説明

培養チャンバ、培養装置、及び培養液の送液方法

【課題】 培養液を用いる細胞や組織の培養に適した培養チャンバ、培養装置、及び培養液の送液方法を提供する。
【解決手段】 培養液14を用いて培養物12を培養する培養チャンバ2であって、培養液とともに培養物を収容する培養空間部10と、この培養空間部に培養液を導入させる導入部(導入口30)と、培養空間部から培養液を排出させる排出部(排出口32)と、培養空間部の導入部側に形成されて、導入部から培養空間部に導入された培養液に、導入部と排出部とを結ぶ仮想線と交差方向に向けて培養空間部の内壁面から拡散することにより、排出部に至る液流を生じさせる整流部(立壁40、小空間部44)とを備える構成である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトや動物の細胞・組織の培養に用いる培養チャンバに関し、特に、培養液を用いる培養チャンバ、培養装置、及び培養液の送液方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトや動物の細胞や組織の培養には、培養液が用いられるとともに、その培養液と細胞や組織を収容するシャーレ等の容器が用いられ、容器内の培養液中で細胞や組織を成長させる技術が知られている。培養液は、細胞や組織に対する培養媒体であるとともに栄養分や酸素等の空気の伝送媒体としての機能を果たしている。培養過程において、培養液から細胞や組織に栄養分や酸素等が吸収されるので、細胞や組織に必要な栄養分の供給や、老廃物の除去等により、細胞や組織を生鮮な状態に維持するため、培養液の交換は不可欠である。この培養液の交換には、培養液源から細胞や組織を収容する容器に回路を通じて培養液を循環させる等のシステムが用いられる。雑菌による培養液や培養物の汚染を防止するため、斯かるシステムには例えば、密閉性容器や閉鎖系回路が用いられる。
【0003】
このような培養液等の交換に関し、外部環境と隔離した状態で培養器内の培地の交換を行いながら細胞の培養を行う細胞培養装置(特許文献1)、閉鎖系の回路に設けられたチャンバへ培養液を送液する細胞・組織培養装置(特許文献2)、培養液や酸素を灌流させる細胞培養装置(特許文献3)等がある。
【特許文献1】特開2004−016194号公報
【特許文献2】特開2003−061642号公報
【特許文献3】特開2004−147555号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、培養器で外部環境と隔離された細胞をピペットノズルで吸引して別の培養器へ移したり、培養器内の培地を吸引して移し、新しい培地を注入したりすることにより、培地交換をするもの(特許文献1)では、培養中の細胞に無用なストレスが加わったり、また、培地交換で細胞の流失等のおそれがある。例えば、図22に示すように、シャーレ200に培養液202とともに収容された培養物204にピペットノズル206で培養液202を注入すると、注入される培養液202が培養物204に対し、圧縮力aや剪断力bを作用させ、これらが培養物204に対するストレスとなるとともに、培養物204から細胞を流出(c)させてしまうおそれがある。
【0005】
また、閉鎖系回路を用いた培養(特許文献2)では、ピストンの駆動による培養液循環が可能であるが、この培養液循環が過大な物理刺激を培養物に与え、その物理刺激が予測できない性質を持つ細胞・組織に変化させるおそれがある。例えば、図23に示すように、閉回路中に設置された培養チャンバ208に管路210を通して培養液202を注入する場合では、培養チャンバ208の入口付近ではジェット流が発生し、出口付近では培養チャンバ208中の培養液202が合流して流速が増し、細胞や細胞外マトリクス212が、入口付近ではジェット流による圧縮力を受けたり、出口付近では速流を受けて流出するというおそれがある。また、細胞・組織に与えられるストレスによっては、目的外の性質を持つ細胞・組織に変化させるおそれもある。
【0006】
このように、培養液の交換や送液は培養に影響を与えるため、慎重に行われるとともに、迅速な交換処理が行われることが要請されるが、斯かる課題について、特許文献1〜3にはその開示はなく、それを解決する構成を開示し、又は示唆する記載もない。
【0007】
そこで、本発明の目的は、斯かる課題を解決するものであり、培養液を用いる細胞や組織等の培養物の培養に適した培養チャンバ、培養装置、及び培養液の送液方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決した本発明の構成について、各側面を列挙して説明する。
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の第1の側面は、培養液を用いて培養物を培養する培養チャンバであって、前記培養液とともに前記培養物を収容する培養空間部と、この培養空間部に前記培養液を導入させる導入部と、前記培養空間部から前記培養液を排出させる排出部と、前記培養空間部の前記導入部側に形成されて、前記導入部から前記培養空間部に導入された前記培養液に、前記導入部と前記排出部とを結ぶ仮想線と交差方向に向けて前記培養空間部の内壁面から拡散することにより、前記排出部に至る液流を生じさせる整流部とを備える構成である。
【0010】
斯かる構成により、培養空間部に導入部から排出部に向かって流れる培養液に緩やかな流れを生じさせるコアンダ効果が得られ、培養空間部内の培養液の交換が迅速に行える。
【0011】
上記目的を達成するためには、既述の培養チャンバにおいて、前記培養空間部の前記排出部側に形成されて、前記培養空間部の内壁面から導かれる前記培養液を前記排出部に導く排出整流部を備える構成としてもよい。斯かる構成により、培養空間部から培養液を排出部に穏やかに排出させることが可能となる。
【0012】
上記目的を達成するためには、既述の培養チャンバにおいて、前記培養空間部は、曲面を成す第1の内壁面と、この第1の内壁面と交差方向に形成された平坦面を成す第2の内壁面とを含む構成としてもよい。この第2の内壁面により、培養液に平行流を生じさせ、コアンダ効果を助長する。
【0013】
上記目的を達成するためには、既述の培養チャンバにおいて、前記整流部から前記排出部側に橋絡する支持部を備えた構成としてもよい。斯かる構成により、支持部に培養物が浮遊状態で支持される。
【0014】
上記目的を達成するためには、既述の培養チャンバにおいて、前記導入部は、前記培養液を通過させる通路径を前記排出部より小さく設定した構成としてもよい。
【0015】
上記目的を達成するためには、既述の培養チャンバにおいて、前記第1の内壁面の中途部に突部を設けた構成としてもよい。斯かる構成により、培養物を内壁面に密着させることなく、培養することができる。
【0016】
上記目的を達成するため、本発明の第2の側面は、培養装置であって、既述の培養チャンバを備えて前記培養物を培養する構成である。斯かる構成によれば、培養チャンバ内の培養液を穏やかな流れによって交換できるので、培養物に培養液の流れによる過度の刺激やストレスを生じさせることなく、安定した培養が可能である。
【0017】
上記目的を達成するため、本発明の第3の側面は、培養物を培養する培養液の送液方法であって、前記培養物が収容された培養空間部内に導入される培養液を、その導入方向と交差する方向に導き、前記培養空間部の内壁面から拡散させて排出させる液流を形成する構成である。斯かる構成により、培養液に穏やかな流れを生じさせ、コアンダ効果が得られる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、次の効果が得られる。
【0019】
(1) 緩やかな培養液交換ができ、培養物に圧縮力や剪断力等の無用なストレスを与えることなく、培養液の交換等の送液が得られる。
【0020】
(2) 少量の培養液の注入により、迅速に培養液交換を行える。
【0021】
(3) 細胞や組織等の培養物や細胞外マトリクスの流出を防止できる。
【0022】
(4) 培養液内の気泡の除去が容易であり、培養液の流量により、異なる液流を生成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
〔第1の実施の形態〕
【0024】
本発明の第1の実施の形態について、図1、図2、図3、図4及び図5を参照して説明する。図1は培養チャンバを示す斜視図、図2は培養チャンバを示す分解斜視図、図3は一方の閉塞板を示す斜視図、図4は閉塞板を外して培養チャンバを示した図、図5は図4のV−V線断面図である。
【0025】
この培養チャンバ2は、筒体で構成される本体部4を備えるとともに、この本体部4を閉塞する第1及び第2の閉塞板6、8を備え、円筒状の培養空間部10を構成している。即ち、この培養空間部10は、本体部4で構成される周回状の曲面からなる第1の内壁面11と、整流部を構成する第2の内壁面として、閉塞板6の平坦面を成す内壁面13(図3)と、閉塞板8の平坦面を成す内壁面15とで構成されている。この培養空間部10に生体の細胞や組織等の培養物12(図10)及び培養液14が収容される。本体部4及び閉塞板6、8は例えば、ステンレスやガラス等で構成され、本体部4及び閉塞板6に形成された複数の貫通孔16にボルト18を貫通させ、これらボルト18を閉塞板8側に形成されたねじ孔20にねじ込み、本体部4を閉塞板6、8の間に挟み込んで一体に固定され、本体部4に形成された内壁面11と、閉塞板6、8の内壁面13、15とにより、培養空間部10が形成されている。本体部4の各閉塞板6、8の当接面部には培養空間部10を周回する溝部22、24(図5)が形成され、これら溝部22、24にはそれぞれOリング26、28が位置決めされて本体部4と閉塞板6、8との間に挟み込まれ、培養空間部10がシールされている。
【0026】
本体部4には培養液14を培養空間部10に導入する導入部として導入口30、培養空間部10から培養液14を排出するための排出部として排出口32が形成され、これら導入口30及び排出口32は、培養空間部10を中心に対向するとともに、培養空間部10の中心方向と直交方向に形成されている。導入口30及び排出口32には、培養液14の循環パイプ34が連結され、その連結部をシールするためのOリング36、38が設置されている。
【0027】
本体部4の培養空間部10には、培養液14の液流を整流する整流部として、導入口30の開口部側に立壁40が形成されるとともに、この立壁40と培養空間部10の内壁面11とで包囲された小空間部44が形成されており、この小空間部44と閉塞板6、8の内壁面13、15との間にはスリット部46、48(図5)が形成されている。即ち、小空間部44は、スリット部46、48を以て培養空間部10に連通しており、導入口30より導入された培養液14が小空間部44からスリット部46、48を経て培養空間部10の内部に導かれる。
【0028】
培養空間部10には、培養物12を支持する支持部として、小空間部44の立壁40と対向壁面部との間に橋絡するV字状を成す一対の支持バー50、52が設置され、これら支持バー50、52は培養空間部10の深さ方向の中心部より閉塞板8側に変移した位置に設置され、閉塞板6、8と平行面を成している。これら支持バー50、52に対向する支持部として一対の立壁54、56が閉塞板6に設置されている。これら支持バー50、52と立壁54、56との間には間隙部58(図5)が形成され、この間隙部58に培養物12が設置される。また、この間隙部58を包囲する、培養空間部10の内壁面11には培養物12を内壁面11に密着させないための山形の突起部60、62が対向して形成される。
【0029】
この培養チャンバ2の導入口30の構成について、図6及び図7を参照して説明する。図6は導入口30及びその近傍部分を切断して表した斜視図、図7は、閉塞板とともに導入口30の近傍部分を示す断面図である。
【0030】
導入口30は、培養空間部10と直交方向に本体部4に形成された貫通孔であり、本体部4の外壁面側を径大孔部64、内壁面側を小径のノズル孔部66とし、これら径大孔部64とノズル孔部66との間の中間部の口径を階段状に異ならせるとともに、Oリング36を設置する中間孔部68とともに錐状孔部70が形成されている。
【0031】
また、小空間部44を形成する立壁40の高さが培養空間部10の高さより僅かに小さく設定され、小空間部44から培養空間部10に培養液14を導くためのスリット部46、48が形成されている。
【0032】
この培養チャンバ2の排出口32側の構成について、図8及び図9を参照して説明する。図8は、培養空間部側から見た排出口部分を示す図、図9は、排出口を切断して示した斜視図である。
【0033】
排出口32の周囲部には、排出整流部として、排出口32の中心部で交差する格子状の立壁72が形成され、この立壁72は、支持バー50、52と平行方向に形成された立壁部74と、この立壁部74と直交する立壁部76とで構成され、この立壁部76の一方の端面78は、支持バー50、52と同一面に形成されている(図5)。また、立壁72の排出口32と対向する部分には、排出口32の入口部を拡開するため、湾曲面からなる切欠部80が形成されている。
【0034】
また、排出口32は、培養空間部10と直交方向に本体部4に形成された貫通孔であって、本体部4の外壁面側を径大孔部82、本体部4の内壁面側を径小孔部84、これら径大孔部82と径小孔部84との間の中間部の口径を階段状に異ならせるとともに、Oリング38を設置する中間孔部86とともに錐状孔部88が形成されている。
【0035】
そして、この培養チャンバ2の培養空間部10には、図10(閉塞板6を除いて示した培養チャンバ2)及び図11(図10のXI−XI線断面図)に示すように、培養物12が、突起部60、62、支持バー50、52、立壁54、56に囲まれた空間部分に内壁面11、13、15に密着することなく設置され、培養液14内に浮遊状態で保持されて維持される。
【0036】
次に、この培養チャンバ2における培養液14の送液方法及び流れについて、図12、図13及び図14を参照して説明する。図12は、導入口及び小空間部から培養空間部に至る培養液の流れを示す図、図13は、培養空間部内の培養液の流れを示す図、図14は、培養空間部から排出口に至る培養液の流れを示す図である。
【0037】
図12に示すように、導入口30から培養空間部10に導入される培養液14は、径大孔部64からノズル孔部66に向かって開口径が狭小化するため、その流速が早くなり、小空間部44に至る。ノズル孔部66の前面部に存在する立壁40により、培養液14は、その流速が低下されるとともに、スリット部46、48側に導かれ、スリット部46、48から閉塞板6、8の内壁面13、15に沿って流れを生じ、その流れは培養空間部10の内壁面11に沿うことになる。
【0038】
培養空間部10では、図13に示すように、培養液14がコアンダ効果により内壁面13、15に沿って移動する。内壁面13、15に沿って移動する培養液14は、徐々に速度を緩めながら、徐々に培養空間部10内の培養液14に拡散して混合される。
【0039】
そして、培養空間部10内の培養液14は排出口32に向かって流れ、排出口32の近傍では、図14に示すように、格子状の立壁72が存在するため、直交部に小さく形成された排出口32より、培養液14が排出される。
【0040】
この培養液14の流速は、臨界レイノルズ数より小さく、非常に緩やかであるので、流入された培養液14は、層流状態を維持して流れるとともに、既に満たされている培養液14に徐々に拡散されて混じり込むとともに、流入された培養液14と同量の、培養空間部10の培養液14が排出される。
【0041】
次に、この培養チャンバ2の培養液14の交換機能について、図15、図16、図17、図18及び図19に示す実験結果を参照して説明する。図15は、培養液の培養空間部内の全体的な流れを示す図、図16は、図15の(A)に対応する培養液が交換される様子を時系列的に示した図、図17は、図15の(A)に対応する培養空間部の各部における培養液の交換変化を示す図、図18は、図15の(B)に対応する培養液が交換される様子を時系列的に示した図、図19は、図15の(B)に対応する培養空間部の各部における培養液の交換変化を示す図である。
【0042】
実験には、培養チャンバ2の本体部4の内径を36〔mm〕、深さを15〔mm〕とし、培養物12を設置する。この場合、培養空間部10の容積は、約15〔ml〕である。培養チャンバ2には、培養空間部10に満たされた培養液14中に培養物12が浮遊している状態である。培養液14の流れは既述の通りであり、培養チャンバ2の培養空間部10の容積と同量の15〔ml〕の培養液14を培養空間部10に2.5時間で入れようとすると、100〔μl/min 〕の流量が必要となる。
【0043】
培養液14の流速を変化させた場合、流速が遅い場合(単位時間当たりの流量が少ない場合)には、図15の(A)(図5に示す断面における培養液14の流れ)に示すように、遮蔽板6、8の内壁面13、15側に沿った層流が形成される。即ち、導入口30に注入された培養液14は、培養空間部10の内壁面13、15に達し、その後、コアンダ効果により内壁面に沿って薄い膜が漂うように流れ、直接中央部に流れ込まない。非常にゆっくりとした流速の流量では、レイノルズ数は、臨界レイノルズ数より遙かに小さいため、層流が維持される。そのため、内壁面にあたっても、流れは乱れないし、流体は壁に沿って流れる性質があるため、培養液14は内壁面に沿って流れる。層流であるため、摩擦抵抗は大きく、内壁面に張り付くように漂い、流速を失う。その後、滞留していた培養液14中に、徐々に新しい培養液14が拡散し、培養空間部10の内壁面側から培養物12側に徐々に新鮮な培養液14に遷移していく。
【0044】
また、培養液14の流量を増し、例えば、1000〔μl/min 〕の流量とした場合には、図15の(B)に示す流れとなる。即ち、小空間部44に導入された培養液14は、スリット部46、48を通路にして流れる。その際、流量が多くなった分、スリット部46、48に広がった流れになるので、立壁40に回り込む流れも生じ、培養空間部10の内壁面13、15と立壁40との問に扇型に広がった流れも生じる。流速が1000〔μl/min 〕であっても、レイノルズ数は低く例えば、20程度であり、層流であるがために流れは乱れず、流体の流管は、大きく拡管する。流管の断面積は、急激に拡大するため、連続の理論によって流速は、更に低下する。そのため、流速が失われ、新たに導入された培養液14は底部側に溜まっていくことになる。
【0045】
図15の(A)及び(B)に示す流速に対応した実験結果を説明すると、図15の(A)の場合には、図16及び図17に示すように、培養空間部10の内壁面側から徐々に、培養液14の拡散が生じ、やがて中央部に遷移する。図17では、培養空間部10の4個所即ち、A(=排出口32部分)、B(=遮蔽板6側の壁面)、C(=遮蔽板8側の壁面)、D(=導入口30部分)の箇所について、培養液14の交換推移を示している。また、図18及び図19は、図15の(B)に対応した実験結果を示す。この場合、培養空間部10の下側から培養液14が新しい培養液14に遷移し、新しい部分と古い部分とが層を成して移動して、古い培養液14が排出口32から押し出されるように排出され、このため、培養空間部10に1.5倍程度の流量が導入された時点で、殆ど新しい培養液14に交換されることになる。
【0046】
このような培養液14の流れは、流体の制御に使われる流体素子の流れに似ている。流体素子では、Y字に分かれた、どちらか一方の方向に流体が流れ、Y字の手前で流れに何らかの作用を与えると、流れが別の方向に切り替わる。この培養空間部10内の構造では、流量を変えることによって、特定の壁面に添う流れを生じたり、複数の壁面で形成される流管内を拡散する流れに切り替わる層流パターンが生じることが理解できるであろう。このような層流パターンが生じても、流速が低く、培養中の培養物12への刺激やストレスを与えることはなく、従来の培養で生じた剪段応力等の無用な応力はほとんど生じないことが実験により確認された。
【0047】
そして、排出口32側では、一旦広口径から小口径に縮管し、広い口径の手前では、格子状の立壁72が備えられているので、これにより、流速の早い部分が培養物12に近づかないようになっており、しかも、立壁72によって排出口32が4つの部分に仕切られているので、仮に1つが塞がれたとしても、吸引する圧力は強くならず、培養物12等が排出口32側に吸い込まれることがなく、培養空間部10外に流出することがない。即ち、排出口32側から流出する培養液14で渦等の旋回流が生じることがない。また、培養空間部10に混入した気泡は、広い口径の排出口32から流出させることができる。
【0048】
この実施の形態の特徴事項を列挙すれば、次の通りである。
【0049】
(1) 培養チャンバ2内での培養液14の交換を制御でき、この培養液14の交換に際し、培養物12にストレスを与えないようにすることができる。
【0050】
(2) 導入される培養液14をコアンダ効果を利用して内壁面に沿って流し、そこから拡散させることができる。
【0051】
(3) この培養チャンバ2は、後述の通り、安定した培養液14の交換をするためには密閉回路を形成し、定量の送液が可能なポンプを用いた培養液14の循環に適する。
【0052】
(4) 培養物12が流速の早いジェット流に晒されることがないので、安定した培養が可能である。
【0053】
(5) 小空間部44を前置し、スリット部46、48を噴出口にして培養液14を培養空間部10に少量ずつ流し、培養液14の交換を実現している。
【0054】
(6) 培養液14の流量を多くすることにより、流管を大きく拡管させ、拡管によって流速を衰えさせ、培養空間部10の下部から緩やかに新しい培養液14に遷移させることができる。
【0055】
(7) 排出口32側には、大口径の通路を設定して培養液14の流速を低下させている。この場合、格子状の立壁72が設けられ、培養物12が急速な縮流の付近で、流れに晒されることがない。培養物12の流出も防止できる。
【0056】
(8) 流量調節により、最適な層流等の流れを選択することができる。
【0057】
〔第2の実施の形態〕
【0058】
次に、本発明の第2の実施の形態について、図20を参照して説明する。図20は培養装置を示す図である。図20において、図1及び図11と同一部分には同一符号を付してある。
【0059】
この培養装置100は既述の培養チャンバ2を用いて培養物12を培養する構成である。この培養チャンバ2は培養回路102に組み込まれ、この培養回路102には、既述の循環パイプ34が用いられるとともに、培養液バッグ104、ガス交換部106、パフューズポンプ108、背圧調整弁110が設置されている。この培養回路102は、インキュベータ112に内蔵されている。培養液バッグ104には培養に必要な栄養や成長因子、抗生物質が含まれる培養液14が貯えられている。ガス交換部106は、循環パイプ34に形成されたガス透過機能部であり、インキュベータ112の内部空間と培養液14との間でガス交換を行う。
【0060】
パフューズポンプ108は、培養液14を連続的又は間欠的に循環させる送液手段であって、電気信号により駆動力を発生させるアクチュエータ114をインキュベータ112の外部に備えている。また、背圧調整弁110は、培養液14の送液に対応して培養チャンバ2の背圧を調整する手段であって、電気信号により駆動力を発生させるアクチュエータ116をインキュベータ112の外部に備えている。これらアクチュエータ114、116には制御装置118が接続され、この制御装置118は、パーソナルコンピュータ等で構成され、CPU(Central Processing Unit )や、記憶手段としてROM(Read-Only Memory)やRAM(Random-Access Memory)で構成され、ROMには培養制御プログラムが格納されている。入力装置120に入力された設定入力により所望の制御パターンが制御装置118よりアクチュエータ114、116に付与され、培養液14の循環形態が制御される。例えば、培養液14について、流量、背圧調整値等を入力装置120で選択し、その指示に従い、制御装置118により培養運転が実行される。
【0061】
斯かる構成において、培養液14は、培養回路102をパフューズポンプ108の駆動により流れ、ガス交換部106でガスの吸収が行われることにより、インキュベータ112の内部のガス分圧とほぼ等しいガス分圧となる。即ち、培養に必要な酸素ガスや炭酸ガスを含む培養液14に調整される。この培養液14はパフューズポンプ108によって培養チャンバ2に送られ、培養物12である細胞や組織が培養される。培養物12で培養液14から養分や酸素ガス等が消費され、培養物12から滲出した滲出物が培養液14に混入する。培養チャンバ2の培養液14は、背圧調整弁110により圧力が調整され、培養液バッグ104に至る。
【0062】
このような培養装置100において、既述の培養チャンバ2が設置されることにより、培養液バッグ104から供給される培養液14が培養チャンバ2内でコアンダ効果により内壁面に沿って流れ、拡散されて迅速に交換されるとともに、その交換の際に、培養物12に過度な刺激やストレスを与えることがなく、最適な培養環境の形成に寄与する。
【0063】
この培養液14の循環については、パフューズポンプ108の駆動により、徐々に新しい培養液14を培養チャンバ2に少量ずつ継続的に送り込んで培養チャンバ2内の培養液14を交換する方法と、一定時間の間隔を以て一括して(但し、急速にではなく)送ることにより、培養液14を交換する方法があるが、いずれの方法でもよく、また、これらを組み合わせてもよい。また、培養液14は、背圧調整弁110を通過後、使用済みの培養液14を培養液バッグ104とは別のバッグに排出し、培養チャンバ2には常に新鮮な培養液14を供給するようにしてもよい。
【0064】
〔第3の実施の形態〕
【0065】
次に、本発明の第3の実施の形態について、図21を参照して説明する。図21は第3の実施の形態に係る培養チャンバを示す図である。図21において、図11と同一部分には同一符号を付してある。
【0066】
この培養チャンバ2には、既述の閉塞板8に代えて受圧板122が設置され、この受圧板122を介して外部からの加圧力を培養物12に加える構成である。受圧板122は例えば、PFA(tetrafluoroethylene perfluoroalkyl vinyl ether)フィルムで構成すればよい。そして、この受圧板122には加圧装置124が設置され、この加圧装置124を既述の制御装置118で制御するように構成すれば、培養物12に加圧装置124からの加圧力によって所望の刺激を付与することができる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、培養液を用いた培養チャンバに関し、培養液の交換機能を高めるとともに、培養物に対する過大な刺激やストレスを生じさせることがなく、ヒトや動物の細胞や組織の培養に広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】第1の実施の形態に係る培養チャンバを示す斜視図である。
【図2】培養チャンバを示す分解斜視図である。
【図3】閉塞板を示す斜視図である。
【図4】培養チャンバの内部を示す図である。
【図5】図4のV−V線断面図である。
【図6】導入口部を切断して示した本体部の一部を示す斜視図である。
【図7】導入口部を切断した本体部の一部を示す断面図である。
【図8】培養空間部から排出口部を見て示した本体部の一部を示す斜視図である。
【図9】排出口部を切断して示した本体部の一部を示す斜視図である。
【図10】培養物を設置した培養チャンバを示す平面図である。
【図11】図10のXI−XI線断面図である。
【図12】導入口部における培養液の流れを示す図である。
【図13】培養空間部の培養液の流れを示す図である。
【図14】排出口部における培養液の流れを示す図である。
【図15】培養空間部の培養液の流れを示す図である。
【図16】培養液の交換状態を示す図である。
【図17】培養液の交換状態を示す図である。
【図18】培養液の交換状態を示す図である。
【図19】培養液の交換状態を示す図である。
【図20】第2の実施の形態に係る培養装置を示す図である。
【図21】第3の実施の形態に係る培養チャンバを示す図である。
【図22】従来の培養液の交換を示す図である。
【図23】従来の培養液の交換を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
2 培養チャンバ
10 培養空間部
11 第1の内壁面
12 培養物
13、15 第2の内壁面
14 培養液
30 導入口
32 排出口
40 立壁(整流部)
44 小空間部(整流部)
50、52 支持バー(支持部)
54、56 立壁(支持部)
72 立壁(排出整流部)
100 培養装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養液を用いて培養物を培養する培養チャンバであって、
前記培養液とともに前記培養物を収容する培養空間部と、
この培養空間部に前記培養液を導入させる導入部と、
前記培養空間部から前記培養液を排出させる排出部と、
前記培養空間部の前記導入部側に形成されて、前記導入部から前記培養空間部に導入された前記培養液に、前記導入部と前記排出部とを結ぶ仮想線と交差方向に向けて前記培養空間部の内壁面から拡散することにより、前記排出部に至る液流を生じさせる整流部と、
を備える構成としたことを特徴とする培養チャンバ。
【請求項2】
請求項1に記載の培養チャンバにおいて、
前記培養空間部の前記排出部側に形成されて、前記培養空間部の内壁面から導かれる前記培養液を前記排出部に導く排出整流部を備えることを特徴とする培養チャンバ。
【請求項3】
請求項1に記載の培養チャンバにおいて、
前記培養空間部は、曲面を成す第1の内壁面と、この第1の内壁面と交差方向に形成された平坦面を成す第2の内壁面とを含むことを特徴とする培養チャンバ。
【請求項4】
請求項1に記載の培養チャンバにおいて、
前記整流部から前記排出部側に橋絡する支持部を備えたことを特徴とする培養チャンバ。
【請求項5】
請求項1に記載の培養チャンバにおいて、
前記導入部は、前記培養液を通過させる通路径を前記排出部より小さく設定したことを特徴とする培養チャンバ。
【請求項6】
請求項3に記載の培養チャンバにおいて、
前記第1の内壁面の中途部に突部を設けたことを特徴とする培養チャンバ。
【請求項7】
請求項1〜請求項6記載の培養チャンバを備えて前記培養物を培養する培養装置。
【請求項8】
培養物を培養する培養液の送液方法であって、
前記培養物が収容された培養空間部内に導入される培養液を、その導入方向と交差する方向に導き、前記培養空間部の内壁面から拡散させて排出させる液流を形成することを特徴とする培養液の送液方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2007−20493(P2007−20493A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−208752(P2005−208752)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【出願人】(000170130)高木産業株式会社 (87)
【Fターム(参考)】