説明

嗅覚ディスプレイ

【課題】香り成分がディスプレイ本体に付着することなく、また周囲に拡散することなく素早くユーザに到達することが出来る臭覚ディスプレイを提供する。
【解決手段】嗅覚ディスプレイ10は、ディスプレイ本体12およびアロマカード14を含み、視聴覚ディスプレイ(100)と連動して、コンテンツの内容に合わせた香りをユーザに提示する。アロマカード14に塗布されるアロマゲル52は、温度刺激に応じてゾル状およびゲル状に可逆的に相転移する高分子ゲルと香料との混合物によって形成され、ゾル状のときには香料を放出し、ゲル状のときには香料を閉じ込めてその放出を抑制する。このアロマゲル52を加熱および冷却する温度刺激源として、ペルチェ素子28がディスプレイ本体12に設けられる。また、ディスプレイ本体12およびアロマカード14には、ペルチェ素子28およびアロマゲル52の側縁を通って上下方向に連通する空気通路64が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は嗅覚ディスプレイに関し、特にたとえば、映像および音の少なくとも一方を含むコンテンツの提示を受けるユーザに対して、当該コンテンツに関連する香りを提示する、嗅覚ディスプレイに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の嗅覚ディスプレイの一例が特許文献1に開示されている。特許文献1の技術は、香料を封入したマイクロカプセルが表面に埋設または塗布された香りカードを用いる、カード方式の嗅覚ディスプレイ(発香システム装置)である。特許文献1の技術では、香りカードの表面上を移動可能なカプセル崩壊子によって、指定位置のカプセルを破壊して任意の芳香を発生させ、その芳香を送風ファンによって運ぶようにしている。
【0003】
しかしながら、特許文献1の技術では、カプセルを不可逆的に破壊して香料を発散させるので、破壊したカプセルからの香料の発散を途中で止めることができない。つまり、香料の発散を直ちに(或いは希望通りに)停止することができないので、香料の放出制御、特に遮断制御が困難であった。また、カプセル崩壊子を移動させてカプセルを破壊する際や送風ファンの作動時に動作音が発生するという問題もある。香り情報は、何となく自然に伝わることが好ましいものであるが、動作音が香りより先にユーザに伝わったり、送風ファンによって突風感(風当り感)をユーザに与えたりすることによって、香り情報の提示が不自然なものになってしまう。
【0004】
これに対して、本件発明者らは、非特許文献1において、高分子ゲルを用いて香料の放出制御を行う嗅覚ディスプレイを提案している。非特許文献1の技術では、温度刺激によってゾル状およびゲル状に可逆的に相転移する温度敏感性ゲルに香料を混合し、その混合物(アロマゲル)を小型のチップに塗布することによってアロマチップ作成する。そして、ディスプレイ本体にはペルチェ素子を設けておき、このペルチェ素子によってアロマチップの加熱および冷却を行う。アロマゲルは、加熱されてゾル状になると香料を放出し、冷却されてゲル状になるとゲル内に香料を閉じ込めてその放出を抑制するので、非特許文献1の技術によれば、香料の放出制御、特に香料の発散を直ちに停止する遮断制御を適切に行うことができる。また、温度制御にペルチェ素子を用いることによって動作音の発生を抑制でき、香り成分を自然対流でユーザに届けることによって突風感をなくすことができるので、非特許文献1の技術によれば、香り情報の自然な提示が可能となる。なお、非特許文献1においては、複数のアロマチップから構成されるアロマカードを作成することによって、この技術をカード方式の嗅覚ディスプレイに応用できることを示唆している。
【特許文献1】特開平9−327506号公報 [A61L 9/12]
【非特許文献1】「機能性高分子を用いた嗅覚ディスプレイの開発およびビデオへの応用」(キム ドンウクほか,情報処理学会論文誌,Vol.49,No.1,P.160〜175,2008年1月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1の技術では、送風ファンなどによる強制エアフローではなく、加熱による自然対流によって香り成分を単に上昇させているだけなので、香り成分が周囲に拡散し易く、ユーザに到達する前に香りが薄れてしまうという問題が残る。
【0006】
それゆえに、この発明の主たる目的は、新規な、嗅覚ディスプレイを提供することである。
【0007】
この発明の他の目的は、ユーザに違和感を与えることなく、適切に香り情報を提示できる、嗅覚ディスプレイを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、上記の課題を解決するために、以下の構成を採用した。なお、括弧内の参照符号および補足説明などは、本発明の理解を助けるために後述する実施の形態との対応関係を示したものであって、この発明を何ら限定するものではない。
【0009】
第1の発明は、ディスプレイ本体およびアロマカードを含み、映像および音の少なくとも一方を含むコンテンツの提示を受けるユーザに対して当該コンテンツに関連する香りを提示する嗅覚ディスプレイであって、ディスプレイ本体は、枠体、枠体内に設けられる台座、台座に固定されるペルチェ素子、およびペルチェ素子の動作を制御するコントローラを備え、アロマカードは、ペルチェ素子上に装着されるカード本体、および温度刺激に応じてゾル状およびゲル状に可逆的に相転移する高分子ゲルと香料との混合物によって形成され、カード本体の上面であってペルチェ素子と熱結合する位置に配置されるアロマゲルを備え、さらにペルチェ素子およびアロマゲルの側縁を通り、ディスプレイ本体およびアロマカードを上下方向に連通する空気通路を備える、嗅覚ディスプレイである。
【0010】
第1の発明では、嗅覚ディスプレイ(10)は、ディスプレイ本体(12)およびアロマカード(14)を含み、テレビジョン等の視聴覚ディスプレイ(100)と連動して、コンテンツの内容に合わせた香りをユーザに提示する。ディスプレイ本体は、枠体(20)を備え、枠体内に設けられる台座(26)には、ペルチェ素子(28)が固定される。ペルチェ素子の動作を制御するコントローラ(38)は、たとえば、枠体の外部に配置され、予めコンテンツに同期して作成された芳香発生指示信号の入力に基づいて、ペルチェ素子を駆動する。アロマカードは、ペルチェ素子の上、つまりディスプレイ本体の最上部に装着されるカード本体(50)を備え、カード本体の上面には、ペルチェ素子と熱結合する位置にアロマゲル(52)が配置される。アロマゲルは、温度刺激に応じてゾル状およびゲル状に可逆的に相転移する高分子ゲルと香料との混合物によって形成され、ゾル状のときには香料を放出し、ゲル状のときには香料を閉じ込めてその放出を抑制する。また、ディスプレイ本体およびアロマカードには、ペルチェ素子およびアロマゲルの側縁を通って上下方向に連通する空気通路(64)が形成される。
【0011】
アロマゲルをペルチェ素子によって加熱すると、ゾル状に相転移して含有する香り成分を放出する。この際、アロマカードおよびペルチェ素子の周囲の温度が上がるので、そこに負圧が発生して空気通路に上昇気流が発生する。放出された香り成分は、空気通路からの上昇気流に乗って上昇し、ディスプレイ本体に付着することなく、また周囲に拡散することなく素早くユーザに到達する。
【0012】
第1の発明によれば、空気通路からの上昇気流に乗って香り成分が上昇するので、送風ファンを用いたときのような突風感や動作音による違和感をユーザに与えることなく、ユーザまで適切に香りを伝えることができる。また、ディスプレイ本体に香り成分が付着しないので、提示したい香り成分に他の香り成分が混じることはなく、コンテンツに応じた純粋な香り情報をユーザに提示できる。
【0013】
第2の発明は、第1の発明に従属し、空気通路は、上方に向かうに従って縮径するベンチュリ管状に形成される。
【0014】
第2の発明では、ディスプレイ本体(12)およびアロマカード(14)を上下方向に連通する空気通路(64)は、ベンチュリ管状に形成される。これによって、アロマゲル(52)の加熱時に発生する上昇気流の速度が増すので、ユーザに香りをより迅速に提示できる。
【0015】
第3の発明は、第1または第2の発明に従属し、ディスプレイ本体およびアロマカードのそれぞれには、磁気結合手段が設けられる。
【0016】
第3の発明では、たとえば、ディスプレイ本体(12)にラバーマグネットシート(34)が設けられ、アロマカード(14)に磁性を有するテープ(62)が設けられる。このような磁気結合手段(34,62)が磁力によって互いに引き合うことにより、ペルチェ素子(28)の上面とカード本体(50)の下面とが確実に面接触するようになる。これによって、アロマゲル(52)とペルチェ素子とが確実に熱結合するようになり、ペルチェ素子からの温度制御をアロマゲルに正確に伝えることができる。
【0017】
第4の発明は、第1ないし第3のいずれかの発明に従属し、カード本体の上面には、ペルチェ素子と熱結合する位置に凹部が形成され、当該凹部にアロマゲルが配置される。
【0018】
第4の発明では、カード本体(12)の上面に凹部(56,58,66)が形成され、その凹部にアロマゲル(52)が配置される。これによって、アロマゲルはゾル状に変化したときにも周囲に流れることなく凹部に留まるので、より多量のアロマゲルをカード本体に塗布できるようになる。
【0019】
第4の発明によれば、より多量のアロマゲルを塗布できるので、アロマカードをより多くの回数、繰り返し使用できる。
【0020】
第5の発明は、第1ないし第4のいずれかの発明に従属し、ディスプレイ本体は、複数のペルチェ素子を備え、アロマカードは、複数のペルチェ素子のそれぞれと個別に熱結合する複数のアロマゲルを備える。
【0021】
第5の発明では、ディスプレイ本体(12)は、たとえばマトリックス状に分散配置される複数のペルチェ素子(28)を備える。アロマカード(14)は、複数のアロマゲル(52)を備え、各アロマゲルは、各ペルチェ素子と個別に熱結合し、特定のペルチェ素子からの温度制御のみを受ける。
【0022】
第5の発明によれば、アロマカードが複数のアロマゲルを備え、各アロマゲルをペルチェ素子によって個別に温度制御するので、1枚のアロマカードで複数の香りをユーザに提示できる。
【0023】
第6の発明は、第5の発明に従属し、カード本体は、熱伝導率の高い材料によって形成され複数のペルチェ素子に対応する位置に設けられる複数のチップ、および熱伝導率の低い材料によって形成され複数のチップ同士を連結する基板を含み、アロマゲルは、チップの上面に配置される。
【0024】
第6の発明では、たとえば、カード本体(50)を、銅などの熱伝導率の高い材料によって形成され、各ペルチェ素子に対応する位置に設けられる複数のチップ(58)と、合成樹脂などの熱伝導率の低い材料によって形成され、複数のチップ同士を連結する基板(54)とで構成し、これらチップ上にアロマゲル(52)を配置する。このように、各チップ間に熱伝導率の低い基板を介させることによって、特定のペルチェ素子から目的のアロマゲル以外のアロマゲルに熱伝導しなくなる。つまり、各アロマゲルは、各ペルチェ素子と個別に熱結合する。
【0025】
第6の発明によれば、第5の発明と同様の作用効果を奏する。
【発明の効果】
【0026】
この発明によれば、アロマゲルをペルチェ素子によって加熱したときに、空気通路からの上昇気流に乗って香り成分が上昇するので、香り成分が周囲に拡散することなく素早くユーザに到達する。したがって、送風ファンを用いたときのような突風感や動作音による違和感をユーザに与えることなく、ユーザに対して適切に香りを伝えることができる。
【0027】
また、ディスプレイ本体に香り成分が付着しないので、提示したい香り成分と他の香り成分とが混じり合うことがない。したがって、コンテンツに応じた純粋な香り情報をユーザに提示できる。
【0028】
この発明の上述の目的、その他の目的、特徴および利点は、図面を参照して行う後述の実施例の詳細な説明から一層明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】この発明の一実施例である嗅覚ディスプレイを用いてユーザに香りを提示する様子を示す図解図である。
【図2】図1の嗅覚ディスプレイの外観を示す斜視図である。
【図3】図1の嗅覚ディスプレイが備えるディスプレイ本体の外観を示す斜視図である。
【図4】(A)は図3のディスプレイ本体を上方から見た外観を示す平面図であり、(B)はその一部を拡大して示す部分拡大平面図である。
【図5】(A)は図3のディスプレイ本体の断面を示す断面図であり、(B)はその一部を拡大して示す部分拡大断面図である。
【図6】図3のディスプレイ本体が備えるコントローラの電気的な構成を示すブロック図である。
【図7】図1の嗅覚ディスプレイが備えるアロマカードの外観を示す斜視図である。
【図8】(A)は図7のアロマカードを上方から見た外観を示す平面図であり、(B)はその一部を拡大して示す部分拡大平面図である。
【図9】図7のアロマカードの断面の一部を拡大して示す部分拡大断面図である。
【図10】(A)は図1の嗅覚ディスプレイを上方から見た外観を示す平面図であり、(B)はその一部を拡大して示す部分拡大平面図である。
【図11】(A)は図1の嗅覚ディスプレイの断面を示す断面図であり、(B)はその一部を拡大して示す部分拡大断面図である。
【図12】(A)は嗅覚ディスプレイが備えるアロマカードの他の一例を示す部分拡大断面図であり、(B)はアロマカードのさらに他の一例を示す部分拡大断面図である。
【図13】(A)はアロマカードのさらに他の一例を示す部分拡大断面図であり、(B)はアロマカードのさらに他の一例を示す部分拡大断面図である。
【図14】この発明の他の実施例である嗅覚ディスプレイの断面の一部を拡大して示す部分拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1および2を参照して、この発明の一実施例である嗅覚ディスプレイ10は、ディスプレイ本体12およびアロマカード14を備え、ユーザの顔(鼻)の下方に設置される。そして、映像および音の少なくとも一方を含むコンテンツを提示するテレビジョン等の視聴覚ディスプレイ100と連動し、コンテンツの内容に合わせた香りをユーザに提示することによって、コンテンツの現実感や臨場感を高める。以下、図面を参照して嗅覚ディスプレイ10の具体的構成について説明する。
【0031】
図3−5に示すように、ディスプレイ本体12は、金属、合成樹脂、木およびセラミック等の適宜な材料によって形成される矩形の枠体20を備える。枠体20の上部には、2つの切欠き22が形成されており、ディスプレイ本体12に対してアロマカード14を着脱する際に、アロマカード14の側縁を把持し易いようになっている。また、枠体20の下部には、4本の脚部24が形成される。このような脚部24を形成することによって、後述するヒートシンク26,30の下に外気と連通する空間が形成されるので、ヒートシンク26,30の放熱機能が適切に発揮される。脚部24を含む枠体20の大きさは、たとえば、縦90mm、横130mmおよび高さ50mmである。
【0032】
枠体20の内部には、銅などによって形成される板状の第1ヒートシンク26が設けられ、第1ヒートシンク26の上面には、複数のペルチェ素子28がマトリックス状に分散配置される。第1ヒートシンク26は、ペルチェ素子28で発生した熱を放熱すると共に、ペルチェ素子28を固定するための台座としても機能する。
【0033】
ペルチェ素子28は、直流電流を流すと一方の面(冷却面)から熱を吸収して他方の面(加熱面)に熱を運ぶ性質(ペルチェ効果)を有する熱電変換素子である。ペルチェ素子28の加熱面と冷却面とは、直流電流の極性を逆転させることによって入れ替わるため、ペルチェ素子28を用いることによって、後述するアロマゲル52の加熱および冷却を電気信号のみで簡単かつ迅速に制御できる。また、ペルチェ素子28は、小型かつ軽量である上、騒音や振動が発生しないという利点も有する。なお、この実施例では、15mm四方の大きさのペルチェ素子28(具体的には、株式会社フジタカ製のペルチェモジュール:型番「FPH1−3106NC」)を用い、3行×5列の計15個のペルチェ素子28をマトリックス状に配置しているが、ペルチェ素子28の種類、大きさ、配列の仕方および個数などはこれに限定されず、適宜変更可能である。
【0034】
また、第1ヒートシンク26の下面には、ペルチェ素子28と対応する各位置に、アルミ等によって形成されるフィン状の第2ヒートシンク30が設けられる。フィン状の第2ヒートシンク30を設けることによって、ペルチェ素子28で発生した熱をより効果的に放熱することができる。ただし、第1ヒートシンク26と第2ヒートシンク30とは、熱伝導率の高い材料を用いるのであれば、同じ材料で形成してもよいし、異なる材料で形成してもよい。また、第1ヒートシンク26と第2ヒートシンク30とは、予め一体的に形成してもよいし、別体として形成して接着接合などによって一体化してもよい。
【0035】
さらに、第1ヒートシンク26の上面には、ペルチェ素子28を挟むようにして長板状の複数のマグネットベース32が設けられ、マグネットベース32の上面には、ラバーマグネットシート34が貼り付けられる。この際、ペルチェ素子28の側面とマグネットベース32およびラバーマグネットシート34の側面との間には、適宜の間隔が設けられ、ペルチェ素子28の上面とラバーマグネットシート34の上面とは、同じ高さ(面一)にされる。また、第1ヒートシンク26には、各ペルチェ素子28の側面のそれぞれに沿うように、第1ヒートシンク26を上下方向に連通する4つの連通孔36が形成される。連通孔36の径の大きさは、たとえば0.5mmである。
【0036】
ペルチェ素子28の動作を制御するコントローラ38は、枠体20の外部の適宜な位置に配置され(図2−5では図示せず)、配線40を介してペルチェ素子28と接続される。図6は、コントローラ38の電気的な構成を示すブロック図である。コントローラ38は、映像コンテンツ等に同期して作成された芳香発生指示信号の入力に基づいて、任意のペルチェ素子28を選択的に駆動させるものである。たとえば、芳香発生指示信号には、視聴覚ディスプレイ100などから送信されるDTMF(Dual Tone Multi Frequency)信号が用いられ、コントローラ38は、DTMF信号を解析するためのデコーダ42、デコーダ42から送られてくる解析結果に応じて任意のペルチェ素子を駆動するためのPIC(Peripheral Interface Controller)マイコン44およびMOS-FETリレー46等を備える。
【0037】
上述のようなディスプレイ本体12に装着されるアロマカード14は、図7−9に示すように、カード本体50およびその上面に分散配置されるアロマゲル52を含む。アロマカード14は、基本的にはコンテンツ毎に交換されるものであり、1つのコンテンツに対して1枚のアロマカード14が対応するように作成される。ただし、1枚のアロマカード14で複数のコンテンツに対応することもできる。
【0038】
カード本体50は、合成樹脂などの熱伝導率の比較的低い材料によって矩形の薄板状に形成される基板54を備える。基板54の大きさは、ディスプレイ本体12の枠体20内にちょうど納まる大きさであり、たとえば、縦80mm、横120mmおよび厚さ1mmである。この基板54には、上述の各ペルチェ素子28に対応する位置に、たとえば16mmの直径を有する複数の円形の孔56が形成される。そして、この孔56を下方から塞ぐように、基板54の下面には正方形のチップ58が貼り付けられ、これによってカード本体50の上面には、円形の凹み(凹部)が形成される。チップ58は、銅やアルミ等の熱伝導率の高い材料によって形成される。チップ58の大きさは、たとえば、縦16mm、横16mmおよび厚さ0.2mmである。
【0039】
このチップ58の上面、つまりカード本体50に形成される凹部の上面には、アロマゲル52が薄膜状に塗布される。アロマゲル52は、温度刺激によってゾル状およびゲル状に可逆的に相転移する高分子ゲルと、香りの素となる香料とを混合することによって作成される。
【0040】
高分子ゲルとしては、たとえば、MPEG-PCL(Methoxy-poly(ethylene-glycol)-block-poly(caprolactone)copolymers)を用いることができる。MPEG-PCLは、ゲル状のときには、親水性であるMPEGに対して疎水性であるPCLが結晶性を持つことによって、MPEGと香料とを抱え込む働きをする、つまり結晶性のPCLが化学容器のような働きをして香料を閉じ込めるので、香りの放出が抑制される。一方、MPEG-PCLをカプロラクトンの融解温度(58〜60℃)まで加熱すると、PLCの結晶性が崩れ、MPEG-PCLはゲル状からゾル状に相転移する。このゾル状のときには、PCLの結晶性崩壊によって化学容器のような働きはなくなり、香料の動きが活発になって香りが放出される。MPEG-PCLは、温度刺激に応答して素早く相転移を起こすので、香りの放出および停止の短時間での切替えが可能であり、香料の放出制御に適している。ただし、温度刺激によってゾル状およびゲル状に可逆的に相転移する高分子ゲルであれば、MPEG-PCLと同様の働きをすると考えられるので、MPEG-PCL以外の高分子ゲルも適宜採用可能である。
【0041】
香料としては、視聴覚ディスプレイ100が提示するコンテンツの内容に合わせて適宜のものが用いられる。たとえば、映像コンテンツに、バニラアイスを食べる場面、海辺の場面、および百合の花が登場する場面が含まれる場合には、バニラの香りを放つ香料を混合したアロマゲル52、潮の香りを放つ香料を混合したアロマゲル52、および百合の香りを放つ香料を混合したアロマゲル52が用意され、それらがカード本体50に予め塗布される。
【0042】
なお、図7などには、5種類のアロマゲル52を塗布したアロマカード14を例示しているが、予め用意(塗布)しておくアロマゲル52の数や香りの種類は、コンテンツの内容に応じて適宜変更される。また、この実施例では、ディスプレイ本体12に15個のペルチェ素子28を設けているので、1枚のアロマカード14に対して最大15種類のアロマゲル52を塗布しておくことが可能である。アロマゲル52の塗布量は、1種類につき、たとえば0.1gである。
【0043】
また、チップ58の側縁中央のそれぞれには切欠きが形成されており、これによって各凹部には、アロマゲル52の側縁を通ってカード本体50を上下方向に連通する4つの連通孔60が形成される。さらに、カード本体50の下面には、チップ58を挟むようにして磁性を有するテープ62(たとえばSUS430製のテープ)が貼付される。この際、チップ58の下面とテープ62の下面とは、同じ高さ(面一)にされる。
【0044】
図2、10および11に示すように、アロマカード14は、ディスプレイ本体12の枠体20内に嵌め込むようにして、ディスプレイ本体12の最上部に着脱自在に装着される。ディスプレイ本体12にアロマカード14を装着した状態においては、ラバーマグネットシート34とテープ62とが磁力によって引き合うことにより、ペルチェ素子28の上面とチップ58の下面とが確実に面接触する。これにより、アロマゲル52は、チップ58を介してペルチェ素子28と確実に熱結合でき、ペルチェ素子28からの温度制御を正確に受けることができる。また、ペルチェ素子28およびチップ58(アロマゲル52)は、それぞれが個別化されている、つまり、1つのペルチェ素子28と当接して熱結合されるチップ58は1つのみであり、他のチップ58との間には熱伝導率の低い基板54が存在している。このため、特定のチップ58から他のチップ58には熱伝導が起きず、ペルチェ素子28によって目的のアロマゲル52のみを確実に加熱または冷却することができる。
【0045】
また、ディスプレイ本体12にアロマカード14を装着した状態においては、第1ヒートシンク28およびカード本体50の連通孔36,60、ならびにペルチェ素子28同士の間またはペルチェ素子28とマグネットベース32およびラバーマグネットシート34との間の間隔によって、各アロマゲル52およびペルチェ素子28の側縁を通り、ディスプレイ本体12およびアロマカード14を上下方向に連通する4つの空気通路64が形成される(図11(B)参照)。
【0046】
このような嗅覚ディスプレイ10は、図1に示すように、ユーザの顔の下方に位置するように机の上などに設置され、映像や音を含むコンテンツに香りを付加してユーザに提示することによって、コンテンツの現実感や臨場感を高める。たとえば、嗅覚ディスプレイ10は、映像および音の少なくとも一方を含むコンテンツを提示する、テレビジョン、ラジオ、パーソナルコンピュータ、DVDプレイヤ、ビデオデッキおよび携帯電話などの各種の視聴覚ディスプレイ100と連動して香り情報を提示する。
【0047】
香り情報をユーザに提示する際には、コンテンツに同期して予め作成された芳香発生指示信号(DTMF信号)が、視聴覚ディスプレイ100等からコントローラ38に送信される。たとえば、バニラアイスを食べる映画のシーンに合わせて、バニラ香料を混合したアロマゲル52を加熱するための指示信号が送信される。コントローラ38は、芳香発生指示信号が入力されると、その解析結果に基づいて任意のペルチェ素子28を選択的に駆動させる。たとえば、バニラ香料を混合したアロマゲル52と熱結合するペルチェ素子28に対して、その上面が加熱面となるように直流電流を供給し、当該アロマゲル52を急速に加熱する。具体的には、3Vの電圧で5〜6Aの直流電流(つまり15W程度の電力)をペルチェ素子28に供給し、1.5〜2.0秒の短時間で室温(約25℃)のアロマゲル52を約70℃まで加熱する。
【0048】
アロマゲル52は、ペルチェ素子28によって加熱されるとゾル状に相転移し、含有する香り成分(たとえばバニラの香り)を直ちに放出する。この際、ペルチェ素子28の上面側が加熱されると共に、ペルチェ素子28自体も自己発熱して放熱するので、アロマカード14およびペルチェ素子28の周囲の温度が上がる。すると、そこに負圧が発生して空気通路64に上昇気流が発生する。放出された香り成分は、空気通路64からの上昇気流に乗って上昇し、ディスプレイ本体12に付着することなく、また周囲に拡散することなく素早く上方に位置するユーザの顔(鼻)に到達する。
【0049】
一方、映画(コンテンツ)のシーンが転換したり、芳香発生から所定時間経過したりしたときには、芳香停止指示信号(DTMF信号)が、視聴覚ディスプレイ100等からコントローラ38に送信される。コントローラ38は、芳香停止指示信号が入力されると、ペルチェ素子28に供給する直流電流の極性を逆転させ、ペルチェ素子28の上面を冷却面にして当該アロマゲル52を急速に冷却する。具体的には、3Vの電圧で5〜6Aの直流電流をペルチェ素子28に供給することによって、1.5〜2.0秒の短時間でアロマゲル52を室温まで冷却する。アロマゲル52は、ペルチェ素子28によって冷却されると再びゲル状に相転移し、香り成分の放出を直ちに停止する。
【0050】
この実施例によれば、アロマゲル52をペルチェ素子28によって加熱したときに、空気通路64からの上昇気流に乗って香り成分が上昇するので、香り成分は周囲に拡散することなく素早くユーザに到達する。したがって、送風ファンを用いたときのような突風感や動作音による違和感をユーザに与えることなく、ユーザに対して適切に香りを伝えることができる。
【0051】
また、ディスプレイ本体12の最上部にアロマカード14を配置し、空気通路64からの上昇気流によって香り成分を上昇させるようにしたので、ディスプレイ本体12には香り成分が接触(付着)しない。香り成分がディスプレイ本体12などに付着すると、その後に提示する香り成分と混ざり合ってしまい、コンテンツに応じた純粋な香り情報の提示ができなくなってしまうが、この実施例によればそのような問題は生じない。
【0052】
さらに、アロマゲル52は、ペルチェ素子28からの温度刺激に応じて可逆的にゾル状およびゲル状に相転移し、香り成分の放出および停止を可逆的に制御できるので、1枚のアロマカード14を繰り返し使用することも可能となる。
【0053】
また、ペルチェ素子28を用いることによって、アロマゲル52の加熱および冷却の双方を急速に行うことができるので、香りの発散および停止の切り替えを素早く行うことができる。具体的には、ペルチェ素子28への直流電流の供給開始から1.5〜2.0秒程度の短時間のタイムラグで、香りの発散および停止を制御できるので、香りの放出制御、特に香料の発散を直ちに停止する遮断制御に優れる。
【0054】
なお、上述の実施例では、1つのアロマゲル52に対して4つの空気通路64を形成するようにした。これは、アロマゲル52の周囲にバランス良く上昇気流を発生させ、アロマゲル52の上方に乱流を発生させないようにするためであるが、空気通路64の数、位置および大きさ等は、特に限定されない。ただし、上昇気流によって乱流が発生しないように設計されることが望ましい。
【0055】
また、上述の実施例では、第1ヒートシンク26に台座機能を持たせたが、これに限定されず、第1ヒートシンク26とは別に台座(固定手段)を設け、その台座にペルチェ素子28やヒートシンクを嵌め込む等して固定するようにしてもよい。
【0056】
さらに、上述の実施例では、ペルチェ素子28の上面とチップ58(カード本体50)の下面とを確実に面接触させるために、ラバーマグネットシート34をディスプレイ本体12に設け、磁性を有するテープ62をアロマカード14に設けるようにしたが、これらの配置は逆でもよい。また、このような磁気結合手段に代えて、マジックテープや粘着シート等を利用することもできる。さらに、熱伝導接着剤を用いて、ペルチェ素子28の上面とチップ58の下面と直接接合することもできる。
【0057】
また、上述の実施例では、目的のアロマゲル52のみを確実に加熱するために、熱伝導率が比較的低い基板54と熱伝導率が高いチップ58とでカード本体50を作成したが、これに限定されない。アロマカード14の製作コストを考慮して、たとえば、図12(A)に示すように、合成樹脂や金属などによって形成される薄板状の基板54のみ(つまり一枚もの)でカード本体50を作成することもできる。この場合には、基板54の熱伝導性に応じて、基板54の厚みやアロマゲル52の配置間隔を適宜変更し、目的のアロマゲル52のみを加熱できるようにするとよい。なお、この場合にも、アロマゲル52の側縁には、空気通路64の一部を構成する連通孔60が形成される。
【0058】
また、たとえば、図12(B)に示すように、カード本体50を一枚もので形成する場合にも、カード本体50の上面に凹部66を形成し、この凹部66にアロマゲル52を配置することもできる。これによって、アロマゲル52は、ゾル状に変化したときにも周囲に流れることなく凹部66に留まるので、より多量のアロマゲル52をカード本体50に塗布できるようになり、アロマカード14をより多くの回数繰り返し使用できるようになる。ただし、この場合には、凹部66の外部に連通孔60を形成する必要がある。このことは、基板54とチップ58とを組み合わせてカード本体50を作成する場合も同様である。
【0059】
さらに、図13に示すように、カード本体50の下面に凹部68を形成し、その凹部68に磁性を有するテープ62等の接合手段を設けることもできる。凹部68を形成することによって、カード本体50の下面にテープ62等を貼付した場合にも、カード本体50の下面を面一にすることができ、ペルチェ素子28の上面とカード本体50の下面とを確実に面接触させることができる。これによって、アロマゲル52とペルチェ素子28とを確実に熱結合でき、ペルチェ素子28からの温度制御をアロマゲル52に正確に与えることができる。
【0060】
また、図14に示すように、空気通路64は、上方に向かうに従って縮径するベンチュリ管状に形成することもできる。この場合には、空気通路64にベンチュリ管70を挿入することによって空気通路64をベンチュリ管状にしてもよいし、或いは空気通路64自体をベンチュリ管状に形成してもよい。このように空気通路64をベンチュリ管状に形成することによって、アロマゲル52の加熱時に発生する上昇気流の速度が増すので、より確実かつ迅速にユーザに香りを提示できる。
【0061】
さらに、上述の実施例では、嗅覚ディスプレイ10を机の上に設置する態様を例示したが、嗅覚ディスプレイ10は、ペンダント状にしてユーザの首からぶら下げる、或いはヘッドマイク状にしてユーザの顔(鼻)の下方に固定するようにして使用することもできる。
【0062】
なお、上述した嗅覚ディスプレイ10の各部分の大きさ等を示す具体的数値は、いずれも単なる一例であり、ユーザに提示したい香りの数、種類および強さ等の使用条件に応じて、適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0063】
10 …嗅覚ディスプレイ
12 …ディスプレイ本体
14 …アロマカード
20 …枠体
26,30 …ヒートシンク
28 …ペルチェ素子
34 …ラバーマグネットシート
38 …コントローラ
50 …カード本体
52 …アロマゲル
54 …基板
58 …チップ
62 …磁性テープ
36,60,64 …空気通路
100 …視聴覚ディスプレイ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディスプレイ本体およびアロマカードを含み、映像および音の少なくとも一方を含むコンテンツの提示を受けるユーザに対して、当該コンテンツに関連する香りを提示する嗅覚ディスプレイであって、
前記ディスプレイ本体は、
枠体、
前記枠体内に設けられる台座、
前記台座に固定されるペルチェ素子、および
前記ペルチェ素子の動作を制御するコントローラを備え、
前記アロマカードは、
前記ペルチェ素子上に装着されるカード本体、および
温度刺激に応じてゾル状およびゲル状に可逆的に相転移する高分子ゲルと香料との混合物によって形成され、前記カード本体の上面であって前記ペルチェ素子と熱結合する位置に配置されるアロマゲルを備え、
さらに、
前記ペルチェ素子および前記アロマゲルの側縁を通り、前記ディスプレイ本体および前記アロマカードを上下方向に連通する空気通路を備える、嗅覚ディスプレイ。
【請求項2】
前記空気通路は、上方に向かうに従って縮径するベンチュリ管状に形成される、請求項1記載の嗅覚ディスプレイ。
【請求項3】
前記ディスプレイ本体および前記アロマカードのそれぞれには、磁気結合手段が設けられる、請求項1または2記載の嗅覚ディスプレイ。
【請求項4】
前記カード本体の上面には、前記ペルチェ素子と熱結合する位置に凹部が形成され、当該凹部に前記アロマゲルが配置される、請求項1ないし3のいずれかに記載の嗅覚ディスプレイ。
【請求項5】
前記ディスプレイ本体は、複数の前記ペルチェ素子を備え、
前記アロマカードは、前記複数のペルチェ素子のそれぞれと個別に熱結合する複数の前記アロマゲルを備える、請求項1ないし4のいずれかに記載の嗅覚ディスプレイ。
【請求項6】
前記カード本体は、
熱伝導率の高い材料によって形成され、前記複数のペルチェ素子に対応する位置に設けられる複数のチップ、および
熱伝導率の低い材料によって形成され、前記複数のチップ同士を連結する基板を含み、
前記アロマゲルは、前記チップの上面に配置される、請求項5記載の嗅覚ディスプレイ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−81035(P2011−81035A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230721(P2009−230721)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本バーチャルリアリティ学会 日本バーチャルリアリティ学会研究報告 VR学研報 Vol.14 No.CS−2 2009年6月11日発行
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.マジックテープ
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)
【Fターム(参考)】