説明

固定化酵素ナノファイバー及びその製造方法並びに該ナノファイバーを用いた反応装置

【課題】製造時に酵素の失活を起こしにくく、高い酵素活性を有し、長期間にわたって安定な固定化酵素ナノファイバー及びその製造方法並びに該ナノファイバーを用いた反応装置を提供する。
【解決手段】固定化酵素ナノファイバー14は、高分子化合物及び酵素を含む原料溶液をエレクトロスピニング法により紡糸する工程を有する方法を用いて製造することができ、エレクトロスピニング法により紡糸された直径が100nm〜3μmの繊維状の高分子マトリックス中にリパーゼ等の酵素が固定化されている。また、反応装置は、固定化酵素ナノファイバー14により形成された不織布を固定化酵素担体として用いており、反応効率が高く、バッチ法に比べ経済的効率も向上することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定化酵素ナノファイバー、その製造方法及び該ナノファイバーを用いた反応装置に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素は、醸造、チーズなどの発酵、繊維工業、皮革工場、食品工業、化粧品工業、医薬品工業等において、物質の生産や原料加工等に利用されている。酵素反応は温和な反応条件下で高収率かつ高選択的に進行し、副生成物を殆ど生じない。そのため、高効率で環境負荷の小さな化学プロセスとして幅広い分野への応用が期待されている。また、近年では、高い基質特異性を利用したバイオセンサー等への応用もなされている。
従来、酵素反応を用いた物質生産には、主に回分法(バッチ法)が用いられていたが、この方法では、酵素が1度しか使用できないため経済的に不効率であることから、酵素の連続生産プロセスへの適用が検討されている。酵素を連続生産プロセスに適用する場合には、担体上に酵素を固定して反応溶媒に不溶化した固定化酵素が用いられる。酵素の固定化に用いられる担体及び固定化方法は、酵素の変性及び流失の防止、反応基質と酵素との接触面積の確保等の観点から適宜選択される。
【0003】
従来用いられている酵素の固定化方法としては、不溶性の担体の表面に酵素を物理的又は化学的に結合させる担体結合法(例えば、特許文献1参照)、2以上の官能基を有する架橋剤と酵素の表面官能基とを反応させて、不溶性の巨大分子を形成させる架橋法、網目構造を有する高分子ゲルの格子や、水溶液を包含した水不溶性のマイクロカプセル等で酵素を包み込む包括法(例えば、特許文献2〜4参照)、及びこれらの方法を組み合わせて用いる複合法(例えば、特許文献5及び6参照)等が挙げられる。
【0004】
【特許文献1】特開昭59−213390号公報
【特許文献2】特開昭58−5193号公報
【特許文献3】特開平6−181763号公報
【特許文献4】特公昭53−12998号公報
【特許文献5】特開平3−19687号公報
【特許文献6】特公昭62−16637号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、担体結合法は、担体粒子の大きさによる表面積の広さが活性効率に及ぼす影響が大きいため、その加工法が問題になる。
架橋法は、多量の酵素を必要とし、架橋剤と反応の際に酵素活性の低下を引き起こす等の問題点が挙げられる。
また、包括法は、マトリックスの形成に重合反応を必要とするような場合には、重合中に酵素の失活が起こりやすいという問題点を有している。
【0006】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、製造時に酵素の失活を起こしにくく、高い酵素活性を有し、長期間にわたって安定な固定化酵素ナノファイバー及びその製造方法並びに該ナノファイバーを用いた反応装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的に沿う第1の発明に係る固定化酵素ナノファイバーは、エレクトロスピニング法により紡糸された直径が100nm〜3μmの繊維状の高分子マトリックス中に酵素が固定化されている。
なお、「エレクトロスピニング(electrospinning)法」とは、静電紡糸法、電界紡糸法、電化誘導紡糸法等とも呼ばれている紡糸法の一種で、数十kVの高電圧が印加されたキャピラリー状の紡糸口(正極)から接地された回収板(負極)に向かって、高分子化合物を含む溶液を一定の速度で押し出すことにより紡糸を行う。
【0008】
第1の発明に係る固定化酵素ナノファイバーにおいて、前記酵素はリパーゼであってもよい。
【0009】
第1の発明に係る固定化酵素ナノファイバーにおいて、前記高分子マトリックスは、アルコシキシラン化合物の重縮合により生成したシロキサン重合体を含んでいてもよい。
この場合において、前記シロキサン重合体は、ジアルキルジアルコキシシランとテトラアルコキシシランとの混合物の重縮合により生成した共重合体であることが好ましい。
なお、「シロキサン重合体」とは、一般式(SiRO−)で表される直鎖状、分岐鎖状、及び環状の重合体をいう。なお、R及びRはそれぞれ独立して水酸基、アルキル基、及びアリール基のいずれかを表し、nは2以上の自然数を表す。例えば、ジアルキルシロキサンは、R及びRが両者共にアルキル基であるシロキサン単位を含む単独重合体又は共重合体である。
【0010】
第2の発明に係る固定化酵素ナノファイバーの製造方法は、紡糸可能な高分子化合物及び酵素を含む原料溶液を調製する工程と、前記原料溶液をエレクトロスピニング法により紡糸する工程とを有する。
【0011】
第2の発明に係る固定化酵素ナノファイバーの製造方法において、前記酵素はリパーゼであってもよい。
【0012】
第2の発明に係る固定化酵素ナノファイバーの製造方法において、前記原料溶液が更に1種類又は2種類以上のアルコキシシラン化合物のゾルを含み、前記紡糸する工程においてアルコシキシラン化合物の重縮合によりシロキサン重合体が生成してもよい。
この場合において、前記アルコキシシラン化合物が、ジアルキルジアルコキシシランとテトラアルコキシシランの混合物であることが好ましい。
【0013】
第3の発明に係る反応装置は、第1の発明に係る固定化酵素ナノファイバーにより形成された不織布を固定化酵素担体として用いている。
【発明の効果】
【0014】
請求項1〜4記載の酵素固定化ナノファイバーにおいては、従来の粒状物等の固定化酵素担体と比較すると、単位体積当たりの表面積が大きく、より多くの酵素が表面に露出していると共に、酵素と基質との分子拡散距離を短くすることができるので反応効率が高い。更に、固定化する酵素や酵素反応の特性に応じて、高分子マトリックスの組成等を変化させることが可能であり、表面を化学修飾して、活性や安定性を向上させた酵素を用いることもできる。
【0015】
特に請求項2記載の固定化酵素ナノファイバーにおいては、酵素としてリパーゼを用いているので、脂肪酸トリグリセリド等のエステルの加水分解、エステル合成、エステル交換、エステルから酸アミドの合成(アミノリシス)等の工業上有用な反応に適用可能である。
【0016】
請求項3記載の固定化酵素ナノファイバーにおいては、高分子マトリックスがシロキサン重合体を含んでいるので、マトリックス中に固定化された酵素の熱安定性を向上させ、かつ酵素活性を向上させることができる。
【0017】
請求項4記載の固定化酵素ナノファイバーにおいては、シロキサン重合体がジアルキルジアルコキシシランとテトラアルコキシシランとの混合物の重縮合により生成した共重合体であるので、ナノファイバー中でシロキサン重合体が三次元的な架橋構造を形成し、反応基質の酵素に対するアクセスが容易になり、酵素活性を向上させることができる。
【0018】
請求項5〜8記載の固定化酵素ナノファイバーの製造方法においては、反応効率が高い固定化酵素ナノファイバーを簡便かつ低コストに製造することができる。また、穏和な条件下で紡糸を行うことができるため、製造工程における酵素の失活を抑制できる。更に、多くの酵素及び高分子に適用可能なため、固定化する酵素や酵素反応の特性等に応じて、高分子マトリックスの組成等を最適化することが可能である。
【0019】
請求項6記載の固定化酵素ナノファイバーの製造方法においては、酵素としてリパーゼを用いているので、脂肪酸トリグリセリド等のエステルの加水分解、エステル合成、エステル交換、エステルから酸アミドの合成等の工業上有用な反応に適用可能な固定化酵素ナノファイバーを提供できる。
【0020】
請求項7記載の固定化酵素ナノファイバーの製造方法においては、紡糸する工程においてアルコキシシラン化合物の重縮合によりシロキサン重合体が生成するので、ナノファイバー中に固定化された酵素の熱安定性を向上させ、かつ酵素活性を向上させることができる。
【0021】
請求項8記載の固定化酵素ナノファイバーの製造方法においては、アルコキシシラン化合物が、ジアルキルジアルコキシシランとテトラアルコキシシランの混合物であるので、ナノファイバー中でシロキサン重合体が三次元的な架橋構造を形成し、反応基質の酵素に対するアクセスが容易になり、酵素活性を向上させることができる。
【0022】
請求項9記載の反応装置においては、請求項1〜4記載の固定化酵素ナノファイバーにより形成された不織布を固定化酵素担体として用いているので、反応効率が高く、酵素の繰り返し使用が可能であるため、バッチ法に比べ経済的効率も向上することができる。また、固定化酵素担体は不織布であるため、複数枚積層することにより、反応液の流通を確保しつつ単位体積当たりの酵素量を増大させることが容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。ここで、図1は本発明の第1の実施の形態に係る固定化酵素ナノファイバーの製造に用いられるエレクトロスピニング装置の概略説明図である。
本発明の第1の実施の形態に係る固定化酵素ナノファイバー14(図1参照)は、直径が100nm〜3μmの繊維状の高分子マトリックス中に酵素が固定化されている。固定化酵素ナノファイバー14は、紡糸可能な高分子化合物及び酵素を含む原料溶液を調製する工程と、このようにして得られた原料溶液をエレクトロスピニング法により紡糸する工程とを有する方法を用いて製造される。
【0024】
固定化酵素ナノファイバー14の製造に使用されるエレクトロスピニング装置10は、図1に示すように、紡糸原料となる原料溶液(以下、溶液という)11を一定の流量で送出するためのシリンジポンプ12、シリンジポンプ12から送出された溶液11を噴出するキャピラリー状の紡糸口13、生成した固定化酵素ナノファイバー14を回収するための回収板(コレクター)15とを有する。紡糸口13と回収板15とは、間隔が数十cm程度となるように配置され、紡糸口13には数十kVの正の電圧が印加され、回収板15は接地されている。そのため、溶液11は正に帯電した状態で紡糸口13から噴出される。静電引力が溶液11の表面張力よりも大きい場合、帯電した溶液11のジェットが発生し、回収板15に向かって飛行する。ジェット中の溶媒は徐々に揮発し、回収板15に到達する頃には、ジェットの直径はナノメートルオーダーまで減少する。このようにして形成された固定化酵素ナノファイバー14は、回収板15上に堆積し、マット状の不織布として回収される。なお、回収板15を回転させたり、巻き取り機構を設けることにより、固定化酵素ナノファイバー14を糸状の配向体として回収することもできる。
【0025】
固定化酵素ナノファイバーの直径は、100nm〜3μmの範囲内である。直径が100nm未満だと、機械的強度が低下すると共にビーズと呼ばれる球状の欠陥が生成しやすくなる。また、直径が3μmを上回ると、表面積の割合が低下するため、酵素活性が低下する。
固定化酵素ナノファイバーの直径は、原料となる溶液11中の酵素及び高分子化合物の濃度、シリンジポンプ12からの送出速度、紡糸口13の太さ、紡糸口13の電位、紡糸口13と回収板15との間隔等によって調節することができるが、これらの各因子と得られる固定化酵素ナノファイバー14の直径との関係は、用いられる高分子化合物、酵素及び溶媒の種類に依存するため一義的に決定することは困難である。そのため、予備実験等により事前に検討しておくことが好ましい。
【0026】
固定化酵素ナノファイバーの製造において、高分子マトリックスの材料として用いることができる高分子化合物に特に制限はなく、エレクトロスピニング法による紡糸が可能な任意の高分子化合物を用いることができる。
用いることができる高分子化合物の具体例としては、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリL−乳酸(PLLA)、ポリ(乳酸−グリコール酸共重合体)(PLGA)、ポリエチレンオキシド、ポリウレタン、ポリウレア、ポリカーボネート、ポリイミド、ポリカプロラクトン等の合成高分子化合物、キチン、キトサン、アルギン酸、ヒアルロン酸、デキストラン等の多糖類、コラーゲン、ゼラチン、ポリアルギニン、γ−ポリグルタミン酸(γ−PGA)、シルク等のポリペプチド系高分子化合物、シリカ又はシロキサン重合体、アルミナ、チタニア等の無機高分子化合物、及びこれらの混合物が挙げられる。これらをベースとして、化学修飾等の手法により、親水性及び疎水性、極性等を変化させた高分子化合物(例えば、ビニロン等)を用いることもできる。
【0027】
高分子マトリックスの材料として用いられる高分子化合物は、固定化される酵素の種類、酵素反応に用いられる溶媒等に応じて適宜選択される。例えば、反応溶媒として水を用いる場合には、高分子マトリックスの膨潤や溶解を防止するために、ポリスチレン、ポリカーボネート等の疎水性高分子化合物が用いられる。
逆に、反応溶媒としてオクタン等の有機溶媒を用いる場合には、高分子マトリックスの膨潤や溶解を防止するために、PVA、ポリエチレンオキシド等の親水性高分子化合物が用いられる。親水性高分子化合物を用いる場合には、酵素分子表面の親水性基との相互作用により酵素を安定化して失活を抑制する効果も期待できる。
或いは、紡糸性の改善等のために疎水性の高分子化合物と親水性高分子化合物を混合して用い、固定化酵素ナノファイバーの形成後に溶媒で洗浄して一方を除去してもよい。
【0028】
高分子化合物としてシロキサン重合体を単独で、或いは他の高分子化合物と組み合わせて用いる場合には、シロキサン重合体の前駆体であるアルコキシシラン、水、更に加水分解触媒として酸又はアンモニアを溶液11中に添加し、エレクトロスピニング法による紡糸工程と同時に、例えば、下式に示すような、アルコキシシラン化合物の加水分解及び生成したシラノールの重縮合(いわゆるゾル−ゲル法)によりシロキサン重合体を形成させることもできる。
【0029】
nSi(OR)+4nHO→nSi(OH)+4nROH
nSi(OH)→nSiO+2nH
なお、上記の式において、nは任意の自然数である。
【0030】
用いることができるアルコキシシラン化合物としては、下記の一般式(1)で表されるテトラアルコキシシラン、(2)で表されるモノアルキルトリアルコキシシラン、及び(3)で表されるジアルキルジアルコキシシランが挙げられる。
Si(OR) ・・・(1)
SiR(OR) ・・・(2)
SiR(OR) ・・・(3)
なお、式(1)〜(3)において、Rはメチル(Me)基又はエチル(Et)基、R及びRは、それぞれ独立して任意の置換基を有していてもよいアルキル基又はアリール基を表す。
【0031】
一般式(1)で表されるテトラアルコキシシランの具体例としては、テトラメトシシシラン(TMOS、R=Me)、テトラエトキシシラン(TEOS、R=Et)が挙げられる。
一般式(2)で表されるモノアルキルトリアルコキシシランの具体例としては、メチルトリメトキシシラン(MTrMOS、R=R=Me)、メチルトリエトキシシラン(MTrEOS、R=Et、R=Me)、3−アミノプロピルトリメトキシシラン(APrTMOS、R=Me、R=NHCHCHCH−)、3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APrTrEOS、R=Et、R=NHCHCHCH−)、ブチルトリメトシシシラン(BuTrMOS、R=Me、R=C)、n−ブチルトリエトキシシラン(n−BuTrEOS、R=Et、R=C)、フェニルトリメトキシシラン(PheTrMOS、R=Me、R=C)、フェニルトリエトキシシラン(PheTrEOS、R=Et、R=C)、3−トリメトキシシリルプロピルメタクリレート(TSM、R=Me、R=CH=C(CH)COO(CH−)等が挙げられる。
一般式(3)で表されるジアルキルジアルコキシシランの具体例としては、ジメチルジメトキシシラン(DMDMOS、R=R=R=Me)、ジメチルジエトキシシラン(DMDEOS、R=Et、R=R=Me)、ジブチルジメトキシシラン(DBDMOS、R=R=R=C)、ジブチルジエトキシシラン(DBDEOS、R=Et、R=R=C)等が挙げられる。
これらのアルコキシシラン化合物は、単独で用いてもよく、任意の2以上を組み合わせて(例えば、ジアルキルジアルコキシシランとテトラアルコキシシランの混合物)用いることもでき。それぞれ重縮合によりホモポリマー及びコポリマー(共重合体)を生成する。
【0032】
固定化酵素ナノファイバーの製造に用いられるアルコキシシランの種類、組み合わせ、濃度及び組成比、他の高分子化合物との濃度比は、用いられる酵素の種類、酵素反応に用いられる溶媒の種類等に応じて適宜選択される。
例えば、反応中心近傍に存在する疎水性環境によって反応性が向上するリパーゼ等の酵素を用いる場合には、一般式(2)及び(3)で表されるアルコシキシラン化合物の組成比を高くすることが好ましい。また、一般式(1)及び(2)で表されるアルコキシシラン化合物の組成比を高くすると、シロキサン鎖間で架橋を形成することができ、酵素の漏出を抑制しつつ、反応基質の酵素へのアクセスを改善することができる。
【0033】
加水分解及び重縮合反応を経てシロキサン重合体を生成するアルコキシシラン化合物であれば、上記以外のアルコキシシラン化合物を用いることができる。また、ポリシリカやケイ酸ナトリウムを用いることもできる。
更に、アルコキシシランの代わりに、アルミニウム、ジルコニウム、チタンのアルコキシドを用いることもできる。
【0034】
固定化酵素ナノファイバーの製造に用いることができる酵素に特に制限はなく、エレクトロスピニング法により失活しない任意の酵素を用いることができる。また、固定化酵素ナノファイバーの製造には、生体等に由来の酵素(いわゆるNative酵素)をそのまま用いてもよく、活性、熱安定性、及び至適pH改変のためにタンパク質構造に改変又は修飾を施した酵素を用いてもよい。酵素の改変又は修飾には、化学的手法、遺伝子工学的手法及び分子進化工学的手法のいずれを用いてもよい。
【0035】
固定化酵素ナノファイバーの製造に用いることができる酵素としては、例えば、以下に示す各種酵素が挙げられる。
(1)ホルメートデヒドロゲナーゼ、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、グリセルアルデヒドリン酸デヒドロゲナーゼ、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ、グルコースオキシダーゼ、コレステロールオキシダーゼ、L−アミノ酸オキシダーゼ、D−アミノ酸オキシダーゼ、リポキシゲナーゼ、尿酸オキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼ、プロトカテク酸−3,4−ジオキシゲナーゼ、ピリジンヌクレオチドトランスヒドロゲナーゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)、カタラーゼ、L−グルタミン酸デヒドラーゼ等の酸化還元酵素。
(2)乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)、グルタミン酸−ピルビン酸トランスアミナーゼ、クレアチンキナーゼ、ピルビン酸キナーゼ、ヘキソキナーゼ、トロンボキナーゼ、ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、カルバミン酸キナーゼ、トランスアルドラーゼ、ホスホリラーゼ、ポリヌクレオチドホスホリラーゼ、デキストランスクラーゼ、tRNA−ヌクレオチジルトランスフェラーゼ、NADピロホスホリラーゼ等の転移酵素。
【0036】
(3)α−アミラーゼ、β−アミラーゼ、アルドラーゼ、インベルターゼ、ジアスターゼ、β−グルコシダーゼ、β−フルクトフラノシダーゼ、アミログルコシダーゼ、ラクターゼ、グルコアミラーゼ、デキストラナーゼ、タカアミラーゼA、ヒアルロニダーゼ、アルカリ性タンパク質分解酵素、中性タンパク質分解酵素、トリプシン、α−キモトリプシン、σ−キモトリプシン、パパイン、スブチリシン、スブチロペプチターゼA、スブチロペプチターゼB、ペプシン、カルボキシペプチダーゼ、レニン、アミノペプチダーゼM、ロイシンアミノペプチダーゼ、アピラーゼ、ナリンギナーゼ、カリクレイン、エラスターゼ、チマーゼ、フィシン、プロナーゼ、アスパラキナーゼ、アスパルターゼ、ブロメリン、レンニン、プロリダーゼ、リパーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、アミノアシラーゼ、ステロイドエステラーゼ、アシッドフォスファターゼ、アルカリフォスファターゼ、フルクトースジホスファターゼ、無機ピロホスファターゼ、アミノアシラーゼ、アミノアシラーゼ1、ATPアーゼ、ATPデアミナーゼ、AMPデアミナーゼ、リボヌクレアーゼ、リボヌクレアーゼT1、ミオシンATPアーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ1、ペニシリンアミダーゼ、ペニシリナーゼ、パラチオンヒドロラーゼ、アトラジンクロロヒドロラーゼ、ウレアーゼ、リゾチーム、トロンビン、アリルスルファターゼ、D−オキシニトリラーゼ等の加水分解酵素。
【0037】
(4)フェニルアラニンデカルボキシラーゼ、カルボニックアンヒドラーゼ等の脱離酵素。
(5)α−アミノ−ε−カプロラクタムラセマーゼ、グルコースイソメラーゼ、グルコースリン酸イソメラーゼ等の異性化酵素。
(6)クエン酸シンターゼ、スクシニルCoAシンターゼ等の合成酵素(リガーゼ)。
【0038】
また、これらの酵素の修飾及び改変体及びこれらの混合物又は筋肉酵素抽出液を用いてもよく、例えば、メトミオグロビン、シトクロムC等の酵素以外の機能性タンパク質を用いることもできる。
【0039】
酵素は、固定化酵素ナノファイバーの用途(酵素反応の種類、基質及び生成物)に応じて適宜選択される。例えば、タンパク質やペプチドの加水分解によるアミノ酸の製造には、トリプシン、α−キモトリプシン等のタンパク加水分解酵素が、脂質及び脂肪酸エステルの加水分解による脂肪酸の製造には、リパーゼがそれぞれ用いられる。これらの加水分解酵素は、反応溶媒として有機溶媒を用いることにより、逆反応であるエステル又は酸アミドの合成触媒として用いることもできる。
また、有用物質の生産以外の用途として、例えば、グルコースオキシダーゼを用いた溶液中のグルコース濃度の定量等のバイオセンサーへの応用が挙げられる。
【0040】
エレクトロスピニング法による紡糸原料として用いられる溶液11は、上記のような高分子化合物、及び酵素を適当な溶媒に溶解させて調製する。溶媒は、高分子化合物及び酵素の両者を適当な濃度で溶解させることができる単一溶媒又は混合溶媒が好ましく用いられる。例えば、高分子化合物がPVA等の水溶性高分子化合物である場合には、酵素に対しても良溶媒である水が用いられる。
溶液11に含まれる高分子化合物及び酵素の濃度は、用いられる高分子化合物及び酵素の種類及びその組み合わせ、紡糸しようとする固定化酵素ナノファイバー14の直径等に応じて適宜調節される。
【0041】
次に、本発明の第2の実施の形態に係る反応装置について説明する。反応装置は、固定化酵素担体として、前記実施の形態の固定化酵素ナノファイバー14を使用している。反応装置は、回分式(バッチ式)、流通式のいずれであってもよく、反応装置のスケール(内容積等)にも特に制限はない。
固定化酵素ナノファイバー14を用いた固定化酵素担体は、反応溶液との接触面積を確保しつつ反応溶液の流通を妨げにくく、かつ複数枚積層して用いることも可能な不織布であることが好ましい。
【実施例】
【0042】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。なお、以下の実施例においては、酵素としてリパーゼを、高分子化合物としてポリビニルアルコールを用いた場合について説明するが、本発明はこれらの組み合わせに限定されるものではない。
【0043】
(1)エレクトロスピニング法によるPVAナノファイバー作製条件の検討
図1に記載のエレクトロスピニング装置を用いて、リパーゼを含まないPVA水溶液を原料溶液とし、種々の条件下で(PVA水溶液濃度、印加電圧、射出速度、極板間(紡糸口−回収板間)距離)PVAナノファイバーを作製した。得られた不織布状のPVAナノファイバーを走査型電子顕微鏡で観察し、繊維径を測定した。
PVA水溶液濃度、印加電圧、射出速度、及び極板間距離がPVAナノファイバーの繊維径に及ぼす影響について検討した結果、PVA水溶液濃度10重量%、印加電圧15kV、射出速度1.0mL/時、及び極板間距離10cmとしたときに、繊維径が約0.75μmのナノファイバーを再現性よく得られることがわかった。以下の実施例では、これらの条件下でナノファイバーの作製を行うこととした。
【0044】
(2)リパーゼ固定化PVAナノファイバーの作製及び酵素活性の評価
精製水180mLとPVA(シグマ−アルドリッチ社、加水分解率98〜99%、平均分子量146,000〜186,000、以下同じ)20gとを混合し、数時間湯煎して溶解させた。こうして得られたPVA10%水溶液15mLを取り、リパーゼ(和光純薬(株)、リパーゼF−AP、以下同じ)150mg(1重量%)を溶解させ、エレクトロスピニング法(印加電圧15kV、射出速度1.0mL/時、極板間距離10cm)を用いて、不織布状のリパーゼ固定化PVAナノファイバーを作製した。
このようにして得られたリパーゼ固定化PVAナノファイバーを真空乾燥し、質量が0.1gとなるよう切り出した切片を、室温の飽和LiCl水溶液上で24時間水和処理した。このようにして得られた水和粉末を、基質として(S)−グリシドール20mM、酢酸ビニル0.4Mを含むイソオクタン溶液40mL中に分散させ、35℃、撹拌速度300rpmの条件下で、リパーゼを触媒とするエステル交換反応(下式参照)を行った。
【0045】
【化1】

【0046】
反応開始から5分毎に4回サンプリングを行い、反応生成物である酢酸(S)−グリシジルの濃度を、ガスクロマトグラフィ(GLC)でモニターした。酢酸(S)−グリシジル濃度の時間変化より、反応の初速度を求めたところ、リパーゼ1mg当たりの反応初速度として6.3μM/mg/minという値が得られた。
なお、同様の測定を行ったところ、反応初速度として2.0μM/mg/minという値が得られた。
また、エレクトロスピニング法に用いた溶液を凍結乾燥後粉砕したリパーゼ包括PVA粉末を用いて同様の測定を行ったところ、反応初速度として4.8μM/mg/minという値が得られた。この結果から、ナノファイバーとすることにより酵素活性が増大していることがわかる。
【0047】
(3)リパーゼ固定化PVA−ポリシロキサンナノファイバーの作製
TMOS(テトラメトキシシラン)0.136mmol、ジメチルジメトキシシラン(DMDMOS)、及びDMDMOS−TMOSの4:1(モル比)混合物のいずれか(0.681mmol)を精製水23.3μL、及び40mM塩酸1.5μLとそれぞれ混合し、加水分解を行った。これを氷水で冷却しながら100mMリン酸緩衝液(NaHPO−KHPO、pH7.5)50μLを混合し、更にリン酸緩衝液167μLに溶解したリパーゼ150mgを加えた。このようにして得られた3種類の溶液をそれぞれ10%PVA水溶液15gに加え、よく撹拌した後、エレクトロスピニング法(印加電圧15kV、射出速度1.0mL/時、極板間距離10cm)を用いて、不織布状のリパーゼ固定化PVA−ポリシロキサンナノファイバーを作製した。
(2)で作製したリパーゼ固定化PVAナノファイバーと同様に処理し、得られた水和粉末を、基質として(S)−グリシドール20mM、酢酸ビニル0.4Mを含むイソオクタン溶液40mL中に分散させ、35℃、撹拌速度300rpmの条件下でエステル交換させた。反応開始から5分毎に4回サンプリングを行い、反応生成物である酢酸(S)−グリシジルの濃度を、ガスクロマトグラフィ(GLC)でモニターした。酢酸(S)−グリシジル濃度の時間変化より、反応の初速度を求めた。
得られた結果を、(2)において得られた結果と併せて表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
なお、表1において、No.1及びNo.2は、それぞれ反応基質のイソオクタン溶液中に直接分散させた粉末状のリパーゼ、及びリパーゼ固定化PVAナノファイバーより得られた水和粉末を表し(前記(2)参照)、No.3〜6は、本実施例において、種々の条件下で調製したリパーゼ固定化PVA−ポリシロキサンナノファイバーより得られた水和粉末を表す。
No.1と2との比較より、リパーゼをPVA中に固定化することによって、酵素活性が向上していることがわかる。
No.2とNo.3及び4の結果との比較より、TMOS由来のシロキサン重合体の高分子マトリックスへの導入は、リパーゼ近傍の親水性を高めるため酵素活性はむしろ低下するが、DMDMOS由来のシロキサン重合体の高分子マトリックスへの導入は、リパーゼ近傍に疎水性環境をもたらすことにより酵素活性が向上することがわかる。
【0050】
なお、No.5は、DMDMOS加水分解物とリパーゼとの混合溶液を凍結乾燥し、得られた凍結乾燥粉末を10%PVA水溶液に加えた溶液から作製したリパーゼ固定化ナノファイバーより得られた結果である。凍結乾燥を行わなかった場合(No.4)に比べて若干酵素活性は低下するものの、No.1及び2に比べて高い酵素活性を示すことがわかる。
また、No.4と6との比較より、DMDMOS及びTMOSを共に高分子マトリックスに導入することで、更に酵素活性が向上することがわかる。これは、シロキサン鎖間で架橋が形成されることにより、立体的な骨格が形成されたため、反応基質がリパーゼと接触しやすくなることによると考えられる。
【0051】
(4)リパーゼ固定化PVAナノファイバーへのシロキサンゲルの被覆
(2)で作製した不織布状のリパーゼ固定化PVAナノファイバーを真空乾燥後、質量が0.1gとなるよう切り出した切片を、35℃に加温した5%DMDMOSヘキサン溶液に撹拌しながら85時間浸漬した。溶液から取り出したリパーゼ固定化PVAナノファイバーは、空気中の水分により加水分解したDMDMOSより生成したシロキサンゲルで被覆されていた。これを真空乾燥後、上述の方法により酵素活性を測定したところ、反応初速度として12μM/mg/minという値が得られた。この結果を、表1のNo.2の結果と比較すると、PVAのみを高分子マトリックスとして用いた場合よりも酵素活性が向上していることがわかる。このことから、リパーゼをPVAマトリックス中に固定化した後にDMDMOSで処理することによっても、リパーゼの酵素活性を向上させることができることが確認された。
【0052】
(5)リパーゼ固定化PVAナノファイバー及びリパーゼ固定化PVA−ポリシロキサンナノファイバーを用いた反応装置の作製並びに性能評価
(2)と同様の方法により作製、真空乾燥、及び水和処理した不織布状のリパーゼ固定化PVAナノファイバー、並びに(3)と同様の方法により(DMDDOS−TMOS4:1混合物を使用)作製、真空乾燥、及び水和処理した不織布状のリパーゼ固定化PVA−ポリシロキサンナノファイバーを、それぞれ6mm径のパンチで切り出し、それぞれ円筒形の流通型反応装置に装入した。
基質として(S)−グリシドール20mM、酢酸ビニル0.4Mを含むイソオクタン溶液を、一定流量(1.0、0.5、0.1mL/min)で通液し、反応開始から10分毎にサンプリングを行い、反応生成物である酢酸(S)−グリシジルへの変換率を、ガスクロマトグラフィ(GLC)でモニターした。変換率が一定になった時点の値を定常反応率とした。結果は表2に示すとおりである。
【0053】
【表2】

【0054】
流速が小さいほど定常反応率が高くなること、及びリパーゼ固定化PVA−ポリシロキサンナノファイバーの方がリパーゼ固定化PVAナノファイバーよりも高い定常反応率を示すことがわかる。
【0055】
リパーゼ固定化PVAナノファイバー及びリパーゼ固定化PVA−ポリシロキサンナノファイバーを、それぞれ反応装置中に27枚、及び100枚装入し、流通速度0.5mL/minで上記と同様の測定を行った結果を表3に示す。
【0056】
【表3】

【0057】
リパーゼ固定化PVAナノファイバー及びリパーゼ固定化PVA−ポリシロキサンナノファイバーのいずれの場合についても、積層枚数を多くすることによって定常反応率が向上していることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る固定化酵素ナノファイバーの製造に用いられるエレクトロスピニング装置の概略説明図である。
【符号の説明】
【0059】
10:エレクトロスピニング装置、11:溶液、12:シリンジポンプ、13:紡糸口、14:固定化酵素ナノファイバー、15:回収板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エレクトロスピニング法により紡糸された直径が100nm〜3μmの繊維状の高分子マトリックス中に酵素が固定化されていることを特徴とする固定化酵素ナノファイバー。
【請求項2】
請求項1記載の固定化酵素ナノファイバーにおいて、前記酵素はリパーゼであることを特徴とする固定化酵素ナノファイバー。
【請求項3】
請求項1及び2のいずれか1項に記載の固定化酵素ナノファイバーにおいて、前記高分子マトリックスは、アルコシキシラン化合物の重縮合により生成したシロキサン重合体を含んでいることを特徴とする固定化酵素ナノファイバー。
【請求項4】
請求項3記載の固定化酵素ナノファイバーにおいて、前記シロキサン重合体は、ジアルキルジアルコキシシランとテトラアルコキシシランとの混合物の重縮合により生成した共重合体であることを特徴とする固定化酵素ナノファイバー。
【請求項5】
紡糸可能な高分子化合物及び酵素を含む原料溶液を調製する工程と、前記原料溶液をエレクトロスピニング法により紡糸する工程とを有することを特徴とする固定化酵素ナノファイバーの製造方法。
【請求項6】
請求項5記載の固定化酵素ナノファイバーの製造方法において、前記酵素はリパーゼであることを特徴とする固定化酵素ナノファイバーの製造方法。
【請求項7】
請求項5及び6のいずれか1項に記載の固定化酵素ナノファイバーの製造方法において、前記原料溶液が更に1種類又は2種類以上のアルコキシシラン化合物のゾルを含み、前記紡糸する工程において該アルコキシシラン化合物の重縮合によりシロキサン重合体が生成することを特徴とする固定化酵素ナノファイバーの製造方法。
【請求項8】
請求項7記載の固定化酵素ナノファイバーの製造方法において、前記アルコキシシラン化合物が、ジアルキルジアルコキシシランとテトラアルコキシシランの混合物であることを特徴とする固定化酵素ナノファイバーの製造方法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の固定化酵素ナノファイバーにより形成された不織布を固定化酵素担体として用いたことを特徴とする反応装置。

【図1】
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【公開番号】特開2009−5669(P2009−5669A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−172755(P2007−172755)
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【Fターム(参考)】