説明

含フッ素Ni錯体の合成方法

【課題】 気相化学反応(CVD)により薄膜を形成させるための原料として有用な、気化性、安定性に優れた含フッ素β−ジケトンNi錯体の合成方法を提供する。
【解決手段】 Niの含フッ素β−ジケトン錯体を合成するに際し、Ni(C)無水塩を非プロトン性溶媒中に懸濁させ、含フッ素β−ジケトンを添加し反応させた後、60〜120℃の温度範囲で還流しながら、不活性ガス中で反応させ、二層分離した溶液から上層溶媒を溜去した後、再度非プロトン性溶媒を添加し、60〜120℃の温度範囲て還流後、−20〜15℃の温度範囲で冷却して結晶を析出させ、結晶を濾別後、再度非プロトン性溶媒を添加して60〜120℃の温度範囲て還流した後、−20〜15℃の温度範囲で冷却して結晶を析出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゾルゲル法や気相化学反応(CVD)により薄膜を形成させるための原料として有用な、気化性、安定性に優れた含フッ素Ni錯体の合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種の材料を大面積の基盤上に高速度で堆積させる手段のひとつとして、CVD法が用いられているが、CVD法に用いられるには、気化性、気化安定性、反応性に優れた化合物材料が必要とされている。
【0003】
例えば、半導体関連ではゲート絶縁膜、誘電体、強誘電体、耐熱、耐摩耗、遮熱、発光材料、Li電池の電極等の薄膜のCVD原料として、Niを用いたβ−ジケトン錯体がある。該錯体は、種々の方法で合成されるが、そのひとつとして水溶性無機塩を用い水溶液中でアセチルアセトンと反応させ錯体を合成する方法(非特許文献1、非特許文献2)がある。しかし、これらの合成方法では、結晶の水分除去が困難であり、高粘度の液体が生成していずれも良好な気化特性を示す結晶が得られない。
【0004】
また出発原料に塩化物や硝酸塩を用いた場合のβ−ジケトン錯体の合成ではアンモニア、尿素、ピリジン、アミン等をベースに用いる方法があるが、付加体を生成しやすくまた水分の除去が困難で再結晶化法を経て高真空下で長時間脱水後昇華精製する必要がある。かかる方法では収率30%と低くくまた高真空で非効率的であるばかりか、昇華物の回収時には水分除去が困難で本来の優れた気化特性が得られないという問題があった(非特許文献3、非特許文献4)。
【非特許文献1】Aust.J.Chem.,vol25,2247−2250(1972)
【非特許文献2】Aust.J.Chem.,vol26,1901−1910(1973)
【非特許文献3】Aust.J.Chem.,vol21,2003(1968)
【非特許文献4】J.Am.Chem.Soc,vol84,24(1962)
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記の欠点を鑑み鋭意検討した結果、Ni(C)の無水塩を非プロトン性無水溶媒中に懸濁させ、含フッ素β−ジケトンを滴下し、密封加圧下で反応させ、分液操作と冷却・再結晶化を2回繰り返すことによる高純度化工程を経て気化特性の優れた含フッ素β−ジケトンNi錯体を効率よく合成することを見出し本発明に到達したものである。
【0006】
すなわち本発明は、Niの含フッ素β−ジケトン錯体を合成するに際し、Ni(C)無水塩を非プロトン性溶媒中に懸濁させ、含フッ素β−ジケトンを添加し反応させた後、60〜120℃の温度範囲で還流しながら、不活性ガス中で反応させ、二層分離した溶液から上層溶媒を溜去した後、再度非プロトン性溶媒を添加し、60〜120℃の温度範囲て還流後、−20〜15℃の温度範囲で冷却して結晶を析出させ、結晶を濾別後、再度非プロトン性溶媒を添加して60〜120℃の温度範囲て還流した後、−20〜15℃の温度範囲で冷却して結晶を析出させることを特徴とする含フッ素β−ジケトンNi錯体の合成方法であり、その含フッ素β−ジケトンが、RCOCHCORで表されるβ−ジケトン化合物であり(ただし、R、Rは、炭素数1〜8までのアルキル基またはフッ素化アルキル基をそれぞれ表す。)、また、含フッ素β−ジケトンが、トリフルオロアセチルアセトン、ヘキサフルオロアセチルアセトン、またはヘプタフルオロオクタジオンであり、さらには、その非プロトン性溶媒が、トルエン、ベンゼン、キシレン、ジクロロメタン、クロロホルム、n−ヘキサン、n−ヘプタン、またはシクロヘキサンのいずれかであることを特徴とする含フッ素Ni錯体の合成方法を提供するものである。
【0007】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0008】
本発明において、用いる原料のNi塩としては、Ni(C)が挙げられる。この無水塩は、Ni(C)・2HOをあらかじめ120〜150℃で1〜4時間加熱すると結晶水が除去されて無水塩になる。
【0009】
次に、本発明で用いる含フッ素β−ジケトンは、RCOCHCORで表されるβ−ジケトン化合物である(ただし、R、Rは、炭素数1〜8までのアルキル基またはフッ素化アルキル基をそれぞれ表す。)。例えば、トリフルオロアセチルアセトン(CFCOCHCOCH)、ヘキサフルオロアセチルアセトン(CFCOCHCOCF)、ヘプタフルオロオクタジオン(CCOCHCOC(CH)等が挙げられる。特に好ましくは、トリフルオロアセチルアセトン、ヘキサフルオロアセチルアセトンである。
【0010】
また、本発明において用いる非プロトン性溶媒は、トルエン、ベンゼン、キシレン、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、ヘキサンまたはその異性体、ヘプタンまたはその異性体、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、メチルシクロペンタン、アセトニトリル等があげられ、特に、トルエン、ベンゼン、キシレン、ジクロロメタン、クロロホルム、n−ヘキサン、n−ヘプタン、またはシクロヘキサンが好ましい。さらにはトルエン、ヘキサンが好ましい。なお、合成した化合物は、水分を極端に抑えることが必要であるため、この非プロトン性溶媒は、モレキュラーシーブ等で完全に脱水処理して用いなければならない。
【0011】
次に、本発明の方法をより具体的に説明する。本発明において、脱水処理したNi(C)無水塩を非プロトン性溶媒中に懸濁させる。ここで非プロトン性以外の溶媒を用いると、無水Ni塩が一部溶媒と反応したり、得られた錯体が加水分解や付加体を生成して収率が低減する問題が生じるが、溶媒としては生成物のNi錯体と反応したり、付加体を生成しなければ特に限定される物ではない。次にあらかじめ脱水処理した含フッ素β−ジケトンを室温(10〜30℃)で1〜6時間徐々に添加し反応させるが、含フッ素β−ジケトンの添加量は、Ni金属に対し、1.0〜1.5当量に添加する。1.0当量未満では未反応の原料が残り、1.5当量を超えると含フッ素β−ジケトン配位子の未反応物の除去が必要で、また含フッ素β−ジケトンが高価であり好ましくない。
【0012】
次に、含フッ素β−ジケトンを添加後、溶液を60〜120℃の温度範囲で加熱還流しながら密閉系で反応をさせる。
【0013】
反応は、以下のように進む。
Ni(C)+2RCOCHCOR→ Ni(RCOCHCOR)+2C
(ここで、RCOCHCORは、含フッ素配位子を示す。)
ここで反応を進めるには発生するアセチルアセトンを速やかに除去させる必要がある。加熱還流時間は、合成量によるが、1〜3日間が適当である。
【0014】
また水分を極端に嫌うため、系内をプラス圧(1〜50Pa)に保ち、乾燥処理したガスを封止する。ガスはAr、He、N等の原料や生成物と反応しない不活性ガスを用いる必要がある。外気遮断方法として排気側に逆止弁を設けたり、もしくは冷却トラップを通し完全に外気と遮断することによって無水塩と含フッ素配位子との反応が一定の速度で進み水和物や副反応が抑制され高純度錯体が得られる。
【0015】
もし外気遮断処置が不十分であると水分の影響で原料が水和物を生成したり、含フッ素配位子自身が水和物を生成したり、一部多量体が生成したりして気化特性や収率が極端に劣る問題が生じる。
【0016】
外気遮断は、系内をややプラス圧(1〜50Pa)に保つことが好ましく、ここで系内の圧力が、1Pa未満や減圧側だと溶媒や錯体含フッ素配位子が不活性ガスに同伴して飛散して損失となり、また生成物が水和して好ましくない。 逆に系内の圧力が、50Paを超えるとスムースに反応が進まず、さらに系内が高圧になり、突沸や噴出等が懸念され安全上も好ましくない。
【0017】
次に、ややプラス圧下で1〜3日間徐々に還流させる。すなはち圧力調節をしない場合は初期の段階でアセチルアセトンが急激に生成して外気遮断が困難であり、冷却トラップ等の遮断では含フッ素β―ジケトンと水との反応が速く水和物の発生を抑制することが困難になる。またやや加圧下では初期のアセチルアセトンの生成が抑制され、一定の反応速度で錯体の生成反応が進み、1〜3日間還流すると反応が完結する。
【0018】
還流を止めて室温まで下げると溶液はやがて二層分離してくる。上層は緑色の透明溶液で、下層は深緑の結晶が析出する。その溶液をいったんエバポレーターで上層を除去する。この場合水浴温度は30〜45℃で行う。それ以上に水浴温度を上げるとNi錯体の一部が飛散して損失となる。上層の非プロトン性溶媒や過剰の含フッ素配位子およびアセチルアセトンが除去されると淡緑色結晶が残る。
【0019】
(1回目の結晶化)
この緑色結晶に対して2〜5倍体積の非プロトン性溶媒を添加して再度60〜120℃の温度範囲で還流すると不純物が上層の溶媒側に移行してやや淡緑色を呈色し、下層に菱角粗大結晶が分離する。−20〜15℃に冷却して12〜24時間静置すると下層部に粗大結晶が析出する。この結晶を濾別して少量の冷非プロトン性溶媒で洗浄乾燥後緑色の結晶を得る。
【0020】
(2回目の結晶化)
1回目の結晶化で得られた結晶に対して2〜5倍体積の非プロトン性溶媒を添加して再度60〜120℃の温度範囲で還流すると上層の溶媒が淡緑色に呈色し、結晶は溶解する。−20〜15℃に冷却して24時間静置すると下層部に緑色粗大結晶化が析出する。この結晶を濾別して少量の冷非プロトン性溶媒で洗浄乾燥後白色の結晶を得る。
【0021】
この2回の結晶化操作により、未反応物、有機物、タール分等は、上層に移行させ、下層に白色結晶に分離させることで高純度かつ高収率で含フッ素β―ジケトンNi錯体を得ることができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の方法は、昇華精製法のような煩雑な工程をとらず2回の再結晶によって高純度の含フッ素β−ジケトンNi錯体を高収率で得ることができ水分にも極めて安定で高い蒸気圧を有し、CVD法による被膜形成に好適な錯体を安価に大量に提供することができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例において本発明を具体的に説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。
【0024】
実施例1
Ni(CHO)の合成
原料Ni(C)・2HO を24.5g(48.2mmol)電気炉に入れて135℃に昇温して3時間保持すると22.7gに減量した。FT−IRの水分のピークの消失やTG分析から7.1%減量により完全に結晶水が除去され無水塩になったことを確認した。この脱水処理した無水塩をグローブボックス内で5.487g分取(21.14mmol)して、300mlの3口フラスコに脱水処理したトルエン100ml添加して懸濁させる。容器は密閉してあらかじめ乾燥窒素を封じておく、あらかじめ脱水蒸留したヘキサフルオロアセチルアセトン9.415g(1.07当量)を室温(20℃)で攪拌しながらゆっくり滴下する。淡青色懸濁液はブルーから深緑色へと変化して完全に溶解する。系内の圧力をプラス圧(1〜50Pa)に保持するよう不活性ガスを圧力調整をして通気する。排気は2段にトラップを設けて水分には充分留意する。約3時間でヘキサフルオロアセチルアセトンを滴下完了後、結晶が析出しはじめるが、さらに2日間95℃で還流する。密閉のまま室温(20℃)まで冷却させると、緑色の溶液と淡緑菱角の粗大結晶に分離する。この溶液をエバポレーターで40℃水浴上でトルエン溶媒や過剰のβ−ジケトンを溜去する。得られた残留物は淡緑色の結晶であった。
【0025】
(1回目結晶化)
得られた淡緑色の結晶に少量のトルエン80mlを加え95℃で2時間還流すると結晶は溶解した、これを0℃で15時間静置すると上層に緑色透明溶液と下層に緑色結晶が析出した。
【0026】
(2回目の結晶化)
下層部の結晶を濾別してこれに少量のトルエン40mlを加え95℃で2時間還流すると結晶は溶解した、これを0℃で15時間静置すると上層に緑色透明溶液と下層に緑色結晶が析出した。濾別洗浄後8.961g(収率89.7%)の緑色結晶が得られた。分析結果は、以下に示す。かっこ内は、理論値である。
Ni金属:ICP分析12.39 %(12.41%)
元素分析:C:25.59%(25.39%)
H:0.22%(0.21%)
F:48.66%(48.23%)
【0027】
これらの結果からビスヘキサフルオロアセチルアセトナトニッケル(Ni(CHO))と同定された。また、TG−DTAによる気化率は、98.6%(昇温10℃/min、Nガス流量300ml/min)の良好な気化特性を示した。
【0028】
比較例1
原料Ni(C)・2HOを脱水せずそのまま含水塩を用いて、以下操作手順は実施例1と同様に反応させた。
【0029】
原料Ni(C)・2HOをグローブボックス内で7.165g分取(24.5mmol)して、300mlの3口フラスコに脱水処理したトルエン100ml添加して懸濁させる。容器は密閉してあらかじめ乾燥窒素を封じておく、あらかじめ脱水蒸留したヘキサフルオロアセチルアセトン14.27g(1.40当量)を室温(20℃)で攪拌しながらゆっくり滴下する。系内の圧力をプラス圧(1〜50Pa)に保持するよう不活性ガスを圧力調整をして通気する。淡青色懸濁液はブルーから深緑色へと変化するが一部未溶解が残った。実施例1と同様の1回目結晶化と2回目の再結晶化で濾別した結晶を昇華精製したのちに分析すると、目的物の他に未反応原料、ヘキサフロロアセチルアセトン2水和物等の混合物が得られた。この混合物を熱分析すると、複雑な3段階に減量し、一部炭化して残り実施例1と比較して明らかに気化特性が劣った。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Niの含フッ素β−ジケトン錯体を合成するに際し、Ni(C)無水塩を非プロトン性溶媒中に懸濁させ、含フッ素β−ジケトンを添加し反応させた後、60〜120℃の温度範囲で還流しながら、不活性ガス中で反応させ、二層分離した溶液から上層溶媒を溜去した後、再度非プロトン性溶媒を添加し、60〜120℃の温度範囲て還流後、−20〜15℃の温度範囲で冷却して結晶を析出させ、結晶を濾別後、再度非プロトン性溶媒を添加して60〜120℃の温度範囲て還流した後、−20〜15℃の温度範囲で冷却して結晶を析出させることを特徴とする含フッ素β−ジケトンNi錯体の合成方法。
【請求項2】
含フッ素β−ジケトンが、RCOCHCORで表されるβ−ジケトン化合物であることを特徴とする請求項1に記載の含フッ素β−ジケトンNi錯体の合成方法。
ただし、R、Rは、炭素数1〜8までのアルキル基またはフッ素化アルキル基をそれぞれ表す。
【請求項3】
含フッ素β−ジケトンが、トリフルオロアセチルアセトン、ヘキサフルオロアセチルアセトン、またはヘプタフルオロオクタジオンであることを特徴とする請求項2に記載の含フッ素Ni錯体の合成方法。
【請求項4】
非プロトン性溶媒が、トルエン、ベンゼン、キシレン、ジクロロメタン、クロロホルム、n−ヘキサン、n−ヘプタン、またはシクロヘキサンのいずれかであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の含フッ素Ni錯体の合成方法。


【公開番号】特開2006−137732(P2006−137732A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−330889(P2004−330889)
【出願日】平成16年11月15日(2004.11.15)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】