説明

含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の結晶粒界現出方法

【課題】含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の焼入れ状態における結晶粒界の現出を、明瞭に現出させる方法を提供する。
【解決手段】焼入れ時の冷却を、少なくとも900℃〜400℃の温度範囲においては、冷却速度15℃/Hr以下の徐冷条件で行なって粒界への炭化物の析出を促進する。それに加えて、腐食液として濃度2〜10%のリン酸水溶液を使用して、0.5〜2時間にわたる腐食を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の焼入れ状態、とくに焼入れ−焼戻し状態における結晶粒界の現出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼の衝撃特性の解析に当たって、結晶粒度を決定するために鋼の組織を観察しようとする場合、結晶粒界を現出させる必要がある。結晶粒界を現出させる一般的な方法は、腐食液としてピクリン酸の飽和水溶液に界面活性剤を添加したものや、5%硝酸−アルコール溶液を使用し、腐食液に鋼材を一定時間浸漬したのち、顕微鏡観察することからなる(非特許文献1)。
【非特許文献1】JIS G 0551
【0003】
そうした既知の方法は、含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼を観察の対象とする場合、必ずしも有利に行なえるとは限らない。たとえば、この種の鋼の代表であるSKD61鋼に上記の腐食液を適用すると、粒内の腐食が生じて、粒界を読み取ることができない。その原因は、多量の炭化物が存在することにある。焼入れたままの状態では、炭化物がマトリクスに溶け込んでいるため、ある程度は粒界が現出するが、焼入れ−焼戻し状態になると、溶け込んでいた炭化物が析出してくるため、腐食液に浸漬したとき粒内の腐食が進んで、粒界がいっそう明瞭になる。
【0004】
この問題への対策として、発明者は、まず、顕微鏡観察面に不動態の膜をつくり、粒界だけ膜を破ることで粒界の観察を可能にできるのではないかと考え、試みた。具体的には、試料を高濃度の硝酸水溶液に浸漬して不動態膜を形成させ、そこへアルコールを徐々に滴下して薄めて行くことにより不動態膜を破壊したならば、もっとも弱いと考えられる粒界から先に不動態が破壊されるのではないか、という期待である。電解腐食用の70%硝酸水溶液に試料を入れ、スポイトでアルコールを滴下して行きながら腐食状況を観察したところ、観察できる程度には粒界が現出するが、腐食状況が不安定で、よく観察できる場合とできない場合とがあることが経験された。また、硝酸とアルコールとが激しく反応して危険に感じることがあった。
【0005】
つぎの対策として、発明者は、腐食液である界面活性剤入りの飽和ピクリン酸水溶液を、もっと弱い酸に置き換えることを試みた。粒内の腐食が進むのは、酸が強すぎるためであって、弱い酸に長時間浸漬してゆっくり腐食させたら、粒界が現出するのではないか、という期待である。そこで、(1)1%ピクリン酸水溶液に1時間、(2)1%塩酸水溶液に16時間、(3)5%リン酸水溶液に1時間、それぞれ浸漬する実験を行なった。腐食液には、いずれも界面活性剤を添加した。
【0006】
上記の実験の結果、つぎの事実がわかった。(1)ピクリン酸は、濃度を薄くしても、必要な浸漬時間が長くなるだけで、腐食の状況は変わらない。(2)塩酸は、ピクリン酸よりよいが、長時間(10時間〜一昼夜)の浸漬を必要とし、実用的といえない。(3)リン酸は、ある程度濃いものを用いることで、改善される。
【0007】
リン酸に期待できるという希望に力を得た発明者は、粒界の現出をより明瞭にする方策として、焼入れ時の冷却を徐冷条件で行ない、冷却時に炭化物の粒界への拡散析出を促進させる、ということを考えた。この方策は成功し、リン酸水溶液による腐食と組み合わせたとき、含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の粒界の観察が容易になることを確認した。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、発明者が得た上記の知見を活用し、含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の焼入れ状態、とくに焼入れ−焼戻し状態における結晶粒界の現出を明瞭にする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の結晶粒界現出方法は、この種の鋼の組織を、焼入れ状態とくに焼入れ−焼戻し状態において観察するために結晶粒界を現出させる方法であって、焼入れ時の冷却を、少なくとも900℃〜400℃の温度範囲においては、冷却速度15℃/Hr以下の徐冷条件で行なって粒界への炭化物の析出を促進すること、および腐食液として濃度2〜10%のリン酸水溶液を使用して、0.5〜2時間にわたる腐食を行なうことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法により含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の結晶粒界を現出させるときは、従来は不明瞭であった結晶粒界をきわめて明瞭に現出させることができ、鋼の組織の観察を容易にし、衝撃特性の評価に役立てることが可能になる。従来は、この種の含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の合金組成や熱処理条件などを決定するには、衝撃試験により得た衝撃強度に基づいて、経験的な模索をするほかなかったが、結晶粒界を観察することが容易になれば、より直接的に衝撃特性を向上させるアプローチが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
冷却は、高温に長時間保持すると結晶粒が成長することを考慮して、一般的な急冷条件で行なうことが好ましい。続く900℃から400℃程度までの温度域においては、上記のように冷却を緩慢にし、炭化物が粒界に拡散して析出するように仕向ける。冷却速度は、上記のように、15℃/Hr以下の徐冷である。好ましくは、10〜8℃/Hrの徐冷を行なう。この冷却条件は、通常の炉冷によって容易に実現できる。それに続く400℃を下回る温度域においては、もはや冷却速度が結晶粒の成長にも、炭化粒の析出にもほとんど影響しなくなるから、冷却の条件を考慮する必要はない。
【0012】
リン酸水溶液による腐食は、濃度2〜10%、好ましくは約5%のリン酸水溶液に、常温で、0.5〜2時間浸漬することによって行なう。いうまでもないが、リン酸濃度が高い場合は、浸漬時間は短くなり、濃度が低い場合は、時間が長くなる。常用の界面活性剤であるドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ、ラウリルベンゼンスルホン酸ソーダなどを所定量添加して、腐食状況を安定して得ることが好ましい。浸漬は複数回に分けて行なってもよいが、非浸漬時間をできるだけ短時間にして、腐食斑を防ぐことが望ましい。
【0013】
本発明の結晶粒界現出方法は、含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の範疇に含まれる鋼に対して適用できるが、規格化されている具体的な鋼種とその合金組成を挙げれば、つぎの表1のとおりである。
【0014】
表1 質量% 残部Fe

【実施例】
【0015】
大同特殊鋼(株)製の熱間ダイス鋼「3*H6RMV4」(Fe−0.3C−6Cr−3Mo−1V)の試験片を、1030℃に15分間加熱したのちに、焼入れ条件を、油冷、空冷、または空冷→900℃以降炉冷から選び、腐食条件を、5%ナイタール液に60秒間浸漬、または5%リン酸水溶液+界面活性剤に1時間浸漬から選んで、腐食面を顕微鏡観察した。結果(倍率400)を、図1および図2に示す。それぞれの条件は、下記の表2に示すとおりである。
【0016】
表2

【0017】
図1にみるように、本発明の条件に従って熱処理した場合(C)は、ナイタール液による腐食の場合に、辛うじて結晶粒界が読めそうであるが、やはり十分でない。それ以外の熱処理によるとき(AおよびB)は、粒界を観測することができない。本発明の条件に従って腐食を行なった図2においては、冷却が急速な油冷(A)では結晶粒界が見えないが、冷却が緩やかな空冷(B)になると、ある程度粒界らしきものが現われ、完全に本発明に従った場合(C)は、粒界がよく現出していて、衝撃特性との関係を評価する上で問題がない。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施データ(すべて比較例)であって、熱間ダイス鋼を異なる焼入れ条件で焼入れ、常用の5%ナイタール液で腐食させた場合の顕微鏡写真(×400)。A)は油冷、B)は空冷、C)は本発明に従って空冷→900℃以降炉冷した場合。
【図2】本発明の実施データ(比較例+実施例)であって、熱間ダイス鋼を異なる焼入れ条件で焼入れたものを、5%リン酸水溶液+界面活性剤で腐食させた場合の顕微鏡写真(×400)。A)は油冷、B)は空冷、C)は本発明に従って空冷→900℃以降炉冷した場合。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
含Cr−Mo−V系熱間ダイス鋼の組織を、焼入れ状態において観察するために結晶粒界を現出させる方法であって、焼入れ時の冷却を、少なくとも900℃〜400℃の温度範囲においては、冷却速度15℃/Hr以下の徐冷条件で行なって粒界への炭化物の析出を促進すること、および腐食液として濃度2〜10%のリン酸水溶液を使用して、0.5〜2時間にわたる腐食を行なうことを特徴とする結晶粒界現出方法。

【図1】
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【図2】
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