説明

固体高分子型燃料電池スタックの製造方法

【課題】固体高分子型燃料電池のスタックにおいて、セパレータを構成する金属基材の耐食性を確保しながら、トータル接触抵抗の低減を図る。
【解決手段】表面積が投影面積に対し2倍以上であり、かつ面粗さSRaが2μm以下である粗面化表面を持つステンレス鋼を基材とし、その基材の粗面化表面上に、導電性炭素粒子を熱硬化性樹脂によって固めた平均厚さ3〜50μmの導電塗膜を有するセパレータを用い、MEAとセパレータを交互に配置して積層構造とし、MEAの電極表面と、セパレータの導電塗膜表面の接触箇所における平均面圧が0.5〜5MPaとなるように当該積層構造を固定したのち、前記固定状態のまま各セパレータの導電塗膜が90〜200℃で10分以上保持されるように熱処理を施す固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のセルを持つ固体高分子型燃料電池スタックの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池においては、イオン交換膜である固体高分子膜と、その両側の電極(正極および負極)、および各電極に面するガス流路によって1つのセルが形成され、通常は豊富な起電力を得るために各セルをセパレータで隔離することによって積層した「スタック」の形態として利用される。電極およびイオン交換膜の部材としては一般に、イオン交換膜の両側にカーボンペーパーなどの電極シートを接合したMEA(膜・電極接合体;Membrane Electrode Assembly)が使用される。セパレータは各セルを隔離するとともに、隣り合うセルの正極と負極を電気的に接続する役割を有する。したがって、MEAの電極表面(例えばカーボンペーパー表面)とセパレータの表面は部分的に接触しているとともに、両者の間にはガスの流路となる空隙が設けられている。通常、セパレータの表面に複数の溝をつけることによりガス流路と電極との接触箇所が形成される。
【0003】
セパレータとしては、従来、カーボン製のものが各種実用化試験等に供されていたが、最近では振動や衝撃に強く、価格の安い金属材料を適用する開発が進められている。ただし、金属セパレータを適用するには腐食の問題をクリアする必要がある。すなわち、イオン交換膜としてフッ素樹脂などを用いた一般的な固体高分子型燃料電池ではイオン交換膜の分解によって酸性物質が発生し、これが金属セパレータを腐食させる大きな要因となる。金属セパレータが腐食するとセパレータ/電極間の接触抵抗が増大して電池出力が低下するだけでなく、腐食により溶出した金属イオンがイオン交換膜に侵入するとイオン伝導性が低下し、さらには、この金属イオンによりイオン交換膜の分解が促進されることもある。
【0004】
比較的安価な高耐食性材料としてステンレス鋼があるが、その耐食性は周知のとおり不動態皮膜によって確保されている。しかし、不動態皮膜は導電性に劣るため、ステンレス鋼をそのままセパレータに用いるとセパレータ/電極間の接触抵抗が増大してしまう。また、耐食性の高いステンレス鋼種を選択したとしても、酸性環境となる固体高分子型燃料電池の内部環境に曝した場合には必ずしも満足できる耐食性を示すとは限らない。一方、金、白金などの貴金属材料は良好な耐食性と導電性を呈するものの、高価であるため固体高分子型燃料電池の普及を図るためには採用し難い。
【0005】
そこで、ステンレス鋼の表面に導電性の被覆層を設ける手法が提案されている(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−345618号公報
【特許文献2】特開2001−283880号公報
【特許文献3】特許第3818723号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には、オーステナイト系ステンレス鋼の表面に厚さ3〜20μmのグラファイト(黒鉛)含有樹脂被覆層を形成したセパレータ材料が記載されている。この材料は、基材表面の強固な不動態皮膜が酸洗処理により除去されており、不動態皮膜に起因する接触抵抗は低減されていると考えられる。しかし、このセパレータ材料では被覆層の密着性を確保する上でグラファイトの含有量に制約を受け、結果的に、基材/被覆層の接触抵抗と、被覆層自体の電気抵抗と、被覆層/カーボン電極間の接触抵抗をすべて考慮に入れた抵抗(トータル接触抵抗)については、必ずしも満足できるレベルに低減できていない。つまり、被覆層を設けたことによりトータル接触抵抗は増大してしまう。
【0008】
特許文献2には、粗面化処理したステンレス鋼基材の表面にカーボン含有樹脂被覆層を形成させたセパレータ材料が記載されている。この場合、被覆層の密着性が改善される。しかし、その後の調査によれば、特許文献2の手法で作製した樹脂被覆ステンレス鋼材は、耐食性において必ずしも満足できる特性を有していないことがわかった。その原因として被覆層厚さが1μm程度と薄いことが考えられる。そこで、引用文献2の技術を利用して被覆層厚さを増大することを試みた。ところが、被覆層中のカーボン量が少ないこともあり、被覆層厚さを増大するとトータル接触抵抗も増大してしまった。
【0009】
これらの文献の技術を応用すれば、ステンレス鋼基材の表面を粗面化処理して被覆層の密着性を向上させ、かつ被覆層中のカーボン量を増大させることにより、被覆層厚さを厚くしたときのトータル接触抵抗の向上と、固体高分子型燃料電池環境での耐食性の改善を同時に実現することができるのではないかと考えられた。しかしながら、必ずしもその通りにはいかないことがわかった。
【0010】
本発明は、金属を基材とするセパレータと、カーボンペーパーなどの電極を持つ一般的なMEAとを組み合わせた固体高分子型燃料電池のスタックにおいて、セパレータを構成する金属基材の耐食性を確保しながら、トータル接触抵抗の低減を図る技術を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的は、MEA(膜・電極接合体)とセパレータを交互に配置して複数のセルを持つ固体高分子型燃料電池のスタックを構築するに際し、
MEAとして、イオン交換膜の表面に繊維状炭素で構成される電極シートを接合したものを用い、
セパレータとして、表面積が投影面積に対し2倍以上であり、かつ面粗さSRaが2μm以下である粗面化表面を持つステンレス鋼を基材とし、その基材の粗面化表面上に、導電性炭素粒子を熱硬化性樹脂で固めた平均厚さ3〜50μmの導電塗膜を有するものを用い、
MEAとセパレータを交互に配置して積層構造とし、MEAの電極表面と、セパレータの導電塗膜表面の接触箇所における平均面圧が0.5〜5MPaとなるように当該積層構造を固定したのち、前記固定状態のまま各セパレータの導電塗膜が90〜200℃で10分以上保持されるように熱処理を施す固体高分子型燃料電池スタックの製造方法によって達成される。
【0012】
ここで、基材の投影面積は、ステンレス鋼基材の板面に垂直な方向(鋼板の厚さ方向)から見た、ある測定領域(顕微鏡視野)の面積である。表面積が投影面積に対し2倍以上とは、その測定領域での実表面積が、測定領域の投影面積の2倍以上であることを意味する。面粗さSRaは、表面粗さ曲線をサインカーブで近似した際の中心面(基準面)における平均粗さ(三次元平均表面粗さ)を意味し、レーザー顕微鏡などを用いて得た各点の高さを測定し、それらの測定データについて三次元表面粗さ解析を行うことにより求められる。その測定領域は例えば1辺が40μm以上の矩形領域(例えば50μm×50μm)とすればよい。実表面積および面粗さSRaは、走査型共焦点レーザー顕微鏡を用いて測定される値が採用される。導電塗膜の平均厚さは、基材の粗面化表面における凹部に入り込んでいる被覆層部分も含めた平均厚さであり、塗布量と塗膜厚さの関係が判っていれば、基材表面の単位投影面積あたりの塗布量から導電塗膜の平均厚さを算出することができる。
【0013】
導電塗膜は、熱硬化性樹脂100質量部に対し導電性炭素粒子として黒鉛30〜300質量部を含有するものが好適であり、さらにカーボンブラックを100質量部以下の範囲で含有するものを採用しても構わない。導電塗膜の熱硬化性樹脂は例えばフェノール樹脂が挙げられる。基材の粗面化表面は、化学的除去手段により形成されたものが好ましい。前記熱処理は、各セルのガス流路に90〜200℃のガスを流すこと、あるいは各セルを前記固定状態のまま90〜200℃の雰囲気中に置くことによって行うことがができる。各セルを前記固定状態のまま90〜200℃の雰囲気中に置くとともに、各セルのガス流路に90〜200℃のガスを流してもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、セパレータ材料としてステンレス鋼を用いた固体高分子型燃料電池において、セパレータとMEAの間の接触抵抗を簡便な手法で顕著に低減することが可能となる。また、燃料電池内部の酸性環境において、ステンレス鋼の腐食も十分に防止することができる。したがって本発明は、固体高分子型燃料電池の普及に寄与しうる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の対象となるセパレータの表面付近の断面SEM写真。
【図2】カーボンペーパー表面のSEM写真。
【図3】熱処理後におけるセパレータと電極の炭素繊維との接触箇所の断面SEM写真。
【図4】熱処理温度と、セパレータ/電極間のトータル接触抵抗の関係を示したグラフ。
【図5】温度変動を6サイクル施した場合のトータル接触抵抗の経時変化を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
ステンレス鋼基材の表面に導電塗膜を形成したセパレータと、カーボンペーパーなどの繊維状炭素を用いた電極との間のトータル接触抵抗(セパレータ/電極間のトータル接触抵抗)は、「ステンレス鋼基材/導電塗膜の接触抵抗」、「導電塗膜の内部抵抗」および「導電塗膜/電極の接触抵抗」に大きく依存する。
【0017】
発明者らは詳細な検討の結果、以下の知見を得た。
(i)「ステンレス鋼基材/導電塗膜の接触抵抗」を低減するためには、ステンレス鋼基材の表面を特異な粗面化形態とすることが極めて効果的である。また、後述の熱処理を施すことが有効である。さらに、そのステンレス鋼の粗面化表面を覆う導電塗膜には、片状黒鉛などの粒子径の大きい導電性炭素粒子を多量に含有させることが有利となる。
(ii)「導電塗膜の内部抵抗」を低減するためには、塗膜中の導電性炭素粒子の含有量を多くすることが有効であり、特に片状黒鉛を含有させることが有利となる。
(iii)「導電塗膜/電極の接触抵抗」を低減するためには、塗膜中の導電性炭素粒子と、電極を構成する炭素繊維が十分に接触している状態を作り出すことが重要であり、そのためには後述の熱処理を施すことが極めて効果的である。特に、導電塗膜中に片状黒鉛を多量に含有させることが有利となる。
本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。以下、本発明を特定するための事項について説明する。
【0018】
〔ステンレス鋼基材〕
基材であるステンレス鋼の表面は特異な粗面化形態を有していることが必要である。種々検討の結果、表面積が投影面積に対し2倍以上であり、かつ面粗さSRaが2μm以下である粗面化表面としたとき、「ステンレス鋼基材/導電塗膜の接触抵抗」が顕著に低減する。そのメカニズムについては必ずしも明確ではないが、後述の面圧を付与した状態での熱処理によって塗膜の樹脂が変形し、その際、上記の特異な粗面化形態を有している場合には導電フィラーとステンレス鋼基材との接触機会が大幅に増大するのではないかと推察される。特に片状の黒鉛粒子を多量に配合した塗膜の場合、黒鉛粒子はカーボンブラックなど一般的に多用されている導電性炭素系フィラーと比べ粒子径が格段に大きく、形状が片状であることから、基材の粗面化表面における凸部と黒鉛粒子との接触機会が大幅に増大するものと考えられ、「ステンレス鋼基材/導電塗膜の接触抵抗」を低減する上で特に有効となる。
【0019】
ただし、基材の粗面化表面を構成するピットは過剰に大きくないことが重要である。具体的には面粗さSRaが2μmを超えて大きくなると、表面積が投影面積に対し2倍以上となるような基材の凹凸形態であっても、「ステンレス鋼基材/導電塗膜の接触抵抗」が十分に低下しない場合がある。その原因の1つとして、粗面化表面の凸部と導電フィラー粒子との接触箇所の数が減少することが考えられる。
【0020】
表面積の投影面積に対する大きさは2倍以上であることが必要であるが、塩化第二鉄水溶液中での交番電解処理(特許文献3参照)によれば、8倍近いものを作製することもできる。そのようなものでも「ステンレス鋼基材/導電塗膜の接触抵抗」の低減作用が得られることを確認している。したがって、表面積の投影面積に対する大きさは2〜8倍程度の範囲で調整すればよい。一方、面粗さSRaについては2μm以下に規定されるが、その下限は、表面積の投影面積に対する比率を2倍以上に規定することによって制約を受けるので、特に規定する必要はない。特に好ましいSRaの範囲は0.5〜2μmである。
【0021】
基材に用いるステンレス鋼としては、特段に耐食性を向上させた鋼種を適用する必要はない。「ステンレス鋼」とはJIS G0203:2000の番号4201に記載されるように、Cr含有量が10.5%以上の鋼であり、種々の鋼種が適用対象となる。オーステナイト系であればCr:10.5〜40質量%好ましくは11〜30質量%、Ni:5〜30質量%程度、フェライト系であればCr:10.5〜40質量%程度好ましくは15〜30質量%程度の鋼種を採用することができる。例えばJIS G4305:2005に規定される鋼種を例示すればオーステナイト系ではSUS304、SUS316、SUS310S等が挙げられ、フェライト系ではSUS430、SUS436L、SUS444、SUS445J1、SUS445J2、SUS447J1等が挙げられる。
【0022】
基材ステンレス鋼板の板厚は例えば0.1〜0.6mm程度のものが使用できる。セル内にガス流路を形成するために、波板状に加工した形状とされるのが一般的である。平板の状態で化学的除去手段による粗面化処理を施し、その後、所定の形状に成形加工すればよい。後述の塗膜を形成させるための塗装は、加工前の平板の状態で行ってもよいし(プレコート)、加工後に行ってもよい(ポストコート)。
【0023】
〔導電塗膜〕
上記ステンレス鋼基材の粗面化表面上に、導電性フィラーである炭素粒子が熱硬化性樹脂をバインダーとして固められている導電塗膜を形成することによって本発明に適用可能なセパレータが得られる。
【0024】
塗膜の構成材料である樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂が効果的である。熱硬化性樹脂は後述の熱処理において過度に軟化することがなく、熱処理後においてもセパレータ/電極間の面圧が十分に高く維持されるので、トータル接触抵抗の低減効果に優れる。フェノール樹脂やエポキシ樹脂は耐水性に優れるという点でも固体高分子型燃料電池の用途に適している。
【0025】
導電性炭素粒子としては、黒鉛粒子を使用することが望ましい。特に片状の黒鉛粒子であることが抵抗低減に効果的である。片状とすることで塗料を塗布した際に黒鉛粒子の広面(厚さ方向に垂直な平面)が基材表面に対して平行に近い角度で配向しやすく、塗膜中において個々の黒鉛粒子が重なった状態で並びやすくなるので、基材とMEAの間に面圧を付与したときに個々の黒鉛粒子の接触による導通が確保されやすくなる。片状黒鉛は、レーザー回折式粒度分布測定装置による平均粒子径D50が1〜20μmの片状黒鉛粉体を使用することが望ましい。このような片状黒鉛粉体は平均厚さが1〜5μm、平均直径(長径)が5〜100μm程度の粒子で構成されるものである。
【0026】
熱硬化性樹脂100質量部に対し黒鉛30質量部以上を配合させることが望ましく、45質量部以上配合させることがより好ましい。このように多量の黒鉛を熱硬化性樹脂で固めることによって、「導電塗膜の内部抵抗」を低く抑えることができる。また、「ステンレス鋼基材/導電塗膜の接触抵抗」および「導電塗膜/電極の接触抵抗」を低減するためにも有利となる。ただし、黒鉛の含有量が過剰に多くなると樹脂との混練性が低下するようになるので、黒鉛の含有量は塗料の調合が可能な範囲で調整する必要がある。例えば、熱硬化性樹脂100質量部に対する黒鉛配合量は300質量部以下とすることが望ましい。
【0027】
黒鉛以外の導電性炭素粒子としては、炭素繊維が利用できる。特に直径2〜20μm程度の炭素繊維を長さ5〜100μm程度に切断した短繊維を導電性炭素粒子として使用することができる。
【0028】
塗膜の導電性をより向上させるために、さらにカーボンブラックを含有させることが一層好ましい。その場合、熱硬化性樹脂100質量部に対しカーボンブラックを10質量部以上配合させることがより効果的であり、20質量部以上とすることが一層効果的である。ただし、過剰に含有させると混練性が低下し、均一な塗料を調製することが困難となるので、カーボンブラックを配合させる場合は熱硬化性樹脂100質量部に対し100質量部以下の範囲で行うことが望ましい。
【0029】
導電塗膜の平均厚さ(基材表面に形成した硬化塗膜の面圧付与前の平均厚さ)は3〜50μmとすることが望ましい。3μm未満では膜厚中に含まれる黒鉛の数が減少し、また、加熱による塗膜の変形が起こりにくくなることでトータル接触抵抗が低下しにくくなる。また、耐食性も低下する。50μmを超えると後述の加圧下での熱処理において塗膜の変形が大きくなって面圧低下を招きやすい。その場合、トータル接触抵抗の低減効果が小さくなる。
【0030】
図1に、本発明の対象となるセパレータの表面付近の断面SEM写真を例示する。この例は、表面積が投影面積に対し約5.5倍であり、かつ面粗さSRaが1.1μmである粗面化表面を持つSUS445J1の基材表面に、フェノール樹脂100質量部に対し、片状黒鉛粉体を110質量部配合させ、さらにカーボンブラックを40質量部配合させた導電塗膜を形成させたものである。黒鉛粒子(塗膜中で明るく見える部分)は、その広面(厚さ方向に垂直な平面)が基材表面に対して平行に近い角度となるように配向している様子がわかる。
【0031】
〔MEA〕
MEA(膜・電極接合体;Membrane Electrode Assembly)は、工業用材料として市販されている種々のものが適用できるが、その表面にカーボンペーパーなど、炭素繊維で構成されるシート状電極を有するものが好適である。
【0032】
図2に、カーボンペーパー表面のSEM写真を例示する。カーボンペーパーは炭素繊維で構成されており、空隙率が例えば80%程度と高い。このため、セパレータ塗膜面と接触させたときには、炭素繊維と導電塗膜との接触点における接触圧力が高まり、接触抵抗の低減に有利となる。
【0033】
〔スタック〕
固体高分子型燃料電池スタックの構成部材であるセパレータとしては、前記の粗面化ステンレス鋼板の表面に前記導電塗膜を形成させたものを使用する。1枚の波板状ステンレス鋼基材の両面に導電塗膜を有するタイプのセパレータや、2枚の波板状ステンレス鋼基材を溶接、ろう付け、プレス等により張り合わせて内部に冷却水流路を設け、両側の外面に導電塗膜を有するようにしたタイプのセパレータを適用することができる。MEAとセパレータを交互に配置して積層構造とする。積層構造の両端部には通常、セパレータと同様構造の集電体が配置される。両端の集電体の間に圧縮荷重を付与し、各MEAとセパレータの接触箇所における平均面圧が0.5〜5MPaとなる状態で積層構造を固定することにより、固体高分子型燃料電池のスタックが構築される。実際に使用される際の面圧が付与されていればよいが、平均面圧が低すぎると接触抵抗が大きくなる。逆に平均面圧が高すぎるとMEAやセパレータが不用意に変形して所定の構造が維持できなくなる場合がある。特にMEAの電極にカーボンペーパーを使用した場合には、カーボンペーパーの組織構造が座屈して、導電塗膜との接触抵抗が十分に改善されない場合がある。平均面圧は1〜3MPaの範囲とすることがより好ましい。
【0034】
〔熱処理〕
本発明では、各MEAとセパレータの接触箇所における平均面圧が0.5〜5MPaとなるように固定された状態のスタックに対して、各セパレータの導電塗膜が90〜200℃で10分以上保持されるように熱処理を施す。発明者らは、この熱処理によって、セパレータ/電極間のトータル接触抵抗が顕著に低減し、その後の使用においても、低い接触抵抗が維持されることを見出した。通常、固体高分子型燃料電池の使用温度(ガス温度)は20〜90℃程度に設定されることが多いが、イオン交換膜の種類によってはさらに高温に設定することも可能と考えられる。実際の使用温度が90〜200℃の間にある場合は、実際の使用における初期の加熱を熱処理として利用しても構わない。この熱処理によってトータル接触抵抗が顕著に低減するメカニズムについては現時点で不明な点も多いが、導電塗膜の樹脂が加圧下での加熱によって少し変形し、導電フィラーである導電性炭素粒子、特に粒径の大きい片状黒鉛やカーボン短繊維が、基材、電極(カーボンペーパーの場合は炭素繊維)および隣接する導電性炭素粒子に対して一層接触しやすい状態に再配向することが要因になっているのではないかと推察される。
【0035】
熱処理温度が90℃未満では、再配向の程度が不十分となりやすいと考えられ、実際にトータル接触抵抗の低減効果は小さい。一方、200℃を超える高温に加熱するとイオン交換膜が劣化しやすい。また、90〜200℃の間に保持する時間が10分未満では、再配向の途上で抵抗低減の余地を大きく残したまま熱処理が終了してしまう場合が多くなり好ましくない。通常、10分〜3時間の範囲で最適時間を見出すことができる。0.5〜2時間の範囲で設定しても構わない。
【0036】
図3に、熱処理後におけるセパレータと電極の炭素繊維との接触箇所の断面SEM写真を例示する。ステンレス鋼基材(SUS445J1)の粗面化表面および電極の炭素繊維と、導電塗膜とが、加圧力を受けてタイトに接触していることがわかる。
【0037】
熱処理の加熱は、スタック全体を加熱炉に装入して行ってもよいし、実際の固体高分子型燃料電池の発電システムを構築した後に、初期の段階で各セルのガス流路に90〜200℃のガスを流すことによって行ってもよい。この熱処理を受けたスタックは、解体されることなく、そのまま固体高分子型燃料電池システムに適用される。
【実施例】
【0038】
固体高分子型燃料電池スタックにおけるセパレータとMEAの接触構造を模擬して、「ステンレス鋼基材/導電塗膜/カーボンペーパー」からなる接触構造を形成し、熱処理によるトータル接触抵抗の低減効果を調べた実験例を示す。
【0039】
基材用のステンレス鋼板として以下の化学組成を有するSUS445J1の板厚0.2mm、No.2D仕上材を用意し、これに下記の条件で電解粗面化処理を行うことによって面積が投影面積に対し約6.2倍であり、かつ面粗さSRaが1.1μmである粗面化表面を有するステンレス鋼基板を用意した。
〔化学組成〕
質量%で、C:0.006%、Si:0.24%、Mn:0.19%、Ni:0.14%、Cr:21.94%、P:0.034%、S:0.001%、Cu:0.07%、Mo:1.12%、残部Feおよび不可避的不純物
〔電解粗面化処理条件〕
12質量%FeCl3水溶液、50℃、アノード電流密度3.0kA/m2、カソード電流密度0.5kA/m2、交番電解サイクル2.5Hz、処理時間60秒
【0040】
導電塗料として以下のものを調合し、これをバーコーター法にて前記基材の粗面化表面上に塗布し、150℃で30分間加熱することにより樹脂を硬化させることにより硬化後の平均塗膜厚さが15μmの塗膜を形成し、セパレータ試料とした。
〔導電塗料〕
樹脂; フェノール樹脂
導電性炭素粒子;
・片状黒鉛:レーザー回折式粒度分布測定装置による平均粒子径D50:5μm
・カーボンブラック:ケッチェン・ブラック・インターナショナル(株)製、商品名「ケッチェンブラックEC」
配合; 樹脂100質量部に対し、片状黒鉛110質量部、およびカーボンブラック40質量部
【0041】
一方、電極材料としてカーボンペーパー(東レ(株)製;TGP−H−120)を用意した。
前記セパレータ試料から直径50mmの円板を切り出し、導電塗膜の表面にカーボンペーパー載せて、平均面圧が1MPaとなるように圧縮荷重を付与した状態で、基材とカーボンペーパーの間に電流密度0.3A/cm2の直流電流を流した状態で、80〜130℃の種々の温度に設定した炉中に装入し、4端子法にて基材とカーボンペーパーの間の電位差をモニターすることにより、接触抵抗(mΩ・cm2)の変化を調べた。
【0042】
図4に、所定温度における保持時間が10分経過時点および24時間経過時点のトータル接触抵抗を示す。この接触抵抗値が10mΩ・cm2以下であれば固体高分子型燃料電池スタックとして実用的な性能が得られると評価される。図4からわかるように、熱処理によって接触抵抗が低減し、特に90℃以上で10分以上加熱すると安定して10mΩ・cm2以下の接触抵抗が得られるようになる。
なお、粗面化表面を有していないステンレス鋼基材を用いた場合には、前記各熱処理条件において、10mΩ・cm2以下の接触抵抗を得ることができなかった。
【0043】
図5に、上記の加熱方法にて温度変動を6サイクル施した場合のトータル接触抵抗の経時変化を示す。温度変動パターンの下限温度は25℃、上限温度は80〜130℃の種々の温度である。図5からわかるように、熱処理の初期の段階で接触抵抗は急激に低下し、その後は温度変動を繰り返しても、接触抵抗は低い状態に保たれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MEA(膜・電極接合体)とセパレータを交互に配置して複数のセルを持つ固体高分子型燃料電池のスタックを構築するに際し、
MEAとして、イオン交換膜の表面に繊維状炭素で構成される電極シートを接合したものを用い、
セパレータとして、表面積が投影面積に対し2倍以上であり、かつ面粗さSRaが2μm以下である粗面化表面を持つステンレス鋼を基材とし、その基材の粗面化表面上に、導電性炭素粒子を熱硬化性樹脂によって固めた平均厚さ3〜50μmの導電塗膜を有するものを用い、
MEAとセパレータを交互に配置して積層構造とし、MEAの電極表面と、セパレータの導電塗膜表面の接触箇所における平均面圧が0.5〜5MPaとなるように当該積層構造を固定したのち、前記固定状態のまま各セパレータの導電塗膜が90〜200℃で10分以上保持されるように熱処理を施す固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。
【請求項2】
導電塗膜は、熱硬化性樹脂100質量部に対し導電性炭素粒子として黒鉛30〜300質量部を含有するものである請求項1に記載の固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。
【請求項3】
導電塗膜は、導電性炭素粒子としてさらにカーボンブラックを100質量部以下の範囲で含有するものである請求項2に記載の固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。
【請求項4】
導電塗膜の熱硬化性樹脂はフェノール樹脂である請求項1〜3のいずれかに記載の固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。
【請求項5】
基材の粗面化表面は、化学的除去手段により形成されたものである請求項1〜4のいずれかに記載の固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。
【請求項6】
前記熱処理は、各セルのガス流路に90〜200℃のガスを流すことによって行う請求項1〜5のいずれかに記載の固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。
【請求項7】
前記熱処理は、各セルを前記固定状態のまま90〜200℃の雰囲気中に置くことによって行う請求項1〜5のいずれかに記載の固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。
【請求項8】
前記熱処理は、各セルを前記固定状態のまま90〜200℃の雰囲気中に置くとともに、各セルのガス流路に90〜200℃のガスを流すことによって行う請求項1〜5のいずれかに記載の固体高分子型燃料電池スタックの製造方法。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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