説明

多バンド超伝導体及び該超伝導体を用いた超伝導デバイス並びに該超伝導体の作成方法

【課題】2バンド超伝導体を代表とする多バンド超伝導体において、ドメイン構造をとることが困難であり、ドメイン壁を薄くするために、ドメイン壁の生成エネルギーを大きくするとドメイン壁が作りづらいという問題があった。ドメイン壁を超伝導体内に発生せしめて、磁束のピン止めの向上と、ドメイン壁を使った情報処理技術を提供することを目的とする。
【解決手段】バンド間位相差の2πの周期で変動するポテンシャルと、π以下で変動するポテンシャルを拮抗せしめ、それによって、多バンド超伝導体の中に、時間対称性の破れを生じさせ、ドメイン壁の薄いドメイン構造を有する多バンド超伝導体を実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、性能を向上させた多バンド超伝導体及び超伝導デバイス並びに多バンド超伝導体の作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、超伝導体を利用して、高速で高性能な情報記録、情報処理及び情報伝達を実現する超伝導エレクトロニクス技術の開発が行われている。スピン量子数1を持った三重項超伝導体では、上向きスピンと下向きスピンの二つの超伝導状態が縮退した状態を実現することができる。上向きスピンの状態と下向きスピンの状態は、右手と左手の関係と同じである。どちらかの状態を選ぶことは、超伝導では、時間反転対称性の破れを引き起こすことに相当している。ここで、時間反転対称性の破れは、カイラリティー(Chirality)に対する対称性の破れと等価である。このような状況においては、超伝導が右手系と左手系が空間的に分離したドメイン構造(カイラルドメイン、キラルドメインとも呼ばれる)になることが知られている(非特許文献1参照。)
【0003】
非特許文献1に開示されているように、ドメイン構造が発生したような状態においては、ドメイン壁が、磁束の有効なピン止めとして働くことが知られている。磁束のピン止めは、臨界電流の向上につながる。特に磁束のピン止め効果については、非特許文献2に詳細に議論されている。
【0004】
一方、多バンド超伝導体を用いて複数の超伝導成分の位相差を利用した超伝導エレクトロニクスは、例えば本発明者等の特許文献1及び2に開示されている。特許文献1、2では、位相ドメイン壁を、情報処理に有効に役立てる方法が提供されている。また、2バンド超伝導体であるBa1−xFeAsにおいて、組成xを変えることによっていろいろな超伝導波動関数(超伝導秩序関数ともいう。Ψ)が実現することが理論的に研究されている(非特許文献4参照)。また、超伝導体の同位体効果を調べる方法が、本発明者らにより研究されている(非特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−209301号公報
【特許文献2】特開2005−085971号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M.Sigrist and K.Ueda,“Phenomenological theory of unconventional superconductivity”, Rev.Mod.Phys. 63, 239−311 (1991). (特に278−280頁、285−287頁)
【非特許文献2】“The Role of Domain Walls on the Vortex Creep Dynamics in Unconventional Superconductors”、Progress of Theoretical Physics, Vol.102, No.5, November 1999、965−981.
【非特許文献3】Y.Tanaka,“Soliton in Two−Band Superconductor”,Physical Review Letters, Vol.88, Number 1,017002
【非特許文献4】黒木和彦「鉄ニクタイド系化合物の有効模型と超伝導発現機構」、高圧力の科学と技術、Vol.19,No.2、(2009) 138−147
【非特許文献5】P. M. Shirage, K. Kihou, K. Miyazawa, C. H. Lee, H. Kito, H. Eisaki, Y. Tanaka and A. Iyo“Inverse Iron Isotope Effect on Tc in (Ba,K)Fe2As2 superconductor”, preprint (arXiv:0903.3515 (2009))
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1及び2並びに非特許文献3に示すようにドメイン壁の生成にかかるエネルギーを小さくすると、ドメイン壁が厚くなり、集積化に支障をきたすという問題がある。一方情報通信応用に関しては、ドメイン壁を薄くするために、ドメイン壁の生成エネルギーつまりバンド間相互作用を大きくすると、ドメイン壁が作りづらくなるという難点があった。位相差ドメインの生成エネルギーを下げると同時に、ドメイン壁を薄くする技術は見当たらなかった。
【0008】
一方、超伝導体を電気抵抗ゼロの状態で産業に応用するためには、次のような特別な配慮が必要である。理想的な超伝導状態においては、量子化磁束は、動き回ることができる。動き回るために、エネルギーの散逸が生じ、これが、有限の電気抵抗を生じさせる。この量子化磁束の動きを止めることは、量子化磁束のピニング技術として知られ超伝導の産業応用上重要な技術である。いろいろなピニング技術があるが、カイラルドメインのドメイン壁は有効なピニングセンターとなることが知られている。しかるに、カイラルドメインを使ったピニングにおいては、まず、ドメインを実現するために、時間反転対称性を破る必要がある。従来は、時間反転対称性を破るためにバンド間ジョセフソン相互作用を完全に消失させていた。ここで、バンド間ジョセフソン相互作用に関して少し説明を加える。通常ジョセフソン相互作用は、空間的に区切られた二つの超伝導体の間を、ジョセフソン接合で結び、この接合を介して結ばれる、二つの超伝導体の間の相互作用として定義される。バンド間ジョセフソン相互作用は、波数空間(運動量空間)で定義される二つのバンドの上にある超伝導成分の間の相互作用として定義される。多バンド超伝導に限らず、二つの超伝導成分が、空間的に重畳する場合にも、その間の相互作用として定義され、その場合は、成分間ジョセフソン相互作用と呼ぶことができる。ジョセフソン相互作用の起源は、二つの超伝導の間の超伝導電子対のホッピングである。空間的に隔てられた超伝導体の間では、このホッピングは、電子対の空間移動である。一方、バンド間のジョセフソン相互作用の時には、電子対が一つのバンドから、もう一つのバンドに飛ぶことに相当する。成分間ジョセフソン相互作用の場合には、電子対が、一つの成分からもう一つの成分に転換することを意味する。そして、成分間ジョセフソン相互作用の消去は、三重項超伝導という特殊な超伝導の発現を前提としていた。三重項超伝導の超伝導転移温度Tcは数K以下と低く、これを実現しても実際の超伝導特性の向上は、産業的には役に立たないものであった。
【0009】
2バンド超伝導体を代表とする多バンド超伝導体においては、ジョセフソン相互作用が、バンド間の位相差をなくす(もしくは、πに固定する)ため、そもそもカイラルドメインを作ることができなかった。
【0010】
これらの問題を解決するため、本発明は、ジョセフソン相互作用を完全に消失させることなく、時間反転対称性の破れを実現する方法と、それによりドメイン壁の生成エネルギーを下げ、かつ、ドメイン壁の厚みを薄くできる方法及びそれらの方法により実現した超伝導体並びに該超伝導体を用いた超伝導デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記目的を達成するために、バンド間位相差の2πの周期で変動するジョセフソン相互作用によるポテンシャルと、π又はπ以下の周期で変動するポテンシャルを拮抗させることを特徴とするものである。
【0012】
本発明の多バンド超伝導体は以下の特徴を有するものである。本発明の多バンド超伝導体は、バンド間位相差の2πの周期で変わるバンド間ジョセフソン相互作用によるポテンシャルに、π以下の周期で変動するポテンシャルを導入して、両者を拮抗させて、時間反転対称性の破れが生じていることを特徴とする。そして、前記時間反転対称性の破れによりドメイン構造を有することを特徴とする。具体的には、前記ドメイン構造は、超伝導転移温度直下で熱励起によって作り出される。また、前記ドメイン構造は、超伝導体の不均一性によりピン止めされて安定化されている。また、前記ドメイン構造は、該ドメイン構造を囲むドメイン壁によって、磁束をピン止めする。前記多バンド超伝導体の代表的なものは、2バンド超伝導体である。具体的には、Ba1−xFeAsの組成を有する超伝導体において適用できる。本発明のように、高次の項が働く系としては、具体的には、Ba1−xFeAs(x=0.2)などがある。
【0013】
本発明の超伝導デバイスは、本発明の前記多バンド超伝導体を用いたデバイスであり、前記ドメイン構造を囲むドメイン壁を、位相差ソリトンの代替として用いることを特徴とする。
【0014】
本発明の多バンド超伝導体の作成方法は、以下の特徴を有するものである。本発明の多バンド超伝導体の作成方法は、超伝導環境下において、バンド間位相差の2πの周期で変わるバンド間ジョセフソン相互作用によるポテンシャルに、π以下の周期で変動するポテンシャルを導入して、両者を拮抗させて、時間反転対称性を破ることを特徴とする。そして、前記時間反転対称性の破れによりドメイン構造を有することを特徴とする。具体的には、ドメイン構造を、超伝導転移温度直下で熱励起によって作り出すことを特徴とする。また、前記ドメイン構造を、超伝導体の不均一性によりピン止めして安定化させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明のように、バンド間位相差の2πの周期で変動するジョセフソン相互作用によるポテンシャルと、πの周期で変動するポテンシャルを拮抗させることにより、ドメイン壁の生成エネルギーがより小さくなりドメインが生成しやすくなる。また、ドメイン壁を薄くすることもできる。このように、ジョセフソン相互作用を完全に消失させることなく、時間反転対称性の破れを実現することができるので、それによりドメイン壁の生成エネルギーを下げ、かつ、ドメイン壁の厚みを薄くできるものである。
【0016】
本発明により、カイラルドメインを有する超伝導体を作ることができるので、カイラルドメインを、ピニングセンターとして用いることができる。また、本発明により、カイラルドメインを作ることができるので、カイラルドメインを、位相差ソリトンの代替として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の超伝導体の自由エネルギーを示す図。
【図2】時間反転対称性の破れを示す超伝導秩序関数を複素平面上で表記した図。
【図3】比較例1の2バンド超伝導体の自由エネルギーの図。
【図4】比較例2の高次の相互作用のみの自由エネルギーの図。
【図5】Ba1−xFeAsのxを変化させたときの超伝導転移温度Tcを示す図。
【図6】Ba0.60.4FeAsと、時間反転対称性の破れた超伝導体Ba0.20.8FeAsに関する本発明の例を示す図。
【図7】本発明の例に関する超伝導体の温度と比熱の関係を示す図。
【図8】本発明のドメイン構造を説明するための図。
【図9】本発明のドメイン構造を説明するための図。
【図10】本発明のドメイン構造を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明では、バンド間位相差の2πの周期で変動するジョセフソン相互作用によるポテンシャルと、π以下の周期で変動するポテンシャルを拮抗させることにより、ジョセフソン相互作用を完全に消失させることなく、時間反転対称性の破れを実現するものである。本発明では、時間反転対称性の破れが実現することにより、ドメイン構造を備え、ドメイン壁の薄いまま安定したドメイン構造を備える超伝導体が得られた。以下、実施の形態について述べる。
【0019】
Ba1−xFeAsのような2バンド超伝導体(非特許文献4参照)の組成を変えることによっていろいろな超伝導秩序関数を実現できるが、さらに、二種類の超伝導秩序関数が、ほぼ同じ超伝導凝縮エネルギーを与えるような場合(二つの秩序関数が拮抗している場合)には、超伝導秩序関数のテイラー展開で示される超伝導の自由エネルギーにおいて、Ψの高次の項が働くようになる。
【0020】
たとえば、バンド1での超伝導凝縮の波動関数をψ=|ψ|exp(−iθ)、バンド2での超伝導凝縮の波動関数をψ=|ψ|exp(−iθ)とすると、全体の秩序関数Ψは線形結合で表現できる。2バンド超伝導体の超伝導秩序関数は、Ψ=ψ+ψとなる。なお、θとθは各バンドの超伝導凝縮の波動関数の位相を表す。従来の2バンド超伝導体では、ジョセフソン相互作用が、θ=θもしくは、θ=θ+πにバンド間位相差を固定する。つまり、Ψ=|ψ|+|ψ|もしくは Ψ=|ψ|―|ψ|の状態になっている。Ψ=|ψ|+|ψ|が実現しているときには、Ψ=|ψ|―|ψ|のエネルギーは高く実現しない。Ψ=|ψ|―|ψ|が実現しているときには、Ψ=|ψ|+|ψ|のエネルギーは高く実現しない。しかし、2バンド超伝導体のうち、超伝導体の組成を変えると、波動関数をΨ=|ψ|+|ψ| から Ψ=|ψ|―|ψ|に変えることができるケースがある。このように超伝導の波動関数の形が変わることをクロスオーバーが起きるという。Ψ=|ψ|+|ψ|とΨ=|ψ|―|ψ|のエネルギーが非常に近接していることをクロスオーバー領域にあるという。
【0021】
クロスオーバー領域にある時の超伝導の自由エネルギーは、(数1)のようにかける。
【数1】

【0022】
(数1)において、mνとeは、それぞれ超伝導電子対の有効質量と有効電荷、Aはベクトルポテンシャル、cは光速度である。h/8πは磁場の寄与である。
【0023】
【数2】

【0024】
【数3】

【0025】
【数4】

【0026】
(数1)において、上記(数2)(数3)(数4)は、それぞれ、バンド内相互作用から来る寄与、バンド間ジョセフソンの項、より高次のバンド間相互作用の寄与である。
【0027】
ここで、N、Nを超伝導電子対の密度として、下記(数5)の近似をする。
【0028】
【数5】

【0029】
磁場も、電子対の濃度の場所変化もないと考え、バンド間位相差φ=θ−θによる項を取り出すと、下記(数6)になる。
【0030】
【数6】

【0031】
一様な超伝導つまりφが一定の状態を考えると、次の(数7)の競合パラメータwが基底状態を決めていることがわかる。
【0032】
【数7】

【0033】
図1は、本発明を実施した時の超伝導の自由エネルギーを示したものである。w=−0.5の時は、図1に示したようになる。競合パラメータwは、マイナス無限大が従来の三重項超伝導体に相当する。また、wは、ゼロの時が、従来の多バンド超伝導体に相当する。本発明は、多バンド超伝導体で、時間反転対称性の破れた状態を実現しカイラルドメインを作り出すために、wがマイナス無限大より大きく、ゼロより小さい状態が適当であるということに基づくものである。
【0034】
図1に示したように、w=−0.5では、二つの最小値が表れており、それぞれが、右手と左手に相当する時間反転対称性が破れた状態になっている。すなわち、最小値を表す負の領域のφを−φと正の領域のφをφとすると、Ψ=|ψ|+|ψ|×exp(−iφ)とΨ=|ψ|+|ψ|×exp(iφ)がそれぞれの超伝導秩序関数となる。図2の(A)(B)は、時間反転対称性の破れを示す超伝導秩序関数を複素平面上で表記したものである。短い矢印がψ1、長い矢印がψ2を示す。図2に示すように、複素平面上に、ψとψを書くとΨとΨは右手と左手の関係であることがわかる。このようなクロスオーバーは、たとえば、Ba1−xFeAsで起きる。
【0035】
クロスオーバーは、|ψ|+|ψ|から|ψ|―|ψ|への超伝導秩序関数の変化でなくても、d波からs波への変化など、いろいろな組み合わせで起こすことができる。クロスオーバー領域を実現する方法自体は知られている。しかしながら、クロスオーバー領域で、時間反転対称性が破れることは知られていなかった。本発明では、高次の項とジョセフソン項を拮抗させることにより、時間反転対称性を破り、ドメイン構造を実現したものである。ドメイン構造は、安定した薄いドメイン壁を有している。このように、高次の項とジョセフソン項を拮抗させることより、時間反転対称性を破ること、即ち、バンド間位相差の2πの周期で変わるバンド間ジョセフソン相互作用によるポテンシャルに、π以下の周期で変動するポテンシャルを導入して、両者を拮抗させて、時間反転対称性を破ることが、本発明の特徴である。π以下の周期で変動するポテンシャルとは、代表的にはπの周期で変動するポテンシャルであり、π/2、π/4等の周期で変動するポテンシャルなどを含む。なお、ポテンシャルを導入して拮抗させることを、ポテンシャルを競合(compete)させる、ポテンシャルを重畳させると表現することもできる。本発明を適用して、具体的にドメイン構造を有する2バンド超伝導体を求める実施例を以下に示す。
【0036】
(実施例1)
クロスオーバー領域を実現できる材料を探すには、いくつかの方法があり、まず実施例1では、同位体効果を調べる方法を用いる。普通の超伝導体では、超伝導材料を作っている原子を軽くすると、格子振動の振動数が上がり、超伝導転移温度(Tc)が上がる。格子振動が超伝導を引き起こす力を与えている場合には、このような正常な同位体効果が得られる。この場合には、|ψ|+|ψ|が実現する。格子振動ではなく、電子間斥力が超伝導を引き起こす場合は、|ψ|−|ψ|が実現する。この場合には、同位体効果はゼロになる。ただし、電子間斥力の寄与と格子振動の寄与が拮抗しており、最終的に、電子間斥力が勝ち、|ψ|−|ψ|が実現している場合には、原子を軽くすると、むしろ超伝導の足を引っ張るので、Tcが下がる。このような逆同位体効果が得られる場合、超伝導材料は、クロスオーバー領域に近いことになり、組成を調整することで、電子間斥力を弱め、クロスオーバー領域を実現することができる。具体的には、Ba1−xFeAsでは、組成のxを固定して、Feを同位体を用いて軽くすると、Tcは下がり、逆同位体効果を確認できる。逆同位体効果を起こす材料の電子のバンド計算を行い、バンドの形を見ると、xを減らすことにより、バンド間のネスティングの効果を小さくし、電子間斥力を小さくできることがわかる。これらからx=0.2くらいの組成で、Ba1−xFeAsにクロスオーバーを起こさせることができることがわかる。なお、非特許文献4に記載の理論では、格子振動の寄与を考慮しておらず、4乗項の取扱いがないので、本発明の特徴である「π以下の周期で変動するポテンシャルを導入」はできず、時間反転対称性の破れは起こせないものである。
【0037】
(実施例2)
クロスオーバー領域を実現できる材料を探す他の方法として、Ba1−xFeAsを例に説明する。例えばx=0のところとx=0.6のところの超伝導秩序関数の形を、光電子分光やトンネル分光及び理論計算で調べ、その形を比較することが有効である。x=0のところでd波、x=0.6のところで、s波のような形の違いがあれば、その間でクロスオーバーを起こすことがわかる。超伝導秩序関数の形を精密に調べる理論計算では、高次の項を取り扱うことが極めて困難なので、クロスオーバー領域での秩序関数を正確に予測できないが、高次の項を取り扱う必要のない領域で、秩序関数の形を調べることで、クロスオーバー領域の有無を判定することができる。
【0038】
次に、このようにして得られた超伝導で空間的に一様な解を求めると、先に述べたようにΨ=|ψ|+|ψ|×exp(−iφ)とΨ=|ψ|+|ψ|×exp(iφ)が縮退するので、そのどちらかだけが実現することになる。実際には、後で述べるように、このような超伝導体では、カイラルドメインを作り出すことができ、空間的に、ΨとΨが分離した状態を実現できる。カイラルドメインがある場合には、空間的に右手系の Ψ=|ψ|+|ψ|×exp(−iφ)と、左手系の Ψ=|ψ|+|ψ|×exp(iφ)の場所が、磁性体の磁気ドメインのように分離している。空間的に、右手系から左手系に移っている場所は、ドメイン壁となる。このときφ=0を取る場所が空間的にエネルギーが高くなっている。
【0039】
(比較例1)
図3に、本発明を適用しなかった時の、2バンド超伝導体の自由エネルギーを示す。図3には、δ=0、つまりバンド間ジョセフソンの項によるポテンシャルだけがある場合を示している。このとき、ドメイン壁は、φ=0とφ=2πを隔てており、φ=πがエネルギーの高い場所になっている。
【0040】
図1は、図3と比較して、ドメイン壁のエネルギーが相対的に小さくなっていることがわかる。また、バンド間ジョセフソンの項だけのときには、φは2π回らなければならないが、図1のときには、φの回転はもっと小さくて良い。つまり、これはドメイン壁を薄くすることに寄与する。
【0041】
(比較例2)
図4は、本発明を適用しなかった時の、高次の相互作用によるポテンシャルだけがある、擬似的な三重項超伝導体の自由エネルギーである。図4は、γ=0で、δ>0の時を示す。このときは、φは、−π/2からπ/2までπだけまわり、φ=0がエネルギーの一番高いところになる。この場合も、図1に比べて、エネルギーは必要で、かつ、壁が厚くなっている。
【0042】
以上の実施例では2バンド超伝導体の例で説明したが、多バンド超伝導体においても、任意の2つ、または、バンドを2グループに分ける(2成分にグループ分けする)ことによって、それらの間の成分間位相差を定義することができる。したがって、本発明は、2バンド超伝導体にかぎらず、多バンド超伝導体でも適用できる。「多バンド超伝導体」と呼ばれるものは、多成分系と呼ぶこともできるが、従来のドメイン構造をとることが知られている三重項超伝導を含まないことを明確にするために、本発明においては、「多バンド超伝導体」を対象とするものである。なお、d波とs波の拮抗が起きる場合も、一つのバンドを二つの成分に分けられる場合の例であり、実質的に2バンド超伝導体と同じ効果が起きる。したがって、d波とs波が拮抗する場合も、本発明の、バンド間位相差の2πの周期で変わるバンド間ジョセフソン相互作用によるポテンシャルに、π以下の周期で変動するポテンシャルを導入して、両者を拮抗させる、1例である。このように、本発明において、「多バンド超伝導体」とは、単バンドであっても、超伝導電子対をつくる強い力(バンド内相互作用)と、弱い力(バンド間相互作用)があり、運動量空間で、超伝導成分が2種類以上に分かれ、多成分超伝導が実現している場合であって、この多成分超伝導の成分間のダイナミクスが、多バンド超伝導のバンド間のダイナミクスに準じる場合も含めた広義の多バンド超伝導体をいう。
【0043】
本発明のドメイン構造は、超伝導転移温度直下で、熱的なエネルギーの注入によって励起され、低温にすることによって、試料の厚みの空間的な不均一性(試料の凸凹等のピニングセンター)に捕獲され固定される。図8から図10を参照してドメイン構造について説明する。ドメイン構造において、ドメイン壁は短い方がエネルギーが低くなるので、均一な試料においては、伸ばした輪ゴムが縮むように、どんどん小さくなって、ついにはなくなってしまう。図8は、ドメイン壁が、均質な試料においては小さくなることを示す模式図であり、ふくらませた風船が中から空気が抜けるとしぼんでしまうのと同じようになる。ここで、縮みを止めるには、次の2つの方法がある。第1は、ドメイン壁が磁束を捕獲する方法である。この場合、捕獲した磁束間には、磁気的反発力が働き、ドメインが縮もうとする力とバランスして、ドメインの収縮が停止する。図9は、磁束(渦糸)を捕獲したドメイン壁が、磁束間の反発力とドメイン壁の収縮力のバランスで安定化する様子を模式的に示す図である。第2は、試料に凸凹を作る方法である。超伝導体試料の中で、ドメイン壁が凹部などにはまり込むと、そこから抜け出る為にはエネルギーが必要なので、低温になると、凹部等にとどまる傾向がある。凸凹は、例えば厚み方向でもよいし、超伝導体試料の外側でもよい。図10は、凸凹した超伝導体試料で、凹みと凹みをドメイン壁が一番短距離になるように結んだ場合を、模式的に示す図である。これ以上は短くなれないのでドメインが安定化する。
【0044】
また、本発明のドメイン構造は、熱的なエネルギーの注入によって励起されるので、超伝導体試料内には、大小さまざまなドメインが超伝導転移温度Tc直下で生まれ、ドメイン境界であるドメイン壁は動き回っている。この動きが温度を下げるに従ってゆっくりになり、ドメイン構造が固定化されていき、ガラス状態ができる。このようなガラス状態へのガラス転移の時には、相転移に伴う比熱の跳びが消える。
【0045】
また、ドメイン壁は、量子化磁束を捕獲するので、本発明のようにドメイン構造があるような超伝導体においては、磁場中冷却(FC)において、超伝導転移点で、磁束を超伝導の外に押し出すマイスナー効果が起きない。
【0046】
本発明の上記実施例の超伝導体についてその効果を確認した。図5では、実際にBa1−xFeAsのxを変えて、一連の試料を作製し、その超伝導転移温度Tcを示した。横軸は格子定数(nm)である。この中で、太い矢印で示したx=0.6とx=0.2において、発明の効果を説明する。x=0.6では比熱の跳びとマイスナー効果は、まだ観測されている。しかし、x=0.2にすることによって時間反転対称性の破れが起こり、これらを同時に消すことができる。図6に、超伝導体を磁場中冷却した場合と無磁場冷却した場合の磁化率を示す。図6(A)は、Ba0.60.4FeAsに関し、図6(B)は、Ba0.20.8FeAsに関する。本発明を適用することによって、Ba0.60.4FeAsを、時間反転対称性の破れた超伝導体Ba0.20.8FeAsにした例である。マイスナー効果が、時間反転対称性の破れにより励起されたカイラルドメインによって消失している。図7に、超伝導体の温度と比熱の関係を示す。図7(A)は、Ba0.60.4FeAsに関し、図7(B)は、Ba0.20.8FeAsに関する。時間反転対称性の破れによっておきるガラス転移によって、比熱の跳びが消えている。図6と図7で確認できるように、本発明を適用することにより、時間反転対称性の破れによって、マイスナー効果と、比熱の跳びの同時消失が起きている。
【0047】
本発明により多バンド超伝導体において生成したドメイン壁を、磁束のピニングに活用したり、バンド間位相差ソリトンの代わりに使って情報処理に用いることができる。
【0048】
本発明の、バンド間位相差の2πの周期で変わるジョセフソン相互作用によるポテンシャルに、π以下の周期で変動するポテンシャルを導入して、両者を拮抗させる方法の具体例としては、先に述べたように、組成によって、二つの異なる形の超伝導秩序関数を取る超伝導体において、この二つの超伝導秩序関数の実現する超伝導凝縮エネルギーがほぼ同じになるように調整し、二つの超伝導波動関数のクロスオーバー領域を実現する方法がある。また、格子振動による超伝導電子対を形成する力と電子間斥力による超伝導電子対を形成する力の二つを競合させることによって実現する方法があり、例えば、電子間斥力による超伝導電子対を形成する力の調整をバンド構造の調整で実現することができる。
【0049】
上記実施の形態や実施例で示した例は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導環境下において、バンド間位相差の2πの周期で変わるバンド間ジョセフソン相互作用によるポテンシャルに、π以下の周期で変動するポテンシャルを導入して、両者を拮抗させて、時間反転対称性の破れが生じていることを特徴とする多バンド超伝導体。
【請求項2】
前記時間反転対称性の破れによりドメイン構造を有することを特徴とする請求項1記載の多バンド超伝導体。
【請求項3】
前記ドメイン構造は、超伝導転移温度直下で熱励起によって作り出されたことを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体。
【請求項4】
前記ドメイン構造は、超伝導体の不均一性によりピン止めされていることを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体。
【請求項5】
前記ドメイン構造は、該ドメイン構造を囲むドメイン壁によって、磁束をピン止めすることを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体。
【請求項6】
前記多バンド超伝導体は2バンド超伝導体であることを特徴とする請求項1記載の多バンド超伝導体。
【請求項7】
前記多バンド超伝導体は、Ba1−xFeAsの組成を有することを特徴とする請求項6記載の多バンド超伝導体。
【請求項8】
前記ドメイン構造を囲むドメイン壁を、位相差ソリトンの代替として用いることを特徴とする請求項2記載の多バンド超伝導体を用いた超伝導デバイス。
【請求項9】
多バンド超伝導体の作成方法であって、
超伝導環境下において、バンド間位相差の2πの周期で変わるバンド間ジョセフソン相互作用によるポテンシャルに、π以下の周期で変動するポテンシャルを導入して、両者を拮抗させて、時間反転対称性を破ることを特徴とする多バンド超伝導体の作成方法。
【請求項10】
前記時間反転対称性の破れによりドメイン構造を有することを特徴とする請求項9記載の多バンド超伝導体の作成方法。
【請求項11】
前記ドメイン構造を、超伝導転移温度直下で熱励起によって作り出すことを特徴とする請求項10記載の多バンド超伝導体の作成方法。
【請求項12】
前記ドメイン構造を、超伝導体の不均一性によりピン止めして安定化させることを特徴とする請求項10記載の多バンド超伝導体の作成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−44460(P2011−44460A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189974(P2009−189974)
【出願日】平成21年8月19日(2009.8.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構委託研究「多重秩序材料の情報通信技術への応用探索」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】