説明

回転機器の診断方法

【課題】補修あるいは更新を行なう回転機器を選択する際に、作業コストを考慮して優先順位を決定することによって、経済的な損失を最小に抑えることが可能な診断方法の提供。
【解決手段】各センサーから得られるデータを繰返し応力範囲Rangeに変換して応力振幅Ampを求め、応力振幅Ampを予め設定したマスターカーブに適用して得られる寿命回転数Nから損傷度dを算出し、所定の日数の期間中に得られる損傷度dを累積して累積損傷度Dを算出し、累積損傷度Dを用いて寿命日数Lを算出し、使用日数Uと寿命日数Lを用いて寿命消費率Sを算出し、寿命消費率Sのレベルに応じて寿命評価点SPを付与し、予め設定した故障検知度評価点TPと寿命評価点SPとを用いて故障発生リスク評価点RPを算出し、次いで、予め経済的損失のレベルに応じて設定した経済リスク評価点EPと故障発生リスク評価点RPとに基づいて、補修あるいは更新の必要性を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重量物を大量に搬送し加工する設備(たとえば製鉄プラント等)で使用される様々な回転機器の経年劣化型損傷(たとえば疲労,腐食,摩耗等)を診断して、補修あるいは更新の時期を決定する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼材のような重量物を大量に搬送しかつ加工する設備には、様々な回転機器が使用される。それらの回転機器は、重量物を搬送加工する故に経年劣化型損傷(以下、劣化損傷という)を生じる。回転機器の劣化損傷が進行すると、その回転機器の故障を引き起こし、一連の設備の稼動に支障をきたす。そのため、回転機器の劣化損傷を診断して、回転機器が故障する前に補修あるいは更新を行なう必要がある。
【0003】
そこで、回転機器の診断技術が種々検討されている。
たとえば特許文献1には、回転機器の状態を示す振動や電流を測定し、その測定値を劣化指数に変換して、劣化損傷の進行を診断する技術が開示されている。
特許文献2には、回転機器の振動と回転数を測定し、その測定値を所定の関数で補正して、得られた補正値と予め設定した閾値とを比較することによって劣化損傷の進行を診断する技術が開示されている。
【0004】
これらの技術は、いずれも単に回転機器の劣化損傷を診断するものであり、一連の設備におけるその回転機器の経済的な優先度は考慮されていない。
たとえば、加熱した鋼スラブを圧延して熱延コイルを製造する熱間圧延設備では、粗圧延機,仕上げ圧延機,巻取り機,搬送コンベア等に様々な回転機器が使用されており、故障が発生したときの復旧に要する時間や費用は、回転機器が配設される装置に応じて異なる。そのため、限られた人員で熱間圧延設備の保守点検を行なうためには、補修あるいは更新を行なう回転機器を選択する際に、経済的な観点から評価した優先度を考慮する必要がある。
【0005】
ところが特許文献1,2に開示された技術では、経済的優先度を考慮していないので、復旧作業の期間中に生産が停止することによる経済的な損失を最小に抑えることは困難である。
経済的優先度を考慮したプラントの診断技術としては、米国石油協会(API)が作成した規格API581(Risk-Based Inspection BRD, May 2000)が知られている。しかし、この技術は石油化学プラントの圧力容器や配管等の静機械の損傷を診断するものであり、回転機器の劣化損傷の診断に適用するのは困難である。
【特許文献1】特開昭63-169536号公報
【特許文献2】特開平7-218333号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、多数の回転機器の劣化損傷を診断するにあたって、補修あるいは更新を行なう回転機器を選択する際に、故障に起因する経済的損失を考慮して優先順位を決定することによって、設備の稼動停止による経済的な損失を最小に抑えることが可能な診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、多数の回転機器を備えた設備の各回転機器にセンサーを配設し、各センサーから得られるデータを繰返し応力範囲Rangeに変換して当該回転機器の応力振幅Amp=Range/2を求め、応力振幅Ampを予め設定したマスターカーブに適用して寿命回転数Nを求め、寿命回転数Nから損傷度d=1/Nを算出し、所定の日数の間に得られる損傷度dを累積して累積損傷度D=Σdを算出し、累積損傷度Dを用いてD=1となる寿命日数Lを算出し、次に、当該回転機器の使用日数Uと寿命日数Lを用いて寿命消費率S=U/Lを算出し、寿命消費率Sのレベルに応じて寿命評価点SPを付与し、予め故障検知のレベルに応じて設定した故障検知度評価点TPと寿命評価点SPとを用いて故障発生リスク評価点RP=TP×SPを算出し、次いで、予め故障に起因する経済的損失のレベルに応じて設定した経済リスク評価点EPと故障発生リスク評価点RPとに基づいて、当該回転機器の補修あるいは更新の必要性を判定し、その他の回転機器についても同様に補修あるいは更新の必要性を判定し、相互に比較することによって補修あるいは更新を行なう回転機器を選択する回転機器の診断方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、多数の回転機器を備えた設備の各回転機器の中から補修あるいは更新(以下、設備保全という)の対象とする回転機器を選択する際に、故障に起因する経済的損失を考慮して優先順位を決定するので、設備保全作業の期間中に生産が停止することによる経済的な損失を最小に抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
重量物を大量に搬送しかつ加工する設備(たとえば製鉄プラント等)には、様々な回転機器が使用される。製鉄プラントの一例として、加熱した鋼スラブを圧延して熱延コイルを製造する熱間圧延設備を模式的に図1に示す。熱間圧延設備では、粗圧延機2,仕上げ圧延機3,巻取り機4,搬送コンベア等に様々な回転機器が使用される。なお図1では、搬送コンベアは図示を省略する。
【0010】
これらの回転機器が劣化損傷によって故障すると、一連の設備の稼動に支障をきたす。そこで、各回転機器にセンサーを配設して、設備の稼動によって進行する劣化損傷を診断する。
回転機器に配設するセンサーは、特定の種類に限定せず、一連の設備の特性や回転機器の仕様等に応じて適宜選択する。たとえば、加速度計,荷重計,ひずみゲージ等の従来から知られているセンサーを使用する。
【0011】
そのセンサーから得られるデータを繰返し応力範囲Rangeに変換して、さらに当該回転機器の応力振幅Amp=Range/2を求める。ここで応力振幅Ampは、繰返し応力の最大応力と最小応力の差である繰返し応力範囲Rangeの1/2とした振幅であり、Amp=Range/2で算出される。たとえば熱間圧延設備では、1日あたり数百回程度の鋼スラブの圧延が行なわれ、その圧延回数に相当する数のAmp値が得られる。それらのAmp値は全て同一ではなく、正規分布を示す。
【0012】
一方で、予め回転機器の応力振幅と寿命との関係を求めておく。ここで寿命は、回転数で表わされ、新品から故障発生に到るまでの総回転数(以下、寿命回転数という)を指す。つまり寿命回転数は、新品の回転機器に特定の応力振幅の負荷が継続して作用した場合の故障発生に到るまでの総回転数を表わすものである。その応力振幅と寿命回転数との関係を示すグラフ(以下、マスターカーブという)の例を図2に示す。なお図2は、回転機器に用いられている鋼材の一例である。
【0013】
そのマスターカーブに、当該回転機器のセンサーから得たデータから得た応力振幅Aを適用して、寿命回転数Nを求める。次に、寿命回転数Nを用いて損傷度d=1/Nを算出する。たとえば熱間圧延設備では、1日あたり数百回程度のAmp値が得られるので、その都度、損傷度dを求める。
さらに、所定の日数の間に得られた損傷度dを累積して累積損傷度D=Σdを算出する。本発明では損傷度dを累積する日数は特に限定しないが、簡潔な演算処理を行なうために1日分の損傷度dを累積することが好ましい。たとえば熱間圧延設備では、1日あたり数百回程度のd値が得られるので、それを累積して累積損傷度Dを求める。
【0014】
次に、D=1となる日数L(以下、寿命日数という)を算出する。そして、当該回転機器の使用日数Uと寿命日数Lとを用いて寿命消費率S=U/Lを算出する。得られた寿命消費率Sのレベルに応じて寿命評価点SPを付与する。寿命消費率Sが低い(すなわち使用日数の少ない)ものは小さい寿命評価点SPを付与し、寿命消費率Sが高い(すなわち使用日数の多い)ものは大きい寿命評価点SPを付与する。本発明では寿命評価点SPの数値は特に限定せず、回転機器の仕様やその回転機器が配設される設備の稼動条件等に応じて適宜設定する。
【0015】
一方で、予め回転機器の故障を検知する度合(たとえば日常点検の頻度等)に応じて故障検知度評価点TPを付与しておく。故障の検知が容易なものは小さい故障検知度評価点TPを付与し、故障の検知が困難なものは大きい故障検知度評価点TPを付与する。したがって、全ての回転機器の故障検知度評価点TPは必ずしも同一ではない。たとえば熱間圧延設備では、粗圧延機,仕上げ圧延機,巻取り機,搬送コンベア等に配設される回転機器の故障検知度評価点TPをそれぞれ個別に設定する。
【0016】
そして当該回転機器の寿命評価点SPと故障検知度評価点TPとを用いて、故障発生リスク評価点RP=SP×TPを算出する。
また、予め回転機器の故障が発生した場合の経済的損失の度合(たとえば復旧作業に要する時間や費用等)に応じて経済リスク評価点EPを付与しておく。経済的損失が低いものは小さい経済リスク評価点EPを付与し、経済的損失が高いものは大きい経済リスク評価点EPを付与する。したがって、全ての回転機器の経済リスク評価点EPは必ずしも同一ではない。たとえば熱間圧延設備では、粗圧延機,仕上げ圧延機,巻取り機,搬送コンベア等に配設される回転機器の経済リスク評価点EPをそれぞれ個別に設定する。
【0017】
このようして得た故障発生リスク評価点RPと経済リスク評価点EPとに基づいて、当該回転機器の設備保全(すなわち補修あるいは更新)の必要性を判定する。その判定に用いるマトリックスの一例を図3に示す。当該回転機器の故障発生リスク評価点RPと経済リスク評価点EPがAの領域にあれば、故障発生のリスクと経済的なリスクがともに大きいので設備保全の対象と判定される。Bの領域では、故障を早期に発見するために重点的に点検を行なう対象と判定される。Cの領域では、通常通りの点検を行なう対象と判定される。
【0018】
なお、図3は判定基準の一例を示したものであり、本発明では判定基準を特に限定しない。判定基準は、回転機器の仕様やその回転機器が配設される設備の稼動条件等に応じて適宜設定する。たとえば熱間圧延設備では、粗圧延機,仕上げ圧延機,巻取り機,搬送コンベア等の判定基準をそれぞれ個別に設定する。
その他の回転機器についても同様にして、設備保全の必要性を判定する。そして、それらを相互に比較することによって、設備保全の対象とする回転機器を選択する。なお、選択された回転機器の補修を行なう、あるいは更新を行なう等の決定は、担当者が状況に応じて行なう。
【0019】
故障発生リスク評価点RPと経済リスク評価点EPとに基づいて得られる図3に示すようなマトリックス中に、回転機器が占める位置を表示する手段は、従来から知られている装置(たとえば紙に印刷する,画面に表示する等)を使用すれば良い。
以上に説明した回転機器の診断を定期的に行なうことによって、故障の発生を精度良く予測し、限られた人員によって設備の点検および設備保全を効率良く行なうことができ、回転機器の故障を未然に防止し、しかも設備保全作業の期間中に生産が停止することによる経済的な損失を最小に抑えることができる。
【0020】
また設備の稼動体制が変更されるような場合に、その生産計画から、回転機器の補修あるいは更新を行なう時期の変化を予測することも可能である。
【実施例】
【0021】
図1に示すような熱間圧延設備の各回転機器に荷重計を配設し、熱延コイルを製造する際の荷重を測定した。そして、所定の期間内に得られる繰返し荷重のデータを繰返し応力範囲Rangeに変換して、当該回転機器の応力振幅Amp=Range/2を求めた。
一方で、予め回転機器の応力振幅と寿命回転数との関係を示すマスターカーブを作成した。マスターカーブは、回転機器に用いられている鋼材の疲労試験データ等を用いて作成した。その一例を図2に示す。
【0022】
そのマスターカーブに当該回転機器の応力振幅を適用して、寿命回転数N(すなわち新品から故障発生に到るまでの回転数)を求めた。
次に、寿命回転数Nを用いて損傷度d=1/Nを算出した。その1日分の損傷度dを加算していき、累積損傷度D=Σdを算出した。さらに、D=1となる寿命日数Lを算出した。たとえば粗圧延機の回転機器の寿命日数Lは187ケ月と算出された。その寿命日数Lと当該回転機器の使用日数Uとを用いて寿命消費率S=U/Lを算出し、得られた寿命消費率Sのレベルに応じて寿命評価点SPを付与した。すなわち、寿命消費率Sの低いものをSp=1とし、寿命消費率Sの高いものをSP=5として、5段階に分類した。
【0023】
一方で、予め回転機器の故障を検知する度合に応じて故障検知度評価点TPを付与した。すなわち、故障の検知が容易なものをTP=1とし、故障の検知が困難なものをTP=4とし、4段階に分類した。
そして当該回転機器の寿命評価点SPと故障検知度評価点TPとを用いて、故障発生リスク評価点RP=SP×TPを算出した。
【0024】
また、予め回転機器の故障が発生した場合の経済的損失の度合に応じて経済リスク評価点EPを付与した。すなわち、経済的損失が低いものをEP=1とし、経済的損失が高いものをEP=8として、8段階に分類した。
このようして得た故障発生リスク評価点RPと経済リスク評価点EPとを用いて、図3に示すようなマトリックスから、当該回転機器の設備保全の必要性を判定した。
【0025】
その他の回転機器についても同様に、設備保全の必要性を判定した。そして、それらを相互に比較することによって、多数の回転機器の中から設備保全の対象とするものを選択した。
このようにして、限られた人員によって熱間圧延設備の点検および設備保全を効率良く行ない、回転機器の故障を未然に防止し、かつ設備保全作業の期間中の生産停止による経済的な損失を最小に抑えることができた。
【0026】
なお上記した各回転機器の荷重の測定から故障発生リスク評価点を算出するまでの演算、および故障発生リスク評価点と経済リスク評価点とに基づいて得られるマトリックス中に回転機器が占める位置の表示は、コンピューターで処理した。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】熱間圧延設備の例を模式的に示す配置図である。
【図2】マスターカーブの一例を示すグラフである。
【図3】経済リスク評価点と故障発生リスク評価点を表示する例を示す図である。
【符号の説明】
【0028】
1 鋼スラブ
2 粗圧延機
3 仕上げ圧延機
4 巻取り機


【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数の回転機器を備えた設備の各回転機器にセンサーを配設し、各センサーから得られるデータを繰返し応力範囲Rangeに変換して当該回転機器の応力振幅Amp=Range/2を求め、前記応力振幅Ampを予め設定したマスターカーブに適用して寿命回転数Nを求め、前記寿命回転数Nから損傷度d=1/Nを算出し、所定の日数の間に得られる前記損傷度dを累積して累積損傷度D=Σdを算出し、前記累積損傷度Dを用いてD=1となる寿命日数Lを算出し、次に、当該回転機器の使用日数Uと前記寿命日数Lとを用いて寿命消費率S=U/Lを算出し、前記寿命消費率Sのレベルに応じて寿命評価点SPを付与し、予め故障検知のレベルに応じて設定した故障検知度評価点TPと前記寿命評価点SPとを用いて故障発生リスク評価点RP=TP×SPを算出し、次いで、予め故障に起因する経済的損失のレベルに応じて設定した経済リスク評価点EPと前記故障発生リスク評価点RPとに基づいて、当該回転機器の補修あるいは更新の必要性を判定し、その他の回転機器についても同様に補修あるいは更新の必要性を判定し、相互に比較することによって補修あるいは更新を行なう回転機器を選択することを特徴とする回転機器の診断方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−107233(P2010−107233A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−276992(P2008−276992)
【出願日】平成20年10月28日(2008.10.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】