説明

土壌からの有用細菌直接分離方法、同法により分離された有用細菌および該細菌を利用した製品

【課題】 納豆菌等の有用細菌を土壌以外の物からではなく直接土壌から分離できる土壌からの有用細菌直接分離方法を提供すること。
【解決手段】 土壌からの有用細菌直接分離方法は、採取土壌を風乾処理する風乾過程、風乾処理された土壌を滅菌水に懸濁し、その後段階希釈することによって培養に供する懸濁液を得る懸濁過程、ついで、得られた懸濁液を培地に加えて30℃以上にて24時間以上培養処理する培養過程、そして、培養過程により発育したコロニーの一つを単個移植して目的とする分離菌株を得る分離過程と、から構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は土壌からの有用細菌直接分離方法、同法により分離された有用細菌および該細菌を利用した食品に係り、特に、有用細菌を土壌以外の物からではなく直接土壌から分離できる方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
納豆菌(Bacillus Subtilis natto) の分離方法でもっとも安直な方法は、市販の納豆から分離するものである(食品総合研究所編:納豆試験法、p70〜71)。また納豆菌を自然界から分離する方法としては、「わらづと」を用いた伝統的手法に従って納豆を製造し、できた納豆から分離する間接的な方法(特許文献1)が一般的である。
【0003】
【特許文献1】特開平6−261744「納豆菌株と、この納豆菌株を用いて製造した納豆」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、市販の納豆からの納豆菌分離方法は、これを製造・販売等産業上利用する場合は、納豆製造企業もしくは種菌供給企業が保有する特許権等の権利について考慮しなくてはならない。
【0005】
また特許文献1による方法では、納豆菌分離を実施する場所は、イネ栽培地域やその近隣地域に限られる。稲作利用以外の土地においても、納豆菌やその他の有用細菌を、容易に分離する技術があれば便利である。
【0006】
たとえば、国有林野、あるいは県立自然公園等の国・自治体等が管理する土地においてイネを栽培できないことはいうまでもないが、このような土地の中には、その土地が観光地である、世界遺産である等の理由によって、その地名に付加価値の認められる場合が多数存在する。
【0007】
また、その土地から得られる納豆菌等の有用微生物を用いて食品等を製造し、そのような種菌の由来を商品販売上のセールスポイントとすることにも、商業上の価値が十分に認められる。
【0008】
一方、納豆製品に限れば、従来市販の納豆製品については、消費者によってアンモニア臭が敬遠される傾向がある。これに対応して「無臭」納豆を開発した事例も存在するが、無臭化の度合いは決して十分とはいえない。
【0009】
本発明は、これら従来技術を踏まえて、従来技術の問題を解決しようとするものであり、納豆菌等の有用細菌を土壌以外の物からではなく直接土壌から分離できる、土壌からの有用細菌直接分離方法、さらに、同法により分離された有用細菌および該細菌を利用した食品等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、課題を解決し得ることを見出し、本発明に至った。すなわち、本願において特許請求もしくは少なくとも開示される発明は、以下の通りである。
【0011】
(1) 土壌を風乾処理する風乾過程、風乾処理された土壌を滅菌水に懸濁しその後段階希釈して培養に供する懸濁液を得る懸濁過程、得られた懸濁液を培地に加えて培養処理する培養過程、該培養過程により発育したコロニーの一つを単個移植して分離菌株を得る分離過程からなる、土壌からの有用細菌直接分離方法。
(2) 前記分離過程において単個移植するコロニーは、羽毛状コロニーであることを特徴とする、(1)に記載の土壌からの有用細菌直接分離方法。
(3) 前記培養過程においては、普通寒天培地を用いて30℃以上にて24時間以上培養することを特徴とする、(1)または(2)に記載の土壌からの有用細菌直接分離方法。
(4) 前記有用細菌は納豆製造能力を備えていることを特徴とする、(1)ないし(3)のいずれかに記載の土壌からの有用細菌直接分離方法。
(5) (1)ないし(4)のいずれかに記載の土壌からの有用細菌直接分離方法により分離された細菌。
【0012】
(6) 分離源である土壌は白神山地内の任意の箇所から採取されたものであることを特徴とする、(5)に記載の細菌。
(7) (5)または(6)に記載の細菌を用いて得られるナットウキナーゼ。
(8) (5)または(6)に記載の細菌を用いて得られる食品。
(9) (5)または(6)に記載の細菌を用いて得られるアンモニア臭のない納豆。
(10) (5)または(6)に記載の細菌を用いて得られる食品以外の製品。
【発明の効果】
【0013】
本発明の有用細菌直接分離方法、同法により分離された有用細菌および該細菌を利用した食品等は上述のように構成されるため、これによれば、納豆菌等の有用細菌を土壌以外の物からではなく直接土壌から分離することができる。そして、そのようにして分離された有用細菌を用いて、食品等を提供することができる。
【0014】
納豆菌に関していえば、本発明の有用細菌直接分離方法等によって、納豆菌を、イネ栽培地に限定されずに、たとえば白神山地などの直接土壌から、直接分離することができる。そしてこの場合は、このようにして分離された有用細菌を用いて製造した納豆に、種菌由来地として白神山地を謳うことができる等、商業上価値がある。
【0015】
また、納豆菌および納豆製造に関していえば、本発明方法によって分離可能な納豆菌で製造される納豆、少なくとも白神山地由来の納豆菌による納豆には、アンモニア臭がない。また納豆独特の納豆臭さもない。しかも、従来提供されてきたいわゆる無臭納豆と比較しても、無臭度合いが高い。一方、糸引き性や食感は従来の納豆と変わらない。したがって、アンモニア臭のために納豆を敬遠してきた消費者に対しても、優れた無臭納豆として購買意欲を惹起することとなり、納豆の消費拡大につなげることもできる。
【0016】
なお、本発明において「アンモニア臭」と「納豆臭さ」の違いは、次の通りである。「アンモニア臭」は、納豆菌によってダイズタンパク質がアミノ酸に分解され、アミノ酸がさらにアンモニアまで分解され、それがガス化して臭気として感じられるものである。つまりアンモニア臭は、アンモニアそのものの臭気である。なおアンモニアは、「毒物及び劇物取締法」によって「劇物」に指定されている。一方「納豆臭さ」は、他の言語によって形容し得ない納豆独特の臭気である。たとえば「フルーツの香り」とか「ワキガ臭」などと同類の、形容語範疇に入る。納豆臭気の成分は68種類あるといわれているが、その中でも代表的なものとしては、ピラジン類、ジアセチル、低級分岐脂肪酸が挙げられる。低級分岐脂肪酸にはイソ吉草酸、イソ酪酸などがあり、アミノ酸からロイシン脱水素酵素などの作用により発生するものである。既存のいわゆる「におわない納豆」の一つは、この低級分岐脂肪酸の発生を抑えたものとされている。
【0017】
なおまた、納豆菌が産生する酵素であるナットウキナーゼは、高いフィブリン溶解能と強い遷延性を備えるため、心筋梗塞・脳卒中等の循環器系疾患予防に有効である上、老人性痴呆症・難聴の治療効果もあるとされている。本発明によれば、直接土壌から納豆菌を分離することができるため、かかる有用な酵素であるナットウキナーゼの製造にも、本発明は大いに貢献するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明についてより詳細に説明する。
本発明の土壌からの有用細菌直接分離方法は、主として、分離目的有用細菌が含まれていると予想される採取土壌を風乾処理する風乾過程、ついで、風乾処理された土壌を滅菌水に懸濁し、その後段階希釈することによって培養に供する懸濁液を得る懸濁過程、ついで、得られた懸濁液を培地に加えて実際に培養処理する培養過程、そして、培養過程により発育したコロニーの一つを単個移植して目的とする分離菌株を得る分離過程、とから構成される。
【0019】
かかる構成により、風乾過程では、分離目的有用細菌が含まれていると予想される採取土壌が風乾処理され、懸濁過程では、風乾処理された土壌が滅菌水に懸濁された後段階希釈されて培養に供する懸濁液が得られ、ついで培養過程では、得られた懸濁液が培地に加えられて実際に培養処理がなされ、そして分離過程では、培養過程により発育したコロニーの一つが単個移植されて、目的とする分離菌株が得られる。
【0020】
風乾過程における採取土壌の風乾は、従来公知の方法に従って行えばよい。また、懸濁過程、培養過程、分離過程とも、以下特に断らない限りは、従来公知の方法に基づいて行うことができる。たとえば培養過程においては、普通寒天培地を用いて30℃以上にて24時間以上培養するものとすることができる。
【0021】
本発明方法を用いて、納豆菌を分離することができる。この場合は、分離過程において単個移植するコロニーを、羽毛状コロニーとする。すなわち、かかるコロニーを納豆菌と推定するのである。実際に納豆菌か否かは、これにより納豆を製造することができるか否か、すなわち納豆製造能力の有無を試験することによって、確認することができる。
【0022】
ところで、納豆菌の利用方法は、納豆製造のみに限定されない。たとえばダイズ以外の食材に納豆菌を作用させた発酵食品や、ナットウキナーゼ、さらに洗剤・消臭剤・防カビ剤・練り歯磨き、あるいは農薬等にも利用可能であり、本発明の分離方法による納豆菌も、これら各分野の製品に応用できるものと考えられる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明がかかる実施例に限定されるものではない。
<実施例 白神山地土壌からの納豆菌分離と納豆製造>
<1 土壌からの納豆菌の分離>
白神山地の土壌からの納豆菌分離を試験することとした。
なお、白神山地から納豆菌を直接分離するに際しては、当該地域は国有林野であることから、入林のための「入林許可証」を平成20年4月1日付け「20津管第8号」により津軽森林管理署長から得た。また当該地域は青森県立自然公園でもあることから、土壌採取のための「土石採取許可証」を平成20年3月28日付け「指令第744号」により青森県知事から得た。
【0024】
以下、白神山地土壌からの納豆菌の分離方法を説明する。
〈1〉白神山地内の任意の箇所より、1箇所当たり100gの土壌を採取し、小型プラスチック容器に入れ、密栓して持ち帰った。室内で土壌10gをハトロン紙上に広げ、さらに空中浮遊微生物の汚染を防ぐために同じハトロン紙で覆い、空気の攪拌のない状態で5〜7日間放置し、土壌の風乾処理を行った。
【0025】
〈2〉風乾土壌を100ml滅菌水を入れた300ml容三角フラスコ内に懸濁させ、十分に拡散させた。これを、乾熱滅菌した目の細かいガーゼで濾過し、さらに滅菌水で1/10および1/100に希釈した。
【0026】
〈3〉各々の懸濁液の0.2mlを直径90mmペトリ皿の普通寒天培地(日水製薬株式会社製)上に滴下し、火炎滅菌白金耳で全面に広げ、クリーンベンチ内の通風下で表面が乾燥するまで静置した。表面乾燥後に30℃で培養した。
【0027】
〈4〉培養24時間後に、直径数mmに発育した羽毛状コロニーを納豆菌と推定した。コロニー小片を火炎滅菌白金線で掻き取り、少量の滅菌水中に懸濁し、これに火炎滅菌白金耳を浸して、上記同様の培地上に画線移植し、30℃にて培養した。
【0028】
〈5〉培養24時間後に、周辺に雑菌の発育が見られない羽毛状コロニー1個を、直径18mm試験管の普通寒天斜面培地に移植し、これを分離菌株とした。
【0029】
<2 分離した納豆菌による納豆の製造>
分離菌株の納豆製造能力の検査は、一般的な納豆製造法(食品総合研究所編:納豆試験法、p15〜16)に従って実施し、納豆製造能力が認められた菌株を納豆菌と判断した。
【0030】
上記方法により製造された納豆は、糸引き性・食感に変化はないが、従来の納豆のような「アンモニア臭」および、いわゆる「納豆臭さ」は感じられなかった。なお、微かな「発酵臭」は感じられたが、決して不快な臭いではなかった。
【0031】
製造された納豆のアンモニア臭、納豆臭さ、糸引き性、食感の各特徴について、より詳細に説明する。なお以下の説明では、上記方法により分離された菌を「白神菌」という。白神菌7菌株および在来菌1菌株を用い、38℃24時間培養後に一夜冷暗所で熟成させ、翌朝室内に取り出した時を当日とし、当日ならびにその1〜5日後に、「食品総合研究所編:納豆試験法、p61〜63」に従って官能評価試験を実施した。取り出した室内の条件は、温度25〜27℃、相対湿度65%前後である。
【0032】
上記官能評価試験法に則りながら、「香り」に関しては、本発明は納豆臭が極めて弱く、かつアンモニア臭がないことを最大の特徴とすることから、納豆臭を、−:感じない、±:微かに感じる、+:感じる、++:強く感じる、とし、またアンモニア臭を、−:感じない、+:感じる、++:強く感じる、と評価した。
【0033】
なお、本官能評価試験の直接の試験者は60歳男性1名であるが、「食感」、「納豆臭」および「アンモニア臭」については、分離菌株の納豆製造能試験の過程で、男性・女性双方を含む複数人によっても、試験者と同様の評価がなされ、評価の客観性が確認された。表1は、白神菌により製造された納豆の官能評価試験結果をまとめて示したものである。なお表中、納豆臭とアンモニア臭以外の判定基準は次の通りである。
1:悪い 2:やや悪い 3:普通 4:やや良い 5:良い
評価に幅があるものは、菌株によって判定が異なることを意味する。
【0034】
【表1】

【0035】
白神菌7菌株によって製造された納豆は、菌株によって判定が若干異なる結果となったが、総体的には、製造後に室内に保存したものでも、納豆臭さは強くならず、アンモニア臭は全く発生しなかった。外観品質ならびに食味官能も良好のままで維持され、総合評価は「やや良い」〜「良い」という結果となった。また、白神菌7菌株のうち1菌株(事業実施過程での暫定的な菌株番号は2−34)は、5日後でも総合評価が「良い」結果となり、実用性が高いものと判断された。
【0036】
ところで、本実施例において分離された納豆菌には、実施例にも挙げたように、白神山地由来を意味する菌株名を付すこととしたが、より詳細には下記の通りである。
Bacillus subtilis natto 白神−1
しらかみ−2
シラカミ−3
shirakami−4
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の有用細菌直接分離方法等によれば、納豆菌等の有用細菌を土壌以外の物からではなく直接土壌から分離することができ、それを用いて、納豆、納豆以外の食品、酵素その他の製品を提供することができる。したがって、産業上利用性が高い発明である。
【0038】
また本発明実施例において得られる、世界自然遺産・白神山地という太古以来のブナ原生林で生き続けた納豆菌を用いて製造された納豆は、消費者に白神山地のイメージを強く印象づけることが可能である上、アンモニア臭がないことから、広く購買意欲を高め、納豆の消費拡大に寄与することができるものである。





【特許請求の範囲】
【請求項1】
土壌を風乾処理する風乾過程、風乾処理された土壌を滅菌水に懸濁しその後段階希釈して培養に供する懸濁液を得る懸濁過程、得られた懸濁液を培地に加えて培養処理する培養過程、該培養過程により発育したコロニーの一つを単個移植して分離菌株を得る分離過程からなる、土壌からの有用細菌直接分離方法。
【請求項2】
前記分離過程において単個移植するコロニーは、羽毛状コロニーであることを特徴とする、請求項1に記載の土壌からの有用細菌直接分離方法。
【請求項3】
前記培養過程においては、普通寒天培地を用いて30℃以上にて24時間以上培養することを特徴とする、請求項1または2に記載の土壌からの有用細菌直接分離方法。
【請求項4】
前記有用細菌は納豆製造能力を備えていることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の土壌からの有用細菌直接分離方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の土壌からの有用細菌直接分離方法により分離された細菌。
【請求項6】
分離源である土壌は白神山地内の任意の箇所から採取されたものであることを特徴とする、請求項5に記載の細菌。
【請求項7】
請求項5または6に記載の細菌を用いて得られるナットウキナーゼ。
【請求項8】
請求項5または6に記載の細菌を用いて得られる食品。
【請求項9】
請求項5または6に記載の細菌を用いて得られるアンモニア臭のない納豆。
【請求項10】
請求項5または6に記載の細菌を用いて得られる食品以外の製品。


【公開番号】特開2010−51197(P2010−51197A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−217453(P2008−217453)
【出願日】平成20年8月26日(2008.8.26)
【出願人】(309015019)地方独立行政法人青森県産業技術センター (52)
【Fターム(参考)】