説明

培養基材及び遺伝子導入方法

【課題】比較的温度の高い水に対しては不溶である遺伝子導入剤が表面に担持された培養基材、及びこの培養基材を用いて細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法を提供することを目的とする。
【解決手段】基材表面に遺伝子導入剤を担持させた培養基材であって、該遺伝子導入剤は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性である。このポリマー材料は、少なくともカチオン性モノマーとN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体との共重合ブロックを有するものであることが好ましい。前記所定温度(T)よりも低い温度で遺伝子導入剤の水溶液を基板表面に付着させ、その後、該所定温度よりも高い温度に加温して遺伝子導入剤を不溶化させて基板表面に担持させた培養基板を用いて細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子学・分子生物学の実験を行う際、及び・又は遺伝子治療・細胞治療のために、細胞・微生物を培養するために用いる、培養プレート、シャーレ、フラスコなどの培養基材及び、この培養基材を用いて細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
I. 遺伝子学の実験を行うための培養容器として、特開2004−290111に、容器の培養液が接触する内面に水との接触角が10度以下の親水性の層を有し、該容器の内面の細胞が接触する部分に細胞培養に適した培養床を有する細胞培養容器が記載されている。
II. 近年、ヒト疾患の分子遺伝学的要因が明らかになるにつれ、遺伝子治療研究がますます重要視されている。例えば、ガンの遺伝子治療方法として、樹状細胞を用いた方法が挙げられる。この治療方法は、ガン細胞を好んで貪食するが、生体内ではむやみに増殖しないように厳密に細胞数が制御されている樹状細胞を生体外に取り出し、増殖遺伝子を組み込んだウイルスに感染させることにより試験管内で増殖させて、樹状細胞の濃度を高めた後、患者体内に戻すものである。
III. このような遺伝子治療法は標的とする部位でのDNAの発現を目的としており、いかにDNAを標的部位に到達させるか、いかにDNAを標的部位に効率的に導入し、当該部位で機能的に発現させるかということが重要となる。外来DNAの導入のためのベクターとして、レトロウイルス、アデノウイルス又はヘルペスウイルスを含む多くのウイルスが、治療用遺伝子を運搬するように改変されて、遺伝子治療のヒトの臨床試験に使用されている。しかし感染及び免疫反応の危険性は依然として残されている。
【0003】
DNAを細胞中に運搬するための非ウイルス系ベクターとして、カチオン性のスター型ポリマーがWO2004/092388に記載されている。
【特許文献1】特開2004−290111
【特許文献2】WO2004/092388
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記WO2004/092388では、核酸と遺伝子導入剤との核酸複合体は、水溶液中に分散しているため、培養基材の表面に担持させても、培養基材に水を供給すると溶離してしまう。
【0005】
本発明は、比較的温度の高い水に対しては不溶である遺伝子導入剤を担持させた培養基材、及びこの培養基材を用いて細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明(請求項1)の培養基材は、培養液が接する基材表面に遺伝子導入剤を担持させた培養基材であって、該遺伝子導入剤は、分岐鎖を有するポリマー材料を含んでなり、該ポリマー材料は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であることを特徴とする。
【0007】
なお、本発明でいうポリマーとは、モノマーの2量体などのオリゴマーも包含するものとする。
【0008】
前記ポリマー材料は、少なくともカチオン性モノマーとN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体との共重合ブロックを有する重合体であることが好ましく、カチオン性モノマーと非イオン性モノマーとN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体との共重合体であっても良い。
【0009】
このカチオン性ポリマーブロックの分子量は2,000〜500,000が好ましく、非イオン性ポリマーブロックの分子量は2,000〜500,000が好ましい。
【0010】
このブロック共重合体の分子量は、3,000〜600,000であることが好ましい。
【0011】
前記所定温度(T)は、25〜35℃の間の温度であることが好ましい。
【0012】
前記カチオン性ポリマーは、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を光照射リビング重合させた分岐型重合体よりなるホモポリマーに対しビニル系モノマーあるいはさらに非イオン性モノマーをブロック共重合させたものであることが好ましい。
【0013】
このN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基が結合しているものが好ましい。
【0014】
このビニル系モノマーは、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N−ジメチルアクリルアミド、及びメトキシエチル(メタ)アクリレートからなる群から選択される少なくとも1種が好ましい。
【0015】
本発明(請求項12)の遺伝子導入方法は、上記培養基材を用いて細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法であって、該培養容器は、前記所定温度(T)よりも低い温度で遺伝子導入剤の水溶液を基材表面に付着させ、その後、該所定温度(T)よりも高い温度に加温して遺伝子導入剤を不溶化させて基材表面に担持させたものであることを特徴とする。
【0016】
この遺伝子導入方法は、該培養基材の前記遺伝子導入剤に核酸を接触させて核酸を遺伝子導入剤に複合させる工程を有するようにしてもよい。
【0017】
また、本発明の遺伝子導入方法は、核酸を複合させた遺伝子導入剤に細胞を接触させ、核酸を該細胞に移行させる工程を有するようにしてもよい。
【0018】
さらに、該細胞に核酸を移行させた後、該基材を前記所定温度(T)よりも低い温度にすることにより、該核酸が移行した細胞と遺伝子導入剤とを該基材より剥離してもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明において培養基材表面に担持される遺伝子導入剤は、上記所定温度よりも低い温度では親水性であり、水溶性であるため、これを水に溶解させて基材表面に付着させ、その後、所定温度よりも高い温度とすることにより、疎水性(水不溶性)となり、基材表面に担持させる。この時、疎水化したポリマーブロックは、疎水性の基材表面へ固着し、親水性のカチオン性ブロックは、水溶液中へ拡散する相分離構造を形成するため、基材へ疎水結合性に付着する部分と、核酸を包摂する部分とに効率良く分かれる。
【0020】
本発明では、前記遺伝子導入剤を基材表面に担持させた後に、乾燥させても良い。乾燥させることで培養基材を輸送したり保管する際に無菌状態の維持や品質安定性の向上を期待することが可能となる。
【0021】
この培養基材内に供給された液の温度が所定温度よりも高い場合、遺伝子導入剤が水不溶性となるので、液中に遺伝子導入剤が溶出しない。遺伝子導入剤を乾燥させても同様である。
【0022】
この遺伝子導入剤は、有機溶媒を用いていないので、細胞や微生物の培養に際して有機溶媒の影響を排除することができる。
【0023】
本発明では、ベンゼン核から放射状に伸延する複数のN−イソプロピルアクリルアミドポリマーブロックが、基材表面に対して線形ポリマーのような線ではなく面で選択的に基材に疎水結合を形成し、カチオン性ポリマーブロックが水相に伸延するポリマー層を形成するため、基材から遺伝子導入剤全体が剥がれにくくなる。即ち、本発明の培養基板に用いる遺伝子導入剤は、細胞に取り込まれにくくなる。
【0024】
本発明の遺伝子導入方法では、基材表面に担持されている遺伝子導入剤の層の上にDNAを流延するため、DNAは基材の表面に担持された遺伝子導入剤に包摂され、遺伝子導入剤の層の深くに埋没しにくくなる。
【0025】
また、培養基材に担持させる遺伝子導入剤は、温度感応性を具備しているため、遺伝子導入を行った後、温度環境を所定温度以下に制御することにより、単層シート状の細胞の塊を培養基板から剥離して回収できる。即ち、トリプシンなどの酵素を利用することなく容易に剥離することができるため、回収して治療などに使用する細胞へのダメージを抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
[遺伝子導入剤]
本発明で基材表面に担持させる遺伝子導入剤は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性である分岐鎖を有する温度感応性ポリマー材料よりなる。
【0027】
上記のポリマー材料としては、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに温度感応性ポリマー鎖をブロック共重合させた分岐型重合体よりなる温度感応性ホモポリマーに対し、ビニル系モノマーを光照射リビング重合させたもの、あるいはさらに非イオン性ポリマー鎖をブロック共重合させたものが好適である。
【0028】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0029】
N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジチオカルバミル酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジチオカルバミル酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとナトリウムN,N−ジチオカルバメートとをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンである。
【0030】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化アルキル又はハロゲン化アルキレンが好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン、中でも特にトルエンが好適である。
【0031】
本発明では、上記イニファターに対し、まずN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を重合させて温度感応性ホモポリマーを形成し、その後、このホモポリマーに上記ビニル系モノマーなどのカチオン性モノマーをブロック共重合させて遺伝子導入剤を得るようにするのが好ましい。
【0032】
まず、上記イニファターに対し、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体をブロック共重合させて目的とする温度感応性ポリマー材料とする。このN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロックは、低温度では親水性、高温では疎水性となる温度依存性を有し、これにより本発明に用いる遺伝子導入剤が上記温度応答性を具備するようになる。
【0033】
N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体をブロック共重合させるには、上記のイニファターをメタノール等の溶媒に溶解させ、これにN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を混合し、光を照射して重合させればよい。この重合反応を開始する際の溶液中におけるイニファターの濃度は0.01〜10重量%程度が好適であり、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体の濃度は0.3〜30重量%程度が好適である。光の照射条件は、光波長250〜400nm、照射時間1〜150分、照射強度100〜10,000μW/cm程度が好適である。
【0034】
このN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のブロック共重合体(ポリマー材料)の分子量は、1,000〜500,000程度、特に1,000〜100,000程度であることが好ましい。分子量が極端に大きい場合は、基材表面へアンカリングする面積が大きくなり核酸を包摂する部分が粗密になりやすく、分子量が極端に小さい場合は、遺伝子導入剤が不溶化しにくくなる。
【0035】
なお、本明細書中において、分子量とは、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によるポリエチレングリコール換算の数平均分子量をさす。
【0036】
この温度感応性ホモポリマーに重合させるカチオン性モノマーとしては、ビニル系モノマー、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等、とりわけビニル系モノマーが好適であり、具体的には3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CHが好ましい。
【0037】
温度官能性ホモポリマーと上記モノマーとを反応させるには、温度感応性ホモポリマー及びモノマーを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、温度感応性ホモポリマーに対しモノマーが結合した反応生成物を生成させる。
【0038】
このモノマーの該原料溶液中の濃度は0.5M以上、例えば0.5〜2.5Mが好適である。
【0039】
温度感応性ホモポリマーの濃度は0.1〜100mM程度が好適である。
【0040】
照射する光の波長は200〜400nmが好適である。光の照射時間は照射強度にも依存するが、1〜60分程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で1分〜30分程度が特に好適である。
【0041】
なお、この光照射工程(第1の光照射工程)の後にさらに第2の光照射工程を行ってもよい。すなわち、この反応生成物を含む溶液をアルコール、好ましくは上記モノマーのアルコール溶液で希釈する。このアルコールとしてはメタノール又はエタノール、特にメタノールが好適である。アルコール溶液中のモノマー濃度としては、終濃度として、100mM〜5M程度が好適である。
【0042】
上記第1の光照射工程からの反応生成物含有液1体積部に対し、このアルコール溶液5〜500体積部を添加するのが好ましい。
【0043】
このようにアルコール溶液で希釈した希釈液を、第2の光照射工程に供し、上記反応生成物に対しさらに上記モノマーを重合させる。この際の照射光源としては240〜400nmの波長の光を含むものであればよく、例えば低圧水銀灯や高圧水銀灯などを用いることができる。光照射時間は10分〜120分程度が好適である。
【0044】
この光照射により、反応液中に分岐型重合体が生成するので、必要に応じ精製して遺伝子導入剤を得る。同様の手法で非イオン性ポリマーブロックも得ることができる。
【0045】
この分岐型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーブロック又は非イオン性ポリマーブロックの分子量は分岐鎖の鎖数によるが、いずれも、2,000〜500,000、特に2,000〜150,000、とりわけ2,000〜100,000程度が好ましい。また、ブロック共重合体の分子量は、3,000〜600,000程度であることが好ましい。
【0046】
本発明の別の一態様では、上記イニファターに対し、まずビニル系モノマーを重合させてホモポリマーを形成し、その後、このホモポリマーに上記N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体をブロック共重合させて遺伝子導入剤を得るようにしてもよい。
【0047】
本発明のさらに別の一態様では、モノマーとして、カチオン性モノマーと、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体と、非イオン性モノマーとを用いる。イニファターに対する重合の順序は、任意である。即ち、1つの分岐鎖を構成するカチオン性ポリマーブロック、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロック、非イオン性ポリマーブロックの配列順序は任意である。
【0048】
非イオン性モノマーとしては、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールアルキルエステル(メタ)アクリレート、ポリビニルピロリドンなどを用いることができる。
【0049】
[培養基材]
上記ブロック共重合体よりなる遺伝子導入剤は、所定温度(T)よりも高い温度で水不溶性であり、所定温度(T)よりも低い温度で水溶性である。本発明において、この所定温度(T)とは、25〜35℃の間の温度である。従って、この所定温度(T)よりも低い温度、例えば10〜25℃程度の、遺伝子導入剤の水溶液(濃度は好ましくは、3〜150mg/mL程度)を基材表面に付着させ、必要に応じ乾燥させて培養基材とする。この培養基材に所定温度(T)よりも高い温度の水系液体を供給すると、基材表面の遺伝子導入剤が水不溶性となる。そのため、核酸複合遺伝子導入剤が基材表面に長期にわたって定置される。
【0050】
本発明では、カチオン性ポリマーよりなる遺伝子導入剤(ベクター)が核酸を核酸含有複合体として包囲することによって、生体内の酵素による核酸の失活、分解を抑制することができる。
【0051】
上記基材としては、シャーレ、フラスコ、培養プレート(マルチウェルプレート)などが例示される。その材質は、ガラス、金属、合成樹脂などのいずれでもよい。
【0052】
培養基材の遺伝子導入剤の担持量は、0.5ng/mm2〜10μg/mm2程度が好ましい。
【0053】
この遺伝子導入剤を担持させるには、ピペッティング後に容器を温和に上下左右に転倒させて基材表面に全体に流延して塗着し、次いで30〜40℃で10〜100分程度インキュベートするのが好ましく、あるいはインキュベートしたてから又はしないで、そのまま、好ましくは無菌雰囲気下に放置して乾燥させても良い。
【0054】
また、担持させるにあたっては、本発明の実施形態によって適宜使い分けが必要である。例えば、24Wellや96Wellの培養基材であれば、各Wellで条件を変更する可能性が高いので、Wellの全体に均質に担持させることが好ましい。また、例えば、100mmディッシュの片面のみに遺伝子導入剤を担持させた場合は、遺伝子導入された細胞と遺伝子導入されていない細胞を同一培養基材で培養することも可能である。
【0055】
[遺伝子導入方法]
本発明の遺伝子導入方法では、所定温度(T)よりも低い温度で遺伝子導入水溶液を基材表面に付着させ、その後、所定温度(T)よりも高い温度に加温して、遺伝子導入剤を不溶化させて基板表面に担持させた培養基材を用いる。
【0056】
基材表面に対して遺伝子導入剤を担持させた場合、カチオン性ポリマーブロックは、ブラウン運動により水相に伸延し、N−イソプロピルアクリルアミドポリマーブロックは基材に疎水結合を形成するため、遺伝子導入剤が培養基材から剥がれにくくなる。これにより、遺伝子導入剤が細胞に取り込まれることによる刺激を抑えることができ、さらに、遺伝子導入後の細胞がハウスキーピング遺伝子を包摂することが少なくなる。
【0057】
この遺伝子導入剤と核酸とを複合させるには、この遺伝子導入剤を担持させた基材に対して、温度30〜70℃程度、濃度0.001〜1000μg/mL程度の核酸溶液を付着させ、1〜60分程度インキュベートし複合化するのが好ましい。
【0058】
このように、遺伝子導入剤に核酸を複合させた培養基板上に細胞を接触させることにより、核酸を細胞に移行させることができる。ポリマーと核酸とで形成されたポリプレックス微粒子が細胞内へ取り込まれるエンドサイトーシス現象ではなく、核酸のみが細胞へ移行するメカニズムは今後の研究により解明されていくであろうが、現段階では、遺伝子導入剤の層の細胞との接触界面においてカチオン性ポリマー鎖の細胞膜への作用により、核酸分子が細胞内へ移行しやすい環境にあるものと考えられる。つまり、エレクトロボレーションやDNA単体を導入する際と類似の現象が起きているものと推察される。
【0059】
本発明では、基材表面に担持されている遺伝子導入剤の層の上に核酸を流延させるため、核酸が遺伝子導入剤の層の深くに入り込みにくい。即ち、核酸と遺伝子導入剤とが、基材に担持されている遺伝子導入剤の表面側において複合体を形成するため、核酸と細胞との接触効率が向上する。
【0060】
また、遺伝子導入を行った後、温度環境を所定温度(T)以下、例えば30℃以下に制御することにより、単層シート状の細胞の塊を培養基材から容易に剥離、回収することができる。即ち、トリプシンなどの酵素を利用することなく剥離することができるため、遺伝子導入された細胞へのダメージが少ない。
【0061】
[核酸]
本発明で使用する核酸は、細胞工学、遺伝子工学、分子生物学などの分野で、InVitroの系で使用させるものであればよい。核酸の好ましい例としては、細胞治療用としての樹状細胞、造血幹細胞、NK細胞などの増殖に作用する遺伝子や、ガン細胞殺傷機能を増強する遺伝子、およびまたはこれらの細胞の増殖を抑制している遺伝子の発現を抑制するためのアンチセンス、デコイやsiRNAが利用できる。
【0062】
かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0063】
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドンおよびターミネーター領域が連続的に配列されている。あるいは、遺伝子発現のみならず、細胞内のmRNAを破壊するRNA干渉をsiRNAで行うことも本発明では有用である。
【0064】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。例えば、薬剤感受性の遺伝子と細胞治療用の遺伝子とを組み込めば、細胞治療の後に薬剤で選択的に遺伝子導入された細胞をアポトーシスまたはネクローシスさせることが可能となり、治療の幅が広がる。また、細胞治療用の遺伝子と緑蛍光タンパク(GFP)の遺伝子を導入すれば、遺伝子導入された細胞の識別も可能となる。
【実施例】
【0065】
実施例1
<温度感応性ブロック共重合体よりなる遺伝子導入剤の合成>
i)イニファターの合成
下記反応式に従って、1,2,4,5−テトラキス(N−Nジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0066】
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミル酸ナトリウム34.0gをエタノール100mL中へ加え、遮光下で室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、3リットルのメタノールへ投入して30分間攪拌して濾過した。この操作を繰り返して合計4回行った。沈殿物をトルエン200mLへ溶解した後、100mLのメタノールを加えて50℃に加温し、熱濾過後,冷蔵庫中で15時間保管して再結晶させ、結晶を濾別後に大量のメタノールで洗浄した。結晶を室温で減圧乾燥して、白色の1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。高速液体クロマトグラフィーにより、原料ピークが消失し、精製物が単一物質であることを確認した。
【0067】
H NMR(in CDCl)の測定結果は、δ1.26−1.31ppm(t,24H,CHCH),δ3.69−3.77ppm(q,8H,N(CHCH),δ3.99−4.07ppm(q,8H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,8H,Ar−CH),δ7.49ppm(s,2H,Ar−H)となった。
【0068】
【化1】

【0069】
ii)光重合による4分岐型スター型重合体よりなる温度感応性ホモポリマーの合成
下記反応式に従い、次のようにして、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)−ポリ−(N−イソプロピルアクリルアミド)−メチル]ベンゼン(以下、pNIPAMと記載することがある。)よりなる温度感応性ホモポリマーの合成を行った。
【0070】
i)により合成した1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを20mLのトルエンへ溶解し,N−イソプロピルアクリルアミド3.0グラムを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。3mm厚軟質ガラスセル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガス(G1グレード,流量は2L/分)で10分間パージした後に、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で250nm−400nmの混合紫外線を20分間照射した。照射強度はウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着して2.5mW/cmに調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿を繰り返して精製し、エーテルを蒸散させた後に真空乾燥させて4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミドホモポリマーを得た。分子量はGPCにより35,000(Mw/Mn=1.6)と測定された。
【0071】
【化2】

【0072】
iii)温度感応性ホモポリマーへの3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドのブロック共重合による4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマー(4分岐型pNIPAM−b−pDMAPAAm)の合成
下記反応式に従い、次のようにして、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)−ポリ−(N−イソプロピルアクリルアミド)−ブロック−ポリ−(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル]ベンゼン(以下、pNIPAM−b−pDMAPAAmと記すことがある。)の合成を行った。
【0073】
ii)で合成したN−イソプロピルアクリルアミドホモポリマーの1.0g及び3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド7.9グラムを約30mLのメタノールへ溶解した。ガラス容器中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガス(G1グレード,流量は2L/分)で10分間パージした後に、光照射時間を40分とした以外はii)と同様の手法で光照射重合を行い、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿処理を行い、エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーを得た(重合率28%)。分子量はGPCにより83,000(Mw/Mn=2.6)と測定された。以上より、ベンゼンを中心核として放射状にN−イソプロピルアクリルアミドのポリマーブロック(分子量35,000)と3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドのポリマーブロック(分子量48,000)とが導入された4分岐型ブロックポリマーが合成されたことが確認された。
以上により、遺伝子導入剤が得られた。
【0074】
【化3】

【0075】
iv)4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーによる培養基材の作成、及び培養基材の遺伝子導入活性の評価
培養基材の作成は環境温度20〜25℃に制御されたクリーンベンチ内で行った。この作成に使用した緩衝溶液、生理食塩水などすべての溶液も20〜25℃に温調した。
【0076】
iii)で合成した4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーを10℃の水へ溶解し、0.2μmシリンジフィルターでろ過した。濃度は0.1mg/mLに調整した。このポリマー溶液を24Well培養皿の各Wellへ200μLづつ加えて軽く転倒振盪し、底面の全面に溶液を流延した。このまま37℃、5%炭酸ガス濃度の培養器へ移し、5分間インキュベートし、37℃のPBSで軽くリンスして廃液した。
【0077】
ここに37℃に温調したDNA溶液(0.5μg/mL)を各Wellへ1mLづつ加えて37℃で30分間インキュベートした。ここへCOS1細胞を6×10個/mLに調整して播種し、48時間培養した。DNAはプロメガ社のpGL3コントロールを使用した。
【0078】
培養48時間後に培地を除去し、PBSで2回洗浄後に各Wellに細胞溶解剤200μLを加え4℃で30分間放置し、遺伝子導入活性評価用の試料とした。遺伝子導入活性の評価をルシフェラーゼアッセイで行った結果を図1に示す。なお、ホタルルシフェラーゼ活性はプロメガ社のルシフェラーゼアッセイキットを使用し、補正はタンパク濃度で行った。タンパク定量はBioRad社のBradford試薬で行った。
【0079】
<比較例1>
iii)で合成した4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーを0.1mg/mL濃度で10℃の水に溶解した。次いで、DNAを濃度0.033μg/μLのTEバッファー溶液とし、10℃に温調した。このDNA溶液900μLと、4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマー溶液600μLとを混合して、核酸と遺伝子導入剤との複合体(ポリプレックス)溶液を調製した。この溶液を24Well培養基板の各Wellへ200μLづつ加え、プレートを軽く振盪して全体に引延ばし、37℃で30分間インキュベートした。この培養基板にCOS1細胞を6×10個/mLに調整して播種し、48時間培養し、iv)と同様の手法で遺伝子の発現活性を測定した。結果を図1に示す。
【0080】
<考察>
図1より、基板表面に遺伝子導入剤を担持させた後、核酸を接触させて核酸を遺伝子導入剤に複合させた実施例1と、核酸と遺伝子導入剤とを複合させた後、この複合体を基板表面に担持させた比較例1とでは、実施例1の方が遺伝子導入活性に優れていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】実施例及び比較例の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養液が接する基材表面に遺伝子導入剤を担持させた培養基材であって、
該遺伝子導入剤は、分岐鎖を有するポリマー材料を含んでなり、
該ポリマー材料は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であることを特徴とする培養基材。
【請求項2】
請求項1において、前記ポリマー材料は、少なくともカチオン性モノマーとN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体との共重合ブロックを有することを特徴とする培養基材。
【請求項3】
請求項2において、カチオン性ポリマーブロックの分子量が2,000〜500,000であることを特徴とする培養基材。
【請求項4】
請求項2又は3において、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロックの分子量が1,000〜500,000であることを特徴とする培養基材。
【請求項5】
請求項2ないし4のいずれか1項において、前記ポリマー材料は、カチオン性モノマーとN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体と非イオン性モノマーとの共重合ブロックを有し、非イオン性ポリマーブロックの分子量が2,000〜500,000であることを特徴とする培養基材。
【請求項6】
請求項2ないし5のいずれか1項において、該ブロック共重合体の分子量が3,000〜600,000であることを特徴とする培養基材。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、前記所定温度(T)は、25〜35℃の間の温度であることを特徴とする培養基材。
【請求項8】
請求項2ないし7のいずれか1項において、前記ブロック共重合体は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を光照射リビング重合させた分岐型重合体よりなるポリマーに対し、ビニル系モノマーをブロック共重合させたものであることを特徴とする培養基材。
【請求項9】
請求項8において、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とする培養基材。
【請求項10】
請求項8又は9において、ビニル系モノマーが3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N−ジメチルアクリルアミド、及びメトキシエチル(メタ)アクリレートからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする培養基材。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれか1項において、前記、培養液が接する基材表面に担持された遺伝子導入剤が乾燥されていることを特徴とする培養基材。
【請求項12】
請求項1ないし11のいずれか1項に記載の培養基材を用いて細胞に遺伝子を導入する遺伝子の導入方法であって、
該培養基材は、前記所定温度(T)よりも低い温度で遺伝子導入剤の水溶液を基材表面に付着させ、その後、該所定温度(T)よりも高い温度に加温して遺伝子導入剤を不溶化させて基材表面に担持させたものであることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項13】
請求項12において、該培養基材の前記遺伝子導入剤に核酸を接触させて核酸を遺伝子導入剤に複合させる工程を有することを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項14】
請求項13において、核酸を複合させた遺伝子導入剤に細胞を接触させ、核酸を該細胞に移行させる工程を有することを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項15】
請求項14において、該細胞に核酸を移行させた後、該基材を前記所定温度(T)よりも低い温度にすることにより、該核酸が移行した細胞と遺伝子導入剤とを該基材より剥離することを特徴とする遺伝子導入方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−35528(P2010−35528A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−205256(P2008−205256)
【出願日】平成20年8月8日(2008.8.8)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】