神疾患の分類に囚われず、簡便かつ再現性の良い評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は、種々の範疇の向精神薬について鋭意検討を行った結果、投与する薬物によって、持続的な保定により誘発された血糖上昇反応に対する影響が異なり、また、同じ薬物であっても実験条件の違い(負荷した先行刺激が異なる等)によって、前記血糖上昇反応に対する影響が異なることを見出し、本発明を完成させた。
上記課題を解決する本発明は、以下の態様を有する。
[1]物質が投与された被験動物を持続的に保定し、その状態下における血糖値を経時的に測定する工程を、前記保定を行う前の実験条件を変更して2回以上実施し、該物質が前記保定により誘発される血糖上昇反応に与える影響から、その向精神作用を評価することを特徴とする評価方法。
[2]前記実験条件は、物質の投与方法と、物質の投与前および/または後に前記被験動物に施される処置とを組み合わせて設定される、[1]に記載の評価方法。
[3]前記工程を、前記実験条件を変更して3〜9回実施する、[1]または[2]に記載の評価方法。
[4]前記実験条件は、下記(1)〜(6)からなる群から選択される、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の評価方法。
(1)測定当日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させて物質を投与する。
(2)測定当日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、物質を投与する前または後に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
(3)測定前日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、馴化させた後、飼育室に戻し、測定当日に、再度実験室に移動させて物質を投与する。
(4)測定前日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、馴化させた後、飼育室に戻し、測定当日に、再度実験室に移動させ、物質を投与する前または後に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
(5)測定前日まで物質を反復投与する。
(6)測定前日まで物質を反復投与し、測定当日に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
[5]前記向精神作用は、ジアゼパム様作用、クロザピン様作用、ハロペリドール様作用、メチルフェニデート様作用、クロミプラミン様作用およびリチウム様作用からなる群から選択されるいずれか1種である、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の評価方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、精神疾患の分類に囚われず、簡便かつ再現性の良い評価方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明では、物質が投与された被験動物を持続的に保定し、その状態下(持続的保定下)における血糖値を経時的に測定する工程を実施する。
該工程にて被験動物に投与する物質(以下、薬物ということがある。)は、特に限定されず、たとえば既に精神疾患治療薬として使用されている物質であってもよく、向精神作用が確認されていない物質(たとえば所定の精神疾患に対する治療薬として提案されているもののその効果が確認されていない物質や、スクリーニングにおける候補物質等)であってもよい。
薬物は、媒体中に分散または溶解させて投与することが好ましい。該媒体としては、液体媒体が好ましく、具体的には、精製水、生理食塩液、注射用水、カルボキシメチルセルロース等の乳化剤や懸濁剤の水溶液等が挙げられる。該媒体としては、被験動物の血糖値に影響を与えないものを用いることが好ましい。
被験動物としては、一般的に薬物の評価に用いられている動物が利用でき、たとえばマウス、ラット等が挙げられる。
被験動物への薬物の投与経路は特に限定されず、経口、腹腔内、静脈内、皮下、脳室内等の中から、該薬物の理化学的性質や利便性等を考慮して適宜選択すればよい。
【0022】
被験動物の持続的な保定は、血糖値の測定開始時から測定終了時まで、被験動物を常に保定したままにしておくことを意味する。
持続的保定下で測定された血糖値(持続的保定下血糖値)は、投与した物質が、持続的保定により誘発される血糖上昇反応に及ぼす影響を判定する際の指標となる。持続的に保定されていない状態下で測定した血糖値の場合(たとえば測定時にのみ保定し、それ以外の時間は保定していない場合)、反応が小さかったり、反応にバラツキが生じたりして、再現性の良い安定した実験結果を得ることは困難である。また、血糖値の測定途中で被験動物の体調が悪化して、長時間にわたる測定ができない恐れもある。
保定は、公知の保定器を利用して実施できる。
持続的な保定を行う期間、つまり持続的保定下血糖値を測定する期間は、通常、2〜6時間程度である。
持続的保定下血糖値は、持続的保定下の被験動物から血液を採取し、該血液について、酵素電極法、ヘキソースキナーゼ法等の公知の測定方法を利用して血糖値を測定すればよい。該測定方法のうち、酵素電極法は、グルコースの還元能を電気化学的に測定する方法なので、少量の血液で測定でき、熟練を必要とせず、速やかに結果が得られる点で好ましい。
各測定方法による持続的保定下血糖値の測定は、たとえば、各測定方法に応じた市販の血糖測定器や血糖測定用試薬等を用いて実施できる。
【0023】
本発明では、前記工程を、持続的保定を行う前の実験条件を変更して2回以上実施し、該薬物が前記保定により誘発される血糖上昇反応に与える影響から、その向精神作用を評価する。
被験動物に対して持続的保定を行うと、該持続的保定により血糖上昇反応が誘発される。具体的には、持続的保定の開始直後から血糖値が上昇しはじめ、最大値に達した後、低下する反応が見られる。
該血糖上昇反応は、持続的保定を行う前の実験条件に影響される。たとえば同じ薬物であっても、投与方法や先行刺激を変化させると、血糖上昇反応にも違いが生じる。そのため、該違いから向精神作用を評価できる。具体的には、ある実験条件下では血糖上昇反応に明確な変化が見られず、別の実験条件下では血糖上昇反応が増強または減弱された場合は、該薬物が何らかの向精神作用を有する可能性があると判断できる。この血糖上昇反応の増強または減弱の有無や、その増強または減弱の程度は、たとえば、対照(溶媒のみ投与する以外は同じ実験条件で前記工程を実施した場合に観測される血糖上昇反応)との比較により判定できる。また、ある実験条件下では血糖上昇反応に明確な変化が見られず、別の実験条件下では血糖上昇反応が促進または遅延された場合も、該薬物が何らかの向精神作用を有する可能性があると判断できる。この血糖上昇反応の促進または遅延の有無や、その促進または遅延の程度は、前記と同様、対照との比較により判断でき、たとえば持続的保定下血糖値が最大となる時間にずれがあった場合は、血糖上昇反応が促進または遅延されたと判定できる。また、そのずれの大きさによって、促進または遅延の程度が判定できる。
このような違いが生じる理由としては、該実験条件を変更することで、薬物に対する生体感受性が変化することが考えられる。なお、実験条件を変更して複数回実施した際、全ての実験条件で血糖上昇反応が増強または減弱した場合は、単純に血糖値に影響した可能性(末梢作用)が考えられる。
また、同じ実験条件であっても、投与する薬物の種類を換えると、該血糖上昇反応に違いが生じる。たとえば、ある薬物を投与した場合に血糖上昇反応に明確な変化が見られなくても、別の薬物を投与した場合には、血糖上昇反応が増強または減弱されたり、その増強または減弱の強さに違いが見られる。
そのため、前記工程を、実験条件を変更して2回以上実施し、各工程での血糖上昇反応の違いを比較することで、複数の実験条件下での血糖上昇反応への薬物の影響(以下、作用態度ということがある。)がわかる。
この作用態度は、薬物が有する向精神作用によって異なることから、本発明は、複数の薬物間の向精神作用を比較するのにも有用である。たとえばジアゼパム、クロザピン、クロミプラミン、ハロペリドール、メチルフェニデートおよびリチウムはそれぞれ異なる向精神作用を有し、適用される精神疾患の種類も異なる。本発明によりこれらの向精神薬を評価すると、後述する試験例10に示すように、複数の実験条件下での血糖上昇反応への影響がそれぞれ異なっている。このような違いが生じる理由は定かではないが、各範疇の向精神薬がそれぞれ視床下部−下垂体−副腎系に及ぼす影響が異なり、これが持続的保定下血糖値に反映されるためではないかと推察される。
したがって、該作用態度は、薬物の向精神作用を評価する新たな指標となる。たとえば複数の実験条件下での血糖上昇反応に違いがあれば、何らかの向精神作用を有する可能性があると判断できる。また、この違いが既知の向精神薬の作用態度と類似していれば、該向精神薬に類似の向精神作用があると推定できる。また、本発明によれば、慢性投与による有効性も評価できる。たとえば後述する実験条件(5)〜(6)のように、薬物を測定前日まで反復投与(測定当日の投与なし)した場合、測定時には薬物の血中濃度が実質的に皆無の状態である。そのため、この状態で血糖上昇反応に影響が見られた場合、慢性投与による有効性(たとえば後述する試験例9に示すような、クロミプラミン等の抗鬱薬の抗鬱作用)が推定できる。
なお、前記工程の実施回数が1回の場合は、何らかの向精神作用があるのが分かったとしても、どの範疇の向精神作用かは推定できない。
【0024】
上記作用態度を指標として向精神作用を評価することは、向精神薬のスクリーニングにも有用である。向精神薬の開発初期においては効果未知の候補物質が多数存在するため、従来法では、取りこぼしが多かったと推測される。つまり、従来は、評価しようとする精神疾患の病態や病因に応じて別の薬物の投与や外科的処置を施した被験動物を作成し、これを用いて評価を行っているため、病態や病因の異なる精神疾患に対する効果を評価することはできない。そのため、別の精神疾患に対する効果があったとしても、それを見落とすこととなる。
これに対し、本発明は、持続的保定を行う前の実験条件以外に評価系の変更を要しないという点で簡便であり、評価できる向精神作用の範囲も多岐にわたっており、候補物質の取りこぼしを低減できる。たとえば予め種々の範疇の公知の向精神薬について前記作用態度を求めておいた上で、同じ評価を候補物質についても行えば、該候補物質の作用態度によって、どの向精神薬と同様の向精神作用が期待できるのか、また、その向精神作用にどの程度の違いがあるのかを判断できる。具体例を挙げると、ある候補物質について作用態度を求めた場合、その作用態度がジアゼパムと同様であれば、該候補物質がジアゼパムと同様の向精神作用(ジアゼパム様作用)を有すると推定される。また、公知の向精神薬にない作用態度を有するものであれば、別の範疇の向精神作用を有する物質であると推定できる。
【0025】
上述したように、ジアゼパム、クロザピン、クロミプラミン、ハロペリドール、メチルフェニデートおよびリチウムは、複数の実験条件下での血糖上昇反応への影響がそれぞれ異なっていることが後述する試験例10の結果に示されている。
そのため、本発明の評価方法によれば、ジアゼパム様作用と、クロザピン様作用と、ハロペリドール様作用と、メチルフェニデート様作用と、クロミプラミン様作用と、リチウム様作用とを区別できる。また、投与した薬物が有する向精神作用が、ジアゼパム様作用、クロザピン様作用、ハロペリドール様作用、メチルフェニデート様作用、クロミプラミン様作用およびリチウム様作用からなる群から選択されるいずれか1種であるか否かを評価できる。
【0026】
本発明においては、前記工程を、実験条件を変更して少なくとも2回実施する。該回数が多いほど、つまり実験条件の数が多いほど、薬物の作用態度が詳細に判明し、また、複数の薬物間の作用態度の違いをより明確に区別できる。ただし、該回数が多いと、評価に手間や時間がかかる。かかる観点から、前記工程を、前記実験条件を変更して実施する回数は、3〜9回が好ましく、4〜9回がより好ましい。
なお、薬物の投与量によっては明確な影響を観察できない場合があるため、スクリーニング等を行う場合は、投与量のみを変えて同様の工程を実施することが好ましい。
【0027】
実験条件としては、測定前日(持続的保定および血糖値の測定を行う日の1日前)までに行う処置と、測定当日に行う当日処置とに分けられる。たとえば前日処置が同じでも、当日処置が異なれば、血糖上昇反応に対する薬物の効果が異なる。また、当日処置が同じでも、前日処置の有無により、血糖上昇反応に対する薬物の効果が異なる。
前日処置、当日処置としてそれぞれどのような処置を行うかは、薬物の種類、評価しようとする向精神作用等を考慮して、薬物の投与方法、薬物の投与前および/または後に前記被験動物に施す処置等を、得られる血糖上昇反応に違いが生じるように適宜組み合わせて設定される。
【0028】
前記実験条件の設定方法の好ましい一例として、薬物の投与方法と、薬物の投与前および/または後に被験動物に施される処置とを組み合わせる方法が挙げられる。
薬物の投与方法の設定条件としては、投与回数および投与時期が挙げられる。
これらのうち、投与回数は、具体的には、単回投与か反復投与かが選択される。
反復投与日数は、得られる結果の安定性を考慮すると、2日以上が好ましく、3日以上がより好ましい。該日数の上限は特に限定されないが、評価に要する手間や時間を考慮すると、14日以下が好ましく、7日以下がより好ましい。
反復投与の場合、薬物は、一日投与量の全量を一度に投与してもよく、2回以上に分けて投与してもよい。
投与時期は、薬物を投与してから測定を開始するまでの時間であり、設定条件としては、測定当日に投与を行うか否か、測定当日に投与する場合は測定開始の何時間前に投与するか、測定当日に投与しない場合は測定当日の何日前を最終投与日とするか等が挙げられる。
これらの条件は、評価しようとする作用、薬物の作用持続時間等を考慮して適宜設定すればよい。たとえば慢性投与による有効性を評価する場合には、測定時の薬物の血中濃度が実質的に皆無の状態となるように、最終投与日を測定前日と定めることが好ましい。また、薬物の直接的な作用を評価する場合は、測定当日の投与から測定開始までの時間を、薬物の血中濃度が有効濃度であるうちに測定できるように設定する。
【0029】
薬物の投与前および/または後に前記被験動物に施される処置のうち、測定前日に行うものとしては、飼育室から実験室に移動させ、馴化させた後、飼育室に戻す処置が挙げられる。具体的には、飼育室にて予備飼育した被験動物を、測定前日に、測定を行う実験室に移動させ、所定時間馴化させ、その後、再度飼育室に戻す。このとき、実験室での馴化時間は、通常、1〜8時間程度である。
【0030】
薬物の投与前および/または後に前記被験動物に施される処置のうち、測定当日に行うものとしては、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激(以下、先行刺激ということがある。)を一時的に負荷する処置が挙げられる。
これらの先行刺激のうち、新奇場面への曝露は、被験動物が経験したことの無い環境下に曝して実施できる。具体的には、仕切りを挿入して、被験動物が隣の箱に移動できないようにした受動的回避反応測定用明暗実験箱の明箱あるいは暗箱に放置する方法等が挙げられる。
電気刺激は、行動薬理学等における実験に一般的に用いられている方法や電気刺激装置を用いて実施できる。
保定は、公知の保定器を利用して実施できる。先行刺激としての保定は一時的なものであり、持続的保定および血糖値の測定を開始するより前に解除する。
先行刺激の大きさ(新奇場面への曝露時間、印加する電圧の大きさ及び印加時間、保定時間等)は、該先行刺激の有無により得られる血糖上昇反応に違いが生じるよう、適宜設定すればよい。保定時間は、通常30秒〜1時間程度である。
測定当日に薬物を投与する場合、先行刺激を負荷するのは、投与前のみであってもよく、投与後のみであってもよく、投与前および後の両方であってもよい。
【0031】
好ましい実験条件として、下記(1)〜(6)等が挙げられる。複数の実験条件を(1)〜(6)からなる群から選択すると、得られる血糖上昇反応に違いを見出しやすい。
(1)測定当日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させて薬物を投与する。
(2)測定当日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、薬物を投与する前または後に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
(3)測定前日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、馴化させた後、飼育室に戻し、測定当日に、再度実験室に移動させて薬物を投与する。
(4)測定前日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、馴化させた後、飼育室に戻し、測定当日に、再度実験室に移動させ、薬物を投与する前または後に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
(5)測定前日まで薬物を反復投与する。
(6)測定前日まで薬物を反復投与し、測定当日に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
これらのうち、(5)〜(6)は、上述したように、慢性投与による有効性の評価に適している。そのため、慢性投与による有効性を評価したい場合は、複数の実験条件のなかに、(5)および(6)の一方または両方を含めることが好ましい。
【0032】
実験条件の好ましい組み合わせとしては、たとえば、[a](1)〜(6)全ての組み合わせ、[b](1)〜(4)の組み合わせ、[c](1)〜(3)の組み合わせ、[d]前記[a]、[b]または[c]の組み合わせにさらに(5)〜(6)を加えた組み合わせ、等が挙げられる。
なお、同じ(2)の実験条件であっても、刺激の種類や強さが異なれば、別の実験条件として計数する。(4)、(6)についても同様である。
【0033】
上記のように、本発明の評価方法は、対象とする精神疾患の分類に応じて評価を行っていた従来の方法とは全く異なる視点に立脚したものであり、精神疾患の分類に囚われることなく、種々の範疇の向精神作用を同一の系で評価できる。
また、本評価方法は、血糖値の測定という、簡便な測定方法により評価を行うことができ、得られる結果も、再現性等に優れた安定したものである。
たとえば、本評価方法では、従来向精神薬の評価に用いられていた、覚醒剤等、評価対象物質以外の薬物の投与や外科的処置、遺伝子改変等の特殊な処置を施した動物を用いる必要がない。また、条件回避反応や実験的葛藤動物の実験等では高価な実験装置が必要であるが、本評価方法で必要な実験装置類は、比較的安価である。
また、マウスのガラス玉覆い隠し行動等、被験動物の行動を観察する従来の評価方法では、安定した実験結果を得るには観察者の熟練が必要である。また、小動物を用いプロラクチン等のホルモンを測定する場合は、十分な量の血液を採取したり、また種々の操作にも熟練と時間を要する。これに対し、本評価方法では、熟練も時間も必要としない。
また、本評価方法において、薬物を反復投与し、最終投与1日後に血糖値を測定した場合、実質的に血中濃度が皆無の状態で薬物の効果を検出することとなる。従って、このとき血糖上昇反応に増強または減弱が見られた場合は、薬物の慢性投与による効果、たとえばクロミプラミンの抗鬱作用を反映していると思われる。しかも、反復投与の必要な薬物の評価も簡便に実施できる。
また、本評価方法では、結果が数値として出されるため、飲食品等の緩和な効果が予想される物質の評価も可能である。
【実施例】
【0034】
以下、試験例を示して本発明を更に詳細に説明する。
各試験例で共通する使用動物、使用薬物および実験方法を以下に示す。
[1.使用動物]
6週令のddY系雄性マウス(日本エスエルシー)を購入し、飼育室にて、12時間明暗周期(午前8時より午後8時まで点灯)のほぼ一定した環境下(気温22±2℃、湿度55±10%)で1週間以上予備飼育して用いた。予備飼育中、水及び餌は、自由に摂取させた。
【0035】
[2.使用薬物および投与方法]
ジアゼパム注射液(武田薬品)(以下、ジアゼパムとのみ記載。)、クロザピン(和光純薬工業)(以下、クロザピンとのみ記載。)、塩酸クロミプラミン(シグマ)(以下、クロミプラミンとのみ記載。)、ハロペリドール(和光純薬工業)(以下、ハロペリドールとのみ記載。)、塩酸メチルフェニデート(シグマ)(以下、メチルフェニデートとのみ記載。)、炭酸リチウム(和光純薬工業)(以下、リチウムとのみ記載。)を使用した。
これらのうち、ハロペリドール及びクロザピンは、カルボキシメチルセルロースナトリウム(和光純薬工業)を1%(w/v)含有する注射用水(大塚製薬)で懸濁して使用した。その他の薬物は、注射用水(大塚製薬)に溶解または希釈して使用した。
これらの薬物は、すべて10mL/kg(体重1kgあたり10mL)の割合で経口投与した。対照として、注射用水(大塚製薬)のみを10mL/kgの割合で経口投与した。
薬物の用量は、体重1kg当たりの投与量(mg/kg)である。クロミプラミン、メチルフェニデートおよびリチウムの用量は、塩としての量で示した。
【0036】
[3.実験方法]
(1.先行刺激負荷)
明箱放置:仕切りを挿入してマウスが隣の箱に移動できないようにした受動的回避反応測定用明暗実験箱(小原製作所)の明箱に5秒間放置した。
電気刺激:仕切りを挿入した明暗実験箱(小原製作所)の暗箱にて、マウスに150Vの交流電圧を5秒間印加した。
拘束:アクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で2分間または10分間保定した。
【0037】
(2.血糖値の測定)
保定開始から0時間後(保定開始直後)、0.5時間後、1時間後、2時間後、4時間後にそれぞれ尾静脈より血液を採取した。該血液中のグルコース濃度を、血糖測定器(グルテストセンサー、三和化学研究所)を用い、酵素電極法で測定した。
【0038】
(3.統計解析)
血糖値の測定結果の表示には、平均値±標準誤差を用いた。
また、有意差検定には、マン・ホイットニーのU検定を用いた。
【0039】
<試験例1:持続的保定による血糖上昇反応に及ぼす実験条件の影響>
[試験方法]
実験室に馴化当日・採血時に保定:飼育室で予備飼育したマウスを、測定当日に実験室に移し(前日処置なし)、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。このマウスを、採血時のみ保定して、血糖値を測定した。
実験室に馴化当日・持続的に保定:飼育室で予備飼育したマウスを、測定当日に実験室に移し(前日処置なし)、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。このマウスをアクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で保定し、その状態を維持しつつ、血糖値の測定を行った。
実験室に馴化1日後・持続的に保定:飼育室で予備飼育したマウスを実験室に移し、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。その後、6時間実験室に馴化させ、再び体重測定を行った後、ケージに入れたまま飼育室に戻した。飼育室に戻してから1日後、マウスをケージに入れたまま実験室に移し、体重測定を行った。このマウスをアクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で保定し、その状態を維持しつつ、血糖値の測定を行った。
[結果及び考察]
測定結果を表1に示す。馴化当日、馴化1日後ともに、保定開始1時間後を極大とする血糖上昇反応が確認され、また、その反応は、採血時にのみ保定した場合に比べて増強していた。
また、馴化1日後では、馴化当日に比べて、該血糖上昇反応が増強されていた。この結果から、保定前の実験条件が、持続的保定下での血糖上昇反応に影響することが確認された。
【0040】
【表1】

【0041】
<試験例2:実験室に馴化当日の血糖上昇反応に対する向精神薬単回投与の効果>
[試験方法]
飼育室で予備飼育したマウスを、測定当日に実験室に移し(前日処置なし)、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。このマウスに対し、表2に示す薬物を表2に示す用量で経口投与し、その30分後、アクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で保定し、その状態を維持しつつ、血糖値の測定を行った。
対照として、薬物の代わりに注射用水を10mL/kgの割合で経口投与した以外は同様の測定を行った。
[結果及び考察]
測定結果を表2に示す。これらの結果に示すとおり、実験室に馴化当日の血糖上昇反応に対し、抗不安薬であるジアゼパム、統合失調症の陰性症状に有効なクロザピンおよび鬱病治療薬であるクロミプラミンは増強効果を示し、特にジアゼパムおよびクロミプラミンの効果は顕著であった。一方、陰性症状に無効な統合失調症療薬のハロペリドール、睡眠発作や注意欠陥多動性障害に有効なメチルフェニデート、双極性障害に有効なリチウムは、下記用量では、該血糖上昇反応に対する明確な効果は示さなかった。
【0042】
【表2】

【0043】
<試験例3:実験室に馴化当日において5秒間電気刺激を負荷した後に測定した血糖上昇反応に対する向精神薬単回経口投与の効果>
[試験方法]
飼育室で予備飼育したマウスを、測定当日に実験室に移し(前日処置なし)、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。このマウスに対し、5秒間の電気刺激を行い、その30分後、表3に示す薬物を表3に示す用量で経口投与した。その30分後、アクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で保定し、その状態を維持しつつ、血糖値の測定を行った。
対照として、薬物の代わりに注射用水を10mL/kgの割合で経口投与した以外は同様の測定を行った。
[結果及び考察]
測定結果を表3に示す。これらの結果に示すとおり、実験室に馴化当日において5秒間電気刺激を負荷した後に測定した血糖上昇反応に対し、クロザピンおよびクロミプラミンは増強効果を示し、特にクロザピンの効果は顕著であった。一方、ジアゼパム、ハロペリドール、メチルフェニデート、リチウムは、下記用量では、該血糖上昇反応に対する明確な効果は示さなかった。
本試験例の結果と試験例2の結果を比較すると、ジアゼパム、クロザピン、クロミプラミンは、先行刺激を負荷しなかった場合と電気刺激を負荷した場合とでは、血糖上昇反応に対する効果が異なっていることが分かる。
これらの結果から、実験室に馴化当日において、電気刺激を負荷した場合と負荷しなかった場合の結果を比較することで、ジアゼパム様作用とクロザピン様作用とクロミプラミン様作用とを区別できることが確認できた。
【0044】
【表3】

【0045】
<試験例4:実験室に馴化当日において2分間拘束を負荷した後に測定した血糖上昇反応に対する向精神薬単回経口投与の効果>
[試験方法]
飼育室で予備飼育したマウスを、測定当日に実験室に移し(前日処置なし)、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。このマウスを2分間拘束し、その30分後、表4に示す薬物を表4に示す用量で経口投与した。その30分後、アクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で保定し、その状態を維持しつつ、血糖値の測定を行った。
対照として、薬物の代わりに注射用水を10mL/kgの割合で経口投与した以外は同様の測定を行った。
[結果及び考察]
測定結果を表4に示す。これらの結果に示すとおり、実験室に馴化当日において2分間拘束を負荷した後に測定した血糖上昇反応に対し、クロザピンは増強効果を示し、ハロペリドールは減弱効果を示した。一方、ジアゼパム、メチルフェニデート、リチウムは、下記用量では、該血糖上昇反応に対する明確な効果は示さなかった。
本試験例の結果と試験例2〜3の結果を比較すると、ジアゼパム、クロザピン、ハロペリドールは、先行刺激を負荷しなかった場合と電気刺激を負荷した場合と2分間拘束を負荷した場合とでは、血糖上昇反応に対する効果が異なっていることが分かる。
これらの結果から、実験室に馴化当日において、電気刺激を負荷した場合と負荷しなかった場合と2分間拘束を負荷した場合の結果を比較することで、ジアゼパム様作用とクロザピン様作用とハロペリドール様作用とを区別できることが確認できた。
【0046】
【表4】

【0047】
<試験例5:実験室に馴化当日において10分間拘束を負荷した後に測定した血糖上昇反応に対する向精神薬単回経口投与の効果>
[試験方法]
拘束時間を10分間に変更し、薬物として表5に示すものを用いた以外は試験例4と同様の試験を行った。
[結果及び考察]
測定結果を表5に示す。これらの結果に示すとおり、実験室に馴化当日において10分間拘束を負荷した後に測定した血糖上昇反応に対し、クロザピンは増強効果を示した。一方、ジアゼパム、クロミプラミン、ハロペリドール、リチウムは、下記用量では、該血糖上昇反応に対する明確な効果は示さなかった。
本試験例の結果と試験例4の結果を比較すると、クロザピンおよびハロペリドールは、同じ拘束負荷であっても、拘束時間によって、血糖上昇反応に対する効果が異なっていることが分かる。
また、本試験例の結果と試験例2〜4の結果から、実験室に馴化当日において、先行刺激を負荷しなかった場合と電気刺激を負荷した場合と2分間拘束を負荷した場合と10分間拘束を負荷した場合の結果を比較することで、ジアゼパム様作用とクロザピン様作用とクロミプラミン様作用とハロペリドール様作用とを区別できることが確認できた。
【0048】
【表5】

【0049】
<試験例6:実験室に馴化1日後の血糖上昇反応に対する向精神薬単回経口投与の効果>
[試験方法]
飼育室で予備飼育したマウスを実験室に移し、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。その後、6時間実験室に馴化させ、再び体重測定を行った後、ケージに入れたまま飼育室に戻した。飼育室に戻してから1日後、マウスをケージに入れたまま実験室に移し、体重測定を行った。このマウスに対し、表6に示す薬物を表6に示す用量で経口投与し、その30分後、アクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で保定し、その状態を維持しつつ、血糖値の測定を行った。
対照として、薬物の代わりに注射用水を10mL/kgの割合で経口投与した以外は同様の測定を行った。
[結果及び考察]
測定結果を表6に示す。これらの結果に示すとおり、実験室に馴化1日後の血糖上昇反応に対し、クロミプラミンは増強効果を示し、ハロペリドールは、顕著な減弱効果を示した。一方、ジアゼパム、クロザピン、メチルフェニデート、リチウムは、下記用量では、該血糖上昇反応に対する明確な効果は示さなかった。
本試験例の結果と試験例2の結果を比較すると、実験室に馴化当日か一日後であるかが異なるだけで、ジアゼパム、クロザピン、クロミプラミン、ハロペリドールの血糖上昇反応に対する効果が異なっていることが分かる。したがって、先行刺激を行わなくても、実験室に馴化当日の結果と馴化1日後の結果を比較することで、ジアゼパム様作用とクロザピン様作用とクロミプラミン様作用とハロペリドール様作用とを区別できることが確認できた。また、これらの結果に、さらに試験例3〜5の結果を加えて比較すると、各向精神作用をより明確に区別できる。
【0050】
【表6】

【0051】
<試験例7:実験室に馴化1日後において5秒間明箱に放置した後に測定した血糖上昇反応に対する向精神薬単回経口投与の効果>
[試験方法]
飼育室で予備飼育したマウスを実験室に移し、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。その後、6時間実験室に馴化させ、再び体重測定を行った後、ケージに入れたまま飼育室に戻した。飼育室に戻してから1日後、マウスをケージに入れたまま実験室に移し、体重測定を行った。このマウスを5秒間明箱に放置し、その30分後、表7に示す薬物を表7に示す用量で経口投与した。その30分後、アクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で保定し、その状態を維持しつつ、血糖値の測定を行った。
対照として、薬物の代わりに注射用水を10mL/kgの割合で経口投与した以外は同様の測定を行った。
[結果及び考察]
測定結果を表7に示す。これらの結果に示すとおり、実験室に馴化1日後において5秒間明箱に放置した後に測定した血糖上昇反応に対し、メチルフェニデート、リチウムは減弱効果を示した。一方、ジアゼパム、クロザピン、ハロペリドールは、下記用量では、該血糖上昇反応に対する明確な効果は示さなかった。
本試験例の結果と試験例6の結果を比較すると、先行刺激を負荷しない場合と、明箱放置を行った場合とでは、ハロペリドールの血糖上昇反応に対する効果が、他の向精神薬と異なっていることが分かる。したがって、これらの結果を比較することで、ハロペリドール様作用を、他の向精神薬の作用と区別できることが確認できた。
また、これらの結果に、さらに試験例2〜5の結果を加えて比較すると、各向精神薬の作用をより明確に区別できる。
【0052】
【表7】

【0053】
<試験例8:実験室に馴化1日後において2分間拘束を負荷した後に測定した血糖上昇反応に対する向精神薬単回経口投与の効果>
[試験方法]
飼育室で予備飼育したマウスを実験室に移し、1ケージに2匹ずつ群分けした後、体重測定を行った。その後、6時間実験室に馴化させ、再び体重測定を行った後、ケージに入れたまま飼育室に戻した。飼育室に戻してから1日後、マウスをケージに入れたまま実験室に移し、体重測定を行った。このマウスに対し、2分間拘束を負荷し、その30分後、表8に示す薬物を表8に示す用量で経口投与した。その30分後、アクリル樹脂製保定器(夏目製作所)で保定し、その状態を維持しつつ、血糖値の測定を行った。
対照として、薬物の代わりに注射用水を10mL/kgの割合で経口投与した以外は同様の測定を行った。
[結果及び考察]
測定結果を表8に示す。これらの結果に示すとおり、実験室に馴化1日後において2分間拘束を負荷した後に測定した血糖上昇反応に対し、ジアゼパムおよびリチウムは減弱効果を示し、特にリチウムの減弱効果は顕著であった。一方、クロザピン、ハロペリドール、メチルフェニデートは、下記用量では、該血糖上昇反応に対する明確な効果は示さなかった。
本試験例の結果と試験例6〜7の結果を比較すると、先行刺激を負荷しない場合と、明箱放置を行った場合と2分間拘束を負荷した場合とでは、ジアゼパム、クロザピン、ハロペリドール、メチルフェニデート、リチウムの血糖上昇反応に対する効果がそれぞれ異なっていることが分かる。したがって、これらの結果を比較することで、ジアゼパム様作用とクロザピン様作用とハロペリドール様作用とメチルフェニデート様作用とリチウム様作用とを区別できることが確認できた。また、これらの結果に、さらに試験例2〜5の結果を加えて比較すると、各向精神薬の作用をより明確に区別できる。
【0054】
【表8】

【0055】
<試験例9:血糖上昇反応に対する向精神薬反復経口投与の効果、および明箱に5秒間放置した後に測定した血糖上昇反応に対する向精神薬反復経口投与の効果>
[試験方法]
表9に示す薬物を1日1回経口投与すると共に、実験室に1日6時間馴化させた。薬物最終投与1日後に血糖値を測定した。
別途、上記と同様に薬物を投与し、最終投与1日後、マウスを5秒間明箱に放置し、その1時間後より血糖値を測定した。
対照として、薬物の代わりに注射用水を10mL/kgの割合で経口投与した以外は同じ条件で実験した。
[結果及び考察]
測定結果を表9〜10に示す。これらの結果に示すとおり、ジアゼパムを測定前日まで反復投与した場合、測定当日の先行刺激の有無にかかわらず、血糖上昇反応に対する影響は見られなかった。一方、クロミプラミンを測定前日まで反復投与した場合、測定当日に先行刺激の有無によって、血糖上昇反応に対する効果に違いが見られた。
これらの結果から、ジアゼパム様作用とクロミプラミン様作用とを区別できることが確認できた。
しかも、本試験例では、実質的に薬物の血中濃度が皆無と思われる最終投与1日後に効果が検出されており、慢性投与による抗鬱効果の推定が可能であることが確認できた。すなわち、クロミプラミン等の抗鬱薬は、急性投与では効果が認められず、慢性投与すると効果が認められると言われている。上記のように、血糖上昇反応の減弱効果が見られたことは、クロミプラミンの慢性投与による抗鬱作用を反映していると思われる。
【0056】
【表9】

【0057】
【表10】

【0058】
<試験例10>
試験例2〜9の結果から、各実験条件での持続的保定下における血糖上昇反応に対する各薬物の効果を下記判定基準により評価した。その結果を表11に示す。
なお、ここで使用した各薬物の作用機序による分類及び主な適応疾患は表12に示すとおりである。
(判定基準)
↑↑:血糖上昇反応を強く増強する。
↑:血糖上昇反応を増強する。
→:血糖上昇反応への影響は小さい、あるいは不明確。
↓:血糖上昇反応を減弱する。
↓↓:血糖上昇反応を強く減弱する。
【0059】
表11の結果に示すように、複数の実験条件での持続的保定下における血糖上昇反応に対する各薬物の効果を比較することで、ジアゼパム、クロザピン、クロミプラミン、ハロペリドール、メチルフェニデートがそれぞれ奏する向精神作用(ジアゼパム様作用、クロザピン様作用、クロミプラミン様作用、ハロペリドール様作用、メチルフェニデート様作用)を区別できる。
【0060】
【表11】

【0061】
【表12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質が投与された被験動物を持続的に保定し、その状態下における血糖値を経時的に測定する工程を、前記保定を行う前の実験条件を変更して2回以上実施し、該物質が前記保定により誘発される血糖上昇反応に与える影響から、その向精神作用を評価することを特徴とする評価方法。
【請求項2】
前記実験条件は、物質の投与方法と、物質の投与前および/または後に前記被験動物に施される処置とを組み合わせて設定される請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
前記工程を、前記実験条件を変更して3〜9回実施する、請求項1または2に記載の評価方法。
【請求項4】
前記実験条件は、下記(1)〜(6)からなる群から選択される、請求項1〜3のいずれか一項に記載の評価方法。
(1)測定当日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させて物質を投与する。
(2)測定当日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、物質を投与する前または後に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
(3)測定前日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、馴化させた後、飼育室に戻し、測定当日に、再度実験室に移動させて物質を投与する。
(4)測定前日に、被験動物を飼育室から実験室に移動させ、馴化させた後、飼育室に戻し、測定当日に、再度実験室に移動させ、物質を投与する前または後に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
(5)測定前日まで物質を反復投与する。
(6)測定前日まで物質を反復投与し、測定当日に、新奇場面への曝露、電気刺激および保定のいずれかの刺激を一時的に負荷する。
【請求項5】
前記向精神作用は、ジアゼパム様作用、クロザピン様作用、ハロペリドール様作用、メチルフェニデート様作用、クロミプラミン様作用およびリチウム様作用からなる群から選択されるいずれか1種である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の評価方法。

【公開番号】特開2011−33408(P2011−33408A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−178313(P2009−178313)
【出願日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【出願人】(000006127)森永乳業株式会社 (269)
【Fターム(参考)】