説明

固定化リパーゼを含む懸濁液及びその利用方法

【課題】リパーゼ酵素を陰イオン交換樹脂、マクロ細孔を有するフェノール樹脂等の担体に固定化し、固定化酵素の固定化後の活性が低下しない材料とその利用技術の提供。
【解決手段】含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上である懸濁液を共存させて、エステル分解反応又はエステル生成反応を行う、リパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液。懸濁液に含まれるリパーゼ酵素の濃度が0.05mg/ml以上であって、かつ、未固定リパーゼ酵素の活性値(a)と固定化リパーゼ酵素の活性値(b)との比(a/b)が1よりも小さい値をとる濃度であることがより好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固定化リパーゼ酵素を含む懸濁液及びその懸濁液の利用方法に関し、さらに詳しくは、懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上であるリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液及び懸濁液の利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リパーゼ酵素は、トリグリセリド(中性脂肪)を分解して脂肪酸を生成する加水分解酵素である。リパーゼ酵素は、産業上極めて有用な酵素であり、その利用分野は、例えば、光学分割等の化学合成プロセスへの適用、油脂加工、洗剤などの工業用途、医薬品製造用途等の多岐にわたっている。これらの用途に対して、経済的な効率を高めるため、例えば、酵素の安定性や反応操作における利便性の向上の観点から、リパーゼ酵素を担体に固定化して利用する技術が開発されている。
【0003】
例えば、固定化酵素の担体として、陰イオン交換樹脂、マクロ細孔を有するフェノール樹脂、陽イオン交換樹脂、マクロ細孔を有するアクリル系樹脂等を用いる技術が提案されている(特許文献1〜4)。しかしながら、これらの担体を利用して調製された固定化酵素の固定化後の活性は、未固定リパーゼの活性と比較して低いという問題点がある。
また、固定化酵素の担体として、無機担体であるシリカ及び珪藻土を使用する技術が提案されている(特許文献5)。しかしながら、この担体を利用して調製された固定化触媒の固定化後の活性は、未固定のリパーゼ活性に対しておよそ60%でしかない。
【0004】
その点、メソポーラスシリカを酵素の固定化に用いると(例えば特許文献5や特許文献6)酵素の安定化効果が著しく高い固定化酵素を調製でき、光学異性体に対する基質特異性が増加するなど、酵素機能に優れた固定化酵素を調製することができる。しかしながら、これらの固定化酵素でも、担体に坦持されることにより活性が低下してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭60−98984号公報
【特許文献2】特開昭61−20268号公報
【特許文献3】特開平3−64185号公報
【特許文献4】特開平3−501922号公報
【特許文献5】特開2000−139459号公報
【特許文献6】特開2002−95471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、酵素活性が高ければ、それだけ有利であることから、酵素を固定化しても、その固定化酵素の酵素活性が低下しない技術の開発、提供が待たれている。
そこで、固定化酵素の固定化後の活性が低下しない技術を提供することが本発明の解決しようとする課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは前記課題を解決するべく、各種担体を用いて酵素を固定化する実験を重ねる最中、基質の拡散が担体内で抑制されるため、固定化酵素の活性が低下するとの仮説に到達し、さらに実験を重ねたところ、酵素を固定化する材料粒子の表面特性を改質することにより、固定化酵素の活性低下を抑制することができるとの確信を得た。
本発明者らはさらに研究を重ねたところ、酵素の使用量を高めた条件下では、意外にも固定化酵素の活性低下を抑制することができるとの知見を得、その知見に基づき研究を続け、遂に上記課題を解決することができる発明を完成することができた。
【0008】
すなわち、上記課題を解決することができた本発明は以下のとおりである。
請求項1の発明は、リパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液であって、懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上である懸濁液の存在下にエステル分解反応、エステル生成反応、又はエステル交換反応から選ばれたいずれかの反応(以下、エステル分解反応等ということがある)を行うことを特徴とするリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液の利用方法である。
また、請求項1の発明は、リパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液であって、懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上である懸濁液を、エステル分解反応等から選ばれたいずれかの反応の系(以下、エステル分解反応等系ということがある)の系内に共存させてエステル分解反応等を行うことを特徴とする発明でもある。前記エステル分解反応等系は、各種媒体中に少なくともエステル分解し得る化合物、エステル生成し得る化合又はエステル交換される化合物である出発物質を含有させ、エステル分解反応等を行う系をいう。
請求項2の発明は、前記請求項1の発明において、懸濁液に含まれるリパーゼ酵素の濃度が0.05mg/ml以上であって、かつ、未固定リパーゼ酵素の活性値(a)と固定化リパーゼ酵素の活性値(b)との比(a/b)が1よりも小さい値をとる濃度である懸濁液を存在させることを特徴とする。
【0009】
リパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液であって、懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上であるであることを特徴とする懸濁液の発明が請求項3の発明である。請求項3の発明は、リパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液であって、懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上であるであることを特徴とする、エステル分解反応等を行うときに用いる懸濁液の発明でもある。請求項4の発明は、前記請求項3の発明において、懸濁液に含まれるリパーゼ酵素の濃度が0.05mg/ml以上であって、かつ、未固定リパーゼ酵素の活性値(a)と固定化リパーゼ酵素の活性値(b)との比(a/b)が1よりも小さい値をとる濃度であることを特徴とする。
その請求項3又は4の発明において、多孔質材料粒子がメソポーラスシリカであることを特徴とする発明が請求項5の発明であり、メソポーラスシリカがFSM型メソポーラスシリカ、SBA型メソポーラスシリカ、MCM型メソポーラスシリカから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする発明が請求項6の発明であり、メソポーラスシリカの表面が疎水性であることを特徴とする発明が請求項7の発明であり、メソポーラスシリカの細孔径が5nm以上20nm以下であることを特徴とする発明が請求項8の発明である。
請求項9の発明は、エステル分解反応等を行う際に、請求項5〜7のいずれかに記載のリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液を存在させることを特徴とするリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液の利用方法である。
【0010】
上記リパーゼ酵素は、とくに制限されないのであって、動物由来、植物由来、微生物由来のリパーゼ酵素のいずれをも使用することができる。また、一種類のリパーゼ酵素を多孔質材料粒子に固定化してもよいし、ニ種類以上のリパーゼ酵素を適宜選択し、多孔質材料粒子に固定化してもよい。好ましいリパーゼ酵素は、WAKO社製リパーゼ(Phycomyces nitens由来)、AMANO社製リパーゼ、Lipase AYS(Candida rugosa由来)、Lipase AS(Aspergillus niger由来)、lipase PS(Burkholderia cepacia由来)、名糖産業製リパーゼ Lipase PL(Alcaligenes sp.由来)等を挙げることができるが、それら例示された酵素に限定されない。
【0011】
上記多孔質材料粒子は、上記リパーゼ酵素を固定化できる多孔質材料粒子であれば使用可能であり、所期の目的を達成することができる多孔質材料粒子であればとくに制限されないが、リパーゼ酵素を細孔内に吸着可能なように、細孔径がリパーゼ酵素より大きいものであることが好ましい。リパーゼ酵素のサイズは、一概に規定することができないが、多くは4〜6nm程度である。そのため、多孔質材料粒子の細孔径は5nm以上のサイズが好ましいが、あまり大きすぎるとリパーゼ酵素の溶出や安定性に問題が生じる等の不都合さが生じる。本発明での多孔質材料粒子としては、ケイ素原子と酸素原子を必須成分として含む物質の多孔質材料粒子等が挙げられ、ケイ素以外の金属元素、例えば、Al、Zr、Nb、Ta、Ti、Zr等を更に含むことができる。
前記ケイ素原子と酸素原子を必須成分として含む物質の多孔質材料粒子の中ではメソポーラスシリカがとくに好ましい。その他、ヘキサゴナル、又はキュービック等の規則的細孔配列構造を有する多孔質材料粒子も使用することができる。
【0012】
上記メソポーラスシリカは、前駆体の構造によりいくつかのタイプに分類される。カチオン性有機界面活性剤とアニオン性シリカ種からなる前駆体から合成されるMCM型及びFSM型、中性界面活性剤と無機酸、カチオン性シリカ種からなる前駆体から合成されるSBA型、アミン等の中性有機分子と中性シリカ種からなるMSU型などのメソポーラスシリカ等を例示できる。それらメソポーラスシリカの細孔径が5nm以上20nm以下であることが好ましく、5nm以上10nm以下であることがより好ましく、5nm以上8nm以下であることがさらに好ましい。上記メソポーラスシリカの細孔容積が0.1〜1.5mL/gであるメソポーラスシリカを使用することができる。さらに、比表面積が200〜1500mで、細孔容積が0.1〜1.5mL/gであるメソポーラスシリカを例示することができる。上記メソポーラスシリカその中では、FSM型、SBA型を使用すると、好ましい効果をもたらすので有利である。
【0013】
上記多孔質材料粒子の表面を疎水性に改質処理すると、好ましい結果をもたらす。表面改質の手順はとくに制限されない。メソポーラスシリカの表面を疎水性に改質する方法としては、シランカップリング剤を用いる既存の方法が挙げられる。シランカップリング剤としては、疎水性の有機官能基を有するものであれば良く、例えば、アルキル基、ビニル基、エポキシ基、フェニル基、アミノ基を有するアルコキシシラン、クロルシラン化合物などが挙げられる。
表面の改質は、これらのシランカップリング剤を疎水性有機溶媒中でメソポーラスシリカと撹拌することにより行われる。メソポーラスシリカ表面のシラノール基とシランカップリング剤が結合し、シリカ表面に有機官能基が導入される。疎水性有機溶媒としては、プロパノール、トルエン、ベンゼンなどが用いられ、シランカップリングと疎水性有機溶媒の比率は、体積比で1〜30%の範囲が好ましい。また、添加するメソポーラスシリカの量は、溶液の体積にもよるが、0.1から10gの範囲である。反応温度、は室温から用いる溶媒の沸点の範囲が用いられるが、溶媒沸点付近が好適である。
【0014】
上記、リパーゼ酵素と多孔質材料粒子とから固定化触媒を調製する。前記固定化酵素は、酵素が失活しない条件で調製することができ、採用するリパーゼ酵素や多孔質材料粒子の組み合わせに応じて最適な条件を決めればよい。調製法としては、例えば、リパーゼ酵素と多孔質材料粒子とを緩衝溶液等の媒体中にて、0℃〜酵素失活温度、数分〜数十時間撹拌する条件が挙げられる。媒体のpHは2−9の範囲から最適値を決めればよい。
【0015】
上記固定化酵素において、固定された酵素の量を測定する方法としては各種の方法があり、使用するリパーゼ酵素や多孔質材料粒子、固定化酵素の製法等により、最適な方法を用いればよい。
本発明では、固定化された酵素量が多い固定化酵素を使用することができる。そして、そのような固定化酵素を使用しても、酵素量が多いという理由で何らかの問題点が生じることもない。
【0016】
本発明では、懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上とすることが本発明の大きな特徴の一つである。また、懸濁液に含まれるリパーゼ酵素の濃度が0.05mg/ml以上であって、かつ、未固定リパーゼ酵素の活性値(a)と固定化リパーゼ酵素の活性値(b)との比(a/b)が1よりも小さい値をとる濃度であることが、より好ましい。多くのリパーゼ酵素は、酵素の濃度が低いときには上記a/bが1よりも大きく、酵素の濃度が高いときには上記a/bが1よりも小さい値をとる傾向にあることは本発明者らが初めて見出したことである。この傾向はとくに、基質に対して酵素濃度が高いときに観察されやすい。このような傾向が起こる理由は完全に解明できたとはいえないが、おそらく次のとおりであろう。固定化されない酵素は、高濃度下に凝集して活性が低下するのに対し、本発明によって固定化された酵素は、高濃度下においても凝集することなく本来の活性を維持しつつ、濃度に比例した活性を発現する。
リパーゼ酵素の固定化量に応じて、溶媒の体積を調整して懸濁液を調製することができる。例えば、所定量の固定化酵素に対して、所定量の溶媒を加えて、所望のリパーゼ酵素を含有する懸濁液を調製することができる。溶媒は所期の目的を達成する限り、どのような溶媒を用いてもよいのであるが、具体的には、このましい溶媒としては、蒸留水、リン酸緩衝溶液、アセトン−リン酸系緩衝液、グッド緩衝溶液で知られるMES緩衝溶液、Bis−Tris緩衝溶液、TES緩衝溶液等を例示できるが、これら溶媒に限定されない。
【0017】
リパーゼ酵素の活性の測定法は各種の方法があり、使用するリパーゼ酵素や多孔質材料粒子、固定化酵素の製法等により、最適な方法を用いることができる。とくに、エステル分解物が可視光部領域において吸収部位を有する反応系を応用して、分解された量からリパーゼ酵素を測定する方法が、簡易で正確であり、有利である。本発明では、Langmuir 23 (2007) 12167に記載される方法に準じて行うことが有利である。
【0018】
上記固定化酵素を含有する懸濁液を、エステル分解反応等系に存在させることが、本発明の特徴のひとつである。エステル分解反応等系は、本発明ではとくに制限されない。具体的には、油脂の分解反応、各種エステルの光学分割反応、製紙工程におけるピッチの分解反応、オリーブ油やパーム油の中融点区分のエステル交換反応等に上記固定化酵素を含有する懸濁液を利用することができるが、これらに限定されない。
【0019】
エステル分解反応、エステル生成反応、又はエステル交換反応等をより詳しく説明すると、グリセロール分子中に、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの低級脂肪酸を導入し、アセチンファット(有機酸モノグリセリド)などを合成する反応(アシドリシス)、油脂をメタノール、エタノールなどの低級アルコールと反応させ、グリセロールを遊離して、脂肪酸メチルエステル、エチルエステル合成をしたり、トリアシルグリセロールと遊離のグリセロールを反応させて、モノアシルグリセロールやジアシルグリセロールを製造する反応(アルコリシス)を例示できるが、これら反応に限定されない。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、高い酵素濃度及び酵素活性の条件下で、エステル分解反応、エステル生成反応、又はエステル交換反応から選ばれたいずれかの反応を行う技術を提供することができる。従来、固定化されない酵素は、高濃度下では活性が低下するのに対し、本発明の固定化酵素を含有する懸濁液は、高い酵素濃度下においても本来の活性を維持することが可能であり、高い活性を発現する。多孔質材料粒子表面の疎水化により基質の吸着量は増加するので、該処理した材料粒子の固定化酵素の酵素活性は増加すると予測できる。さらに、本発明により、エステル分解反応、エステル生成反応、又はエステル交換反応から選ばれたいずれかの反応によって得られる物質を多量に効率良く製造することができる。本発明は優れた発明であり、また、経済的な効果をもたらすことができる実用的な発明である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施例に基好き説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【実施例1】
【0022】
(ア)FSM型メソポーラスシリカの合成
ドデシルトリメチルアンモニウム塩化物16gを200mlの蒸留水に溶解し70℃に加温した。その溶液に1,3,5−トリイソプロピルベンゼン60gを加え、70℃にて30分間激しく撹拌した。得られた混合物を、80℃に加温した、54.31gの水ガラスを溶解した蒸留水200mlに加え、溶液のpHを、2mol/lの塩酸水溶液を滴下しながらpH=8.5に調整して懸濁液を得、引き続き、pH=8.5に調整しながら前記懸濁液を70℃で3時間撹拌した後、濾過し、固形分を得た。この固形分を70℃に加温した蒸留水400mlにより3回洗浄した。乾燥後、550℃、6時間空気中で焼成することによりFSM型メソポーラスシリカを得た(以下、FSM-7と称する)。得られたFSM−7の比表面積は、660m/gであり、細孔径は7nmであった。
【0023】
(イ)リパーゼの固定化
リパーゼとしてWAKO社製のリパーゼ(Phycomces Nitens由来)を用いた。リパーゼ25mgをリン酸緩衝溶液(pH=6.9)5mlに溶解し、100mgのFSM−7を加えて、25℃で12時間振とうした。振とう後、遠心分離を行い、上澄み液を除去して固形分(FSM−7固定化リパーゼ)を回収した。
FSM−7を加える前のリパーゼリン酸緩衝溶液と前記遠心分離後の上澄み液の可視紫外吸収スペクトル測定を行い、280nmに生じるリパーゼ由来の吸光度の減少から吸着量を求めた。リパーゼ吸着量は、FSM−7の100mgあたり13mgであった。
【0024】
(ウ)(リパーゼ活性の評価)
プロピオン酸p−ニトロフェニルをジメチルスルホキシド(DMSO)に混合した後、さらにMES緩衝溶液(pH=6.0)溶解し、プロピオン酸p-ニトロフェニル濃度0.25mMの溶液を調製した。また、上記のFSM−7固定化リパーゼを所定量量り取り、MES緩衝溶液(pH=6.0)に懸濁し、表1記載の所定のリパーゼ濃度に調整した懸濁液を調製した。その後、得られたFSM-7固定化リパーゼ懸濁液1mlとプロピオン酸p−ニトロフェニルMES緩衝溶液2mlを混合・撹拌した。混合した後の液内のプロピオン酸p−ニトロフェニルは、リパーゼによって加水分解され4−ニトロフェノールを生成した。4−ニトロフェニルは波長400nmに吸収ピークを有するため、可視紫外吸収スペクトルの測定により生成量を計算することができる。混合後に生成した4−ニトロフェノールの生成量を可視紫外分光光度計(島津製作所製可視紫外分光光度計MPS-2400)で10分間測定した後、1分あたりのプロピオン酸p−ニトロフェニルの分解量に換算しリパーゼ活性とした。
また、比較として、固定化しないリパーゼについても所定の濃度の溶液を調製し、リパーゼ固定化FSM-7懸濁液と同様の方法でその活性を求めた。
【0025】
(エ)(FSM固定化リパーゼと未固定リパーゼの活性比較)
表1にFSM-7固定化リパーゼと固定化しないリパーゼの活性を比較したものを示す。リパーゼ濃度が0.017mg/mlでは、FSM−7固定化リパーゼより未固定リパーゼの活性が高かった。しかしながら、リパーゼ濃度が0.5mg/mlにおいては、FSM−7固定化リパーゼの方が未固定リパーゼよりも活性は高く、さらに0.17mg/mlにおいてはその差は拡がり、FSM−7固定化リパーゼの活性は未固定リパーゼに比べて2倍以上であった。
【0026】
表1 FSM−7固定化リパーゼと未固定リパーゼの活性比較(濃度依存性)

エステルの分解量(μM/min)
酵素濃度(mg/ml) リパーゼ固定FSM-7 未固定リパーゼ
0.017 0.35 0.4
0.1 1.45 0.75
0.17 2.05 0.75
なお、表中のMはmol/Lを示す(以下、同様)
【実施例2】
【0027】
(ア)(SBA-15型メソポーラスシリカの合成)
BASF社製ブロック共重合体高分子PluronicP123 10gを500mlビーカーに測りとり、蒸留水300mlを加え、ブロック共重合体高分子が完全に溶解するまで35℃で撹拌した。溶解後、塩酸21.87g、テトラエチルオルソシリケート(TEOS)21.315gを加え、さらに20時間撹拌した。撹拌後、500mlのポリプロピレン容器に移し、80℃に設定した恒温槽中で24時間静置した。その後、濾過し、固形分を80℃に加温した500mlの蒸留水で4回洗浄した。得られた固形分を乾燥し、550℃で10時間焼成することにより、SBA−15型メソポーラスシリカ(以下、SBA-15と称する)を得た。得られたSBA-15の比表面積は815m/gであり、細孔径は7.1nmであった。
【0028】
(イ)(リパーゼの固定化)
得られたSBA-15に対して、実施例1と同様の方法でリパーゼを固定化した。リパーゼ吸着量は、SBA−15の100mgあたり5mgであった。
【0029】
(ウ)(SBA-15固定化リパーゼと未固定リパーゼの活性比較)
SBA−15固定化リパーゼを懸濁液とし、そのリパーゼ濃度を0.5、1.0、1.5mg/mlに調整した際の活性について、対応する濃度の未固定リパーゼ溶液の活性と共に比較した。その結果を表2に示す。
リパーゼ濃度が0.5mg/mlでは、SBA−15固定化リパーゼより未固定リパーゼの活性が高かった。しかしながら、リパーゼ濃度が1mg/mlにおいては、SBA−15固定化リパーゼの方が未固定リパーゼよりも活性は高く、さらに1.5mg/mlにおいてはその差は拡がり、SBA−15固定化リパーゼの活性は未固定リパーゼに比べて3倍以上であった。
【0030】
表2 SBA−15固定化リパーゼと未固定リパーゼの活性比較(濃度依存性)

エステルの分解量(μM/min)
酵素濃度(mg/ml) SBA-15固定化リパーゼ 未固定リパーゼ
0.5 0.7±0.1 1.7±0.1
1 1.2±0.2 1.0±0.1
1.5 1.8±0.3 0.6±0.1
【実施例3】
【0031】
(ア)(SBA−15の表面改質)
実施例2で得られたSBA-15の2gを窒素雰囲気下150℃で3時間乾燥した。乾燥後、15vol%のメチルトリエトキシシラントルエン溶液130mlに懸濁・撹拌し、110℃で24時間還流した。濾過後、トルエン、エタノールにより洗浄し乾燥し、メチル基を導入したSBA-15を得た(以下、Me−SBA−15と称する)。化学分析によると、導入したメチル基に由来する炭素量は、3.3wt%であった。Me−SBA−15について、窒素ガス吸着測定及び水蒸気吸着測定を行ったところ、窒素吸着測定から得られた比表面積が661m/gであるのに対し、水蒸気吸着測定から得られた比表面積が70m/gであった。水蒸気吸着から得られた比表面積が窒素吸着測定から得られた比表面積に比べて10分の1になっているのは、メチル基の導入のため表面が疎水化されたためである。
【0032】
(イ)(リパーゼの固定化)
得られたMe−SBA-15に対して、実施例1と同様の方法でリパーゼを固定化した。リパーゼ吸着量は、SBA−15の100mgあたり4mgであった。
【0033】
(ウ)(Me-SBA-15固定化リパーゼと未固定リパーゼの活性比較)
Me−SBA−15固定化リパーゼを懸濁液とし、そのリパーゼ濃度を0.5、1.0、1.5mg/mlに調整した際の活性について、対応する濃度の未固定リパーゼ溶液の活性と共に比較した。その結果を表3に示す。リパーゼ濃度が0.5mg/mlでは、Me−SBA−15固定化リパーゼは未固定リパーゼの活性より若干高かった。また、リパーゼ濃度が1mg/mlにおいては、Me−SBA−15の活性は、未固定リパーゼの活性よりも増加した。さらに1.5mg/mlにおいてはその差は拡がり、Me−SBA−15固定化リパーゼの活性は未固定リパーゼに比べて4.9倍であった。
【0034】
表3 Me−SBA−15固定化リパーゼと未固定リパーゼの活性比較(濃度依存性)

エステルの分解量(μM/min)
酵素濃度(mg/ml) リパーゼ固定Me-SBA 未固定リパーゼ
0.5 2.0±0.1 1.7±0.1
1 3.1±0.2 1.0±0.1
1.5 2.9±0.04 0.6±0.1

【0035】
(エ)(Me-SBA-15とSBA-15の基質捕集力比較)
プロピオン酸p−ニトロフェニルをジメチルスルホキシド(DMSO)に混合した後、さらにMES緩衝溶液(pH=6.0)に溶解し、プロピオン酸p-ニトロフェニル濃度0.25mMの溶液を調製した。また、SBA-15 100mgをMES緩衝溶液(pH=6.0)10mlに懸濁した。その後、得られたSBA-15懸濁液1mlとプロピオン酸p−ニトロフェニルMES緩衝溶液2mlを混合し、10分間撹拌した。プロピオン酸p−ニトロフェニルは270nmに可視紫外吸収を持っていることから、10分後の溶液中のプロピオン酸p−ニトロフェニルの濃度を可視紫外分光光度計により求め、混合前のプロピオン酸p−ニトロフェニルの濃度と比較することにより、SBA−15に吸着した量を求めた。同様の処理を、実施例3で用いた疎水化処理を施したSBA−15に対して行った。吸着量の測定結果を表4に示す。
【0036】
表4

プロピオン酸p−ニトロフェニル吸着量
多孔質材料粒子 (μmol/100mg多孔質材料粒子)
SBA-15 0.18
Me-SBA-15 0.38

疎水化によりプロピオン酸p−ニトロフェニルの吸着量は2倍に増加した。吸着量の増加は、細孔内のプロピオン酸p−ニトロフェニルの濃度増加を引き起こし、リパーゼによる活性が増加すると考えられる。
【0037】
本発明を以下のように記載することができる。
(1)リパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液を使用してエステル分解反応、エステル生成反応、又はエステル交換反応から選ばれたいずれかの反応によって得られる物質(以下、エステル分解反応物ということがある)を製造する方法であって、前記懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上であることを特徴とするエステル分解反応物等を製造する方法。
(2)懸濁液に含まれるリパーゼ酵素の濃度が0.05mg/ml以上であって、かつ、未固定リパーゼ酵素の活性値と固定化リパーゼ酵素の活性値との比が1よりも小さい値をとる濃度である懸濁液を存在させることを特徴とする上記(1)記載のエステル分解反応物等を製造する方法。
(3)メソポーラスシリカがFSM型メソポーラスシリカ、SBA型メソポーラスシリカ、MCM型メソポーラスシリカから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記(1)又は(2)記載のエステル分解反応物等を製造する方法。
(4)メソポーラスシリカの表面が疎水性であることを特徴とする(1)又は(2)記載のエステル分解反応物等を製造する方法。
(5)メソポーラスシリカの細孔径が5nm以上20nm以下であることを特徴とする(3)〜(5)記載のエステル分解反応物等を製造する方法。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、リパーゼ酵素が用いられる分野において利用されることができる。例えば、光学分割等の化学合成プロセスへの適用、油脂加工、洗剤などの工業用途、医薬品製造用途などを挙げられるが、これら例示された分野に限定されないことは当然である。






【特許請求の範囲】
【請求項1】
エステル分解反応、エステル生成反応、又はエステル交換反応から選ばれたいずれかの反応を行う際に、リパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液であって、懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上である懸濁液を存在させることを特徴とするリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液の利用方法。
【請求項2】
懸濁液に含まれるリパーゼ酵素の濃度が0.05mg/ml以上であって、かつ、未固定リパーゼ酵素の活性値と固定化リパーゼ酵素の活性値との比が1よりも小さい値をとる濃度である懸濁液を存在させることを特徴とする請求項1記載のリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液の利用方法。
【請求項3】
リパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液であって、懸濁液に含まれるリパーゼの濃度が0.05mg/ml以上であるであることを特徴とするリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液。
【請求項4】
懸濁液に含まれるリパーゼ酵素の濃度が0.05mg/ml以上であって、かつ、固定化されていないリパーゼ酵素の活性値と固定化した該リパーゼ酵素の活性値との比が1よりも小さい値をとる濃度であることを特徴とする請求項3記載のリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液。
【請求項5】
多孔質材料粒子がメソポーラスシリカであることを特徴とする請求項3又は4記載のリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液。
【請求項6】
メソポーラスシリカがFSM型メソポーラスシリカ又はSBA型メソポーラスシリカであることを特徴とする請求項5記載のリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液。
【請求項7】
メソポーラスシリカの表面が疎水性であることを特徴とする請求項5又は6記載のリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液の利用方法。
【請求項8】
メソポーラスシリカの細孔径が5nm以上20nm以下であることを特徴とする請求項5〜7のいずれかに記載のリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液。
【請求項9】
エステル分解反応、エステル生成反応、又はエステル交換反応から選ばれたいずれかの反応を行う際に、請求項5〜7のいずれかに記載のリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液を存在させることを特徴とするリパーゼ酵素が固定化された多孔質材料粒子を含む懸濁液の利用方法。



【公開番号】特開2012−183008(P2012−183008A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47239(P2011−47239)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年2月8日 独立行政法人産業技術総合研究所発行の「平成22年度 産総研 環境・エネルギーシンポジウムシリーズ4 21世紀の化学反応とプロセス −産学官連携による新たな展開−「講演予講集」」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成22年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(革新的部材産業創出プログラム/新産業創造高度部材基盤技術開発・省エネルギー技術開発プログラム)/「革新的マイクロ反応場利用部材技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】