説明

周期構造を有するマイクロプレート、並びに、それを用いた表面プラズモン励起増強蛍光顕微鏡、蛍光マイクロプレートリーダーおよび特異的な抗原抗体反応の検出方法

【課題】既存の蛍光顕微鏡や蛍光マイクロプレートリーダーを利用することで、単純な光学系で操作が簡便な、高感度蛍光検出を実現できる低価格の表面プラズモン励起増強蛍光顕微鏡および蛍光マイクロプレートリーダーを提供すること。
【解決手段】観測対象の試料(A)を搭載するマイクロプレート(4)を有する蛍光顕微鏡(1)または蛍光マイクロプレートリーダーであって、マイクロプレート(4)が、表面に周期構造を有するベース基板と、ベース基板の周期構造の上に形成された金属層と、金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、金属層が、表面プラズモンを発生し得る金属で形成され、マイクロプレート(4)に、ベース基板側から光(Li)を入射させて消光抑制層側に表面プラズモン共鳴光(Lp)を発生させ、それを消光抑制層表面に吸着および結合した蛍光分子の励起場とし、増強蛍光を観察することのできるプレートである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance、以下SPRとも記す)
によって発生する表面プラズモン共鳴光により、蛍光物質を励起して蛍光を発生させる表面プラズモン励起増強蛍光(Surface Plasmon Fluorescence)を用いた高感度蛍光顕微鏡およびマイクロプレートリーダーに関する。
【背景技術】
【0002】
汎用のエピ蛍光(落射蛍光)顕微鏡を用いて試料の蛍光観察を行う場合、暗くて十分に見えないときや、バックグラウンドが非常に高くて(明るくて)試料が十分に見えないときには、より高感度でS/Nの高い測定が必要とされる。これまでは全反射蛍光顕微鏡(TIRF)や、高分解能を特徴とする共焦点顕微鏡を用いて観測されてきた。
【0003】
一方、表面プラズモン共鳴顕微鏡に関して、種々の論文や特許出願(下記特許文献1〜5参照)がなされており、装置として市販もされている。しかし、特許文献1〜5に開示されている基本光学系を応用して、蛍光顕微鏡であるSPFM(Surface Plasmon Fluorescence Microscopy)を実現することは現状では不可能である。その理由は、市販の表面
プラズモン共鳴顕微鏡では、入射光学系に高屈折率対物レンズを用いており、この対物レンズの屈折率の制限によって使用可能な光の波長が近赤外領域に制限されることになり、一般的な蛍光分子の励起光として用いることができないからである。
【0004】
これに対し、下記特許文献6、7には、プリズムを用いた光学系をもつ表面プラズモン共鳴顕微鏡からSPFMへの展開が開示されている。
【特許文献1】特開2001−242071号公報
【特許文献2】特開2001−255267号公報
【特許文献3】特開2003−83886号公報
【特許文献4】特開2004−117181号公報
【特許文献5】特開2006−3282号公報
【特許文献6】特開平10−307141号公報
【特許文献7】特開2006−208294号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記したように、高感度・高分解能蛍光検出が可能な顕微鏡として、全反射顕微鏡、あるいは共焦点顕微鏡があるが、高出力レーザー等を装備していることが多く、光学系が複雑なシステムであり、そのため操作が複雑であり、且つ高価格であるという問題がある。
【0006】
上記した特許文献6、7に開示されたSPFMに関しても、図19に示すクレッチマン型の配置を採用しているために光学系が複雑であり、操作が複雑である問題がある。
【0007】
一方、蛍光を観測するための別の装置として、マイクロプレートリーダーがある。従来のマイクロプレートリーダーで蛍光検出する場合、十分な強度の蛍光を発生させるためには、高濃度でかつ微量とは言えない程度の試料を準備する必要がある問題がある。
【0008】
本発明は、上記の課題を解決すべく、単純な光学系を採用し操作が簡便であり、且つ低価格の高感度な蛍光検出を実現する表面プラズモン励起増強蛍光顕微鏡を提供することを
目的とする。
【0009】
また本発明は、既存の蛍光マイクロプレートリーダーよりも高感度な表面プラズモン励起増強蛍光マイクロプレートリーダーを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は、上記の課題を解決するために鋭意研究した結果、周期構造上に金属および消光抑制膜を調製した基板で発生した表面プラズモンを利用することによって、プリズムを使用しない高感度の蛍光顕微鏡および蛍光マイクロプレートリーダーを実現できることを見出した。
【0011】
即ち、本発明に係る第1のマイクロプレートは、蛍光顕微鏡または蛍光マイクロプレートリーダーにおいて使用され、観測対象の試料を搭載するためのマイクロプレートであって、表面に周期構造を有するベース基板と、前記周期構造の上に形成された金属層と、前記金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、前記金属層が、表面プラズモン共鳴光を発生し得る金属で形成され、前記ベース基板側から光が入射されて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、発生した前記電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光が検出されることを特徴としている。
【0012】
また、本発明に係る第2のマイクロプレートは、蛍光顕微鏡または蛍光マイクロプレートリーダーにおいて使用され、観測対象の試料を搭載するためのマイクロプレートであって、表面に周期構造を有するベース基板と、前記周期構造の上に形成された金属層と、前記金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、前記金属層が、表面プラズモン共鳴光を発生し得る金属で形成され、前記消光抑制層側から光が入射されて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、発生した前記電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光が、前記ベース基板側から検出されることを特徴としている。
【0013】
また、本発明に係る第3のマイクロプレートは、上記の第1または第2のマイクロプレートにおいて、前記周期構造が一方向に沿って形成された複数の溝部を備え、前記周期構造の周期が10nm以上1μm以下であることを特徴としている。
【0014】
また、本発明に係る第4のマイクロプレートは、上記の第3のマイクロプレートにおいて、前記周期構造が、前記一方向と交差する方向に沿って形成された複数の溝部をさらに備えることを特徴としている。
【0015】
また、本発明に係る第5のマイクロプレートは、上記の第1〜4のマイクロプレートの何れかにおいて、前記消光抑制層の厚さが10nm以上100nm以下であることを特徴としている。
【0016】
また、本発明に係る第6のマイクロプレートは、上記の第1〜5のマイクロプレートの何れかにおいて、前記金属層が遷移金属の膜厚10〜500nmの薄膜で形成されていることを特徴としている。
【0017】
また、本発明に係る第7のマイクロプレートは、上記の第1〜6のマイクロプレートの何れかにおいて、前記ベース基板と前記金属層との間に、膜厚0.1〜3nmの接着層を備え、前記金属層と前記消光抑制層との間に、膜厚0.1〜3nmの接着および酸化防止層を備えていることを特徴としている。
【0018】
また、本発明に係る第8のマイクロプレートは、上記の第7のマイクロプレートにおいて、前記金属層が銀で形成され、前記消光抑制層がSiO2で形成されていることを特徴
としている。
【0019】
また、本発明に係る第9のマイクロプレートは、上記の第8のマイクロプレートにおいて、前記消光抑制層の厚さが10〜50nmであることを特徴としている。
【0020】
また、本発明に係る第10のマイクロプレートは、上記の第1〜7のマイクロプレートの何れかにおいて、前記金属層が金で形成され、前記消光抑制層の厚さが10〜70nmであることを特徴としている。
【0021】
また、本発明に係る第11のマイクロプレートは、上記の第3のマイクロプレートにおいて、
前記ベース基板の表面の前記周期構造が、矩形の周期構造であり、
前記金属層が、矩形の周期構造であり、厚さ200nmに形成され、
前記溝部の深さをdnmとし、前記周期に対する凸部の長さの割合をM%として、
5≦d<15、且つ、15≦M<45、45<M<85、若しくは85<M<100、
15≦d<25、且つ、10≦M<100、
25≦d<35、且つ、10≦M≦40、60≦M≦70、若しくは75≦M≦95、または、
35≦d<45、且つ、0<M≦40、45≦M≦55、若しくは60≦M≦70
であることを特徴としている。
【0022】
また、本発明に係る第12のマイクロプレートは、上記の第3のマイクロプレートにおいて、前記金属層が、表面にスロープを有することを特徴としている。
【0023】
また、本発明に係る第13のマイクロプレートは、上記の第12のマイクロプレートにおいて、
前記ベース基板の表面の前記周期構造が、矩形の周期構造であり、
前記金属層が、矩形の段差部分に対応する表面に前記スロープを有し、厚さ200nmに形成され、
前記周期に対する前記スロープの長さの割合が10±5%であり、
前記溝部の深さをdnmとし、前記周期に対する山の長さの割合をM%として、
5≦d<15、且つ、0<M<70、若しくは70<M<100、
15≦d<25、且つ、0<M<80、若しくは80<M<100、
25≦d<35、且つ、0<M<60、若しくは60<M<100、または、
35≦d<45、且つ、0<M<60、若しくは60<M<100
であることを特徴としている。
【0024】
また、本発明に係る第14のマイクロプレートは、上記の第1〜13のマイクロプレートの何れかにおいて、前記マイクロプレートの前記消光抑制層の表面に、蛋白質または細胞を吸着または結合させるために、前記消光抑制層の前記表面にアミノ化またはアルキル化の処理が施されることを特徴としている。
【0025】
また、本発明に係る第15のマイクロプレートは、蛍光顕微鏡または蛍光マイクロプレートリーダーにおいて使用され、観測対象の試料を搭載するためのマイクロプレートであって、表面に周期構造を有するベース基板と、前記周期構造の上に形成された金属層と、前記金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、前記金属層が、表面プラズモン共鳴光を発生し得る金属で形成され、前記消光抑制層側から光が入射されて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、発生した前記電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光が、前記消光抑制層側から検出され、前記マイクロプレートの前記消光抑制層の表面に、蛋白質または細胞を吸着または結合させるために、前記消光抑制層の前記表面にア
ミノ化またはアルキル化の処理が施されることを特徴としている。
【0026】
また、本発明に係る第16のマイクロプレートは、上記の第14または第15のマイクロプレートにおいて、前記マイクロプレートの前記消光抑制層の表面が、さらに末端が活性エステル化カルボキシル基で修飾されたビオチン化ポリエチレングリコールと反応させられ、ストレプトアビジンを含む蛍光標識抗原または抗体との結合の検出に使用されることを特徴としている。
【0027】
本発明に係る検出方法は、上記の第1〜16のマイクロプレートの何れかを用いて特異的な抗原抗体反応を検出する方法であって、前記マイクロプレートの前記消光抑制層の表面に抗体を吸着あるいは結合させるステップと、蛍光標識二次抗体を利用して特異的な抗原抗体反応を増強蛍光により検出するステップとを含み、リンス操作が不要であることを特徴としている。
【0028】
本発明に係る表面プラズモン励起増強蛍光顕微鏡は、観測対象の試料を搭載するマイクロプレートを有する蛍光顕微鏡であって、前記マイクロプレートが、表面に周期構造を有するベース基板と、該ベース基板の周期構造の上に形成された金属層と、該金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、前記金属層が、表面プラズモンを発生し得る金属で形成され、前記マイクロプレートに、前記ベース基板側から光を入射させて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、発生した該電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光検出することを特徴としている。
【0029】
本発明に係る表面プラズモン励起増強蛍光マイクロプレートリーダーは、観測対象の試料を搭載するマイクロプレートを有する蛍光マイクロプレートリーダーであって、前記マイクロプレートが、表面に周期構造を有するベース基板と、該ベース基板の周期構造の上に形成された金属層と、該金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、前記金属層が、表面プラズモンを発生し得る金属で形成され、前記マイクロプレートに、前記ベース基板側から光を入射させて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、発生した該電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光検出することを特徴としている。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、クレッチマン型のようにプリズムを使用することなく、光の入射角度を小さくすることができるので、従来の落射照明または透過照明を採用した正立または倒立蛍光顕微鏡の何れをも使用することができる。従って、操作が簡単であり、NAの小さい対物レンズを使用することができ、明るい蛍光観測が可能である。
【0031】
また、蛍光観察において空間選択性を高くすること、即ち、マイクロプレート界面だけ(マイクロプレート表面から200nm未満の範囲)を観測することができるので、バックグラウンドによるノイズの影響をほとんど受けず、検体の注入後、リンス(洗浄)操作をせずに計測することが可能である
また、マイクロプレート界面の表面プラズモン共鳴光は入射光強度の100倍以上に増強されるので、高出力のレーザーを用いる必要がなく、ランプ光源でも既存のエピ蛍光顕微鏡よりも100倍程度明るい蛍光を観測することができる。
【0032】
また、ランプ光源を用いることで、適当な光学フィルターを選択することで広範囲に波長選択可能になるので、レーザーを装備した顕微鏡に比べてコンパクトであり、低価格である。
【0033】
従来の全反射顕微鏡、あるいは共焦点顕微鏡では、高出力レーザー等を装備していることが多く、また、光学系が複雑なシステムであり、操作の複雑性と高価格が問題となり、
一般に広く普及することが難しい状況であったが、本発明によると、これらの問題を解決することができるので、汎用型の高感度蛍光顕微鏡として普及することが期待できる。特に、蛍光標識を行って試料を観測する医療・生物分野の普及に大きく貢献することが期待できる。
【0034】
また、本発明を蛍光マイクロプレートリーダーに適用した場合、蛍光の増幅が期待でき、照明の入射角も低角でよいため、既存のマイクロプレートリーダーでも、低濃度試料や極微量試料の測定が可能となる。
【0035】
また、本発明のマイクロプレートは、特異的な抗原抗体反応を検出するのに有効である。即ち、マイクロプレートの消光抑制層の表面に抗体を吸着あるいは結合させ、リンス操作を行うことなく、蛍光標識二次抗体を利用して特異的な抗原抗体反応を増強蛍光により検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下に、添付の図面を参照して本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0037】
まず、蛍光顕微鏡には、図1に示したように、観測対象Aに対する照明光Liの入射方
向および蛍光Lpの観測方向の組み合わせに応じて4種類がある。具体的には、次の通りである。
落射型正立顕微鏡の場合、照明光の入射方向がIN1であり、観測方向がTである
落射型倒立顕微鏡の場合、照明光の入射方向がIN2であり、観測方向がBである。
透過型正立顕微鏡の場合、照明光の入射方向がIN2であり、観測方向がTである。
透過型倒立顕微鏡の場合、照明光の入射方向がIN1であり、観測方向がBである。
本発明はこれら全てを対象とするが、以下では、説明を簡潔にするために、適宜これらの一部について説明する。
【0038】
図2は、本発明の実施の形態に係る表面プラズモン励起増強蛍光顕微鏡(以下、SPFMという)の一例を示す図である。図2に示したSPFM1は、顕微鏡本体(以下、本体という)2と、顕微鏡ステージ(以下、ステージという)3の上に搭載されるマイクロプレート4とを備えている。図2では、マイクロプレート4の上に試料Aが搭載され、照明光Liが下から入射し、観測光(プラズモン励起増強蛍光)Lpが上から観測される様子を示している。即ち、図2のSPFM1は、透過型正立顕微鏡に分類される。
【0039】
本SPFM1は、マイクロプレート4に特徴を有し、それ以外の蛍光顕微鏡として機能する上で必要な、本体2の構成要素は従来の蛍光顕微鏡と同じである。即ち、本体2の構成要素である光源、対物レンズ、接眼レンズ、干渉ミラー(ダイクロイックミラー)、干渉フィルター(励起フィルター)、蛍光フィルターなどは、公知の蛍光顕微鏡と同じものを使用する。従って、それらに関する説明を省略する。
【0040】
図3は、本実施の形態に係るマイクロプレート4の構成を示す断面図である。マイクロプレート4は、ベース基板5と、ベース基板5の表面に形成された金属層6および消光抑制層7とを備えて構成されている。なお、図3では省略しているが、ベース基板5と金属層6との間、金属層6と消光抑制層7との間には、それぞれ、隣接する2つの層を接着するための層(以下、接着層という)を備えていることが好ましい。
【0041】
ベース基板5は、表面に周期的構造である格子が形成されている。ベース基板5は、入射光Liおよび観測光Lpに対して透明な材質、例えばガラス、プラスチックなどで形成されていれば、落射および透過型の何れの蛍光顕微鏡観察においても使用できる。落射の観察に限るのであれば、ベース基板5は透明である必要はない。周期構造は、例えば一方
向に沿ってほぼ等間隔に配置された複数の溝を有する形状であり、溝は、例えば鋸歯状溝、正弦波状溝、矩形状溝である。周期構造の周期、即ち隣接する溝の間隔は、観察に使用する波長以下、例えば10〜1000nm(ナノメートル)であり、好ましくは100〜600nmである。周期構造の高さ(溝の深さ)は4〜400nm、アスペクト比は0.005〜10である。
【0042】
なお、ナノスケールの周期構造をもつ周期構造は、例えば、特許第3350711号公報、特許第2832337号公報、特開2004−117810号公報などに開示されている方法を使用して形成することができる。
【0043】
金属層6は、金、銀、銅、プラチナ、ニッケルなどの遷移金属であることが好ましい。金属層6の膜厚は、10〜500nmが好ましく、より好ましくは50〜200nmである。しかし、金属層6は、遷移金属に限定されず、表面プラズモンを発生可能な金属であればよく、その場合にも膜厚は10〜500nmが好ましく、より好ましくは50〜200nmである。
【0044】
消光抑制層7には、ポリカーボネートやポリメタクリル酸メチルのような有機高分子やシリカ(SiO2)など、観察に用いる入射光や発生する蛍光の波長領域で吸収のない(
若しくは吸収の少ない)透明な薄膜を用いる。表面プラズモン励起増強蛍光法の特徴である増強蛍光は、蛍光分子と金属との距離が近いと、強い励起場で励起された蛍光も金属表面にエネルギー移動して消光されてしまう。従って、試料を金属層6から所定距離だけ離隔させて消光を抑制することが必要である。また、表面プラズモン共鳴による励起場は近接場であるために、金属表面から離れるにしたがってその電場強度は減衰するため、金属表面からおよそ100nm以内に存在する蛍光分子のみが効率よく励起される。そのために、消光抑制層7の膜厚は、約10nm〜100nmの範囲で金属層6の種類に応じて決定される。たとえば、膜厚の最適値は、金属層6が銀の場合10〜50nmであり、より好ましくは20〜50nmである。金の場合、膜厚の最適値は10〜70nmであり、より好ましくは40〜70nmである。
【0045】
試料を含む水溶液(燐酸緩衝液など)をマイクロプレート4上に搭載して観測する場合が想定される。従って、金属層6に銀を使用する場合には、水中で非常に不安定な銀を保護するために、ベース基板5と銀との間および銀と消光抑制層7(例えば、SiO2)と
の間に、酸化を防止する層(以下、酸化防止層という)を形成することが望ましい。なお、酸化防止層は、少なくとも銀と消光抑制層7との間にあればよい。例えば、ベース基板5と銀との間に接着層として機能する第1層を形成し、銀と消光抑制層7との間に接着および酸化防止層として機能する第2層を形成する。例えば、第1層および第2層は、それぞれ膜厚0.1〜3nmの薄膜として形成される。第2層は、銀を保護できる材質の層であればよく、例えばクロム(Cr)、アルミニウム、チタン、パラジウムで形成される。なお、第2層は消光抑制層7の接着性を高める役割をもする材質が望ましく、この意味でもクロム(Cr)が適している。
【0046】
次に、図4を参照して、入射光の偏光方向と周期構造の方向との関係について説明する。図4は、周期構造が形成された平面の一方から光が入射することを示しており、上からの入射に限定されることを意味する訳ではない。表面プラズモン共鳴光の発生には、p偏光の光が必要である。また、周期構造の配置との関係では、p偏光が、周期構造の方向(格子の溝に垂直な方向)の成分を含んでいることが必要である。
【0047】
図4の(a)は、マイクロプレート4に光が入射する状態を示す斜視図であり、(b)はその平面図である。平面U1、U2は、マイクロプレート4の表面に垂直であり、且つマイクロプレート4表面に形成された格子8の方向(格子の溝に垂直な方向)V1と平行
な平面U1と、それに直交する平面U2である。入射光L1、L2は、光源から出力され、対物レンズによって円錐形に集光されてマイクロプレート4に入射する光のうち、それぞれ平面U1内、U2内を進行する光である。ここで、入射光L1、L2は、偏光フィルターなどによる偏光を受けていない光であるとする。従って、マイクロプレート4に対する入射光L1、L2のp偏光成分V2、V3の成分のうちV1と平行な成分によって表面プラズモン共鳴光が発生する。このように、マイクロプレート4への入射光が偏光していない場合、マイクロプレート4の表面に形成された格子8の方向V1に平行な成分をもつ入射光のp偏光によって表面プラズモン共鳴光が発生する。
【0048】
その一方、入射光が偏光フィルターなどによって所定の方向に偏光されている場合、マイクロプレート4の配置によっては、表面プラズモン共鳴光がほとんど発生しない場合がある。図5は、図4と同様の斜視図であるが、マイクロプレート4が図4の状態から90度回転されて配置されている。また、図5では、偏光フィルターなどによって偏光軸Sの入射光が対物レンズによって円錐形に集光されているが、平面U1およびU2内を伝播する光L1、L2に対しては、平面U1の面内方向と、平面U2に対する法線方向にそれぞれ偏光(V2とV4)されることとなる。この場合、p偏光成分V2が格子の方向V1と直交しており、V4はマイクロプレート4に対してs偏光になるため、光L1、L2の何れによっても表面プラズモン共鳴光が発生しない。L1、L2以外の入射光に対してもp偏光性とV1との平行性が低いために効率よく表面プラズモン共鳴光は発生しない。よって、図5のような偏光軸の入射光と格子の配置では、明るい蛍光画像は得られない。
【0049】
従来の蛍光顕微鏡において、偏光子を挿入しなくとも、通常組み込まれているフィルターセットの中に偏光依存性のある素子(ダイクロイックミラーなど)が含まれている場合、上記したように表面プラズモン共鳴光が効率よく発生するように、マイクロプレート4の配置、即ち格子の方向を調節することが必要である。
【0050】
以上、本発明の実施の形態を、蛍光顕微鏡に適用する場合について説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されず、種々変更して実施することができる。特に、本発明のマイクロプレートは、落射型正立顕微鏡、落射型倒立顕微鏡、透過型正立顕微鏡、透過型倒立顕微鏡の何れの蛍光顕微鏡においても使用され得ることを明記しておく。また、本発明は、蛍光マイクロプレートリーダーに対しても同様に適用可能である。
【0051】
また、周期構造の形状は、上記した一方向に溝を有する形状に限定されず、図6に示すような、ベース基板5’の表面に交差する2方向に溝を形成した2次元周期構造や円形(フレネル)の周期構造であってもよい。図6は、2次元周期構造が形成されたベース基板5’の平面図である。ベース基板5’の表面には、複数の溝部9が直交する2方向に、即ち凸部10が直交する2方向に配列している。なお、溝9を形成する2方向は、直交していなくてもよく、斜めであってもよい。
【0052】
2次元周期構造が形成されたベース基板を用いる場合、偏光した入射光を使用する場合にも、マイクロプレートの配置による蛍光強度への影響を小さくすることができる。また、偏光していない光を使用する場合、入射光の利用効率が高くなり、より明るい蛍光を観測することができる。
【0053】
蛍光マイクロプレートリーダーに使用する本発明に係るマイクロプレートに関しては、図7(上側は縦断面図、下側は平面図)に示したように、ベース基板5表面上の、アレイ状に配置された複数の領域11に周期構造を形成した後、ベース基板5の上に金属層6、消光抑制層7を順に形成すればよい。このとき、全ての領域11において周期構造の溝を同じ方向になるように形成することが望ましい。蛍光マイクロプレートリーダーで観測する場合、これらの複数の領域11の上に微量の試料をスポッティングして観測する。
【0054】
また、図7では、ベース基板5の表面全体に金属層6および消光抑制層7を形成しているが、これに限定されず、少なくとも周期構造が形成された領域11の上に金属層6および消光抑制層7が形成されていればよい。また、各領域11に、図6に示した2次元周期構造を形成してもよい。
【0055】
以下に、実施例を示し、本発明の特徴をさらに明らかにする。
【実施例1】
【0056】
ベース基板としてガラス基板を使用し、その表面に観測波長オーダー以下の周期構造(周期:480nm、深さ:31nm、M:40%(図10参照、詳細は後述する))をもつ格子を形成し、さらにその上に接着層(Cr、膜厚0.3nm)、金属薄膜(銀、膜厚100nm)、接着および酸化防止層(Cr、膜厚1nm)、消光抑制層(SiO2、膜
厚20nm)をスパッター法により形成してマイクロプレートを製作した。コントロール(比較対照)として周期構造のないスライドガラスにも同様に成膜した。
【0057】
波長632.8nmのp偏光入射光をベース基板側または消光抑制層側から入射して観測したマイクロプレートの反射率(即ち、落射で観測)の結果を図8に示す。入射光の偏光面と格子の方向V1との関係は平行である。図8では、ベース基板側からの入射による反射率カーブを点線で、消光抑制層側からの入射による反射率カーブを実線で描いている。
【0058】
図8のグラフから、周期構造基板のベース基板側からの入射、および消光抑制層側からの入射、どちらにおいても表面プラズモン共鳴光の発生が観測できることが分かる。図8では、ベース基板側からの入射でΨ=0(度)、φ=22(度)である場合に、表面プラズモン共鳴光が最も強く発生しており、消光抑制層側からの入射ではΨ=0(度)、φ=16(度)で表面プラズモン共鳴光が最も強く発生している(Ψは、図9に示したように、入射光の偏光面と格子の方向の成す角度である)。従って、NAの小さい対物レンズでも十分明るい蛍光観測が可能になることを示唆している。その一方で、このような表面プラズモン共鳴光が効率よく発生するのはp偏光入射光のときのみならず、角度Ψ回転させた光を用いて入射した場合にも発生させることができる。コントロールの周期構造のない基板では、入射角に依存せず、すべて80%以上の反射率(従って、表面プラズモン共鳴光の観測が難しい)を示した。
【0059】
よって、図8の結果から、マイクロプレートのどちら側から光を入射しても、表面プラズモン共鳴場を発生させ得ることがわかった。実際には、試料を搭載したマイクロプレートの配置および入射光の角度を調節し、最適状態を決定することが望ましい。
【実施例2】
【0060】
さらに本願発明者は、類似した周期構造を形成した基板を用いても、増強蛍光効果を生じさせる表面プラズモン共鳴場を発生しない基板が存在することを見出した。これについて、実験結果とシミュレーション結果との比較検討を行い、表面プラズモン共鳴発生の条件として、周期構造のデューティ比(duty ratio)、溝部の深さ、形状が重要であることを見出した。そして、シミュレーションにより、これら条件の望ましい範囲を決定することができた。以下に、具体的に説明する。
【0061】
(1)まず、類似した周期構造をもつ次の2枚のベース基板(SiO)を用いて、スパッター法により、ベース基板の周期構造上に金属層および消光抑制層を調製してマイクロプレートを製作した。具体的には、周期構造の上に約200nmの厚さで銀薄膜を形成し、
さらにその上に約20nmの厚さで消光抑制層としてSiOを形成した。そして、これらの
マイクロプレートを用いて、実施例1と同様に表面プラズモン共鳴を観測した。
基板1:周期が480nm、溝部の深さが31nm、デューティ比が0.4
基板2:周期が480nm、溝部の深さが39nm、デューティ比が0.54
ここで、ベース基板表面の周期構造は、断面形状が図10に示した矩形状である。デューティ比は、周期に対する凸部の長さの割合をM%、周期に対する凹部の長さの割合をV%として、M/(M+V)である。
【0062】
観測結果を図11に示す。図11の(a)、(b)は、それぞれ基板1及び基板2に関する観測結果である。図11から分かるように、基板1では表面プラズモン共鳴が観測されたが、基板2では表面プラズモン共鳴が観測されなかった。
【0063】
基板1、2を原子間力顕微鏡(AFM)で検査したところ、ベース基板表面は矩形状の周期構造であるが、その上に形成された金属層の表面は、図12に示すように周期構造の段差部分に対応する部分が傾斜(以下、この部分をスロープという)していることが分かった。図12では、金属層の上の消光抑制層は省略している。周期構造の山(M%)、谷(V%)、スロープ(SL%)の比率は、基板1に関してはV:M:SL=33:39:14であり、基板2に関してはV:M:SL=24:60:8であった。
【0064】
そこで、公知の厳密結合波解析(RCWA)によるシミュレーションを行った。その結果を図13に示す。図13の(a)、(b)は、それぞれ基板1、2に関するシミュレーション結果であり、実験データである図11の(a)、(b)を再現できていることが分かる。なお、シミュレーションは、実際のマイクロプレートとは異なり、銀薄膜の上に形成されたSiOが銀薄膜の平らな山及び谷のみに存在し、スロープ上には存在しない条件で行った。
【0065】
(2)次に、図12に示した形状において、周期構造の山(M%)、谷(V%)、スロープ(SL%)の比率を変化させて、厳密結合波解析(RCWA)によるシミュレーションを行った。
【0066】
その結果、次のことか分かった。
i) 図14のように表面がほぼ垂直なスロープ(傾斜角度αが90度)をもつ周期構造で
は、表面プラズモン共鳴はデューティ比に敏感に依存し、プラズモン共鳴場が発生する条件が制限されるが、図12のような表面にスロープ(高さ10〜50nm、且つ周期40〜100nm、即ち傾斜角度αが6〜50度)のある構造では、表面プラズモン共鳴発生のデューティ比への依存度が小さく、限られた一部の条件でプラズモン共鳴が発生しないことが分かった。特にスロープの傾斜が緩い程、表面プラズモン共鳴のデューティ比への依存度は小さくなる。
ii) 金属層表面にスロープをもたせた構造にすることで、表面プラズモン共鳴の溝部の深さへの依存度も軽減される。
iii) 表面プラズモン共鳴は周期にはあまり依存しない。
【0067】
金属層(特に銀薄膜)の厚さが約200nmの場合の望ましい条件を具体的に示せば、次のとおりである。
金属層表面にスロープが無く垂直な段差が形成されている(α=90°)場合、ベース基板の凹部の深さをd(nm)として、
d=10±5(5以上15未満)、且つ、15≦M<45、45<M<85、若しくは85<M<100、
d=20±5(15以上25未満)、且つ、10≦M<100、
d=30±5(25以上35未満)、且つ、10≦M≦40、60≦M≦70、若しくは75≦M≦95、
d=40±5(35以上45未満)、且つ、0<M≦40、45≦M≦55、若しくは60≦M≦70
である。
金属層表面がスロープを有し(α<90°)、SL=10±5の場合(ベース基板はα=90°)、ベース基板の凹部の深さをd(nm)として、
d=10±5(5nm以上15nm未満、即ちαが約12度)、且つ、0<M<70、または70<M<100
d=20±5(15nm以上25nm未満、即ちαが約23度)、且つ、0<M<80、または80<M<100
d=30±5(25nm以上35nm未満、即ちαが約32度)、且つ、0<M<60、または60<M<100
d=30±5(35nm以上55nm未満、即ちαが約40度)、且つ、0<M<60、または60<M<100
である。
【実施例3】
【0068】
周期構造(周期:480nm、深さ:31nm、M:40%)を形成したガラスの上に接着層(Cr、膜厚0.3nm)、金属薄膜(銀、膜厚100nm)、接着および酸化防止層(Cr、膜厚1nm)、消光抑制層(SiO2、膜厚20nm)を成膜し、消光抑制層
の表面を1%アミノプロピルトリエトキシシランによってアミノ化したものを調製した。試料として、Cy5蛍光標識蛋白(ストレプトアビジン)で結合されたビオチン化マイクロビーズを基板に吸着させて透過型正立顕微鏡で蛍光観測した。また、DiI蛍光標識された細胞を基板に吸着させて落射型倒立顕微鏡で蛍光観測した。蛍光観測においては、どちらもハロゲンランプを用い、フィルターとして前者では発光側にCy5用フィルター、入射側に633nm干渉フィルターを挿入し、後者ではCy3フィルターキューブを用いた。
【0069】
観測結果を図15に示す。図15の(a)が透過型正立顕微鏡で観察したビーズの蛍光像、図15の(b)が落射型倒立顕微鏡による細胞の蛍光像である。このように、周期構造マイクロプレートに吸着した細胞からの増強蛍光が観測された。
【実施例4】
【0070】
実施例3では、周期構造基板上に金属膜などを成膜し、さらにその表面をアミノ化して顕微鏡観測用のプレートとして利用したが、これは蛋白質を吸着させやすくするための基板表面処理である。ここでは、LaSFN9(ドイツ・ヘルマ社)という高屈折率ガラス基板上に膜厚48nmの金を成膜し、末端がメルカプト基の下記6種類のチオール化合物の数μM(マイクロモラー(モラー=モル/リットル))エタノール溶液に15分〜1時間浸漬後洗浄して、消光抑制層の表面を修飾した。チオール化合物は以下のとおりである。
(1)メルカプト−ポリエチレングリコール(末端ヒドロキシル基)
(2)メルカプト−ポリエチレングリコールカルボン酸(末端カルボキシル基)
(3)メルカプト−ウンデカノール(末端ヒドロキシル基)
(4)メルカプト−ドデカン(末端メチル基)
(5)メルカプト−アミノウンデカン(末端アミノ基)
(6)メルカプト−ビオチン化ポリエチレングリコール(末端ビオチン)
表面に数μMの蛋白質ストレプトアビジン溶液を注入して、その吸着量を図19に示すようなプリズムカップリング表面プラズモン共鳴法(クレッチマン型)により、評価した。その結果が図16である。
【0071】
表面がヒドロキシル基やカルボキシル基の場合には、ほとんど蛋白質は吸着しないが、
メチル基(アルキル化表面)では特異的結合の6割強、アミノ化表面では9割強の吸着がおこっている。よって、表面の構造をアルキル化、好ましくはアミノ化することで、観察する蛋白質や細胞をより高密度に結合あるいは吸着させることが可能なプレートにすることができることがわかった。
【実施例5】
【0072】
ベース基板として厚さ1mmのプラスチック基板を使用し、その表面に観測波長オーダー以下の周期構造(周期:480nm、深さ:30nm、M:45%)をもつ格子を形成し、さらにその上に接着層(Cr、膜厚0.3nm)金属薄膜(銀、膜厚100nm)、接着および酸化防止層(Cr、膜厚1nm)、消光抑制層(SiO2、膜厚20nm)を
形成してマイクロプレートを製作した。
【0073】
消光抑制層表面を1%アミノプロピルトリエトキシシラン水溶液で化学処理(室温で40分間)し、さらに末端が活性エステル化カルボキシル基で修飾されたビオチン化ポリエチレングリコール2mMりん酸緩衝溶液を滴下し、約1時間インキュベートしアミノ基と反応させてミリQ水にて洗浄した。
【0074】
このビオチン化基板表面に両面テープで径15mmのカバーガラスをとりつけ、ここへ8nM(ナノモラー)蛍光標識蛋白質(Cy5−ストレプトアビジン)りん酸緩衝水溶液20μL(マイクロリットル)を注入し、蛋白質を表面に結合させ、リンス(洗浄)操作なしで、入射角に対する反射率および蛍光強度を計測する装置にセットした。またコントロールとして、20nM蛍光標識蛋白質(Cy5−抗GFP抗体)りん酸緩衝水溶液20μLを注入し、蛋白質を非特異吸着させ、同様にリンス操作なしで、入射角に対する反射率および蛍光強度を計測する装置にセットした。
【0075】
波長632.8nmのp偏光をベース基板側から入射して入射角に対する反射率および蛍光強度計測を行った。その結果を図17に示す。
【0076】
図17の(a)に示されたように、8nMCy5−ストレプトアビジン水溶液を注入して15分後、22度に見られる表面プラズモン共鳴角(反射率曲線における極小点)が観測された。また、この表面プラズモン共鳴角に対応する増強蛍光のピークも観測された。よって、ベース基板側からの光入射によっても、消光抑制層表面に吸着した蛍光分子からの増強蛍光を検出することができるプレートであることが確認できた。
【0077】
また、図17の(b)に示されたように、同じ構造の基板を用いてコントロール実験をしたところ、20nMCy5−抗GFP抗体水溶液を注入して15分後、表面プラズモン共鳴角に対応する増強蛍光は見られなかった。
【0078】
よって、本マイクロプレートを用いることで、リンス操作なしの試料注入の1ステップで背景光が抑制され、低濃度でも非特異吸着と特異的結合を区別することのできる非常に高感度かつ高いS/N比の計測ができたことが示された。
【実施例6】
【0079】
入射光の方向と蛍光の観測方向による観測される蛍光強度の違いについて検証した。具体的には、実施例5と同様に、5nMCy5−ストレプトアビジンの特異的吸着を洗浄(リンス)なしで格子カップリング表面プラズモン共鳴による増強蛍光から計測した。その結果を図18に示す。
【0080】
図18において、(a)は、消光抑制層側から光を入射し、消光抑制層側から蛍光を検出した結果であり、(b)は、ベース基板側から光を入射し、消光抑制層側から蛍光を検
出した結果である。(a)では、溶液中に存在する未吸着の蛍光分子からの蛍光が背景光として30%以上を占めているが、(b)では、背景光の影響が3%未満である。このように、ベース基板側からの照射により、背景光が抑制されるので、消光抑制層側からの照射に比べて、蛍光観察におけるS/Nを大きく改善することができる。よって、ベース基板側から光を入射することによって、リンス操作が不要なマイクロプレートを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の対象である蛍光顕微鏡における、照明光の入射方向と蛍光の観測方向との可能な組み合わせを示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る表面プラズモン励起増強蛍光顕微鏡の光学配置の一例を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るマイクロプレートの構成を示す断面図である。
【図4】入射光の偏光方向と格子の方向との関係を示す図である。
【図5】入射光の偏光方向と格子の方向との関係を示す図であり、マイクロプレートが図4の状態から90度回転されて配置されている。
【図6】2次元周期構造を示す平面図である。
【図7】本発明の実施の形態に係る蛍光マイクロプレートリーダー用のマイクロプレートの構成を示す断面図および平面図である。
【図8】周期構造基板において、入射角に依存する反射率計測の結果を示すグラフであり、消光抑制層側から光を入射した場合とベース基板側からの入射した場合の両方の結果を示している。
【図9】入射光の偏光面と格子の方向との関係を示す図である。
【図10】ベース基板表面の周期構造を示す断面図である。
【図11】基板1及び基板2に関する測定結果を示すグラフである。
【図12】スロープを有する周期構造を示す断面図である。
【図13】シミュレーション結果を示すグラフである。
【図14】スロープを有しない周期構造を示す断面図である。
【図15】顕微鏡写真であり、(a)は、透過照明によるCy5−蛍光標識蛋白質結合ビーズの正立蛍光顕微鏡観察結果を示し、(b)落射照明によるDiI蛍光標識細胞の倒立蛍光顕微鏡観察結果を示す。
【図16】基板表面を化学処理した際の蛋白質の吸着量を表面プラズモン共鳴法により計測した結果を示すグラフである。
【図17】周期構造のあるマイクロプレートに、蛍光標識蛋白が特異的に結合した基板と非特異吸着した基板(コントロール)における、入射角に依存した反射率と蛍光強度の計測結果を示すグラフである。
【図18】入射光の方向と蛍光の観測方向による観測される蛍光強度の違いについて検証した結果を示すグラフである。
【図19】クレッチマン型の光学配置を示す断面図である。
【符号の説明】
【0082】
1 表面プラズモン励起増強蛍光顕微鏡(SPFM)
2 本体
3 ステージ
4 マイクロプレート
5、5’ ベース基板
6 金属層
7 消光抑制層
8 周期構造
9 溝部
10 凸部
IN1 消光抑制層側からの光の入射
IN2 ベース基板側からの光の入射
T 消光抑制層側からの蛍光の検出
B ベース基板側からの蛍光の検出
A 試料
Li 照明光
Lp 観測光(プラズモン励起増強蛍光)
L1、L2 入射光
V1 格子の方向
V2、V3 入射光のp偏光成分
V4 入射光のs偏光成分
φ 入射角度
U1、U2 入射平面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光顕微鏡または蛍光マイクロプレートリーダーにおいて使用され、観測対象の試料を搭載するためのマイクロプレートであって、
表面に周期構造を有するベース基板と、
前記周期構造の上に形成された金属層と、
前記金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、
前記金属層が、表面プラズモン共鳴光を発生し得る金属で形成され、
前記ベース基板側から光が入射されて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、
発生した前記電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光が検出されることを特徴とするマイクロプレート。
【請求項2】
蛍光顕微鏡または蛍光マイクロプレートリーダーにおいて使用され、観測対象の試料を搭載するためのマイクロプレートであって、
表面に周期構造を有するベース基板と、
前記周期構造の上に形成された金属層と、
前記金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、
前記金属層が、表面プラズモン共鳴光を発生し得る金属で形成され、
前記消光抑制層側から光が入射されて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、
発生した前記電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光が、前記ベース基板側から検出されることを特徴とするマイクロプレート。
【請求項3】
前記周期構造が一方向に沿って形成された複数の溝部を備え、
前記周期構造の周期が10nm以上1μm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のマイクロプレート。
【請求項4】
前記周期構造が、前記一方向と交差する方向に沿って形成された複数の溝部をさらに備えることを特徴とする請求項3に記載のマイクロプレート。
【請求項5】
前記消光抑制層の厚さが10nm以上100nm以下であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載のマイクロプレート。
【請求項6】
前記金属層が遷移金属の膜厚10〜500nmの薄膜で形成されていることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載のマイクロプレート。
【請求項7】
前記ベース基板と前記金属層との間に、膜厚0.1〜3nmの接着層を備え、
前記金属層と前記消光抑制層との間に、膜厚0.1〜3nmの接着および酸化防止層を備えていることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載のマイクロプレート。
【請求項8】
前記金属層が銀で形成され、
前記消光抑制層がSiO2で形成されていることを特徴とする請求項7に記載のマイク
ロプレート。
【請求項9】
前記消光抑制層の厚さが10〜50nmであることを特徴とする請求項8に記載のマイクロプレート。
【請求項10】
前記金属層が金で形成され、
前記消光抑制層の厚さが10〜70nmであることを特徴とする請求項1〜7の何れか
1項に記載のマイクロプレート。
【請求項11】
前記ベース基板の表面の前記周期構造が、矩形の周期構造であり、
前記金属層が、矩形の周期構造であり、厚さ200nmに形成され、
前記溝部の深さをdnmとし、前記周期に対する凸部の長さの割合をM%として、
5≦d<15、且つ、15≦M<45、45<M<85、若しくは85<M<100、
15≦d<25、且つ、10≦M<100、
25≦d<35、且つ、10≦M≦40、60≦M≦70、若しくは75≦M≦95、または、
35≦d<45、且つ、0<M≦40、45≦M≦55、若しくは60≦M≦70
であることを特徴とする請求項3に記載のマイクロプレート。
【請求項12】
前記金属層が、表面にスロープを有することを特徴とする請求項3に記載のマイクロプレート。
【請求項13】
前記ベース基板の表面の前記周期構造が、矩形の周期構造であり、
前記金属層が、矩形の段差部分に対応する表面に前記スロープを有し、厚さ200nmに形成され、
前記周期に対する前記スロープの長さの割合が10±5%であり、
前記溝部の深さをdnmとし、前記周期に対する山の長さの割合をM%として、
5≦d<15、且つ、0<M<70、若しくは70<M<100、
15≦d<25、且つ、0<M<80、若しくは80<M<100、
25≦d<35、且つ、0<M<60、若しくは60<M<100、または、
35≦d<45、且つ、0<M<60、若しくは60<M<100
であることを特徴とする請求項12に記載のマイクロプレート。
【請求項14】
前記マイクロプレートの前記消光抑制層の表面に、蛋白質または細胞を吸着または結合させるために、前記消光抑制層の前記表面にアミノ化またはアルキル化の処理が施されることを特徴とする請求項1〜13の何れか1項に記載のマイクロプレート。
【請求項15】
蛍光顕微鏡または蛍光マイクロプレートリーダーにおいて使用され、観測対象の試料を搭載するためのマイクロプレートであって、
表面に周期構造を有するベース基板と、
前記周期構造の上に形成された金属層と、
前記金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、
前記金属層が、表面プラズモン共鳴光を発生し得る金属で形成され、
前記消光抑制層側から光が入射されて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、
発生した前記電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光が、前記消光抑制層側から検出され、
前記マイクロプレートの前記消光抑制層の表面に、蛋白質または細胞を吸着または結合させるために、前記消光抑制層の前記表面にアミノ化またはアルキル化の処理が施されることを特徴とするマイクロプレート。
【請求項16】
前記マイクロプレートの前記消光抑制層の表面が、さらに末端が活性エステル化カルボキシル基で修飾されたビオチン化ポリエチレングリコールと反応させられ、
ストレプトアビジンを含む蛍光標識抗原または抗体との結合の検出に使用されることを特徴とする請求項14または15に記載のマイクロプレート。
【請求項17】
請求項1〜16の何れか1項に記載のマイクロプレートを用いて特異的な抗原抗体反応
を検出する方法であって、
前記マイクロプレートの前記消光抑制層の表面に抗体を吸着あるいは結合させるステップと、
蛍光標識二次抗体を利用して特異的な抗原抗体反応を増強蛍光により検出するステップとを含み、
リンス操作が不要であることを特徴とする検出方法。
【請求項18】
観測対象の試料を搭載するマイクロプレートを有する蛍光顕微鏡であって、
前記マイクロプレートが、表面に周期構造を有するベース基板と、該ベース基板の周期構造の上に形成された金属層と、該金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、
前記金属層が、表面プラズモンを発生し得る金属で形成され、
前記マイクロプレートに、前記ベース基板側から光を入射させて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、発生した該電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光検出することを特徴とする表面プラズモン励起増強蛍光顕微鏡。
【請求項19】
観測対象の試料を搭載するマイクロプレートを有する蛍光マイクロプレートリーダーであって、
前記マイクロプレートが、表面に周期構造を有するベース基板と、該ベース基板の周期構造の上に形成された金属層と、該金属層の上に形成された消光抑制層とを備え、
前記金属層が、表面プラズモンを発生し得る金属で形成され、
前記マイクロプレートに、前記ベース基板側から光を入射させて、表面プラズモン共鳴光によって増強された電場を発生させ、発生した該電場を蛍光分子の励起場として増強蛍光検出することを特徴とする表面プラズモン励起増強蛍光マイクロプレートリーダー。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図1】
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【図2】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−96645(P2010−96645A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−268112(P2008−268112)
【出願日】平成20年10月17日(2008.10.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載年月日 平成20年6月18日 掲載アドレス http://www.opticsinfobase.org/oe/abstract.cfm?uri=oe−16−13−9781
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】