説明

多孔質性電極を用いた電気化学デバイス

【課題】細孔を通して多孔質性物質からなる電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を発現する性質を利用した電気化学デバイスを提供すること。
【解決手段】電解質のイオンの大きさの1〜2倍の範囲の大きさの径の細孔を有する多孔質性電極からなり、多孔質性電極にかかる電圧を変化させたときに、細孔を通して多孔質性電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が、特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を利用した電気化学デバイス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質性電極を用いた電気化学デバイスに関し、特に、イオンの大きさの1〜2倍の範囲の大きさの径の細孔を有する多孔質性電極を用いた電気化学デバイスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、炭素を材料とした多孔質性物質の製造方法が研究され、その用途についても研究が進められている(例えば、非特許文献1−3参照)。
【0003】
ここで、非特許文献1には、2nm以下の径の細孔を有する炭素を材料とする多孔質性物質の細孔の径及び孔隙率の調整が可能な多孔質性物質の製造方法が記載されている。
【0004】
さらに、非特許文献2−3には、細孔を有する炭素を材料とする多孔質性物質からなる電極の電気的特性が細孔の径によって変化し、特に、キャパシター(二重層コンデンサ(EDLC))のキャパシタンスが細孔の径を小さくすることによって向上することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】"Nanoporous carbide-derived carbon with tunable pore size", Y. Gogotsi, A. Nikitin, H. Ye, W. Zhou, J. E. Fischer, B. Yi, H. C. Foley and M. W. Barsoum, Nature Materials, Vol. 2, p. 591-594, Sep. 2003
【非特許文献2】"Anomalous Increase in Carbon Capacitance at Pore Sizes Less Than 1 Nanometer", J. Chmiola, G. Yushin, Y. Gogotsi, C. Portet, P. Simon and P. L. Taberna, Science, Vol. 313, p. 1760-1763, 22 Sep. 2006
【非特許文献3】"Electrolytes in porous electrodes: Effects of the pore size and the dielectric constant of the medium", K. Kiyohara, T. Sugino and K. Asaka, THE JOURNAL OF CHEMICAL PHYSICS, 132, 144705 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、本件発明者らは、非特許文献3の研究をさらに進める過程で、細孔を有する多孔質性物質からなる電極にかかる電圧を変化させたときに、細孔を通して当該電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移(物質がその物理量(密度など)の不連続変化を起こす現象をいう。)を発現する性質を有することを新たに見いだした。
【0007】
本発明は、上記細孔を通して多孔質性物質からなる電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を発現する性質を利用した電気化学デバイスに関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の多孔質性電極を用いた電気化学デバイスは、電解質のイオンの大きさの1.0〜2.0倍の範囲の大きさの径の細孔を有する多孔質性電極からなり、多孔質性電極にかかる電圧を変化させたときに、細孔を通して多孔質性電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を利用するようにしたことを特徴とする。
【0009】
この場合において、多孔質性電極は、炭素を材料とすることができる。
【0010】
また、本発明の多孔質性電極を用いた電気化学デバイスは、具体的には、イオン篩い、電気化学スイッチ、電解質の温度センサ、電解質の濃度センサに用いることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の多孔質性電極を用いた電気化学デバイスによれば、細孔を通して多孔質性電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を発現する性質を利用して、イオン篩い、電気化学スイッチ、電解質の温度センサ、電解質の濃度センサ等の電気化学デバイスを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】印加電圧と多孔質性電極表面の電荷密度の関係を、多孔質性電極の細孔の径毎に示すグラフである。
【図2】モンテカルロ・シミュレーションによる多孔質性電極とイオンとの関係を示す説明図である。
【図3】印加電圧と多孔質性電極の内部に入り込んだイオンの密度の関係を、温度毎に示すグラフである。
【図4】印加電圧と多孔質性電極表面の電荷密度の関係を、温度毎に示すグラフである。
【図5】印加電圧と多孔質性電極表面の電荷密度の関係を、温度毎に示すグラフである。
【図6】印加電圧と多孔質性電極表面の電荷密度の関係を、電解質の濃度毎に示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の多孔質性電極の実施の形態を説明する。
【0014】
本発明の多孔質性電極を用いた電気化学デバイスは、電解質のイオンの大きさの1.0〜2.0倍、より好ましくは、1.1〜1.5倍の範囲の大きさの径の細孔を有する多孔質性電極からなり、多孔質性電極にかかる電圧を変化させたときに、細孔を通して多孔質性電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を利用するようにしたものである。
【0015】
この多孔質性電極を用いた電気化学デバイスによれば、細孔を通して多孔質性電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を発現する性質を利用して、イオン篩い、電気化学スイッチ、電解質の温度センサ、電解質の濃度センサ等の電気化学デバイスを得ることができる。
【0016】
このことを、本件発明者らが行ったモンテカルロ・シミュレーションに基づいて、以下説明する。
多孔質性電極の細孔の径が電解質のイオンの大きさよりやや大きい程度であるとき、電極に印加する電圧と多孔質性電極表面の電荷密度(電極内に蓄積される電荷量。以下同じ。)との間には次のような関係があることが、モンテカルロ・シミュレーションによって示された。
具体的には、図1に示すように、電圧をゼロから上げていくとき、小さい電圧では、イオンは電極内にほとんど入らず、電荷密度もゼロに近い。しかし、電圧をさらに上げていくと、ある電圧で突然イオンが電極内に入りはじめ、同時に電荷密度も増える(図1のW1.1、W1.5及びW2.0参照)。このように、細孔の径がイオンの大きさよりわずかに大きい場合(例えば、W1.1)は、電荷密度はある電圧(W1.1の場合は、ΔΦ/4π=0.06)で不連続的に増加、すなわち、不連続性を示す一次相転移を発現する。
一方、細孔の径がイオンの大きさよりはるかに大きいときは、電圧をゼロから上げていくときに、イオンは最初から徐々に電極内に入り、同時に電荷密度は徐々に滑らかに連続的に増加し、不連続性を示す一次相転移を発現しない(図1のW2.5及びW20参照)。
【0017】
ここで、図1において、横軸は印加電圧、縦軸は多孔質性電極表面の電荷密度を示す。温度は、T=0.075(絶対温度との比。以下同じ。)である。多孔質電極の細孔の径がイオンの直径の1.1倍の場合をW1.1、1.5倍の場合をW1.5、・・・として示す。
【0018】
図2に、細孔の径がイオンの大きさの3倍(W3.0)の場合のモンテカルロ・シミュレーションにおけるスナップショットを示す。
多孔質性電極の陽極1aに負に帯電したイオン2bが、多孔質性電極の陰極1bに正に帯電したイオン2aが入り込んでいる状態が分かる。
【0019】
ところで、一次相転移を発現する電圧は、他の条件が同じ場合でも、温度によって変化する。
【0020】
図3に、印加電圧と多孔質性電極の内部に入り込んだイオンの密度(イオンの量)の関係を、また、図4に、異なる温度における電極に印加する電圧と多孔質性電極表面の電荷密度との関係を、温度毎に示す。
ここで、図3において、横軸は印加電圧、縦軸は多孔質性電極の内部に入り込んだイオンの密度を、また、図4において、横軸は印加電圧、縦軸は多孔質性電極表面の電荷密度を示す。細孔の径は、イオンの大きさの1.1倍(W1.1)である。温度は、T=0.065の場合をT0065、T=0.075の場合をT0075、・・・として示す。
温度が上がると、一次相転移が発現する電圧が上がることが分かる。臨界点は、T=0.110付近に見られる。臨界点よりも高い温度では一次相転移は起こらないが、臨界点付近で大きくイオンの密度及び電荷密度が上昇する。
なお、図5に示す、細孔の径がイオンの大きさの1.5倍(W1.5)の多孔質性電極の場合の異なる温度における電極に印加する電圧と多孔質性電極表面の電荷密度との関係に示すように、臨界点が2つあり、これら2つの臨界点の間の温度でのみ一次相転移が起こることを確認した。
【0021】
また、一次相転移を発現する電圧は、他の条件が同じ場合でも、電解質の密度によって変化する。
図6に、異なる電解質の密度における電極に印加する電圧と多孔質性電極表面の電荷密度との関係を示す。
ここで、横軸は印加電圧、縦軸は多孔質性電極表面の電荷密度を示す。細孔の径は、イオンの大きさの1.1倍(W1.1)、温度は、T=0.075である。
イオンの活量が、T=0.075において電解質の密度ρが0.5mol/Lに対応する値の場合を0.5M、0.36mol/Lに対応する値の場合を0.36Mとして示す。
電解質の密度が下がると、一次相転移が発現する電圧が上がることが分かる。
これは、電解質の密度が小さくなると、イオンが細孔内に入り込もうとする力が弱まるため、より高い電圧をかけないと一次相転移が起こらないためである。
【0022】
そして、この多孔質性電極にかかる電圧を変化させたときに、細孔を通して多孔質性電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を発現する性質を利用して、以下の電気化学デバイスを得ることができる。
【0023】
[イオン篩い]
イオンが電極内に入りはじめる電圧は、イオンの種類によって異なる。そのため、電圧をゼロから上げるときに、異なるイオンが順番に電極内に入る。この性質を、多孔質性電極をイオン篩い、例えば、海水等の電解質のイオンを含む溶液からイオンを除去する用途に利用することができる。
【0024】
[電気化学スイッチ]
電圧をゼロから上げるときに、ある電圧で突然電極に電流が流れこみ、電荷が貯まる。この性質を、多孔質性電極を電気化学スイッチとして利用することができる。
【0025】
[電解質の温度センサ]
電解質の温度が上がると、一次相転移が発現する電圧が上がる。この性質を、電解質の温度センサとして利用することができる。
【0026】
[電解質の濃度センサ]
電解質の密度が下がると、一次相転移が発現する電圧が上がる。この性質を、電解質の濃度センサとして利用することができる。
【0027】
ここで、上記多孔質性電極における一次相転移について説明する。
一般に知られるキャパシター(二重層コンデンサ(EDLC))においては、電圧をゼロから上げていくと、電荷が連続的に蓄積される。
これに対して、細孔の径がイオンの大きさよりやや大きく制御された多孔質性電極においては、ある電圧で突然蓄積される電荷が大きくなる。
これは、多孔質性電極内における静電相互作用と排除体積相互作用のバランスによる。
多孔質性電極として、2つの平板電極がイオンよりやや大きい幅を持って平行に並んでいる剛体を考え、ここに一様な電荷密度で電荷が蓄積されるとする。また、イオンは静電相互作用と排除体積相互作用でイオン同士あるいは電極と相互作用する(primitive model)。この多孔質性電極に電圧が印加されると、電極表面に電荷が注入され、カウンターイオンが引き寄せられる(図2参照)。するとカウンターイオンのすぐそばの電極表面にはさらなる電荷が誘起される。このとき、多孔質性電極においては、1つのイオンが両側の電極に電荷を誘起するため、電極が片側にだけある場合に比べて多くの電荷を誘起する。すなわち、静電相互作用によって、細孔の径がイオンの大きさより大きい限り、細孔の径が小さいほど、細孔内に入り込んだ1つのイオンが電荷を誘起する性質が強いこととなる。一方で、排除体積相互作用によって、細孔の径が小さいほど、イオンは電極内に入りにくく、電極に電荷を誘起する性質が弱い。よって、多孔質性電極のキャパシタンスは、静電相互作用と排除体積相互作用のバランスで決まる。印加電圧が高い場合は静電相互作用が支配的であり、電圧が低いときは排除体積相互作用が支配的である。そのため、臨界点(2つの臨界点がある場合には、温度が高い方の臨界点)より低いある温度範囲で、一次相転移を発現することとなる。
【0028】
非特許文献2によると、細孔の径がイオンの大きさよりやや大きくなるように制御された電極では、細孔の径が大きな電極に比べて大きな電荷量の蓄積を示す。この実験は、電圧は2V程度、スキャン速度は20mV/sで行われた。これは、例えば、図1のW1.1においては、相転移が起こる電圧よりも大きい電圧における電荷密度に対応する。一方、それより十分小さい電圧では静電相互作用が小さいため、排除体積相互作用によって、細孔の径が小さいほど電荷密度が小さいことが予想され、臨界点(2つの臨界点がある場合には、温度が高い方の臨界点)より十分低いある温度範囲で、一次相転移を発現することとなる。
【0029】
なお、本発明の多孔質性電極に用いる多孔質性物質は、従来公知の方法、例えば、非特許文献1−3に記載された方法によって得ることができる。
より具体的には、特に限定されるものではないが、非特許文献1に記載された、以下の化学式による低温での2nm以下の径の細孔を有する炭素を材料とする多孔質性物質の細孔の径及び孔隙率の調整が可能な多孔質性物質の製造方法によって、目的とする電解質のイオンの大きさの1.0〜2.0倍の範囲の大きさの径の細孔を有する多孔質性電極を得ることができる。
TiSiC+8Cl(gas)→SiCl(gas)+3TiCl1(gas)+2C
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の多孔質性電極は、細孔を通して多孔質性物質からなる電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を発現する性質を利用した電気化学デバイスに広く用いることができる。
【符号の説明】
【0031】
1a 多孔質性電極の陽極
1b 多孔質性電極の陰極
2a 正に帯電したイオン
2b 負に帯電したイオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質のイオンの大きさの1.0〜2.0倍の範囲の大きさの径の細孔を有する多孔質性電極からなり、多孔質性電極にかかる電圧を変化させたときに、細孔を通して多孔質性電極の内部に入り込むイオンの量及び電極表面の電荷密度が特定の電圧において不連続性を示す一次相転移を利用するようにしたことを特徴とする多孔質性電極を用いた電気化学デバイス。
【請求項2】
多孔質性電極が、炭素を材料としてなることを特徴とする請求項1に記載の多孔質性電極を用いた電気化学デバイス。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の多孔質性電極を用いたイオン篩い。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の多孔質性電極を用いた電気化学スイッチ。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の多孔質性電極を用いた電解質の温度センサ。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の多孔質性電極を用いた電解質の濃度センサ。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−23224(P2012−23224A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160356(P2010−160356)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年5月7日 インターネットアドレス「http://aiche.confex.com/aiche/2010/webprogrampreliminary/Paper204124.html」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】