説明

固体高分子電解質膜の製造方法、固体高分子電解質膜、固体高分子形燃料電池用膜電極組立体および固体高分子形燃料電池

【課題】乾湿サイクルや凍結・解凍サイクルに対する耐久性が一層向上する補強された高分子電解質膜の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明による補強された固体高分子電解質膜の製造方法は、高分子電解質前駆体を、溶媒不存在下、(1)シート状多孔質補強材の融点より高い温度においてシート状多孔質補強材に含浸させ、または(2)シート状多孔質補強材の融点より低い第1の温度においてシート状多孔質補強材に含浸させた後、シート状多孔質補強材の融点より高い第2の温度において熱処理し、その後高分子電解質前駆体を加水分解することにより高分子電解質へ転化することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質膜の製造方法、固体高分子電解質膜、固体高分子形燃料電池用膜電極組立体および固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高効率のエネルギー変換装置として、燃料電池が注目を集めている。燃料電池は、用いる電解質の種類により、アルカリ形、固体高分子形、リン酸形等の低温作動燃料電池と、溶融炭酸塩形、固体酸化物形等の高温作動燃料電池とに大別される。これらのうち、電解質としてイオン伝導性を有する高分子電解質膜を用いる固体高分子形燃料電池(PEFC)は、コンパクトな構造で高出力密度が得られ、しかも液体を電解質に用いないこと、低温で運転することが可能なこと等により簡易なシステムで実現できるため、定置用、車両用、携帯用等の電源として注目されている。
【0003】
固体高分子形燃料電池は、高分子電解質膜の両面にガス拡散性の電極層を配置し、そのアノード側を燃料ガス(水素等)に、カソード側を酸化剤ガス(空気等)に暴露し、高分子電解質膜を介した化学反応により水を合成し、これによって生じる反応エネルギーを電気的に取り出すことを基本原理としている。ここで高分子電解質膜は、抵抗に大きな影響を及ぼすため、膜厚のより薄いものが求められる。一方で、高分子電解質膜を薄くしすぎると、ピンホールのような欠陥が生じる、膜が破損する等、高分子電解質膜の電子絶縁性およびガス不透過性を損なうおそれがでてくる。
【0004】
高分子電解質膜の化学的および機械的安定性を高めるため、高分子電解質膜を延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)で補強する技術が知られている(特許文献1)。特許文献1によると、イオン交換材料の溶液を延伸多孔質PTFEに含浸させた後溶媒を除去することにより、延伸多孔質PTFEの孔内をイオン交換材料で閉塞させた複合膜の形で補強された高分子電解質膜が提供される。
【0005】
また、高分子電解質膜の薄膜化、高耐久化を実現するため、高分子電解質前駆体を延伸多孔質補強材に溶融含浸させた後に該前駆体を高分子電解質へ転化する技術が知られている(特許文献2)。特許文献2によると、溶媒を使用せずに、溶融粘度の規制された高分子電解質前駆体を多孔質補強材に溶融含浸させることにより、高度に空孔に電解質が含浸複合された補強型高分子電解質膜が提供される。
【0006】
【特許文献1】特表平11−501964号公報
【特許文献2】特開2005−327500号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1または2に記載の補強された高分子電解質膜は、主として固体高分子形燃料電池に使用することが意図されている。固体高分子形燃料電池に使用される高分子電解質膜は、運転時には湿潤状態に、停止時には比較的乾燥状態になることから、運転・停止の繰り返しに起因する乾湿サイクルに応じて高分子電解質膜が膨潤・収縮を繰り返す。また、寒冷地で使用される固体高分子形燃料電池の場合、運転停止時に凍結することに起因する凍結・解凍サイクルに応じて高分子電解質膜が変形を繰り返すこともある。このような乾湿サイクルや凍結・解凍サイクルに対し、特許文献1または2に記載の方法で補強された高分子電解質膜では、耐久性が未だ不十分であることが分かった。
【0008】
したがって、本発明の目的は、乾湿サイクルや凍結・解凍サイクルに対する耐久性が一層向上する補強された高分子電解質膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によると、
(1)シート状多孔質補強材と高分子電解質前駆体とを用意する工程、
該高分子電解質前駆体を、溶媒不存在下、該シート状多孔質補強材の融点より高いがその熱分解温度より低い温度において該シート状多孔質補強材に含浸させることにより、該高分子電解質前駆体の少なくとも一部が該シート状多孔質補強材に含浸複合化された複合膜を得る工程、および
該高分子電解質前駆体を加水分解することにより高分子電解質へ転化する工程
を含んでなる、補強された固体高分子電解質膜の製造方法;
(2)シート状多孔質補強材と高分子電解質前駆体とを用意する工程、
該高分子電解質前駆体を、溶媒不存在下、該シート状多孔質補強材の融点より低い第1の温度において該シート状多孔質補強材に含浸させることにより、該高分子電解質前駆体の少なくとも一部が該シート状多孔質補強材に含浸複合化された複合膜を得る工程、
該複合膜を、該シート状多孔質補強材の融点より高いがその熱分解温度より低い第2の温度において熱処理する工程、および
該高分子電解質前駆体を加水分解することにより高分子電解質へ転化する工程
を含んでなる、補強された固体高分子電解質膜の製造方法;
(3)該補強された固体高分子電解質膜における該シート状多孔質補強材と該高分子電解質との間の剥離強度が2N/cm以上である、(1)または(2)に記載の方法;
(4)該熱分解温度より低い温度または該第2の温度が300℃以上である、(1)〜(3)のいずれか1項に記載の方法;
(5)該高分子電解質前駆体が、下記一般式(1)で表される重合体を含む、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の方法;
【0010】
【化1】

(上式中、a:b=1:1〜9:1、a+b=100以上、m=2〜6、n=0、1、2)
【0011】
(6)前記一般式(1)において、m=2である、(5)に記載の方法;
(7)該シート状多孔質補強材が延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンである、(1)〜(6)のいずれか1項に記載の方法;
(8)(1)〜(7)のいずれか1項に記載の方法により製造された、固体高分子電解質膜;
(9)(8)に記載の固体高分子電解質膜の両面に電極層を組み合わせてなる、固体高分子形燃料電池用膜電極組立体;ならびに
(10)(9)に記載の膜電極組立体を含む、固体高分子形燃料電池
が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、特に多孔質補強材の融点より高い温度で高分子電解質前駆体の含浸処理または含浸複合膜の熱処理を施したことにより、高分子電解質と多孔質補強材との間の密着性が、そのはく離強度が示すように、従来法と比べて顕著に高くなる。このため、本発明により補強された固体高分子電解質膜は、乾湿サイクルや凍結・解凍サイクルに対する耐久性が飛躍的に向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の第1の態様による補強された固体高分子電解質膜の製造方法は、シート状多孔質補強材と高分子電解質前駆体とを用意する工程、該高分子電解質前駆体を、溶媒不存在下、該シート状多孔質補強材の融点より高いがその熱分解温度より低い温度において該シート状多孔質補強材に含浸させることにより、該高分子電解質前駆体の少なくとも一部が該シート状多孔質補強材に含浸複合化された複合膜を得る工程、および該高分子電解質前駆体を加水分解することにより高分子電解質へ転化する工程を含んでなる。
【0014】
シート状多孔質補強材としては、本発明の方法により固体高分子電解質膜を補強することができ、かつ、その個別具体的な用途において発揮すべき作用効果を損なわない材料が用いられる。また、シート状多孔質補強材としては、その熱分解温度が、一般に400℃以上、好ましくは450℃以上であるものを使用することが好ましい。また、シート状多孔質補強材としては、その融点が、一般に380℃以下、好ましくは330℃以下であるものを使用することが好ましい。本願明細書において、シート状多孔質補強材の融点とは、示差走査熱量計(DSC)測定における吸熱ピークの温度をいい、吸熱ピークが複数現れる材料の場合には、昇温過程で最初に現れるピーク温度であると定義する。例えば、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)はDSC測定において327℃付近と340℃付近に吸熱ピークを有する。したがって、延伸多孔質PTFEを含むシート状多孔質補強材の融点は約327℃となる。
【0015】
本発明により得られる補強された固体高分子電解質膜を固体高分子形燃料電池に用いる場合、シート状多孔質補強材として延伸多孔質PTFEを用いることが好ましい。延伸多孔質PTFEとしては、空孔率が35%以上、好ましくは50〜97%であるものを用いることが好ましい。空孔率が35%未満であると、高分子電解質の含浸量が少なくなることにより、例えば固体高分子形燃料電池用途では発電性能が不十分となる。反対に、空孔率が97%を超えると、固体高分子電解質膜の補強効果が不十分となる。延伸多孔質PTFEの平均孔径は、一般に0.01〜50μm、好ましくは0.05〜15μm、より好ましくは0.1〜3μmの範囲内である。平均孔径が0.01μm未満であると、高分子電解質前駆体の溶融含浸が困難となる。反対に、平均孔径が50μmを超えると、固体高分子電解質膜の補強効果が不十分となる。また、延伸多孔質PTFEの膜厚は、一般に1〜30μm、好ましくは2〜20μmの範囲内である。本発明によるシート状多孔質補強材として用いるのに特に好ましい延伸多孔質PTFEは、ジャパンゴアテックス株式会社よりで市販されている。
【0016】
高分子電解質前駆体としては、上記シート状多孔質補強材の熱分解温度より低い温度で溶融し、該補強材に含浸する材料が用いられる。具体的には、高分子電解質前駆体としては、その溶融温度が、一般に100〜300℃、好ましくは100〜250℃の範囲内にあるものであって、個別具体的に採用する上記シート状多孔質補強材の熱分解温度より低い温度で溶融するものを用いることが好ましい。本願明細書において、高分子電解質膜の溶融温度とは、一定のせん断速度、例えば10s−1を加えながら昇温したときに流れだす温度とする。具体的には、せん断速度10s−1を加えたときの溶融粘度が9,000〜10,000Pa・sの範囲内となる温度である。また、含浸を首尾よく進行させるためには、一般に、含浸温度において、高分子電解質前駆体の溶融粘度がせん断速度10s−1で2,000〜12,000Pa・sの範囲内にあることが好ましい。上記溶融粘度が2,000Pa・s未満であると、粘度が低すぎて均一な膜が得られない。反対に、上記溶融粘度が12,000Pa・sを超えると、シート状多孔質補強材への含浸が不十分となる。好適な溶融粘度は、個別具体的に採用するシート状多孔質補強材の空孔率や平均孔径によって異なるが、当業者であれば、上記範囲内において適宜設定することができる。また、含浸に際して高分子電解質前駆体を膜として適用する場合には、一般に厚さ2〜50μmの膜を用意すればよい。
特に好ましい高分子電解質前駆体として、下記一般式(1)で表される重合体を含むものが挙げられる。
【0017】
【化2】

(上式中、a:b=1:1〜9:1、a+b=100以上、m=2〜6、n=0、1、2)
【0018】
上記一般式(1)で表される高分子電解質前駆体は、側鎖末端のスルホニルフルオライド基(−SOF)がアルカリ加水分解され、さらに酸で中和されてスルホン酸基(−SOH)になることにより、高分子電解質へ転化される。
【0019】
本発明による方法は、高分子電解質前駆体を直接溶融してシート状多孔質補強材に含浸させるので、高分子電解質前駆体を溶液にするための溶媒を一切用いない。溶媒を使用して含浸させた場合には、その溶媒を除去する際に高分子電解質前駆体と多孔質補強材との間にミクロな空隙が生じるため、得られる固体高分子電解質膜における高分子電解質と多孔質補強材との間の密着性が損なわれる。
【0020】
本発明の第1の態様によると、高分子電解質前駆体を、溶媒不存在下、シート状多孔質補強材の融点より高いがシート状多孔質補強材の熱分解温度より低い温度において、シート状多孔質補強材に含浸させる。含浸に際しては、予め成膜しておいた高分子電解質前駆体の膜をシート状多孔質補強材と重ね合わせて所定の温度に加熱することができる。また、重ね合わせた高分子電解質前駆体膜とシート状多孔質補強材に、例えばホットプレスで圧力をかけながら加熱することにより含浸を促進することもできる。別法として、例えばホットメルトアプリケータにより所定の温度で高分子電解質前駆体をシート状多孔質補強材上に成膜すると同時に含浸させてもよい。さらに、含浸に際して、シート状多孔質補強材に減圧または真空を適用することにより含浸を促進することができる。重ね合わせる高分子電解質前駆体膜とシート状多孔質補強材の枚数に制限はない。高分子電解質前駆体膜とシート状多孔質補強材を各1枚ずつ重ねて含浸させ、その後さらに高分子電解質前駆体膜および/またはシート状多孔質補強材を重ねて含浸を繰り返すことができる。また、高分子電解質前駆体膜とシート状多孔質補強材のいずれか一方または双方を一度に複数枚重ねて含浸させることもできる。
【0021】
本発明の第1の態様によると、高分子電解質前駆体をシート状多孔質補強材に含浸させる際の温度を、シート状多孔質補強材が熱分解しない範囲において、シート状多孔質補強材の融点より高い温度とする。シート状多孔質補強材の融点より高い温度において高分子電解質前駆体を含浸させることにより、得られる高分子電解質と多孔質補強材との間の密着性が顕著に向上する。特定の理論に拘束されるものではないが、含浸時に多孔質補強材が溶融することにより高分子電解質前駆体のポリマー鎖と多孔質補強材のポリマー鎖が分子レベルで絡み合うためであると考えられる。本発明の第1の態様における含浸温度は、上述したように、シート状多孔質補強材の熱分解温度および融点ならびに高分子電解質前駆体の溶融温度の兼ね合いで決まるが、少なくとも300℃、好ましくは330℃以上、より好ましくは340℃以上である。また、含浸処理に要する時間は、個別具体的な多孔質補強材の膜厚、空孔率、平均孔径等の特性、高分子電解質前駆体の溶融粘度等の物性、含浸温度等にもよるが、一般には5〜30分の範囲内で十分である。
【0022】
本発明の第1の態様によると、上述のように高分子電解質前駆体をシート状多孔質補強材に含浸させることにより、高分子電解質前駆体の少なくとも一部がシート状多孔質補強材に含浸複合化された複合膜が得られる。少なくとも一部とは、高分子電解質前駆体膜の片面側または両面側においてその膜厚の一部のみが多孔質補強材と複合化することにより高分子電解質前駆体膜において複合化されていない部分が残存している場合と、高分子電解質前駆体の膜厚の全部が多孔質補強材と複合化する場合とを包含することを意図する。なお、本発明による方法では、含浸に際して溶媒を一切使用しないため、含浸複合化された複合膜を乾燥処理する必要がない。
【0023】
本発明によると、得られた複合膜における高分子電解質前駆体を、加水分解することにより高分子電解質へ転化する。高分子電解質前駆体の加水分解には、周知の方法を採用すればよい。一般には、複合膜を、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等のアルカリの水溶液で処理し、その後さらに塩酸、硫酸、硝酸等の酸の水溶液で処理すればよい。上記一般式(1)で表される高分子電解質前駆体の場合、加水分解により側鎖末端のスルホニルフルオライド基(−SOF)がスルホン酸基(−SOH)に変換される。このように転化された固体高分子電解質は、当量重量EW(スルホン酸基1個当たりの分子量)で表されるイオン交換容量が600〜1100g/eq、好ましくは700〜1000g/eqの範囲内にあることが好ましい。また、任意ではあるが、高分子電解質前駆体に対する加水分解処理液の浸透性を高めるため、ジメチルスルホキシド等の有機溶媒を加水分解処理液へ添加してもよい。
【0024】
本発明の第2の態様による補強された固体高分子電解質膜の製造方法は、シート状多孔質補強材と高分子電解質前駆体とを用意する工程、該高分子電解質前駆体を、溶媒不存在下、該シート状多孔質補強材の融点より低い第1の温度において該シート状多孔質補強材に含浸させることにより、該高分子電解質前駆体の少なくとも一部が該シート状多孔質補強材に含浸複合化された複合膜を得る工程、該複合膜を、該シート状多孔質補強材の融点より高いがその熱分解温度より低い第2の温度において熱処理する工程、および該高分子電解質前駆体を加水分解することにより高分子電解質へ転化する工程を含んでなる。
【0025】
上述した本発明の第1の態様との相違点は、シート状多孔質補強材の融点より高い温度において該シート状多孔質補強材に含浸させる工程を、シート状多孔質補強材の融点より低い第1の温度においてシート状多孔質補強材に含浸させる工程と、得られた複合膜を、シート状多孔質補強材の融点より高い第2の温度において熱処理する工程とに分けたことにある。換言すれば、本発明の第1の態様は含浸工程と熱処理工程を同時に実施するものである。本発明の第2の態様により含浸工程と熱処理工程を分けて実施することにより、含浸後の膜厚の均一性がより高くなる点で有利である。
【0026】
本発明の第2の態様における含浸温度は、シート状多孔質補強材の融点と高分子電解質前駆体の溶融温度との間の温度であり、一般に150〜250℃、好ましくは170〜230℃の範囲内である。また、含浸処理に要する時間は、個別具体的な多孔質補強材の膜厚、空孔率、平均孔径等の特性、高分子電解質前駆体の溶融粘度等の物性、含浸温度等にもよるが、一般には5〜30分の範囲内で十分である。本発明の第2の態様によると、上述のように高分子電解質前駆体をシート状多孔質補強材に含浸させることにより、高分子電解質前駆体の少なくとも一部がシート状多孔質補強材に含浸複合化された複合膜が得られる。
【0027】
本発明の第2の態様によると、得られた複合膜を、シート状多孔質補強材の融点より高いが該熱分解温度より低い第2の温度において熱処理する。シート状多孔質補強材の融点より高い温度において高分子電解質前駆体を熱処理することにより、得られる高分子電解質と多孔質補強材との間の密着性が顕著に向上する。本発明の第2の態様における熱処理温度は、本発明の第1の態様と同様、シート状多孔質補強材の熱分解温度および融点ならびに高分子電解質前駆体の溶融温度の兼ね合いで決まり、少なくとも300℃、好ましくは330℃以上、より好ましくは340℃以上である。また、熱処理処理に要する時間は、個別具体的な多孔質補強材の膜厚、空孔率、平均孔径等の特性、高分子電解質前駆体の溶融粘度等の物性、熱処理温度等にもよるが、一般には5〜15分の範囲内で十分である。その他、シート状多孔質補強材、高分子電解質前駆体、加水分解処理等については、本発明の第1の態様において説明したとおりである。
【0028】
本発明の第1または第2の態様により得られた固体高分子電解質の両面に電極層を組み合わせることにより、固体高分子形燃料電池用膜電極組立体を構成することができる。本発明による膜電極組立体に用いられる電極層は、触媒粒子とイオン交換樹脂を含むものであれば特に限定はされず、従来公知のものを使用することができる。触媒は、通常、触媒粒子を担持した導電材からなる。触媒粒子としては、水素の酸化反応あるいは酸素の還元反応に触媒作用を有するものであればよく、白金(Pt)その他の貴金属のほか、鉄、クロム、ニッケル等、およびこれらの合金を用いることができる。導電材としては炭素系粒子、例えばカーボンブラック、活性炭、黒鉛等が好適であり、特に微粉末状粒子が好適に用いられる。代表的には、表面積20m/g以上のカーボンブラック粒子に、貴金属粒子、例えばPt粒子またはPtと他の金属との合金粒子を担持したものがある。特に、アノード用触媒については、Ptは一酸化炭素(CO)の被毒に弱いため、メタノールのようにCOを含む燃料を使用する場合には、Ptとルテニウム(Ru)との合金粒子を用いることが好ましい。電極層中のイオン交換樹脂は、触媒を支持し、電極層を形成するバインダーとなる材料であり、触媒によって生じたイオン等が移動するための通路を形成する役割をもつ。このようなイオン交換樹脂としては、先に高分子電解質膜に関連して説明したものと同様のものを用いることができる。アノード側では水素やメタノール等の燃料ガス、カソード側では酸素や空気等の酸化剤ガスが触媒とできるだけ多く接触することができるように、電極層は多孔性であることが好ましい。また、電極層中に含まれる触媒量は、0.01〜1mg/cm、好ましくは0.1〜0.5mg/cmの範囲内にあることが好適である。電極層の厚さは、一般に1〜20μm、好ましくは5〜15μmの範囲内にあることが好適である。
【0029】
固体高分子形燃料電池に用いられる膜電極組立体には、さらにガス拡散層が組み合わされる。ガス拡散層は、導電性および通気性を有するシート材料である。代表例として、カーボンペーパー、カーボン織布、カーボン不織布、カーボンフェルト等の通気性導電性基材に撥水処理を施したものが挙げられる。また、炭素系粒子とフッ素系樹脂から得られた多孔性シートを用いることもできる。例えば、カーボンブラックを、ポリテトラフルオロエチレンをバインダーとしてシート化して得られた多孔性シートを用いることができる。ガス拡散層の厚さは、一般に50〜500μm、好ましくは100〜200μmの範囲内にあることが好適である。
【0030】
電極層とガス拡散層と高分子電解質膜とを接合することにより膜電極接合体または膜電極接合前駆体シートを作製する。接合方法としては、高分子電解質膜を損なうことなく接触抵抗が低い緻密な接合が達成されるものであれば、従来公知のいずれの方法でも採用することができる。接合に際しては、まず電極層とガス拡散層を組み合わせてアノード電極またはカソード電極を形成した後、これらを高分子電解質膜に接合することができる。例えば、適当な溶媒を用いて触媒粒子とイオン交換樹脂を含む電極層形成用コーティング液を調製してガス拡散層用シート材料に塗工することによりアノード電極またはカソード電極を形成し、これらを高分子電解質膜にホットプレスで接合することができる。また、電極層を高分子電解質膜と組み合わせた後に、その電極層側にガス拡散層を組み合わせてもよい。電極層と高分子電解質膜とを組み合わせる際には、スクリーン印刷法、スプレー塗布法、デカール法等、従来公知の方法を採用すればよい。
【0031】
上述のようにして得られた膜電極組立体を、従来公知の方法に従い、そのアノード側とカソード側が所定の側にくるようにセパレータ板および冷却部と交互に10〜100セル積層することにより固体高分子形燃料電池スタックを組み立てることができる。また、本発明による固体高分子形燃料電池は、燃料にメタノールを使用する所謂ダイレクトメタノール形燃料電池として使用することも可能である。
【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
【0033】
試験方法
1)引っ張り試験
引張試験機(SHIMADZU製AUTOGRAPH AG−I)を用いて、引張速度50mm/秒ではく離強度を計測した。
2)凍結/解凍サイクル試験
水1Lを含有する1L容のポリプロピレン製瓶に試料片(15cm×15cm)を入れて密閉し、ESPEC製恒温恒湿槽SH−220において−30℃と100℃を各1時間ずつ保持することを1サイクルとし、25サイクル毎に試料を取り出してはく離の有無を目視で確認した。
【0034】
実施例1
イオン交換容量IECが0.9meq/gの高分子電解質前駆体(デュポン株式会社製Nafion(登録商標)ResinR−1100)をホットプレス法により180℃で厚さ300μmに成膜した。得られた高分子電解質前駆体膜をロール押出し機により90℃で押し出して厚さ40μmに加工した。この高分子電解質前駆体膜を、厚さ8.5μm、空孔率80%、平均孔径0.5μm、引張強さ45MPa、目付量4.0g/mの延伸多孔質PTFE膜(融点327℃)の上に重ねて200℃で30分加熱して、高分子電解質前駆体膜の一部を延伸多孔質PTFE膜に含浸させた。次いで、この膜を裏返し、別の上記延伸多孔質PTFE膜の上に重ねて200℃で30分加熱して、高分子電解質前駆体膜の反対側の一部を延伸多孔質PTFE膜に含浸させた。熱処理時の膜収縮を防止するため、両面を延伸多孔質PTFE膜に含浸させた高分子電解質前駆体膜の4辺をピンフレームで固定し、オーブン内で340℃、10分の熱処理を施した。熱処理後、高分子電解質前駆体膜を、15質量%の水酸化カリウムおよび30質量%のジメチルスルホキシドを溶解した水溶液に浸漬し、温度60℃で4時間撹拌することによりアルカリ加水分解処理した。引き続いて、膜を2モル/L塩酸に浸漬し、温度60℃で3時間撹拌した。その後膜をイオン交換水で水洗し、そして温度85℃で4時間乾燥することにより固体高分子電解質膜を得た。
【0035】
得られた固体高分子電解質膜を、幅1cm、長さ10cmになるように切断し、固体高分子電解質膜と延伸多孔質PTFE膜の間のはく離強度を上記引張試験機により計測したところ、2.7N/cmであった。また、上記凍結/解凍サイクル試験による破断までのサイクル数は2850回であった。
【0036】
実施例2
実施例1で用いた延伸多孔質PTFE膜(融点327℃)を2枚重ねて、その上に、実施例1で製作した厚さ40μmの高分子電解質前駆体膜を重ねて200℃で30分加熱して、高分子電解質前駆体膜の片側の一部を2枚の延伸多孔質PTFE膜に含浸させた。熱処理時の膜収縮を防止するため、片面を延伸多孔質PTFE膜に含浸させた高分子電解質前駆体膜の4辺をピンフレームで固定し、オーブン内で340℃、10分の熱処理を施した。熱処理後、高分子電解質前駆体膜を、15質量%の水酸化カリウムおよび30質量%のジメチルスルホキシドを溶解した水溶液に浸漬し、温度60℃で4時間撹拌することによりアルカリ加水分解処理した。引き続いて、膜を2モル/L塩酸に浸漬し、温度60℃で3時間撹拌した。その後膜をイオン交換水で水洗し、そして温度85℃で4時間乾燥することにより固体高分子電解質膜を得た。
【0037】
得られた固体高分子電解質膜を、幅1cm、長さ10cmになるように切断し、固体高分子電解質膜と延伸多孔質PTFE膜の間のはく離強度を上記引張試験機により計測したところ、3.2N/cmであった。また、上記凍結/解凍サイクル試験による破断までのサイクル数は3200回であった。
【0038】
実施例3
厚さ16μm、空孔率80%、平均孔径0.1μm、引張強さ32MPa、目付量5.9g/mの延伸多孔質PTFE膜(融点327℃)を2枚重ねて、その上に、実施例1で製作した厚さ40μmの高分子電解質前駆体膜を重ねて200℃で30分加熱して、高分子電解質前駆体膜の片側の一部を2枚の延伸多孔質PTFE膜に含浸させた。熱処理時の膜収縮を防止するため、片面を延伸多孔質PTFE膜に含浸させた高分子電解質前駆体膜の4辺をピンフレームで固定し、オーブン内で340℃、10分の熱処理を施した。熱処理後、高分子電解質前駆体膜を、15質量%の水酸化カリウムおよび30質量%のジメチルスルホキシドを溶解した水溶液に浸漬し、温度60℃で4時間撹拌することによりアルカリ加水分解処理した。引き続いて、膜を2モル/L塩酸に浸漬し、温度60℃で3時間撹拌した。その後膜をイオン交換水で水洗し、そして温度85℃で4時間乾燥することにより固体高分子電解質膜を得た。
【0039】
得られた固体高分子電解質膜を、幅1cm、長さ10cmになるように切断し、固体高分子電解質膜と延伸多孔質PTFE膜の間のはく離強度を上記引張試験機により計測したところ、3.3N/cmであった。また、上記凍結/解凍サイクル試験による破断までのサイクル数は3450回であった。
【0040】
比較例1
熱処理(340℃、10分)を施さないことを除き、実施例1と同じ手順で固体高分子電解質膜を得た。得られた固体高分子電解質膜を、幅1cm、長さ10cmになるように切断し、固体高分子電解質膜と延伸多孔質PTFE膜の間のはく離強度を上記引張試験機により計測したところ、1.3N/cmであった。また、上記凍結/解凍サイクル試験による破断までのサイクル数は750回であった。
【0041】
比較例2
イオン交換容量IECが0.9meq/gの高分子電解質樹脂溶液(デュポン株式会社製Nafion(登録商標)SE−20192)を、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)フィルム上に厚さ300μmになるように塗工した。次いで、その塗膜の上に、厚さ10μm、空孔率70%、平均孔径0.2μm、引張強さ45MPa、目付量4.0g/mの延伸多孔質PTFE膜(融点327℃)2枚を接触させ、含浸膜を製作した。次いで、得られた含浸膜を恒温槽において140℃で5分間乾燥し、延伸多孔質PTFE膜で補強された膜厚40μmの固体高分子電解質膜を得た。得られた固体高分子電解質膜を、幅1cm、長さ10cmになるように切断し、固体高分子電解質膜と延伸多孔質PTFE膜の間のはく離強度を上記引張試験機により計測したところ、1.1N/cmであった。また、上記凍結/解凍サイクル試験による破断までのサイクル数は250回であった。
【0042】
【表1】

【0043】
表1のデータから明らかなように、多孔質補強材の融点より高い温度で熱処理を施した固体高分子電解質膜は、はく離強度および破断までのサイクル数が示すように、そのような熱処理を行わない場合(比較例1)および溶媒を用いたキャスト法(比較例2)と比べ、固体高分子電解質と多孔質補強材との間の密着性が顕著に高くなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状多孔質補強材と高分子電解質前駆体とを用意する工程、
該高分子電解質前駆体を、溶媒不存在下、該シート状多孔質補強材の融点より高いがその熱分解温度より低い温度において該シート状多孔質補強材に含浸させることにより、該高分子電解質前駆体の少なくとも一部が該シート状多孔質補強材に含浸複合化された複合膜を得る工程、および
該高分子電解質前駆体を加水分解することにより高分子電解質へ転化する工程
を含んでなる、補強された固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項2】
シート状多孔質補強材と高分子電解質前駆体とを用意する工程、
該高分子電解質前駆体を、溶媒不存在下、該シート状多孔質補強材の融点より低い第1の温度において該シート状多孔質補強材に含浸させることにより、該高分子電解質前駆体の少なくとも一部が該シート状多孔質補強材に含浸複合化された複合膜を得る工程、
該複合膜を、該シート状多孔質補強材の融点より高いがその熱分解温度より低い第2の温度において熱処理する工程、および
該高分子電解質前駆体を加水分解することにより高分子電解質へ転化する工程
を含んでなる、補強された固体高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
該補強された固体高分子電解質膜における該シート状多孔質補強材と該高分子電解質との間の剥離強度が2N/cm以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
該熱分解温度より低い温度または該第2の温度が300℃以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
該高分子電解質前駆体が、下記一般式(1)で表される重合体を含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【化1】

(上式中、a:b=1:1〜9:1、a+b=100以上、m=2〜6、n=0、1、2)
【請求項6】
前記一般式(1)において、m=2である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
該シート状多孔質補強材が延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法により製造された、固体高分子電解質膜。
【請求項9】
請求項8に記載の固体高分子電解質膜の両面に電極層を組み合わせてなる、固体高分子形燃料電池用膜電極組立体。
【請求項10】
請求項9に記載の膜電極組立体を含む、固体高分子形燃料電池。

【公開番号】特開2008−300060(P2008−300060A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−141797(P2007−141797)
【出願日】平成19年5月29日(2007.5.29)
【出願人】(000107387)ジャパンゴアテックス株式会社 (121)
【Fターム(参考)】