多孔質材料及びその製造方法
【課題】 厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなる高品質の多孔質材料及びその製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】 厚さ方向に貫通した複数の細孔1を有する結晶性のアルミナからなり、隣接した細孔1間に存在する結晶性のアルミナからなるセル壁2の厚さが細孔1の直径よりも大きいことを特徴とする多孔質材料。
【解決手段】 厚さ方向に貫通した複数の細孔1を有する結晶性のアルミナからなり、隣接した細孔1間に存在する結晶性のアルミナからなるセル壁2の厚さが細孔1の直径よりも大きいことを特徴とする多孔質材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、フィルタ、断熱材、吸音材、衝撃緩衝材等として好適に用いることができる多孔質材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内部に多数の空隙を含有する構造を有する多孔質材料は、その特性から、気相・液相に拘わらず各種流体のフィルタ、断熱材、吸音材、衝撃緩衝材等、広範囲の用途に使われている。また、上記の物理的特性のみならず、内部の表面積が大きいことから、触媒の担持体、もしくは多孔質材料が直接触媒として機能する等、化学反応場としての利用もなされている。
【0003】
昨今、ファインケミカル用途や、飲料水の製造、その他工業プロセス用水の製造等の目的から、非常に微小な粒子のろ過が必要とされる場面が多くなっている。その際、孔径がサブミクロンオーダーのろ過膜が必要とされるが、この領域では孔を媒体が通過する際の抵抗が大きく、膜の圧力損失が大きくなるという課題がある。また、一般的に有機系の膜で構成されたろ過材料では、ろ過材料内部のランダムに配列した樹脂や繊維の空隙部で、粒子を捕捉することから、一度捕捉された粒子を脱離させることが困難であり、汚染されやすいという傾向がある。
【0004】
この状況を解決するために、一方向に配向した表面から裏面に貫通する細孔を有する多孔質材料を、ろ過材料として適用することが検討されている。この場合、細孔が一直線で一次側から二次側まで貫通していることから、有機系の膜のようにランダムに配向した膜で構成されたろ過材料に比較してパスが短くなり、圧力損失の低減が期待できる。
【0005】
また、このような一方向に配向し、一直線の細孔を有するろ過材料において、単位面積当たりの孔数を増加させることができれば、流束を向上させることができる。さらに、粒子を捕捉するのは細孔の表面部においてであり、ろ過材料内部に粒子が侵入しないことから、汚染しにくいという効果が期待できる。
【0006】
一方向に配向した細孔を形成する方法として、アルミニウム等の金属材料の陽極酸化処理を用いる方法がある。この方法では、サブミクロンサイズの孔径を持つ細孔を自律的に形成することができる。孔径は電解液の組成、電圧等の条件により制御可能であり、孔径分布の揃った細孔を有する多孔質材料を得ることができる。作製した陽極酸化膜は、アルミニウム素地の溶解、逆電解によるアルミニウム基板からの剥離処理等によって、アルミニウム基板から分離することが可能であり、分離した陽極酸化膜をろ過材料として使用することができる。
【0007】
しかしながら、陽極酸化膜はアモルファス状のアルミニウム酸化物であって、化学的に不安定であり、水または薬品に接触すると、溶解する性質がある。また、内部に水分及び電解時に使用した電解液の組成物を残留物として含んでいるので、水または薬品に接触すると、これらの残留物質が水中に溶出したり、水または薬品に含まれる成分と反応したりする可能性がある。従って、セル壁の溶解、膜の厚さの減少、膜の微細構造の変化が発生し、最終的には膜の破損に至る場合もある。
【0008】
このような観点から、アモルファス状のアルミニウム陽極酸化膜をろ過フィルタとして使用する場合、常温の媒体に対する短期間の使用は可能であっても、長期間にわたり、流束、分離孔径、強度といった膜の性能を維持することは困難である。
【0009】
従来、これらの特性を改善するために、種々の技術が提案されている。これらの技術によれば、熱処理時の変形を抑制し、熱処理時に破損する確率を低減することができる。ただし、熱処理時に、ある確率で膜の破損が発生するとともに、微視的な領域では細孔構造が変化する場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平2−149698号公報
【特許文献2】特公平5−65212号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
発明が解決しようとする課題は、厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなる高品質の多孔質材料及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
実施形態によれば、厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなり、隣接した細孔間に存在する結晶性のアルミナからなるセル壁の厚さが細孔の直径よりも大きいことを特徴とする多孔質材料を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本実施形態に係る多孔質材料の構造を説明するための平面図。
【図2】本実施形態に係る多孔質材料の製造方法を工程順に説明するための断面図。
【図3】本実施形態に係る多孔質材料の表面のSEM写真。
【図4】別の実施形態に係る多孔質材料の表面のSEM写真。
【図5】図3の細孔構造をもつ膜の細孔径と細孔数の割合との関係を示す分布図。
【図6】結晶化熱処理を実施していないアルモファス構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図7】800℃,2時間の条件で結晶化熱処理を実施したγアルミナ構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図8】1000℃,2時間の条件で結晶化熱処理を実施したγアルミナ及びδアルミナ構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図9】1200℃,2時間の条件で結晶化熱処理を実施したαアルミナ構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図10】1250℃,2時間の条件で結晶化熱処理を実施したαアルミナ構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図11】図6及び図7〜図10に示す各温度で結晶化熱処理を実施した後の多孔質材料を、80℃水中に浸漬させた後の重量変化を示すグラフ。
【図12】1200℃及び1250℃で結晶化熱処理を実施した後の多孔質材料を、300℃水中に浸漬させた後の重量変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施形態に係る多孔質材料について、図面を参照して詳細に説明する。
本実施形態に係る多孔質材料は、上述したように、厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなり、隣接した細孔間に存在する結晶性のアルミナからなるセル壁の厚さが細孔の直径よりも大きいことを特徴とする。
【0015】
アルミニウムの陽極酸化処理により、自己規則的に一方向に揃った細孔が形成されるが、製造方法・条件により、細孔の大きさと、隣接する細孔の間のセル壁の厚さは変化する。膜の強度は、細孔間のセル壁の部分の構造により依存し、セル壁の厚さの細孔径に対する比率が大きいほど、強度が高くなる。結晶化の際の熱処理による変形に対しても同様であり、細孔構造の対称性に加え、セル壁の厚さと細孔径に対する比率を一定値以上にすることにより、変形・割れの抑制効果が得られる。発明者らは種々の条件を検討した結果、セル壁の厚さが細孔の直径以上となる場合に、その効果が顕著となることを究明した。
【0016】
また、結晶化の際に、長時間高温条件に保持すると、セル壁部分の原子の拡散作用によりいわゆる焼結が起こり、セル壁の断裂、細孔の閉塞等が発生する場合がある。これに対しても、セル壁が厚いことで、焼結による細孔構造の破壊を抑えることが可能となる。
【0017】
本実施形態に係る多孔質材料において、結晶性のアルミナは、αアルミナを含むことが好ましい。
結晶性のアルミナは、安定・準安定な構造を含め、多くの種類の構造が存在する。その中で、αアルミナは完全に脱水された最も安定な構造を有し、耐熱性・化学的安定性に優れる。その他の準安定なアルミナは、常温の中性水に対してはある程度耐性を示すものの、高温水、及び酸性,アルカリ性の薬品に対しては反応性を示し、溶解したり変性したりする。それに対し、安定相であるαアルミナは高温水、薬品に対しても安定であり、ほとんど変質しない。そのため、膜中のαアルミナの含有率を高くすることにより、理想的には全てαアルミナから構成される膜とすることにより、飛躍的に化学的安定性を向上することができる。
【0018】
本実施形態に係る多孔質材料において、前記多孔質材料の厚さは50nm以上であることが好ましい。
セル壁の厚さが、細孔の直径以上の場合に、熱処理時の変形抑制効果が得られることを示したが、細孔間距離が長いほどセル壁の厚さの絶対値が大きくなり、強度、及び焼結に対する耐性が大きくなる。発明者らは、種々の条件を検討した結果、細孔の直径が50nm以上となる場合には、セル壁の厚さは50nm以上になることから顕著な変形抑制効果が得られ、熱処理時の破損及び変形が抑制されることを究明した。
【0019】
本実施形態に係る多孔質材料において、前記多孔質材料の厚さは50μm以上であることが好ましく、より好ましくは50μm〜100μmである。
後述するように、熱処理の際、結晶化が進むに連れて、膜中の水分・残留組成物の放出、原子の移動が生じ、細孔構造が若干変化する。この際、自立膜として構造を維持するためには、多孔質材料の厚さを厚くし強度を高くする必要があり、50μm以上であることが好ましい。特に液体をろ過処理する場合には、処理量を向上させるために高圧力条件で運用する必要があるため、同様に多孔質材料の厚さを厚くする必要がある。ただし、あまり厚いと圧損が大きくなり、ろ過性能の上では不利になる。そこで、50μm〜100μmの範囲にあることが更に望ましい。
【0020】
本実施形態に係る多孔質材料の製造方法は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材を電解液に浸漬させて陽極酸化処理を行い、前記基材上に該基材の厚さ方向に延びる第1の孔部を有するアルモファス状の第1の陽極酸化膜を形成する第1の工程と、前記第1の陽極酸化膜を除去し、前記基材上に凹部を形成する第2の工程と、凹部を形成した前記基材を再度電解液に浸漬させて陽極酸化処理を行い、前記基材上に該基材の厚さ方向に延びる第2の孔部を有するアルモファス状の第2の陽極酸化膜を形成する第3の工程と、前記第2の陽極酸化膜を前記基材から剥離する第4の工程と、剥離した前記第2の陽極酸化膜の底部を除去して厚さ方向に貫通した細孔を形成する第5の工程と、剥離した前記第2の陽極酸化膜を熱処理により結晶化する第6の工程とを具備することを特徴とする。
【0021】
アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化処理により、自己規則的に一方向に配向した細孔が得られるが、1段階目の陽極酸化処理(第1の工程)で得られる第1の陽極酸化膜では、細孔の面分布が不規則となる。この現象は、細孔の成長となる起点が前記基材の性状により影響を受けるため、微小な凹凸、不純物、汚染物等により、不規則な位置から細孔が成長することに起因する。その結果、複数の細孔が近接した位置に成長し、セル壁の厚さが細孔の直径よりも小さくなる部位が存在する。この様な部位には、熱処理時に発生する応力での破断や原子拡散によるセル壁の断裂等が発生しやすくなる。
【0022】
上記多孔質材料の製造方法では、第1の陽極酸化膜を除去(第2の工程)した後、2段階目の第2の陽極酸化処理(第3の工程)を行う。第3の工程において成長する細孔の起点は、第1の陽極酸化膜を除去した際に形成される窪み(凹部)であり、セル壁の厚さが厚くかつ規則的な配列を持つ第2の陽極酸化膜を得ることができる。
【0023】
上記多孔質材料の製造方法では、第3の工程で形成した第2の陽極酸化膜を基材から剥離させ(第4の工程)、剥離した第2の陽極酸化膜の底部を除去して厚さ方向に貫通する細孔を形成し(第5の工程)、熱処理を施して第2の陽極酸化膜を結晶化させる(第6の工程)。熱処理による結晶化プロセスにより、熱処理前の多孔質材料を構成している非晶質のアルミニウム酸化物は、結晶性のアルミナに変化する。適切な熱処理温度で処理することで、目的とする材質の多孔質材料を得ることができる。結晶性のアルミナは、耐熱性、耐酸性・耐アルカリ性、耐高温水性といった化学的安定性が向上することから、多孔質材料の適用範囲を拡大することができる。
【0024】
上記多孔質材料の製造方法では、前記第3の工程と第2の陽極酸化膜の剥離工程(第4の工程)の間に、前記基材上に形成された第2の陽極酸化膜を加熱する1次熱処理を行うことが好ましい。
1次熱処理を行う工程では、第3の工程において形成された、第2の陽極酸化膜及び基材が熱処理を施されることになる。第2の陽極酸化膜は、上述したように陽極酸化処理直後はアモルファスであるが、熱処理により化学的安定性が改善される効果がある。その結果、第3の工程で形成された第2の陽極酸化膜は耐食性が向上する。ここで、結晶化熱処理を継続して実施するために、1次熱処理を行う工程では、基材のアルミニウムの溶解が発生しない温度範囲に設定する必要がある。
【0025】
上記多孔質材料の製造方法では、第2の陽極酸化膜の熱処理工程(第6の工程)の際の熱処理温度は1200℃以上であることが好ましい。
最も化学的に安定なαアルミナにするためには、他の結晶構造と比較してさらに高温で処理する必要がある。αアルミナへの相転移温度は約1200℃であることから、熱処理温度を1200℃以上とすることにより、多孔質材料の材質をαアルミナにすることが可能となる。
【0026】
上記多孔質材料の製造方法では、第6の工程の際の熱処理温度は1250℃以上であることが更に好ましい。
1200℃以上の熱処理では、他の相からαアルミナへの転移は一斉に起こるのではなく、徐々に変化していく特性がある。αアルミナに完全に変化させるためには、かなりの長時間を有することになり、通常1200℃以上の熱処理ではαアルミナと他の相の混合組成となる。1250℃以上で熱処理することで、αアルミナへの転移を促進することが可能であり、比較的短時間で完全にαアルミナ化することが可能である。
【0027】
1250℃以上の熱処理では、1200℃以上の熱処理に比較して、熱処理の際の、膜の変形、細孔構造の破壊が起こりやすくなる。しかし、本実施形態の特徴である、セル壁の厚さが細孔の直径よりも大きい構造を採ることで、変形、焼結に対する耐性が向上し、割れ・変形の抑制が可能となる。
【0028】
次に、本実施形態の具体的な例について図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態における板状の多孔質材料の平面図である。細孔1は表面から裏面まで貫通しており、隣接する細孔1の間は、結晶性のアルミナからなるセル壁2で隔てられている。ここで、細孔1の直径aに対して、隣接する細孔1の間のセル壁2の厚さbの比率により、膜の強度が変化する。b/aが大きくなるほど、膜の構造を維持しているセル壁2の占める割合が多くなるため、強度が大きくなる。なお、図1において、六角形をなす線は1つの細孔1の周囲で陽極酸化が起こる領域を表わしているが、実際にはこのような線が見えるわけではない。
【0029】
図2(A)〜(H)は、本実施形態における多孔質材材料の製造方法を工程順に説明するための断面図である。
最初に、例えば純度99.99%の円板形状のアルミニウム板を準備し、これをアルミニウム基材11とする。なお、このアルミニウム基材11に対し、必要に応じてエタノール及び過塩素酸の混合溶液(例えば、エタノール:過塩素酸=4:1)で電解処理し、その表面に形成された皮膜を予め除去し、表面を平滑化する。ここで、電解処理は、例えば10℃以下の温度で、1000A/m2、3分の条件で行う。
【0030】
(1)第1の陽極酸化膜を形成する工程(図2(A)参照)
まず、アルミニウム基材11を第1の電解液に浸漬して、第1の陽極酸化プロセスを行い、アルミニウム基材11上に、アモルファス状の第1の陽極酸化膜12を形成する。この第1の陽極酸化膜12には、その形成過程において、厚さ方向に延びる第1の孔部13が形成される。
第1の陽極酸化プロセスにおいて使用する電解液としては、シュウ酸、リン酸、硫酸、クロム酸等の酸性溶液、水酸化ナトリウム等のアルカリ性溶液等、陽極酸化膜の形成に際して汎用のものを用いることができる。一例として、0.3mol/Lのシュウ酸水溶液を用い、30℃、40Vの条件で行うことができる。
【0031】
(2)第1の陽極酸化膜を除去する工程(図2(B)参照)
次に、アモルファス状の第1の陽極酸化膜12を溶解することが可能な薬品、例えば6wt%リン酸+2wt%クロム酸水溶液で処理することで、第1の陽極酸化膜12のみを除去する。その結果、アルミニウム基材11には周期的な構造を持った凹部14が形成される。
【0032】
(3)第2の陽極酸化膜を形成する工程(図2(C)参照)
次いで、凹部14が形成されたアルミニウム基材11を再度電解液に浸漬し、第2の陽極酸化プロセスにより、アルミニウム基材11上に第2の陽極酸化膜15を形成する。この第2の陽極酸化膜15は、凹部14を起点に成長することが知られており、第1の陽極酸化膜12と比較して、細孔の間隔すなわちセル壁の厚みが大きくなるとともに、細孔の配列の規則性が向上する。
【0033】
第2の陽極酸化膜15は、後に多孔質材料のセル壁、即ち母材を構成することになるので、自立膜としての構造を維持すべく、陽極酸化膜15の厚さが50μm以上の厚さを有することが好ましい。また、得られた多孔質材料をろ過材料として用いる場合、膜の厚さが大きくなり過ぎると、ろ過すべき気体、液体の圧力損失が増大してしまうことから、その上限値は100μmとすることが好ましい。
【0034】
第2の陽極酸化プロセスにおいて使用する電解液としては、第1の陽極酸化プロセスと同様に、シュウ酸、リン酸、硫酸、クロム酸等の酸性溶液、水酸化ナトリウム等のアルカリ性溶液等、陽極酸化膜の形成に際して汎用のものを用いることができる。一例として、0.3mol/Lのシュウ酸水溶液を用い、30℃、40Vの条件で行うことができる。なお、処理時間は得ようとする第2の陽極酸化膜15の厚さに依存して決定されるが、好ましい厚さの下限値である50μmの厚さを得るためには、例えば2時間55分、上述した条件で処理を行う。
【0035】
(4)1次熱処理プロセス(図2(D)参照)
次に、図2(D)に示すように、上述のようにして形成した第2の陽極酸化膜15に対して1次熱処理を行い、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17を形成する。この1次熱処理は、アルミニウム基材11が溶解しないように、また、アルミニウム基材11と第2の陽極酸化膜15との熱膨張差に起因した剥離が生じないように、アルミニウムの融点以下の温度で実施する。この場合、第2の陽極酸化膜15は、吸着水及び水和水の脱離により、微小領域の結晶構造が変化し、化学的に安定化する。従って、1次熱処理により、第2の陽極酸化膜15の、酸・アルカリ等に対する耐性が向上する。また、1次熱処理の熱処理温度が高いほど、及び熱処理時間が長いほど結晶性のアルミナの比率が高くなることから、効果が大きい。
【0036】
一方、1次熱処理の温度が低すぎると、上述した作用効果を得ることができず、化学的に不安定のままで、電解液、酸又はアルカリへの浸漬によっても浸食される場合がある。このような観点から、1次熱処理の温度の下限値は100℃とすることが好ましい。従って、このような上限値及び下限値を考慮すると、1次熱処理は、100℃〜600℃の温度で行うことが好ましい。なお、熱処理雰囲気は非酸化性雰囲気とすることができる。また、熱処理は、アルミニウム基材11を支持台の上に設置し、そのまま加熱炉に入れて行うことができる。
【0037】
(5)電流回復プロセス(図2(E)参照)
電流回復処理プロセスでは、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17の製造の際の電解電圧から、徐々に電圧を降下させる。電圧を降下させると一旦電流が流れなくなる。しかし、しばらくすると再度電流が流れるようになり、陽極酸化膜が再び成長し、アルモファスの微細孔層18が形成される。その際、電流回復後に形成された細孔の孔径は、電流回復前に形成された細孔よりも小さくなる。この過程を何段階か繰り返すことにより、細孔が小さくなるとともに、バリア層が薄くなり、後述する電解による剥離処理が容易になる。
【0038】
(6)アノード電解剥離プロセス(図2(F)参照)
次いで、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17をアルミニウム基材11から剥離させる。剥離処理にはアノード電解剥離処理を用いる。アルミニウム基材11、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17及び微細孔層18からなる積層体を、第2の電解液に浸漬させて電解処理を実施する。その結果、アルミニウム基材11と微細孔層18の界面で、アルミニウム基材11の溶解反応が進行し、両者が分離する。ここで、第2の電解液としては、エタノール及び過塩素酸の混合溶液(例えば、エタノール:過塩素酸=4:1)を用いる。電解処理は、例えば15℃以下の温度で、45V、1分の条件でアノード電解することで行うことができる。
【0039】
これに対し、従来の剥離プロセスでは、逆電解剥離プロセスを用いる。逆電解剥離プロセスとは、アルミニウム基材を電解液中で、陽極酸化膜の製造時とは逆極性で電解する、即ちカソード電解することにより、水素発生によるガスの圧力で1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜を、アルミニウム基材から剥離させる方法である。
【0040】
従来の逆電解剥離プロセスでは、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜を綺麗に剥離させるためには、前述の電流回復処理プロセスの際に、微細孔層の孔径を極力小さくしておく必要があり、電流回復処理に時間を要するという課題があった。例えば、電解電圧40Vから1Vまで徐々に低下させていくことで、1時間以上を必要としていた。それに対し、アノード電解剥離処理の場合、逆電解剥離プロセスに比較して孔径が大きくても綺麗に剥離させることが可能である。例えば、電流回復プロセスでの電解電圧の降下は、電解電圧40Vから20V、20分程度の処理時間で十分である。さらに、条件によっては、電流回復プロセスそのものが不要な場合もある。
【0041】
(7)スルーホール処理プロセス(図2(G)参照)
スルーホール処理プロセスでは、酸・アルカリ水溶液中に1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17を浸漬することで、基材側の底部に形成されていた微細孔層18を溶解除去する。その結果、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17を図1のセル壁2とし、第2の孔部16を図1の細孔1とする多孔質材料を得ることができる。
【0042】
上述した酸又はアルカリとしては、硫酸、塩酸、リン酸や水酸化ナトリウム等を用いることができる。また、過塩素酸と無水酢酸との混合液、リン酸と硫酸との混合液等を用いることもできる。なお、これらの酸又はアルカリは適宜水で希釈し、所定の濃度となるように設定することができる。一例として、50℃、2mol/Lの硫酸水溶液を準備し、この水溶液に1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17及び微細孔層18を5〜20分間浸漬して、微細孔層18を溶解除去することができる。
【0043】
なお、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17及び微細孔層18を酸又はアルカリに浸漬させることにより、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17のみが残存し、微細孔層18のみが溶解するのは、次の理由による。即ち、上述のように、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17は全体として見た場合アモルファスであっても、上述した1次熱処理を経ることによって、吸着水及び水和水の脱離により、微小領域の結晶構造が変化し、化学的に安定化する。従って、1次熱処理により、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜の、電解液等に対する耐性が向上しているのに対し、微細孔層18はアモルファスであるので、化学的に不安定であることに起因する。
【0044】
以上説明したように、本実施形態では、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17におけるセル壁の溶解が抑制されることから、細孔1の厚さ方向の対称性が向上する。その結果、厚さ方向において孔径の揃った細孔1(第2の孔部16)を有する、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17をセル壁2とする多孔質材料を得ることができるようになる。その結果、熱処理時の変形が抑制されることになる。
【0045】
また、陽極酸化処理を2段階で実施することにより、細孔1の面分布を規則化し、セル壁2の厚さが厚くなることから、多孔質材料の強度が向上する。その結果、熱処理時に発生する応力による、多孔質材料の割れ、クラックを、より効果的に防止することができる。
【0046】
図3は、上記実施形態における、具体的な数値に基づいて作製した多孔質材料の、結晶化のための熱処理プロセス前の表面のSEM写真である。図3から明らかなように、表面側の開口部は総て円形状であって、ほぼ均一な大きさを有しており、細孔1の直径と比較して、隣接する細孔1の間のセル壁2の厚みは、どの部位においても大きいことがわかる。
【0047】
図4は、2段階の陽極酸化処理を実施しない方法、即ち陽極酸化膜除去プロセスを実施しない場合の多孔質材料の表面のSEM写真である。細孔の孔径は比較的均一であるものの、細孔の面分布は不均一であり、2つの細孔が近接して配置している部位も存在する。その様な部位では、セル壁の厚さが細孔の直径よりも小さくなっている場合がある。
図3と図4を比較すると、2段階の陽極酸化処理を行うことで、細孔構造の規則化及びセル壁の厚肉化が達成できることが分かる。
【0048】
図5は、図3の細孔構造をもつ膜の細孔径と細孔数の割合との関係を示す分布図を示す。図3のSEM写真では細孔径a:50〜65nm、セル壁の厚さb:45〜60nmであり、図5より細孔径は約36nmにピークをもつことが確認できる。なお、図3のSEM写真では細孔径aとセル壁の厚さbとの関係が十分確認できない。しかし、細孔間隔(a+b):約100nmとすれば、孔径分析値36nm(バラツキを考慮しても30〜44nm)は細孔間隔の半分以下であり、a<bが成立することが明らかである。
【0049】
(8)結晶化熱処理プロセス(図2(H)参照)
図3に示す多孔質材料は、熱処理を行って結晶化させる。この場合、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17を結晶化させるので、その耐熱性、耐酸性、耐アルカリ性、耐高温水性等の化学的性質、即ち化学的安定性を向上させることができ、得られた多孔質材料の適用範囲を拡大することができる。なお、図2(H)の符号19は結晶化陽極酸化膜を示す。
【0050】
例えば、多孔質材料をろ過材料として使用するような場合においても、常温かつ中性の腐食性の無い気体、液体のみならず、高温及び/又は酸性、アルカリ性の腐食性の気体、液体にも使用することができる。
【0051】
なお、多孔質材料を構成する1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17は、一般には酸化アルミニウムの組成を有する。更に、上述した2次熱処理を行うことにより、多孔質材料を結晶性のアルミナから構成することができるようになる。
【0052】
また、スルーホール処理プロセス後の2次熱処理の温度は特に限定されないものの、800℃以上の温度で行うことにより、多孔質材料をγアルミナから構成することができる。更に、1200℃以上の温度で行うことにより、多孔質材料をαアルミナから構成することができる。更には、1250℃以上の温度で行うことにより、αアルミナ化を迅速に進めることができる。2次熱処理の雰囲気は、非酸化性雰囲気とすることができる。γアルミナ、更にαアルミナは化学的に極めて安定であるので、多孔質材料の適用範囲を拡大するのに極めて好都合である。
【0053】
2次熱処理の温度の上限は、例えば1400℃とすることができる。ここで、1400℃を超えた温度で熱処理を実施しても、最早αアルミナの結晶性には何ら影響を及ぼさず、熱処理に要するエネルギーを無駄に消費してしまうことになる。
【0054】
2次熱処理を行う際には、多孔質材料を支持台の上に設置し、そのまま加熱炉に入れてもよいし、多孔質材料の変形を抑制するために、押さえ板により拘束した条件で処理を行ってもよい。僅かな細孔構造の不均一に起因する変形が発生する場合には、拘束条件での熱処理が有効である。このとき、押さえ板としては、熱処理温度以上で安定な物質が必要である。代表的な物質としては、高温で安定な、αアルミナ,シリカ,マグネシア等の耐火性のセラミック材料が挙げられる。
【0055】
図6は、結晶化熱処理を実施していないアルモファス構造の多孔質材料のX線回折グラフを示す。また、図7〜図10は、夫々結晶化熱処理プロセスにおいて種々の温度で熱処理した多孔質材料の、X線回折グラフを示す。なお、多孔質材料は、上述した実施形態において例示された条件に基づいて形成されたものであり、細孔1の径は40nm〜60nmであり、膜の厚さは約80μmである。
【0056】
図6に示すように、多孔質材料に対して結晶化熱処理を実施していない場合、多孔質材料はアモルファスのままであるので、X線回折のグラフはブロードの状態を示す。一方、図7に示すように、多孔質材料に対して800℃,2時間の条件で熱処理を実施した場合、多孔質材料はγアルミナから構成されていることが分かる。但し、一部にブロードな回折線が見られることから、多孔質材料の総てがγアルミナとなったものではなく、アモルファス構造とγアルミナ構造とが混在しているものと推察される。
【0057】
また、図8に示すように、多孔質材料に対して1000℃,2時間の条件で熱処理を実施した場合、多孔質材料は主成分であるγアルミナとδアルミナとの混合結晶から構成されていることが分かる。さらに、図9に示すように、多孔質材料に対して1200℃,2時間の条件で熱処理を実施した場合、多孔質材料はαアルミナのピークが見られ、αアルミナを含んでいることが分かる。さらには、図10に示すように、多孔質材料に対して1250℃,2時間の条件で熱処理を実施した場合も、図9と同様にαアルミナのピークが見られる。
なお、いずれの場合においても、熱処理による多孔質材料の欠損等は認められなかった。
【0058】
図11は、図6(未処理)及び図7〜図10に示す各温度で熱処理を実施した後の多孔質材料を80℃水中に48時間浸漬させた後の、重量変化を示すグラフである。図6に相当するアモルファスの多孔質材料は、重量変化が最も大きくなっている。これは、多孔質材料を構成する1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜に含まれるアルミニウム酸化物の一部が溶解し、水和したアルミニウム酸化物として再析出することによる。なお、浸漬時間が経過すると、水和したアルミニウム酸化物も水に対して溶解することから、徐々に重量は減少に転じることになる。
【0059】
図7に相当するγアルミナを主成分として含む多孔質材料、図8に相当するγアルミナとδアルミナとの混合結晶から構成されている多孔質材料、及び図9,図10に相当するαアルミナから構成される多孔質材料は、この順に水による変質が抑制され、耐水性が向上していることが分かる。従って、2次熱処理を実施して、多孔質材料を結晶化させることにより、その耐水性を向上できることが分かる。
【0060】
図12は、図9,図10に相当するαアルミナから構成される多孔質材料を、300℃水中に360時間浸漬させた後の、重量変化を示すグラフである。図9の1200℃熱処理膜では、重量増加が見られるのに対し、図10の1250℃熱処理膜では、重量変化は極僅かであり、高温水に対する耐食性が著しく改善されていることが分かる。
【0061】
図9、図10のグラフを示すいずれの多孔質材料もαアルミナ構造を示しているが、高温水に対する耐食性に差異が見られる。この理由としては、1200℃,2時間の熱処理膜では完全にαアルミナに変化していないことが挙げられる。それに対し、1250℃の熱処理では、処理時間2時間でもαアルミナへの変化が進んでおり、耐食性が改善されているものと考えられる。
【0062】
以上の結果から、1250℃での熱処理を施すことで、通常の多孔質材料が適用することが困難な、高温領域の水中でも適用が可能となることが分かる。
【0063】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0064】
1…細孔、2…セル壁、11…アルミニウム基材、12…第1の陽極酸化膜、13…第1の孔部、14…凹部、15…第2の陽極酸化膜、16…第2の孔部、17…1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜、18…微細孔層、19…結晶化陽極酸化膜。
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、フィルタ、断熱材、吸音材、衝撃緩衝材等として好適に用いることができる多孔質材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内部に多数の空隙を含有する構造を有する多孔質材料は、その特性から、気相・液相に拘わらず各種流体のフィルタ、断熱材、吸音材、衝撃緩衝材等、広範囲の用途に使われている。また、上記の物理的特性のみならず、内部の表面積が大きいことから、触媒の担持体、もしくは多孔質材料が直接触媒として機能する等、化学反応場としての利用もなされている。
【0003】
昨今、ファインケミカル用途や、飲料水の製造、その他工業プロセス用水の製造等の目的から、非常に微小な粒子のろ過が必要とされる場面が多くなっている。その際、孔径がサブミクロンオーダーのろ過膜が必要とされるが、この領域では孔を媒体が通過する際の抵抗が大きく、膜の圧力損失が大きくなるという課題がある。また、一般的に有機系の膜で構成されたろ過材料では、ろ過材料内部のランダムに配列した樹脂や繊維の空隙部で、粒子を捕捉することから、一度捕捉された粒子を脱離させることが困難であり、汚染されやすいという傾向がある。
【0004】
この状況を解決するために、一方向に配向した表面から裏面に貫通する細孔を有する多孔質材料を、ろ過材料として適用することが検討されている。この場合、細孔が一直線で一次側から二次側まで貫通していることから、有機系の膜のようにランダムに配向した膜で構成されたろ過材料に比較してパスが短くなり、圧力損失の低減が期待できる。
【0005】
また、このような一方向に配向し、一直線の細孔を有するろ過材料において、単位面積当たりの孔数を増加させることができれば、流束を向上させることができる。さらに、粒子を捕捉するのは細孔の表面部においてであり、ろ過材料内部に粒子が侵入しないことから、汚染しにくいという効果が期待できる。
【0006】
一方向に配向した細孔を形成する方法として、アルミニウム等の金属材料の陽極酸化処理を用いる方法がある。この方法では、サブミクロンサイズの孔径を持つ細孔を自律的に形成することができる。孔径は電解液の組成、電圧等の条件により制御可能であり、孔径分布の揃った細孔を有する多孔質材料を得ることができる。作製した陽極酸化膜は、アルミニウム素地の溶解、逆電解によるアルミニウム基板からの剥離処理等によって、アルミニウム基板から分離することが可能であり、分離した陽極酸化膜をろ過材料として使用することができる。
【0007】
しかしながら、陽極酸化膜はアモルファス状のアルミニウム酸化物であって、化学的に不安定であり、水または薬品に接触すると、溶解する性質がある。また、内部に水分及び電解時に使用した電解液の組成物を残留物として含んでいるので、水または薬品に接触すると、これらの残留物質が水中に溶出したり、水または薬品に含まれる成分と反応したりする可能性がある。従って、セル壁の溶解、膜の厚さの減少、膜の微細構造の変化が発生し、最終的には膜の破損に至る場合もある。
【0008】
このような観点から、アモルファス状のアルミニウム陽極酸化膜をろ過フィルタとして使用する場合、常温の媒体に対する短期間の使用は可能であっても、長期間にわたり、流束、分離孔径、強度といった膜の性能を維持することは困難である。
【0009】
従来、これらの特性を改善するために、種々の技術が提案されている。これらの技術によれば、熱処理時の変形を抑制し、熱処理時に破損する確率を低減することができる。ただし、熱処理時に、ある確率で膜の破損が発生するとともに、微視的な領域では細孔構造が変化する場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平2−149698号公報
【特許文献2】特公平5−65212号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
発明が解決しようとする課題は、厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなる高品質の多孔質材料及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
実施形態によれば、厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなり、隣接した細孔間に存在する結晶性のアルミナからなるセル壁の厚さが細孔の直径よりも大きいことを特徴とする多孔質材料を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本実施形態に係る多孔質材料の構造を説明するための平面図。
【図2】本実施形態に係る多孔質材料の製造方法を工程順に説明するための断面図。
【図3】本実施形態に係る多孔質材料の表面のSEM写真。
【図4】別の実施形態に係る多孔質材料の表面のSEM写真。
【図5】図3の細孔構造をもつ膜の細孔径と細孔数の割合との関係を示す分布図。
【図6】結晶化熱処理を実施していないアルモファス構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図7】800℃,2時間の条件で結晶化熱処理を実施したγアルミナ構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図8】1000℃,2時間の条件で結晶化熱処理を実施したγアルミナ及びδアルミナ構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図9】1200℃,2時間の条件で結晶化熱処理を実施したαアルミナ構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図10】1250℃,2時間の条件で結晶化熱処理を実施したαアルミナ構造の多孔質材料のX線回折グラフ。
【図11】図6及び図7〜図10に示す各温度で結晶化熱処理を実施した後の多孔質材料を、80℃水中に浸漬させた後の重量変化を示すグラフ。
【図12】1200℃及び1250℃で結晶化熱処理を実施した後の多孔質材料を、300℃水中に浸漬させた後の重量変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施形態に係る多孔質材料について、図面を参照して詳細に説明する。
本実施形態に係る多孔質材料は、上述したように、厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなり、隣接した細孔間に存在する結晶性のアルミナからなるセル壁の厚さが細孔の直径よりも大きいことを特徴とする。
【0015】
アルミニウムの陽極酸化処理により、自己規則的に一方向に揃った細孔が形成されるが、製造方法・条件により、細孔の大きさと、隣接する細孔の間のセル壁の厚さは変化する。膜の強度は、細孔間のセル壁の部分の構造により依存し、セル壁の厚さの細孔径に対する比率が大きいほど、強度が高くなる。結晶化の際の熱処理による変形に対しても同様であり、細孔構造の対称性に加え、セル壁の厚さと細孔径に対する比率を一定値以上にすることにより、変形・割れの抑制効果が得られる。発明者らは種々の条件を検討した結果、セル壁の厚さが細孔の直径以上となる場合に、その効果が顕著となることを究明した。
【0016】
また、結晶化の際に、長時間高温条件に保持すると、セル壁部分の原子の拡散作用によりいわゆる焼結が起こり、セル壁の断裂、細孔の閉塞等が発生する場合がある。これに対しても、セル壁が厚いことで、焼結による細孔構造の破壊を抑えることが可能となる。
【0017】
本実施形態に係る多孔質材料において、結晶性のアルミナは、αアルミナを含むことが好ましい。
結晶性のアルミナは、安定・準安定な構造を含め、多くの種類の構造が存在する。その中で、αアルミナは完全に脱水された最も安定な構造を有し、耐熱性・化学的安定性に優れる。その他の準安定なアルミナは、常温の中性水に対してはある程度耐性を示すものの、高温水、及び酸性,アルカリ性の薬品に対しては反応性を示し、溶解したり変性したりする。それに対し、安定相であるαアルミナは高温水、薬品に対しても安定であり、ほとんど変質しない。そのため、膜中のαアルミナの含有率を高くすることにより、理想的には全てαアルミナから構成される膜とすることにより、飛躍的に化学的安定性を向上することができる。
【0018】
本実施形態に係る多孔質材料において、前記多孔質材料の厚さは50nm以上であることが好ましい。
セル壁の厚さが、細孔の直径以上の場合に、熱処理時の変形抑制効果が得られることを示したが、細孔間距離が長いほどセル壁の厚さの絶対値が大きくなり、強度、及び焼結に対する耐性が大きくなる。発明者らは、種々の条件を検討した結果、細孔の直径が50nm以上となる場合には、セル壁の厚さは50nm以上になることから顕著な変形抑制効果が得られ、熱処理時の破損及び変形が抑制されることを究明した。
【0019】
本実施形態に係る多孔質材料において、前記多孔質材料の厚さは50μm以上であることが好ましく、より好ましくは50μm〜100μmである。
後述するように、熱処理の際、結晶化が進むに連れて、膜中の水分・残留組成物の放出、原子の移動が生じ、細孔構造が若干変化する。この際、自立膜として構造を維持するためには、多孔質材料の厚さを厚くし強度を高くする必要があり、50μm以上であることが好ましい。特に液体をろ過処理する場合には、処理量を向上させるために高圧力条件で運用する必要があるため、同様に多孔質材料の厚さを厚くする必要がある。ただし、あまり厚いと圧損が大きくなり、ろ過性能の上では不利になる。そこで、50μm〜100μmの範囲にあることが更に望ましい。
【0020】
本実施形態に係る多孔質材料の製造方法は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材を電解液に浸漬させて陽極酸化処理を行い、前記基材上に該基材の厚さ方向に延びる第1の孔部を有するアルモファス状の第1の陽極酸化膜を形成する第1の工程と、前記第1の陽極酸化膜を除去し、前記基材上に凹部を形成する第2の工程と、凹部を形成した前記基材を再度電解液に浸漬させて陽極酸化処理を行い、前記基材上に該基材の厚さ方向に延びる第2の孔部を有するアルモファス状の第2の陽極酸化膜を形成する第3の工程と、前記第2の陽極酸化膜を前記基材から剥離する第4の工程と、剥離した前記第2の陽極酸化膜の底部を除去して厚さ方向に貫通した細孔を形成する第5の工程と、剥離した前記第2の陽極酸化膜を熱処理により結晶化する第6の工程とを具備することを特徴とする。
【0021】
アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化処理により、自己規則的に一方向に配向した細孔が得られるが、1段階目の陽極酸化処理(第1の工程)で得られる第1の陽極酸化膜では、細孔の面分布が不規則となる。この現象は、細孔の成長となる起点が前記基材の性状により影響を受けるため、微小な凹凸、不純物、汚染物等により、不規則な位置から細孔が成長することに起因する。その結果、複数の細孔が近接した位置に成長し、セル壁の厚さが細孔の直径よりも小さくなる部位が存在する。この様な部位には、熱処理時に発生する応力での破断や原子拡散によるセル壁の断裂等が発生しやすくなる。
【0022】
上記多孔質材料の製造方法では、第1の陽極酸化膜を除去(第2の工程)した後、2段階目の第2の陽極酸化処理(第3の工程)を行う。第3の工程において成長する細孔の起点は、第1の陽極酸化膜を除去した際に形成される窪み(凹部)であり、セル壁の厚さが厚くかつ規則的な配列を持つ第2の陽極酸化膜を得ることができる。
【0023】
上記多孔質材料の製造方法では、第3の工程で形成した第2の陽極酸化膜を基材から剥離させ(第4の工程)、剥離した第2の陽極酸化膜の底部を除去して厚さ方向に貫通する細孔を形成し(第5の工程)、熱処理を施して第2の陽極酸化膜を結晶化させる(第6の工程)。熱処理による結晶化プロセスにより、熱処理前の多孔質材料を構成している非晶質のアルミニウム酸化物は、結晶性のアルミナに変化する。適切な熱処理温度で処理することで、目的とする材質の多孔質材料を得ることができる。結晶性のアルミナは、耐熱性、耐酸性・耐アルカリ性、耐高温水性といった化学的安定性が向上することから、多孔質材料の適用範囲を拡大することができる。
【0024】
上記多孔質材料の製造方法では、前記第3の工程と第2の陽極酸化膜の剥離工程(第4の工程)の間に、前記基材上に形成された第2の陽極酸化膜を加熱する1次熱処理を行うことが好ましい。
1次熱処理を行う工程では、第3の工程において形成された、第2の陽極酸化膜及び基材が熱処理を施されることになる。第2の陽極酸化膜は、上述したように陽極酸化処理直後はアモルファスであるが、熱処理により化学的安定性が改善される効果がある。その結果、第3の工程で形成された第2の陽極酸化膜は耐食性が向上する。ここで、結晶化熱処理を継続して実施するために、1次熱処理を行う工程では、基材のアルミニウムの溶解が発生しない温度範囲に設定する必要がある。
【0025】
上記多孔質材料の製造方法では、第2の陽極酸化膜の熱処理工程(第6の工程)の際の熱処理温度は1200℃以上であることが好ましい。
最も化学的に安定なαアルミナにするためには、他の結晶構造と比較してさらに高温で処理する必要がある。αアルミナへの相転移温度は約1200℃であることから、熱処理温度を1200℃以上とすることにより、多孔質材料の材質をαアルミナにすることが可能となる。
【0026】
上記多孔質材料の製造方法では、第6の工程の際の熱処理温度は1250℃以上であることが更に好ましい。
1200℃以上の熱処理では、他の相からαアルミナへの転移は一斉に起こるのではなく、徐々に変化していく特性がある。αアルミナに完全に変化させるためには、かなりの長時間を有することになり、通常1200℃以上の熱処理ではαアルミナと他の相の混合組成となる。1250℃以上で熱処理することで、αアルミナへの転移を促進することが可能であり、比較的短時間で完全にαアルミナ化することが可能である。
【0027】
1250℃以上の熱処理では、1200℃以上の熱処理に比較して、熱処理の際の、膜の変形、細孔構造の破壊が起こりやすくなる。しかし、本実施形態の特徴である、セル壁の厚さが細孔の直径よりも大きい構造を採ることで、変形、焼結に対する耐性が向上し、割れ・変形の抑制が可能となる。
【0028】
次に、本実施形態の具体的な例について図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態における板状の多孔質材料の平面図である。細孔1は表面から裏面まで貫通しており、隣接する細孔1の間は、結晶性のアルミナからなるセル壁2で隔てられている。ここで、細孔1の直径aに対して、隣接する細孔1の間のセル壁2の厚さbの比率により、膜の強度が変化する。b/aが大きくなるほど、膜の構造を維持しているセル壁2の占める割合が多くなるため、強度が大きくなる。なお、図1において、六角形をなす線は1つの細孔1の周囲で陽極酸化が起こる領域を表わしているが、実際にはこのような線が見えるわけではない。
【0029】
図2(A)〜(H)は、本実施形態における多孔質材材料の製造方法を工程順に説明するための断面図である。
最初に、例えば純度99.99%の円板形状のアルミニウム板を準備し、これをアルミニウム基材11とする。なお、このアルミニウム基材11に対し、必要に応じてエタノール及び過塩素酸の混合溶液(例えば、エタノール:過塩素酸=4:1)で電解処理し、その表面に形成された皮膜を予め除去し、表面を平滑化する。ここで、電解処理は、例えば10℃以下の温度で、1000A/m2、3分の条件で行う。
【0030】
(1)第1の陽極酸化膜を形成する工程(図2(A)参照)
まず、アルミニウム基材11を第1の電解液に浸漬して、第1の陽極酸化プロセスを行い、アルミニウム基材11上に、アモルファス状の第1の陽極酸化膜12を形成する。この第1の陽極酸化膜12には、その形成過程において、厚さ方向に延びる第1の孔部13が形成される。
第1の陽極酸化プロセスにおいて使用する電解液としては、シュウ酸、リン酸、硫酸、クロム酸等の酸性溶液、水酸化ナトリウム等のアルカリ性溶液等、陽極酸化膜の形成に際して汎用のものを用いることができる。一例として、0.3mol/Lのシュウ酸水溶液を用い、30℃、40Vの条件で行うことができる。
【0031】
(2)第1の陽極酸化膜を除去する工程(図2(B)参照)
次に、アモルファス状の第1の陽極酸化膜12を溶解することが可能な薬品、例えば6wt%リン酸+2wt%クロム酸水溶液で処理することで、第1の陽極酸化膜12のみを除去する。その結果、アルミニウム基材11には周期的な構造を持った凹部14が形成される。
【0032】
(3)第2の陽極酸化膜を形成する工程(図2(C)参照)
次いで、凹部14が形成されたアルミニウム基材11を再度電解液に浸漬し、第2の陽極酸化プロセスにより、アルミニウム基材11上に第2の陽極酸化膜15を形成する。この第2の陽極酸化膜15は、凹部14を起点に成長することが知られており、第1の陽極酸化膜12と比較して、細孔の間隔すなわちセル壁の厚みが大きくなるとともに、細孔の配列の規則性が向上する。
【0033】
第2の陽極酸化膜15は、後に多孔質材料のセル壁、即ち母材を構成することになるので、自立膜としての構造を維持すべく、陽極酸化膜15の厚さが50μm以上の厚さを有することが好ましい。また、得られた多孔質材料をろ過材料として用いる場合、膜の厚さが大きくなり過ぎると、ろ過すべき気体、液体の圧力損失が増大してしまうことから、その上限値は100μmとすることが好ましい。
【0034】
第2の陽極酸化プロセスにおいて使用する電解液としては、第1の陽極酸化プロセスと同様に、シュウ酸、リン酸、硫酸、クロム酸等の酸性溶液、水酸化ナトリウム等のアルカリ性溶液等、陽極酸化膜の形成に際して汎用のものを用いることができる。一例として、0.3mol/Lのシュウ酸水溶液を用い、30℃、40Vの条件で行うことができる。なお、処理時間は得ようとする第2の陽極酸化膜15の厚さに依存して決定されるが、好ましい厚さの下限値である50μmの厚さを得るためには、例えば2時間55分、上述した条件で処理を行う。
【0035】
(4)1次熱処理プロセス(図2(D)参照)
次に、図2(D)に示すように、上述のようにして形成した第2の陽極酸化膜15に対して1次熱処理を行い、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17を形成する。この1次熱処理は、アルミニウム基材11が溶解しないように、また、アルミニウム基材11と第2の陽極酸化膜15との熱膨張差に起因した剥離が生じないように、アルミニウムの融点以下の温度で実施する。この場合、第2の陽極酸化膜15は、吸着水及び水和水の脱離により、微小領域の結晶構造が変化し、化学的に安定化する。従って、1次熱処理により、第2の陽極酸化膜15の、酸・アルカリ等に対する耐性が向上する。また、1次熱処理の熱処理温度が高いほど、及び熱処理時間が長いほど結晶性のアルミナの比率が高くなることから、効果が大きい。
【0036】
一方、1次熱処理の温度が低すぎると、上述した作用効果を得ることができず、化学的に不安定のままで、電解液、酸又はアルカリへの浸漬によっても浸食される場合がある。このような観点から、1次熱処理の温度の下限値は100℃とすることが好ましい。従って、このような上限値及び下限値を考慮すると、1次熱処理は、100℃〜600℃の温度で行うことが好ましい。なお、熱処理雰囲気は非酸化性雰囲気とすることができる。また、熱処理は、アルミニウム基材11を支持台の上に設置し、そのまま加熱炉に入れて行うことができる。
【0037】
(5)電流回復プロセス(図2(E)参照)
電流回復処理プロセスでは、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17の製造の際の電解電圧から、徐々に電圧を降下させる。電圧を降下させると一旦電流が流れなくなる。しかし、しばらくすると再度電流が流れるようになり、陽極酸化膜が再び成長し、アルモファスの微細孔層18が形成される。その際、電流回復後に形成された細孔の孔径は、電流回復前に形成された細孔よりも小さくなる。この過程を何段階か繰り返すことにより、細孔が小さくなるとともに、バリア層が薄くなり、後述する電解による剥離処理が容易になる。
【0038】
(6)アノード電解剥離プロセス(図2(F)参照)
次いで、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17をアルミニウム基材11から剥離させる。剥離処理にはアノード電解剥離処理を用いる。アルミニウム基材11、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17及び微細孔層18からなる積層体を、第2の電解液に浸漬させて電解処理を実施する。その結果、アルミニウム基材11と微細孔層18の界面で、アルミニウム基材11の溶解反応が進行し、両者が分離する。ここで、第2の電解液としては、エタノール及び過塩素酸の混合溶液(例えば、エタノール:過塩素酸=4:1)を用いる。電解処理は、例えば15℃以下の温度で、45V、1分の条件でアノード電解することで行うことができる。
【0039】
これに対し、従来の剥離プロセスでは、逆電解剥離プロセスを用いる。逆電解剥離プロセスとは、アルミニウム基材を電解液中で、陽極酸化膜の製造時とは逆極性で電解する、即ちカソード電解することにより、水素発生によるガスの圧力で1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜を、アルミニウム基材から剥離させる方法である。
【0040】
従来の逆電解剥離プロセスでは、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜を綺麗に剥離させるためには、前述の電流回復処理プロセスの際に、微細孔層の孔径を極力小さくしておく必要があり、電流回復処理に時間を要するという課題があった。例えば、電解電圧40Vから1Vまで徐々に低下させていくことで、1時間以上を必要としていた。それに対し、アノード電解剥離処理の場合、逆電解剥離プロセスに比較して孔径が大きくても綺麗に剥離させることが可能である。例えば、電流回復プロセスでの電解電圧の降下は、電解電圧40Vから20V、20分程度の処理時間で十分である。さらに、条件によっては、電流回復プロセスそのものが不要な場合もある。
【0041】
(7)スルーホール処理プロセス(図2(G)参照)
スルーホール処理プロセスでは、酸・アルカリ水溶液中に1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17を浸漬することで、基材側の底部に形成されていた微細孔層18を溶解除去する。その結果、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17を図1のセル壁2とし、第2の孔部16を図1の細孔1とする多孔質材料を得ることができる。
【0042】
上述した酸又はアルカリとしては、硫酸、塩酸、リン酸や水酸化ナトリウム等を用いることができる。また、過塩素酸と無水酢酸との混合液、リン酸と硫酸との混合液等を用いることもできる。なお、これらの酸又はアルカリは適宜水で希釈し、所定の濃度となるように設定することができる。一例として、50℃、2mol/Lの硫酸水溶液を準備し、この水溶液に1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17及び微細孔層18を5〜20分間浸漬して、微細孔層18を溶解除去することができる。
【0043】
なお、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17及び微細孔層18を酸又はアルカリに浸漬させることにより、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17のみが残存し、微細孔層18のみが溶解するのは、次の理由による。即ち、上述のように、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17は全体として見た場合アモルファスであっても、上述した1次熱処理を経ることによって、吸着水及び水和水の脱離により、微小領域の結晶構造が変化し、化学的に安定化する。従って、1次熱処理により、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜の、電解液等に対する耐性が向上しているのに対し、微細孔層18はアモルファスであるので、化学的に不安定であることに起因する。
【0044】
以上説明したように、本実施形態では、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17におけるセル壁の溶解が抑制されることから、細孔1の厚さ方向の対称性が向上する。その結果、厚さ方向において孔径の揃った細孔1(第2の孔部16)を有する、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17をセル壁2とする多孔質材料を得ることができるようになる。その結果、熱処理時の変形が抑制されることになる。
【0045】
また、陽極酸化処理を2段階で実施することにより、細孔1の面分布を規則化し、セル壁2の厚さが厚くなることから、多孔質材料の強度が向上する。その結果、熱処理時に発生する応力による、多孔質材料の割れ、クラックを、より効果的に防止することができる。
【0046】
図3は、上記実施形態における、具体的な数値に基づいて作製した多孔質材料の、結晶化のための熱処理プロセス前の表面のSEM写真である。図3から明らかなように、表面側の開口部は総て円形状であって、ほぼ均一な大きさを有しており、細孔1の直径と比較して、隣接する細孔1の間のセル壁2の厚みは、どの部位においても大きいことがわかる。
【0047】
図4は、2段階の陽極酸化処理を実施しない方法、即ち陽極酸化膜除去プロセスを実施しない場合の多孔質材料の表面のSEM写真である。細孔の孔径は比較的均一であるものの、細孔の面分布は不均一であり、2つの細孔が近接して配置している部位も存在する。その様な部位では、セル壁の厚さが細孔の直径よりも小さくなっている場合がある。
図3と図4を比較すると、2段階の陽極酸化処理を行うことで、細孔構造の規則化及びセル壁の厚肉化が達成できることが分かる。
【0048】
図5は、図3の細孔構造をもつ膜の細孔径と細孔数の割合との関係を示す分布図を示す。図3のSEM写真では細孔径a:50〜65nm、セル壁の厚さb:45〜60nmであり、図5より細孔径は約36nmにピークをもつことが確認できる。なお、図3のSEM写真では細孔径aとセル壁の厚さbとの関係が十分確認できない。しかし、細孔間隔(a+b):約100nmとすれば、孔径分析値36nm(バラツキを考慮しても30〜44nm)は細孔間隔の半分以下であり、a<bが成立することが明らかである。
【0049】
(8)結晶化熱処理プロセス(図2(H)参照)
図3に示す多孔質材料は、熱処理を行って結晶化させる。この場合、1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17を結晶化させるので、その耐熱性、耐酸性、耐アルカリ性、耐高温水性等の化学的性質、即ち化学的安定性を向上させることができ、得られた多孔質材料の適用範囲を拡大することができる。なお、図2(H)の符号19は結晶化陽極酸化膜を示す。
【0050】
例えば、多孔質材料をろ過材料として使用するような場合においても、常温かつ中性の腐食性の無い気体、液体のみならず、高温及び/又は酸性、アルカリ性の腐食性の気体、液体にも使用することができる。
【0051】
なお、多孔質材料を構成する1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜17は、一般には酸化アルミニウムの組成を有する。更に、上述した2次熱処理を行うことにより、多孔質材料を結晶性のアルミナから構成することができるようになる。
【0052】
また、スルーホール処理プロセス後の2次熱処理の温度は特に限定されないものの、800℃以上の温度で行うことにより、多孔質材料をγアルミナから構成することができる。更に、1200℃以上の温度で行うことにより、多孔質材料をαアルミナから構成することができる。更には、1250℃以上の温度で行うことにより、αアルミナ化を迅速に進めることができる。2次熱処理の雰囲気は、非酸化性雰囲気とすることができる。γアルミナ、更にαアルミナは化学的に極めて安定であるので、多孔質材料の適用範囲を拡大するのに極めて好都合である。
【0053】
2次熱処理の温度の上限は、例えば1400℃とすることができる。ここで、1400℃を超えた温度で熱処理を実施しても、最早αアルミナの結晶性には何ら影響を及ぼさず、熱処理に要するエネルギーを無駄に消費してしまうことになる。
【0054】
2次熱処理を行う際には、多孔質材料を支持台の上に設置し、そのまま加熱炉に入れてもよいし、多孔質材料の変形を抑制するために、押さえ板により拘束した条件で処理を行ってもよい。僅かな細孔構造の不均一に起因する変形が発生する場合には、拘束条件での熱処理が有効である。このとき、押さえ板としては、熱処理温度以上で安定な物質が必要である。代表的な物質としては、高温で安定な、αアルミナ,シリカ,マグネシア等の耐火性のセラミック材料が挙げられる。
【0055】
図6は、結晶化熱処理を実施していないアルモファス構造の多孔質材料のX線回折グラフを示す。また、図7〜図10は、夫々結晶化熱処理プロセスにおいて種々の温度で熱処理した多孔質材料の、X線回折グラフを示す。なお、多孔質材料は、上述した実施形態において例示された条件に基づいて形成されたものであり、細孔1の径は40nm〜60nmであり、膜の厚さは約80μmである。
【0056】
図6に示すように、多孔質材料に対して結晶化熱処理を実施していない場合、多孔質材料はアモルファスのままであるので、X線回折のグラフはブロードの状態を示す。一方、図7に示すように、多孔質材料に対して800℃,2時間の条件で熱処理を実施した場合、多孔質材料はγアルミナから構成されていることが分かる。但し、一部にブロードな回折線が見られることから、多孔質材料の総てがγアルミナとなったものではなく、アモルファス構造とγアルミナ構造とが混在しているものと推察される。
【0057】
また、図8に示すように、多孔質材料に対して1000℃,2時間の条件で熱処理を実施した場合、多孔質材料は主成分であるγアルミナとδアルミナとの混合結晶から構成されていることが分かる。さらに、図9に示すように、多孔質材料に対して1200℃,2時間の条件で熱処理を実施した場合、多孔質材料はαアルミナのピークが見られ、αアルミナを含んでいることが分かる。さらには、図10に示すように、多孔質材料に対して1250℃,2時間の条件で熱処理を実施した場合も、図9と同様にαアルミナのピークが見られる。
なお、いずれの場合においても、熱処理による多孔質材料の欠損等は認められなかった。
【0058】
図11は、図6(未処理)及び図7〜図10に示す各温度で熱処理を実施した後の多孔質材料を80℃水中に48時間浸漬させた後の、重量変化を示すグラフである。図6に相当するアモルファスの多孔質材料は、重量変化が最も大きくなっている。これは、多孔質材料を構成する1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜に含まれるアルミニウム酸化物の一部が溶解し、水和したアルミニウム酸化物として再析出することによる。なお、浸漬時間が経過すると、水和したアルミニウム酸化物も水に対して溶解することから、徐々に重量は減少に転じることになる。
【0059】
図7に相当するγアルミナを主成分として含む多孔質材料、図8に相当するγアルミナとδアルミナとの混合結晶から構成されている多孔質材料、及び図9,図10に相当するαアルミナから構成される多孔質材料は、この順に水による変質が抑制され、耐水性が向上していることが分かる。従って、2次熱処理を実施して、多孔質材料を結晶化させることにより、その耐水性を向上できることが分かる。
【0060】
図12は、図9,図10に相当するαアルミナから構成される多孔質材料を、300℃水中に360時間浸漬させた後の、重量変化を示すグラフである。図9の1200℃熱処理膜では、重量増加が見られるのに対し、図10の1250℃熱処理膜では、重量変化は極僅かであり、高温水に対する耐食性が著しく改善されていることが分かる。
【0061】
図9、図10のグラフを示すいずれの多孔質材料もαアルミナ構造を示しているが、高温水に対する耐食性に差異が見られる。この理由としては、1200℃,2時間の熱処理膜では完全にαアルミナに変化していないことが挙げられる。それに対し、1250℃の熱処理では、処理時間2時間でもαアルミナへの変化が進んでおり、耐食性が改善されているものと考えられる。
【0062】
以上の結果から、1250℃での熱処理を施すことで、通常の多孔質材料が適用することが困難な、高温領域の水中でも適用が可能となることが分かる。
【0063】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0064】
1…細孔、2…セル壁、11…アルミニウム基材、12…第1の陽極酸化膜、13…第1の孔部、14…凹部、15…第2の陽極酸化膜、16…第2の孔部、17…1次熱処理を施した第2の陽極酸化膜、18…微細孔層、19…結晶化陽極酸化膜。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなり、
隣接した細孔間に存在する結晶性のアルミナからなるセル壁の厚さが細孔の直径よりも大きいことを特徴とする多孔質材料。
【請求項2】
前記結晶性のアルミナは、αアルミナを含むことを特徴とする請求項1記載の多孔質材料。
【請求項3】
前記細孔の径が50nm以上であることを特徴とする請求項1または2記載の多孔質材料。
【請求項4】
前記多孔質材料の厚さが50μm以上であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか1項記載の多孔質材料。
【請求項5】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材を電解液に浸漬させて陽極酸化処理を行い、前記基材上に該基材の厚さ方向に延びる第1の孔部を有するアルモファス状の第1の陽極酸化膜を形成する第1の工程と、
前記第1の陽極酸化膜を除去し、前記基材上に凹部を形成する第2の工程と、
凹部を形成した前記基材を再度電解液に浸漬させて陽極酸化処理を行い、前記基材上に該基材の厚さ方向に延びる第2の孔部を有するアルモファス状の第2の陽極酸化膜を形成する第3の工程と、
前記第2の陽極酸化膜を前記基材から剥離する第4の工程と、
剥離した前記第2の陽極酸化膜の底部を除去して厚さ方向に貫通した細孔を形成する第5の工程と、
剥離した前記第2の陽極酸化膜を熱処理により結晶化する第6の工程と
を具備することを特徴とする多孔質材料の製造方法。
【請求項6】
前記第4の工程として、アノード電解処理を行うことを特徴とする請求項5記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項7】
前記アノード電解処理の前段で電流回復処理を行うことを特徴とする請求項6記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項8】
前記第6の工程の際の熱処理温度は1200℃以上であることを特徴とする請求項5乃至7いずれか1項記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項9】
前記第6の工程の際の熱処理温度は1250℃以上であることを特徴とする請求項5乃至7いずれか1項記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項10】
前記第3の工程と前記第4の工程の間に、前記基材上に形成された第2の陽極酸化膜を加熱する1次熱処理を行うことを特徴とする請求項5乃至7いずれか1項記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項11】
1次熱処理の温度は100〜600℃であることを特徴とする請求項10記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項1】
厚さ方向に貫通した複数の細孔を有する結晶性のアルミナからなり、
隣接した細孔間に存在する結晶性のアルミナからなるセル壁の厚さが細孔の直径よりも大きいことを特徴とする多孔質材料。
【請求項2】
前記結晶性のアルミナは、αアルミナを含むことを特徴とする請求項1記載の多孔質材料。
【請求項3】
前記細孔の径が50nm以上であることを特徴とする請求項1または2記載の多孔質材料。
【請求項4】
前記多孔質材料の厚さが50μm以上であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか1項記載の多孔質材料。
【請求項5】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材を電解液に浸漬させて陽極酸化処理を行い、前記基材上に該基材の厚さ方向に延びる第1の孔部を有するアルモファス状の第1の陽極酸化膜を形成する第1の工程と、
前記第1の陽極酸化膜を除去し、前記基材上に凹部を形成する第2の工程と、
凹部を形成した前記基材を再度電解液に浸漬させて陽極酸化処理を行い、前記基材上に該基材の厚さ方向に延びる第2の孔部を有するアルモファス状の第2の陽極酸化膜を形成する第3の工程と、
前記第2の陽極酸化膜を前記基材から剥離する第4の工程と、
剥離した前記第2の陽極酸化膜の底部を除去して厚さ方向に貫通した細孔を形成する第5の工程と、
剥離した前記第2の陽極酸化膜を熱処理により結晶化する第6の工程と
を具備することを特徴とする多孔質材料の製造方法。
【請求項6】
前記第4の工程として、アノード電解処理を行うことを特徴とする請求項5記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項7】
前記アノード電解処理の前段で電流回復処理を行うことを特徴とする請求項6記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項8】
前記第6の工程の際の熱処理温度は1200℃以上であることを特徴とする請求項5乃至7いずれか1項記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項9】
前記第6の工程の際の熱処理温度は1250℃以上であることを特徴とする請求項5乃至7いずれか1項記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項10】
前記第3の工程と前記第4の工程の間に、前記基材上に形成された第2の陽極酸化膜を加熱する1次熱処理を行うことを特徴とする請求項5乃至7いずれか1項記載の多孔質材料の製造方法。
【請求項11】
1次熱処理の温度は100〜600℃であることを特徴とする請求項10記載の多孔質材料の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−241224(P2012−241224A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−111414(P2011−111414)
【出願日】平成23年5月18日(2011.5.18)
【出願人】(501241645)学校法人 工学院大学 (14)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月18日(2011.5.18)
【出願人】(501241645)学校法人 工学院大学 (14)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】
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