説明

多孔質体とその製造方法

【課題】
本発明は、多孔質体の骨格を構成する基材にダメージを与えることなく高い親水性を持たせた多孔質体とその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明の多孔質体は、連続多孔質基材の少なくとも孔内壁面に吸水性剤からなる被膜が付与されてなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を分散した溶液を含浸するための多孔質体とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
事故や疾患等によって生体組織や臓器が失われたり、損傷を受けた際の治療法として、生体臓器移植や人工臓器移植などが知られている。しかしながら、生体臓器移植ではドナーが慢性的に不足していること、人工臓器では生体臓器の機能を十分には代替できていないという問題がある。そこで近年、この二つの方法にかわって、生体組織工学による治療法が注目され、研究が盛んに行われている。
【0003】
生体組織工学的手法では、生体組織や臓器を再生あるいは再構築するために、細胞の接着する足場として、三次元構造をもつ多孔質体が主要な役割を果たしている。
また、ここで、細胞を多孔質体の内部まで送達するためには、多孔質体の表面及び孔の壁面が高い親水性をもつ必要があるため、従来は以下のような方法で親水化処理が行われてきた。
【0004】
1)多孔質体をエタノール水溶液で湿潤させた後に水や培養液で多孔質体の外表面および内孔表面を置換する方法、
2)アルカリ溶液により多孔質体の外表面および内孔の表面を加水分解する表面加水分解法、
3)プラズマ処理法
が挙げられる。しかしながら、これらの方法にはそれぞれ欠点がある。
前記1)のエタノール水溶液を用いる方法では、細胞を播種する直前に親水化処理を行う必要がある。すなわち、親水化処理した多孔質体は、乾燥すると効果が低下するので、湿潤状態のうちに使用しなければならない。そのため長期保存には不向きである。また、エタノール水溶液によって損傷を受ける多孔質体に対しては、本方法を適用することができない。
前記2)の表面加水分解処理法では、加水分解反応の進み具合をコントロールするのが困難で、多孔質体の力学強度の低下や内孔の形状変化を招く恐れがある。
前記3)のプラズマ処理法により材料表面を親水化処理する方法では、二次元の表面では効果があるが、三次元の多孔質体では、プラズマの透過性に難があるため、多孔質体のすべての内孔の表面に均一に処理することがきわめて困難である。また、プラズマにより損傷を受ける多孔質体に対しては、本方法を適用することができない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上のような従来技術の現状から、多孔質体の骨格を構成する基材にダメージを与えることなく高い親水性を持たせた多孔質体とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明1の多孔質体は、連続多孔質基材の少なくとも孔内壁面に吸水性剤からなる被膜が付与されてなることを特徴とする。
【0007】
発明2は、発明1の多孔質体の製造方法であって、減圧下の環境にて連続多孔質基材を吸水性剤の溶液中に浸漬して、前記連続多孔質基材の孔内に前記溶液を浸透させ、次にこの溶液を除去し、これを乾燥して溶媒を除去して、前記連続多孔質基材の少なくとも孔内壁面に被膜を形成することを特徴とする。
【0008】
発明3は、発明2の多孔質体の製造方法において、溶液の除去は遠心分離法によることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明1は、多孔質基材を改質するものではなく、少なくとも孔内壁面に吸水性剤からなる被膜が付与されることによるものであるから、本多孔質体は、その強度を初期のままに維持することができた。
従来のように改質状態を保持するために湿潤状態にしておく必要はなく、乾燥状態で長期保存できるとともに、無菌状態での保存も容易である。
また、発明2により、吸水性剤からなる被膜を多孔質体の外表面および孔内壁面に満遍なく付与することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明をさらに詳述する。本発明における吸水性剤としては、特に限定されないが、たとえば、コラーゲン、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ゼラチン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、ポリリジン、細胞成長因子、及び細胞分化制御因子またはその誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種以上のものが好ましく使用される。これらの物質を単独、あるいは2種類以上を混合したものを用いることができる。
前記物質の中で、コラーゲン、あるいはコラーゲンを主成分とする混合物が最も望ましい。コラーゲンにはI、II、III、IV、V、VI、VIII、IX、X型などのものがあるが、本発明においてはこれらの何れも使用でき、これらの誘導体を使用してもよい。また、細胞成長因子と細胞分化制御因子は細胞の成長、分化を制御できるものであれば何れも使用できるが、上皮細胞成長因子(EGF)、インシュリン、血小板由来増殖因子(PDGF)、繊維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、β型形質転換増殖因子(TGF−β)、骨形成因子(BMP)、デキサメタゾンなどから選ばれた1種以上のもの或いはこれらの誘導体があるが、本発明においてはこれらの何れもが使用できる。
【0011】
吸水性剤よりなる被膜の作製方法としては、(1)多孔質基材を吸水性剤の水溶液に浸漬し、減圧することにより、多孔質基材を水溶液で満たした後、続いて、(2)遠心分離することにより余分な水溶液を除いた後、さらに、(3)凍結乾燥することにより、多孔質基材の孔内を含む表面全体に吸水性剤よりなる被膜を形成させるものである。
【0012】
上記工程(1)においては、吸水性剤は、適宜の物質を単独、あるいは2種類以上混合して行われる。多孔質基材を吸水性剤の水溶液に浸漬し、減圧することにより、孔内をこの水溶液で満たすことができた。ここで、前記水溶液における吸水性剤の濃度は0.001%〜20%であるが、好ましくは0.05%〜5%である。水溶液のpHについては、多孔質基材が溶解しなければいくらでもよく、その値は1〜14であるが、好ましくは2〜12である。この水溶液の温度は、多孔質基材が変形しなければ何度でもよく、1℃〜40℃であるが、好ましくは4℃〜30℃である。
【0013】
上記工程(2)においては、吸水性剤の水溶液で満たした多孔質基材を遠心チューブに移して遠心力を負荷することにより、基材の外表面及び孔内壁面に付着している水溶液以外のものを除く。この操作を容易にするために、多孔質基材を遠心チューブの底部に置かずに、遠心チューブの中に設けたメンブレン上に置く。メンブレンの孔径は、多孔質基材を支持し、かつ、吸水性剤の水溶液を透過させるものであればよく、0.01μm〜10mm、望ましくは100μm〜2mmである。遠心加速度は、吸水性剤の水溶液を多孔質基材から除ければよい。遠心力は、100G〜10000Gに設定可能だが、好ましくは200G〜5000Gである。遠心時間は1分〜60分に設定可能だが、好ましくは5分〜30分である。
【0014】
上記工程(3)においては、遠心処理した多孔質基材を風乾せずに凍結乾燥する。凍結の温度は−5℃〜−200℃とすることが可能だが、好ましくは−10℃〜−100℃である。凍結乾燥の温度は−5℃〜−100℃とすることが可能だが、好ましくは−10℃〜−60℃である。
なお、真空中チャンバーに静置することにより、基材の外表面及び孔内壁面に付着した溶液から溶媒を除去して乾燥することも可能である。
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
【実施例1】
【0015】
生体吸収性高分子の一種、乳酸とグリコール酸との共重合体(PLGA)の多孔質基材の外表面と孔内壁面に、ウシI型アテロコラーゲン被膜を形成させることにより、親水化処理を行った。
【0016】
生体吸収性高分子の一種、乳酸とグリコール酸との共重合体(PLGA)(乳酸:グリコール酸、75:25)をクロロホルムに溶解し、15(w/v)%の溶液を調製した。本溶液をアルミニウム製の円筒容器に注入し、直径355μm〜425μmの塩化ナトリウム粒子(PLGA重量の9倍)を加え、よくかき混ぜた後、48時間風乾した。乾固した塩化ナトリウム/PLGA円柱体を蒸留水に浸漬し、2時間ごとに蒸留水を交換しながら、4日間洗浄を行った。このようにして、孔径355μm〜425μm、空孔率が90%のPLGA多孔質円柱体を得た。この円柱体を空気中で24時間乾燥した後、12時間真空乾燥した。その後、この円柱体を直径4.25mmの円柱状に切断することによって、形状を統一して、多孔質基材とした。
【0017】
PLGA多孔質基材を0.5%ウシI型アテロコラーゲン酸性水溶液(pH=3.0)に浸漬し、減圧することによって、多孔質基材の孔内部にコラーゲン水溶液を浸透させた。次に、遠心分離機を用いて多孔質基材に遠心力を負荷して余分なコラーゲンを除去し、基材の外表面と孔内壁面にコラーゲン層が形成されるようにした。遠心力は1580Gを5分間負荷した。
【0018】
多孔質基材は遠心後直ちに−80℃で3時間凍結し、つづいてこの凍結物を24時間凍結乾燥(0.2 Torr)することにより、水分を除去して、基材の外表面と孔内壁面にコラーゲンの被膜を形成して、本発明の多孔質体を製造した。
【0019】
親水化処理を施した多孔質体の内部構造を調べるため、内部が露出するように多孔質体を切断し、イオンスパッタにより白金を蒸着し、走査型電子顕微鏡で観察した。
また、多孔質体の給水性(親水性)を評価するため、直径9cmのシャーレにガラスリングを数個入れ、ガラスリングの高さまで純水を注ぎ、水面とろ紙が接着するようガラスリング上にろ紙を敷き、純水を浸み込ませた。凍結乾燥後の円柱状の多孔質体の底面をろ紙の接着面とし、ろ紙上に15秒間載せて水分を吸収させ、ろ紙上に置く前後の重量変化を求め、その値をろ紙面との接触面積値で除算し、多孔質体の水分吸収値とした。
【0020】
電子顕微鏡観察の結果、コラーゲンが多孔質体内部の孔表面を覆っていることがわかった。電子顕微鏡像を図2に示す。また、親水性テストの結果、処理前の水分吸収値は0.0023±0.0003g/cm、処理後の値は0.29±0.04g/cmとなり、本親水化処理によって親水性が大幅に向上することがわかった。
【実施例2】
【0021】
生体吸収性高分子の一種、ポリ乳酸(PLLA)の多孔質基材の外表面と孔内壁面にウシI型アテロコラーゲンの被膜を形成させることにより、親水化処理を行った。
【0022】
PLLAをクロロホルムに溶解し、15(w/v)%の溶液を調製した。本溶液をアルミニウム製の円筒容器に注入し、直径355μm〜425μmの塩化ナトリウムの粒子(PLGA重量の9倍)を加えてよくかき混ぜた後、48時間風乾することによって乾固させた。次に、得られた塩化ナトリウム/PLLA円柱体を蒸留水に浸し、2時間ごとに蒸留水を交換しながら、4日間洗浄を行った。このようにして、孔径が355μm〜425μmで空隙率が90%のPLLA多孔質円柱体を得た。この円柱体を空気中で24時間乾燥した後、さらに12時間真空乾燥した。その後、直径4.25mmの円柱形に切断することによって、形状を統一して多孔質基材を得た。
【0023】
PLLA多孔質基材を0.5%ウシI型アテロコラーゲン酸性水溶液(pH=3.0)に浸漬し、減圧することによって、孔内にコラーゲン水溶液を浸透させた。次に、遠心分離機を用いて多孔質基材に遠心力を負荷して余分なコラーゲンを取り除き、基材の外表面と孔内壁面に0.5%ウシI型アテロコラーゲン酸性水溶液の層のみが形成されるようにした。遠心力は1690Gを10分間負荷した。遠心後、凍結乾燥を行って本発明の多孔質体を得た。
【0024】
親水化処理を施した多孔質体の内部構造を調べるため、内部が露出するように多孔質体を切断し、イオンスパッタにより白金を蒸着し、走査型電子顕微鏡で観察した。
また、多孔質体の吸水性(親水性)の評価試験を行った。まず、直径9cmのシャーレにガラスリングを数個入れ、ガラスリングの高さまで純水を注入した。次に、本リング上にろ紙を置いて水面と接触させ、純水を浸み込ませた。つづいて、凍結乾燥後の円柱状多孔質体をガラスリング上のろ紙に15秒間載せて水分を吸収させた。ろ紙上に置く前後の多孔質体の重量変化を求め、その値をろ紙面との接触面積あたりに換算し、換算値を多孔質体の水分吸収値とした。
【0025】
走査型電子顕微鏡による観察の結果、コラーゲンが多孔質体の内孔表面を覆っていることがわかった。電子顕微鏡写真を図3に示す。また、親水性評価試験の結果、処理前の水分吸収値は0.0014±0.0006g/cm、処理後の値は0.33±0.05g/cmとなり、本親水化処理によって親水性が大幅に向上することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、不安定要素が残されていた、細胞を三次元的に培養するための親水化多孔質体を安定的にかつ容易に供給することができるようになることで、生体組織工学的手法の発展と普及に大いに貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の親水化処理により多孔質体の表面親疎水性変化を表わす代表例1を示す模式図。
【図2】本発明の親水化処理を施したPLGA多孔質体の電子顕微鏡写真。
【図3】本発明の親水化処理を施したPLLA多孔質体の電子顕微鏡写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を分散した溶液を含浸するための多孔質体であって、連続多孔質基材の少なくとも孔内壁面に吸水性剤からなる被膜が付与されてなることを特徴とする多孔質体。
【請求項2】
請求項1に記載の多孔質体の製造方法であって、減圧下の環境にて連続多孔質基材を吸水性剤の溶液中に浸漬して、前記連続多孔質基材の孔内に前記溶液を浸透させ、次にこの溶液を除去し、これを凍結乾燥して溶媒を除去して、前記連続多孔質基材の少なくとも孔内壁面に被膜を形成することを特徴とする多孔質体の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の多孔質体の製造方法において、前記溶液の除去は遠心分離法によることを特徴とする多孔質体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−194389(P2008−194389A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−35222(P2007−35222)
【出願日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度文部科学省 科学技術総合研究委託研究 産業再生法第30条の適用を受ける特許出願 平成18年度新エネルギー・産業技術総合開発機構 三次元複合臓器構造体研究開発委託研究 産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】