哺乳類の体内時刻の新規なインジケーター、及びその利用
【課題】哺乳類の血漿中に存在し体内時刻を指示する新規なインジケーター、及びその利用方法を提供すること。
【解決手段】哺乳類の血漿中に含まれ、その存在量が概日性の周期をもって変動をする、体内時刻のインジケーターであって、1)実施例の記載に従いLC−MS分析をした結果取得される、表1中に示す代謝産物;及び、2)実施例の記載に従いCE−MS分析をした結果取得される、表3中に示す代謝産物;からなる代謝産物群から選択される少なくとも一つのインジケーターと、その利用方法とを提供する。
【解決手段】哺乳類の血漿中に含まれ、その存在量が概日性の周期をもって変動をする、体内時刻のインジケーターであって、1)実施例の記載に従いLC−MS分析をした結果取得される、表1中に示す代謝産物;及び、2)実施例の記載に従いCE−MS分析をした結果取得される、表3中に示す代謝産物;からなる代謝産物群から選択される少なくとも一つのインジケーターと、その利用方法とを提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類の体内時刻の新規なインジケーター、及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
生物は、概日時計(サーカディアンクロック)を有し、様々な生理学的プロセス及び代謝プロセスにおいて、内在的かつ自律振動型で24時間以内の周期性を持つ振動が見られることが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
哺乳類では、例えば、Clock、Bmal1、Per1、Per2、Cry1、Cry2、RevErbA、Rora、Csnk1e、Csnk1d、及びFbxl3等の時計遺伝子が、中枢時計組織及び/又は末梢時計組織における、遺伝子の周期的な発現制御の少なくとも一部に関与していると報告されている(非特許文献2〜4)。
【0004】
また、中枢時計組織及び/又は末梢時計組織における遺伝子発現の周期的な変動を反映して(非特許文献5〜8)、投与された薬剤の効用、及び/又は、毒性は、当該薬剤が投与された時点での体内時刻に依存することが報告されている(非特許文献9〜13)。
【0005】
すなわち、最適な体内時刻でヒトに投与された薬剤は、その効用が最大かつ毒性が最小となり、より良好な薬物治療の結果が得られうる(非特許文献14)。対照的に、不適切な体内時刻でヒトに投与された薬剤は、酷い副作用を引き起こしうる(非特許文献15)。
【0006】
しかし、上記のように、体内時刻に基づいた治療(時間治療として知られる(非特許文献9〜13))の重要性が認識されているにも関わらず、医療現場にて体内時刻を容易に測定できる方法が無いという問題のため、時間治療の普及が進んでいないという実情があった。
【0007】
上記の問題を解決するため、本願発明者らは、既に分子時刻表法(molecular-timetable method)という概念を確立している(非特許文献16)。分子時刻表法では、分子時刻表中に位置づけられた遺伝子の発現量の周期的な増減パターンをプロファイリングすることで、1日の中での体内時刻を知ることができる。具体的には、本願発明者らは、標的器官中での時計制御遺伝子(clock-controlled gene)の発現プロファイルを用いて、このコンセプトの正しさを証明済である(非特許文献16)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Dunlap JC, Loros JJ, DeCoursey PJ eds. (2004) Chronobiology: Biological timekeeping (Sinauer Associates, Inc., Sunderland, Massachusetts, U.S.A).
【非特許文献2】Reppert SM, Weaver DR (2002) Coordination of circadian timing in mammals. Nature 418: 935-941.
【非特許文献3】Ueda HR (2007) Systems biology of mammalian circadian clocks. Cold Spring Harb Symp Quant Biol 72: 365-380.
【非特許文献4】Takahashi JS, Hong HK, Ko CH, McDearmon EL (2008) The genetics of mammalian circadian order and disorder: Implications for physiology and disease. Nat Rev Genet 9: 764-775.
【非特許文献5】Akhtar RA et al. (2002) Circadian cycling of the mouse liver transcriptome, as revealed by cdna microarray, is driven by the suprachiasmatic nucleus. Curr Biol 12: 540-550.
【非特許文献6】Panda S et al. (2002) Coordinated transcription of key pathways in the mouse by the circadian clock. Cell 109: 307-320.
【非特許文献7】Storch KF et al. (2002) Extensive and divergent circadian gene expression in liver and heart. Nature 417: 78-83.
【非特許文献8】Ueda HR et al. (2002) A transcription factor response element for gene expression during circadian night. Nature 418: 534-539.
【非特許文献9】Halberg F (1969) Chronobiology. Annu Rev Physiol 31: 675-725.
【非特許文献10】Labrecque G, Belanger PM (1991) Biological rhythms in the absorption, distribution, metabolism and excretion of drugs. Pharmacol Ther 52: 95-107.
【非特許文献11】Lemmer B, Scheidel B, Behne S (1991) Chronopharmacokinetics and chronopharmacodynamics of cardiovascular active drugs. Propranolol, organic nitrates, nifedipine. Ann N Y Acad Sci 618: 166-181.
【非特許文献12】Reinberg A, Halberg F (1971) Circadian chronopharmacology. Annu Rev Pharmacol 11: 455-492.
【非特許文献13】Reinberg A, Smolensky M, Levi F (1983) Aspects of clinical chronopharmacology. Cephalalgia 3 Suppl 1: 69-78.
【非特許文献14】Levi F, Zidani R, Misset JL (1997) Randomised multicentre trial of chronotherapy with oxaliplatin, fluorouracil, and folinic acid in metastatic colorectal cancer. International organization for cancer chronotherapy. Lancet 350: 681-686.
【非特許文献15】Ohdo S, Koyanagi S, Suyama H, Higuchi S, Aramaki H (2001) Changing the dosing schedule minimizes the disruptive effects of interferon on clock function. Nat Med 7: 356-360.
【非特許文献16】Ueda HR et al. (2004) Molecular-timetable methods for detection of body time and rhythm disorders from single-time-point genome-wide expression profiles. Proc Natl Acad Sci U S A 101: 11227-11232.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、標的器官中(例えば、肝臓中)での遺伝子発現のプロファイルから体内時刻を推測する方法は、医療現場への応用が困難である。その理由は、遺伝子発現のプロファイルを取得するために標的器官からサンプルを採取する必要が生じ、手間が非常にかかる上、患者の身体的な負担も大きくなるためである。
【0010】
一方、哺乳類の血液中に含まれる、代謝産物(metabolite)、ホルモン等の低分子化学物質の中には、概日性の周期振動を示すものがあるらしいことが報告されている。例えば、ステロイドホルモンの一種であるコルチコステロンの濃度は、ピークが夕刻となるような周期性をもって概日時計により制御されるとの報告がある(参考文献:Kennaway DJ, Owens JA, Voultsios A, Varcoe TJ (2006) Functional central rhythmicity and light entrainment, but not liver and muscle rhythmicity, are clock independent. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 291: R1172-1180.)。また、アミン由来のホルモンであるメラトニンは、マウスでは、早朝にピークを持つ概日周期を示す(参考文献:Kennaway DJ, Voultsios A, Varcoe TJ, Moyer RW (2002) Melatonin in mice: Rhythms, response to light, adrenergic stimulation, and metabolism. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 282: R358-365.)。
【0011】
ヒトでは、数種のペプチドホルモンのレベルが1日を通じて変化することが知られ、例えば、成長ホルモンのレベルが睡眠中に増加すること(参考文献:Takahashi Y, Kipnis DM, Daughaday WH (1968) Growth hormone secretion during sleep. J Clin Invest 47: 2079-2090.)、レプチンのレベルが夕方の間に増加すること(参考文献:Schoeller DA, Cella LK, Sinha MK, Caro JF (1997) Entrainment of the diurnal rhythm of plasma leptin to meal timing. J Clin Invest 100: 1882-1887.)、及びプロラクチンのレベルが夜中に増加することの報告がある(参考文献:Kok P et al. (2006) Increased circadian prolactin release is blunted after body weight loss in obese premenopausal women. Am J Physiol Endocrinol Metab 290: E218-224.)。また、アミノ酸である、トリプトファン、チロシン、フェニルアラニン、メチオニン、システイン、グルタチオン、及びホモシステインの濃度は、ヒトの血漿中で、一日を通じて変化するとの報告がある(参考文献:(1)Breum L, Rasmussen MH, Hilsted J, Fernstrom JD (2003) Twenty-four-hour plasma tryptophan concentrations and ratios are below normal in obese subjects and are not normalized by substantial weight reduction. Am J Clin Nutr 77: 1112-1118.(2)Forslund AH et al. (2000) Inverse relationship between protein intake and plasma free amino acids in healthy men at physical exercise. Am J Physiol Endocrinol Metab 278: E857-867.(3)Blanco RA et al. (2007) Diurnal variation in glutathione and cysteine redox states in human plasma. Am J Clin Nutr 86: 1016-1023.(4)Bonsch D et al. (2007) Daily variations of homocysteine concentration may influence methylation of DNA in normal healthy individuals. Chronobiol Int 24: 315-326.)。
【0012】
しかしながら、哺乳類の血液中の化学物質を用いて体内時刻に関連する情報を十分な精度で推測する方法は、今日まで確立されていない。その理由として、血液中の化学物質に関して、その存在量の周期的変動に関する包括的なプロファイリングの報告がなく、1)血液中の化学物質の中に体内時刻の測定に使用しうるほど正確な概日周期を示すものがあるかについてそもそも解明されていない点、及び、2)それゆえ、どの化学物質が体内時刻の測定に使用可能なほど正確な概日周期を示すのか全く知見がない点、が挙げられる。なお、体内時刻の測定に普遍的に使用できる化学物質には、性別、年齢、遺伝的背景、及び栄養摂取の状態などに左右されず、概日周期を持つ量的変化を示すものが特に望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本願発明者らは血液サンプル中に含まれる化学物質を用いて体内時刻に関連する情報の推定が出来るか否かについて鋭意検討を行った。その結果、哺乳類の血液中の血漿成分に含まれる所定の代謝産物の存在量が、体内時刻の測定に使用可能な正確さをもって周期的に変動しており、当該代謝産物が体内時刻のインジケーターとなりうることを初めて見出し、本願発明に想到するに至った。
【0014】
すなわち、本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法は、上記の課題を解決するために、哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる代謝産物の量を測定する工程と、当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンに基づき哺乳類の体内時刻(ここでは、経時的な変化のパターンを取得したものと同じ代謝産物に基づき推定された体内時刻が好ましい)のずれを検出する工程とを含み、当該代謝産物が、1−メチルニコチンアミド、グアニドアセテート、カルニチン、シチジン、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、グリシン、クレアチン、N,N−ジメチルグリシン、メチオニンスルホキシド、グルタミン、トレオニン、サルコシン、トレオニン(13C)、プロリン、バリン、オルニチン、クレアチニン、フェニルアラニン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、α−アミノアジペート、シトルリン、4−グアニジノブチレート、トリメチルアミンN−オキシド、リゾフォスファチジルコリン(18:1)、リゾフォスファチジルコリン(20:4)、リゾフォスファチジルコリン(20:3)、リゾフォスファチジルコリン(20:2)、リゾフォスファチジルコリン(18:3)、リゾフォスファチジルコリン(22:6)、リゾフォスファチジルコリン(22:5)、及びリゾフォスファチジルコリン(22:4)(ここで、各リゾフォスファチジルコリンの後段に括弧書きで示す数字は、順に、脂肪酸の部分を構成する炭素原子の数と、不飽和結合を有する炭素原子の数とを示す)からなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることを特徴としている。
【0015】
本願発明に係る体内時刻のずれの検出方法は、また、検査対象となる哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる代謝産物の量を測定する工程と、代謝産物の量の経時的な変化のパターンを、検査対象となる哺乳類と同種の基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンと比較して、パターンのずれの程度を取得する工程とを含み、上記した代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物を指標とすることを特徴としている。
【0016】
上記のいずれかの方法によれば、哺乳類が有する概日リズムの変調のひとつの指標となる、当該哺乳類の体内時刻のずれを正確に把握することが可能となる。
【0017】
本発明に係る体内時刻のずれの検出方法は、さらに、上記代謝産物が、カルニチン、シチジン、グリシン、サルコシン、バリン、イソロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、4−グアニジノブチレート、及びトリメチルアミンN−オキシドからなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることがより好ましい。
【0018】
上記の方法によれば、哺乳類が有する概日リズムの変調のひとつの指標となる、当該哺乳類の体内時刻のずれをより一層正確に把握することが可能となる。
【0019】
本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法は、上記の課題を解決するために、検査対象となる哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる代謝産物の量を測定する工程と、代謝産物の量の経時的な変化のパターンを、検査対象となる哺乳類と同種の基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンと比較して、パターンのずれの程度を取得する工程とを含み、上記代謝産物が、1)実施例の記載に従いLC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)による解析をした結果取得される、表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;、及び、2)実施例の記載に従いCE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)による解析をした結果取得される、表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;からなる代謝産物群から選択される、少なくとも一つの代謝産物であることを特徴としている。なお、本発明において「〜」とは「から」の意味である。
【0020】
本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法では、より一層正確な検出を実現する観点から、さらに、上記代謝産物として、上記代謝産物群を構成する全ての代謝産物を用いることがより好ましい。
【0021】
上記の方法によれば、哺乳類が有する概日リズムの変調のひとつの指標となる、当該哺乳類の体内時刻のずれを正確に把握することが可能となる。
【0022】
本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法では、より一層正確な検出を実現する観点から、さらに、上記パターンのずれの程度を、上記代謝産物の量が最大となる時刻、又は最小となる時刻の少なくとも一方を基準として取得することがより好ましい。
【0023】
本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法では、さらに、サンプリングを行うための1日内の異なる複数の時点が、4時間おきの6時点であってもよい。
【0024】
本願発明に係る概日リズムの変調の有無の検査方法は、上記の課題を解決するために、上記した体内時刻のずれの検出方法により検出された体内時刻のずれが所定の範囲を越える場合に、検査対象となる哺乳類が概日リズムに変調をきたしていると判定する工程を含むことを特徴としている。
【0025】
本願発明に係る体内時刻のインジケーターは、上記の課題を解決するために、1)実施例の記載に従いLC−MS分析をした結果取得される、表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;及び、2)実施例の記載に従いCE−MS分析をした結果取得される、表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;からなる代謝産物群から選択される少なくとも一つであることを特徴としている。
【0026】
本願発明に係る哺乳類の体内時刻測定キットは、上記の課題を解決するために、哺乳類の採血を行なう採血器具と、上記の体内時刻のインジケーターの血漿中における量を定量する定量手段と、を備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0027】
本発明は、哺乳類の血漿中に含まれる特定の代謝産物を体内時刻のインジケーターとして用いるため、当該哺乳類の体内時刻に係る情報がより容易に取得可能となるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】(a)〜(c)は、本発明の実施例に関し、マウスの血漿中における代謝産物量が示す概日周期性の変動を表す図である。
【図2】(a)及び(b)は、本発明の実施例に関し、マウスの体内時刻の推定の結果を示す図である。
【図3】(a)及び(b)は、本発明の実施例に関し、図2に示すマウスとは系統(遺伝的背景)が異なるマウスでの体内時刻の推定の結果を示す図である。
【図4】(a)〜(c)は、本発明の実施例に関し、週齢及び性別が異なるマウスでの体内時刻の推定の結果を示す図である。
【図5】(a)〜(c)は、本発明の実施例に関し、時差ぼけ状態にあるマウスでの体内時刻の推定の結果等を示す図である。
【図6】(a)〜(d)は、本発明の実施例に関し、CE−MS分析の結果に基づき作成した代謝産物時刻表((a)・(b))、及び体内時刻の推定の結果((c)・(d))を示す図である。
【図7】本発明の実施例に関し、給餌環境が相違するマウスでの体内時刻の推定の結果を示す図である。
【図8】(a)〜(d)は、本発明の実施例に関し、図6に示すものより厳格な基準でのCE−MS分析に基づき作成した代謝産物時刻表((a)・(b))、及び体内時刻の推定の結果((c)・(d))を示す図である。
【図9】本発明の実施例に関し、CE−MS分析の結果に基づき具体的な名称が特定された28種類の代謝産物量の概日周期性の変動を表す図である。
【図10】本発明の実施例に関し、LC−MS分析の結果に基づき具体的な名称が特定された代謝産物量の概日周期性の変動を表す図である。
【図11】本発明の実施例に関し、LC−MS分析で得られた振動ピークのうち、代謝産物時刻表の作成に使用したピーク数と、推定された体内時刻との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0030】
本発明は、哺乳類の血漿中に含まれる特定の代謝産物の存在量が、概日周期をもって変化する(振動する)ことを新規に見出したことに基づきなされたものである。
【0031】
特に、対象となる哺乳類の遺伝的背景の相違、週齢、性別、食事環境(給餌環境)等の要因に左右されることなく、血漿中に含まれる特定の代謝産物が、当該哺乳類の体内時刻を示すインジケーターとして好適に利用できることを新規に見出したことに基づきなされたものである。
【0032】
本発明において「哺乳類」の種類は特に限定されないが、ラット、ウサギ、マウス、ヤギ、サルその他の実験動物や、ヒト等が例示され、中でもヒトが好ましい。また、ヒトの中でも、後述する概日リズム障害の発症危険度の高い、或いは既に発症している蓋然性が高いヒトがより好ましい。
【0033】
また、「概日、又は概日性(の周期、又はリズム)」とは、生物が内在的に概ね24時間(20時間から28時間)で1サイクルする周期性を有することを指し、より好ましくは22時間から26時間で1サイクルの周期性を有することを指す。従って、上記のインジケーターが「概日性の振動」を示すとは、血漿中における当該インジケーターの存在量(血中での代謝量)が概日性の周期をもって変動することと同義である。
【0034】
また、「概日リズム障害」とは、広義には、概日リズムの異常に起因する不調全般を指し、具体的には、例えば、家族性の睡眠相前進症候群(ADVANCED SLEEP PHASE SYNDROME)を含む睡眠覚醒リズム障害、季節性うつ病、時差ぼけ、等が挙げられる。
【0035】
また、「体内時刻(体内時刻:Body time又はBT)」とは、生物が内在的に有するいわゆる体内時計(生物時計)に基づく時刻を指す。
【0036】
また、「代謝産物」とは、哺乳類の体内での代謝反応における中間産物、及び最終生成物を指す通常の意味で用いており、一次代謝物、及び二次代謝物の双方を含む概念である。さらに、天然に存在する同位体を含む代謝産物、及び同位元素等で人工的に標識された化合物の代謝産物も含まれる。
【0037】
また、「ZT(ツァイトゲーバー時刻)」とは、明暗条件(LD条件と同義;照明12時間、暗12時間)下における照明(点灯)開始時をZT0時とした24時間周期の時間体系を指す。すなわち、明条件(照明点灯)はZT0〜ZT12まで継続し、暗条件(照明消灯)はZT12〜ZT24まで継続する。
【0038】
また、「CT(概日時刻)」とは、哺乳類にLD条件を体験させた後、引き続いて恒暗条件(DD条件と同義)を体験させた場合の、恒暗条件開始時をCT0時とした24時間周期の時間体系を指す。すなわち、CT0は、DD条件に移行せずにそのままLD条件を継続させたと仮定した場合のZT0に相当する時刻である。
【0039】
また、「分子ピーク時刻、又は分子時刻」とは、後述する体内時刻のインジケーターの血漿中における存在量が極大になる時刻(ZT時刻体系、CT時刻体系、又は環境時刻体系における時刻)を指す。
【0040】
なお、本発明において、「A及び/又はB」とは、A及びB、或いはA又はB、の双方を指す意味で用いる。
【0041】
〔本発明に係る体内時刻のインジケーター〕
上記インジケーターとは、哺乳類の血漿中に含まれ、その存在量が概日性の周期をもって変動をするために、当該存在量を経時的に観察することで、その哺乳類の体内時刻を指し示すインジケーターとなる代謝産物を指す。すなわち、血漿中における当該インジケーターの存在量を測定すれば、対象となる哺乳類の体内時刻、及び体内時刻のずれを推定することができる。例えば、測定されたインジケーターの存在量を、後述する〔体内時刻のずれの検出方法、及び概日リズムの変調の検査方法〕の工程Bの説明で記載する「基準パターン1」又は「基準パターン2」と照合して、体内時刻、及び体内時刻のずれを推定することができる。
【0042】
本発明に係るインジケーターは、具体的には、血漿中に含まれる以下の物質を指す。
1)実施例の記載に従いLC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)による計測をした結果取得される、後述の表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;及び、
2)実施例の記載に従いCE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)による計測をした結果取得される、後述の表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;
からなる代謝産物群(「代謝産物群1」と称する)から選択される少なくとも一つのインジケーター。
【0043】
上記1)に含まれる代謝産物では、具体的に化合物名が特定されているものが、血漿中における当該代謝産物の存在量の検出がより容易なため好ましい。これらの代謝産物としては、リゾフォスファチジルコリン(LysoPC)(18:1)、LysoPC(20:4)、LysoPC(20:3)、LysoPC(20:2)、LysoPC(18:3)、LysoPC(22:6)、LysoPC(22:5)、LysoPC(22:4)からなる代謝産物群(「代謝産物群2」と称する)から選択される少なくとも一つ、好ましくは全てのインジケーターが挙げられる。なお、各LysoPCの後段に付した括弧書きの記載は、順に、脂肪酸の部分を構成する炭素原子の数と、不飽和結合を有する炭素原子の数(不飽和度)とを表す。
【0044】
また、上記2)に含まれる代謝産物の中では、よりいっそう正確なインジケーターになりうるとの観点から、表3中に示すFDRが0.01以下であるものが特に好ましい。この条件を満たすインジケーターは、具体的には、表3中の1番目〜44番目に示す代謝産物群から選択される少なくとも一つ、好ましくは全てのインジケーターである。
【0045】
さらに、上記2)に含まれる代謝産物の中では、具体的に化合物名が特定されているものが、血漿中における当該代謝産物の存在量の検出がより容易なため好ましい。これらの代謝産物としては、具体的には、1−メチルニコチンアミド、グアニドアセテート(グアニド酢酸エステル)、カルニチン、シチジン、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、グリシン、クレアチン、N,N−ジメチルグリシン、メチオニンスルホキシド、グルタミン、トレオニン、サルコシン、トレオニン(13C)、プロリン、バリン、オルニチン、クレアチニン、フェニルアラニン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート(2−アミノブチルエステル)、α−アミノアジペート(α−アミノアジピン酸塩)、シトルリン、4−グアニジノブチレート(4−グアニジノブチルエステル)、及びトリメチルアミンN−オキシドからなる28種類の代謝産物群(「代謝産物群3」と称する)から選択される少なくとも一つ、好ましくは全てのインジケーターが挙げられ、この中でも、表3中に示すFDRが0.01以下である上記条件を満たす、カルニチン、シチジン、グリシン、サルコシン、バリン、イソロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、4−グアニジノブチレート、及びトリメチルアミンN−オキシドからなる10種類の代謝産物群(「代謝産物群4」と称する)より選択される少なくとも一つ、好ましくは全てのインジケーターが特に好ましい。
【0046】
なお、言及するまでもないが、表1及び表3に示す代謝産物は何れも、少なくとも実施例の記載の方法に従えば確実に検出することができるものだから、本発明に係る体内時刻のインジケーターとして当然に用いることができる。
【0047】
〔体内時刻のずれの検出方法、及び概日リズムの変調の検査方法〕
本発明にかかる「体内時刻のずれの検出方法」の一例は、哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血漿に含まれる、代謝産物の量を測定する工程(工程Aと称する)と、次いで、当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンに基づき哺乳類の体内時刻のずれを検出する工程(工程Bと称する)と、を含んでなり、ここで測定対象となる代謝産物が、上記説明の「体内時刻のインジケーター」から選択されるものである。
【0048】
ここで、工程Aに関して、哺乳類から血漿をサンプリングする方法は、血液を採取し血漿を抽出するための公知の方法を採用すればよい。また、「1日内の異なる複数の時点でサンプリングする」とは、1日内に少なくとも2回以上のサンプリングをすることを指し、より好ましくは4回以上、さらに好ましくは6回以上のサンプリングをすることを指す。測定の精度を向上させるため、サンプリングの間隔を一定にすることが好ましい。例えば、1日内に4回サンプリングするときは6時間おきに、6回サンプリングするときは4時間おきに行なうことが好ましい。2点の場合は12時間間隔で行う。なお、検出の精度を向上させるためは、サンプリングの間隔をそれぞれ4時間以内とすることが好ましい。
【0049】
また、工程Aに関して、「代謝産物の量を測定する方法」は特に限定されるものではなく、公知のいずれの方法を採用してもよい。具体的には例えば、LC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)分析、CE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)分析、GC/MS(ガスクロマトグラフィー/質量分析計)分析等の一般的なメタボローム解析に用いる手法(実施例も参照);高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を単独で使用する方法;ラジオイミュノアッセイ、ELIZA法(エライザ法)等の免疫学的手法;を例示することができる。なお、多数(例えば、10種以上)の代謝産物の量を同時に測定する場合には、LC−MS分析、CE−MS分析、GC/MS分析等の一般的なメタボローム解析に用いる手法を用いることがより好ましく、1又は少数(例えば、9種以下、より好ましくは1〜5種)の代謝産物の量を同時に測定する場合には、各代謝産物の量を個別に測定可能な免疫学的手法、又は高速液体クロマトグラフィーを単独で使用する方法、等がより好ましい。
【0050】
なお、上記工程Aは、後述する〔体内時刻のずれの検出方法、及び概日リズムの変調の検査方法〕の工程Bの説明で記載する「基準パターン1」又は「基準パターン2」を作成するための工程であってもよい。或いは、工程Aは、「体内時刻」又は「体内時刻のずれ」の検出対象となる哺乳類自身(検査対象となる哺乳類)の血漿を対象として行なわれる工程であってもよい。後述の「代謝産物時刻表法」(実施例参照)に基づけば、検査対象となる哺乳類の血液(血漿)は少なくとも一時点で採取すればよいが、複数時点で採取してもよく、或いは、「代謝産物時刻表法」以外の方法に基づき「体内時刻」又は「体内時刻のずれ」を検出する場合には、検査対象となる哺乳類の血液(血漿)は複数時点で採取する必要もありえる。
【0051】
工程Bに関して、「代謝産物の量の経時的な変化のパターン」とは、例えば、サンプリングした複数の時刻と、当該時刻における血漿中の代謝産物の量との関係を示すものであればよく、特に限定されないが、例えば、サンプリングした時刻と当該時刻における代謝産物の量との関係を示すグラフ等が例示される。ここで、「代謝産物の量」は実測値であってもよいし、当該実測値を正規化(ノーマライゼーション)したものであってもよい。また、一定の周期性をもって振動している物質の振動のパターンを、当該パターンに類似したコサイン曲線(余弦波)で表現したものを用いることもできる(参考文献:Ueda HR et al. (2004) Molecular-timetable methods for detection of body time and rhythm disorders from single-time-point genome-wide expression profiles. Proc Natl Acad Sci U S A 101: 11227-11232.)。
【0052】
また、工程Bに関して、「代謝産物の量の経時的な変化のパターン」に基づいて「哺乳類の体内時刻のずれを検出する」方法は特に限定されるものではないが、
1)検査対象となる哺乳類自身が平常時にあるときに、予め、血漿中の代謝産物の量の経時的な(すなわち環境時刻と対応させた)変化のパターン(「基準パターン1」と称する)を測定しておき、当該基準パターン1と、検査時に取得した当該代謝産物の量の変化のパターンとを比較して、両パターンのずれの程度を体内時刻のずれとして検出する方法、
2)検査対象となる哺乳類における上記「代謝産物の量の経時的な変化のパターン」を、検査対象となる哺乳類と同種の、基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターン(「基準パターン2」と称する)と比較して、パターンのずれの程度を体内時刻のずれとして検出する方法、
等が例示される。なお、基準パターン2の取得に際しては、平常時にある当該哺乳類を複数個体用いて、測定した代謝産物の量の平均値を採用することがより一層の正確性を期する上でより好ましい。
【0053】
また、工程Bに関しては、1種類の代謝産物(インジケーター)のみを用いることもできるが、複数種類の代謝産物を用いることが、検出結果のより一層の正確性を期するという観点ではより好ましく、さらには、「インジケーター」の項目で説明した「代謝産物群1」、「代謝産物群2」、「代謝産物群3」、及び「代謝産物群4」の何れかの代謝産物群を構成する全ての代謝産物を用いることが特に好ましい。特に、後述する「代謝産物時刻表法」を採用する場合には、必要とされる検出精度にも依存するが、20種類以上の上記代謝産物を用いることが好ましい(実施例も参照のこと)。
【0054】
さらには、より容易かつ正確にパターン同士の比較が出来るという観点からは、工程Bに関して、前記「パターンのずれの程度」を、血漿中に含まれる代謝産物の量が最大となる時刻(分子ピーク時刻、又は分子時刻に相当)、又は最小となる時刻の少なくとも一方を基準として取得することがより好ましく、血漿中に含まれる代謝産物の量が最大となる時刻を基準とすることが特に好ましい。一例としては、検査対象となる哺乳類での或る代謝産物Aの分子ピーク時刻と、基準となる哺乳類での代謝産物Aの分子ピーク時刻とのずれを、前記「パターンのずれの程度」として検出することができる。
【0055】
また、複数の代謝産物(インジケーター)を用いる場合、分子ピーク時刻が互いに異なるものを選択することが好ましい。なお、各代謝産物の分子ピーク時刻は、表1及び表3中に「Peak Time(h)」として示したものである。分子ピーク時刻に基づいて代謝産物を選択する方法は、特に限定されないが、例えば、1日(24時間)を均等分割して、各分割時間幅に分子ピーク時刻が入る代謝産物から少なくとも一種類ずつ選択すればよい。例えば、1日を12分割する場合、表1及び表3に示す分子ピーク時刻が0〜2hの代謝産物から少なくとも一種、同時刻が2〜4hの代謝産物から少なくとも一種、同時刻が4〜6hの代謝産物から少なくとも一種、以下同様にして、同時刻が22〜24hの代謝産物から少なくとも一種、選択すればよい。なお、均等分割の方式は、特に限定されないが、検出の精度を向上させるため少なくとも1日を6分割以上とすることが好ましい。
【0056】
工程Bにて検出された「体内時刻のずれ」は、概日リズムの変調の有無、概日リズム障害の発症有無、又は発症のリスクを検出する上でひとつの重要な指標となりうる。すなわち「体内時刻のずれ」が実質的に検出されない(ずれが実質的に0である)、或いは、体内時刻のずれが所定の範囲内に収まっている場合には、検査対象の哺乳類は概日リズムに実質的な変調をきたしていない(すなわち、概日リズム障害を発症していない蓋然性がより高い、又は近い将来に概日リズム障害を発症するリスクがより少ない)と判定することができる。
【0057】
一方、上記「体内時刻のずれ」が所定の範囲外である場合には、検査対象となっている哺乳類はその概日リズムに変調をきたしている(例えば、概日リズム障害を既に発症している、又は近い将来に概日リズム障害を発症するリスクを有する)と判定することができる。なお、上記「体内時刻のずれの所定の範囲」は、検査対象となる哺乳類の種類、検査に求められる精度等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、1時間以内、2時間以内、又は4時間以内である。
【0058】
〔その他の応用〕
本発明にかかる「哺乳類の体内時刻測定キット」は、少なくとも、哺乳類の採血を行うための採血器具と、上記したインジケーターの血漿中における存在量を測定する測定手段(定量手段)とを備える。ここで、「採血器具」は、注射器などの公知のものを適宜使用することができる。また、「測定手段(定量手段)」は、対象となるインジケーターの種類に応じて公知の手段を使用することができ、例えば、当該インジケーター用のELIZAキット等が例示される。
【0059】
また、上記体内時刻測定キットは、必要に応じて、キットの取扱説明書、採血を行った又は行うべき時刻を記憶する機能を有するタイムキーパー(ストップウォッチ機能及び/又はタイマー機能付の時計等)等をさらに備えていてもよい。また、当該体内時刻測定キットは、概日リズム障害の検出キットとしても利用可能である。
【0060】
さらに、本発明にかかる体内時刻のインジケーターを用いれば、後述する代謝産物時刻表の作成(実施例参照)や、検査対象となる哺乳類の体内時刻の推定を従来よりも容易に行うことができ、日常の健康保持増進、及びいわゆる時間治療への応用可能性がより一層高まる。すなわち、哺乳類の特定の組織における遺伝子発現量の周期的な変化から体内時刻を推定する方法と比較して、本発明は、解析対象となるサンプル(血漿)の取得が容易であり、かつ週(年)齢、性別、遺伝的背景及び給餌環境(ヒトの場合、食事環境)の影響を受けにくいという特性を有している。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明するが、初めに、本発明に用いた材料(実験動物)、及び方法について、以下の(1)〜(14)にまとめて説明する。
【0062】
(1)実験動物
CBA/Nマウスは、日本SLC株式会社(静岡, 日本)より購入した。5〜6週齢のオスのマウス(以下若いオスと称する)、同週齢のメスのマウス(若いメスと称する)、及び繁殖からリタイアさせた約6ヶ月齢の老齢のオスのマウス(老齢オスと称する)を準備した。オスのC57Bl/6マウス(5〜6週齢)は、チャールズ・リーバー社(Charles River(横浜,日本))から購入した。
【0063】
上記の全マウスは、明暗(LDと称する;照明12時間,暗12時間)条件下で2週間、ペレット状の餌(CRF−1,チャールズ・リーバー社)及び水を無制限に与えて飼育した。
【0064】
Cry1遺伝子とCry2遺伝子を両方欠損したマウス(Cry1,Cry2dK.O.)マウスは、元々、安井明博士 及びvan der Horst博士により作成された(参考文献:van der Horst GT et al. (1999) Mammalian cry1 and cry2 are essential for maintenance of circadian rhythms. Nature 398: 627-630.)。東北大学で維持されていたマウスの一部を理化学研究所発生・再生科学総合研究センターに移入し、同所で維持及び繁殖を行った。
【0065】
(2)サンプリングのスケジュール
マウス血漿のサンプリングは、LD及びDD(恒暗)条件下の双方で行った。DD条件下でのサンプリングでは、サンプリングを開始する日から、飼育室を恒暗条件に変更した。サンプリングはZT0又はCT0に開始し、ノボヘパリン(持田製薬株式会社,東京,日本)を含んだチューブ中に、4時間ごと2日間にわたりに(すなわち全部で12サンプル)体幹血を採取した。なお、ZT0とは明期の始まりを、CT0とは主観的な明期(恒暗条件において本来明期に相当する期間、subjective day)の始まりを表す。給餌状態を変えた実験の場合、サンプリング開始の1日前の消灯時点で、飼育ケージからペレット状の餌を取り除き、マウスを絶食状態とした。これらマウスは、体幹血の採取が終了するまで絶食状態を保った。サンプリングは、ZT4(照明点灯後4時間)の時点で開始し、翌日のZT0の時点で終了した(6時点/日)。体重の減少量を把握するため、マウスを処置する直前に当該マウスの体重測定を行なった(データ示さず)。血漿を濃縮するため、サンプリングした血液を、4°Cで5分間、1000gの条件で2回、遠心分離した。上清(血漿サンプル)を回収し、ラジオイミュノアッセイ又はメタボローム解析(すなわち、LC−MS分析、及びCE−MS分析)を行うまで、−80℃で凍結保存した。
【0066】
(3)時差ぼけ(jet-lag)実験
若いオスのCBA/Nマウスを、LD条件下で2週間飼育した。次いで、照明を行なう時刻を、本来明かりがつく時間から8時間前倒しに点灯するようにし、LD条件を8時間前倒しにした(この日を第1日とする)。マウスを処置しその体幹血を、第1日、第5日、及び第14日にサンプリングした。マウスの行動は、近赤外モニタリングシステム(NS-AS01,ニューロサイエンス社, 東京, 日本)により観察し、その観察結果をClockLab software(アクチメトリクス社(Actimetrix Inc.), NW, 米国)を用いて可視化した。
【0067】
(4)LC−MSサンプル
上記血漿サンプルにアセトニトリル(225 μL)を加えて振とうした後、遠心分離を行なった。遠心分離で得られた上清を、新しいチューブに移して乾燥した。LC−MSによる代謝産物の分析を行なう前に、当該乾燥したサンプルにアセトニトリル(25 μL)を加えて分析に供した。
【0068】
(5)LC−MS条件
使用したLCシステムはAgilent 1100 series HPLC(アジレント・テクノロジーズ社, パロ・アルト, カリフォルニア, 米国)である。ZORBAX SB-C18 RRHT (φ2.1 50 mm, 1.8 μm)カラムをアジレント・テクノロジーズ社から購入し、当該カラムの温度を60°Cに保持した。移動相として、A液に0.1%の酢酸/水、B液にメタノールを用いた。グラジエントとして、B液40%(0分)、B液99%(20分)、B液99%(30分)、B液40%(30.01分)、これ以降40分までB液40%を保持した。また、流速は0.2mL/minとし、注入体積を1μLとした。
【0069】
MSのデータは、Qstar XL質量分析計(アプライド・バイオシステムズ社, フォスター市, カリフォルニア州,米国)を用いて取得した。サンプルの分析は、陽イオン及び陰イオンエレクトロスプレー法の双方で行なった。
【0070】
陽イオンのMS条件(陽イオンモード,TOFスキャンモード)は以下の通りである:
スプレー電圧 5.5キロボルト;
スキャンレンジm/z 250−700;
カーテンガス, 20任意単位(窒素ガス);
ガス1, 50任意単位;
ガス2, 50任意単位(500°C);
デクラスタリングポテンシャル1/2 50ボルト/15ボルト;。
【0071】
陰イオンのMS条件(陰イオンモード,TOFスキャンモード)は、スプレー電圧を−4.5キロボルトとし、デクラスタリングポテンシャル1/2を−50ボルト/−15ボルトとした以外は、上記陽イオンの場合と同じである。
【0072】
(6)LC−MSデータのピーク相関
LC−MSデータセットは、次の3連のサンプル由来のものから構成される。
第1連は、代謝産物時刻表の作成に用いる次のサンプルセットを含む:LD(サンプル数n=5/時点)条件下、DD(n=4−6/時点)条件下で採取され各時点でミックスされた、若いオスのCBA/Nマウスの血漿、及びCry1,Cry2dK.O.マウスの血漿(n=2/時点)。
第2連は、体内時刻の測定に用いる次のサンプルセットを含む:
LD条件下、及びDD条件下で採取した、個体毎(6時点)のCBA/Nマウスの血漿;
LD条件下、及びDD条件下で採取した、個体毎(6時点)のC57Bl/6マウスの血漿;
LD条件下で採取した老齢オス及び若いメスのCBA/Nマウスの血漿(2時点)、及び時差ぼけ実験を体験させた若いオスCBA/Nマウスの血漿(2時点)。
第3連は、絶食期間中に採取したCBA/Nマウス(個体毎、6時点)の血漿である。
【0073】
各連に含まれるサンプルは2日以内に測定をした。これら三つの連の測定間隔は、第1連と第2連との間は約3ヶ月、第1連と第3連との間は約1年であった。
【0074】
各連間のピークの相関を求めるため、Marker View software (アプライド・バイオシステムズ社, フォスター市, カリフォルニア州, 米国)を用いた。そして、検出範囲を、移動時間3分から28分の間に設定した。各連間のピークの相関を求めるに際して、既報(参考文献:Soga T et al. (2006) Differential metabolomics reveals ophthalmic acid as an oxidative stress biomarker indicating hepatic glutathione consumption. J Biol Chem 281: 16768-16776.を参照)に基づいて保持時間を修正し、次いで、次の値が最小となるように2つの連間のピークの関連付けを行なった。:
連間で(m/zの差)が見られるピークにおける、((2つの連間のm/zの差)/X)2+(2つの連間のRTの差/Y)2<X、及び(RTの差)<両連のYそれぞれ。
ここで、上記のパラメータX及びYは以下の手順(a)〜(c)でもとめられる。:
(a)X及びYの値を変化させ(例えば、X=0.01,0.02,...,0.15、及びY=0.1,0.2,...,1.5)て、ピーク同士を関連付けた。
(b)次いで、相関するピーク面積のピアソン相関を計算し、p値を算出した。
(c)そのうえで、p値が最も小さくなるパラメータセットX・Yを選択した。
この手順において、最良のパラメータセットX・Yの組合わせは、第1連と第2連との間ではX=0.09,Y=0.5(陽イオン)、及びX=0.13,Y=0.4(陰イオン)であり、第1連と第3連との間では、X=0.11,Y=0.9(陽イオン)、及びX=0.15,Y=1.3(陰イオン)であった。
【0075】
(7)CE−MSサンプル
振動性の物質を選択するため、各時点のミックスしたマウスの血漿(4−10匹/時点)を使用し、個々のマウスの血漿を体内時刻測定に用いた。55μMのメチオニンスルホン、及び55μMの2−モルフォリノエタンスルホン酸(MES)を含む1.8mLメタノール中に、血漿サンプル(100μl)を加えてよく混合した。ここにさらに、800μLの脱イオン水、及び2mLのクロロホルムを加え、当該溶液を2500gで5分、4℃の条件下で遠心分離した。次いで、タンパク質を除去するため、遠心分離後に得られた800μLの水性の上層を、ミリポア5−kDaカットオフフィルタ(Millipore 5-kDa cut-off filter)を用いて遠心ろ過した。次いで、ろ過物を凍結乾燥し、CE−TOFMS分析に先立って、当該ろ過物を、参照化合物(200μMの3−アミノピロリジン、及び200μMのtrimesate)を含んだ50μLのMilli-Q(ミリポア社, ベッドフォード, マサチューセッツ, 米国)水中に溶解した。
【0076】
(8)CE−MS用の代謝産物標準
全ての標準化学物質は通常ルートの購入により入手し、これら化学物質の10mM又は100mMのストック溶液を得るために、Milli-Q水、0.1NのHCl、又は0.1NのNaOH中に溶解した。使用する標準化学物質の混合液は、CE−TOFMSに注入する直前に、上記ストック溶液をMilli-Q水で希釈して調製した。使用した標準化学物質は何れも分析又は試薬等級のものである。
【0077】
(9)CE−MS用の分析装置
CE−TOFMSの実験は全て、何れもアジレント・テクノロジーズ社製の、アジレントCEキャピラリー電気泳動システム、アジレントG3250AA LC/MSD TOFシステム、アジレント1100シリーズ・バイナリーHPLCポンプ、G1603A アジレント CE-MS アダプタ、及びG1607A アジレント CE-ESI-MS スプレイヤー・キット、を用いて行なった。
【0078】
CE−MS用の装置の制御、及びデータの取得のため、CE用にはG2201AA アジレント ケム・ステーション ソフトウェアを、アジレント TOFMS ソフトウェア用にはthe Analyst QSを用いた。CE−MS/MS分析における化合物の同定は、Agilent CE instrumentに接続した、Q-Star XL Hybrid LC-MS/MS System(アプライド・バイオシステムズ社)を用いて行なった。
【0079】
(10)陽イオン性の代謝産物の分析のためのCE−TOFMS条件
電解質としての1Mのギ酸で満たした、溶融シリカキャピラリー(内径50μm×全長100cm)を用いて分離を行った。およそ48倍に希釈した3nlのサンプル溶液を、50mbarで3秒、30キロボルトの印加電圧条件で、当該キャピラリー内に注入した。
【0080】
キャピラリーの温度を20℃に維持し、サンプルトレーの温度を5℃以下に冷却した。シース液として0.5μMのレセルピンを含むメタノール/水(50% v/v)を、10μL/minの流速でキャピラリーに供給した。ESI−TOF型質量分析装置(上記〔(9)CE−MS用の分析装置〕で説明したもの)を陽イオンモードで操作し、キャピラリーへの印加電圧を4キロボルトにセットした。熱乾燥窒素ガス(ヒーター温度300℃)の流速を、ゲージ圧で10psigに維持した。TOFMSにおいて、フラグメンター電圧、スキマー電圧、及びオクタポール参照(Oct RFV)電圧を、それぞれ120、50、及び200ボルトとした。
【0081】
取得された各スペクトラムの自動リキャリブレーション(recalibration)は、参照標準物質の参照質量を用いて行なった。メタノール付加イオン([2MeOH + H2O + H]+, m/z =65.0597)、及びレセルピン([M+H]+, m/z=609.2806)が、正確な質量測定用のロックマスを供する。正確な質量データは50−1,000m/zのレンジにわたり、10spectra/sのレートで取得した。
【0082】
(11)CE−MSデータのピークの関連付け
CE−MSデータのピークの関連付けは、KEIO MasterHANDs software(参考文献:Baran R et al. (2006) Mathdamp: A package for differential analysis of metabolite profiles. BMC Bioinformatics 7: 530)を用い、当該ソフトウェアの自動アルゴリズム及びマニュアルによる補完(manual curation)により行った。
【0083】
(12)ピーク面積のノーマライゼーション(正規化)
取得したLC−MSデータに関して、24種のLD及びDD保存サンプルの中から一つの(重心)サンプルを選択した(この重心サンプルは、残りの23サンプルとのピアソン相関の平均が最大となるものである。)。重心サンプルは、陽イオンのデータ及び陰イオンのデータからそれぞれ独立に選択した。そして、サンプル毎に、ターゲットの面積(X)及び重心サンプルの面積(Y)について関数Y=X+aへの直線回帰を行い、ターゲットの面積から直線回帰後の値(a)を差し引くことで、得られた回帰直線に従ってターゲットサンプルのピーク面積を正規化した。CE−MSデータに関しては、各サンプル内にスパイクされた内部標準(メチオニンスルホン)の面積により各ピーク面積を除することで、これら各ピーク面積を正規化した。
【0084】
(13)代謝産物時刻表の作成
はじめに、LD条件下及びDD条件下の双方において、10またはそれ以上の時点で検出された代謝産物を選択した。次に、選択された各代謝産物に関し、LD条件下及びDD条件下で平均面積値が同じになるように、LD及びDDにおけるそれぞれの面積値を計算した。産出された各面積に関し、フーリエ変換に基づいた方法(参考文献:Chatfield C (1996) The analysis of time series: An introduction (Chapman & Hall/CRC, London)を用いて、様々な位相を有する24時間周期をもつコサイン曲線(余弦波)とのピアソン相関係数を産出し、相関係数が最大となるもの、及びその頂点位相を探索した。
【0085】
次いで、順列テストにより、各代謝産物に関してp値とFDR(false discovery rate)とを見積もった。LC−MSデータに関してはFDR<0.01を満たす物質を、CE―MSデータに関してはFDR<0.01を満たす物質、及びFDR<0.1を満たす物質の双方を、統計的に有意な振動をしている代謝産物として選択した。
【0086】
(14)体内時刻の測定
メタボロミクスに基づく体内時刻の測定は、体内時刻の推定に二つのサンプルを用いた点を除けば、発現ベースの体内時刻測定法(参考文献:Ueda HR et al. (2004) Molecular-timetable methods for detection of body time and rhythm disorders from single-time-point genome-wide expression profiles. Proc Natl Acad Sci U S A 101: 11227-11232.)に従い行なった。すなわち、本実施例の方法(代謝産物時刻表法)では、12時間のサンプリング時間間隔が空いた二つのサンプルを使用した(例えば、ZT0の体内時刻の測定に際して、ZT0及びZT12を用いる)。これは、測定実験間で生じうる検出感度の変動を補正するためである。
【0087】
具体的には、所定の代謝産物iに関して、或るサンプル中の面積をAsiと定義し、上記二つのサンプル(12時間のサンプリング時間間隔を有するもの)を平均した面積をMsiと定義し、さらに、時刻表中の所定時刻における代謝産物iの当該平均の面積(所定時刻でのMsiに相当)、標準偏差、及びピーク時刻を、それぞれ順に、Mti、Sti、及びPtiと定義した。
【0088】
体内時刻の推定のため、下記式(1)の条件を充足しない統計的にはずれ値を示す代謝産物は使用しなかった。
【0089】
【数1】
【0090】
そして、bを0から23.9まで0.1ずつ変化させて、下記式(2)及び(3)間のピアソン相関が最大となるbを探索し、このbを標的サンプルの体内時刻とした。また、この予測のp値を評価するため、最大相関に対する順列テストを行なった。
【0091】
【数2】
【0092】
〔実施例1〕:LC−MS分析に基づく、血漿中の代謝産物時刻表の作成
上記説明の通り、血漿サンプルは、LD又はDD条件下で、2日にわたり4時間毎に、若いオスのCBA/Nマウスから取得した。血漿中に振動を示す物質が含まれていることを示すため、既知の振動物質であるコルチコステロン量を、ラジオイミュノアッセイにより定量し、明確な概日性の振動(以下、「概日振動」と称する)があることを示した(図1の(a)中のa−1及びa−2参照)。代謝産物時刻表を作成するため、上記した方法に従い、血漿中に含まれる化学物質量をLC−MS分析にて定量した。
【0093】
LC−MS分析により、695の陰イオン、及び938の陽イオンのピークが得られた。これらピークのうち、LD及びDD条件下で、176の陰イオン、及び142の陽イオンのピークが顕著な概日振動を示した(図1の(b):FDR<0.01:上記の方法の項も参照)。概日振動を示すピークは、マウス血漿中で検出されたピークの凡そ19.5%に相当する。これらのピークに相当する代謝産物は、時刻を指示する代謝産物(必要に応じて「時刻指示代謝産物」と称する)として機能する。なぜなら、これらの代謝産物は、時刻情報のない(一定の)環境下(例えばDD条件下)でも、顕著に振動を示すからである。
【0094】
例えば、ZT0(明期の始まり)又はCT0(主観的な明期の始まり)では、凡そZT0又はCT0においてピークを示す夜明けを指示する代謝産物レベル(代謝産物の量)が高くなる一方で(図1の(b);分子ピーク時刻を示すバー中で「dawn」と示す)、凡そZT12又はCT12においてピークを示す夕暮れ(dusk)を指示する代謝産物レベルが低くなる(図1の(b);分子ピーク時刻を示すバー中で「dusk」と示す)。これとは反対に、ZT12又はCT12では、夜明けを指示する代謝産物レベルが低くなる一方で、夕暮れを指示する代謝産物レベルが高くなる。これはすなわち、時刻指示代謝産物量は、体内時刻、及び概日時計の内的な状態を反映していることを意味する。実際、これらの時刻指示代謝産物の振動は、概日時計により直接的又は間接的に制御されている。その証拠に、分子レベルで概日時計の本体の機能が欠損しているCry1,Cry2dK.O.マウスにおいて、これら代謝産物レベルの変動の周期性は失われている(図1の(a)中のa−3、及び図1の(c)を参照)。ここで得られたLC−MSのデータを用いて、表1に示す、マウスの血漿中に含まれる時刻指示代謝産物の分子時刻表(代謝産物時刻表)を構築した。
【0095】
なお、表1中で、「mode」とはLC-MSの検出モードを指し、「Avg.m/z」、「Avg.RT」、「Avg.Area」、「StdDev AREA」はそれぞれ、24時点(LD12時点、及びDD12時点)での各相関ピークの平均m/z値、平均保持時間、平均面積、当該面積の標準偏差を指す。「Peak time」、「correlation」、「p value」、及び「FDR」は、いずれも概日性の振動の統計解析の結果を示すものであり、それぞれ、概日性の振動のピーク時刻、概日性の振動に適合したコサイン曲線のピアソン相関の最大値、ピアソン相関の有意性に係るp値及びFDRを指す。「p value」、及び「FDR」は数値を切り上げしており、その他の値は数値を切り下げしている。
【0096】
【表1】
【0097】
【表2】
【0098】
【表3】
【0099】
【表4】
【0100】
【表5】
【0101】
【表6】
【0102】
【表7】
【0103】
【表8】
【0104】
【表9】
【0105】
【表10】
【0106】
【表11】
【0107】
【表12】
【0108】
【表13】
【0109】
【表14】
【0110】
【表15】
【0111】
【表16】
【0112】
なお、上記した図1の(a)〜(c)は、本実施例1にて得られた、マウス血漿中に存在する代謝産物が示す概日性の周期を示すものである。図1の(a)は、LD条件下(同図のa−1)、及びDD条件下(同図のa−2)での、CBA/Nマウスの血漿中でのコルチコステロンレベルの概日性の変化を示す。また、図1の(a)中のa−3には、DD条件下のCry1,Cry2dK.O.マウスが示す、リズム性のないコルチコステロンレベルの変化のパターンを表す。全ての値は、平均±標準誤差で表している。また、グラフ上の白いバーは昼(照明点灯状態)を、グレーのバーは主観的昼(恒暗条件下での日中相当(subjective day))を、黒いバーは夜及び主観的夜(subjective night)を示す。ZT0は照明開始時の時刻であり、概日時刻CT0は、LD条件であれば照明開始時に相当するDD条件下の時間である。
【0113】
また、図1の(b)・(c)は、LC−MS分析により測定した、CBA/Nマウス(図1の(b))の血漿中、Cry1,Cry2dK.O.マウス(図1の(c))の血漿中における、概日性の振動を示す代謝産物(陽イオン(図中のb−1、c−1)、陰イオン(図中のb−2、c−2))を示す。血漿中に含まれる代謝産物の量は、各代謝産物を示すタイルのグレースケールの相違により表現している(図中、右側のグレースケールのバーも参照)。また、代謝産物は、その分子ピーク時刻により上から順に並べた。
【0114】
実施例1では、14個のピークについて、具体的な代謝産物名を同定することができた(図10、及び表1を参照)。これらの代謝産物は、図10及び表1に示す、リゾフォスファチジルコリン(LysoPC)(18:1)、LysoPC(20:4)、LysoPC(20:3)、LysoPC(20:2)、LysoPC(18:3)、LysoPC(22:6)、LysoPC(22:5)、及びLysoPC(22:4)であり、中性環境下での化学式は順に、C26H52NO7P、C28H50NO7P、C28H52NO7P、C28H54NO7P、C26H48NO7P、C30H50NO7P、C30H52NO7P、及びC30H54NO7P、である。また、図10の(a)には、陰イオンモード下の4個のピークに相当する代謝産物が示す概日性のリズムを表示し、図10の(b)には、陽イオンモード下の10個のピークに相当する代謝産物が示す概日性のリズムを表示している。なお、これらの図において、代謝産物の量は平均値を1.0として正規化(ノーマライズ)して示す。
【0115】
〔実施例2〕:独立のサンプルを用いた体内時刻の測定
得られた概日振動物質が体内時刻の優れたインジケーターであって代謝産物時刻表を用いた体内時刻の診断法が機能するかを確認するため、独立にサンプリングしたマウスの代謝産物プロファイルから体内時刻を推定した。具体的には、サンプリングの時間、及び/又は照明の条件が、体内時刻の推定に影響を与える可能性を検討するために、若いオスのCBA/Nマウスの個体から、4時間毎に24時間にわたり、LD条件下及びDD条件下の双方で血漿を採取した。
【0116】
上記した方法に従い、血漿サンプル中における時刻指示代謝産物のプロファイルを得るためにLC−MS分析を行った(図2の(a)・(b))。本発明で述べた代謝産物時刻表法を用いることで、これらサンプル中の全ての代謝産物プロファイルにおいて、顕著な概日性リズムが検出された(p<0.01:図2の(a)・(b))。LD条件下でのZT、又はDD条件下でのCTにおいてサンプリングした場合、わずかな推定誤差(LD条件で1.0±0.49h、DD条件で1.3±0.45h:平均±標準偏差:表2参照)を伴うのみで、体内時刻は環境時刻と一致した。これらの結果は、本発明を用いることにより、独立にサンプリングされたマウスの代謝産物プロファイルから、体内時刻を正確に推定できることを示唆する。
【0117】
以下の表2において、「peak」の欄にはサンプル間に共通して見出された全ての振動ピーク(All)と、はずれ値を除き実際に使用したピーク数(Used)を示す。「ZT/CT」は、サンプリングを行なったZT(LD条件下)又はCT(DD条件下)での環境時刻を指す。「Difference」は(体内時刻から環境時刻を差し引いた値)の絶対値を指す。なお、使用した振動のピークの情報は表1(代謝産物時刻表)に記載している。
【0118】
【表17】
【0119】
【表18】
【0120】
なお、図2の(a)・(b)は、体内時刻の推定結果を示し、これは若いオスのCBA/N体内時刻マウスの血漿をLD条件下(図2の(a))、及びDD条件下(図2の(b))で採取した場合の結果である。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(xとする)をとり、縦軸に物質の存在量(yとする)をとった場合の各振動代謝産物に相当する。このとき、各物質の分子ピーク時刻は規定されているから(表1のピーク時刻を参照)、全ての図で同じ物質が同じxの値をとる。これに対し、物質量はサンプル間で可変なので、yの値は変化する。例えばピーク時刻12の物質は全ての図でx=12のところにプロットされるが、yの値はZT0では低く、ZT12では高くなる。コサイン曲線(1)のピーク時刻が推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻がサンプリングした時刻(環境時刻)に相当する。曲線(1)と曲線(2)との重複度合いが大きいほど、測定精度が高いことを示す。縦方向の破線は、体内時刻又は環境時刻(ZT/CT)を示す。
【0121】
〔実施例3〕:遺伝的背景の相違が与える影響
臨床応用に際して、体内時刻推定の方法は、異なる遺伝的背景をもつ集団に適用可能なものでなければならない。代謝産物時刻表法が、遺伝的背景が異なる個体に対して適用可能であることを実証するため、当該方法を、代謝産物時刻表をつくった系統であるCBA/Nマウスとは異なる遺伝的背景を持つ近交系のマウス系統から得たサンプルについても適用可能か、検討した。具体的には、若いオスC57Bl/6マウスの個体から、4時間毎に24時間にわたり、LD条件下及びDD条件下の双方で、血漿サンプルを採取した。そして、上記したLC−MS法を用いて、血漿中の時刻指示代謝産物の定量化を行なった(図3の(a)・(b))。
【0122】
代謝産物時刻表法により、LD条件(図3の(a))及びDD条件(図3の(b))下の何れの時刻で採取したサンプルのプロファイルについても、顕著な概日性のリズム(p<0.01)を検出した。推定された体内時刻は、LD条件下では1.6±0.36h、DD条件下では1.7±0.24hの推定誤差(平均±標準偏差, 表2も参照)を伴うのみで、環境時刻と非常に一致した。この結果は、異なる遺伝的背景を有するマウスにおいても、代謝産物のプロファイルから正確に体内時刻を決定することができることを示唆する。
【0123】
なお、図3の(a)・(b)は、LD条件下(図3の(a))、及びDD条件下(図3の(b))で飼育したC57Bl/6マウスの血漿を用いた体内時刻の測定結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表2に示す。
【0124】
〔実施例4〕:給餌環境の相違
摂食行動が概日性のリズムを有することは良く知られている。それゆえ、給餌環境(ヒトでは食事環境)は、代謝産物時刻表法の正確性に影響を与えうる。異なる給餌環境にある個体に対して、代謝産物時刻表法を適用できるか否かを評価するため、ある時点から餌を与えなかったCBA/Nマウスに対し代謝産物時刻表法を適用した。これまでの実施例では、CBA/Nマウスは自由摂食下(ad libitum feeding)で飼育されていたため、この餌の剥奪状態(food deprivation)は、元々の給餌状態とは大きく異なる。
【0125】
ある時点より餌をケージから取り除いた若いオスのCBA/Nマウスから、LD条件下で4時間毎に一個体ずつ24時間にわたり血漿を回収し、LC−MS分析を行なった(図7参照)。この状態においても、代謝産物時刻表法を用いることで、全ての代謝産物プロファイルから顕著な概日性のリズムを検出した(p<0.03)。推定された体内時刻は、2.2±0.5hの推定誤差(平均±標準偏差、表2参照)を伴い、環境時刻と一致した。これらの結果は、厳しい給餌環境下に維持されてさえも、マウスの代謝産物プロファイルから体内時刻を決定することができることを示唆する。
【0126】
なお、図7中、円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表2に示す。
【0127】
〔実施例5〕:年齢及び性別による相違
本発明においては、若いオスのマウスのみから代謝産物時刻表を構築した。上記実施例1〜4では、若いオスを用いることで様々な条件下で体内時刻が推定できることを示したが、年齢や性別が代謝産物時刻表法の正確性に影響を与える可能性が考えられた。年齢や性別の体内時刻推定に与える影響を評価するため、本願発明者らは、代謝産物時刻表法を、代謝産物時刻表を作成したと同じCBA/N系統の、老齢オス、及び若いメスにも適用した。老齢オス、又は若いメスのCBA/Nマウス個体から、ZT0(明期の始まり。すなわち照明を開始する時間)、ZT12(明期の終わり、すなわち消灯する時間)の二つの時点で血漿をサンプリングした。これら二つの時点は、光の状態が劇的に変化するため、最もノイズが生じやすい時点であると考えられる。
血漿中の時刻指示代謝産物は、上記のLC−MSで定量し、顕著な概日性のリズム)を、老齢オス及び若いメスの全ての代謝産物プロファイル中に確認した(p<0.01)(図4の(b)・(c))。ZT0及びZT12で採取されたマウスの推定体内時刻は、老齢オスでは体内時刻23.0及び体内時刻11.0であり、若いメスでは体内時刻1.2及び体内時刻13.2であった(表2参照)。これらの結果は、異なる年齢及び性別のマウスの代謝産物プロファイルからも、体内時刻が正確に決定出来ることを示す。
【0128】
なお、図4の(a)〜(c)は、ZT0(図中左側)、及びZT12(図中右側)の時点で取得した、若いオス(図4の(a))、老齢オス(図4の(b))、及び、若いメス(図4の(c))での体内時刻測定の結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、若いオスの結果((図4の(a))は、比較用に図2から再録して表示している。これらの統計の結果は上記の表2に示す。
【0129】
〔実施例6〕:時差ぼけの検出
本発明の最終目的の一つは、概日リズム障害の診断に代謝産物時刻表を利用することである。時差ぼけは一般的な概日リズム障害であり、内的な時刻である体内時刻と外的な時刻の環境時刻とが相違することで生ずる。そこで、本願発明者らは、時差ぼけを模したモデルを作成するために、通常のLD条件下で二週間若いオスのCBA/Nマウスを飼育した後に、照明スケジュールを8時間前倒しにした新しいLD条件下に飼育環境を移行した。
【0130】
血漿サンプルは、次に述べる異なる3日(第1日、第5日、第14日)の二つの時点(元々のLDサイクルのZT0及びZT12。以下、それぞれ時刻1、時刻2と称する)で採取した。:第1日(照明スケジュールを8時間前倒しにした新しい環境に同調する前)、第5日(新しい環境に同調中)、及び第14日(新しい環境に同調後)(図5の(a)・(b))。
【0131】
第1日では、推定された体内時刻は、23.8h(時刻1)及び11.8h(時刻2)であり、内的な体内時刻が明暗環境を変化させる前の時間に従っていることを示唆していた。これに対し第14日では、推定された体内時刻は、8.8h(時刻1)及び20.8h(時刻2)であり、内的な体内時刻が元々のLD周期から約8時間ずれてきて、新しい周期に完全に同調していることを示していた。第5日では、推定された体内時刻は3.5h(時刻1)及び15.5h(時刻2)であり、元々のLD周期から3.5hのずれであって、これは元の明暗環境とも前倒しにした新しい環境とも不完全に同調した状態であることを意味しており、時差ぼけ状態にあることを示唆している(図5の(c)及び、表2参照)。以上の結果は、本発明にかかる代謝産物時刻表法が、正しく概日リズム障害を検出できることを示唆する。
【0132】
なお、図5の(a)は光照射条件を示す概略図であり、白色のバーは照明点灯の状態を、黒色のバーは消灯の状態を示す。第1日では、それ以前より8時間早く消灯をした。血漿のサンプリングは、LDシフト(図中、矢印で示す)後の、第1日、第5日、及び第14日それぞれの2つの時点で、行なった。図5の(b)は、代表的なマウスの行動パターンを示す図(アクトグラム)であり、明暗条件に同調した場合の活動パターン、LDシフトにより誘導された時差ぼけを経験している状態、及び新しい環境に再同調した様子を示す。点灯期間と、消灯期間(グレーのシャドウイング)とを図中に示す。3つの矢頭は、第1日(図中の上)、第5日(図中の中央)、及び第14日(図中の下)を示す。図5の(c)は、照明スケジュールを8時間前倒しにした新たな明暗環境に同調する前(第1日、上)、同調中(第5日、中央)、及び同調した後(第14日、下)に採取したマウスの血漿を用いた体内時刻測定の結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表2に示し、表2中のアステリスク(*)は、時差ぼけ実験においてマウスが新たなLD周期に入る以前の、元々のLD周期におけるZTを示していることを指す。
【0133】
〔実施例7〕:代謝産物時刻表法の一般適用(CE−MS分析)
実施例1〜6に示す通りLC−MS分析に基づく代謝産物時刻表法は、個体の体内時刻を正確に測定可能であり、時差ぼけのような概日リズム障害を非常に高感度に診断することができた。この方法は、上記した多数の時刻指示代謝産物の振動に依拠しているものであるゆえ、この方法は、CE−MS分析のような他のメタボロミクス技術によって見出された振動物質を用いても応用可能であると考えられる。
【0134】
CE−MS分析では、電荷を帯びた化合物の分離が可能である。つまり、CE−MS分析はLC−MS分析に対して相補的な技術に相当する。代謝産物時刻表法の他のメタボロミクス技術への適用可能性を確認するため、若いオスのCBA/Nマウスから、二日間にわたり、LDまたはDD条件下で4時間ごとに血漿を採取した。次いで、これらの血漿サンプル中に含まれる、陽性に荷電した化合物を、CE−MSにより測定し953個のピークを検出した。これらのピークのうち153個が、LD及びDD条件下で有意な概日性の振動を示した(図6の(a)参照。FDR<0.1)。
【0135】
次いで、これらのCE−MS分析のデータに基づき、マウス血漿中の代謝産物時刻表を構築した(表3参照)。なお、以下の表3中、「Avg.m/z」、「Avg.RT」、「Peak Time」、「Correlation」、「p value」、及び「FDR」の定義は表1と同じであり、「Avg.Area/Area(Isl)」、及び「StdDev Area/Area(Isl)」は、それぞれ、24時点(LD12時点、及びDD12時点)での各相関ピークの平均面積及び当該面積の標準偏差を、内部標準(メチオニンスルホン)の面積で除した値を指す。「p value」、及び「FDR」は数値を切り上げしており、その他の値は数値を切り下げしている。また、28のピークについては、具体的な代謝産物名を同定することができた(図6の(b)、及び図9参照)。図9には同定された代謝産物が示す概日性のリズムを示すが、当該代謝産物の量は平均値を1.0として正規化(ノーマライズ)して示している。
【0136】
【表19】
【0137】
【表20】
【0138】
【表21】
【0139】
【表22】
【0140】
【表23】
【0141】
【表24】
【0142】
【表25】
【0143】
【表26】
【0144】
あわせて、CE−MSで検出された振動代謝産物が個体の体内時刻を示す良いインジケーターであって、CE−MSに基づく代謝産物時刻表を利用することで体内時刻を検出すことが可能かを確認するため、独立にサンプリングしたマウスの代謝産物プロファイルから体内時刻を推測した。具体的には、若いオスのCBA/Nマウスから、LD及びDD条件下の双方で、24時間にわたり4時間ごとに血漿を採取した。次いで、上記の方法で、血漿サンプルのCE−MS分析を行なって時刻指示代謝産物をプロファイルした(図6の(c)・(d))。
【0145】
CE−MS分析に基づく代謝産物時刻表法では、これらサンプルの全代謝産物プロファイルで顕著な概日性の周期が検出された(p<0.01、図6の(c)・(d))。ここで推定された体内時刻は、LD条件下で0.6±0.29h、DD条件下で0.6±0.54hの推定誤差(平均±標準偏差、表4参照)を伴うのみで、環境時刻と一致した。これらの結果は、代謝産物時刻表法は、CE−MS分析のような他のメタボロミクス技術にも一般的に適用できることを示唆する。なお、以下の表4中、「peak」、「ZT/CT」、及び「Difference」の定義は表2と同様である。なお、使用した振動のピークの情報は表3(代謝産物時刻表)に記載している。
【0146】
【表27】
【0147】
なお、図6の(a)は、マウスの血漿中に含まれる概日性の振動を示す代謝産物(陽イオン,FDR<0.1)を示し、図6の(b)は、具体的な名称まで同定された振動性の代謝産物を示す。血漿中に含まれる代謝産物の量は、各代謝産物を示すタイルのグレースケールの相違により表現している(図中、左側のグレースケールのバーも参照)。図中、右側の垂直バーは、1日の中で、各代謝産物が指示する分子ピーク時刻を示す。図6の(c)・(d)は、LD条件下(図6の(c))、及びDD条件下(図6の(d))で飼育されたマウスの体内時刻の測定結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表3に示す。
【0148】
〔実施例8〕より厳格な基準でのCE−MS分析に基づく代謝産物時刻表法
実施例7に示す通り、CE−MS分析により、血漿サンプル中に953個のピークを検出した。これらのピークのうち、より厳格な統計基準(FDR<0.01:図8参照)下では、44個のピークが顕著な概日性の振動を示した。これら44個のピークのうち10個のピーク(22.7%)に相当する代謝産物の名称を特定できた(図8の(b)参照。CE−MS分析の結果、検出された、及び/又は、名称まで特定された時刻指示代謝産物に基づいて、マウスの血漿中における代謝産物時刻表を構築した(表3参照)。
【0149】
この代謝産物時刻表に示された概日振動代謝産物をインジケーターとした場合に、個体の体内時刻を充分に反映して精度よく体内時刻が推定されるか否かを評価するため、マウスの代謝産物のプロファイルから体内時刻の推定を試みた。若いオスのCBA/Nマウスの個体から、4時間毎に24時間にわたり、LD条件下、又はDD条件下の双方で鮮血の血漿を採取し、その代謝産物のプロファイルを評価した(図8の(c)・(d))。予期した通り、これら全サンプルの全ての代謝産物のプロファイルにおいて、顕著な概日性のリズムを検出することができた(P<0.01, 図8の(c)・(d))。推定された体内時刻は、LD条件において1.5±0.76h、及びDD条件において1.4±0.90h(何れも平均±標準偏差、表5参照)の推定誤差を伴うのみで、サンプリング時間(環境時刻)と一致した。この結果が示唆するのは、上記したLC−MS分析に基づく方法と同等の厳格な基準(FDR<0.01)により選択された時刻指示代謝産物を用いたCE−MS分析に基づく方法においても、ある時点で採取された個体の体内時刻を正確に検出することに役立つということである。なお、以下の表5中、「peak」、「ZT/CT」、及び「Difference」の定義は表2と同様である。なお、使用した振動のピークの情報は表3(代謝産物時刻表)に記載している。
【0150】
【表28】
【0151】
なお、図8の(a)は、マウスの血漿中における概日性の振動を示す代謝産物(陽イオン,FDR<0.01)を示し、図8の(b)は、具体的な名称まで同定された振動性の代謝産物を示す。血漿中に含まれる代謝産物の量は、各代謝産物を示すタイルのグレースケールの相違により表現している(図中、左側のグレースケールのバーも参照)。図中、右側の垂直バーは、1日の中で、各代謝産物が指示する分子ピーク時刻を示す。図8の(c)・(d)は、LD条件下(図8の(c))、及びDD条件下(図8の(d))で飼育されたマウスの体内時刻の測定結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表4に示す。
【0152】
〔実施例9〕使用するピーク数と、体内時刻の推定結果との相関
本願発明者らは、代謝産物時刻表法において使用するピーク数の好適な範囲を求めるべく次の実験を行なった。具体的には、LC−MS分析の結果得られた有意な振動を示すピーク(表1参照)のうちFDRの低いものを使用し、代謝産物時刻表法に基づいて体内時刻の推定を行った。このとき、初めに使用したピークは、FDRの低いものから順に選択した、陽イオンモードの124個、陰イオンモードの76個、計200個である。
【0153】
次いで、これら200個のピークから、統計基準のきつい(余弦波から遠い:FDRが大きい)ものより順に5個ずつ使用するピークを減らして体内時刻の推定を行い(すなわち、195個、190個、185個・・・と使用するピークの数を減らした)、さらに、使用するピークの数が50個以下になった時点からは使用するピークを2個ずつ減らして体内時刻の推定を行なった。なお、本実施例では、使用したピークの数の最小値は4個である。結果を、図11に示す。
【0154】
図11中の(a)は、使用したピーク数(4個〜200個)と、推定された体内時刻の有意性(そのp値)との関係を示す。(a)において、薄い網掛けはp値が0.05未満の領域を示し、濃い網掛けはp値が0.01未満の領域を示す。また、図11中の(b)は、使用したピーク数(4個〜200個)と、推定誤差(推定された体内時刻と環境時刻との差(単位:時間))との関係を示す。(b)において、薄い網掛けは推定誤差が2時間未満の領域を示し、濃い網掛けは推定誤差が1時間未満の領域を示す。図11中の(a)及び(b)で拡大して示すのは、使用したピーク数が16個〜36個の範囲内での結果である。
【0155】
推定された体内時刻の有意性の値の好適な範囲は、体内時刻推定の目的等にも依存するが、例えば、そのp値が約0.01未満であれば充分に信頼性があると判断される。この条件を満たすのは、使用したピーク数が約20個以上の場合である(図11中の(a)参照)。また、使用したピーク数が約20個以上の場合には、上記の推定誤差が約1時間程度以下に収まるため、実用上充分な推定精度といえる。すなわち、代謝産物時刻表法に基づいて体内時刻の推定を行なう場合には、使用するピークの数(すなわち本発明にかかるインジケーターの数)を20個以上とすることが好ましい。ただし、使用するピークの数が20個未満の場合であっても体内時刻、及びそのずれの推定を行なうことは可能である。
【0156】
上記の実施例7〜8で示したCE−MS分析で同定可能な時刻指示代謝産物(図6の(b))には、顕著な概日性のリズムを示す多くのアミノ酸が含まれていた(FDR<0.1)。例えば、グルタミン(Gln)、トレオニン(Thr)、プロリン(Pro)、バリン(Val)、フェニルアラニン(Phe)、メチオニン(Met)、イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)及びトリプトファン(Trp)の分子ピーク時刻(peak time, PT, 0が明期の始まり、12が暗期の始まりに相当)は凡そ深夜(〜PT18)である一方、グリシン(Gly)の分子ピーク時刻は夕方であった(PT12.1)。また、尿素サイクルに関連する代謝産物の中では、オルニチン(PT18.6)、シトルリン(PT19.9)、及び4−グアニジノブチレート(PT20.1)等の代謝産物が、顕著な概日性のリズム(FDR<0.1)を示した。さらに、尿素サイクルで重要な役割を果たすアルギニン(Arg)も、概日性のリズム(FDR=0.215、PT0.6)を有すると示唆された。
【0157】
クレアチン経路、及びこれの近傍のグリシン並びにトレオニンの代謝においては、グアニドアセテート(PT6.2)、クレアチン(PT14.7)、クレアチニン(PT18.7)、サルコシン(PT18.0)、及びジメチルグリシン(PT16.5)のような代謝産物が顕著な概日性のリズム(FDR<0.1)を示した。アルギニン(PT0.6)は、最初にグアニドアセテートに変換され、次いでグアニドアセテート(PT6.2)はクレアチンに変換される。クレアチン(PT14.7)は最終的にクレアチニン(PT18.7)又はサルコシン(PT18.0)に変換され、これらはジメチルグリシン(PT16.5)からも変換されるものである。これら代謝産物の分子ピーク時間の相違は、クレアチン経路、及びこれに近傍のグリシン並びにトレオニンの代謝における連続的なプロセシングの様子を反映しているといえる。
【0158】
また、実施例1から9にて示した通り、代謝産物時刻表法を用いることで、哺乳類の個体で安定して体内時刻を測定でき、また概日リズム障害が検出できる(特に実施例6)。概日リズム障害は、環境的な要因(例えば時差ぼけ)により、及び/又は、遺伝的要因(家族性の睡眠相前進症候群)により引き起こされる。
【0159】
Brownら(参考文献:(1)Brown SA et al. (2005) The period length of fibroblast circadian gene expression varies widely among human individuals. PLoS Biol 3: e338.:(2)Brown SA et al. (2008) Molecular insights into human daily behavior. Proc Natl Acad Sci U S A 105: 1602-1607.)は、細胞中の概日時計を特徴づけすることによって、概日リズム障害を検出したことを報告している。具体的には、彼らはヒトの皮膚サンプルを採取し、その細胞を培養して、体内時計に制御されるレポータを当該細胞中に遺伝子導入し、体内時計の様子を観察した。単離細胞中の概日時計の特徴は、対象たるヒトのクロノタイプ(個体レベルの概日時計の特徴)と相関を示し、この方法によって先天的な(inherited)概日リズム障害を検出することができる可能性を示唆した。しかし、Brownらの方法は環境要因を排するために、先天的な(遺伝的要因による)概日リズム障害は検出できるが、後天的な(環境要因による)概日リズム障害(例えば時差ぼけ)は検出できない。仮に彼らの方法で環境要因を含む概日リズム障害を検出しようとすると、個体レベルで遺伝子導入を行わなければならず、これは現実的ではない。また、現状では検査する細胞を採取する必要があることや、培養細胞に対して遺伝子導入を行わなければならないために、検査の手間も非常にかかるなどの問題がある。一方で、本発明ではこれらの問題を招来することがない。
【0160】
さらに、実施例1から5および実施例7、8にて示した通り、1)本発明に係るインジケーターを用いて、異なる光条件(LD及びDD)下で、及び異なる遺伝的背景を有する個体間(CBA/N及びC57Bl/6マウス)で、一日を通じた個体の体内時刻の推定を非常に高精度に行うことができた。2)また、血漿中のインジケーターを用いた代謝産物時刻表は、給餌環境、年齢及び性別の違いを超えて共通しており、当該インジケーターの有用性が示唆された。3)加えて、本発明の方法が、時差ぼけ哺乳類における概日リズムの不調に対する敏感かつ正確な検出手段となることが示唆された。
【0161】
もちろん、LC−MS分析、CE−MS分析に限定されず他のメタボロミクス技術も本発明の目的で使用することができ、これにより何百もの時刻指示代謝産物の定量・同定が可能となり、個々人の血液サンプルから体内時刻の測定をすることができる。すなわち、本発明は、例えば個人特化型の(テーラーメイド)医薬の実現の一つの可能性である時間治療に道を拓くものであるが、これは、個人の体内時刻の情報を用いた投薬を行い、薬剤の効能を最大化したりその副作用を最小化したりするものである。
【0162】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0163】
本発明は、ヒトを含む哺乳類の体内時刻の推定、及び体内時刻のずれの検出に利用することができる。そのため、本発明を、例えば、概日リズム障害の発症有無の検出、時間治療、及び個人特化型の医薬や投薬方法の開発に利用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類の体内時刻の新規なインジケーター、及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
生物は、概日時計(サーカディアンクロック)を有し、様々な生理学的プロセス及び代謝プロセスにおいて、内在的かつ自律振動型で24時間以内の周期性を持つ振動が見られることが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
哺乳類では、例えば、Clock、Bmal1、Per1、Per2、Cry1、Cry2、RevErbA、Rora、Csnk1e、Csnk1d、及びFbxl3等の時計遺伝子が、中枢時計組織及び/又は末梢時計組織における、遺伝子の周期的な発現制御の少なくとも一部に関与していると報告されている(非特許文献2〜4)。
【0004】
また、中枢時計組織及び/又は末梢時計組織における遺伝子発現の周期的な変動を反映して(非特許文献5〜8)、投与された薬剤の効用、及び/又は、毒性は、当該薬剤が投与された時点での体内時刻に依存することが報告されている(非特許文献9〜13)。
【0005】
すなわち、最適な体内時刻でヒトに投与された薬剤は、その効用が最大かつ毒性が最小となり、より良好な薬物治療の結果が得られうる(非特許文献14)。対照的に、不適切な体内時刻でヒトに投与された薬剤は、酷い副作用を引き起こしうる(非特許文献15)。
【0006】
しかし、上記のように、体内時刻に基づいた治療(時間治療として知られる(非特許文献9〜13))の重要性が認識されているにも関わらず、医療現場にて体内時刻を容易に測定できる方法が無いという問題のため、時間治療の普及が進んでいないという実情があった。
【0007】
上記の問題を解決するため、本願発明者らは、既に分子時刻表法(molecular-timetable method)という概念を確立している(非特許文献16)。分子時刻表法では、分子時刻表中に位置づけられた遺伝子の発現量の周期的な増減パターンをプロファイリングすることで、1日の中での体内時刻を知ることができる。具体的には、本願発明者らは、標的器官中での時計制御遺伝子(clock-controlled gene)の発現プロファイルを用いて、このコンセプトの正しさを証明済である(非特許文献16)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Dunlap JC, Loros JJ, DeCoursey PJ eds. (2004) Chronobiology: Biological timekeeping (Sinauer Associates, Inc., Sunderland, Massachusetts, U.S.A).
【非特許文献2】Reppert SM, Weaver DR (2002) Coordination of circadian timing in mammals. Nature 418: 935-941.
【非特許文献3】Ueda HR (2007) Systems biology of mammalian circadian clocks. Cold Spring Harb Symp Quant Biol 72: 365-380.
【非特許文献4】Takahashi JS, Hong HK, Ko CH, McDearmon EL (2008) The genetics of mammalian circadian order and disorder: Implications for physiology and disease. Nat Rev Genet 9: 764-775.
【非特許文献5】Akhtar RA et al. (2002) Circadian cycling of the mouse liver transcriptome, as revealed by cdna microarray, is driven by the suprachiasmatic nucleus. Curr Biol 12: 540-550.
【非特許文献6】Panda S et al. (2002) Coordinated transcription of key pathways in the mouse by the circadian clock. Cell 109: 307-320.
【非特許文献7】Storch KF et al. (2002) Extensive and divergent circadian gene expression in liver and heart. Nature 417: 78-83.
【非特許文献8】Ueda HR et al. (2002) A transcription factor response element for gene expression during circadian night. Nature 418: 534-539.
【非特許文献9】Halberg F (1969) Chronobiology. Annu Rev Physiol 31: 675-725.
【非特許文献10】Labrecque G, Belanger PM (1991) Biological rhythms in the absorption, distribution, metabolism and excretion of drugs. Pharmacol Ther 52: 95-107.
【非特許文献11】Lemmer B, Scheidel B, Behne S (1991) Chronopharmacokinetics and chronopharmacodynamics of cardiovascular active drugs. Propranolol, organic nitrates, nifedipine. Ann N Y Acad Sci 618: 166-181.
【非特許文献12】Reinberg A, Halberg F (1971) Circadian chronopharmacology. Annu Rev Pharmacol 11: 455-492.
【非特許文献13】Reinberg A, Smolensky M, Levi F (1983) Aspects of clinical chronopharmacology. Cephalalgia 3 Suppl 1: 69-78.
【非特許文献14】Levi F, Zidani R, Misset JL (1997) Randomised multicentre trial of chronotherapy with oxaliplatin, fluorouracil, and folinic acid in metastatic colorectal cancer. International organization for cancer chronotherapy. Lancet 350: 681-686.
【非特許文献15】Ohdo S, Koyanagi S, Suyama H, Higuchi S, Aramaki H (2001) Changing the dosing schedule minimizes the disruptive effects of interferon on clock function. Nat Med 7: 356-360.
【非特許文献16】Ueda HR et al. (2004) Molecular-timetable methods for detection of body time and rhythm disorders from single-time-point genome-wide expression profiles. Proc Natl Acad Sci U S A 101: 11227-11232.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、標的器官中(例えば、肝臓中)での遺伝子発現のプロファイルから体内時刻を推測する方法は、医療現場への応用が困難である。その理由は、遺伝子発現のプロファイルを取得するために標的器官からサンプルを採取する必要が生じ、手間が非常にかかる上、患者の身体的な負担も大きくなるためである。
【0010】
一方、哺乳類の血液中に含まれる、代謝産物(metabolite)、ホルモン等の低分子化学物質の中には、概日性の周期振動を示すものがあるらしいことが報告されている。例えば、ステロイドホルモンの一種であるコルチコステロンの濃度は、ピークが夕刻となるような周期性をもって概日時計により制御されるとの報告がある(参考文献:Kennaway DJ, Owens JA, Voultsios A, Varcoe TJ (2006) Functional central rhythmicity and light entrainment, but not liver and muscle rhythmicity, are clock independent. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 291: R1172-1180.)。また、アミン由来のホルモンであるメラトニンは、マウスでは、早朝にピークを持つ概日周期を示す(参考文献:Kennaway DJ, Voultsios A, Varcoe TJ, Moyer RW (2002) Melatonin in mice: Rhythms, response to light, adrenergic stimulation, and metabolism. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 282: R358-365.)。
【0011】
ヒトでは、数種のペプチドホルモンのレベルが1日を通じて変化することが知られ、例えば、成長ホルモンのレベルが睡眠中に増加すること(参考文献:Takahashi Y, Kipnis DM, Daughaday WH (1968) Growth hormone secretion during sleep. J Clin Invest 47: 2079-2090.)、レプチンのレベルが夕方の間に増加すること(参考文献:Schoeller DA, Cella LK, Sinha MK, Caro JF (1997) Entrainment of the diurnal rhythm of plasma leptin to meal timing. J Clin Invest 100: 1882-1887.)、及びプロラクチンのレベルが夜中に増加することの報告がある(参考文献:Kok P et al. (2006) Increased circadian prolactin release is blunted after body weight loss in obese premenopausal women. Am J Physiol Endocrinol Metab 290: E218-224.)。また、アミノ酸である、トリプトファン、チロシン、フェニルアラニン、メチオニン、システイン、グルタチオン、及びホモシステインの濃度は、ヒトの血漿中で、一日を通じて変化するとの報告がある(参考文献:(1)Breum L, Rasmussen MH, Hilsted J, Fernstrom JD (2003) Twenty-four-hour plasma tryptophan concentrations and ratios are below normal in obese subjects and are not normalized by substantial weight reduction. Am J Clin Nutr 77: 1112-1118.(2)Forslund AH et al. (2000) Inverse relationship between protein intake and plasma free amino acids in healthy men at physical exercise. Am J Physiol Endocrinol Metab 278: E857-867.(3)Blanco RA et al. (2007) Diurnal variation in glutathione and cysteine redox states in human plasma. Am J Clin Nutr 86: 1016-1023.(4)Bonsch D et al. (2007) Daily variations of homocysteine concentration may influence methylation of DNA in normal healthy individuals. Chronobiol Int 24: 315-326.)。
【0012】
しかしながら、哺乳類の血液中の化学物質を用いて体内時刻に関連する情報を十分な精度で推測する方法は、今日まで確立されていない。その理由として、血液中の化学物質に関して、その存在量の周期的変動に関する包括的なプロファイリングの報告がなく、1)血液中の化学物質の中に体内時刻の測定に使用しうるほど正確な概日周期を示すものがあるかについてそもそも解明されていない点、及び、2)それゆえ、どの化学物質が体内時刻の測定に使用可能なほど正確な概日周期を示すのか全く知見がない点、が挙げられる。なお、体内時刻の測定に普遍的に使用できる化学物質には、性別、年齢、遺伝的背景、及び栄養摂取の状態などに左右されず、概日周期を持つ量的変化を示すものが特に望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本願発明者らは血液サンプル中に含まれる化学物質を用いて体内時刻に関連する情報の推定が出来るか否かについて鋭意検討を行った。その結果、哺乳類の血液中の血漿成分に含まれる所定の代謝産物の存在量が、体内時刻の測定に使用可能な正確さをもって周期的に変動しており、当該代謝産物が体内時刻のインジケーターとなりうることを初めて見出し、本願発明に想到するに至った。
【0014】
すなわち、本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法は、上記の課題を解決するために、哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる代謝産物の量を測定する工程と、当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンに基づき哺乳類の体内時刻(ここでは、経時的な変化のパターンを取得したものと同じ代謝産物に基づき推定された体内時刻が好ましい)のずれを検出する工程とを含み、当該代謝産物が、1−メチルニコチンアミド、グアニドアセテート、カルニチン、シチジン、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、グリシン、クレアチン、N,N−ジメチルグリシン、メチオニンスルホキシド、グルタミン、トレオニン、サルコシン、トレオニン(13C)、プロリン、バリン、オルニチン、クレアチニン、フェニルアラニン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、α−アミノアジペート、シトルリン、4−グアニジノブチレート、トリメチルアミンN−オキシド、リゾフォスファチジルコリン(18:1)、リゾフォスファチジルコリン(20:4)、リゾフォスファチジルコリン(20:3)、リゾフォスファチジルコリン(20:2)、リゾフォスファチジルコリン(18:3)、リゾフォスファチジルコリン(22:6)、リゾフォスファチジルコリン(22:5)、及びリゾフォスファチジルコリン(22:4)(ここで、各リゾフォスファチジルコリンの後段に括弧書きで示す数字は、順に、脂肪酸の部分を構成する炭素原子の数と、不飽和結合を有する炭素原子の数とを示す)からなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることを特徴としている。
【0015】
本願発明に係る体内時刻のずれの検出方法は、また、検査対象となる哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる代謝産物の量を測定する工程と、代謝産物の量の経時的な変化のパターンを、検査対象となる哺乳類と同種の基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンと比較して、パターンのずれの程度を取得する工程とを含み、上記した代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物を指標とすることを特徴としている。
【0016】
上記のいずれかの方法によれば、哺乳類が有する概日リズムの変調のひとつの指標となる、当該哺乳類の体内時刻のずれを正確に把握することが可能となる。
【0017】
本発明に係る体内時刻のずれの検出方法は、さらに、上記代謝産物が、カルニチン、シチジン、グリシン、サルコシン、バリン、イソロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、4−グアニジノブチレート、及びトリメチルアミンN−オキシドからなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることがより好ましい。
【0018】
上記の方法によれば、哺乳類が有する概日リズムの変調のひとつの指標となる、当該哺乳類の体内時刻のずれをより一層正確に把握することが可能となる。
【0019】
本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法は、上記の課題を解決するために、検査対象となる哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる代謝産物の量を測定する工程と、代謝産物の量の経時的な変化のパターンを、検査対象となる哺乳類と同種の基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンと比較して、パターンのずれの程度を取得する工程とを含み、上記代謝産物が、1)実施例の記載に従いLC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)による解析をした結果取得される、表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;、及び、2)実施例の記載に従いCE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)による解析をした結果取得される、表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;からなる代謝産物群から選択される、少なくとも一つの代謝産物であることを特徴としている。なお、本発明において「〜」とは「から」の意味である。
【0020】
本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法では、より一層正確な検出を実現する観点から、さらに、上記代謝産物として、上記代謝産物群を構成する全ての代謝産物を用いることがより好ましい。
【0021】
上記の方法によれば、哺乳類が有する概日リズムの変調のひとつの指標となる、当該哺乳類の体内時刻のずれを正確に把握することが可能となる。
【0022】
本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法では、より一層正確な検出を実現する観点から、さらに、上記パターンのずれの程度を、上記代謝産物の量が最大となる時刻、又は最小となる時刻の少なくとも一方を基準として取得することがより好ましい。
【0023】
本願発明に係る哺乳類における体内時刻のずれの検出方法では、さらに、サンプリングを行うための1日内の異なる複数の時点が、4時間おきの6時点であってもよい。
【0024】
本願発明に係る概日リズムの変調の有無の検査方法は、上記の課題を解決するために、上記した体内時刻のずれの検出方法により検出された体内時刻のずれが所定の範囲を越える場合に、検査対象となる哺乳類が概日リズムに変調をきたしていると判定する工程を含むことを特徴としている。
【0025】
本願発明に係る体内時刻のインジケーターは、上記の課題を解決するために、1)実施例の記載に従いLC−MS分析をした結果取得される、表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;及び、2)実施例の記載に従いCE−MS分析をした結果取得される、表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;からなる代謝産物群から選択される少なくとも一つであることを特徴としている。
【0026】
本願発明に係る哺乳類の体内時刻測定キットは、上記の課題を解決するために、哺乳類の採血を行なう採血器具と、上記の体内時刻のインジケーターの血漿中における量を定量する定量手段と、を備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0027】
本発明は、哺乳類の血漿中に含まれる特定の代謝産物を体内時刻のインジケーターとして用いるため、当該哺乳類の体内時刻に係る情報がより容易に取得可能となるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】(a)〜(c)は、本発明の実施例に関し、マウスの血漿中における代謝産物量が示す概日周期性の変動を表す図である。
【図2】(a)及び(b)は、本発明の実施例に関し、マウスの体内時刻の推定の結果を示す図である。
【図3】(a)及び(b)は、本発明の実施例に関し、図2に示すマウスとは系統(遺伝的背景)が異なるマウスでの体内時刻の推定の結果を示す図である。
【図4】(a)〜(c)は、本発明の実施例に関し、週齢及び性別が異なるマウスでの体内時刻の推定の結果を示す図である。
【図5】(a)〜(c)は、本発明の実施例に関し、時差ぼけ状態にあるマウスでの体内時刻の推定の結果等を示す図である。
【図6】(a)〜(d)は、本発明の実施例に関し、CE−MS分析の結果に基づき作成した代謝産物時刻表((a)・(b))、及び体内時刻の推定の結果((c)・(d))を示す図である。
【図7】本発明の実施例に関し、給餌環境が相違するマウスでの体内時刻の推定の結果を示す図である。
【図8】(a)〜(d)は、本発明の実施例に関し、図6に示すものより厳格な基準でのCE−MS分析に基づき作成した代謝産物時刻表((a)・(b))、及び体内時刻の推定の結果((c)・(d))を示す図である。
【図9】本発明の実施例に関し、CE−MS分析の結果に基づき具体的な名称が特定された28種類の代謝産物量の概日周期性の変動を表す図である。
【図10】本発明の実施例に関し、LC−MS分析の結果に基づき具体的な名称が特定された代謝産物量の概日周期性の変動を表す図である。
【図11】本発明の実施例に関し、LC−MS分析で得られた振動ピークのうち、代謝産物時刻表の作成に使用したピーク数と、推定された体内時刻との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0030】
本発明は、哺乳類の血漿中に含まれる特定の代謝産物の存在量が、概日周期をもって変化する(振動する)ことを新規に見出したことに基づきなされたものである。
【0031】
特に、対象となる哺乳類の遺伝的背景の相違、週齢、性別、食事環境(給餌環境)等の要因に左右されることなく、血漿中に含まれる特定の代謝産物が、当該哺乳類の体内時刻を示すインジケーターとして好適に利用できることを新規に見出したことに基づきなされたものである。
【0032】
本発明において「哺乳類」の種類は特に限定されないが、ラット、ウサギ、マウス、ヤギ、サルその他の実験動物や、ヒト等が例示され、中でもヒトが好ましい。また、ヒトの中でも、後述する概日リズム障害の発症危険度の高い、或いは既に発症している蓋然性が高いヒトがより好ましい。
【0033】
また、「概日、又は概日性(の周期、又はリズム)」とは、生物が内在的に概ね24時間(20時間から28時間)で1サイクルする周期性を有することを指し、より好ましくは22時間から26時間で1サイクルの周期性を有することを指す。従って、上記のインジケーターが「概日性の振動」を示すとは、血漿中における当該インジケーターの存在量(血中での代謝量)が概日性の周期をもって変動することと同義である。
【0034】
また、「概日リズム障害」とは、広義には、概日リズムの異常に起因する不調全般を指し、具体的には、例えば、家族性の睡眠相前進症候群(ADVANCED SLEEP PHASE SYNDROME)を含む睡眠覚醒リズム障害、季節性うつ病、時差ぼけ、等が挙げられる。
【0035】
また、「体内時刻(体内時刻:Body time又はBT)」とは、生物が内在的に有するいわゆる体内時計(生物時計)に基づく時刻を指す。
【0036】
また、「代謝産物」とは、哺乳類の体内での代謝反応における中間産物、及び最終生成物を指す通常の意味で用いており、一次代謝物、及び二次代謝物の双方を含む概念である。さらに、天然に存在する同位体を含む代謝産物、及び同位元素等で人工的に標識された化合物の代謝産物も含まれる。
【0037】
また、「ZT(ツァイトゲーバー時刻)」とは、明暗条件(LD条件と同義;照明12時間、暗12時間)下における照明(点灯)開始時をZT0時とした24時間周期の時間体系を指す。すなわち、明条件(照明点灯)はZT0〜ZT12まで継続し、暗条件(照明消灯)はZT12〜ZT24まで継続する。
【0038】
また、「CT(概日時刻)」とは、哺乳類にLD条件を体験させた後、引き続いて恒暗条件(DD条件と同義)を体験させた場合の、恒暗条件開始時をCT0時とした24時間周期の時間体系を指す。すなわち、CT0は、DD条件に移行せずにそのままLD条件を継続させたと仮定した場合のZT0に相当する時刻である。
【0039】
また、「分子ピーク時刻、又は分子時刻」とは、後述する体内時刻のインジケーターの血漿中における存在量が極大になる時刻(ZT時刻体系、CT時刻体系、又は環境時刻体系における時刻)を指す。
【0040】
なお、本発明において、「A及び/又はB」とは、A及びB、或いはA又はB、の双方を指す意味で用いる。
【0041】
〔本発明に係る体内時刻のインジケーター〕
上記インジケーターとは、哺乳類の血漿中に含まれ、その存在量が概日性の周期をもって変動をするために、当該存在量を経時的に観察することで、その哺乳類の体内時刻を指し示すインジケーターとなる代謝産物を指す。すなわち、血漿中における当該インジケーターの存在量を測定すれば、対象となる哺乳類の体内時刻、及び体内時刻のずれを推定することができる。例えば、測定されたインジケーターの存在量を、後述する〔体内時刻のずれの検出方法、及び概日リズムの変調の検査方法〕の工程Bの説明で記載する「基準パターン1」又は「基準パターン2」と照合して、体内時刻、及び体内時刻のずれを推定することができる。
【0042】
本発明に係るインジケーターは、具体的には、血漿中に含まれる以下の物質を指す。
1)実施例の記載に従いLC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)による計測をした結果取得される、後述の表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;及び、
2)実施例の記載に従いCE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)による計測をした結果取得される、後述の表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;
からなる代謝産物群(「代謝産物群1」と称する)から選択される少なくとも一つのインジケーター。
【0043】
上記1)に含まれる代謝産物では、具体的に化合物名が特定されているものが、血漿中における当該代謝産物の存在量の検出がより容易なため好ましい。これらの代謝産物としては、リゾフォスファチジルコリン(LysoPC)(18:1)、LysoPC(20:4)、LysoPC(20:3)、LysoPC(20:2)、LysoPC(18:3)、LysoPC(22:6)、LysoPC(22:5)、LysoPC(22:4)からなる代謝産物群(「代謝産物群2」と称する)から選択される少なくとも一つ、好ましくは全てのインジケーターが挙げられる。なお、各LysoPCの後段に付した括弧書きの記載は、順に、脂肪酸の部分を構成する炭素原子の数と、不飽和結合を有する炭素原子の数(不飽和度)とを表す。
【0044】
また、上記2)に含まれる代謝産物の中では、よりいっそう正確なインジケーターになりうるとの観点から、表3中に示すFDRが0.01以下であるものが特に好ましい。この条件を満たすインジケーターは、具体的には、表3中の1番目〜44番目に示す代謝産物群から選択される少なくとも一つ、好ましくは全てのインジケーターである。
【0045】
さらに、上記2)に含まれる代謝産物の中では、具体的に化合物名が特定されているものが、血漿中における当該代謝産物の存在量の検出がより容易なため好ましい。これらの代謝産物としては、具体的には、1−メチルニコチンアミド、グアニドアセテート(グアニド酢酸エステル)、カルニチン、シチジン、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、グリシン、クレアチン、N,N−ジメチルグリシン、メチオニンスルホキシド、グルタミン、トレオニン、サルコシン、トレオニン(13C)、プロリン、バリン、オルニチン、クレアチニン、フェニルアラニン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート(2−アミノブチルエステル)、α−アミノアジペート(α−アミノアジピン酸塩)、シトルリン、4−グアニジノブチレート(4−グアニジノブチルエステル)、及びトリメチルアミンN−オキシドからなる28種類の代謝産物群(「代謝産物群3」と称する)から選択される少なくとも一つ、好ましくは全てのインジケーターが挙げられ、この中でも、表3中に示すFDRが0.01以下である上記条件を満たす、カルニチン、シチジン、グリシン、サルコシン、バリン、イソロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、4−グアニジノブチレート、及びトリメチルアミンN−オキシドからなる10種類の代謝産物群(「代謝産物群4」と称する)より選択される少なくとも一つ、好ましくは全てのインジケーターが特に好ましい。
【0046】
なお、言及するまでもないが、表1及び表3に示す代謝産物は何れも、少なくとも実施例の記載の方法に従えば確実に検出することができるものだから、本発明に係る体内時刻のインジケーターとして当然に用いることができる。
【0047】
〔体内時刻のずれの検出方法、及び概日リズムの変調の検査方法〕
本発明にかかる「体内時刻のずれの検出方法」の一例は、哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血漿に含まれる、代謝産物の量を測定する工程(工程Aと称する)と、次いで、当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンに基づき哺乳類の体内時刻のずれを検出する工程(工程Bと称する)と、を含んでなり、ここで測定対象となる代謝産物が、上記説明の「体内時刻のインジケーター」から選択されるものである。
【0048】
ここで、工程Aに関して、哺乳類から血漿をサンプリングする方法は、血液を採取し血漿を抽出するための公知の方法を採用すればよい。また、「1日内の異なる複数の時点でサンプリングする」とは、1日内に少なくとも2回以上のサンプリングをすることを指し、より好ましくは4回以上、さらに好ましくは6回以上のサンプリングをすることを指す。測定の精度を向上させるため、サンプリングの間隔を一定にすることが好ましい。例えば、1日内に4回サンプリングするときは6時間おきに、6回サンプリングするときは4時間おきに行なうことが好ましい。2点の場合は12時間間隔で行う。なお、検出の精度を向上させるためは、サンプリングの間隔をそれぞれ4時間以内とすることが好ましい。
【0049】
また、工程Aに関して、「代謝産物の量を測定する方法」は特に限定されるものではなく、公知のいずれの方法を採用してもよい。具体的には例えば、LC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)分析、CE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)分析、GC/MS(ガスクロマトグラフィー/質量分析計)分析等の一般的なメタボローム解析に用いる手法(実施例も参照);高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を単独で使用する方法;ラジオイミュノアッセイ、ELIZA法(エライザ法)等の免疫学的手法;を例示することができる。なお、多数(例えば、10種以上)の代謝産物の量を同時に測定する場合には、LC−MS分析、CE−MS分析、GC/MS分析等の一般的なメタボローム解析に用いる手法を用いることがより好ましく、1又は少数(例えば、9種以下、より好ましくは1〜5種)の代謝産物の量を同時に測定する場合には、各代謝産物の量を個別に測定可能な免疫学的手法、又は高速液体クロマトグラフィーを単独で使用する方法、等がより好ましい。
【0050】
なお、上記工程Aは、後述する〔体内時刻のずれの検出方法、及び概日リズムの変調の検査方法〕の工程Bの説明で記載する「基準パターン1」又は「基準パターン2」を作成するための工程であってもよい。或いは、工程Aは、「体内時刻」又は「体内時刻のずれ」の検出対象となる哺乳類自身(検査対象となる哺乳類)の血漿を対象として行なわれる工程であってもよい。後述の「代謝産物時刻表法」(実施例参照)に基づけば、検査対象となる哺乳類の血液(血漿)は少なくとも一時点で採取すればよいが、複数時点で採取してもよく、或いは、「代謝産物時刻表法」以外の方法に基づき「体内時刻」又は「体内時刻のずれ」を検出する場合には、検査対象となる哺乳類の血液(血漿)は複数時点で採取する必要もありえる。
【0051】
工程Bに関して、「代謝産物の量の経時的な変化のパターン」とは、例えば、サンプリングした複数の時刻と、当該時刻における血漿中の代謝産物の量との関係を示すものであればよく、特に限定されないが、例えば、サンプリングした時刻と当該時刻における代謝産物の量との関係を示すグラフ等が例示される。ここで、「代謝産物の量」は実測値であってもよいし、当該実測値を正規化(ノーマライゼーション)したものであってもよい。また、一定の周期性をもって振動している物質の振動のパターンを、当該パターンに類似したコサイン曲線(余弦波)で表現したものを用いることもできる(参考文献:Ueda HR et al. (2004) Molecular-timetable methods for detection of body time and rhythm disorders from single-time-point genome-wide expression profiles. Proc Natl Acad Sci U S A 101: 11227-11232.)。
【0052】
また、工程Bに関して、「代謝産物の量の経時的な変化のパターン」に基づいて「哺乳類の体内時刻のずれを検出する」方法は特に限定されるものではないが、
1)検査対象となる哺乳類自身が平常時にあるときに、予め、血漿中の代謝産物の量の経時的な(すなわち環境時刻と対応させた)変化のパターン(「基準パターン1」と称する)を測定しておき、当該基準パターン1と、検査時に取得した当該代謝産物の量の変化のパターンとを比較して、両パターンのずれの程度を体内時刻のずれとして検出する方法、
2)検査対象となる哺乳類における上記「代謝産物の量の経時的な変化のパターン」を、検査対象となる哺乳類と同種の、基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターン(「基準パターン2」と称する)と比較して、パターンのずれの程度を体内時刻のずれとして検出する方法、
等が例示される。なお、基準パターン2の取得に際しては、平常時にある当該哺乳類を複数個体用いて、測定した代謝産物の量の平均値を採用することがより一層の正確性を期する上でより好ましい。
【0053】
また、工程Bに関しては、1種類の代謝産物(インジケーター)のみを用いることもできるが、複数種類の代謝産物を用いることが、検出結果のより一層の正確性を期するという観点ではより好ましく、さらには、「インジケーター」の項目で説明した「代謝産物群1」、「代謝産物群2」、「代謝産物群3」、及び「代謝産物群4」の何れかの代謝産物群を構成する全ての代謝産物を用いることが特に好ましい。特に、後述する「代謝産物時刻表法」を採用する場合には、必要とされる検出精度にも依存するが、20種類以上の上記代謝産物を用いることが好ましい(実施例も参照のこと)。
【0054】
さらには、より容易かつ正確にパターン同士の比較が出来るという観点からは、工程Bに関して、前記「パターンのずれの程度」を、血漿中に含まれる代謝産物の量が最大となる時刻(分子ピーク時刻、又は分子時刻に相当)、又は最小となる時刻の少なくとも一方を基準として取得することがより好ましく、血漿中に含まれる代謝産物の量が最大となる時刻を基準とすることが特に好ましい。一例としては、検査対象となる哺乳類での或る代謝産物Aの分子ピーク時刻と、基準となる哺乳類での代謝産物Aの分子ピーク時刻とのずれを、前記「パターンのずれの程度」として検出することができる。
【0055】
また、複数の代謝産物(インジケーター)を用いる場合、分子ピーク時刻が互いに異なるものを選択することが好ましい。なお、各代謝産物の分子ピーク時刻は、表1及び表3中に「Peak Time(h)」として示したものである。分子ピーク時刻に基づいて代謝産物を選択する方法は、特に限定されないが、例えば、1日(24時間)を均等分割して、各分割時間幅に分子ピーク時刻が入る代謝産物から少なくとも一種類ずつ選択すればよい。例えば、1日を12分割する場合、表1及び表3に示す分子ピーク時刻が0〜2hの代謝産物から少なくとも一種、同時刻が2〜4hの代謝産物から少なくとも一種、同時刻が4〜6hの代謝産物から少なくとも一種、以下同様にして、同時刻が22〜24hの代謝産物から少なくとも一種、選択すればよい。なお、均等分割の方式は、特に限定されないが、検出の精度を向上させるため少なくとも1日を6分割以上とすることが好ましい。
【0056】
工程Bにて検出された「体内時刻のずれ」は、概日リズムの変調の有無、概日リズム障害の発症有無、又は発症のリスクを検出する上でひとつの重要な指標となりうる。すなわち「体内時刻のずれ」が実質的に検出されない(ずれが実質的に0である)、或いは、体内時刻のずれが所定の範囲内に収まっている場合には、検査対象の哺乳類は概日リズムに実質的な変調をきたしていない(すなわち、概日リズム障害を発症していない蓋然性がより高い、又は近い将来に概日リズム障害を発症するリスクがより少ない)と判定することができる。
【0057】
一方、上記「体内時刻のずれ」が所定の範囲外である場合には、検査対象となっている哺乳類はその概日リズムに変調をきたしている(例えば、概日リズム障害を既に発症している、又は近い将来に概日リズム障害を発症するリスクを有する)と判定することができる。なお、上記「体内時刻のずれの所定の範囲」は、検査対象となる哺乳類の種類、検査に求められる精度等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、1時間以内、2時間以内、又は4時間以内である。
【0058】
〔その他の応用〕
本発明にかかる「哺乳類の体内時刻測定キット」は、少なくとも、哺乳類の採血を行うための採血器具と、上記したインジケーターの血漿中における存在量を測定する測定手段(定量手段)とを備える。ここで、「採血器具」は、注射器などの公知のものを適宜使用することができる。また、「測定手段(定量手段)」は、対象となるインジケーターの種類に応じて公知の手段を使用することができ、例えば、当該インジケーター用のELIZAキット等が例示される。
【0059】
また、上記体内時刻測定キットは、必要に応じて、キットの取扱説明書、採血を行った又は行うべき時刻を記憶する機能を有するタイムキーパー(ストップウォッチ機能及び/又はタイマー機能付の時計等)等をさらに備えていてもよい。また、当該体内時刻測定キットは、概日リズム障害の検出キットとしても利用可能である。
【0060】
さらに、本発明にかかる体内時刻のインジケーターを用いれば、後述する代謝産物時刻表の作成(実施例参照)や、検査対象となる哺乳類の体内時刻の推定を従来よりも容易に行うことができ、日常の健康保持増進、及びいわゆる時間治療への応用可能性がより一層高まる。すなわち、哺乳類の特定の組織における遺伝子発現量の周期的な変化から体内時刻を推定する方法と比較して、本発明は、解析対象となるサンプル(血漿)の取得が容易であり、かつ週(年)齢、性別、遺伝的背景及び給餌環境(ヒトの場合、食事環境)の影響を受けにくいという特性を有している。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明するが、初めに、本発明に用いた材料(実験動物)、及び方法について、以下の(1)〜(14)にまとめて説明する。
【0062】
(1)実験動物
CBA/Nマウスは、日本SLC株式会社(静岡, 日本)より購入した。5〜6週齢のオスのマウス(以下若いオスと称する)、同週齢のメスのマウス(若いメスと称する)、及び繁殖からリタイアさせた約6ヶ月齢の老齢のオスのマウス(老齢オスと称する)を準備した。オスのC57Bl/6マウス(5〜6週齢)は、チャールズ・リーバー社(Charles River(横浜,日本))から購入した。
【0063】
上記の全マウスは、明暗(LDと称する;照明12時間,暗12時間)条件下で2週間、ペレット状の餌(CRF−1,チャールズ・リーバー社)及び水を無制限に与えて飼育した。
【0064】
Cry1遺伝子とCry2遺伝子を両方欠損したマウス(Cry1,Cry2dK.O.)マウスは、元々、安井明博士 及びvan der Horst博士により作成された(参考文献:van der Horst GT et al. (1999) Mammalian cry1 and cry2 are essential for maintenance of circadian rhythms. Nature 398: 627-630.)。東北大学で維持されていたマウスの一部を理化学研究所発生・再生科学総合研究センターに移入し、同所で維持及び繁殖を行った。
【0065】
(2)サンプリングのスケジュール
マウス血漿のサンプリングは、LD及びDD(恒暗)条件下の双方で行った。DD条件下でのサンプリングでは、サンプリングを開始する日から、飼育室を恒暗条件に変更した。サンプリングはZT0又はCT0に開始し、ノボヘパリン(持田製薬株式会社,東京,日本)を含んだチューブ中に、4時間ごと2日間にわたりに(すなわち全部で12サンプル)体幹血を採取した。なお、ZT0とは明期の始まりを、CT0とは主観的な明期(恒暗条件において本来明期に相当する期間、subjective day)の始まりを表す。給餌状態を変えた実験の場合、サンプリング開始の1日前の消灯時点で、飼育ケージからペレット状の餌を取り除き、マウスを絶食状態とした。これらマウスは、体幹血の採取が終了するまで絶食状態を保った。サンプリングは、ZT4(照明点灯後4時間)の時点で開始し、翌日のZT0の時点で終了した(6時点/日)。体重の減少量を把握するため、マウスを処置する直前に当該マウスの体重測定を行なった(データ示さず)。血漿を濃縮するため、サンプリングした血液を、4°Cで5分間、1000gの条件で2回、遠心分離した。上清(血漿サンプル)を回収し、ラジオイミュノアッセイ又はメタボローム解析(すなわち、LC−MS分析、及びCE−MS分析)を行うまで、−80℃で凍結保存した。
【0066】
(3)時差ぼけ(jet-lag)実験
若いオスのCBA/Nマウスを、LD条件下で2週間飼育した。次いで、照明を行なう時刻を、本来明かりがつく時間から8時間前倒しに点灯するようにし、LD条件を8時間前倒しにした(この日を第1日とする)。マウスを処置しその体幹血を、第1日、第5日、及び第14日にサンプリングした。マウスの行動は、近赤外モニタリングシステム(NS-AS01,ニューロサイエンス社, 東京, 日本)により観察し、その観察結果をClockLab software(アクチメトリクス社(Actimetrix Inc.), NW, 米国)を用いて可視化した。
【0067】
(4)LC−MSサンプル
上記血漿サンプルにアセトニトリル(225 μL)を加えて振とうした後、遠心分離を行なった。遠心分離で得られた上清を、新しいチューブに移して乾燥した。LC−MSによる代謝産物の分析を行なう前に、当該乾燥したサンプルにアセトニトリル(25 μL)を加えて分析に供した。
【0068】
(5)LC−MS条件
使用したLCシステムはAgilent 1100 series HPLC(アジレント・テクノロジーズ社, パロ・アルト, カリフォルニア, 米国)である。ZORBAX SB-C18 RRHT (φ2.1 50 mm, 1.8 μm)カラムをアジレント・テクノロジーズ社から購入し、当該カラムの温度を60°Cに保持した。移動相として、A液に0.1%の酢酸/水、B液にメタノールを用いた。グラジエントとして、B液40%(0分)、B液99%(20分)、B液99%(30分)、B液40%(30.01分)、これ以降40分までB液40%を保持した。また、流速は0.2mL/minとし、注入体積を1μLとした。
【0069】
MSのデータは、Qstar XL質量分析計(アプライド・バイオシステムズ社, フォスター市, カリフォルニア州,米国)を用いて取得した。サンプルの分析は、陽イオン及び陰イオンエレクトロスプレー法の双方で行なった。
【0070】
陽イオンのMS条件(陽イオンモード,TOFスキャンモード)は以下の通りである:
スプレー電圧 5.5キロボルト;
スキャンレンジm/z 250−700;
カーテンガス, 20任意単位(窒素ガス);
ガス1, 50任意単位;
ガス2, 50任意単位(500°C);
デクラスタリングポテンシャル1/2 50ボルト/15ボルト;。
【0071】
陰イオンのMS条件(陰イオンモード,TOFスキャンモード)は、スプレー電圧を−4.5キロボルトとし、デクラスタリングポテンシャル1/2を−50ボルト/−15ボルトとした以外は、上記陽イオンの場合と同じである。
【0072】
(6)LC−MSデータのピーク相関
LC−MSデータセットは、次の3連のサンプル由来のものから構成される。
第1連は、代謝産物時刻表の作成に用いる次のサンプルセットを含む:LD(サンプル数n=5/時点)条件下、DD(n=4−6/時点)条件下で採取され各時点でミックスされた、若いオスのCBA/Nマウスの血漿、及びCry1,Cry2dK.O.マウスの血漿(n=2/時点)。
第2連は、体内時刻の測定に用いる次のサンプルセットを含む:
LD条件下、及びDD条件下で採取した、個体毎(6時点)のCBA/Nマウスの血漿;
LD条件下、及びDD条件下で採取した、個体毎(6時点)のC57Bl/6マウスの血漿;
LD条件下で採取した老齢オス及び若いメスのCBA/Nマウスの血漿(2時点)、及び時差ぼけ実験を体験させた若いオスCBA/Nマウスの血漿(2時点)。
第3連は、絶食期間中に採取したCBA/Nマウス(個体毎、6時点)の血漿である。
【0073】
各連に含まれるサンプルは2日以内に測定をした。これら三つの連の測定間隔は、第1連と第2連との間は約3ヶ月、第1連と第3連との間は約1年であった。
【0074】
各連間のピークの相関を求めるため、Marker View software (アプライド・バイオシステムズ社, フォスター市, カリフォルニア州, 米国)を用いた。そして、検出範囲を、移動時間3分から28分の間に設定した。各連間のピークの相関を求めるに際して、既報(参考文献:Soga T et al. (2006) Differential metabolomics reveals ophthalmic acid as an oxidative stress biomarker indicating hepatic glutathione consumption. J Biol Chem 281: 16768-16776.を参照)に基づいて保持時間を修正し、次いで、次の値が最小となるように2つの連間のピークの関連付けを行なった。:
連間で(m/zの差)が見られるピークにおける、((2つの連間のm/zの差)/X)2+(2つの連間のRTの差/Y)2<X、及び(RTの差)<両連のYそれぞれ。
ここで、上記のパラメータX及びYは以下の手順(a)〜(c)でもとめられる。:
(a)X及びYの値を変化させ(例えば、X=0.01,0.02,...,0.15、及びY=0.1,0.2,...,1.5)て、ピーク同士を関連付けた。
(b)次いで、相関するピーク面積のピアソン相関を計算し、p値を算出した。
(c)そのうえで、p値が最も小さくなるパラメータセットX・Yを選択した。
この手順において、最良のパラメータセットX・Yの組合わせは、第1連と第2連との間ではX=0.09,Y=0.5(陽イオン)、及びX=0.13,Y=0.4(陰イオン)であり、第1連と第3連との間では、X=0.11,Y=0.9(陽イオン)、及びX=0.15,Y=1.3(陰イオン)であった。
【0075】
(7)CE−MSサンプル
振動性の物質を選択するため、各時点のミックスしたマウスの血漿(4−10匹/時点)を使用し、個々のマウスの血漿を体内時刻測定に用いた。55μMのメチオニンスルホン、及び55μMの2−モルフォリノエタンスルホン酸(MES)を含む1.8mLメタノール中に、血漿サンプル(100μl)を加えてよく混合した。ここにさらに、800μLの脱イオン水、及び2mLのクロロホルムを加え、当該溶液を2500gで5分、4℃の条件下で遠心分離した。次いで、タンパク質を除去するため、遠心分離後に得られた800μLの水性の上層を、ミリポア5−kDaカットオフフィルタ(Millipore 5-kDa cut-off filter)を用いて遠心ろ過した。次いで、ろ過物を凍結乾燥し、CE−TOFMS分析に先立って、当該ろ過物を、参照化合物(200μMの3−アミノピロリジン、及び200μMのtrimesate)を含んだ50μLのMilli-Q(ミリポア社, ベッドフォード, マサチューセッツ, 米国)水中に溶解した。
【0076】
(8)CE−MS用の代謝産物標準
全ての標準化学物質は通常ルートの購入により入手し、これら化学物質の10mM又は100mMのストック溶液を得るために、Milli-Q水、0.1NのHCl、又は0.1NのNaOH中に溶解した。使用する標準化学物質の混合液は、CE−TOFMSに注入する直前に、上記ストック溶液をMilli-Q水で希釈して調製した。使用した標準化学物質は何れも分析又は試薬等級のものである。
【0077】
(9)CE−MS用の分析装置
CE−TOFMSの実験は全て、何れもアジレント・テクノロジーズ社製の、アジレントCEキャピラリー電気泳動システム、アジレントG3250AA LC/MSD TOFシステム、アジレント1100シリーズ・バイナリーHPLCポンプ、G1603A アジレント CE-MS アダプタ、及びG1607A アジレント CE-ESI-MS スプレイヤー・キット、を用いて行なった。
【0078】
CE−MS用の装置の制御、及びデータの取得のため、CE用にはG2201AA アジレント ケム・ステーション ソフトウェアを、アジレント TOFMS ソフトウェア用にはthe Analyst QSを用いた。CE−MS/MS分析における化合物の同定は、Agilent CE instrumentに接続した、Q-Star XL Hybrid LC-MS/MS System(アプライド・バイオシステムズ社)を用いて行なった。
【0079】
(10)陽イオン性の代謝産物の分析のためのCE−TOFMS条件
電解質としての1Mのギ酸で満たした、溶融シリカキャピラリー(内径50μm×全長100cm)を用いて分離を行った。およそ48倍に希釈した3nlのサンプル溶液を、50mbarで3秒、30キロボルトの印加電圧条件で、当該キャピラリー内に注入した。
【0080】
キャピラリーの温度を20℃に維持し、サンプルトレーの温度を5℃以下に冷却した。シース液として0.5μMのレセルピンを含むメタノール/水(50% v/v)を、10μL/minの流速でキャピラリーに供給した。ESI−TOF型質量分析装置(上記〔(9)CE−MS用の分析装置〕で説明したもの)を陽イオンモードで操作し、キャピラリーへの印加電圧を4キロボルトにセットした。熱乾燥窒素ガス(ヒーター温度300℃)の流速を、ゲージ圧で10psigに維持した。TOFMSにおいて、フラグメンター電圧、スキマー電圧、及びオクタポール参照(Oct RFV)電圧を、それぞれ120、50、及び200ボルトとした。
【0081】
取得された各スペクトラムの自動リキャリブレーション(recalibration)は、参照標準物質の参照質量を用いて行なった。メタノール付加イオン([2MeOH + H2O + H]+, m/z =65.0597)、及びレセルピン([M+H]+, m/z=609.2806)が、正確な質量測定用のロックマスを供する。正確な質量データは50−1,000m/zのレンジにわたり、10spectra/sのレートで取得した。
【0082】
(11)CE−MSデータのピークの関連付け
CE−MSデータのピークの関連付けは、KEIO MasterHANDs software(参考文献:Baran R et al. (2006) Mathdamp: A package for differential analysis of metabolite profiles. BMC Bioinformatics 7: 530)を用い、当該ソフトウェアの自動アルゴリズム及びマニュアルによる補完(manual curation)により行った。
【0083】
(12)ピーク面積のノーマライゼーション(正規化)
取得したLC−MSデータに関して、24種のLD及びDD保存サンプルの中から一つの(重心)サンプルを選択した(この重心サンプルは、残りの23サンプルとのピアソン相関の平均が最大となるものである。)。重心サンプルは、陽イオンのデータ及び陰イオンのデータからそれぞれ独立に選択した。そして、サンプル毎に、ターゲットの面積(X)及び重心サンプルの面積(Y)について関数Y=X+aへの直線回帰を行い、ターゲットの面積から直線回帰後の値(a)を差し引くことで、得られた回帰直線に従ってターゲットサンプルのピーク面積を正規化した。CE−MSデータに関しては、各サンプル内にスパイクされた内部標準(メチオニンスルホン)の面積により各ピーク面積を除することで、これら各ピーク面積を正規化した。
【0084】
(13)代謝産物時刻表の作成
はじめに、LD条件下及びDD条件下の双方において、10またはそれ以上の時点で検出された代謝産物を選択した。次に、選択された各代謝産物に関し、LD条件下及びDD条件下で平均面積値が同じになるように、LD及びDDにおけるそれぞれの面積値を計算した。産出された各面積に関し、フーリエ変換に基づいた方法(参考文献:Chatfield C (1996) The analysis of time series: An introduction (Chapman & Hall/CRC, London)を用いて、様々な位相を有する24時間周期をもつコサイン曲線(余弦波)とのピアソン相関係数を産出し、相関係数が最大となるもの、及びその頂点位相を探索した。
【0085】
次いで、順列テストにより、各代謝産物に関してp値とFDR(false discovery rate)とを見積もった。LC−MSデータに関してはFDR<0.01を満たす物質を、CE―MSデータに関してはFDR<0.01を満たす物質、及びFDR<0.1を満たす物質の双方を、統計的に有意な振動をしている代謝産物として選択した。
【0086】
(14)体内時刻の測定
メタボロミクスに基づく体内時刻の測定は、体内時刻の推定に二つのサンプルを用いた点を除けば、発現ベースの体内時刻測定法(参考文献:Ueda HR et al. (2004) Molecular-timetable methods for detection of body time and rhythm disorders from single-time-point genome-wide expression profiles. Proc Natl Acad Sci U S A 101: 11227-11232.)に従い行なった。すなわち、本実施例の方法(代謝産物時刻表法)では、12時間のサンプリング時間間隔が空いた二つのサンプルを使用した(例えば、ZT0の体内時刻の測定に際して、ZT0及びZT12を用いる)。これは、測定実験間で生じうる検出感度の変動を補正するためである。
【0087】
具体的には、所定の代謝産物iに関して、或るサンプル中の面積をAsiと定義し、上記二つのサンプル(12時間のサンプリング時間間隔を有するもの)を平均した面積をMsiと定義し、さらに、時刻表中の所定時刻における代謝産物iの当該平均の面積(所定時刻でのMsiに相当)、標準偏差、及びピーク時刻を、それぞれ順に、Mti、Sti、及びPtiと定義した。
【0088】
体内時刻の推定のため、下記式(1)の条件を充足しない統計的にはずれ値を示す代謝産物は使用しなかった。
【0089】
【数1】
【0090】
そして、bを0から23.9まで0.1ずつ変化させて、下記式(2)及び(3)間のピアソン相関が最大となるbを探索し、このbを標的サンプルの体内時刻とした。また、この予測のp値を評価するため、最大相関に対する順列テストを行なった。
【0091】
【数2】
【0092】
〔実施例1〕:LC−MS分析に基づく、血漿中の代謝産物時刻表の作成
上記説明の通り、血漿サンプルは、LD又はDD条件下で、2日にわたり4時間毎に、若いオスのCBA/Nマウスから取得した。血漿中に振動を示す物質が含まれていることを示すため、既知の振動物質であるコルチコステロン量を、ラジオイミュノアッセイにより定量し、明確な概日性の振動(以下、「概日振動」と称する)があることを示した(図1の(a)中のa−1及びa−2参照)。代謝産物時刻表を作成するため、上記した方法に従い、血漿中に含まれる化学物質量をLC−MS分析にて定量した。
【0093】
LC−MS分析により、695の陰イオン、及び938の陽イオンのピークが得られた。これらピークのうち、LD及びDD条件下で、176の陰イオン、及び142の陽イオンのピークが顕著な概日振動を示した(図1の(b):FDR<0.01:上記の方法の項も参照)。概日振動を示すピークは、マウス血漿中で検出されたピークの凡そ19.5%に相当する。これらのピークに相当する代謝産物は、時刻を指示する代謝産物(必要に応じて「時刻指示代謝産物」と称する)として機能する。なぜなら、これらの代謝産物は、時刻情報のない(一定の)環境下(例えばDD条件下)でも、顕著に振動を示すからである。
【0094】
例えば、ZT0(明期の始まり)又はCT0(主観的な明期の始まり)では、凡そZT0又はCT0においてピークを示す夜明けを指示する代謝産物レベル(代謝産物の量)が高くなる一方で(図1の(b);分子ピーク時刻を示すバー中で「dawn」と示す)、凡そZT12又はCT12においてピークを示す夕暮れ(dusk)を指示する代謝産物レベルが低くなる(図1の(b);分子ピーク時刻を示すバー中で「dusk」と示す)。これとは反対に、ZT12又はCT12では、夜明けを指示する代謝産物レベルが低くなる一方で、夕暮れを指示する代謝産物レベルが高くなる。これはすなわち、時刻指示代謝産物量は、体内時刻、及び概日時計の内的な状態を反映していることを意味する。実際、これらの時刻指示代謝産物の振動は、概日時計により直接的又は間接的に制御されている。その証拠に、分子レベルで概日時計の本体の機能が欠損しているCry1,Cry2dK.O.マウスにおいて、これら代謝産物レベルの変動の周期性は失われている(図1の(a)中のa−3、及び図1の(c)を参照)。ここで得られたLC−MSのデータを用いて、表1に示す、マウスの血漿中に含まれる時刻指示代謝産物の分子時刻表(代謝産物時刻表)を構築した。
【0095】
なお、表1中で、「mode」とはLC-MSの検出モードを指し、「Avg.m/z」、「Avg.RT」、「Avg.Area」、「StdDev AREA」はそれぞれ、24時点(LD12時点、及びDD12時点)での各相関ピークの平均m/z値、平均保持時間、平均面積、当該面積の標準偏差を指す。「Peak time」、「correlation」、「p value」、及び「FDR」は、いずれも概日性の振動の統計解析の結果を示すものであり、それぞれ、概日性の振動のピーク時刻、概日性の振動に適合したコサイン曲線のピアソン相関の最大値、ピアソン相関の有意性に係るp値及びFDRを指す。「p value」、及び「FDR」は数値を切り上げしており、その他の値は数値を切り下げしている。
【0096】
【表1】
【0097】
【表2】
【0098】
【表3】
【0099】
【表4】
【0100】
【表5】
【0101】
【表6】
【0102】
【表7】
【0103】
【表8】
【0104】
【表9】
【0105】
【表10】
【0106】
【表11】
【0107】
【表12】
【0108】
【表13】
【0109】
【表14】
【0110】
【表15】
【0111】
【表16】
【0112】
なお、上記した図1の(a)〜(c)は、本実施例1にて得られた、マウス血漿中に存在する代謝産物が示す概日性の周期を示すものである。図1の(a)は、LD条件下(同図のa−1)、及びDD条件下(同図のa−2)での、CBA/Nマウスの血漿中でのコルチコステロンレベルの概日性の変化を示す。また、図1の(a)中のa−3には、DD条件下のCry1,Cry2dK.O.マウスが示す、リズム性のないコルチコステロンレベルの変化のパターンを表す。全ての値は、平均±標準誤差で表している。また、グラフ上の白いバーは昼(照明点灯状態)を、グレーのバーは主観的昼(恒暗条件下での日中相当(subjective day))を、黒いバーは夜及び主観的夜(subjective night)を示す。ZT0は照明開始時の時刻であり、概日時刻CT0は、LD条件であれば照明開始時に相当するDD条件下の時間である。
【0113】
また、図1の(b)・(c)は、LC−MS分析により測定した、CBA/Nマウス(図1の(b))の血漿中、Cry1,Cry2dK.O.マウス(図1の(c))の血漿中における、概日性の振動を示す代謝産物(陽イオン(図中のb−1、c−1)、陰イオン(図中のb−2、c−2))を示す。血漿中に含まれる代謝産物の量は、各代謝産物を示すタイルのグレースケールの相違により表現している(図中、右側のグレースケールのバーも参照)。また、代謝産物は、その分子ピーク時刻により上から順に並べた。
【0114】
実施例1では、14個のピークについて、具体的な代謝産物名を同定することができた(図10、及び表1を参照)。これらの代謝産物は、図10及び表1に示す、リゾフォスファチジルコリン(LysoPC)(18:1)、LysoPC(20:4)、LysoPC(20:3)、LysoPC(20:2)、LysoPC(18:3)、LysoPC(22:6)、LysoPC(22:5)、及びLysoPC(22:4)であり、中性環境下での化学式は順に、C26H52NO7P、C28H50NO7P、C28H52NO7P、C28H54NO7P、C26H48NO7P、C30H50NO7P、C30H52NO7P、及びC30H54NO7P、である。また、図10の(a)には、陰イオンモード下の4個のピークに相当する代謝産物が示す概日性のリズムを表示し、図10の(b)には、陽イオンモード下の10個のピークに相当する代謝産物が示す概日性のリズムを表示している。なお、これらの図において、代謝産物の量は平均値を1.0として正規化(ノーマライズ)して示す。
【0115】
〔実施例2〕:独立のサンプルを用いた体内時刻の測定
得られた概日振動物質が体内時刻の優れたインジケーターであって代謝産物時刻表を用いた体内時刻の診断法が機能するかを確認するため、独立にサンプリングしたマウスの代謝産物プロファイルから体内時刻を推定した。具体的には、サンプリングの時間、及び/又は照明の条件が、体内時刻の推定に影響を与える可能性を検討するために、若いオスのCBA/Nマウスの個体から、4時間毎に24時間にわたり、LD条件下及びDD条件下の双方で血漿を採取した。
【0116】
上記した方法に従い、血漿サンプル中における時刻指示代謝産物のプロファイルを得るためにLC−MS分析を行った(図2の(a)・(b))。本発明で述べた代謝産物時刻表法を用いることで、これらサンプル中の全ての代謝産物プロファイルにおいて、顕著な概日性リズムが検出された(p<0.01:図2の(a)・(b))。LD条件下でのZT、又はDD条件下でのCTにおいてサンプリングした場合、わずかな推定誤差(LD条件で1.0±0.49h、DD条件で1.3±0.45h:平均±標準偏差:表2参照)を伴うのみで、体内時刻は環境時刻と一致した。これらの結果は、本発明を用いることにより、独立にサンプリングされたマウスの代謝産物プロファイルから、体内時刻を正確に推定できることを示唆する。
【0117】
以下の表2において、「peak」の欄にはサンプル間に共通して見出された全ての振動ピーク(All)と、はずれ値を除き実際に使用したピーク数(Used)を示す。「ZT/CT」は、サンプリングを行なったZT(LD条件下)又はCT(DD条件下)での環境時刻を指す。「Difference」は(体内時刻から環境時刻を差し引いた値)の絶対値を指す。なお、使用した振動のピークの情報は表1(代謝産物時刻表)に記載している。
【0118】
【表17】
【0119】
【表18】
【0120】
なお、図2の(a)・(b)は、体内時刻の推定結果を示し、これは若いオスのCBA/N体内時刻マウスの血漿をLD条件下(図2の(a))、及びDD条件下(図2の(b))で採取した場合の結果である。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(xとする)をとり、縦軸に物質の存在量(yとする)をとった場合の各振動代謝産物に相当する。このとき、各物質の分子ピーク時刻は規定されているから(表1のピーク時刻を参照)、全ての図で同じ物質が同じxの値をとる。これに対し、物質量はサンプル間で可変なので、yの値は変化する。例えばピーク時刻12の物質は全ての図でx=12のところにプロットされるが、yの値はZT0では低く、ZT12では高くなる。コサイン曲線(1)のピーク時刻が推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻がサンプリングした時刻(環境時刻)に相当する。曲線(1)と曲線(2)との重複度合いが大きいほど、測定精度が高いことを示す。縦方向の破線は、体内時刻又は環境時刻(ZT/CT)を示す。
【0121】
〔実施例3〕:遺伝的背景の相違が与える影響
臨床応用に際して、体内時刻推定の方法は、異なる遺伝的背景をもつ集団に適用可能なものでなければならない。代謝産物時刻表法が、遺伝的背景が異なる個体に対して適用可能であることを実証するため、当該方法を、代謝産物時刻表をつくった系統であるCBA/Nマウスとは異なる遺伝的背景を持つ近交系のマウス系統から得たサンプルについても適用可能か、検討した。具体的には、若いオスC57Bl/6マウスの個体から、4時間毎に24時間にわたり、LD条件下及びDD条件下の双方で、血漿サンプルを採取した。そして、上記したLC−MS法を用いて、血漿中の時刻指示代謝産物の定量化を行なった(図3の(a)・(b))。
【0122】
代謝産物時刻表法により、LD条件(図3の(a))及びDD条件(図3の(b))下の何れの時刻で採取したサンプルのプロファイルについても、顕著な概日性のリズム(p<0.01)を検出した。推定された体内時刻は、LD条件下では1.6±0.36h、DD条件下では1.7±0.24hの推定誤差(平均±標準偏差, 表2も参照)を伴うのみで、環境時刻と非常に一致した。この結果は、異なる遺伝的背景を有するマウスにおいても、代謝産物のプロファイルから正確に体内時刻を決定することができることを示唆する。
【0123】
なお、図3の(a)・(b)は、LD条件下(図3の(a))、及びDD条件下(図3の(b))で飼育したC57Bl/6マウスの血漿を用いた体内時刻の測定結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表2に示す。
【0124】
〔実施例4〕:給餌環境の相違
摂食行動が概日性のリズムを有することは良く知られている。それゆえ、給餌環境(ヒトでは食事環境)は、代謝産物時刻表法の正確性に影響を与えうる。異なる給餌環境にある個体に対して、代謝産物時刻表法を適用できるか否かを評価するため、ある時点から餌を与えなかったCBA/Nマウスに対し代謝産物時刻表法を適用した。これまでの実施例では、CBA/Nマウスは自由摂食下(ad libitum feeding)で飼育されていたため、この餌の剥奪状態(food deprivation)は、元々の給餌状態とは大きく異なる。
【0125】
ある時点より餌をケージから取り除いた若いオスのCBA/Nマウスから、LD条件下で4時間毎に一個体ずつ24時間にわたり血漿を回収し、LC−MS分析を行なった(図7参照)。この状態においても、代謝産物時刻表法を用いることで、全ての代謝産物プロファイルから顕著な概日性のリズムを検出した(p<0.03)。推定された体内時刻は、2.2±0.5hの推定誤差(平均±標準偏差、表2参照)を伴い、環境時刻と一致した。これらの結果は、厳しい給餌環境下に維持されてさえも、マウスの代謝産物プロファイルから体内時刻を決定することができることを示唆する。
【0126】
なお、図7中、円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表2に示す。
【0127】
〔実施例5〕:年齢及び性別による相違
本発明においては、若いオスのマウスのみから代謝産物時刻表を構築した。上記実施例1〜4では、若いオスを用いることで様々な条件下で体内時刻が推定できることを示したが、年齢や性別が代謝産物時刻表法の正確性に影響を与える可能性が考えられた。年齢や性別の体内時刻推定に与える影響を評価するため、本願発明者らは、代謝産物時刻表法を、代謝産物時刻表を作成したと同じCBA/N系統の、老齢オス、及び若いメスにも適用した。老齢オス、又は若いメスのCBA/Nマウス個体から、ZT0(明期の始まり。すなわち照明を開始する時間)、ZT12(明期の終わり、すなわち消灯する時間)の二つの時点で血漿をサンプリングした。これら二つの時点は、光の状態が劇的に変化するため、最もノイズが生じやすい時点であると考えられる。
血漿中の時刻指示代謝産物は、上記のLC−MSで定量し、顕著な概日性のリズム)を、老齢オス及び若いメスの全ての代謝産物プロファイル中に確認した(p<0.01)(図4の(b)・(c))。ZT0及びZT12で採取されたマウスの推定体内時刻は、老齢オスでは体内時刻23.0及び体内時刻11.0であり、若いメスでは体内時刻1.2及び体内時刻13.2であった(表2参照)。これらの結果は、異なる年齢及び性別のマウスの代謝産物プロファイルからも、体内時刻が正確に決定出来ることを示す。
【0128】
なお、図4の(a)〜(c)は、ZT0(図中左側)、及びZT12(図中右側)の時点で取得した、若いオス(図4の(a))、老齢オス(図4の(b))、及び、若いメス(図4の(c))での体内時刻測定の結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、若いオスの結果((図4の(a))は、比較用に図2から再録して表示している。これらの統計の結果は上記の表2に示す。
【0129】
〔実施例6〕:時差ぼけの検出
本発明の最終目的の一つは、概日リズム障害の診断に代謝産物時刻表を利用することである。時差ぼけは一般的な概日リズム障害であり、内的な時刻である体内時刻と外的な時刻の環境時刻とが相違することで生ずる。そこで、本願発明者らは、時差ぼけを模したモデルを作成するために、通常のLD条件下で二週間若いオスのCBA/Nマウスを飼育した後に、照明スケジュールを8時間前倒しにした新しいLD条件下に飼育環境を移行した。
【0130】
血漿サンプルは、次に述べる異なる3日(第1日、第5日、第14日)の二つの時点(元々のLDサイクルのZT0及びZT12。以下、それぞれ時刻1、時刻2と称する)で採取した。:第1日(照明スケジュールを8時間前倒しにした新しい環境に同調する前)、第5日(新しい環境に同調中)、及び第14日(新しい環境に同調後)(図5の(a)・(b))。
【0131】
第1日では、推定された体内時刻は、23.8h(時刻1)及び11.8h(時刻2)であり、内的な体内時刻が明暗環境を変化させる前の時間に従っていることを示唆していた。これに対し第14日では、推定された体内時刻は、8.8h(時刻1)及び20.8h(時刻2)であり、内的な体内時刻が元々のLD周期から約8時間ずれてきて、新しい周期に完全に同調していることを示していた。第5日では、推定された体内時刻は3.5h(時刻1)及び15.5h(時刻2)であり、元々のLD周期から3.5hのずれであって、これは元の明暗環境とも前倒しにした新しい環境とも不完全に同調した状態であることを意味しており、時差ぼけ状態にあることを示唆している(図5の(c)及び、表2参照)。以上の結果は、本発明にかかる代謝産物時刻表法が、正しく概日リズム障害を検出できることを示唆する。
【0132】
なお、図5の(a)は光照射条件を示す概略図であり、白色のバーは照明点灯の状態を、黒色のバーは消灯の状態を示す。第1日では、それ以前より8時間早く消灯をした。血漿のサンプリングは、LDシフト(図中、矢印で示す)後の、第1日、第5日、及び第14日それぞれの2つの時点で、行なった。図5の(b)は、代表的なマウスの行動パターンを示す図(アクトグラム)であり、明暗条件に同調した場合の活動パターン、LDシフトにより誘導された時差ぼけを経験している状態、及び新しい環境に再同調した様子を示す。点灯期間と、消灯期間(グレーのシャドウイング)とを図中に示す。3つの矢頭は、第1日(図中の上)、第5日(図中の中央)、及び第14日(図中の下)を示す。図5の(c)は、照明スケジュールを8時間前倒しにした新たな明暗環境に同調する前(第1日、上)、同調中(第5日、中央)、及び同調した後(第14日、下)に採取したマウスの血漿を用いた体内時刻測定の結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表2に示し、表2中のアステリスク(*)は、時差ぼけ実験においてマウスが新たなLD周期に入る以前の、元々のLD周期におけるZTを示していることを指す。
【0133】
〔実施例7〕:代謝産物時刻表法の一般適用(CE−MS分析)
実施例1〜6に示す通りLC−MS分析に基づく代謝産物時刻表法は、個体の体内時刻を正確に測定可能であり、時差ぼけのような概日リズム障害を非常に高感度に診断することができた。この方法は、上記した多数の時刻指示代謝産物の振動に依拠しているものであるゆえ、この方法は、CE−MS分析のような他のメタボロミクス技術によって見出された振動物質を用いても応用可能であると考えられる。
【0134】
CE−MS分析では、電荷を帯びた化合物の分離が可能である。つまり、CE−MS分析はLC−MS分析に対して相補的な技術に相当する。代謝産物時刻表法の他のメタボロミクス技術への適用可能性を確認するため、若いオスのCBA/Nマウスから、二日間にわたり、LDまたはDD条件下で4時間ごとに血漿を採取した。次いで、これらの血漿サンプル中に含まれる、陽性に荷電した化合物を、CE−MSにより測定し953個のピークを検出した。これらのピークのうち153個が、LD及びDD条件下で有意な概日性の振動を示した(図6の(a)参照。FDR<0.1)。
【0135】
次いで、これらのCE−MS分析のデータに基づき、マウス血漿中の代謝産物時刻表を構築した(表3参照)。なお、以下の表3中、「Avg.m/z」、「Avg.RT」、「Peak Time」、「Correlation」、「p value」、及び「FDR」の定義は表1と同じであり、「Avg.Area/Area(Isl)」、及び「StdDev Area/Area(Isl)」は、それぞれ、24時点(LD12時点、及びDD12時点)での各相関ピークの平均面積及び当該面積の標準偏差を、内部標準(メチオニンスルホン)の面積で除した値を指す。「p value」、及び「FDR」は数値を切り上げしており、その他の値は数値を切り下げしている。また、28のピークについては、具体的な代謝産物名を同定することができた(図6の(b)、及び図9参照)。図9には同定された代謝産物が示す概日性のリズムを示すが、当該代謝産物の量は平均値を1.0として正規化(ノーマライズ)して示している。
【0136】
【表19】
【0137】
【表20】
【0138】
【表21】
【0139】
【表22】
【0140】
【表23】
【0141】
【表24】
【0142】
【表25】
【0143】
【表26】
【0144】
あわせて、CE−MSで検出された振動代謝産物が個体の体内時刻を示す良いインジケーターであって、CE−MSに基づく代謝産物時刻表を利用することで体内時刻を検出すことが可能かを確認するため、独立にサンプリングしたマウスの代謝産物プロファイルから体内時刻を推測した。具体的には、若いオスのCBA/Nマウスから、LD及びDD条件下の双方で、24時間にわたり4時間ごとに血漿を採取した。次いで、上記の方法で、血漿サンプルのCE−MS分析を行なって時刻指示代謝産物をプロファイルした(図6の(c)・(d))。
【0145】
CE−MS分析に基づく代謝産物時刻表法では、これらサンプルの全代謝産物プロファイルで顕著な概日性の周期が検出された(p<0.01、図6の(c)・(d))。ここで推定された体内時刻は、LD条件下で0.6±0.29h、DD条件下で0.6±0.54hの推定誤差(平均±標準偏差、表4参照)を伴うのみで、環境時刻と一致した。これらの結果は、代謝産物時刻表法は、CE−MS分析のような他のメタボロミクス技術にも一般的に適用できることを示唆する。なお、以下の表4中、「peak」、「ZT/CT」、及び「Difference」の定義は表2と同様である。なお、使用した振動のピークの情報は表3(代謝産物時刻表)に記載している。
【0146】
【表27】
【0147】
なお、図6の(a)は、マウスの血漿中に含まれる概日性の振動を示す代謝産物(陽イオン,FDR<0.1)を示し、図6の(b)は、具体的な名称まで同定された振動性の代謝産物を示す。血漿中に含まれる代謝産物の量は、各代謝産物を示すタイルのグレースケールの相違により表現している(図中、左側のグレースケールのバーも参照)。図中、右側の垂直バーは、1日の中で、各代謝産物が指示する分子ピーク時刻を示す。図6の(c)・(d)は、LD条件下(図6の(c))、及びDD条件下(図6の(d))で飼育されたマウスの体内時刻の測定結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表3に示す。
【0148】
〔実施例8〕より厳格な基準でのCE−MS分析に基づく代謝産物時刻表法
実施例7に示す通り、CE−MS分析により、血漿サンプル中に953個のピークを検出した。これらのピークのうち、より厳格な統計基準(FDR<0.01:図8参照)下では、44個のピークが顕著な概日性の振動を示した。これら44個のピークのうち10個のピーク(22.7%)に相当する代謝産物の名称を特定できた(図8の(b)参照。CE−MS分析の結果、検出された、及び/又は、名称まで特定された時刻指示代謝産物に基づいて、マウスの血漿中における代謝産物時刻表を構築した(表3参照)。
【0149】
この代謝産物時刻表に示された概日振動代謝産物をインジケーターとした場合に、個体の体内時刻を充分に反映して精度よく体内時刻が推定されるか否かを評価するため、マウスの代謝産物のプロファイルから体内時刻の推定を試みた。若いオスのCBA/Nマウスの個体から、4時間毎に24時間にわたり、LD条件下、又はDD条件下の双方で鮮血の血漿を採取し、その代謝産物のプロファイルを評価した(図8の(c)・(d))。予期した通り、これら全サンプルの全ての代謝産物のプロファイルにおいて、顕著な概日性のリズムを検出することができた(P<0.01, 図8の(c)・(d))。推定された体内時刻は、LD条件において1.5±0.76h、及びDD条件において1.4±0.90h(何れも平均±標準偏差、表5参照)の推定誤差を伴うのみで、サンプリング時間(環境時刻)と一致した。この結果が示唆するのは、上記したLC−MS分析に基づく方法と同等の厳格な基準(FDR<0.01)により選択された時刻指示代謝産物を用いたCE−MS分析に基づく方法においても、ある時点で採取された個体の体内時刻を正確に検出することに役立つということである。なお、以下の表5中、「peak」、「ZT/CT」、及び「Difference」の定義は表2と同様である。なお、使用した振動のピークの情報は表3(代謝産物時刻表)に記載している。
【0150】
【表28】
【0151】
なお、図8の(a)は、マウスの血漿中における概日性の振動を示す代謝産物(陽イオン,FDR<0.01)を示し、図8の(b)は、具体的な名称まで同定された振動性の代謝産物を示す。血漿中に含まれる代謝産物の量は、各代謝産物を示すタイルのグレースケールの相違により表現している(図中、左側のグレースケールのバーも参照)。図中、右側の垂直バーは、1日の中で、各代謝産物が指示する分子ピーク時刻を示す。図8の(c)・(d)は、LD条件下(図8の(c))、及びDD条件下(図8の(d))で飼育されたマウスの体内時刻の測定結果を示す。円形のドットは、横軸に各物質の分子ピーク時刻(x)をとり、縦軸に物質の存在量(y)をとった場合の各振動代謝産物(x、y)に相当する。コサイン曲線(1)のピーク時刻は推定された体内時刻に相当し、コサイン曲線(2)のピーク時刻は環境時刻に相当する。縦方向の破線は、体内時刻、又は環境時刻(ZT/CT)を示す。また、統計の結果は上記の表4に示す。
【0152】
〔実施例9〕使用するピーク数と、体内時刻の推定結果との相関
本願発明者らは、代謝産物時刻表法において使用するピーク数の好適な範囲を求めるべく次の実験を行なった。具体的には、LC−MS分析の結果得られた有意な振動を示すピーク(表1参照)のうちFDRの低いものを使用し、代謝産物時刻表法に基づいて体内時刻の推定を行った。このとき、初めに使用したピークは、FDRの低いものから順に選択した、陽イオンモードの124個、陰イオンモードの76個、計200個である。
【0153】
次いで、これら200個のピークから、統計基準のきつい(余弦波から遠い:FDRが大きい)ものより順に5個ずつ使用するピークを減らして体内時刻の推定を行い(すなわち、195個、190個、185個・・・と使用するピークの数を減らした)、さらに、使用するピークの数が50個以下になった時点からは使用するピークを2個ずつ減らして体内時刻の推定を行なった。なお、本実施例では、使用したピークの数の最小値は4個である。結果を、図11に示す。
【0154】
図11中の(a)は、使用したピーク数(4個〜200個)と、推定された体内時刻の有意性(そのp値)との関係を示す。(a)において、薄い網掛けはp値が0.05未満の領域を示し、濃い網掛けはp値が0.01未満の領域を示す。また、図11中の(b)は、使用したピーク数(4個〜200個)と、推定誤差(推定された体内時刻と環境時刻との差(単位:時間))との関係を示す。(b)において、薄い網掛けは推定誤差が2時間未満の領域を示し、濃い網掛けは推定誤差が1時間未満の領域を示す。図11中の(a)及び(b)で拡大して示すのは、使用したピーク数が16個〜36個の範囲内での結果である。
【0155】
推定された体内時刻の有意性の値の好適な範囲は、体内時刻推定の目的等にも依存するが、例えば、そのp値が約0.01未満であれば充分に信頼性があると判断される。この条件を満たすのは、使用したピーク数が約20個以上の場合である(図11中の(a)参照)。また、使用したピーク数が約20個以上の場合には、上記の推定誤差が約1時間程度以下に収まるため、実用上充分な推定精度といえる。すなわち、代謝産物時刻表法に基づいて体内時刻の推定を行なう場合には、使用するピークの数(すなわち本発明にかかるインジケーターの数)を20個以上とすることが好ましい。ただし、使用するピークの数が20個未満の場合であっても体内時刻、及びそのずれの推定を行なうことは可能である。
【0156】
上記の実施例7〜8で示したCE−MS分析で同定可能な時刻指示代謝産物(図6の(b))には、顕著な概日性のリズムを示す多くのアミノ酸が含まれていた(FDR<0.1)。例えば、グルタミン(Gln)、トレオニン(Thr)、プロリン(Pro)、バリン(Val)、フェニルアラニン(Phe)、メチオニン(Met)、イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)及びトリプトファン(Trp)の分子ピーク時刻(peak time, PT, 0が明期の始まり、12が暗期の始まりに相当)は凡そ深夜(〜PT18)である一方、グリシン(Gly)の分子ピーク時刻は夕方であった(PT12.1)。また、尿素サイクルに関連する代謝産物の中では、オルニチン(PT18.6)、シトルリン(PT19.9)、及び4−グアニジノブチレート(PT20.1)等の代謝産物が、顕著な概日性のリズム(FDR<0.1)を示した。さらに、尿素サイクルで重要な役割を果たすアルギニン(Arg)も、概日性のリズム(FDR=0.215、PT0.6)を有すると示唆された。
【0157】
クレアチン経路、及びこれの近傍のグリシン並びにトレオニンの代謝においては、グアニドアセテート(PT6.2)、クレアチン(PT14.7)、クレアチニン(PT18.7)、サルコシン(PT18.0)、及びジメチルグリシン(PT16.5)のような代謝産物が顕著な概日性のリズム(FDR<0.1)を示した。アルギニン(PT0.6)は、最初にグアニドアセテートに変換され、次いでグアニドアセテート(PT6.2)はクレアチンに変換される。クレアチン(PT14.7)は最終的にクレアチニン(PT18.7)又はサルコシン(PT18.0)に変換され、これらはジメチルグリシン(PT16.5)からも変換されるものである。これら代謝産物の分子ピーク時間の相違は、クレアチン経路、及びこれに近傍のグリシン並びにトレオニンの代謝における連続的なプロセシングの様子を反映しているといえる。
【0158】
また、実施例1から9にて示した通り、代謝産物時刻表法を用いることで、哺乳類の個体で安定して体内時刻を測定でき、また概日リズム障害が検出できる(特に実施例6)。概日リズム障害は、環境的な要因(例えば時差ぼけ)により、及び/又は、遺伝的要因(家族性の睡眠相前進症候群)により引き起こされる。
【0159】
Brownら(参考文献:(1)Brown SA et al. (2005) The period length of fibroblast circadian gene expression varies widely among human individuals. PLoS Biol 3: e338.:(2)Brown SA et al. (2008) Molecular insights into human daily behavior. Proc Natl Acad Sci U S A 105: 1602-1607.)は、細胞中の概日時計を特徴づけすることによって、概日リズム障害を検出したことを報告している。具体的には、彼らはヒトの皮膚サンプルを採取し、その細胞を培養して、体内時計に制御されるレポータを当該細胞中に遺伝子導入し、体内時計の様子を観察した。単離細胞中の概日時計の特徴は、対象たるヒトのクロノタイプ(個体レベルの概日時計の特徴)と相関を示し、この方法によって先天的な(inherited)概日リズム障害を検出することができる可能性を示唆した。しかし、Brownらの方法は環境要因を排するために、先天的な(遺伝的要因による)概日リズム障害は検出できるが、後天的な(環境要因による)概日リズム障害(例えば時差ぼけ)は検出できない。仮に彼らの方法で環境要因を含む概日リズム障害を検出しようとすると、個体レベルで遺伝子導入を行わなければならず、これは現実的ではない。また、現状では検査する細胞を採取する必要があることや、培養細胞に対して遺伝子導入を行わなければならないために、検査の手間も非常にかかるなどの問題がある。一方で、本発明ではこれらの問題を招来することがない。
【0160】
さらに、実施例1から5および実施例7、8にて示した通り、1)本発明に係るインジケーターを用いて、異なる光条件(LD及びDD)下で、及び異なる遺伝的背景を有する個体間(CBA/N及びC57Bl/6マウス)で、一日を通じた個体の体内時刻の推定を非常に高精度に行うことができた。2)また、血漿中のインジケーターを用いた代謝産物時刻表は、給餌環境、年齢及び性別の違いを超えて共通しており、当該インジケーターの有用性が示唆された。3)加えて、本発明の方法が、時差ぼけ哺乳類における概日リズムの不調に対する敏感かつ正確な検出手段となることが示唆された。
【0161】
もちろん、LC−MS分析、CE−MS分析に限定されず他のメタボロミクス技術も本発明の目的で使用することができ、これにより何百もの時刻指示代謝産物の定量・同定が可能となり、個々人の血液サンプルから体内時刻の測定をすることができる。すなわち、本発明は、例えば個人特化型の(テーラーメイド)医薬の実現の一つの可能性である時間治療に道を拓くものであるが、これは、個人の体内時刻の情報を用いた投薬を行い、薬剤の効能を最大化したりその副作用を最小化したりするものである。
【0162】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0163】
本発明は、ヒトを含む哺乳類の体内時刻の推定、及び体内時刻のずれの検出に利用することができる。そのため、本発明を、例えば、概日リズム障害の発症有無の検出、時間治療、及び個人特化型の医薬や投薬方法の開発に利用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる、代謝産物の量を測定する工程と、次いで、
上記代謝産物の量の経時的な変化のパターンに基づき哺乳類の体内時刻のずれを検出する工程と、を含んでなり、
上記代謝産物が、1−メチルニコチンアミド、グアニドアセテート、カルニチン、シチジン、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、グリシン、クレアチン、N,N−ジメチルグリシン、メチオニンスルホキシド、グルタミン、トレオニン、サルコシン、トレオニン(13C)、プロリン、バリン、オルニチン、クレアチニン、フェニルアラニン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、α−アミノアジペート、シトルリン、4−グアニジノブチレート、トリメチルアミンN−オキシド、リゾフォスファチジルコリン(18:1)、リゾフォスファチジルコリン(20:4)、リゾフォスファチジルコリン(20:3)、リゾフォスファチジルコリン(20:2)、リゾフォスファチジルコリン(18:3)、リゾフォスファチジルコリン(22:6)、リゾフォスファチジルコリン(22:5)、及びリゾフォスファチジルコリン(22:4)(ここで、各リゾフォスファチジルコリンの後段に括弧書きで示す数字は、順に、脂肪酸の部分を構成する炭素原子の数と、不飽和結合を有する炭素原子の数とを示す)からなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることを特徴とする、哺乳類における体内時刻のずれの検出方法。
【請求項2】
検査対象となる哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる、代謝産物の量を測定する工程と、次いで、
上記代謝産物の量の経時的な変化のパターンを、検査対象となる上記哺乳類と同種の基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンと比較して、パターンのずれの程度を取得する工程と、を含んでなり、
上記代謝産物が、1−メチルニコチンアミド、グアニドアセテート、カルニチン、シチジン、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、グリシン、クレアチン、N,N−ジメチルグリシン、メチオニンスルホキシド、グルタミン、トレオニン、サルコシン、トレオニン(13C)、プロリン、バリン、オルニチン、クレアチニン、フェニルアラニン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、α−アミノアジペート、シトルリン、4−グアニジノブチレート、トリメチルアミンN−オキシド、リゾフォスファチジルコリン(18:1)、リゾフォスファチジルコリン(20:4)、リゾフォスファチジルコリン(20:3)、リゾフォスファチジルコリン(20:2)、リゾフォスファチジルコリン(18:3)、リゾフォスファチジルコリン(22:6)、リゾフォスファチジルコリン(22:5)、及びリゾフォスファチジルコリン(22:4)(ここで、各リゾフォスファチジルコリンの後段に括弧書きで示す数字は、順に、脂肪酸の部分を構成する炭素原子の数と、不飽和結合を有する炭素原子の数とを示す)からなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることを特徴とする、哺乳類における体内時刻のずれの検出方法。
【請求項3】
前記代謝産物が、カルニチン、シチジン、グリシン、サルコシン、バリン、イソロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、4−グアニジノブチレート、及びトリメチルアミンN−オキシドからなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の体内時刻のずれの検出方法。
【請求項4】
検査対象となる哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる代謝産物の量を測定する工程と、次いで、
上記代謝産物の量の経時的な変化のパターンを、検査対象となる上記哺乳類と同種の基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンと比較して、パターンのずれの程度を取得する工程と、を含んでなり、
上記代謝産物が、以下の1)及び2)からなる代謝産物群から選択される少なくとも一つの代謝産物である、
1)実施例の記載に従いLC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)を用いた分析の結果取得される、表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;
2)実施例の記載に従いCE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)分析をした結果取得される、表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;
ことを特徴とする、哺乳類における体内時刻のずれの検出方法。
【請求項5】
前記代謝産物として、前記代謝産物群を構成する全ての代謝産物を用いることを特徴とする、請求項1から4の何れか一項に記載の体内時刻のずれの検出方法。
【請求項6】
前記パターンのずれの程度を、前記代謝産物の量が最大となる時刻、又は最小となる時刻の少なくとも一方を基準として取得することを特徴とする、請求項1から5の何れか一項に記載の体内時刻のずれの検出方法。
【請求項7】
1日内の異なる複数の時点が、4時間おきの6時点であることを特徴とする、請求項1から6の何れか一項に記載の体内時刻のずれの検出方法。
【請求項8】
請求項1から7の何れか一項に記載の検出方法により検出された体内時刻のずれが所定の範囲を越える場合に、検査対象となる哺乳類が概日リズムに変調をきたしていると判定する工程を含む、概日リズムの変調の有無の検査方法。
【請求項9】
哺乳類の血漿中に含まれ、その存在量が概日性の周期をもって変動をする、体内時刻のインジケーターであって、
1)実施例の記載に従いLC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)による分析をした結果取得される、表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;及び、
2)実施例の記載に従いCE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)による分析をした結果取得される、表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;
からなる代謝産物群から選択される少なくとも一つのインジケーター。
【請求項10】
哺乳類の採血を行なう採血器具と、請求項9に記載のインジケーターの血漿中における量を定量する定量手段と、を備えることを特徴とする、哺乳類の体内時刻測定キット。
【請求項1】
哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる、代謝産物の量を測定する工程と、次いで、
上記代謝産物の量の経時的な変化のパターンに基づき哺乳類の体内時刻のずれを検出する工程と、を含んでなり、
上記代謝産物が、1−メチルニコチンアミド、グアニドアセテート、カルニチン、シチジン、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、グリシン、クレアチン、N,N−ジメチルグリシン、メチオニンスルホキシド、グルタミン、トレオニン、サルコシン、トレオニン(13C)、プロリン、バリン、オルニチン、クレアチニン、フェニルアラニン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、α−アミノアジペート、シトルリン、4−グアニジノブチレート、トリメチルアミンN−オキシド、リゾフォスファチジルコリン(18:1)、リゾフォスファチジルコリン(20:4)、リゾフォスファチジルコリン(20:3)、リゾフォスファチジルコリン(20:2)、リゾフォスファチジルコリン(18:3)、リゾフォスファチジルコリン(22:6)、リゾフォスファチジルコリン(22:5)、及びリゾフォスファチジルコリン(22:4)(ここで、各リゾフォスファチジルコリンの後段に括弧書きで示す数字は、順に、脂肪酸の部分を構成する炭素原子の数と、不飽和結合を有する炭素原子の数とを示す)からなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることを特徴とする、哺乳類における体内時刻のずれの検出方法。
【請求項2】
検査対象となる哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる、代謝産物の量を測定する工程と、次いで、
上記代謝産物の量の経時的な変化のパターンを、検査対象となる上記哺乳類と同種の基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンと比較して、パターンのずれの程度を取得する工程と、を含んでなり、
上記代謝産物が、1−メチルニコチンアミド、グアニドアセテート、カルニチン、シチジン、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、グリシン、クレアチン、N,N−ジメチルグリシン、メチオニンスルホキシド、グルタミン、トレオニン、サルコシン、トレオニン(13C)、プロリン、バリン、オルニチン、クレアチニン、フェニルアラニン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、α−アミノアジペート、シトルリン、4−グアニジノブチレート、トリメチルアミンN−オキシド、リゾフォスファチジルコリン(18:1)、リゾフォスファチジルコリン(20:4)、リゾフォスファチジルコリン(20:3)、リゾフォスファチジルコリン(20:2)、リゾフォスファチジルコリン(18:3)、リゾフォスファチジルコリン(22:6)、リゾフォスファチジルコリン(22:5)、及びリゾフォスファチジルコリン(22:4)(ここで、各リゾフォスファチジルコリンの後段に括弧書きで示す数字は、順に、脂肪酸の部分を構成する炭素原子の数と、不飽和結合を有する炭素原子の数とを示す)からなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることを特徴とする、哺乳類における体内時刻のずれの検出方法。
【請求項3】
前記代謝産物が、カルニチン、シチジン、グリシン、サルコシン、バリン、イソロイシン、トリプトファン、2−アミノブチレート、4−グアニジノブチレート、及びトリメチルアミンN−オキシドからなる代謝産物群より選択される少なくとも一つの代謝産物であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の体内時刻のずれの検出方法。
【請求項4】
検査対象となる哺乳類から1日内の異なる複数の時点でサンプリングされた血液中の血漿に含まれる代謝産物の量を測定する工程と、次いで、
上記代謝産物の量の経時的な変化のパターンを、検査対象となる上記哺乳類と同種の基準となる哺乳類の血漿に含まれる当該代謝産物の量の経時的な変化のパターンと比較して、パターンのずれの程度を取得する工程と、を含んでなり、
上記代謝産物が、以下の1)及び2)からなる代謝産物群から選択される少なくとも一つの代謝産物である、
1)実施例の記載に従いLC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)を用いた分析の結果取得される、表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;
2)実施例の記載に従いCE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)分析をした結果取得される、表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;
ことを特徴とする、哺乳類における体内時刻のずれの検出方法。
【請求項5】
前記代謝産物として、前記代謝産物群を構成する全ての代謝産物を用いることを特徴とする、請求項1から4の何れか一項に記載の体内時刻のずれの検出方法。
【請求項6】
前記パターンのずれの程度を、前記代謝産物の量が最大となる時刻、又は最小となる時刻の少なくとも一方を基準として取得することを特徴とする、請求項1から5の何れか一項に記載の体内時刻のずれの検出方法。
【請求項7】
1日内の異なる複数の時点が、4時間おきの6時点であることを特徴とする、請求項1から6の何れか一項に記載の体内時刻のずれの検出方法。
【請求項8】
請求項1から7の何れか一項に記載の検出方法により検出された体内時刻のずれが所定の範囲を越える場合に、検査対象となる哺乳類が概日リズムに変調をきたしていると判定する工程を含む、概日リズムの変調の有無の検査方法。
【請求項9】
哺乳類の血漿中に含まれ、その存在量が概日性の周期をもって変動をする、体内時刻のインジケーターであって、
1)実施例の記載に従いLC−MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)による分析をした結果取得される、表1中の1番目〜142番目(陽イオンモード)、及び1番目〜176番目(陰イオンモード)に示す代謝産物;及び、
2)実施例の記載に従いCE−MS(キャピラリー電気泳動−質量分析計)による分析をした結果取得される、表3中の1番目〜153番目に示す代謝産物;
からなる代謝産物群から選択される少なくとも一つのインジケーター。
【請求項10】
哺乳類の採血を行なう採血器具と、請求項9に記載のインジケーターの血漿中における量を定量する定量手段と、を備えることを特徴とする、哺乳類の体内時刻測定キット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−261764(P2010−261764A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−111602(P2009−111602)
【出願日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]